Tumgik
#ギルバート
misaki-toko · 6 months
Text
Tumblr media
This is a report on the Matinee of Cats performed by the Shiki Theater Company in Nagoya on September 28th.
From that day on, I fell in love with Bombalurina, played by Haruka Yamazaki, and my emotions became a mess.
In the Macavity number, Bombalurina, played by Haruka Yamazaki, and Demeter, played by Tsukushi Maruno, gave great performances.
Bombalurina, played by Haruka Yamazaki, had a mature yet powerful and sexy singing voice that was very attractive.
Also, her dancing was sexy and sexy, and I was completely captivated by her. And that situation still persists.
Demeter, played by Tsukushi Maruno, has a beautiful, relaxed singing voice, and the synergy with Bombalurina's singing voice makes it stand out even more, and I was deeply moved.
Her eyes were very large and striking, and she was extremely cute.
Coricopat, played by Mr. Oshida, was yawning boredly on top of a clay pipe during the Asparagus number, which was very cute.
He was a very emotional Coricopat and I never got tired of watching him.
During the curtain call, GoldenMacavity, played by Hikaru Kitani, and Victoria, played by Nemu Kondo, were patting the head of Gilbert, played by Akira Goto, and it was really cute.
22 notes · View notes
takahashicleaning · 1 month
Text
TEDにて
エリザベス・ギルバート:創造性をはぐくむためには?
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
人々が、一流の芸術家や天才に抱く、無理な成功の持続性の期待の一部を巡ってエリザベス・ギルバートが考察します。
そして、わずかばかりの一個人がジーニアス(天才)「である」のではなく、人間は、みんなジーニアスを「持っている」のだという急進的な考えを語ります。
これは、私的であり、可笑しいながらも、驚くほど感動的な講演です。
昔は、ダイモン(発音はデーモン?)がインスピレーションを伝達してくれると考えられてきたみたいです。
そして、この一瞬の潜在意識からくるキラメキは、膨大で、ペンを手に紙(ペーパー)に伝達された神の言葉を書き込むには、あまりにもスペースが小さいため、思わずすべてを捨てて走り出すように情報を書き込むようだとも表現しています。
今では、Apple製品他があるので、潜在意識の膨大なインスピレーションを一瞬で書き込むことは容易になっています。
人間はみんな天才だが、ケタの違う天才も少数存在する。
人間はみんな天才だが、ケタの違う天才も少数存在する。
人間はみんな天才だが、ケタの違う天才も少数存在する。
また、siriなどの音声認識ソフトやクラウドコンピューティングによる言語解析で、自分の声をApple製品に話すだけで、入力もしてくれるし、入力文字やウェブサイトのテキスト文字もコンピューターが読んでくれます。
2021年に、Appleシリコン搭載製品に切り替わったため
現時点の最新情報を「Voice Over」部分だけここではまとめます。
自動で読んでもらうための操作方法は、iPhone、iPadの「アクセシビリティ」という機能から「Voice Over」を使用すると日本語もiPhone、iPad単体(スタンドアローン)でしゃべってくれます。
英語も可能でスムーズにしゃべります。
iPhone、iPadの場合、「設定アプリ」→「一般」→「アクセシビリティ」→視覚サポート内にある「Voice Over」をONにする。
または、最も下へ移動して「ショートカット」→「ホームボタンのトリプルクリック」でも簡単にON、OFF切り替え設定できます。
FaceIDを搭載したiPhoneの場合は「サイドボタンをトリプルクリック」になります。
注意事項として、通常とはガラッとTouch操作方法が変わりますのでご注意ください!
Voice Overは、主に視覚に障害を持つ方や高齢者で視力が弱っている方向けの機能で「声」で様々なサポートをコンピューター側がナビゲートしてくれます。
Voice Over以外でのおすすめTouch操作は、本文表示中に上から下へ二本指スワイプ(画面上端のSafariアドレスバー付近からスタートするとうまくいきます)をするとそのまま、画面上の全文を最後まで読み上げてくれます。
二本指スワイプ読み上げは、設定アプリの「一般」→「アクセシビリティ」→「スピーチ」を開き「画面の読み上げ」をオンにしてください。
Safariのリーダー機能を使うと読みやすい環境にできます。Safariブラウザからウェブページがすっきりとした見た目になり、iPhoneが読みやすい状態になります。
この機能が使えるウェブページでは、アドレスバーの左側に【ぁあ】ボタンが現れます。これをタップして「リーダー表示を表示」を選択しましょう。
ウェブページを、ながら読みして違う作業もできます。
「Apple標準アプリケーションであるiBooks」も読み上げもしてくれますし、翻訳機能もあるので、iPhone、iPadがあれば英語も耳から学べますね。
注意!iOS10.3からは、自動で切り替わるので設定不要になりました。
Voice Overは、Macにも同じ機能が搭載されています。
そのほか、Voice Over以外では・・・
Appleの各々、Mac標準アプリケーションでは、読み上げ文章を選択してから「編集」→「スピーチ」→「読み上げを開始」するだけで、Voice Over以外でもテキスト範囲内を簡単に読み上げできるようにもなりました
「システム環境設定」→「音声入力と読み上げ」→テキスト読み上げタブ内から詳細設定できます。
OS X Lion搭載(Ver 10.8)以降のパソコンで可能になります。
その後、2024年時点では、macOS Sonoma 14.4では「一般」 →「アクセシビリティ」 →「読み上げコンテンツ」から詳細設定できます。
音声の自動読み上げにiPhone、iPadも対応し「一般」 →「アクセシビリティ」 →「スピーチ」で「選択項目の読み上���」をオンに設定すると
直観的なTouch操作で、テキスト範囲内の文章も読み上げてくれるようになりました。
その後、2024年時点では、iPhone、iPadでは「アクセシビリティ」 →「読み上げコンテンツ」「選択項目の読み上げ」をオンに設定すると
テキストを選択したら「読み上げ」ボタンが表示されます。
その他の方法では、オンラインのみですが・・・
Siriを使用した、簡単な設定方法もあります。
機能オン(オフ)にするには、「Hey Siri」でSiriを起動してから「VoiceOverをオン(オフ)にして」というだけ。
Siriで画面を読み上げてもらうには、読み上げたいウェブページ画面を表示しつつ「Hey Siri」でSiriを起動してから「画面を読み上げて」というだけ。
さらに他にも
iPhone、iPad標準アプリの「ショートカット」アプリから自動化プログラムを自作できます。
プログラム言語を知らなくても構築できる仕組みで、ボタンひとつで一連のiPhone、iPad内の挙動を連動させることも可能です。
Mac標準アプリケーションでは、Automator(オートメーター)アプリが有名です。
MacOSX以前から単体(スタンドアローン)で構築できていました。
iPhone、iPadよりもアプリ以外の機能も幅広く扱えるので、より柔軟に一連のパソコン内の挙動を連動させることができるようになってます。
読み上げばかりではなく、iPhoneやMacの音声入力では・・・
以前からオフラインで音声入力できます!(音声アシスタント機能であるSiriは、オンラインにつないで音声入力をしないと現在できません)
しかし、最新のiPhoneでは、ニューラルエンジンが搭載されているので、以前にも増して音声入力がスムーズに入力できるようになってきています。
設定方法は特になし(文字入力が必要な画面で、マイク型のボタンをタップするだけ)
デフォルトで、音声入力機能はオンになっているため、特に、設定の必要なく音声入力できます。
おすすめは、日本語のみにする場合。
設定画面の「一般」-「キーボード」-「音声入力言語」で「英語」のチェックを外すこと。
2024年時点では10億台以上出荷しているiPhoneのみ・・・
世界初でニューラルエンジンを搭載していた状況だったが、ようやく他社も追いつき始めます。
それでもオフラインで音声入力や文字起こしは、現在、iPhoneやiPadのみしかできません。
Macの方も、ニューラルエンジンを搭載したAppleシリコン搭載製品に3年ほどで移行したので・・・オフラインでできます。
Appleの標準文書作成アプリケーションであるPagesへ音声入力を使用してドキュメントを作成したり
Appleの標準メモアプリに音声入力を使用してドキュメントを作成できます。
続いて
ジュリオ・トノーニの意識に関する情報統合理論がある。
万物には意識があるとする汎心論という考え方です。
ジュリオ・トノーニの 意識に関する情報統合理論によれば、ネットワークの密度は意識(ここでは、ファイと命名している)と呼ばれる何か?の密度に関連しているということ。
これを数値化して、方程式にしている。
それゆえ、人間の脳内では、膨大な情報統合が行われるため高度なファイがあることになり、かなりの意識が存在します。
マウスにおいては中程度とはいえ、かなりの情報統合が行われるので相当な程度の意識があるといえます。
しかし、虫や微生物や粒子レベルになると、ファイの量は低下します。情報統合の量が低下してもゼロにはなりません。
日本では、「一寸の虫にも五分の魂」という言葉もあります。
トノーニの理論によると意識の程度はまったくのゼロには、ならないのだといいます。
事実上、トノーニは意識に関する基本的法則を提案しています。つまり、高度なファイには高度な意識が宿るのです。
そこには、ただ淡々と善も悪もなくて古来から有る日本の「魂」という概念みたいなことにも似ています。
また、ロジャー・ペンローズとスチュワート・ハメロフの提唱する量子脳理論(波動関数の客観収縮理論)があります。
他には、ブラックホールの特異点定理をスティーブン・ホーキングと共にを証明し、「事象の地平線」の存在を提唱している。
クオリアという言葉も関連していて、「質」を意味するラテン語の qualitas (あるいは qualis) が源流。
この言葉の歴史は古く、4世紀のアウグスティヌスも用いている。長い間忘れられてきたが量子論の登場により、1929年、アメリカ合衆国の哲学者クラレンス・アーヴィング・ルイスが現在の意味とほぼ同じ形でクオリアという言葉を書いている。
太古から高密度なアイデアは、概念の豊富な人間からしか創造されません。
太古から高密度なアイデアは、概念の豊富な人間からしか創造されません。
太古から高密度なアイデアは、概念の豊富な人間からしか創造されません。
2018年現在では、サピエンスは20万年前からアフリカで進化し、紀元前3万年に集団が形成され、氷河のまだ残るヨーロッパへ進出。紀元前2万年くらいにネアンデルタール人との生存競争に勝ち残ります。
そして、約1万2千年前のギョベクリ・テペの神殿遺跡(トルコ)から古代シュメール人の可能性もあり得るかもしれないので、今後の「T型オベリスク」など発掘作業の進展具合で判明するかもしれません。
メソポタミアのシュメール文明よりも古いことは、年代測定で確認されています。古代エジプトは、約5千年前の紀元前3000年に人類最初の王朝が誕生しています。
<おすすめサイト>
グレッグ・ブロックマン:ChatGPTの驚くべき可能性の裏話
アロナ・フィッシュ:人工知能は本当に私たちを理解しているのでしょうか?
