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#役者紹介
g-cloud9 · 10 months ago
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役者紹介:矢内久美子さん
稽古場ではいつも明るい笑い声と楽しそうにしているくーこに同じ場を共にする者として笑顔と活力を貰っています! 稽古に入った時の彼女の魅力は芝居の言外の表情や動きから心を動かす何かが伝わって来る点だと思います。 是非当日舞台での彼女に注目して下さい。 文章・写真撮影:野内貴之
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chaukachawan · 10 months ago
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開演秒読み
またまたらめるです。創世の役者紹介します!開演ギリギリなのでまじ焦りながら書いてます文章おかしかったらごめんなさい!
☆役者
黍(33st)
今回の主役。もう表現力が凄いし、きびにしか出せない独自の雰囲気がある。あとキャスパ!!まじで最高だった。あの振りをきびに踊ってもらえて良かった。外公に続いて、きびと引退公演でガッツリ絡めたのが本当に嬉しかったです。可愛い可愛い大好きな後輩です。引退寂しいよ〜、これからもご飯とか行こうねぇ!これからも役者スタッフ含めて頑張ってほしいしこれからも楽しみにしてる☺️
九條ひなた(31st)
引退なんやて。ちゃうかでわちゃわちゃしてる時間が1番好きだった
そそそ(31st)
今回お世話になりましたNo.1 自主練夜中まで付き合ってもらってめっちゃシーン良くなったなって思った。ありがとう。最後の公演、そそそと一緒に絡めて嬉しい
でぃあっ♡(31st)
まじ衣装似合ってる、綺麗。でぃあの役の雰囲気の作り方が素敵!!!キャスパでしかほぼ絡めなくて悲しい
島崎愛乃(31st)
なんだかんだ出会って10年目?すごー。今回はペア役やけど、初めてこんなに演技で絡んだかも。楽しかった〜
西田幸輝(31st)
ナツの衣装めっちゃ好き。あと、あのシーンがめっちゃ好きやわ。何とは言わんけど。髪型厳ついけどやっぱかわいいね☺️
君安飛那太(33st)
目がくりっくりで可愛いねぇ。役としてどういう感情なんだろうとか色々考えて自分の中でどんどん作り上げててすげぇって思った。シーン中、コルクに見つめられると目に吸い込まれそうになる。素敵な目だね。あと、キャスパ凄い練習してくれてめっちゃ嬉しかったし、めっちゃキレキレでテンション上がった。
山内侘助(31st)
劇中劇おもろすぎやろまじで。こういう癖の強い役ほんまに自分のものにするの上手いなって思う。
津島ヨモツ(31st)
今回の脚本演出家。出演はなんだかんだ4回目らしい。すごー。クロやれて良かった〜。
今回泣き声がぴえんぴえんキャパキャパ〜だった気がする。ゆっくり休んでもろて。お疲れ様〜
西岡克起(31st)
今まで会った人の中でトップ3に入るくらいオモロい人間。くだらないこと話してても真面目な話してても楽しい。ありがとう、これからもよろしく
β(33st)
出番は少ないかもしれないが、その中で凄く印象を残してる。あのシーンめっちゃおもろくて好きやわ。
凄い話しかけやすいし話しかけてくれるから嬉しい。色々話せて楽しかった!!!
かけうどん(32st)
演劇に対する熱意が凄くあるし真面目なんやけど、感情とか行動の出し方がちょっと不器用で、でもいっつも真っ直ぐ軸のあるめっちゃ可愛い後輩。これからも熱意を持ち続けて頑張ってほしい。応援してます
遠藤翔大(33st)
今回初役者。稽古中とか自主的にういろう売り読んだり凄い真面目に練習してる印象。自分が出てないシーンでも積極的に代役やってくれて意見くれて嬉しかった。
坪井涼(33st)
ゴコまじで可愛い、とても需要をわかってらっしゃる。今回の衣装はもはや日常でもきてほしいレベル。いつも目が合うとニコニコしてくれて癒されてた。個人的には、もっと色んな役してほしいしこれからが楽しみな役者さん!
Aru=R(33st)
作曲が出来るらしいということを風の噂で聞いた。すごすぎんか???今回同じ稽古場にいたけどあまり話す機会が無くて悲しい。オムニの時期にチラッとボカロの話で盛り上がったからまたその話したいなぁ
柴田シーパラダイス(32st)
人魚で書いたから割愛するけど、もっと色々話したかったし仲良くなりたかった人生でした!!!
☆オペさん
照明オペ:国分栞(31st)
人魚で書いたから割愛するけど、大好き!
音響オペ:若林楽園(31st)
韓国料理食べに行こな。凄いスピード感でお互い話せるから楽しい。多分引退しても定期的にご飯とか言ってる気がするからこれからもよろしく
映像オペ:あしもとあしっど(32st)
人で書いたから割愛するけど、いつも稽古私がきた時にらめるさーんって手振ってくれるの嬉しかった!!!
今日で引退なんだそうです。なんだか不思議な気持ちですね。時間が経つのが早かったです。ちゃうかに入って私はたくさんのことを学んだし、先輩や同期や後輩、色んな人から沢山の愛をもらってとても幸せでした。皆にその愛をお返しできてたかは分からないけど私はちゃうかが大好きだしちゃうかの皆のことが本当に大好きです!!!
楽ステじゃぁぁぁぁぁ!!!
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vivizine · 7 days ago
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【最新】おすすめのマウスとPC周辺機器を紹介します。
vivizine.com
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sex6om6er · 2 months ago
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薬物事犯がめくれるケースでよく聞くのが、交通違反をやらかしたユーザが ”ヤバイ”と思いとっさにその場から逃走して逮捕されるケース。”逃げるにはそれ相当の理由がある”、一旦逃走をはかれば、警察は逃げた理由がわかるまで断固引きません。このように疚(やま)しい事をしているという意識が強い人ほど、本能的にその場から一刻も早く立ち去りたいという気持ちが先行し、後先考えずに行動し結局自爆して捕まります。
※ここでは警視庁を例に説明していきますが、名前は違えど警視庁を言い換えれば『東京都警察本部』他の『〇〇県警察本部』と同じ、警察庁配下に置かれた1組織に過ぎません。それぞれの県警で細かな違いはあるものの、大まかな組織構成や役割に大きな違いはありません※
この交通違反から薬物事犯がめくれるケースで学べることは2つ。 1:一般の会社で、人事部の社員が取引先を訪問して営業活動をしないのと同じように、警察も全ての警察官が全ての犯罪を取り締まるわけではないということ。組織の縦割りは一般の会社と比較にならない程強く、厳しい統制のもとで任務や責任も明確なのが警察組織です。
例えばどこの警察本部、その配下の警察署(所轄)にも、生活安全部(課)という部署があります。生活安全部(課)は風営法、ストーカー、行方不明者、近隣トラブル、DV、少年非行、振り込め詐欺、サイバー犯罪を扱います。薬物に関するTwitterや掲示板への書き込みなど”麻薬特例法”に抵触する行為を監視しているのは、本庁(本部)直轄の生活安全部サイバー犯罪対策課という部署。 同じように交通部(課)は交通違反の取締りやひき逃げ事件の捜査。刑事部(課)は既に起きた犯罪の捜査。地域部(課)は防犯、パトロールが主な任務で、職務質問を行う専門部隊=自動車警ら隊も本部の地域部に属しています。つまり”怪しい人間はいないか”不審者に目を光らせて街をパトロールする任務は、地域部(課)の仕事で、彼等こそ僕らが最も警戒を怠ってはいけないターゲットなのです。
2: 交通部(課)は交通以外の事案にはクビを突っ込まないという警察内部の暗黙のルールがあるということ。初犯・再犯を問わず、多少キマってても交通違反をしたら、素直に交通切符を切られて「また、やっちまったな~てへてへ…」で終わる話。警察マニア兼ポン中の僕に言わせれば”なぜ、そこで逃げる?”としか思えません。唯一、注意点があるとすれば、交通機動隊は交通以外の事案にはクビを突っ込みませんが、その逆、地域系は防犯目的で交通取締まりを日常的に行うということ。僕も体内にまだ残骸が残っているときに、渋谷署管轄内の道玄坂交番の目の前で右左折禁止違反をして、交番のお巡りさん(地域課)に検挙されたことがあり、その時ばかりは若干焦ったものの幸い交通違反切符と簡単な車内検査でコチラも終了。対応したお巡りさんが”自ら隊”ではなくまだ経験が浅かい職員だったのと、僕自身の挙動が乱れず平常心で誠実に応対できたのが、災難を逃れられた理由ではないか?と自分なりに分析しています。
以上のことを踏まえて、前回からの宿題の回答です。 もう一度確認します。大切なのは①”交通課は職務質問はしない=薬物事犯にクビを突っ込まない”② ”怪しい人間はいないか”不審者に目を光らせて街をパトロールする任務は、 地域部(課)の仕事。今回のポイントはこの2点。
 <問題> キメセクから車で帰る途中、バックミラーに赤色灯をつけた車が背後についていることに気付きました。その時、あなたのポケットには昨晩使用して余ったパケが入っています。助手席にはさっき種付けしたばかりのウケが乳首を弄りながら、その余韻に浸って座っています。この状態で車内検査+尿検されたら。まさに危機的な状況です。さて車両A~Fの車両のうち、停止命令をうけるとマズイ車両がいくつかありますが、それは一体どの車両でしょうか?>  回答は消去法で、警戒する必要がない車両から順を追って説明していきます。
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E これは機動隊の車。警視庁には1~10方面本部に各1隊��つ、計10隊の機動隊がありますが、前方に5-の数字があるので警視庁第5(方面本部)機動隊であることが写真からわかります。目白/池袋/巣鴨/大塚/富坂/駒込/本富士の各警察署管内を管轄とする機動隊です。機動隊は組織上は警備部に属します。主任務は治安警備及び災害警備等であって事件の捜査権はありません。警備以外の目的で積極的に薬物を取り締まることはないのでシロ(警察用語で潔白、疑うことは全くないという意味) F 高級車レクサスの覆面パトカーは警視庁警備部警護課所属。SPとも呼ばれ主に総理大臣など要人警護する車両。写真ではわかりませんが防弾ガラスが装着されガラスがエメラルドグリーンに輝いているのが特長。この車両に対して反抗的な体勢をとらない限りあちらから攻撃してくることはありません。素直に道を譲ればOK。シロ。 ABD マニアなら簡単に判別がつきますが、これら全て交通系の車両。交通の取り締まりを主な任務としているので、他の事案に積極的にクビを突っ込んでくるようなことはしません。素直に停止し交通切符を切られた後に解放されます。シロ。 >Aの白バイとブルーの制服は交通系の象徴。白バイに乗った刑事なんていません。 >Bは交通系の面パト(覆面パトカー)。フロント部分に赤色灯が装備されている+ルーフ中央に自動反転式警光灯(ポコっと出てくる赤色灯)が備わっているが特長。こうした装備は交通覆面や警護車にしかありません。 >Dは一見、普通のパトカーに見えますが、これも交通系。交通系のPC(パトカー)と地域系のPCを見分けるポイントは、昇降式赤色灯(赤色灯が上がるタイプ)か?どうか?赤色灯の下に昇降バーを収納する台座がるのが地域系、無いのが交通系か機動隊。Dの車両は台座がないので交通系。シロ。
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C 刑事部(課)で使用される捜査系と呼ばれる車両。私服警官(刑事)が使用する覆面パトカーで既に起きた事件の捜査に使います。機動捜査車両とも呼ばれ、事件が発生すると真っ先に現場にかけつけ初動捜査を行うのもこの車両です。交通系の覆面パトカーと見分けがつきにくいですが、交通系の面パトの赤色灯は自動反転式なのに対して、捜査用車両が緊急走行する際、手で赤色灯をルーフに載せます。この赤色灯はマグネットでルーフにくっつくようになっていますが、刑事という職業柄?あまり几帳面な人が少ないのか、赤色灯の置き方がとても雑なのが特長。赤色灯が中心に置かれていない覆面パトカー、サンバイザーに長方形のLED式赤色灯=フラットビームを点滅している覆面パトカーは、捜査系面パトと判断して良いでしょう。ちなみに神奈川県警と広島県警は赤色灯を2つ付けて緊急走行することが規則になっています。つまりCは事件現場に急行しているだけで、あなたを追尾しているわけではないのでシロ。道を譲るだけでクリア。
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以上、A~Fの車両はいずれも職務質問やパトロールなどの防犯を主任務としていない(地域課に属さない車両)であることから、警戒しなければいけない車両は「一台もない」が正解でした(笑)。 助手席で乳首弄りに夢中のウケ君も、そのまま作業を継続してもらって差支えありません(笑)。
最後に交通検挙を拒んだ実例を警視庁の無線傍受で紹介します。 10交機「10交機12から警視庁及び123係。」 警視庁通信指令「10交機12どうぞ。」 10交機「高島平管内赤塚新町,川越の254を,えー,埼玉方向の車線上にて処理中ですが,処理困難中に付きマル援処置願いたい。尚,自動車利用,ナンバーは品川300世界のせ501*,白色のハイエースです。どうぞ。」 警視庁通信指令「警視庁了解。」 警視庁照会係「123係了解」 警視庁通信指令「警視庁から高島平管内,10交機,交通違反処理困難中に付き,国道254号の赤塚新町埼玉方向への集中運用の警戒を発令する。」 「高島平,光が丘,出動車向かえ。直近,警視259,赤塚新町三丁目信号から現場へ願いたい。警視259の後に高島平,光が丘宛て,PS,更に出動車可能から警視庁に一報せよ。259,どうぞ。」 警視259「警視259は,これより同地より埼玉方向,どうぞ。」 警視庁通信指令「警視庁了解。」 高島平署「高島平,マル援了解。」 光が丘署「光が丘,マル援了解。」 高島平署所轄6号車「高島平6,赤塚小前信号から,どうぞ。」 警視259「高島平扱い警視259です。えー,マル被は現場指示で緊急逮捕しました。後発のマル援隊でもお願いします。」 警視庁通信指令「10交機扱い,マル援中にあっては指令していた集中運用を現在で通常警戒。以上,警視庁。」
<解説> 10交機12とは第10方面交通機動隊12号車のこと(石神井・光が丘・練馬・板橋・王子・赤羽・志村・高島平署管内を管轄)。警視259とは第2自動車警ら隊(通称:2自ら)59号車。本部直轄部隊で第4方面~第7方面+第10方面を管轄する職務質問のエキスパート。集中運用とはパトカーや現場周辺で活動している警察官は本件に集中せよという指令。これに対し緊急配備は、非番の警察官を含み、ヘリコプター、警備艇など陸・海・空が一体となった大規模な配備が敷かれ事案に集中せよという指令。 非番の警察官まで発生事案に集中しなければならないというのは、一般の会社では到底考えられません(ご苦労さん!)。仮に薬物事案が発生し緊急配備が敷かれたとき、キメセク中の非番の警察官は一体どういった対応をとるのだろう?というのが個人的にもっとも気になるところ…。仮に僕が警察官だったら?無線を切ってキメセクに集中運用で間違いない!(笑)
結局、本件では、交通検挙を拒んだ結果、集中運用が敷かれ、第2自動車警ら隊(警視259)をはじめ、10交機から応援、所轄の高島平署から応援、近隣の光が丘署から応援、少なく見積もっても10数台のパトカーが現場に臨場し、数百名の警察官が本件に集中したことは間違いない。
このように本当は何もリスクがないことなのに、それをリスクと勝手に勘違いして暴挙にでてしまうというのは、誠に愚かなこと。”リスクを知らない”事こそ最大のリスクであることをポン中各位には是非是非理解していただきたい。警察官や警察車両を=警察として見るのではなく、地域系、交通系、捜査系で見分けれるようになるだけでも、それは”リスク回避”に直結する大きな成果になります。
次回は地域系をさらに細かく見分ける方法。”コールサイン”について学びます。チャオ!
