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#穂別流送まつり
toxgo · 2 years
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わたしは光をにぎっている
「八月は夢花火 私の心は夏模様」
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お送りした曲は宇多田ヒカルによる井上陽水の"少年時代"。毎日着るインナーがフルーツのタンクトップからインデラのサーマルに変わるまでは、僕の心は夏模様。
どんだけの猛暑でも僕は夏が好きです。汗でびしょびしょになろうがならまいが夏が好き。でもフェスや野外のアクティビティにはあまり興味がない。路面の居酒屋で外の席があれば是非ともそこがいい。それが座れようが立ちでも。なんて事ない居酒屋でも外で呑む瓶ビールは格別。サマレンの主人公である網代慎平の癖である"俯瞰"を引用するならば、生ジョッキより小さいグラスでクイっと呑み干す瓶ビールの良さを知った自分は間違いなく歳を重ねたんだと思う。生ビールより瓶ビール派。流川より仙道派。聖子ちゃんより明菜派。
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“松本穂香”が気になる。
「拾われた男」の第二話で主人公の松尾諭がバイトしている渋谷TSUTAYAに、新人バイトとしてやって来た田畑さんを演じたのが松本穂香だった。このエピソードのみのスポット出演だったにも関わらず、これが僕の中で決定打になった。
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区画整理などの都市開発で街が変わり続けている東京。そこにあって当たり前だったものが日々変わり続けている街並み。コロナの影響ももちろん大きい。そんな変わりゆく街を舞台にし、“終わり方の大切さ”を描いた映画「わたしは光をにぎっている」 
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主人公の澪を演じたのは松本穂香。澪は幼い時に両親を亡くしてからは、大人になるまでずっと祖母と長野の田舎で暮らしていました。しかし、祖母の入院や経営していた旅館の老朽化もあり、祖母の元を離れ、亡き父の友人である三沢京介が経営している東京の立石にある銭湯“伸光湯”に居候としてやって来ます。
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しかし、新しい環境での生活になかなか馴染めない澪。ある日、祖母から「目の前の出来る事から、コツコツやりなさい」と心を少し軽くしてくれる言葉をもらってから、少しずつ伸光湯の手伝いを始めます。
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伸光湯で働くうちにどんどん銭湯の事が好きになっていく澪。いつしかそこが澪にとって自分の居場所となり、そして一途の光を掴みかけていました。
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澪は祖母が入院する日に一冊の本を譲り受けます。その本は詩人・山村暮鳥の詩集でした。そして、祖母がその詩集の中でお気に入りだと教えてくれたのが「自分は光をにぎつてゐる」 山村暮鳥は大正時代の詩人。この「自分は光をにぎつてゐる」は書いた時は、その時代では不治の病だった肺結核に侵されていたそうです。自分の死が迫ってくる中で、暮鳥が生み出したのは「光」をテーマにした、絶望ではなく希望の詩。この詩が映画のタイトルの由来となっており、まさしく物語の核です。
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この作品を見るにあたってお伝えしたい事は、主人公の澪はあまり話さない内向的な女の子。でも、その役柄が松本穂香とすごくマッチしていたことは間違いないです。"コミュ症"と言ってしまえばそれまでかも。でも、それとはちょっと違う。物語の中で、「しゃべらないことで自分を守ってる」と核心をつく一言を言われます。このシーンは決して他人事の気がせず、自分自身に投げかけられているようでハッとさせられました。
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銭湯という居場所を見つけたのも束の間。伸光湯は区画整理の対象となっていて、取り壊しが決定していました。初めは澪に素っ気ない態度だった京介でしたが、銭湯と出会い変わっていく澪を見ている内に、段々と言い出せなくなっていました。そして、畳み掛ける様に、澪の祖母の訃報。澪にとってはダブルで自分の居場所を無くしてしまいますが、その時の澪はもう以前の彼女ではありませんでした。
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「しゃんとする。どう終わるかって、たぶん大事だから」
これが映画のキャッチコピー。自分の居場所。知り合った人達との思い出が詰まった街にお別れを告げて、迎えるラストは終わりがあるからこそ始まりがある。と思わせてくれたエンディング。多くを語らず進んでいく様はまさに「詩」そのもの。楽しい時も挫けそうな時も、誰しもが小さくて何かしらの"光"を握り続けている。
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あんな烈しい暴風の中で
掴んだひかりだ
はなすものか
どんなことがあっても
おゝ石になれ、拳
この生きのくるしみ
くるしければくるしいほど
自分は光をにぎっている
出典:『山村暮鳥の世界』筑波書林
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NARI
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kennak · 9 months
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松野博一官房長官が8月30日の記者会見で、関東大震災の直後に起きた朝鮮人虐殺について「政府として調査した限り、政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」と発言した。だが、これは誤りだ。内閣府が事務局を務める中央防災会議に設置された「災害教訓の継承に関する専門調査会」が、2009年に取りまとめた関東大震災に関する報告書の中に、朝鮮人虐殺に関する記載が存在する。Advertisement また防衛省は、関東大震災直後に当時の内務省警保局長が全国に送付した電信文を保管していることを、6月の参議院法務委員会で認める答弁をしている。この電信文は、朝鮮人による放火などの流言を事実とみなし、取り締まりを指示する内容だった。松野氏の発言について、ハフポスト日本版はファクトチェックした。記者会見での発言は?まず、松野氏の発言を振り返る。8月30日の記者会見で、9月1日に100年を迎えた関東大震災の記録に関して、共同通信の記者が質問した。「当時被災地ではデマが広がり、多くの朝鮮人が軍、警察、自警団によって虐殺されたと伝えられています。政府として朝鮮人虐殺をどう受け止め、何を反省点としているのか、併せて現在の日本社会における在日コリアンを含むマイノリティに対するヘイトスピーチやヘイトクライムをどう捉えているのかお尋ねします」と問うた。これに対して、松野氏は「政府として調査した限り、政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらないところであります」と述べ、受け止めや反省点について回答しなかった。Advertisement 後半のヘイトスピーチやヘイトクライムに関する質問に対し、松野氏は「特定の民族や国籍の人々を排斥する趣旨の不当な差別的言動、ましてそのような動機で行われる暴力や犯罪はいかなる社会においても許されないと考えています」との見解を示した。続く質問で、この記者は「朝鮮人虐殺の事実そのものを否定する言説が出回っている」ことを踏まえ、政府が事実関係の調査や実態を明らかにする考えはあるかと尋ねた。松野氏は「先ほども申し上げましたとおり、政府として調査した限り、政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらないところであります」と、同じ見解を繰り返した。「殺傷事件の中心は朝鮮人への迫害」専門調査会の報告書会見での記者の質問の趣旨は、「政府として朝鮮人虐殺をどう受け止め、何を反省点としているのか」ということだ。これを踏まえると、松野氏の発言は「朝鮮人虐殺の事実関係を把握できる記録が政府内に見当たらない」という意味になるが、それは誤りだ。少なくとも、内閣府が事務局を務める中央防災会議に設置された「災害教訓の継承に関する専門調査会」は、2009年3月に取りまとめた関東大震災に関する報告書(1923 関東大震災 第2編)の中で、震災直後の殺傷事件で中心をなしたのは朝鮮人への迫害であり、流言がそのきっかけになった、と明記している。Advertisement <関東大震災時には横浜などで略奪事件が生じたほか、朝鮮人が武装蜂起し、あるいは放火するといった流言を背景に、住民の自警団や軍隊、警察の一部による殺傷事件が生じた。(中略)(9月)3日までは軍隊や警察も流言に巻き込まれ、また増幅した>(概要・第4章)<既に見てきたように、関東大震災時には、官憲、被災者や周辺住民による殺傷行為が多数発生した。武器を持った多数者が非武装の少数者に暴行を加えたあげくに殺害するという虐殺という表現が妥当する例が多かった。殺傷の対象となったのは、朝鮮人が最も多かったが、中国人、内地人も少なからず被害にあった。加害者の形態は官憲によるものから官憲が保護している被害者を官憲の抵抗を排除して民間人が殺害したものまで多様である>(第4章2節)<自然災害がこれほどの規模で人為的な殺傷行為を誘発した例は日本の災害史上、他に確認できず、大規模災害時に発生した最悪の事態として、今後の防災活動においても念頭に置く必要がある>(同)報告書の206ページには、「官庁記録による殺傷事件被害死者数」の表も掲載されている。当時の司法省の報告書に掲載された起訴事件の被害者数は、朝鮮人233人、日本人58人、中国人は3人。「警察・民間人共同」の加害者による朝鮮人の犠牲者数は約215人と記されている。(このうち約200人は中国人だったとの説もあるとの注釈もある)「官庁記録による殺傷事件被害死者数」災害教訓の継承に関する専門調査会報告書よりAdvertisement さらに報告書は、警視庁編『大正大震火災誌』を出典とし、当時確認された流言の事例を列挙している。同誌「第5章 治安保持」には、流言の拡散を背景に「(民衆が)朝鮮人に対して猛烈な迫害を加え、勢いが過激になり、ついに殺傷した」ことが記録されている。「朝鮮人が井戸に毒薬を投入した」、「朝鮮人が放火や略奪をし、婦女に暴行した」など、警察が覚知した流言も記載されている。内閣府の防災情報のホームページによると、「災害教訓の継承に関する専門調査会」は、過去の大災害について、被災状況や政府の対応などの情報を収集し、被災経験の継承や防災意識の向上などを目的に2003年、内閣府を事務局とする中央防災会議で設置が決まった。中央防災会議は、内閣総理大臣をはじめとする全閣僚や公共機関の代表、学識経験者で構成する。内務省の電信文、防衛省が保管関東大震災直後の朝鮮人虐殺に関する公文書の存在を、防衛省も認めている。2023年6月の参議院法務委員会では、社民党の福島瑞穂議員が、関東大震災の後に当時の内務省警保局長から全国の地方長官宛てに送付された電信文(1923年9月3日付)を示した上で、防衛省が保管しているか否かを問うた。電信文は、朝鮮人による放火や爆弾所持といった流言を内務省が事実とみなし、取り締まりを全国に求める内容だった。防衛省の安藤敦史・防衛政策局次長は福島議員の質問に対し、この文書を同省の防衛研究所戦史研究センターで保管していることを認めた。Advertisement 一方で、この電信文が流言の拡散や民衆による朝鮮人虐殺につながったのではとの福島議員の指摘に対し、警察庁の楠芳伸・官房長は「警察庁におきまして調査した限りでは、ご指摘のような事実関係を確認することのできる記録が見当たらない状況」だとして、回答を拒んだ。このように、少なくとも一般に公開されている内閣府の調査会の報告書にも、大震災後の殺傷事件では「虐殺という表現が妥当する例」が多く、朝鮮人の犠牲者が最も多かったことが記されている。さらに、関東大震災後の朝鮮人虐殺に関する公文書は存在し、政府も保管していることを認めている。よって、「政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」とする松野氏の記者会見での発言は誤りだ。
朝鮮人虐殺「事実関係を把握できる記録ない」と松野官房長官が発言→誤り。防衛省も「文書保管」を認める国会答弁 | ハフポスト NEWS
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tokyomariegold · 1 year
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2023/3/11〜
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3月11日 夜中に地震があった気がする。 そこから目覚めて、昨日飲んだ花粉症の薬の取り扱い説明書を眺めていたら、1日2錠を、1回2錠と間違えて、1日4錠飲んでいたことが判明。
用事のキャンセルを埋める感じで美容室へ行った。4ヶ月に一度、一応行っておくか、的なイベントになっている。朝の知らない町の閉じてる商店街を歩いて、やたらオレンジが並ぶディスカウントストアや肉の塊のショーケースを見つけた。
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美容師さんがお店の雰囲気に反したコミカルなお兄さんだった。全てのエピソードに一言余計な感じで、それを拾って笑ってあげなくてはいけなさを全く掬えなかった。 おしゃれが分からなくなったときに道ゆく人の服をずーっと観察しつつ自論を手に入れた、と言っていて、アクロスとか今和次郎的着眼点で良いのでは?と聞いていたら、結論が「太っているとおしゃれじゃない」だった。個人的にとっても聞きたくない話だったので、調査スポットをラゾーナ川崎にしたのが間違えだったのでは?ということにしておく。 いろいろ不安だった。
その後、カメラの修理工房で露出計の調子を見てもらった。 「これ逆じゃない?」と店主のおじさんがボタン電池のプラスとマイナスを逆に入れ直したらすぐに復活!にこやかな感じで談笑して工房を後にした。
銀座に移動して新しい香水をみて、仲條さんの展示とシャネルのマベルポブレット展を鑑賞。 香水はMM6の定番を買ってみた。 タグや紙袋のロゴデザインの数字は、MM6の商品カテゴリーを意味しているとのことで、フレグランスは3。3に◯がついた紙袋に入れてもらう。
gggで開催されていると思ったらどうやら違う展示が開催されていたので、そのままシャネルへ。 上野も銀座も人が多くて平和な春っぽくて、何かとても不安になった。
マベルポブレット、知らなかったけれど若手の女性作家さんで、多分みんな好きなインスタレーションをつくられている方だった。海に行きたくなる!
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電車で自撮りについて書かれた本を読む。 増田さん(インスタの写真論や、パンのパンで読んだことがあるはず…)の文が読みやすく、いくつかダウンロードしていた論文も読んでおきたい。
土手の菜の花がちらつき始めて、昨年の10日間の在宅期間の悪夢を思い出す。
3月12日 マロンシャンテリーをした日! マロンシャンテリーは思った通りにプードルみたいで可愛かった。 友人の花柄のお洋服が素敵だったので、わたしも気になっていた花柄の春服ワンピースを買おうと思った。 伊東屋で退職される上司に送るメッセージカードを選んだり、お茶をしたり、東京駅まで歩いたりしながら、結婚記念日に実家から送られてきた冷凍のコース料理を解凍したり、雪で箱根一人旅ができなくなってしまったり、オオゼキのお肉売り場は安売りのときレッドチェッペリンが流れること等を話した。
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私は彼女に触発されて日記を書き始めていて、前回会った時に彼女はあまり日記をかけていないようだったけれど、先日送ってくれた手紙に“今年は書くことを大切にしたい”と書かれていて嬉しくなったところだったので、日記の様子を訊ねてみた。何かしらは書いてます、とのこと。 6人がけテーブルに2人で通してもらって、読売会館と遠くにたなびく日の丸を眺めながらお茶をした良い休日。東京駅まで歩いて友人と別れて、丸ビルと新丸ビルの間の歩道で路上シンガーが中山美穂の“世界中の誰よりもきっと”を歌っていて、この曲が人生のテーマソングと言っていた高校時代の同級生(名前は美穂ちゃん)をふと思い出したりした。 明日は雨が降りそう。曇天なのも春って感じ。 いつも頭が痛くて、いつもお部屋のフローリングがざらついている。
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saintdesire · 10 days
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ってもしょうがないようなことだけど、なんか。おはこんにちは、トシ美穂です。今日は所属している。今日は2023年1月25日水曜日です。
いや、これ、めっちゃ寒い日に取っております。東京、今何度なのかな。お上っても0度とか1度とか、そんな世界で、そうでしょっていう寒さの日にね、取っております。
なんか前回、編集ソフトを音声編集に変えたって言ってたけど、早速ね、もうくじけて戻しました。なんか前回、音質ちょっとあれだったからね、もう諦めました。それはそれとして、なんかね、昨日、昨日か、
私、離婚を言い渡される夢を見たんですよね。なんか、それもさ、なんか変な感じでさ、寝る前からさ、夜寝る前に、こう、なんていうの、寝室に布団敷くからさ、うち、ペットじゃなくて、布団なんですよね。
こう、ちょっとレイヤーを変えたりして、家具をちょっと運んだりしてから、布団敷くんだけど、なんかその、家具の配置を変えた辺りから、なんかこう、変なさ、うちにしないはずのさ、謎のお香の香りがし始めてさ、
なんか変な変な顔するねって言って、そしたら夫も、うん、確かにって言ったんだけど、そんな中でさ、そんな中って、別にそんなに寝てまで匂ってたわけじゃないけど、寝たら夢で、なんか夫が、なんか他の女性を連れてきてさ、なんか、こういうわけなので、離婚してくださいって言って、えー。ってなっちゃってさ、 なんかそれが、すごい長いし、変なリアリティのある夢でさ、変なんだけどね、なんか、夢だから、その、あ、女性、連れてこられた女性と、なんか夫が一緒に、もうここに住んでたりとか、絶対明らかにおかしいんだけど、色々おかしいんだけど、なんか心理だけがさ、なんか本当のものっぽい、私の、
なんか、離婚するって言われて、なんか後で急に逆上してさ、すごい夫にわあわあ言ってみたりとか、まあまあ、なんかそういうさ、心がすごい変な感じになって、目覚めて、はあ、夢だったって思ったんですけど、 なんかそれで、ああ夢だだ、寝直そうと思って、こう、気持ちを切り替えてさ、目を閉じたはずなのにさ、目を閉じて寝たら、もうその夢の続きになってんですよ。
そして私は子供を連れて秋田へ帰ったって。ところが、会社始まっててね、なんでよ。みたいな夢から出れなくてさ、すごい同級生に会ってさ、自分が離婚したって、なんか言うのが辛かったりとかさ、なんかその妙なさ、辛さ、手触りみたいのが、
なんかこんなに離婚って辛いんだって、しみじみ思いましたね。なんか、友人で離婚経験者とかもいますけど、その、私がもう結婚をする前に、はるか昔にさ、独身時代の友達が、私が独身のうちに結して離婚したみたいな子もいたんだけどさ、 それはね、彼女が望んできたことだから、 離婚できてよかったねみたいな感じで言ってたけど、言われた方は辛いし、一回離婚する方も結構辛いんだろうなと思って。なんか今更ね、時が過ぎたけど、今更そんなこと思いましたね。そういう経験をされた方、本当お疲れ様です。
じゃあなんだろう。今日の今のテーマはですね、今の雑談となんも関係ないんですけど、バレンタインを炊き上げるです。バレンタイン炊き上げですよ。お焚き上げ。いわゆるおたき上げってやつですね。
何もメッセージ募集してないんで、これは私の書き上げってことです。うん。なんか、子供時代の話、前回ちょっとしたじゃないですか。その、kyだったみたいな。なんかそれからのちょっと連想っていうか。バレンタインってやっぱ、
うん、なんか子供の私には難しすぎたんですよね。その、小学生時代のバレンタインって。もうなんか変な思い出しかなくてなか。それをね、ここで喋ってすっきりしたい。なんかいつも私が喋ってすっきりしたいみたいな話多くて、本当すいません。聞いてくださってる方、ありがとうございます。じゃあ、そんな感じで第18回になります。始めましょう。聖なる欲望ラジオ。
そもそもですね、私たちの世代って、今、私40ですけど、友チョコ世代じゃないんですよね。今もうバレンタインなんてみんなともチョコなんでしょ。知らないけど。
どうなんでしょうね。私の認識では、ともチョコ以外のチョコはほびたっていうことになってるんですけど、逆になんかこう、とチョコ行事として、
うん、なんか別の差が発生してそうだなっていうのが感想なんですけど、どうなんでしょうね。子供がね、もうちょっと大きくなったら、なんか見えてくるものがあると思うんですけどね。まだ幼稚園児だから、そういうことは特に発生してなくって、身近なものとして、こう、なんかバレンタインを目視する機会が全然ないからさ、どういう風になってるかわかんないんですけど、 私たちの時代はあれだったんですよね。バレンタインと言えば、本当にさ、女の子が男の子にチョコを送る日。でもさ、それ、そもそもどうやって気づきました。バレンタインという存在に気が付くっていうのを。
私、すごいさ。それがまずさ、なんか思春期の宣伝みたいのがあったわけ。小学校3年の冬なんですけど、3学期になって、すごいその時、うちのクラスでタケオが流行ってたんですよね。
それがこう、ただの助けおじゃなくて、全校助け鬼っていうやつで、全校生徒参加するわけじゃなくて、校舎の全てを使った助けお。
なんかその体育館で始めて、体育館に助けようったらさ、捕まった人がこう、手を繋いでさ、なんかさ、になってそこにいるじゃん。それは、その、メイン会場としては体育館なんだけど、もう校舎、校校舎中どこを走り回ってもいいみたいなやつなんですよ。
ちょっとね、今、皆さんね、良識ある大人の皆さんは、これ聞いて、あって思ったと思うんですけど、やっぱこの後ね、事故が発生して中止になるんですけど、先生から禁止令が出ちゃうんだけど、まだ禁止令出てなくって、 もうそれにみんなで夢中になってたんですよね。3学期の間ずっと、もう朝教室に行かないんですよ。もう選手おったまま体育館に直行して、体育館にランドセル置いて、やるやるつって入って入れて、つって入って、もうばーって遊んでから 持っていくみたいな。もう朝一で朝来たら助けよ、2時間目の休み時間のちょっと長いとも助けに、昼休みも助けよみたいなのを。クラスのも参加してない人ほとんどなかったですね、
なか、男女合わせて10人ぐらいかな、そんぐらい。残りの子たちはもう全員やってるし、私もやってるみたいな。足遅いけどね。なんかそれはすごい面白かった。非常にエキサイティングだったんです。小学校の数少ない楽しい思い出ですね。
そうやって夢中になってさ、もう目が、目がさ、ぐるぐるになってさ、もう毎朝体育館に行ってたんだけど、あがさ、体育館に行ったらさ、
すごいが、人がいなくなってんの。あれって、いつも体育館に来たらさ、その捕まってる人とかさ、鬼とかさ、その助けられる人たちを守って、鬼とかいるはずのとこに誰もいなくて、で、ワイちゃんっていう、ちょっと仮にしますけど、女の子だけ1人でこう、平均にポツンって 座ってて、ワイちゃんはやや面白キャラなんですよね。なんか率先して話題を提供しに来てくれる感じの子。で、ワイちゃんにさ、どうしたんこれ。みたいな。みんなどうしたこれ。って言ったら、 バレンタインっていうのがあってさ、そこで、そこで私、生まれて初めてバレンタインをさ、認識したんですよ。
バレンタインっていうのがあって、なんか女子が男子にチョコを送る日でな。か、好意のある相手にチョコを送る日で、今日はみんな教室に行ってチョコをあげたり受け取ったりしているってワイちゃんが言うんですよね。
ま、マジかよってなって。マジかよって言ってないですけど、小学生だから秋田弁でマジかよ的なこと多分言って教室に戻ったら、本当にそのままの光景が振り広がってたんですよね。
なんかもうポカーンっていうかさ、それどこで知ったの。っていう。今年から始めるとかさ、誰が言った。みたいな感じも。あ、でも今思うと、なんかそれまで知らないで生きてるのもなんか不思議っていうか。
前も言ったけど、私はこの子、読者なんですよね。その、リボンとか仲良しとか読んでない。確かにリボンとか仲良し読んでれば、あの時代のさ、少女漫画ってもうすごかったよね。合の自己予告がすご。
1月の自分、みんなバレンタインのチョコってやって、メインキャラたちが乗ってるとか、なんかヒーローキャラがチョコ食ってるみたいな、なんかそういう感じだったと思うけど、でも、もうバレンタインの話ばっかりみたいな。それを読んでないって、確かにそうなんだけど、一方でさ、そんなコロコロになって、当然チョコの話あっただろうって思う。
私が読んでた時って、おぼっちゃまくんとか、ツキかハマルくんとかが、その、アニメ化されて、人気な作品だったけどさ、絶対そんなぼっちゃまくんだってさ、お坊っちゃまくんがさ、さよちゃん、チョコくださいでしとか言ってたと思うしさ、ツキかハマルくんだったら、きっと、なんか、ただでチョコを集める人だとか言って集めてたら決まってるじゃん。なんか、なのにさ、それを
気づかないんだろうって。なんか、自分と関係ないものとして捉えてたのかな。何か都会の風習でしょうみたいな感じで流してたんですかね。とにかくさ、その、生のバレンタイン、そこに、本当にリアルにさ、その秋田の小学校にバレンタインがあるっていうのを、その日にさ、 計算すると、1991年2月14日にさ、私は気づいたわけか。本当、みんなどうやってバレンタインしてたんだろう。教えてほしい。てか、まず同級生に教えてほしいけどね。それでですよ、そんなわけで、私はすごいバレンタインとか、なんか苦手
だったんですよね。その、当時のさ、前回話したみたいな、自分の空気読まない性質みたいなキャラクターですよね、キャラクターと、その、好きな男の子とか、好きじゃなくても、 小学生の場合タてなんか見てると、なんか、ウォッチャーとして見てると、結構適当っていうか、もう今年は誰にチョコあげる。みたいなさ、
その、最初はクラスのかっこいい子にあげてるけど、なんかさ、だんだん、そのお兄ちゃんがいる子、お兄ちゃんがいる子のお返しが豪華である、しっかりしているってことが判明してきて、なんかそっちに行こうかな、みたいな、そういう、そういう、わりかし適当なノリ、ノリではあったと思うんですよね。そういう適当すぎるノリはあるにせよ、 基本としてはさ、そういう女の子が男の子にチョコをあげる。なんか私は、なんかもうさあ、そういう女の子みたいな感じがダメだったんですよね。ダメって、やっぱ。
うん、本当はね、私は結構、内面はね、バリバリバリバリ女子なんですよ。内面はっていうか、恋愛的なものはさ、全然片思いはしてたし、もう保育園の頃からさ、めっちゃこれっぽいから、そんなバレンタインの時に好きな子いない年なんて別にないんですよ。
ないけど、なんか一方でさ、なんかそういう行動、自分の振る舞いとしてのその調子っぽくなさと、そのチョコをあげるっていう行為を、全然こう、すり合わせることができなくって、なんか戸惑いしかなかったんですよね。それに対して、
なんだろう、なんか、今の若い子なんか、そういう、なんていう女性性を許容されるのはどうなんだろう、みたいな。そういう、なんていうの、もうちょっと一般化した感じで考えるかもしれないけど、私の場合は、そういうさ、思想の一般化みたいなの、行われてるわけじゃなくて、なんかもっと狭い範囲で、自分が本当にただ そこに釣り合わないっていう、釣り合わない、釣り合わせられないっていう感じで、どうしても行けなかったんですよ。で、そうやって、そもそもねこを読んで、バレンタインを流してるぐらいなんですけど、なんか、それでさ、
恋バナとかしたことがなかった。恋バナ、もう始まってますよね、3年生と。なんか、そういうのに、こう、映えて、参加しないみたいな 感じのスタンスだったと。その、チョコをあげるなんてとんでもないっていう気持ちがやっぱあったんですよね。
なんか、なんかさ、もう次の年もさ、ちょっと誰にあげる。って相談始まるんですよね。その3年生の時、どうやって相談してたかちょっと謎だったんだけど、4年生以降は、帰り道に、なんか分かってきた。4年生で帰るメンバー変わったんだ。
なんか、4年生ぐらいで、仲良しグループの組み直しがあって、3年生までは、多分家が近いっていうだけの仲間で入ってたけど、その辺は さ、4年生ぐらいになると、もっと、なんていうの、なんか思想的な理由で、理由っていうか、なんかこう、もうちょっとキャラクター別のグループ作り直されて、そのメンバーで帰ることによって、より見れば、
によって、チョコの相談っていうのが出てさ、なんか、誰にあげる。って言われて、なんか、でも、それに、なんか、別にあげないし、みたいな感じで、なんかこう、くくってさ、参加しないで、でも、それがなんか、クーブってる風に取れないっていうか、友達もさ、あははは、ま、トシマちゃんはね、みたいな、トシマちゃん、わかんないですよね、みたいな感じでさ、 なんか、そういう、そうだったんですよね、だから、こう、なんか、これ、これ、あまりにも、この、傷、傷ってことじゃないけど、 心に焼きついた光景だから、そのままね。そういうな。何年生までは多分家が近いっていうだけの仲間で帰ってたけど、その辺は
3、4年生ぐらいになると、もっと、なんていうの、なんか思想的な理で、理由っていうか、なんかもうちょっとキャラクター別のグループに組み直されて、そのメンバーで帰ることによって、よりプライベートの話が出るようになった。そうそうそう、そういうことだ。
それによって、チョコの相談っていうのが出てさ、なんか、誰にあげる。って言われて、なんか、でも、それに、なんか別にあげないしみたいな感じで、なんかこう、クールぶってさ、参加しないで、
でも、そう、それが、なんか、クールぶってる風に捉われないっていうか、友達もさ、あははは、まあまあ、トシちゃんはね、みたいな、トシマちゃんにはわかんないですよね、みたいな感じでさ、なんかそういう、そういうキャラだったんですよね。
だからこう、なんかこれ、あまりにも心の傷。傷ってことじゃないけどさ、なんか心に焼きついた光景だから、そのままね、小説に書いてあったことがあんだけど、バレンタインの相談の季節になると、もう3人組で書いてるのに、その友達がさ、2人で前にさ、何せ2つ並べて書いてるっていう絵になんのよ。
その期間だけ。今ぐらいですよね。だから3学期始まるともうバレンタインの相談。何をそんなに相談することあったのかわかんないけど、1日とかでは終わんなくて、 私はその2人のサウンドセルが並んでるの1歩2歩遅れて、こうね、とぼとぼってついていくっていう感じの期間だったんですよね。寂しい寂しい。
参加してるのもそんなにさ、よく聞くと聞いたこともあるけど、聞いててもそんなにときめき行事ってわけでもないですよ。さっき言ったように
お返しの計算とかがだんだん入ってくるようになって、あげれるのはまともにあげれるのは3個ぐらいかなってなってんですよ。話聞いてる。なんか、ときメモガールズ最後みたいだよね、あれあれ、3個までしかチョコあげれないんだよね。その、手作って、自分で手作ったチョコとさ、買ってきたチョコとさ、あと、なんか義理チョコみたい やつしかあげれないんだよ。そんな。そんな感じで、多分みんな、現実的に、あれだけばらまき成功で配る子たちもいたけど、もうクラスの私全員に配るみたいな豆の子もいる反面、普通の子は3個ぐらい多分あげてたんですよね、
3歩をいかに配分するかっていうやつがさ、その、5年生の時だったか、6年生の時だったかさ、私の、その、一緒に帰ってる友達の片っぽのエイちゃんっていう子が、 私、校長先生がって言い出したんですよね。それが、理由が多分お返しが豪華だからって言って。えー、何言ってんの。確かに。確かにさ、そん時の校長先生ってすごいいい先生だったんで、 親しみやすい校長先生でも、街の中でもカリスマとしてよく知られたさ。
そりゃいいよ。素敵な王子様だけどさ、チョコみたいな。担任の先生ならわかるけど、校長先生にチョコなんか私としては口には出さなか。
校長がなんか1人の生徒にお返しするっていうのは、あんまり現実的にはあり得なさそうだけどなと思ってさ、なんかってこう、ささやかな感じのお返しになるんじゃないかなって思って見てたんですよ。ま、ぼっちしてたんですよ。そしたらさ、すごいまん。またすごいでっかいお返しもらってきてさ。
確かに本当、校長先生にあげる人っていないから、多分1人だった。その子1人だったみたいで、校長先生はホクホクしてお菓子をくれたみたいなんですよ。もう、そうかみたいな。校長先生からだったら私もあげればよかったなみたいな。
ねえ、みんなのバレンタインどうでしたか。なんかそんなことしてる人もいました。なんか結構打算的な、でも楽しいバレンタインですけど。
それでですね、今回は、この1番炊き上げたい案件に入っていくんですけど、その先生にチョコっていう話ですよ。私がその、3年生で、初めてのさ、参加バレンタインをやった後に、4年生になるわけじゃないです。
4年生って言ったらさ、全然、その時、好きな男の子いたけど、でもさ、やっぱ、やっぱ、それあげるっていう風にはなんないけど、なんか、バレンタインとか、ちょっと参加してみたいなみたいな、なんかちょっとしまってみたいなって思ってたんですよね。
そんで、思っちゃって、で、その時の担任の先生が、男の先生で、もう3年目だったんですよ。その時 ね、3年目って言ったら、とってもね、3年目の2月なんて、めっちゃお世話になってるじゃない。そして、最後じゃないですか。多分3年も珍しいけど、多分4年目。担任ってのはないから、もうね、ちょっとこれは1つチョコあげちゃおうかなと思って。
まあね、恋ではないけど、結構ね、私的にはすごい好感持ってる先生だったからさ、チョコあげちゃおうと思ったんですよ。
そんで、でも、なんか、チョコをどうやって調達したらいいかわかんなかったんですよね。小学校4年生で、 みんなさ、そん時、まあまあ、その行動半径にもよるか、その市街地に住んでる子は、別に1人でさ、可愛い雑貨ショップとかに行ってさ。
で、昔はその町にもさ、イオンとか行かなくても、街にも小さな雑貨屋さんがあって、なんかファンシー、ファンシーグッズっていうとこでさ、バレンタインの季節のあれば、可愛いチョコが並んだりとかしてたから、近けりゃそういうとこにさ、別に1人で行って買ってくることもできたと思うけど、我が町にはさ、それがなくって、それをしたければ、親に連れてってもらうしかないわけですよ。
でさ、ファンシーショップ