モーリス・コンティ: 直感?を持った人工知能が生み出すすごい発明
MacOS Voice Control - Siri経由でのボイスコントロール
ディヴィット・チャーマーズ:あなたは意識をどう説明しますか?
キャロル・ドウェック:必ずできる!― 未来を信じる 「脳のパワー」
ロン・マッカラム: 私の読書を可能にしたテクノロジー
エレノア・ロングデン: 私の頭の中の声?
メアリー・ルー・ジェプセン:未来のマシンで脳からイメージを読み出せるか?
スーザン・ケイン:内向的な人が秘めているパワー
<提供>
東京都北区神谷の高橋クリーニングプレゼント
独自サービス展開中!服の高橋クリーニング店は職人による手仕上げ。お手頃50ですよ。往復送料、曲Song購入可。詳細は、今すぐ電話。東京都内限定。北部、東部、渋谷区周囲。地元周辺区もOKです
東京都北区神谷のハイブリッドな直送ウェブサービス(Hybrid Synergy Service)高橋クリーニングFacebook版
0 notes
shimuran · 1 year
Photo
Tumblr media
今日の #NHKBSp『#ギルバート•グレイプ』。すごく懐かしいと思って観ていたら #ジョニーデップ の幼馴染が #ジョン・C・ライリー と #クリスピン・グローヴァー だった。ホントかよ。 https://www.instagram.com/p/Cpb1SKWPfRA/?igshid=NGJjMDIxMWI=
0 notes
bo1908 · 1 year
Text
Tumblr media
3 notes · View notes
empress-sea · 8 months
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
ギルバート: ぼくたち素晴らしい友達になろね
アン: きっとそうね
40 notes · View notes
ari0921 · 1 year
Text
織田邦男先生の論稿です
現代が見習うべき大正人の精神 麗澤大学特別教授元空将・織田邦男
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、ドラマのような優勝劇に日本国中が沸いた。顔に日の丸を描く人、球場内外で日の丸が振られ、国と選手と国民が一体化したような光景に、思い出したことがある。
国家と個人が一体となり
102歳で天寿を全うした父が90歳の時である。筆者に「もうそろそろ、ええじゃろう」と語り出し「実は、わしは戦艦大和を造ってたんじゃ」と。どうやら父は広島の呉工廠(こうしょう)で戦艦大和の建造に携わっていたらしい。「大和については、家族にも一切話してはならぬと命ぜられていたんじゃよ」と述べ、最後に「わしももう長くないからな」と終わった。大変驚いた。国家(海軍)の命令を、帝国海軍が消滅した戦後60年間も律義に守る。しかも戦後生まれの筆者に対して箝口(かんこう)令を守り通すとは。
父が亡くなる2年前、同じ大正生まれの小野田寛郎氏が亡くなっている。小野田氏は旧陸軍の軍人で、情報将校としてフィリピンのルバング島に赴任した。師団長の横山静雄中将から「玉砕は一切まかりならぬ。3年でも5年でも頑張れ。必ず迎えに行く」と訓示を受けたという。戦後も29年間、孤立無援でゲリラ戦を戦った。
手に入れたラジオで戦争が終結したことは気づいていたらしい。冒険家の鈴木紀夫氏によって発見され、帰還を促された。だが任務解除命令がない以上、任務は放棄できない。結局、元上官である谷口義美氏(元陸軍少佐)による任務解除命令を受けて帰国した。
両者に共通しているのは、国家と個人が一体となった「大正人」ということだ。父は大正3年生まれ、小野田氏は大正11年生まれである。先の大戦では大正人の7人に1人が戦没している。戦後復興の原動力も大正人が主力だった。
父には9歳年下の弟がいた。海軍パイロットとして昭和18年、太平洋のギルバート諸島上空で散華した。父は弟を思い、靖国神社にしばしば参拝した。最後の参拝は90代後半だったと思う。杖(つえ)を突きながら気丈に昇殿参拝を果たした。その時、父はポツリと呟(つぶや)いた。「何で靖国参拝に反対するんじゃろうのお」。現役時代、ある懇親会で小野田氏と同席させていただいたことがあるが、その時、小野田氏から同じ言葉を聞いたのを思い出した。
国家意識溶解の懸念
大正人にとって国家と個人は一体で、国家に尽くすことは、自分に尽くすことである。国家に命を捧(ささ)げた場合、国は永遠に死後の面倒をみる。なのになんだと、憤懣(ふんまん)やるかたない思いが感じ取れた。
国に殉じた先人に対し、国民が尊崇と感謝の念を表すのは世界の常識である。米国ではアーリントン国立墓地に、韓国では国立顕忠院に、フランスでは凱旋(がいせん)門の無名戦士の墓に国家のリーダーは参拝する。外国の要人来訪時も、必ず参拝する。これが国際共通の儀礼である。岸田文雄首相は1月の訪米の際、アーリントン墓地に参拝した。だが岸田首相は就任後、靖国神社には参拝したことがない。
いかなる事情があるにせよ、一国のリーダーが自国の為に命を捧げた先人に追悼の誠を捧げないのは異常である。異常を異常と感じなくなる時、国家と個人の一体感は失われ、国家意識は溶解していく。国家は国民一人一人の「義務と責任」から成り立っている。国家意識が希薄化すれば当然「犠牲」「勇気」「名誉」という普遍的価値は喪失し、我欲は限りなく肥大化する。国家あっての人権、人道、社会福祉であり、祖国あっての個人であるという当たり前のことが理解できなくなる。
公に尽くす生き様を忘れず
令和5年度予算が成立したが、国会での議論は見る影もなかった。昨年12月、安全保障関連3文書と共に、防衛費のGDP比2%、反撃能力の保有が閣議決定された。この時、「満足な議論もせず、民主主義の破壊だ」と野党は批判した。だが国会では十分な時間がありながら、「満足な議論」もせず、表層的で枝葉末節な質疑に終始した。参院ではウクライナ戦争や台湾有事もそっちのけで、行政文書をめぐっての「コップの嵐」に終始する体たらくである。
これを見る時、選良たちも国家意識が溶解し、安全保障や天下国家を「議論しない」のではなく、もはや「議論できなくなった」のではと思ってしまう。2021年の国際世論調査では「国のために戦うか」に対し、「はい」と答えた日本人は13・2%で最下位だった。この現実と通底するように思えてならない。
国家という「人」はどこにもいない。国家とは同胞、友人、知人、そして自分自身のことである。自分自身が国家そのものだという事実に戦後日本社会は目を伏せてきた。その結果「国家」の希薄化は深刻なまでに進んでいるようだ。
WBCで日の丸が乱舞する光景と国会の惨状が同じ日本だとはどうも思えない。数年もすれば大正人はいなくなる。国家と自分自身を同一視し、我欲を捨て、公に尽くす大正人の生き様を今こそ見直すことが求められているのではないか。(おりた くにお)
#産経新聞 #正論 
33 notes · View notes
lastscenecom · 4 months
Quote
固定的な考え方を持つ人と成長型の考え方を持つ人の主な違いの 1 つは、固定的な考え方を持つ人は、現時点での自分に過度に執着するということです。 固定観念があると、自分を過度に特定し、過度にレッテルを貼ることになります。 固定観念があると、「これが私だ」と言うのです。 「今のあなたは、これまでのすべての人たちと同じように、はかなく、つかの間で、一時的なものです」— ダニエル・ギルバート博士
日記を使って絶対に止められなくなる 15 の方法 | ベンジャミン・ハーディ博士 | 著 2023 年 12 月 | 中くらい
5 notes · View notes
macrosoft98 · 4 months
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media
フィービー・ケイツ
ケイツは、1963 年 7 月 16 日にニューヨーク市でテレビとブロードウェイの制作関係者の家族に生まれました。 彼女はリリーとジョセフ・ケイツ(元々はジョセフ・カッツ)の娘です。ジョセフ・ケイツはブロードウェイの大手プロデューサーでテレビ界の先駆者であり、『64,000ドルの質問』の制作に協力しました。 彼女の叔父であるギルバート・ケイツは、多くの場合ケイツの父親と協力して数多くのテレビ特別番組を制作したほか、毎年アカデミー賞を受賞する番組もいくつか制作しました。 彼女の父親はユダヤ人で、母親はカトリック教徒でした。 ケイツはユーラシア系中国上海出身で、中国系フィリピン人の家系です。 ケイツの父親はマンハッタン出身のアメリカ人です。
6 notes · View notes
Text
イケメン王子~ギルバート
Gil was my fave character in the last story event. The prologue begins with MC sees Jin, Clavis,and Silvio hanging out. Clavis invites her to stay and listen to Silvio's stories. Silvio mentions that he owns islands and the converstation ends up inviting MC and 5 visitors with her.
