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#アパート購入
kawasfudosan · 1 year
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新富不動産スタジオは本日11/17に葵区通車町6-6へ移転しました。 多くの仲間からお祝いをいただき新事務所はまるで植物園🤣 新事務所へお気軽にお立ち寄りください😄 #不動産 #不動産屋 #新事務所 #事務所移転 #不動産売買 #不動産売却 #不動産買取 #不動産投資 #不動産投資家と繋がりたい #アパート購入 #アパート買取 #賃貸経営 #静岡市葵区 #静岡市 #新富不動産スタジオ (株式会社新富不動産スタジオ) https://www.instagram.com/p/ClDD_eAvUMj/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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dai1220 · 2 years
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新築住宅向け宅配ボックスの選び方
以前はマンションやアパートにしかなかった宅配ボックスですが、最近では戸建住宅に設置する方も増えています。 特に新築時に設置しておくと、外壁に埋め込むタイプなど商品の選択肢も増えるのでおすすめです。 https://iiie-tokushima.com/column/20591/
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leomacgivena · 1 year
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本宮ひろ志が『男一匹ガキ大将』を当てた金で最初にしたことが「都内に学生向けの賃貸アパートを購入して大家になる」で。その上きっちり成功してアパート買い増しするという、キャライメージと違いすぎる堅実さを発揮してて爆笑した記憶
荻野謙太郎(フリーランス漫画編集者)さんはTwitterを使っています
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myonbl · 23 days
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2024年4月4日(木)
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遅れていた春休みの宿題、最後の1件を何とか達成することができた。露の新治さんの芸歴50年を本にまとめる仕事、もっとも縁の深いAさんとのインタビューを大阪市内のご自宅で行うことができた。用意していた質問以外にも、貴重な資料をお借りすることができたし、さらにはレアものグッズも沢山いただくことが出来た。来週から授業が始まるが、空きコマを上手に活用して何とか夏までには原稿を仕上げたいものだ。頑張れ、自分!
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5時15分起床。
日誌書く。
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朝食。
洗濯。
弁当*1。
プラゴミ、45L*1。
ツレアイを職場まで送る。
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ライフ西七条店で買物、あれやこれやで¥2,439。
酢タマネギ仕込む。
糠床メンテナンス、キュウリを漬ける。
午後のインタビューに向けて、資料を確認する。
早めにうどんを頂き、京都駅で土産購入、13時の新快速で玉造を目ざす。
駅から10分足らずでAさん宅、初めてかと思いきや、新治さんの落語会で何度もお見かけしている方だった。約1時間、あれこれお話を伺って、最大の目的であった<露の新治を育てる会>の機関紙をお借りして失礼した。
予定より1ヶ月以上遅れたとは言え、春休みの宿題を何とか果たして気分スッキリ。
帰宅して、インタビューの録音を起こし(もちろんAIがやってくれる)、ファイルを整理して今日のミッションは終了。
環境社会学会から会費請求、Webからカードで決済する。こちらも今年度が最後になるだろう。
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息子たちの夕飯を用意し、先に始めたところにツレアイ帰宅。彼女は明日休みなので一日早い週末気分、気持ちよく乾杯した。
録画番組視聴、刑事コロンボ。
第64話「死を呼ぶジグソー」/ Undercoverシーズン 1, エピソード 64 ある夜、アパートに忍び込んだ男と住人が相打ちで死に、侵入犯から住人の男が持っていたと思われる写真の一片が発見された。次の日、コロンボの元を保険調査員のアーヴィングが訪れ、同様の一片を見せると、その謂われを語った。
片付け、入浴、体重は500g増、訪問先で出されたケーキも頂いたので仕方ない。
パジャマに着替えて日誌書く。明日は彼女は休み、春休みの打ち上げだ。
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さすがに外出すればこの程度にはなる。
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トム・ヴァーレインのブックセールにて
アレックス・アブラモビッチ
昨年の夏、ブルックリンでこんなミームが飛び交った: トム・ヴァーレインのブックセールの会場でキスしたらどうなる? バンド「テレヴィジョン」を結成し、そのフロントマンを務めたヴァーレインは、2023年1月28日に死去した。彼は長年にわたり、アート、音響学、占星術、UFOなど、さまざまなテーマに関する5万冊、20トン以上の本を入手していた。ブルックリンの隣接するガレージで8月に2日間にわたって行われたこれらの本の販売会は、大変な人気だった。アヴァンギャルドポップ・ミュージシャンのアート・リンゼイが立ち寄った。トニー・アウスラーは短いビデオを撮り、インスタグラムに投稿した。旧友たち(中には数十年ぶりに太陽の下に出てきたかのような者もいた)が、長い行列の中にお互いを見つけた。
ヴァーレインは膨大なコレクションをいくつかの倉庫に分けていた。彼が暮らすチェルシーの1ベッドルームから歩いてすぐの場所に1つ、川向こうのゴワナス運河に近いレッドフックに4つ。ヴァーレインはウーバーを使わなかった。ブルックリンの方の倉庫に行くには、おんぼろの食料品カートを持ってF系統の地下鉄に乗り、街でいちばん標高の高い地下鉄駅であるスミス・アンド・ナインストリート駅まで行き、あとは徒歩で移動した。人ごみの中で、ヴァーレインは目立った。背が高く、痩せていて、きれいな姿をしていた。(「トム・ヴァーレインの首はロック界で最も美しい」とパティ・スミスは1974年に書いている。「本物の白鳥みたい」)。彼は一度もタバコをやめず、フィルム・ノワールの登場人物のようなカーコートを着ていた。しかしそんな彼がカートを押して階段やエスカレーターをガタガタと降り、ブルックリン・クイーンズ・エクスプレスウェイの下をくぐり、7車線の道路を横切り、レッドフックに向かっていた。本をどこかに運ばねばならなかったのだろう。
ヴァーレインはストランド書店の常連で、かつて出荷部門で働いていたこともあった。店の前の1ドル均一のカートのまえにいるところを見かけることもあった。ツアー中にはサウンドチェックから開演までの時間を利用して地元の書店を訪れた。ブルックリンでは、倉庫にあまりにぎっしりと荷物を詰め込んでいたため、彼の遺品整理を任された友人のパトリック・デリヴァズは、箱を動かすスペースを確保するためだけに別の倉庫を借りなければならなかった。テレヴィジョンの直近のギタリストだったジミー・リップは、1月にアルゼンチンからやってきたが、7ヶ月後にまだニューヨークにいて作業を手伝っていた。ブッシュウィックの書店「ベター・レッド・ザン・デッド」のデイヴ・モースとマティ・ディアンジェロも整理に参加していた。