ね、そもそも、ファンシーショップに連れて行ってくださいって親に言ってチョコを買うって、なんかさ、あんまりだろうと思って。それ、あんまり。それ、みんなでもやるっていうことですよね。なんか、なんか、それがもう、私はできなかったんですよね、 チョコを。親にチョコを買う姿を見せるっていうのがさ。別に先生に買うチョコだから先生に買うんだよって言えば、そんなあれでもないのに。先生、まだ未婚だったんですよ。一応、未婚の先生だったからな、彼女はしかったけど。なんか、でもね、ちょっと、ちょっと違う意味が入っちゃう感じもなきにしもあったじゃん。
そ、今。今。今のモラル感で考えると、いや、あり得ないしって感じだけどね、なんかそれが、子供的にはそういう感じだったんですよ。それでさ、それを見られたくないから、どうやって調達しようか悩んだ結果、その地元のスーパーに買い物行く時にさ、あ、私も行くみたいな感じでついてって、地元のスーパーにまで調達しに行ったんですよ。
地元のスーパーでも、ファンシーまで行かないけど、その隣町のさ、ファンシーショップに行くよりは、全然揃わないけど、一応その特設コーナーみたいのにさ、ドーンって。こう、いろんなさ、スーパーなりのいろんなバリエーションのチョコを手作りするだけじゃなくって、もうできてるやつもさ、
多少のやつもさ、多少の値段の、その、100円ぐらいまでだったら置いてたかな、それなりのチョコをたくさん積んで展開してるわけですよ。
あそこにチョコある。って思ったけど、なんかさ、やっぱそっちに接近する動きがすごいさ、すごい不審な動きじゃんと思って、なんかそれ、それさ、えさ、もう親に悟られたくないわけ、そこに接近してるっていうのを。接近しても、むしろこう、顔にシュッて、自分で会計
吸うのも怪しいしさ、なんかそれを、そのコーナーを見ても、まだ。ってなって、もじもじもじってなっちゃってさ、しょうがないからさ、普通の食品コーナーでさ、なんとかこう、自分用のチョコだと思ってもらえる範囲内で探そうと思って、 普通のさ、お菓子よりも、子供のさ、ネルネルとか置いて、普通の花に行ってさ、ひょって左右の棚に目を走らせてさ、そん時、あ、コチョコが目に止まったんですよ。アチコ可愛いじゃん。
ピンクだしさ、ピンクの山だし。そんで、私、アポーチョコ好きだしさ、アポチョコ、これぐらいならなんとかなると思ってさ、アポーチョコとって、親のかにって入れたんですよね。
それはなんかさすがにね、何もとめられず、ちょっと何か、当然なんない食いたいんだなと思って、普通にそのままですってゲットしたんです。で、やっぱゲットした俺はあとは先生に渡すだけ。なんか渡した時の記憶が
ないんだけど、なんか
その、その後に起こった出来事の衝撃でね、渡した時のことは消えたんでしょね。それでですよ、普通に渡したはずなんですよね。3年目だからさ、先生。
そんで、おいとだよ、アサミさん。 先生が朝来たらさ、私多分その時期なんかこう、教室に馴染めなくて。なんか高校と違う感じだけど。別にみんな友達だけどさ、なんかそういう仲良しグループでコミって話をすることが4年生になると多くなってたから、 あんまり朝教室にいなくて。もうね、助けようとかやってないんですよ。やってないからさ、なんか職員玄関あたりでうろうろしてるってのは、うちのいつもの朝の過ごし方だったと思うんですけど。
そしたら先生がさ、担任の先生がちょっとちょっと声かけてきたんです。クーナに。そんで、なんかね、何かを私に渡したんですよ。なんか包み入ってさ、多分入ってた なって。お返し、私には個別で渡してくれたって思うじゃないですか。でもさ、開けて何が入ってたか覚えてないな。チンマイザ10円に対して、10円のお返しみたいなのが入ってたんですよね。
そんで、その日の、その日ですよ、帰りの会が終わる頃にさ、先生がさ、じゃあこれからホワイトデーのお返し返すぞって言って、
めんどくさいって言ってた。え。私だけ。
え。ってなったわけですよな。そんで、みんなにはさ、なんかペコちゃんのさ、なんかハンカチとかついたペコちゃんじゃなかったかな。なんかさ、500円ぐらいのちゃんとしたさ、箱に入った可愛いお返し、 つまりそれ、先生としては、あ、そうそうそう、返す時にか、そのお返し、私に渡す時に、お前とチョコだったかな。って先生言ったんですよね。言ったからね、私は、その、個別で、その米、お返しで、みなには素敵なみんないいチョコくれた子にはいいお返しで、私以外女子全員にさ、 私が女子全員、先生にいいとこを渡したんでしょうね。
私だけ何も先生からもらわなくてさ。そん時さ、回ったから当たり前なんですけど、人から見れば、あとだけ回ってないってことは、とだけあげてないんだなっていう風になるじゃないですかね。それで、やっぱなんか男子とか周りの男子とかにやっぱなぱはな、今年もやっぱとあげねえわ。そうだな。つって、 あの時コトさん、なんか衝撃を受けたことは。あんまりないね。なんかやっぱ先生、先生にあげる時も見つからないようにしてあげたからさ、みんなの中では、去年と同じくさ、不参加の私になっちゃって、 なんか、以降ね、私はバレンタインをずっとね、不参加で過ごしました
ね。別にそんなことがあったからじゃないけど、なんか、バレンタイン、すごい、やっぱやな感じに感じるようになって、初めてね、手作りとかを作ったのは、30、 3歳でしたね。夫にあげるために、なんか、チョコのおやつみたいな、すぐできるやつ作って、うん。と思って、 ま、バレンタインにこれで人生初参加だと思って、うん、お焚き上げ。以上でございます。なんか、すごい、またまた、しりすぼみみたいな、私の思い出話。いつもすぼみだよね。ごめんなさい。そんなね、切ない思い出でございました。
先生、でも、ケチじゃない。なんか、この話、いいんだけど、別に、素敵な先生でさ、尊敬してんだけどさ、なんか、この件だけ、すごいケチだなって思いますね。うん、そんぐらい。みんなとさ、別に私と、私のポチョコをさ、なんか先生が手抜きってとったことが、私は悲しかった。なんか、 しょうがないんだけど、ほんとにしょうがない。
そう、逆の立場になった時、そこまで考えられるかっていうこと思うと、ちょっと難しいけど。なんか、3年目の先生だったらさ、その、このチョコをどうにかゲットするまでの私のさ、その余曲折、心の苦しみみたいなので理解してほしかった。なんかこのチョコになったのにはきっととも苦労したんだな。
あれですよ、貧乏じゃないって多分知ってるから余計ね。なんか貧しくて、それだったらなんか先生も多分500円名前くれたと思うけど、あの経済状況を知ってるから、逆になんなんだこれ。みたいな、なんでこうなんだって思ったのかもしれないですね。
ああ、なんか、はあ、やれやれみたいな話。なんかいつもよりテンパっと早口の喋りですいませんでした。なんか言い訳させてもらうと、ひたすらに寒い。
今聞いたらさ、alexaに聞いたら、外の気温が今0度こんなおさまってるのに、そしてそこでエアコン切って喋ってるわけなんで、めちゃくちゃ寒いんですよね。まあ、でも、なんて言うのかな、
キャラに合ってない行事があるって、結構辛いことだなと思って。
この時代のバレンタインって、もう学校行事みたいな勢いだったからさ、学校公式行事ではないんだけど、学校で、もうね、先生にみんなあげるっていうぐらいだから、全員参加行事みたいな感じなんだもん。
なんていうの、その、私の場合は、運動会とかもさ、あってない行事だけど、それはなんか自分の能力、スキルに合ってない行事であってさ、そういうのはみんなそれぞれあるわけじゃないですか。そのさ、学芸会で、なんか演奏うまくできないなとか、
なんか演劇とかを声出せなくてやりたくないなっていう子とか、色々いると思う。それと同じだと思うんですけど、なんかこれ、すごいさ、キャラクター、性格とさ、でもね、そっか、今、色々あるよね。その、同性愛の子とかもね、なんかこういうの、強要されたっていう気分だったりとか々、あったんだろうね。私だけじゃなくてね、 きっといろんなね、バレンタインの辛みがそれぞれにあったと思います。楽しい思い出ある人はそれでいいんだよ。全然いいんですけどね。
ね、楽しい思い出ないな。あと、なんか恋愛。そうそう、さっきね、好きな男の子がいたっていう話をしましたけど、なんか恋愛上の必要性も感じないわけですよ、個人的にさ、なんかその、チョコレートをあげてさ、告白するっていうのが、 なんか別な、そんな機会欲しくないんですけどみたいな。
有効性がなくないですか。なんかそのね、既に付き合ってて、なんかきゃっきゃうふふみたいな、バレンタインのチョコだよ、はいみたいな。そういうのは別にやってりゃいいと思うけど、
なんか���きなりさ、
知らない人がちょっと持ってかってくると、やっぱそんなにね。
でもいいことがあるのかね。なんだ、
いい人もいたんですかね。あいさん。でもこれはしてもしょうがないか。じゃあちょっとね。こんな感じですけど。グダグダですけど、すいません。お便りしたいと思います。
前の以前の会に感想をいただきました。感想というか、そのテーマお便りをくださった人がもう1回ト便りを送ってくださいました。ラジオネーム弥生さんからのお便りです。以前、この嫉妬をどうしたらのレターを送ったものです。
これ、2回前でしたっけ。嫉妬の話ね。その、自分より恵まれて、そのあいつへの嫉妬みたいな会ですね。とても真摯な回答をいただけて驚きましたし、同時に心からありがたかったです。本当にありがとうございます。どういたしましてです。なんか、なんかね、むしろ私の経験をめっちゃ載せて喋っちゃってすいません。
ラジオ自体は配信された当日に聞いていたのですが、あれこれ考え込んしい考込んでしまい、お礼が遅くなってしまいました。すみません。全然いいんですよ。
トシさんの配信を聞いて、なんだか自分はもっともっとと思うばかりで、結局足元は乱れていなかったのかもしれないなと感じました。なんというか、他人の登った山頂の写真をたくさん見るけど、自分の登ってる山については深く考えていないというか、過去よくわからない日々ですみません。笑い過去とじいや、めっちゃわかりますよ。このヒー。わかりやすいです。すごい
ね。山頂の写真で、写真がインスタに上がっててね、この山登ったんだみたいな。でも本当はね、写真ってとこも味噌で、それさえ本当に山頂なのかどうかみたいなね、感じですよね。なんかいい景色もすごい下の方で撮ってるかもしれないみたいな感じ。
続きを見ます。としさんの愛ある言葉にすごく救われました。本当にありがとうございました。これからも配信きつ聞き続けます。
いや、どうもありがとうございます。psちなみに私が覚えていた嫉妬のエピソードは岩波新書の方でした。あの本もすごく名誉だと思っております。ということでしたね。ご丁寧にご感想のお便りありがとうございます。
え。なんか本当に私の。私のさ。と鋭い目も出てた会だったと思うんですけどね。少しでもお役に立ててましたら幸いです。なんか色々ね、考えるきっかけになったのであれば、本当ありがたいです。こちらこそです。
それから、通信で触れていただいたその嫉妬のエピソードは岩波新書の方だったっていう話で、こちらの研究もありがとうございますね。こっちだったんだ。じゃあ、話がかぶっちゃいましたね。そのダビンチ副都事件と。多分、岩波新書の方に入ってから話がかぶっちゃってたんだけど
ね。ちょっとね、ちょっと書いてもらって、ちょっと嬉しくも。はい。恥ずかしくもあり、この前も言ってたようなね、ちょっと過分なお言葉、ありがとうございました。
前も言ったんですけど、なんか、このテーマを送ってくれた人がもう1回送ってくださった時に読み上げるんですけど、それ皆さん義務に思わなくていいですからね。本当にね、 頂戴したから読んでるだけでこうへけ。私やってないわ。みたいな風に思わなくて大丈夫です。じゃあ2通目のお便りいきます。こんにちは。第7回でお便りを読んでいただいた氷砂糖です。
お便りを受けて青春とラジオの思い出のテーマ募集をされていましたが、送ろうかなと思っているうちに時間が経って募集が打ち切りになっていました。そうなんですよね。ただ、トシさんとラジオい出の話はぜひ聞いてみたいので、今頃になってなんですが送ってみます ね。コイザさんが聞いてた音楽のラジオ送ってください。中学、高校の時はミュージックスクを聴いていた他、ジェイウェブアクロスザビューアクロスザビューアコフリザンとかクールドライブメーカーズとか。クセドライブメーカーですね。すごい懐かしい。スガシカオさんが担当していたこ。
tbsラジオオトバンユースケサンタマリアさんがパーソナリティナックファイブ、ジャパニーズリーブなどを聞いていました。
オイサトさんはこのジェイウェブとかさ、聞ける地域だったんですね。ちょっと羨ましい。その若い時にさ、このナックファイブのジェイブだの聞ける地域、めっちゃ充実してますよね。でも逆になんかこういうさ、 いろんなラジオ局聴ける人で、ミュージックスケアも聞いてたって、すごい少ないと思います。
あのミュージックスクエアは、nhkfmは全国ネットなんですけど、ネットじゃない全国放送なんですけど、すごい地方からの便りが圧倒的に多かったんですよ。東京めっちゃ少なくて、なんでかなって思った時あったんですけど、あー東京の人は選択肢が多いんだって途中で私気づいたんですよね。選択肢の多い中でも、ミュージックスクエアも聞いてたんですね。
いや、でもこんなさ、フリランとかクルードライブメーカーとか、すしか、こんなん聞きたい。知らない。聞きたいっていう感じですね。楽しそう。
jwebの番組って、あんまり予想時にさ、ネットされないよね。その、東京fmだと結局秋田でも聞けたりするけど、jwebのね、ここしか。ここか。あと、大阪。なんかね、大阪にもいいラジオ局があってさ、そっちでもなんか楽しげなことやってんなっていうのは情報誌とかで分かってるんだけど、昔はね、どうしても聞くことができなかった。
羨ましいです。ちょっとすいません。まさこいザトさんのお便り、終わっておりません。当時はラジオで流れた曲をカセットテープに録音して聞いていて、後からcdを集めていきました。同じ、同じ。
それと、ライブに行ってみたいと思うようになって、都内の大学に進学するモチベーションになりました。ちなみに初めて行ったライブはキリジです。キンジキリン。いまだに、いまだにね、知らない。キリンジ好きなんだけどね。
あれ、でも都内に住んでいたわけじゃないんですね。これを読むとね、トシさんのエンディングの曲紹介はちょいちょい好きな曲が入っていて楽しみにしています。これからも無理のないペースでポッドキャストを続けてください。
ありがとうございます。曲紹介聞いてくださってるの、すごい嬉しいです。このね、実を言うと、このミュージックプラストークの、
なんつうの、再生回数は少ないです。その、普通の、それ以外で聞いてる方に比べて。なんか最初の頃はね、もう全然、2とか3とかだと、もうそのカウンターこれ。こっち全然回っていかないけど。みたいな感じだったんですよ。なんか、でも今もうちょっと聞いてもらえるようになってね、こいサトウさんがどちらで聞いてるかわからないですけど、局所会までは聞いてくださってるっていうことで、すごい嬉しいです ね。ライブに行ってみたいと思って。都内の大学、これすごいわかります。私もね、やっぱ東京の大学行ったら超ライブ行こうって思ってましたね。なんかライブで話したりもしてみたいな。
なんかすいません、今ここで私が聞いてたラジオについて詳しく語る時間はなさそうなんですけど、なんかライブの話とか別の会でね、できたらいいかな。
東京に来たらすごいライブ行くぞって、私もね、思ってたんですけど、東京、東京ってライブ会場すごいすごい有料じゃないですか。だから私こっちに来てもね、意外と仙台、 仙台で見たりしてますね。なんか仙台のロックロックこんにちはっていうスピッツが主催する夏のイベントが仙台で今もやってるよね。やってて、それがね、それに引っかけて帰省するみたいなのをよくやってましたね。
ライブの思い出やりたい。ちょ、もやもやした。すごいお返事になってしまってすいません。オイサトさん、ご丁寧にありがとうございました。ラジオの思い出もね、またやりたいんですけどね。じゃ、次のお便り行かせていただきます。ペンネーム春の予感です。
私は小説家を目指しています。バイトをしながらちまちま健康を出しています。出会いのない日々ですが、心の支えはいつか作家になったらファンの中から恋人を見るです。下品です。すみません。
見つかっていうとこがちょっとあれだよね。ところで、小説家とファンが恋に発展することってあるんでしょうか。作家同士で結婚した人、かっこ島本理生さん、川上美恵子さん。漫画家だと朝乃美さん。かっことじはそこそこいますが、ファンと発展した人ってあまり聞きません。小説家の恋愛事情が気になったので質問してみました。ここに音符マークが書いてあります。質問してみました。
ps自分作家なんですよって名乗る場面ってちょっぴり恥ずかしいかもしれません。そこってどうするんでしょうか。って言ってて、このファンの中から恋人を見つけるのはやめた方がいいぞって、これ、私読んだ時思いましたね。なんかネタにマジです。みたいな感じだったら申し訳ないんですけど、なんかそれはさ、 うん、いろんなことがあるから、やめた方がいいような気がする。うまく分かれれなかった時にさ、そのアンチに変わるのは怖いから、やめた方がいいと思う。そういうやつでさ。確かになんか小説家
の時ってなかなかね、出会いは確かに難しい。でもね、恋愛事情、小説家の恋愛事情っていうことで言うと、なんか私、やっぱ周りの出会いとか、色々何回もさ、機会があって聞いた気がするけど、 すごいみんな普通すぎるからね。忘れてく。もう今誰も思い出せないもん。どういう出会いだったかなって。こんな彼氏と付き合ってたなっていうぽわんとしたさ話上のイメージはあるけど、出会いがなんだったかってのは全然覚えてないですね。そんぐらいみんな普通の出会い。
普通ってなんだろうね。お仕事。その、小説家専業になる前に仕事してた人だったら、そこで出会った人とかだったり。そんな感じで。うん。そのね、やっぱ小説書いてる場所回りはみんな警戒していたんじゃないかな。
やっぱさっきも言ったけど、うまく別れ出なかった時に、なんか揉めた時にさ、なんか不利益が出るようなとこでは恋人を作らない方がいいのではって思いますね。それは、1番あるのはその担当編集ですよね。
やっちゃいかんと私は思ってましたね、なんか。だって
ね、別れてさ、それですごい支援がさ、エコが残った場合にさ、その会社の人、特定の人とかだけじゃなくて、なんか業界に悪い噂を広められたりとかするんじゃって。すごい。なんか別に特定の誰かがいるわけじゃないですよ。この人が好きだけど、デモとかっていう、ためれば何もね。そういうのは担当さんに対して一切なかったですけど、なんかそういうことになんないように、すごいさ、 男性の担当さんに関してはこう、何も考えないようしてました。何も。なんかすごい。もうチンって主要素みたいにさ。
だから
恋愛事情。何も面白い恋愛事情なかったな。うん。なんかどっからかはみんな彼氏発生するけど、ペンネームで会う人ではないことが多いんじゃないでしょうかね。
だから、だから、この春の予感さんも逆に今。今ですよ、今。出会いのない日々ですが書いてるから、どうしても出会いないのかもしれないですけど、今の方がおすすめですね。私としては違う例の坂さんもいるかもしれないけど、 時間逆なんですよって。なの。画面が恥ずかしい問題は。
うん、別に名乗る。なんか、若い時はさ、やっぱ自分雑なんですよって言えないって。なんかエッセイにも書いたけど、美容院とかで言えないって書いたんですけど、なか、30過ぎたら言えますね。なんか、私はその時ライターになってたから、もうライターですって。それはなんかあんま恥ずかしくないけど、 うん、そういうこともあるかなって。大人になると受け止めてもらえるようになるから。かの予感。さんも結構大人かもしれないですけど、年齢がわかんないですけど、
大丈夫ですよ。多分恥ずかしくないと思う。なんかさらっと流してもらえる気もする。こんな回答でいいでしょうか。あまり面白くないお答えですいません。皆さんお便りありがとうございました。もうお一方ね、 あるんですけど、ちょっとたくさん読んだので次に回させていただきます。皆さんいつもお便りありがとうございます。
この番組ではご意見窓口として真島のアカウントを解説しております。会話にリンクがありますので、こんな話してほしいこんなこと聞きたいみたいなご要望、
あと土質問とかご感想がありましたらお気軽に送ってみてください。マシマの匿名サービスですが、ラジオネーム、年齢、ぼかした居住地など書いてもよければこう本部の中に埋め込んでいただけると幸いです。あとですね、ここでキャストの中ではお知らせし忘れてたんですけど、ブログを最近新しくしまして。
前ね、エキサイトブログでだらだら古い古い場所のままでだらだらやってたんですけど、リニューアルをあれしました。はてなブログでちゃんとした広告がね、エキサイトはもう広告がひどかったから、広告少ないプランにして
バンとね、オリジナルのドメインで独自ドメインでやってますので、たまに見ていただければ幸いです。でも、この番組のお知らせがあるぐらいです。はい。これ聞いてたら逆に見なくてもいいかなっていう感じもするんですけど、これ話とか、あの、載せてる可能性もあるので、 気になる方はぜひアクセスお願いします。
それでは最後に曲紹介コーナー行きたいと思います。この番組では、spotifyのmusicplustokという機能を使って、j-pop大好きな私がテーマにまつわる曲を選び、番組の終わり直すということをしています。spotifyでお聞きの方以外にも、曲紹介部分までは一緒にお楽しみいただけますと幸いです。
えっとですね、今日はバレンタインの思い出っていうことで、バレンタインの曲自体は存在してるんですよね。perfumeのさ、チョコレートdiscoとか、必ずもうこのシーズンになるとtokyofmから1回は聞くっていう感じなんだけどね。他にもさ、ベビーメタルとか、あとエレオさんとか。最近
感じなんですけど、今回みたいな、なんていうのくさんからのバレンタインみたいな曲があったらいいなと思ったんですけど、自分では見つけられず。
なかなかね、ちょうどいいバレンタインの曲が、私的にしっくりくる曲がなかったので、今回はもう違う曲を流してしまおうと思います。
冬っていうことで普通に粉雪をですね。デミオメンじゃない方の粉雪を。なんか無理やり流したい曲をここに押し込んだみたいな感じですけど、デミオメンじゃない方の粉雪を聞いてもらおうと思いました。きり王の粉雪ですね。
96年リリースかな。これ調べるの忘れちゃった。95年か6年ぐらいのリリースですね。なんか若い方には分からないかもしれないけど。あと年代逆に上の方も押さえてないと思うんですけど、デメの粉雪以前はこの曲が粉雪だったんですよ。粉雪と言えばキリやんっていう感じだったんですよ、 給料自体がね。なんだろう、割とこう、時代の荒波に揉まれて、こうね、痕跡をうんこ残せなかったまで言ったら悪いけど、その、 認識している世代が狭いのかなっていう感じはするけど、私とかはもうドンピシャだったんですよね。中学生、中3か中2だったから、中3だよね、きっとね。
いや、これがね、なんか切ないメロディーラインで、すごいいいんですよ。ポップスですけど、ドポップスな感じなんですけど。闇の面の粉も結構すれ違いみたいな曲だけど、こっちの粉もやっぱりす違い。すれ違いとは言ってないかな。
なんか、なんとなくさ、レミオ場面の粉雪って、うん、すれ違ってるけど、割と前向きっていうか、やり直そうとしている。やり直すってか、こう、 カップルのマンネリのうまくいかない時期をなんか超えようとしてる曲なんかなって、個人的にはぼんやり。ちょっとちゃんと聞いてなかった。すいません。
私、レミオメン結構好きなんですけど、なんかレミの好きな曲ってもっと他にあるからさ、粉雪にそんなに思い入れあるわけじゃないみたいな感じですね。
一方で、その、このキュリオの粉雪の方は、なんかもう終わった恋出演。
失恋もさ、ただの失恋じゃなくて、なんか振られた、好きだったのに振られたとかじゃなくて、好きじゃないけど付き合ってたのを相手に見抜かれて振られて意外と寂しいみたいな、なんかそこまで細かいこと言ってないんですけど、私的にはそういう、もう
もう心がすごい寒いことのシチュエーションに聞こえるんですよね。昔からそう聞こえてたし、今聞き直してもそういう感じの曲かなと思うんですけど ね。ちょっと私のバレンタインも、やっぱりその、心が寒い感じだから、割とね、無理やり繋げるならば、この給料のこ気に繋がるかなと思いました。
この曲のいいところは、うん、さっきも言ったけど、やっぱこう、キュッキュッとなるこのサビですね、サビを聞いていただきたいですね。
あんまり他に説明したいことはないんですけど、なんかもう、我々世代としてはさ、このキュリオの方の粉雪を忘れないでいたい、これも名曲であったから、忘れないでいたいっていう強い���いがあります ね。あとね、ちょっとまた、やや無理やりですけどね、色々雪がね、今週は降って、地域によっては大変だったりしたと思うんですけどね、この後あんまり降らずに、なんかこう、パパっとさ、ぽそぽそと、この雪ぐらいで終わるように、1月だからね、まだね、まだ色々あるとは思うんですけどね。祈りながらこの曲をお送りしたいと思います。
spotifyでお聞きの方はこの後曲が流れますが、私とはここでお別れになります。最後までお聞きくださりね。今回もまた長丁場ありがとうございました。またお耳にかかれましたら幸いです。それでは、聞いてください。kirioで粉雪。
こんにちは。トジマみほです。収録している今日は2月2日木曜日です。いや、2月に入りましたね。2023年がもう12分の1終わってしまいました。どうします。どうしますっていうか、 私的にはでも2月に入ると誕生月だ。イエイ。っていう感じでね、結構テンション上がりますね。なんですけど、テンション上がったとか言いつつ、昨日からですね、2月に入ってからたいちょ。
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yotchan-blog · 2 months
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2024/3/26 7:01:08現在のニュース
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目次
辛淑玉「200万円を議員へ献金、難民を認めさせた」
政治との関係を自慢する?クルド人たち
おかしな日本人政治家たち
徹底的な監視、疑惑は周知しよう
辛淑玉「200万円を議員へ献金、難民を認めさせた」
在日韓国人の辛淑玉氏という政治活動家がいる。日本の極左政治勢力とにつるんでさまざまな問題に首を突っ込み、日本社会に迷惑をかけている人だ。ただし最近ではほとんど相手にされなくなった。
その女性が、日仏会館主催のシンポジウム2011年4月16日「移民と国境」のセッションで次のように発言していた。(発言リンク最終ページ)
かつて私はクルド難民の人たちを助けてもらいたくて政治家と交渉しました。動いてくれなかった。最後にやったのは政治家のパーティー券を百万単位で買ったことで す。あの時に私は自分のクルドの友達を金で買うと思いました。金でもいいから買おうと思いました。 二百万のパーティー券で救えたのは二人です。金がないと救えません。
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つまり彼女は外国人の立場なのに、日本の内政に干渉し、国会議員への200万円の献金でクルド人難民を認めさせたと喚いている。
彼女の発言は常に支離滅裂で、感情的で、日本への呪いに満ちている。この日仏協会での発言も、読むと日本への悪口ばかりで気味が悪い。彼女を招く日仏会館の担当者の能力の低さがわかる。発言内容はいつもの意味不明さだ。クルド人の難民認定は2011年までに出ていない。裁判所の認定で難民と認められたクルド人は2019年に1人だけで、これが唯一の事例だ。彼女はその政治家の名前を言わず、彼女の言う「救った」の意味、政治家と行政が彼女の200万円でどのように動いたのかもわからない。
しかし政治資金規正法では、外国人による献金を違法とし、受け取���た政治家は公民権の違法停止などの処分を受ける。ただしパーティー券を外国人が購入した場合には、禁止と懲罰規定がないという不思議な欠陥法だ。パーティー券購入は一人当たり150万円の制限があり、それを超えていれば違法行為だ。法律以外の観点でも、外国人が外国政治家に金を渡して自分の意向を実現させるのは辛も受け取った政治家も倫理上許されないだろう。その政治家は失職の可能性があるスキャンダルだ。その当時は民主党政権だ。その頃、彼女はクルド人の支援に加わっていたようだが、現在は名前を聞かない。
つまりクルド人問題では、極左の外国人活動家が政治家とつるみ、そこに金が動き、難民が支援される不気味な動きがあった。今もそれは継続している可能性がある。
本人が明らかにすることはないだろうが、辛淑玉と関係のある人は、この事実を問い詰めてほしい。
政治との関係を自慢する?クルド人たち
次は別の政治の影だ。クルド人の日本人妻らしい人のブログの画像で数年前の記事だ。日時と個人が特定される情報は出さない。この人は最近、在日クルド人問題が騒ぎになった後で、これも含めて大半の記述を消している。
この人はクルド人の夫から、親族のクルド人が入国を拒否された場合に備えて、国会議員に連絡して、介入してもらうことを求めた。そして実際に入国拒否になったところ、国会議員から出入国在留管理庁に電話がかかったいう。以下がその画像だ。結果がどうなったかは記されていなかった。これは国会議員が、クルド人問題で、同庁に圧力をかけている証拠だ。
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別の話もある。在日クルド人たちは一族ごとに、大変仲が悪い。私はクルド人に敵視されているが、不思議なことに、対立する一族の悪い情報を送ってくるクルド人がいる。奇妙な人たちだ。その告げ口の中で、日本の政治家への金の話があった。彼らの話を日本語に直すと次のような趣旨だ。
「ある解体業の社長は、川口市と埼玉県へ寄付をすることで賞状をもらい、事あるごとに奥ノ木信夫川口市長と大野元裕埼玉県知事と懇意であると周囲に吹聴している。写真をインスタグラムやフェイスブックに出している。政治家個人にもお金を流しているのではないか」
「ある飲食業の社長は、日本で賄賂が横行しており、金次第で自分達の意のままに物事を運べる、トルコと同じだと言っていた。どの政治家、役人に払ったかは明言していない。この人物は、あちこちに店を出店している。それができるのは賄賂のためではないか」
私はこの2人のクルド人社長に取材をしたことがあるので、この事実を聞いた。「政治献金などしていない。賄賂なんて送ったことはない。地元のために寄付をしただけだ」と、2人とも、日本人記者である私には言っていた。
記者である私が、真偽の確認できない噂話を拡散するのは良いことではないとは思う。しかし在日クルド人の側に、日本の政治家を利用しよう、また日本の政治家は金で利用できるという考えが広がっているようだ。それがこの噂話の背景にある。
おかしな日本人政治家たち
そして日本の政治家たちの行動もおかしい。これはネット上で拡散された写真だ。日本の出入国在留管理庁に暴力を振るわれたと主張しているクルド人が、日本の政治家、立憲民主党石川大我氏、社会民主党福島瑞穂氏、立憲民主党の蓮舫氏、有田芳生氏と写真に写っている。クルド人本人のインスタグラムに出ていた。この政治家たちはクルド人とどのような関係にあるのか。
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またクルド人支援の某議員連盟、団体がある。そのメンバーの和田政宗参議院議員が、私に謎の批判をしていること、彼が在日クルド人と協力関係にあることは、記事で紹介した。(「記者石井孝明は外国のスパイ?ー和田参院議員登場の珍騒動(追加あり)」)
クルド人問題では政治家、警察、行政の動きは鈍い。理由は謎だ。もしかしたら、こうした右と左からの政治家からの圧力が、問題解決の動きを邪魔しているためかもしれないと、国民の間に疑念が生じるのは当然だろう。
もちろん一生懸命動いている政治家たちはいて、そうした人々がこの問題を改善させている。県民の声を聞いて問題を取り上げ、世の中に広げ、今も政策を提言しているのは奥富精一自民党川口市議会議員と自民党や日本維新の会の川口市議団だ。また区割り変更で新しく川口市の一部の選出になる自民党の黄川田仁志衆議院議員(埼玉3区)、日本維新の会で川口市を地盤とする高橋英明議員(比例北関東)は、精力的に有権者の声を聞いて歩き、外国人と治安問題で地元の声を吸い上げている。
私は、政治家への賄賂で、埼玉県の外国人・クルド人による治安悪化とその対策の遅れが起きているとは判断していない。解決が遅れている理由は、これまで報じたように、複合的なものであるからだ。
徹底的な監視、疑惑は周知しよう
しかし外国人・クルド人問題で、政治家の圧力、行政の手抜きがあり、それに賄賂や利権が絡んでいたら、それは断じて許されない。前述の辛淑玉やクルド人たちのように、外国人に「金をばら撒いて日本の政治や行政がうごく」と言われ、舐められることも問題だ。私はクルド人問題で無償で動いている。私たち日本人は、社会全体のことを考え金だけで動かない、誇り高い国民であるはずだ。そして外国人を敵視する必要はないが、日本の政治や社会問題に彼らが関わる権利はない。
「李下に冠をたださず」(すももの木の下で、冠をなおしてはいけない。すもも泥棒に間違えられるから)と古語に言う。外国人との関係で政治家も役人も疑いを持たれてはいけない。仮に外国人から金や投票などの形で利益を得ている、政治家、公務員がいるならば、徹底的に糾弾されるべきであろう。監視と情報の拡散は、国民一人一人がSNSで今すぐできることだ。おかしな人や政治勢力は落選させ、処罰をうながし、それに続く人を無くそうではないか。
そして外国人問題・クルド人問題で、解決の方向は「埼玉県の治安の安寧と、外国人を含んだ居住者の人権保護」である。この目的に向けて動こう。そして政治家や活動家の雑音は排除し、無法者の外国人を、政治の力で野放しにしてはいけない。
石井孝明 経済記者 with ENERGY運営 ツイッター:@ishiitakaaki メール:[email protected]
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tsuntsun1221ts · 1 year
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2022.12 韓国岳
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韓国岳(からくにだけ)火口の断崖絶壁と、奥には新燃岳・高千穂峰
鹿児島中央駅から列車で国分駅、国分駅から霧島方面へのバスに乗る。平日の月曜日だがバスは10人ぐらい並んだ。大浪池登山口へ向かうのにバスの乗換えが1回あるが、途中の丸尾で乗り換えても、終点の霧島いわさきホテルで乗り換えても、どちらも同じバスに乗り換えることになるので到着時刻は変わらない。
大浪池登山口バス停で下車、近くにトイレあり。また十数台ほど停められる駐車スペースもあった。
【コースタイム】大浪池登山口(0855)→大浪池(0925)→避難小屋(1000-1005)→韓国岳(1045-1125)→韓国岳登山口(1225)
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最初は舗装された道で登りやすい。
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30分ほど登ると大浪池に到着。昔の火山活動でできた大きな火口湖である。西回りか東回りかで分かれるが特に理由なく西回りで向かうことに。奥に見えるのがこれから向かう韓国岳。山体は浅間山と非常に似ており、冠雪したら浅間山と同じくガトーショコラとでも呼ばれるのだろうか?
