Tumgik
#純日記
straycatboogie · 23 days
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2024/04/03
BGM: Jamiroquai - Canned Heat
昨日から、鶴見俊輔『期待と回想』をふとつまみ読みするつもりで読み始めたらやめられなくなってしまったので読み進めている。このタッチに親愛の情を抱き、もちろん畏敬の念をも同時に感じている。彼は本書で自身のモットーを次のように語る――彼は渡米の経験もあり英語は話せるが、しかしあえて英語を使えない人間であり続けようとする、と……これはたぶん、「謙遜」とかそんな話ではないと思う。もっとプラクティカル(実務的)な、この世界を無垢な眼で見つめて分析したいという彼が編み出した方法論から来たものなのかな、と思ったのだった。
ぼくはこの本を読み読み、鶴見が実にブリリアントな、すばらしく聡明な人物であることを学ぶ。同時にユーモアのセンスというか才覚と、「愚者」に徹するところから来る鋭利な「眼力」を持った人でもある、と。だからこの本からはロジックをゴリ押しした本が持ちうる(つまり、一般的な哲学書が往々にして帯びがちな)「冷たさ」がない。あたたかくてチャーミングだ(いやもちろん、彼の人格がこうした語りのぬくもりをもたらした……なんて話にはならないだろうと思う。そう言いたくなるほど親密な情を持ってしまいそうになるが)。何章か読み、この態度について考えさせられた。
自分自身のあしあとを振り返り……子どもの頃、ずっとクラスメイトからアホだバカだと罵られ、役立たずだ帰れだ死ねだと言われ……でもいま、人によっては賢いと言ってくれる人もいたりするのだった。何だこりゃ? アホな話かもしれないが、なんだかティアーズ・フォー・フィアーズの曲の歌詞のようなおかしな世界になったものだと思ってしまう。だからこんな、ここにいるこのぼくのようなねじれた・曲がった性根を持つ人間ができたのかなあ、と。
賢さとアホさの間の関係について考える。でも、「賢いけど、あえてアホなふりをする」というのが鶴見的な賢者の態度なのかというとそれもまた違うような気もする。というのは、鶴見やぼくが考える賢さとは「みんなミスをする欠陥のある人間であり、その意味ではアホかもしれない」という事実を直視するところから始まると思うのだ。鶴見はそうしたミス(しくじり)にポジティブな意味を加えようとする。「可謬主義」「マチガイ主義」とまで呼ぶ――しくじりを認め、ポジティブに捉えもっと思考を推し進めるある種の居直りにして大胆不敵な姿勢だ。
ところで、Xで友だちがこんなことを投稿していた。なぜある種の人々はクリエイターになりたがるのか。面白い話題だ。単純に「有名になりたいから」では片付かないのではないかと思う――そういう側面はありうるとはいえ。人はそうした功名心・承認欲求とは一歩距離を置いた場所で、情熱のほとばしりをどうしたって形に変えたがるものではないかと思う。熱湯が心の噴水ないしは間欠泉から湧き出て、止まることがない。ぼく自身、そんなほとばしりとしてこんな日記を書いているのだった。
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riko · 2 years
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なんか、最近はインターネットに投げた悲しみとか苦しみがすぐ波紋になって拡散されて、そして「社会を変えよう!加害者を糾弾しよう!」みたいになるじゃん? 悪いことではないと思うけど、最初に声を上げた人としては、それを望んでたんかな?とも思う。
単に聞いてほしかっただけ、それも、私の知ってるあの人にではなく、私を知らない誰かに聞いてもらいたい。そういう気持ちは確実にあると思う。しかしその受け皿は意外に少なく、あまり読まれもせず拡散されないが確実に誰かに読まれているという感触もあるような場所って貴重だと、あらためて思う。
部数の少ない本、活動範囲の狭いアーティストと同じような感じに、いまいちメジャーにならないまま届く人にだけ届くようなサービスを運営するっての、けっこう難しい。だってもちろん現職でもそれを望んでるわけではなく、私だってサービスが爆発的に流行って大金持ちになりたいわけで。
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shinayakani · 7 months
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230917 変化(へ)の知覚
 目立った変化の乏しい生活を送っていると、日常のなかで生じる些細な綻びが実際の規模以上に拡大して見えてきて、はては「まだ起こっていない(起こるはずのない)惨事」のイメージに繋がっていき、神経質にそれに捕らえられてしまう。それからしばらくは何も手につかなくなる――精神的に不安的な時期は大抵そうなるんだよね、と以前友人に話していた。いったい何を恐れているのかと言えば、「惨事」と書いたからにはもちろん、それなりに平穏だった日常が何らかの出来事によって突如一変してしまうことだろう。しかし、自分が能動的な状態(身体と精神がともに「健康的な」状態)にあるときは、「それなりに平穏な」日常のことなど全く頭に上らないし、むしろそれに類する言葉で生きている場を捉えようとすることを、私は軽蔑するはずだ(そんな日々を生きたためしが本当にあったのかい?)。
