白居易
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2023/10/20: 唐代存诗最多的白居易,流传至今的诗歌也只有三千多首
白居易是唐代存诗最多的一位诗人,他的诗歌流传到现在的有三千多首。他也是唐代继李白、杜甫之后最杰出的一个诗人。
2023/10/20: 中国文学由雅到俗、由士大夫正统文学到市民文学、由抒情到叙事转变中的白居易叙事诗
《长恨歌》、《琵琶行》是白居易叙事诗的杰出代表,它们在故事的曲折完整、描写的细致生动和抒情气氛的浓郁等方面,都有突出成绩,都显示了中国古代文人叙事诗所达到的艺术高度,体现出古代叙事诗鲜明的民族特色。并且在中国封建时代文学由雅到俗的转变、由封建士大夫正统文学到市民文学的转变、由抒情到叙事的转变过程中,起到了无可替代的昭示作用。
◆ 一、十年之间三登科第(772—806)
2023/10/20: 男性情史悲剧助于闺怨描写
“乐天深于诗,多于情者也”,这是友人王质夫对他的评价,白居易亦自诩是“情所钟者”(《祭符离六兄文》),他与湘灵那段“两心之外无人知”(《潜别离》)的悲剧经历,有如春梦朝云长萦心头,因此在诗篇中总给那些失宠、幽闭及婚姻情感不幸的女子以一种特别的同情。
◆ 邯郸冬至夜思家
2023/10/20: 我意君心
《初与元九别后忽梦见之及寤而书忽至》:“以我今朝意,想君此夜心。”
◆ 长恨歌
2023/10/20: 君王掩面,黄埃散漫。芙面柳眉,夕殿萤飞
渔阳鼙鼓动地来,惊破霓裳羽衣曲。九重城阙烟尘生,千乘万骑西南行。翠华摇摇行复止,西出都门百余里。六军不发无奈何,宛转蛾眉马前死。花钿委地无人收,翠翘金雀玉搔头。君王掩面救不得,回看血泪相和流。黄埃散漫风萧索,云栈萦纡登剑阁。峨嵋山下少人行,旌旗无光日色薄。蜀江水碧蜀山青,圣主朝朝暮暮情。行宫见月伤心色,夜雨闻铃肠断声。天旋日转回龙驭,到此踌躇不能去。马嵬坡下泥土中,不见玉颜空死处。君臣相顾尽沾衣,东望都门信马归。归来池苑皆依旧,太液芙蓉未央柳。芙蓉如面柳如眉,对此如何不泪垂。春风桃李花开日,秋雨梧桐叶落时。西宫南苑多秋草,宫叶满阶红不扫。梨园弟子白发新,椒房阿监青娥老。夕殿萤飞思悄然,孤灯挑尽未成眠。迟迟钟鼓初长夜,耿耿星河欲曙天。鸳鸯瓦冷霜华重,翡翠衾寒谁与共。
2023/10/21: 仙袂飘飘
风吹仙袂飘飘举,犹似霓裳羽衣舞。
2023/10/21: 通过对史实的改造与取舍,“净化”、“淡化”、“美化”诗中李、杨的形象,不影响他们令人同情、赞颂
如“杨家有女初长成,养在深闺人未识。天生丽质难自弃,一朝选在君王侧”,通过对杨妃入宫史实的改造与取舍,通过“净化”、“淡化”、“美化”诗中李、杨的形象,使他们成为令人同情、赞颂的角色。
2023/10/21: 《长恨歌》悲剧源于爱得太过分、太出格,不顾爱情的社会影响
李、杨的爱情悲剧,既非封建婚姻、封建礼教所造成,也很难归咎于某个奸相如安禄山、杨国忠,当然更不能归咎于“六军不发”的首领陈玄礼。他们的悲剧根源就在于过度沉溺于欢爱,到了“从此君王不早朝”的程度,结果也就必然会引起“渔阳鼙鼓动地来”,导致生离死别的悲剧结局。占了情场,误了朝纲,又反过来毁灭了爱情。从抽象意义上说,《长恨歌》所描写的是一曲因为爱得太过分、太出格而引起的悲歌,又是一曲不顾爱情的社会影响而引起的悲歌。因此,为了维护爱情的永恒,必须把爱情控制在适当的范围内,摆在适当的位置上。
2023/10/21: 丹青画出竟何益?不言不笑愁杀人
汉武帝,初丧李夫人。夫人病时不肯别,死后留得生前恩。君恩不尽念未已,甘泉殿里令写真。丹青画出竟何益?不言不笑愁杀人。
2023/10/21: 魂之不来君心苦,魂之来兮君亦悲
九华帐深夜悄悄,反魂香降夫人魂。夫人之魂在何许?香烟引到焚香处。既来何苦不须臾,缥缈悠扬还灭去。去何速兮来何迟?是耶非耶两不知。翠蛾仿佛平生貌,不似昭阳寝疾时。魂之不来君心苦,魂之来兮君亦悲。背灯隔帐不得语,安用暂来还见违。
2023/10/21: 诗人毕竟“不能忘情”,感到无法抗拒“倾城色”的“惑”,所以卒言“不如不遇”。一旦遇上,只能“生亦惑,死亦惑”了
白居易在《胡旋女》、《八骏图》、《古冢狐》等讽谕诗和政论文章中,对历史上真实的“一人荒乐万人愁”式的爱情毫不含糊地持批评讽刺态度,而这首诗却有些“气短”,因为诗人毕竟“不能忘情”,感到无法抗拒“倾城色”的“惑”,所以卒章显志之言是“不如不遇”。如果再追问一句,一旦遇上了怎么办?那就只能“生亦惑,死亦惑”了。因此,有一个从政治角度还是从人性人情角度看待李、杨爱情的不同,从理智、政治上说,这种“惑”要不得,误国害民害己,应该批判;从情感、人情上说,他又觉得这种“惑”有其合情、值得同情甚至赞颂的一面。看来,作《长恨歌》时的白居易“多情”诗人浪漫气质要重得多,这正是他把《长恨歌》写成一曲哀感顽艳的爱情悲歌的主观原因。
◆ 观刈麦
2023/10/21: 南风陇黄
夜来南风起,小麦覆陇黄
2023/10/21: 念此私自愧,尽日不能忘
听其相顾言,闻者为悲伤。家田输税尽,拾此充饥肠。今我何功德,曾不事农桑。吏禄三百石,岁晏有余粮。念此私自愧,尽日不能忘。
2023/10/21: 微雨众卉新,一雷惊蛰始
微雨众卉新,一雷惊蛰始。田家几日闲,耕种从此起。
2023/10/21: 北风利如剑,布絮不蔽身
八年十二月,五日雪纷纷。竹柏皆冻死,况彼无衣民!回观村闾间,十室八九贫。北风利如剑,布絮不蔽身。唯烧蒿棘火,愁坐夜待晨。
2023/10/21: 念彼深可愧,自问是何人
顾我当此日,草堂深掩门。褐裘覆絁被,坐卧有余温。幸免饥冻苦,又无垄亩勤。念彼深可愧,自问是何人。
◆ 二、救济人病裨补时阙(807—811)
2023/10/21: 正色强御,刚肠喔咿
正色摧强御,刚肠嫉喔咿。
2023/10/21: 启奏之外,有可以救济人病、裨补时阙、而难于指言者,辄咏歌之
“欲开壅蔽达人情,先向歌诗求讽刺”(《采诗官》),经过风云激荡的政治生活洗礼,白居易认识到“文章合为时而著,歌诗合为事而作”,因此“启奏之外,有可以救济人病、裨补时阙、而难于指言者,辄咏歌之”。
2023/10/21: 首句标其目,卒章显其志,《诗》三百之义也
为君、为臣、为民、为物、为事而作,不为文而作也
篇无定句,句无定字;系于意,不系于文。首句标其目,卒章显其志,《诗》三百之义也。其辞质而径,欲见之者易谕也;其言直而切,欲闻之者深诫也;其事核而实,使采之者传信也;其体顺而肆,可以播于乐章歌曲也。总而言之,为君、为臣、为民、为物、为事而作,不为文而作也。
◆ 杜陵叟
2023/10/22: 善政不能及民者多矣
《唐宋诗醇》评曰:“从古及今,善政不能及民者多矣。一结慨然思深,可为太息。”
2023/10/22: 绝大多数封建皇帝只顾与官吏唱双簧
皇帝降下德音,税早已收完,从中可见皇帝要减税,主要是为了笼络人心,装装样子,执行与否,执行到什么程度,他是不去管的。而地方官也明知这一点,利用其不闻不问、不检查督促,搞了一场骗局。这种“善政”真让人“慨然思深”。宋代诗人受白居易诗启发,写下了“自从乡官新上来,黄纸放尽白纸催”(范成大《后催租行》)、“一司日日下赈济,一司旦旦催租税”(米芾《催租》)、“淡黄竹纸说蠲逋,白纸仍科不稼租”(朱继芳《农桑》)等作,这说明绝大多数封建皇帝只顾与官吏唱双簧去“虐人害物”,连“善政”的美名也不要了。
◆ 井底引银瓶
2023/10/22: 两心之外无人知,彼此甘心无后期