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西廻りで池の淵を進むが、樹林帯なので常に池が見えるわけではない。ハイキングのようなほぼ平坦な道。
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途中で展望の良い場所あり。奥に噴煙を上げる桜島が見えるし、この日は天気すごくいいな。昨日の祖母山とは打って変わって期待大。
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30分ほどで池の周りをぐるっと回り、反対側にある東廻りと合流した。近くに避難小屋あり、ここでちょっとだけ休憩。
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あとは山頂までひたすら昇るのだが・・・。
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ここから山頂まで木の階段が設置されておりとても親切なのだが・・・段差が大きい部分もあったりしてまぁまぁ体力は使い、決して登りやすいとは限らない。
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しばらく登ると景色が良くなり、下の方には先ほどを回ってきた大浪池が見える。こうして見ると、今回通ってきた西廻り(右側)よりも東廻りのほうがピークが高いんだな。対して変わらないと思うけど西廻りの方が体力の消費を抑えられそう。
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山頂近くになると急な階段が終わり、今度は岩がゴロゴロした急な道となる。浮き石が非常に多く、特に下りで使用する場合は結構注意しながら降るべし。
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またこの辺りから東の方向を見ると、数年前に大きな噴火を起こし今も蒸気をあげている新燃岳と、その先には高千穂峰が頭をのぞかせている。新燃岳の山頂ってあんな平になっているんだ。あの火口全体や山腹の一部から今も噴煙が上がっている。
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登山口から約2時間で山頂に到着。今まで遮られていた冷たい風が強く吹きかけて結構寒い。またゴツゴツした岩が多く火山ならではの荒々しさだが。
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とにかく圧巻なのが、とても巨大な火口。深さ300mもあるらしく、火口の淵に立つと断崖絶壁で足がすくむ。また直径は900mもあるとのことで、お鉢一周するのに単純計算で約3km、歩くと1時間以上するのか。スケールが大きすぎて遠近感がおかしくなる。なお一周できるルートがあるのかは不明。
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南の方角には大波池と桜島。よく見たら桜島の先にとても薄く開聞岳(2日後に登る)のシルエットが見える。鹿児島空港も多分写ってる。
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東の方角には新燃岳・高千穂峰。獅子戸岳(新燃岳手前のコブの部分)まで足を伸ばせば新燃岳火口を最も近くで見ることができる。韓国岳山頂から自分の足でも往復2時間以上かかるとみられ、今回は韓国岳単体でどれだけ体力を消費するかわからなかったので見送ったけど、次回来たときは韓国岳とセットで是非寄ってみよう。今も噴煙を上げるあの火口をもっと間近で見てみたい。
天気も景色も良く30分ほど休憩し、下山。
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下山はえびの高原方面へ。こちらのルートは大浪池ルートのように階段は一切設置されておらず、ずっと岩や礫が転がったゴツゴツとした自然の道で、むしろ登りやすいのはこっちだったか。
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そのうち見えてくるのが硫黄岳の蒸気。遠くからでもゴーっと音を出しているのが聞こえてくる。
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途中できれいな休憩所。あくまで休憩所であり避難小屋ではないので、噴火時の非常用の道具などは置かれていない。
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4合目には硫黄岳が見やすい展望台が設置されている。おそらくここが最も近くで見えるところ。それでも上から覗き込むような感じではなく、10m近くに成長しているという火口丘を見ることはできなかった。
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山頂から約1時間でえびの高原の登山口に到着。なお左へは硫黄岳へ通じる道であるが、現在活発に活動しているので侵入禁止となっている。
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えびの高原に到着したら、とりあえずお茶屋さんで昼食の「宮崎牛そば」を頼んだ。
バスの時間までまだ3時間くらいある。本当は昼食後すぐにバス乗れたんだけど、かなり遠回りのルートを通るバスで乗車時間や運賃が高くなってしまうので見送った。えびの高原は足湯、日帰り温泉、池巡りコースなど様々あるので、3時間ぐらいは全然時間をつぶすことはできる。まぁこんなことなら獅子戸岳へ寄っていればよかったなと思ったが。
とりあえず池を巡って2時間ほど潰す。
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標高差はそんなにないのですぐ終わるが、池巡りと言っても一応は登山である。白鳥山に登ったあと、池を2つ巡ってえびの高原に戻った。これらの池も全て火口湖で、霧島にはいくつも火山活動の名残を見ることができる。
帰りのバスまでの残り1時間は足湯でゆっくりすることに。近くにコンビニもあるし、お酒やおつまみ買ってのんびりくつろごうと思った。ところが足湯の温度がとてもぬるくてあまり体が温まらなかった。地殻変動の影響だろうか?12月だしさすがに気温も低いので返って寒くなるという。
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そこで観光客の方が、昔来たとき自然の川の中に足湯があったということで、その場所を教えてもらい行ってみた。ところが天候や硫黄岳の活動によるものなのか、川はどこにも流れていなかった。残念だったが収穫もあり、道路を破壊して蒸気が噴いているのを見れた(なお立ち入り禁止の場所なのでバレたら怒られる)。近づくと鼻がピリピリしてくるがおそらく有害ガスの二酸化硫黄など。見えている煙は水蒸気が冷えて凝縮した水で、気体の有毒ガスは目に見えないし比重も空気と異なるので、目に見えている煙だけに気を取られていると危険である。
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翌日はすぐ近くの高千穂峰に登る予定なので、本日の宿もこの霧島温泉街の中にある霧島国際ホテル。一泊2万円以上というかなりの奮発。今回の九州の旅はずっとビジネスホテルみたいなところだったので、一泊ぐらいは贅沢しようと思い。本館の温泉がとても素晴らしいのだが、離れたところにある別館の露天風呂もとてもいい。人がほとんど来ず貸切状態で穴場だった。
夕食はビュッフェスタイルなのだが、どれも美味しすぎて普段の2倍ぐらい食べてるんじゃないだろうか。翌日は朝風呂にも行って朝食食べて遅めのスタートと、こんなにいいホテルに泊まったので全て堪能する。
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kachoushi · 1 year
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星辰選集
花鳥誌 令和5年2月号
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令和4年11月号の掲載句より再選
坊城俊樹選
この星辰選集は、私が各月の掲載句の中で、雑詠選・撰集選・さいかち集の成績などに関係なく、改めて俳句としての価値が優れていると判断したものを再度選句したものです。
言わば、その号における珠玉の俳句ということになります。
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天の川の端より天の川仰ぐ 伊藤 ひとみ 夜の蟬星のあはひを登りけり 天野 かおり 零戦に少年口を閉ざす夏 栗原 和子 風蘭の香は梢に沿ひ風拾ふ 猪俣 北洞 みんみんや栄華の墓へ木の根張る 平山 きみよ 風鈴の音の調べや夜をこめて 平山 邦子 知床の海霧にまぎれし霊ありぬ 三浦 一明 脳天の揺らぐ目覚し蟬時雨 藤原 寛
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逝く夏や黒着て黒い犬を曳く 岡田 順子 紫陽花の丈一丈の白さかな 栗林 圭魚 獣道なる蟬脱の今し方 田中 惠介 前衛の老人目指し浮いて来い 渡辺 美穂 俺が死んだら花火揚げよと言ひて逝く 髙見 慧子 全長に空従へて滝墜つる 松村 健一郎 炎天や宇宙の開く高野山 新家 靖子 人恋の生活にも慣れ秋立ちぬ島 原柴田 ちぐさ
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レコードの針飛ぶところ秋の声 大久保 樹 夫生きて戻れと祈る流れ星 譽田 若菜 露天風呂空も貸し切り鰯雲 有馬 幸月 万葉の連理の歌碑や夕月夜 古川 時江 たかだかと父に差し出すかぶと虫 新田 聰 ナイトショーの劇しき演者はたた神 比嘉 幸子 血の色に光る鳥居や神無月 粟倉 健二 病むことも生きることにも銀河澄む 坂井 令子
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幽霊の色香放てる花芙蓉 山﨑 久子 魂ぬけし空蟬の背を風の吹く 髙田 栄子 幾千の赤き灯充ちて夏の街 田中 素香 野の家に点りたる灯の秋となる 剣持 せつ子 げな話聞きつつ啜る心太 杉原 久美子 送り火や影もたざりし魂なりし 伊藤 ていこ 流蛍や宵の名残りは夢の中 勢木 宇太郎 緑蔭に絵画のままの深海魚 中里 三句
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車椅子大緑蔭に落ち合へる 赤川 誓城 六道の辻おんおんと迎鐘 村山 要 蓮池を曲がれば終の別れの灯 吉行 奎子 森深く闇に添ひゆく黒揚羽 秋吉 斉 あねいもと浴衣の柄で喧嘩して 髙畑 和子 夏痩せやすてたきものに謄写版 渡辺 幸子 遠き日の西瓜は井戸に吊られたり 春田 玉子 迷ひ入る鏡の中の守宮かな 蜂里 ななつ
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stellabooks32 · 2 years
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東方への気儘な旅の終わり頃、エスティニアンは何をしていたのだろう、と妄想してみました。
友に宛てた手紙を書き切れず、出せずにいるエスティニアンのお話です。
前略、草々
 エスティニアンは、薄目を開けた朝陽に横顔を照らされながら、潮風亭の客席の隅で墨を磨る。それは、いつもの帳簿をつけるためではない。珍しく彼は、自分自身のために墨を磨っていた。
 硯の陸に一ギル硬貨の大きさくらいの水を落とす。その水を、真っ黒な墨の塊で円を描くように磨ってゆく。力を込める必要はなく、弱い力で辛抱強く、ゆっくりと撫でてやるのがコツだ。硯自体が黒く見えにくいが、よく見ていると、段々と水に黒い筋が溶け出す。同時に、雨上がりの森のような、苔生した岩肌のような香りが漂い始める。
 さら、さら、さらと墨を磨り続けるとき、エスティニアンの頭は空っぽになる。墨が溶け出すように、心臓の奥に巣食う言葉にならぬものたちが、さら、さらと落ちて墨に混じってゆくような心地がするのだ。懐かしい香りでもないのに、墨の香りは不思議と心を落ち着かせる。水がすっかり夜空の色になるまで、墨を磨る行為は続く。
 出来上がった墨はすっかり墨池に流れ落ちていた。エスティニアンはその池に筆の穂先を浸して引き上げ、縁に沿わせて余分な墨を落とした。このちょっとした作業は丁寧にやらなければ、紙が墨でふやけてしまう。エスティニアンは陸に線を一筋引いて、墨の付き具合を確認した。そして、夜と朝の白んだ隙間のような色をした紙に、穂先をそっと落とした。
「帝国との戦闘が激化しているとのことだが、息災か。こっちは、ガレマール帝国大使館と治安維持部隊の赤誠組がピリピリしている以外は、いつも通りだ。
 お前は、七夕という行事を聞いたことはあるか?最近、店先に笹がよく飾られている。笹は、青々とした細枝に、細く長い葉がついた植物だ。その笹に、長細い、願い事を書いた紙を紐でくくりつけて飾り付けをしていく。七夕はまぁ、星芒祭のような季節ものの行事で、その季節になると、色とりどりの紙が提げられた笹が、あらゆる店先に並ぶんだ。そいつが風に揺られると、さらさらと音がして、紙が回って綺麗なもんさ。
 俺も願い事をしてきた。お前なら何を願う?そういやいつか、オーロラに願掛けをしたことがあったな。東方は、星や天に祈りもするが、特に強く願い事をする行事がこの「七夕」ってやつらしい。
 夜になると、黄昏橋に人が集まって、皆で打ち上げ花火を楽しむ。クガネの港から少し離れたところまで船を出して、海から打ち上げているそうだ。俺が厄介になっている店は、二階辺りは入り口を開放して、花火を眺められるようにしてある。花火を観ながら酒が飲めるってんで、その席はすぐに埋まる。
 星五月になると飾り付けは終わっちまうから、七夕の見頃は丁度今だな。
 東方の旅は悪くない。目が開かれるからな。帝国でさえ行儀が良い。不可侵条約によって、帝国は船の動力源の補給を行う代わりにひんがしの国には攻め入らないことになっている。イシュガルドと違って、こっちは神々が多いのも興味深い。八百万の神らしいぞ。俺たちはせいぜいハルオーネと、何人かの聖人くらいだったろう。
 価値観がまるで違う国にいると、イシュガルドにいた頃の俺がひどくちっぽけに思える。俺たちの千年戦争は、世界のほんの片隅での出来事だったんだと思わずにはいられん。それは俺を冷静にさせてくれるが、同時に虚しくもなる。イシュガルドでは先祖の犯した過ちが原罪となって、あんなに多くの命がドラゴン族に踏みにじられた。俺は故郷も家族も失った。戦争が原因で孤独の身になった子どもは俺だけじゃない、山のようにいる。そして俺たちもまた、多くのドラゴン族を屠ってきた。だがひんがしの国じゃあ��山の都で凄惨な戦いがあったことを民衆はあまり知らない。イシュガルド出身だと言えば、「第七霊災以来、万年冬らしいじゃないか。どうだい、こっちは暖かいだろう」ときた。だが、こっちにも竜がいると聞いていざ逢いに行ってみると、あの戦争は決して片隅の出来事ではないと確信する。俺たちの長い戦いについて悲痛な声で語り、ニーズヘッグの血が流れる俺を憐れみに似た目で見てくる。俺たちクルザスの民とドラゴン族は、共に当事者なんだろうな。あの戦争の重みを知っている奴に出会えると、ドラゴン族だろうが人だろうが、なぜだか安堵する。
 話は変わるが、初めて米酒というものを飲んだ。こいつはうまいぞ。うんと冷やして飲むと、味も香りも最高だ。ヤンサ地方で収穫される米が上等で、そいつを使っているらしい。甘い酒なんだが、お前が飲んでいるバーチシロップとは全然別物だ。米そのものの柔らかい甘みが生かされていて旨い。これが素材の旨味ってヤツなんだろうな。お前にも飲ませてやりたいが、お前はそれどころじゃあないだろうな。
 先の神殿騎士団の出兵に加われとの要請だが、悪いが俺は力を貸さん。イシュガルド最大の戦力としての立ち居振る舞いは、もう俺を磨り減らすだけだ。それに、もうお前たちは、自分の足で歩んでいける。人はドラゴン族よりも、ずっと弱い。俺の力がなくとも、」
 エスティニアンは、硯の陸に筆を休ませた。彼は、同じく陸で休んでいた固形墨を眺める。磨り減った角は丸くなって、水に濡れたおかげで艶やかにきらめていた。
 配達士モーグリを通じて神殿騎士団病院から送られてくる小瓶をポケットから取り出して、液体を喉に流し込む。
「俺はとっくに、正気なんだがな」
憂いを滲ませた瞳が、書きかけの手紙をとらえる。エスティニアンは小瓶をテーブルに置くと、手紙の端と端を握って、——くしゃくしゃに丸めた。
 潮風亭の会計所にも、笹があった。「生まれ落ちた命が等しく共にこの星で生きられるよう」、そう書かれた短冊が風に揺れ、笹の葉に触れてさらさらと音を立てた。
 手紙はその後も、書かれては丸められ、また書かれては燃やされ、を繰り返した。そうして、エスティニアンの記憶には、かの友に宛てた手紙が何通も積もっていった。
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saintdesire · 11 days
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聖36ㅤ
参加者 1 00:02
本当は商売かもしんないけど、一応自分自身のさ、トだったものにとって違う。ちでない。ついててってしま。
こんばんは、トシ美穂です。所属している。今日は7月26日水曜日です。だいぶ間が空いてしまって、これアップする時にはもう相当ね、空いたっていう感じになってしまってるんだろうなと思います。
前回の末尾で、子供の幼稚園が夏休みに入るから、ちょっと不定期講師になるっていうことをお伝えしてはいるんですけども、それ最後までさ、私の番組すごい長いから、なんかこう、結構聞くの。途中で辞めてる方もね、いらっしゃると思うんですよ。
参加者 1 00:23
なんかそういう方のために、それは冒頭で言うべきだったなと思って、申し訳なく思っているんですけども。もしね、心配してくださっていた方がいらしたら大変申し訳ありません。元気にやっております。
うん。でも、そんなに、そんなに間が空いちゃったのにはもう1つ理由があって、1回分ボツボタしてるんですよね。なんか先週、インスタについて喋ったんですよ。
なんかインスタを今更始めてみたら、やっぱその、twitterのいろんな問題があってさ、私、ドムセのtwitterアカウント持ってて、それが多少こうね、いいのか悪いのかって言うと悪いことかもしれないけど、なんていうの、脳みその
参加者 1 00:43
脳みそへの、小腹を空かした時のスナックとして利用していた側面があり、なんか、その隙間を埋めるための何かを探してるっていうことで、インスタをね、ます。それもいいけど、自分で発信する気もないし、なんか、もちろん、こういうさ、ポットキャストとか、公の場と繋がる風には絶対作んないつもりでしたけど、 なんかそれをさ、アカウントを作ってみたら、すごい。自分が欲しい情報、主に私はコスメのさ、プチプラコスメの情報が欲しいがばかりに、そこにさ、登録したというのに、
参加者 1 01:00
なんかこんなしょうもない投稿が流れてきて、ぴえんみたいなやって、すごい叫びの会だったんですけども、なんか、編集、30分近くまで編集してみて、喋ったのも、1時間ぐらいあったんですよ。1時間あって、30分編集したとこで、 これは、なんか、世に流すのは危険だと思って、なんか、自分が求めてる情報じゃないもので、なおかつ、自分があまり、なんていうのかな、 単に人目を引く作りになっているもので、ここを安らぐものではないっていう、迷惑動画まで言ってるものはなかったんですけど、なんか、ちょっと、私的には、こういうのはどうなんだろうっていうのが流れてきたことに対して、なんか、
参加者 1 01:27
なんかすごいインスタをディスりつつ、なんか色々しょうもないこんな投稿があったみたいな話をしてるんですけど、 それはさ、広告ではなかったから。広告だったらさ、なんかいくらディスってもいいかなって。誰かがお金払って無理やり流してるもんだったらいいかなって思うんですけども、あくまで個人様がこう、商売、本当は商売かもしんないけど、一応自分自身のさ、投稿として流したものを、なんかしょうもないって言っちゃうのはダメだなって思ってね。
参加者 1 01:45
その人そのものが聞かなくても、私も似たような投稿してんだけどみたいな感じになったらね、ちょっとダメだったなと思って。それはね、なんか後で聞き返すと悪口が過ぎる時って私結構あるんですよね。だからね、それはおくりにして、今日は別のテーマで喋りたいと思います。今日喋りたいことは��すね、実家の断捨離。
私、2年前、一昨年の11月に実家で、一昨年だよね。それより前じゃないよね。多分一昨年の11月に実家で自分の荷物の残してきたやつの大生理を行ったんですね。
参加者 1 02:06
それん時もちょっとね、ブログに、休んでも動いてないはずのブログになんかこんなん処分したんやで。みたいな話を。こう、あまりにもさ、やっぱ断捨離って負担が、負担が大きいし、いろんな心の動きもあるから、それをこう、1人で受け止めきれなくて、それもさ、このポッドキャストみたいに、誰か、誰か受け止めてくれみたいな感じでね、ちょっと期間限定で
参加者 1 02:20
流したりしたんですけど、こんなのあったってことをね、なんか、なんか、その時のネタと完全に被ってはいて、ちょっとそれ読んじゃった人には申し訳ないんですけどもね、そん時の、なんだろう、その時のことだけじゃなくて、これだけ時が流れてさ、2年近く流れて、捨てなきゃよかったなっていうものと、本当に捨ててよかったものみたいな話をね、してみたいと思います。
参加者 1 02:35
なんかきっかけとしては、今日ね、今日なんかはてブを見てた時に、その、インスタで、インスタで暇つぶしできなかったかとか見ちゃってるんですけど、なんかそういう、実家に今いないけど、今いないけども、実家に荷物置いちゃってる人に対して、片付けてみませんか。的な記事がね、上がってるのを見たんですよ。
ちゃんと片付けアドバイザーみたいな方が書いてらっしゃる記事で、ちょっとすいません、今ぱっと出てこなくて申し訳ないんですけど、後で概要欄にリンク貼っときますね。消えてなかったらね、なんかそういうのを読んで、そこについたコメントとかも読んで、実家に貯めてる人って意外と私以外にもいるんだなと思ったんですよね。
参加者 1 03:00
うちがですね、私はプロフィール欄に書いてんですけど、最後の実家暮らしが結構ね、その、大学出て社会人やってる人と比べたら、それより結構後で、28から30、違う。27から29までを実家に出戻って過ごしてるから、 やっぱ荷物の量半端ないんですよね。そん時にこう、東京、関東ですか、関東暮らしをたたんだ時に持ってきた荷物とかそのままあったりして、もう相当なものだったんで、 なんかさ、やっぱ人より多かったし、どうにかしなきゃ、どうにかしなきゃって思いがあったんですよね。それ、思い切るまでも結構色々あったんですけど、それは後ほど。流れが、流れが。なんかそっちに行ったら喋ります。すごい貯めてたんですよ。
参加者 1 03:27
一方でさ、妹はすごい綺麗に片付けてって、実家を出る時にね、片付けたっていうか、その、嫁入り直前に、まだ20代の頃の話ですけど、ちょっと実家に滞在して、最低限の何か整理はしつつ、じゃあと捨てといてみたいな感じで、なんか捨てといてみたいな感じでいなくなって。なんか、ちょちょちょちょみたいな、なんか、でも、 なんていうの、めんどくさくて、ちょ、ちょ、ちょっと言ったわけじゃなくて、その、私、そん時もう実家で暮らしてるような暮らしてますよね。
参加者 1 03:47
そっか、ちょ、ちょうどそんぐらいかな。なんか、私から見ると、え、お前めちゃくちゃ思い出の品置いてってるじゃん。こんなん捨てていいの。いいの。みたいな感じで、なんか、その時は、なんか、あとよろしくって言われた時はわかったって言ったけど、あとで私が整理を始めたら色々出てきて、 ちょっと、中学、中学のなんとか先輩からもらった第2ボタンどうすんの。お前捨ててちゃうの。って、捨てるよ。みたいな。出てないかもしんない。そんなもんいらないよ。みたいな感じ。
その、思い出の品のレベルが違う。でも、そうやってさ、妹はパーっと綺麗に片付けてったんですけどね。
参加者 1 04:08
だから、私も一応さ、その、結婚して、もう実家で食さないと、自分の中では決まってたから、その荷物をいつからかしなけど、どうにかしなきゃと思いつつね、びっくりしましたね。
ゆっくり聞いて、今日はお話ししたいと思います。お付き合いいただけましたら幸いです。じゃあ、始めましょう。第3秒6回になります。チェナル欲望ラジオ。
参加者 1 04:26
なんかちょっと声が大きかったかもしれない。ちょっと夫とね、子供が寝てから喋ってるんですけど、もうちょっとあれかな、控えめに行こうかな。すいません、ちょっとテンション下がった風に感じられたらすいません。
うん、どっから話そうかな。その、片付けるきっかけは複合的に色々あったんですけど、 逆にね、そのきっかけがあるまでは、やっぱり万全と置いとこみたいな気持ちがあったんですよね。あんまりね、服とかはなんかさすがに単純に溢れた荷物を送ったりとかはしてないけど、逆にこう、確信犯で
参加者 1 04:48
こう、自分がちょ、生涯残したいって言ったらあれだけど、相当長期に渡って残したいなっていうものを、もうあえてさ、コーナーを作って、こう隠してさ、昔の家だからさ、部屋のこう、壁 なんだろう、作り付けのとだなっていうのかな、なんか腰の高さ辺りまで、こう、一面さ、あれになってんの、その収納。開けると、パコって、パコっていうやつ、金具がなんか上の方についてて、とってもついてて、みたいな、
参加者 1 05:04
そういう風になってて、そこにもうそれを、元々祖父母の部屋だったのを私が譲り受けたから、結構ふんだんにスペースがあって、そこに、なんか結構さ、祖父の荷物とか、もうだいぶ前に、私、中学の時にもういなくなってるので、捨てちゃって、自分の荷物をどんどん、どんどん増やしていくみたいなことをしてて、なんだろうね、 私は、そのさあ、このラジオ聞いてる方には、結構あることだと思うんですけど、自分が、なんか、書き物をさ、その、漫画書いたり、小説書いたりみたいな活動をしてると、
参加者 1 05:22
その、書いたやつとかも、す、すすってさ、その、本になってないやつってことですよ、その、昔のものとか、あと、その、書く時に使った、なんていうのかな、メモとか、資料とか、そういうのをさ、なんか、複合とか、しっかり整理して、こう、溜めてたりしたんですよ、 なんか、あと、私はそもそも、すごい保管壁が、保存癖すごくて、子供の頃から、何も捨てれないし、思い出にすごい固執するタイプ、その、未来よりも過去を見てるタイプっていうのかな、すごい過去を大事にする子だったんですよね。
参加者 1 05:44
すごい、全てを思い出思い出って言って取っておくから、なんか、その友達が書いてくれた絵とか、その友達が授業中回してくれた手紙とか、そういうのもちまちま、ちまちまとってあったりして、なんか、その傘もすごかったんですよね。
でも、なんかこう、そういう捨てないものをさ、そう、いまだに覚えてるんですけど、小学校2年生の春休みぐらいに、なんかだんだん学習机の引き出しとかが溢れてきて、お母さん、引き出しがもう入らないよみたい言って、捨てなさいって言われたけど、捨てれないよみたいな。捨てられないものなの。って言ったらさ、なんか箱を1つ出してきてくれて、
参加者 1 06:07
これをね、思い出箱にしなさいって言ったんですよ。でも、その、その箱、ちょっと大きかったんですよね。なんかそのさ、 スーパーでもらってきたポテトチップスが入って、箱だったんですよ。私の記憶によるとね、カルビーのさ、ジャガイモちゃん、謎の帽子かぶったジャガイモちゃんのさ、ポテチちゃんの絵が書いてあるみたいなさ、箱で、 その思い出は、すごい、ビー4とかa4とかで、皆さん想像すると思うんですけど、もうその何十倍の解析があるものもらったから、あいつってそこにパサパサパサって全部入れて、
参加者 1 06:28
なんか、そしてそれを小学生の時だけじゃなくて、実家にいる間中どんどん増やして増やしてやして、もうなんでも本当入れちゃって、学校でさ、書いたりとか、書いた習字とかはもちろんのことだけど、自分のなんか落書きでうまくいったやつとか、 さっきも言ったかもしんないですけど、友達が書いてくれた絵とか、私、結構捨てがたいんですよね。なんか私の似顔絵とかさ、あと、あんま別にその時までってあった中にあったのが、別に仲良くない野球部の男子が描いてあって、なんかよく知らない先生の似顔絵みたいなとことってあって、めっちゃうまくね。めっちゃうまくね。受ける。もらうわみたいな感じでもらってきたやつとかがあって、
参加者 1 06:52
そういう全てをさ、それがメインで捨てたかったわけじゃない。それはどっちでもいって、どっちでもいいんですけど、普通に親の迷惑だからね。捨てようと思った1番のものは普通なんですけど、愛されたものなんですけど、日記帳なんですよ。
高校2年生からその実家時代まで、私通して紙の日記を付けてまして、 それがすごい高校2年の時辛い時期だったから、すごいもうその、吐き出せないことを吐き出すみたいな、そこにもう書いていくみたいな、日記帳で、なんかそれを、その後もさ、別に本当に辛い時期自体はその高校時代で終わりだったんですけど、後から考えてみればね、なんかその時に形作られた思考。
参加者 1 07:28
とかをさ、その方にどんどん自分をはめていく、思い込ませる。なんかちょっと言葉がきつくなるからさ、ここではどんな思い込みだったか、ちょっと言わずにおきたいんですけど、自分に対してすごいひどい言葉とかを いっぱい書いて、卒業してからも、お前はこういう人間だから、こういう風に思っていた方がいい、なんか今つく感じで、こういうことも、つまりお前が悪いから、 なんかそれはなんとかなんとかで、こうこうこうこうこう対処すべきみたいな、なんていうの。慰めず日記じゃなくて、その悪い状況に自分をこう適応させるための、悪い方にはめてくみたいな日記帳だったんですよね。
参加者 1 07:55
それを残したことを、だんだん、だんだん、こう、後悔し始めて。だから、そんだけ、こう、精神がまともになってきたっていうことですよね。なんかこう、そういう、そういう自分だって思ってる時は、それがやっぱそこに貴重。悪いものと思わないんですよ。
これがあるから、私はなんとかなってる。私は現実に対処できてるんで、 なんか、そういうのと離れてみて、色々考えが変わったりとか、その時のその、悪い方に押し込めた自分じゃないよねっていう風に思えるようになってきた。きつつあるぐらいですけど、きたけど、なんか
参加者 1 08:18
どうしても、その方があまりにも強力すぎて、すごいもど、戻る力ってのは常に働くみたいな感じなんですよね。
なんか、歯の矯正した人って、歯が元に戻ろうとし続けるっていうじゃないですか。その矯正器具を外して、歯が綺麗になった後でも、寝る時にマウスピースつけてないと、結局元に戻っちゃうから、つけ続けないといけない。その時間限定ではあるけども、っていうのと、これと、なんかすごい似てて、その、 強制、強制したみたいな性格を、でもそこに、すごい前の状態にね、すごい心がね、戻ろうとしちゃうんですよ。
参加者 1 08:42
なんかそれがさ、でもなのせいでか、そう、染みついちゃっただけなんだけど、でも、あの、日記。って思ったんですよね。なんかきっかけはもう忘れちゃったんですけど、 日記ってやっぱ実家に保存して、1何冊、13冊だったかな。それをもう帰っても実家に。こう、里帰り。私はょ、ちょくちょくさ、子供が生まれる前はめっちゃこの サガの頻度高い人間だったんですけど、その時も読み返したりとかは絶対しなくて、なんか別に見るわけじゃないのに、ただ取ってるみたいな感じで。でもなんか、その日記がそこに存在することが、なんかあんまり良くないなって感じるようになったんですよ。
参加者 1 09:06
あれを捨て捨てたい、すごい捨てたいと思って、 なんか結構、そんでさ、普通に、あと、他の、他の、多分日記書いてる皆さんと同じように、普通に、結構恥ずかしいこともさ、たくさん書いてるから、赤裸々な内容だからさ、その、自分をディスってるっていうだけじゃなくて、 なんだろう、結構心の内をさ、知られてはいけないような心の内も書いてるし、あと、なんか友達のことが結構詳しく書いてあって、なんか、特に仲のいい子はさ、
参加者 1 09:23
それが誰を書いてるか、なんとかちゃんが下の名前書いてるぐらいだったらいいんですけど、私の日記って、後ろの方に登場人物紹介っていうコーナーがあって、 すごいそこに、ん。とか、高校何年何組なんとか、高校の友達のその在籍の場および本名が書いてあったりとかして、すごい、なんかまかり間違ってさ、世に出ると結構迷惑がかかる代物だったから、すごい、なんか良くないなと思って、なんか何が起こるかやっぱ世の中わかんないからさ、
参加者 1 09:42