モースは言う。「ふつう、『5万冊の本がある』と言う電話がかかってきても、行ってると500冊くらいなんだ。今回、僕らは箱を数えた。5万冊よりは少しだけ少なかったかもしれない。ヴァーレインはパッキングがとても上手だったからね。たくさんの詰め物が使ってあった。波形の段ボールを折ったりプチプチを使って、即席で巣のようなものをつくってある。がさつではあったけれどとても几帳面で、ほとんどの本は素晴らしい状態だった。僕らは計算し、自分たちだけでは無理だと悟って頭をかいた。そしてスペースを持っている知り合いのディーラーを考えた。
ディアンジェロはワシントンDCのキャピトル・ヒル・ブックスを思い出した。そこはブックストア・ムーバーズという姉妹会社を持っていて、トラックも調達できた。そのトラックはいま、ブルックリンのガレージの前にあって、デリヴァズがみている。中の本は「文学」、「詩」、「宗教」といったテーマ別に分類されている。ディアンジェロは、神話や神秘主義、オカルト、超常現象、スピリチュアリティを指す「MOPS」という新しいカテゴリーを作った。イスラム教の旋舞教団、アレイスター・クロウリー、アントン・ラヴェイに関する本が、チャップブック[17世紀ごろからの冊子]や料理本(ヴァーレインがコンロで作ったのはコーヒーだけだったが)、中国に関する本の隣に並んでいた。読書家として、ヴァーレインは心理学や過激な理論に思う存分傾倒した。しかし、何度も立ち返ったテーマがあり、興味がずっと昔にさかのぼるものもあった。ヴァーレインのかつての親友でありバンドメイトでもあったリチャード・ヘルは、2013年に出版された自伝『I Dreamed I Was a Very Clean Tramp』の中で、彼がとても若かった頃のことをこう語っている:
世界は彼にとって理解不能の異様なところと写っており、空飛ぶ円盤のようなものから、極端な陰謀論、不明瞭な宗教的神秘主義まで、あらゆる種類の非合理的な説明に影響を受けやすかった。彼は、これらの信念や疑念が多くの人々にとってクレイジーに映ることを知っていたし、それが彼が人前に出るのを嫌がっていた理由の一つだ。
ブックセールの数日後、私はリップとデリヴァズに会うためにレッドフックの倉庫まで歩いて行った。彼らはアンプ、スピーカー・キャビネット、真空管でいっぱいのユニットを見せてくれた。それもヴァーレインが収集したものだ。「曲のキーがE♭だと、トムは真空管を交換するんだ。ほら、ここに、彼が印をつけていたかがわかるだろう」
販売会場には『The Tube Amp Book(真空管アンプの本)第4版』というカタログが、ギオルギー・リゲティの伝記とブルーノート・レコードの歴史に挟まれてあった。私はいま、それを買わなかったことを後悔している。ヴァーレインはまだ製造が続いているスロバキアから輸送した新しい真空管を持っていた。eBayから入手した、あるいはeBayが存在する前に購入したヴィンテージの真空管も持っていた。何百という真空管を持っていた。
ヴァーレインは高価な機材には手を出さなかった。(ルナ・アンド・ギャ��クシー500のディーン・ウェアハムは、ヴァーレインがかろうじて弾ける12弦のエレキを持ってスタジオに現れ、それを見事に弾きこなしたことや、ヨーロッパ・ツアーを全く機材を持たずに行い、各都市で新しいストラトキャスターをレンタルしたことを覚えている)。しかし、彼は自分のトーンにこだわった。ジェフ・ベックのように、アンプに直に接続し、ギターのボリュームとトーンのノブを操作して、他のプレイヤーがエフェクターのペダルでしか作れないようなエフェクトを得ることができた。彼はおそらく、どこまでも繊細だったのだろう。リップは彼らのサウンドチェックの一コマを振り返った。「トムが弾くのをやめて『ブーンという音がする』と言った。俺らには何も聞こえなかったけれどトムは言い張った。俺らはその音の元を探して、やっと会場のうしろのほうで見つけたんだ。その下まで行かなければわからなかったのに、トムはステージから���づいたんだ」
「トムは非常にガード固かった」とヘルは自伝に書いている。「防御が強いんだ。それには良いことも悪いこともある。それは彼にある種の整合性を与えた。流行に流されることはなく、慎重で信頼できた。でもそのせいで一緒に仕事をするのは本当に難しかった」。しかし、6年ほどの間、ヴァーレインとヘルは(ふたりは一緒にデラウェア州の高校を飛び出し、ニューヨークで再会していた)同じアパートに住み、同じダブルのマットレスで眠り、「テレサ・スターン」として一緒に詩を書き、ヘルが主宰する詩誌『ドット』から出版した(彼が最初に出版したのはアンドリュー・ワイリーの詩集だった)。
1972年、ふたりはバンドを結成した。ヴァーレインはサード・アベニューの質屋でベース・ギターを選び、ヘルに基本を教えた。髪を切り、名前を変え(「マイヤーズとミラー」から「ヘルとヴァーレイン」に)、ネオン・ボーイズと名乗り、ビリー・フィッカを加入させた。数ヶ月間、彼らはヴァーレインのアパートでリハーサルをした。アンプやセットを買う金はなかった。ジャズ志向の優秀なドラマーだったフィッカは、代わりに電話帳でドラムを叩いた。ヘルは「Love Comes in Spurts」、「Blank Generation」、「Eat the Light」など数曲を書いた。ヴァーレインは「Bluebirds」、「$16.50」、「Tramp」を書いた。彼らは『ヴィレッジ・ヴォイス』紙に「ナルシストなリズム・ギタリスト募集、最低限の才能があればOK」という広告を掲載し、何人かがオーディションを受けた(ディー・ディー・ラモーンになったダグ・コルヴィンや、ブロンディを結成することになったクリス・スタインもいた)が、誰もフィットしなかった。1973年になっていた。ヘルとヴァーレインは13番街にある小さな店、シネマビリアで働いていた。マネージャーのテリー・オークは、チャイナタウンのロフトに寝泊まりしていたリチャード・ロイドを推薦し、ロイドを2人目のギタリストに迎えて、彼らはバンド名をテレヴィジョンに変えた。
CBGBのオーナーであるヒリー・クリスタルは、彼のクラブでカントリー、ブルーグラス、ブルースのバンドを取り上げようと計画していた。テレヴィジョンをマネージメントするようになったオークは、代わりに自分のバンドを演奏させるよう彼を説得した。徐々にひとつのシーンが形成されていった。テレヴィジョンはリチャード・ウィリアムズとブライアン・イーノとデモを録音した。もしヴァーレインがイーノのサウンドを嫌っていなければ、イーノは彼らのファースト・アルバムをプロデュースしていただろう。ヴァーレインは、イーノがそのテープをイギリスに持ち帰ったと確信していた。ロキシー・ミュージックの次のアルバムのグルーヴの中に、自分のアイデアが入っているのが聴こえたと思っていたのだ。それが事実かどうかは別として、同じ頃、マルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウエストウッドは、とんがった髪、破れたTシャツ、安全ピンといったヘルのルックスや態度をコピーし、セックス・ピストルズにあてがった。ヘルは回想する。「俺らの演奏はまるで反逆のスクラップが転がり落ち、ぶつかり合う音みたいで、同時にそれを遠くから眺めているみたいに美しくて胸が張り裂けそうでもあった。感動させられ、揺さぶられ、目を覚まさせられた」
しかし、テレヴィジョンがファースト・アルバムをレコーディングする頃には、バンドはそのメンバーではなくなっていた。ヴァーレインは、徐々に、そしてその後は徐々にではなく、ヘルとヘルの曲を脇に追いやった。『Marquee Moon』を何年もリハーサルして手を入れ続け、考え続け、それは1977年、ヘルの脱退から2年後に発表された。ヘルの代わりにフレッド・スミスがベースを弾いていた。曲はより慎重に構成され、短編小説のように構成された。ヴァーレインはジョン・コルトレーンとアルバート・アイラーを愛し、彼のレコード・コレクションの大半はESPやインパルスといったレーベルのジャズ・アルバムで占められていた。しかし、コンサートでも、テレヴィジョンがノイジーで自由だった頃、ヴァーレインとロイドが奏でる連動したソロは高度にアレンジされていた。ウィリアムズはそれを「金線細工を施された」と表現した。