白居易早年曾与邻女湘灵相恋,其《长相思》诗有云:“妾住洛桥北,君住洛桥南。十五即相识,今年二十三。”但这段缠绵的恋情最终却是分离的悲剧结局,《潜别离》诗言及分手的痛苦:“不得哭,潜别离。不得语,暗相思。两心之外无人知。深笼夜锁独栖鸟,利剑春断连理枝。河水虽浊有清日,乌头虽黑有白时。唯有潜离与暗别,彼此甘心无后期。”
◆ 轻肥
2023/10/23: 把他们的骄奢淫逸写足,好比射箭,要引满而发,“结语斗绝,有一落千丈之势”
全诗共十六句,用了十四句写宦官的长街走马,写军中宴会,层层铺垫渲染,把他们的骄奢淫逸写足,好比射箭,要引满而发,到了最大限度时才对准目标猛地射出一箭——“是岁江南旱,衢州人食人”,这一箭才特别有力
2023/10/23: 衢州人食人”的惨剧,正是这一小撮不顾人民死活的家伙掌握了军政大权的结果
一方面是花天酒地、骄奢淫逸,一方面是大旱饥荒、人吃人,这两种现象强烈而鲜明的对比是对宦官的尖锐抨击。这两种现象之间又有着深刻的内在联系:一小撮宦官糜烂发臭的生活,就是建筑在广大人民饥饿和死亡的基础上的;“是岁江南旱”两句前面放上“食饱心自若,酒酣气益振”两句,暗示了“衢州人食人”的惨剧,正是这一小撮不顾人民死活的家伙掌握了军政大权的结果。
◆ 三、中道左迁天涯沦落(811—820)
2023/10/24: 根情、苗言、华声、实义
对于诗的性质,他概括出“根情、苗言、华声、实义”四大要素。诗歌要以情感为基础,用形象的语言、和谐的韵律表现出来,内容必须具有充实的义理。否则,诗歌就失去了价值。
2023/10/24: 谓之讽谕诗,兼济之志也;谓之闲适诗,独善之义也
他将自己的诗歌分为四类:讽谕诗、闲适诗、感伤诗和杂律诗。《与元九书》云:“自拾遗以来,凡所遇所感,关于美刺兴比者,又自武德迄元和,因事立题,题为《新乐府》者,共一百五十首,谓之讽谕诗。又或退公独处,或移病闲居,知足保和,吟玩性情者一百首,谓之闲适诗。又有事物牵于外,情理动于内,随感遇而形于叹咏者一百首,谓之感伤诗。又有五言、七言、长句、绝句,自一百韵至两韵者四百余首,谓之杂律诗。”四类中他最看重的是讽谕诗和闲适诗,“谓之讽谕诗,兼济之志也;谓之闲适诗,独善之义也。故览仆诗,知仆之道焉”。因为这两类诗集中表现了他进退出处之道和平生志尚,也体现了他诗歌创作的指归,所以值得珍视。
◆ 欲与元八卜邻先有是赠
2023/10/24: 暂出犹思伴,安居须择邻
每因暂出犹思伴,岂得安居不择邻。
2023/10/24: 两岸人烟,一溪灯火
“两岸人烟分市色,一溪灯火共书声”(吴企晋)
◆ 蓝桥驿见元九诗
2023/10/24: 每到驿亭先下马,循墙绕柱觅君诗
蓝桥春雪君归日,秦岭秋风我去时。每到驿亭先下马,循墙绕柱觅君诗。
2023/10/24: 诗人内心正经受着贬谪的屈辱和愁苦的煎熬,急欲借遍觅故人之题咏来稍作安慰
三、四句则用“下马”、“循墙”、“绕柱”、“觅君诗”等四个细节动作,真实而准确地描绘出诗人寻觅、辨认友人诗作的动人情景,而这种寻觅又表明诗人内心正经受着贬谪的屈辱和愁苦的煎熬,急欲借遍觅故人之题咏来稍作安慰。出语看似平淡,表达的情意却极为深挚,这是白居易诗的独造之境。
2023/10/24: 此句他人尚不可闻,况仆心哉
元和十年,元稹正月入京,不料三月又复贬为通州司马,八月,在病危之中惊悉白居易贬江州,忧愤难禁,写下了充满深情的《闻乐天左降江州司马》诗:残灯无焰影幢幢,此夕闻君谪九江。垂死病中惊坐起,暗风吹雨入寒窗。全诗用残灯、阴影、暗风、秋雨、寒窗等景物,构成了一种凄惨孤独的意境,借以衬托诗人所处的环境和关切友人的挚情。白居易读到这首诗后,十分感动,在《与微之书》中说:“此句他人尚不可闻,况仆心哉!至今每吟,犹恻恻耳。”
◆ 放言五首并序(选一)
2023/10/24: 草萤有耀终非火,荷露虽团岂是珠
朝真暮伪何人辨,古往今来底事无?但爱臧生能诈圣,可知宁子解佯愚?草萤有耀终非火,荷露虽团岂是珠?不取燔柴兼照乘,可怜光彩亦何殊!
◆ 琵琶行并序
2023/10/24: 予出官二年,恬然自安,感斯人言,是夕始觉有迁谪意
遂命酒,使快弹数曲。曲罢悯然。自叙少小时欢乐事,今漂沦憔悴,转徙于江湖间。予出官二年,恬然自安,感斯人言,是夕始觉有迁谪意。
◆ 暮江吟
2023/10/24: 草风沙雨
建昌江水县门前,立马教人唤渡船。忽似往年归蔡渡,草风沙雨渭河边。
◆ 四、闲居泰适觞咏弦歌(820—846)
2023/10/24: 以当时心言异日苏、杭苟获一郡,足矣
敬宗宝历元年(825)三月,除苏州刺史,二年以病免郡事
元和十五年(820)正月宪宗暴卒,穆宗即位。夏初,白居易自忠州召还长安,除尚书司门员外郎;十二月,改授主客郎中、知制诰。穆宗长庆元年(821)十月,转中书舍人。长庆二年,河北藩镇复乱,居易多次上疏言事,但“天子荒纵,宰相才下,赏罚失所宜,坐视贼,无能为,居易虽进忠,不见听”(《新唐书》本传)。于是他请求外任。七月,除杭州刺史;十月,至杭州。白居易少年时慕苏州刺史韦应物、杭州刺史房孺复之风流才调,“以当时心言异日苏、杭苟获一郡,足矣”(《吴郡诗石记》)。因此,出牧杭州可谓了却当年心愿。杭州本江南大郡,当时已是形胜佳丽的繁华都市,居易在此留下了大量优美的诗篇。
2023/10/24: 为向两州邮吏道,莫辞来去递诗筒
长庆三年(823),元稹外放为浙东观察使,居易与其邻郡而治,“为向两州邮吏道,莫辞来去递诗筒”(《醉封诗筒寄微之》),从此两郡常以诗筒往来,两位文友诗歌唱和略无虚日。
2023/10/24: 元白 刘白
大和五年(831)七月,挚友元稹卒于武昌,此后,他主要是与刘禹锡为诗友,世称刘、���。
2023/10/24: 朝廷雇我作闲人
《唐宋诗醇》说白居易“洎大和、开成之后,时事日非,宦情愈淡,唯以醉吟为事,遂托于诗以自传焉”。他自长庆以来,虽仕途坦顺,已无意于趋竞,委顺思想得到突出的发展。他在《长庆二年七月自中书舍人出守杭州路次蓝溪作》诗中说自己“置怀齐宠辱,委顺随行止”,“因生江海兴,每羡沧浪水。尚拟拂衣行,况今兼禄仕”。以委顺行之于仕途,一个主要表现就是吏隐,“山林太寂寞,朝阙空喧烦。唯兹郡阁内,嚣静得中间”(《郡亭》)。以太子宾客分司东都时,他的感觉是“朝廷雇我作闲人”(《从同州刺史改授太子少傅分司》)。这时,白居易又进一步提出“中隐”思想。
2023/10/24: 似出复似处,非忙亦非闲。不劳心与力,又免饥与寒
大隐住朝市,小隐入丘樊。丘樊太冷落,朝市太嚣喧。不如作中隐,隐在留司官。似出复似处,非忙亦非闲。不劳心与力,又免饥与寒。终岁无公事,随月有俸钱。君若好登临,城南有秋山。君若爱游荡,城东有春园。君若欲一醉,时出赴宾筵。洛中多君子,可以恣欢言。君若欲高卧,但自深掩关。亦无车马客,造次到门前。人生处一世,其道难两全。贱即苦冻馁,贵则多忧患。唯此中隐士,致身吉且安。穷通与丰约,正在四者间。
◆ 勤政楼西老柳
2023/10/24: 半朽树,多情人。开元柳,长庆春
半朽临风树,多情立马人。开元一株柳,长庆二年春。
2023/10/24: 未堪摩霄汉,只合觅稻粱
其《初罢中书舍人》诗云:“性疏岂合承恩久?命薄元知济事难。”又《病中对病鹤》诗云:“未堪再举摩霄汉,只合相随觅稻粱。”
◆ 采莲曲
2023/10/24: 欲语低头笑
菱叶萦波荷飐风,荷花深处小船通。逢郎欲语低头笑,碧玉搔头落水中。
2023/10/24: 斜倚熏笼坐到明
泪湿罗巾梦不成,夜深前殿按歌声。红颜未老恩先断,斜倚熏笼坐到明。
2023/10/24: 秋霜手先知,灯底剪刀冷
寒月沉沉洞房静,珍珠帘外梧桐影。秋霜欲下手先知,灯底裁缝剪刀冷。
◆ 钱塘湖春行
2023/10/24: 松排山面,月点波心
