『宿命のブラッドバーン〜Deadly fate "Bloodburn"』
終演
ご来場、応援誠にありがとうございました。
配信をご覧いただいた方々、ありがとうございました。
関係者の皆様、スタッフさん、劇団員さん、キャストのみんな、ありがとうございました。
まだ配信視聴をご検討中の方、どうぞよろしくお願いします。
ここから先はおおいにネタバレを含みますので、ご注意ください。
※マスクをしてない写真ばかりですが、もちろん撮るときに外しています。ご承知おきください。
今回、オーディションからの念願叶っての出演でした、空想嬉劇団イナヅマコネコさん。
脚本や作品のクオリティが素晴らしいことは事前にわかっていたので、出演が決まった時は本当に嬉しかったです。(終わってからも信じられない…!)
わたしのお客様から口を揃えて言われたのが「今まで見たことない役」でした。
わたしも初めて台本をいただいたとき、この役(過去のレーリア・クローデット)は絶対わたしじゃないと思っていたものです。笑
今思うと、たしかに、病気で死ぬ役や不幸せな役は何回かやってきました。
幸薄そうな役が似合うと、言われたこともありました。
が、恋愛がからむ役は一切やったことがありません!!!!
というと語弊がありますが、今までやった相手役者さんは全て女性なのです。
自分が男役だったり、男役の女性だったり、女同士だったり。。。
あ、夫婦役もありましたが、離婚直前の夫婦だったので、まったくそういう感じじゃなかったやつです!わたしの友人Kさんが曲でいうところのサビだと言って感動したと喜んでくれていた某シーンも初挑戦でした。
さらに、近年コメディでブスポジションや、やかましい女ばかりやっていたこともあり、配役が知らされた時に真っ先に思ったのは「相手役者さん、わたしだとやる気なくなるのでは…」でした笑
それがまさか、あんな高身長イケメン(過去のアルクアード・ブラッドバーン男爵/釣舟大夢氏)と恋愛シーンをするなんて思いもよらず、稽古開始前からかなりビビっていました。
ここだけの話、何も知らずに稽古に挑むのがこわすぎてどんな人かむちゃくちゃチェックしました。爆
そしていざ稽古が始まってみると、芝居はうまいし、かっこいいし、「なんじゃこいつめちゃくちゃパーフェクトじゃねぇか!!!わたしにつとまるのか?!!釣り合ってなくない???」と心の中で絶叫し、
おまけに、もうひとりとんでもねぇ重鎮(ローガン・ロチェスター伯爵/佐藤圭右大先輩)が…。
まてまてまてまてまてまて、
え、わたしがからむのこのお二人ですか…?
絶対わたし足引っ張らないようにしないと…。
と、やっぱりビビりまくりでした笑
でも、優しくて温かいお二人、そしてCR岡本物語さんの演出のおかけで、自信を持って楽しくお芝居ができました。
何度も言ってますが、これから先の幸せを使い切ってしまったと思うくらいに幸せな日々でした。
わたしの語彙では、このお話のどこが好きか語るのが難しいのですが、何度台本を読んでも同じところで泣くし、違うところでも泣くし、おまけに通し稽古でも抜き稽古でも泣く、さらに本番でも楽屋でモニターを見ながら泣いてました。
そういえば、初めて役の気持ちを引きずって、家に帰って泣いたりもしました。
かと思えば、この物語に関われることが嬉しくて泣いたり、幸せを感じて泣いたりして、、、とにかくなんだかずっと泣いてましたわ!!笑
ローガン役の圭右さん。
初対面のときから明るく気さくで、その優しさにとても癒されました。ローガンにも圭右さんの人柄がでていて、わたしはアルクアードと一緒にいてもいいのかと打ち明けたときに、「君との思い出はわたしの宝物だ」と言ってくれるおだやかな笑顔とやさしい言葉使いに心の底から救われました。
病気のことを黙っていてごめんなさい。優しいローガンとアルクアードに甘えてごめんなさい。ベッドの上ではいつもそんなことを考えていました。
途中からどうしてもレーリア視点でしか物語を観られなくなってしまって、いつも苦しかったのは、ヴァンパイアにされたあとのレーリア(迫田萌美さま)がラストの方で言うセリフ、
「あなたたちには荷が重いわ」
わたしにだって軽いわけじゃないんですよ!!!