あと、途中でコーナーもあったじゃないですか。コーナーって、例えばですけど、両親が急にね、死んじゃったりとか、そん時は祖母も生きてたから、祖も含めてですかね、3人亡くなっちゃって、そんで実家の整理を急ピッチでやんなきゃいけない。それをなんか自分がそのコーナーで動けないから近所の親戚に頼まなきゃいけないとかってなったら、本当にそれ全部さ、 そんな好奇心で読む人はいないと思いますけど、ちょっとパラってしたりとか、ちょっと何かな、これってミッチャで見て、ちょっと目に入っちゃったりとかするじゃないですか。
参加者 1 10:02
そういうことがなんか結構やばいなと思ってきて。2021年の話だからコロナの真っ最中ではあったんですけど、こう、今、今いけそうだな今っていう、その感染拡大の隙を見て、ピュって帰ったんですよね、2泊3日で。本当にその大掃除のためだけの規制をしたんですよ。
第1目標は日記を片付けるっていうこと。でも、だけじゃなくて、やっぱ、その、親が捨てないようなものも捨てたいとは思いましたね。
なんかそのさ、日記の他にも、その、他人の手が及びづらいようになってる靴がさ、その、さっきの戸棚ゾーンにさ、たくさんあるわけで、なんかそれを、やっぱりなんとかすべきだなって思ったんですよ。
参加者 1 10:29
妹みたいにさ、なんか捨てといてシャピンって言えるのは、やっぱその、第二ボタンとか入ってるにしても、なんか割とパーソナルじゃない荷物だったんですよね。なんか、服とか雑貨とか、なんかそんな感じで、見られて恥ずかしいようなものは、やっぱ自分で処分したんですかね、なくなってたんですよね。
だから、それぐらいの状態にはしたい。そう、2泊3日ではね、部屋全部綺麗になりました。とかはできないけど、その、最悪、本当最悪。なんかあった時に、他人が片付けても、なんか、こ、大変かもしれないし、本当申し訳ないけど、でも、その、大事件とか起こんないぐらいの程度に知っておきたいなと思ったんですよね。
参加者 1 10:54
そんで、ちょっと私の体験談、ちょっと、ただ喋ってるとあれだから、この辺から、具体的なにも、断捨離の仕方みたいな話に入っていきたいんですけど、ちょっとこっからね、どうしよう。どっから通りかかったかっていう話をしようかな。楽だった順に、気持ち的に楽だった順に、こう、こういうのを処分したっていう話をしていこうと思います。
1番最初に行けたのは、やっぱ今日は文に上がった記事にも書いてあったんですけど、服ですね。
参加者 1 11:10
服は体積あって、その片付けたっていう達成感あるし、全部ただの燃えるごみ。場所によっては資源ごみになるんでしょうけど。だからなんていうのかな、ぱっといける。何も考えずにただ燃えるごみの袋に入れるだけだから。
でもなんでそもそも実家に服があるかって言うと、やっぱ私が帰省する頻度がすごい高い人間だったから、帰った時着るもんが欲しいなって思ってたんですよね。そんな昔の服着れないじゃんっていうね。ツッコミもあり得るんでしょうけど、なんか下着とかさ、もう見えないやつはもうどうなっててもいいし、あと
参加者 1 11:33
服とかメインの服とか持っていきたいけど、羽織物とか、なんかこっちで、その、東京の、秋田の気温差を埋めるためにこう着たいものとかもあるじゃないですか。その秋田だけで着て東京に持っていきたくないもの、 なんかそういうのをやっぱり多少、多少そういう調整するもの残しておきたい。あと、パジャマも、なんか、部屋着どう。でも、部屋着とかも、みたいな感じで、結構もっこりあったんですよね。
参加者 1 11:47
それは正直、なんかちらっと取っておきたいなって気持ちもまだあったんですけど、なんかね、それがね、開けてみたら、衣装ケースみたいな、ねこかんないように入れてたんですけど、わかってあげなさそのもあって、その、若い娘の回収がしたんですよね。
うわーと思って、
参加者 1 11:59
なんかさ、あ、でもそれって要するに、もちろん選択してないとかじゃないですよ、選択してなくてそうなってるとかじゃないんですけど、多分、自分の大衆、元々若い時でもさ、子供がいる時とかに、服だ。久々の服出すと、なんか洗剤で洗ってるはずなのに、なんかちょっとか自分の匂いがするかも。みたいな時ってあったんですよね。皆さんあるかどうか知らないんですけど、私はあったんですよ。
それが、でも、そん時は多分自分の匂いだからちょっとするかもぐらいだったんですよ。
参加者 1 12:18
でも、なんか多分、年をとって、おばちゃんになって、大衆が変わて、若い私の大衆を他人の大衆として、その、キャッチするようになってて、そこはうわ。みたいな感じだったんですよね。
なんだこれ。ってなっちゃって、これ絶対着れね。って開けた瞬間に思いましたね。だからすごい。実家に服を放置してる人は、その開けたら絶対10年ぐらい経ってたら捨てれるようになってるはずです。それがね、30から40っていう。10年だったらね、
参加者 1 12:33
2歳か30だとダメかも。私、結構その手元った時に手元で前の服着てたりもしなくもなかったから、多分ね。だから、20から30だと匂いがあんまりわかんない可能性があるけど、30と40の体重が違うから捨てれますね。本当、急の気持ち悪いぐらいになってたから、 服が1番に行きましたね。あとは、いき行きやすいのはね、雑誌ですね。なんかその出版物で貴重なものを捨てれないっていうのあるじゃないですか。あと、貴重じゃなくても、なんか古い雑誌ってさ、
参加者 1 12:53
その買ってた雑誌に愛着があると、取っておきたくなるじゃないですか。もうその時にはもうとっくになかったんですけど、オリーブとかってやっぱなかなか捨ててなかったですね。私ね、どっかでその、実家で暮らし始めた、出戻った時に捨てたんだと思うんですけども。
でも、雑誌類って、読み返すとすごく懐かしい気持ちにはなるけどね。そうやって帰った時にパートをめくると、あーっていう気持ちになるけど、なんか積極的に読みたくなる時はないし。あと、なんと言っても出版物は出版物で、商業出版物である限り国会図書館に入ってるから、なんかね、それ思うと、もう全部捨てれますね。
参加者 1 13:17
本も同じくです。なんか貴重だと思ってる本があっても、手元にすぐ置いておきたいみたいなのって、そんなにはないはずだから。その国会図書館っていう最強の書庫がさ、みんなにさ、国民みんなに備わってるわけだから、結構そこはね、思い切った方がいいっていうのが個人的な意見ですね。
参加者 1 13:29
そういうの、そんなにこう、難しくもないですしね。なんかこう、ばらさなきゃいけないとかもないから、分別とかね、もう資源だから。一括でファンって、え。っていう人は、ちょっと1回国会図書館行って、自分の気に入りの雑誌をさ、見るっていうのを実際にやってみたらいいと思います。私、何回かね、やってます。調査研究目的で入っても大丈夫です。その、自分の中の調査研究だから、嘘じゃないからね。それね、 全然。ただだし、雑誌出てくるのは時間かかるけど。あと、食べ物とかも、なんかゆっくりくつきながら見れるわけじゃないけど、本当に読みたかったら読めるから大丈夫ですよ。
参加者 1 13:49
あと、そう、その辺が、この服と書籍、脱種類が1番簡単に行けるやつかな。
で、次のゾーンがね、思い出の品。さっき言ったやつですね。その思い出箱に貯めといた系。学校の課題で書いたもの、作ったものとか、友達からもらったもの、あと自分が書いた落書き優位的なもの。
なんかね、これは昔は絶対捨てれなかったけど、スマホが、今さ、すごい画素数のスマホがあって、パシャパシャパシャってやったら終わりっていうの、すごいありがたかったですね。
参加者 1 14:12
やっぱこのスマホがあったから捨てれるって思いました。そのガラケーの時は無理だった。そういうものを捨てるのは、写真にちょ、さすがにさ、フィルムカメラに1個1個残すのは、もう現物に近くなっちゃうから、そのカメラにデジタルで残すっていうことができたから、なんかこう、形を持たずに残しておける っていうので、結構その辺はいけましたね。元々私そうやって今の話で結構保存して��なって思ったかもしれないですけど、なんかそれでも前より捨てれるようになったきっかけの本があって、
参加者 1 14:33
なんかガラクタ捨てれば自分が見えるっていう小学館文庫から出てる本があるんですよね。もう何回かその真相場みたいになってて、すごい昔からあるも元はいつぐらいなのか、2000年 前後ぐらいの本なんですけど、だから、その、コマがいたりとか、断捨離って言葉が出てきたりとか、そういうのより前の本なんですよね。元祖片付け本みたいなやつで、風水を元にしてる、 その翻訳本で、アメリカだったかな、どっかいだったかもしれない、なんか、どっかの国で、なんか、その、風水師として働いてる人の書いた本で、風水の話もあるんですけど、
参加者 1 14:57
そのさ、この方角を綺麗にするとなんとかみたいな、そういう話があったりとか、その、音素を流してクリアリングするとか、ちょっと、なんか、パンピである私には、あまり受け入れられないなっていうこともいっぱい書いてあるけど、そうじゃなくて、片付ける時にどうしたら思い切れるかっていう部分が、なんかその 1個1個すごい細かくさ、捨てたいものをあげつねて、こう、これはこう考えると捨てれるよみたいなことがたくさん書いてあって、その中に、人からのプレゼントは気持ちが1番大事で、気持ちを受け取った時にもうその品物の役割はほぼほぼ終わってる。
参加者 1 15:18
だから、その気持ちをしっかり受け取ったら、その品物は気になかったら捨ててもいいしね。あとは、そうやって時がたって、もう必要ないなと思ったら捨てても良いって書いてあって、ああそうかと思ったんですよね。
思いません。なんか、やっぱ、人からもらうとさ、捨てづらい、なんかすごく捨てづらいってなっちゃうんですけど、なんかね、中学の時に、 美術、美術の課題で、自分を1つの球体にして表せっていう課題だったんですよ。自分でも、正直、頑張って言いができたって思ったんですけど、なんか、持って帰る時に、
参加者 1 15:41
友達がみんな、いらない、捨てたいって言い出して、なんか、ち、ちょっと待って、ちょっと待ってっつってさ、なんかすごい、私的にはさ、その友達の作品を残したいと思 ちょ。だったら、私が持って帰るんで、ちょっと私にくださいって言って、すごい。5人分ぐらいさ、人の事故ありました。球体を持って帰ってたっていうのがあって、それもなんか、最初のうちはやっぱ飾ってたけど、友達の作品をさすがにさ、いつまでも飾ってられないから、その戸棚ゾンさ、危険な戸棚ゾンの奥の奥にさ、キュキュキュ詰めてたんですけど、
参加者 1 16:01
捨てようと思って、プレゼントじゃないですけどね、なんかそういう、他人のが、なんか、こうしたものって、すごい捨てづらいなっていう気持ちもあったけど、あの時の、 この場合はなんかプレゼントじゃないけど、あの時の友情を感じた私の気持ちが、そこにね、残ってて、捨てづらかったけど。はい、その気持ちは受け取りましたって思ってね、現物はこすってね、ちょっとさよならの袋に入れて ね。ちょっとね、綺麗に処分させてもらいましたね。みんなの時、私に預けてくれてありがとう。
参加者 1 16:20
そうそう、そのありがとう魔法の言葉。捨てる、捨てる時の魔法の言葉。みんな全部ね、本当、基本、物にはありがとうって言って捨てるね。それで結構気持ち的には9割解決してます。あとね、うん、何があったかな。
そろそろこう、本丸である紙の、紙類の話についていきましょうかね。その、自分が生産してしまった紙類ね。
日記帳に関しては、やっぱそれを捨てるって決めただけあって、心に決めただけあって、もう迷わず1ページもめくらずに捨てれましたね。
参加者 1 16:41
危険な物体とも認識して。あ、ただ、写真は撮りましたね。なんかこんぐらい書いたよっていう目安で。なんか私の日記帳って言い方違う。
こう、本に書くのがこだわりだったんで、なんかその、全体とか高さ的にボリュームもさと、撮んなくてよくない。って思うかもしれないですけど、一応ね、その、捨てたら2度と会えないから、一応写真で外装は残しときましたね。なんかね、若い時は日記ってずっと持ってるつもりだったんですよ。
エッセイにも書いたことあるんですけど、子供に見せようと思ってたんですよね。なんか、自分がさ、悩んだこととか、辛かったこととか、その、母親としては、
参加者 1 17:05
ちょっと、なんていうのかな、本当にリアルに話してもらったりとか、なんか、赤田にこっちが話したりとか、難しいかもしれないけど、その、その年の、同い年だった時の自分の気持ちとかは、その親である自分自身、40何歳とかの自分よりは、もうちょっと寄り添えるかなと思ってて、 そのすごいすごい子供に、生まれてない子供への思い入れが思ってたから、残そうとしたんですけど、でも、実際には、その子供を育ててると、その時、その処分した時は、4歳とかかな。
参加者 1 17:27
とてもじゃないですけど、見せられないと思いますね。なんか、やっぱ見せちゃダメだって思うものですね。なんでだろう。なんか、そういう風にセラに言うのがいいことだと思ってたけど、違うなって。
なんか、別に見え見え見えとかじゃなくて、やっぱ親があまりにも咳がすぎるのはやっぱやばいなっていう風に考えが変わりましたね。
なんか、だって、すごいさ、その、性的な事柄とかについてもさ、すごい。日記帳にはそのまま書いてあってるか。なんかそういう、
参加者 1 17:50
本当にやっぱその���が、その辺が、私はさ、ちょっと感覚が緩いからさ、その、書いてもいいと思ってくださ。なんか、それが、やっぱ、見るっていうのはちょっとないかなみたいな感じになりましたね。
あと、やっぱ、あまりにもなんか、その、精神的事情、行為みたいなのが関型すぎるのもなんか怖いし、あと、やっぱ親としては、これに共感する子供に育てないっていうことを目標にしたいって思いましたね。なんかそのさ、 暗い時に、人生の暗闇に音もするものであってほしいと思ってたけど、
参加者 1 18:12
その暗闇は暗に入んないでほしいなっていう風に思うようになるもんですね。本当、なんないでほしいし、そこ避けれる風に今んとこ育てるんじゃないかなとは思いますね。うん。日記だから1番に行くとして。
あと、頑張って捨てたものは、その、小説を書いてた時のメモとか。でも、それはそんなでもなかったかな。結構、おや。っていう感じで捨てたかな。
結構、自分、その、未来がましい気持ちがあって、その仕事に対してじゃなくて、
参加者 1 18:35
なんかこう、私、子供の時の夢で、そ、これもなんか昔ブログに書いた話で、ちょっとね、重複になっちゃうんですけど、そして、すごい恥ずかしい話ではあるんですけど、子供の時、自分の記念館、歌ってほしいと思ってたんですよね。京都に。
何になるのか知らないですけど、何になってもいいんだけど、とにかく私は記念館になり、この土地に魂を残したいと思って、すごい思考がやばい。でも、これはなんか親に半分責任があるから、子供の時にすごい記念館を巡らせすぎたから、
参加者 1 18:56
東北の主要な記念館は相当回ってるんで、宮沢賢治、斎藤吉とか、その文学分野に限らず、そういっちゃったからさ、そう、私も記念館欲しいって、すごいピュアな心でさ、子供のピュアな心で思っちゃったんで、なんか最後、 なかなか思いを捨てられず、なんか小説家とかいう立場じゃなくなっても、どっかで、誰かこう、郷土史家とかがさ、見つけて生まれた存在である私を掘り起こしてくれて、なんか、記念館立ててくれないかなって
参加者 1 19:15
思ってたんですよね。なんかそういう、言語化して持ってるわけじゃないけど、やっぱなんかこう、ふわっと、そういう気持ちがなんか残っちゃってて、それが、なんか、そういう過去の資料とかメモを捨てさせない気持ちになってたんですよ。なんか、子供の時からさ、私は、なんていうの、本当にそういうさ、すごい文句なしに記念館が立つ有名人になるのは無理だけど、
参加者 1 19:29
なんかこの街一番の有名人になったら、なれるんじゃないかって、普通は思ってて。そのね、だから、その、この有名人が出ない街から、一生懸命誰かがさ、いない出ない街とか言っちゃ悪いか、そんなことないですよ。いろんな方が、先輩がいらしゃいますけども、でも、とにかく、そういうさ、郷土を愛する人がなんとか掘り起こしてくれて いたのか、じゃあ記念かつ立ててあげるか、他になんもねえしなみたいな感じで作ってくんないかなって、すごい思ってたんですよね。町1番までいけばいければってずっと思ってたんですけど、なんか、その、断捨離のちょっと前に、その、
参加者 1 19:52
同じ街出身のね、政治家が首相になるっていう出来事が起きて、スガさんがさ、スガさんが首相になった時に、私まじであ、私の夢終わったって思いましたね。すごい 1番の有名人も一生更新されないから、もう私じゃないと思ってな。官房長官の時はワンチャンあると思ってたんですけど、 もうもう本当にワンチャンぐらいな感じ。ワンチャンでこういう時使うっていうワンチャンですね。でももうワンチャンもないって思って、そこで結構思い切れましたね。あと、その記念館の夢の話を夫にした時に、え、それマジで持ってんの。
参加者 1 20:17
いや、それ結構やばいよ。真顔でやばいよって言われたから、なんかそれもあって 喧嘩はなしなだと思って、もう全てをね、捨ててました。そういうのも、うん、と思いつつ、でも、ちょびっとだけ残してるかもしんないけど、ちょびっとだけ、ちょっとね、なんか、可愛い絵がかけたやつから、残してきちゃったんですけど。
うん。で、あと、迷ったのは、捨てるかどうか迷ったものはね、漫画ですね。私、その、小さい頃、漫画家になりたい気持ちが強くて、
参加者 1 20:38
で、実際、投稿するとこまでは行ったから、小さい頃からさ、やっぱ、その、記念館、暖房がある故に、自分の漫画を、かなり、こう、整理してたんですよね。その、先週みたいの作ってて、 私の漫画ってさ、私、すごい単とかを怠った人間だから、ネームだけを量産していった人間だからさ、落が1人でって書いてくるんですけど、そん中で、落書1冊分さ、ま、10枚ですけど、紙10枚分余ったら、そん中で、なんか良かったやつとか、小学生、中学生あたって、こう、自分で連載とか勝手にしてるんですけど、そん中で、
参加者 1 20:59
そのまとまったやつを、ホッチキスで止めて、テープで2個を束ねて、個束ねたやつを、さらにこう、合体させて、4束にして、8束にて、16して、みたくして、無理やり製本して、そこに投資のタイトルつけてさ、自分、先週として残してたんですよ。小学校3年の時に初めて、予備校時代まで じゃ、19冊かな、あるんですよね。
なんかそれを小学校時代はさすがにちょっとね、どっかで処分して、読め読めるものではないから処分しといたんですけど、中学入学以降かのは、まだね、その、39歳時に残ってましてですね、13歳ぐらいで書いたのは39歳で残ってるっていうすごい状態になってたんですけど、
参加者 1 21:27
なんかそれ、あんまりする気なかったんですよ。なんかこれは日記帳とかと違って、自分の、なんかその時に本当に夢中になってやったことだし、頑張りの証拠だから、 なんとかこのスペースぐらいは作って、東京に持ってこうかなって思ってたんですよね。保存がちょっと大変ですけど、そんなめっちゃかかるとかではないから、なんか、箱とかにぎゅっと詰めればいけるかなって思ってたんですけど、それは、読み返して、 読み返したら、なんかね、捨てたくなっちゃったんですよね。なんだろう、
参加者 1 21:49
結構、あらがさ、当たり前ですけど、あらが多くて、この、中学生とかで、なんかこう、きゃっきゃって、ファンタジー借りることか、あんまりそっちに関しては気になんないけど、 やっぱ、高校時代で、割と日常的なさ方にストーリーを寄せた方の話になってからは、なんか、 うん、なんか、じ、人物の気持ちが、ちょっとかけかけていないとかさ、なんかこの展開はないんじゃないかみたいな、なんかそういうジャッジが結構自分読み返した自分の中で入ってきちゃって、なんか思ったより出来悪いなって思ったんですよね、はっきり言って。
参加者 1 22:10
だからそれで、なんかそういうあるものをずっと持ってることもないなって思って、それも全部処分に回したんですよ。それも表紙だけ写真撮って、高さ写真撮ってたら基本的に保存まであるところは変わってないから、見た目はあくまで残したいんですけど、これはいつまで持ってるのはやめようと思って。
そんで、あとはその漫画を捨てて、あと何が残ってんだ。そんで、最後に残ってたのが、私の中学時代の日記があるんですよね。
すごい。これ、あちこちでなんか喋ったり書いたりしたからね、ちょっとね、また喋るんかいみたいな感じですけど、その、高校2年からつけてたと。別に、中学時代
参加者 1 22:37
に残してたさ、その、片思いが溢れすぎて、こう、書き始めた日記があって、なんかこう、便宜的に、私の中で、その時タイトルついてないんですけど、初恋日記って呼んでるものがあるんですよ。すごいさ、なんていうの。
その時、日記をまず書くっていうことにもめちゃくちゃ勇気がいったし、人生初めての、こう、まともな日記、なんていうのかな、それまでもさ、小学生の時に気まぐれで日記書いたりとか、なんか、それも別に続けるっていう目標とかなしに、なんかこう、面白い夢見たとか、特に面白いことあったっていう日に、なんかこう
参加者 1 22:58
書いてる日記帳、ほぼ書いてる日記帳みたいのあったんだけど、そういうんじゃなくて、本当にこう、日々を残したいと思って、 今この、この瞬間を、こここを切り取らないと、私の人生どこを聞いとるのかみたいなくらいに思ってさ、残したものだったから。だからさ、でも、 そうやって文字にして残すと、やっぱすごいドキドキするじゃないですか。見つかったらどうしようって思うし。そういう、なんかあれなんですよ、家族はね、なんか勝手にそ、やばい親って漁ったりするじゃないか。うちはそういうこと絶対にしない家族
参加者 1 23:20
っていうぐらいの信頼はその両親、祖父母に対してあったんですけど、やっぱそうじゃなくて、自己的に見ちゃうとかってことはありうるわけ。だから、なんかそういう時にこいつ人気つけてるわあ、すごい恋愛のこと書いてある。とかってなるの、絶対に絶対に嫌だから、なんか、 よし、これは小説であるっていうことに偽装しようと思って。すごいさ、なんかフィクションだと思う。多分ほとんどの親はちょっとこういう中二のあれかと思ってすってさ、たまに、たまに戻すと思うから、それを熟読し始める家族はね、なかなかいないと思うので。
参加者 1 23:41
そんで、小説であると見せるために、まず名前を全部仮名にして、友達の名前とかじゃなくして、自分も違う名前にして、そんでさらに3人称にして、私は仮名がりそうなんです、 イズミさんいうとめなんですけど、本名と結構違うりっちゃん、りっちゃんって呼ばれてるリツコなんですけど、だからこう、リツコは思ったみたいな、そうい、なんとかかんとかなんとかで、みたいな、なんかそういう風に、すごい小説小説風に一生懸命日記を書くっていうことをして、それもやっぱ日記帳っていう側があるとダメだからさ、これは日記帳ですって主張してると、もう見つかる原因だから、
参加者 1 24:05
小学校時代のなんかどうでもいい使いさしのノートに、途中からもう途中まで、これノートか。って人が思うような風なとこに、半分ぐらいから書き始めるみたいな、本当に本当に絶対、マジで絶対に使いたくないっていう 使い先のと、掛け算あるんですよ。かける。さんさす。
なんかそれは割ととっとこうかなっていう気持ちがやっぱりそれに関しても大きくて、やっぱさすがにさ、さすがに、なんかそれはいいものではないかと思ってて。その、高校から書いた日記帳は、すごい自分に対する呪いの日帳だけど、それには楽しい思い出が残ってるはずだったんですよね。
参加者 1 24:32
そのさ、片思いしてさ、楽しい、ふわふわ、毎日めっちゃ楽しいみたいな、そういうさ、こんなことダイソくんと話した、今日はこんなことあった、みたいなこと、 残したはずだと思ってたんですよ。でも、それ、それはね、もう読み返したんですけど、その、実家に荷物制限って段階で、なんか夜にさ、 すごい一生懸命捨て作業した後に、もうやっと寝るっていう時になって、じゃ、これ読んでみるか。ドキドキと思ってさ、すごい懐かしい気持ちになるはずと思って、もう全然開いてなかったんですよ。
参加者 1 24:55
なんか開くたびに、封印された幸せが減っていくように感じてて、その、その、実家にいる間、その出戻り実家時代とかにも1回も読んでないしか、その前読んだのもいつだかわかんない。なんかまとめてね、袋に入れて封印してあったんですよ。簡単に読み返さないように、
参加者 1 25:06
なんかそこにアクセスして、なんかそれをあまりアクセスしやすいものにしときたくなかったんですよね。なんかこの気持ち、多分いろんな人にわかってもらえるかなって思うんですけど、大事な思い出だからこそ、こう、スペシャルな感じでとっときたいと思ったんですよ。それはもう20年ぶりとかで、20年ぶりまでいかないか、でも10年以上ぶり読むっ���いう風になってさ、わあと思って読み始めたんですけど、 そしたらさ、意外と意外と幸せな日記じゃなくてさ、その、自分の記憶では、なんか好きな男の子と仲良くしてる時期の日記のはず、いいこといっぱい書いてあるはずって思ってたんですけど、読み返してたら、みしてみたらさ、
参加者 1 25:32
全然違くて、なんかそういう描写すごい少なくて、なんかそれよりもなか、その後の塩対応になってるからさ、 すごい、その心の距離が遠ざかる描写がすごい。なんつうの、3人称で書いてる故にさ、すごい客観的事実としてさ、モノ道具じゃなくて、こんな出来事を、こんな出来事の積み重ねで書いてるからさ、細かいエピソードで書かれててさ、ひと思って、なんか
参加者 1 25:48
すごい、どんがさ、どんが悲しい日記帳でさ、しかも、なんていうのかな、でも、その時の気持ちを責めてさ、一生懸命、その、人生で初めてさ、そのペンを問わせたぐらいのさ、恋愛する気持ちを残してるだろう、そのモノローグを読めるだろうと思ったのにさ、あまずっぺえ中学生のモノローグ読みてみたいな気持ちもあってさ、 読んだのにさ。そ、なんか物もすっごい。もうほぼなしぐらいで、3人称だからそういうこともできるんですけど、 すごいさ、意外と意外と、その客観的事実をなるべく書こうとしてるみたいな感じで、なんか自分的に大事なことがあんまり入ってなかったんですよね。
参加者 1 26:15
なんかここの気持ち、本当はこう思ってるはずなのに、お前かけてないの。みたいな。なんか、いやでもそうやって今のトシマさんの記憶の捏造なんじゃ。ってみんな突っ込むと思うんですけど、私やっぱ記憶に残る方の人間だからさ、 多分それはこっちの私の記憶が正しいと思うんですよ。日記じゃなくて、ここまで感じてたはず、考えてたはずっていうことがもっと表層ですごい止まってて、なんかそのことにすごいショック。
参加者 1 26:34
なんだろう、そこに書けなかったのってやっぱ勇気のなさだと思って。その勇気のなさ及び表現力のなさかもしれないですけど、なんか人の気持ちを掘るっていうか、自分の気持ちですけど、自分の気持ちを削り出すって結構技量のいることだし、勇気のいることだったんだなと思って。なんかね、漫画と同じで、本当。
参加者 1 26:50
昨日、私ってこれぐらいしか書けなかったんだっていう、なんかさ、そのショックが結構大きくて、ガーンと思っちゃってさ、 なんか、なんか、そこに書いてある、なんか楽しいはずの記憶も、私の、今の私が持ってる記憶の方が、もう全土的にも、 サイドサイド的にもさ、鮮やかさとか、そのディティーズとかでも上回ってて、日記はそれを超えられなかったんですよ。ちょっとがっくり来ちゃいましたね、それなんか。だから、その、日記も
参加者 1 27:09
ね、思い出の品として持っていくのもさ、ありっちゃありかもしれないけど、現実、日記と違ってさ、登場人物紹介ないから、誰かの本名がね、全部明かされるっていうこともないから、迷惑かかることもないし、 いいっちゃいいんだけど、でも、やっぱ、許せなかったんですよ。なんか、 許せないって言ったらあれかな、そんなネガティブな気持ちでもないけど、なんかもうちょっとあっさりした気持ちだけど、なんなんだっていう、なんだこんなものかっていう、ちょっとした学会観と、力の抜け方っていうか、そういうので、
参加者 1 27:28
それもね、捨てる決断をしましたね。そうやってね、ほとんど全ての神物は無事処分して、でも2泊3日で、本当に最初から最後まで、ギリギリまでかかりましたね。
そして、やっぱ単純な詰め作業とかは、両親にもね、協力を食うてね、すごい全面的にもう家にいてもらって、その日、そのあと後でゴミも出してもらうみたいな。やっぱその場で全部処分できるかって言ったら、そのゴミの人の兼ね合いとかもあるから無理なんですよ。
参加者 1 27:46
だから、そこはね、申し訳ないけど、これお願いしますって言って置いてくものもあったけど、そこそこってるってことないですよ。大丈夫ですよ。なんかそうやってね、人にお願いして、やっと片付けることができたっていう感じなんですよ。
だから、実家の最低限の、本当最低限の荷物、掃除はさ、そこで終わりましたね。
でも、もうちょっと、もうちょっと色々、やっぱ細かい細かいも、はい。ここまで行くとごみかなって思うんですけど、細かいのが色々残ってて、それはどうにかしたいなと思ってるのと、
参加者 1 28:06
あといくつかね、持ってきたものもあります。そこで拾ってこっちに、東京に持ってきたもの、本の中でいくつかお気に入りのやつと、やっぱその現物があってほしいなっていう思い出が強いやつと。あとはですね、意外と今重宝してるのは、子供の時の健康手帳みたいなやつ。小学校のやつなんかさ、 あれ、ピンクのやつって言っても、別に同じ小学校で同じ学年の人しか一緒じゃない。なんか身長と体重書いてあって、なんかグラフとかに自分が真面目につけてればなってて、
参加者 1 28:26
でも自分でつける。普通。私自分でつけてたんですけど、なんかそれ。それと、なんかその、おっきな病気した時、感染症とかの記録が残ってるやつがあんですよね。それを残してて、持ってきたから、その感染症自分がやったかどうかわかる。予防接種とか。
それはよかった。持ってきて、やっぱ子供がそういう感染症非常に持ってくるようになるので、自分がもうやったかな、やんないかなっていうのは結構重要な情報だから、あってよかったです。あとね、使うかわかんないですけど、通知表持ってきちゃいましたね。
参加者 1 28:47
小学校から高校まで全部持ってきちゃったかな、それ。それもやっぱ子供の時の夢で、ちょっと子供に見せようと思っててさ、なんか勉強しろとか言って、そんなこと言ったら、お母さん成績どうだったの。って切れた時に、おおおってなったらさ、見せようと思って、小学校の時のいい成績とかをさ、なんかそれを、 でも使わないかもしんない。わかんない。でも、親のつ、元が、あとは面白いよね、普通にね、と思って持ってきました。結構しょうもないものを持ってきてる。
あと、ここで家出した時の作文ですね、家出して帰ってきた後に、その心情とかをさ、いかに私が学校が嫌だったかっていうことと、家出でどんなことをしてたかってことを、
参加者 1 29:13
80枚ぐらいの、80枚ぐらいの対策に、こう、勝手にして、勝手、学年主任に提出したんで、なんか、それ、それはね、それは持ってきました。なんだろう、それは、すごい恥ずかしいものではあるけどさ、なんか一応取っとこうかなと思って。
すごいタイトルが、落ちこぼれ。この、ここまでっていうやつ、すごい恥ずかしい、タイトルだけですごい恥ずかしいんですけど、なんかこれだけは一応捨てないでおこうかなと思って、でも、持ってきたの、そんぐらいかな。今話したものの中に、実は1つね、捨てて1個だけ後悔してるものがあって、それはね、漫画なんですよ。
参加者 1 29:38
日記はね、その初恋日記も別に良かった。それはやっぱり思い出。自分の中に残ったものは大事っていうのは、それは本当で、やっぱ現物がないことに何も支障がなかったんですけど、漫画はね、なんだろう、 頑張った証とかじゃなくて、なんかたまにね、恐ろしいことにね、たまに読みたくなるんですよ。そう、自分のさ、全くデビューに及ばなかった漫画でさ、世に出てないものなのにさ、なんか、 なんか、あれ読みたいなってなって、私の漫画読みたいって思うんですよね。すごい。すごいね。漫画家じゃないものがこういうの恥ずかしいんだけど、
参加者 1 30:02
でももう書けないしさ、やっぱりさ、書けよ書けよって言われても書けないですよ。なんか書けないし。やっぱあの時の自分の漫画読みたいっていう気持ちもあってさ ね、その10代のさ、青臭い自分の漫画読みたいなと思って。なんかね、この私がすごい皆さんに伝えたいこととして、上手くても下手でも、やっぱ自分が書いてるものってマジで結構自分しか書けない。意外と変わりないんですよ。
なんか別にプロになんなかったし、なんか誰か、なんか誰か似たような話持ってるだろうって思っても、なんかないものなんですよね。やっぱその人だけの持ち味っていうのはさ、本当に下手でもあるんだなと思って。
参加者 1 30:30
みんなそうじゃないのかな。私が変なのか、その自分の漫画を読み返したいっていう気持ちがおかしいんですかね。自分のそれ普通に読んでる時あるから、すごいダメかもしんない。私だけかもしんないけど、なんか漫画も読みたいなと思っちゃって、それで、それで、正直めちゃくちゃ後悔してますね。
なんか、最後の完成原稿、最後に投稿した原稿だけは持ってきたんですけど、なんかそれは、なんかね、記念みたいなもので、なんか読みたいと思う感じのものでもないから、でかいしね。なんかね、
参加者 1 30:47