湖上春来似画图,乱峰围绕水平铺。松排山面千重翠,月点波心一颗珠。碧毯线头抽早稻,青罗裙带展新蒲。未能抛得杭州去,一半勾留是此湖。
◆ 杭州春望
2023/10/24: 涛声夜入伍员庙,柳色春藏苏小家
望海楼明照曙霞,护江堤白踏晴沙。涛声夜入伍员庙,柳色春藏苏小家。红袖织绫夸柿蒂,青旗沽酒趁梨花。谁开湖寺西南路?草绿裙腰一道斜。
◆ 除苏州刺史别洛城东花
2023/10/24: 残暑蝉催尽,新秋雁带来
小宴追凉散,平桥步月回。笙歌归院落,灯火下楼台。残暑蝉催尽,新秋雁带来。将何迎睡兴?临卧举残杯。
2023/10/24: 卧迟灯灭后,睡美雨声中
凉冷三秋夜,安闲一老翁。卧迟灯灭后,睡美雨声中。灰宿温瓶火,香添暖被笼。晓晴寒未起,霜叶满阶红。
◆ 与梦得沽酒闲饮且约后期
2023/10/24: 贤豪虽殁精灵在,应共微之地下游
四海齐名白与刘,百年交分两绸缪。同贫同病退闲日,一死一生临老头。杯酒英雄君与操,文章微婉我知丘。贤豪虽殁精灵在,应共微之地下游。
2023/10/24: 不教才展休明代,为罚诗争造化功
杜甫说李白是“文章憎命达,魑魅喜人过”(《天末怀李白》),韩愈评价柳宗元云:“然子厚斥不久,穷不极,虽有出于人,其文学辞章必不能自力以致必传于后如今无疑也。虽使子厚得所愿,为将相于一时,以彼易此,孰得孰失,必有能辨之者。”(《柳子厚墓志铭》)白诗亦谓梦得:“不教才展休明代,为罚诗争造化功。”
◆ 览卢子蒙侍御旧诗多与微之唱和感今伤昔因赠子蒙题于卷后
2023/10/24: 平生定交取人窄,屈指相知唯五人。四人先去我在后,一枝蒲柳衰残身
晦叔坟荒草已陈,梦得墓湿土犹新。微之捐馆将一纪,杓直归丘二十春。城中虽有故第宅,庭芜园废生荆棘。箧中亦有旧书札,纸穿字蠹成灰尘。平生定交取人窄,屈指相知唯五人。四人先去我在后,一枝蒲柳衰残身。岂无晚岁新相识,相识面亲心不亲。人生莫羡苦长命,命长感旧多悲辛。
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梢ちゃん、初めてのイリュージョン
1.
大阪から東京へ引っ越して、あっという間に1学期が過ぎた。
新しい学校で仲良しの友達もできたし、まあどんな環境にもすぐに適応するのがウチの強みやな。
弟の湊(みなと)は転校先の小学校に慣れなくてちょっと苦労している感じ。
それで母ちゃんが新聞の折り込みチラシで見つけた小学生向けの造形美術教室へ行ってみたらどうか、と提案してきた。
湊はウチと違(ちご)て繊細やもんね。
ゾーケイとかビジュツとか、そういうんは向いてると思う。
母ちゃんは教室へ電話を掛けて見学の予約をした。
土曜日午後のクラス。
「梢(こずえ)も一緒に来て」
「えぇー、ウチも?」
「湊は小2やし一人で行かされへんでしょ? いつもママが付き添えるとは限らへんし、そのときはあんたが連れてくの」
「あーん、貴重な週末やのに。母ちゃんのいけずー」
「そろそろ『お母さん』かせめて『ママ』って呼んでくれへん? いつも成○石井で母ちゃんって大声で叫ばれるの恥ずかしいんやけど」
「『おかん』って言われるよりええやろ? それに高級スーパーやゆうて恥ずかしがるんは田舎モンやで。だいたい成○石井くらいアベノ橋にもあったやんか」
「あ、そうか」
「分かったらよろしい、母ちゃん」
「そうやって親を煙に巻くの止めなさい」
2.
そんな訳で3人で見学に来た造形美術教室。
三田さんというおばちゃんの先生が教えていた。
生徒は10人ほどで、それに保護者のパパとママが何人か来ている。
この日はカラーキャンドルを作っていた。
使い古しのろうそくとクレヨンを削って湯せんにかける。
何色か溶かして好きな順番で型に流し込めばカラフルなキャンドルが出来上がる。
「桧垣湊くんね? よかったら一緒に作らない?」
先生に誘われて湊は頷いた。
「あのっ、ウチもやらせてもらっていいですか!」
「こら梢!」
母ちゃんが止めようとしたけど、先生は笑って許してくれた。
「湊くんのお姉さんね? もちろんどうぞ」
「桧垣梢ですっ。中学2年です! ヨロシクお願いします!!」
だってキャンドル作り、すごい面白そうなんやもん。
「うわぁー、綺麗やん!」
どや、この色のチョイスはなかなかのもんやろ?
「水色を入れたいの? ええで、お姉ちゃんが一緒に削ったげる」
クレヨンを削るのを手伝ってあげた。この教室、こんな小っちゃい子にもナイフ使わせるんか。
「ボク! そこ指入れたらあかんっ。熱いでぇ~!」
湯せんの中に指を入れかけた男の子を止めた。ホットプレートの扱いも注意させんとあかんなぁ。
気が付けばウチは子供たちの輪の中にいてあれやこれや世話をしていた。
先生は後ろに立って笑っていた。
3.
「この娘が一番楽しんだようで申し訳ありません」
他の生徒さんたちが帰った後、母ちゃんが謝った。
ま、ウチを連れてきたらこうなるのを予想せんかった母ちゃんのミスやな。
「いいんですよ。よかったらこれからも毎週来てくれたら助かるな、梢ちゃん」
「ええんですか?」
「子供、好きでしょ?」
「ハイッ、好きです! ・・母ちゃん、ウチの分の月謝もお願い」
「あのねぇ」
「月謝なんて要らないわ。むしろお給料払わないといけないくらいよ」
「えぇ! お給料もらえるんですか!」
「な訳ないやろ」
母ちゃんがウチの頭を小突いた。
「ところで、」
母ちゃんは先生に向かって聞いた。
「三田、静子先生ですよね?」
「はい」
「覚えてませんか? 30年以上前ですけど京都の中学校で」
「京都? 確かに昔、京都で教師をしていましたが」
「私、美術部でお世話になった鈴木です」
鈴木っちゅうんは母ちゃんの旧姓やな。
「・・鈴木純生(すみお)さん? あの、捻挫して松葉杖の」
「はい!」
「きゃあ~っ」「きゃあ~っ」
母ちゃんと三田先生は両手を握り合った。
それからハグして、その場で跳ねながら一回転する。よお息が合うもんやと感心した。
「チラシでお名前見て、もしかしたら思ってたんです」
「懐かしいわ!」
「よかったら、あらためて昔のお話させてください」
「そうね、そうしましょう!」
・・後ろのドアが開く気配がした。
「先生、これも倉庫に置かせてもらっていいですか」
振り返ると背の高いお兄さんが立っていた。
その後ろには可愛いお姉さんもいる。
お兄さんは大きな丸いモンを抱えていた。
イケてない兄ちゃんやな。この、もさぁっとした感じ。
ウチの見立てやと30は超えとるな。もちろん彼女いない歴イコール年齢や。
それと比べてお姉さんはずっと若くてキュート。きっとピチピチの女子高生。
「ああ、まだ生徒さんがいましたね。出直します」
「いいのよ。もう済んでるから。・・それで何を置きたいの?」
「このボールです」お姉さんが答えた。
「くす玉なんだって」
「正確には人間くす玉です」
人間くす玉って、いきなり謎のワード。
「くす玉っ!?」
素っ頓狂な声を上げたのは母ちゃんだった。
「まさかそれ、S型の人間くす玉・・」
「よく分かりますね」
お兄さんが言った。
「あなた何者ですか?」
母ちゃんは両手で胸を押さえて深呼吸して、それから一人で叫んだ。
「きゃあああ~!!」
さっき三田先生とシンクロして叫んだときよりずっと大きな声だった。
皆が驚いて見守る中、母ちゃんだけが絶叫しながらぴょんぴょん飛び跳ねていた。
46歳の母ちゃんが急に若返ってハタチになったみたいに見えた。
4.
次の土曜日の教室。
ウチは一人で湊を連れて来た。
母ちゃんは前の晩からどこかへ出かけ、朝になって上機嫌で帰って来てグーグー寝ている。
ええ歳の主婦がそないな夜遊びしてええんか?
