fish drug.
金曜の夜、二人分のカヌレを電車で分けたいという名目で、やっと弾丸旅行を決意した。平日の脳みそが、休息が必要だという幻覚を映していたみたい。行き先は、冬の金沢。いざ決断すると無計画さが日常と真逆で、絵本の中の少年のようにわくわくした。
行きがけに買った、ヴェンティと言う底なしの深海のようなブラックコーヒーを二人がかりで飲み干し、特急を乗り継ぐ。午後、すっかり空腹になったころ金沢へ到着し、片手で鮨屋に電話をしながらタクシーに乗り込んだ。
静かな住宅街に潜む、立派な門構えの老舗。中は割と新しく、真四角の調理場が、部屋の中心に据えられている。そこだけ天井が高いせいか、神聖な感じがして、まるで西洋のアトリウムのような求心力を持っている。昼下がり。店内は空いているのに、唯一の先客の真隣に固められ、板前との間にどことなく主従関係が成り立つ。食卓と調理場を隔てる、透明のガラスケースには、どんな魚が入っているのだろうか。通らしく自分で選びたくもあったが、謙虚におまかせランチコースを注文した。
前菜も一切なく、背の高い下駄のような木皿に乗った六貫が、おもむろに手渡された。ぶりを丸ごと口に含むと、塩味でも、甘味でも酸味でもない「香り」がジュワッと、鼻まで広がった。好物が群となって目の前に現れ、どの順番で食べるか箸を迷わせていると、板前さんが微塵も表情を崩さず、助言をくれた。好きなものから、なるべくできたてのうちに食べた方が良い。のどぐろ、中とろ、さばますえびと夢中で箸を進める。大人になってから、集中力を「ただ食べること」に使ったことなんか、何回あったかな。これぞ生きている感覚だ。
この辺一帯では、醤油文化が栄えるべくして栄えたようだ。寿司屋を出ると、醤油屋さんをにわかに物色し、時刻通りのバスで市内の宿へと向かった。宿は、町屋宿。弾丸旅行らしく、乗り換えのタイミングで今日空いてますか、の電話を数本かけた。運よく取れたのは、茶屋街ど真ん中の中々に味のある民宿だった。1日2組限定で、もう1組は海外からのお客さんのよう。
井草の香り漂う室内も良いが、襖を開けると窓から見える、リアルに江戸を感じる街並みに、何より非日常の高揚を覚えた。棒茶で一服したのちに、和菓子屋でスパークリングワインと上生菓子のマリアージュを入れ込み、夜道を三十分ほど散歩ののち、晩ご飯を食べて1日目は終了。
二日目の朝ごはんは、抹茶と和菓子を二軒梯子した。森八という老舗和菓子店の、勝手に生菓子をあてがわれるシステムが痛快だった。私の方へやってきた、ふきのとうとなのついた煉切りは、絶妙に身の引き締まった粘性で、漆塗りの楊枝で薄く削ぎ、舌上でトロッと潰すのが楽しい。和菓子も鮨も、日本の美味しいものは単純な甘味や塩味は淡く、それ以外の風味や香り、舌触りとしか言いようの無い感触がふくよかだ。加賀へ向かうバスを捉えるべく、小雨降る茶屋街を忙しく回って、念願の土産菓子を手に入れた。
念願の雪の科学館にて、深く心に焼きついたのは、雨のしとしと降り注ぐ真っ白な日本海を背景に、黒い紳士帽を被って佇む男性。男性は明らかにカフェでコーヒーを飲んでいるだけなのだけど、ガラス張りの建物がまるでセロファンのような軽やかさで、建物の気配を薄めている。そしてこの情景、マルグリットか誰かの絵に心理的に酷似しているような。
「眼に見えない星雲の渦巻く虚空と、簪をさした蛇とは、私にとっては自分の科学の母体である。」雪の科学館の文章は美しかった。雪の結晶の顕微鏡写真は、それだけで呆気に取られる美術品だった。形の複雑さもさることながら、「レンズを覗いた時にまずその色の美しさに目を奪われる」とのセンテンスも際立っていて、細やかな色に対する感覚の解像度を上げてくれた。ほのかに色づいたピンクや黄色の遠心的な幾何学模様は、花火を彷彿とさせた。もちろん極寒の地で行われる結晶研究の記録写真からは、身を刺す冷たさと高貴な孤独を感じた。どことなくサンテグジュペリと共通している。乳液を塗ったガラスに焼き写された結晶の数々、それを収納する特注品の本棚に、最も自然に近しい人間の、敬虔で奥ゆかしい心持ちが現れていた。