彼らの曲は文字通り「文学的」だった。ロックンロールではめったに美徳とされないことだが、ヴァーレインにははまっていた。彼は手がかりや警官、裏切り者、その他ハードボイルドな小物でいっぱいの探偵小説を書き、それを打ち砕いているかのようだった。『Marquee Moon』に収録されている8曲のうち5曲は、夜に起こる物語を歌っている。4曲は過去形と現在形を行き来している。ヴァーレインの描くイメージにははっとさせられる。「素敵な小舟が欲しい/海でできた小舟」、「世界はとても薄かった/俺の骨と皮のあいだで」、「思い出す/雷が雷自身に落ちたのを」。
しかし、パンクの先駆けとなったテレヴィジョン(ヘルが所属していたときのグループ)がアナーキーで、1977年のテレヴィジョンがほとんどプログラムされたようにコントロールされていたとしても、両者を異なるバンドと考えるのはまちがいだし、ヘルとヴァーレインを正反対の人物と見るのもまちがいだ。ヴァーレインの歌声は神経質で切迫していた。彼のアルバムはやはりパフォーマンスであり、素早く録音され、多かれ少なかれライブだった。奇妙で、絶望的で、すばらしかった。1曲目の終わりに「愛する人と未来を引きずり降ろせ」とヴァーレインは10回続けて歌っている。彼とヘルには共通の恍惚感があった。
もちろん彼らは憎み合っていた。「あいつには我慢できない」とヴァーレインは言い、ヘルも手加減しなかった。しかし、『I Dreamed I Was a Very Clean Tramp』のエピローグで、ヘルはほんとうに久しぶりにヴァーレインに会ったときのことをこう語っている:
このあいだ、レストランから家に帰る途中、古本屋の前でトム・ヴァーレインが安売り本の箱を漁っているのを見かけたんだ。俺は彼に近づいて、「空飛ぶ円盤について何かわかったか?」と聞いた。
ヘルはヴァーレインの歯(俺の歯よりもっと悪い」)、顔(「でこぼこで膨張している」)、髪(「白髪まっしぐら」)を描写している。
俺は背を向け、ショックを受けて歩き去った。俺たちはまるで2匹の怪物が打ち明け話をしているようだったが、ショックを受けたのはそのことではなかった。俺が愛を感じたからだ。俺は彼に感謝し、彼を信じ、自分の中で、彼がありえない人間であり、彼を好きになることがありえないことを肯定した。それまでもずっとそうだったのだ。俺はこれまでと同じように彼を近くに感じた。彼のような人間以外に何を信じればいいのだろう? なんてこった、俺は彼と同じなんだだ。俺は彼だ。
ヴァーレインの本は、Better Read than DeadやCapitol Hillのサイトでまだ購入できる。彼のレコード・コレクションは、そのうちグリーンポイントとイースト・ヴィレッジのアカデミー・レコード別館で販売されるだろう。その本やレコードははいまとはちがう時代、いまとはちがう街を思い出させる。書店やレコード店が遅くまで開いていて、CBGBで夜遊びした後でも店を覗くことができて、そこで手に入るものは安かったし、それを保管するのに必要なスペースも安かった。たとえ書店で働いていたとしても、その金でオフセット印刷機を買って自分で詩の版元を始めたり、ソーホーにロフトを見つけて自分のバンドを始めたりできたのだ。
2024.3.4
ロンドン・レビュー・オブ・ブックスに掲載
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kennak · 2 months
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三菱UFJ信託銀行の行員の男ら4人が、預金残高などを偽造する手口で横浜銀行からアパート購入のための融資金3億8000万円をだまし取ったなどとして、警視庁に逮捕されました。 警視庁によりますと、三菱UFJ信託銀行の松田大樹容疑者(47)や不動産コンサル会社社長の藤本優容疑者(31)ら4人は2022年、横浜銀行にウソの預金残高を見せるなどしてアパート購入のための融資を依頼し、3億8000万円をだまし取ったなどの疑いがもたれています。 松田容疑者が申請役で、銀行の審査で藤本容疑者らが偽造した源泉徴収票や預金残高の画面などを見せて信用させたとみられています。 アパートの実際の価格は3億8000万円の融資金よりも低く、差額や手数料として藤本容疑者らはおよそ6000万円を受け取り、松田容疑者は購入したアパートの賃料収入を得ていたということです。 藤本容疑者ら不動産コンサル会社の3人が犯行を計画したとみられ、警視庁は、3人がほかにも複数の銀行からおよそ32億円をだまし取った可能性があるとみて詳しく調べています。
【速報】三菱UFJ信託銀行の行員の男ら4人を逮捕 横浜銀行から3億8000万円を融資詐欺か 複数の銀行が被害か 警視庁(日テレNEWS NNN) - Yahoo!ニュース
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shiobaraq · 3 months
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 毎月1日は安いのでレイトショーで映画マラソンした。決算なんちゃら金をもらったから。9万もらって支払い終わって残り5000円。給油と映画で終わり。コンクリート・ユートピアと、あの花が咲く丘で、君とまた出会えたらを見た。
あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら
 もう初めから母の愛を無碍にする高校生!って感じで若すぎて怒。恵まれすぎてる。そういう視点から��う私は母側なのを悟ってしにゃしにゃ。あの感じ、懐かしい。微笑んでいるだけの意固地なロマンチスト。佐久間さんの目線がうっとおしい。アキラ、ゆり。いい名前だ。浩平くんが隣にいたら陽気なのに芯の通った石丸さんを見て「薩長土肥の男はいつの時代もみんなああなのか」と辟易したあと耳を軽く抓ってきそうだと思うと、変な感じがした。いないのに。3分狩り。私の時代はブリキに入ったキャラメルがあったけど、大戦中は「軍粮精(ぐんろうせい)」と呼んでいたなんて知らなかった。無意味な言葉狩りだと思った。神風特攻隊。「生き神様」なんて大層な概念だと思った。いつの時代も警察のポジションに座る公的な権力が邪悪な場合が多い。託された人形。石丸さんの別れ、寂しかったなあ。86歳まで生きて語り継いだ板倉さん。あんなペラッペラな飛行機で本当に飛んだんだろうか。飛んだから今まで語り継がれてるんだよなあ。さつまいも。燃える街。子供が死ぬことに涙する女。鶴さんが終始最高の女すぎる。最高人間。今回のMVPじゃ。不思議だ。冬なのに夏の映画を見ている。焦げ付くような暑さがわからないことが悔やまれる。佐久間さんは体躯がとてもいいなと思った。過去と地続きの今生で、百合ちゃんと出逢えたらいいね。
コンクリート・ユートピア
 唐突に始まって、それから徐々に「理解」させられていく構図がかなり気持ちいい映画だった。韓国ってそんなに寒いんだろうか。雪国の生まれじゃないから想像できない。「緊急時に迅速に復旧すべきは営みの“システム”、それを運用する形式」みたいなセリフがあって、かなり納得した。金切り声おばさん、自分のない青年。私は男性じゃないからわからないけど、男性だったらあの「群れの長に認められている感じ」に陶酔していく様子は骨身に染みて理解できるんだろうなあ。殺人。クーラーボックスに収まった本人。日本人のおばあちゃん。エゲツない男尊女卑。兵役。アパートの購入戦争。なんかそういう根本からの国籍の違いを見せつけられてきもちよかった。あれだけ風土も文化も違うのに人類としての根幹にある「強きをくじき弱きを助くる」みたいな気丈さが同じなの面白い。多分アレは動物的な本能に近いんだろうね。とんでも設定だと思ってたけど、めちゃくちゃに現実だった。あ、あと代表が一声目を放つ時にメガホンがピヨーみたいな音立てて全然入らないの、クスッときてしまった。多分それは私の心情が裏切られたからだ。主人公の男(もう名前忘れちゃった。ミンソク?ヒロインはずっとオッパって呼んでた。海外の人の名前覚えられながち)が死んだシーン、かなり芸術点高かった。上から2人を見下ろす構図、中に誰もいませんよとおなじじゃん!と思った。光。オレンジ。日の光。みんな必死だった。代表も、みんなも。苦しい。現実と同じすぎた人間関係だったなあ。黄色い花畑の中の一軒家。私もその幸せが欲しい。
