Tumgik
#イヌ耳
wawasuke · 5 months
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🐶
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ryotarox · 3 months
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インディアナ州中央部にあるウルフ・パークは、だだっぴろい平原のなかで心地よく起伏するオアシスだ。(略)わたしの注意のほとんどは、自分がいままさに足を踏み入れようとしている場所をすみかとする大型肉食獣に向けられていたからだ。 決定的瞬間――そして恐怖の瞬間——がついに訪れた。モニークとわたしはオオカミのいる囲いに入った。鎖でつながれたフェンスの一画にあるゲートから足を踏み入れた途端、レンキという名の年長のオオカミがわたしに向かって跳びかかってきた。わたしがポケットから両手を出す間もなく、レンキは二本の前肢をわたしの両肩にどすんと置いた。(略)レンキがわたしの左右の頬を力いっぱいなめた。 オオカミの群れに受け入れられると、どんな気もちになるのか。一瞬のうちに、わたしはそれを実感した。そして、これは自信をもっていえるのだが、そのかなりの部分を占めているのは、ああ、よかった、という安堵だ。 わたしはしばらくつっ立ったまま、自分の新しい群れのなかま、そして研究対象でもある相手と知りあおうとした。オオカミに囲まれていてもそこそこくつろげるようになり、彼らがわたしの存在に腹を立てていないとはっきりわかったところでようやく、そもそもわたしをウルフ・パークに導いた実験にとりかかった。 モニークとわたしがウルフ・パークに招かれたのは、パークのスタッフが例のブライアン・ヘアとアーダーム・ミクローシの最新研究のことを耳にしたからだった。スタッフがとくに注目した――そしておかしいと思った――のは、イヌには人間の行動の意図を理解する特別な能力があるという主張だ。ヘアにいわせれば、イヌのその能力は、オオカミも含めて、ほかの動物にはないという。
Amazon.co.jp: イヌはなぜ愛してくれるのか: 「最良の友」の科学 (ハヤカワ文庫NF NF 595) : クライブ・ウィン, Clive D. L. Wynne, 梅田 智世: 本
オオカミの群れに受け入れられると、どんな気もちになるのか。一瞬のうちに、わたしはそれを実感した。そして、これは自信をもっていえるのだが、そのかなりの部分を占めているのは、ああ、よかった、という安堵だ。
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kennak · 5 months
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2023年10月のとある日。筑波大学附属視覚特別支援学校の一室で、1年B組の理科の授業(3・4時間目)が始まった。1年B組は、弱視の生徒が通うクラスだ。 同校の理科教諭である武井洋子先生が、6人の生徒に向け「今日からみんなには、動物の骨をさわってもらいます。かつて生きていたある動物の骨で、『動物A』として観察していきます。観察するときは筆記用具を置いて、両手でさわりましょう」と言った。 生徒たちからは、「いよいよ来たか!」といわんばかりの期待と若干のとまどいが入り交じった様子が見てとれる。 「この骨は、『全身』かもしれないし、『部分』かもしれません」と言いながら、先生は、生徒たちの前に、1人1個ずつ、「動物A」の上顎の骨を置いていく。 「あ、歯みたいなのがある。目もついているみたい。まんまるな穴が開いているから」 「これ、上の歯じゃない?」 「『部分』の骨! 頭の骨!」 思うがまま、感じるままに言葉を発する生徒たち。先生は、上顎の骨に続き、下顎の骨を一人ひとりに渡す。 「あ、上と下が噛み合った」 「下にも歯がある。長くて尖って、牙みたい」 「なんか恐竜みたい!」 動物の骨を両手でさわって特徴をつかんでいく 生徒たちの言葉を聞きながら、「皆の予想どおり、この骨は『部分』の骨で、頭全部の骨。頭蓋骨という言い方もあります」と、武井先生。 「では、この頭の骨は、どんな形で、どんな大きさで、どんな手ざわりなんだろう。動物Aの骨を自分と同じ方向に向かせて、右手で動物Aの頭の右側を、左手で動物Aの頭の左側をさわるようにしましょう」と声をかけ、「全体の形は?」「大きさは、どんなふうに測ればいい?」などと生徒たちに問うていくうちに、あっという間に3時間目が終わった。 手で「見て」対話を重ね、生物の特徴をとらえていく 4時間目。観察が進むうち、「動物A」の鼻だと思われる空洞が、1つだけだということに気づいた。 「あれ?おかしいよね。鼻の穴って、2つあるはずだよね」と、先生。 「穴の奥に2つの分岐点がある。穴の入り口は狭いけど、中は広い」と答える生徒に「いいことに気がついたね」と、声をかける。 100円玉と500円玉を使って目の大きさを観察すると、今度は目の後ろの空間に下顎の骨が入り込んでいることに気づく。先生が「どんな骨?」と問いかけると、 「細くて��らな骨で、カーブしている」 「これ、上顎と下顎をくっつけている骨なんじゃないかな」 「その骨の周りには、筋肉があったんじゃない?」など、矢継ぎ早に言葉を発する生徒たち。 「いい意見が出ましたね。この骨をもう1回、皆でさわってみましょう」と、先生。その後も、ほお骨は平たくカーブしていること、ほお骨の後ろをたどっていくと耳の穴があり、その穴を出入り口にしている部屋もあることなどを発見した。 100円玉と500円玉を使って目の大きさを観察する 授業の最後は、生徒たちが手でさわって発見した数々について、皆で振り返りながらノートに言葉で記していった。この日に発見した事柄は、じつに13にも及んだ。 2時間続いた授業だったが、教室中が常に対話にあふれていたのに加え、生徒たちの集中力、骨をさわって気づいたことやわかったことについて物怖じせず発する言葉の多さ、多様さ、鋭い視点に圧倒された。 ちなみに、「動物A」はイヌ科のコヨーテだそうだが、授業では最後まで名前は明かされなかった。「動物A」が基準となり、この日を皮切りに3週間にわたってAの骨の観察が続く。全身骨格の観察は3学期に行われるが、頭の骨の観察だけで、聴覚や嗅覚がすぐれていること、肉食であること、四足歩行であることなどを皆でイメージしながら「イヌ」にたどりつく。生徒たちは、目で見えないぶん手で「見て」、それらを言葉にして武井先生と、生徒同士でじっくり時間をかけて対話を重ね、想像し、生物の特徴をとらえ、「命」を感じ取っていくのだ。
視覚障害の子の「さわる授業」、すべてに共通する「学びの本質」がここにある 筑波大学附属視覚特別支援学校の理科教育 | 東洋経済education×ICT
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bearbench-img · 2 months
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イヌ
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犬は、哺乳動物の一種で、人類と長い歴史を共有してきた家畜動物です。犬は狼から進化し、さまざまな品種が人間の用途や好みに合わせて育種されています。彼らは忠実で知られ、さまざまな役割を果たすことができます。一般的な特徴として、四本の足、尾、耳、鼻、口を持ち、毛皮で覆われています。
犬は人間の友達や仕事の補助として使用されることが一般的です。例えば、盲導犬、警察犬、捜索救助犬、家畜の番犬、家庭のペットなどがあります。また、犬は運動能力が高く、しばしばアクティブでプレイフルな性格を持っています。飼い主との絆が強く、しばしば人間とのコミュニケーションを理解し、応答します。
犬は食肉食者であり、主に肉を食べることが適していますが、多くの商業的なドッグフードも利用されています。彼らの繁殖や飼育には責任が伴い、適切な訓練とケアが必要です。
手抜きイラスト集
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blogmikimon · 8 months
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無限と自然
こんにちは😃
今日は書き続けてきた無限のブログの最終回、無限と自然についてです!
(前回までの内容:無一郎君、無限、無限2、無限3、無限と音、無限と音2、無限と音3)
これは鬼滅の刃のアニメからインスピレーションを得て書き始めたブログでしたが、書いているうちに思わぬ方向に進んで、内容もほぼないのに3ヶ月もかかってしまいました😅
長々とお読みくださってる方がいたら心から感謝です。多分いない👻
という感じで、このブログは主に私が読者の自己満ブログではありますが、今日の引用はとても勇気が出る内容なので、もしも読んでくれた方がいたら、ポジティブな気持ちになってくれると嬉しいなぁと思います✨
私もスマホのメモ帳に入れてよく読み返している内容です。
ではではさっそく前回から引き続き、ライフスパンという本から引用していきましょう✊
デビッド・A・シンクレア先生というハーバード大学医学大学院教授の、寿命を伸ばす研究に関する本です。
私が生涯をかけて研究している内容を批判する人は少なくない。
しかもそれは、ソーシャルメディアにたむろするような、名前も顔もない人々だけではない。ときにそれは同じ科学者であったり、親しい友人であったりする。
それでも私は、私たち共通の未来への明るい希望を捨ててはいない。否定ばかりする人間には同調しないことにしている。
名前も顔もない人々ってかなり辛辣な表現ですよね💦
その批判の内容は寿命を呼ばすことが不自然だという意見がメインです。
(なお、先生が主張されている “寿命を伸ばす” というのは尊厳死と合わせて議論されているようなチューブであちこち繋いで行う延命治療ではなく、健康寿命を伸ばすという意味です。)
では何が自然なのか。
より良い暮らしを送りたい、恐怖も危険も暴力もできるだけ少なくして生きられるようになりたい──私たちにそう思わせるやむにやまれぬ衝動こそが自然なのだ。
人間は地球で生き延びるために、数々の変化を遂げてきた。
その変化は、素晴らしきサバイバル回路と長寿遺伝子も含め、ほとんどが自然選択の産物であるのは間違いない。
生物は凄まじい進化を遂げてきて、その中には人間が起こした遺伝子の組み替えや変異もあるけれど、自然に起こったものの方が確かに多そうですよね。
そもそもの猿から人間への進化だって、研究室の中で起きたわけではありません🙅‍♀️
数十億年をかけて、環境が厳しいときに大人しくしていられなかった者は淘汰されていった。
しかし、人類が過去50万年のあいだに蓄積してきた様々な技術が、私たちの生存を大いに助けてきたのもまた事実である。
弱い遺伝子は自然淘汰されてしまいましたが、逆に私たちの発見(ペニシリンのような抗生物質等)が弱い遺伝子を生きながらえさせることもあるそうです。
チンパンジーが小枝を使ってシロアリの巣の中を探るのも、鳥が貝に石を落として貝殻を割るのも、サルが日本の温泉につかるのも、すべては自然なことなのだ。
幸運にもヒトという生物は、学習して技術を習得し、それを他者に伝えるのに長けている。200年ほど前からは、科学的手法と呼ばれるプロセスを編み出して活用し、それがさらなる学習を加速させてきた。
こう考えると、文化も科学技術もどちらも「自然」である。
例えば綺麗な景色を家族にも見せたいと思うこと。絵の具があれば絵を描いて、カメラがあれば写真を撮ること。これらもすごく自然なことですよね。
昔は魂を取られると恐れられていたカメラ、フィルム派の方々に邪道と言われていたデジカメだって、振り返ればひとつの進化であり、色々な発明全てが “自然” なのかもしれません。
より多くの人に食料を行き渡らせ、病気を減らし、そして、そう、健康でいられる時期を長くしようとする。そのための新しい工夫をするのは自然なことだ。
自動車に飛行機。ノートパソコンに携帯電話。家で飼われているイヌやネコ。眠るときのベッド。病気のときに人が人の世話をする病院。みんな自然である。
ホッブズの有名な言葉を借りるなら、人生が「孤独で貧しく、不快きわまり、獣じみて短い」状態に留まることで維持されていた人口を、私たちははるか昔に突破した。
そんな生物にとっては、どれもが自然なのである。  
ホッブズについてはこの前の方にも記載があります↓
イギリスの哲学者トーマス・ホッブズは、1651年に主著『リヴァイアサン』(光文社)のなかで、いわゆる「自然状態」にある人間がいかに悲惨かを綴った。
「学問も芸術もなく、文字もなく、社会もない。そして最も忌むべきは、むごたらしく死ぬことへの危険と恐怖に絶えずつきまとわれることだ」。
人間の圧倒的大多数がそんな一生を覚悟していた世界から、私たちはとうの昔に決別したのである。
確かに電気やガスのない前近代的な生活が自然だったという考えもあるのかもしれませんが、ではその頃の人たちが幸せだったのかというと、そんなことは無さそうです。
アンドルーワイル博士というアメリカの医師の“人はなぜ治るのか”という本に、この100年ぐらいの医療の歴史が書かれていますが、数十年前の医療ですら、今から考えるとあまりの適当な処置に本当に驚かされます。
もし私がそんな時代に生きてたら、病気になるだけでとても不安だっただろうなぁと思います。
ここまでで強調したいのは、”人為的なことであれ、そうでないものであれ、安心、快適に暮らすために起こったことは全て自然だ” ということかと思います。
私が思う「不自然な」ものは1つしかない。
「より良い暮らしを送るためにできることには限界がある」という考えを受け入れることだ。
そんな不自然な発想は、人類の歴史が始まって以来一度も現われたことがない。
私たちはいつだって、限界とされるものを押し広げてきた。というより、生物としての本能がそう命じるのである。
人間という生き物は、何かが起きたら新しい工夫で対応せずにはいられない。それが私たちの自然な本能だ。
たったひとつの “不自然なこと” は “限界を受け入れること” だそうです😱 限界はない、つまり無限の状態こそ自然であり本能なのです!
さて、私たちにはできるのだろうか。
当たり前だ。過去100年を振り返ってみればいい。
じーん。ホントここを読むたび泣きそうになります😭 当たり前だと強く言い切ってくれるところが素敵です。
私はお仕事もプライベートもなかなか上手くいっていない上に歳もいい感じに取ってきて😭、チャレンジしたり学んだりがすごく難しく感じられるのですが、そんなの関係ねぇ!ですね🤭
歳だから、能力がないから、時間がないから、〇〇だからこのぐらいでいいや… と、自分をと小さく見積もってしまうことは、不自然なことなのです!