ずっとずっとつらいまま、背負ったままだったんですよ!!!って!!!
そして、扉越しにようやく会話できたあと、大嫌いと言って突きはなしてからの、
「助けてくれてありがとう、アルクアード」
いつ見ても爆泣き…。
だって、一度たりとも直接は言えてないんですよ?!噛まれて起きたらアルクアードはいなくて、ローガンに手紙を渡されて「もう一生会えない」ことを知る。
こんなのって苦しすぎる。
もうね、この2ヶ所はわたしの感情が大変なことになってましたよ。
萌美さんと2人で演じた「レーリア・クローデット」は、本当に大切な役となりました。
さて、その他の好きなシーン、役者さん語りをします。お付き合いください。
ウォー���ン・コール(小栗銀太郎さん)、アリス・ホーリーランド(杉乃前ネイティさん)が、仲間を裏切っていた事が分かるシーン。
あそこの、小栗さんのお芝居は本当に最高で、抜き稽古でそのシーンを見たときに、一気にわたしの頭のなかに舞台セットが広がり、客席の真ん中にひとりでお芝居を観に来ている感覚に陥りました。
すごかった。大好きなシーン。
(裏切ってたのがわかるところに大好きという表現が正しいかは不明ですが笑)
お二人がらみでいうなら欠かせないのは、二人がヴァンパイアになってしまったところもとっても見ていて苦しいシーンでした。結局自分が一番かわいいアリスはとても人間らしく、ネイティさんの爆発力のあるあの高笑いは素晴らしく恐ろしかったです。
この後が例の「あなたたちには荷が重いわ」ですよ。
考えると苦しいことばかりですが、
現代アルクアード(青山雅士さん)と、シャロン・ハートフィールド(七海佑衣さん)のチェスのシーン。
とても印象的なシーンだと思います。
ドレスを着て嬉しそうに「おとぎばなしのようだった」と語るシャロンに一瞬昔のレーリアが過ぎり、駒を落とすアルクアード。
ここも見ていてつらかった…。
知るのが怖くてご本人にも聞いていないですが、このときのアルクアードはどんな気持ちなのかって考えるともう苦しい。というか、現代アルクアードのシーン全部つらい。見ていてずっと「ごめんね」って気持ちになっちゃう。青山さんの芝居めっちゃ好きや。てか見たらどう考えても好きになる。
七海さんは、抜群の安定感の持ち主でイントネーションや音にも細かい表現がたくさんあるのですが、このセリフ、わたしの言い方をコピーしてくださってて、通し動画をみて気づいた時には震えました。
これは、アルクアードきついだろうなって…。
釣舟画伯が描いてくださったイラストその①
わたしのかわいいペット(おなじシーンには出ていないけど)のフィオ(飯田雪之介さん)。
もうね、愛しいよね。
本当にかわいい。口悪いのにレーリア様大好きじゃん。
どのシーンも愛しかった。
実は、メイクにまだ慣れていない飯田さんのアイメイクを最終調整させていただいておりました。最初は完全にアイラインを引いてあげていたのですが、だんだん上手になってきて最終的にはちょっと綿棒で消して修正するだけ、になってました。
その後、フィオの耳をレーリア様に装着させてもらう、という流れにいつの間にかなっていて、わたしと萌美さんでフィオを完成させるという図に勝手にエモくなってました。笑
フィオといえば、カーティス・レイン(花咲まことさん)?!笑
カーティスもいいシーンばっかり。
役のことではないのだけど、まこっちゃんとは鏡前がお隣で、めちゃくちゃからんでもらいました。