「私と一緒に逃げて」ができたカップルとできなかったカップル、どちらも女だけが生き残っていた。終演時間は23:30。霧雨が降ってる。そういえばこのモールは一つの街のようだと思っていた。帰りの車、むくみがひどくてお尻の下に引いてた右手に線が走っているのを気づいた。赤点滅の交差点。寒すぎて。明日も仕事。血便が止まらないから本当に病気なのかな。血。生きている証拠。愛。記憶が混線しないうちに眠る。何も思い出さない。あめ。
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nostalblue · 11 months
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移住した経緯(その漆)
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しかし私のように賃貸アパートに独り暮らしという場合はそんな悠長にはいかない。留守にしていても家賃と水道光熱等の基本料で毎月相当額が預金から吹っ飛んでいくからだ。さらに賃貸契約更新日も目前に迫り、更新料払うことになるのは最悪なので、その前月を転居完了期限と決め移住先を探すことになった。残り僅か数ヶ月なので急かされてしまい精神的余裕がないが、新たな生活のために出来るだけ資金を維持しなければならないので致し方ない。しかしダラダラと先延ばしするのではなく、限られた期間で集中して物件探索することは作業効率や実行性が上がるのもまた事実だ。
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兎にも角にも、まずは移住先選定のための条件を決めなくてはいけない。これまで農体験など��田舎に滞在した経験も踏まえ、自分の目的や価値観に基づきリストアップしていく。
・すぐに住み始められる家屋があること(部分的なリフォーム必要は許容)。物持ちなのでそれらを配置して利用する為の充分なスペースがあること。
・菜園として利用可能な土地付き(500平方メートル以上)。住居と隣接していることが理想(近隣で土地が借りられると言う話は不明確かつ不安定なので乗らない)。
・充分な日照が得られる場所であること。
・温暖な地域であること。雪が降る地域は対象外。
・急傾斜地(崖崩れリスク)、川沿い(軟弱地盤や浸水リスク)、沿岸部(津波・強風・塩害リスク)でないこと。
・市街地と離れすぎていないこと(全てを自給できるわけでないので定期的な買い出しは必須)。
・水道(井戸でも可)、電気の供給がされること(ガスは状況による)。
・インターネットがそれなりに使用できること(テレビや携帯電話は使えなくても構わない)。
・通販で物資が購入でき、数日内に自宅まで配送して貰える環境であること。
・地域のしがらみが少ないところ。自分事に没頭したいので祭りや会合などのイベントに強制的に駆り出されないところが望ましい。
・モノカルチャーな地域はいろいろな意味で多様性に欠けるため対象外。
・現居から自力(自家用車)で引越運搬できる距離にあること(隣県までが限界)。
・物件の価格。リフォームが必要ならその費用も見込んで予算内であること。
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(その捌に続く)
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shredderwastesnow · 4 months
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2023年、会社を辞めてからのあれこれ
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7月末に会社を辞めて、5ヶ月が経過した。 8月末からハワイに1ヶ月留学し、9月に帰国。10月からは大学の通信で学芸員課程の勉強を始め、現在に至る。 4単位分の課題とテストは終わり、2単位分は課題を出してテスト日程を調整中。今はさらなる2単位分の課題をやっている。来年の6月までに20単位を取って、7月に実習(3単位分)をクリアできれば、9月には晴れて課程修了となる。その先の転職活��がどうなるのか全く予想がつかないが、とりあえず今は単位取得の心配をする時間……と思うことにする。
勉強と並行して、昨年4月の引っ越しから手つかずになっていた段ボールの開梱も進めた。40個近くあった段ボール(私が一人暮らししていたアパートと実家の一軒家からの引っ越し荷物)を6個まで減らし、もう使わないものは断捨離した。本は古本屋に70冊ほど売り、CDも中古CD屋に30枚ほど売った。 本棚や収納の中にとりあえず入れたものは後で確認して捨てるか残すか判断しなければならないが、その作業ができるスペースを確保するためにも段ボールを減らす必要があったので、年内にここまで進められたことは大きい。
今は課題も進めつつ、服の断捨離をしている。箪笥やクロゼットの中の服をすべてベッドに並べ、迷った時はその場で着てみて、残すかどうか判断する。古くなった服や、買ったものの結局あまり着なかった服をまとめて捨てた。会社員時代によく着ていた紺のブラウスは、襟の部分がすり切れかけていたので、一緒に処分した。このブラウスを着て、その上に黄色いカーディガンを合わせた格好でよく出社していたな、と記憶が蘇った。 手持ちの服を把握できたことで、今後どのような格好をしたいのか、そのためには何を買い足すと良いのかも具体的に考えられるようになった。12月に入ってからは、ブラウスや��下を新たに買った。裾の縫い目がほどけてしまった夏のズボンと葬儀用のワンピースもお直しに出した。
そして、会社員時代の遅れを取り戻す気持ちで、色々なことをインプットしている。 呪術廻戦や少女革命ウテナなどのアニメを観る。気になっていた音楽をまとめて購入して聴く。読書会でジェンダー・セクシュアリティを考えるヒントになるような本を読み、人と感想を言い合う。(半分は課題のためだが)美術館に行く。舞台や映画を観る。パレスチナに関する展示を見たり、デモに行ったりする。
身辺が整ってきて、今後どう生きるか考える時間も持てるようになった。
会社員時代には、「作家かライターに転職したい」と強く思っていた。 でも時間ができた今は、私は純粋な作家には向いていない気がしてきた。何時間もパソコンや原稿用紙に向かうことを毎日繰り返しても、書けない時は書けない。収入も不安定だ。執筆も人生も計画が立てづらく(私が書きたいのはエンタメでなく純文学寄りの作品なので)、書いたものが誰かの人生を照らすまでには長いタイムラグがあり、場合によっては努力して書いても的外れな批判に晒され、それでも自分なりの良い作品の基準を持ち続けなければならない人生を思うと、それに飛び込むだけの覚悟が今の自分にはないことに気付く。 会社員だったら、とりあえず出社して手を動かせば、日によって出来にばらつきはあっても一応誰かの役には立ったことになり、その労働に対する報酬が月1回支払われる。会社員時代は日々のストレスで「もっと違う生き方がしたい」という気持ちが強まっていたが、私は決して会社員生活自体が嫌いではなかったのだと思う。業務内容や環境に納得できれば、会社員をやっている時間にも楽しみを見出せる気がする。 退社前の私は、文芸を生業にすることの大変さを真剣に想像できていなかった。そして、自分が優位に立っていることを事あるごとにアピールせずにはいられない父がいたことで、分かりやすく成功したいというエゴに囚われてもいた。「作家やライターになることで、自分は本当に幸せになれるのか?」と冷静に考えることができていなかった。 もちろん書くことは続けたいが、権威のある文学賞からデビューして、年間1冊は作品を出して……というような生活を私が目指す必要はないと感じている。自分のペースで、肩の力を抜いて、地道に書いていきたい。
