Tumgik
#化け鯉
sarahalainn · 7 months
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Hiroshima ☮️🙏🕊️
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広島
ほんま、よう来なさったねー
♪広島スペシャル:
⚾️それ行けカープ〜若き鯉たち〜 + 菊池コール
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✏️一本の鉛筆
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広島に来たら、たちまち
#エーデルワイス のクリームパイ🤤
世界で1番美味しいと思ったクリームパイ!
来年は呉に行けるけぃ、食べられる🥹
Hiroshima、また会える日を待っとるけんね!
それまで、Time to Say 「ほいじゃーね!」 👋
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#広島弁
中国地方とSayonara
そして、
ついに残り1公演でSayonara🥹
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Sarah Àlainn サラ・オレイン 2023 Tour
Time to Say Goodbye ~ Sayonara
~7月~
3(月)加古川👋
4(火)姫路👋
5(水)大阪👋
14(金)高崎👋
20(木)豊田👋
21(金)一宮👋
22(土)豊橋👋
23(日)岐阜👋
~Sarah Àlainn Quintet~
◉ 8月23日(水)
東京文化会館 大ホール👋
~9月~
2日(土)藤沢👋
~10月~
3日(火)鳥取県👋
4日(水)広島 👋
17日(火)札幌 FINAL
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patsatshit · 6 months
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世の中は空前のサウナブームらしい。各種情報メディアを駆使して街の銭湯にたどり着いた全国の猛者たちが昼夜問わず約50 - 120 ℃の高温室内で肌を触れ合わせる姿を想像してゾッとしない訳がない。合言葉は「整いました」とのことで、僕はこれを珍奇サウナ偏愛者による「型に嵌ったフロー」と誤読して勝手に溜飲を下げている。チンコだけに、風呂だけに。これはなにもサウナ好きを揶揄しているのではない。むしろ彼らは街の銭湯の隆盛に大いに貢献している。そんなサウナブームを皮切りにして、いまでは銭湯での音楽ライブやDJイベント、更にレコードや書籍を販売する催事までもが行われて、みな一様にそれなりの賑わいをみせているようだ。この数年で銭湯を舞台にしたMVや楽曲がどれだけ製作されたことだろう。これについても、関わった人たちは広義の意味でのリノベーションに一役買っている。公共性の再編とでも形容しておこうか。因みにカセットテープレーベル”Ital.”を主催するケイタくんはサウナ好きではなく、古参にして無類の(ただの)風呂好きである。とある書籍の記述により誤解を招いている可能性があったので、一応。かくいう僕も幼少期に住んでいた家の並びに銭湯があったので週の半分くらいは利用していた。お尻に石鹸を塗りたくって誰が一番速く床を滑ることができるかを競い合う「尻軽レース」に挑戦したり、友人とタッグを組んで肩車をする、もしくは自力で壁をよじ登って女湯を覗くなどの愚行三昧で、いずれも店主にこっぴどく叱られた。16-18歳の頃にはいまも豊津駅の近くにある福助温泉で深夜の清掃アルバイトもさせてもらっていた。誰もいない時間帯の業務目的とは言え、禁断の女湯に足を踏み入れるのは、性欲みなぎる多感な時期の男子として、当たり前にドギマギした記憶がある。ロッカーの片隅に置き去りにされた下着を見つけたときは興奮を抑えきれなかった。いま思い返せば老婆が使用している類の肌色のそれであったが、当時の自分としては貧相な妄想に薪をくべるものであれば、なんでも良かったのだ。バイト終わりにはトイレにこもって自身の陰茎を握り締めた。そんな日の翌朝は決まって寝坊してしまい、定刻の登校に間に合わなかった。そういう小さな欲望の積み重ねが、人を大人にするのだ。僕はいまでも家族で福助温泉に通っている。番台では当時と変わらぬ寡黙な女将さんが節目がちに帳面を捲っている。いまも昔もこの人に向かって性器をさらしているかと思うと、未熟な僕は今更ながらに不思議な感慨に浸ってしまう。女将さん、俺はちゃんとやれただろうか?やるべきこと、果たすべきことを全うできましたか?女将さんは大人になった僕を認識している筈だが、なにも言わない。もともと極端に口数の少ない方だったので、僕の方からも敢えて話題を持ち出すこともない。30年前、父親と一緒に股間を露わにしていた僕がいつしか父親になり、今度は自分の息子たちと共に股間を露わにしている。女将さんはすべてを見て、知っている。心底かなわないと思う。数十年間ずっと変わらぬ姿勢でペンを握る女将さんの手許にある帳面、あそこに世界の秘密、いや、もっと言えば「世紀の発見」がしたためられているのではないかと勘繰らせるほどの圧倒的な寡黙。安易に適温を求めてはならない。静寂の裏側で、湯は激しく沸いている。
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もう一件、自分が子どもの頃から足繁く通い、お世話になっていた近所の銭湯、新泉温泉があったのだが、昨年惜しくも閉館してしまった。電気風呂の横に鯉が泳ぐ大きな水槽があって、息子たちも一番のお気に入りだったので、残念で仕方がない。隆盛と没落。この世の均衡が保たれたことなど、かつて一度もなかった筈だ。そもそもフロー(風呂)強者が言うほど簡単に物事が整う訳がない。新泉温泉の最終営業日、もちろん親子で最後の湯に浸かりに行った。しかしそんな日に限って長男がロッカーの鍵を紛失してしまい、浴室や脱衣場を血眼になって探し回るも見つからない。僕ら家族の異変に気がついた店主やその場に��たお客さんも誰が言い出すともなく、一緒になって鍵を探してくれた。床を這いずって探しているうちに銭湯の老朽を伴う歴史が手のひらを通じて伝わってくる。今日限りでもうこの場所には通うことができないことがわかっているので、自ずと込み上げてくるものがあった。鍵は古びた体重計の裏側から発見された。その瞬間、店主以外の全員が全裸のまま快哉を叫びハイタッチした。長男もほっと胸を撫で下ろしていた。これこそが裸の付き合いというものだ。帰り際、息子たちは自分たちで描いた新泉温泉の絵と手紙を店主に手渡した。僕は「実は子どもの頃から通っていたんです」と伝えると店主は「わかってたよ、自転車屋さんのとこの」と言ってくれた。適温を求めてはならない。いつだって現実は血反吐が出るほど残酷だ。それでも僕たちは新泉温泉の湯を忘れない。店主はその日の入浴料を受け取らなかった。