稽古はシーン別だったし、もちろんからみがないから通し稽古始まってからもあまりお話してなかったのだけど、小屋入ってから一気に距離が縮んだ。というか、気さくすぎてすごかった。いつも人のために本気で真面目に考えてる人。
反対側のお隣メル(須藤さえさん)。兄弟多い仲間。
さえさん9人。春野家5人。
うちより多い家族に会う機会が滅多にないから、すごくうれしかった!笑
メルは、かわいいだけじゃないさえさんにピッタリ。
初めてその目を見たとき、なんてクールなんだろうって思った。
笑うと年相応なのに、真剣な眼差しは本当に大人びていて、アルクアードに対してガン飛ばしてみたり、きちんとしてみたり、いろんな顔を見せるところが本当にすてきだった。
これは個人的な設定だけど、森で怪我をしていたメルを拾ってきたのがレーリアだと思っていて、頼れる人がアルクアードしかいなくて、屋敷に連れて帰り、そのままそこでメルのお世話をすることになったのが、屋敷にいることになるきっかけになったのではないかなと思ってます。
アルクアードとレーリアをつないでいたのがメルだったら嬉しいなぁ。
人間のときに関わりのあるキャラクターとして、名前が出てくるマックス・マクブライトさん(喜多村次郎さん)。
過去シーンでわたしが名前を出すくらいで、からみはありませんでしたが、ヴァンパイア後のレーリア様がマックスさんと再会。
嬉しかったなぁ。
「人間の時と変わりない、レーリアちゃんはレーリアちゃんだ」
このセリフから、いろいろ妄想を膨らませてわたしもマックスの名前を口にしてました。
買い出しに行って、「アルクアードさまのお屋敷でお世話になっております、レーリアです。」なんて挨拶してあの豪快な声と笑顔で「よろしくな」って言われて、何度も何度も何気ない会話をして、フィルモアに行ってからは交流が薄くなってしまったけど、アルクアードとローガンみたいに大切な人の一人。
ローガンの息子、ファリス・ロチェスター伯爵(香取直登さん)。
ファリスも好きなシーンしかないなぁ。
ご本人に関してはお芝居の経験はあまりないって、聞いていたけど、通し稽古できっちりファリスを演じていてビックリした。
え?この方普通に経験者じゃん!って。
見た目も雰囲気も気品があって、まさにファリスでした。
今回、嬉しいことに同年代が多い座組みだったのですが香取くんもその一人。
歳のことで思い切って自分から話しかけたら、次から屈託の無い笑顔を向けてくれるようになった。嬉しい。もっと仲良くなりたい。
きっと、ヴァンパイアになったあとにファリスが生まれたのだろうから、会ってはいないんだろうな。会いたかったなぁ。
幼少期のシャロン、アルベルト・ロチェスター、酒場のお客さん(吹狛笑梨さん)、出ている時間は少なくても、全部が重要なシーンばかり。
だって、シャロンの一番辛かった瞬間だよ。あの悲痛な叫び声…苦しくないわけない。
お客さん役も、アルクアードが一般人と仲良くしてるってことを伝えるための印象的なシーン。
そして、物語を締めるアルベルトの挨拶。
大切なセリフしかない。
全部に魂こめて一生懸命演じてました。がんばりやさん。裏回りもたくさんいろんなことをやって支えてくれました。バラシのときの照明お手伝い楽しかったねー!!
アルベルトときたら、初代ロチェスター伯爵。アーサー・ロチェスター様(堀雄介さん)も忘れちゃダメですね!