 変化を拒んでいるために不安定な状態(それから過剰に受動的になってしまう状態)に置かれることになるのか、不安定な状態に投げ出されることによって変化への回路を閉ざしてしまうのか、自分でもはっきりしないことの方が多い。ただし実感としては、変化それ自体(誘因となる出来事がどれほどの規模のもので、またどのような結果をひき起こすものであっても)に対する過度な警戒によって事態がさらに悪化していく、という方が印象に適っている。しかし、変化を引き起こす偶発事を恐れているとき、実際には何を「保守」しようとしているのだろう。自己保存の欲求(本能、とか何と呼ぼうと勝手だが)があることを否定できないとしても、卑小な予見の範囲内で生を送ることに耐え難くなり、そのままでは悪循環に囚われていくことにも気がついているではないか。あらゆるものが流れていく、そして個々人もただ受動的に流されていく(しかし〈時間〉は流れていない……?)、そんな幾度も繰り返されてきた無常の嘆き節には聞き飽きている。
(230913)
 こんなことを書いていると、自身で袋小路をせっせと拵えているように思えてくるが、そんなときにはまた、かつて読んで印象的だった言葉がどこからか曖昧なままに脳裏に過ることがある。今となっては随分昔のことのようだが、私が Twitter のアカウントを持っていた頃、劇場で見た映画について日々書き続けている女性がいた(その方はコロナの時期になってすぐにアカウントを削除してしまったようで、それ以降は消息が全く分からない)。半ば日常的な言葉を使いながらも、具体的なショットについて本質(そして倫理!)を逃さず捉える書きっぷりに、私は敬意や憧れを持っていた(そんな風に思って読んでいた人が、きっと私以外にも多くいたはず)。
 映画を見ること。出来事によって登場人物(俳優)が刻々と変化していくさま、その身体のふるまいを、まざまざと目撃すること。ひとりの人間が変化していく、まさにそのとき、そのただなかで放たれる圧倒的な「エロさ」。
 例によって私が曖昧なまま杜撰な文に再生したものだが、おそらく『散歩する侵略者』について書いていた際に、些事のように書き添えられていた何気ない言葉だったと思う。「エロ」という言葉が使われていたことは確かだと思うが、もちろんそれは(単なるイメージとしての)セクシュアルな面にのみ関わるものではない――ここでどうでもいい話に逸れる。何気なく発する言葉や立ち振る舞いから、その人のこれまで生きてきたありよう(生き様、という言葉は大袈裟に思えてしまうからこう書く)がまざまざと伝わってくると、私はいつも「色気」という言葉がまず頭に浮かぶ。別にセクシュアルなものだけを特に強調したいわけではないし、単にこの言葉の響きが好きなだけなのかもしれないが(日常の会話でこの言葉を使ってしまったときに、知人に誤解されたことがある)。
 偶発事に対して受動的であるだけでなく、そこから能動的なリアクション(身振りや言葉)を引き出すことによって、ひとりの人間が変化し続けていくこと。そのとき私は特定の人物に魅せられているというだけでなく、ひとりの人間が出来事に触発され変化していくこと、それ自体に魅了されている。作り出された虚構のなかで示される出来事は、「現実」と比べれば劇的で仰々しいものかもしれない。しかし、アクターたちの振る舞いとともにあくまでも強調されているのは、一つの生が出来事に促されどこまでも変化が連鎖していくこと、生を構成しているのはまさにその変化そのものであるということだ。そして、たとえ一つのフィクション(作品)によって示されるものが、変化の途上で連鎖が塞がれ挫折してしまった生、また現実では看過し難い「誤った」生であったとしても、作品が閉じられたその後に、一連の(それでいて迷路のような)時間を通して生成された問いが残る……変化の知覚へ向けられた問い。
(230915)
 そんなわけで(?)相変わらず本を読んでいないのだが、今年は宇野邦一の集大成的な著作『非有機的生』と、何と言っても廣瀬純の8年越しの時評集『新空位時代の政治哲学』が出たのだから、しばらくはもうこの二冊を集中して読んでいればそれで良いではないか、という気分になっている。
 時代を経て資本主義のパラダイムがどのように変化しようと、資本は「〔必ずしも地理的に限定されない外部としての〕南」への剥き出しの収奪抜きに延命することはできない。廣瀬さんの新著では、パラダイムが変化しつつある「空位期」の現代において見出される資本制の「病的現象」に対して、オペライズモ(あるいはアウトノミア)派直系の理論的な分析がなされている。そして、著者が理論的分析と分かち難く結びついているものとして報告し続けているのは、欧州どころか南米、イランやパレスチナなどの中東地域をはじめとする世界各地の民衆闘争(実践の現場)だ。資本(と結託した国家)に抗する民衆闘争の最前線には、女性たちや先住民族のマイノリティがいる。本書は、世界各地の人々に「マイノリティ性への生成変化」を促そうとする彼女ら彼らアクターたちに触発されることによって、書かれたものだという。