なんかそうじゃなくて、その、投稿用に書いたやつじゃなくてさ、もう10代の言葉し、何かをさ、何かを読みたいと思っちゃいますね。それ、日記じゃなくて、やっぱ作品としてさ、汚くても作品として残ってるってのが大事なのかもしれない。
なんかその他の落書きみたいに、別に写真で撮ってデータでもよかったのかもしれないけど、それさえしなかったからさ、なんか3枠ぐらい全部喋ってくればよかったな、全ページ喋るみたいなこと。そりゃよかったなと思いますね。
参加者 1 31:03
だからね、皆さんもなんか自分の作品はさ、その喋れないぐらいのボリュームの作品はあんま簡単に捨てない方がいいと思うって今言ったけど、小説だと大体テキストで残ってるからあんまりこだわることないから ね。漫画の人はぜひぜひ覚えておいてくださいね。同じじゃなかったらすいません。
まあ今日はそんなところなんですけどね。お役にお役に立つかなこれ。わかんないですけど、まあまあ楽しんでいただけましたら幸いです。
参加者 1 31:22
この後お便りのコーナーに行きたいんですけど、お便りの部分だけはですね、その前の没にしたテクを残したいと思ってんですよ。
すごいテンション違うんじゃないかっていう懸念が今あるんですけど、なんか前回さ、すごいインスタに対する怒り、怒りとさ、謎の話ですっごいテンション高い状態でとったから、お便りの時もテンション高かったような気がするんだけど、それを繋いで大丈夫かなって思いつつも繋ぐことにします。あと、曲紹介はですね、残念ながら
参加者 1 31:40
前回のテーマにまつわるものを紹介しちゃったから、今回はなしっていうことで。断ちゃりっていう曲もありそうなんですけど、まあまあ、そこまではいいか。なんかね、思い出を燃やすみたいな捨てるみたいな歌ってきっとあるだろうけど。
ちょっと今回は長くもなりましたのでこの辺でね。今週の今とってる私とはお別れということにしたいと思いますね。いつもと違ってこの後にお便りコーナーが来て、あれですね、お便りコーナーがぶつ切れで終わる感じなんですけど、ご挨拶はここでさせてもらおうかな。
今週も問題の最後まで聞いてくださりありがとうございました。よろしければお便りコーナーもお付き合いいただけますと幸いです。
参加者 1 32:05
次ちょっと取れるのいつになるかまたわかんないんですけど、暇を見つけてね。1回ぐらいは。夏休み中にあと1回ぐらいは取れればなと思っております。じゃあ皆様何かしらね。楽しい夏をお過ごしください。それでは失礼します。トシ美穂でした。
それではそんな余談も終わりまして。終わりまして。神山の影響で。ちょっと待ってくださいね。じゃあそんな余談はさておき、お便り読ませていただきたいと思います。
としまさん、こんにちは。初めてメッセージお送りします。千葉県在住の佐藤です。最近こちらのラジオを知り、ハマりにはま��て初回から一気に聞きさりました。ありがとうございます。
参加者 1 32:31
トシさんの話し方や声がとても聞き心地よく、また今の先生もツボって大好きです。自分を返して渡してほしいと言われたラブレターをどうにか相手に受け取ってもらう時の頼すよなど。あと個人的に好きなのは、話の中で小さい子供の喋り方を真似される時です。
ご自身のお子さんや、どんぐりを強奪した幼稚園児を真似た時などに出る鼻に詰まったような声。あれを聞くと、私の頭の中には勝手に小さな怪獣の子供が浮かび上がり、話の中に出てくる子供たちの愛らしさが増しています。笑長々と中身のない話を失礼しました。
参加者 1 32:52
これからもラジオとっても楽しみにしています。暑さも厳しくなってくるので、体調などお気をつけください。ということでした。さとさん、ありがとうございます。
怪獣みたいな怪獣を連想するという、こう皆さんわかりますかね。私がよく子供の声真似をしてるあれですね。怪獣に見えるんだ。怪獣がなんかこう頭の中に出てくるんだって。なんか新鮮に思いましたね。なるほどって。
参加者 1 33:05
私、怪獣で子供の怪獣が出てくる絵本ですごく好きなものが1つあって、隣の席の増田くんっていう武田美穂さんが書かれた絵本なんですよね。結構古い本で、今あんまり見ることないかな。その時はものすごく売れたと思いますけど、今も児童書コーナーに置いてあるっていう感じではないかもしれないな。
参加者 1 33:18
隣の席の暖房な男の子がさ、主人公かみほちゃんなんだっけか。どんなんだっけ。忘れちゃった。主人公の女の子、普通の人間の女の子なんだけど、隣の席の男の子は怪獣なんですよね。そんで、怪獣だからさ、すごい。なんか、なんか、その、隣の席であることを利用して、いつもごちゃごちゃちょっかい出してきたり、なんか横暴なことしてきたり、色々するんだけど、全然みたいな。
参加者 1 33:33
私、この点々々の部分忘れちゃった。ちょっと読み返さないとダメですね。これ、すごい好きだったんだけどな、なんかその、武田美穂さんの書く怪獣がすごいね。その、可愛い感じでさ、乱暴乱暴ものっぽい顔つきをしてるけど、なんか可愛い感じで。だから逆にこの佐藤さんのお便りを読んだ時に、私の頭の中で再生されたのは、武田美穂さんの書く怪獣だったんですよね。
参加者 1 33:47
その後、武田さんは結構皆さんご存じだと思うんですけど、ドアザーモイのがんこちゃんっていう教育テレビのさいてか、eテレの道徳番組のキラザをやってまして、がんこちゃんはあれは一応怪獣じゃなくて恐竜なんですけど、がんこちゃんのキャラデもですごい。あの立体で動くがんこゃん、好きなんですよねえ。佐藤さん、なんかそういうことを教えてくださって、どうもありがとうございました。
もう1つお読みします。トシさん、こんにちは。ラジオネームヒロと申します。東京都36歳男です。第34回で、インタビュー時の服装の話とご職の話にご回答いただいただき、ありがとうございました。
参加者 1 34:09
御職について、編集さんに18の時直してくださいと言い出せなかったと思う話は、胸がきゅっとしてしまいました。そう、そうだったんですね。御職の経験はありますか。という質問とともに書こうかと思ったのですが、長くなってしまったので割愛した質問です。
だからこの出版関係の質問、もう1つっていうことですね。どうもありがとうございます。なんかこういう子ネタを聞きたい人も一定数いると思うのでありがたいですね。
構成で予想外の部分を直されたり、指摘されるまで間違って使っていた日本語や、標準語だと勘違いしていた方言などありましたか。
参加者 1 34:28
トシさんの作品は登場人物のセリフが魅力的ですが、口語すぎて直されたりするのでしょうか。エッセイだとさらに血の分でも口語なので、そうだっけ。あ、なんとかがちょみたいなの書いてるような気もする。
手が加えられたりするのが気になりました。以前に作家のイイコ太氏がtwitter上で新庁舎の構成を絶賛していました。小説の描写でただマシほどの月光と書いただけで、構成の際にオーケー。現実の20126月9も満月満月と影の間とメモが来る とのことですが、そんな細かなファクトチェックまでされるのでしょうか。これ意味わかります。石井浩太さんはノンフィクションとかをよく書かれてる方で、
参加者 1 34:51
だから実際に多分ちょっとこのもんがなんなのかすいませんわかんないんですけど、多分旅とかしてる間の描写として、具体的に2012年6月9日とわかる日についての描写で、その時眩しいほどの月光がなんちゃらでって多分文章があったんでしょうね。それに対してコウセイさんが、その 月が、その新月の日にそれが書かれてたら大変だから、その時の月の大きさを調べてちゃんとオーケーっていうのを書き入れてくれた。それを石井コタさんは絶賛していたっていうことですね。これ初めて聞きました。まだ続きます。なんか構成に関していろんなご質問というか、いろんなお話があるんですね。
参加者 1 35:13
漢字変換しづらいと思いますが、あなたの本という意味ですね。エバーグリーンの中で名詞の歌、過去ソングは漢字表記ですが、動詞の歌う過去真具は平仮名表記になっていて、でも作中作の部分では漢字で歌い上げると書かれている点など、 表記揺れの統一も大変そうだなと思いました。かっこ文庫版105ページ主人公が想像した雑誌の見出し部分かっこ閉じ。
参加者 1 35:29
またきっとやさぐれにはまだ早いの第8回10年パンツの文中、一意的にセリフが文字化けしているところがありますが、メディアファクトリー編集部からその記号は弊社の文庫フォーマット、文庫フォントだったらすいませんなどと指摘を受けて修正をするという攻防があったのではと妄想しています。
もし何か印象的なエピソードがあれば教えてくださいということでした。まとめると、すいません、まとめちゃってすいませんなんですけど、構成の中でなんかいろんなことがあったんじゃないかっていうお話ですね。
参加者 1 35:44
いろんなことあったなと思いますね。この1番最初に私がこのお便り読んで思い出したのは、やっぱりその、身長者の構成っていうので、その、私、2冊目、3冊目、どっちだっけ。2冊目かな。
の本で、著作で、しま新庁舎で1冊目出して、2冊目また身長者で、そっち先だよね。ちょっと2冊目と3冊目、どっちが先か、私いつも不安になるんですけど、新庁舎として、それを書いた時に、もう今流通させてない本なんですけど、主人公の子たちが電車で、電車をどんどん乗り換えて、東京から島根を目指していくんですね。
参加者 1 36:06
それを書く時に、やっぱ私、そういうのさ、一応その元の鉄の端くれとして、その現実と違うこと書いてしまったらやだから、時刻表を見て、時刻を見つつ考えたのかな。なんかここでこういうのって、こう行って、こう行って、みたいな風に、ちゃんと時刻表から考えたんですけど、でもそしたら構成がか、やっぱ入ってて、メモが入ってて、時刻表のコピーが添えられてましたね。
そんで、やっぱり文章の中で、電車に飛び乗ったみたいな文章があったんですけど、その電車に、電車ってか、時刻表の頭に列車番号っていうのがあって、それがその、ディーゼルの電車。わかります。ディーゼルって、
参加者 1 36:31
その上に河川がなくても、みーって動いていく。結構ね、田舎のローカル線で、しかもは走ってないような、それなことなんですけど、違うかな。いろんなことがあるのか。ちょっとすいません、もはやてとタゃないので、その辺のね、ちょっとね、コウセイさんいないからさ、その辺を最後は置いといて、まみーって音を出して走って、ディーゼルっていうやつとみなして、そのダンダンダダンダダン、その、 もう経過にした電気の力走して電車と2つあるじゃないですか、それがもう記号でちゃんと時刻表見たらわかるようになってる。ここはディスなのに電車って書いてるから、電車に直してください
参加者 1 36:51
なんか、なんか、そね、じっこ見てんだったらそんぐらい見てくださいみたいなさ、しっかり見てくださいみたいな、結構お叱りの言葉が一緒に入ってて、私が多分若いからね、そのものを知らないから出てくれたんだと思うし、気を付けようと思ったんだけど、そういうことがありましたね。
それから、やっぱ気を付けてます。なんか同様の、もう1回時刻表見て何かを書くっていうことはなかったんだけど、自分がその時刻表をプライベートで見る時には気にしているかな。そんなことがありましたね。方言関係はないかな。
参加者 1 37:09
その、リアルな生活で、これ方言だったの。とか、こうやってなってんの。みたいなの、大学に入る時あったけど、そこで大体できってるから、すごい。すいません、話逸れるんですけど、その、1番友達と引っかかこれなって、それなみたいな。それなって言わない。だから、って言うんですけど、秋田弁では。
ってなったのがリンゴ。リンゴが標準語ですよね。秋田弁はリンゴ。
今もなんで。っていう感じ。あと、授業が授業。もう、もうわかんないわ。どっちが。どっちの
参加者 1 37:32
授業が標準語だよね。秋田弁でじゅ、授業。え、違うなああ、もう秋田弁のイントネーション忘れちゃったんだけど、 なんかそのイントネーションが違うだけで、東京の人に通じないっていうことがあって、何回もえ。え。って聞き返された挙げ句、言うよねって言われた時に、なんかすごいやっとしてさ、なんかそういうことがあったりとかしたけど、あんまり構成の中でそういうことがあったことはないですね。言葉じゃなくて慣習。周りのことはちょっと慣習っていうか、服装とか。
参加者 1 37:51
なんか結構何回もチェック入ったのが、その、高校生とか中学生の描写で、冬の道を歩いてる時にそのブーツをはブーツっていう言葉を私が多分何回か入れたんでしょうね。違う作品の中で、その都度その都度制服ですがっていう構成入るんですよ。
なんかこっちからしたらい、制服だけど何。みたいな。最初意味わかんなくて、でもなんか制服でブーツは履かないと東京の人は思っているみたいな感じ。
制服なんか雪が深いともうブーツを履く他ないから、そのさあ、制服スカートだけど、それに、そのさ、すんげえ分厚い、120デニールとかのさ、黒タイツ履いて、足元は絶対こう、ある程度たまるブーツ、でも、コート着てさ、通ってんですけど、
参加者 1 38:21
なんかそれが、都会の人には、なんかどうも想像つかないらしくて、なんで制服なのに、ここブーツなの。って思うみたいなんですよね。なんかそれ、逆にこっちがへえってなりましたね。なんか、東京の人は、絶対に制服にブーツ履かないんだって。確かに見ないし、 でも可愛いよね、それ。絵とかでもさ、よく書いてたかも。なんか落書きとかでさ、冬の格好してブーツ履いてっていうの、あれ可愛いよね。なんか可愛いのにやんないんだなって思いますね、
参加者 1 38:37
そういう。それ、ちょっと構成の話と、すいません、ずれましたけど、あと、このかきわけ、表記揺れですね。表記揺れの話、ちょっと細かすぎてね、あんまり興味ない方も多いかもしれないですけど、逆に少しだけ興味ある方もいると思うんで。
表記揺れは私は結構気にしてましたね。自分でこのエバーグリーンでの書き分け、そのシングとソングと、あと作中作のジングが全部違う表記になってるっていう、そういう使い分けをした記憶は実は消えてて、さすがに昔の話だから何も覚えてないんですけど。ただ、そういう
参加者 1 38:56
表記統一っていうのが、その1冊目の本を書き下ろしで、その受賞作以外は書き下ろしで書いたけど、すごい統一をされるっていうことをその時の構成で初めて知って、表記って統一しなきゃい���ないんだって思ってから、でも52では5に従えっていうかさ、 じゃああんまり迷惑かけないようになるべく統一しようと思って、非常に自分の中で揺れやすい表記っていうのはあるんですよね。
なんだろう、例えばあんまり思い出せないけど寂しいとかが1番怪しいかな。寂しいってひらがなですって書いてある時と、やっぱその、さんずいの寂しいを使う時と、
参加者 1 39:20
あんまり浮の寂しいは使わないんですけど、うっかり打っちゃうかもしんないから。3種類あるとして、なんかそれは言えてたらやっぱりおかしいから、なるべく自分の中で、一作の中では統一するようにとか。あと すごい逆にあれですよね、単純な言葉なんとかした時、なんとかのこうみたいな、そういうの結構ぱって開いたり感じにしたり、変っちゃ時はないかな。でもコアとかは怪しい。
参加者 1 39:39
なんかそういう揺れやすい字ってのは自分の中で決まってきてて、途中から。だからそういうのについて怪しいなって思ったら、書いてる段階でもう表を作って、短編ではやんなかったと思うんですけど、ちょっと長めの小説だと、なんか、その、プリントのだとかなんか言わない紙に、手書きで、こう 行か行作業っていう風に、こうばーって大体割り振って、そこにこう記入して、後で表記どうしたんだっけって、こうさせるようにしといて、そのメモをね、ずっと持っとくっていうのをやってましたね。書いてる間、書いてるてかこて構成が返ってきて、もうそれを参考にこう直すみたいな、
参加者 1 40:03
すごい細かい、なんか我ながら細かいっていう感じなんですけど、なんかそこはなるべく、本当頑張ってたかな。お金なんか直される、口々すぎるとか、あとは、 そのね、ラフすぎるみたいなこととか、あと、記号を直してほしいみたいなことにあまり従ったことないかな。この記号は割と大丈夫でした。私が出したやつが普通に通いました。ね ね、なんかこうせいさんってすごい。やっぱね、1回やったらすごい大変な仕事だなってわかりますよね、なんか、うん、なんか真似できないなってか、どんな。すごい適性を持った人しかできない仕事だなと思うから、
参加者 1 40:28
あまり何回も言うけど、迷惑かけたくないなっていう気持ちと、でもここは譲っ痛くないなっていう気持ちもあったりとか。譲ないの。すいません、ちょっと長くなってるんですけど、話、 私譲んないやつナンバーワン。あれですね、その点と、まるですね、主人公がこう、ぐちゃぐちゃ考え事をしている時に私がやりがちなのが、なんかモノ、道具でさ、
参加者 1 40:43
うん、でもその時はそう考えたものはてんでもなんとか、かか、なんとかしたからこうなった。丸みたいな、なんていうの。自分の中で考えてることの時は点で区切って、なんかそれが全部落ち着く時に丸にするみたいな。本来的にはその丸のとこを点で処理してるとこがいっぱいあるんですよね、癖でね。それで、やっぱりままみたいな、なんていうの。
コセイさんのあれってさ、赤字ってその圧じゃなくて、別に絶対直してっていうことじゃなくて、なんかもしあれでしたらみたいな、一応一般的にはみたいな指摘だから、そういうの全部してくれるんだけど、そこはもう全部赤字でままって書いて
参加者 1 41:06
ね。うん。譲らなかったとこもあります��、色々。うん、思い出しますね。
すいません、細かい話で色々興味ない人もいたかもしれませんが、一応ね、なんか書いてるっていう方の頼りが、今まで自分もなんか投稿したいっていう方も多かったので、この話、ちょっとね、細かく答えさせていただきました。こういうのも、なんかこう、質問がないと、こう、思い出話とか、若干しづらいとこがあるんで、ヒロさん、機会をくださってありがとうございました
参加者 1 41:33
みたいな、なんかさ、そういうのだったら、かなりさ、参加したくない。なんか自分が安全圏。
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usickyou · 2 years
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Dive(あるいはこの世界のヒロイン)
 #
 朝、目を覚ます。手のひらを強く握る。痛みは優しい。私に、今日も間違いなく生きていると教えてくれる。  窓を開く。涼しい風が髪を揺らす。鮮やかな空気。命を昨日から、今日へと運んでくれる。  そういう習慣があといくつか、私にはある。今はもう必要ない。けれど忘れることもない。実際、朝の習慣として悪いことではないから無理して捨てる必要もないし、それも私の一部であるから。  そんな習慣が最近、一つ増えた。  私は、目を閉じる。両腕をいっぱいに開いて、背中から、まるで意識を失うように容赦なく気遣いもなく、倒れ込む。  腿が、腰が、背中が、そして頭が柔らかいベッドに吸い込まれる、その瞬間に白い光が走る。  その光、だ。  それだけで、世界が生まれ変わる。
 
 # 虹を渡って
 晴れた空から、虹が降りてきた。  それは幻覚でも比喩でもなく、現実だ。春の朝、優しすぎて頼りない太陽を雲が覆い隠している。けれど雲は、きっと太陽を独り占めすることに心を痛めているのだろう、時おりそっと抱きしめる腕を緩めて、その切れ間から私たちへ光を与えてくれる。  どうしてか、その腕の中に虹を包み込んでしまったのだ。ごめんなさい、と雲が言ったかどうかは定かではないけれど、とにかく解き放たれた虹は暖かい方向へ、降る光の河に乗って、私にたどり着いたようだった。  辺りを見回す。人影はない。早朝、通勤通学その他色々、あるはずの雑踏は消えていた。選ばれたような気がして、心が踊った。事実、その状況は私を選んでいるとしか思えなかった。  虹に、触れてみた。思った通りに温かい。体の芯に響く温かさは、まだ桜の散り残るこの季節にはとても心地良かった。  足を踏み入れた。柔らかく確かな弾力があった。ローファーでしっかりと踏みしめて、七色の水飛沫を散らしながら、両足を乗せた。優しい傾斜、一歩一歩と踏み込んでいくその感触を楽しんでいるうちに、虹の根本が地上を離れていることに気が付いた。もう、登るしかない。後に退くなんて、ありえない。  高度が上がると気温が下がる、って中学校の時に習ったような気がする。けど、空に近付くほどにここは暖かくなっていく。足下で色濃く染まっていく虹と関係がありそうだ。カーディガンを脱いで、腰に巻いた。スクールバッグを背負ってから、学校があったことを思い出す。これはサボりなのだろうか。最近は優等生だったのに、うまくいかない。でも仕方ないし、悪くもない。 「加蓮」  私を呼ぶ声が聞こえた。虹の向こう、雲の上からだ。姿は見えない。聞き覚えのない、男か女かもわからない声は、けれど私を安心させた。実は眼下に広がる地上からの高度を感じて、少し怖くなっていた。落ちたらどうなるんだろうって、そういう想像をするまでもなく本能を揺さぶる高さまで達していたから。 「加蓮」  もう一度、声が聞こえる。その響きはあまりに優しくて、私は少し泣きそうになる。いつか、いつもお母さんに抱きしめられて泣いていた頃に比べたら、大人になったのかもしれない。けれどそうやって涙を流さなくなるなんて、それは悲しいことに思えた。  だから、泣いてみよう。「加蓮」私を呼ぶその声。誰かはわからないけど、この虹を渡って、雲を泳いで、太陽さえも飛び越えたら、その先にいるその人の前で思い切り泣いてみよう。  そうしたらその人、どんな顔をするだろうか。待ち遠しくて、逸る足を蹴り上げてみた。  虹が、舞い踊った。
 
 # ヴァルキュリア
 加蓮が脚を引きずる度、焼けるような痛みが背中を貫いた。左大腿の刺傷は決して浅くない。剣が神経を、血管を避けるようにして突き刺されたのは幸運でしかなかった。  しかし幸運が今ここに自分を立たせているのなら、それは何を求めているのだろう。そして幸運に選ばれなかった彼女たちに、何を求めていたのだろう。 「あの子を、どうか」そう残した彼女のおかげで、加蓮は生きている。死んでしまった脚を引きずりながら、まだ、生きている。彼女は「どうか」どうしてほしかったのだろう。その願いを、失われてしまった多くの願いを叶えることはできるのだろうか。相反する願いの多くを奪い去ったその剣を支えに荒れ地を進む加蓮を、二つの黒い太陽が嘲笑している。  不意に大地が震えた。辛うじて保たれていたバランスを失い、加蓮は崩れ落ちる。もう、時間はない。口を汚した砂を吐き出して、再び立ち上がる。  その視線の先に、彼女がいた。  加蓮の、全身の血液が沸き上がる。次に見るのが最期だと決めていた。道を別った瞬間から彼女は仲間でも友人でもなく、ただ一人の仇敵となった。それを選んだのは誰でもなく彼女であり、その選択をした瞬間からこの時が来ることは決まっていた。  大地を踏み抜く脚、加蓮の体は痛みを忘れた。ただそうするために、その瞬間のために枯れた大地を突き進んでいく。「ヴァルキュリアはそのために生まれてきた」と、いつかの声が反響していた。  再び大地が震える。加蓮の怒りに呼応するように、地表が裂け砂塵が巻き上がる。  しかし、答はなかった。空しく響く加蓮の叫びを黒い太陽が飲み込んだ。  彼女は、確かにそこにいた。しかし、そこにいるのはヴァルキュリアではなかった。 「……加蓮」  いたんだ。そう呟いて、彼女の瞳は加蓮を離れた。その向かう先には、一人の少女がいた。枯れた地に横たわり胸の上で手を重ねる、少女はもう生きてはいないと一目でわかった。  綺麗だと、思った。まるで眠るようなその体。 「幸せに、なりたかったんだ」  彼女の唇から、言葉がこぼれ落ちる。 「一緒に、幸せになりたかったんだよ」  涙が落ちた。一度こぼれてしまえば、堰は失われる。 「……なんで」  それは、加蓮にとっても同じだった。 「なんで! 知ってたんでしょ、わかってたんでしょ! 私たちは、知らなかった!」  剣を投げ捨てて襟首を掴む。 「送ってよ、お願い」  彼女の言葉は、答ではなかった。視線を向けながら決して加蓮を見ていない彼女の瞳は、何も映すことなく、ただ虚空に揺れている。 「違う、違う! 立って! 戦ってよ! 私と……私に、……どうして……」  声から、腕から、全身から力が失われる。地に落ちた膝の下で枯れ果てた花を踏み潰して、それにも気付けずに加蓮は涙を流す。  それが、ヴァルキュリアの最期の姿だっ��。  失われた命への弔砲のように、遥か地の果てから地鳴りのような歓声が響き渡り、そうして、戦いが終わった。  荒れ地はやがて、緑に還るだろう。  少女たちを失った、そのままで。
 
 # We’re the friends
 つまりは温度感。それか、なんて言おう、手触り、みたいなものなんだと思う。 「だからさー、わかんないかなあ、この感じ」 「いや、わかるよ」 「わかるわかる」 「……わかってないってことはわかったよ」  あたしは、大げさにため息をついてみせる。芝居がかった仕草、本気じゃないことのサイン。 「いや、ほんとにわかるよ」凛が言う。「私にとっては、花の香りとか、やっぱり触感? だと思う」 「あー、触り心地は大事かもなあ」と奈緒が同調を見せる。 「こんな感じ?」と奈緒のふわふわの髪をもしゃもしゃともてあそんでみる。「加蓮、ちょっと、やめろって」なんて態度を示してみせる、奈緒は本当に抵抗が下手くそで、これはもう、一つの才能かもしれない。 「でも、これはけっこう近いよ」 「へえ……私も触っていい?」 「いいわけないだろ、バカ!」  頬を赤く染めて、つんと横を向いてみせる。その可愛さは、掛け値なしに奈緒の才能だと凛と話したことがある。存外に盛り上がって、勢いで奈緒の可愛さをルーズリーフに羅列した。その紙は、奈緒に没収された。 「何話してんのー?」そう言って、マグを片手に美嘉がイスを引っ張ってきた。「私も、お邪魔します」と空いていた席に美穂が腰を下ろす。秋も深まって、とは言えまだ暖かいカフェテリアには、穏やかな風が吹いている。 「幸せって、なんだろって思って」 「なに、加蓮どうしたの?」 「どうもしないけど」 「何か、悩み事ですか?」 「そんなことないよ、でも、ありがと」  美穂のマグから、キャラメルラテのいい香りがする。 「あ、幸せっぽい」 「美穂が?」 「うん。それとほら、キャラメルのにおい」 「それは、ちょっとわかるかな」 「でしょー」  なるほど、考えてみれば香りも重要な要素だと思う。 たとえば、秋の香り。夏のように押しつけがましくなくて、かと言って冬みたいに寂しくもない、丁度いい距離感。 「あたしそれ、熱だと思うよ」美嘉が言う。「ライブの時の全身が燃えるみたいなカンジとか、あと、莉嘉と一緒に寝てる時とか、幸せって思うし」 「仲良いねー」 「まあねー」  美嘉が言った、熱。ライブステージを思い出す。光の海には、幸せがある。体の内側から沸き上がる熱、外から飛び込んでくる膨大な熱。それを幸せと呼ぶことに、抵抗はない。って言うか、かなり答に近いように思える。 「熱かあ……」 「なんであたしに触るんだよ」 「莉嘉ちゃんと美嘉みたいなこと」 「美穂、助けて」 「えっと、あたしで良ければ……」 「わーい」 「なんか、新鮮だね」  凛がふっと小さく笑う。いい笑顔だって、思う。 「美穂は?」 「え?」 「幸せって、なんだと思う?」 「わ、私? えlっと……」  あわあわと、聞かれるなんて思わなかった、っていう様子で美穂は空を見上げる。そこに、答はあるのかな。ふっと見上げた空に、優しい夕が広がろうとしていた。 「お日さま、かなあ……」  まだ少し、心をそこに残しながら美穂がつぶやく。「あったかく包み込んでくれる、そういうの、幸せって思う、かな」  言い終えて、頬を赤らめる。 「ちょっと、抱きしめていい?」 「先、私で」 「先輩が先でしょ」 「悪いけど、譲れないよ」  困りっぱなしの美穂と、けらけらと笑うあたしたち。「でも、本当に素敵だと思うよ。少なくとも私には思いつかなかった」フォローしながら不思議と口説いているように聞こえる、凛の言葉。やっぱり照れたんだ、美穂はラテをこまめに口に運んで、すぐに飲み干してしまった。  それからも特に答が出ることはなく、そのうちに日が沈んでいく。 「じゃ、あたし帰るよ」 「あ、あたしも。駅まで行こうよ」 「じゃあお開きってことで」  そうして、「また明日」とあたしたちはカフェテリアを後にした。  楽しい時間だった。答も何もなく、後に一つも残さず過ぎていく時間だった。「これって、幸せっぽくない?」って奈緒に聞いてみたら、「そうだな」って顔をそらすから、あたしはもう、ムービーを起動して「なーお」って呼びかける。精一杯心の準備をして、振り向いた奈緒はどんな表情を見せてくれるだろう。  それを待ちながら「ああ、幸せ」って言ってみた。  それがすっごくしっくりきて、思わず、笑っちゃったんだ。
 
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 私は、目を開く。開け放した窓から光が降り注いでいる。それだけで、私は生まれ変わる。今日という舞台の幕を開くのは、涼やかに吹き込む風。  携帯を手に取って、パターンロックを外す。数十件のメッセージが届いていた。その一つ一つ、全てを愛おしいと思う。一生で一番の一日が、毎日続いている。そんな魔法を、奇跡を、幸福を、私が。あの頃の私に教えてあげたいとも思うし、こんな日々が来ると知っていたらこの喜びはないのかとも思う。  はずみをつけて体を起こす。ベッドから両足で立ち上がって、力強くのびをする。すっかり目覚めた体は、今日へ向けて走り出そうとしている。  もう一度、窓の外を見た。夏が過ぎようとしている。信じられないくらい、きれいだ。朝焼けに涙が混じる。こぼれ落ちないくらいの、わずかな涙。  ああ、生きていて良かった。一度だけ口にしたことがある。その時だって、私はその言葉の意味を理解していたと思う。だけど、それを聞いて涙を流したあの人の方がきっと、その意味をずっと理解していた。  今なら、わかるよ。そう、私はあの人に伝えたい。  そうやって、生まれ変わろうよ。何度でも。  朝が、来る度に。
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5.夕凪LOOP [2005]
illustration & notes by 葉月 紗
1.Hello
煌めきが風に靡く、これは天国の景色だと思う。薄いヴェールを纏って君の頬に触れたら、それはキスにとても似ているんじゃないかって思うんだ。ずっと君の傍にいるために、僕は永遠になった。君に来る明日、そして未来が幸せなものである様に。透明な愛に包まれたラブレターを送ろう。
2.ハニー・カム
縮みそうで縮まらないこの距離のドキドキして、気持ちがはやる様が迫るリズムに表れている様でひたすらに可愛くて。私は手を握って気持ちを伝えてる、だから君には口に出して欲しい。その時は、手を広げて、愛しいその胸に飛び込んであげる!そんな駆け引きはくすぐったくて楽しい。
3.ループ
この曲を聞くと、ありありと主題歌になったアニメの映像を思い出せる。国や世界を、時を超えて、願いの為に旅をする彼らの姿を追いかけていた。その奇跡を願っていた。そして歌詞をなぞる様に、私が彼女との3度目の巡り会いをこの歌で果たした事。確信の瞬間を、私は今でも忘れずにいる。
4.若葉
友達の運転する車に初めて乗ったとき、普段は同じ顔をして笑っている彼女がぐんと大人っぽく見えて、なんだかときめいてしまった。好きな音楽が流れる車内で、みんなで歌いながら窓辺から連なる電灯の流れを目で追って。その瞬間のかけがえなさを噛み締めていたあの車内に一番似合う曲だった。
5.パプリカ
少し前まで野菜が好きじゃなかった私。でもこの曲のリムショットみたいな包丁の音を聞きたくて、夏野菜カレーを作ってみたら、案外美味しくて感動した事があって。そんな風に恩恵を受けたから、楽しく美味しくなるように、この歌を聞きながら料理をすることがマイルールになっています。
6.My Favorite Books
小さい頃に読んだ絵本。なんとなくその時の感じたことが、今の自分の人生にも影響してい��なと思う瞬間がある。勇敢に立ち向かう背中、守りたいものを抱えた腕。そして臆することなく愛を伝える事。僕らも僕らの人生の主人公として、勇者にも旅人にもなろう。
7.月と走りながら
秋の夜の帰り道。名残惜しく別れを告げる後ろでススキが静かに揺れていた。最終電車というフレーズなのに、何故か思い出すのはよく使っていたバスの終点地で。微熱を帯びた頬を冷たい窓につけて、向こう側の月を眺めている姿が歌に、その空気感が柔らかな男性コーラス表れる様。
8.NO FEAR / あいすること どこまでも透明で温かい風に包まれながら、安らかな眠りにつける曲。見返りはなくても、あなたの側にいて、恐れを取り払う存在でいたい。慈悲のような優しさで、でも何よりも強くて、美しい気持ち。それが、愛することなのだと思う。
9.ユニゾン
初めて聞いたときこの曲の不思議さに戸惑ったけれど、それは幾億年もの時の流れをなぞった時、その果てしなさに目眩がする感覚なのだと気付く。壮大な物語、過去ーー現在ーー未来ーーに、視点は大きく動き、そしてまた始まりの宇宙へ還っていく。今はもう、その深さに漂えるようになった。
10.冬ですか
ちょっと走ったら息が白い、そんな冬の知らせが嬉しい朝に聞きたい曲。北風がコートの隙間を通り抜けて身震いする寒さの中、ホットなリズムで展開されるスカが気持ちのウォーミングアップに丁度よくて。そうしたら傘に積もった雪をはらって、思いっきり走り出してもいいんじゃない?