お仕事やプロデューサー業も忙しく大変な中でのキャスト出演。
本当にさまざまな面でお世話になりました。
お客様の感想の中にもアーサー語りがあったくらいに、アーサーという存在は妄想がはかどるのです。わたしは、アーサーは初めからヴァンパイアになりたくて、隠れていたアルクアードに近づいたと思ってます。自分の価値を高めるために男爵にとりたてて、アルクアードにも自分は安全だと思い込ませる。しかし、その中で自然と友情が芽生えていき、利用しようとしているという罪悪感とも何度も戦ってきたと思います。でも、欲には勝てずついに「ヴァンパイアにしてくれないか」という。そうだったんじゃないかなって。
自分の運命にも気付いていなかったアルクアードは、アーサーをヴァンパイアにする決意を固めるわけですが、そんなアルクアードの心情を考えてもまた苦しくなりますね!!!!
もう、とにかくずっと、この物語でアルクアードはつらい。
これから先も、アルクアードに幸せが続くことを切に願います。
レーリアとしても、春野遼子としても。
いやー、とんでもなく長文になりました。いつもこんな記事書かないわたしが、こういうことを書く、しかもこの量で、さらに自分から写真撮りましょう言えないマンのわたしがキャスト全員と写真を撮っている!!!ということだけでもみなさまには察していただけるとは思いますが、
わたしは、この「呪われた島」への思いが強すぎてしばらく抜け出せそうにないです。
しかし、いずれ次の世界で皆様にまたお会いできることを心より、楽しみにしております。
ありがとうございました。
『宿命のブラッドバーン〜Deadly fate "Bloodburn"』
Team Ocean
過去のレーリア・クローデット
春野遼子
その②
その③
喜多村画伯が描いてくださったイラスト。
そして。
技術があり、説得力があり、なんでも受け止めてくれて、いちいち変な絡み方してきたり(これも自分からいけないわたしに対してコミュニケーションをとろうとしてやってくれてる)、ふざけてるふりをして真剣で、本当に素敵な役者です。
ど頭のナレーションの声を聞くだけでいろんなことが溢れてきて苦しくて、アーサーとの何気ないようなやりとりでさえも、見ていて苦しくなる。
自覚ありなのか自然とそうなっていたのかは分からないけど、「どうする?」と問う彼の手はいつも震えていました。
『〜、ならばその呪いを受け入れて生きながらえる事ができる、君にはその資格がある』という本当の意味が分かっていないレーリアには、その震える手を取る以外の選択肢なんてなかったのです。
その震える手をあたためたい。
たとえ後悔することになってもあなたとともに生きたい。どんな茨の道でも。
そう思って触れた手の先に、あんな宿命が待っているとも知らずに。
同年代でこんなに尊敬できる役者に会ったのはハッキリ言って初めてです。
もともと素晴らしい部分しかないけど、お客様の感想で、ほめられているのを見ると自分のことのようにニヤニヤします。
そうでしょ!
わたしのアルクアードかっこいいでしょ!ってなる笑
レーリアの代わりにたくさん「ありがとう」を伝えたかったけど、恥ずかしくてなにも言えずに帰っちゃいました。
わたしからしてみれば史上最強の相方でした。
たくさんの熱い想いをくれたあのお芝居に、わたしも応えられていたのなら良いのですけど。
アルクアードを愛したこの期間は、わたしにとってとても大切な宝物になりました!
本当にありがとうございました!!