In one of the routes, MC invites Rio to join her for a vacation. Prince Gilbert invites himself, of course. 😆😆😆 And, Keith joins as well. Belle and Rio decides to invite Sariel as their official court guardian, since foreign visitors will be joining them.
As they reach the island, turns out Gilbert is weak to sudden climate change. He just lay on the beach begging for wind. 😆😆😆😆 Sariel covers the sun, acting like a shade, while Keith fans. Belle kneels beside him checking Gil's condition. He dramatically requests for a lap pillow, making Silvio and Rio angry. 😆😆😆😆 Silvio reminds him that no one forced him to join.
The route was so chaotic because of Gil. They roam around the island and explores a cave. Bats live in the cave, which startled Belle. For some weird reason, Gil says I wonder what will happen if all the bats wake up. 😆😆😆😆😆 The group ends up running for their lives until they reached a river. 😆😆😆😆 To every one's surprise, Gil is also not fit enough to run a marathon. He mutters, the river water is cool and it would be nice to nap on the river. 😆😆😆😆 Belle decides to join Gil, because he might do something strange again. 😆😆😆😆😆 They end up splashing each other with water because of Gil, except Sariel who decides to be their guardian 😆😆😆.
In the route, he is like a kid excited to have playmates. Chaotic, yet cute. 😆🖤 what a weirdo.
Tumblr media
21 notes · View notes
tamtamyellow-14 · 9 months
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media
黒衣の森のギルバート監視なんたら。
マウントで飛ばないといけないところなのに、ちゃんと着陸できたから感動して撮っちゃった。
初期のころからあるマップでも、高いところで着陸できるところあったのね。。。!
2 notes · View notes
misaki-toko · 8 months
Text
Tumblr media
This is a report from when I went to see Cats performed by Shiki Theater Company in Nagoya on August 11th.
Bombalurina, played by Mitsuha Kojima, struck a sexy pose during the Tugger number.
Skimbleshanks (played by Hiromu Kuroda) and Carbucketty (played by Shu Kuwahara) were clearly staring at her with excitement. I empathized with them a lot.
Also, in Tugger's number, Rumpleteazer(played by Saaya Azuma) hugging Tugger's leg was so cute that I started to like her even more.
After that, she was lightly rolled around by Tugger, which was cute.
In the Skimbleshanks number, Rum Tum Tugger (played by Cezary Modzelewski) and Gilbert (played by Yujin Haga) were so cute when they saw Munkustrap (played by Taijun Kanemoto), who plays the role of a yakuza, running wild and were so scared that they hugged each other.
27 notes · View notes
takahashicleaning · 6 months
Text
TEDにて
バリー・シュワルツ:選択の自由パラドックスについて語る
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
心理学者バリー・シュワルツが、選択の自由という西欧社会の根幹をなす教義に狙いを定めます。
シュワルツの推定によると、選択は我々を更に自由にではなくより無力に、もっと幸せにではなくより不満足にしています。
選択肢がたくさん増えることによって、決断して手に入れた物やことに対して、たとえ良い決断だったとしても取らなかった選択肢が自分の決断を後悔させることになり、この後悔が下した決断の満足度から差し引かれていきます。
増えれば増えるほど、不満足は増加していく悪循環におちいります。
バランスが重要。
ダンギルバートがいうように、経済学でいうところの機会費用も、どんなに良い選択でも、その満足度から差し引かれていきます。
機会費用とは、ある行動を選択することによって失われる、他の選択可能な行動のうちの最大利益を指す経済学上の概念。
期待や機会には、人間である以上は限界があるそうです。
その他の似たようなことに、機会損失とは、買い需要があり、売る側に売る意志があるにもかかわらず、売る側の都合で取引が成立しないことに伴う売り上げ���減少。があります。
また、最近のうつ病などが多くなった原因のひとつとして、選択肢がたくさんありすぎます。
しかも、期待値が高すぎた社会システムにしてしまったマスメディアのせいで、より一層その満足度から差し引かれるような世の中にしてしまっています。
そして、この原因はマスメディアではなく、自分の至らなさという誤認も引き起こしているそうです。
実際は、客観的に見て生活が向上しているにもかかわらず、気分は最悪になってしまうそうです。
この国の閉塞感もです!テレビがさらに増幅しています。政策にも反映させた方が良いそうです。
自由すぎる報道の自由、表現の自由にもある程度、制限が必要かもしれません!
必見です!そして、日本では、テレビ局も今では権力者!再び、過ちを繰り返すかもしれません!
我々は、みんな選択の自由の良さについては知っています。
ですので、私は悪い面について話したいと思います。
これら全ての選択には、二つの効果があります。二つの悪い効果です。
一つは、矛盾しているのですが、これが開放感ではなく、無力感を生むということです。
あまりにも多くの選択肢を前にすると人は選択が非常に難しくなってしまいます。
今後、無限に影響を及ぼす決断は、正しく下したいですよね?間違った投資信託や。ましてや、間違ったドレッシングを選びたくはない!という。
これが一つの影響です。
二つ目の影響は、このような無力感に打ち勝って決断を下したとしても、選択肢が少なかった時と比べて決断の結果に対して、得られる満足度は低いということです。
これにはいくつかの理由があります。ひとつは、ドレッシングの選択肢がたくさんあると一つ買って、それが完璧ではなかった時、完璧であった試しがありましたか?
もっと、いいものを選べたはずなのに!と想像することは、いともたやすいことです。
そこで、何が起こるかというと。この取らなかった選択肢が、自分の決断を後悔させることになり、この後悔が、下した決断の満足度から差し引かれていくのです。
例え、それがとてもいい決断だったとしても!選択肢が増えれば増える程、自分が選んだオプションに対し、不満を感じやすいことになります。
二つ目は、経済学者が機会費用と呼ぶものです。
今朝、ダン・ギルバート氏が、我々の価値判断は、比較対象されるものに影響されると言う点をその講演の中で語っておられました。
多くの選択肢を検討しなくてはならない!と選ばなかった選択肢の良いところを想像し、選んだ選択肢に、その分不満を持つ度合いが多くなることは、たやすく想像できます
三つ目は期待値の増大です。
全てががひどかった頃の方が、全てが良かった理由とは!
何もかもが良く無かった頃は、良い意味での「驚きをもたらす体験」をすることが、まだ、可能だったからです。
100年前の、大金持ちと同じ生活水準を現代では、普通に手に入れられます。これは驚異的なことです!!
今、現在、我々、裕福な産業先進国に住む市民が、この世界で生きている限り、期待値が完璧を求めている中で、望みうる最高のことは?
驚きもなく期待通りということなのです!