11.夕凪LOOP
凪の姿を見せるような音が通り過ぎて、ほんの一瞬で夕暮れが目の前に現れる。街灯や月、飛行機雲、覗き込む影、揺れる稲穂、これまで見た景色をうつした水面。寄せては返すその波の繰り返しと、指先から広がる波紋の廻り。橙と青の空と風が攫えば、明日のための夜が優しく出迎えてくれる。
12.a happy ending
オムニバムの絵本のようなこのアルバムを締めくくる、ハッピーエンド。白いブーケに浮かびあがる、ささやかで幸せな日々。ずっと手を繋いでいてねと微笑む顔が涙で滲む。いつか来る別れの日、その時はこの愛を君の頬に優しく触れる風に変えて、また会いに行くと誓って。
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新型コロナウイルスの重症患者が急増している。特に40代・50代の重症化が目立つのが第5波の特徴で、東京都では重症患者の6割を占める。だが、この年代へのワクチン接種の進み具合は、自治体によってばらつきが大きく、かなり遅れている所も多い。そんな中、東京都墨田区では、今月7日時点で1回の接種を終えた40代は区民の6割を超え、50代は7割近くに達している。
今月13日付日経新聞電子版によると、同紙が緊急事態宣言下にある6都道府県の主要都市の1回目接種率を調べたところ、墨田区は50歳代で71.9%、40歳代で60.6%とダントツに高かった。40代については、さいたま市(6.7%)、那覇市(16.4%)、大阪市(17.7%)、世田谷区や品川区(17.8%)などと接種率が伸び悩む自治体が少なくない中、墨田区の進捗状況は際立っている。その効果か、陽性者数の推移を示すグラフからは、陽性者が下降の兆しも見てとれる。
 なぜそれができたのか。同区のコロナ対策の陣頭指揮をとる西塚至・同区保健所長に話を聞いた。
困難なスタートからの巻き返し
なぜ墨田区は、こんなに速いんでしょう?
「いえ、決して順調に行ったわけではありません。出足が遅れ、想定外のこともいろいろ起きました。大学病院があるわけでも、集団接種に向いた広い施設があるわけでもなく、大きい施設は五輪で抑えられて、条件は決して恵まれていません。それでもなんとか巻き返し、いろんなことを積み重ねて、結果的に今がある、というのが実情です」(西塚さん、以下囲み内は同様)
 どのようなことを積み重ねてきたのか。西塚さんへのインタビューや資料から、主要な事柄を確認していきたい。
高齢者枠を使ってでも、まずは医療従事者に接種、という判断
 同区では昨年7月頃から、地元医師会とコロナ対策について協議を行う中で、ワクチンについても話し合いを重ねてきた。12月に区役所内に予防接種調整担当課を立ち上げ、ワクチン接種の準備を進めた。
 しかし国のワクチン調達は遅れ、当初は輸入量が少なかった。高齢者への接種が開始される4月12日時点で、東京都に割り当てられたワクチンは4箱(3900回分)のみ。高齢者人口の多い地域から配分が始まり、初回は世田谷区と八王子市が2箱ずつ配分を受けた。墨田区としてはいささか出鼻をくじかれるスタートとなった。
 墨田区は接種初日の4月17日、集団接種の予行演習をかねて、区内の医療従事者に接種を行った。国の計画では、医療従事者の接種は都道府県が行い、市区町村は住民接種を担当する、ことになっていた。それをあえて、医療従事者からスタートさせたのだ。
「区は住民のことだけ考えていればよいはずでした。しかし、予約システムがダウンするなど、都の医療従事者接種は遅れ、(高齢者への接種を行う)医師がワクチンを打てずにいました。それで、うちは住民接種の枠を使ってでも、まずは医療従事者の集団接種を先に行おう、と」 
 これは、その後のワクチン接種について、医療従事者の士気を高める効果も生んだ、という。その後、全国各地で、自身は未接種のまま高齢者施設で接種を行う医師たちから不安の声があがったが、墨田区ではそうした事態はなかった。ちなみに、同区では救急車で患者を搬送する消防署員にも、5月には接種を行った、という。
”災害時の頭”で考える
接種券を早い時期に配ったわけ
 墨田区の特徴の1つは、ワクチン接種券の配布が早かったことだ。高齢者施設の接種に目処がつき、一般の高齢者の接種が始まったのは5月10日だった。だが65歳以上の区民の接種券は、2か月近く早い4月1日には発送していた。そして6月1日には、都内で最も早く、16~64歳の全ての区民に発送を行った。
「定期接種など”平常モード”では、事業開始の直前に接種券をお送りするのが普通です。しかし、今は”危機”。”災害時の頭”で考えると、大事なのは1人でも多くの人が、ワクチンを打つことです。一足早く接種が始まった世田谷区の高齢者施設に、墨田区民が暮らしているかもしれない。他区の施設で働いている区民もいるでしょう。そういう方々が、接種券がないために打ちそびれる、という事態が起きないよう、とにかく接種券だけは早くお配りしよう、と。1人でも2人でも、今居る場所で��って下さい、という思いでした」
 この”危機モード”対応は、後に想定外の恩恵を区民にもたらすことになった。
対象者の5%が自衛隊のセンターへ
 65歳以上に限定して行われていた自衛隊の大規模接種センターが突然、6月16日からの年齢制限撤廃を発表。遠方の東京・大手町の会場まで出向くよりも地元で打ちたい、という高齢者が多かったようで、希望者が想定を大きく下回ったためだ。
 若い年齢層の接種が可能となったが、予約には接種券が必要。しかし、この時点で多くの自治体は64歳以下には配布していなかった。そんな中、墨田区の人々はすでに接種券を手にしており、区民は次々に自衛隊のセンターに赴いて接種を受けた。
「これは大きかったです。1万2000人、対象者の5%が自衛隊に行って打って下さった」
災害時の助け合い
 住民の協力もあった。
 自衛隊のセンターでは、モデルナ社製のワクチンを使用。当初、厚労省はモデルナを接種可能な年齢を18歳以上としていた(その後12歳以上に変更)。また、モデルナは副反応が出やすいという話が出回り、1回目と2回目をファイザーより長く4週間空けなければならないこともあって、敬遠する人も少なくなかった。
「ところが、区内の大人たちから、『自分たちは自衛隊に行って、モデルナを打とう』という声があがったんです。ファイザーが足りなくなる、という時期でもあり、『ファイザーは子どもたちに回そう』という草の根の運動になって、自衛隊での接種が増えました。災害時は、地域の助け合いがあってこそ、です」
区直営の集団接種をメインに
危機には「割り切り」も必要
 墨田区の”危機モード”対応は、ほかにもある。
「”平常モード”であれば、日頃診てもらっている身近なかかりつけ医に打ってもらうのが一番です。ただ、今は災害時。危機にあっては、割り切るところは割り切って、最大限効率化を図り、数を多く打つのが大事。それに、このワクチンは1瓶から6人分とらなきゃいけないので、個別の診療所でやっていると余ってしまうことも。冷凍庫で保存する必要があるなどの使いにくさもあります。
 やはり、こういうものは集団接種がいい。これは2009年の新型インフルエンザの時の経験でもあります。国がいくら練馬方式(診療所での個別接種をメインに、集団接種で残りをカバーする)を推奨しても、うちはブレずに”危機モード”で対応し、集団接種メインで行くことにしました」
”小分け隊”の活用でムダなく数を稼ぐ
 当初は4つの区施設を使い、そのほか7病院でも個別接種を実施した。このうち墨田中央病院の接種では、千葉大学墨田サテライトキャンパスが会場を提供した。運営は民間に業務委託せず、区が直営し、ワクチンの在庫管理や配送は、職員による”小分け隊”が行った。
 キャンセルが出た場合は、区の危機管理Twitterやメールで区民に告知して希望者を区役所に集め、”小分け隊”が余ったワクチンを回収、西塚さんら保健所の医師が接種した。こうして、ムダを出さずに接種回数を稼いだ。地元医師会も”危機モード”を共有。集団接種の打ち手は、すべて区内の医師たちでまかなった。
「大きい施設はオリンピックに抑えられて使えないなど、条件は厳しく、地域にある資源を最適化して使うしかなかった。でも、それをやってみたら、いろんないいことがあった。特に地元医師会は自分たちが責任をもってやろうと士気が高く、おかげで事故なく、質が高く、長続きしている」
等身大の形作り
 接種券の発送や会場の設営は、選挙の際の入場整理券や会場作りと同じ、ということで、選挙管理委員会の職員が担当した。ワクチンに関する情報を掲載した区の広報紙は全戸配布することとし、これにも選挙公報配布のスキルが生きた。
「形を作って丸投げするのではなく、自分たちにできる等身大の形を作り、そこにちゃんと血が流れるように、職員が町内を回って苦情聞きなどもやって、形をさらに整えていきました」
 住民の声を聞く中で、若い世代の接種を進めるには、夜間、駅の近くで行う必要があると分かった。そこで、6月末から東京スカイツリーに隣接するビル、JR錦糸町駅と両国駅近くのホテルにも接種会場を設置。平日は午後8時まで、さらに土日祝日にも接種を行えるようにした。スカイツリー会場には託児所も設けた。
二転三転する国の方針にも柔軟に対応
当初から複数のワクチン使用を計画
 国のワクチン供給が不安定な中、墨田区は接種が始まる前の段階から、モデルナ社製ワクチンの使用を計画に組み込んでいたことが奏功した。
 接種が始まった時点で、厚労省が承認していたのはファイザー社製ワクチンのみだった。モデルナ社とアストラゼネカ社のワクチンが特例承認されたのは5月21日。しかし墨田区では、3月に公表した「実施計画」で、7月にはアストラゼネカとモデルナのワクチンを導入して、接種を加速させる計画を明らかにしていた。両社のワクチンは、ファイザー社製とは接種の間隔が違い、在庫管理も異なるので、複雑なオペレーションが必要になる。しかし、同区では接種の加速には、ファイザー以外のワクチンも必要になると考え、事前準備をしていた。それが、以下のように役立つことになる。
事前準備でモデルナ確保
 6月11日、ワクチン担当の河野太郎規制改革担当相が、市町村の集団接種でもモデルナの使用を認める方向を示した。あらかじめ計画済みの墨田区は、すぐに手を挙げた。この素早い反応で、同区はモデルナの配送を受けることができた。
 国が自治体でのモデルナ使用を認めたのは、7月からはファイザーの輸入量が減る分を補うためだった。ところが国は、同月22日には再度の方針変更をした。モデルナを使用する職域接種の申し込みが多く、「1日の可能配送量はもう上限に達している。このままいくと、供給できる総量を超えてしまう」として、自治体のモデルナを使った集団接種と職域接種の申請を中止したのだ。準備が間に合わず、配分を受けられなかった自治体もある。
在庫を出し惜しまない
 ワクチン供給不足への対策として、河野行革担当相が一時、在庫が多い自治体には配分を減らす、という新方針を示し、全国の自治体が混乱したことがあった。この時も、墨田区は影響を最小限に済ませた。扱いが面倒なワクチン接種記録システム(VRS)は、区職員が残業してこまめに入力。2回分を確保しないと1回目の予約をとれない、という自治体が予約を停止している中、墨田区では西塚保健所長が「在庫は出し惜しみせず、ペースを落とさずに予約や接種を進めて下さい」と、現場に檄を飛ばした。
「平常であれば2回確保してから予約をとる、となりますが、これも”危機モード”で対応しました。モデルナがありますし、国の輸入予定量は公表されていましたから、そういう情報を常にチェックしながら、大丈夫だろう、と。カラ元気でもありましたが、在庫ゼロのおかげで、”ボーナス(追加)”も来ました。この時期に加速するはずが、それはできなかったけれど、(ファイザー供給減の)前と同じ水準は保てた」
 このように、ワクチンを巡ってしばしば二転三転する国の対応にも、早い時期からの準備と、”危機モード”による柔軟で大胆な反応で、切り抜けてきたのが墨田区だった。
通年議会が補正予算に迅速対応
 加えて、区議会も”危機モード”を共有。ワクチン接種会場の増設など、様々な変化に伴う予算の確保に素早く対応した。
「昨年の11月から通年議会となっていたこともあり、毎月のように補正予算を通してくれるので、次々に変化する状況に迅速に対応できたんです」
 毎月の議会で、議員が住民の要望を披露したのも、情報として役立った、という。
”危機モード”共有の背景
 このように区、地元医師会、住民、議会などが”危機モード”を共有できた背景には、墨田区特有の事情もありそうだ。
 隅田川沿いにある同区は、水害の危機と常に向き合っている。最悪の事態では、ほぼ全域が水没することもありうる、と予測されているからだ。大雨の予報が出るたびに、同区は水害の発生を警戒する。常に最悪の事態を想定して考える”危機モード”の思考が鍛えられ、コロナ対応でも生きたのではないか。
 同区では昨年1月末の段階から、新型コロナウイルスを新たな「災害」、それも警戒レベル5の最大級の災害ととらえて対応してきた、という。国や東京都では、第5波で重症患者数が過去最高を日々更新する事態になって、ようやく「災害級」という言葉が出てきたのに比べると、危機への向き合い方が異なるように見える。
 この”危機モード”を区、医師会、住民、議会が共有し、連携することで、次々に生じるいろんな問題をうまく飲み込み、ペースを落とさずに接種を続けることができた、と言えるだろう。
ワクチン以外でも素早い対応
 墨田区が速いのはワクチン接種だけではない。医療提供体制についても、際だった対応が見られた。2つの例を挙げる。1つは、地域完結型の医療体制「墨田区モデル」の構築。もう1つは、抗体カクテル療法のすみやかな導入だ。
回復期の患者を中小病院が引き受ける
 コロナ禍の日本で、医療が逼迫する原因の1つに、回復した重症者の転院が困難、という問題がある。患者は人工呼吸器から離脱できても、すぐに日常生活には戻れるわけではない。その後の治療やリハビリが必要だが、そのための転院先がなかなかみつからないのだ。
 これに対応するため、墨田区は今年1月25日、地域の病院が連携して、転院を進める仕組みを作った。同区では第一種感染症指定医療機関である都立墨東病院が重症患者を、同病院と重点医療機関の病院が中等症患者を引き受けている。そして回復期に入った患者は、他の中小私立病院が次々に受け入れ、重症者や中等症患者のためのベッドを空けるようにした。
 この体制を導入して3日後には、入院待機者が0になった。今も、医療崩壊を食い止めている。
 速やかな体制作りが可能になったのも、災害時を想定した、常日頃からの地元医師会と保健所の関係があったからだ。
「危機を想定し、墨東病院には『断らない医療』をやってもらい、そこがいっぱいになったら地域の医療機関が後方支援で引き受ける、という意識が、地元の病院経営者には以前からある。今回は、墨東をパンクさせないために、自分たちが支えていかなければならないという危機感が、地元医師会の中でより一層強い」
抗体カクテル療法にもいち早く対応
 抗体カクテル療法は、2種類の抗体を点滴投与する治療法で、軽症者の重症化を防ぐ効果がある。アメリカのトランプ前大統領が感染した際、この治療を受け、早期に回復したことで知られる。日本では、7月19日に重症化リスクの高い軽症・中等症患者の治療薬として特例承認された。墨田区では、同愛記念病院に区民優先の病床を20床確保していたが、ここで同月27日から必要な患者にこの療法を行うことにした。8月13日までに20人の患者に実施し、いずれも経過は良好、という。
 東京都がこの療法のための病床20床を確保したことを発表したのは同月12日だったことを考えると、墨田区の手際の良さが光る。これも、”危機モード”による早い準備が生んだ。
「4月に、近いうちに特例承認されるという情報があったので、区内の病院で実施しようと、5月頃から病院と勉強をしてきました。当初は4つの病院で実施しようと考えていたのですが、入院が必要とのことなので、区民のための病床を確保していた同愛記念病院で行うことにしました」
 準備を急いだのは、第4波の大阪の状況を見て、危機感を募らせたからだ。地元医師会と共に、神戸市民病院の医師を招いたweb上の研修会を行い、関西でどのようなことが起きたのか、詳細を学び、対策を検討した。
「酸素が足りない、中等症のベッドは一杯になり、感染者が減らない。このような大阪の第4波が東京でも起きる、という前提で準備をしたのが、今生きている」
十分な検査態勢を整える
 このほか、コロナ対応としては、検査態勢を区独自で充実させてきたことも大きい。それは、昨年4月に墨東病院でクラスターが発生し、新たな入院や救命救急センターでの患者受け入れを停止した時の教訓からだという。
「国立感染症研究所が入って、症状のない人も含めて全員の検査をやった。そのやり方から学ぶことが多かった。ウイルスは目に見えない敵なので、徹底した検査しかない」
 しかし当時、東京都としてできる検査は1日に200-300件ほど。そのため、医師が必要と判断しても、検査を受けられない発熱患者がいた。墨田区は、独自にPCRセンターを設置。6月に検査会社を区内に誘致し、通常の3割程度の金��で1日240件の検査を行えるようにした。
 さらに、保健所自身が唾液によるPCR検査を開始した。検体を唾液にしたのは、医師がいちいち咽頭を綿棒でぬぐう作業をしなくてすむので、大量の検査に適していると考えたからだ。
 最初に大規模な検査を行ったのは昨年6月下旬。地元のオーケストラ、新日本フィルハーモニー交響楽団の楽団員ら74人のPCR検査で、全員の陰性を確認した。それまで演奏活動を自粛していたオーケストラは、7月初めに演奏会を再開した。
「自前の検査なので午前中に検体を出せば、2時間後には結果が分かります。費用も1人1000円くらいで済みます。どこかの施設で1人陽性者が出れば、すぐに全員の検査をやる」
 陽性者の第一報を知ると、西塚所長自身も防護服を着込み、検査のために現場に向かった。高校受験の時期は受験生の検査を行い、小学校の移動教室など人数が多い時にはプール方式で検査した。夜の街が危ないという話が広がった時期には、向島の花街の芸者たちの検査を実施。「向島は安全だと示したいので、ぜひやってください」という芸者衆の要望に応えた。
「人は大事」
 こうした対応が可能になったのは、1人の保健所職員がいたからだ。ベテラン検査技師の大橋菜穂子さん。西塚所長が独自の検査実施の方法について頭を悩ませていたところ、大橋さんが「私はPCR検査ができます」と申し出た。
 2014年に代々木公園でデング熱が発生して以来、大橋さんは毎月のように、区内の公園で蚊を採取してはすりつぶし、PCR検査でウイルス感染の有無を調査し続けていた。結果はいつも陰性だが、それを確かめるために、大橋さんは黙々と検査を重ねた。PCR検査の技術を磨き、機械もメンテナンスを欠かさなかった。
 それが、このコロナ禍で生きた。大橋さんは、感染症研でコロナウイルス��検査の手法を学び、今では変異株の検査も担っている。
「昔は、検便も結核の検査も、水道の検査も、すべて保健所でやっていた。それが次々に民間委託となり、保健所から検査機能が失われ、保健所そのものも減らされてきた。そんな中、商売にはならない蚊の検査を続けてきた検査技師が1人いたおかげで、コロナにも対応できた。本当に、人は大事です。金にならないことをやって、危機に備える。これこそ公衆衛生です」
適切な情報の公開
 住民への適切な情報発信も心がけた。象徴的な事例が、早期にコロナ対応をする医療機関名の公表に踏み切ったことだ。
 新型コロナの感染が疑われる患者に対応する医療機関は、都道府県が「診療・検査医療機関」を指定した。ただ、多くの自治体は「風評被害」を恐れて機関名を公表しなかった。東京都も同様。そのため、患者が受診するには、かかりつけ医か都の発熱相談センターに相談し、紹介を受けなければならない。同センターに電話がつながらないことも多く、煩雑さから、症状があっても軽症の場合、医療機関にかからずに済ませる人も少なくなかった。
 そうした人が感染を広げる懸念から、墨田区は昨年11月、区内の「診療・検査医療機関」の名称公表に踏み切った。それによって受診がしやすくなる利便性と、感染拡大の抑制が狙いだった。区の広報紙では、年末年始の発熱外来を行っている医療機関名と診療日や連絡先などを詳しく伝えた。
 さらに、西塚所長がTwitterなどのSNSを使って、区の対応を丁寧に説明。西塚所長のアカウントには、「家族が熱を出した。どうしたらいい?」「熱がある。日曜日だけど、どうしたらいい?」といった相談も頻繁に飛び込む。そのたび、「○○なら、予約なしで受診できます」などといった情報を伝えている。
「自分が必要な時に必要な情報が得られずに困っている人がいる。そういう人をとりこぼさないようにしたい。災害時は、区としては大きく構えて対策をしなければならないが、こういう細かい情報を補強するにはSNSは有益です」
 このような対応をするため、自宅にいても、スマートフォンは手放さない。
 ちなみに、施設で患者が確認された時、噂や風評被害を防ぐため、同区では施設名も公表している。
保健所の役割とは
 保健所の仕事について、西塚所長はこう語る。
「いろんな資料を分析しながら、地域の弱みを常にウォッチして、必要な資源を作って供給していく。インテリジェンスとロジスティクスです。墨田区は一貫して、これが公衆衛生を担う保健所の役割と認識してやってきました。私たちは、尾身先生たち専門家が言うことを忠実にやってきただけです。その(提言を実現する)ために必要な資源は用意する。現場の医師たちが『検査をしたい』『患者を入院させたい』と言う時に、ちゃんとできるようにする。これが保健所の仕事です。
 資源が足りなければ、作る。たとえば、東京都の検査能力が限られているからと、検査数を絞るのではなく、検査がより多くできるようにしてきました。国や都の対応を言い訳にせず、資源にニーズを合わせるのではなく、ニーズに資源を合わせるんです」
 そのための工夫をし、早めに準備を整えて、あらゆる立場の人たちを結びつけていくのが、西塚流の真骨頂と言えるだろう。
 平成元(1989)年度には、全国に848あった保健所は、合理化の波に洗われて、現在は470まで減らされた。その保健所が今、新型コロナウイルスとの闘いで要の役割を担っている。
「だいぶ減らされたとはいえ、うちに検査技師がいたように、今もまだ保健所には様々なスキルが残っています。その力を、今発揮しないで、いつ発揮するのだ。そんな思いでやっています」
 各地でも今、それぞれの地域の事情を踏まえた保健所の奮闘がある。その保健所の機能を存分に生かすためにも、また、各地でワクチン接種を加速化するためにも、国や各自治体が西塚所長の話から学ぶところは多いのではないか。
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ari0921 · 4 years
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日本に「見えない戦争」を仕掛け始めた中国
日本は「全政府対応型アプローチ」で備えよ
2020.11.16(月)
樋口 譲次
「新しい戦争」の形
 21世紀の戦争は、国家が堂々と紛争の解決を軍事的手段に訴える分かりやすい従来型の戦争から、知らないうちに始まっている外形上「戦争に見えない戦争」へと形を変えている。
 この「新しい戦争」の形を初めて実戦に採り入れたのはロシアである。
 その実戦とは、2014年のロシアのクリミア半島併合と東部ウクライナへの軍事介入であり、西側では「ハイブリッド戦」と呼んでいる。
 ハイブリッド戦は、『防衛白書』(令和2年版)によると下記のように説明されている。
 軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にした現状変更の手法であり、このような手法は、相手方に軍事面にとどまらない複雑な対応を強いることになります。
 例えば、国籍を隠した不明部隊を用いた作戦、サイバー攻撃による通信・重要インフラの妨害、インターネットやメディアを通じた偽情報の流布などによる影響工作を複合的に用いた手法が、「ハイブリッド戦」に該当すると考えています。
 このような手法は、外形上、「武力の行使」と明確には認定しがたい手段をとることにより、軍の初動対応を遅らせるなど相手方の対応を困難なものにするとともに、自国の関与を否定するねらいがあるとの指摘もあります。
 顕在化する国家間の競争の一環として、「ハイブリッド戦」を含む多様な手段により、グレーゾーン事態(純然たる平時でも有事でもない幅広い状況)が長期にわたり継続する傾向にあります。(括弧は筆者)
 東西冷戦が終結して2000年代に入り、複数の旧ソ連邦国家で独裁的政権の交代を求めて民主化と自由を渇望する運動が起こった。
 非暴力の象徴として花や色の名を冠した、グルジア(ジョージア)のバラ革命(2003年)、ウクライナのオレンジ革命(2004年)、キルギスのチューリップ革命(2005年)などがそれである。
 また、アラブ諸国においても「アラブの春」と呼ばれた同様の運動が起こり、2010年から2011年にかけてチュニジアの民衆が蜂起した「ジャスミン革命」を発端として、エジプト、リビア、イエメンなどでも独裁・腐敗の政権が倒された。
 シリアでは激しい内戦が最近まで続いている。
 これらの民主化と自由を求める運動によって、かつての衛星国を失ったロシアでは、本運動は米国や欧州などの西側が介入・扇動し、旧ソ連邦国家やアラブ諸国住民の「抗議ポテンシャル」を活性化させた意図的な体制転覆あるいは陰謀であり、一種の戦争であるとの見方が強まった。
 そして、ロシアもまた、このような脅威に晒されているとの認識が高まり、安全保障・国防政策上の中心的テーマとして急浮上したのである。
 それを背景として、2013年2月に発表されたのが、ロシア連邦軍の制服組トップであるヴァレリー・ゲラシモフ参謀総長による「予測における科学の価値」(『軍需産業クーリエ』、2013年2月27日付)というタイトルの論文である。
 ゲラシモフ論文は、「21世紀には近代的な戦争のモデルが通用しなくなり、戦争は平時とも有事ともつかない状態で進む。戦争の手段としては、軍事的手段だけでなく非軍事的手段の役割が増加しており、政治・経済・情報・人道上の措置によって敵国住民の「抗議ポテンシャル」を活性化することが行われる」と述べている。
 そして、ゲラシモフ論文による21世紀の戦争では、非軍事的手段と軍事的手段との比率を4対1とし、非軍事的手段の役割の大きさが強調されている。
 そのように、ゲラシモフは「戦争のルールが変わった」と指摘しており、いわば「新しい戦争」の到来を告げたのである。
 その後、2014年にウラジーミル・プーチン大統領が承認した「ロシア連邦軍事ドクトリン」は、前年のゲラシモフ論文の考え方を踏まえて作成されたとみられている。
 ロシアの2014軍事ドクトリンでは、政治的、外交的、法的、経済的、情報その他の非攻撃的性格の手段を使用する可能性が尽きた場合のみ、自国およびその同盟国の利益のために軍事的手段を行使するとの原則を固守するとし、最終手段としての軍事とその他の手段との連続性を示唆している。
 そして、同ドクトリンでは「現代の軍事紛争の特徴および特質」と題して10項目を挙げ、ハイブリッドという言葉こそ使っていないが、ハイブリッドな戦い方が現代戦の特色であることを強調している。
「現代の軍事紛争の特徴および特質」を時系列的にまとめると、次のようになろう。
平・戦時の境目のない戦い→ハイブリッド戦/グレーゾーン事態
①軍事力、政治的・経済的・情報その他の非軍事的性格の手段の複合的な使用による国民の抗議ポテンシャル(相手国民への宣伝戦・心理戦による懐柔)と特殊作戦(リトル・グリーンメン)の広範な活用
②政治勢力、社会運動に対して外部から財政支援および指示を与えること
③敵対する国家の領域内において、常に軍事活動が行われる地域を作り出すこと(東シナ海:尖閣諸島~沖縄、南シナ海)
軍事活動への移行
④軍事活動を実施するまでの準備時間の減少
軍事活動
⑤グローバルな情報空間、航空・宇宙空間、地上および海洋において敵領域の全縦深で同時に活動を行うこと(マルチドメイン作戦)
⑥精密誘導型兵器および軍用装備、極超音速兵器、電子戦兵器、核兵器に匹敵する効果を持つ新たな物理的原理に基づく兵器、情報・指揮システム、無人航空機および自動化海洋装置、ロボット化された兵器および軍用装備の大量使用(技術的優越/先進的兵器)