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このように僕個人にとっても銭湯には様々な思い入れがあり、いまでも大好きな場所に変わりはないが、それは昨今のサウナブームとはまったく関係がないし、死んでも「整いました」とか言いたくない。そもそもが自分の性器を他者にさらすことも、他者によってさらされた性器を目の当たりにすることも得意ではない。むしろはっきりと苦手だ。世の男性の数だけ多種多様な性器が存在する。サイズ、形状、カラーバリエーション、味、ニオイ等々、どれをとってもふたつとして同じものがない。股の間にぶら下がっているという設置条件がこれまた滑稽で、あのルックスのあの人にあんな性器が、とか、あのガタイのあの人にあんな性器が……みたいな、得たくもない新規情報が視覚を通して脳内に流し込まれるので、煩わしいことこの上ない。挨拶を交わす程度だった近隣の人々とばったり銭湯で遭遇してしまったら、その日を境にして、顔を合わせるたびに性器が脳裏にチラついてしまう。実際に息子の同級生の父親数名と銭湯でチンコの鉢合わせしてしまったのだが、以降、なかなかパパたちのチンコの造形を払拭できなくなる。これはまさに不慮の追突事故、ごっチンコというやつだ。会社員時代、憧れの上司と出張先で入浴を共にする機会があったのだが、どちらかと言えば華奢に分類されるであろう上司の股間には目を覆いたくなるくらいに巨大なふたつのフグリがblah blah blah、いや垂れ下がっていたのだ。洗髪の際にバスチェアに腰掛けておられたが、信じられないことに巨大すぎるフグリはべちゃりと床に接地していた。以来、上司がどれほどの正論を振りかざそうが、客先でのプレゼン時に切れ味鋭くポインターを振り回そうが、どうしたってスラックスの内側で窒息しかけているであろう巨大なフグリを想起してしまう。程なく僕は退職した。とにかく性器というのにはそこにあるが故に素通りすることが難しく、極めて厄介なシロモノである。それが「ない」ことで逆に「有して」しまう諸問題と真摯に向き合ったOBATA LEOの最新作『目下茫洋』は、数多あるフェミニズム関連のテキストとは一線を画する。あまりにグロテスクでおぞましい、だからこそ美しいなどという常套句を粉砕する「弱さ」に貫かれた思考の遍歴。貫く我々♂ではなく、貫かれる♀の身体から滴る分泌液で書かれた紋様のようで、誌面に一定の形状で留められている訳ではない。読む者の素養に左右されるようにして、その形状は刻一刻と微細に変化するだろう。こちらは無数に排泄するが、あちらはたったひとつで対峙している。なにも戦地は彼の地だけではない。戦場は僕やあなたのすぐそばで、いまもネバっこく股を開けている。
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臍の下に埋め込まれた爆弾を抉りとるための努力を続けながら、同時にあるのかわからない最終地点に向けて爆弾を運ぶ。本当は抉り取ることはできないとわかっていても、背骨を曲げて運び続けることが、すなわち生きることになっている。『目下茫洋』
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jekyllandhyde1965 · 2 months
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白餡のあんこ玉を生葛で包み、目をつけて緋鯉を意匠化したお菓子です。磨りガラスのように見える不透明な葛は透明な葛よりも食感が良いのですが、葛は味わいが繊細なので、餡の味わいに負けそうです。
名古屋の芳光の緋鯉です。
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nrmkh · 6 months
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私たちは生まれたその瞬間、多かれ少なかれ自由を誰かに握らされる。不思議なもので、それは握らされたそばから誰かに取り上げられる場合もあれば、成長するにつれて、大きくなったり小さくなったり、重くなったり軽くなったり、数が増えたり減ったりする。
さらに、それを上手に使って自分を飾ることもできるし、未来に希望を抱くことや、誰かを喜ばせることや、他人や自分を守るためにも役立つ。ただ、ポケットに入れたまま忘れてしまうこともあるし、それを振り回して誰かを傷つけたり、自分を傷つけることだってできる。かてて加えて、目や耳を塞ぐためにも使えるし、身動きが取れなくなるくらい抱えてしまう場合だってある。そう考えると、私たちが生まれた瞬間に握らされるものは、なんだか得体のしれない、扱いにくい、怖い生き物のようにも見えてくる。
それでも私たちの歴史は、いつもこの得体のしれない生き物を巡って進んできた。新たに生み出したり、数や大きさを調整したり、扱い方にルールを設けたりしながら、チェーホフが「三人姉妹」を書いた120年前に比べれば、よりよい社会、よりよい世界になっているはず、だけれど、幸せを感じているひとと不幸せを感じているひとの割合は、実際のところ、どれくらい変わっているのだろうか。私たちが、あの得体のしれない獣と上手に付き合えるようになってきているのかどうか、私はあまり自信がない。むしろ、この獣の扱いを巡って、苦しむひともその種類も、増えているんじゃないかとも感じる。私たちにはこの獣を飼い馴らすことはできないような気すらする。
だとしても、何を考えているのかよくわからないこの獣は、強くて美しくて魅力的で手放すことも難しいし、もはや私たちにぴったりと張り付いていて、部分的にも無理に引きはがそうとすると、こちらが血だらけになりかねない。
どうやら私たちはこれからもずっと、この獣に悩まされるのかもしれない。まるで私たちと一心同体かのような、自由という獣に。
(「三人姉妹」ツアー2023 プログラム掲載・演出ノートより)
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「三人姉妹」リクリエイション版、三重公演は無事終演しました。今日から知立公演の小屋入りです。 https://patio-chiryu.com/event/jisyukikaku5937.html もっと「難しい」という反応が多いかなと想像していましたが、予想を遥かに超えて好評でうれしく感じています。
昨年、三重県文化会館・中ホールで上演したギリシア悲劇「メデイア」の舞台映像が公開されました。 https://youtu.be/L6LWrjzt2as?feature=shared
第七劇場では「物理的な距離、心身の諸条件、ライフステージなどによる環境の変化、経済的な条件などにより、劇場に行きたくてもなかなか行けない方のために、そして劇場文化に親しみがない方にいつか劇場に行ってみたいと思ってもらえるように、第七劇場の舞台映像をYoutubeで公開しています。」 ほかの舞台映像もありますので、もしよければご覧ください。 https://dainanagekijo.tumblr.com/post/615656429521616896/videos
週末の「三人姉妹」知立公演(バリアフリー公演)のあと、仕込み替えをして、来週26・27日には、同じパティオ池鯉鮒・かきつばたホールで学校招待公演として「赤ずきん」を上演します。
来月11月18日には、三重オペラ協会主催・オペラ「サンドリヨン」(マスネ作曲)が、松阪市 農業屋コミュニティー文化センターで上演されます。演出を担当しました。 https://patio-chiryu.com/event/jisyukikaku5937.html
11月25・26日/12月2・3日には、浅井さんが代表を務めるダンスハウス黄金4422で開催される[Autumn Winter Festival]のプログラム「小説から小作品をつくるクリエーションWS」が実施されます。参加者募集中です。ほかのプログラムもかなり魅力的です。 https://www.facebook.com/Kogane4422/
先日、チェーホフが亡くなった年齢と同じ歳になりました。
「あなたがたのような人も古くなって、あなたがたよりも優秀な連中がどんどん生まれてくるでしょう。」 ヴェルシーニン・三幕
「なのに何ひとつ満足というものがない。時間だけはどんどん過ぎていって、本当のすばらしい生活からどんどん離れていってるような気がする。どんどん離れて行って、奈落の底にでも落ちて行くような気がする。」 イリーナ・三幕
「誰も何もわかってない。みんな自分のことは自分でどうにかしないといけないの。」 マーシャ・三幕