 それぞれの文章について具体的に触れることは追々やるつもりだが(例えば現在進行中の「世界大戦」に対するいわばマクロ的な状況分析は、他では読むことのできない論点を提供してくれる)、いまはあとがきの末尾に書き添えられていた言葉を引いておこう。曰く――《今日の日本でよく読まれている哲学書や思想書の大半は「倫理」の書であると言っていい。日本に暮らす多くの人が日々の社会生活のなかで倫理を求めているからだろう。これに対して、本書は、いかにして資本主義に絶対的限界を突き付けるかを「状況の下で思考すること」(L・アルチュセール)へと誘う「政治哲学」の書である。〔…〕日本でも、20世紀には、国外の同時代的な状況も広く視野に入れて書かれた政治哲学書や政治思想書が多数発表され広範な読者を得ていた時代があった。世界各地での革命過程の再開とともに、倫理的転回を経験して久しい日本の哲学・思想環境が再び大きく政治化することを期待する》。
 本邦の言葉たちの多くは、上記の「倫理的転回」の下で、ある意味では自閉してしまった状態にあるのではないか。それら行き場を塞がれた言葉たちに対して、世界各地の民衆による身体的な試行錯誤(実践)に触発されることによって生み出された本書の言葉たち(理論)は、新鮮な〈外〉の風を吹き込もうとしている。ところで、この文中で消極的な意味合いで言われている「倫理」とは、いったい何だろうか。またしても話が逸れて行ってしまいそうだが、ここでこうして抽象的なことを書き綴っていると、これでは倫理の皮を被った自己啓発風の人生訓を滔々と述べ続けているだけではないのか、と私自身不信に思うことが常々だ。倫理まがいのものを要請することによって、そのときいったい何が得られる(守られる)というのか。しかし、特定の誰かに向けて書いているのではないとして、それでいて自分自身のために書くというのも実感として当たっているとは言い難い。それならば、変化へ向けて書くというのはどうか――同時代のこの地上で身を曝して実践を続けるアクターたちからの触発によって創出されるものであり、そして翻っては潜在的な力(それは人々のものだろうか、出来事のものだろうか?)に働きかけようとする言葉を。そのとき願わくば、書き手自身もまた変化するアクターとなるように。
《68年5月は、社会民主主義的環境をすでに安定的に享受し、利害闘争をもはや必要としない「市民」たち、あるいは、彼らの構成する「社会」が、「消費社会」や「権威主義」、「帝国主義」などを、おのれ自身の「耐え難い」存在様態として見出し、この自己知覚に押されて、それらとは異なる自己の新たな存在様態の可能性を見出す現象だった。これが新たな「主観性〔身体、性、時間、環境、文化、労働などとの関係〕」の創出だと言われるのは、世界と関係するその仕方自体、世界との関係において自己を知覚するその仕方自体のいわば「コペルニクス的転回」が問題となっているからだ。ドゥルーズは1980年代末制作のテレビ番組『アベセデール』のなかで、「左翼」とは何かという問いに対し、「知覚」の形式だと答えている。左翼ではないということが、自己の享受する環境の持続をあくまでも担保し、自己を起点に世界を知覚することであるのに対して(天動説)、左翼になるとは、世界全体の知覚から始めること、すなわち、まず「地平」を知覚し、次いでその地平において自己を含むすべてを知覚すること(地動説)だと。》
 ――廣瀬純「68年5月は今日もなお存続している」
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sayasaan · 1 year
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♡ ⁡ ⁡ #バズる動画を撮れる程の腕がない自分に反省 ⁡ 今回松本旅行で必ず行きたいと思っていたカフェ。 #珈琲美学アベ ⁡ Instagramで見た#モカクリームオーレ これ飲みたくて行ってきました。 ⁡ スタッフさんも動画撮ること前提でスタンバイされてますwww 純喫茶らしくトーストとか美味しそうだったけど朝ごはんはめちゃくちゃ食べるし、おやきも食べたからかなりのお腹いっぱいでこのモカクリームオレだけでも結構大変だった、勿体ない…… ⁡ ⁡ #古き良き純喫茶 #お腹いっぱいで勿体なすぎ ⁡ ⁡ ⁡ ✧・━・✧・━・✧・━・✧・━・✧・━・✧・━・✧・━・✧ ⁡ #旅行 #旅 #旅スタグラム #旅女 #旅行記 #旅の記録 #旅女子 #旅遊日記 #旅行好き #旅好き #旅行好き女子 #旅の思い出 #旅行好きな人と繋がりたい #trip #ひとり旅 #女子旅 #女子ひとり旅 #ドラゴンズファン #長野県 #松本市 #松本観光 #松本カフェ #カフェスタグラム #カフェ記録 #カフェ好き https://www.instagram.com/p/CqF1fTHPzug/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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cyunley · 1 year