父ちゃんは笑ってたから許してるんやろうけど。
今日の造形美術教室の題材は千切り絵だった。
いろいろな色の和紙をハサミを使わずに裂き、糊で貼って綺麗な絵にする。
子供たちは一生懸命。ウチも一緒に絵を作る。
やっぱり楽しい。
ウチには造形美術の才能があるんやないか。
「みんなーっ、クッキーだよ! あたしの手作り!!」
れいらさんがお菓子を持ってきてくれた。
玻名城(はなしろ)れいらさんは先週出会ったあの高校生だった。
造形美術教室の卒業生で、ときどき子供たちに差し入れしてくれる優しいお姉さん。
「イッくんは二日酔いらしいです」
「男のくせに駄目ねぇ」
れいらさんが報告して三田先生が笑った。
イッくんとはあのお兄さんのことで、本���はえーっと、酒井功(さかいいさお)さんやったな。
れいらさんと同じく造形美術教室のOBで今もいろいろお手伝いしてくれているらしい。
「いったい何人で飲んだんですか? 先生」
「5人ね。イッくんと桧垣純生さんと私。それに桧垣さんの知り合いっていうモデル事務所の社長さんと、京都から来たイベント会社の社長さん。イッくん以外は全員女性よ」
「えっ、ウチの母ちゃんも一緒やったんですか?」
「そうよ。昔のお話が沢山できて楽しかったわ」
「社長するような人と母ちゃんが知り合いとか、知らなかったです」
「面白い人たちだったわ。皆さんお酒もぐいぐい飲むし、盛り上がっちゃった」
「先生もぐいぐい飲んだんでしょ?」
「おほほほ」
「イッくん可哀想。おばさんたちに飲まされて」
「んま、れいらちゃんったら失礼なこと言うわねー」
「ウチにも分かります。30過ぎのおじさんでも、おばちゃんたちから見たら若い男の子ですもんね。そら可愛がられますわ」
「梢ちゃんまだ中学生でしょ? 何でそんなことが分かるの?」
「えへへ、そうゆうんは得意なんです」
「でも30は可哀想よ。彼25歳だもの」
「うわぁ、ホンマですか~! ウチが言うたってチクらんといてくださいっ」
「あはは」「きゃはは」
5.
家に帰って、ウチは母ちゃんから若い頃の話を聞いた。
母ちゃんは京都の会社でイベントの司会やイリュージョンのアシスタントをしていた。
イリュージョンって、あのマジックのイリュージョンなのか。
二十歳のときの写真と言って見せてくれたのは、チャイナ服の母ちゃんが透明な箱の中に出現したところだった。
腰まで割れたスリットから生足出して、きらきら輝く笑顔で手を振っている母ちゃん。
今の母ちゃんと同じ人とは信じられないくらいに綺麗だった。
謎の『人間くす玉』についても教えてもらった。
人間くす玉は同じ会社のアトラクションで、中から女の子が飛び出すくす玉なんだって。
先週イッくんが抱えていたのは一番小さなサイズのくす玉。
「彼がクレクレしたから無料であげたって社長が言ってたわ。意味分からへんよね」
ウチにも意味が分かりません。
夜、れいらさんから LIME のメッセージが届いた。
『明日イッくん家に行くの。梢ちゃんも一緒にどう?』
『行きます!』
『イリュージョンを見せてくれるんだって』
またイリュージョン!?
後にして思えば、それはウチが新しい世界に足を踏み入れるお誘いだった。
6.
イッくんのマンション。
「いらっしゃいませ!」
ドアを開けて迎えてくれたのは綺麗な女の人だった。
「あなたが梢ちゃん? 酒井多華乃(たかの)です。よろしくね」
「多華乃さんはイッくんの奥さんだよ。先月結婚したばかり!」
ほぇ~。ばりばりの新婚さんやないですか。
多華乃さんは七分丈スパッツの上にニットのサマーセーターを着ていた。セーターの襟ぐりが大きくて谷間がちらちら。
こんなセクシーな奥様がいるやなんて、この間は「彼女いない歴イコール年齢」とか思てゴメンナサイ!
リビングに案内してもらうとイッくんが待っていた。
ちゃんとお話しするのはこれが初めてだった。
「お招きありがとうごさいます! ・・あの、ウチも『イッくん』って呼ばせてもらってええですか?」
「いいけど?」
「実はどう呼ぶか寝ないで考えました。『イッくん』はちょっとナレナレしい、『イサオさん』はヨソヨソしい、そやかゆうて『イッさん』やと大阪のおっちゃんみたいで」
多華乃さんがぷっと笑う。
「なんでやっぱり、れいらさんと同じ『イッくん』で行かせてください!」
「梢ちゃんって面白いね」
よっしゃ、ウケてくれた!
ウチは心の中でガッツポーズをする。
「イッくん、二日酔いは治った?」
れいらさんに聞かれてイッくんは頭をかいた。
「ああ、酷い目にあったけど、タカノがいてくれたから・・」
「熱いねーっ」
大喜びで冷やかすれいらさん。
いつものウチなら一緒に囃し立てるとこやけど、さすがに初対面で遠慮したのは我ながらエライと思う。
「・・んじゃ、さっそくやろうか」
「イリュージョン!?」
「うん、新作だよ。この場所に招かれたゲストだけが見れる限定イリュージョン。そして記念すべき最初のゲストが君たちだよ」
ぱちぱちぱち。れいらさんが拍手した。
今度はウチも一緒に思いきり手を叩いた。
7.
小さなテーブルを挟んで4人がソファに座った。
手前のソファにウチとれいらさん。
向かい側にイッくんと多華乃さん。
こちらから見て向かって左にイッくん、右に多華乃さんが座っている。
イッくんは多華乃さんの腰に左手を回すと、ぐいっと引き寄せた。
多華乃さんがイッくんに密着する。
ニットの襟がでろんと伸びて白い肩が出た。その肩にブラ紐はなかった。
あの、それはお客さんが男性のときに目を惑わすための演出ですか。
女でもドキっとするんですけど。
「これはサテンの袋。長さ2メートルあるのでうちの妻が全部入ります」
イッくんは多華乃さんを左手で抱いたまま、床の袋を右手で拾い上げた。
紫色でつるつるした光沢のある袋だった。
それを多華乃さんの頭から被せる。もぞもぞと右手だけで身体全体を覆ってゆく。
・・そやから、わざわざ密着してそういう作業をするのは何でですか。
すごくエッチに見えるやないですか。
足先まで袋を被せた。
「足あげて」
多華乃さんの膝がぴょんと伸びて、目の前に袋の先が突き出された。
「れいらちゃん、袋の口をくくってくれる」
「これでいい?」
れいらさんはサテン袋の口を絞って結んだ。
「ありがとう」
相変わらずイッくんは袋に入った多華乃さんを左手で抱いたままだった。
つるつるしたサテンの袋を右手で撫でる。
多華乃さんのボディラインがはっきり分かった。
膝、腰、頭。
うわ、そこは多華乃さんの胸。
いくら奥さんやからゆうて、人前でそないに揉みしだいたらアカンでしょ。
「次はこのシュラフ(寝袋)。梢ちゃん、シュラフって知ってる?」
「ええっとキャンプとかで使うモンですよね」
「そう、携帯用の寝具だね。綿が入ってて暖かいんだ。・・これを被せるから手伝ってくれるかい?」
イッくんに指示されてシュラフを今度は多華乃さんの足の方から被せた。
腰の下を通すとき、イッくんは左手に抱いた多華乃さんを持ち上げて通し易くしてくれた。
頭まで被せ終えると、脇のファスナーを上まで閉めた。
「こっちは縄で縛るよ。・・ん? どこかな」
右手で足元をまさぐった。
「れいらちゃん、そっちに紙袋が置いてない?」
「ええっと・・、あった!」
ウチとれいらさんが座るソファの後ろに紙袋があった。
「そこに縄が入ってるから、それでここを縛って。できるだけきつく」
れいらさんはイッくんのソファの後ろに回り、言われた通りにシュラフの口に縄を巻いて縛った。
「二人ともご苦労様でした。後は座って見てね」
ソファに座ったイッくん。
ウチとれいらさんはその反対側に座っている。
イッくんの左手はシュラフ(の中の多華乃さんの腰)を抱いたまま。
「いま、タカノは二重の袋の中。暖かい、というより暑いだろうね。呼吸するのも辛いかもしれない」
右手でシュラフを押さえた。多華乃さんのちょうど顔にあたる部分。
「この中で美女が苦しい思いをしていると考えたら、・・ちょっと興奮するよね」
「イッくん! そういうフェチな妄想してる場合じゃないでしょ! 梢ちゃんも見てるのに」
「え、ウチ? 何のことですか?」
分からないふりをしたけど、二人の会話は何となく理解できた。
じっと我慢してる多華乃さん。たぶん本当に苦しい。
そんな多華乃さんを抱きながら「興奮する」と言ったイッくん。ドSやんか。
「ごめんごめん。イリュージョンに戻ろう」
イッくんは右手でシュラフの口を縛る縄を掴んだ。
「いくよ。・・それ!!」
手前に引いた。
シュラフは腰の位置で二つに折れ曲がった。
「もう一回!」
すぐにシュラフの足先を掴んで持ち上げた。
二つ折りのシュラフが四つ折りになった。
「え」「え」
ウチとれいらさんは揃って声を上げた。
「二人で上から押さえてくれるかい」
言われた通りシュラフを押さえると、空気がしゅうっと抜ける音がした。
シュラフは四つ折りのまま潰れて平らになってしまった。
「えーっ、どうして!?」
「多華乃さんは!?」
二人で騒いでいると多華乃さんの声がした。
「お疲れ様、お茶にしましょ♥」
リビングに隣り合ったキッチンに多華乃さんがいた。
紅茶とケーキを乗せたトレイを持って笑っている。
少しだけ乱れた髪。少しだけ紅潮した頬。
とても色っぽかった。
8.