「あれは立派で、しっかりした誠実なひとですが、ちょっと変なところがあって、そのせいで、何かこう、目がない、毛がもじゃもじゃの動物みたいになってしまうんです。あれは人間じゃない。」 アンドレイ・四幕
「些細でばかみたいなことが、ふと、私たちの人生に大きな意味を持つことがあります。くだらないことだと気にせず、笑ってるうちに、ずるずる引きずられて、止められない、と思ったときにはもう遅い。」 トゥーゼンバフ・四幕
「そのうち私たちもこの世を離れれば、忘れられていく。私たちの顔も声も何人姉妹だったかも、みんな忘れられてしまう。」 オリガ・四幕
今の私の年齢よりも3歳若い歳のチェーホフが書いた台詞を聞きながら、歳を取って少しずつ確実にほどけていく心身を目の当たりにしながら、いろいろ思い侵みます。
やれやれ。
写真は劇団員が買ってくれたケーキ。ありがとうです。
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riku-log · 7 months
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遅くなりましたがこの間の面談を記録します。
鯉の構成要素ではなく、美の構成要素から進化のデザインを考えるべきと先生からアドバイスをいただきました。進化計算といって、プログラムに任せたとしても、進化をデザインし、シナリオの上での進化させるほうが良いと考えます。
また、突然変異が群れに変化をもたらし、良い変異が次の世代に受け継がれます。突然変異が集団の進化の方向性を決める手段でもあります。
2023.10.05
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straycatboogie · 8 months
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2023/08/26
BGM: 大江千里 - 夏渡し
今日は早番だった。昼休み、いつものように詩を書く。天気がとても良かったのだけれど、こんな天気のすばらしさも明日になれば忘れてしまう。それを記録しておきたいという思いを詩にこめてみた。井上陽水「少年時代」を聴き返しつつ木曜日(月末の31日)のプレゼンテーションのための資料をチェックする。最近翻訳を試みてみたルイス・キャロルの詩、あるいはぼくが好きな井上陽水や大江千里の詩についても(もちろん著作権に気をつけて扱う必要があるにせよ)話せればと思い始める。仕事が終わったあと歯科に行く。そこでふと、今日は24時間テレビの日だったことを思い出す。歯科のモニターで錦鯉の2人のネタを見ていて、ふと「『これからだ』と自分が本気を出して生きたのはいつだっただろうか」と思い始める。いつも書いているが、あの酒に溺れていた時期は自分なりに無我夢中で「自分はこんなところでは終わりたくない」「何が何でも勝利者になるんだ」と思ってもがいていた。あの時期はそれでも酒に勝てず、まだ「最大公約数的なものではない、『自分がほんとうに思う』幸せ」というものが何なのかもわかっていなかった。だからずっと何か書いていてもとにかく「プロデビュー」して「名を売ろう」とばかり考えていたのだった……。
最近になって、松下育男が書いた詩や講演集を繰り返し読むことが増えた。彼の言葉はまるで良質なジャズやブルースのような、まろやかに感じられるぬくもりや優しさがある。そして同時に毅然としたポリシーと厳しさも備えられた、奥が深く滋養があるものだと思う(もちろん、喩えに出した音楽はあくまで「ぼくにとって」の話だ)。とりわけ昨日だったか読んだ「詩人のデビューとは」という文章から、ぼくはあらためて「きみはなぜ詩や文章を書くのですか?」という問いかけをもらったような気になった。そして、この問いは「なぜ生きるのですか」「なぜ読むのですか」といった問いと同じでシンプルで、だがいざ本格的に答えようとするととてもねばり強い思考が必要となるたぐいのものでもあると思った。ぼく自身、過去のことを思い出す……20代・30代は「まあ、若かったからなあ」で終わるかもしれないけれど、すでにいい年した40をすぎても「一攫千金」「人生一発逆転」なんて考えて小説を書いていたことを思い出す。自分の書くものは絶対に読まれる、受け容れられてヒットする……そんなたぐいの「自信」だけはあったのである(それを思うと、人は「自信を持って生きること」よりも「自信がなくても虚心に、目の前のことに堅実に取り組んで生きること」の方が大事なように思う)。
そこで見失っていたもの。それはつまり「書くこと」「語ること」、そしてそれが他者に「受容されること」について感謝することではなかったか。平たくいえばそうした「話す・書く/聞く・読む」といった関係で相手(聴衆や読者)とコミュニケーションを取ることの楽しさやありがたさを見直すことだっただろう。ぼく自身がそんな「一攫千金」マインドから変わったなと思うのはたぶん断酒会に通わせてもらうようになって、そこでさまざまな方に自分の体験談を自分なりに嘘偽りなく話すことを始めたからだ。そしてそれと同時期に発達障害がらみのミーティングに参加させてもらって、そこで料理やライフハックなどの披露を通して「やっちゃいました~」と恥をかいたりして……そうして「ああ、確かにぼくは受容されている」と思い始めて、そうなるとあれほど肥大していた承認欲求も消えてきたのである。いや、いままったくそんなものと無縁に書いているなんてことは言わない。いまだってどこかで「ぼくの書いたものがもっと読まれてバズらないかなあ」なんて子どもじみたことを考える。なんなら、「いまだって」考えている。「これからだって」そんな夢想を抱えつづけて生きるだろう。ぼくはこれからの一生をきっとこうして(たとえお金にならなくても)書きつづける。
それはそれでぼくの人生なのでぼくが責任を取ることではある。でもその人生を決めるのが「プロデビュー」や「名を売る」といった他者の評価に相当に依存した判断基準・価値基準のままだったならば、ぼくは一生「こんなはずじゃない」「おれはもっとビッグになる(なれる)」と思いつづけて生きたかもしれない。そしてややもすると「なぜ世の中は認めないんだ」「世の中間違っている」と考えてしまい、そのまま繁華街なりデパートなりで包丁を振り回して暴れる……なんてこともありえたかもしれない。そんなことを思うといまこそ幸せなのかな、と思う。書きたいものを書き、そして出てきた自分の言葉と日々向き合い、そこに変化を見出し、「自分はともかくも『止まってない』し、そのまま『腐って』もいないのかな」と思えるからだ。ただ、それを「自分は成長している」とも言いたくない。いや、言いたいけどそう言ってしまうと「手前味噌」というもの。ぼくの書くものは傍から見ると「そんなに退屈なことを毎日毎日書いて何が楽しいの?」な話なのかもしれない。そして、それもまた客観的な評価として「妥当」「実に的確」でありうるから面白いと最近は思うようになってきたのだった。いや、そうだとしてもぼくは炎上沙汰になるようなキャッチーなテーマを探して書くなんて芸当はできないので、明日もこんなことを書くつもりだけど……。
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myonbl · 11 months
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2023年5月30日(火)
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夜来の雨、鬱陶しいなと思いつつ玄関を出ると紫陽花が咲いている。近畿地方は梅雨入りとのこと、やっと自分の出番が来たと誇っているようだ。貧相な空間で申し訳ないが、それでも一生懸命存在を主張している健気な姿、梅雨を前向きに受けとめることができる。ありがとう、元気に行ってきまーす!