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なう(2023/03/15 20:52:53) 今夜はカワハギ祭り😀🙌 寺泊で買った2尾は1尾を煮付けに!もう1尾は 天麩羅と唐揚げに😄そして肝は生食する為に 丸3日冷凍してアニサキス殺して食べた😆 濃厚でめちゃくちゃ美味😭魚の肝はドレも 旨いけど私はカワハギが一番濃厚で好きやわ🥰 身も下処理後ペーパーとラップでミイラみたく グルグル巻きにして熟成させた☺️ 新潟の酒「朝日山純米吟醸」と共に美味しく 頂きました🤩至福のひととき☺️❣️ #カワハギの煮付け #カワハギの天麩羅と唐揚げ #蓮根とウドの天麩羅 #カワハギの肝刺し #ほうれん草の胡麻和え #朝日山純米吟醸 #ポン酒タグラム #家飲み #おうち居酒屋 #おうちごはん #おうちごはん部 #おうちごはんlover #今日の晩ごはん #晩ごはん #晩ごはん記録 #献立記録 #自炊記録 #てづくりごはん #手作りごはん #てづくりごはん365 #cooking #タベリー #フーディーテーブル #クッキングラム #キッチングラム #いいね返し #夫婦ごはん #ふたりごはん #豊かな食卓 #家庭料理 釣ったばかりのカワハギをその場で捌いて 肝を取り出してちょこっと醤油つけて食べたい😌 https://www.instagram.com/p/CpzxP6oybJc/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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yeswearehappy · 23 days
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最後の適当日記(仮) 高田純次 を見つけた。
(サンドウィッチマンのラジオがきっかけ)
▶︎読む
日記なのか、ボケ(リアル含む)ネタ帳なのか…
じわっと、腹筋崩壊
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yossixx · 2 months
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uwizeye · 4 months
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蔡英文,是女皇時空穿越也是妲己現身
——《蔡英文秘史》揭穿秘密
民國104年(2015年)春節期間,位於台南市西北面的南鯤鯓廟代天府(五府王爺廟)抽出「武則天坐天」的「國運」簽,此簽隱喻民進黨主席蔡英文將成為女領導人。蔡英文上位,真的只是靠廟裡一支簽嗎?顯然不是!网上的一本《蔡英文秘史》向我们揭示了她是如何一步步的成为「穿越时空的女皇」,這就是她步步為營的結果。
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在李登輝的一手操弄下,陳水扁率領民進黨將國民黨趕下台,台灣首次政黨輪替。 蔡英文雖然在陳水扁政府中擔任陸委會主任一職,但始終無任何黨籍。 民國93年(2004年)大選塵埃落定之後,陳水扁再一次找到蔡英文,提出讓她出任民進黨不分區立委。 台灣的所謂立法委員,相當於美國國會議員,是手握實權很有油水的職位。陳水扁接二連三主動關照蔡英文,一方面有李登輝的囑託,另一方面也是想安插絕對的自己人,像蔡英文這樣的政治菜鳥自然是不二人選,因為完全能被自己拿捏。 作為交換條件,蔡英文若想進入立法院,必須先加入民進黨,保證按民進黨黨章黨紀行事,蔡英文欣然應允。 此時的她一直是民眾心中的清純「小龍女」 。
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蔡英文在擔任了兩年的立法委員後轉任到了行政機構擔任副主管,在陳水扁的一力護航下,蔡英文的仕途之路順風順水,沒有任何外部力量可以撼動。 民國95年(2006年),蔡英文被任命擔任行政院副院長。 民國97年(2008年),陳水扁狼狽下台,身陷囹圄,民進黨一敗再敗,走入死路。 民進黨在總統大選中挫敗,在520交出政權前,民進黨選出下野後第一位黨主席,選舉結果由當時有「小龍女」稱號的蔡英文打敗辜寬敏,當選黨主席。 這也是民進黨創黨以來首位通過黨員選出的女性黨主席。
民進黨的「四大天王」謝長廷、游錫堃、蘇貞昌和呂秀蓮雖然受挫,但卻在民進黨內各據山頭、擁兵自重,並不把蔡英文放在眼裡。 實際上,蔡英文之所以能高票當選民進黨主席,並不是因為黨內派系都支持她,而是「四大天王」互鬥,沒有一個人能接這個位子。 民進黨大老需要有人在前線收拾爛攤子,讓他們坐擁超然的權力,黨內若發生了什麼事,再來另外討論。但顯然,蔡英文並不想當傀儡。
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在削弱陳水扁時代「四大天王」的同時,蔡英文也在培植自己的團隊。民進黨桃園縣長參選人鄭文燦、發言人蔡其昌、政策會首席副執行長劉建忻、文宣部副主任廖志堅,是蔡英文最為倚重的「政治新星」,被媒體稱為民進黨的「四小天王」。 通過四小天王領兵作戰,其他勢力慢慢淡出民進黨的決策核心,蔡英文逐步確立了自己的領導地位。