不自然だから身体や心が縮こまって、気力が萎んでしまうのです。
自分の生活を快適にすること、つまり幸せになることにもきっと限界はないんだと思います💡
私は少し前までシニアがメインのクラスを持っていたのですが、耳が聞こえなかったり、あちこち傷めていてほとんどのポーズができなかったり。そんな様々なハンデものともせず楽しそうにヨガをする方々に、本当に学ばされました。
身体が不自由で、思い通りにならないことが多くても、諦めなければこんなに朗らかでいられるものなのかなぁ、私もこうありたいなぁ。と思ったのでした。
“夜と霧” という名著を書かれたアウシュビッツ生存者の、ヴィクトールフランクル先生という医師が提唱している、”態度価値” というものがあります。
それについて書かれている漫画もとてもおすすめなので、お時間ある時にぜひお読みくださいませ♡
態度価値について少し上のページから引用すると、
あなたにも、何かやりたいこと、かなえたいことはあるはずです。しかしながら、それをすぐに実行できる人というのはマレです。
そんなときに大切なのは「態度価値」を思い出すこと。
行動できなくても「やるぞ!」「今の自分はそれを行うために生きてるんだ!」というように、心の中で明確にそのことを思い続けることです。
とにかくどんな環境であっても、どんなに時間や条件がそろっていなくても、「心」の中だけでは、その炎を燃やしてください。
それだけでも、十分に意味はあるんです。
とのことです。
若い頃から何度も読み返していて、ウケる😂(のに元気付けられる)漫画です。
態度価値についてはこちらのコラムもおすすめです。
「どんな時にも人生には意味がある。未来で���っている人や何かがあり、そのために今すべきことが必ずある」ーー。ヴィクトール・E・フランクル
どんな時でも、できることに取り組む自分でありたいですね😎
では最後は、その “夜と霧” 内で引用されている、ドイツの政治家ビスマルクの格言で終わろうと思います。
人生は歯医者の椅子に座っているようなものだ。さあ、これからが本番だ、と思っているうちに終わってしまう。
やりたいことが多すぎて、お金も時間も足りなくて諦めそうになるけれど、できる限りでいいからひとつひとつに取り組んで、自分に納得していたいなぁと今日書きながら改めて思いました。
おしまい😅
またフワッと終わってしまいましたが伝わりましたでしょうか?
限界があるという考えを受け入れないこと。自分を小さく見積もらないで、無限の可能性を信じること。
不遇の時も心の中では情熱の火を燃やすこと。
私も全然できなくてトライする毎日ですが、偉い先生たちの言葉を信じて一緒に頑張りましょう✊
そんなことを受け取っていただけたら嬉しいです。
長くなりましたが、”無限というのは人間の本能であり自然な態度なんだ” というデビッド先生の主張から、受け取ったことや連想したことなどを書いてみました。
本は難しいけれど、デビッド先生も翻訳の方も優しく説明するためにとても工夫してくださってるので、わからないところは飛ばしながらでも、是非最後まで読んでいただきたい本です。
私もなんとか時間をかけて読み終わりました💦💦
健康や生き方についても学びの多い内容だと思います。とてもとてもおすすめですす💡
ではではぐだぐだと様々な内容を詰め込んだ無限のブログになってしまいましたが、次からはいつもの中身のないブログに戻ります😭 お暇な時にまた読みにきてくださったら嬉しいです♡
最後までお読みくださり、本当にありがとうございました🙇‍♂️
(引用)
デビッド・A・シンクレア 他2名
LIFESPAN(ライフスパン): 老いなき世界
ヴィクトール・E・フランクル 他1名
夜と霧 新版
(おまけ)
youtube
でもそんなの関係ねぇっ!小島よしおさん、メンタルめちゃ強です😂
太平洋に平和が訪れますように🏝️🙏
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takahashicleaning · 9 months
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TEDにて
ダニエル・ストライカー: チスイコウモリへのワクチン接種がパンデミックについて教えてくれること
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
次に起こる感染症の大規模集団発生を予測して、エボラのようなウイルスの流行を未然に阻止することは可能なのでしょうか?
最前線の科学研究について語る本トークで、生態学者ダニエル・ストライカーが、狂犬病の集団発生の予測ならびに防止をするべく、チスイコウモリの生態研究を行なっているペルー内のアマゾン熱帯雨林へと誘います。
感染病のパターンの研究から、次のパンデミックをその源で止める方法について紹介します。
SDGsや気候変動対策は、再生可能エネルギーのことではありません。パンデミック対策の一環です!それ以外の活動は派生物。これから説明することで、より現実味が増すことでしょう。
これからするお話は、2006年に始まります。
ペルー内のアマゾン熱帯雨林で流行していた謎の病気のことを初めて耳にしました。その病気に罹った人々は、悪夢の様な恐ろしい症状に悩まされました。
想像を絶する頭痛を訴え、飲み食いもできなくなりました。幻覚症状を起こした人もいて混乱し 攻撃的になりました。
特に傷ましかったのは、犠牲者の多くが子供だった事です。罹った人はみんな死にました。原因はウイルスと判明しましたが、それはエボラウイルスでもジカウイルスでもなく、科学的に知られていない新種のウイルスでもありません。
人々を死に追いやっていたのは、何世紀も前から知られていた古くからある致死性ウイルスでした。
狂犬病です!!犠牲者に共通していたのは、血液のみを餌とする唯一の哺乳動物であるチスイコウモリに就寝中に噛まれた事です。
この様なコウモリからヒトへの感染による病気の集団発生は、この20年の間によく見られる様になりました。
2003年には、SARSが、中国の食肉市場で発生して、世界中に広がりましたが。後に、ペルーの症例と同様、コウモリが感染源と判明しました。
何世紀もの間。検出されずウイルスが潜伏していた様です。そして、その10年後に発生したのが、西アフリカのエボラ出血熱ですが、誰もが驚かされました。
当時の科学的認識として、エボラは同地域に存在しないと思われていたためです。それは、結局、エボラの流行として最も規模の大きなものとなりました。
気がかりな傾向と思いませんか?致死性ウイルスが、予期せぬ場所で発生しており、世界の保健コミュニティーが追い詰められた状態にあります。終わることのないウイルスとのいたちごっこでは、いつも後手に回っています。
ですから、毎年の様に新たな感染症が発生する中、今、実行すべきなのは、根本的な対応策を考え始める事です。次のエボラの流行が起きるのを単に待つだけでは、今度は運に恵まれないかもしれません。
別のウイルスが発生するかも知れず、それは、致死率がより高く、もっと広まりやすいかもしれません。あるいは、ワクチンが効かず、無策な状態に陥る事もあり得ます。
警告の通り!!2020年に、新型コロナウイルスが広がりパンデミックに至りました。
では、パンデミックは予測可能なのでしょうか?阻止できるのでしょうか?
簡単にはお答えできない質問です、なぜなら、パンデミックは、世界中に拡散する感染症で私たちが本当に予測したいと望むものは発生数が多くないからです。
人類には、好都合なことで、だから、私たちがこうして生きていられるわけですが、科学的な見地からは少々問題があります。
なぜかと言うと一度か二度起きただけの事象では、パターンを見つけられないからです。パターンから、次のパンデミックがいつ、どこで起こるのかがわかります。
では、どうすべきしょうか?私が思う解決策の1つは、野生動物から人間やペットや家畜への感染が日常的に起こっているウイルスを研究することです。
パンデミックを引き起こすと思われるのと同種のウイルスでなくても構いません。日常的に発生している致死性ウイルスを元に重要な最初の一歩となる異種生物間での感染を何が引き起こすのか?パターンがわかれば 食い止める方法がわかるかもしれず。
異種生物間での感染はまれでもパンデミックとなる脅威が、大きなウイルスに対しても備えができるようになるでしょう。狂犬病は恐ろしいものではありますが、今の場合とても好都合なウイルスです。狂犬病ウイルスは、恐ろしく致命的で、その致死率は100%���す。
つまり、狂犬病に感染した場合。早期に処置を施さないと成す術がなくなります。治療法がありません。ただ死を待つのみです。狂犬病は、過去の問題ではありません。今日でも、狂犬病で年間5~6万人が亡くなります。この規模を考えてみましょう。
西アフリカでのエボラ大流行で2年半の間に死んだ人々が、1年の内に死ぬとしたらかなり悪い数字です。これに、さらに4を掛けたもの。それが、毎年狂犬病で死ぬ人の数です。
狂犬病が、エボラ出血熱といった他のウイルス性疾患と異なるのは、ヒトが狂犬病に感染してもそこから先には拡散しない事です。つまり、ヒトが狂犬病に感染するときはいつもイヌやコウモリといった狂犬病を持った動物による咬傷が発端となります。
理解することが非常に重要な異種生物間でのウイルス感染は、多くのウイルスでまれな事象ですが、狂犬病の場合は、何万と発生しているのです。ある意味、狂犬病は致死性ウイルスにおけるショウジョウバエやマウスのような存在なのです。
流行パターンの研究や新対策のテストの実験台に使えるウイルスです。ですから、ペルーのアマゾンにおける狂犬病の集団発生について、私が初めて聞いた時は大きな成果が出せるかもとの思いを抱きました。
なぜなら、狂犬病については、コウモリから異種生物への感染が十分頻繁に起きるため、それを予測しさらには阻止することも 可能かもしれないからです。
それで、大学院1年生の時。高校で習った記憶もおぼろげなスペイン語を頼りにチスイコウモリを探しにペルーに渡るべく、飛行機に乗り込みました。
プロジェクト開始後、初めの2年は過酷でした。ラテンアメリカから狂犬病を撲滅する野心的計画はいろいろありましたが、同時に土砂崩れ、タイヤのパンク、停電、食あたりなど、障害も際限なくあったからです。でも、それは、南米での作業では割とよくあることで冒険みたいなものと割り切りました。
しかし、私が続けてこれたのは、自分のやっていることが生まれて初めて人の命にすぐにも実質的な影響を与え得ると認識したからです。それを一番感じたのは、アマゾンに実際に赴き、チスイコウモリの捕獲を試みた時でした。村に足を運び、こう聞いて回りました
「最��コウモリに噛まれた方はおられませんか?」と。すると手が挙がりました。その地域では、コウモリに噛まれることは日常茶飯事だからです。
ですから、私たちはただ噛まれた人の家を訪ね、網を張り巡らせ、夜が来たらその家に行き、コウモリが、人間の血を求め飛んでくるのを待てばよかったのです。
頭に咬傷のある子どもや布団についた血跡を目の当たりにすると、その日の物理的障害や体調不良を乗り越えて頑張る気持ちになりました。
一晩中作業を続けるので、実際どうやって問題を解決できるか考える時間が十分あり、2つの強い疑問が生まれました。
1つ目は、人々はしょっちゅうコウモリに噛まれているのに、狂犬病の集団発生は、常に発生している訳ではなく、2年に1度。あるいは、10年に1度しか起きていないことです。ですから、もし次の集団発生が起こる時期と場所を予測できれば、絶好の機会となります。
死者が出る前に先手を打ちワクチンを接種できます。その一方で、ワクチン接種はその場しのぎの策にすぎず、被害対応策のようなものです。
人命を救うわけで重要なやる必要のあることですが、結局のところどんなにウシや人間にワクチン接種をしてもコウモリが保有する狂犬病ウイルスの数は変わらず、コウモリに噛まれる実際のリスクは変わらないのです。
そこで2つ目の疑問です。ウイルスをその源で止めることは可能だろうか?コウモリが保有するウイルスの数。そのものを何とか減らせれば一気に形勢が変わります。
被害対応策から予防策への戦略変更は、かねてより議論していました。では何から始めましょう?まず、すべきなのは宿主であるコウモリの体内でのウイルスの実際の働きを理解することです。
これは、どんな感染症でも難しいことですが、コウモリのように隠れて生息する動物ではなおさらです。
しかし、実行せねば始まりません。そこで、まずやったのが、過去のデータの調査でした。過去にいつ何処で集団発生が起きたのか調べたのです。明らかになったのは、狂犬病の発生場所が常に移動していることでした。一つ所に留まっていません。
1~2年の間。1つの場所で広まりますが、別の場所で新たな感染対象となるコウモリの群を見つけなければ、絶滅することになります。
これにより狂犬病ウイルス感染の重要な鍵のひとつが解明できました。ウイルスが移動型であるのはわかっても、その行先を言い当てることは出来ませんでした。
基本的に求めていたものは、グーグルマップ式の予測でした。ウイルスは何処へ行くのか?目的地へは何処を通って行くのか?所要時間はどれくらいか?それが出来るよう狂犬病ゲノムに目を向けました。
狂犬病ウイルスは、多くのウイルス同様、小さなゲノムを有しますが、あまりにも急速な速度で進化するため、ウイルスが1つの地点から次の地点へ移動する間にいくつか突然変異を起こしています。
そこでするべきなのは、系統樹の点と点をつなぎ合わせることで、それによりウイルスが前に何処にいたのか?どのように伝播したのかがわかります。それで私はウシの脳の採集に出かけました。
そこに狂犬病ウイルスがあるからです。ウシの脳内にあるウイルスから採取されたゲノム配列から、ウイルスの伝播速度は、年間15~30キロ程度だとわかりました(人間のように基本的人権はウイルスにないため)
ウイルスの移動速度は、判明したものの。肝心な目的地については、まだわかりませんでした。この事は、もう少しコウモリの立場になって考える必要がありました。狂犬病ウイルスは、それ自体は移動せず、宿主であるコウモリに運んでもらう必要があります。
ですから、コウモリが飛ぶ距離と頻度について考えましたが、私の想像力では到底わかりかねましたし、コウモリに追跡装置をつける試みも上手くいきませんでした。求めていた情報を得られなかったのです。代わりに着目したのが、コウモリの交尾パターンでした。
ゲノムの特定部分を調べると他の群との交尾が確認された群もあれば、孤立した群もありました。また、ウイルスはコウモリのゲノムと基本的に同じ軌跡を辿っていました。
しかし、その軌跡のうち1つは少し驚くというか信じがたいものでした。ペルー内のアンデス山脈を一直線に超え、アマゾンから太平洋沿岸へと渡っていたのです。
先ほども言ったように信じがたいことで、なぜならアンデス山脈は、標高が約6,700メートルと高く、コウモリさんが飛ぶには高すぎるからです。
それでも、よく見てみるとペルー北部には標高がさほど高くない一連の谷があり、山脈の両側のコウモリが、行き来して交尾できます。
もっとよく見てみると案の定この谷を経由する年間約15kmの速度の狂犬病ウイルスの伝播が確認されました。これは、我々の進化モデルで予想されたのと一致します。
申し上げませんでしたが、これは実に重大な事なのです。なぜなら、アンデス山脈の西側。南米の太平洋沿岸全域でそれまで狂犬病ウイルスは確認されていなかったからです。
私たちは、史上初となる南米の広い範囲へのウイルスの侵攻をリアルタイムで目撃していたのです。ここで重要となる質問は「これにどう対処すべきか?」です。
当然の短期的な対応は人々に呼びかけることです「狂犬病が発生しそうです。家族や飼っている動物にワクチンを接種しましょう」けれども、長期的には新情報を活用して、ウイルス侵入を阻止できればより効果が高くなります。
もちろん、コウモリに「飛んでくるな」とは言えませんが、コウモリがウイルスを運んでくるのを阻止することはできるかもしれません。
そこで、私たちが世界中の狂犬病対策プログラムから学んだ重要な教訓が出てきます。それがイヌであれ、キツネやスカンクや アライグマであれ、北米であれ、アフリカやヨーロッパであれ、狂犬病感染防止の唯一の手段は、宿主生物へのワクチン接種だということです。
では、コウモリへのワクチン接種は可能なのでしょうか?イヌやネコへのワクチン接種はよく聞きますが、コウモリというのはあまり聞きません。
馬鹿げた話に聞こえるかもしれませんが、実はコウモリ用の狂犬病経口ワクチンがありがたいことに既に存在するのです。
さらに良いことに、このワクチンはコウモリの間で拡散するのです。単にワクチンを一匹に付けてやれば、コウモリの互いに毛繕いをする習性によりワクチンを拡散できるのです。
ということは、何百万といるコウモリを捕獲し、一匹ずつ小さな注射器でワクチン接種しないで済むということです。
ですが、ツールはあるものの実施方法がわかっている訳ではありません。疑問は山ほどあります。コウモリ何匹にワクチン投与が必要か?投与に適した時期は?年間どの程度の頻度で投与が必要か?