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5時30分起床。
ツレアイは、普段よりゆっくり出るとのこと。
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朝食、洗濯、ご飯が余っているので弁当4つ。その間に、ツレアイが洗濯物を干してくれる。
可燃ゴミ、30L*2。
午前8時、ヤクルトさんから野菜ジュース購入。
私はO姉と一緒に出勤、ツレアイはすぐ後に自転車で出勤。
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順調に到着する。
昨日の<情報機器の操作Ⅰ(看護学科)>の入力課題をチェック、練習の成果がそれなりに出ているのが嬉しい。
月初めの連休に作業するつもりが遅れてしまった<熊野本>の原稿、漸く手を付け始め、何とか今週中に終えたいものだ。
火曜日3限・4限はは<スタディスキルズ(看護学科)>、今週は先週作成したメモをもとにレポートの執筆作業。私が用意した資料が意を尽くせず、3限のクラスでの質問を踏まえ、4限のクラスには大分風通しが良くなった。ともあれ、来週の授業までにレポートを完成させることを宿題とした。
いつも通り九条大宮でO姉を下ろし、自宅に戻ったのが17時30分過ぎのこと。ツレアイは昼前に帰宅、午後はあれこれ片付けを頑張ってくれた。
環境社会学会から年会費の請求、私が現在唯一加入している学会、9000円をカードで支払う。
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夕飯は、豚バラ肉のすき焼き風/新ジャガのフライドポテト/レタスとトマト。
録画番組視聴。日本の話芸から、
神田松鯉 講談「男の花道」
初回放送日: 2022年11月27日
人間国宝・神田松鯉さんの講談「男の花道」をお送りします(令和4年9月18日(日)収録)【あらすじ】文化文政時代、長崎で修業をして江戸へ向かう眼科医、半井源太郎(なからいげんたろう)。途中の宿で人気俳優の中村歌右衛門と泊まり合わせる。その夜、歌右衛門が重い眼病で苦しみだしたのを三日三晩治療して見事に回復させた。歌右衛門は「半井先生になにかありました時は、水火も辞せずはせ参じます」と厚く礼を述べる…
露の新治さんの口演で聴いたことはあるが、講談としては初めて。
片付け、入浴、体重は450g減。
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それなりに動いて3つのリング完成、水分は1,540ml。
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oniwastagram · 2 years
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📸玉井別館 / Tamai Bekkan Ryokan Garden, Matsue, Shimane ——“美肌の湯”“美肌温泉”で有名な島根・玉造温泉郷で2020年にリニューアルしたばかりの和モダンな温泉旅館で眺められる日本庭園。 島根・玉井別館の紹介は☟ https://oniwa.garden/tamai-bekkan-shimane/ ....... 「玉井別館」は“美肌の湯”“美肌温泉”♨️で有名な島根・玉造温泉郷で日本庭園を有する温泉旅館/ホテルの一つ。 “出雲流庭園”の作風が感じられる池泉鑑賞式庭園があります。 . 奈良時代に出雲国に開湯・日本最古の温泉の一つに挙げられ、平安時代には清少納言が『枕草子』📖で“三名泉”と記した玉造温泉。2022年5月に1年半ぶりに訪れました。 . 玉造温泉のホテル/旅館には日本庭園のある施設が複数ある。 前回は「海外日本庭園専門誌」でもランキング常連の『湯之助の宿 長楽園』と俳優・長谷川博己さんゆかりの国登録文化財の宿『保性館』を紹介、そして今回のお目当ては先に紹介した『ホテル玉泉』でしたが、そんなホテル玉泉のお向かいの『玉井別館』の庭園も紹介! . “別館”の名の通り、同じ玉造温泉にある『湯元 玉井館』の別館。その本館『玉井館』は明治時代に創業した「浜屋」を前身とする老舗宿。 . 玉井別館も外観は昭和レトロな雰囲気ですが、その館内・客室は2020年にリニューアルしたばかりで“和モダン”な雰囲気を醸しています。 . オープンな茶室やリクライニングチェアの置かれた1階ラウンジから鯉の泳ぐ池泉式日本庭園が眺められます🐠 建物から見て手前の池泉はオーソドックスな和の庭園…って感じだけれど、奥に見える白砂に高く打たれた飛び石の雰囲気は当地の“出雲流庭園”の特徴が表れている。 . 館内にはそれ以外にも“庭園的なもの”がいくつか。まずは玄関のすぐ横にある足湯“五彩の湯”。メインは足湯なのだけどその周囲は庭石や植栽が彩ります。 続く。 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 【存続のためのお願い】 庭園情報メディア「おにわさん」存続のため、新オーナー(組織)を募集しています。詳しくは「おにわさん」で検索し、ウェブサイトよりご覧ください。 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● #koipond #japanesegarden #japanesegardens #kyotogarden #zengarden #beautifuljapan #japanesearchitecture #japanarchitecture #japanarchitect #japandesign #japanart #jardinjaponais #jardinjapones #japanischergarten #jardimjapones #japanhotel #ryokan #建築デザイン #庭園 #日本庭園 #庭院 #庭园 #島根旅行 #島根観光 #松江観光 #玉造温泉 #島根庭園 #旅館 #温泉旅館 #おにわさん (玉井別館) https://www.instagram.com/p/CjRkc0APTKD/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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kjh-417 · 2 years
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mes possibilites aujourd’hui.   今日のわたしの可能性。   庭の水撒きをする。   郵便物を発送する。   シアバターを買う。   ワクチン接種を受ける。     移転先の部屋は 西陽が当たるので 暑いといえばそうなのだけど、 どうやら 午前中よりは 昼下がりから夕方少し前くらいの 時間帯の 光のあんばいがよさそう。 アイズ・フォー・ユーの ブロッチと、 花弁の透け感に口角が上がる。   午後に徒歩で 郵便局と百貨店へ。 その後一旦帰宅してからの ブースター接種。 今のところ平熱、体調に 目立った変化はない。 ワクチンに関係なく 暑かったので、おやつにアイス(笑。   ふと思い立って手仕事。 手を動かして 着るもの食べるもの、つかうものを つくるのが やっぱり好きだなぁ。   古九谷にいけたハルジオン、 だんだんひらいてきた。 庭ではちょっと困った存在だけど、 花は愛らしい。 器に描かれている鶏たちや その下の鯉が 蕾を見上げているみたい。