手つかずになっていたタスクが少しずつ片付いてゆき、徐々に心がクリアになっている感覚がある。 来年の秋に学芸員課程を終えた私は、どんな未来を思い描いているのか。 残された時間は、まだ9ヶ月ある。慌てて答えを出そうとせず、散らかった身辺の整理と今後に向けたインプットを粛々と進めながら、冷静に心の声に耳を澄ませたい。
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【2023-11-23】 勤労感謝の日
晴れ。午前七時三十五分起床。祝日。アラームで目覚める。顔を洗い、歯を磨きアパートを出る。セカンドストリートで1500円で購入した、グリーンのミリタリージャケットに胸にピースマークの缶バッジ、ボーダーのハイネックのニット、デニムパンツ、スニーカーという格好。今日は、祝日のため、平日通っている、精神病院のデイケアが休みだ。今日は、特に予定を入れていないが、暇なので、とりあえず地下鉄で、天神へ向かう。電車内、スマホをみたり、読書。数日前、ジュンク堂書店の古本まつりで250円で購入した、大島亮吉著「山ー随想ー」の続きを読む。大島亮吉は、学生時代から登山サークルに入っており、人生のすべてを山にかけていた。「山ー随想ー」には、ただ、登山している時に見える風景や、その日に摂った食事のことがただただ淡々と記されているだけだ。退屈と言えば退屈な随筆だ。ソローの「森の生活」のように。しかし、小説のように、ドラマティックな出来事が何も起こらず、著者の感じたことや、出来事をただ羅列しているだけの退屈な文章が、私は好きなのだ。そういう生き方をする人に「無常の愛」を感じるのだ。しいて、私が興味を惹かれた箇所は、「アイヌ民族」についての事柄が記されている箇所だ。そのことは、また、のちのち触れることにしよう。天神へ着き、まだどこも店は開いていないので、ただ、あてもなく天神の街を、タバコをくゆらせながらぶらぶら歩く。腹が減ったので、ロッテリアへ行き、野菜バーガーセットを食べる。サイドドリンクはメロンソーダ。私は、コーラやカルピス以外にメロンソーダも好きなのだ。向かいの席には、若い二人組の男が向かい合って座っている。前日、飲みすぎたのか、途中から、テーブルに突っ伏して寝始める。私も、若い頃はよくやった。せっかくなので、記念に二人が突っ伏して寝ているところを写真におさめ、SNSに投稿する。食後、ロッテリアを出て、ブック・オフへ向かう。途中、破れたデニムパンツを発見したので、迷わずリュックザックの中に入れる。この「リュックザック」という単語の「ザック」の部分は、大島亮吉氏が、「リュックサック」ではなく、「リュックザック」と「サ」を濁らせて「ザ」と書いていたため、普段私は、「リュックサック」と記入するのだが、今度からは私も、「リュックザック」と記すことにしよう。「ナップザック」でも良いような気もしてくる。そう、私は、古臭い言葉の言い回しや、現在では、「死語」となっている「言葉」が好きなのだ。ブック・オフで、無地のグレーのセーターを試着してみる。サイズ感はバッチリだし、デザインも悪くない。しかし値段だ。プライスタグには、二千円と記されている。最近の私の服を購入する基準は、千五百円以下なのだ。ちと高い。結局、商品を元あった場所に戻し、ブック・オフをあとにする。勿論、先程のセーターが、もっと面白い柄が入っていたり、かわいい胸ポケットがついていたら、多分二千円でも購入しただろう。しかし、あくまで無地なのでもう一歩購入に至らなかったのだ。しかし、この日記を書いていると、そのシンプルな無地も悪くない気がしてくる。書いていて、だんだん欲しくなってきたので、また週末にでもブック・オフへ行き、まだ商品が残っていたら購入することにしよう。ブック・オフを出たら、突然、体にタトゥーを入れたくなったので、どこに入れるか?を想像してみる。思いついたのが、手のひらだ。手のひらへ「Pain」と入れたいのだ。私が、日々投稿しているTumblrで、手のひらに「Pain」と入れている男性の画像を発見して以来、ずっと同じ箇所に同じ「文字」を入れたいと思っていたのだ。特に、予約はしていないが、とりあえず、タトゥーショップへ向かう。タトゥーショップは、最近、私がよく彫ってもらっている「KーTATTOO」だ。KーTATTOOでは、アンカー(イカリマーク)や、聖母マリアや、イエス・キリストや、誰かわからないが、首を切られた生首の男の写真の画像を入れてもらった。最近では、首筋に十字架や、肩に星マーク、足首にアルファベットで「MOM」と彫ってもらった。そして、KーTATTOOのど真ん前には、クリニックの駐車場があるのだが、なんと、私の名字と同じ「いわさきクリニック」というクリニックの駐車場があるのだ。「主」は、私がKーTATTOOで入れ墨を入れることを望まれているのだ。私が、聖母マリアやイエス・キリストのタトゥーをKーTATTOOで入れようと思ったきっかけは、別に「いわさきクリニック」がKーTATTOOの前にあるからではない。勿論、そんなことは、知らなかった。知ったのは、最初の予約をした日、グーグルマップでKーTATTOOへ到着してから知ったのだ。ある時(2023年6月初旬頃)、タトゥーが入れたくなり、たまたまネットの検索で引っかかったのが、KーTATTOOだったのだ。アンカーは、私は、佐世保出身であり、幼少期から米軍基地の近くを、よく車で通っていた。その時、走行する車の窓から、米軍基地の近くを通ったとき、大きなアンカーの彫刻が建てられているのを見ていた記憶が脳裏に焼き付いているのだ。子供心にカッコいい形だなと思いながら、見ていた。それでアンカーを腕に彫ってもらったのだ。彫師さんに聞いた話だが、アンカーは、縁起の良い彫り物らしい。KーTATTOOへ到着して、スタッフに「Pain」の画像を見せる。運良く、今日は予約がそんなに入っていないので、当日入れることができるとのこと。ただ、本日一人、十二時から予約が入っているため、その後の、午後一時からであれば入れることが可能とのこと。ただ、手のひらは、タトゥーを入れる体の中でも、特に痛い箇所らしく、おまけに手のひらというのは、人間の体の中でも特に墨が入りにくい箇所であり、入れても時間が経つと消えてしまう可能性が高いとのことを告げられる。それでも、いいから、私は、入れたい旨を伝え、上機嫌で店をあとにする。時間まで、1時間半ほどあるので、H&Mへ行き、レディース、メンズ服、くまなくチェックする。欲しい服も何着かあったが、どれも二千円以上するため買い控えする。時間になったので、KーTATTOOへ向かう。到着したら、女性の客がうつ伏せになり、左背中に何やら彫ってもらっている。私の順番がきて、「Pain」を入れてもらう。針が、手のひらを刺した瞬間激痛が走る。私が、今まで入れたどこのタトゥーよりも痛いし、痛みの種類が違う。途中から、手がブルブル震えてきたので、彫師さんが、しっかり抑えて「彫り」を続けられる。約、三十分ほどで彫り終わる。痛かったが、とてもカッコよく入ったので、もう先程の痛みを忘れて、上機嫌で店をあとにする。ジュンク堂書店で、「古本まつり」をまだやっているのを思い出したので、足を向ける。大平健一著「貧困の精神病理」、色川武大の(タイトルは忘れたが)書籍と、あとは、これもタイトルも著者名も忘れたが二冊合わせて計四冊の書籍を購入する。四冊で千三百円ぐらい。地下鉄で帰り、途中、セブンイレブンで、カップの担々麺、タルタルフィッシュバーガー、コーラ、カルピスを購入。アパートに帰り、買った食材をリュックザックが取り出してみたら、カップの担々麺を買ったつもりが、カレー味のカップ麺を購入していたことに気づく。気分は担々麺だったのだが後の祭り。(私は、基本、日々同じ食べ物を毎日食べることを好む。変化が嫌いなのだ。)シャワーを浴びて洗濯機をまわし、イソジンでうがいし、テレビを観ながら晩飯。食後、数日前、食べ残したポテトチップスの輪ゴムを外し食べる。食後、気持ち悪くなったので、胃腸薬を服用。他に、私が日々、服薬している薬も飲む。あのちゃんのユーチューブ動画(本田翼とのラジオ動画)を視聴して就寝。何時に寝たのかは覚えていないが、最後にスマホの時刻を見たのが23時過ぎだった。