※この記事は”おくすり安全対策1~7”を再構成したものです。 
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sakananoko-news · 4 days ago
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『さかなのこ』9/25(日)実施 ヤンキートークイベント レポート
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公開から3週間が経った今もたくさんの方にギョ鑑賞いただき盛り上がりを見せている本作。秋晴れの気持ちいい三連休の最終日(9/25)に、映画の大ヒットのお礼を込めた“大ヒット御礼ヤンキートークイベント”が、東京・テアトル新宿で実施されました!
SNSにて事前に募集した質問に、総⻑とつるむパンチの田村役・前原滉さん、バタフライナイフの使い手・⻘⻤役の三河悠冴さん、⻘⻤の心の友・赤⻤役の奥秋達也さん、そして沖田修一監督が答えていくQ&Aコーナーやイベントの模様をギョギョッとご紹介いたします!
※ネタバレを含みますのでご注意ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【イベントスタート】・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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上映後の余韻冷めやらぬ観客が待ちわびる会場に、前原さん、三河さん、奥秋さん、沖田監督が登壇!会場はあたたかな拍手に包まれます。
MCが監督の挨拶をすっ飛ばすなど、出足から歯車が狂い出したイベントにかなり不安げな皆さん…(笑)なんとか立て直そうと必死にがんばる真面目なヤンキーのみなさんの様子に、会場からは自然と笑みが溢れ、和やかな雰囲気となりました。
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前原さん:「(髪型が)ちょっと面影がないんですけど、パンチの田村役を演じさせていただきました、前原滉です!だいぶ不安な舞台挨拶なんですけど(笑)、ゆるい気持ちで見てください!今日はよろしくお願いします!ありがとうございます!」
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三河さん:「青鬼役の三河悠冴です。ぼくもめっちゃ不安なんですけど(笑)、本日はよろしくお願いいたします!」
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奥秋さん:「青鬼…あ、青鬼じゃない!(笑)赤鬼役の奥秋です。“赤鬼”ということで、赤を基調にした服を着たんですけど、完全にラガーマンみたいな感じになってしまったんで、イメージと違ったなって感じなんですけど(笑)、よろしくお願いします!」
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沖田監督:「今日は、世にも奇妙なイベントにお越しいただきましてありがとうございます(笑)。楽しくやらせていただきます。よろしくお願いします。」
映画の中では一切セリフのなかった青鬼の生の声が聞けたことに、会場の皆さんの静かな感動が伝わる中、事前に公式SNSで募集した質問に時間の許す限りどんどん答えていくことに!
読み上げられた質問には会場も共感があふれるように笑いが何度も沸きあがりました。
Q&A全文はこちら▼
●1問目:タイマン張りたくないなと思うのは誰ですか?そして仲良くなれそうなのは誰ですか?学校問わず理由とともに教えてほしいです。
奥秋さんは「タイマン張りたくないのはやっぱ青鬼ですよ。ナイフ持ってますからね!怖いですよ。仲良くなれそうなのはー…、一人と仲良くなったらみんなと仲良くなれそうな感じがする。絶対ずっと一緒にいるでしょ?あの人たち(笑)。それでいうと田村が一番会話できそうですよね。」と答えると、田村役の前原さんは「常識人だよね。自分で言うのもなんだけど(笑)」と相槌。すかさず沖田監督が「常識人じゃないでしょ!全員!」 と総ツッコミ!
三河さんは「ヒヨが一番怖い。でも仲良くなれそうなのもヒヨ。いざ話したら優しそう。」と答えると、奥秋さんは「なに?いざ話したらって!(笑)劇中ではしゃべらないのに、ヒヨと仲良くなれそうって思ってたんだ~!(笑)」と指摘すると、会場内は笑いに包まれました。
沖田監督にも質問が振られると、「カミソリ籾は生理的に嫌だな(笑)」と答え、前原さんに「自分が演出したキャラで生理的に嫌って!」と突っ込まれる始末。「でもどう考えてもふざけてる。」と笑いながら語りました。
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●2問目:『さかなのこ』は魅力的なキャラクターがたくさん爆発していますが、総長(磯村勇斗さん)・狂犬(柳楽優弥さん)・ミー坊(のんさん)達の印象と面白エピソードがあったら教えてください。
2問目の質問に入るや否や、「これ、青鬼のやつじゃない?」と青鬼役の三河さんに全員から注目が集まり、当の本人は、「え…??」と動揺(笑)
実はTwitter上で、《青鬼が現場で何かをやらかした》と話題になっているらしいことを告げられると、会場からも笑いが起こります。
↓磯村さんマネージャー(公式)のツイート
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↓のんさんのツイート
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三河さんはそのことに対し、「そうですね…。実はのんさんの靴を勝手に履いて帰っちゃったっていう…」とやらかしを神妙な面持ちで告白。奥秋さんから「あれマジやばかったよねー!」と言われると、「あの日に前原さんから靴を貰って、それがのんさんの靴と同じブランドので、似てたんですよ。それで、控室を出る時に貰った靴を履いて出たと思ったら、のんさんの靴で…。バスに乗ってる時に電話がきて履き違えていたことが発覚しました。あれはマジやばかったです。やっちゃった…と思って…。」とやらかしエピソードを申し訳なさそうにトロ🐟(吐露)。会場は驚きと笑いに包まれました。
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●3問目:愛すべきヤンキーのみなさんに質問です。役作りのためにここを工夫したという口調や仕草はありますか?ギョ返答ください。
先陣を切ったのは奥秋さん。「とにかくバカっぽい感じの演技を心掛けました!」と話すと、前原さんは「素じゃないんだ!?(笑)」と即ツッコミ。奥秋さんは「素であのバカはやばいでしょ?!」と否定するも、沖田監督からも「素じゃないんだ!?(笑)」とさらに被せられタジタジの様子。
さらに、三河さんが、「僕はとにかくナイフだけ練習して、あとは何にもしなかったです…。」と答えると会場からドッと笑いが。現場にはバタフライナイフ指導の方も入っていたといい、「今もできるの?」という前原さんと沖田監督の愛情たっぷりの振りに「今もできます。持ってきてます!」と持参したフェイクナイフをポケットから取り出し、一同が注視する静寂のなか、シャカシャカとリズミカルな音を立てながら華麗なナイフ裁きを披露する三河さん(笑)16秒におよぶシュールすぎる光景に会場のあちこちから笑いがこぼれ、見事最後までやりきるとこの日一番の拍手が沸き起こりました。
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そして「たぶん自分が一番体張っていると思います」という前原さんは、実は本作のために地毛にパンチパーマをかけ、原付免許も取得したことを明かし会場を驚かせました。
●4問目:総長と田村の原付で奏でられる、あのクラクション音楽の制作秘話をお伺いしたいです。
しばらく頭から離れなくて困りました。プップー
当時の様子を思い出す前原さんと沖田監督。どうやら沖田監督が「総長(磯村勇斗さん)の原付が音楽鳴るから合わせてやってみたら?」と前原さんに提案したことがきっかけだったようで、前原さんは「そうでしたね、総長に合いの手を打つようにアドリブでクラクションを鳴らした記憶があります!」と明かし、中毒性のあるクラクション音楽は自然なやりとりの中で生まれたメロディーだったことが発覚。原付組が盛り上がる中で、自転車組の三河さんや奥秋さんは、「俺らもやりたいね~。寂しいね〜。(笑)」と影で話していたとを振りかえり笑いを誘いました。
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現場のエピソードトークで盛り上がる中、惜しくも時間が迫り、登壇者から観客の皆さんに一言いただくことに。
奥秋さん:「映画って観た後に色んな人と、どうだった、こうだったと話すこともひとつ楽しみだと思いますが、この映画は特に色んな見どころがいっぱいあると思います。友達と感想を交わしながらお互いの人間性が見えたりする映画でもあるので、ぜひ帰った後に話し合っていただけたら楽しいんじゃないかと思います。今日はありがうございました!」
三河さん:「本日はお越しいただき本当にありがとうございます。僕もいち人間として、出てる出てないに関わらずこの映画がメッチャ好きです。色んな方にまだまだ観て欲しです。ありがとうございました!」
前原さん:「まず、このイベントが無事に終わって良かったなって…(笑)。本当にどうなることかと思ったので(笑)3連休最後の日にこうして時間を使って観に来ていただいてありがとうございます。映画ってやっぱり観てもらわないと完成しないというか、観ていただいて全てだと思うので、もし面白かったら「面白かったよ。」と言ってもらったりして、また観に来る人が増えて、またその話ができて…という繋がりが出来れば素敵だなと思います。こ��からも『さかなのこ』をよろしくお願いします!ありがとうございました!」
沖田監督:「まずは、青鬼の声が聞けてよかったなっていう…(笑)。上映が9月の頭から始まったんですが、反応を聞くと何回も観てくれてる方もいらっしゃるみたいだし、映画を特に大事にしてくださってる人もいて、そういう声をたくさん聞いています。すごく嬉しいなと思って。『さかなのこ』がこれからもずっと長生きする映画になってくれたら良いなと思っています。もうちょっと色んな人に観てもらいたいので、みなさんも周りの人に宣伝をお願いします。今日はとても楽しいイベントをありがとうございました!」
と、観客のみなさんへの感謝の気持ちと映画愛で締め括られたトークセッションでしたが…ここでまさかのさかなクンからサプライズでプレゼントが到着!