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wazakka-kan · 5 days
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営業中。まゆ玉人形の鯉のぼり。
私の子供の頃はザ・昭和。
男の子が生まれたら、土地付き一戸建ての片隅にでっかいポールを建てて、鯉のぼりを飾っているお宅があちこち見られたものです。
鯉のぼりのポールは国旗掲揚にも使われていた記憶(国旗を自前で所有している民家が近所に普通にあったんですよ)
ザ・昭和は、旗日に国旗を掲揚するおうちもそこここに見られたものです(ほんとです
今では田舎でも、鯉のぼりを飾る家を見つけるのが難しくなってきているザ・令和。
鯉のぼりは、観光用に川や渓谷にズラッと飾られたのを見かけて季節の気分を味わう、そんな存在に変化してきた気がします。
当店の鯉のぼりは、室内に小さく飾るようなサイズのものばかり。子供を思う親心を人に見せつけることは出来ませんが、季節になって、また家族みんなで鯉のぼりを見られたなと小さな記憶を積み重ねていくのは、幸せなことじゃないでしょうか。
それと、独身の方へ。鯉のぼりを飾ってご自身が季節を楽しんでくださいね。
大義名分が必要なら、日本全国の、世界中の子供が健やかに育ち給えと願掛けしながら、お印に飾っていただけたらよろしいかと思います。
まゆ玉人形の通販→
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as-0063 · 9 days
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*岡山旅行記②[矢掛町〜宿場町散策~倉敷一人飲み]
岡山二日目。朝食を食べホテルを出ると…
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まさかの曇天!晴れの国とは!!!
しかもなんだか肌寒い…(10月中旬)
ちょっと服装失敗してしまいました(T_T)
気を取り直して、ローカル線・井原鉄道にのり矢掛の町へ向かいます。井原鉄道では大阪からきたというマダムに話しかけられ、ずっとおしゃべりしてました。その方はどうやら鉄道のスタンプ(?)を集めているようで、こういったローカル線に乗ってよく出かけているそう。車窓から見える風景を撮りながら、お互いそんな話をしておりました。
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井原鉄道の車両はこんな感じです。私が乗ったのは大原美術館に飾られている美術品のラッピング車輌でした。内装もとても素敵でした。
電車に揺られること約40分。着いた矢掛の駅舎はこんな感じ。
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趣のある駅舎、いいですねぇ。そして相変わらずの曇天に上がらぬ気温…しかしそんな天気にも負けず今日は一日矢掛を楽しみます!
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まずは朝市に向かって元気をチャージ。色々な屋台が出ていて、ドリンクが飲めたりお弁当を売っていたり手作りの雑貨を販売している屋台もありました。
私は手作り雑貨の屋台で犬の柄のポーチと、珈琲屋さんで抹茶ラテを購入。抹茶ラテを飲みながら矢掛の町を歩いていくことにします。
ふらふら歩き見つけたのが矢掛美術館。
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…の横になんと鯉がたくさん泳いでいる池が!!
無料であげられる鯉の餌が置いてあったのであげてみることに。
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いや怖いって!!!笑
カリカリ餌を投げ入れるたびに陸に上がってくるんじゃないかの勢いで喰いついてくる鯉たち…矢掛はのどかな町でしたが鯉たちは貪欲でした。
このタイミングで一度友達の出展ブースにも顔を出してみました。色々買いたいものもあったのですが、荷物が増えてしまうのでそれは帰り際買うことにして、友達やその知り合いの方と談笑して一度ここのブースは後にしました。
うろうろ歩いていたらそろそろ小腹がすいてきな~、というタイミングで見つけたお店がこちら古城大黒堂。
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ヤマザキパンを販売しているコンビニのようなお店ですが、この回転焼きの看板につられて入ってみました。
中はヤマザキパンのような既製品と手作りのパンと野菜も売っていました。その奥でおじいちゃんが回転焼きを焼いています。こういうローカルなお店はいいですねぇ。回転焼きは優しい甘さのあんこがたっぷり入っていて満足感のある一品でした♪
さらに歩くと何やら異様におしゃれなお店を発見!?
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看板には石とカカオとチョコレート・石挽カカオの文字が。カカオ豆を石臼で挽いていてその石臼にもこだわりのある矢掛に拠点を置くチョコレート屋さんなのだそう。
カカオの産地ごとに味わいの違うチョコレートが販売されており、そのどれもが試食できるようになっています。
私はコロンビアとガーナ、そしてホットチョコレートを購入しました。
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そろそろ日も暮れてきたし帰る前にもう一度友達のブースへ。
購入したのはこちらの小皿。玄関のアクセサリー置きに使用してます。サイズ感とシンプルな模様がお気に入りです(^-^)
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最後、倉敷に戻る電車まで少し時間があったので、駅舎で販売していたソフトクリームを食べながら待つことに。
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ソフトクリーム大好きでよく食べるんですどね、この天気とこの気温では寒かった。。。
そしてまた一両編成のローカル線に揺られ倉敷へ戻りました。
矢掛町は昔ながらのお店や建物が多くのどかで、でもチョコレート屋さんのようなモダンなお店もあったり、今と昔の文化が絶妙にまじりあっているとても良い街でした。なにより自然豊かでとても空気が美味しかったです!
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ホテルに戻って少し休憩をした後は、ひとり倉敷の飲み屋街へ向かいます。駅から少し路地に入ったところにある倉敷一番街は、雰囲気のいい飲み屋さんが連なるエリア。
その中で気になった、居酒屋和で晩酌することにいたしました。
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ここ和は、女将さんがつくるおばんざいがとても人気のお店なのだそう。カウンターの上に大皿に載った今日のおばんざい(日替わり)が並んでいて、どれも美味しそう~!!
