Tumgik
#あとがき
hummingintherain · 1 year
Text
どこかの汽水域 あとがき
Tumblr media
 この文章は、自作短編小説集『どこかの汽水域』が刊行から二年が経過したことをふまえて書きました、あとがき、とも、解説、ともいえる蛇足的文章です。
『どこかの汽水域』他、創作小説などの本は自家通販で常時販売しております。よろしければこちらからどうぞ。
『墨夏』
『どこかの汽水域』を書くよりも五年くらい前に、川に辿り着いて昴に会うまでの描写をずっとメモアプリに残したままにしていて、その先は点々と風景は浮かぶものの霞に隠れたまま。小説の本を作ると決めて先に『いつか声は波を渡る』が出来上がってから、他に何作かあわせたいと考えた時に、かつて残したままにした冒頭が甦り、徐々に続きを繋げていきました。現在もひそかに続けられている日記『朝の記録』の中で書いていて、日記と並行した小説を書くというのは別でやったけれども、日記の文中で小説を書いていく(実質連載)行為はたぶん今後もうやらないだろうなあと思います。そんなわけで実際に書いた時間以上に途中のまま漬けた時間が長かったので、完結まで至った時は独特の感慨深さと疲労感がありました。
 途中、ひなこが、昴に憧れて自分の名前を星につけたいと考える文がありますが、ひなこは、漢字表記だと日向子という設定があります。字のごとく、太陽を重ねています。彼女自身は、誰もをまばゆく照らす、典型的な太陽らしい人間像ではないのですが、昴をはじめとして夜にちりばめられる星たちとはすれちがう存在としてのイメージをもたせています。
 川辺で出会う青年とどんな交流をしていくかを考えていった時に思い出されたのが、小学校の時、夏休みの終盤に話題になった火星の大接近でした。さすがに火星で被らせるとなんだか記憶に近すぎたので金星に変えましたが、明けの明星である金星は、最後、太陽が昇って見えなくなっていくけれども消えるわけではない星たち、そしてひなこと昴の関係性を表現するには、想像の広がるモチーフだった、と思います。
 ひなこと昴の重なる場として川が舞台となっており、彼らはそこで出会い、交流を深めています。川は、彼岸と湖岸の間を流れます。川岸に手向けられ、何度がふれられている小菊は、川に流されていった人たちへの供花でもあります。川に近づいてはいけないとお父さんの言葉がひなこの心では繰り返されていて、そうした事故が起こってきた過去を浮かばせています。お盆という時期もあって、物語の随所でお盆にまつわる描写がちりばめられています。
 ひなこと昴の会話に対して家族との会話場面は地の文の中に埋め込まれながら、最後のお父さんからの「帰ろう、ひなこ」だけが鉤括弧で書いているのは、そのままおばあちゃんの家への帰宅を促す言葉であるし、彼岸より戻ってくる暗喩をこめています。
 あとこの『墨夏』のすんごいのは、真島こころさんという即興ピアノ音楽をされている方が、冒頭のシーンをイメージして曲を弾いてくださったことです。いやすごい、とんでもないことです。どうぞ聴いてください。ツイートはこちらから。
『魚たちの呼吸』
 耳の後ろには髪の毛が生えていない、と小中学生の時に漫画雑誌で知って、実際にさわってみると確かにそこには髪の毛がなくまっさらな肌があるだけ。驚きました。実際に自分の瞳でその密かな場所を見ることはない、この場所には一体なんの意味があるのか、いや、髪の毛が生えていてほしいわけではないのだけれど。もしかして、人間の尻尾の名残である尾てい骨のように、ここには何かあるべきものがかつて存在していて、今は閉じてしまったすべらかな跡なのかもしれません。
 書いていてずっと不思議な浮遊感を抱いていた小説でした。
 この小説は、他の二作を書いてから、短編集を作るにあたって最低限もう一作あると収まりがいいと、締め切りに追い立てられるようにして書き始めました。書きだす前は、前後二作が偶然夜明けで終わったので、それに合わせて夜明けで揃えるとか、逆に日没で終わらせるとか、時間的な統一感をもたせることを想定していたのですが、書きおわれば夜明けとは言いづらい薄くちぎれていくようなものになり、本としてどうまとめたものだろうと三作並べて考えていくと、そういえば水がこれらの作品に共通していると後追いで気付き、そこからは、水に由来するような自由自在にゆれるあわいの質感を大事にして全体を整えていき、のちに書く「汽水域」に繋がりました。
 他作に比べるとちょっと空気感が違うので悪い意味で浮いてしまわないか心配だったのですが、川を舞台の中心に据えた『墨夏』と、東北の海を主題としている『いつか声は波を渡る』のあわい、橋渡しのような作品になったように思っています。河野という苗字。エラをもつ人間。水中を泳ぐ魚のモチーフ。そして最後、海へと向かっていく。
