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#腰軽旦那
baku418 · 1 year
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働くバイク #カブに乗ると腰が軽い #腰軽旦那 #朝マック #デリバリー #フィレオフィッシュ #ソーセージマヒィン #スーパーカブ #ja10 #スーパーカブ110 #リッター50km #iphone12mini #サンタクホース降臨🏇  (マクドナルド 太子店) https://www.instagram.com/p/Cmu5gHHy_7r/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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目まぐるしい昨日を終えても私は忙しい。
今日はオカルト研究同好会の集まりがあった。
ここでの詳細はいずれ記す事になるであろう。
その為、大幅に割愛させていただく。
ビートスで行われていたオカ研同の集まりを終え愛車で帰宅した。
玄関を開けキッチンに向かうと狼狽えた様子のテレスが居た。
強情な振りを決して辞めないあのテレスがここまで参った表情を浮かべているのもそうそう珍しい。
「どうしたのなにかあった?」
あまり深入りすればテレスの事だから面倒臭そうであるが、こればかりは無視できない。
「ラヴィの野郎から執拗に次回のアポイントを組もうとしてくるんだ。もう二度とあの人誑しなんざに割く時間なんてねえのに一歩返事を間違えれば底無し沼のように連絡が届きそうで嫌なんだ。なんか良い突き放し方の一つや二つあるか?」
「そうね。今のテレスが何をしてもラヴィさんは喜んでしまうと思うけどなあ。逆効果って奴かな。遠ざけようとすればする程、返って近づけかねないわよ。」
「じゃあ尚更身動きが取れないじゃない。無視択一黙り込みを決め込めば現状より悪化しない訳ではないだろう?」
「んー。そうだなあ。匙を投げてしまうようで申し訳ないんだけれど成るように成るんじゃあないと思ってしまっちゃうわ。」
「そりゃねえぜ。もう少し親身にもなってくれよ。」
「親身は荷が重いから姉妹身にならせてよ。んーそうね。幾ら思案したとて結局望まない展開に頭を抱えそうな気がしてならないけどね。どれだけ駆引をしたって悩みは尽きないのだから。一度は思うが儘に返信をしてみたら?」
「とは言っても中々に難しいぞ。経験が無い事を平然とやってのけるなんて。」
「じゃあ貸してみてよ。」
「ちょ、待てよ。」
往年の名台詞が飛び出たが易々と携帯を取り上げてやり取りを開き中身を見る。
都合の良い日取りを尋ねられていた所で会話は終了していた。
わたしはテレスにバイトが無い日を訊き適当に返事を返す。
「おい、勝手な事してんじゃあねえぞ。」
と漸くテレスの声が聞こえて来て携帯を取り上げられてしまった。
テレスは暫しトーク画面を見たまま固まっていた。
禁忌を犯してしまったアダムとイヴを彷彿とさせる程に絶望している。
「お前…これ…もう既読付いてやがる。」
「良いじゃあない。話が進展するわ。何々?見せてご覧なさいよ。」
今度は素直に携帯を渡したテレスの素直さには褒め称えたい。
煌々と光を放つ液晶にはこう記してある。
“せやなァじゃあ3日後の夜とかどうやァ?有無を言わさずに決まりやなァ。”
「良かったじゃあないかしら。面倒なやり取りを省略出来て。」
「面倒なやり取りを省略した所為で面倒な面会が決まったじゃあないか。なんて事してくれるんだ。」
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ただただ流るる出来事を目の当たりにしていたが最悪で災厄で最厄である。
あたしに携帯を返す前に“よろしくね。”とだけ返事を返答して返してきた。