⑦垂直的かつ厳密な指揮システムからグローバルな部隊および指揮システムネットワークへの移行による部隊および兵器の指揮の集中化および自動化
⑧軍事活動に非公式の軍事編成および民間軍事会社が関与すること
(以上、括弧は筆者)
 つまり、「新しい戦争」の特徴・特質は、まず、純然たる戦時と認定しがたい条件の範囲内で、軍事的手段と非軍事的手段を複合的に使用し、相手の知らないうちに外形上「戦争に見えない戦争」を仕掛ける。
 それによる可能性が尽きた場合には一挙に軍事活動へと移行し、最終的に最先端技術・兵器を駆使したマルチドメイン作戦による軍事活動をもって戦争の政治的目的を達成することにあると言えよう。
 ロシアは、旧ソ連邦国家やアラブ諸国の民主化や自由を求める運動を西側による体制転換の脅威として非難しているが、むしろそれを逆手にとり、実際にウクライナやシリアで「新しい戦争」を展開しているのはロシアの方である。
 そして、最近ロシアとの軍事的接近を強めている中国が、「孫子」の伝統と2人の軍人によって提唱された「超限戦」の思想と相まって、従来と形を変えた「新しい戦争」を描く「ロシア連邦軍事ドクトリン」に関心を示さないはずはないのである。
すでに始まった中国の対日“戦争”
 習近平国家主席は、故毛沢東主席のほかに、ロシアのプーチン大統領をロール・モデルとしていると言われている。
 クリミア半島併合などの実戦で採用された「ハイブリッド戦」に代表されるロシアの軍事ドクトリンは格好の教材である。
 習近平主席は、中国のシンクタンクにその研究を命じ、それによって、中国の台湾統一戦略や尖閣諸島・南シナ海などへの海洋侵出戦略に大きな影響を及ぼしていると見られている。
 そこで、中国がわが国に対して仕掛けている「新しい戦争」について、ロシアが挙げる「現代の軍事紛争の特徴および特質」に沿って分析してみることにする。
①「軍事・非軍事手段の複合的使用等」について
 中国は、軍事や戦争に関して、物理的手段のみならず、非物理的手段も重視しているとみられ、「三戦」と呼ばれる「輿論(よろん)戦」、「心理戦」および「法律戦」を軍の政治工作の項目としているほか、軍事闘争を政治、外交、経済、文化、法律などの分野の闘争と密接に呼応させるとの方針も掲げている。(令和2年版『防衛白書』)
 米国防省によると、輿論戦は、中国の軍事行動に対する大衆および国際社会の支持を得るとともに、敵が中国の利益に反するとみられる政策を追求することのないよう、国内および国際世論に影響を及ぼすことを目的としている。
 心理戦は、敵の軍人およびそれを支援する文民に対する抑止・衝撃・士気低下を目的とする心理作戦を通じて、敵が戦闘作戦を遂行する能力を低下させようとする。
 また、法律戦は、国際法および国内法を利用して、国際的な支持を獲得するとともに、中国の軍事行動に対する予想される反発に対処するものである。
 中国は、海洋侵出の野望を実現するため海軍および海警局の先兵として海上民兵(リトル・ブルーメン)を活用している。
 海上民兵は、普段、漁業などに従事しているが、命令があれば、民間漁船などで編成された軍事組織(armed forces)に早変わりし、軍事活動であることを隠すため、漁民などを装って任務を遂行する。
 東シナ海の尖閣諸島や南シナ海で見られるように、海上民兵は、中国の一方的な権利の主張に従い、情報収集や監視・傍受、相手の法執行機関や軍隊の牽制・妨害、諸施設・設備の破壊など様々な特殊作戦・ゲリラ活動を行う。
 同時に、係争海域における中国のプレゼンス維持を目的とし、あるいは領有権を主張する島々に上陸して既成事実を作るなど幅広い活動を行い、中国の外交政策や軍事活動の支援任務に従事している。
 その行動は、「サラミ1本全部を1度に盗るのではなく、気づかれないように少しずつスライスして盗る」という寓意に似ていることから、「サラミスライス戦術」と呼ばれている。
「サラミスライス戦術」を行う海上民兵が乗船する漁船などの周りを海警局の艦船が取り囲み、公船の後方に海軍の艦艇が待機し、島や岩礁を2重3重に囲んで作戦する様子が、中心を1枚ずつ包み込んでいるキャベツの葉に似ているので、これを「キャベツ戦術」と呼んでいる。
 そこには、前述の通り、計算尽の巧妙な仕掛けが潜んでいる。
 まず、中国は、歴史的にも国際法上も日本固有の領土である尖閣諸島を、中国の「領海・接続水域法」で自国領土と規定した「法律戦」に訴えつつ、妥協の余地のない「核心的利益」と主張している。
 その虚構の上に、尖閣諸島周辺海域で漁船(海上民兵)を活動させ、その保護を名目に法執行機関(海警)を常続的に出動させている。
 そして、「釣魚島は中国固有の領土である」という題目の白書を発表するとともに、いかにも尖閣諸島を自国領として実効的に支配しているかのように国際社会に向けた大規模な「輿論戦」を繰り広げている。
 同時に、日本および日本国民に対しては力の誇示や威圧による士気の低下を目的とした「心理戦」を展開している。
 このように、中国の日本に対する「戦争に見えない戦争」は、すでにこの段階まで進んでおり、中国の尖閣諸島奪取工作は危機的状況にまで高まっている。
 そして、中国は、同島周辺地域で不測の事態が起きることを虎視眈々と窺っており、もしそのような事態が発生すれば、力による現状変更の好機と見て軍隊(海軍)を出動させ、軍事的解決に訴える態勢を整えているのである。
②「敵対国家内の政治勢力や社会運動に対する財政支援・指示」について
 米有力シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)は2020年夏、「日本における中国の影響」についての報告書を発表した。中でも、中国の沖縄工作が注目される。
 報告書は、中国が世界中で展開する戦術には、中国経済の武器化(取引の強制や制限)、 物語的優位性の主張(プロパガンダと偽情報)、エリート仲介者の活用、在外華人の道具化、 権威主義的支配の浸透などがあるとした。
 こうした工作を中国は日本に対しても行い、表向きの外交から、特定個人との接触などの隠蔽、強制、賄賂による買収(3C=covert, coercive and corrupt)を用いているとしている。
 特に、尖閣諸島を有する沖縄県は、日本の安全保障上の重要懸念の一つであり、米軍基地を擁するこの島で、外交、ニセ情報、投資などを通じて、日本と米国の中央に対する不満を引き起こしていると指摘する。
 報告書は、中国共産党が海外の中国人コミュニティに影響を与えるために使用する多くの方法の一つが中国語メディアであり、ニュースメディアを通じた中国の影響力の最も重要なターゲットは沖縄だと指摘する。
 この件については、日本の公安調査庁も年次報告書(2015・17年の『内外情勢の回顧と展望』)において、中国官製メディアの環球時報や人民日報が、日本による沖縄の主権に疑問を投げかける論文を複数掲載していることを取り上げ、沖縄で中国に有利な世論を形成し、日本国内の分断を図る戦略的な狙いが潜んでいるものとみられ、今後の沖縄に対する中国の動向には注意を要すると問題提起している。
 そのように、中国が沖縄に「独立宣言」させる工作を進めている可能性があるとして懸念が広がっている。
③「敵対国家の領域内における軍事活動地域の創出」について
 中国は、尖閣諸島周辺の日本の領海や接続水域に法執行機関である海警局の艦船を絶え間なく送り込み、同諸島の領有をかたくなに主張している。
 この動きは、2019年から強まっており、今年、各国が新型コロナウイルスへの対応に迫られる中でもその攻勢はむしろ激化し、これまでとは違った危険な局面に入っていると見られている。
 尖閣諸島周辺での中国公船等による接続水域内入域および領海侵入は、今年4月中旬から110日以上連続した。
 そして、5月8日、日本の領海に侵入した中国海警局の2隻が、そこで漁をしていた日本漁船を追尾し続け、3日間にわたって領海への侵入を繰り返した。
 この件について中国外務省の報道官は、「日本漁船が中国の領海内で違法な操業をしたため海域から出るよう求めた」と主張した。
 すでに尖閣諸島は自国領であるとの前提に立ち、あくまで自国の海で主権を行使しているに過ぎないとうそぶく始末である。
 中国では、2018年1月に人民武装警察(武警)部隊が、また同年3月には武警部隊の傘下に海警局が、それぞれ国務院(政府)の指揮を離れ、最高軍事機関である中国共産党中央軍事委員会(主席・習近平国家主席)に編入された。
 この改編を通じ、海警局の法執行の強化および武警・人民解放軍と融合した軍隊化が図られた。
 その結果、尖閣諸島周辺海域で行動する中国海警局の艦船は、準軍隊としての性格と役割を付与され、東シナ海を管轄する人民解放軍の「東部戦区」とともに一元的に作戦行動をとる体制が整ったことになる。
 さらに、中国の立法機関である全国人民代表大会(全人代)は今年11月初め、海警局(海警)の権限を定めた「海警法」案の全文を発表し、国家主権や管轄権が外国の組織、個人に侵害されたときは「武器の使用を含めたあらゆる必要措置」を取れると規定した。
 また最高軍事機関である中央軍事委員会の命令に基づき「防衛作戦などの任務」にあたることも明記された。海警局の艦船は、大型化し、軍艦並みの兵器を装備しており、法制定後は海軍との連携を一段と強めるとみられている。
 前述の通り、海警局の艦船は、尖閣諸島周辺で領海侵入を繰り返しており、周辺で操業する日本漁船も「海警法」の対象となるのは間違いなかろう。
 このように中国は、日本領域内の尖閣諸島ひいては南西諸島周辺を焦点に軍事活動を行う地域を意図的に作り出していると見ることができ、今後、不測の事態が生起すれば、一挙に軍事活動へとエスカレートさせる危機が迫っていると考えなければならない。
④「軍事活動への短時間の移行」について
 中国は、東シナ海の尖閣諸島、南シナ海そしてインドとの国境で、領土的野心を露わにしている。
 今年6月に中国とインドの国境付近で発生した両国軍の衝突は、中国が自国周辺の領有権主張を巡り、一段と強硬姿勢を取るリスクを浮き彫りにした。
 また、その衝突によって、中国が国境付近の現状を変えるため、現場の比較的小規模な小競り合いを利用しごく短時間に軍事作戦へ移行することも明らかになった。
 同じように、中国の尖閣諸島を焦点とする日本に対する軍事作戦は、「Short, Sharp War」(迅速開始・短期決戦の激烈な戦争)になると見られている。
 そのシナリオの一例はこうだ。
 米国がINF全廃条約の影響で、東アジアに対する中距離(戦域)核戦力による核の傘を提供できない弱点に乗じて、中国軍は日本を核恫喝してその抵抗意思を削ぐ。
 同時に、対艦・対地弾道ミサイルを作戦展開し、それによる損害を回避させるべく米海軍を第2列島線以遠へ後退させるとともに、米空軍を北日本などへ分散退避させる。
 その米軍事力の空白を突いて、中国軍は、海空軍を全力展開して東シナ海の海上・航空優勢を獲得し、その掩護下に海上民兵や日本国内で武装蜂起した特殊部隊などに先導されて尖閣諸島をはじめとする南西諸島地域に奇襲的な上陸作戦を敢行し、一挙に同地域を奪取占領する。
 まさにその軍事作戦は、迅速に開始され短期決戦を追及する激烈な戦争、すなわち「Short, Sharp War」を追求している。
 その際、米陸軍および海兵隊は、中国軍の侵攻に遅れまいと第1列島線への早期展開を追求するため、中国軍の侵攻と米地上部隊の展開が交錯する戦場でいかに主導権を握るかがカギである。
 したがって、日本や第1列島線の国々は、米陸軍・海兵隊の受け入れをスムーズに行う体制を平時から整備することが重要である。
⑤「マルチドメイン作戦による戦争」について
 中国は、日米などが新たな戦いの形として追求しているマルチドメイン作戦(MDO)という言葉を使用していないが、それに相当する概念を「情報化戦争」と呼んでいる。
 中国は、2016年7月に公表された「国家情報化発展戦略綱要」などで表明しているように、経済と社会発展のための道は情報分野に依存しているとし、軍事的側面からは情報化時代の到来が戦争の本質を情報化戦争へと導いていると認識している。
 そして、「情報戦で敗北することは、戦いに負けることになる」として、情報を生命線と考えるのが中国の情報化戦争の概念であり、そのため、従来の陸海空の領域に加え、敵の通信ネットワークの混乱などを可能とするサイバー領域や、敵のレーダーなどを無効化して戦力発揮を妨げることなどを可能とする電磁波領域、そして敵の宇宙利用を制限する宇宙領域を特に重視して情報優越の確立を目指している。
 この際、中国の情報化戦争は、米国のような全般的な能力において優勢にある敵の戦力発揮を効果的に妨害する非対称的な能力を獲得するという意味合いもあり、新たな領域における優勢の確保を重視している。
 前述の通り、「孫子」の忠実な実践者である中国は、情報化戦争の一環として政治戦や影響工作も重視している。
 また、1999年に発表された中国空軍大佐の喬良と王湘穂による戦略研究の共著『超限戦』は、25種類にも及ぶ作戦・戦闘の方法を提案し、通常戦、外交戦、国家テロ戦、諜報戦、金融戦、ネットワーク戦、法律戦、心理戦、メディア戦などを列挙し、これらのあらゆる手段で制限なく戦うものとして今後の戦争を捉えており、中国の情報化戦争に少なからぬ影響を及ぼしていると見られている。
⑥「技術的優越の追求と先進的兵器の使用」について
 中国は、2019年10月1日の建国70周年の軍事パレードで23種の最新兵器を公開し、軍事力を内外に誇示した。
 その中で、超音速ミサイルや無人戦闘システム、電子戦などに力を入れていることが明らかになったが、パレードで公開された最新兵器はすべて実際に配備されていると説明されている。
 その一部を紹介すると下記の通りである。
 新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「DF-41」、極超音速滑空ミサイル「DF-17」、超音速巡航ミサイル「CJ-100/DF-100」、超音速対艦巡航ミサイル「YJ-12B/YJ-18A」、最新鋭ステルス戦略爆撃機「H20」、攻撃型ステルス無人機「GJ-11」、高高度高速無人偵察機「WZ-8」、無人潜水艇(UUV)「HSU001」など
 中国は、全般的な兵力やグローバルな作戦展開能力、実戦経験でなお米国に後れを取っているとはいえ、今や自国からはるか遠くで作戦を遂行する能力を持ち、インド太平洋地域の紛争を巡る米軍および同盟国軍に対する接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力を有する自国製兵器を幅広く取りそろえている。
 中国は、米国に対する技術的劣勢を跳ね返すため、特に、海洋、宇宙、サイバー、人工知能(AI)といった「新興領域」分野を重視した「軍民融合」政策を全面的に推進しつつ、軍事利用が可能な先端技術の開発・獲得に積極的に取り組んでいる。
 中国が開発・獲得を目指す先端技術には、将来の戦闘様相を一変させるゲームチェンジャー技術も含まれており、技術的優位性の追求を急速かつ執拗に進めている。
⑦「ネットワーク型指揮システムによる部隊指揮・兵器運用の集中化・自動化」について
 中国は、建国以来最大規模とも評される「軍改革」を急ピッチで進めている。
 軍改革は、2016年末までに、第1段階の「首から上」の改革と呼ばれる軍中央レベルの改革が概成した。
 2017年以降は、第2段階の「首から下」と呼ばれる現場レベルでの改革を着実に推進し、そして「神経の改革」と呼ばれる第3段階の改革に着手している。
 中国は、中央軍事委員会に習近平総書記を「総指揮」とし、最高戦略レベルにおける意思決定を行うための「統合作戦指揮センター」を新設した。
 これをもって、習近平総書記が、統合参謀部や政治工作部などで構成される中央軍事委員会直属機関の補佐を受け、統合作戦指揮センターにおいて中国全軍を集中一元的に指揮する体制が整ったことになる。
 また、中央軍事委員会/統合作戦指揮センターの直下に、従来、総参謀部が持っていた多くの作戦支援部門の機能を統合し、航空宇宙部、ネットワークシステム(サイバー)部、電子電磁システム部および軍事情報部から構成され、情報の戦いを一元的に遂行できる戦略支援部隊が編成された。
 さらに、これまでの「七大軍区」が廃止され、軍全体で統合運用能力を高めるため、統合作戦指揮を主導的に担当する「五大戦区」、すなわち東部、南部、西部、北部および中部戦区が新編され、常設の統合作戦司令部がおかれている。
 これに先立つ2014年7月、環球時報(電子版)は、中国軍が2013年11月、東シナ海に防空識別圏を設定したのに続き、「東海(東シナ海)合同作戦指揮センター」を新設したと伝えた。
 合同指揮センターは、中国各軍区の海、空軍を統合し、東シナ海の防空識別圏を効果的に監視し、日本の軍事的軽挙妄動を防止するのが目的だと報じている。
 このように、中国は、マルチドメイン作戦としての情報化戦争で「戦える、勝てる」(習近平総書記)よう、統合作戦遂行能力の向上と効率的な部隊・兵器運用に向けて、ネットワーク型指揮統制システムによる部隊指揮および兵器運用の集中化・自動化に注力している。
⑧「軍事活動への非公式の軍事編成および民間軍事会社の関与」について
 中国は、2010年7月に国防関連法制の集大成となる「国防動員法」を制定した。
 同法は、有事にあらゆる権限を政府に集中させるもので、民間の組織や国内外に居住する中国公民に対して、政府の統制下に服する義務を課している。
 国防動員の実施が決定されれば、公民と組織は、国防動員任務を完遂する義務を負い、軍の作戦に対する支援や保障、戦争災害の救助や社会秩序維持への協力などが求められる。
 同法は、日本国内で仕事をしている中国国籍保持者や留学生、中国人旅行者にも適用され、突発的に国防動員がかかった場合、中国の膨大な「人口圧」がわが国の安全保障・防衛に重大な影響を及ぼす。
 そのことについて深刻に受け止め、有効な対策を練っておかなければならない。
 また、同法は、国が動員の必要に応じ、組織および個人の設備施設、交通手段そのほか物資を収容しおよび徴収することができると定め、その際の徴用の対象となる組織や個人は、党政府機関、大衆団体、企業や事業体等で、中国国内のすべての組織と中国公民、中国の居住権をもつ外国人をも含むすべての個人としている。
 つまり、本法律は、中国に進出している日本企業や中国在住の日本人をも徴用の対象としている点に注意が必要である。
 コロナ禍によって、マスクをはじめとする薬や医薬品、医療機器など、日本人の生命や国家の生存に関わる生活必需品や戦略物資が不足した。
 その原因は、中国でマスクを生産していた日本企業が中国の国防動員の徴用の対象となったことにあり、医薬品などを極度にまで中国に依存し、脆弱性を露呈した厳しい現実を決して忘れるわけにはいかない。
 他方、中国は、2017年に軍隊と民間を結びつけ、軍需産業を民間産業と融合させる「軍民融合」政策を国家戦略として正式採用した。
 その狙いは、軍の近代化のために民間企業の先進的な技術やノウハウを利用することにある。
 中でも、最先端の軍民両用(デュアル・ユース)の技術を他国に先駆けて取得・利用することを重視していることから、民間セクターと軍事の壁を曖昧にし、あるいは排除して軍事分野に活用する動きを強めている。
 そのため、国有企業と民間企業の相互補完的な関係づくりに取り組みつつ、米国の軍産複合体を目指すとともに、国有企業の規模・シェアの拡大と民間企業の縮小・後退を意味する「国進民退」を積極的に推進し、政府の官僚を「政務事務代表」としてアリババやAI監視カメラメーカーのハイクビジョン(海康威視)などの重点民営企業に駐在させ、政府官僚による民営企業の直接支配を始めている。
 このような共産党一党独裁体制下での軍民融合は、軍事力の近代化・強化がすべてに優先する「軍国主義」化に拍車をかける危険性がある。
 軍民融合政策と同時に警戒しなければならないのが、「国家情報法」である。
 同法は、「国家情報活動を強化および保障し、国の安全および利益を守るため」(同法第1条)、国内外の情報工作活動に法的根拠を与える目的で作られた。
 その第7条では「いかなる組織および国民も、法に基づき国家情報活動に対する支持、援助および協力を行い、知り得た国家情報活動についての秘密を守らなければならない」と定め、国内外において一般の組織や市民にも情報活動を義務付けている。
 つまり、中国は軍民融合政策と国家情報法を一体として運用しており、そのことは、日本の企業や研究者が意図せずして、あるいは気付かないうちに、人民解放軍によるドローンや人工知能(AI)などの民間の最先端技術や専門知識の取得を助け、新たなリスクを生み出す可能性があることを意味している。
 このように、中国は、軍事活動に民間の組織や公民を動員する体制を敷き、また、軍の近代化のために民間企業の先進的な技術やノウハウを利用するため、民間セクターと軍事の境界を曖昧にし、あるいは排除して軍事分野に積極的に活用する動きを強めている。
 以上、ロシアが挙げる「現代の軍事紛争の特徴および特質」に沿いながら、中国がわが国に対し仕掛けている「新しい戦争」の形について概要を説明した。
 それから読み解けることは、中国は、ロシアの軍事ドクトリンとほぼ同じ軌道をたどった行動や工作を行っているということだ。
 ロシアが、当初ウクライナで行ったこと、すなわち純然たる平時でも戦時でもない境目において、軍事的手段と非軍事的手段を複合的に使用し知らないうちに始められた外形上「戦争に見えない戦争」、それと同じあるいは更に厄介な戦争を、中国は日本に対しすでに仕掛けていることは疑う余地のない事実である。
 もし、それによる可能性が尽きた場合には一挙に軍事活動へと移行し、最終的に最先端技術・兵器を駆使した情報化戦争をもって戦争の政治的目的を達成しようとすることも、ロシアのクリミア半島併合や東部ウクライナへの軍事介入と同じと見なければならない。
「全政府対応型アプローチ」で備えよ
 「新しい戦争」の形である外形上「戦争に見えない戦争」の大きな特徴および特質は、軍事力を背景とし、軍事的手段と非軍事的手段を複合的かつ連続的に使用することにある。
 したがって、わが国の防衛も、軍事と非軍事の両部門をもって構成されなければならない。
 その軍事部門を防衛省・自衛隊が所掌することは自明である。
 では、これまで説明してきた中国の非軍事的手段である「輿論(よろん)戦」、「心理戦」および「法律戦」の「三戦」、そして政治、外交、経済、文化などの分野の闘争、さらに常態化しているサイバー攻撃などに対しては、どの行政組織がどのように備えているのであろうか。
 それ以前に、わが国が中国の「戦争に見えない戦争」の挑戦を受け危機的状況にあるとの情勢認識があるのか、ななはだ疑わしい。
 そこでまず、「日中関係は完全に正常な軌道に戻った」や習近平国家主席の国賓来日など、誤った対中情勢認識に基づいた日中関係の推進は、直ちに是正されなければならない。
 そのうえで、中国の複雑多様な非軍事的手段による脅威を考えると、政府内各省庁のそれぞれの任務所掌事務・機能を結集した「全政府対応型アプローチ」(all government approach)を取ることが何よりも重要である。
 しかし、各省庁の縦割り行政で��、効果的・実効的な対応は期待できないので、その弊害をなくし、政府が総合一体的な取組みを行えるよう、行政府内に非常事態対処の非軍事部門を統括する機関を新たに創設することが望まれる。
 例えば、内閣府または総務省に「国土保全庁」(仮称)を設置するか、米国の「国土安全保障省」のように、各省庁の関係組織を統合して一体的に運用する「国土保全省」(仮称)を創設する選択肢もある。
 そして、国家安全保障局(NSS)の補佐の下、国家安全保障会議(NSC)を国家非常事態における国家最高司令部とし、内閣総理大臣、内閣官房長官、外務大臣および防衛大臣(4大臣会合)を中核に関係閣僚をもって国家意思を決定し、最高指揮権限者(NCA)である内閣総理大臣が軍事部門の自衛隊および非軍事部門を集約する「国土保全庁」あるいは「国土保全省」に対して一元的に指揮監督権を行使するピラミッド型の有事体制を作ることが必要だ。
 他方、わが国は「自然災害大国」であり、平成7(1995)年1月の阪神淡路大震災や平成23(2011)年3月に発生した東日本大震災をはじめ、ほぼ毎年全国各地で大規模自然災害が発生し、その都度、共助、公助の不足が社会的課題として指摘されてきた。
 近い将来、南海トラフ地震や首都直下地震などによって国家的危機の発生が予測されている。
 併せて、中国による広範なサイバー攻撃や高高度電磁パルス(HEMP)攻撃があれば、一般住民をも直接的・間接的に巻き込まずには措かないのである。
 このように、国民保護や重要インフラ維持の国土政策、産業政策なども含めた総合的な対応を、いわば「国家百年の大計」の国づくりとして、千年の時をも見据えながら行っていくことが求められる。
 つまり、わが国の安全保障・防衛を強化するためには、社会全体でわが国を守る仕組み・取組みが不可欠であり、国民の「自助、共助、公助」への責任ある参画を促し、それを「民間防衛」の組織へと発展させることが更なる喫緊の課題である。
 一方、軍事部門を見れば、わが国は、戦後の「経済重視・軽武装」政策を引きずり、いまだにその充実強化が疎かにされている。
 最大の課題は、列国と比較して防衛費が極端に低く抑え込まれていることだ。
 日本は、中国の「情報化戦争」を念頭に、30防衛大綱で「領域横断(クロスドメイン)作戦(CDO)」を打ち出し、自衛隊の能力構築を始めた。
 CDOでは、従来の陸上、海上、航空の活動領域が宇宙空間へと拡大し、さらにサイバー空間や電磁波空間といった新たな活動領域が加わった。
 そのように、軍事活動の領域・空間が3つから6つへと一挙に倍増し、多領域・多空間に拡大して戦われるのが近未来戦の際立った趨勢である。
 そのため、これまでの自衛隊の組織規模をスクラップ・アンド・ビルト方式で再編成するのには一から無理があり、従来の防衛力を基盤として、中国の新たな脅威に対抗できるCDO能力を付加的に強化するには、自衛隊の組織規模の飛躍的拡大や最先端のハイテク装備の取得が必須である。
 また、CDO(米軍はマルチドメイン作戦:MDOと呼称)を前提とした日米共同作戦には、両軍のC4ISRをネットワーク化することが不可欠であり、そのような防衛力の整備には防衛費の倍増は避けて通れない。
 米国は、中国との本格的かつ全面的な対決に踏み出し、そのため今後、世界の分断が進むと予測されている。
 つまり、米中対立は、米中間に限られたものではなく、自由・民主主義を支持する国々と共産主義中国との対立であり、他ならぬ日本自身の問題である。
 その対立が前提の世界において、日本が二者択一で同盟国の米国をさて置き、中国を選択することがあってはならない。
 同盟が成り立つには、①価値の共有、②利益の共有、③負担の共有、そして④リスクの共有、すなわち戦略的利害の共有が必要である。
 米国が中国との新冷戦を決意している時、日本が安全保障・防衛上の利益のみを享受し、新冷戦において生じる米国の通商や金融、テクノロジー、外交、それに安全保障・軍事などの負担やリスクを、中国との経済関係を重視するあまり、日本が共有する明確な姿勢を示さない場合、同盟は成り立つはずがない。
 そのうえ、米国からは見放され、中国からは経済面で裏切られた上、安全保障上の敵対心を露わにされるのは必定である。
 コロナ禍とともに戦後最大の安全保障の危機に直面している今こそ、日本は米国との同盟関係を一段と深化させ、米国と同じ構えで中国に備えることが強く求められるのである。
 そして、日米同盟を基軸として、インド、オーストラリアの4か国(クワッド)に台湾などの周辺諸国やASEANなどを加えて、「自由で開かれたインド太平洋」構想(戦略)の下、インド太平洋版「NATO」へと発展させることが今後の大きな課題でもある。
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chaukachawan · 4 years
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これはサプライズなので。(2)
続き!