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kinemekoudon · 2 years
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【5話】 大麻を所持していたのにガサで見つからなかったときのレポ 【大麻取り締まられレポ】
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警官が4人、玄関の前に立っている。恰幅のいいオラついた警官が「大麻取締法違反の容疑で、裁判所から捜索差押えの許可が出てるから。おら、動くな」などと言って、ガサ状を見せつけてくる。
僕はガサ状を突きつけられ、(仕事はクビになるだろうし、彼女にはフラれるだろうし、薬物は使えなくなるだろうし……)などと、一瞬のうちに様々な懸念が脳裏をよぎっていた。
僕はあからさまに狼狽していたが、途中から、狼狽している様を見られるのは不利だと思って、平静を装うことにした。しかし平静を装ってみせても、家の中にある大麻やLSDが見つかるかもしれない不安で、異常なほど動悸がしていた。
(まず龍角散のど飴の袋の中にLSDがあるでしょ。それから、机の上に大麻バターがコーティングされたポップコーン…。あと、少しだけ残ってる大麻リキッドが床に転がってて、バッズはこの前吸いきったけど、おそらく床にカスが散らばってるな……)
僕は一旦落ち着いて、家の中にある“違法ドラッグの在り処”を思い出すと、所持している違法ドラッグがバレないように(なんとしても白を切ってやろう)と腹を決めた。
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そうして、ついにガサがはじまった。4人の警官が、床に置きっぱなしの本や服を片っ端から拾い上げたり、冷蔵庫の中や押入れの中のものを引っ張り出したりして、家中を隈なく探している。
最初は、スマホを押収された。スマホの中には、証拠という証拠を残していないつもりだったが、値段だけ聞いたプッシャーとのやり取りがWickrに残っているのを思い出し、少し動揺した。
ちなみに、通信機器としてはPCやタブレットも持っていたが、オラついた警官が「これは押収しないでおいてやる」などと偉そうに言っていたので無事であった。
それから、手巻き煙草用のフィルター、巻紙が押収された。僕が「押収された物は、問題なければ返してもらえますよね?」と聞くと、オラついた警官に「大麻を吸うときに使ったものが返ってくるわけないだろう」などと理不尽なことを言われた。
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巻紙はともかく、大麻を吸うときに煙草のフィルターを使ったことはないし、一般的にも煙草のフィルターが使われることは滅多にないので、心中でこれは不当な押収だと腹を立てていた。
続いて、机の上に放っていたモンキーパイプが押収される。モンキーパイプは任意同行の後に捨てたのだが、パイプくらいはいいだろうとタカをくくって再度購入していたのであった。
このパイプ自体に、大麻のカスが残っているということはなかったが、パイプの中にこびりついている焦げ付いた大麻を鑑定されたらマズいのではないかと勘ぐっていた。
そうこうしていると、女の警官が、LSDの入った龍角散の袋を外側からいじっていた。僕はなるべく龍角散を直視しないように気をつけながら、固唾をのんで見守っていた。
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すると女の警官は、外側を触って硬いものしか入っていないことだけ確認し、単純に“大麻は”入っていないと判断したのか、あっさりとそのまま元の場所に置いていた。
LSDがバレずに済み、僕がひとまず安堵していると、今度はオラついた警官が床に落ちている大麻のカスを見つめていた。大麻のカスは目視で0.2gほどあり、証拠品としては充分な量があった。
ただ、大麻のカスは煙草のシャグとともに床に散らばっていたからか、オラついた警官は「汚えなあ。ちゃんと掃除しろよ?」などと余計なおせっかいを言うだけで、大麻があることには気づいていない様子だった。
僕はヘラヘラしながら「すいません…ずぼらなもんで」とか言って後頭部を掻いていたが、心中では警官のザルすぎる捜索をニタニタとせせら笑っていた。
しかし油断して顔をニタつかせていると、オラついた警官は、床に転がっている大麻リキッドを拾って「これは何に使うの?」などと聞いてきたので、僕は再び動悸が激しくなった。
僕は大麻リキッドについて聞かれた時のために、一応セリフを用意していたので、できるだけ自然体を装って「あーそれは煙草のリキッドです。ニコチンが入ってます」などと無理を承知でウソをついてみた。
すると、オラついた警官は「今どきはそういうのもあるのか」などとあっさり納得して、そのまま床に置いていた。
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一応、“警察はガサ入れでどこまで差し押さえできるのか”について書いておきます(飛ばしていいやつ)。
警官が家宅捜索をする際には、原則としてガサ状が必要なのですが、このガサ状に“差押えるべきもの”として記載されていない物を差し押さえた場合、違法な捜索となる可能性があります。つまり今回のケースでは、大麻取締法違反の容疑に関する物しか差押えすることができなかったので、ニコチンリキッドと主張している物を差押えることは難しかったのです(そもそもTHCリキッドを知らなかったんでしょうけど)。
僕はあまりに上手く隠し通せていることに逆に不安になってきたが、オラついた警官が悔しそうに「ないなあ…」とつぶやいていたので、必死に探してこのザマであると確信し、胸をなでおろした。
すると、若い警官がオラついた警官にアピールするように、「ここの机ってまだ調べてないですよね? 調べます!」などと言って、大麻ポップコーンが置いてある机の上のものを、テキパキと確認しだした。
しかし、若い警官は動作がテキパキとしているだけで、肝心の大麻ポップコーンには目もくれていなかった。おそらく、エディブルという存在そのものを知らなかったのだと思う。
そうして、無事捜索が終わると、女の警官が「これから留置場に移送されるけど、留置場で使える現金とか、留置場で読みたい本とか、服も持っていけるからね」などと優しい口調で教えてきた���
僕は(大麻が見つからなくても、やっぱり逮捕はされるのか…)などと、いざ逮捕されることがわかると絶望感がすごかった。
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僕は落胆しながらも、女の警官の助言通りに、衣服や本を見繕って、持っていたリュックが満杯になるまで詰め込んだ。衣服は、Tシャツとパンツを5枚程度とステテコ、本は当時ハマっていた村上龍の小説と、『催眠術のかけ方』上・中・下巻の3冊を選び、リュックに詰めた。
それから、女の警官に「処方されている薬はあるか」と尋ねられた。当時は、病院から処方されている薬はなかったのだが、僕は根っからの不眠症なので「睡眠薬を処方されています」と嘘をついておいた。
というのも、当時は大麻のおかげで眠れていたので、大麻がない環境、ましてや留置場の中ではなかなか眠ることができないだろうと咄嗟に判断したからである。
そうして、一通り事務的な問答が終わると、オラついた警官は「大麻成分を含有する植物片13.8gを吉岡さんと小林さん(プッシャーの本名)と共謀の上、みだりに所持した容疑で……」などと逮捕状の音読を始めた。
オラついた警官は逮捕状の音読を終えると、「両腕を前に出せ。そう」などと居丈高に言い、「逮捕時刻午前10時13分」などと言って、僕に手錠をかけた。手錠をかけられると、逮捕されたという実感がありありと湧いてくるので、手錠の効力を思い知らされる。
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続けて、若い警官が手錠の繋ぎ目の輪の中に縄を通し、その縄を僕の腰に巻き付けると、犬を散歩させるリードのようにして、縄の先をしっかりと握った。