これらの質問は、ワクチン投与作戦の実行上、基本的なものですが、実験室で頭をひねっていても答えが出るものでもありません。ですから、ちょっと面白いやり方をすることにしました。対象は、本物の野生のコウモリですが、偽ワクチンを使うのです。
コウモリの毛を光らせる食用ジェルとコウモリ同士の衝突で相手に移る蛍光粉末を使いました。これにより本物のワクチンが、コウモリの群の間でどう拡散するかわかります。
この取り組みはまだ初期段階にありますが、今の所。目覚ましく心強い結果が出ており既存ワクチンの活用により、狂犬病の集団発生の規模が劇的に抑えられる可能性を示唆しています。
これは重要なことで、既に申し上げたように狂犬病ウイルスは、常にその発生場所が移動するため、集団発生の規模を抑える度に次のコウモリの群へのウイルス伝播の見込みも同時に抑制されるのです。ウイルス伝播の連鎖を断ち切るわけです。
これをやるごとにウイルス絶滅に一歩近づくのです。そう遠くない将来、狂犬病を撲滅できるかもしれないというのは、非常に励みとなり興奮を覚えます。
最初の疑問に話を戻しましょう。パンデミックは阻止可能か?簡単な答えはありませんが、狂犬病研究の経験から言ってかなり楽観的に考えています。
近い将来。ゲノミクスが集団発生を予測し、自然に広まる経口ワクチンのような巧妙な新技術の活用により、ヒトに感染する隙を与えることなく、ウイルスをその源で断つ事が可能になると思います。
パンデミック対策に関しては、先手を取ることが大いなる目標ですが、私に言わせれば、それを実行する1つの方法は、狂犬病といった既存の問題の活用です。
宇宙飛行士が飛行シミュレーターを使う要領で有効な方法、そうでない方法を見極めて重大な局面で当てずっぽうでやることにならないようツールを構築するのです。
ありがとうございました。
(合成の誤謬について)
合成の誤謬とは、ミクロの視点では正しいことでも、それが、合成されたマクロ(集計量)の世界では、必ずしも意図しない結果が生じること。物理学では、相転移みたいな現象です。性質が変わってしまうということ。
ミクロのメカニズムが個人同士の経済における仕組みであるのに対して、マクロのメカニズムは、国家間や経済全体の循環における仕組みだからである。
例えば、家計の貯蓄などがよく登場するが悪い例えです。前提条件が、所得が一定の場合!!所得が一定じゃない増加する場合は?これは、論じていませんので参考になりません!!(法人が提供する製品やサービスの価格も一定の場合も前提条件です)
1930年代のアメリカ経済が金融危機2008と似たような状態に陥った時、ケインズは、「倹約のパラドックス」というケインズ経済学の法則を発見しています。
それは、ポール・A・サミュエルソン(1915-2009)が、近代経済学の教科書「経済学」の冒頭で「個人を富裕にする貯金は、経済全体を貧困にする!(所得が一定の場合)」というわかりやすい言葉で表現しました。しかし、庶民の所得が増加し、貯蓄が投資、消費に回る場合には、「倹約のパラドックス」は生じません。
その後、この「倹約のパラドックス」は、アメリカの経済学者・ケネス・J・アロー(1921- )が「合成の誤謬」を数学的論理に基づいて「個人個人がそれぞれ合理的選択をしても、社会システム全体は合理的選択をするとは限らない」を検証してみせた。 要するに、部分最適ではなく、全体最適させていくということ。
つまり、新産業でイノベーションが起きるとゲーム理論でいうところのプラスサムになるから既存の産業との 戦争に発展しないため共存関係を構築できるメリットがあります。デフレスパイラルも予防できる?人間の限界を超えてることが前提だけど
しかし、独占禁止法を軽視してるわけではありませんので、既存産業の戦争を避けるため新産業だけの限定で限界を超えてください!ということに集約していきます。
なお、金融危機2008では、マイケル・メトカルフェも言うように、「特別資金引出権(SDR)」は、2008年に行われた緊急対策で、一国だけで行われたのではなく、驚くほど足並みの揃った協調の下に国際通貨基金(IMF)を構成する188ヶ国が各国通貨で総額2500億ドル相当を「特別資金引出権(SDR)」を用いて世界中の準備通貨を潤沢にする目的で増刷してます。
このアイデアの根本は、元FRB議長であったベンバーナンキの書籍「大恐慌論」です。この研究がなければ、誰一人として、変動相場制での当時の状況を改善し解決できなかったと言われています。
それ以前では、固定相場制でのマーシャルプランが有名です。
続いて、トリクルダウンと新自由主義
インターネットの情報爆発により隠れていた価値観も言葉となり爆発していくことになった。
しかし、法定通貨の方が、その価値、概念に対する通貨量拡大として価格で応じることができず、圧倒的に通貨量が足りない状況が生まれていたのが、2010年代の問題点のひとつでした。
リーマンショックの後に、新自由主義が誤りであることが、ピケティやサンデルによって指摘され、当時のFRBバーナンキ議長が、通貨供給量を大幅に増やした対策により、ベースマネーの金融、銀行間の相互不信を解消して収束した。
それでも、まだ足りないが、適正水準に収まったことで、さらに価値も増幅され、マネーストックの財政政策から再分配、事前分配を大規模に行い、さらなる通貨供給量が重要となっている現在の日本国内。
例えば
Googleがしようとしてた事は、まだ新産業として、基礎研究から発展できない機械学習の先端の成果をすべて持ち込んだ社会実験に近いこと。
シュンペーターの創造的破壊は、一定数の創造の基礎を蓄積後に、未来を高密度なアイデアで練り上げてから破壊をするのが本質です。
こうして、憎しみの連鎖や混乱を最小限にする。
アルビン・トフラーの言うように、法人と行政府とのスピードの違いが縮まらないのは、構造上の違いであって、それを補うためにプラスサムな連携するということが、必要になってくることを説いています。
三権分立が、規制のないGAFAMを非政府部門としてMMT(現代貨幣理論)からプラスサムに連携したらどこで均衡するのか?という社会実験も兼ねています。
このような前提で、あらゆるインターネット企業が、創業時、貢献するためコンセプトの中心であったものが、今では、悪性に変質して違う目的に成り下がっています。
再分配、事前分配の強化がスッポリ抜けてる欠点があり、ここに明かしたくないイノベーションの余地があります!!
2021年には、新自由主義のような弱肉強食では自然とトリクルダウンは生じないことは明らかになる。
確かに、トリクルダウンは発生しないが、法律で人工的に同じ効果は、貨幣の再分配、事前分配という形にできる可能性は高い。
再分配や事前分配をケムにまく「金持ちを貧乏にしても、貧乏人は金持ちにならない」「価値を生み出している人を罰するつもりがないのであれば税に差をつけないほうがいい」(サッチャー)
とあるが、新自由主義は誤りで、ピケティやサンデルによると違うみたいだ。
(個人的なアイデア)
さらに・・・
勝手に警察が拡大解釈してしまうと・・・
こんな恐ろしいことが・・・
日本の警察は、2020年3月から防犯カメラやSNSの画像を顔認証システムで本人の許可なく照合していた!
憲法に完全違反!即刻停止措置をみんなで要求せよ。
日本の警察の悪用が酷いので、EUに合わせてストーカーアルゴリズムを規制しろ!
2021年に、EU、警察への初のAI規制案!公共空間の顔認証「原則禁止」
EUのAI規制は、リスクを四段階に分類制限!
前提として、公人、有名人、俳優、著名人は知名度と言う概念での優越的地位の乱用を防止するため徹底追跡可能にしておくこと。
禁止項目は、行動や人格的特性に基づき警察や政府が弱者個人の信頼性をスコア化や法執行を目的とする公共空間での顔認識を含む生体認証。
人間の行動、意思決定、または意見を有害な方向へ操るために設計されたAIシステム(ダークパターン設計のUIなど)も禁止対象にしている。
禁止対象の根拠は「人工知能が、特別に有害な新たな操作的、中毒的、社会統制的、および、無差別な監視プラクティスを生みかねないことは、一般に認知されるべきことである」
「これらのプラクティスは、人間の尊厳、自由、民主主義、法の支配、そして、基本的人権の尊重を重視する基準と矛盾しており、禁止されるべきである」
具体的には、人とやり取りをする目的で使用されるAIシステム(ボイスAI、チャットボットなど)
さらには、画像、オーディオ、または動画コンテンツを生成または操作する目的で使用されるAIシステム(ディープフェイク)について「透明性確保のための調和的な規定」を提案している。
高リスク項目は、法人の採用活動での利用など違反は刑事罰の罰金を売上高にかける。
など。他、多数で警察の規制を強化しています。
人間自体を、追跡すると基本的人権からプライバシーの侵害やセキュリティ上の問題から絶対に不可能です!!
これは、基本的人権がないと権力者が悪逆非道の限りを尽くしてしまうことは、先の第二次大戦で白日の元にさらされたのは、記憶に新しいことです。
マンハッタン計画、ヒットラーのテクノロジー、拷問、奴隷や人体実験など、権力者の思うままに任せるとこうなるという真の男女平等弱肉強食の究極が白日の元にさらされ、戦争の負の遺産に。
基本的人権がないがしろにされたことを教訓に、人権に対して厳しく権力者を監視したり、カントの思想などを源流にした国際連合を創設します。他にもあります。
参考として、フランスの哲学者であり啓蒙思想家のモンテスキュー。
法の原理として、三権分立論を提唱。フランス革命(立憲君主制とは異なり王様は処刑されました)の理念やアメリカ独立の思想に大きな影響を与え、現代においても、言葉の定義を決めつつも、再解釈されながら議論されています。
また、ジョン・ロックの「統治二論」を基礎において修正を加え、権力分立、法の規範、奴隷制度の廃止や市民的自由の保持などの提案もしています。現代では権力分立のアイデアは「トリレンマ」「ゲーム理論の均衡状態」に似ています。概念を数値化できるかもしれません。
権限が分離されていても、各権力を実行する人間が、同一人物であれば権力分立は意味をなさない。
そのため、権力の分離の一つの要素として兼職の禁止が挙げられるが、その他、法律上、日本ではどうなのか?権力者を縛るための日本国憲法側には書いてない。
モンテスキューの「法の精神」からのバランス上、法律側なのか不明。
立法と行政の関係においては、アメリカ型の限定的な独裁である大統領制において���相互の抑制均衡を重視し、厳格な分立をとるのに対し、イギリス、日本などの議院内閣制は、相互の協働関係を重んじるため、ゆるい権力分立にとどまる。
アメリカ型の限定的な独裁である大統領制は、立法権と行政権を厳格に独立させるもので、行政権をつかさどる大統領選挙と立法権をつかさどる議員選挙を、別々に選出する政治制度となっている。
通常の「プロトコル」の定義は、独占禁止法の優越的地位の乱用、基本的人権の尊重に深く関わってきます。
通信に特化した通信プロトコルとは違います。言葉に特化した言葉プロトコル。またの名を、言論の自由ともいわれますがこれとも異なります。
基本的人権がないと科学者やエンジニア(ここでは、サイエンスプロトコルと定義します)はどうなるかは、歴史が証明している!独占独裁君主に口封じに形を変えつつ処刑される!確実に!これでも人権に無関係といえますか?だから、マスメディアも含めた権力者を厳しくファクトチェックし説明責任、透明性を高めて監視しないといけない。
今回、未知のウイルス。新型コロナウイルス2020では、様々な概念が重なり合うため、均衡点を決断できるのは、人間の倫理観が最も重要!人間の概念を数値化できないストーカー人工知能では、不可能!と判明した。
複数概念をざっくりと瞬時に数値化できるのは、人間の倫理観だ。
そして、サンデルやマルクスガブリエルも言うように、哲学の善悪を判別し、格差原理、功利主義も考慮した善性側に相対的にでかい影響力を持たせるため、弱者側の視点で、XAI(説明可能なAI)、インターネット、マスメディアができるだけ透明な議論をしてコンピューターのアルゴリズムをファクトチェックする必要があります。
<おすすめサイト>
ケイド・クロックフォード:顔認証による大衆監視について知る必要のあること!