前原さん、三河さん、奥秋さんに贈られたのは、さかなクン手書きのお魚イラスト横断幕!それぞれのキャラクターをお魚に喩えて描かれており、9/3に行われた公開記念舞台挨拶でも、のんさん、磯村勇斗さん、岡山天音さん、井川遥さん、沖田監督に贈られました。
驚きとさかなクンの温かさに感動しつつ、ひとつひとつ読み上げていくことに!
前原さんは“シノノメサカタザメちゃん”。「頭はエイちゃんで身体はサメちゃんのような姿。エイちゃんの頭にはボコボコとした突起があります。3m近くになることも。日本ではなかなか見れませんが、水族館に来るとたちまち人気者!」というさかなクン直筆の説明書きを前原さんが紹介すると、まさにパンチパーマ!と笑いが沸き起こりました。
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続いて三河さんは“セミホウボウちゃん”。「おとなしいって書いてあるけど、たぶん青鬼が一言も喋らないからですよね…」とつぶやき笑いを誘います。
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最後に奥秋さんは“アカメフグちゃん”。前原さんが「説明なしに似てる!すごい!」と反応すると会場からは拍手が沸き、奥秋さんは「似てるぜ!っていう拍手をいただいてありがとうございます。」と更に会場を沸かせました。
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さかなクンの愛情たっぷりの横断幕とともに記念撮影を終え、最後まで和やかな雰囲気でヤンキートークイベントは終了しました。
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text-maru-bonze · 23 hours ago
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ダイキ ⑧
 9月の中頃、父親が出張で、母親が夜勤。ときどきこういうことはあるが、今回はグッドタイミングだった。  母親が夕飯を用意して19時過ぎに家を出て、20時前に父親から電話。その後俺は自転車で15分くらいのところの飛山城址跡に向かった。鬼怒川河川敷へ向かう砂利道を少し行ったところに割と大きめの掘っ建て小屋と2,3個の蛇口がある水飲み場みたいなところと簡易トイレがあった。  掘っ建て小屋に薄明かりがついてた。こそっと覗こうと少し離れたところに自転車を置いて歩いて近寄ると中に3,4人の動く影が見えた。囲いがあって乗り越えてさらに近づいていくと2,3人の組が2つあったようだ。ダボダボの作業着姿の人が多い感じだった。あのニオイさせてやってんのかなぁと俺の股間が熱くなり自然と手がそこにいった。 男A:「よぉ。のぞいてねえで、中に入れよ。」 振り返るとニッカポッカ姿の角刈りの男がたっていた。 その男が俺の肩に腕を回して肩組してきた。ああこのニオイ。男の汗が時間がたってある種の異臭に変わっている。 小屋の引き戸を開けると、中の男たちが一斉にこっちを見る。みんな股間を起立させてこっちに身体をむけてきた。 男B:「ジュンの知り合いか?」 ジュン(男A):「いや、こいつが外から中覗いてたんで声かけて連れてきただけですよ」 男B:「高校生か?大丈夫なんか?ここがどういう所なんかわかってるんか?」 中でも一番身長が高く、色黒でスキンヘッドのやくざっぽい感じのする男から立て続けにやさしい口調で問われた。 俺:「○○高校生です。友達に聞いてきました。」 男B:「名前は?」 俺:「ダイキっていいます。よろしくお願いします。」 男B:「よろしくって言われても未成年はどうかなぁ。あれ?ヨシヤは年いくつだ?」 ヨシヤ:「俺は18になりました」 男B:「ヨシヤは何歳ん時からここにきてたんだ?」 ヨシヤ:「中学卒業して、高橋土木に入って半年くらいしてからなんで15ん時です。」 男B:「じゃぁ、まぁいいかあ。本人の同意の上だしなぁ。」 男B:「誰かに聞いてきたんだろうけど、ここは土方とか鳶とか肉体労働っていう職人や、そういう汗臭いのが好きな奴らのための遊び場だ。ここに入るには作業着姿で来ることってなっててほとんどがそれ系の職業で、俺が知る限り2人だけ養殖がいるけどな。」 男B:「今日はお前入れてニ、シ、ロ。たぶん15人くらいがそれぞれの好きな日に来てる。俺も誰が来ているか全員は把握してない。一応病気持ち、薬やるやつは断ってる。問題が発生するリスク高いからな。外でケツも洗えるし、この柵の中なら青姦もできるぜ」 ゲン(男B):「ちょっと覚めちまったから、自己紹介するかな。まずはおれ。ここではゲンって呼んでもらってる。男と盛るのも縛るのも好き。お前見たいな若いのはケツ掘って縛って、いろいろ仕込んでやりてえなぁ。おい、そんな顔するな。嫌がるやつにはやらねえよ。次ヨシヤ」 ヨシヤ:「ヨシヤといいます。今は重量鳶やってます。ゲンさんところでお世話になってます。いろいろ仕込まれてます(笑)タチもやるけどいろんな人にケツ掘られるのが好き。種ツボになるっていうかんじがいいです。」 ヨシヤという若い人は、ミリタリーカットというのかサイドが刈り込まれてててっぺん部分が1cmくらいの長さの髪型。細身に見えるが筋肉はちゃんとついてる感じ。野球部っていう感じかな。彼だけがなぜか全裸で胸と腕には彫物があって背中は筋彫りって言う彫り進めている途中か。 俺が一番気になってたのはその股間の代物がすごくて、玉袋も大きく見えるが剥けたチンポがデカく太い。なんかうらやましい。 ジュン:「おれはジュン。配管っていうか浄化槽・上下水道関連の工事中心にやってる。よろしく。たぶんマサの次に汚れな仕事。ナニは小さいけどタチ役。若いノンケ職人強姦して、こっちの世界に落とすことを妄想してる。ちょっちゃばいかも」 マサ:「その一番汚いというか、まぁ当然だけど環境衛生とか衛生環境とか言ってるけど汲み取り屋。ガキの頃からなんとなくこの仕事が好きで親に猛烈に反対されたけどやってる。今も身体の中からなんか適職だったなっておもってる。俺はウケ。汲み取り屋だからってスカトロ好きってわけじゃないけど、やれない訳でもない。ごっつい兄貴たちにがつがつ犯されるのが好き。俺はわからんが仕事帰りは糞くさいらしい(笑)シャワーとか浴びてきてるんだけどね」 タカ:「おれはタカって言われてるけど、理由はわからん。名前はアキノリなんだけどな。鳶やってる。ゲンさん所とは違う職場だけど似た仕事で、年に何回か同じ現場で会うこともある。若いやつら経験の浅いやつらにいろいろ教えこんでやるのが趣味かな。お前にもなんか仕込んでやりてえなぁって思ってる」 俺はタカさんの話にちょっと不安を覚えた。 ゲン:「なんかビビってるのか?嫌なら断ればいいが、その恐怖と不安の先にとてつもない快楽があるかもしれねえぜ。どうする?」 俺は大丈夫ですとか答えた。 ゲン:「じゃぁ、せっかくだからみんなの金玉しゃぶってくれよ。 俺はタカさんの前に立ちしゃがみこみ、社会の窓からすでにあらわになっているタカさんの物を口に近づけた。すでにケツに入れてたんだろう、糞くさいってわかったが口に入れた。標準っていう感じ。なんか無理やり剥いて生活しているかのような包皮のめくれ具合。 タカ:「兄ちゃん、俺のは糞ついてっけどわかったか?いいしゃぶりっぷりだ。もういいぜ!次いってくれ」 マサ:「頼む。」 マサさんの作業着からはなるほど汲み取りっぽい臭いがする気がした。やっぱりファスナーからすでに出てたので手でちょっといじってから口に入れる。あれ?ウケとか言ってたけどすでにケツに入れたような感じ。腸液混じりのローションぽい味がした。大きさは普通よりちょっと小さいかな?仮性包茎っていう感じ。 マサ:「気持ちいいよ。坊主頭の高校生にしゃぶられるなんて夢のようだぜ」 なんか喜んでくれているようなのでより泡立つように激しくしゃぶったりしてた。 マサ:「やばい、いく。やめてくれ」 そう言って俺の頭を外すと笑ってた。俺の口からは泡立った糸がちん先からたれた。 次はジュンさんのところにむかった。 ジュン:「よろしく頼む。」 差し出されたように勃起したものが俺の前に用意された。俺はしゃぶりつく。俺金玉しゃぶるの好きかも。みんな喜んでくれている。 ジュンさんのはなんか硬さがすごい。しゃぶるときに肉棒のところが硬いのがいいなぁって思った。 ジュン:「たしかになかなか旨そうにしゃぶるな。まぁいいことだ。もういいよ」 俺はちょっと名残惜しい感じもしたが、次のに。ヨシヤさんのだ。ヨシヤさんの前に行く。やっぱりでかい。ヨシヤさんのからも糞くさい臭いがした。 俺は口に入れる。ヨシヤさんは俺の頭に手をおいて俺の頭を股間に押し付けるようにしたかと思うと動きをコントロールし始める。でも俺、こういうの悪くないと思った。喉の奥まで入れ込まれてウェッすると俺の顔をあげて ヨシヤ:「喉尺できるようになるとみんなの玩具になれるぜ」 といって俺の顔をチンポから外した。そしてそこを笑みを浮かべながら去った。 俺は立ち上がってゲンさんの前に行く。ゲンさんは待ってましたと言わんばかりにダボダボのニッカズボンをおろすと俺の前になんかすごいものをあらわにした。 さすがに俺はちょっと退いてしまった。 ゲン:「よろしく頼むぜ。」 俺はちょっと体勢を整えて手で持ち、ゲンさんの亀頭部分を舐め、しゃぶりついた。これ以上奥には入れられない。俺はそれでもできる限りしゃぶった。 ゲン:「なんだかまだまだだな。俺らが教えてやるよ。楽しみだな」 俺は自分の股間が学生ズボンの中で硬くなっているのを感じた。 ゲン:「まずは俺とヨシヤとで新規入場者教育するかな。ほかは申し訳ないがそれぞれで楽しんでくれ」 その後ヨシヤさんに服を脱がされた。ヨシヤさんは俺のシャツの中のヘインズの白のTシャツのにおいをかいで、しかも俺のトランクスのパンツのニオイも嗅いで俺の顔をみていた。なんか恥ずかしかった。 全裸になった俺はヨシヤさんに外に連れ出され、水道のそばに。ケツ洗われるのかなと思った。だが違った。囲いのほうにまで歩かされた。裸足だったが川砂の道みたいなところだったのでそれ程痛みを感じなかった。 ヨシヤさんに塀に捕まれといわれてその通りにすると、股を開けと言われその指示に従うと股下から手を伸ばし俺の硬くなったものを握ると ヨシヤ:「こうされるとエロいよなぁ。おお、もうヌルヌルじゃねえか。俺もそうだったなぁ。」 ヨシヤさんは丁寧に俺のをさするとヌルヌルの亀頭の部分を親指で触る。それが腰が引ける感じになる。なんとなくだが気持ちいいと気を許しているなぁと思った瞬間、背後にゲンさんがいる気配を感じた。 その後、俺のケツに指が伸びてきた。でも中に入れてくるわけではなく這わせるだけ。掘ってもらえるのだろうか。 辺りはあかりはほぼなく、やはり小屋の中から漏れるわずかなあかりのみ。近くを川が流れていてその音がなんとなくするのと、遠くでその川にかかる橋を渡る車の音が聴こえる。
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toxgo · 7 months ago
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ちょっと思い出しただけ
池松壮亮×伊藤沙莉と言う時点で観ない理由が見つからなかった作品「ちょっと思い出しただけ」 映画あるあるで事前に期待のハードルを上げ過ぎると大体ハズレが多いです。でもこの作品が気になってる皆様ご安心ください。これはハードルを上げまくってもらって大丈夫です。
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クリープハイプのフロントマン尾崎世界観の楽曲「ナイトオンザプラネット」を盟友の松井大吾が映像化した作品です。僕は恥ずかしながらこの作品を知るまでクリープハイプを聴いた事がなかったいわゆるクリープハイプ童貞。しかし、遂に卒業する時が来ました。本当にこの曲が最高過ぎるんですもん。Blogを書いている最中はもちろんのこと、観終わってからもずっとこの曲を鬼リピで聴いてしまっているくらいハマってます。なので、個人的には鑑賞する前に予告編を観るよりもこの「ナイトオンザプラネット」の歌詞を脳内にバッチリ刷り込んでから観てほしいです。きっと思うてる倍は感動します。
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物語は2021年の7月26日から始まります。足の怪我でダンサーの夢を諦めた照生(てるお)とタクシー運転手の葉(よう) この2人が初めて出会った2015年からコロナ禍真っ只中の2021年までの「終わりの始まり」である6年間を照生の誕生日7/26だけにスポットを当てて描かれます。誕生日だけで過去の恋愛を振り返るという設定なのですが、これが僕の思い出にとてもリンクしてしまいました。今から約10年前に同い年で同じ誕生日の彼女が居ました。これってなかなか出会えない確率だったんですかね?付き合ってた期間は短かったですが、自分の誕生日を迎える時にはその子のことを正に"ちょっと思い出しただけ"になってしまいます。
そしてなんと言っても主演の池松壮亮と伊藤沙莉の組み合わせがはっきし言って神。付き合ってた時期の2人の掛け合いやアドリブなどのコンビネーションが抜群すぎ。あと伊藤沙莉の魅力の1つでもある、あの声がやっぱり僕は好きです。
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始めに紹介しましたが、この作品は尾崎世界観の楽曲を映像化したものです。なので僕のグッと来た歌詞と好きだったシーンを照らし合わせていくつかご紹介していきます。(軽いネタバレはご了承下さい)