今、この瞬間が最高なのです。
仏教でも、お釈迦様(「釈迦牟尼仏陀=通称:ブッダ」とも言われます)によって艱難辛苦(かんなんしんく)の訓練の末、自ら発見、実践、体得、体系化されています。
良い意味での驚きというものは、あり得なくなっている。
それは、我々の期待値が、天井知らずになってしまったからなのです。
皆さんが、今日、ここに来た目的。幸せを得る秘密とは、期待値を低く持つということです。
ここ数10年で産業先進国において、うつ病が爆発的に増加しました。
私は、うつ病や自殺が爆発的に増えた大きな要因は、これだけではありませんが、人々の期待値が高すぎて、その結果、経験が不満足なものになってしまっているということがあると思っています。
そして、そのような体験を自分自身に説明しようとする際、全て、自分の責任だ!!と思ってしまうのです。
すると、総体的な結果として、一般的に、客観的には、良い事になっているのに、気持ちだけは、最悪になっています。
収入の事前分配、再分配も貧しい人たちだけでなく、全ての人たちを幸せにします。
物の性質が薄れている現代の貨幣では、大規模なトリクルダウンは、起こらず、ある程度、基本的人権を尊重しつつ強制的な行政府の介入が必要かもしれません。
政策問題として、考えなくてはならないのは次の点です!
西欧社会の根幹。
産業社会システムにおいて、選択肢を与えているものは物質的な豊かさです。我々の社会システムにおいて、多くの選択肢を可能にしているものを選択肢が少なすぎる社会システムに相互に移す事(国際貿易)ができたとしたら?
選択肢の少なすぎる社会システムの人たちの生活が向上するだけでなく、我々の生活も向上するのです。
これが経済学者が言うところのパレート改善ということです。
最後に、マクロ経済学の大目標には、「長期的に生活水準を高め、今日のこども達がおじいさん達よりも良い暮らしを送れるようにする!!」という目標があります。
経済成長を「パーセント」という指数関数的な指標で数値化します。経験則的に毎年、経済成長2%くらいで巡航速度にて上昇すれば良いことがわかっています。
たった、経済成長2%のように見えますが、毎年、積み重ねるとムーアの法則みたいに膨大な量になって行きます。
また、経済学は、大前��としてある個人、法人モデルを扱う。それは、身勝手で自己中心的な欲望を満たしていく人間の部類としては最低クズというハードルの高い個人、法人。
たとえば、生産性、利益という欲だけを追求する人間。地球を救うという欲だけを追求する人間。利益と真逆なぐうたらしたい時間を最大化したいという欲を追求する人間。などの最低生活を保護、向上しつつお金の循環を通じて個人同士の相互作用も考えていく(また、憎しみの連鎖も解消する)
多様性はあるが、欲という側面では皆平等。つまり、利益以外からも解決策を見出しお金儲けだけの話だけではないのが経済学(カントの「永遠平和のために」思想も含めて国家や権力者は透明性を究極にして個人のプライバシーも考慮)
(個人的なアイデア)
In the field of technology beyond the limits of human beings, it is less problematic to trickle down in the atom (analogue field) than in the bit (digital field) (there is also a rise in prices)
人間の限界���超えたテクノロジーの分野で、しかも、ビット(デジタル分野)よりもアトム(アナログ分野)でトリクルダウンする方が問題が少ないような気がします(物価上昇も含めて)
Alternatively, it may be necessary to supplement income policies such as the policy of income doubling plan of Japan, optimized execution in simultaneous artificial intelligence era is indispensable.
もしくは、日本の所得倍増計画の政策のような所得政策との補完、同時進行での人工知能時代に最適化した実行が不可欠かもしれません。
In the case of Japan, the difference between the Phillips curve from 2013 and the wage rise rate in the 1970s and 1980s has a policy of income doubling plan, so the latter will rise and the former will stagnate. Is there a solution to the wage increase rate still in the wage increase rate policy?
日本の場合、2013年からのフィリップス曲線と1970、1980年代の賃金上昇率の違いは所得倍増計画の政策があるから後者は上がり、前者は伸び悩む。賃金上昇率の解決策はやはり賃金上昇率政策にある?
The difference from the era of high economic growth is that the first-class enterprise monopoly company at the time 2017 is abusing the superior position, so it is necessary to construct and redistribute the large-scale retail store location law in the Internet age?
高度経済成長の時代と違いは、現在2017時点の一流企業独占企業が優越的地位の濫用をしてるため、インターネット時代の大規模小売店舗立地法構築、再分配が必要?
Current age of artificial intelligence. As other extended ideas such as MBS, REIT and ETF of effective monetary policy measures that began to be utilized after the financial crisis by the central bank, compensation other than options to raise taxes.
現在の人工知能時代。中央銀行による金融危機以降に活用し始めた有効な金融政策手段のMBS、REIT、ETFなどの他の拡張アイデアとして、賠償金をかける、税金アップ以外の選択肢。
In other words, central banks in each country actively purchase and forcibly buy industrial individual securities of platform companies that deflate goods other than the large public goods affecting low-income people who are currently de facto standards Support
つまり、いっそのこと現在デファクトスタンダードをとってる低所得者に影響大な公共財以外の財をデフレストリーム化させてるプラットフォーマー企業の産業個別の証券を各国の中央銀行が積極的に買取り、強制的に下支えして
Idea to stabilize price inflation by indirectly offsetting declines in prices by increasing the income of low-income earners by making profits on securities funded by basic income. Perhaps there is also the effect of increasing real GDP?
証券上の利益をベーシックインカムの原資にすることで低所得者の収入を増やし物価の下落を間接的に相殺させ物価を下支え安定化させるアイデア。もしかして、実質GDPも増加していく効果もあるかも?
In addition, central banks of neutral countries can improve redistribution function at basic income, as Plato says, it is possible to prevent the rise of populism which negatively falsifies dissatisfaction of the disparity which is the blind spot of ideal democratic politics maybe.
さらに、中立の各国の中央銀行がベーシックインカムで再分配機能を向上させることで、プラトンが言うように理想の民主政治の盲点である格差の不満を負に扇動していくポピュリズムの台頭を予防できるかもしれません。
In some ways, the information industry is also similar to credit markets.
情報産業はある意味、信用市場に似ているためもあります。
Do you eliminate current social security with introducing basic income protection? Such things are told. No, without losing, introduce basic income security introduction to the present social security and introduce it considering plusly.
ベーシックインカム保障導入で現在の社会保障をなくす?こういうことも言われている。否、無くさずに、現在の社会保障にベーシックインカム保障導入追加してプラス的に考慮して導入すればいい。
And Basic Income is the first full declaration of slavery released in human history that Lincoln could not have formed! Who can realize for the first time in the world? The competition of being an artificial intelligence era may also be important
そして、ベーシックインカムは、リンカーン大統領も成し得なかった人類史上初の完全な奴隷解放宣言!世界で誰が初めて実現できるか?という競争も人工知能時代には重要なことかもしれない
And the trickle-down theory is economic theory or economic thought that “if rich people are rich, wealth falls naturally to the poor (trickle down)”. It seems that there is a problem at present as one representative argument of Neoliberalism.
そして、トリクルダウン理論は、「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちる(トリクルダウンする)」とする経済理論または経済思想。新自由主義の代表的な主張の一つで現在は問題点があるみたいです。
The trickle-down theory is one of the representative claims of neo-liberalism and is frequently called in association with Reanomics, which is the economic policy of US President Ronald Reagan executed.
トリクルダウン理論は、新自由主義の代表的な主張の一つであり、実行したアメリカ大統領ロナルド・レーガンの経済政策であるレーガノミクスと関連付けて呼ばれることが多い。
Later, in an empirical study by OECD, the trickle-down theory has been found to expand the disparity of rich and poor from the low effect and greatly suppress economic growth.
その後、OECDによる実証研究で、トリクルダウン理論は効果の低さから貧富の格差を拡大し、経済成長を大幅に抑制することがわかっている。
続いて
マイケルサンデルは、メリトクラシー(能力主義)の陳腐さを警告し、諌め(いさめ)ています!
マイケルサンデルは、メリトクラシー(能力主義)の陳腐さを警告し、諌め(いさめ)ています!
マイケルサンデルは、メリトクラシー(能力主義)の陳腐さを警告し、諌め(いさめ)ています!
金融ビックバン日本版と言う社会実験から20年位!規制緩和でどれだけの死者が出たのか?
世界中でも一定数あるが、自殺者の比率が日本に突出してるのは、金融ビックバン日本版の生贄となってる可能性大。民放テレビ局で煽ってたから当時の局関係者も共犯者。
例えば、戦国時代の能力主義は、相手を殺傷することが多ければ能力が最高クラス。現代は?法律で禁止されていて能力は最低クラスになります。陳腐ですね。
第二次世界大戦みたいに命は落とさないが、現代の金融IT世界大戦は、脳や心を人工知能も登場したことで善性の方向にデザインしないと、さらに無限に焼きつくされる!!危険性があります。これが本質です。だから、個人の最低収入保障(年収も)強化、基本的人権の強化がより重大になっていく。
金融ビックバン日本版の生贄となった自殺者(精神障害、トラウマ、うつなど)に対しての国家の責任として、欧米の無名戦士の墓、日本の靖国神社みたいに自殺者を供養する神社を創設するアイデアはどうだろうか?