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amrgamata · 10 months
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けもののいる生活 翔と灯 「いつものはなし」
「灯さん、ただいま!」
玄関で帰宅したことを元気よく告げたのは、私と暮らしているけものの翔だ。翔は上等学校に行っていて、時計を見れば丁度部活も終わり、大抵の生徒なら帰路につく時間だった。
「うん、おかえり。変わったことなかった?」 「だいじょぶ!」
びし、と翔は親指を立てて私の問いに応える。犬っぽいなぁ、と思わず私は考えてしまう。 翔の尻尾は短いから、正面から見ただけでは尻尾がどういう状態なのか分からない。けれど、長年暮らしていくうちに翔の感情は何となく分かってしまうというものだった。
一緒に暮らすようになって、何年経つだろう。ふと、そう思う。 私が成人してからの付き合いだから、もう4、5年は経つのだろう。ということは、翔は10歳の時に私を見つけたことになる。
けもののパートナー探しは疲れるものだと翔は言っていた。捨てられてしまえば生きていけないし、自分と波長が合う人間を探すのも至難らしい。だから人間と暮らすことを諦めたけものは一生を獣形態で過ごすのだという。
「ご飯、もう少しでできるからね」 「分かった!僕課題してるね!」
翔はいつでも元気がいい。私が落ち込んでいる時でも、翔の話を聞いているうちに翔のペースに呑まれて悩み事などなくなってしまう。
鞄を持って自室に引っ込む翔の背を見ながら私はそう想起する。 確か、翔と出会ったのは私が子供の頃から一緒に暮らしていた、けものではない飼い犬が死んでしまった日だった。本当に『捨てられた犬』のように翔が私についてくるものだから、亡くなった飼い犬を思い出しながらも私は自宅に翔を入れた。翔が犬のけものだと分かったのはその日から数日が経った頃で、これも何かの縁だろうと私は翔と暮らすことを決めた。 翔もそれで良い様だったから、事後報告のように二人で暮らそうと話し合ったのを覚えている。
ことことと鍋が鳴る。後は少しの時間煮詰めて終わりだった。それを待っていると、欠伸をしながら部屋から出てくる翔を見た。
「課題終わった?」 「うん……終わったぁ……」
くったりと椅子に背中を預ける翔を見て、私は密かに笑う。今日の課題は難しかったのか、苦手教科だったのだろう。課題が簡単な時は笑みを浮かべて尾をゆらゆらと振りながら部屋から出てくるのだから。
「学校は楽しい?」 「うん。なんで?」 「……私は学校行くの嫌だったから」
ぽつりと言葉をこぼせば、翔は真面目な表情になる。 私は外見上のあれこれで苛めを受けていた。だから学校に行くのが嫌だったし、その苛めの所為で自分に劣等感すら持っていた。 自分は要領も悪く、見目も悪く、人に気遣いが出来るわけでもない。そう、長年思っていた。 けれど、それは翔と出会ってから変わったのだ。
翔は私の全てを知ったうえで、私を受け入れてくれた。嘗て私を苛めていた連中たちの言葉を一つ一つ翔の言葉で壊して、私の自己肯定感を高めてくれた。翔には、感謝しかない。きっと翔がいなかったら私は自殺していただろう。 そして翔は私と波長が合うのだから、私がいなければ生きていけない。 つまり、私と翔は互いに「命の恩人」なわけだ。
「僕は、灯さんだけがいればいいと思ってた」 「え?」 「自分の命より大切な物はないって、それなら獣形態でずっと残飯漁ってればいいんだって。灯さんに会うまでは、僕なんかと波長の合う人はいないんだって思ってたんだ」
にへ、と翔が優しく柔らかく笑う。
「もしかしたら塵の中に入ってたイヌ科が食べちゃいけないもの食べて死ぬのかなぁって思ってた」 「……翔」 「でも、違った。僕と灯さんが逢うのは、運命だったんだよ、きっと」
ぴこぴこと翔が耳を揺らす。 普通の人に言われれば歯の浮くような台詞だ。けれど、そういった類の嫌悪感は感じない。
わしゃわしゃと私は無言で翔の頭を撫でる。翔が翔の言葉でまた私を肯定してくれたことが嬉しいのと、少しの照れ隠しが混ざった撫で方だった。
「翔は、いい子だね」 「そう?」 「うん、いい子だよ。学校での様子は知らないけど、きっと学校でもいい子なんだろうなって思う」 「……へへぇ」
嬉しそうに、そして少し恥ずかしそうに翔が笑う。そこから瞬時、キッチンタイマーが鳴った。
「あ、出来たみたい。ご飯にしよっか!」 「うん!」
イヌ科である翔のために、翔と私の食事メニューは違ったものになっている。作るのは手間だけれど、これからも長い間翔と一緒に居られるのなら、そんなものは苦でも何でもない。 茹でたささみをあぐあぐと食べる翔を見ながら、私はそう思った。
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zakka-tekuteku · 1 year
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⁡ ドイツのヴィンテージ 古書📚 猫と犬の本もご用意しています🐩🐈 <本日20時アップ> ⁡ どちらも印象的でデザイン性の高い表紙です。 ⁡ ▶︎完璧なカメラ目線の クリクリおめ目のシャム猫ちゃん。 写真は少なめですが 猫のなんとも言えない脱力的な表情の写真が たまらない一冊🐱 ⁡ ▶︎キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル てなが〜い名前の垂れ耳犬3匹が お利口にお座りしている表紙🐶🐶🐶 ⁡ 本当に色んな種類の犬の写真が満載。 たっぷりの写真だけでも楽しめますが 説明文の脇にイラストが添えてあったり 最後の12ページのイヌ大集合のイラストもGood. ⁡ 本は久しぶりにアップします。 ほかにない特別な2冊ですよ📚 ⁡ ⁡ #猫が好き #犬も好き #猫雑貨 #ヴィンテージ #アンティーク #ヴィンテージ雑貨 #アンティーク雑貨 #東欧雑貨   https://www.instagram.com/p/Co9bKKKvkSM/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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born-jp · 1 year
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16:42〜18:04
イヌとの散歩中、中高とお世話になったコーチに再会した。先輩後輩の話・地元の話とかあってなかった間の話を気がついたら1時間程していた。
コーチのお陰で長距離に夢中になってた。       ほぼ対局にある違う競技をしていたけどこんなに自分の為の食事や試行錯誤、生活を考えるものに出会えた。
とくに寒い時の徐々に身体が熱くなって、吐く息が白くて、耳は冷たいままの感覚。                 今はもうそれ程の体力は残っていないけど、忘れられないくらい良い思い出。
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itokawa-noe · 2 years
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夢をはむ
 人類が永遠の眠りについた後の世界を舞台とした、バクが語り手のファンタジー寄りSF。
この作品は第2回日本SF作家クラブの小さな小説コンテストの共通文章から創作したものです。(9,915文字/2022年6月5日)  https://www.pixiv.net/novel/contest/sanacon2
ーーー
 そうして人類は永遠の眠りについた。  ということらしいのですが、そうして、がどうしてなのか、私たちは知らないのです。  ほうぼうに訊ねてまわれば事情に通じるものがみつかるのかもしれません。しかしながら、ヒト族に対してそこまでの情熱を燃やすものは、私たちのなかにはおりません。  真相究明の労をとるかわり、私たちは憶測をならべたてました。神というのが天罰とやらを下したのではないか、どこぞのお姫さまが糸車の錘で手を刺したのではないか、夜な夜な眠りの砂を撒いてまわるのが嫌になった砂男が袋の中身をぶちまけたのではないか……。  本当のところはわからずじまい。  たしかなことはただひとつ、人類、ヒト族、そういった名で呼ばれていたものたちがひとり残らず眠りに落ちて、それきり目覚めなくなったということでした。    問題はありませんでした。大半のものにとっては。むしろ喜ぶ声のほうが多かった。 「よかったよかった」「せいせいしたよ」「やっと絶えたか」  当然の報いです。人類が古来より暴虐の限りを尽くしてきたのは周知の事実なのですから。  もっとも、イヌ族は親しい友人との、ネコ族は都合のいい共生相手との、別れをそれぞれに惜しみました。ほかにもヒト族のそばで暮らしてきたものたちのなかには、多かれ少なかれ戸惑いをおぼえたものがいたようです。  でも、じきにみんな、慣れました。    こうして人類は忘れ去られた。  唯一の例外が、私たちです。
 私たち。バク族。夢をはむもの。  私たちは暗がり、物陰、粒子と粒子の隙間などに棲まいます。寝入った獲物が内側から淡くひかりだすのを待ってから、薄い翅で音をたてずに忍び寄り、体のおおきさを調整したのち耳やら口やら鼻孔やら毛穴やらから頭蓋のなかの脳のなか、そのまたなかの、夢のなかにしのびこむ。内壁に目をひからせてほころびをみつけだし、そのほころびに鼻先をひっかけつかみましたら、ちからまかせに引きちぎり、蹄のついた前脚と後脚、そのあいだにはえた器用な五本指の中脚を破れ目に突っこみまして、ひろげてほぐし、干し草のような繊維状にしたうえで、反芻しいしいいただくのです。  ひとくちに夢と言っても、その在りようは様々。  たとえばヒトと暮らすイヌ族の夢は、おおむねこのような形をしています。 「なでてなでてなげてうおおおおおとったとってきたなでてなげてごはん! ごはんごはんごはん! おいしいごはん! おいしいうれしいたのしたのしあそぼあそぼあそぼあ、匂い! 風はこぶ! ひんやりばしゃり、しゃばしゃばの! 鼻そわそわしっぽわくわくそわそわくわくそわそわくわく走れ走れ走れのれのれ風のれのれのってなって水ばしゃりしぶきひかるひかるひかりひやり匂い呼ぶおいでおいでどこ? あっち! それっ!」  跳ねまわり駆けまわり切りかわり、目まぐるしいこと目まぐるしいこと。三半規管の弱いバクがイヌ族の夢をくちにすると、ヒトでいうところの車酔いのような症状を起こしてしまいます。  対して野生のネコ族はこう。 「――びくっ! ――ぎくっ! ――ぎょっ! ――びくっ!」  警戒心の強い彼らは安眠を知りません。みる夢も浅く短く頼りなく、腰を落ちつける前に床がぬけ、外へと放りだされてしまいます。  ちなみにトリ族の場合はこんな感じ。 「ちいちいちいちゅるるるるるじじっじじじじっぎゅーえぎゅえぎゅえぎゅえひゅーいひゅーいつーぴーつーちろろろろろろろろろ――」  夢の主にはさぞや美しい音の情景がみえていることでしょう。絡まりあった声をときほぐしてゆけば示唆に富むメッセージをうけとることもできるはず。が、いかんせん、私たちの耳には余る。さえずりと地鳴きの嵐に呑まれ、前も後ろもわからなくなってしまいます。  打って変わって食べやすいのが、ヒト族の夢なのでありました。 「宇宙っぽい空間を、宇宙船っぽいなにかですすむ。向かいあう二組の座席と大きな窓、スキー場のゴンドラリフトみたいな乗り物。窓の外を流れてゆくのは箒星、イワシの群れ、忘れられた約束の墓標。違う、リフトじゃない。ゴンドラはゴンドラでも観覧車。輪からはずれて宙を舞い大気圏外に飛びだした、はずが自転車に乗っている、補助輪のついたのを、汗をかきかき漕いでいる」  ヒトの夢には、支離滅裂ながらもなんとなくの筋がある。ゆえにほころびがみえやすいのが特徴です。ひとたびほころびをみつけたならば、あとは中脚をさし入れるだけ。ひと掻きふた掻き、み掻きもすればするするほぐれてくれるから、脚先の発達が未熟な仔バクも手助けなしで食べられます。細かくほぐしやすいぶんおなかにもやさしい。  ヒトという種の感覚の鈍さもまた、都合のよい点でありました。イヌ族の嗅覚やトリ族の聴覚のように際立った感覚は、舌にも胃にも刺激がすぎる。その刺激を好むものもおりますが、そればかりが続いては健康を損なってしまいます。毎日食べるものならば、薄味ぐらいでちょうどいい。  そういうわけで私たちの多くは、ヒト族の夢を主たる糧としておりました。
 人類が眠りについた当初、私たちは歓喜しました。  なんせずっと眠っているのですよ。おもに夜にしか食べることのできなかったヒトの夢を昼のあいだも食べられるようになったのだと、もいでももいでも果実の尽きることのない豊かな森を手に入れたも同然と、そう思うではないですか。  ところがところが。人類の眠りは私たちの想像した以上に深かった。深く深くあまりにも深く、もう誰も、誰ひとり、あぶくひとつぶんの夢さえみようとはしませんでした。  森は一夜にして焼け落ちたのです。
 仕方ない。ないならないで済ませましょう。それが私たちの出した答えでした。というか出すまでもなく、自分たちはそうするのだと知っていました。私たちはヒトとは違います。過去を嘆くことも未来を憂うこともなく、ただ今を生きている。なにかを失ったなら、その不在に順応するまでです。  とはいえ、道のりはやさしいものではありませんでした。おなかの弱いもの、好き嫌いのはげしいもの、それから私のように鼻先脚先の不器用なものなどは、ことに苦労を強いられました。胃もたれにやられ、目眩で寝こみ、四つの胃袋が残らず引っくりかえるのではないかというほど吐きに吐き……。  思いだすだに気の滅入る、散々な日々でした。  時間をかけてやっとこさ、私たちはヒト以外の夢でやってゆくのに慣れました。  慣れたことには慣れたのですが。  私をふくめた一部のものの身に、ちょっとした異変が起きたのです。