「吹き替えよりも字幕で 二人で観たあの映画」
1992年公開のジム・ジャームッシュ監督作品"Night on Earth" 尾崎世界観はこの映画が好きすぎて作った楽曲が"ナイトオンザプラネット" 劇中でいつの日かの誕生日にお祝いのケーキを食べながら、2人が好きなこの映画を観ます。余談ですが、ジム・ジャームッシュ作品を他の映画で使用出来ることはなかなか稀な事だったみたいです。
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ケーキを食べながら葉は「吹き替えと字幕どっちで観るのが好き?」と照生に投げかけます。この掛け合いなんかは自然体すぎて、プライベートで2人が結ばれたらいいのになと思ってしまうくらい(大きなお世話) その後に照生がプロポーズを仄めかす所や、葉が子供が欲しいと思わず本音を吐露してしまう演技なんかは観終わった後にジワジワくるはずです。
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「愛とヘイトバイト 明日もう休もう 二人で一緒にいたい」
2人とも休日だった照生の誕生日。照生のバイト先の水族館の休館日にこっそりと忍び込みます。この作品を代表する場面。ほぼ貸切状態の水族館で、まるで2人だけしかこの世界に存在しないような空気感が広がります。マイフェイバリット映画の“エターナル・サンシャイン”で例えるならば、2人が凍った湖の上に寝そべり、夜空いっぱいに広がる星座の見ながらお話をしているシーンみたいな感じ。
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葉の会社のタクシーを無断で借りて来て、映画「Night on Earth」のウィノナ・ライダーのチャプターを真似っ子する所もすんごく微笑ましかった。2人にとってのお決まりな“ジム”のくだりも最高だったのですが、「あなた女優にならない?」というジム・ジャームッシュ映画のセリフは頭に入れて鑑賞下さい。この言葉がとても切なく感じます。
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「あの頃と引き換えに 字幕より吹き替えで 命より大切な子供とアニメを観る いつのまにかママになってた」
2021年の葉には赤ちゃんが産まれています。そうです。この時には照生ではない別の守るべき存在が居るのです。葉の旦那役の康太を演じたのがニューヨークの屋敷。この屋敷がいいアクセントになってました。今後、俳優として活躍する屋敷を目にする機会が増えそうだなと。
ある日コンパに誘われた葉は、特に盛り上がらない呑み会だけど友達として建前もあり、なかなか抜けられない状態。そんな空気に耐えられず外に一服しにいくと、そこに康太が座っていました。康太のフランクすぎる対応に流されるままLINEの交換をする事になるのですが、その時にアイコンにしていた猫の画像にツッコまれます。その猫は照生と一緒に飼っていた"もんじゃ"だったのです。
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ここが照生の事をまだ忘れらていない演出の1つでした。そして2021年の照生誕生日前夜。タクシーの仕事中に乗せたミュージシャンの男に、「トイレに行きたいのですが?」と言われ、たまたま近くを通りかかっただけなのかも知れませんが、向かった先は照生と初めて出会った劇場でした。そこで足の怪我を庇いながら、誰も居ない舞台で1人踊る照生を見つけてしまいます。もしも康太と結ばれいなければ、おそらく葉の性格上、照生に声を掛けていたはずです。でもそうしなかったのは葉に命より大切な存在が出来ていたから。
観終わった後にこの曲を聴いて、1番泣ける歌詞は間違いなくここでした。子供と一緒に見るから"字幕よりも吹き替えで"って、、前半の“吹き替えよりも字幕で”をきちんと回収したグッと来た歌詞です。そして、照生の誕生日を表す時計の時間は決まって何時"7分"になっているのですが、ラストに葉が見たスマホの時間が8分に進んでいる演出も好きでした。時間は待ってくれないし、色々な経験があって誰しもが少しずつで前に進んでいます。
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「最高の場面を焼きつけよう 雨に濡れた帰り道は風で乾かそう 久しぶりに観てみたけどなんか違ってそれでちょっと思い出しただけ」
この歌詞のシーンは冒頭の方にやって来ます。劇中で「Night on Earth」を観るシーンは2回ありますが、1回目はここです。時間軸で言えば2021年。照生は日付が変わって誕生日になった深夜に葉との思い出が詰まったこの映画を1人で見ています。でもなんか違うものを感じてしまいます。おそらく葉との思い出が重なったはず。
そして1人で酔い潰れ、ソファの下で寝てしまい朝を迎えます。ストーリーの中でベッドではない所で寝ている描写はここだけだったので、照生の葉に対する未練を表している場面だったのかもですね。元パートナーとの思い出が蘇る映画や場所ってありますよね?でもやっぱりその時のパートナーと経験した良き思い出をその後に更新する事ってなかなか難しいです。そんな消化するに消化できない"ちょっと思い出しただけ"な気持ちが伝わってくるシーンでした。
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この映画は2人が既に別れている所がポイントです。なんで別れたのか?などの理由は正直あまり気になりません。2人の思い出をある1日だけで振り返り、関係性は��わったけどお互いに"ちょっと思い出しただけ"で気持ちはスッキリと前を向いて生きている描写を大袈裟な演出もなく描き、このコロナ禍な時代も付加価値になっているからこそ伝わるものがありました。そして主演の2人以外の豪華役者陣も見所の1つ。"Paterson"よろしくな永瀬正敏。床屋の篠原篤。ゲイ役の國村隼。その中でも前回のブログでご紹介した河合優実はやっぱり抜群に可愛かったです笑
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予告もなく世界を180度変えてしまったコロナ。まだゴールの見えないトンネルの中にいる状態ですが、そのトンネルを抜けた先は、恐らくコロナ以前の世界には戻らないと思います。働き方、買い物、1人で過ごす時間、新たな人間関係の築き方などなど、現在進行形のコロナ禍での過ごし方がこれからの新しいスタンダードになっていくはずです。
“昔は良かったよね〜”と先輩とのご飯で後輩が聞きたくない話のジャンル上位に位置する様な事柄じゃなくて、コロナ禍前の大事な思い出を“ちょっと思い出しただけ”なタイミングはこれからちょこちょこやってくるはずです。そんなちょっぴりエモい気持ちがやってきた時は大切に思い返したい。いや、絶対にそうすべきな気持ちにさせてくれる素晴らしい映画でした。
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NARI
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g-cloud9 · 10 months ago
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役者紹介:野内貴之さん
今回初めてご一緒する、劇団銅鑼の野内くんです。あの老舗劇団の役者さん。最初は私、正直構えておりました。が、ケーキを前にした笑顔にときほぐれました。そして野内氏は真摯に台本に取り組みます。早めに稽古場に着いて外で台本を読みこむ周りには、エサも無いのに鳩が群がります。間違いなく何かを引き寄せる役者さんです。いつも穏やかな空気が取り巻いています。頑固になりがちな私のような中年女優にも優しく歩調を合わせてくれます。野内くんのわがままを聞くのが、今の私の目標です。(笑)
文章・写真撮影:北川宏美
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chaukachawan · 10 months ago
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大きな人と書いて大人
この間、見ようによっては小4の男の子くらいの人がUberリュック持ちながらチャリ漕いでました。世界は広いですね。
さて書こう役者紹介を
おもろ一人長ゼリ・演技幅・キャスパの3本の矢。ちゃうか界最強女優。
九条ひなた
かっけえ・殺陣・キャスパ。大忙し最強女優。
そそそ
おもろ・アドリブ・おもろ。「別れ」書きし最強男。
でぃあっ♡
演技熱・立ち振る舞い・衣装力。主人公女優。
島﨑愛乃
愛らしさ・か弱さ・白さ。白い雪女女優。
西田幸輝
愛らしさ。か弱さ。凶暴み。長き手足の軟体男。
君安飛那太
最強。キャスパ。笑顔。キャスパが踊れる唯一無二男。
山内侘助
お。れ。お。あたい。
津島ヨモツ
演出。演出補佐。演出。演出する女優。
西岡克起
おもろ。コント。天才。最強おもろのまたどこかで演技見たい男。
β
おもろ。小道具。スーツ。スーツ似合いし未来の小道具男。
かけうどん
金髪。おもろ。大道具。飯タッパーを持ち彼方へチャリで行く男。
遠藤翔太
まじめ。おもろ。小道具。逆毛つぎし銀髪男。
坪井涼
したたか。かわいい。メガネ。ちゃうかに溶け込み32期と化した男。
Aru=R
高身長。幕男。ケミ。いずれ指5本ケミになる男。
柴田シーパラダイス
天才。最高。ゾン○。また君の脚本見に行くからなシーパラ。
照明オペフィル
シーリング。LED。ディマー。
音響オペエデンうさはな
BG。SE。サブスピ。
映像オペニトロ。
プロジェクター。アクターエフェクト。プレミアムプロ。
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shihlun · 7 months ago
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作為風景的城市(松田政男)
(1970)
真是奇妙的祭典。說是祭典,當然有神輿也有山車,因而醞釀出了其特別的華麗氣氛。由神主帶領的祭禮一行,接連引來了周邊的孩子們,向著這個地方城市狹小的中心部略高處被祭祀的神明的神社邁步前進。注意到某個極小事實的瞬間,拍攝這次祭典的我們無法抑制地捧腹大笑起來。雖然沒有地方城市的這種祭典所應該特有的遊客的身影,但是,這個小小的祭典的隊列,卻在我們失禮的哄笑之外,作為一年一度的盛夏的儀式靜靜地前進著。
我們哄笑的原因,是因為祭典的隊列是模仿諸侯出行的陣仗(大名行列)而形成的。典型的那種由毛槍朝天高舉,腳步一致,喊著「向前、向前(下ニィ、下ニィ)」的人打頭陣,搬文箱、長持的人隨後,著裃服騎馬的武士威嚴地緊跟著,簡單來說,我們聽到「大名行列」這個詞時所喚起的意象,完整地,完全像畫出來一般展現出來。不對,定睛一看,還有一群穿著只能認為是公卿裝束的男人。像前述所說,有在每個路口立定、進行除災儀式的神主,有神輿和山車,有笛子和大鼓,什麼都有。有的是我們從小在現實生活中或者畫像和影像中慢慢熟悉起來的,「祭典」的全部的類型。然後,沒有的是「祭典」所一定會伴有的「狂熱」。
那是北海道的北邊,面對鄂霍次克海的網走市。為何網走神社的祭典中會有大名行列呢?這個單純明快的疑問,與其說是我們哄笑的原因,不如說是我們怎麼也沒法不去注意的地方。不用參考網走市役所發行的《網走小史》,我們也知道這裡有原住民鄂霍次克式陶器人的遺跡與遺物,四百年以前起是江戶時代的阿依努期,是阿依努人居住之地。不用說,在松前藩的經濟支配,幕末由於軍事需要而來的幕府的政治管理的過程中,也有與日本人的來往。但是,日本人大量渡來還是在一八八〇(明治十三)年網走村設置郡役所之後的事情。因為四年後開設了小學與寺院,土地神(鎮守)的神社的創立,也自然應該是那之後的事情。
具體的歷史上從未存在過大名行列的北方城市的祭典裡,突然出現了魔幻的大名行列這件事情,對我們來說,是應該在最初的殖民者的記憶中作為遺制殘存下來的強烈的共同性中尋找嗎?我在這裡,比方說,應該也可以像《網走小史》一樣,用下面的方式,引用阿依努人原住民樸素的祭典原型,將本土的民俗與殖民者的民俗的競逐過程作為考察對象:
「為此處報春的最初的訪問者,是乘著流水而來的海豹。在冰川間的縫隙中進行的獵海豹,足夠滿足了自然的孩子的冒險的心。部落的人們,每到此時期就會乘舟靠近帽子岩,在島上設立祭壇,以幣束裝飾。一族之長對著海的方向祈禱漁業豐盛。⋯⋯帽子岩是將阿依努族的生活與神連結在一起的聖地,因此人們都將這座島稱為『充血(チバシリ)』。」
但是,我們至少在這裡,與這個名為網走的地方小城市的祭典儀式活動毫無關係,只能確定這不過是在各種意義上對中央大城市殘留的傳統祭典的最壞意義上的模仿,並將其傳達出來而已。今天,聖地「充血」不過是一塊僅僅保留了網走名字來源的記憶的奇形怪狀的石頭。而且,正如我之前所述的,網走神社祭並沒有遊客的身影的事實所示,對於這種將邊境的遺制破壞地體無完膚的直接從中央輸入的祭典方式,關心的人寥寥無幾。夏天來到網走的年輕遊客反而都在參觀離網走神社最遠之地的網走刑務所。今天,網走的聖地連名字都變成了網走番外地,其所祭拜的神,也變成了電影演員一般的存在的同時,從空洞的大名行列中讀出了強烈的諷刺的,難道真的只有我嗎?