この後、デフレスパイラルが同時多発!そして、歴史が証明してる人権侵害も同時多発!憲法違反!
行政府は、既存産業となったIT産業を慎重に、裏付けのあるデータに基づいて公正に規制する方向が善性に沿う!逆は、愚かと判明!
自由という概念を悪用するので簡単に言うと、自由権とは、18世紀のヨーロッパ市民革命、マグナカルタによってプロトコルを源にし言葉の定義を決めてから基本的人権の一つとして提唱されました。
憲法として日本にも導入されます!何でも自由に行うことではありません
人間の限界を超えた新産業に法のスピードが追いつかないから、極端な自由権や規制緩和と同じ効果なだけ!
過剰なデフレスパイラル競争になり、多様な賃金上昇環境が悪性になる。個人の最低収入保障(年収も)強化、IT産業に特化した独占禁止法強化が必要と
2020年の新型コロナウイルスのパンデミックで判明もした!
海外や国内IT企業などストーカーアルゴリズムを規制する現実的な法律案は、ストーカー規制法に付帯事項としてアルゴリズムやプログラムを追加する。
公人、有名人、俳優、著名人は知名度と言う概念での優越的地位の乱用を防止するため徹底追跡可能にしておくこと。
そうすれば、現行法を維持して法の網にかけられるぞ!死者も出てるし、今からやれ!
続いて
複雑性の研究からも、個人の才覚に関係なく貧富の差は生じる。
超裕福層に集中するとマネーに渋滞が生じるため、税金をかけることと現象が似ている。
こうすると平等性が増すと結果も出ている。
確かに、トリクルダウンは発生しないが、法律で人工的に同じ効果は、貨幣の再分配、事前分配という形にできる可能性は高い。
課税は、ネットワークに何本かのリンクを人工的に加えることと同義ということも、複雑性の研究からデータで明らかになっています。
日本は、消費税の運用など。課税は、強制的な交換の一形態。この知見は、MMT(現代貨幣理論)にも導入されてる。
複雑性の研究から産まれた従来とは異なる新しいマクロ経済学です。テーラワーダ仏教概念にもある欲を中和するツールとも言えます。
幸田露伴?分福?
人工的な課税をしないと、この歪みがエネルギーとして形態が相転移するので、超裕福層一族たちの幸福感が変質して心の歪みに転換していく。
人間が、一日に扱える時空間は、限定的に対して、お金はマルチバースでエネルギーが交換されるので、人間の一日で扱える許容量を超えてしまう。
ナポレオンヒル?エンスージアズム?そこには引き返せない一線というか?境界線があって、耐えられれば良いが、知らない方が幸せな場合も多々あります。
日本には古来から同様の概念があり、成金や悪徳商人とも言われる場合もある。
600万円以下に貨幣の再分配、事前分配することで社会システムの安定が強化される。
ダニエルカーネマン。詳しくは、論文を見ていただいて、日本の実情を深く考えた年収として記載しています。
直訳を指摘しても、未来を描けない人々なので、みんなは心の中で、あぁ残念な人なんだと軽蔑して下さい。
メリトクラシー至上主義、競争主義社会システム新自由主義を古代中国から、たとえて簡単に言うと乱世。
意図して均衡させて、奸雄は排除していくことが鉄則。カントの永遠平和を実現が重要に。
つまり、IT産業長者は、乱世の奸雄。テロ抑止にもなる現代では、競争時代の奸雄を排除することと同様の概念になります。
<おすすめサイト>
レナータ・サレーツル:選択に対する不健全な執着?
ルネデカルトの「方法序説」についてOf Rene Descartes on “Discourse on Method”
デイヴィッド・ブルックス:人間の本質と社会的動物
マイケル・サンデル:失われた民主的議論の技術
日本テーラワーダ仏教協会
仏教と物理学
ルトハー・ブレフマン:貧困は「人格の欠如」ではなく「金銭の欠乏」である!
個人賃金→年収保障、ベーシックインカムは、労働市場に対する破壊的イノベーションということ?2022(人間の限界を遥かに超えることが前提条件)
世界の通貨供給量は、幸福の最低ライン人間ひとりで年収6万ドルに到達しているのか?2017
ベティーナ・ウォーバーグ: ブロックチェーンが経済にもたらす劇的な変化
ジョン・ゴシアー:「テクノロジーの開発におけるトリクルダウン理論?」の問題
<提供>
東京都北区神谷の高橋クリーニングプレゼント
独自サービス展開中!服の高橋クリーニング店は職人による手仕上げ。お手頃50ですよ。往復送料、曲Song購入可。詳細は、今すぐ電話。東京都内限定。北部、東部、渋谷区周囲。地元周辺区もOKです
東京都北区神谷のハイブリッドな直送ウェブサービス(Hybrid Synergy Service)高橋クリーニングFacebook版
0 notes
hallo-karen · 1 year
Text
Tumblr media Tumblr media
故障したスーツケースを治しに表参道のお店に家族と行った日
久しぶりの都内ににどきどき 毎度清潔な洋服が無いのでお姉ちゃんに貸してもらう
お店の方はとても良い方で故障した箇所以外もついでにちょちょっとお直ししてもらった
Tumblr media
丁度エスパスルイヴィトン東京でギルバート&ジョージの個展が開催していたから立ち寄った ここの建物はこの展示スペース以外利用したことはもちろんない…
毎回いい展示が開催されているしいい空間なのでおすすめです 今はティルマンスの展示がまだやっているはず、ぜひぜひ
(なぜかルイヴィトンを背景にクレープを撮っていた、お姉ちゃんに買ってもらいました)
3 notes · View notes
bo1908 · 1 year
Text
Tumblr media
0 notes
hachinana87 · 1 year
Text
ハミルトン劇評翻訳
ハミルトン独語版(ハンブルグ公演)プレミアおめでとう〜!ということで戯れに2016年のハミルトン評を訳してみました。そもそもこの作品の何が凄いのか?というのが解題されてて面白いです。
なぜハミルトンがミュージカルの歴史を作るのか 
サラ・チャーチウェル  2016.11.5 
【このカッコは私の注釈です。英語やミュージカル全然詳しくないので誤訳必須。気になる方は原文↑読んでね。この記事は初演一年近くすぎて英国公演が迫ってきた時の記事で、ちょうどブレジグットのときでした】 
建国の父アレクサンダー・ハミルトンがブロードウェイのヒップホップミュージカルの意外なスターになっている。来年には来英するが、移民の包括の描写はこれ以上ないと言うほどタイムリーなものだろう 
 7月23日の夜、私はニューヨークの劇場にいて、彼の国の独立、そして連邦政府のために奔走した男についてのミュージカルを見ていた。ジョージ3世が「太海は隆起し、帝国は堕ちる/その間助け合ってきたじゃないか」と歌う間、英国ではヨーロッパ連合を離れるか否かの投票が行われていた。『ハミルトン』がアメリカの独立の物語を来年ロンドンに持っていく頃には、その約束された成功はあらゆる種類の歴史の皮肉を描き出すだろう。 
 『ハミルトン』はアメリカン・ミュージカルの歴史にとって滅多にない変革的経験となった。『ショウボート』や『オクラホマ!』、『ウエスト・サイド物語』のようなゲーム・チェンジャー。その後に出るものを永遠に作り替える革新的な作品となった。しかしこれらの先駆の作品などと違って、ハミルトンは一人の男、リン=マニュエル・ミランダーー作曲・作詞・脚本を全て担ったーーによって作られたのだ(スティーブン・ソンドハイムも同じように全てを担ったが、彼の作品はブロックバスターではなかった)。『ハミルトン』はアメリカのポップミュージックのサウンドトラックと、歴史上最も独創的な脚本を使いながら、アメリカの歴史と現在の政治を結びつける。結果的に、ショウのなかのほとんど全ての歌が複雑な歴史劇コンサートとなる。古風な音楽と現代的な音楽の重なり合いは、歴史上の出来事と現在の政治と混じり合うのと同じようにそれぞれのレイヤーを重ねる。2年もしない間に、「ハミルトン」はボックスオフィスの記録を塗り替え一ー1億ドル以上のチケットを売り上げたーー、演劇関係の賞を総なめにし(ピューリッツァー賞戯曲部門を含む)、他の作品ではこれまでなかったような大仰な賞賛を集めた。しかし「ハミルトン」はそのすべての賞賛を超える作品である。 
 ミランダが休暇中にロン・チャーナウのアレクサンダー・ハミルトンの自伝を読んだ時、彼はすでに成功したミュージカルを作っていた(『イン・ザ・ハイツ』)。(この気まぐれのお陰でロン・チャーナウは『ハミルトン』の売り上げの1%を手にすることとなり、金持ちになった)ハミルトンはアメリカの歴史上の一種の変質を表象していていた。建国の父でありながら、歴史から神話に作り変えられることはなかった。それには多くの理由がある。ハミルトンの立ち位��が今の神話に相容れないものであると言うことは無視できない点だ。例えば彼はエリート主義を公言したし、終身大統領制度を支持した。彼が推進した連邦政府の拡大は1794年のウイスキー反乱を引き起こしたが、それは暴力的に鎮圧された。これらの事実はミランダの「若く、貧しく、飢えた」西インド諸島からの移民が、知能と努力と大胆さでアメリカン・ドリームを掴むというミュージカルには出てこない部分である。ミランダは移民社会と平等主義と業績主義のシンボルとしてハミルトンを讃える神話を作った。歴史の視点で言えば拡大解釈だが、演劇的には天才的な所業だ。 