B脚本:明日の世界の過ごし方
 
・橋本悠樹
前回と今回の公演を見て、これを書いている奴は彼の演技が好きだと思った。モノローグ等「何かを訴えるときの演技」がとても好きだと感じる。最初は静かに少しずつ盛り上がっていく訴え方、その時の表情。今まで彼がモノローグ多めの役を割り当てられてきたのはその機微が絶妙だからなんだろうなと思う。またツッコミも上手い。前回の役は見ていてとても楽しかった。そんな彼がネタキャラをやったらどうなるのか、とても気になるのでいつか見てみたい。
「ごめんなさい」とノイローゼ気味に何回も謝りながら周囲の人を屠る二重人格系サイコパスとかやってほしさがある。…え、怖い?ごめん。
・渡部快平
今回彼の演じた役が兎に角かっこいい!見る度に泣きそうになっていました。彼の好きなところはその心の熱さ。普段はぶっきらぼうに見えて、その実空き時間とかに台詞の言い方を熱心に練習していらっしゃる。その熱心さなところがとても好き。声ももちろん好き。更に意外と自分からボケるお茶目な一面もあると耳にした。なんでこんな言い方なのかって?全然喋りに行けないからだよ…ものすごく話してみたい…話しかけていいですか…。
 正直去年の夏や秋みたいな「ちょっとイヤミないじめっ子」みたいな役がよく似合うなと。でもあくまでそれだけで、悪役そのものはあんまり似合わない気がする。
 ・堀文乃
彼女は兎に角演技が上手い。勿論これまで積み重ねてきた賜物なんだろうなとは思う。特に「二面性」や「マイムの細かさ」が彼女の好きなポイント。今回の役のような、裏がある演技がとてもうまいなと毎回思う。また、マイムもきちんと細かくて、「今どこに登場人物がいるのか」「どうやってここへ来たか」等がとてもよくわかる。何か書いて読んで貰うことがあるのだが、それについて「こうしたらいいかも」とアドバイスも的確で正直尊敬しかしていない。最近おしゃれに磨きがかかり更に可愛さが増している。好き。
 先ほど書いたように二面性のある役をやってほしさがある。悪徳社長の秘書で、最後の最後に上司さえ裏切りラスボスになる…みたいな。
 ・西田幸輝
彼の好きなところは普段のゆるっとした感じとは打って変わり舞台上での「かっこよさ」である。舞台上では役柄のせいとかもあるかもしれないがとても勇気が出るような言葉を叫ぶ演技、というものがとても似合うなって感じる。言うなれば今流行りの鬼滅の主人公のような感じ。声はそんな叫ぶイメージがないのにこの男が「人は心が原動力だ!」とか言ったらなぜか迫真力を感じるのである。普段何気に毒を吐くのもまたご愛敬。
 可愛い顔してやばいことしてそうなサイコパス系とか見てみたい。お金とかだけ取ってちゃっかり相手を罠にはめたりとか。
 ・島﨑愛乃
この子の好きな点も可愛さだなぁ。声が兎に角可愛らしいんですよ。小鳥のさえずりのような。それでも舞台では圧倒的存在感を放ってる。経験に裏付けられたその演技力は勿論、キャスパの踊りも凛としていて可愛い。一方スタッフワークでもあちこち奔走している。とても面倒見のいいしっかりした所も彼女の魅力ポイント。彼女がいないとちゃうかは成り立たない。いつもお世話になってます。
 に、似合いそうな悪役が思いつかない…です。はい。
・山内一輝
彼の好きなところは特に「意外性」。普段ホントに何気ない顔していきなりネタをぶち込んでくるイメージ。特に本番で意外なアドリブをぶち込んでいきお客さんの目を奪う。その手口の鮮やかさが素晴らしすぎる。「あ、そこ変えてくる!?」とか「そこそう動く!?」みたいな、発想も新しくて好き。しかも台詞がない時とか他の役者に迷惑をあまりかけないようなタイミングでばっちり入れてくる。何気に彼の動向はそんな感じでつい見てしまう。
 今回みたいな小物感ある悪役がよく似合いそうだな~…と思っている。
・中津川つくも
今回衣装もメイクもドンピシャ!ってなった子。ものすごく綺麗でした。彼女の推しポイントはその声と台詞の言い方。元放送部なだけあり兎に角言い方が綺麗なんだよな。元々声も耳にスッと入ってくる感じの声だから余計に彼女の放つ言葉をいつまでも聞いていられる。そしてその立ち振る舞いの美しさも推しポイント。いつもすごく背筋が伸びて凛とした佇まい。とても素敵。
 今回みたいな和風ファンタジーの悪役、またやってほしい…!
 ・lulu
お美しいちゃうかの副座長様。彼女の好きなところは兎に角「美しさ」だと思う。声もとても透明感があって綺麗。耳によく入ってくる。またダンスをされているということで、その動き一つとっても無駄がなく、またすらっと美しい。キャスパの踊りもキレがあり本当に見惚れる。よく看板女優、と評される方だけどまさに���の通りだなと思わせてくださる方。それでいて普段はお茶目な一面もある頼れるお姉さん。推しにならないわけがない。
 この方も裏社会のボスとか、秘密結社のボスみたいな役がみてみたい…。
・なしもとはな
なんでもさらっとこなせてしまうのが彼女のすごいところだと思う。好きなものには全力な一方、スタッフの仕事を手早くこなしている。大道具作業から看板作りまで、すぐパパっと終わらせている様子を見ていると、とても器用なんだ���と思うし、尊敬している。台詞も普段言わなさそうなものでもいざ言ってみるとさらっと本人が言っているみたいな錯覚に陥る。自然な演技ができるすごい人。普段の彼女のしっかりしたコメントやツッコミも実は割と好きだったりする。
 女スパイとか似合いそう。それか天才ハッカーとかも似合いそう。…そういや前回それに近い役を演じていたような。あれは天才…いや天災?
 ・西岡克起
各所から地笑いの被害報告が上がっているが、彼は本当に笑わせるセンスがあると思う。まず普段の笑顔が他の人も笑顔にしてくれる。そして真面目な演技になったときにそのギャップに地笑いする。勿論素の笑顔だけでなく演技としてのコメディセンスも充分ある。コメディシーンはやや動きが可愛い気がする。そして言い方ひとつとっても笑わせに来る。去年の秋は最後のステージでどマイナーチェンジアドリブを披露し地笑いを堪えるのに必死になった奴がいたとかいなかったとか。
 もう去年のターミネーターくらいのネタ悪役でいいよ…思いつかないよ…
・久保勇貴
前回の演技を見たときに「爽やかイケメン役がよく似合う」と思っていたが今回の執事役もとても似合っていた。彼の演技は「自然さ」を特に注目してほしい。今年から演劇を始めたと聞いているが、それを疑うほどにその演技が自然かつ堂々としている。またその声も優しく、耳に心地良い。正直今回みたいなコスプレみたいな役をまた見てみたい。そしてそのいい声を存分に発揮してほしい…今度はツッコミ役もしてほしいとか。
 
爽やかなゲス男みたいな役も見てみたいしイケメンな中ボスとかもいいかもしれない。あと悪役関係ないけど魔物の役も見てみたい。
・木下梨実
彼女も美しさが推しポイント。彼女の美しさは可愛さや可憐さも合いまった感じ。今回の役は彼女の魅力が一番よく表れていると思う。立ち振る舞いは勿論、説明中の凛とした声、飛び降りた時の着地も美しかった。そこから「仕方ないでしょう!」とか少しかわいらしさもあってほっこりした。あと某召喚シーンの立ち姿、ものすごく好きなのでまた見たい。そして本人には言えなかったけど今回の衣装本当に似合いすぎていた。いつか彼女がヒロインしている姿を…修羅の淵まだ見てないんだ…
スケバンって言いかけたけど去年考えたらスケバン役あったので、それ以外で言うと彼女も和風ファンタジーな悪役をやってほしさがある。
・トニーー板倉
彼も兎に角「演劇に対する熱意」が一番の推しポイント。脚本もあがったやつすぐ読んでいると噂。またその作品、役にもとてもよく向き合っている印象。経験を活かして前回は実質演出もやっていた。その熱量のまま真面目な台詞とネタ台詞を全力でこなせる、とても心はアツい。照明のチーフも担当しており、照明会議では初めて入る新入生のことを考えた資料作成をしていた。その心配りも彼のいいところ。因みにアフロは育成中…らしい。いつ戻ってくるのか。
 ギリギリまで味方だと思わせといて最後の最後で操られたりとかで悪堕ちする役とか見てみたい。…あれ、これ結局悪役じゃなくない?
・岸田月穂
彼女は「雰囲気」が特に好き。普段の笑顔、声、どれをとっても優しいお姉さん、と言う感じの方。しかしひとたび舞台に立てばその雰囲気はちゃんと役の雰囲気になっている。例えば前回の役とか。普段絶対刃物なんて振り回さない雰囲気なのに。すごい。あとさっきも書いたけど「笑顔」も好きなポイント。この人の笑顔は本当にあたたかくて癒される。癒しです。
 こんな癒し雰囲気の彼女だがなぜか浮気夫を刺すタイプのヒステリックな女性役をよくやってらっしゃる気がする…もうこれが見たい悪役ということで…
・楽園うさぎ
いつの間にか名前が変わっていた奴。こいつの良さは「器用さ」だと思う。仕事も役もさらっと自分らしくこなしている。スタッフとしては音響とかよく音楽を知っている彼にぴったりだと思うし、役者としても、自分の役をいい意味で彼らしく仕上げてくる。あとはすごく男子のおしゃれについてはとても詳しくて、その知識はどうやって手に入れているのか気になる。
あざとくて腹黒でサイコパスな役とか見たい。スタンガン持って動画で脅すような感じの。そんでもっていろんな人を嘲笑ってるような。あとハッカーとかも似合いそう。
 
・津島ヨモツ
三回目の演出。今回の脚本本当に好き。彼女の脚本は毎回伏線回収は鮮やかでわかりやすく、それでいてとても皮肉めいていて好き。また最終局面でいつも語られる現実を表す言葉が毎回心に刺さる。キャスパや衣装の拘りについても毎回すごくスタイリッシュかつおしゃれ。何度彼女チョイスの音楽に沼ったことか。そのセンスは本当に見習いたい。そして立て看板一つとっても兎に角いい物にしようと丁寧に何度もアドバイスや要求をくれる、とても信頼して仕事ができる演出である。また役者としても一級の演技力。前回の脚本でまさか電波の悪さによる砂嵐を自分の口で再現したときは本当にびっくりしたしすげぇってなった。
典型的な悪女…?うーん…?何か違うんだよな…やっぱり彼女にも悪役よりは主人公一派やってほしさが勝つ。
 
 
さて、ここからはそれを支えたスタッフ達の褒め大会。
名前順、敬称略。
 
 
・伊藤星乃介
まさかの今回スタッフのみで一番驚いた人。宣美のチーフとして大分板についてきた。また今回は幕のチーフも担当している。彼はとにかく「努力」をすごくする人。そこがいいところ。普段役をやるときはその動きの不自然と指摘された所を何度も自然になるように練習している。勿論台詞運びも何度も練習している。その姿勢は本当にすごく見習いたい。そして先ほどチーフだと言ったが幕チーフとして誰よりも先に動いていた。責任感もある、スタイリッシュ努力家。
淡々と依頼をこなす裏社会の掃除屋とか。でも普段は気さくだから表向きは別の仕事をしている設定もあり。
・加美千尋
この公演が確定して直後に入ってきてくれた子。後述する一緒に入ってきてくれた子と合わせて彼女の良さは「真面目さ」だと思う。初めてということでスタッフとして参加していたが、当日制作の仕事、照明オペと大変な仕事二つをいきなりこなしていた。当日制作ではドアの担当をしていて、完璧な仕事ぶりだった。正直すごく助かった人もいる。後述する舞弥ちゃんと共に天使。
彼女に悪役なんてさせられるわけないだろ!?
・佐藤舞弥
上に書いた彼女と共に一緒に入ってきてくれた子。もはやニコイチイメージ。彼女もその真面目さを推していきたい。今回映像オペとして参加していたが、朝早くからきて頑張っていた。またメイク班としてもとても頑張っていた。グレーワックスで髪を整え、上記の中津川つくもちゃんのメイクを担当したのは彼女。あれは本当に神か?ってなった。上述した千尋ちゃんと共に天使。
彼女に悪役なんて以下省略!!
 
・須田颯人
ご存知31期の裏ボス的存在。彼がいないとちゃうかの公演は成り立たない説。彼も「スマートさ」を推させてほしい。映像チーフとして映像作成は勿論、映像の作り方指導、映像のアップロードも行っている。また以前参加した映像会議でも淡々と要点を抑えて進めていた。そういうことがさらっとできる人は本当にすごい。因みに大道具班とかにも入っており舞台とかも設営できるという。ハイスペックが過ぎる。因みに相変わらずちゃっかりとした毒舌とお茶目さは健在。
 いやもう映像のドンですからね?やはりここは秘密結社とかハッカー集団とかそういう裏集団のボスやってほしみ。いつか役者してほしい。
・永満柊人
今公演から参加してくれた新入生。すごくすらっとしている。そしてそれはスタッフワークにおいてもそうだった。気が付いたら来ていてちゃっちゃと仕事している。すごいなぁ。またもうちゃうかに馴染んでいる感じもする。初対面でもなんだかんだ話しかけたら普通に返してくれた。嬉しい。そんなスタイリッシュな彼、これから役者も是非やってほしいところ。…ところで関係ないけどすんごく彼から身長欲しい…せめてごせんち…いえなんでもありません。
あまり話していないせいかもしれないけどあまり悪役やってるイメージができなかった。
・備前桃子
舞美のアイドルみこさん。彼女がくるとちゃうか全体で雄叫びが起こる。彼女の良さは「パワフルさ」と「優しさ」。普段本当に可愛い。話し方が可愛いし優しい。普通に「おはよー!」って声かけてくれる。一緒に仕事ができるとなると嬉しさで皆舞い上がる。しかし舞台に立てば急にパワフルに存在感を放っていく。去年のオムニの覆面、印象が違いすぎてあれがこの方だと気が付くのに暫くかかったのは内緒。ドスが効いた声でとてもかっこよかった…。
彼女にも悪役は似合わない…本当にさっき書いた覆面レベルで勘弁してほしい…あれテロリストだから十分ヤバい悪役だとは思うけど…
・藤丸翔
藤丸か…藤丸。藤、丸…丸…藤、丸藤…翔…うっ、頭が。…失礼、取り乱しました。彼の推しポイントはスタッフワークの働きとフレンドリーさ。すんなりちゃうかの空気に溶け込み、いつの間にか仕事をさくっとこなしている。その姿はまさに32期の須田ちゃん(上述)。照明等メインのスタッフとしてとても期待されている彼。話せばいつもニコニコで返してくれる、とても気さくな人である。
悪役…うーん…笑顔で凶器ぶん投げてそう。「そいやぁー!」とか言いながら金属バット振りかぶってそうな役とかどうだろ。某松さんの五男みたいな。
*******
これで全員かな。
悪役ほとんど書けてないじゃんか…まあそれだけちゃうかの人達は悪役より主人公とかヒロインが似合いそうな人ばかりってことでもあるんだけど…うん。
 今回参加していなかった方もいるけど、兎に角ちゃうかの人達は本当に「誰かが欠けたらそれだけで寂しい」ってなるくらいすごい人達がいっぱいで憧れます。愛が重いって?それは失礼。…ちょっとやりすぎたな、反省。
でもさっき言ったように見ても心に無理に留める必要はないんだし。忘れてくれたらいいよ。
さ、書きたいことは全て書ききったし、もうお終いにしないと。
そうそう、もし仮にこんなクソ長ったらしい文章を心に留めてしまって、これを書いた奴が誰なのかわかったなんて稀有な人がいたとしたら、その答え合わせを本人にしてみたらいいんじゃないかな。
当てられたらその時は…そうだな。何か一つお願いを聞くよ。
これを書いている奴以外の人が傷つかない願いならなんでもいい。そう、なんでも、ね。
 話がそれたね。今度こそ本当に終わらせよう。
 
それじゃあ、またどこかで。
せーの、かーいさん。
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gohan-morimori · 3 years
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アジャラカモクレンニセンニジュウイチネンイチガツニジュウゴニチカラサンジュウイチニチマデノニッキ
1月25日(月)
 大前粟生『私と鰐と妹の部屋』読み終える。この本はたしか去年の2月だったか3月だったか(たしか2月)の本屋博で、toi booksのブースで買ったものだ。特典の『全身が青春』を読む。読んでいたら、やっぱり日記なんじゃないか、という気分になる。日記、いいな、となる。やったほうがきっといい。っていうかやりたい。という気分がどんどん高まっていって、でももうわたしは笹塚には住んでいないからタイトルを笹塚日記からなにか違うものに変えたほうがきっといい。変えないとテンションが上がらない。ということで、ぐるぐる考えて、アジャラカモクレンにしようと思った。3年前だったか4年前だったか(たしか3年前)(いや4年前か、もう)、そのころはまだ京都に住んでいて、でも東京へ行くことがほぼほぼ決まっている段階で、そういう状態で日々を過ごしている中で、なにか書きたい、小説ではないなにか、というようなことを思って、Tumblrでブログっぽい文章をいくつか書いていた時期があった。そのTumblrの名前をアジャラカモクレンにしていた。死神っぽいなにがしかから身を守りたかったのか。それが、そのTumblrがまだ残っていて、それも使おう、と思った。noteを使っていく上で、noteとかcakesとかに対するモヤッとした感情を解決するための策として、すこし前から、ショート・スパン・コールの更新/公開はnoteとg.o.a.tとTumblr(と、時間差でInstagram)を並行して使う、ということをしていた。「noteを使う」から「noteも使う」にすることで、自分の中でのnoteの重要性というか、一箇所性(一箇所性?)というか、ここだけ感というか、そういう価値を下げて、均す。わたしの文章を読む(読みたい)人に対しては「読みたい場所、モヤッとしない場所を選んで読んでね」という態度でいることができるし、ひとつの文章を更新/公開する場所を増やすことで、予期せぬ出会い、みたいな可能性も増やせたら、みたいな。いまのところそれはなんだかうまくいっているような気がしていて、というかわたしはとても気が楽で、こりゃいいやと思っている。しばらくはこの方法でいくのだと思う。そもそもいままで、なんで一箇所でしか更新/公開していなかったのだろう。なにはともあれそれでアジャラカモクレンのロゴを作った。なにはともあれまずはロゴ、ということで、バージョンの古いイラレを嬉々としていじり、ロゴを作った。アジャラカモクレンこれは日記です。アジャラカモクレンコレハニッキデス。死神よ消えろ!
1月26日(火)
 休日。去年の12月からは職場のシフトを固定にしてもらっていて、だから毎週火水はおやすみ。確定申告とか、皮膚科とか、耳鼻科とか(もう花粉が暴れだしている)、新宿の某クリニック(ホルモン注射)とか、やったほうがいいこと、やらなきゃいけないこと、行かなきゃいけないとこ、行ったほうがいいとこ、が溜まっているのだけど最近の火水はなんだかんだでずっと家に居てしまう。ショート・スパン・コールをぐんぐん書く。佳境、というか、自分の中でここは特に大事に慎重に書きたい、みたいなところにもうすこしで差し掛かりそうで、どきどきしている。なんだかんだで100篇はゆうゆう越えるもんだな、とも思っている。本読んで、書いて、トイレ行って、コーヒー飲んで、ビタミン剤飲んで、本読んで、書いて、トイレ行って、部屋うろうろして、コーヒー飲んで、煙草吸って吸って吸って本読んで書いて、みたいな感じで夜になってゲラ2本チェック。それぞれに戻す。
1月27日(水)
 休日。昨日から、というか一昨日の夜からずっと同じ寝間着を着ている。着替えていない。火水はこうなる。読んで書いて書いて読んでコーヒー煙草トイレコーヒー煙草スパゲッティ読んで書いてコーヒー煙草煙草煙草吸い過ぎだなコーヒートイレ煙草読んで書いて書いて書いて部屋うろうろ。リディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』読み終える。高木美佑『きっと誰も好きじゃない』読み終える。リディア・デイヴィスの本を読むと勇気と恐怖が同時にやってくる。ここまでやってくれている人が既にいる、という勇気と、それと同じだけの恐怖(ここまでやってくれている人が既にいる……)。先週だったか、toi booksのYouTube配信で、大滝瓶太×滝口悠生のトークを聴いていたら、滝口さんが「連載って大変」みたいなことを言っていて、わたしは『灯台より』で自分が連載している小説「どこに行って���たどり着く場所」のことを思いながら、勇気と恐怖が同時にやってきたのを思い出す。滝口さんでもそんなこと思うんだな、という勇気と、滝口さんでもそんなこと思うんだな、という恐怖。もしかしたらわたしはまだ到底持ち上げられない重さのダンベルに手をかけている状態なんじゃないか、みたいな。それを本屋Lighthouseの関口さんにSkypeで話して、そのSkypeは関口さんによるアナログなのかハイテクなのかわからない手法でライブ配信されていて、ほぼ機材チェックみたいな謎の時間を視聴者には提供していたこととは思うが、なんだか久々に、自分の生活圏外の人(関口さん)と交流、というか井戸端会議っぽい駄弁りができた感じがして、いい息抜きになった気がしている。関口さんとのSkypeを切ってから阿久津さんのZOOMにアクセスして、会議、というかこれもまた駄弁りのような、わちゃわちゃした会話をしていたら野口さんもZOOMに入ってきて、それで3人でわちゃわちゃと話してなんだか楽しかった。仕事と遊びがまぜこぜになる感じ。いまだにわりと新鮮に「オトナだ」となる。今年で29歳なんだから、オトナだろうよ。阿久津さんと野口さんはスタバの話でずいぶんとハッスルしていて、スタバになんのメモリアルもないわたしは途中からスマホをいじったりぼや〜っとZOOMの画面を眺めたりしていた。通話終わり。ゲラに関するメールを打って送る。なんだかどっと眠たくなって、歯を磨いて寝る。
1月28日(木)
 11時過ぎだか12時過ぎだかに起きる。14時には下北沢に着いていないといけない、というのを、忘れていたわけではないのだけれど「それってつまり」と考えることができなくて部屋をうろうろしたりぼやぼやしたりしているうちにちゃんとしたご飯を食べる時間がなくなっていて着替えてざっくり化粧をしてチキンラーメンを啜って家を出る。小雨。聞いてないなあ、知らないよ、雨、と思いながら自転車に乗った。雨粒がぽろぽろとマスカラに当たるのを感じていたけれど雨が降るなんて知らなかったから知らなかった。雨なんて無視無視。下北沢についた。阿久津さんと話す。話している間、雨が雪に変わっていくのが阿久津さんの後ろ、ガラス戸越しに見えて、話している途中で、あ、雪、と言った。言ったらわたしの斜め前、阿久津さんの横に座っていた桜木さんが反応して、あ、雪、となって、よかった。いい瞬間だった。雪。穂村弘の〈体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ〉という短歌を思い出したり、いしいしんじ『よはひ』の「二歳五ヶ月のピッピ」を思い出したり。職場で働く。静かな日。なにかチームで動くとき、チームに所属するとき、その中に居るとき、わたしはわりと「元気印」みたいなレッテル(レッテル?)を貼られたり、ムードメーカー的な立ち回りを演じたり(演じたり?)、ピエロっぽい役割を割り当てられたり、それらを自覚的に(あるいは無自覚的に)率先して引き受けたり、結果的にそういう立場になっていたり、することがあるのだけど、そしてそれはたぶんわたし自身が望んでそうなっている側面もあるのだろうけれど。いつだって元気なわけではないし、人一倍暗い瞬間だってきっとあるし、汚く醜い感情でひたひたになっている期間だってあるし。そういうとき。元気印が元気じゃないとき。いったい誰がわたしを元気にしてくれるのだろう。みたいな、行き場のないモヤモヤ、憤り、やるせなさ、みたいなものを感じることがちょいちょいあって、いままでは、そういうときはそのモヤモヤや憤りややるせなさに任せて、誰かに怒られたりするまで奔放に破壊的な行動をしてきたのだけど、いまは、いまの職場では、というかいまの自分は、そういうときも、そういうときであっても、仮面であっても演技であってもポーズであってもいいから、「元気」を全うしようという気持ちでいる。すきな人たち、信頼している人たち、素敵な人たちを自分の不調や不機嫌や元気のなさによっていたずらに不安にさせたり傷つけたりしたくない。それもきっと仕事のうちだ、と、思いはじめている。それがいつだってできるわけではまだないし、じゃあわたしの元気がないときは誰がわたしを元気にすんだい、みたいな気持ちへの落とし前はぜんぜんつけられないけれど(そしてその問いへの答えは結局「自分自身」でしかないのだけど)、でも、死ぬまで独り身で生きていくかもしれない現実に向き合って覚悟を決めて朗らかに独り身を生き抜くリズムを作るために去年の10月から一人暮らしをはじめたのだから、だから……なんだっけ?閉店時間になって、帰り支度をして、吉野靫『誰かの理想を生きられはしない -とり残された者のためのトランスジェンダー史』を読んで、帰って、コーヒーを淹れて煙草を吸ってこの日記を一昨日昨日の分まで書いて洗濯ものを干して(めちゃくちゃさむい)、湯たんぽをあっためてパソコンデスクの下に置いて足を乗っけてあったまりながら今日の分を書いて、ピラカンサのシュトーレンを切って食べて(しみしみになっていておいしい)、これからお風呂に入る。湯船に浸かりながら吉野靫『誰かの理想を生きられはしない -とり残された者のためのトランスジェンダー史』の続きを読む。いろいろ重ねて読んでしまうからしんどい本だけど読んでおきたい本でもある。気圧ひくい。頭いたい。かなしい気持ちになっている。奔放に、抱きしめられたいな〜、人に。最後にだれかと手をつないだのっていったいいつだ。
1月29日(金)
 寒い。晴れている。出勤。せわしなく働く。閉店後、
https://soundcloud.com/yunovation/virtual-luv20190314-1
を一曲リピートで延々流しながら、吉野靫『誰かの理想を生きられはしない -とり残された者のためのトランスジェンダー史』を読む。読み終える。終わりの文章でちょっと泣きそうになる。死にたくないな。生きなきゃな。とか思う。家に帰る途中で西友に寄って牛乳とオレンジジュースと豚バラとキムチを買って帰る。中橋さんに電話してだらだらしゃべる。途中からGoogle Mapで京都のあちこちを見回るのがやめられなくなって、電話を切ってからもだらだらと地図上で京都のあれこれを見ていた。それからなぜかYouTubeで予備校講師の動画を見漁りはじめて、止まらなくなって空が明るくなってから危機感に襲われて入浴。湯船に浸かりながらオーレ・トシュテンセン『あるノルウェーの大工の日記』を読み始める。去年はこの時期に佐伯一麦『ノルゲ』を読み始めた気がする。2月だったかな。同じ時期にノルウェーの本を読んでいるのがなんだか不思議とうれしいきもちになる。眠る。
1月30日(土)
 起きたり寝たり起きたりを行ったり来たりして13時50分くらいに起きる。慌てて準備をして出勤。煙草を忘れたことに家を出てしばらくしてから気がついて途方に暮れる。働く。せわしなく働く。いそがしいそがし、あわあわあわあわ、としているうちに閉店の時間になって身体がやたら重たくて怖くなった。ごはんを食べながらiPhoneで呪術廻戦の最新話を観る。ほんとTikTokみたいなアニメ/漫画だなと思う(いいとかわるいとかではなく)。ハンターハンター、ソウルイーター、BLEACHの気配をむんむん感じる。そのまましばらく身体が重くて動けなくなって、お腹が痛くなってきて、こわいこわい、と思いながら身体を椅子からひっぺがして帰り支度をして職場を出た。家に帰って可燃ごみをゴミステーションにぶちこんで今日一本目の煙草を吸って、腹痛に耐えかねてトイレに籠もってお腹をさすりながら『京都町中華倶楽部』創刊号を読む。おもしろい。この本を面白がれるのはわたしがいま京都にいないからなのかもな、と思う。キッチンとトイレを何度か往復しているうちにだんだん腹痛がおさまってきて、ビールを飲みながらまた煙草を吸う。京都。京都にいつか戻りたい。「戻る」という言葉がやはりしっくりくるな、と思う。戻りたいな、と思う。いつか。それがいつなのかはわからないけれど、いつかほどほどに自由に居住地を選べるような身分になったら、また京都に住みたい。でも東京が嫌だとか嫌いだとか、ここにいたくないとか自分の居場所はここじゃないとか思っているわけではなくてむしろ逆で、東京は東京で好きだし、ここは自分のいまの居場所だと思っている。でも、これは去年の4月ごろ、緊急事態宣言で家に籠もりっきりになって、あちこちの団体やお店なんかでクラウドファンディングが立ち上がったりしていたころ気づいたことなのだけど、わたしがこういう状況下で「助けたい」とか「助かって欲しい」とか「生き延びてほしい」とか「なくならないでほしい」とか思うような場所、モノ、人、コトのほとんどは京都のあれこれで、京都の書店で京都の映画館で京都のライブハウスで京都の酒場で、それはわたしが東京に住み始めてからまだ2年半ほどしか経っていないのもあるし、東京に来てから1年以上は手術費を稼ぐために娯楽的なあれこれを極端に切り詰めてきたからで、そもそもわたしはまだ自分が住んでいる土地のことをぜんぜん知らない。知らない土地に対して「助けたい」と思うのはむずかしい。というか、まずは京都が助かって欲しい。話はそれからだ、感がある。ここ半年ほどは、本を買うときは大抵京都もしくは大阪の書店のオンラインストアで注文しているし、たぶんこれからもそうしていくだろう。みたいなことを考えたり昨夜に引き続き予備校講師の動画を見漁っていたら日付が変わっている。今日こそは早く寝たい。喉に違和感がある気がする。こわ〜。
 自分にとって京都ってなんだったんだろう。みたいなことをよく考える。考えるというか、ぼやぼやと思ったりする。カンタンに最強になれる場所だったな。カンタンに、井の中の蛙になれる。よく晴れた日に、紫明通を自転車で走っているとき、ここが世界だと思っていたフシはあった。井の中の蛙は大海を知らないが、大海の鯨は井の中を知らない。井の中でしか存在し得ない世界を知らない。
1月31日(日)
 とか書いたけど嫌なことも悲しいこともむかつくことも、孤独も寂しさもどこにも行けないもどかしさも、京都にいた約7年間で味わい尽くしたはずで、だからわたしの京都観には著しい美化が伴っていて、それをちゃんと自覚しておかないといけない、たぶん。トランスジェンダー、という自分のいち側面だけを考えると明らかに京都より東京のほうが日常で被るストレスや暴力、差別や排除はすくなくて、すくない気がいまは気がしていて、それはやっぱり人間の多さに依るところが大きいし、京都の狭さ、人の(土着的な人の)少なさはやっぱりトランスジェンダーといういち側面において無視できないしんどさをわたしの日々に与えていたはずで、出ていきたい、ここを出ていきたい、という気持ちと、出ていけない、一生この場所で時給労働に従事し尽くした結果疲れてすり減って独りで何も成し遂げられないまま手術も満足にできないまま貧困状態のまま死んでいくんだ、クソが、みたいな気持ちで粉微塵になりそうだったはずで。そこから愉快な奇跡が重なっていまわたしは東京にいる。11時なのか12時なのか、みたいな時間に起きた。起きたけど起き上がることはできなくて、貪欲を抱きしめたり貪欲と添い寝みたいな格好になりながら、『京都町中華倶楽部』創刊号を貪欲の顔に乗っけて布団にくるまりながら読んでいった。龍門なつかしいな。行きたいな。知らない店がたくさんある。とか思っているうちに13時前になって慌てて布団を出てお風呂に入れない。家を出る。買い出しをして出勤。忙しくて慌ただしくてちょくちょく恐慌状態になったりしながら踏ん張って働く。忙しい。疲れた。ごはんを食べてビールを飲んで煙草を吸って身体が動かない。動かす。職場を出て、家へ。帰宅。「どこへ行ってもたどり着く場所」連載第3回の原稿について考えたり、『ショート・スパン・コール』94篇目〜103篇目あたりまでの展開や構想を練ったりしながら自転車を漕いでいると自分がどこにいるのかわからなくなりそうで怖い。いつか事故りそう。やっぱり日記を書きはじめるとそれ以外が書けなくなる。不器用。わたしはむずかしいことをしていて、それはひとりごとの言えなさに似ている。2冊目の歌集を出したい。というか出す。モノはあるから、自費でやろうか、BASEで、みたいな気持ちにかなり傾いていて、今年の上半期中に組版をやって見積もりをしよう。「どこへ行ってもたどり着く場所」も、『ショート・スパン・コール』も、大切に書きたい。疲れた。疲れた。今日こそお風呂に入ろう。2月は「どこに行ってもたどり着く場所」の原稿を書く前に読まないといけない(と、自分に言い聞かせている)本が何冊もあるから、ヘビーな月になりそう。がんば〜〜りまっしょ〜〜。タフネスを俺にくれ!!!!!!!!!
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