話說回來,說到敘述的順序,這裡應該簡單提及一下我們在這裡偶然遇見網走模仿的祭典活動的攝影旅行的目的。一九六九年從夏至冬,我與很少的幾個朋友一起,追隨一名少年的足跡做了一部紀錄片。六九年末勉強工作告一段落的這部電影,以「去年秋天在四個城市用同一把手槍發生了四起殺人事件今年春天一名十九歲的少年被捕他被稱為連續射殺魔」為片頭字幕,「一九六八年秋天在四個城市用同一把手槍發生了四起殺人事件,一九六九年春天一名十九歲的少年被捕他被稱為連續射殺魔」為片尾字幕,包含了一小時二十六分的結構。如其所示,是關於「連續射殺魔」永山則夫的電影。網走是永山則夫出生、度過了幼年的地方。
這篇文章並非是要直接介紹我們的電影,但是作為完全追踪了永山則夫廣泛的足跡的結果,經過了北海道、東北、關東、東海、近畿等各大城市,根據我自己四個月的體驗,我不能不談對於出生於網走市郊呼人番外地、長於網走市內的永山則夫五歲時全家搬至的青森縣北津輕郡板柳町的印象。而且不得不說,我在這個地方小鎮感受到的是和網走完全相同的印象。我們當時看到的是明顯磨滅了地方的獨特性,只能稱作是中央的複製的同質化的風景。殖民城市網走,本土城鎮板柳,再誇張一些說,中央都市東京,在我們的眼中都以毫無差別的相同的面貌出現。
然後,不知怎的,好像不止我們,還有別人也有同樣的經驗,在北國陰暗的風土中尋找永山則夫犯罪的原因,卻被大大地欺騙了。說起來,某位電視人曾這樣記述這個兩萬三千人的小鎮:
「永山則夫一被逮捕,報紙和電視就迅速動員學者、作家、評論家們創造他的形象。……這些知識分子中最有說服力的,是同樣出身青森、有同樣遭遇的詩人、地下劇團主宰者T氏的發言。他將永山則夫形容成在東京沙漠徬徨的都會吉普賽人,令其抱有噩夢般的殺意的,據說是養育了他的『北國的荒涼的天空』。……但是,離上野十三個小時的板柳的天空卻明亮得令人訝異。沒有霧霾的明亮的藍天下,岩木山閃耀著銀白色。……」(《紀錄片青春》自由國民社刊行)
這位紀錄片作者,在直率地敘述了「荒涼的北國」的形象的破壞後,舉出了城市的豐饒的各種數據。比他晚三個月,已經過了春天而在夏天拜訪這座城市的我們,已經如前述有著和他相同的見聞。青森出身的詩人「T氏」(即寺山修司)大概可以斥責我們,認為這些感想乃作為一群不負責任的遊客的,即時且隨便的感想。的確,並未體驗到寒冬的津輕的我們,並沒有「荒涼的北國」的意象。但是可以說,我們的遊客之眼,與只能看到「中央=豐饒」、「地方=荒涼」之刻板印象的地方出身的半調子知識分子的眼,恰好形成了對照的兩極。無論是中央還是地方,都市還是邊境,「東京」還是「故鄉」,現在都只有等質化的風景。我們即使是看到了津輕平原的廣漠上連綿的蘋果園,也絕不會想到綠色的森林,而只能看到令我們聯想到我們灰色首都所散佈的污染的農業。不用說,「荒涼的天空」也是稱呼我們霧霾漂浮宙天的名字。
因此,我們在鄂霍次克沿岸的東北的平原,也沒能發現或許孕育了永山則夫的「故鄉」。不如說我們看見的不過是縮小版的「東京」。永山則夫小學時代居住的板柳町一角稱作入福住宅的小型貧民窟,大概也可以指定為東京的任何一處。谷川雁說「不要去東京,創造故鄉吧」之時,那種作為前提的「東京」對立於「故鄉」的圖式,在六十年代的死胡同中,終於不再是有效的事實,我們必須去確認。我們壟斷的高度成長,難道不是表現出日本列島作為一個巨大的都市,每天都在往一個同質化的方向發展嗎?
無需說,從資本主義經濟法則的側面,將永山則夫作為地方年輕人口向城市集中的典型事例說明,也不過是將其拉入客觀主義的大網。如此,他是在響應寺山修司「離家出走的建議」,捨棄了「故鄉」而到了「東京」來嗎?恐怕要揚棄谷川雁與寺山修司兩方的高談闊論,才有真正的答案。即,無數的永山則夫,無疑是想要前往「東京」,創造自己的「故鄉」的。正是在「東京」,才有他們所尋找的原初的東西。要說為什麼,對於他們來說的「故鄉」,不過是「東京」的模擬而已。他們對於「東京」所注入的狂熱的凝視,只能說是在不可見的領域中雕刻他們的真正的「故鄉」了。去往「東京」之旅,即是去往他們的原初世界的旅行。他們一刻不停地在進行著,與在偏僻地方和離島中找出現在的我們的過去的祖型的民俗學者方向完全相反(vector)的旅行。
從這件事來說,「離家出走的建議」的提倡者寺山修司,對於永山則夫的流浪,初看上去似乎以同情者的身份浮現,但當他結論出「人被歷史拋棄時,就會援用地理」這一巧妙的宣言時,就不自覺陷入了寺山自己排斥的「歷史性的思考」了。寺山修司著作中對於永山則夫的結論,不過是道學家式地指責其缺乏「思想的力量」、「想像力」,以及「戲劇性的想像力」而已。寺山修司從未將自己的想像靠近這一現實,即永山則夫(們)其實正是僅通過「地理」上的流浪,這群下層社會的無名大眾才能創造出他(們)「歷史」上的定在。雖然寺山說「為了判別一個行為是英雄性還是犯罪行為,過多的『狀況論』將我們緊緊束縛」,但在與「狀況論」甚至「情況論」無關之處,即便是針對將「行動的力量」而非「思想的力量」作為動力而生存的人們,以提昇道德的口吻高談「想像力的復權」,恐怕也不會有任何成果。
「歷史」還是「地理」的二選一思考方式,正是深深刻在提出者內部的歷史性思考方式,這種思考方式的所有者將其直接轉移至地理上的思考。即,在他的腦中,以他的「想像力」放上一張日本列島的空白地圖,在上面填上永山則夫流浪的足跡,最後所得到的也就是這麼多。此一永山則夫之旅,只要在某種「原初世界之旅」的前提上,便設想能透過連接他曾經過的外部世界的地點,便會浮現出其內部世界的地圖,並設想大概會出現奇形怪狀的景象吧。           在這裡,還是先交代永山則夫流浪的記錄和分期。這也同時是我們的旅程——
網走市郊外—網走市內—板柳—(離家出走)弘前—青森—函館—板柳—(離家出走)山形—福島—板柳—(為了集團應聘上京)
東京·澀谷—(辭職、秘密出航)橫濱—名古屋—香港—橫濱—小山—(就業)宇都宮—(以下各地流轉)大阪—守口—東京·羽田—川崎—橫須賀—川崎—東京·淀橋及東中野—池袋—巢鴨—小田原—熱海—名古屋—大阪—神戶—(秘密航行)橫濱—東京·練馬—西荻窪及東中野—板柳—東京—長野
橫須賀—東京·池袋—(以下各地流轉)芝—京都—橫濱—東京·池袋—函館—小樽—札幌—函館—名古屋—橫濱—東京·新宿及中野—橫濱—東京·原宿
第一次流浪的分期十五年,第二次的分期三年半,第三次的分期為半年,有各自的長度。可以視作成長、生活、犯罪三個不同的階段,各自的分期在空間擴大的同時,表現出時間上的反比關係,應該是很容易注意到的。日本列島對於永山則夫,不正是作為某種非歐幾里得空間(non-Euclidean space),奇怪地歪曲、溶解、流動嗎?然後,即使這樣還,或者說正因如此才,應該點出的是沿著永山則夫的軌跡而再現了四個月間橫貫列島之旅的我們的眼睛,看見的是已經敘述過的,所有的地方或邊境的街道上映出的,作為同質化了的風景出現的景象。
追尋已經失去的原初的「故鄉」之旅,常常以無論去何處發現的都是相似的風景而告終。種村季弘在最近的文章中,以模仿本雅明的口吻敘述了「將陌生的城市認作出生的城市,將出生的城市認作陌生的城市的反向透視法(逆遠近法)」(《都市》創刊號),而我們的日本列島所有的,恐怕無疑是「陌生的城市」與「出生的城市」之間生長出的,無可救藥的時間和空間的扭曲所呈現在眼前的風景的同質化而已。這種風景如今無法代換成自然、風土之類的詞語,因為這種風景,是天然與人工突兀地對撞、裁剪下的產物。就如同以前在《薔薇與無名者》(芳賀書店刊行)中斷言的那樣,永山則夫沒有終點的「原初之旅」,必然是「為了將風景割裂而射發了子彈」。
我們在永山則夫的紀錄片的攝影過程裡,首要任務是反覆深化我們的視角,藉此嘗試捕捉作為風景的日本列島,除此之外一無所知。即使是同樣的旅程路線,我們所經歷的時間與空間仍不同於與永山則夫的軌跡。如果在兩者的時空中提煉出某種元素,那就真的變成風景了,就像繪畫一樣的,澡堂中的巨大筆劃一樣的,毫無掩飾欺騙(何のケレン味もない)的風景本身了。我們似乎在摸索與本雅明評價二十世紀初無名攝影家阿傑(Atget)所致力捕捉的「捕捉巴黎無人的街道的風景」,與下面的格言所述恰相反的循環:
「都說他以拍攝犯罪現場的方式拍攝風景,也的確如此。犯罪現場並沒有人通過。攝影是為了創造間接證據。照片經由阿傑,開始變成了歷史過程的證物。」(《複製技術時代的藝術》紀伊國屋書店刊)
我們與阿傑相反,是以拍攝風景的方式拍攝犯罪現場。雖然本雅明認為「對於群眾,城市有時是風景,有時是房間」,我們的攝影機之眼所看到的,只有「作為風景的城市」,而從未能到達「作為房間的城市」。這恐怕處於一種我們被周圍敵對的狀態,但與喜歡言必稱「狀況」或「情況」的知識分子的語彙不同,這說不定是可以從外側的物質性去感受到,一個除了風景以外、本身一無所有的下層大眾的唯一方法。無需贅言。只需強調我們所嘗試的,是透過風景去直接面對他的,或我們自己的,那個「不可見的故鄉」。
因此,我們在旅程的終點,在永山則夫數次返回的「東京」——可以視為來自邊境、不斷流浪的下層大眾之「故鄉」原型的這個混亂的巨大都市中摸索。然而,在我們的首都,是否曾經有過從那個地方城市的「祭典」所缺失的原初的狂熱呢?無需說,是不可能的。十月末秋季的某一天,通過新宿街頭的那次稱作「新宿祭」的空蕩蕩的遊行,我們恐怕永遠也無法忘記吧。在那幾天前,由某個宗教團體的鼓號隊帶領通過的祭典隊列,竟然成為了某種電視綜藝節目的絲毫不差的仿寫物。竟然將自己生出的媒體的「影子」模仿了個徹底,這個悲慘的本體!與此對應地,這裡化作了一個人影也沒有,只有機動隊的制服與自警團的私服非常顯眼的,彷彿戒嚴令下的死亡的街道。或許,那甚至不是風景,而是風景的葬送。「噓,安靜點!葬禮的隊列要從你身邊過去了。將你的雙膝跪地拜倒吧,唱起送葬的歌謠吧!」(Lautréamont)
然而,追尋更加原初的東西而帶著初生的能量加速度,嘗試在「東京」中實現「故鄉」的下層大眾,大概並不知道該去向何處吧。厭倦了模仿的祭典,慢慢看清了「東京」的背叛,他們像列斐伏爾評價巴黎公社那般,在「『祭典/節慶』之風格即公社的風格」之意義上,為了追尋一種真正祭典的狂熱,於焉開啟了沒有終點的「旅程」。這次,為了寫這篇稿子,讀了一些城市規劃與建築專家的都市論,其中唯一不停激發我思考的,是水木薰針對羽仁五郎的激進批判,說起來,水木薰是如此評價這種「旅程」的原初型態的:
「……他們輕易地擺脫了來自家庭與地方的權力束縛,獲得自由。然而,這種自由卻是透明危殆、難以依賴的。他們在巨型都市(megalopolis)中開始了浮游的生活,那甚至能不能稱之為生活呢?與這樣的社會底部的流動相比,希臘有拱廊(agora)的城市,而文藝復興時有據說是基於市民之自由與平等建造的的城邦國家,與此相比,他們有多麼不加思索或無能為力,只要考慮其流亡之劇的各種苦痛就十分清楚了。日大鬥爭,在某種意義上來說,可以視作是捨棄了故鄉的貧窮的年輕人,對大都市東京的反抗吧。失去了目的地的地方中小城市的中小工商業者的孩子們,如果不是不停地叛亂,甚至無法生存下去。」(《革命與烏托邦》芳賀書店刊行)
「捨棄了故鄉的貧窮的年輕人」,是在「對大都市東京的反抗」中,實現他們真正的故鄉的。水木薰的都市論的優越之處在於,不在歷史或當代的標準上為城市定位,而是從生成、爛熟、死滅的具體的運動過程中找到其位置。這是比吉本隆明提出的暗示性問題「城市何以為城市」更進一步,是「城市何以不再是城市」的一種反問。啊,城市的死滅!拒絕無名大眾所不停上演的「流亡之劇」在地方和中央、農村和城市、邊境和首都等等近似的兩分法中彷彿達成了的虛假的上升的錯覺,反而能夠直視,追溯人群���「原初」旅程,其實僅是意���著從下層到下層,從底部到底部,從貧民窟到貧民窟的移動,這不正是唯有能夠提出此種論斷,看清這一事實的透徹視點之人,才首先能從口中吐出的詞語嗎?