その中から選んだのは大好物のかぼちゃの煮物。あと日本酒には欠かせないお刺身。
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味の染みた煮物と共にちびちび日本酒をいただきます(^-^)
のんびりひとり飲んでいるうちにぞくぞくと常連さんがやってきて、地元の人気店なんだなぁと思っていたり。そんなことをおもいつつカウンター席でのんでいたら常連さんグループが話しかけてくれ、一杯奢ってもらっちゃいました♪
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地元・岡山の地酒も多く取り揃えられており、おばんざいはどれも美味しく、なんだかとてもいい店を見つけました(^-^)
ちょっと飲みすぎてしまいましたがw、岡山二日目の夜はこうして更けていきました。
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cunelwork · 24 days
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新潟大学「FC・にいがた夢農業・人づくり共通講座公開シンポジウム」で登壇しました
新潟大学「FC・にいがた夢農業・人づくり共通講座公開シンポジウム」で登壇しました | メディア掲載 / イベント・セミナー実績 | Cünelwork Inc.
2024年2月19日に新潟大学にて開催された、「FC・にいがた夢農業・人づくり共通講座公開シンポジウム」の講演およびパネルディスカッションに、弊社鈴木が登壇しました。 講演では、ネット通販を通じて県産品を全国へ発信する新潟直送計画の取り組みについてお話させていただきました。 県産農林水産物のブランド化を考える公開シンポジウムでは、新潟県食品流通課や県内水面水産試験場、全日本錦鯉振興会の方々と、農産物市場におけるターゲットの設定の重要性やマーケティングについて意見を交わしました。 新潟直送計画では現在2,000商品以上の県産品を扱っており、より作り手の方々の日々の仕事に、ネット通販の取り組みが浸透しつつあります。900店舗以上の作り手の方々が、消費者と向き合うことで得られる価値観や誇りを、県内外問わず多くの方に知っていただきたいと思っております。 今回ご参加いただいた教育機関や学生の方…
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kachoushi · 25 days
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零の会
2024年1月6日
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於:国立オリンピック記念青少年総合センター
坊城俊樹選 岡田順子選
坊城俊樹出句
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坊城俊樹出句
神の森へと絢爛の春著かな おちよぼ口紅を差したり春著の子 ハスキーな初鴉とて神のもの 春著とは後ろ姿のありにけり 去年今年神の焼そば食らはんと 神苑の神乗り移る初鴉 神宮の八手の花は交信す まぶだちを亡くせし朝の初御籤 去年今年菊紋美しき大鳥居 去年隔つ菊の御紋の大鳥居
坊城俊樹選特選句
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坊城俊樹選特選句
ドッグラン鼻と鼻とで交はす賀詞 荘吉 裸木のはるかを白く光る街 要 頰切るは鷹の翔つ風かもしれず 順子 人波をこぼれながらの初詣 光子 焼芋の煙たなびく志んぐうばし 和子 群衆といふ一塊の淑気歩す 順子 寒雀神馬と分かちあふ日差し 光子 寒雀入れ神苑の日のたまり 光子 寒の水明治の杜のまま映す 小鳥
坊城俊樹選▲問題句
晴れし日の雪吊龍の手に化けて 小鳥
坊城俊樹選並選句
大前に縦一列で冬帽子 荘吉 はじまりもをはりも青き初御空 和子 馬場の日にふくら雀の落ちて来し 光子 弦を背に颯爽とゆく小春かな 風頭 参宮橋より白日の冬木立 小鳥 輪飾の紙垂の歪みもめでたけれ 和子 神木の黙しぼんやり春を待つ 三郎 鎖樋垂らして永く竜の玉 順子 白き手首して清正の若水を 順子 清正の井へと恵方の歩の続く はるか 初声の想ひありしか本殿へ 三郎 小春日や亀石に吾も甲羅干し 風頭 悴める指に解きて恋みくじ はるか 笹鳴や旋毛に当たりつづける日 緋路 青空に深く沈みて冬の鳥 和子 参道を逸れ神域の淑気かな 六甲 神宮の鳥居の罅も淑気かな 佑天 楪や隔雲亭は夢の跡 順子 寒椿落つれば湧くや清正井 眞理子 京訛り唇紅く寒の紅 三郎 江戸よりの井戸の名水ぬるき冬 眞理子 皇后の大もみぢ枯れても落ちず 慶月 積樽も淑気を帯びて並びけり 佑天 百年の落葉溜りのほつかほか 慶月
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岡田順子出句
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岡田順子出句
潔き新玉ぶりを隈笹に 頰切るは鷹の翔つ風かもしれず 国の春へロマネ・コンティの献樽を 楪や隔雲亭は夢の跡 鎖樋垂らして永く竜の玉 帷のごとく陽に鎖し白障子 なんでもなくて冬草の青ければ 群衆といふ一塊の淑気歩す 寒天を逆しまにして蒼き井戸 白き手首して清正の若水を
岡田順子選特選句
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岡田順子選特選句
跼り清正の井を初鏡 昌文 本殿につぶやく寒紅をつけて 光子 楪の浴ぶる日我にゆづらるる 慶月 肺胞に沁み込んでゆく淑気かな 緋路 冬草や喧騒去りて井戸残し 眞理子 馬見えぬ乗馬倶楽部の六日かな 六甲 寒鯉来おのれの色の水を分け 緋路 寒椿落つれば湧くや清正井 眞理子 寒の水明治の杜のまま映す 小鳥
岡田順子選▲問題句
遠近法その中を往く初詣 荘吉
岡田順子選並選句
初日記驚天動地で始まれり 佑天 去年隔つ菊の御紋の大鳥居 俊樹 一連の真珠を胸に初句会 光子 枯菖蒲妄想の中春を待つ 風頭 神の森へと絢爛の春著かな 俊樹 一枚の青空歌ふ初鴉 和子 補聴器を外し砂利踏む初詣 軽象 清正の井へと恵方の歩の続く はるか 清水の写すみ空の冬木の芽 きみよ 鳥居新た杉のひらけて寒に入る 小鳥 吉祥の天へ跳ねたる寒雀 はるか 冬日燦々熊笹の隈閃々 風頭 笹鳴や旋毛に当たりつづける日 緋路 神木の葉擦れ大鷹睥睨す 眞理子 明治旧り樹間に満つる淑気かな 眞理子 寒鯉の水重さうな一と揺らぎ 昌文 拭きあとの白き硝子と日向ぼこ 和子 百年の落葉溜りのほつかほか 慶月 ひよつこりとシャンパンを手に雪女 きみよ 大前に縦一列で冬帽子 荘吉