「いったいどうなってるの!?」
「それは内緒。今のところお客さんが来た時に見せられるのはこのイリュージョンだけだからね」
イッくんはタネを教えてくれなかった。
「あんなにたくさんあったイリュージョンの機材はどうしたの?」
「ほとんど人にあげるか倉庫に入れちゃったんだ。これからまた新しいのを作るよ」
「新居に汚いものを置くなって、三田先生に言われたみたい。私は気にしないんだけどね」
多華乃さんが補足してくれた。
「まあ彼のアパートにいろいろ怪しいモノがあったのは確かね」
「怪しいモノはないだろ、タカノ」「うふふ」
「イッくんはね、何でも自分で作っちゃうんだよ。イリュージョンの道具から吊り床まで」
「スゴイですね! 吊り床って何ですか?」
「あ、ゴホンごほんっ」「・・ちょっと早いかな? 梢ちゃんには」
「???」
いろいろ話をしてイッくんと多華乃さんのことを教えてもらった。
二人は同じ大学で知り合って、一緒にイリュージョン同好会を設立した。勤めるようになってからも仲間と活動を続けている。
マジックの競技会にオリジナルのイリュージョンを出して賞を獲ったこともある。
たまに造形美術教室の子供たちにもイリュージョンを見せてくれているんだって。
「最近はれいらちゃんも参加してくれてるんだ。梢ちゃんはイリュージョンをしてみたいって思わない?」
「やりたいです。ウチもあんなすごいイリュージョンができるようになりますか?」
「できるわよ。私も最初は何も知らなくて始めたんだもの」
「ならウチの親が許してくれたら。あ、日曜日しかダメですけど、いいですか?」
「ぜんぜん大丈夫」
「梢ちゃんを誘おうと思ったのは訳があるの」
れいらさんが説明してくれた。
「三田先生、10月に還暦を迎えるのよ」
「カンレキって?」
「60歳のことだよ」
「先生そんなお歳やったんですか」
「だからお誕生会を企画してるの。そこでイリュージョンも見せようって」
「ははぁ」
「いつもだったらイッくんが多華乃さんとやるんだけど、たまにはサプライズもいいでしょ?」
イッくんと多華乃さん、れいらさん。3人がウチを見て笑っている。
まさか。
「れいらちゃんがものすごく推すんだ。新しく来た梢ちゃんっていう中学生がとてもいい子だって」
「あのウチそんないい子では」
「僕も梢ちゃんと会って思ったよ。是非、誕生会のイリュージョンをやって欲しい。・・タカノはどう?」
「大賛成よ。私も梢ちゃんのことが大好きになっちゃった」
「決まりね。マジシャンはあたし、アシスタントは梢ちゃんだよ!」
れいらさんが宣言した。
どうやらウチはいつの間にかイリュージョンに出ることが決まっていたらしい。
母ちゃん、ウチ、母ちゃんと同じイリュージョンのアシスタントするんやで。怒らんといてな。
「実はこんなのを設計しているんだ」
イッくんはノートに描いた図面を見せてくれた。
スーツケース?の中に膝を曲げて入った女の人のシルエットが描かれていた。
「タカノ用に描いたんだけど、梢ちゃんなら問題ないはずだよ」
「もしかしてウチがこれに入るんですか?」
「そうだよ。それで外から剣を刺すんだ」
「えええ~っ!!」
9.
還暦祝いなんて勘弁してちょうだい。
はじめのうち三田先生はお誕生会を嫌がった。
それでも造形美術教室の卒業生がたくさん来る、保護者の皆さんもお金を出し合って準備してくれると聞いて抵抗を断念した。
「ありがとう! ・・でも赤いちゃんちゃんこなんて着せようとしたら、その場で逃亡するわよ」
母ちゃんはウチがイリュージョンするのを嫌がるどころか大喜びしてくれた。
「三田先生のお誕生日にイリュージョン? 素敵やないの!! それであんた衣装はどうするの?」
「んー、まだ何も決まってへん、と思う」
「マジシャン役はあの高校生の女の子ね? よーし、母ちゃんがまとめて面倒みたげる!!」
母ちゃんはイッくんの携帯の連絡先を聞いていたらしい。
勝手に電話して衣装製作の了解を取り、るんるん楽しそうに準備を始めたのだった。
10.
「スーツケースが手に入ったんだ。サイズをチェックしたいから来てくれる」
次の週、連絡があってウチは一人でマンションへ来た。
イ��くんと多華乃さんが迎えてくれた。
さっそくスーツケースを見せてもらう。
「メ○カリで買った中古品なんだ。これをイリュージョンに使う予定」
それは思ったより小さかった。
立てて置いたら腰くらいの高さしかない。
「入ってくれるかい。梢ちゃん」
「あ、はい」
いきなりですか。
ええですよ。そのつもりでスカートやのうてショートパンツ穿いてきましたし。
イッくんが広げたトランクの中にお尻をついた。
「両手は後ろに回してくれるかい」
「後ろですか?」
「そう。手錠掛けるつもりだから」
「てじょう?」
「うん、後ろ手錠。動けないように」
!!
「イサオ! イリュージョン初体験の女の子にそんなストレートな言い方はダメっ」
多華乃さんが叱ってくれた。
「梢ちゃんフリーズしてるじゃない。・・心配しないで、梢ちゃん。マジック用の手錠だから自分で外せるわ」
「身の危険を感じました。ウチは生還できるんでしょうか?」
「んー、大丈夫だと思うよ。しらんけど」
イッくんがのんびり答えた。
ウチの関西人アンテナが反応する。
「あ、今『しらんけど』言いました? ウチも使うチャンス伺ってたんですけど」
「一度言ってみたかったんだよ『しらんけど』。今の使い方でいい?」
「グッドです。イッくん大阪でやっていけますよ」
「ナニアホナコトイッテンネン」
今度は多華乃さんが言った。
「多華乃さん、それは東京のヒトがやると割とスベるんで止めた方がええです。あとイッテンネンやのうてユーテンネンです」
「難しいのねぇ」「ドンマイです」
「ねえ、そろそろ続きをやらない?」
「イッくん人のギャグには冷淡ですねー」
「うふふ。冷たいのも彼の魅力よ」
はいはい、ごちそう様です。
トランクの中で横になった。
身体を丸くして両手を後ろに回す。
「もっと顎を引いて頭を下げてくれる」
「はい」
「あぐらを組む感じで。もうちょっとお尻下げて。・・OK、そのポジションをよく覚えておいてね」
「了解っす」
外にはみ出した髪を多華乃さんが直してくれた。
「大丈夫だね。では蓋するよ」
カチャ。
トランクの蓋が閉じて真っ暗になった。
頭の後ろが押し付けられて痛かった。
ぎゅっと折りたたんだ膝と脛、足の甲も前に当たってキツイ。
狭いやん!
「起こすよ」
ぐらり。
お尻に体重が乗った。
すっと身体が沈んで後頭部に余裕ができた。
足は全然動かせないけれど、少しだけほっとした。
「肩を捩じって、片手ずつ前に出してみて」
ごそごそ。
あ、出せた。
「右手で左の壁、左手で右の壁。触れるでしょ?」
はい、触れます。
「あとはまた両手を背中に戻す」
ごそごそ。
戻せました!
「ここまでできたら問題ないよ。ちゃんと生還できるから安心して」
はい!
「何度も練習して慣れてね。出してって言ってくれたらすぐに開けるから」
分かりました!
11.
「・・梢ちゃーん、大丈夫?」
声が聞こえた。
この声は、れいらさん!?
「はーい、大丈夫ですぅ。れいらさんですかぁ?」
「そうだよー。もう15分くらい経ったっていうから開けるよー」
え? 15分も?