「良かったわね。キッカケが出来て。いいなあ。わたしもそんな突飛な出会いが欲しいものだわあ。」
「そこまでのロマンチズムも感じないしドラマチックなんかでも無い。ただ現実的に男女が出会う過程じゃあない。誇大表現にて劇的にするのはやめてくれるか?」
「それほど憤慨する程の事でも無いかと思うけどなあ。せっかく仲人になってあげたというのに感謝の言葉の一つも無いなんて今度の初デートが思いやられちゃうな。」
「まさかだと思うが恋愛に発展するとでも勘違いしてないだろうな?世迷言も大概にしてほしいわ。」
「緊張からかまともな判断ができていない様に思えるわ。早く寝て頭冷やした方が良いんじゃなあい?」
「はあ。これでは会話にならねえな。あんたの方が粗熱を放出、出来てねえだろ。笑わせるなよ。」
「まあ、随分と怒り心頭な事ね。淑女は落ち着きが大事よ。」
「黙ってろ。」
そう勢い任せに言い捨て自室へと戻った。
怒りを通り越して自暴自棄になってしまっている自分への自己嫌悪でメンタリティと言えば最悪である。
徐にヘッドフォンを取り出してプレイリストを再生し始める。
外界との遮断が一旦の解決方法である。
現実は何ら変わりがないがこの夜を凌げればそれで良い。
歪みの効いたギターサウンドが脳味噌を劈く。
気が付けば朝を迎えていた。
今度はアラームの音が耳を劈く。
気絶に似た寝落ちであろう。
耳元からはヘッドフォンは無くなっていた。
僅かに聞こえる音漏れを頼りに何処にあるのかを探し当てる。
寝相が余り良く無いのもあってかヘッドフォンは枕元から遠く離れた所に位置していた。
手繰り寄せてまた装着する。
プレイリストはこの夜で何巡目なのかは判らないが昨晩の最後の記憶に流れていた音楽と同じ曲が今も流れていた。
今日こそは学校に行かないといけない日だ。
最近はサボり気味であったから今日こそはと思い身支度を始める。
アリスはまだ睡眠に没頭しているのを確認しキッチンを片付ける。
一通り片付けも終えて久しぶりにバイクの鍵を手に取り家を出た。
昨日の鬱憤を晴らすかの様に大きくエンジンを唸らせる。
昨日迄の曇天がフリになっている程、今日の空模様は快晴であった。
大学���到着し何ら特筆すべき事項も起こらないまま授業を終える。
こうして誰とも話さずに帰ろうかと思ったのも束の間肩を強めに叩かれた。
ヘッドフォンを着用しているから音が聞こえないのだ。
こればかりは悪気も無いし致し方ない。
振り返ってみると見た事のない男性が立っていた。
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鈍な身体を起こすのに時間を要したのは言うまでもない。
寝起きの悪さなら一級品だと自負しているが悪気のに迷惑を掛けてしまうからより腹が立つ。
起きるとテレスの姿は無かったが特段不自由な事も無いので芸人ラジオを爆音で流しながら溜まっている家事なりを済ませた。
やる事も無いと居ても立っても居られない性分なのではあるが、いざこうしてゆっくりしているのも悪くは無い。
珈琲でも淹れて、ずっと気になっていた名作映画でも見ようとするか。
プロジェクターを起動してサブスクを接続する。
我ながら極上の余暇を過ごせている事実に思わず頬が綻んでしまう。
至極の映画体験を終えて携帯端末を確認すると40分程前にバイト先の社員に当たるリンカさんからメッセージが届いていた。
「アリス。お休みの所申し訳ない。急遽シフトに穴が開いてしまったから来れるタイミング〜ラストまで穴埋め頼めないかな。」
文面に滲み出る様にリンカさんは物腰の柔らかな中年女性である。
「もー仕方ないですね。すぐに向かいます‼賃金割増でお願いします‼︎」
とだけ返事をし、すぐさま身支度に取り掛かる。
折角のヴァカンスだったのにと思わず文句も出て来る。
でも溜まっていた家事と映画を一本丸まる見れただけ収穫のある元休日を過ごせたのではないかと感じるようにした。