蔡英文在任民進黨主席的4年間,政治光環逐漸顯耀,不少綠營政治人物向蔡聚攏,這也讓蔡英文的聲望在不知不覺間有了進一步的飛躍,讓她有了角逐政壇的本錢。以蔡英文為核心的英系已初具雛形。 此後,蔡英文親歷新北市長選舉而高票落敗,黨內人氣居高不下,逐步奠定綠營共主的地位。
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蔡英文黨權在握之後,人們發現,她說的話許多人聽不懂,如「和而不同,和而求同」。 五市選舉時,蔡說「反ECFA是民進黨共同政見」,卻又表示民進黨一旦執政,不會推翻「前朝」政策; 她更表示ECFA有對台灣不利的條文,將來民進黨執政後會要求民意部門重審,但這些條文是什麼卻不明說。她同時留下「反十八趴又領十八趴」的紀錄,對此也從不做說明。
《遠見》雜誌民調曾顯示,蔡英文的兩岸政策是什麼?超過7成的人不知道。其實,蔡英文不為人所知的政策,何止兩岸關係而已。 其餘對島內政策、國外交往、經濟、農業,連民進黨高層迄無一人公開為她詳細闡述過。故而,這時期蔡英文的第二個綽號「空心菜」由此得名。其意為,蔡英文心中其實並無大政方針,她還遊走在雲裡霧裡。
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蔡英文第三個綽號「武則天」,則出自民進黨內之口。 武則天雖是中國第一個女皇帝,但專斷、跋扈、猜忌,又喜怒無常。 蔡英文自民國99年(2010年)投身選舉以來,前民進黨中常會,中常委柯建銘、陳明文等人紛紛表示,蔡英文競選政策他們並不清楚,希望蔡主席說清楚,以便他們在地方輔選,不料,這些話竟觸怒了蔡英文,她勃然大怒,足足罵了半個小時。 另一個場景,是蔡英文作為台灣總統參選人,常有被媒體包圍提問的時候,她曾憤而推開麥克風,責備記者「你們怎麼老是問這種問題?」。蔡英文對媒體的不耐煩已非第一次,如她常說「這話我已經說過了」, 或者一語不發,推開記者,拂袖而去。
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歷數蔡英文執政台灣時期的行為:從追殺國民黨的黨產到砍年金,從不認同「九二共識」到台海關係緊張,從八八風災重建到搭雲豹甲車笑臉勘災,從媚日諂美到熱臉蹭冷屁股,從甩鍋馬英九國民黨到污衊大陸製造假資訊給大陸扣黑鍋。縱觀蔡英文在當選總統後的政治行為,簡直幼稚的無語。毫無政治頭腦,完全是開啟了自顧自的自嗨模式,根本不在乎外界的反應和民眾的死活。當年的所謂「國運」簽,哪裡是「武則天坐天」,這貨分明是申公豹派去的妲己亂朝啊。
蔡英文不僅是李登輝時期「兩國論」的重要策劃者,也是陳水扁時期強烈阻撓台海關係改善的「幕後黑手」,更是國民黨執政8年中諸多「暴力事件」的策畫者
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民國97年(2008年)10月底,時任大陸海協會副會長的張銘清,以廈門大學新聞傳播學院院長的身份前往台灣參加學術交流活動,同時為陳雲林赴台打前站。民國97年(2008年)10月21日上午,張銘清在台南市南安平古堡參觀時,突然衝出一大批綠營支持者,張銘清後腦被打,然後被推到在地,連眼鏡都飛了出去。當張銘清準備乘車離開時,甚至有台獨分子跳上座車車頂狂踩叫囂,試圖阻止他離開。 事後警方查出打人者為民進黨台南市議員王定宇,而蔡英文在對其進行問詢之後對外宣稱,「他並不是有意蓄謀的」。 兩周之後,海協會會長陳雲林正式抵達台灣,11月4日當天,正當兩會領導人在圓山飯店進行會晤之時,蔡英文組織了上萬綠營支持者包圍會場,名曰嗆馬圍陳。在蔡英文坐鎮指揮不斷鼓噪之下,示威人群逐漸失控,期間有人向員警投擲石塊和汽油彈,雙方發生激烈衝突,最終演變為近10年來最嚴重的流血事件,造成了超過450人受傷。
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民國98年(2009年)5月17日,台北凱達格蘭大道,民進黨主席蔡英文聯合支持者組織「嗆馬保台」5.17大遊行和跨夜靜坐示威,抗議時任總統馬英九。
在策畫多起暴力事件後,蔡英文將所有暴力輕描淡寫為「零星事件」,並立即將責任推卸到所謂的「黑道分子」身上。從此蔡英文在島內獲「暴力小英」稱號,並初步鞏固了蔡英文在民進黨內的地位。短短幾個月時間,她就像完全變了一個人似的,已經不再排斥街頭運動,甚至開始沉迷並享受這場權力的遊戲了。據報導,蔡英文在工作時善於軟硬兼施。在「陸委會」內部聽彙報時總是低著頭,頭髮遮住半邊臉,讓人感覺她沒在聽,但又會突然頭髮一甩、豹眼圓睜,拋出幾個問題,若彙報者答不上來,就會被痛批,原本以知性學者形象示人的蔡英文正式黑化,從「小龍女」徹底變身「暴力小英」。
從民國97-101年(2008年到2012年),四年時間里,蔡英文言行的幻與變、虛與實,使她的綽號由「小龍女」、「空心菜」轉為「武則天」、「暴力小英」。人們發覺,蔡英文其實並不是「小龍女」,那只是她一時的面具罷了。
《蔡英文秘史》下載地址:https://zenodo.org/records/10450173
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soradqx · 8 months
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ドラクエ10ブログ
Rainbow エル子絵日記
天界
天使界
↑同じ意味…?