 異変といいますのは、すなわち虚ろ。  おなかの奥のほう、四つめの���の裏側あたりに、食べても食べても満たされない部分がぽっかり残るようになったのです。詰めこめるだけの夢を詰めこんではちきれんばかり、もうこれ以上はバクの毛一本入らない、そんなときすら虚ろはけっして埋まらない。寝ても覚めてもか細い声で空腹を訴えつづけます。  私たちはこの奇妙な感覚に戸惑いました。戸惑い、もてあましながら、虚ろを埋めるすべを探しました。  そうしてはじまったのが、焚き火のゆうべです。
 焚き火を象徴に据えたのは、焚き火のゆうべが物語りのゆうべだから。物語るとき、ヒトは炎をかこむでしょう。あれに倣ったというわけです。  人類が眠りについたあと、彼らが独占していた火はみんなのものになりました。しかしながら、私たちの鼻や脚のつくりでは、火を熾すことは難しい。そこで翼を貸してくれるのがトリ族です。彼らの体もまた、火を熾すのには向いていない。ではどうするのかと言いますと、どこからか取ってきて隠し持っているらしい秘密の種火を、枝のさきにちょいと灯して私たちにわけてくれるのです。あまり知られていないことですが、ヒト族が眠りにつく以前より、トリ族の一部は火を使っておりました。ヒトからくすねた炎を草むらに放ち、あわてて飛びだしてきた小さきものたちを嘴や鉤爪でごっそりさらう。そんな形で狩りに役立てていたのです。  森の奥、木々の切れ間の原っぱで、焚き火の支度をしましたら、ぐるりとかこんですわります。集まるものの数は日によりますが、十を超えることはありません。はじめのうち、私たちはおたがいの顔のうえに火影がおどるのを眺めつつ団欒を楽しみます。火の粉に鼻をかざそうとする幼仔、それを鼻先でやさしく引きもどす親、寄り添った背中のうしろでこっそり中脚をつなぐもの、余分に獲ってきた夢の切れ端をおひとついかがと配るもの。そうしているうちに、じょじょに意識が焚き火のほうへとうつってゆく。ゆれる炎をじっとみつめておりますと、かつて食べた夢の味が舌によみがえってまいります。とっておきのとびっきり。思いだすだけでくちがよだれでいっぱいになる、そんな夢の記憶です。  あかあかと照��しだされたそれを、なるべくそのままの形で語ろうと試みます。が、これがなかなかむつかしい。もともと言葉でできていないものをむりやり言葉にしようとすると、損なったり取りこぼしたり、変に整ってしまったりするのです。ああ、舌に浮かんだこの味を――色を香りを音を質感を、そっくり手渡すことができたなら、どんなにかよいでしょう。 「砂嵐とメトロノームの夢の話をしようか」  その晩、最初の語り手として前脚をあげたのは、黒い顔に木漏れ日のような白いもようを散らしたバクでした。 「いいね」「おいしそう」「はじめて聞く話だ」  聴衆にうながされ、木漏れ日は話しはじめます。 「夢の主は、まだちいさな男の子。砂漠のまんなかで嵐に襲われ、身動きがとれなくなっている」 「あらあら」「まあまあ」「そりゃ大変」 「荒れ狂う風の外から、規則正しい音が聞こえてくる。そう、こんな感じで」  チーン、カッ、カッ、カッ。木漏れ日のバクが言いました。  チーン、カッ、カッ、カッ。私たち聞き手も真似をします。 「なんの音? 男の子は考える。チーン、カッ、カッ、カッ。この音知ってる。チーン、カッ、カッ、カッ。けど思いだせない。チーン、カッ、カッ、カッ。鉄の音。硬い音。ぴしゃり!」 「ぴしゃり?」 「先生が、鍵盤のうえをすべっていた男の子の手をぶったんだ」 「ひどい!」「ぶつなんて!」「暴力はいただけない」 「でもそのイメージは一瞬で消え、チーン、カッ、カッ、カッ。音が世界を切り刻む。正しく、正しく、小さく、正しく。――と、そこで」 「なになに?」 「音の輪郭がぶれるんだ。ぶれてくずれてくだけてとけて、しみわたり包みこみ熱を帯び高鳴って、そうして男の子は思うのさ。――ああ、これは、心臓の音」  そう言うと、木漏れ日は鼻先をもちあげ、ひょいひょいと夜をかき混ぜる仕草をしました。お話の終わりの合図です。  私たちは、各々のくちのなかにひろがった夢の味に舌を澄ませました。  木々のあいだから滲みだすしじまにくるまって、目を閉じ、つばを呑み、くちびるを舐めまわし。 「いい夢だ」「おいしい夢だ」 「不可解で」「へんてこで」「謎めいて」 「さっぱりしたくちあたり」「淡白できりりとしまり」 「ほころびが綺麗」「ほぐしやすそう」 「私ならぴしゃり! からほぐすかな」 「ぼくだったら心臓のとこからいくね」 「その心臓というのは、誰のだろう」 「自分のじゃないの」 「隣で寝てたヒトの線もある」 「愛だ」「愛だね」 「愛の夢なら、僕にも持ちあわせがあるよ」  そう言って、次なるバクが語りのバトンを引き継ぎます。耳のつけねに花の形をした痣のあるバクです。 「彼女には伴侶がいた。その伴侶と死によって分かたれることを、なによりも恐れていた」 「年寄りだったの?」「病気だったの?」「怪我してた?」 「いいや、ふたりとも若かった。病気も怪我もしていなかった」 「変なの」「変だね」「いつ来るかもわからないもの」「怖がったって仕方ないのに」 「でもまあヒトって、そういうところあるだろう」 「まあね」「そうかも」 「残してゆくのはいや。残されるのもいや。同じ瞬間に息絶えたい。あるいはひとつの生きものになりたい。彼女はそう願ってた」 「そんなの無理でしょ」「無理だね」「夢のなかならできるかも」 「残念ながら、夢でも願いは叶わなかった。それでかわりに、こうしたんだ」  花痣のバクは、そこで言葉を切りました。  たっぷりと思わせぶりな間をとって。  ふたたび話しだしたとき、口調と声音ががらりと変わっておりました。 「ねえ知ってた? 多少の味や匂いの違いなら、涙の塩を隠し味にひそませればごまかせるって。好物のビーフシチュー、あなたはきれいにたいらげる。そうしてしまったあとで、わたしの姿がどこにもないのに気がつくの。大丈夫。悲しくないよ。怖くもない。これからさきは、ずうっと一緒」  芝居がかった調子でそう言うと、花痣は鼻先をもちあげ、ひょいひょいと夜をかき混ぜました。  一同、顔をみあわせます。  つかのまの沈黙ののち、 「……愛か?」「愛かな?」「愛だった?」「いやいやいや」  疑問と抗議が噴きだしました。 「ぼくはむしろぞっとした」「うん。ぞっとした」「怖かった」 「夢にしては筋がとおりすぎてるのも気持ち悪い」 「語り手の作為がなあ」「ちょっと鼻につくんだなあ」  花痣が黙します。平静をよそおってはおりますが、平らな頭のてっぺんで小さな耳がしおれています。  言いすぎたことに気づいたのでしょう。ほかのものたちも気まずそうに鼻面を下げ。  そうしてみんな、黙りこくってしまいました。  仔どもらが無邪気な声でもって空気を変えてくれないかと期待しますが、残念なことにみんなぐっすり寝入っています。ヒトの夢を食べたことのない彼らにとって、私たち古いバクの語らいは刺激に欠けるものなのでしょう。  居心地の悪い間がのしかかってきます。  火の粉のはぜる音と木が身を捩る音が、いやに大きく響きます。  トリ族のものが、あたらしい薪を運んできてくれました。宵っ張りのワタリガラスです。狙いを定めて炎に投げ入れ、翼で風を送ります。完璧な位置と角度でおさまった薪に赤い舌が絡みつく。ぱちぱちごうごう音を立て、熱風が吹きあがる。  渦巻く炎をみつめていたら鼻面が火照ってきました。私は顔を背け、視線をさまよわせます。仲間たちも、ぼんやり虚空をみています。  なんとなく集まったまなざしのさきに、年かさのバクがいました。額に古傷をもつバクです。四すじの流れを思わせるそれは爪の痕。遥か昔、ジャガーとやりあった際につけられたものだと聞いています。 「あれが聞きたいな」  誰かがそっと切りだすと、 「そうだよ聞かせて」「いつものあれを」  車座のあちこちから熱っぽい声があがりました。  爪痕のバクはうなずいて、 「仔熊のいびきの糖蜜パイ」  しっとりと艶のある低い声で、夜の底をふるわせました。 「その料理が食べたくて食べたくて、逃げまわる店を追いかける。無限につづく石段をケンケンパ、のぼってのぼって気づくと席。レストランというより純喫茶。あの店に似てる。あの路地裏の薔薇の看板の、三年前になくなった。目の前にキノコが立つ。ひょろ長い首のうえに紅くひらたい楕円形。中央のくぼみのせいで赤血球の化け物じみてみえる。シロキツネノサカズキモドキ。キノコの種類などわたしは知らない。なのに確信に満ちている。シロキツネノサカズキモドキが言う。ご注文は陰気なかさぶたのボンゴレ・ビアンコですね。いいえ、とわたしは首をふる。では偏頭痛のサバラン? いいえ。草冠のどんと焼き。いいえ、違います。わたしが食べたいのは仔熊のいびきの糖蜜パイ。シロキツネノサカズキモドキが眉をひそめる。目も鼻も口も、それどころかひそめたはずの眉すらないのっぺらぼう、なのにその顔ははっきりこう言っている――おととい来やがれ。かたわらから袖をひかれる。ウナギがぬるりと目配せし、私を厨房につれてゆく。厨房は暑い。大鍋の湯が煮えたっている。ウナギが笑う。白く輝く歯がこぼれる。わたしは見惚れ、遅れて、歯? と首をかしげる。違う、刃だ。柳刃包丁がひらめく。喉をつらぬかれて目が覚める」  爪痕が鼻をもちあげ、ひょいひょいと夜をかき混ぜました。  思い思いに味をひろげて浸っていた私たちは、古くなった皮をぬぎすてるときの要領で彼女の語りからぬけだします。 「最高だ」「絶品だね」  いくつもの溜め息がかさなりました。 「芳醇で」「馥郁として」「舌になめらか」「目にも綾」 「語りもうまい」「何度聞いても飽きがこない」 「ほんとに食べたみたいな心地がする」 「なんのなんの。もとの夢が上等だからさ」  なんでもないような顔で賛辞を受けとった、そのあとで。 「そうなんだよ。本当に上等な夢だった」爪痕は思いがけないことをくちにしました。「あまりのうまさに引き際を見失ってね。ついついぜんぶ、食べてしまった」  静寂が落ちました。  火の粉の舞う音ひとつ聞こえない、耳の痛くなるような静寂が。  食べることは奪うこと。私たちがすっかりたいらげてしまったら、夢の主は夢をみたことそれ自体を忘れてしまう。完食は罪です。必ず少し食べ残す、それが私たちの掟です。  ですが―― 「私もです。ありました。そういうこと」  爪痕の告白に引きずられて思わず白状したところ、 「ぼくもだ」「おれも」「じつは、あたしも」  あとに続くものがぞろぞろ出てきました。 「一度や二度の話じゃなくて」「かなりの頻度で」「ほぼ毎晩」 「よくないことなのはわかってる」「でもさあ」「あんまりおいしいと、つい」「そうなんだよ、つい」「ぺろりと食べちゃう」「かけらもつぶも、汁さえ残さず」  なんのことはない。私たちはけっきょく、みんな同じ穴のバクだったというわけです。  私はおなかをさすります。食べても食べても埋まらない虚ろが疼きます。  思わず食べ尽くしてしまうほど夢中になった夢々の味は、今でもはっきりおぼえています。無限ビー玉の夢、螺旋状の交差点の夢、フラフープをあつめる旅の夢、薬缶にとじこめられる拷問の夢、鎌を失くしたカマキリに追われてビルの屋上から落ちる夢……こうしてくちに浮かべるはしから、つばがわきだし喉が鳴る。ああいう夢。妙ちきりんで、ひとはみごとに変化する味わいが面白く、掟が頭から吹き飛ぶほど引きこまれてしまう、ああした夢が生みだされることは、もう二度とないのでしょうか。  おなかが鳴きます。私にしか聞こえない声で、鋭くなにかを訴えます。  焚き火のむこう、真向かいより一匹ぶんずれたところに花痣のバクがすわっています。あのビーフシチューの話。愛の夢の話。仲間たちには不評でしたが、私はあれが嫌いじゃなかった。歯が溶けそうなほど甘ったるいのに春の野の草みたいな苦さが残る、変な夢。あの夢がねっとりとおなかに居座って、少しだけ虚ろを埋めてくれている、そんな気がするのです。  花痣の平たい頭のうえで、愉しげに耳がゆれている。目の端でそれをたしかめて、私は息を吐きました。  こっそり吐いて、やわらかく吸って。そうしてひくり、気づきます。  匂いがします。朽ちかけた樹木のような、キノコが飛ばした胞子のような、甘く湿った匂いがただよってきます。あちらからもこちらからも、輪になった仲間たちのおしりのあたりからふわふわと。匂いにうながされるように、おなかにちからがこもります。下っ腹の、それからおしりの、筋肉がぎゅっと縮こまり――きゅぽん! 雨あがりの森の匂いがひときわつよく立ちのぼりました。私たちの糞には色がない。透明の膜につつまれ夜風にふるえるそれは、浜辺に打ちあげられたクラゲに似ています。海もクラゲも、私は実際にはみたことがありません。いつか誰かの夢でみて、それで知っているのです。  すっきりしたものから、一匹また一匹と原っぱをあとにして。  これで焚き火のゆうべはおしまいです。  クラゲはしばし土のうえにとどまります。  最後の薪が灰になるころ。あるいは朝露がむすぶころ。いつのまにか消���ています。    今朝ほどふしぎなことに気がつきました。  焚き火の原っぱのここかしこで、ちいさなまるい双葉が顔をだしているのです。  二枚貝の赤ん坊のような佇まいに心を惹かれ、私は顔を近づけました。つややかな緑に耳を寄せると、いくつもの音がかさなりあって聞こえてきます。水をすいあげる音、呼吸をする音、日光を噛んで砕く音――その向こう、遠くかすかに鳴るこれは――ああ、わかりました。のびようとする音です。高きひかりに、ひらけた青に、焦がれる音。ゆるく脈打つそれは、眠るヒトの心音を私に思いださせました。  水とひかりをとりこんで、草はすくすく育ちます。凛と姿勢よく茎がのび、にこ毛のはえた葉が茂り、季節がひとつすすんだころに、ぽつりと花が咲きました。五枚の花弁が星に似た、薄青色の花でした。花はみるみる数を増し、原っぱを青く染めました。原っぱはゆっくり色褪せて、やがて緑にもどります。花の落ちたそのあとに、色も形も真珠のようなゆかしい実がなりました。真珠は月の満ちるにつれて白から透明へと色づいて、ある新月の晩、硝子細工さながらに熟したところで静かにはじけ――なかからぽわん、飛びだしたのは夢でした。  あちらにみえるはいつか私が食べた螺旋状の交差点の夢。そちらをよぎるは、かつて別のバクが食べた雷鳴轟く入れ歯の夢。高飛車なさざれ石の夢に、ひっくりかえった鳥居の夢、愚鈍な佃煮の夢に、砂嵐とメトロノームの夢……いずれも焚き火のゆうべで語られて舌に浮かべたおぼえのある夢ばかりが、風にのってぷかりぷかりと流れてゆく。  私たちは背中の翅で飛びたちました。夢中で夢をつかまえて、片っ端からほおばりました。