 ハミルトンはアメリカ独立のヒーローとなり、ジョージ・ワシントンの右腕となり、アメリカ初代財務大臣となり、連邦政府の州政府に対する上位性を示す文献的根拠となった「フェデラリスト・ペーパー」の共同執筆者(ジェームス・マディソンと共同)となる。国立銀行について論争し、国の証券や国債を作り、アメリカの経済的成功の礎を築いた。彼のドラマチックな人生は現職の副大統領アーロン・バーとの決闘で殺されるという結末でメロドラマティックな終わりを迎えた。このような業績とドラマにも関わらず、ハミルトンはアメリカの歴史の中で主流から追いやられていった。ワシントン、ジェファソン、ジョン・アダムスは数えきれないほど小説、映画、ミニシリーズ・ドラマとなったし、彼らが一堂に会するミュージカル『1776』にもなった。『1776』は独立宣言を描いた作品だが、ハミルトンは名前すら出てこない。【1776は独立宣言のころの話で、その頃ハミルトンは大尉ぐらいなので作中に出てこないのはそんなに不自然ではないかな?こんなに大がかりではないですが、ハミルトンの伝記はちょくちょくフィクション化もされてた模様。ゴア・ヴィダルのバーの小説にも出てきます。まぁ派手な経歴の割に他よりも少ないというのはそうなんでしょうな】 
 脇に追いやられると言う扱いは、彼自身プエルトリコの移民の息子であるミランダと共鳴した。個人としても、アメリカの歴史としても、かの国の移民への扱いを体現しているからだ。この対の洞察が、この歴史・文化・政治参画に関してのミュージカルの中で煌めいている。建国の父たちのキャストはほぼ有色人種である(建国の母たちもいるが、キャストは圧倒的に男性中心)。その結果が、想定もしない現象を生み出した。政治・経済・人種の歴史に関する歴史劇が、今のアメリカの政治・経済・人種の状況を皮肉る、ブロードウェイ・ヒット。このショウの全てが「メタ」で、あらゆる層に重ねられている。『ハミルトン』はメタ演劇で、メタ歴史、メタミュージカル、そのあらゆる層へのメタなのである。 
 作品には、ミランダの幅の広く正確な音楽参照が多分に含まれている。歪んだブリットポップ風のジョージ3世に始まり、デスティニーズ・チャイルドのように歌うスカイラー三姉妹。ノートリアスB.I.Gからケンダー&エッブへの目配せ。ミランダは詳しい知識を駆使し、『ショウボート』『ウエストサイド物語』の様な作品がメインストリームのマイノリティ文化に関する認識で重要な転機をもたらしてきた業界ーーアメリカのポップカルチャーの縮図に等しいーーについて機知に富んだ会話を導く。『ハミルトン』はこのプロセスを用い、サブカルチャーの音楽を使いながら、メインストリームの歴史を読み解いていく。ロジャース&ハマースタインの『南太平洋』から引用された人種差別に関する台詞(“you’ve got to be carefully taught”)はバスタ・ライムスと肩を擦り合わせる。ソンドハイムが『太平洋序曲』で試みた視点の実験は、スヌープ・ドックに出会う。ジョン・アダムスに関しては、『1776』からミランダが借りてきた節を使ったギャグもある。『1776』のオープニング・ナンバーは大陸議会がアダムスを黙らせようとする「Sit down, John」なのだが、ミランダも同じように、アダムスと彼が表象するアングロ中心のアメリカ社会に、脇にどけと伝える。ミランダはアダムスを劇中に登場させておらず、名前が出てくるのは二幕以降になるが、そこでハミルトンは「座れジョン、デブのマザーファッカー!」と歌う。もう少し(色んな意味で)控えめなものでは、ミランダはハミルトンに印象的な「満足することはない(I will never be satisfied)」の節を与えるのだが、これは『1776』のアダムスの台詞、「私はいつも不満足なんだ I have always been dissatisfied, I know that.”」に呼応する。 
 ミランダの詞は目が眩むようだ。ソクラテス(Socrates)は凡人(Mediocrities)とライムし、その前には農奴解放(manumission)と奴隷解放(abolition)と武器(ammunition)がつながる。ギルバート&サリバンはサンプルされるだけでなく、洗練される。ミランダは記者たちにギルバートの有名な歌詞を改善したと嬉々として語る。それは今やワシントンのラップとなる(Now I’m the model of a modern major general / The venerated Virginian veteran whose men are all / Lining up, to put me up on a pedestal.”)【ミランダはギルバート&サリバン『ペンザンスの海賊』の歌詞をここで引用していて、ずっとgeneralの韻はmineralじゃかっこわるいと思ってた、とインタビューで話すのが好きなのです】言葉に酔った陽気な作家のように、駄洒落が溢れている(“Local merchants deny us equipment, assistance / They only take British money, so sing a song of sixpence.”) 
 『ハミルトン』はオペラと同じように、ほぼ歌い通しである。話す台詞はほぼない。多くの人が示唆するほどは、ラップは多くない。ラップが現れるとしたら、それはジェファソンとハミルトンの閣僚会議をエミネムの8mileばりのラップバトルで表すような「実用的で戦略的な聡明さ(practical tactical brilliance)」を伴っている。ハミルトンとバーの宿命的な決闘はギャング抗争と関連づけられ、自身もギャング抗争が元で亡くなったノートリアスB.I.Gの「Ten Crack Commandments」がサンプリングされる。「ワシントンの後ろ盾があるのはなんと素晴らしいことだろう」とバー、ジェファソンとマディソンは歌う。これは一義的にはハミルトンの後ろ盾のワシントン大統領のことを言っているのだが、同時に現代のワシントンDCから疎外された(政治から疎外された)市民が感じる政治的不平等とも呼応する。”Wait for It”はバーの性格に関する歌であるが、同時に「順番を待て」と言う言葉が有色人種のコミュニティにとってなんと破滅的なものをもたらすかということについての歌でもある。 
 詞と同じく、音楽も、単にスコアとしての意味だけではなくむしろ歴史的な要素としても利用される。ジェファソンとバーはそれぞれ二幕に大きなソロがある(ミランダは寛大にも、自分ではなく共演者たちに良い曲を振っている)。パリから帰ってきたジェファソンが歌う“What’d I Miss?”は、ブギウギ調のピアノリフを生かしたストライドやラグタイムの混じったディキシーランドジャズ【初期のジャズ】的な音楽だ。このラップの祖父としてのジャズの起源の召喚は少し場違いでーーしかもジェファソンを演じるダヴィード・ディグスは「ジャズ・ハンド」まで使って演じるーー同時にシリアスなものだ。ジェファソンはハミルトンや他の閣僚よりずっと歳上だからなのだ。ミランダは若いキャラクターにヒップホップの影響を与え、ジェファソンにオールドスクールなジャズを歌わせるが、またそのジャズの中にもキャブ・キャロウェイのような、ラップの起源を感じさせるボーカルにもオマージュをはらっている。劇が進むたび、ジェファソンのバーにもたらす影響は強まっていく。二幕の最大のバーの見せ場“The Room Where It Happens”では彼の音楽スタイルはシフトし、ジェファソン風のディキシーランド・ジャズスタイルを取り入れていく。バーの歌はコール・ポーターの“Blow, Gabriel, Blow”やフランク・レッサーの”Sit Down, You're Rockin' the Boat”のような1世紀以上使われ続けるゴスペル風の、観客が足を弾ませるようなコーラスをバックにしたショー・ストッパーだが、これらの楽しく、あまり意味がない歌とは違い、“The Room Where It Happens”は歴史の記録について語ったーー足を踏み鳴らしたいぐらい素晴らしいーーインスタント・クラシック・ナンバーである。 