 気に入っている文章は、62ページの、頑固として守ってきた河野の耳の裏に、一青の指が寄せられていく場面です。“髪の毛で出来た珊瑚や藻の森を抜けて魚がなめらかに泳いでくる。”という部分が好きです。それから、象徴的ではありますが、一青の、“だからちょっと息がしづらいんだ”も。
『いつか声は波を渡る』
『どこかの汽水域』の三作品の中では、一番初めに完成した小説です。書き始めた当時、インターネットで拾ったお題をもとに三題噺での即興小説をほとんど毎日noteに更新していて、そのお題のうちの一つ『不治の感情』と名づけられた「冷たい、昨日見た悪夢、殺したい」の言葉をもとにして浮かんだのが、冷え込んだ濁流の描写、『いつか声は波を渡る』でした。元々は二次創作での活動が主体ながら、いつか東日本大震災についての話を書こうという思いが燻り続けながら、きっかけをいただいたように思いました。書いていくうちに、これは一日だとかごく短期間で公開までもっていくような容易な物語にはしたくないなと気付き、一連の即興小説とは別で、中期的に丁寧に書いていくことにしました。出来上がってもしばらくは『不治の感情』というタイトルで、流石にお題の題を拝借し続けるのは気が引けたので、他作品『墨夏』『魚たちの呼吸』と並べた印象などもふまえて考えていった結果、『いつか声は波を渡る』に決定されました。ただ『不治の感情』という言葉自体は地の文中に残したままにしています。
 3.11に関してはいつか小説なりなんなりの形にしたかった、それは自分にとってのエゴであったのは否めないと思っています。当事者とそうでない人の間には溝があって、それを越えることは難しいし、だからこそ経験していない自分が一体何を語れるのだろうとずっと思っていたし、今も思っています。だから今でもためらいがあります。それでも忘れたくはないし忘れることはない。また、書籍等を読むうちに、現地でもさまざまな考えの方がおられて、つらい震災の記憶を掘り起こさずに、復興していく・更新していく現状に注目してほしい、という方も多くおられることを知りました。ならば、当時は遠くにいてテレビで呆然と見ているしかなかった外側の自分にも、記憶を穿つように物語ることを許されるのではないかと思いました。作品は震災の日から六年後、実際に足を運んだ時に自分が抱いた印象が地盤となっています。現状にそぐわない部分もあるのだけれど、願うならば、許されたい。
 喪失を受けとめる・向き合っていく過程は人によってまったく異なっていて、どんなかたちが正しいとも間違っているともいえないとは思うものの、長い年月、親友であるあーちゃんが突如として死んでしまった状況から立ち直れずにいる春香が、物語の中ではどんな結末を迎えるのか、手探りのままで書き進んでいった記憶がありますし、実際のところ終盤は決め切らなくてなかなか筆が進みませんでした。あーちゃんの生きていた証を探してもいた春香を突き動かすとすれば、あーちゃんそのものに値するなにか。
 たとえば骨はどうだろうか、死んだ生き物を燃やして残った骨、あるいは灰、そうした肉体のかけらを密かにもって生活する・旅をする、といったアイデアは、生々しいけれども普遍的なものでもあって、どこかぴんとこない。そんな中でふと、まったく違う本を読んでいる時に、自然と抜ける乳歯に関する場面に出会った時に、歯だ、と繋がりました。あーちゃんとの思い出には笑顔がたくさん溢れていて、だから春香はあーちゃんの笑った顔の歯をよく見ていたはずで、あーちゃんの特徴として八重歯をちらつかせ、最後に春香が堤防で発見したかけらを「あーちゃんの歯だ」と断言する場面が浮かびました。
 あーちゃんの歯だと信じる春香ですが、実際のところは歯を彷彿させる乳白色の小石や貝殻のかけら、かもしれません。夏希にとっては後者でした。もともと春香の危うさを察知していた経緯もあり、春香が妄想を吐いているとしか思えない夏希は、友人の体の一部と信じ込む姿に恐怖を覚えて引き戻そうとします。かけらが現実的にはなんなのか、というのは一つしか答えがなくても、どちらの言い分も本当、と思います。
 最後の一文は、あーちゃんの歯を常に懐にしまっている、という状態を書きたくて当初は財布の中にしまっている、といった描写にしていたのですが、締めの文としてはあまりにも現実的だったので抽象化させました。
 余談ですが、今、書きながら、でも、ここ数年のコロナ禍ではマスク着用が当たり前になって、会話して笑っている、「歯を見せる」といった状況は、マスクのない世界の常識なんだなあ、と今更ながら気付きました。
 ここからは、刊行から二年が経過しての思いなど。
 この小説が震災を扱ううえで適切な表現を突き通せたのかは、少々危ういと感じています。