そうして、僕はそのリュックとともに警官に連行され、アパートの前に横付けされたパトカーに乗り込むのであった。
つづく
この物語はフィクションです。また、あらゆる薬物犯罪の防止・軽減を目的としています( ΦωΦ )
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kawasfudosan · 2 years
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新たに仲間に加わった自社物件「セジュール高松」 3点ユニットですがリフォームで小綺麗に🛀 きれいな一人暮らしのお部屋を探されている方はぜひ!! 静岡市駿河区高松2-15-13 家賃3.4万円 共益費1千円 退去クリーニング費3.3万円(退去時支払も可) 仲介手数料貸主負担です🙆‍♀ #セジュール高松 #アパート購入 #アパート #アパート探し #きれいな部屋 #リフォーム #リノベーション #リフォーム物件 #不動産 #不動産買取 #アパート買取 #不動産売買 #静岡市 #新富不動産スタジオ (株式会社新富不動産スタジオ) https://www.instagram.com/p/ChoG0_erbW4/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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lingua-latina · 6 months
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情報を武器にする
author くまぎ | kumagi
正しいクラウドはある意味で遅い - Software Transactional Memo
何の気なしにClubhouseを聴いていたら興味深い話をしていた。 とある人がアパート経営をしたくて物件を探していて、条件の割に妙に安い物件があったので話を聞きに行ってみたところ、近所に養豚場があって風下で常に臭いがくるので住み手が見つかりにくくて家賃が安く物件価値が低くなっていた。しかし多少の知識があった彼はその養豚場のキャパシティに対して豚がやけに少ない事に気づき、そのアパートを購入した。結果として養豚場は廃業し異臭は消えアパートの資産価値は大幅に向上した。 曰く畜産は経済活動であるが為にまともにキャパシティいっぱいに育てていないとおかしいのに、それを埋めていないという事は廃業の意図があるとしか考えられない、との事であった。 これ自体は不動産業界は情報格差を金に変えているんだなということをしみじみ感じさせる良いエピソードであったが、一般に経済活動とは利益の最大化を常に目指していなければ何かが変なのである。
一般に経済活動とは利益の最大化を常に目指していなければ何かが変なのである。
(改行位置や空白行を一部改変)
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patsatshit · 7 months
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現代に蔓延する上っ面の多様性の背後には、互いに認め合い、尊重するためにはそれぞれがそれぞれに誰かの役に立たなければならないという暗黙の目配せがそこかしこに溢れている。取ってつけたような「弱者救済」というポーズの背後に、どれだけの排他精神が蠢いていることか。高齢者、子ども、障がい者、生活困窮者、クィアをある種の符号に落とし込んでマーケティングに利用するのは、いつだって政治的悪辣の最たるものである。本来は音楽という鐘楼に集いし落伍者たちの解放区として機能していたクラブやライブハウスに於いてさえ、いつしか高い倫理観が求められるようになり、暗黙のドレスコードにより、世にも奇妙な選民思想が根付き始めている。互いに認め合い、互いを支え合うことを前提とした空間に、自分のような人間の居場所がなくなりつつあると感じることが少なくない。音楽が爆音で鳴り響く暗闇のなかには聖職者もいれば犯罪者もいる、心優しき英雄もいれば屑のような悪党もいる、互いの胸のうちに共通するものは何もなく、もちろん自発的な歩み寄りもない。鳴り響く猥雑な音楽だけが両者を辛うじて暗闇の内側にとどめ、足もとの溝を埋めていく。いまの時代、そういう多元的な現場や空間はもはや存在しないのかもしれない。
(『僕のヒーローアカデミア』233話より)
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前置きが長くなってしまったが、タラウマラには日々、様々な事情を抱えた「世の人」たちが入れ替わり立ち替わり訪れる。それは決して居心地の良いものではないし、少なくとも当店にとって、彼らは何の役にも立たない。どちらかと言えばこちらのストレスになるだけだ。それでも彼らはやって来る。そういう人たちをこの社会から見えにくくしているのが無自覚なダイバーシティが夢想するユートピアであり、権力者たちが吹聴する「美しい国」の実態なのだと思う。
(世の人①:東淀川を代表するファッショニスタ)
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まず最初に紹介したい人物が、自他とも認める東淀川のNo.1ファッショニスタ、清水氏だ。氏の特徴を挙げるとすれば、とにかくオシャレ、ひたすらオシャレ、無慈悲にオシャレ。この人がひとたび領域を展開したら、その術式から逃れる術はなく、世の中で最も役に立たないゴミのような服飾情報を一方的に脳内に流し込まれ、結果、見事に誰もが骨抜きにされる。かつて偶然にもその場に居合わせたWD sounds のオーナーLIL MERCY氏さえも凍りつかせた脅威の人物だ。自身の首元を指して「これは希少なFENDIのネクタイだ」と豪語するので、恐る恐るネクタイ裏のタグを確認すると、なんとブランドロゴではなく素材を示すflannelの文字。どつくぞ。そんな清水氏の母親が昨年亡くなったのだが、ある日、沈鬱な表情でタラウマラを訪れた氏が朴訥と胸中を吐露し始めた(聞いてもいないのに)。ずっと母の介護に身を捧げてきた自分としては、親の死を簡単に受け入れることができず、いまは食事も喉を通らない。母が使っていたベッドの上で呆然と天を仰いで、そのまま朝を迎えることも珍しくない、日に日に自身の身体が痩せ細ってきたことを自覚しており、周囲の者からも心配されている、というような内容をエモーショナルに語る。さすがに気の毒だと思い、親身になって耳を傾けていたのだが、次の瞬間、この男の口から耳を疑うようなセリフが飛び出した。「俺はもともとスタイルが良いのに、これ以上痩せたらモデルと間違えられるんちゃうやろか。ほんでこのベルトもかっこええやろ?」。恐ろしいことに、またしても僕は氏の領域に引きずり込まれていたのだ。その後もお決まりのファッション自慢を嫌というほど聞かされ、全身から血の気が引いていくのを感じた。最愛の母親の死さえも、己のファッショントークの「振り」に使う正真正銘のク◯である。しかも亡くなって間もない、死にたての状況で。
(世の人②:東淀川のジャコメッティ)