助けてくれてありがとう。
優しくしてくれてありがとう。
笑顔をくれてありがとう。
愛してくれてありがとう。
アルクアード。
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戦略会議 #02 作家づくり/ 展示めぐり ギャラリー冬青 ヨン・アーウィン・シュタヘリ SAND & SALT
今朝も予定通り午前中から出かけ、楽しみにしていたギャラリー冬青ではじまったヨン・アーウィン・シュタヘリ 《SAND & SALT》を鑑賞してきた。
アーウィンさんとは今年の1月にスイス、バーゼルでもお会いしている。
その時のアーウィンさんと過ごした数日間はとてもアーティスティックで僕のアート脳をこれでもか!というほどに刺激をした。
そのことは本当に大きかったので、何度となくブログに書いている。
アーウィンさんはアート全般にとても造詣が深い、僕とのやり取りの中でも多くの写真以外のアーティストの話をしている。
Poul Klee、Marc Chagall、Bruce Nauman、Gerhard Richter、Lee Kit、安倍公房、川端康成...ect. と多岐にわたる。
ご自身も元々絵を描いていたと聞いた。
ギャラリーに着いて、しばらくお互いの近況を話しした。
1月にバーゼルから戻って仕上げた写真集を手渡し、しばし僕の作品の話をし、4月の展覧会の話などで盛り上がった。
コンテンポラリーアートにも壁を感じずに接していることもあってかご自身のスタイルとは距離のある《AA+A》であっても非常に興味深く《Máni》の時と同じように楽しみ、評価してくださった。
《Máni》の時もそうだったが、《AA+A》も非常にユニークな作品でクリエイティブであるとアーウィンさんに言ってもらえるのはかなりうれしい。
バーゼルの友人たちの話などをひとしきりして、僕はアーウィンさんの作品と向かい合った。
アーウィンさんの今回の作品《SAND & SALT》はまず僕らに圧倒的な「異世界」を目の前に突きつけてくる。
鳥肌が立つほどに美しいモノクロのプリントで表現されたその「異世界」はヨーロッパのあるカリウム鉱山から出た「塩と砂」の残土を積み上げた残骸の山をその後の侵食させたことによって作り出されたものだという。
非常に崩れやすく危険なため、当然人は近寄れないようになっている。
しかし、アーウィンさんはさすが冒険家というか…危険を顧みずその異世界へと足を踏み入れ、撮影を繰り返したということだった。
僕はアーウィンさんの作品《SAND & SALT》にはふたつの特徴的な側面が現れていると考える。
まずはひとつめは、通常人が目に触れることのないある世界の特殊な一部を写真によって人に提示するというのは写真というメディアが伝統的に担ってきた重要な役割だ。
人目に触れず、長い年月をかけて侵食された「砂と塩」の残土の山の姿はまさに自然の彫刻であり、その調和のとれたバランスを美しさとしてドキュメントしてきたという側面だ。
これは非常に写真的であり、伝統に乗っ取ったスタイルだと感じる。
あまり僕にとってはあまり重要な部分ではなかったので、詳しくは聞かなかったが、かのアンセル・アダムスをマスターと呼んでいたので、そのあたりから受け継いだ部分であろうかと考える。
アーウィンさんはゾーンシステムの匠である。興味があれば、ぜひそのあたりもご本人に聞いてみると面白いかと思う。
じゃあ、この「塩と砂」の山がアーウィンさんにとってのヨセミテなのか?というとそうではないところがこの作品のもうひとつの側面で、僕はそちら側の方に非常に強く魅力を感じる。
アーウィンさんはこのエリアに足を踏み入れ刻一刻と変化する自然の動きを感じる中で、日本文学の傑作と言われる安部公房の「砂の女」の世界観を感じたという。
「砂の女」については詳しくは書くことにそれほど意味があるとは思えないのでざっと…砂漠の蟻地獄に沈みかけた家に落とされた男がそこから抜け出そうとする物語。はじめはあらゆる手段で脱出を試みていたが、徐々にそこの異世界へと順応し、やがては逃げ出せるタイミングでも出て行かなくなっていくという奇妙な世界観を絶妙な描写で描いた作品であり、作品を構成する時間の扱い、世界観の描写、登場人物の心理描写などが、すばらしく発表されてから何度となく批評され論文としても発表されている作品だ。
アーウィンさんの今回の作品《SAND & SALT》は「砂の女」の世界観の一部をアーウィンさんなりにアポロプリエーションしている点が非常にユニークで面白いと感じる。
アポロプリエーションは芸術において、盗用や流用、引用といった意味で使われる用語だがパクリとはちがってアートにおいては重要な手法のひとつである。
オリジナリティみたいなことにこだわりすぎているのか?パクリとの境界線が見えないのか?不思議と日本人はこのアポロプリエーションが上手くないように思える。
じゃあ、何が面白いか?ということだが、アポロプリエーションとして「砂の女」からインスピレーションを得て、その要素のいくつかを引用し、コンバインし、ご自身の作品のイメージ言語へとトランスレートして物語を紡ぎ直している点だ。
大したことに思えないかもしれないが、これがこの「砂と塩」の山をアーウィンさんにとってのヨセミテではなくし、作品を風景写真の枠からはみ出させ、そこに収まりきらない作品としている。
つまり、アポロプリエーションによって作品のコンテクストが多層的になり、容易にアンセル・アダムスと同じ系譜の風景写真として片付けてはいけなくなるのだ。
風景写真のアップデートだ。
では、それによってアーウィンさんの作品《SAND & SALT》は何を語るのか?