 この曲は劇の多くの意味での転換点となる。バーは待つのをやめる。歴史の空白は政治的排除のメタファーとなる。“The Room Where It Happens”は、語られる歴史がどのように権力の神話を作り上げるか、または現実の政治がどうなされるかの歌だ。バーは「誰も実際は知らない/政党がどう同意に持ち込まれるか/チェスの試合で何が捨て駒にされたか/何かが起こったとはわかるが/実際にそれが起こった部屋には(自分達は)いない」そして力強いバース「ことが起こる部屋に/自分も居たい」の前にバースをつなげる。 
 ミランダは「ことが起こる部屋」に、移民や奴隷の子孫、黒人や、ラティーノやアジア系、未来に対して希望が持てない貧しい子供たちを置く。「煙が充満した部屋」に残された個人の野望は、権力から排除された人々の象徴となる。「我々は救世主を求めるが/彼らが捨てたものを知らない/私たちは新しい始まりを望むが/夢みるのは多くは闇」。この歌は、通して歴史の記述と国の語り手の権力に対して疑問を投げかける劇全体を要約している。ハミルトンの妻イライザは、最初のうちは歴史の一部となることを望むが(「あなたの物語の一つとなりたい/いつか誰かが描く物語の」)、ハミルトンの裏切りに遭い、手紙を燃やし、自分の語りをコントロールしようとする。しかし、ハミルトンは若くして死に、イライザは「物語に戻る」。ミランダは終幕に戻り、ワシントン、ジェファソン、マディソン、イライザの歴史を語るが、結局問われるのは「誰が生き、死に、誰が物語を語るのか?」ということだ。 
 ただ、「何が語られなかったのか」という疑問は、『ハミルトン』自体の神話化でも言えることである。ミランダはカラーブラインドネスを使い歴史を告発するが、『1776』の公演は1969年でありながら、今日の「ハミルトン」が言及するよりも直接的に奴隷制について言及した。まあ確かに、『1776』は白人だけのキャストが奴隷制の是非について議論するものではある。ジェファソンは金髪の妻が恋しすぎるあまり、彼女が来るまで独立宣言が書けないと嘆くのをえがきつつも、彼の奴隷サリー・ヘミングス(おそらくジェファソンの私生児を6人ほど産んだ)は言及されない。しかし、『1776』はショッキングなまでにフランクで残酷な「糖蜜をラムに」で終わる。この中では北部の制度の欠陥を指摘し奴隷制度に対する欺瞞をも暴く。『ハミルトン』はヘミングスのことに対して一度だけ言及し、奴隷制に対する言及もあるが、ジェファソンだけが奴隷を所有していたと示唆し、歴史が証明するよりもハミルトンを奴隷制廃止に熱心に描いている。実際は、ワシントンもマディソンも奴隷を所有していたし、ハミルトンは妻の家族のために奴隷取引をしていたこともあるし、農奴解放については冷淡だった。 
 『ハミルトン』は有色人種の俳優を取り上げるが、実際の奴隷の描写はない。これはしかし、まさに彼の語りに欠かせない選択だ。彼は長きアメリカの語りの伝統である白人の「ブラック・フェイス」を取り上げ、それをひっくり返したのだ。然るべきところに音楽を置き換え、歌詞を書き換え、政治をひっくり返し、ショーに合うように作り替えた。そうすることで同時にアメリカの現代の現実への批判、アメリカ独立のパワーの賞賛、アメリカンミュージカルの歴史への祝福を歌った。もし英国にお住まいならば、来年の11月まで待たなければいけないが、これを見るときは、あなたも「ことが起こる部屋」に居合わせることになるだろう。
4 notes · View notes
ari0921 · 6 months
Text
我が国の未来を見通す(92)
『強靭な国家』を造る(29)
「強靭な国家」を目指して何をすべきか(その19)
宗像久男(元陸将)
────────────────────
□はじめに
 久しぶりに私的なことを書かせていただきます。
4日の土曜日、神保町まで足を運び、開催中の「神
田古本まつり」で手当たり次第に古本を物色したと
ころ、いつものように“即決”を繰り返し、なんと
12冊もの書籍を一挙に購入してしまいました。
“秋の夜長”などと悠長なことは言っておれない日
々を送っているのですが、ジャンルも違い、著者も
発刊年次もばらばらな書籍をみて、改めて自分の
“好奇心の旺盛さ”に驚くほどでした。
実は書きたかったことは別にあります。どの書店を
訪れても、古書ではありますが、それぞれの分野の
“専門書”が小説や雑誌などに交じって“所狭し”
と陳列されていました。改めてそれぞれの分野の研
究に一生を捧げ、書籍のような形でその職責を残さ
れた専門家の皆様のご苦労とか責任とか愛情とかが
伝わってきて感慨深いものがありました。
そして、古本だけによけいに時代の流れとか歴史を
感じ、その積み重ねの延長に“現在社会”があるこ
とを再認識し、改めて自分の浅学菲才を恥じ、敬意
を表するばかりでした。
最近は、必要な古書はほとんどアマゾンで買ってし
まいますので、本当に久しぶりの神保町でしたが、
もう少し時間の余裕ができれば、足を運ぶ回数が増
えそうです。
5日の日曜日は、「ゴジラー1.0」の映画を観賞
しました。これから観られる人たちのためにあらす
じの紹介は省略しますが、終戦直後の東京にゴジラ
が上陸するというシーンでした。
ゴジラ自体はフィクションなのですが、ゴジラに立
ち向かった主人公をはじめ、関係者の勇敢さはみご
となものでした。しかし、それ以上に、製作者がこ
の映画を通じて訴えたかった、当時の「日本人の精
神」のようなものが手に取るようにわかり、「日本
もまだこのような映画が作れるのだから“捨てたも
のではない”」と安堵しつつ、本映画の製作自体に
感動して涙が流れました。この“捨てたものではな
い”の続きは、本論で取り上げましょう。
▼「国家意思」として目指したいこと
 さて前回の続きです。一般的な意味で「伝統」と
か「文化」などと言っても、具体的なことがわから
ないと実際に「誇り」を持つことなどできないでし
ょう。
しかし我が国は、実際には、他の国にはなく、日本
(人)独特の「良さ」とか「利点」とか「強み」な
ど表現される、いわば“本質的特性”のようなもの
がたくさんあります。それらが実際の「伝統」や
「文化」を形作っているのでしょうし、「誇り」の
対象にもなり、かつ個人の意思や精神の集大成とし
て「国家意思」のコア(核)として“目指す方向”
にも直結するものになると考えます。
戦後の“行き過ぎた教育”のせいもあって(その細
部はのちほど触れましょう)、多くの日本人の頭が
消え去ってしまっている、日本(人)の“本質的特
性”のようなものについて、有識者が紹介している
ものを列挙してみましょう。
まず、ケント・ギルバート氏は、「日本で左派思想
に惹かれる人々の中にも、実は驚くほど『伝統的な
価値観』なるものを持った人がいる」として、安倍
総理の『美しい国、ニッポン』に猛反発しても、日
本という国や郷土に対しては、何の嫌悪感を持たず、
むしろ絶対的な信頼と愛着を持っていることを強調
し、つまるところ、彼らも“純粋すぎる日本人”で
あると結論づけています(『ついに「愛国心」のタ
ブーから解き放される日本人』より)。
この指摘のように、巷には、(偏ってはいても)強
いプライドとシャイさが同居しているような“純粋
すぎる日本人”がたくさん存在することは事実です
ので、ケント氏のこの結論にこそ “彼らをしてその
気にさせる”大いなるヒントが含まれているのでは
ないでしょうか。
保守層がよくやっている、“上から目線でたたみか
ける”ような物言いでは彼らの反発を強くするだけ
で、心を動かすことは難しいと考えます。知的レベ
ルの高い人(特に高齢者)ほど自分自身(の考え方)
に自信を持ち、プライドも高く、信念も強いでしょ
うから、これを“軟化”するのは簡単でないことを
知る必要があるのです。
加瀬英明氏は、「日本は『和』の国である。日本の
『和』の心は他国には存在しない。日本の『和』は、
人々が合意することによって成り立っているもので
はなく、人々が意識することなく存在している」と
語ります(『新しい日本人論』〔加瀬英明、石平な
ど共著〕より)。
加瀬氏は、その「和」は“性善説”に基づいている
として、国内的には大きな強みだが、“性悪説”を
とっている他国には通ぜず、国外に対しては大きな
弱点になることも指摘しています。
これこそが、これまで再三述べてきた“孤立国・日
本”の限界でもあり、「和」の考え方が、人類社会
の理想に近いものであっても、これを世界の隅々ま
で普及させるのは永遠に不可能であると悟り、“で
はどうすればよいか”を詰めていく必要があると考
えます。
数学者の藤原正彦氏は、「この国は再生できる」と
して「美意識と武士道精神で、危機の時代を生き抜
く」、あるいは「『日本人の品格』だけが日本を守
る」ことを強調しています(『日本人の真価』より)。
その卑近な例として、このたびのコロナ禍において、
「人権に気を取られている民主主義より全体主義の
方が人の命を救う点で優れている」と主張しつつ
“強権”を最大限に活用した中国と違い、あるいは、
国民の自由に任せたところ、大パニックに陥って膨