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nrmkh · 7 months
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ずいぶん前、国語の授業で書いた何かの感想文で、多くのひとが若い頃に必ずといっていいほどこだわってしまうことについて、それは「いくつかの制限から解放されたときに錯覚する一時的な経験だ」というようなことを書いて、先生とケンカになりました。今思えば、恥ずかしいのひと言に尽きますし、それはケンカというような立派なものではなく、青臭い私を淡々と諭そうとした先生に納得がいかない私の単なる口答えに過ぎなかったように思います。それから20年近くが経ち、思いがけずまた同じことについて考えました。今度はチェーホフとともに。
さまざまな思考を磨き、大勢の血を流し、多くの涙が流れ、そして乾いていく中で、かつての私たちがそれを手に入れたということは、よく知られています。しかし、その上に立つ私たちは、はたしてかつての私たちが描いたような姿をしているのでしょうか。
20年という歳月で私に何か変化があったのか、2年または100年という歳月で私たちにどんな変化があったのか。
かつての私は差異を手に入れることによって自由という錯覚を経験すると書きました。しかし今、どうやら同じようには考えることができなくなっています。自由そのものが差異を生み出し、すでに私たちは自由から疎外されているように実感しています。
日本と韓国や中国で使われている言葉が異なるのと同じくらい、アジアとヨーロッパの自由をめぐる言葉も異なるように感じます。自由だけではありません。愛情についても、知性についても、労働についても、そして現在や未来や過去についても。いえ、もっと正確にいえば言葉そのものの人生における機能も異なる点が多いとも感じます。
私たちは言葉を使い、何かについて、何かをめぐって思いを伝え合います。そして私たちに許された自由の範囲内で、ひどくたくさんある選択肢の中からひとつを選びながら、自分自身を、または私たち自身をより良く描けるように期待します。
100年後の私たちが、今の私たちを描くとき、どのような姿をしているのでしょうか。
(第七劇場「三人姉妹」初演時のプログラムより・2013)
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3月にあった、名古屋芸術大学での、音楽と影絵のコラボ公演「ブレーメンの音楽隊」と、「赤ずきん」ツアーから、 4月にタスマニアのカンパニーとの共同制作のワークインプログレス、 5月にBelleville Camp23と、若手劇作家シリーズ#2 石見真希「ベビーカー小町」の公演、 6月にピアソラのオペラ「ブエノスアイレスのマリア」、 7月に名古屋芸術大学・舞台芸術領域2年生発表公演「白雪姫」、 8月に津市久居アルスプラザでの子どもミュージカル「オズの魔法使い」と、名古屋芸術大学・舞台芸術領域3年生発表公演「ピノキオ」 9月に津市久居の市民劇「母と会う夏」 と、ゆっくり何かを書く時間も心向きも持てないまま、気づけばもう今年も10月になろうとしています。
そして、来月は第七劇場「三人姉妹」のツアーです。
10月7・8日に三重県文化会館 10月22日にパティオ池鯉鮒(バリアフリー公演)
三重公演は昼の回の残席が少なくなってきているようです。
第七劇場では10年ぶりの「三人姉妹」。 リクリエイション版での上演ですが、これでチェーホフの4つの大きな戯曲(「かもめ」「ワーニャ伯父さん」「三人姉妹」「桜の園」)の作品化にひと区切りです。
みなさまのご来場を心からお待ちしております。
「三人姉妹」ツアー2023 特設サイト https://dainana-trois.tumblr.com/
初演時(2013)の作品情報 https://dainanagekijo.tumblr.com/post/174176399108/threesisters
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riku-log · 7 months
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基礎デザイン学科のタイムアシクス・デザインという授業を受けました。
有馬先生に作品についてのアドバイスをいただきました。インタラクションが単一であっても強弱があれば大丈夫です。単純な選ぶという行為でも鯉を進化させるために選ぶと鯉の情報を見るために選ぶの違いを理解すると良いです。
2023.10.02
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bearbench-tokaido · 1 month
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五篇 下 その三
東海道を離れ伊勢の参宮道に来ている弥次郎兵衛と北八。 上野の町で、一人の男に話しかけられた。
「突然ですが、あなたがたは、お江戸の方でございますかな。」 弥次郎兵衛が、 「ああ、そうだが。」 と、答える。その男が、 「私は白子辺りから、あなた方の後ろをなんとなくついてまいりましたが、道々の御狂歌を承りましておよばずながら感心いたしました。 とても、上手でございますな。」 と、褒める。 「いやなに。口から出任せでございます。」 と、弥次郎兵衛はまんざらでないように答えると、 「いや、驚きいりました。 ついこの前、お江戸の尚左堂俊満(しょうさどうしゅんまん)先生が、当地へお出ででございました。 あの先生も素晴らしかったが、あなたもさぞ名の通ったお方なんでしょうね。」 と、その男はなおも聞いてくる。 「はあ、なるほど。さようさよう。」 と、弥次郎兵衛は尚左堂俊満という名前を、なんとなく聞いたことがあるなと思いながら答える。
「それで、あなたの御狂名は、何でございます。」 弥次郎兵衛は、 「私は、十返舎一九と申します。」 と、江戸で人気の滑稽本の作者の名前を言う。 「ははあ、御高名は、かねがね承っております。 あなたが、十返舎先生でござりますか。 私、南瓜の胡麻汁ともうします。さてさて、いい所でお目にかかりました。 この度は、御参宮でござりますか。」 胡麻汁というこ男は、ちょっとびっくりして、聞いてきた。 弥次郎兵衛が、 「その通り。このひざくり毛という著述の事でわざわざ出かけました。」 と、適当に答えている。 「ああ、あれですか。あれは、傑作でございます。 ここへお越しになる道すがらも、吉田、岡崎、名古屋辺りの俳諧や狂歌をやる連中が、さぞうるさかったんでしょうね。」 胡麻汁が、聞いてくる。 「いや。東海道は宿場ごとに残らず立よるつもりですが、顔を出すと引きとめられまして、饗宴になるので気の毒ですから、みな素通りしました。」 と、これまた、弥次郎兵衛は、適当に答える。