那時,他就不再會將城市視作風景,而是將激進地貫徹城市作為房間的屬性了。
我在這裡突然想起了雷吉斯·德布雷(Régis Debray)將城市稱作「可居煉獄」的苦澀發言。不用說,德布雷是在將討論範疇小心謹慎的限定在「與苦惱於人口集中的亞洲歐洲大城市相比的⋯⋯加勒比海諸城市」,即使知道這一點,不妨讓我們再仔細看看吧。
「住在城市裡的人們,即便是同志,與游擊戰士比較起來也在不知不覺中慢慢變成了市民階級。他們對於自己的行為,即餐飲、睡眠、移動等生存所要求的物質的艱苦為何物,已經不能理解了。游擊戰士是靠自己,用自己的手,自然地製造物質的,而他們已經不具備維持生命的手段了。城市人僅僅作為一名消費者存在。……對於每個人來說,人生都是不平等的,被給予的事物。人生作為完成的商品,在商店裡排成一排……雖然常說,我們泡在社會生活的浴缸裡,但是泡太久澡對於身體也是不好的。要理解這個不溫不火的孵化器,在多大程度上令人類發育不全,令人市民階級化,僅有一種方法,那就是跳出這個孵化器。」(《革命中的革命》晶文社刊行)
雷吉斯·德布雷在這個意義上,將「城市」作為對立面,將游擊戰士的真正的故鄉認定為「山地」。能嘲笑這種關於第三世界的斷言肯定命題式都市論的教條性和形而上性,是一件幸運的事情。我們生活在高度壟斷集中的核心,身處於日本列島整體化作一個巨大城市的變化轉型期裡。毋寧說,對我們而言,可以回歸的「山地」是不存在的。但是,我們在將城市佔領、解體,作為我們共同空間的革命長期戰爭中,如欲作為一名游擊戰士而生活下去,則必須在這個「可居煉獄」的正中間,立起我們所認定的「山地」。身在日本這個懷有對第三世界掠奪與殺戮原罪的、反革命的「祖國」,我們別無他法,只能竭力將此一煉獄實現為靈魂的淨化場。
正如各種「未來」學者與其亞流所奉上的漫不經心讚辭那般,據說我們正在進入的本世紀最後二十年,可預測的長期投資額累積達到五百兆元。在考慮戰後二十年國民生產總值上升至世界第三位的日本資本主義,在這個列島上投下的資本總額已經不能以三十兆而是以五十兆元來計算的事情時,接下來二十年的十倍投資,將無疑進一步促進日本列島巨大的城市化。然而我們不能將這份壟斷的奢昂攻勢視為日本帝國主義起飛的暗號,而要將其當作耳邊的喪鐘來聽。我們已經跟上了在風景的同質化中,從一個城市流浪到另一個城市的無名大眾的足跡。他們決沒有「主張真理是屬於自己的。他們從未『說出』自己代表了真理。因為他們『就是』真理本身。」(弗朗茲·法農)我們恐怕初次見證了我們下層無產者形成階級的轉型期。他們以流浪的存在形態佔領都市,作為資本主義的掘墓人,開始慢慢浮出水面。
「不可見的故鄉」在對真實的祭典的不斷試錯中將徐徐浮現。「必要的是在暗中突然出現的偶然的縫隙。只要有『縫隙』,人類就可以開始一些行動。人類是在自己的慾望相互碰撞、混沌的雜亂(chaos)裡生存著。」水木薰此處道破的條件,不可避免地將要到來。
必要的不是對下層大眾進行什麼「戲劇性想像力的復權」的說教。我們自身必須開始,邁向一趟為實現我們自身真理而戰鬥的,超越風景的旅程。
松田政男,風景としての都市
『風景の死滅』1972年1月20日
參考翻譯:1、2
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mochipro2022 · 3 months ago
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#32 プロダクトアイデアの考案
日時:2022/06/15-wed. 出席:全員出席 遅くなってしまいました。金曜日までには投稿したかったのですが、インターンの説明会や選考用のポートフォリオや書類作成の関係で全然時間が取れず、最近はスプラも全然出来てない状況でした。許してください。🥺
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内容
「最初の気まずさ」 「聞き手のリアクション」 「役割の明確化」 を重要な3要素なのではないかと仮定した上で、この3つをそれぞれの3グループに分かれて、プロダクトに対してのアイデアを話し合い、意見を交換しました。
【最初の気まずさ】 しも、かわ、あべ ◉1対1あいさつ ・グループ内の一人ずつと怠慢で挨拶する ・くじ引き(ある程度話す内容を決めておく) ・他己クイズ、「実は私…」、1個前に話した人のことを紹介 ・相手のことを知りたい!と思わせるようなアイスブレイクを考案 ・結成時のみに行う(長期的な付き合いになるから一番最初はお互いを知るためにやる)
【聞き手のリアクション】 かた、ふな、ひか ・自己紹介カードのカードゲーム ・マスクにイラスト ・指の上げ下げで気持ちを表現 ・音楽で場の雰囲気をつくる
【役割の明確化】 たか、さと、よこ ・インパクトがあるデザインにしたら、それだけでアイスブレイクになる。 ・文字だと情報量が多くなったり理解がしづらいため、イラストにする ・ARで会議中に人に感謝したときに変化がおこるものをつくる ・会議中に常時変化させるプロダクトがあれば、ずっと参加するのでは? ・会話を構造化し、流れが見えるように話ごとのイラストを描いていく
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最終的に、望月先生からアドバイスがありました。
「問題」「問題状況」「解決」「解決状況」にまとめよう。 なぜその案にに至るのかを明確にする インタビューの結果をまとめたほうがいい。 インタビュー結果で多い意見にラベルをつけて、抽出する作業を行うこと。 相談会がないまま、中間発表をするとやべえことになるかも。
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今後は、対象者の立場に立って考えて自分達の裁量で決めるのではなく(客観的だけど主観)、対象者が実際に言っていた事、行ったことからプロダクトにつなげる(客観)というのが大事だと思いました。
担当からひと言
号館各階に自販機ぐらい設置してください せめて2号館にだけでも 学生が土日とか好きな時に集まって利用できるコワーキングスペース的なのください図書館だと喋れないです 専修大学バス無料にしてください 向ヶ丘遊園駅から1号館までエスカレータ作ってください 理系学部新設して設備増やしてください 3Dプリンターください 学食全部300円にしてください 学生証スキャンしたら使用できる学生ロッカー設置してください
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sex6om6er · 4 months ago
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ついに脳ミソが溶けはじめたのか?文章を書く速度がめっきり遅くなってしまい、暫くぶりの投稿です。先日2022年5月3日、当ブログのフォロワーさんがナント1000人に達しました!これもフォロー&「スキ!」&リブログなどリアクションいただいた皆さんのおかげです。そして今日現在1041人のポン中にフォロー頂いてます。
初投稿から1年がたち、途中から記事を読まれた方もいると思うので、改めて僕のブログの紹介をさせてもらいます。このブログは現役ユーザの方に向けて、”安心安全で快適な空の旅”に役立つ情報を発信しています。具体的なことの言及は差し控えますが、安全に楽しくぶっ飛ぶため情報です。縁があって~なのかわかりませんが、なぜか”飛行中のトラブルで墜落経験がある人”と知り合う機会が多い僕。彼等は全員”フライトには危険が常に伴うもの”ということは理解していましたが、”まさか自分に限って墜落するはずがない”そう思っていました。”リスクがあること”は理解しているのに、そのリスクを軽減するために、何かしらの行動をとっている人は1人もいませんでした。リスクに対してあまりにも無防備、”リスクって���?”ってヤツもいたくらい(笑)。他にもいくつかの共通点があったことに気付きます。まず字が汚い。留置された警察署の署長にクレームを入れるというので、手紙を見せてもらったら、いきなり冒頭の宛名が『○○暑長殿』になっていて笑った!違いわかります?警察暑✖・警察署○。確かに似てるわ(笑)。そして警察に無知であることも共通してます。職質は任意だから押し切れる♪。いざとなれば体調不良で救急車を呼べば逮捕されない♪。彼らの知識と対策はその程度のもの。案の定、職質され大勢の警官に取り囲まれてしまった彼。腹痛を訴えて救急車が現場に到着するまでは彼の思惑通りだったのですが…。結局、東京警察病院(東京・中野)に搬送されることを知った彼。あまりに想定外の事態に彼の顔色がみるみる青ざめていったのは言うまでもありません。もっともこの状況下では搬送先が警察病院でなくても、強制採尿による薬物検査を免れることはできません。
僕のなかでは当たり前のことでも、それを知らない人が沢山いる。知らない→聞けない→調べてもわからない→安全神話を信じるしかない→結果とっ捕まる。もしかしたら自分の知識や経験、失敗した人の体験って他の人に役に立つかもしれない。僕の大切な友人が執行猶予中に再犯をして約4年間刑務所に収監されたのを機に重い腰をあげて形にのこすことにしたのが、このブログを書き始めた経緯です。
僕が他の人より警察事情にあかるいのは、以前に何度もお世話になったからではありません。物心ついたときから警察が大好きだったからです。マニアックな情報を直接警察官から聞きだそうと、巡回中のパトカーの前で不審者を演じ わざと”おかしな動き”をして職質していただく‥いわゆる”逆バンカケ”を20代のときにやってました。はじめは全く声をかけてもらえず空振りの連続でしたが、失敗を何度も繰り返しているうちに、ようやく『必ず職質されるテッパンの動き』を習得。バックミラー越しに赤色灯が見えた時が、まさに至福の時。こうして僕は警察の知識を少しづつ深めていったのです。
それから数年後、ある事情で僕は警察と一定の距離を保って行動しなければならなくなくなりました。”逆バンカケ”で、逆に自分の命を奪われる可能性があったからです。”追う”立場から”追われる”立場へ。警察とベッタリな関係を解消し、それからは警察を避けて通るようになりました。しかし『必ず職質されるテッパンの動き』を知っていた僕にとって、警察から職質されないようにすることはそんなに難しいことではありませんでした。普通にしてればいいだけのこと。あれから15年近く経ちますが、僕は一度も職質をされることなく今日まで無事にやり過ごせています。
僕は薬物を使用することに”罪悪感”というものがまったくありません。ヤマシイことをしている認識がないので、突然警察が目の前に現れても”視線を逸らす”ということをしない。不意打ちであれ、検問に遭遇したり交通違反で捕まっても挙動不審なんてならない、実におめでたい人間なのです(笑)。罪悪感をもっているの多くは、”法律に違反する行為をしている=だから自分は悪い人間だ。”法律が常に正しいという前提で考えます。
その昔は覚せい剤も”ヒロポン”という製品名で合法で売られてました。疲労がポンと消える!このヒロポンこそ”ポン中”の語源です。当時は強壮剤の位置づけでした。『ファイトー、イッパーツ!』そうやって覚醒剤を摂取したかどうかは知りません(笑)。ちなみにヒロポンは日本軍が神風特攻隊などで積極的に使っていましたが、日本軍が廃人だらけになったって話は聞いたことがありません。覚醒剤の使用者は”頑張る人”の象徴だったのが、今では人間のクズの象徴に。このように昔は合法だったものが突然違法になったり、この先何十年かしたら今違法なものが逆に合法になっていることがあるかもしれません。法律というのはその国の価値観なのだから、その時代の価値観にあわせて修正、見直していくのが法律の本来あるべき姿です。法律を守らなければいけない。破れば罰せられる。しかし法律が常に正しことを示しているとは限らないと僕は思うのです。