ぐらり。
ウチを閉じ込めていた空間が横向きになった。
カチャカチャ音がして蓋が開く。
イッくんと多華乃さん、それにれいらさんがウチを見下ろしていた。
あ、えーっと。
「じゃーんっ、たった今、囚われの美少女が救出されました!」
あかん、誰も笑てくれへん。
仕方ないので、自分で「えへへ」とごまかして起き上がった。
「大丈夫みたいだね。静かなままだから、ちょっと心配になって」
イッくんが言った。
「ぜんぜん大丈夫です。・・何か馴染んでしもて、ぼおっとしてただけです」
多華乃さんとれいらさんが安心したように微笑んだ。
本当は、女の子を閉じ込めるってこういうことなんかと考えてた。
ちょっとえっちな妄想もしてドキドキした。
でんもそんなん恥ずかしくて言われへんやんか。ウチ純真な中学生やのに。
「そういえばれいらさん、いつの間に来てたんですか?」
「遅れてごめんね。梢ちゃんのお母さんに衣装の採寸してもらってたんだ」
「れいらさんちに行ってたんですか、ウチの母ちゃん」
それで朝からウキウキ出かけて行ったのか。
「面白いお母さんねぇ。あの人から梢ちゃんが生まれたのなら納得だわ」
「変な納得のしかた、せんといてください」
「そうだ梢ちゃんのお母さん、イリュージョンやってたって教えてくれたよ」
「え、そうなの!?」
多華乃さんが驚いた。
「らしいです。ウチも詳しくは知らんのですけど」
「むかし京都にいた頃、かなり本格的なイリュージョンをやってたらしいよ」
「なんでイサオが知ってるのよ」
「前に飲まされたときに聞いたんだ。・・あ、別にわざと教えなかったんじゃなくて、僕は余計なことは喋らないだけだよ」
「む」
多華乃さんはイッくんの首を肘で絞めて押さえ込むと、その耳の後ろをゲンコツでぐりぐりした。
「あれはスリーパーホールド。多華乃さんの得意技だよ」
れいらさんが教えてくれた。
その後イッくんがスーツケースイリュージョンの仕掛けを説明して、皆で進め方を相談した。
途中でれいらさんが「あたしもスーツケースに入りたい」と言い出して入ることになった。
「何時間でも閉じ込めていいよ」なんて言うもんやから「なら駅のコインロッカーにでも預けましょか」って返したら「うわーいっ!」と喜ばれてしまった。
多華乃さんまで「あらそれ素敵」なんて言う始末。
「手錠は?」「いいですねー」
「DID♥」「ですっ!」
もうやっとれんわ。
でも、これだけあけすけに話せるんは羨ましいな。
ウチもさっきスーツケースの中で興奮しましたって素直に告白したらよかったかな。
12.
お誕生会前日の造形美術教室。
子供たちがみんなで飾り付けをしていた。
ウチは湊と一緒にケーキを作っている。
ケーキと言っても食べられない飾りのケーキだった。
ダンボールの大きな筒に模造紙を貼って、その上から色紙で作ったクリームやフルーツをつける。
「姉ちゃんっ。そこはローソクやんか」
「あ、ゴメン」
「ここのチョコプレートはボクがやる」
「ならまかせるで」
「うん」
造形美術教室に来るようになって湊はずいぶん積極的になったと思う。
立ち上がって周囲を見渡す。
手伝って欲しそうな子は・・おらへんな。
それなら部屋の隅に座り込んでちょっとひと息。
明日はいよいよイリュージョンの本番か。
昨夜見た夢を思い出した。
スーツケースに入っている夢だった。
何故か学校の制服を着ていて、後ろ手に手錠を掛けられていた。
この頃、何度も同じような夢を見る。
ウチはいつもスーツケースに閉じ込められていた。
・・またか。
夢の中で考える。
・・それやったら、楽しまな損。
イリュージョンと言われてスーツケースに入ったウチ。
そのままどこかへ運ばれる。
街の雑踏が聞こえる中をごろごろ転がって、静かな場所に置かれた。
コインロッカー!?
スーツケースごと、コインロッカーに収納されたんか。
あの、このスーツケース、女の子が入ってるんですけど。
囚われのヒロイン。DID。
ずっと前からDIDの意味は知っていた。ウチはおませな少女なんや。
おませなウチは絶対絶命のピンチにも憧れる。
もう逃げられへん。どこかに売られてしまう。
そうや、可愛い女の子は拉致られて売られる運命にある。
諦めるってキモチ、ちょっとええと思う。
小さく折り畳んだ身体が動かせない。
もどかしい。もどかしくてウズウズする。
そやけど、このもどかしさに耐えるのが乙女の務めや。
身体じゅうが熱くなる。
「・・梢ちゃん!」
誰かに呼ばれて我に返った。
ウチの顔を覗き込んでいるのは、れいらさんだった。
「梢ちゃんがヒマそうにしてるのは珍しいね」
「ちょっと休憩中です。れいらさんはどうしはったんですか?」
「さっきね、衣装を試着してきたの」
「お~っ、どんなでしたか」
「セクシー! 自分でもびっくりしちゃった」
「母ちゃん、ウチの衣装よりもヤル気出してましたもん」
「恥ずかしいけど、あんな恰好めったにできないから頑張って着るよ。梢ちゃんの衣装は?」
「それは明日のお楽しみです。・・ええっと、あの、つかぬ事を伺いますが」
「はい?」
思い切って聞くことにした。
「れいらさん、こないだスーツケースに入ったでしょ? イッくんのところで」
「入ったねー」
「失礼なこと聞くって怒らんといてくださいね」
「うん、怒らない」
「れいらさんと多華乃さん、やっぱりマゾの人ですか?」
「へ!?」
「あのときのお二人、ドMトークで盛り上がってたやないですか。コインロッカーに預けてほしいとか手錠掛けられたいとか」
「そ、そんなこと口ばしったっけ」
れいらさんが顔を赤らめるのを見たのは初めてやないかな。
「『ICレコーダー梢ちゃん』の異名を持つウチですから間違いありません。あのトーク、なんぼかはノリで言わはった思うんですけど、羨ましかったです。あんな風に性癖を発散する女の人を見たのは初めてでしたから」
「中2のくせに性癖なんて言葉使うのね」
「ウチはおませな少女なんです」
「あははは」
豪快に笑われた。
「いいよ、教えてあげる。マジレスすると多華乃さんはドMだよ。自分でも公言してるわ。旦那様のイッくんはS」
「分かります分かります」
「あたしはMとS両方あるな。お相手によってどちらでも。・・あ、お相手って男性に限らないからね」
れいらさんはそう言ってウインクした。
「梢ちゃんはMだよね」
「あ、ウチはまだ・・」
「スーツケースに詰められて感じてるじゃない。もうみんな気付いてるわよ」
ぶわ。
冗談やなしに顔に火が点いた。
しばらくけらけら笑ってから、れいらさんは言った。
「それでいいんだよ! SとかMとか恥ずかしいことじゃないんだし」
「それやったらお願いがあるんですけど」
「何だって聞いたげるよ」
「これからはウチも多華乃さんとれいらさんのドMトークに参加していいですか? ウチもエロいこと言いたいです」
「そんなこと!? あはは、大歓迎!!」
「ありがとうございます。何かすっきりしました~」
「梢ちゃんて本当に面白くっていい子ねぇ。ますます好きになっちゃった。あたしが三田先生なら絶対にぶちゅ~ってしてるところね」
「ぶちゅう~!?」
13.
三田先生のお誕生会が始まった。
造形美術教室の生徒さん、保護者のパパとママたち、卒業生が何十人も集まっている。
イッくんと多華乃さん、それにウチの母ちゃんもちゃんと揃っていた。
司会のれいらさんが開会を宣言した。
続いてイッくんが卒業生代表として挨拶。・・その直後。
ぱーん!
正面にあったケーキからクラッカーが弾けて紙吹雪が舞った。
「三田先生っ。はっぴぃばーすでーぃ!!」
ケーキが上下に割れて、中から立ち上がったのはウチやった。
母ちゃんの作ってくれた白い衣装を着ていて、手には花束。
ケーキから出て花束を三田先生に渡した。、
子供たちは大喜び。他の人たちからも大きな拍手。
ウチが飛び出したのはケーキの形をしたびっくり箱。
その正体は前日に湊が作ったダンボール製のケーキだった。
これをイッくんがたった一晩で改造してくれた。
クラッカーを取り付けて紙吹雪が飛ぶようにした。
上下に分離できるようにして内部を補強し、小柄な女の子なら収まる空間を用意してくれた。
ホンマ、イッくんって何でもできるスーパーマン。
「ご苦労様!」
花束を渡して戻って来たウチをれいらさんが労ってくれた。
「ケーキの中でドキドキした?」
「はいっ。次にパーティするときは一緒にびっくり箱しましょ!」
「いいわね!」
ウチは皆が集まる前からケーキの中にずっと隠れていたのだった。
お誕生会はそれから子供たちが歌ったり踊ったり、造形美術教室の昔のビデオを上映したりして進行した。
そしてメインイベント。ウチとれいらさんのイリュージョンの時間になった。
14.