昼は、なんだか麻薬でも服したような高揚に溢れる絶妙に良い食事処だった。日本酒の良質な但書も。最高の贅沢を喫して、最後は予期せずもらった、無料の入浴券で、熱すぎて入れないお湯と雨の景色を。
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第7回合同練習会のレポートです。
12月23日の日曜日に今年最後の合同練習会を福島市の福島民報本社のホールにて行いました。ちょうど1年前と同じく、世界を舞台に活躍されている現代音楽の作曲家、藤倉大さんにお越しいただき、午前中の2時間は作曲のワークショップを行なっていただきました。
とても昨日ロンドンから東京に到着されたばかりとは思えぬ活力で、朝イチからハイテンションの軽快トーク、しかも練習会場にいる100人ほどの中でお一人だけ半袖Tシャツ姿です。作曲に先立ってのコンディションをつくるため、一昨年亡くなったアメリカの作曲家ポーリン・オリヴェロスの1971年の作品『チューニング・メディテーション』を演奏してみようと楽曲の解説がはじまりました。スコア自体は音符は一切なく、A4一枚におさまるテクストから成っています。藤倉さんご本人による冒頭の翻訳を抜粋しますと、
「まず、心の中に聞こえる高さの音を鳴らしなさい。自分の音に集中した後、他の演奏者の音を聴き、できるだけぴったりと同じ音高になるように合わせなさい。もう一度よく耳を澄まし、今度は誰も演奏していない高さの音を鳴らしなさい。(以下、続く)」
なのですが、お読みいただいた通り、全体は3つの展開から構成されています。まずは全員でではなく、各セクションごとにやってみましょうとなりました。
コントラバスの左隣の白髪の紳士は、ニューヨークから日本に滞在中の監督、坂本龍一さん、ご多用の合間を縫って今期初めて合同練習にご参加いただけました。
坂本監督、思わずスマホでレコーディングしながら演奏する団員の中へと進み出られました。
全体で通しで演奏を。
たゆたうような音のテクスチャーの重なりに藤倉さんも想像以上の面白さだったようです。「最初は武満(徹)、3番目はリゲティ(・ジェルジュ)みたいだね!」と興奮されていました。
団員の耳の準備運動が出来たところで、もう一人のゲスト、チェロ奏者の山澤慧さんをご紹介されました。
事前に煌びやかな経歴を見たせいだけではなく、そこはかとなく山澤さんに漂う貴公子感! 藤倉さんだけがTシャツ一枚です。それはともかく、軽妙にチェロという楽器の音域の確認から自然ハーモニクスの解説をしていただきました。
自然ハーモニクスについて、わたくしなりのわかりやすい要約をしてみようと思ったのですが、力不足でした・・・。ご興味の向きは検索に励んでいただければ幸いです。
このあと山澤さんに各種作品に紐づけてまとめていただいた特殊奏法の数々の披露がありました。
まずは通称「カモメ」と紹介されたカモメの鳴き声のような音を奏でる技法です。
弦楽器のメンバーは戸惑いながらもチャレンジ。
指板に指を滑らせる動きなので、コントラバスは音を出すのが難しそうですが、鳴ると迫力ある音が出ますね。坂本監督も実演指導の中、指揮の栁澤寿男さんも愉快そうにご覧になっております。
このあとも藤倉大さん作曲の『osm』『エターナルエスケープ』やツィンマーマン、リンドベルイ、ラッヘンマンなどの現代音楽の作品から抜粋した特殊奏法の数々を山澤さんに弾いていただきました。とにかくチェロてこんな音が出るのかと驚きの演奏ばかりです。