「それにご覧の通りわざとこんな小汚い身なりをして、やはり神社仏閣に参詣する巡礼の旅行者のようにみせかけ、気楽でのんびりと風雅を第一と出かけました。」 「それは、お楽しみでございますな。 そうだ、私の宅は雲津でござりますが、どうぞ、お招きしたい。」 と、胡麻汁が、誘ってきた。 これは、面白くなってきたと、弥次郎兵衛が、 「ご迷惑でなければ、それはありがたい。」 と、答えると、 「まことに御珍客。近所の狂歌連中にも、ぜひお引き合わせしたいのですが。」 と、胡麻汁は、何かを考えている様子である。 「まあ、今夜、一泊していただくとしよう。 全く、不思議な御縁でいい人にあったもんだ。」 と、先にたって歩き出した胡麻汁は独り言を言ったあと、 「ところでここが、小川と言うところで饅頭が名物でございます。 一つ食べて、行きませんか。」 と、誘う。
しかし、弥次郎兵衛は顔をしかめて、 「いや、饅頭は懲りています。すぐに、参りましょう」 と、さっさと通り過ぎてながら、一首詠む。
名物の うまくて名高い 饅頭に くいつかんのは いかにせんかと
その歌を聞きながら、胡麻汁も慌ててついて行く。 それからほどなく、津の町の手前の高田の御堂についた。 右の方に見えるのが石井殿だ。
まな板の 上にて鯉の おどるさま これ佐用姫の 石井でんかも
左のほうには、如意輪観音堂もある。 また、国府の阿弥陀というのもある。
ここは上方から参宮に来た人が落ち合うところなので、往来はことに賑わしく、なかでも都の若い人々は普通の衣服の上にそろいの浴衣を着て、芸者のような格好をしている。 そのうえ、飾り立てた荷台を載せた馬をひきながら、歌を歌っている。 「ちちち、ちんちん。えい~い、ござれ。都の名所を~、見せよう~。 祇園、清水、やれ音羽山~。やあ、とこなあ~、よういやさあ。 ありゃあこりゃあ~、このなんでもせえ~、ちちち、ちんちん、えい~い。 地主権現の~、さくらにまくを打まわし~、霞がくれに~もの思わする~。 やあとこなあ、よういやさあ~、ありゃやこりゃや~。このなんでもせ~。」
弥次郎兵衛は黙ってその連中を見ていたが、 「おい、北八。見てみろ。すごい別嬪が見える。」 と、急に、北八のそでを引っ張る。 胡麻汁が、ポカンと見ている弥次郎兵衛と北八に、 「ありゃ、みな京都の連中じゃ。 あんなに立派な身なりをしていても、金は一文も使わねえ。」 と、言い捨てる。
その連中の一人が、胡麻汁に近づいてきた。 「すいませんが火を一つ、貸してくれませんか。」 「さあさあ、お点けなさい。」 と、胡麻汁はくわえていたキセルを差し出すと、その京の男は自分のキセルで吸い付け出した。 「ぱっぱっ。」 あんまり長いようなので胡麻汁が、 「まんだ、点かんのかいな。」 と、問いかけるが、京の男は、 「ぱっぱっ。」 と、平気で、吸っている。 胡麻汁が、 「なんじゃ、お前のキセルには、煙草が入っていないではないか。 はあ、わかった。吸い付けるふりをして、人の煙草を吸っていたな。 やめんかい。」 と、自分のキセルを取り上げる。
「ほらお江戸の先生。ご覧になりましたか。 京の連中はとんでもないケチな連中だ。 ところで先生。さっきの連中のせいで煙草がなくなった。 もう一服ください。」 弥次郎兵衛は、あきれたように、 「京の者をケチだというが、お前もさっきから、俺の煙草ばかり吸っている。」 と、ふところから煙草を取り出す。 胡麻汁が、したり顔で、 「それは当然。私は今、煙草入れを持っていません。」 と、弥次郎兵衛の煙草を自分のキセルに詰め始める。 「忘れてきたってことかい。」 と、弥次郎兵衛が、聞くと、 「いいや、忘れたわけじゃなくて、 本当のことをいうと、煙草入れを持っていないんです。 その訳は私は、えらい煙草好きで五分おきに吸いつけるくらいだから、こりゃ自分で買って吸ってしまってはたまらんと思いまして、それから煙草入れはやめてキセルだけ持ち歩いております。」 と、胡麻汁は、自慢げである。 「それで、人のばかり、吸っているんだな。」 と、弥次郎兵衛は、すっかりあきれている。 「まさに、その通り。」 「そりゃ京の連中に輪をかけて、お前がケチというもんだ。」 と、胡麻汁が自分のふところに入れようとしていた煙草入れを、ひったくるように取り返した。 胡麻汁は、 「はあ、そうかいな。ははは。」 と、笑って、 「ところで少々、遅くなったようだ。急ぎましょうか。」 と、足を速めて行く。
周りは薄暗くなってきて、月もはっきり見えるほどになってきた。 この辺りから、良洲(からす)の宮へいける道があると聞いて、
照わたる 秋の日本 ならば今 うかれまいらん 鳥御前に
などと一首詠む。 やっと雲津について南瓜の胡麻汁が自宅に案内した。 どうやら旅館のようだ。 運良く客は泊まっていないようで奥の間に請じ入れ、かれこれともてなしてくれる。
北八は、弥次郎兵衛が自分の名前を偽っていて、どうせ又酷い目にあうのだろうがそれも面白いと、共々奥の間に上がりこんだ。 やがて湯にも入ってしまい、ゆうゆうと座敷に座っていると、やがて亭主の胡麻汁がやってきて、 「これは、おくたびれでございましょう。ようこそお出でくださいました。 しかし折あしく、この頃は悪い天気で時化が続いておりまして、いいお魚がございません。 それで当地では、コンニャクがうまいので、まあこれでもお召し上がりいただこうかと申しつけておきました。」
弥次郎兵衛は、 「もう、おかまいなされるな。」 と、主人をねぎらうと、 「そういえばこの者をまだ、紹介しておらなかったな。」 と、北八を指差す。 「そういえばそうでした。あなた様は。」 と、胡麻汁に問いかけられて、 「私は十返舎の秘蔵弟子、一片舎南鐐と申します。 ふしぎなご縁で御やっかいになります。」 と、北八は、口から出任せを言う。 ちなみに、小判一両の八分の一を南鐐(なんりょう)といい、これをまた一片とも言う。
胡麻汁はちょっと首を傾げたが、北八の話は聞き流して、 「いやいや、何にもないですから、構いたくても構えませんって。 じゃ先生、ごゆっくり御くつろぎください。」 と、弥次郎兵衛に言う。
それを待っていたかのように入ってきた女中が、 「お食事を、お持ちしました。」 と、二人の前に膳を据えると、 「御ゆるりと、めしあがりませ。」 と、ならべられた膳を見回し満足そうにうなずき、女中になにやら言って部屋を出て行った。
つづく。
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