れいらさんが衣装を着替えて出てきた。
「うわあ」「れいらちゃーん!!」
「すごーい!」「キレイ!!」
大人も子供もみんなびっくりしてるなぁ。
「みんなー! お姉ちゃんこれから頑張ってマジックするよー。立ち上がったりしないで見てねー」
「はーい!!」
れいらさんは真っ赤なボディスーツとその上に短い黒ジャケットを着ていた。
ボディスーツはハイレグで胸のカットも深い。
バニーガールみたいにも見えるし、白いブーツを履いているからレースクイーンのようにも見える。
エロくて恰好いい。
母ちゃんが「萌える~!!」と雄叫びを上げながら作ったコスチュームだけのことはある。執念がこもってるわ。
何人かのパパが見とれてしまってママから叱られているのもお約束。
さすがにこれを女子高生に着せて小学生の前に立たせるんはええのかと心配やけど、三田先生が手を叩いて喜んでるから構へんのやろうね。
れいらさんが手招きした。さあ出番や。
「マジックをお手伝いしてくれる梢お姉さんです!」
「よろしくーっ」
ウチはスーツケースを引いて出て行く。
あの中古のスーツケースはイッくんが改造して外観が変わっていた。
正面と裏側に細長い穴が6つ。
これはサーベル(剣)を刺すための穴。
ギミックの都合でキャリーハンドルは上げたまま固定。
ウチはお客さんの方に背中を向けると両手を後ろで組んだ。
その手首にれいらさんが手錠を掛けた。
左右に引っ張って手錠が外れないことを示す。
それが済むと、れいらさんはスーツケースを倒して蓋を開いた。
スーツケースの中は仕切り類が全部外されていた。
代わりに蓋の裏に剣刺しのギミックがついて、少しだけ狭くなったけどウチが入るのには問題ない。
うちは靴を脱がせてもらって裸足になり、スーツケースの中に横になった。
膝を引き寄せて身体を丸くする。
簡単な所作やけど、一発で決まるように何回も練習したんやで。
れいらさんはスーツケースの蓋を閉じようとする。と、中身が大きすぎるのかなかなか閉まらない。
蓋にお尻を乗せて座って閉めた。パチンとロックを掛ける。
キャリーハンドルを両手で握り、重そうにスーツケースを立てた。
れいらさんが次に手に取ったのはサーベルだった。
これもイッくんの手作りで、長さ1メートルほど。
銀色のブレード(刃)と手元が束(つか)になっている。
れいらさんはブレードを指で撫でて痛そうな顔をした。
「怖い人は目をつぶってねー」
スーツケースの後ろに立ち、一番上の穴にサーベルの先端をあてがった。
何人かの子供が自分の手を目の前にかざした。
15.
カチャリと音がしてスーツケースが閉ざされた。
ウチはもう外へ出られない。
ぐらり。
スーツケースが立てられて世界が90度回転した。
いよいよここから本番。
ウチはスーツケースの中で深呼吸する。
こんな姿勢やから本当の深呼吸は無理やけど、大切なんは気持ちやからね。
スーツケースの中で身体を捩じった。
背中で手錠を掛けられていた両手を前に回した。
そんなことができるのは、左右の手錠が分離できるからだった。
手錠の鎖は紐で繋がっているだけで、その紐はリールで伸びるようになっている。
前に出した右手で左の壁をまさぐり、そこに6個並ぶレバーを探し当てた。
蓋の裏にはサーベルの一部、ブレードの先端だけが隠されている。
レバーを動かすとスーツケースの蓋の穴からその先端が突き出る仕組みになっている。
一方、れいらさんが持つサーベルは、スーツケースの穴に押し込むとブレードが縮んで束の中に収まる仕掛けになっているのだった。
「・・スチール製のメジャーがあるだろう? あれと同じ構造だよ。ブレードは硬いように見えて実は巻き取られてるんだ」
「?」「?」「?」
ウチもれいらさんも、一緒に聞いていた多華乃さんも、イッくんの説明はさっぱり理解できなかったと思う。
理屈は分からんでも、効果は分かった。
後ろからサーベルを押し込むのに合わせてレバーを操作したら、お客さんにはサーベルがスーツケースを貫通したように見える。
大切なのは二つ。
二人のタイミングを合わせること、それから6個ある穴の順序を間違わんようにすること。
それさえ守ればバッチリのはずや。
れいらさんが最初の穴に1本目のサーベルを押し当てた。
コツン。
スーツケースの中に音が響く。
ウチは1秒待ってレバーを下げた。
これでサーベルの先端がにょっきり顔を出したはず。
2本目、3本目。
ウチは順番にレバーを操作した。
後で聞いたら子供たちとパパママたちはビックリしていたらしい。
ウチが本当に刺されたって思った子が多かったんやて!
うわぁっ嬉しいぃ、って叫んでしもたよ。
4本目、5本目、6本目。
全部のサーベルがスーツケースを突き通った。
れいらさんはそのスーツケースをくるりと回してお客さんに全体を見せた。
今度は後半。サーベルを抜く演技になる。
レバーを逆の向きに動かせばブレードの先端が引っ込み、同時にれいらさんがサーベルを引き抜いたらええんやけど、実はこれはけっこう、ちゅうか、かなり難しい。
前半でサーベルを刺すときは、れいらさんがサーベルを押し当てる音を合図に、少し遅れてレバーを動かせばよかった。
「・・でも、抜くときに少し遅れるのは困るんだ。ちょっと考えたら判ると思うけど」
「?」「?」「?」
またしても女性3人はイッくんの説明を理解できなかった。
「後ろで引き抜いてるのに、前に出ている先端がそのまま残っているのは不自然だよ。あれ?って思われてしまう」
「そうか」
れいらさんが気付いた。
「前も後ろも同時じゃないといけないんですね」
イッくん細かい。でもその通りやな。
ウチとれいらさん、スーツケースの中と外でタイミングを完全に合わせないといけない。
何か合図が要る。でもどうやって?
イッくんのアイデアは単純やった。
「それならお客さんに合図してもらおう 」
16.
子供たちに向かってれいらさんが呼びかけた。
「みんなー、梢お姉さんが穴だらけになっちゃいました! 助けてあげたいですか?」
「助けてあげたーい!」
「じゃあ、この剣を抜きまーす! 何本抜かなきゃいけないかしら?」
「ろっぽん!!」
「1本ずつ抜くから一緒に数えてくれるー?」
「はーいっ」「数えるー!」
「数え間違ったり、声が揃っていなかったりしたら、梢お姉さんは死んじゃうかもしれないよ?」
「だめー!」「やだあっ!!」
「じゃあ練習しよう! いい? せーのっ、いーち、にぃーい・・。ああぁっ、ダメダメ揃ってないっ。もう一回!」
全員が揃って1から6まで数えられるまで練習させた。
「いくよ? せーの!」
「いーっち!」
れいらさんがサーベルを引き抜くと同時にブレードの先端が引っ込んだ。
「にぃーい!」
子供たちの声が響く。リズムもペースも綺麗に揃っていた。
「さーん!」
どんどんサーベルが抜けて行く。
「しいー!」
あと2本!
「ごぉー!」
これで最後!!
「ろぉーっく!!」
「はーい! 全部抜けたねー! 梢お姉さんは無事かなー?」
スーツケースを横に倒して、ロックを解いた。
カチャリ。
横になっていたウチが身を起こした。
「うわー!!」「あれー!?」
白い衣装がピンクに変わっていた。
立ち上がって一回転して見せた。
どうかな? 母ちゃんの作ってくれた早変わり衣装。
可愛いでしょ?
れいらさんに手錠を外してもらう。
小声で言われた。
「知らなかったよ。びっくり!」
「えへへ。黙っててスミマセン」
二人並んでお辞儀をした。
三田先生が駆け寄って来た。
「すごいすごいすごい!! どきどきしちゃった! ありがとう!!」
イッくんも来て握手してくれた。
「やられたよ。衣装チェンジとはね」
もう一度拍手を浴びながら皆でお辞儀した。
お客さんの中に母ちゃんと湊が座っているのが見えた。
湊は黙ってサムズアップしてくれた。
あんた、どこでそんなゼスチャー覚えたの。格好ええやんか。
ウチも笑って親指を立てて返す。
すると母ちゃんまで指を立ててウインクした。
母ちゃんっ、指が違う.
立てるのは中指やのうて親指やちゅうねん。
17.
それから二週間経った夜。
ウチと母ちゃん、れいらさん、イッくんと多華乃さん夫妻、そして三田先生がレストランの個室にいた。
三田先生がお誕生会のお礼にと招待してくれたのだった。
「ウチ、フレンチなんて初めて」「あたしもです!」
「お箸で食べるフレンチ、いいですねー」
「友人のお店なの。形式張らずに楽しんでちょうだい」
ワインとノンアルコールのスパークリングで乾杯。
「あら、あなたたちもノンアル?」
先生がイッくんと多華乃さんに聞いた。
「僕らは後でいただきます。今は、ちょっと」
「彼、リベンジする気なんです」
多華乃さんが言った。
「タカノ、いきなり言う?」
「いいじゃない。頑張るのは私だよ?」
「あ、ぴぴっと来たっ。イリュージョンするんでしょ!」
れいらさんが言った。
イリュージョン!?
「この人、梢ちゃんの衣装チェンジに全部持ってかれたこと未だに根に持ってのよ。子供みたいでしょ? うふふ」
「そんなことはないよ。僕は」
「うん、イッくんってそうだよね」「分かるわ」「イッくん、ホンマですか?」
「ぼ、僕は・・」
「あまりイサオを苛めないであげて。その分、私が彼に苛められるんだから♥」
謎めいた微笑の多華乃さん。
他のみんなは笑っている。母ちゃんまでウンウンって頷いて。
まさかこの二人、ムチとローソクでSMプレイしてたりする?
18.