大な犠牲者を出す結果になった欧米列国とも違い、
日本は、医療従事者の献身をはじめ、国民の高い公
衆衛生意識、規律や秩序など高い公の精神などの
“高い民度”を活用して、自粛要請という静かな決
意でコロナを抑え込んだことを取り上げています。
この事実は、世界的意義のあること結論づけます。
以前にも紹介しましたが、『「見えない資産」の大
国・日本』(大塚文雄、R・モース、日下公人共著)
は、中国やアメリカにはない強みとして、日本は、
「インタンジブルズ」の宝庫であると強調します。
つまり、「日本人には美を求める心や平和を尊ぶ心
や愛の心がたくさんある。また『道徳心』『好奇心』
『忠誠心』『愛国心』などが、どこの国にも見られ
ないほど豊かである」として、これら“無形のも
の”が、場面場面で「一生懸命」とか「工夫する」
とか、「約束を守る」「仕上げに凝る」「仲間を助
ける」などの“形になって現れる”と強調していま
す。
私が尊敬する奈須田敬氏は、東日本大震災の直後の
平成23年に『天下国家を論ず』と題して、30年
にわたって発刊し続づけた『ざっくばらん』巻頭言
20選を取りまとめた1冊を上梓しました。
本書の最後に「何百年に一度かの天変地異に見舞わ
れて、現実は見るとおりの悲惨さ、というほかはな
い。こうなっては総理大臣、一市民のちがいもない。
与党、野党のちがいもない。日本国民は肩をこすり
あわせていきのびていくほかあるまい。─そう腹を
決めたころから、新しい日本国民の芽生えを見出す
ことができそうだ。その芽は『ボランティア』とい
う形ですでにかいまみせている」として「90年の
生涯もけっして無駄ではなかった」と結んでいます。
ガザ地区などでも現に起きているように、他国なら
略奪が発生してもおかしくないような悲惨な状況の
中で、被災者は食べ物を分け合い、文句を言わず長
蛇の列に並び、そして多くのボランテイアが被災地
に入って、泥だらけになりながら様々な活動を続け
ました。奈須田氏は、そのような日本人の姿を“芽
生え”としてとらえ、安堵されたのでした。
保守の論客・中西輝政氏は、自書『強い日本を目指
す道』の中で、「グローバル化した世界だからこそ、
その中で日本はむしろ、つねに『フルセット自前主
義』の文明伝統に立ち返り、多極のなかで、『一極
として立つ』という気概を示さねばならない。多極
化世界でこそ、「自立の日本」を求められ、また可
能となるのである」と提言しています。
この続きは、読む人が読めば感動ものでしょう。
「この気概に気がつけは、再び日本が世界を引っ張
っていく存在になることは不可能なことではない」
として、「安定した時代の日本人は、皆『和魂(に
ぎみたま)』の持ち主で、『荒魂(あらみたま)』
は眠り込んでいる。『和魂』は『目的喪失』危険も
背中合わせなのである。だがひとたび危機の時代が
到来すると、必ずや『荒魂』が眠りから覚め、『目
を覚ませ日本!』と訴える。そして、世界の人々も、
その声に耳を傾ける」と訴えます。
そしてこうしたリズムを繰り返すのが日本文明の一
大特徴なのであり、「もはや途絶えた」と見えても
「地下水脈」として日本人の奥深くに流れている。
これこそが日本文明の核心たる「大和心」であり、
「日本の底力の源泉」であると結論づけています。
さらに、「このことのもつ、ただならぬ重要性に気
づいて、教育の場やマスコミでどんどん論じられる
ようになれば、日本人は急速に力を発揮する・・・
それは各時代の日本人が証明してきたことだ」と付
け加えます。中西氏もまた、日本は“豹変”する国
であることを分かっているのではないでしょうか。
▼「国家意思」を表明することがスタート
いかがでしょうか。これらはほんの一例に過ぎない
と考えますが、冒頭の「ゴジラー1.0」で述べた
ように、私が「日本はまだまだ捨てたものではない。
まだまだ明るい希望が持てる」との想いを強く持て
るのは、まさにここに紹介したようなところです。
しかし、“希望を現実のものにする”には大ナタを
振って荒治療する必要があることも事実でしょう。
顧みますと、戦後のわが国は、GHQの巧妙な「対
日戦略」に何ひとつ逆らうことなく国家を運営して
きました。講和直後の「吉田ドクトリン」などはそ
の典型と考えますが、それからしばらく経って、G
DPが戦前を上回った1956年頃から「もはや戦
後ではない」との言葉を一人歩きしました。また、
安倍元総理は、「戦後レジームから脱却」を掲げ、
「教育基本法」の改正にも着手しましたが、その成
果が上がっているとは言えないことはすでに取り上
げました。
これらを総括するに、戦後世代の最大の過失は、
「国家100年の計」といわれ、後に続く世代の
「教育」に特段の関心を持たないまま放置してきた
ことにあると言えるのではないでしょうか。
つまり、GHQによる強制的な“墨塗り”教科書の
内容を見直すことなく、70数年あまり、“行き過
ぎた教育”を継続してきました。その結果、ここに
紹介したような、日本の“本質的特性”を若者に教
え、多くの日本人に認識させることができないまま
時が流れました。
このような状況を創った最大の要因も終戦直後まで
さかのぼると考えます。少し補足しましょう。少し
前の調査結果によれば、「自衛隊は憲法違反だ」と
答える憲法学者は約6割を数えるそうですが、素人
の私などからみても、憲法第9条を正確に読めば、
この数字は法理論的には納得できない数字ではない
と考えます。問題はそれから先です。この6割の学
者のほとんどが「だから自衛隊を解体しろ」の方に
走ってしまい、「自衛隊抜きでは国防が成り立たな
い。これは一大事だ。憲法を改正しよう」と声を上
げている人は数えるほどしかいない状態が続いたの
でした。
言葉を代えれば、最も高い知性を有すべき法学者を
して、法理論の解釈を先行するあまり、「国防」と
か「国のあり方」などに疑問や関心を持たない程度
の“知的レベル”に留まってしまいました。
戦前の反省や軍への反発などについて理解できない
わけではないですが、極端な話をすれば、「こちら
から泥棒に入らなければ、我が家に入る泥棒はいな
い。よって、戸締りをする必要はない」と言ってい
るようなものなのです。そのようなことになぜ疑問を
持たないのか、私は長い間、理解不能でした。
そして、このような恩師(達)のもとで、同じよう
な思想や法理論を叩きこまれ、自らの知性や主義主
張になんら疑問を持たないまま拡大再生産された多
くの大人たちが、やがて法曹界、教育界、経済界、
さらには政治家、官僚、有識者、マスコミ人などそ
れぞれの分野を“牛耳る”ようになりました。最近、
政府の有識者懇談会による「日本学術会議に社会貢
献要求」との記事を見つけ、当会議はこれまで“社
会貢献すらしなかったのか”と呆れました。
このような状態では、「国家100年の計の教育を
見直そう」との雰囲気などできるわけがなく、70
数年余りの長きにわたり「教育」は放置されたまま
になってしまいました。私たち大人世代は、最近の
「Z世代」を批判する資格はないと言えるでしょう。
自分たちが「Z世代」を生んできたのですから。
さて、話を戻しましょう。周辺国が“日本をこのま
ま眠らせておき、覚醒しないように”と歴史問題な
どを蒸し返す狙いは、紹介したような日本(人)の
“本質的特定”に“こわさ”を感じているからなの
かも知れないのです。その考えが過剰防衛に走り、
軍事力の拡大路線を走らせている要因の一つになっ
ていると言えるでしょう。
私たち日本人は、認識しているか否かは別にして、
日本文明の「心」あるいは「コア(核)」とも言え
るような特性を依然として保持しています。保持し
ていることが日本人のアイデンティティそのもので
しょうから、これらを「誇り」として、今こそ、個
人の意思や精神の集大成として「国家意思」の“目
指す方向”に掲げることを求められていると考えま
す。
戦後の「教育」によって造成された価値観に凝り固
まっている人たちにとっては、“思いもよらない”
「国家意思」のたたき台を提示されても、にわかに
賛同することはないでしょうから、我が国の無形の
「資産」として後世に残すべき日本文明の「心」を
謳うことについては譲れないとしても、どのような
言葉や文章をもって表現すればよいか、などについ
ては最大限の工夫が必要でしょう。
そのような内容を包含する「国家意思」を表明する
ことがスタートであり、それを受けて、中西氏の言
うがごとく、政界や教育界やマスコミ界で活発な議
論を展開して頂きましょう。その結果、本質さえ変
わらなければ若干の修正は“良し��としましょう。
いずれにせよ、「国家意思」の表明がスタートであ
り、「国家戦略」とタッグを組むことによって、輝
かしい未来をつかみ取ることができると私は確信し
ています。今回はこのくらいにしておきます。
(つづく)
(むなかた・ひさお)
4 notes · View notes