思わず栁澤さんも個別に熱心に質問をされていました。
さて団員は蒙を啓かれ作曲にチャレンジです。藤倉大さん曰く、自作自演ではなく、他の人のために作曲するのが大事であると。
20分ほどすると、曲が仕上がった団員が名乗り出てくれました。
まずはヴィオラ担当の福島の大学一年生、土田雄樹くん。出来立てほやほやの作品をプロの奏者に弾いていただけるという贅沢なワークショップです。
習ったばかりの特殊奏法だらけのスコアを余裕しゃくしゃくで演奏していただきました。とにかく新鮮な音色が迫力満点で響くのです。
続いては、ホルンの音大生、田嶋詩織さんの作品を磯貝雛子キャプテンが演奏します。
ホルンの一部パーツを取って演奏という新手の技に藤倉さんも感心されていました。
3番目は今期の「コンミス」ことコンサートミストレス(第一ヴァイオリンのトップ)である大学4年生、佐藤実夢さんによる作品。
いっぱしの作曲者としてのこだわりを山澤さんにオーダーできるという、本当に恵まれたシチュエーションです。
コントラバスは同じセクション内でグループで作曲したそうです。
代表して福島の大学2年生、勝田凛さんが紹介してくれました。
実演するのは、吉田飛鳥くんと金子隆介くんの福島大学の先輩後輩コンビ。
曲の終わり方が激しいなと思ったら、つい先ほど金子くんの眼鏡が壊れたことをテーマにした作品なんだそう。
確かに泣きたくなりますね。この体験をもとにできた作品が来年の演奏会で披露されると思えば、損して得取れ、とも言えますよ。もっと嘆き悲しんで表現へと昇華したら?!
次の発表者は菅野桃香さん。現在は東京の音楽大学の一年生ですが、福島県浪江町出身で望まず故郷の町を捨てざるを得なかった団員の一人です。
どうやらドアの開け閉めを含む一連の人間の動作音を表現した作品化したようです。作曲家然として山澤さんに演奏のディレクション(畏れ多い)。
こちら小学5年生も作曲が進んでいるようです。今期から参加の岩手県盛岡市からの小学5年生、田口陽大くん。
恥ずかしがって楽譜をみんなに見せてくれません。
そして、ここにも。
同じく岩手県からのチェロ担当、中学一年生の齋藤玲利くんが恥ずかしがっています。岩手県民は恥ずかしがりなのかな。
こういう時に率先して前に出て来てくれるのは、クラウドファンディング係のリーダーでもある岩手県いわき市の橋本果林さん(コントラバス)です。
臆せず吸収した特殊奏法の楽譜を山澤さんに演奏してもらう貫禄がありますね。
ヴィオラの大学4年生、佐藤ひかりさんも卒団前のひと踏ん張りで作曲してくれました。
本番の演奏会が楽しみだなと思っていたら。
コントラバスの山崎寛大くん(大学2年生)が満を持して手を挙げてくれました。
五線譜ではなく、手帳にテキストライティング系の作曲ですね。
ネタバレにならないようにお伝えすると、楽器では無い、しかし団員みんなが持っている物を楽器にするというコンセプチュアルな作品でした。
山崎くん自ら指のサインで指揮を執ったり、堂々たる作曲家ぶりでした。
2時間のワークショップの締めに坂本監督から一言。
つねづね監督がおっしゃる「耳を開く(啓く)」体験から、去年以上に積極的に作曲家が生まれたことを褒め称えるコメントをいただきました。
もともと坂本監督の大ファンで、作曲家の道に進まれた藤倉さんとのトーク。
(失礼とは思いながらも)「漫才コンビ」のような掛け合いなんです。
そして午前中の練習の締めに福島民報の荒木英幸事業局長からのご紹介で、毎年手厚いご支援をいただいているJA共済さん、その福島県本部の菅野好雄本部長から激励のご挨拶をいただきました。
昼休みに入って、先ほどの作曲サークショップで恥ずかしがっていた田口くんの作品を演奏してみようと、藤倉さん。