 私たちは排泄します。糞に溶けた夢は土に消え、緑のおくるみにつつまれてもどってきます。めぐるめぐる夢はめぐる、草は繁茂し眠れるヒトビトをおおいつくす。もしもこの星を外からながめるものがあったなら、雪解け水をたたえた湖を思わせる澄んだ碧のかがやきに、ひとみを奪われることでしょう。
 長い年月が経ちました。  人類はあいかわらず眠っています。  新しい夢がもたらされることはありません。  だから私たちは循環させます。  いつか誰かのみた夢を、はんで呑んで出して、またはんで。  そうやって、生きています。
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liteyaki · 2 years
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夏っすねぇ~
 めちゃくちゃあちぃ~っすわ~ 外出たら死にそう っていうか死にますねこれ みんなも熱中症とかには気を付けてね 僕は引きこもりなんで熱中症にはなりませんが…
 VALORANTはじめました って言っても初配信から一回も起動してませんがw 一人でやりたくないよあのゲーム ルールもよくわからないし VCでなんか言われたらどうしようとかいろんな不安が積もって結局一回も試合やってない 誰か誘ってください あとどんなキャラ使えばいいかわからない
 マリオワールド実況完結しました クリアに2年かかった パート数は7でそんな大したことはないんだけど更新ペースが遅すぎた ひどいときは半年ぶりに投稿するみたいな時もあったな 最終的には3か月に一回に落ち着いたんだけど こういう3か月に一回投稿するシリーズ物もいいかもしれない 次やるとしたら星のカービィ3あたりがいいかもしれない あれ面白い
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 ゆるキャン△のローソンコラボのミニノートコンプした 最初はイヌ子のミニノートだけもらう予定だったんだけどせっかくなので全種類コンプすることにした 全部かわいかったので… ミニノートに何か書くことはありません 鑑賞用です コンプするのにカレー麺10個買った おいしかったです
 ぬるめたとまたぞろ。が重版決定したらしい 好きな漫画だからうれしい 次に来る漫画大賞にもノミネートされたらしい このままアニメ化まで突っ走っていってほしい
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 新しいスマホケース買ったのとステッカー作った めちゃくちゃE サイズもちょうどいい感じになってよかった~
 ムシキング実況完結しました 夏だけやるシリーズだったしあのゲーム結構難しいのでクリアしたときは素直にうれしかったです まじでムシキング面白い もっとゆっくりやればよかったかもな まじで誰かとムシキングやりたい 絶対に負ける自信がない ムシキングの面白さがもっと広まってほしいと思いました
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 これ海外版ムシキングのカワセミハッグが出てきたんですけどどう思います?すごいでしょ たしか一時期ムシキングやってると海外版のカードがたまに出てくるみたいなキャンペーンをやってた気がする それでゲットしたんだと思う
 色々あってアーカイブが消えたのできのこぬんのハッピーエンドを回収しなおした 一年ぶりにやったからアイテムの場所とかめちゃくちゃ頭から抜けてた 「そんな場所にこんなアイテムあったっけ!?」みたいなのがよくあった ただ初見のときのリアクションは絶対にもうとることができないからアーカイブが消えたのは今でも結構根に持ってる 悲C
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 アベイル×日常グッズが全部売り切れてた まじで悲C コラボが始まった3日後には店舗からもネットからも売り切れてた 在庫少なすぎませんか? まじで日常の人気を侮ってた ただ8月の中旬くらいから一部の商品が再版されるらしいから今度こそはゲットしたい そして俺は転売ヤーを絶対に許さない
 スプラトゥーン2が5周年ってまじですか? もうそんな経つんですね… 時の流れってまじで恐ろしい ということは自分がswitchを買って4年経ったってことになるんすね… 恐ろしい恐ろしい…
 なんか夏だしホラーゲームやりたい なんかおすすめのホラーゲームありますか? あったら教えてほしいです
 写真はないけど最近とても小さいミヤマクワガタ(?)を飼い始めました とてもパワフルでかわいい子です カブトムシも飼いたいな
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 自分の音MADを見てみたいので自分の音MADを作ってます 音MAD作るの初めてなので何もわからないし耳コピとかもうまくできてないしリズムもぐちゃぐちゃだけど頑張って作ってます 今は映像作りに取り掛かってます みんなもりてで音MADを作ろうね
↓ここから先映画ゆるキャン△の特大ネタバレあり
 映画ゆるキャン△を観ました 最高 大満足です 10年後もみんな仲良くしてて良かったし成長ぶりも良かった しまりん社畜になってたしなでしこはキャンプ道具売ってるお店で元気に働いてたしイヌ子は小学校の先生やってたり大垣千明は自由人って感じだったけどしっかりと地元を盛り上げようと頑張ってたし斎藤恵那はペットサロン(?)で働いてたしみんなそれぞれの道を進んでて良かったです ただしまりんが社畜やってるって言う事実をまだ受け入れられない めっちゃ社畜してた あとやっぱりゆるキャン△は音楽とか映像とかがすごく綺麗で素敵だった 見惚れた あとショートカットのチビイヌ子めちゃくちゃ可愛かった なんだあの生き物は 欲しい デザイン系の勉強頑張って欲しい あと登場人物全員料理を美味しそうに食べるのが良い 本当に美味しそうに食べるんだあいつら 物語の中盤、イヌ子の小学校が閉校した時にしたあの嘘をついていない時のホラ吹き顔がとても切なかった あと斎藤恵那とちくわも見てて少し苦しかった どうして犬の寿命はこんなにも短いのだろうか 幸せに生きて欲しい 大垣千明始め最後まで諦めない姿勢がすごく良かったです そういえば大垣千明めちゃくちゃ酒飲みになってたけど何故かそこら辺は何となく予想できてた なんでだろう 色んなトラブルがあったけど無事にキャンプ場が出来て良かったです あとエンディングで犬子がそばうどんについて話してたシーンとかホラ吹き顔をしてたシーンが良かったです 観てて幸せでした あとみんなが働いてる姿を見て自分も頑張らなきゃと思いました 最近頑張ってます ゆるキャン△最高
 スプラトゥーン3めちゃくちゃ楽しみだな
 APEX今度こそ完全に飽きた ゴールド帯で満足してしまう というかそこが限界
 レッドブルの水色のやつおいしいというか色がいい 最近自分がカフェイン中毒なのでは?と思い始めてる ほぼ毎日レッドブル飲んでる気がする… 自覚症状があるだけまだマシなのかもしれないけど
 チュウニズム×メイドラゴンコラボ、キャラクターは一応コンプした バナーみたいなのはもらえなかった あれって3倍チケット使うのがデフォなんですね
 そういえばこかむも先生のFANBOXで知ったんですけどルフィーが食ったのってゴムゴムの実じゃないってまじですか? じぶんワンピース追ってないからネタバレされてもいいんですけど結構衝撃だったな こかむも先生のtumblerとかFANBOXとか読むのおすすめです おもしろいので
 7月の最後から8月の真ん中くらいまで少し忙しいので動画の投稿頻度とか配信頻度とか下がります せっかくみんな夏休みなのに…
 終わり
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kennak · 2 years
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新しい研究結果によると、ネコ好きの人は、ネコが好ましく思わない・快適に感じないとされる場所をなでる傾向があり、ネコがどのように扱われるかの選択肢を狭めていると報告されています。ノッティンガム・トレント大学で動物の行動と福祉を研究しているローレン・フィンカ教授は、「すべてのネコは個性的で、多くのネコはどのように人間と接するかについて、特定の好みを持っています。しかし、すべてのネコができるだけ快適に過ごし、それぞれの特定のニーズが満たされていることを確認するために、従うべきいくつかの優れた一般原則もあります」と研究について説明しています。 研究では、イギリスのイヌ・ネコ保護施設と協力し、120人のボランティアが初対面のネコ3匹と5分間触れ合う実験が行われました。ボランティアは事前アンケートで自身の性格やネコと触れ合った経験について回答し、自宅で飼っているネコと同じようにネコと交流するように指示されました。実際に触れ合う時間では、なでるタイミングをできるだけネコに選ばせ、あまり積極的には触らないようにし、ネコの反応とボディランゲージに注意を払うように指示されました。合わせて、耳の付け根や頬、あごの下に触れるのがネコにとって最善であることも示唆されました。 実験の結果、自身を「経験豊富でネコに精通している」と評価した人々ほど、あらかじめネコにとって好ましいとされた部位をなでるのではなく、ネコがあまりなでられるのを好まないしっぽの付け根やおなか、脚、背中に触れる傾向があったとのこと。また、家でより多くのネコを飼っている、もしくはより長くネコを飼っていると回答した人ほど、ネコと触れ合っている際に、ネコがなでられるタイミングやなでてもらう場所を選ぶ自由をネコに与えるケースが低くなり、積極的にネコに触れに行くことが発見されました。
ネコ好きの人の多くはネコが望まない触れ合い方で愛情を与えようとしている - GIGAZINE
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milk-c-late · 2 years
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今後のレディバグ妄想文
 ちょっと前にもなんか書いたけど、いよいよ来週5期放送らしいのでその前に整理(というか妄想)しておく
 ちなみに5期情報のソースはMundo Gloob公式YouTube(こちら)オンリー。レディバグ公式YouTubeは今の所(日本時間2022年6月9日)5期映像上げてないしね。仕方ないね。その他からの情報は見ないようにしています。公式からが1番。
※この先文章作成スキルEなオタクの長文注意
「 ね ぇ 、 ホ ー ク モ ス(仮定)さ ん 、 ど う し て そ ん な リ ス ク 全 部 乗 せ の 状 態 で レ デ ィ バ グ 達 の 前 に 現 れ よ う と 思 っ た ん で す か ぁ ? 」
いくらセカンドチャンス出してそうとは言えあのさぁ…
 で、やっぱりバニックスがカチコミに来たわね。ここの部分については色々言いたいことがあるんで後回し。そしてうさ耳…じゃなくてユニファイ。バニックスがヴェノム食らってるシーンがあったんで、たぶんシャノワールの時計はホークモスから取り戻した時計じゃなくて、ヴェノム食らったバニックスから取ったやつかな? きっとホークモスも奪おうとしてるだろうし。身バレするけど未来人だしセーフでしょ(鼻ほじ)。4期ではレディバグのユニファイばっかだったから、早速シャノワールに強化(微妙に違うかもだけど)が来てうれしい。
改めて4期最終回をぐだぐだ考える
    ※ここから先はかなり妄想色強め&文章構成力がボロボロです ご注意ください
前置き
 さて本題。バニックスが来たってことは、恐らく4期最終回は『キャット・ブラン』回同様に正史ルートでは無かったのだろう。じゃあどこが分岐点になるのか。それはやっぱりイヌのミラキュラスを渡す所だろう。今回はアドリアン(フェリックス)へ渡したからあんなことになったが…。
 ここで思い出してほしいのが『デスペラーダ』回。ここでレディバグはアドリアンに蛇のミラキュラスを渡すが、何回やっても上手くいかずアドリアンはミラキュラスを返却、ルカに改めて渡すことで解決した。マリネットはシャノワールの正体を知らないので、ヘルプ要員にアドリアンという選択肢が出てくるのも当然かもしれない。  もちろんだがこの時アドリアンはシャノワールにはなれないし、ユニファイも使えない。アドリアン=シャノワールであることをマリネット(と下手すればホークモス)にバラすことになるからだ。この時シャノワールは絶対に現れることはないので、極端な言い方をすれば「シャノワールは死んでいる」状態にある。
ふたつでひとつ
 4期では新たなヒーローがどんどん増え、シャノワール不在での戦闘もあった。ものすごく過激な話ではあるが、アクマを浄化して街や人々を元に戻すだけなら、最悪レディバグだけでこと足りるのだ。だがマスター・フーはテントウムシとネコのミラキュラスそれぞれに適合者を探し、2人にミラキュラスを与えた。能力が真逆であるこれらのミラキュラスは、同時期の使用が前提の、「ふたつでひとつ」のものであると考えられる。  そう考えると『デスペラーダ』の時はアドリアンに蛇のミラキュラスを渡し、シャノワールが「死んだ」状態になったため上手くいかなかったが、ルカに渡し直してシャノワールが復活し「ふたつでひとつ」の状態に戻ったため、無事解決したと言える。つまりシャノワールを殺す行為である「アドリアンにミラキュラスを渡すこと」は絶対のタブーだと考えられる。  ここで4期最終回のお話。マリネットはアドリアン(フェリックス)にイヌのミラキュラスを渡しに行く。つまり『デスペラーダ』と同じくシャノワールが「死んだ」状態を作ろうとしていたのだ。恐らくマリネットのミスは「アドリアンがフェリックスと入れ替わっていたことを見抜けなかったこと」では無く、「アドリアンにミラキュラスを渡そうとしたこと」そのものである。(なおここでのリスク回避(正解?)ルートは、たぶん「前回戦闘終了時の自分に助けを求める」だと思われる。)