ドレアは妹姫の服上
純真天使のドレス下
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straycatboogie · 25 days
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2024/04/01
BGM: The Stone Roses - Fools Gold
今日から4月が始まる。今朝、スコット・ハーショヴィッツ『父が息子に語る 壮大かつ圧倒的に面白い哲学の書』を読み返し始めた。このすばらしい著作の中で、著者のスコットは「復讐(リベンジ)」という言葉に大事な、興味深い意味を付け加えんとしている。たしかにあらゆる「復讐」は悲しいものだし、できれば禁じられるべきかもしれない。だが、「復讐」には大事な役割もある。犠牲者・被害者の側の怒りをあらわにする、という意思表示だ。実にすぐれた意見と唸った。
毎度ながらぼくの話になるが、20代・30代をビールの海に浸かったような生き方をして呑んだくれていた頃、クラスメイトや教師たちにそれこそ「復讐」を誓ったりもしたのだった。実はいまでも心のどこかでそんな「あいつらを見返すのだ」という思いは、石にこびりつく苔のように残っている。子どもじみたこんな強迫観念はいつ消えるのか。永遠に消えることはないのかもしれない。
言い換えれば、ある意味ではぼくは自分で自分の檻の中に閉じこもって悲劇的に生きていたという、実に「情けない」事実があったとも言える。強迫観念に取り憑かれ……そして復讐まで思い余る、というように。このことで、どんなきれいな嘘もつきたくない。希望や夢も語れないし、ポジティブなストーリーなんて描けるわけがない(成功者としてウハウハな人生を歩んではいないのだから)。ここまで書いたものを読まれたら察せると思うけれど、ぼくはただの凡人。才能だってそんなにあるわけがない(このことに関して、繰り返すが「嘘はつかない」)。ただ、運が良かった日本の発達障害者だという話だ――いまだにストーン・ローゼズを聞いて悦に入る中年。
そう、ぼくは運が良かった。それだけだろう。40歳で出会いがあり、そこから交友関係を始められコネクションを広げられた。いまのジョブコーチやその他大勢の友だちと出会い、いまの発達障害の自助グループの始まりに立ち会った。ぼくが引き起こした出会いではない。奇跡だった――がゆえに、どんなキャッチーなライフハックやレッスンもぼくには書けない。ただ、こういう人生がありうるということを示すのみだ。
思い出す――あの頃、ぼくは社会的な勝者・勝ち組、もしくは革命家になるという(文字通り「日本を変える」というはた迷惑な)夢を持っていたのだった。ただ、自分が無力・未熟だという事実は認められなかった。直視できていなかったのだ。いま、そんな身のほど知らずな野望は捨てられたかなと思う。関心に惹かれるままに、英語を学び本を読む(時にはこんな哲学書を読んだりもする)。
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orion3sta · 1 year
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2023/03/30 小美玉市熊野神社の桜🌸 畑のマルチ風景 菩提寺の桜も満開 甘い、さくらKIRAKIRAのリキュールの炭酸割りと渡舟の焼酎で乾杯🥂 明け方に公民館の通知文書と維持管理組合の日当の袋詰めが完成して、やっと安眠できそう💦 #iPhone日記 #熊野神社 #桜 #畑 #源照寺 #さくらKIRAKIRA #純米焼酎わたり渡舟 https://www.instagram.com/p/CqfVx3xycZz/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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jkzonesakes · 1 year
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belluria · 1 year
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⁡ ⁡ ⁡ - 1999 - ⁡ K14×シルバーシリーズが登場 ⁡ ⁡ 14金とシルバーを熱して接着させる"共付け"という手法により生まれたブランドを代表するモデル。 ⁡ 14金のカラーはシャンパンゴールドのみだった ⁡ ⁡ ⁡ 雑誌 "2nd" 3月号 ⁡ P.114〜117 ⁡ 【 市松のすべて。】 ⁡ - 市松25周年特別企画 - ⁡ @2nd_magazine ⁡ --------------------------------------- ⁡ #市松 #市松アクセサリー #bangle #バングル #k14 #イエローゴールド #silver980 #純銀 #ゴールドバングル #シルバーバングル #ペアバングル ⁡ #一生もの #子供記念 #10周年記念 #誕生日プレゼント ⁡ #bellùria #belluria #ベルーリア #takasaki #高崎 #kiryu #桐生 #kamakura #鎌倉 (ベルーリア鎌倉(Belluria Kamakura)) https://www.instagram.com/p/Cnx8abMvbXQ/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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blue-belta · 1 year