 フィクションという形態に甘えて安易に扱いたくないのは当然と思っていても、終盤の夏希との掛け合いや、あえて愛という言葉に収束させたこと、そして出産というかたちで、時の流れを意識した春夏秋冬の一角を二人の赤ん坊に担わせていく構成は、作り手の偏った決定権が行使されてそこに登場人物が操られていってはいないか、それはある種の偏見や思い込みをもたせてはいないか、そんなことを、ずっと考え続けています。ある程度の「わかりやすくきれいな終わり方」で装飾を施そうとしたのではないか。逃げてはいなかったか。さらっと書いたわけでもなくて、この海岸へ至ってからの終盤は模索が終わらなくて、書き直しの傷跡が無数に重なっています。それでも。震災という、傷の癒えていない現実的事象を中心に据えている以上、そしてそこで喪われた人について語る以上、簡単に逃げないと決めて書いていたものの、本当に過不足なく遂行できていたのか。でも、小説で書かれていることがすべてであることもまた確かで、読み返してみると、数多の分岐がありえた中で、この物語にはこの表現、この展開しかなかったようにも思います。けれど、それでも迷い続けている状態は忘れないようにしていたい、というよりおそらく忘れられずに続いていく。だから震災をめぐっての応答は終わってはいません。
 そんなネガティブ気味に書くと、まるでこの物語を否定しているように受け止められるかもしれないのですが、決してそんなつもりではなくて、物語で春香があーちゃんを愛していたのは確かであり、その喪失と向き合う行程も、そして夏希が春香を繋ぎとめながらあーちゃんを探して海のすぐそばまで歩いていった暗い夜明けも、彼らが物語で必死に生きていた証は、何にも代えられません。いつか声は波を渡る、死んだあーちゃんの声は波となり、六年の時を経て春香の耳に届いて、筆舌しがたい情は、確かに春香の中に溢れました。必死ゆえに書いていくには迷いの渦巻く難しい物語を書き切って、世に出して良かったと思えるのは、この物語に呼応してくださった読み手の言葉に支えられているからでもあります。
Tumblr media
『どこかの汽水域』
 どこかの汽水域というタイトルの、「汽水域」は、三作品の初稿が揃ってさあタイトルどうしようという段階に、本を読んでいる際に目についた言葉です。辞書を引けば「海水と淡水とが混じり合っている塩分濃度の低い水」とある。また「汽」は湯気や水蒸気といった意味の漢字であり、そのどこか霧のようなニュアンスが今回の三作品になにか通ずるものがあるのではないかと思っています。どの作品もどこかに水が関連する場面があるということもありますし、彼岸と此岸、人と人、空と地、生と死など、どこまでいっても本当の意味では平行線のまま決して混じり合わないものが、けれどどこか混ざる瞬間があるような気がしていて、そうした瞬間が三作品には宿っているのではないかというタイトルを、私は気に入っています。
 どの作品も、人によってさまざまな受け取り方があります。ここに書いたことは蛇足です。人それぞれの彩りがあってくれたら嬉しいです。
 ここまで読んでくださりありがとうございました。
1 note · View note
tetraminion · 2 years
Text
冠は余らない
もう1か月以上もたちましたが、完結しました。昨年10月の公開から11か月で書き上げたと思えば、私にしては悪くないペースです。そして約4年ぶりの完結です。オチありきで書き始めたことが功を奏したと言えるでしょう。
オチは最初から決まっていました。ふと「Anotherなら死んでた」と花宮真が結びついてしまったので。ギミックの詳細についてはぜひ『Another』を、花宮真と誠凛高校の本来の関係についてはぜひ『黒子のバスケ』を。そんなこんなで舞台も序章も題名も決まったので。
今吉翔一もそんなこんなで芋づる式に登場しました。霧崎第一高校もある種の責任の下に登場させました。花宮真は本来は霧崎第一の選手でした。
心残りはありませんが、プロットより3話ほど少なくなりました。機会があれば番外編を出すかもしれません。
読んでくださったみなさん、リアクションをくださったみなさん、どうもありがとうございました。
再度になりますが、夜見山北中学については『Another』を、高校バスケについては『黒子のバスケ』を、ぜひ読んでみてください。どちらもTVアニメ版と劇場版が制作されています。『Another』は小説原作ですが、コミカライズされています。『黒子のバスケ』は漫画原作ですが、スピンオフ小説が出ています。
ちなみに私は『Another』原作者の綾辻行人先生の作品の中では『殺人鬼』と『時計館の殺人』と『黒猫館の殺人』が特に好きです。『黒子のバスケ』の登場人物の中では、花宮真と黒子テツヤが特に好きです。
0 notes
neko-no-oto · 26 days
Text
Tumblr media
ねむいんよ。
Good yawn.