ふたつのバランス
 ただし、あくまでタブーなのは「シャノワールを殺すこと」なので、シャノワールが生きている、ユニファイを目的としてミラキュラスを渡す・使用することはセーフだと思われる(例『ミラクル・クイーン』)。テントウムシとネコのミラキュラスは「ふたつでひとつ」とすると「ふたつの力は釣り合っている、同等の関係」とも言える。つまり、ふたつのミラキュラスが同じ扱いを受けている状態が望ましいのだ。  シャノワールは敵の攻撃を受けて戦闘不可の状態になることが多く、途中からレディバグ1人で動くことも少なくない。けれどこの時テントウムシ・ネコのミラキュラス共に「所有者が変身して力を使っている」状態である。ミラキュラス視点で言うと、両方とも同じ状態にあるのだ。
 これまでのお話の中から一部を例に挙げると、ユニファイはレディバグ・シャノワールに変身している前提の状態なのでセーフ。『リフレクドール』はテントウムシとネコのミラキュラスの所持者が入れ替わっただけなのでセーフ。『クワミバスター』ではティッキーとプラッグが捕まった=レディバグ・シャノワール両方が「死んだ」状態なので、セーフ。『キャット・ブラン』は一応シャノワールがいるのでセーフ。(これに関してはマリネットが「ミラキュラスを私欲のために使わない」ってルール破ったのがきっかけだし…) 『ハックサン』はテントウムシのミラキュラス所有者が変わったが、力を行使出来る状態にあったのでセーフ…となる。
まぁここまでこじつけと妄想多めなんで、「なんか変なこと言ってるクソ雑魚ジャパニーズがいるなぁ」ぐらいに思ってください。真剣に考えれば考えるほど外れることを某『古手羽入〇〇先輩説』で学んだので…。 それでは皆様、一緒に5期を全裸待機しましょう。
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usickyou · 2 years
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喜びの国
 彼女は夜の黄金だった。彼女は望まずとも光る万人の誘蛾灯であり、暗黒の宇宙を貫く彗星であり、一千人のオディールを裂いて征く無敵のオデットだった。彼女は人目を引きつけた。外見や立ち居振る舞いでなく、内奥より放たれる崇高の神秘がそうさせた。流感、新しい生活様式が彼女の口もとを覆い隠したのは、ヴィーナスから上肢を取り去った古代の芸術家あるいは自然や時間、もしかして神の采配にも等しいのかもしれなかった。 「オーマイガ~~ふーんふふんふふーん……」  彼女は歌っていた。シーズ。五年前のデビュー曲は通りがかり聞いたファンにもそれとわからなかった。彼女のお歌はヘタウマのたぐいだと言って然るべきだが、しかしその名誉のために言っておくならばひとりきり夜中の池尻大橋駅近辺で歌いだすような状態においてはたとえスーザン・ボイルであっても高垣楓であっても同じように歌っただろう。  たん、たたんっ、たたんっ……。  彼女はまさか、スキップをした。靴音は粒状の光だった。波打ち際を高々蹴り上げてほとばしる水しぶきのように、ウッドソールはスティーヴィー・ワンダーの高音じみて華やかに鳴りまくった。  彼女は黄金。  彼女は斑鳩ルカといった。  あるいはカミサマと呼ばれた。カミサマだ、カミサマ……そう言って群衆は次々スマートフォンを構え、その影かたちを蒐集せんとした。しかし誰ひとり、彼女を捕らえることはできない。なぜなら彼女はまぶしい。真に世界に選ばれた者の像はあまりに強く光るので、かれらのカメラロールにはフィルムの焼けつきみたいなぼやっと白いもやが残るばかりだった。だから彼女の姿は記録には残らず、人々はそのうち目にした事実を疑い、おのずから否定することとなった。まさか、ひとりで、こんなところに……。そういうふうだから、彼女はタクシーを間違えて降りた前の家からいまの家までのあいだをのんびり気持ちよく歩いてこれたのだった。  あたらしい家。  マンションの、名前のない郵便受けを開いて、美琴宛てのダイレクトメッセージをたしかめる。駅近くのジム。さいきん通われていませんが様子のほどはいかがでしょうか……。またか、と彼女は思った。入ったはいいが通わなくなりそのうち契約を忘れる。そういうことが、美琴には多々あった。メッセージボードに貼ってもどうせまた忘れるのだから直接話す、解約に出かけたのを忘れてスタジオに流れるのだから付き添う。彼女は算段をつけてエレベーターへ乗る。  一階。  彼女は手紙の宛名を見る。  三階。  彼女は「あけた」と口ずさむ。  六階。 「ななくさ」とささやく。  扉が開く。  彼女は緋田と七草と、ともに暮らす家へ帰りつく。  だから彼女は、嬉しいのだった。  家は静かだった。センサーライトが玄関を照らした。彼女は手を振り明かりを落とした。美琴の靴はない。にちかは帰っている。少し早いけれど、眠っているのかもしれない。彼女は寂しくなった。いっしょに暮らしているのに、こんなわけのない喜びを分かち合えないのは、なんだかすごく寂しいことだと思った。 「みこと~……にちか~……」  彼女は呼ぶ。 「にちか……」  彼女はきちんと手を洗う。 「にちか~~……」  彼女は冷蔵庫を開く。そこにいつも、はちみつづけのレモンが入っている。彼女は並んだタッパーの、三日目のそれをたしかめると、指でつまんで口にする。  心身すべて洗われるように、それはいつも清い。  彼女は三口またたく間にそれを食べ、タッパーを持ったまま部屋をうろつく。カバンはイスに落とした。アクセサリのたぐいを次々ダイニングテーブルにばらまいた。そうしてメモ紙に、『冷蔵庫にゆでたそうめんがあるのでおなかがすいてたら食べてくださいね』という書き置きに気づくと、愛しさで、胸がうんと苦しくなって、「にちか」とささやいた。  部屋は暗い。  彼女はレモンをつまみながら、にちかの寝室を開いた。いまどうしても、愛してると伝えたかったのだ。けれどにちかはいなかった。うすく開いたままのカーテンから孤独な明かりがそそいで、からっぽのベッドを浮かべた。  彼女はそれではっと目覚めて、すべてまぼろしだと思った。七草にちかと、親しくなったことなんてなかったし、そもそも緋田美琴と離れてずっと、ひとりでいた。夢を見ていた。長い、長い、長い幸せな夢を……。  けれど美琴の寝室を開くと、にちかはいる。一見してそうとわからないのは、にちかが毛布のまるいふくらみになっているからだった。  彼女はそうっと近づいて、小さな声でにちかを呼ぶ。こたえはない。だから彼女はにいっと笑って、それから手にしたままだったタッパーをサイドテーブルに置くと、夢の続きをのぞきにいくみたいに毛布をひらいていく。 「にちか~……」仔犬のしっぽのかいがいしさで、彼女は言う。  にちかと目が合う。
 *
 彼女は七草にちかといった。  彼女がかみさまと呼ばれるようになったのは、プロダクションに移籍してきて同じ仕事をすることが多くなったルカの影響が大きい。しかし決してそれだけでなく、彼女の彼女自身のあり方が、たくさんのものごとのうまくいかない少年、少女たちの心にありのまま響いた。  だから彼女は自分が許せない。 (――ふたりのひとを、同時に愛しています……)  最後の相談は、事前の打ち合わせを破っておこなわれた。 (わたしたち、さんにんで仲がよくて……)  ラジオは録音放送だった。 (みんなにも、わかってもらえるかもって、思うんです……)  それを削っても、番組は成立した。 (それでも、こわい……)  彼女は、こたえられなかった。 (こわいんです……)  彼女が黙ったままいるので、番組スタッフがこたえを挟んだ。良識があって、配慮された、ひとりの大人としてまっとうなおこないだった。相談者――十六歳の少女――は感謝を告げ、「待って」と彼女が言ったとき通話は切れていた。彼女は録音を中断して、少女へコールした。番号はもうつながらないと、ガイダンス音声が告げた。彼女は連絡先を教えてほしいと頼んだが、当然それは許されなかった。彼女はどうにか収録を終えて、それから、体だけ家へ帰った。  泣いてはいけないと思った。  けれどひとりは耐えられなかった。  だからルカが、信じられないほど明るい様子で、お酒のにおいを漂わせて入ってきて感じた怒りは、筋ちがいだとわかっていたのだ。 「にちか~……」  ルカは愚かなイヌのまぬけさで呼ぶ。  にちかは目の中の地獄の凍土から、ルカを見る。 「起きてんじゃねーか、も~~なんだよ言えよ~……」  ルカはもぞもぞーっと彼女と毛布とのあいだに体をすべりこませると、ついには後ろから抱きしめる。 「ただいま」ルカは続ける。「美琴のベッドいいよな、私も次このメーカーにしようか迷う、っていうかそうめんありがとな。いやまだ食べてないけど、朝みんなで食べような、そうだ、美琴に駅前のジムから通えってディーエム来てたんだけどあいつほんとそういうとこだよ……帰ってきたら言わないと……あ、眠いよな、悪かったよ、ひとりで……」  酔っぱらったルカはめんどくさく、ほんっとうにうるさい。  お酒や、今年三度目の失敗した禁煙、香水、肌のもつ熱のにおいで毛布は息苦しい。  彼女はとうとう、抗議の声をあげようとする。  けれどルカが、「愛してるよ」と、ほんとうの別れみたいな声音で言うから、彼女はくちびるを噛む。 「あ~ごめんないきなり……そういうんじゃなくて……」  ルカはぜんぜん気づかないふうに続ける。 「じゃなくて、もっ��、違う……いや、違わないけど、大事なのは違って……あー……私といてくれてありがとうなってはなしだにちか~~……」  ルカは冗談めかしながら、消えていくようだった。  体は離れた。声は縮んだ。そうしていることがおそろしいと、耳もとで非難をささやかれたみたいに、振り向けばそこにいるのはまだ少女だったころのルカであるように感じられた。  彼女は、そんなのはいやだと思った。  くべられた焚火みたいに、強く。 「……ルカさん」  彼女は呼んだ。そのとき、初めて名前を呼んだ日みたいに緊張したのは、彼女が激しく突然に、このひとにキスをしたいと思ったからだった。 「とりあえず、おふろ入ってきてくれますか」  けれどお酒のにおいとか、酔っぱらってうるさいルカが、ぜんぶを台無しにするだろうなあと思った。ルカに、レズビアンだと公に、このかなしい世界に向けて声をあげているそのひとに、よくわからないおもいのままそうするのは違うと思った。 「そしたら、帰ってきてください」  ルカはふたたびイヌみたいにくうーっと喉を鳴らして、それなのに飼い犬にするみたいに彼女をわしゃーっとなでる。ベッドを離れると、みだれた毛布をきちんと整えて、寝室を出ていく。出ていったと思うと、少ししたら戻ってきて、はちみつづけのレモンのタッパーを持ってまた出ていく。「なんなんですか」と彼女は毛布の中で言う。  そしたらやっぱり部屋は暗い。  彼女は毛布をばさばさっと広げると、ふたたびまるくなった。そうすると、美琴とルカのにおいが重なって、彼女は両方の肺がいっぺんに満たされるみたいな、広げた両手をどっちもつながれているみたいな気持ちに、なるのだった。  彼女は、ルカが美琴にもっていたような強いおもいを誰かに捧げたことがなかった。プロデューサーや、美琴があるいはそうだったのかもしれない。けれど彼女は、それをおさないあこがれとして終わらせていた。だから、いまの彼女がきちんと愛したといえるのは、父や母、姉だけであるのかもしれなかった。  彼女は電話の子に、もう一度こたえようと思った。連絡をつける。たとえあくどい手はずを使うことになっても、連絡先を手に入れたなら、いまのこのかんじをぜんぶ伝えようと思った。  そうでなければ、この暮らしはきっと、いつか途切れてしまう。  そういうふうに、彼女が決意をたぎらせたころ、ルカが帰ってくる。ルカは今度はひどくしずかで、狼に追い立てられはぐれてしまった子どもの羊みたいに、毛布にもぐってくる。その、体をくっつけたり腕をまわしたりしない様子がいじらしく思えて、彼女はルカの手を引く。べつになにも言わない。けれど彼女はそのほくほくした体が、まだうっすら湿った髪がかわいくて、ルカをしっかりつかまえると、手のひらをとんとんっと指でたたいた。スローバラードの、母親が眠れない子にする速度でそうしていると、ルカは眠る。眠っても、それはしばらく続いて、やがてにちかがうとうとしかけたころ、寝室の扉が開き、美琴が入ってくる。一瞬の、弱い光が美琴をうつす。
 *