覚せい剤は良くないと言うけど何が良くないのか?覚醒剤は”オピオイド鎮痛剤”という名称で日本の医療でも普通に使われている。モルヒネといえばわかる人がいるんじゃないかと思うけど、モルヒネ=覚醒剤だと知っている人は数少ない。医療用麻薬と普通の麻薬、調合量は違うかもしれないけど成分は全く同じものが入っている。医療用は合法でそれ以外は違法なのはなぜ?『一度でも手をだせば、依存症に陥って人間ではなくなる』というのが本当なら、厚生労働省は医療用の使用も含めて禁止にすべきじゃないのか?モルヒネを打った人が廃人になってしまう。
僕は薬物もタバコやアルコールと同じ嗜好品の1つで、身体に悪い影響を及ぼしても、それは個人の自由と責任でやるもので国が規制するものではないと考えています。人に迷惑をかけたり、人の財産を奪ったり、傷つけたわけでもないのに、人間の精神や身体をボロボロにするから・生活を営むことができなくなるから・凶悪な犯罪が増えるから・社会全体に悪影響を及ぼすから”。そこに科学的根拠は何もなく、恐らくそうなるだろうから~という可能性だけで規制し、逮捕して刑務所に放り込む。そんな法律の方がおかしい、理不尽だと思う。
 ”一度でも手をだせば、たちまち依存症になって人間ではなくなる”。厚生労働省は薬物への恐怖を植え付けようとするあまり、誤った情報やイメージを社会に垂れ流したため、薬物使用者はまるでモンスターであるかのような偏見を作り出しました。薬物使用者を人間失格と仕立て上げ、だから社会から排除しなければいけないというプロパガンダを35年間も実行し続け、国民を洗脳してきました。
もともと日本人は物事をロジカルに考えるのが得意ではありません。どういう状況ならマスクが必要で、どうなればマスクは不要ということはどうでもよくて、”みんなが我慢してマスクをしているのに、マスクをしないなんて、とんでもない奴だ!”そう言って吊し上げます。論理よりも、根拠がない精神論を優先させる国民性。感染の広がりがおさまっても、周りがマスクを完全に取るのを確認するまで自分の意思でマスクを取れなくなってしまいます。社会から仲間外れにされるのが恐い=同調圧力です。当たり前のことを「原点から考える」訓練ができていないのが、日本人のいちばんの問題ではないかと思います。そんな国民性で世界の新しい変化に対応できるはずがないのです。薬物についても同じことが言えます。そもそもなんで麻薬がなんでだめなのか?なんて考えません。ダメなものはダメ。”ルールを守らない奴はダメなやつ”。そこで思考が停止している。そう言っていれば波風が立たずに安心して暮らせるのだから、それでいいのです。
覚醒剤過剰摂取で26歳の若さで亡くなったシンガーソングライターの尾崎豊さんの曲。”僕が僕であるために”。 僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない、正しいものは何なのか、それが僕はこの曲に何度背筋を伸ばされたことか。 生き方も、やりたい事、大切にしている事、人それぞれに持ってるものがあります。でもそれが世間一般の人や大多数の人の考え方と違うときがある。そんな時、他人に迎合したり、多数派に適合するように自分を演じるのは簡単だけど、それだと自分が自分でなくなってしまい、アイデンティティー(自尊心)が失われてしまう。自分らしさを守るためには負けてはならない。自分らしさを貫くためには、勝ち続けなきゃならない。自分らしくあり続けることの大切さや難しさを考えさせられた大切な曲の一つです。
僕自身も色んなことで世の中とは違う考え方をすることがあります。親兄弟は僕が違法薬物を使っていることを知っています。友人が逮捕されるとなぜかご両親に呼ばれたり、”何でオレが?”と思うけど、法務省矯正局の保護観察官や保護司から意見を求められたこともありました。そんな時、相手が望むような内容で答えて、その場を丸く収めることも確かにできます。僕の正直な意見を述べれば、大抵の人が眉をひそめて群れになって冷ややかな目つきで軽蔑してきます。そんなことはわかっているけど、でも自分でない何者かを演じることは、結局自分のことを自分で否定することになってしまう。だからやらない。
「正しいものはなにか」というのは、誰かから正しい答えを聞くということじゃない。自分が思う「正しいもの」を「正しい」と言える「強さ」だと思うのです。強くなれば、ほかの誰かの意見に揺らぐことはない。迷わず、怖がらずに「自分」を貫くことができる。僕にとってこのブログを書き続けるということは、そういうこと。僕が「正しいもの」を「正しい」と言える場所。他の誰のためにでもない、自分のためでもあるんです。正しいと思える自分を貫くために‥僕はこれからもブログを書き続けたいと思います。 今後も更なる内容の充実につとめ、皆様に役立つ情報を発信していきますので、これからも宜しくお願いいたします。フォロワー1000人突破を記念して、次回から数回にわたって永久保存版。”おクスリ安全対策”を再構成してお届けします。このブログで一番僕が伝えたい事の集大成。これさえ読めば確実に逮捕される確率が下がります。ご期待ください。
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nagachika · 7 months ago
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ローゼンバウム 統計的因果推論入門 を読んだ。
一時期 TL で話題になっていたのとその時お仕事でちょっと関係するかもと思って買っておいたのだけど他の本を読むのに忙しくてなかなか読めなかった。かなり間をあけて読了。最初のほう少しうろおぼえ……。
「統計的因果推論」という名前からしても、TL でみかけた言説からしても「データの統計処理から因果関係がわかる」みたいな主張なのかなと思って個人的にはそんなん無理やろ、と思っていたのでなにが書いてあるのかと読んでみたけど、そんなことは全く書かれていなくてとてもまともで堅実で良い入門書だった。入門と書いてあって本当に入門になっているという稀有な本で、数学の難しい話になりそうなところは詳細は別の書籍に譲るという感じで踏み込まず、数式も極力避けて自然言語での説明を厚くされている。かえってそれでわかりにくいと感じるところすらあるので数学の知識はあんまりなくても読めると思う(Σ記号すら極力使わないようにしているっぽい)。例となっているのは医療系の実験や観察実験が多い。
因果推論の話題になると決まって「交絡」とか「バックドア基準」といった単語が出てくるけど本書ではほとんど出てこない(たぶん一回も出てきてないと思う)。本書では「共変量(個体の特徴を表す変数みたいなもの)」のうち「観測されない共変量」とその「バイアス」という形でのみ因果関係を推論する上で気をつけないといけない課題を捉えて、それがないことをどう検証するか、また実験の手法そのものをバイアスに対して頑健になるようにするにはどうデザインすればいいのか、という手法��紹介していく。最初は「ランダム化実験」として救急医療の現場で患者にある治療法を使うかどうかを患者の属性などをまったく勘案せずランダムに決めるという理想的な状況でその治療法が対照となる従来の治療法に対して優位性があるかというのを検証する数値的な処理について。ここはわりと単純な統計的な検証の説明となぜそれがうまくいくと思えるのか(処置の割当てがランダムなので観測されない共変量に依存したバイアスがないと言えるから)というのを説明する。そこからさらに観察研究の例を上げて観測されない共変量のバイアスがある可能性がある場合にそれをどう評価していくのかという手法として個体の「マッチング」とそのための「傾向スコア」を導入した議論に進む。ここまでが本書のコアな部分。マッチングすることで統計的に良い結果が得られるというのは知らなくて、そういうことをするとむしろ恣意性が入ってよくないんじゃないかと思ってた(ただしマッチング自体に恣意性が入らないように、アウトカムを知らない状態でマッチングしないといけないとか、マッチングに使った手法/方���は論文で明記する必要があるとかという注意もある)。あとはさらにバイアスに強くするために使える手法(バイアスの感度)とかマッチングの手法の細かいバリアントとかの紹介が続いていく。ジェネリックバイアスとかインスツルメントといったトピックのところは完全に理解できてない気がする。ただ統計処理する上で直感に反することがあるなというのは思った。
最初に思った「統計処理から因果関係がわかるわけないじゃん」については、本書ではあくまで因果関係を想定するのは人間(研究者)であって、その主張をサポートするために実験や観察研究をする時の手法について述べている。そこで使う手法にも人間の理性で考えた「常識的に考えて○○は××の原因にはなり得ないだろう」というのを根拠にした予備的な手法で実験デザインを堅牢にするというようなところもあって、むしろ真反対の主張だと思った。
非常に勉強になる書籍だったし読んで良かったけど、最近はあまりこういう考えかたを使う仕事をしていないのでいますぐお仕事には役立てる機会はないかも。
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ari0921 · 10 months ago
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SDGsの不都合な真実…投資目的の「脱炭素政策」は人類を幸せにするか
少なくとも日本は確実に落ちぶれていく
川口 マーン 惠美作家
地球危機説の暴走
「欧米は、ESG(環境・社会・統治)もSDGs(持続可能な開発目標)も常に投資目的だ。環境問題を項目に並べると投資家が評価してくれ株が上がる。だからすごく積極的にやるし、PRもうまい」
「だから僕は、SDGs(持続可能な開発目標)のバッジを着けるのが恥ずかしい。金融資本主義のマネーゲームに環境問題を組み入れ、ワイワイ騒ぐのはけしからんと思う」
2020年10月、日経ビジネス「賢人の警鐘」に載っていた東レの日覺昭廣社長の言葉だ。これがひどく心に残った。
ESGとは「Environment=環境」、「Social=社会」、「Governance=企業統治」の略で、いわば良い企業が満たすべき条件とされる。一方、SDGsというのは、持続可能なより良い世界を目指すための目標で、2015年に国連の音頭で始まった。
「貧困を無くそう」から始まって、「すべての人々に健康と福祉を」、「平和と公正をすべての人に」、「パートナーシップで目的を達成しよう」など合計17項あり、国連加盟国がそれらを2030年までに達成することが目標とされる。
要するに、ESGを重視する良い企業が増えればSDGsを達成することができるはずという「正論」が、現在、産業界を支配している。
今年の夏、行きすぎたSDGs思想や、地球危機説の暴走などに迫るオムニバス形式の本を作るので、何かドイツのことを書かないかという話をいただいた。完成したのが、12人の共著の『SDGsの不都合な真実 「脱炭素」が世界を救うの大嘘』(宝島社)。9月より書店に出ている。
私自身も著者の一人なので言いにくいが、読者としての率直な感想を述べるなら、これは素晴らしい本だった。テーマを平たくすれば、「脱炭素に向かう世界の政策がはたして人類を幸せにするのか」といったところか。
現在、世界で猛威を奮っている「脱炭素政策」。その構造を、各著者がそれぞれの専門知識を駆使しつつ、科学のみならず、国家主権、民主主義、犯罪、そしてイデオロギーの視点にまでくい込んで多角的に分析しているのだが、特に、SDGsと地球温暖化が切っても切れないものとして扱われていることに注目していただきたい。