「ええっと、やろうか」「はい!」
イッくんと多華乃さんは席から立ちあがった。
一度出て行って戻って来た。
持ってきたのはあのスーツケースと紙袋。それからサーベル、ではなくて金属の細い棒。
「先日とは趣向を変えたスーツケースイリュージョンをやります。・・これは」
イッくんはそう言って金属棒を持って水平に構えた
「ステンレスの丸棒です。直径5ミリ、スーツケースの穴をぎりぎり通る太さです。先端を円錐形に削り出しました」
イッくんはスーツケースを床に倒して蓋を開いた。
れいらさんが黙ってウチの肩を叩いた。それから開いた蓋の裏を指差す。
!!
あの剣刺しのギミックがない。
蓋の裏に張り付けられていた黒いパネルのような仕掛けがなくなっていた。
6個の穴がはっきり見えた。
多華乃さんがさっとシャツを脱いだ。
ブルーのスパッツ。その上は黒いブラだけ。格好いい!!
スーツケースの中に入って膝をついた。
そのまま身体を逆海老に反らしてスーツケースに収まる。むちゃくちゃ柔らかいやないですか。
イッくんが多華乃さんの肌を撫でる。ああ、また。
「あら♥」「まぁ♥」
嬉しそうな声を上げたのはウチでもれいらさんでもなく、三田先生と母ちゃんだった。
イッくんはにやりと笑うと蓋をぱたんと閉じた。
すかさずスーツケースを立てて起こす。
紙袋から縄束を出してスーツケースに巻きつけ、荷物みたいにきりきり縛った。
れいらさんがウチの耳元でささやいた。
「多華乃さん、頭下向き」
ホンマや!
あのポーズで逆立ち?
イッくんはスーツケースの後ろでステンレス棒を水平に構えた。
「前後の穴を一発で通すのが難しいんだ。・・練習の成果をご覧あれ」
息を整える。
いきなり穴に突き刺した。合図も何もしなかった。
反対側の穴から棒の先端が飛び出す。
すぐに引き抜き、別の穴に突き刺した。
抜いては刺してを何度も繰り返した。
むちゃくちゃ速かった。
今度はステンレス棒を6本、スーツケースの横に並べた。
まず1本を突き刺した。
すぐに次の1本を持って突き刺した。
立て続けに全部の棒を刺してしまった。
「・・おっと失礼」
テーブルにあった紙ナプキンで、一番下の棒の先端を拭いた。
ナプキンが血に染まったみたいに赤くなった。
ひょえー。
ウチらのイリュージョンより迫力ありまくり!
多華乃さんがどうなっているのか想像できなかった。
ぎちぎちに縄で縛ったスーツケースの中で、無理なポーズで逆立ちで。
「では助けてあげましょう。彼女が無事でいるかどうか心配です」
ステンレス棒を全部引き抜き、スーツケースの縄を解いた。
床に寝かせて蓋を開ける。
入ったときと同じポーズの多華乃さんが現れた。
ぐったりしているみたいやった。
イッくんが多華乃さんの背中に手を当てて起こした。
血!!
多華乃さんの胸と脇腹から真っ赤な血が流れていた。
ええ!!
まさか、大怪我!?
れいらさんも驚いて固まっている。
「・・ええっと、残念ながらイリュージョンは失敗したようです。妻は天国へ旅立ちました」
ガタ!
立ち上がったのは母ちゃんやった。
自分のナプキンを掴むと、二人に近づいて多華乃さんのお腹をごしごし擦った。
「ひ、・・きゃはははっ」
多華乃さんが身を捩って笑いだした。
「あーん、ごめんなさい!!」
「あんたら、やりすぎ! これ、ケチャップでしょ?」
母ちゃんが言う。母ちゃんの目も笑っていた。
「恐れ入りました」
イッくんが謝った。
「最後まで騙せると思ってたんですけど、さすがですね」
「昔よく使ったわ。匂いで分かるからお客さんと近いときは注意が必要なの」
「勉強になります」
19.
食事が済んで、三田先生がイッくんに聞いた。
「さっき、もし桧垣さんに見抜かれなかったらどうするつもりだったの?」
「そのときは蘇生措置をして生き返らせる予定でした」
「ウソ。スーツケースに入れて持って帰るって言ってたじゃない、イサオ」
「そっちの方がよかったかな?」
「そうね。私はまる1日詰められてもイサオのためなら耐えるわよ♥」
「多華乃ちゃん」「はい?」
三田先生がいきなり多華乃さんの頬を両手で挟んでディープキスをした。
「ん! んんん~っ!!」
「素敵よ、その心がけ。でも新婚だからってサービスしすぎると、彼、図に乗るわよ」
「はぁ、はぁ、・・はい」
「次は、」
三田先生が顔を向けたのは・・、ウチやった!
「一番頑張ってくれた梢ちゃん♥」
「は、はい」
ウチは顔を近づけてくる先生から逃げられなかった。
「本当に、一番お礼を言いたかったのはあなたなの」
「うわ♥」れいらさんの歓声が聞こえた。
「これからも、お願いね」
ちゅう。
マウスツーマウスでキスをされた。
女の人相手で快感やったというと変態みたいやけど、本当に気持ちよくてうっとりしてしまった。
ウチは皆が見ている前で60歳のおばちゃんにファーストキスを奪われたのだった。
・・それからウチは長いことイリュージョンの活動をすることになった。
イッくん夫妻とれいらさんにはまだ秘密があったけど、それを知るのはずっと先のことだった。
────────────────────
~登場人物紹介~
桧垣梢(こずえ):14歳、中学2年生。一人称は『ウチ』。
桧垣湊(みなと):8歳、小学2年生。梢の弟。造形美術教室の生徒になる。
桧垣純生(すみお):46歳。梢と湊の母ちゃん。旧姓鈴木。
三田静子:60歳。小学生向け造形美術教室の指導者。嬉しいと誰が相手でもキスする癖がある。
玻名城(はなしろ)れいら:17歳、高校2年生。造形美術教室の卒業生で教室を手伝っている。
酒井功:25歳。造形美術教室の卒業生。趣味でイリュージョンをやっている。通称イッくん。
酒井多華乃(たかの):25歳。功の新妻。身体が柔らかい。
4年前に書いた 多華乃の彼氏 と 多華乃の彼氏2 での仕込みをようやく回収しました。
仕込みとは、造形美術教室の先生の名前を三田静子にしたこと、そしてイッくんが京都に行って人間くす玉をクレクレしたことです。
大抵の場合、回収方法はまったく考えずに執筆時のノリだけで仕込むので、そのまま放置で終わることも多いです。
今回はAIで作成したイリュージョン絵(=スーツケースに女の子が入って笑っている絵)が中学生のように見えたことから、この女の子を純生さんの娘にして仕込みを回収することにしました。
純生さんと三田先生のエピソード(純生さん中学3年生のとき)は『三田静子』をサイト検索すれば出てくるはずなので興味のある方はお読みになってください。
今回のイリュージョンは3つ。
イッくんのマンションでやった袋詰めからの脱出は、現実に演じることが可能と想定しています。
ただし、あの部屋(正確にはソファと隣接してキッチンがある)かつ観客が少人数でないとできないので、舞台で演じるには向きません。
袋の上から多華乃さんのボディを撫でまわ��のは夫婦のイリュージョンだからできることですね。
梢ちゃんのスーツケースイリュージョンは、前記の通りスーツケースに入った女の子をAIに描かせたので、それなら剣を刺してしまえと考えたものです。
ダンボールの剣刺しはよく見かけるイリュージョンですが、スーツケースは珍しいかもしれません。
サーベル回避のギミックは、これならできそう?というものをイッくんに考えてもらいました。
刺すときと抜くときのタイミングの相違は作者のこだわりです。お読みの皆さまには面倒くさかったら申し訳ありません。
梢ちゃんのスーツケースで仕掛けを凝ったので、多華乃さんのスーツケースは一切ギミックなしの命がけです(笑)。
ダンボールよりはるかに狭いスーツケースの中、軟体ポーズでその上逆立ち。いったいどうやって6本のステンレス棒をすり抜けたのでしょうか?
最後に母ちゃんが止めたのは本当はルール違反です。
元プロだから分かっているはずですが、レストランで血まみれは悪乗りが過ぎましたね。
本話の最後で梢ちゃんの今後を示唆しました。
イッくん夫妻とれいらちゃんの秘密とは、もちろん 前話 で描いたあの趣味です。
梢ちゃんがどんなM少女に育って行くのか作者の私も楽しみです。
挿絵は今回もすべてAIで生成して一部手修正を施したものです。
一番うまくできたのはれいらちゃんのマジシャン姿。やはりAIは単純な立ちポーズなら簡単です。
ここのところAIに描かせた絵にストーリーをつける小説が続きましたが、次回以降はストーリーを先に考えて挿絵をつける従来の手順で進めたいと思います。
しばらく時間が開くと思いますが気長にお待ちください。
最後に小説ページの体裁について。
tumblr の入力エディタが更新され、従来の入力方法(HTML入力)が使いモノにならなくなりました。
大きな変化がないように努めていますが、一部違和感があるのはお許し下さい。
(例えば、後書き前の区切り線が引けない~泣)
それではまた。
ありがとうございました。
[Pixiv ページご案内]
こちら(Pixiv の小説ページ)に本話の掲載案内を載せました。
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