 緋田さん。  緋田さん……。  緋田…………。 「……美琴! 呼んでるよ」  彼女は顔を上げる。「ああ」とこたえる。「ごめんね、考えごとしてて」すっかり気の引けてしまったまだ経験の浅いダンサーへ、共演の多い知人が弁護をしてくれる。ごめんねー、美琴入っちゃうとなかなか抜け出してこなくて、いつものことだから気にしなくていいよ。で、この子美琴に聞きたいことがあるみたいでさ。彼女はあからんだダンサーの頬を眺めながら、考えていたことを思考の部屋にそっと置く。「どうしたの」視線を少し広げて、その子の後ろに何人かおなじような表情をした子たちを見る。彼女は神。彼女は迷い子たちの燈明。彼女は考えていたことを思考の部屋の小箱にしまい込んで、いくつも悩みに耳をかたむける。そうやって小箱は忘れられて部屋の隅に積もっている。  日暮れも近くなったころ、彼女はダンススタジオをあとにする。バス停までの、線路沿いの道を歩いていく。次々電車が近くを過ぎるので、あたりはけっこううるさい。彼女は歌詞を入れておきたかったのだけど、ワイヤレスイヤホンの電池が切れてしまっていた。歩きながらスマホを見るのは、にちかにルカに禁止されていた。だからちゃんと前を見て歩いていて、軽トラックから野菜かごを積み下ろすおばあちゃんと出会った。「手伝います」と彼女は言う。何度か断られてやっと、許可を得ると、かごを下ろしはじめる。聞くとどうやら、朝採れて今日のうちに売り切れなかった野菜だということだった。ものの数分で仕事は終わり、去ろうとして彼女はトマトを押しつけられる。売れ残った十何個か、すべて。何度か断ってついにそれを受け取ると、スーパーの大きめビニール袋いっぱいのトマトを抱えることになって、テレビ局の顔見知りを浮かべる。みんなもらってくれるかな、と思う。にちかちゃん。ルカ。喜んでくれるのかな。  打ち合わせを済ませて局を出ると夜中になった。ぎりぎりバスに乗り込んで、彼女は歌詞を入れていて、経路の誤りに気づくのは遅れた。降りてから、家まではふた駅ぶん程度の距離があって、彼女は歩こうと決める。彼女は夜の樹上の黒い豹みたいに美しかったけれど、人々がすれ違うとき顔を見合わせない時代になって久しいので、さほど目立たずいられた。歩いて歩いて、家近くのコンビニで朝りんごを買って出ると、声をかけられる。ナンパです! 女の子は――どう見ても大人でない――声をふるわせて言う。「うん」彼女は聞く。どうやら近くに住んでいて、いつも見かけるうち好きになってしまった、ということだった。「ごめんね」と彼女はこたえる。「私そういう気持ちにならないの」すっかり入った歌詞みたいに、言葉は出てくる。「あなたが子どもだからとか女性だからとかじゃなくて、そういう気持ちがないの。誰ともお付き合いしたこともないし、これからもそういうことはないと思う。だから、ごめんね」すっかり泣いてしまった女の子へ、「ありがとう。幸せになってね」と言う。そうして去ろうとすると、呼び止められて、それをもらっていいですか、と涙声で言われる。手のひらで持っていた、トマトの最後のひとつを渡すと、女の子はありがとうございますと言っていなくなる。トマトはにちかに渡そうと思っていた。今日あったことを話して、明日の朝には食卓に並んでいたらよかったけれど、なくなってしまったからこの話をすることもないかもしれない。 「ただいま」  と玄関をあけると廊下に上半分はだかのルカがいた。酔っている。とりあえず、彼女は目をふさぐ。酔っていてだらしなくなるのは昔から変わらないけれど、共同生活の二度目ではそのくせひどく恥ずかしがった。 「おまえ! おまえノックしろよ! ばかーっ!」  と叫んで脱衣場にルカが逃げ込むと、「ごめんね」と彼女は言う。形式は大事だ。おはようございます。お疲れさまでした。よろしくお願いします……。 「ばかばかばかー……」  扉の呪詛を彼女は横切る。キッチン、冷蔵庫に朝りんごを放り込むと、きびすを返して扉へたずねる。 「ルカ。はちみつレモン食べちゃったの?」  扉はこたえる。 「……美琴の部屋」 「どうして?」 「食べてたから」 「そっか」 「待てまて! にちかが寝てる」 「私の部屋で?」 「そうだよ」 「どうして?」 「いいベッドだからだろ」  そっか。彼女は彼女の部屋へ入り、毛布のまるいふくらみを起こさないようしずかにタッパーを取って出る。リビングまで、ルカの鼻歌が聞こえるのでなんとなく嬉しい心地になって、はちみつづけレモンを食べる手は進んだ。メイクを落として、急ぎでない連絡を済ませきらないうちに、ルカが出てきた。 「早いね」  彼女が言うと、ルカはほてって頬をあかくしてこたえる。 「にちかが待ってるからなーっ」  そう言って、ルカがナイトルーチンを巻きで、ストレッチをエイトカウントくらいで終えたり、スキンケアを舞台袖のメイク直しみたいな速度でこなしたりする様子が、彼女にはほほえましく感じられた。 「にちかちゃん、まるかったな……」 「は?」 「……まるくなってた」 「なに? いいけど早くこいよ」  彼女は「うん」とだけこたえた。はちみつレモンを、それはもともと減っていたのだけれど、ぜんぶ食べてしまったので、シンクにタッパーを落としてゆるゆる洗った。メイクは落としたし、連絡も済ませてしまった。おふろに入って体をほぐして、寝支度をして……。そんなふうに、考えごとをしていたから、ルカがすぐ隣にくるまでわからなかった。 「待ってる」  ルカは水を止めて言う。彼女の手からうばったタッパーを水切り台へ立てかけて、返事を待つ。  そういうとき、ルカは考えていることがぜんぶそのまま顔に出て、彼女はずっと、そういうところが好きだった。 「ふたりが、幸せなら嬉しい」  だからそうこたえた。  ルカは一瞬、凍った大河に身を投げたように体をふるわせ、両方のこぶしを強く握った。それから、ゆっくりと開いた手のひらをおそるおそる彼女へ伸ばそうとして、とどめたのは、彼女たちを永遠に分け隔てる川の深さを、既に知っているからなのかもしれなかった。 「おまえも入れよ」  けれどルカは顔を上げる。その背たけは、体つきのすべてが彼女よりひとまわり小さいので、ルカはいつも見上げるかっこうになる。 「もう、手放さないから」  きっと勇気がいる。そう思うから、彼女はこたえる。 「相談を、受けたの」  ルカを見て、彼女は続ける。 「そのとき私、考えごとをしてて、大事なことだったはずなのに、忘れた。それから、袋いっぱいトマトをもらって、にちかちゃんに、ルカに食べてほしかったのに、……いろんな人にあげて、なくした」  彼女は言う。 「私は欠けている」  そうしてタオルで手を拭いた。  それ以上、なにか求めるでもなかったのに、離れようとする彼女の手をとって、ルカは「待ってるから」とだけ言った。彼女は「うん」とこたえて、その冷たさが一度目の別れによく似ていたな、と思った。それでも彼女が悲しくならなかったのは、ルカの手のひらにそれとわかる真実の親しさが込められていたからなのかもしれなかった。  彼女はシャワーを浴びて、おふろで体をしっかりほぐす。寝支度をして、時間をたしかめると、ルカがそうだったみたいにずいぶん巻きで進んでいたので少し驚く。  彼女には、愛がよくわからない。  彼女は彼女の部屋の、扉を開く。にちかとルカを、とても親しげに眠るふたりを起こしてしまわないよう、すぐに光を閉じる。  そうして部屋はしんと暗い。  彼女はベッドに、ゆっくりと入って、にちかの、ルカのうしろへ体を並べる。 「おやすみ」  彼女はしずかに言う。 「美琴さん……」  にちかが言う。 「いちにちお疲れさまでした。おやすみなさい……」  にちかの声は、いまにも眠ってしまいそうに聞こえる。 「にちかちゃん」  彼女は言う。 「腕を、まわしてもいい」  彼女の、毛布のなかの手をとって、にちかはこたえる。じむーっ……とルカがかわいくうなる。じむ? それがあんまりほほえましくて、眠るまでちょっと時間がかかるかもしれない、と彼女は思う。  目を閉じる。  もしかして、それは誤りであるのかもしれないけれど、ふたりとなら舞台を降りて生きていられるような気がしている。
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 彼女は朝、嘔気や頭痛、残ってしまった夜の記憶に頭をかかえる。  彼女は朝、決意を胸に、輪切りのレモンをタッパーに次々放り込む。  彼女は朝、トマトを忘れているけれど、まるくなった毛布を覚えている。  笑っている。  光がさす。  喜びの国を、築いていく。
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0ku20 · 2 years
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本来の自分とは少し違う、見栄を張った形で文章を書くとどうしてもうさんくさいように思えて一定期間で非公開にしてしまったり、消してしまったりする。
だからと言ってあまりにも自分らしく正直に書けば、根暗でネチネチした人間に見られてしまうかもと、仲のいい人間にはすでに知られていることなのに、いろいろ日和ってなかなか続けられない。
そもそもいろいろなサービスを利用しすぎてInstagramもnoteも別の用途で使用してしまっているので突然違うトーンでブログを書かれたら二重人格みたいで怖いし何より書き手のわたしのモチベーションが下がる。オフラインでたまに書いている自分の日記を読み返す時に、一文が長すぎてびっくりする時があるのだけれど、(これは今も書きながら思っているのだが)速読向きの読みやすい文章は簡潔に無駄なく文章を構成していくはずで、「わたしの文章は中身がない割に長い!」などと自己嫌悪に陥っていくので、これも避けたいと思っている。
昔勤めていた職場の入社面接のフィードバックで、「話がやや冗長」とコメントされたことがややトラウマになっているが、あれは何も準備せずに突発的に話しているから当然だという言い訳も浮かべながら、普段綴る文章がダラダラペラペラしているからなのだと自分を叱咤し改善していかねばという向上心の表れでもある。
他人には斜に構えた姿勢で、影響を受けやすい性質をバカにしながら生きているものの、わたしは完全に自分を棚に上げていて、自分の好きな世界観には素直に従って生きていく。つまりこれは人のブログを読んだのでわたしも書こうと思い立ったというだけの話である。
内容はあくまでも日常の記録に留めたいが、あまりにも軌道がずれたり恥ずかしくなったらすぐ止める。あと何処か移動先があったら移管したい。だってはてなブログはすでにわたしのポエムで塗れているから。恥ずかしいけどもう何年も恥をインターネット公開しているのだから今から消せない。昔やってた日常ブログであるAmebaにはいよいよログインできなくなってしまったし、これくらいの温度感の媒体が1番いいだろう。
2/6 (日)
最近彼氏がボードゲームにハマったようで、チャウチャウというイヌみたいなボードゲームを買ってきていたので帰宅後ご飯を食べてお風呂を上がった後にプレイした。
彼氏が部屋を片付けてくれており、いつも薄暗かったダイニングにあたる部屋の照明が壊れたので新しい物を取り付けたらかなり幸せな家庭チックな雰囲気になった。
最近わたしは土日もシフトで働いているが彼氏は土日休みなので仕事の日も夜になればこうやってはしゃいで遊べるのがすごくいい。夜ご飯は新しい親子のカタチ丼a.k.a.他人丼(豚と卵)と温野菜。温野菜という名前で合ってるかわからないけど蒸し器で適当ににんじんキャベツじゃがいもを蒸してマヨネーズポン酢ニンニク入りをつけて食べた。
マヨネーズポン酢があまりにも美味しい上、蒸した野菜はおそらく本来の甘味が出過ぎで美味しい。手抜きなのにすごいよ、野菜は。食後にチャウチャウをやった後、ボディーソープが切れているのを買いに駅前のドンキへ。
ボードゲーム売り場を一緒に見て、かねてよりわたしがプレイしたいと言っていた「ごーしちごーしちしち」を買った。音はわかるが正式表記がわからなかったので適当に書くが要は短歌で遊ぶやつだ。それから「狩唄」も買った。JPOPにはありがちな言葉をふんだんに使うというのを逆手に取った愉快なカルタで、これがすごかった。
帰宅後お風呂に入りながらBluetoothスピーカーでわたしのfavorite mixを聴いた。aikoのシャワーとコンセントが入っていてこのアルバムはいい曲多いし耳に残るんだけどどうしても昔の曲が聴きたくなっちゃうんだよなあとか思った。ひとしきり聴いた後、ボードゲーム再開。先にお風呂から上がっていた彼氏がハイボールを作ってくれていた(クリスマスに炭酸作る機械を買ってくれたので、それで作った)。初めは短歌���方からやったけど、彼氏と感性バトルをするのはなかなか恥ずかしい。なかなかいい句が作れた。ルールは省略する。これは女の子たちともやりたい。普段ポエムを口走らないような子たちがどんな感性しているのかも見たいし、単純に偶然性に任せて生まれる短歌って好きなやつなので。お酒も徐々に進んだあたりで始めた狩歌がとにかく楽しかった。「君」「空」「きっと」みたいなのが札になっていて、曲を流しながらその歌詞が出てきたら取るみたいなルールだ。JPOPを信じきったというか、一旦どういう姿勢で生まれたのか背景がちょっと気になるゲームではある。最初aikoを流したらわたしが圧勝ムーブになったので、最近の流行りの音楽でやることにした。なんとなく聴いたことはあるけどそこまでし詳しくないやつを聴きことで、ゲーム性が増したし、ポピュラーなだけあって札の単語の出現率もなかなか良かった。あとvaundyっていろんな曲作ってんだね、すごい。
終盤はとにかくわたしが酔って眠かった気がするけど、彼氏もわたしも最終的には椅子に座ることなく踊っていた。
2人でコレなんだから人数集まったらやばいんじゃないかと思ったよ。人生初の騒音クレームがこれなら仕方ないと思うけど、みんなほどほどにね、うん。
寝るあたりはスッと大人しくなったと思うけど次の日朝本当に起き上がりたくなかったよ。
2/7(月)
仕事中はいろいろ考え事してるのにメモ取れないから忘れちゃうよね。特記事項なし。コミックスDAYSで読んでる東京サラダボウルが面白い。
夜は温野菜とトロたく。本当は節分でトロたく食べたかったのにトロが売ってなかったからサーモン巻食べたんだよね、それのリベンジ。
あと10分と言ってヨギボーで寝たら3時だった。今日も狩歌やるって言ったのにごめんねという気持ち。
2/8(火)
わたしは仕事休み。朝からコーヒーを飲み、サマリーポケットに預けていた大量の書籍を片付ける任務が生まれる。BGM代わりにしていた王様ランキングを1クール分くらい見た。←イマココ!
とかいうインターネットスラングを素直に使ってたあの頃が懐かしいしあと少ししたら流石にご飯作ろうかな。はー。
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mottobeer · 5 years
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今日はしゅうのワクチン接種と、くりりの耳のお掃除に、はる先生のところへ。 ・ ドキドキしながらしゅうを見下ろすくりりと、一人でお留守番のとのこでした…🐶 ・ #いぬ #犬 #イヌ #いぬすたぐらむ #いぬのきもち #いぬら部 #いぬばか部 #チワワ #ちわわ #ちわわんず #ねこ #猫 #ネコ #ねこすたぐらむ #ねこのきもち #ねこばか #ねこら部 #ワクチン #耳掃除 https://www.instagram.com/p/Bz0EVWKAZa-/?igshid=ikwl4r79evn4
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