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先週の #大きなひとこま絵日記 です。 1週間を1ページにコツコツ描いていくスタイルで、2021年1月から始めて101週目になりました。 もうすぐ丸2年です。 #クリスマスケーキ は近くのケーキ屋さんで。 夕方に行ったらもうあまり残ってなくて #八女抹茶 のケーキになりました。 抹茶クリームの緑色と生クリームの白のコントラストがきれい。 #トンボ の #waterbrush の3本セット。 文字を描きたくて買ってみました。 おしゃれ。 #純ココア 冬はココアですよね! 雨上がり、虹が出ていました。 なんかうれしい。 #松江 の #マンホール のフタ。 モチーフは #武家屋敷 。 散歩途中、見つけた葉っぱたち。 この季節の葉っぱは味わいがありますね。 松江の #月ヶ瀬 の #ぜんざい 。 久しぶりに松江に帰った友人と。 私自身は学生時代以来の月ヶ瀬。 ラーメンが充実していて、びっくり。 クリスマスもあったのに地味色が多い(笑) 今年もコツコツ描いていきます。 #ミルーム さんで、絵日記の動画レッスンを2コースさせていただいています。 どちらもおいしそうなものを簡単に描くレッスンです。 新しい年に新しい絵日記、スタートしませんか? ストーリーズのミルームレッスンを見てくださいね! #art #drawing #pensketch #sketchjournal #watercolor #絵日記 #スケッチジャーナル #ペンスケッチ #水彩 #1日1絵 #イラストグラム #今日何描こう #今日何描いた #絵を描く暮らし #マルマン #アートスパイラル https://www.instagram.com/p/Cm57MPPJJRM/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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cyunley · 1 year
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なう(2023/03/12 20:50:02) 今夜は寺泊のお魚Dinner🐟✨ アナゴが1尾なんと500円で売ってたので 迷わず天麩羅に😍美味しぃー❣️ 冷蔵庫に残ってた茄子と蓮根もついでに揚げた😀 やっぱ寺泊の魚は美味いわー😋🙌 取り敢えずカワハギの肝は冷凍しといた😄 明後日が楽しみでしかない🥰 #寺泊の魚 #刺身盛合せ #穴子の天麩羅 #北雪NOBU純米大吟醸 #家飲み #おうち居酒屋 #おうちごはん #お家ごはん #おうちごはん部 #おうちごはんlover #今日の晩ごはん #TodaysDinner #晩ごはん #晩ごはん記録 #献立記録 #自炊記録 #てづくりごはん #手作りごはん #てづくりごはん365 #cooking #cook365 #タベリー #フーディーテーブル #クッキングラム #キッチングラム #いいね返し #夫婦ごはん #ふたりごはん #豊かな食卓 #家庭料理 寺泊の帰りに旅行代理店いって2時間以上 アレコレ相談してたらめちゃくちゃ疲れた😮‍💨 日頃頭使ってへんから一気に情報詰め込みすぎて 帰る頃にはグッタリ😂😂😂しかし悩むわ🤔 https://www.instagram.com/p/CpsCGI0yNQ7/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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shinayakani · 1 year
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221230 「労働の拒否はどこいっちゃったの!?」
《すべてこのような考察からひきだせる結果として、わたしは決して市民社会にふさわしい人間ではなかったと言える。市民社会にあってはすべてが拘束となり、義理となり、義務となる。そして、わたしの不羈独立を好む天性は、人々とともに生きようとする者にとって必要な屈従にたえることをいつもできなくしてしまったのだ。(…)わたしは、人間の自由というものはその欲するところを行なうことにあるなどと考えたことは決してない。それは欲しないことは決して行なわないことにあると考えていたし、それこそわたしがもとめてやまなかった自由、しばしばまもりとおした自由なのであり、また、なによりもそのために同時代人を憤慨させることになったのだ。というのは、かれらは、活動的で騒々しく、野心に満ちて、他人が自由であることを憎み、自分たちも自由など欲しないで、ただときに自分たちの意志を実行できさえすればよい、いなむしろ他人の意志を支配することができればよいと思っているかれらは、一生自分たちの気に染まないことをして身を苦しめ、他人に命令するためにはどんな卑劣なこともしかねない連中だからである。》ルソー『孤独な散歩者の夢想』(今野一雄訳)