668 notes · View notes
kyotomoyou · 1 year
Photo
Tumblr media
【滋賀県】西明寺 . 石段シリーズ . (2021/12/02撮影) . #西明寺 #西明寺紅葉 #湖東三山西明寺 #石段 #風情ある #滋賀県紅葉 #しがトコ #しがとこ #滋賀県 #滋賀県 #旅行 #日本旅行 #国内旅行 #旅行好き #日本の旅 #一人旅 #ひとり旅 #japantravel #japantrip #japanphoto #japanphotography #visitjapanjp  #retrip_nippon #bestphoto_Japan #discoverjapan #otonatabi_japan #colors_of_day #special_shots #japantravelphoto #bestjapanpics  (西明寺) https://www.instagram.com/p/Cln2kB_vhLk/?igshid=NGJjMDIxMWI=
5K notes · View notes
yutapet · 6 months
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
778 notes · View notes
xinu1941-1966 · 1 year
Photo
Tumblr media Tumblr media
あずまんが大王 あずまきよひこ kiyohiko AZUMA
#電撃大王#dengeki-daiou#あずまきよひこ#Kiyohiko Azuma#yotsubato!#よつばと!#あずまんが大王#azumanga daiou
2K notes · View notes
1-125sec-f8-10feet · 6 months
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
カレー南蛮蕎麦🍤😋
226 notes · View notes
yoooko-o · 15 days
Text
14/04/2024
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
お約束のあこ食堂🍴
デザートはお茶のパウンドケーキとバナナのパウンドケーキ、豆乳プリンには紅茶のシロップがかかっています😋
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
左はメルシー 右はティラミス・リュクス
前日の朝に電話して取り置きしてもらいました📞
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
特にティラミス・リュクスは母の好みだったらしく、2人で半分にシェアして食べるという、いつものstyleに納得しなかったご様子笑
あと数個、買って帰る❗としばらく騒いでいました汗
Tumblr media Tumblr media Tumblr media
入店したときには完売していたティラミス・リュクスですが、私たちが食べている間に追加投入したことをパートさんから教えられました笑
持って帰るときに型崩れするからまた今度となだめて、次回の予約(来週ですが)を入れてから帰りました。
因みにケースはガラスのコップで、縁はチョコレートを垂らして固めた上に本体を詰めたそうです。それを知らずに食べていたので、母から更なるひんしゅくを買いましたとさ💧
62 notes · View notes
0408zero · 2 months
Text
Tumblr media
57 notes · View notes
my-b-side-life-aii · 1 year
Photo
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
東海道新幹線 新横浜 小田原 N700系 藤 藤棚 みはらし広場 綾瀬市
富士フィルム X-Pro3 XF23mmF1.4R
203 notes · View notes
mokospade · 10 months
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media
紫陽花
171 notes · View notes
lachatalovematcha · 8 months
Text
78 notes · View notes
neko-no-oto · 2 months
Text
Tumblr media
とぅ!
Jump.
207 notes · View notes
hs999 · 11 months
Text
まるでジュエリー
Tumblr media
最近始めた多肉植物の水耕栽培。
順調に根が出てきている。
この色合い、宝石みたいだ。
camera : SONY α7
lens : MINOLTA MD ROKKOR 50mm F1.7
121 notes · View notes
asaka-lucy-dr-rc · 1 month
Note
狛枝凪人はいちごポッキーが好きだと思う
うーん、そう……かな……?
Tumblr media
そう……かも。
28 notes · View notes
yoshichans-world · 10 months
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
ぶらっと紫陽花を見に奈良へ♪
ハートの紫陽花が沢山ありました。中にはクマに見えるものも。和尚さん、まさか手を加えてないでしょうね?って言いたくなるくらい。笑
自然と花に癒されたハートフルな一日となりました。
80 notes · View notes