山澤さんの神の手的な演奏に田口くん、押し隠せないほどうれしそう。よかった。
お昼休みはランチタイム。
ここで坂本監督から団員全員にクリスマスシーズンの差し入れが。
クラシカルな苺のショートケーキ。
おいしゅうございました! ありがとうございます。
さらにケーキにあわせてJA共済連福島県本部さんから紅茶の振る舞いが。福島市の紅茶専門店「アールグレイ」さんが出張店舗でアールグレイとルイボスティーをサーブしていただけました。
1時間弱の短い時間ではありますが、ケーキとティーのマリアージュを楽しませていただいた休憩時間となりました。
その間隙に団員の作曲家志望の地元福島の高校2年生、塘英純くんが先日桐朋学園全国ジュニア音楽コンクールで第一位となった作品を両巨匠に見ていただいていました。
3人の緊張感ある場に、カメラ。
そうなんです。先ほどから写真に写り込んでいるのは、福島民報、岩手日報の一般社団法人の理事社の記者だけでなく、当日取材に入られていたテレビ番組2番組のカメラでした。
そのため午後イチの練習再開冒頭の毎年恒例の集合社員、つまり今年度のアー写(アーチスト写真)、つまりは「宣材」(宣伝材料)とも言う撮影においては、
多数のカメラが並んだのでありました。
午後の合奏にそなえて、チューニング。
最初は坂本監督の作曲作品の『Blu』から。第4期のメンバーとの初音合わせです。
そして、先月の合同練習会に続き、仙台出身の作曲家・仁科彩さんによる委嘱作品『くぐいの空』。
第1楽章の演奏の様子をスコア片手に穏やかに見守られている様子を事務局の宮川裕くんが望遠レンズで報道カメラマン的におさめていました。
隣に写っているのはオフィシャルカメラマンの丸尾隆一さんです。
ほんとうに数多くのプロフェッショナルの善意に支えられている東北ユースオーケストラ。団員はその方々のご厚意に演奏で応えないと!
休憩時間にはマエストロの方々が仁科彩さんを囲んで、委嘱作品についてのコメントをされる光景が見られました。第2楽章、第3楽章が楽しみです。
団員にとっても貴重な休憩です。
森永さんからの差し入れ!
どうもありがとうございました。なにしろホリデーシーズンですから、砂糖はご褒美。甘いのカモン!
と気分一新、ブラームスの交響曲第2番の合奏、通しで!
どんな演奏に仕上がっているのか、みなさん興味津々です。
この選曲をされた坂本監督は幼いころから「(団員通称)ブラ2」が好きで、50年ぶりくらいにスコアを見ながら曲を聴かれたそうです。
そして1日の練習が終わり、栁澤さんからの総括。
まとめると、
「明らかに練習していない人がいるのがわかる。指揮者を怒らせないでくれ。指揮者が怒ると団員との関係性も悪くなって、修復できなくなる」
これまでに無い苛立ちを言葉にされました。
団員のみなさん、1月の合同練習にあたっては、各人万全の練習で臨んでください。仏の顔も一度まで、と思いましょう。あの温厚な栁澤さんが、抑え気味にも沸点超えてる感じ、さすがにわかりましたよね??
2019年3月の演奏会のチケット先行発売もありました。お金を払って観に来られるお客様がいらっしゃる以上、みなさんはプロフェッショナルです。その自覚を!
今週は「引率の先生」役の小生が担当している、渋谷区のコミュニティラジオ「渋谷のラジオ」のレギュラー番組でも、効果のほどは知れぬなりに、東北ユースオーケストラ特集をしてみました。
3月30日(土)の盛岡公演、31日(日)の東京公演に向けて、みなさまにご注目いただければ幸いです。
引き続き東北ユースオーケストラへのご支援をお願いいたします。
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