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次に紹介したいのは、東淀川のジャコメッティ。ある日の営業日、下駄履きのおっさんがタラウマラに訪れ、店内の書棚を一瞥して咆哮した。「ここの本ぜんぶキミらが読んでるんか?やとしたら相当わかってるな!」。僕たちは当店取り扱い書籍はすべて自分たちで読んで、仕入れ、仕入れて、読んでいることを伝えた。するとおっさんの眼は鋭く輝き「キミらは大阪の文化を1ミリ底上げしとるな。大阪で1ミリってことは世界で1ミリってことや!気に入った!儂の家にある本を全部キミらにあげよう、今夜でも我が家に取りに来なさい」と快活に言い放った。その後もジャコメッティやカフカ、折口信夫について興味深い話を聞かせてくれた。おっさんの名は矢嶋博士、淀川とともに生きる彫刻家であり歌人であった。博士から自宅住所と電話番号を書いたメモを受け取り、タラウマラ閉店後にお伺いすることを約束した。博士は帰り際に「もし良かったら、儂の家にある本ぜんぶとキミらのジャコメッティを交換しよう」と言った。僕は何となく話題を逸らして、夜を待った。タラウマラ閉店後に近所のキンキーガールりんちゃんを誘って矢嶋宅へと向かった。ゲトーなアパートのゲトーな階段を上がりゲトーな玄関を開けると、果たしてそこは博士のアトリエ兼寝床であった。三畳一間に所狭しと並べられた謎の彫刻と珍奇植物、藁と見紛う敷布団とヘドロ化したホルモン、呑みさしの酒瓶、そしてあっち系のアダルトコンテンツが視界を過ったことは記憶に留めておこうと思った。博士は「何を突っ立っとんねん、腰おろして寛ぎなさい」と着座することを薦めてくれたので、僕は「どこに?」という言葉をかろうじて飲み込んで、藁のような敷布団に腰を下ろした。ぴったり寄り添うようにりんちゃんの背中がある。博士は1,000冊つくって50冊しか売れていないという自著『淀川。よ』(幻冬舎)を僕たちに1冊ずつプレゼントしてくれた。「芸術家なんて世間様に認められたら負けや。儂はいまの生活で十分幸せやから、死ぬまで作品を作っていくだけや。売れたいなんて思ったことない」という博士の言葉に負け惜しみや諦念は微塵も感じられず、寧ろ清々しい。りんちゃんの興奮が伝わってきた。僕たちは小一時間ほど色んな話をして、席を立った。「階段の上に本を置いてるから全部持っていきや!頑張れよ、若者たち」と言って博士は扉を閉めた。ゲトーなアパートのゲトーな階段の上に大量の書籍が置かれていたが、なんとその8割程度が司馬遼太郎の著作だった。ジャコメッティを交換条件として差し出さなかった自分を心から讃えた。僕たちは自転車のカゴに大量の司馬を積み込んで帰路に着き、その足ですべて「本の森」に寄贈した。
(世の人③:ラッパーの母)
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最後はタラウマラの元スタッフであるマリヲ君の実母を紹介する。この方は初来店時に食パンの差入れを持ってきてくれて、淡路商店街で食パンと言えば、当時の人気店「熟成純生 食パン専門店|本多」(2022年9月に閉店)のものに違いないと早合点し「そんな高級なやつ頂いて良いんですか?」と言うと「え?そこのイズミヤで買ったやつよ、え?こっちの方が良かった?」とテヘペロ。なんと僕には廉価食パンを差し出し、ご自身用に高級品を隠し持っていたのだ。2度目の来店時は前回購入してくれたAFTERのTシャツ(画像参照)のコーディネートを見せに来てくれたのだが、タイミング悪くパンク修理の最中だった僕は、店内で少しお待ち頂きたい旨を伝えて作業に注力した。ところがパンク修理を終えて顔を上げると、マリヲ母は嘘のように店内から姿を消していた。それから何度かタラウマラにやって来ては、僕の目を気にしてか、まるでプッシャーマンのような所作で袖の下からマリヲくんに小遣いを渡していたり、連日おばあちゃんの就寝時の写真を送ってきて、マリヲくんが「ばあちゃん元気そうで良かった」と返信すると「おばあちゃんじゃなくて、おばあちゃんが着てるパジャマを見て欲しかった」と返す刀がぴこぴこハンマー。よく見るとパジャマの花柄はすべて微妙に違っていた。そうかと思えば「おばあちゃん、明日あたり死にそうです」と唐突に不安を煽るメッセージを送りつけてきたりもする(因みにおばあちゃんはいまも元気にご存命)。或いは道頓堀川で殺人事件が起きた際には被害者の男性が我が子でないかと執拗に心配していた。報道で被害者はベトナム人男性だと報じられているにも関わらず、だ。
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そして、日々の寂寥感を紛らわせるようにSiriというバーチャルアシスタントと夜毎ピロートークを繰り広げていたある時期のマリヲくんが、酔った勢いでSiriに「好きだ!」と告白した瞬間、マリヲ母から「私も!」とLINEメッセージが届いたとき(別の文脈でのやり取りをしていたらしいが、偶然タイミングが重なったようだ)には膝から崩れ落ちた。やはり異能の子は異能、この親にしてこの子あり、ということだろう。
(マリヲ母については息子の著書に詳しい)
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manaplog · 1 year
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Thursday May , 11
こんがらがる程つぎからつぎへ色々あった日😇
でも昔から、わたし こういう時の方が頭がクリアになって冷静に的確に動けてると自称してる。
出社。きのう振り分けられた個人面談の学生15人と、一人ずつスケジュール調整するため、口頭で相談する前に先行してメッセージを送信。テキストだけだとみんな読み流しがちだから、画像をつくって母国語もつけた。寄り添ってるぅ。
そのメッセージ作成中、留学生保険の共済金振り込み完了のFAXを受信。
少しでも早く学生には返金対応してあげたいので、ぜんぶ中断して割り振り作業。
そうこうしていたら、10:30。
新入生のSIMカード購入に伴い、スマートピットの操作方法をおしえるためファミマへ同行。
終えたら別の新入生に、履歴書の記入方法レクチャー。那覇市って漢字はとってもむずかしいよね。
面接の練習を終えてわたしの名前を言いにくそうにしているから、はやく覚えてよ、と笑っていたら「先生の名前はながいです」と謎クレーム。
新入生をアパートへ返して、面談担当の学生たちが間も無く授業が終わるので資料が完成してなくて焦る焦る。
昨夜うまく茹でれた鶏胸肉を3切れ食べて、昼食終了。
13:00。
一人目の個人面談。こんな感じで良かったのかな、、と思いながらも今まで以上に学生のパーソナルなこと聞けて自分も嬉しかった。
進路、むずかしいよね。なやむよね。
VISAを更新する学生の資料をつくろうとしていたら、警察から拾得物の電話。学生が財布を落としていたそう。
15:10 警察署へ向けて出発。先月末に、愛車を東京へ送ったものだからしばらくは運転しないと思っていたけど余裕で毎日社用車のってる、、
付き添ったのは、おとぼけな可愛い学生。わたしからの電話で財布を落としたことに気づいたらしい。
16:20戻り。そろそろ締めの作業をしなきゃ。
今日やりたかった新入生たちの留学生保険と入管の登録作業を始めた途端、人間関係ピリついてる問題から「様子をみてきてほしい」とご用命。
すこし話をきいて、事務所へ。
17:00。掃除の時間。早あ。
お掃除おえて入管登録。コピー用紙発注。
やばい。今日の支出、入金、金庫計算が終わってなかった!!!
18:00 へろへろで退社。
久しぶりに好きな先生たち三人と帰れたの、嬉しかった。
梅雨入り前とは思えない爽やかな気候。ずっとこれがいいな。
明日もがんばれ〜。
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kennak · 4 months
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これに関連して、オースティンでは雷雨でうちの1台が壊れてしまいました。 私たちはメンテナンスと迅速な修理を行うために地元の場所と契約を結んでいます。 修理に2.5万、交換に4.8万と見積もられました。 私たちは買い物をし、3日後に2Kのアパートで別の会社から真新しいユニットを購入して設置してもらいました。 私がこれを頻繁に共有するのは、引用文がどれほど異なっているかに今でもショックを受けているからです。 私たちが既存の関係を持っていた「評判の良い」会社からの電話でした。実際に電話をかけるだけで済むのに、多くの人がこのような状況で利用されていると感じています。 また、人気が高まるにつれて(おそらく)修理や部品も安くなり、より入手しやすくなるのではないかと思います。 (彼らとの私たちの全体的な経験は非常に前向きでした)。
ヒートポンプ、知りたかった以上のこと (2023) | ハッカーニュース
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