 先月読み返していたゼーバルトの『鄙の宿』に取り上げられていたルソーの本を読んだ(その関連で読んだ『ヴァルザーの小さな世界』も良かった)。ゼーバルトが書いていた通り、世を遁れて散歩をしながらルソーの想念に浮かび上がる、サン・ピエール島で過ごした短い期間をめぐる追憶や、晩年の彼が傾倒した植物学についての記述はとりわけ印象的だった。ただ一方で、文字になって延々と綴られている彼の自意識の不安定な漂白は、もはや「散歩」や「夢想」といういずれの言葉のイメージからも、だいぶかけ離れていってしまうようだ。それが、彼の元来の自意識や振る舞いのゆえにしろ、言論界から社会に至るまで締め出されていた彼の当時の状況がそうさせたのかにしろ。絶えず他人や社会(とその通念)を引きあいに出して何かを語らずをえなくなってしまうことは、彼が「孤独」であることを浮かび上がらせる。しかし同時に、閉じられたように見える自意識はどこまでもひび割れていて、安定することは決してない。《こうしてわたしは地上でたったひとりになってしまった》。だが、いつのどこの誰とも知らない人間が、こうして彼の言葉を読んでいる。
 目に留まった一段落を上に抜き出してみたのは、ただ恣意的なもので、以前見た『アセンブリ』の書評会で廣瀬純が言っていた「労働の拒否はどこいっちゃったの!?」という批判を思い出したからに過ぎない。ルソーがここで言う「自由」は、一見すると消極的なもののようでもあるが、社会から迫害され、ひび割れた自意識を抱えた彼からすれば、いっそう切迫したものだったはずだ。そもそも、いつの時代のどこの場所で生きていようと、自分が欲しない行いを拒否することは困難なものだろう。社会に隈なく張り巡らされた権力の作用が、主体に対して、当人自身があたかもそれを欲することであるかのようにその行動を起こさせることを目標に定めているならば、なおさらに。それを拒否する身振りは、積極的なものになって立ち現れざるをえない。
 しかし、そんなよく知られている権力の作用云々よりも、私たちが消耗しているのは、もはや自分が欲しないことを欲しないままに、それでも振る舞い、思考している現状ではないか。そんなことはわざわざ口に出して言う必要もない、生きていくためにはそうせざるをえないから(カネが必要だ)、という理由で。そこではいったい何が本当に困難なのか。それすらも、権力の作用が主体を向かわせる欲望の選択肢の一つにすぎないのだろうが、では、そんな「生」とはいったい何なのだろう。
《日没後、かれら〔ニュージーランドの温かい地域に棲息する小型ペンギン(ブルー・ペンギン)の群れ〕の上陸を見物に行った。楽しい見ものだった。特別に作られた海岸の観客席で、日が暮れるのを待つ。暗くなり、野球場みたいな照明だけが輝く中、やがて群れの上陸がはじまる。十五羽から二十五羽のグループにわかれ、打ち寄せる波に体をまかせて、ざっぷんと打ち上げられる。一回目はそのまま波にひき戻されて、海に帰ってゆく。二度目の波で、こんどは着実に足の届くところまで上がり、ざわざわと濡れた体と翼をふるわせながら一斉に上陸し、まっしぐらに海岸の藪へとよちよち歩いてゆくのだ。観客は、うれしくて大笑い。腹は白く、青い翼は濡れて黒く見える。数分の間隔をおいてそんな上陸の波が、いくつもいくつもつづいた。  かれらが見せてくれるものは、悠久であり、進化の時間であり、太陽と月の巡りであり、潮の交替だった。見ていると、生命の糸の何かがそこにあらわになっていることを思う。そこには何か、さびしい感動がある。そしてそんなかれらの日々の上陸を(また多くの他の野生生物たちの恒久を)維持するために、ここらでヒトという種が滅びを選ぶのもいいんじゃないか、とさえ思えてくるのだ。》管啓次郎『斜線の旅』
 こんな風に、年末年始にかけてゆっくり読もうと思っていた本から管啓次郎の颯爽とした言葉を抜き出したのも、またしても恣意的なことで、数日前に寝床でぼんやり��し聞いていた『非暴力の力』の書評会(佐藤さんは毎度動画を上げてくれて助かる!)末尾での、これまた廣瀬さんのコメントが頭に過ったからだった。気候変動や vulnerable の問題に関して、「はっきり言って人類一般が滅びようがどうしようが何の問題もない」「はるか昔に恐竜が絶滅しようが何の問題もなかったほどに〈地球〉の、〈生〉の力は強い」「《資本主義の終わりより、世界の終わりを想像するほうがたやすい》なんて下らない発言は〈生〉の力を馬鹿にしているとしか言いようがない」と言っているのを聞いて、爆笑しながら元気づけられたのだった。しかし真の問題は、と廣瀬は続ける、その人類の絶滅の中に「順番」があることだ――のうのうと生きている自分たちマジョリティのために、一方的に生を収奪され死に曝されているマイノリティがいる。つまり、この「順番」に対して抗うような、〈生〉の地平からの知覚が必要だということ。ありがちな反動的なニヒリズムに陥らない、〈生の破局〉の思考(と呼ばれるべきもの)へと人を駆り立てる出発点の一つが、ここにあるはずだ。
 来年は、読んでいる本から一節を手前勝手に取り出して来ては、こうやってとりとめのないことを書いていく量をもっと増やしていけたらいいな、と思う。  とりあえず、今のところ(相変わらず?)私はそんな書き方しかできないので。
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