同書を読み進むと、脱炭素政策は実は非論理的で、温暖化防止には役立っていないばかりか、産業の自然なイノベーションを阻害し、私たちから富を奪い、さらには途上国の発展の足を引っ張っているとわかってくる。
しかし、その一方で、ある一定の人たちには莫大な利益をもたらしているらしい。同書のサブタイトルにあるように、誰が儲けているのかを考えると、その背後にどのような意図が潜み、何が動いているのかが透けて見えてくる。
さらに衝撃的なのは、ESGやSDGsの大きな波の中で、日本が間違いなく落ちぶれていく運命であること。日本にとっての「脱炭素政策」は、かつて中国共産党が行った大躍進を彷彿とさせるほど自滅的だ。なのに私たちはよりによって、この不吉な目標に向かって突進し始めている。そして、メディアが無責任にも喝采。
おそらくそのせいだろう、同書ではどの稿からも、「このままではダメだ」、「日本をどうにかして救わねば」という著者たちの必死の気持ちが伝わってくる。そこで、是非とも多くの人に私たちの陥っている状況を知ってもらうために、本コラムでその内容を2回に分けて紹介させていただきたいと思う。
EUでは「神聖なる目標」だが…
2019年12月、EUの欧州委員会の新委員長に就任したフォン・デア・ライエン氏(ドイツ人)が、欧州グリーンディール計画を発表。今や脱炭素政策は、少なくともEUでは神聖なる目標だ。EUは21年から10年間で、官民合わせて最低1兆ユーロのESG投資を導くと謳っている。
一方、日本でも、菅前首相がすでに就任当初、50年までに脱炭素の実現を目指すと宣言しており、この施策がこれからの日本経済に与える負担は計り知れない。
もちろんそれが本当にCO2を減らし、地球の温度を下げ、滅亡するはずだった人類が助かるのなら文句はない。しかし同書の編著者である物理学者、杉山大志氏(キャノングローバル戦略研究所研究主幹)によれば、気候危機説は「御用学者」が唱えるもので、「台風やハリケーンなどの統計を見ると、災害の激甚化などは全く起きておらず、気候危機説はフェイクに過ぎない。にもかかわらず、CNNなどの御用メディアが不都合な事実を無視し、『科学は決着した』として反論を封殺してきた」という。
ちなみに、先月末、杉山氏がこの説を唱えたビデオ2本はYouTubeから削除されてしまった。言論の自由や学問の自由が、民間企業によって侵害される恐ろしい世の中になっていることを、ここで強調しておきたい。
また、たとえ温暖化が起こっているとしても、その原因が、人間がここ100年の経済活動で排出したCO2のせいでないとすれば、膨大なお金をかけてやっていることの前提が崩れ、辻褄が合わなくなるわけだ。なのに日本の場合、その不確かな政策を、経済だけでなく、安全保障まで危険に晒してやろうとしている。
杉山氏によれば、現在の世界的な「脱炭素」の流れは、自らを途上国のリーダーと規定する中国が、「先進国が過去のCO2排出の責任を負って途上国を経済援助すべき」という理屈を駆使して、自分たちはCO2削減に身を切ることなしに膨大な利益を得ることに大いに役立っているという。
たとえば現在の中国は、日本のすべての火力発電所と同じ容量の火力発電所を、毎年増設しており、また、原子力発電所も向こう15年で150機増やす予定だという。また、太陽光パネルや風力タービンでは、国内だけでなく、世界市場を制圧しつつあり、さらにEVのバッテリーを握っているのも彼らだ。
一方、太陽光発電用の結晶シリコンの大生産地であるウイグル新疆でウイグル人などの強制労働が問題になっても、サプライチェーンで依存してしまっている先進国の対応は遅々として進まない。このままでは中国だけが躍進し、いずれ世界の太陽光パネルは、「屋根の上のジェノサイド」になってしまうと杉山氏。
外資が絡んだ「仁義なき戦い」の果てに
その太陽光発電の被害について書いているのが三枝玄太郎氏(元産經新聞記者、フリーライター)だ。「法律がない」などという理由で、日本各地でいかに危ない太陽光発電事業が進んでいるかが淡々と描かれる。
氏曰く、「(今年8月に熱海で起こった)土石流は人災どころか“殺人”と言われても仕方がないような実態」。しかも、「太陽光発電所は近所の家を押し流そうが、道路を寸断させようが、補償をしないケースが多発している」のだそうだ。
太陽光発電の乱立には物理的な危険だけでなく、さまざまな不法行為、それも、外資が絡んだ「仁義なき戦い」によって日本の土地や資源が失われていく危険もある。
現在、「日本最大級のソーラーシェアリング」を運営しているのは、中国の国営大企業である「上海電力」だという話を聞いて、背筋が寒くならない日本人はいるだろうか。
しかし、小泉純一郎元首相、菅直人元首相などは、『原発は危険だ』として今でも太陽光発電を推奨して回っており、小泉進次郎前環境相は、国立公園内にまでパネルを並べようとしていた。言うまでもないが、河野太郎氏や小泉進次郎氏もまた然り。
日本がここまで貧しくなった理由
山本隆三氏(国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授)の稿は、「日本人は貧しくな��ている。一人当たりの所得では韓国にも抜かれた」という言葉で始まり、なぜ、日本はデフレから抜け出せなかったのかの考察から論を進める。
氏によれば、デフレの一番の原因は少子化でも需要低迷でもなく、賃金が高い製造業、建設業などにおける雇用の減少。そして、それに代わって、医療、福祉、介護など、賃金が相対的に低い産業で働く人が増えたことだという。
では、なぜ製造業や建設業が衰退したか。
「東日本大震災後は原子力発電所の停止が相次ぎ、電気料金が上昇した」
「産業用電気料金は最も上昇した時には震災前の約4割高となった」
これが徐々に企業を海外に追いやったことは疑うまでもない。
さらに、菅直人元首相の置き土産であった再エネの固定価格買取制度が、自由経済を歪ませた。買取価格の設定が高かった太陽光電気が爆発的に増え、現在の設備導入量は「中国、米国に次ぐ世界第3位だ」そうだ。
中国や米国には、使っていない平地がいくらでもあるが、日本は森林を切り崩してパネルを並べている。しかも、どんどん増えるその買取り費用を電気代として負担しているのが産業界と家庭。この構造はすでに計画経済に等しい。
こうして電力使用量の多い産業界の負担額は膨大になり、当然、それが給与や景気にマイナスに働く。
日本政府は2050年に実質排出ゼロにするという過激な気候政策のメリットとして、エネルギー自給率向上、産業振興など、様々なプラス面を謳っている。しかし、山本氏は問う。「過去の再エネ導入は産業振興に結びついていないが、これからの再エネ設備導入は日本の産業と経済に寄与するのだろうか」と。
環境投資を呼び込むための口プロレス
また、興味深いのはEVの話。先のCOP26では、ガソリン車など内燃機関を用いる自動車の新車販売を主要市場で2035年、世界全体では40年までに停止するという宣言に24ヵ国が参加したという。停止すべき車種には、日本が強いハイブリッド車も含まれる。
岡崎五朗氏(モータージャーナリスト)は、この動きを見越していたかのように、「急進的『脱エンジン』宣言は投資家のため? 欧州メーカーの『EV戦略』にトヨタが怒る理由」というタイトルで、その矛盾と欺瞞を暴いている。
そもそも現状は、「すべてのクルマをEV化するだけのバッテリー生産量を確保できる見込みは薄く、仮に確保できたとしてもエンジン車はもちろんハイブリッド車と比べてかなり高価格になってしまう可能性が高い」。
氏はEVを全否定しているわけではないが、「エンジン車やハイブリッド車を完全に排斥し、全てをEVにするという極端な案となると話は別だ」。それどころか、これは、国家、あるいは地域ぐるみのゲームチェンジによって覇権を握ろうとしている「ドイツを中心とする欧州自動車メーカーの戦略だ」と言い切る。
つまり、「日本が得意なエンジン車やハイブリッド車を締め出す」ためである。
とはいえ、これはあまりにも「急進的」すぎて、このままでは日本を潰す前に自滅する可能性が高いと、ドイツの自動車工業会がブレーキを引き始めたという。ドイツのメーカーにとっても、完全なEVシフトなどどう考えても無理な話なのだ。
ドイツはそもそも、CO2削減はディーゼルでやるつもりだった。それが2015年のフォルクスワーゲンの不正プログラムの露見で瓦解したが、スムーズにEVにシフトする技術は今も不足している。
岡崎氏によれば、そこでフォルクスワーゲンのCEOは驚くべき行動に出た。つまり、ことあるごとにEVの輝かしい未来を語り、「エンジン車はもはや終わったとツイートしながら、涼しい顔でエンジン車を売っている」のだそうだ。
岡崎氏はそれを、「環境投資を呼び込むためのあからさまな口プロレス」と見る。ESG投資はいつの間にかEVバブルにすり替わってしまった。
日本経済の屋台骨を脅かす愚策
もう一人、「日本経済の屋台骨『自動車産業』を脅かす“自壊的”脱炭素政策の愚」というタイトルで、脱炭素を「今までのどの政策よりも日本の経済と産業構造に決定的な打撃を与える政策」と厳しく批判するのが加藤康子氏だ(元内閣官房参与、評論家)。
これまでも氏は、明治以来の産業遺産の研究に尽力、あるいは軍艦島に対する韓国の不当な言いがかりに断固として反論してきた。そして現在、総合産業としての自動車産業が日本経済に占める重要性を啓蒙し、それを守ることに全身全霊で取り組んでいる。これは日本を守ることでもある。
それだけに、氏の稿からは、小泉前環境相の国連気候サミットでの「気候変動のような大きな問題は楽しく、クールで、セクシーに取り組むべきだ」といった発言に対する憤りがひしひしと感じられ、深い共感を覚える。
「自動車工場の現場で額に汗して働く人たちにとっては、これはもちろんクールでセクシーな話ではなく、『脱炭素』という経済戦争のなかで雇用と未来の生活がかかった��活問題である」と加藤氏。
「世界で一番厳しい環境規制のなかで自動車を製造してきた日本の工場が、彼らの努力を適正に評価されず、行き場を失い、国を出て行ったら、日本の地方経済は成り立たない」
無責任な政治家に対する慟哭のような批判は鋭く、読みながら、爽快な気分と、絶望しそうになる気分が入り混じったーー。
(次回に続く)
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showra93 · 7 months ago
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【介護福祉士国家試験】実技試験の概要・傾向、過去問や例題を交えた攻略法を現役介護福祉士が徹底解説!
今回の【実録】介護の本質chからは「【介護福祉士国家試験】実技試験の概要・傾向・攻略法を現役介護福祉士が徹底解説!」と題して、現役介護福祉士である筆者が実際に受験した実技試験の様子などを体験談として交えながら、合格のための攻略法をお伝えします。
※介護福祉士登録証(実物です) 今回の【実録】介護の本質chからは 【介護福祉士国家試験】実技試験の概要・傾向 過去問や例題を交えた攻略法を 現役介護福祉士が徹底解説!  介護福祉士実務者研修を受講した人については 実技試験は免除となっているため 筆記試験の合否のみにはなるのですが 介護福祉士初任者研修のみ、もしくは実際の介護現場での実務経験のみで 筆記試験を受験した人については「実技試験」を受けることになります。 準備は万全ですか? この記事では、介護福祉士国家試験の実技試験の概要や傾向(概要内で「例題」をご紹介します)、現役介護福祉士である筆者が実際に受験した実技試験の問題を体験談として交えながら、合格へ向けての攻略法をお伝えします。 筆記試験の結果待ちの人も「どういった試験が行われるのか」を知っておく必要はあると考えますので、どうぞ最後までご覧ください。 …
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