我々の知り得る現実の限界点にゆさぶりをかけ、隠された事実や知り得ない異世界の存在を語るということではないか?と僕は考える。
《SAND & SALT》という作品はある異世界と繋がる道、もしくはその異世界を覗く穴として鑑賞者に作用しているのではないだろうか?
僕らが生きている間に目の当たりにし、リアルだと感じる世界は限られている。どこかにあるかもしれない異世界や隠されたもう一つの現実ということは現在の複数同時性を感じさせとても興味深いと思う。
また、カリウム鉱山で採掘されるカリウムは農業用として使われたものだという。農業用のカリウムは当時安定的に農作物を生産するための肥料として必要で価格が急騰したと調べたら出ていた。おそらくこれだけの残骸を残すのだから相当の量が採掘されたのだと思う。
食料を安定供給するために農作物を作るというための肥料としてのカリウム鉱山とそこに残った「砂と塩」を分離するために水を撒くジェットが飛び交い流れ出た塩がライン川を汚染したという問題。
これが表象に現実として現れた現実の部分で、隠された側にはその人間社会の飽くなき欲求の末に生まれた「砂と塩」の残骸が創り出す壮大なランドアートとして人知れず「異世界」を作り出しているということだ。
この採掘所のエリアは文字通り囲いで囲われた「異世界」であった。
そこへ足を踏み入れたアーウィンさんはまさに阿部公房の「砂の女」の中���描かれた男と同じように「異世界」へ取り憑かれ、戻って来れなくなった男なのだと思う。
「隠された何か、別の異世界に芸術を接点として鑑賞者と接続するかたちで現実世界を批評する」
そういった意味では僕はアーウィンさんの作品のコンテクストにはヨセミテのアンセル・アダムスというよりも、現実の世界を切り刻み、本来のコンテクストを引き剥がし、別世界として真実を暴き出そうとするコラージュの作品の考え方、ダダイズムの作家(ジョン・ハートフィールドあたり)なんかと何かの精神的な共通点を感じる。
今回のアーウィンさんだけではなく、来年8月に僕がトークセッションの相手を務めるスイスの作家のニコラスさんや今年バーゼルで会った他の多くの作家たちにも同じように、芸術を「異世界(や隠された世界)」との道や窓といった接点となるように作用させるといった表現に共通点を感じる。
これはバーゼルの作家の傾向なのか?スイスの作家さんの傾向なのか?
このあたり非常に興味深い。
来週の金曜日9日にはギャラリー冬青でフォトグラファー・ハルさんとアーウィンさんによるトークセッションが行われる。
■ヨン・アーウィン氏×フォトグラファー・ハル氏トークセッション
11月9日(金) 19:00 ギャラリー冬青
あまりにタイプが違くお互いに異なった写真言語をもつふたりなので、どんなトークになるのか全く想像がつかないが楽しみで仕方ない。
アーウィンさんは僕の知る中でも、本物中の本物のアーティストだ。
そして、そのアーウィンさんの感じた異世界の一部を共有したくて今回作品の購入を決めた。新しくKeiju Kita Collectionに加わる。
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