程々にメイクを施し車の鍵を持って地下駐車場まで移動しエンジンを始動させる。
軽快にアクセルを踏み込みバイト先へと向かう。
そういえばバイト先についての説明をしなければならない。
今ではめっきり見なくなった国内最後のアメリカンダイナーチェ���ン店である日の丸ダイナーで働いている。
日の丸ダイナーは前出したリンカさんの旦那であるエイブラさんの父に当たるジェームさんの更に父であるランクリさんが日本で本格ダイナーの普及を目的に設立した店舗である。
なぜこの職種かと問われれば理由は古いアメリカン映画の中に出てくる世界の追体験が出来るからなのと可愛いカーホップな衣装に惹かれてこのバイト先に応募したまでだ。
あと何よりこの店を推したいのは怪我の暴発の根源であったローラーシューズを撤廃しているのが働き手としては感謝しきれない。
そんな我が店内には現役で稼働するジュークボックスやギラギラネオン。
カウンター席もあるし赤革のソファーのテーブル席だってある。
もし当店にいらして頂けるのであれば私からお薦め出来るメニューはやはり無難なチョイスにはなりますがダブルビーフバーガーと細いポテトのセットにドリンクをシェイクにして頂きたい所だ。
塩味と甘味のバランスと言ったらもう最高ですから。
おっと、話が大きく逸れ過ぎましたね
口語と文語を交互に披露してしまうと読者様に疲労を与えかねないですもの。
謝罪をここで申し上げさせてください。
すみません。
だなんてこんな寄り道をしていたら、あっという間に店先に到着した。
回転数が上がりグルルと唸るエンジンを落ち着かせる様に丁寧に駐車し裏口から入り制服へと着替える。
更衣室でテレスに
「申し訳ないけど急遽バイトラストまでになったから晩御飯は各自で宜しく‼︎」
と連絡しておいた。
厨房は挨拶しデシャップへと向かう。
「ほんと、無理言ってごめんなさいね。助かるわ。」
リンカさんから感謝の意を受け取った。
平日夕方だというのに店内はそれなりに盛況している。
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「え?なんか用でも?人違いなんじゃあ?」
ただでさえ嫌いな学生の責務を全うした後だというのに気分を逆撫でする行為を行った男性に対して増して無愛想に応対した。
「ほらやっぱりテレスじゃん。覚えてない?小中の同級生のギタンだよ。わかる?」
「え?あー確か神馬公園の近くに住んでたりしたっけ?」
「意外と覚えてくれてんじゃん。やるな。何か他にも覚えている事あったりする?」
“やるな”の上から目線には腹が立った。
「小中野球部だったとか?」
「意外とテレスって他人の事、覚えてたんだな。アリスとまるで違うから淡白な奴だと勝手に思ってたわ。」
ヘラヘラ笑いながらギタンはそう言ってのけた。
久しぶりに会う奴等は何奴も此奴も雁首揃えてアリスアリスアリスとばかり言う。
はっきりと言ってもう仲介役には疲れたものだ。
どれだけ他人からの愛を受け取るつもりなんだよ。
「そうだな。じゃあ帰るわ。」
イライラが募りすぎかけたので多少の語気は荒かったかもしれないが今後を過ごす相手でもないのでそこは気にならなかった。
別れの言葉をと思い発した言葉だったが思いもしない返事が返ってきた。
「ちょいちょい待って待って折角やし一緒に帰ろうや。沢山の積もる話もあるやろうしさ。」
「申し訳ないけど一般的な大学生みたいに駅通学してないから。」
「え?何で通ってんの?執事が送迎してくれているとか?」
「いや、普通にバイクだけど。」
「すげー女なのにバイク乗りなんだ。俺、後ろに乗っけてよ。」
「あーもうなんか全部気になってくるな。鮮やかなまでの女性蔑視にバイク乗りよりかはバイカーかライダーが表現的に適しているしお前みたいな奴なんか乗せる訳も乗れる訳ねえだろ。」
「コテンパンじゃん俺。どうやったら乗せてくれる?」
「そうやって自分で考えて行動しないからなんじゃあない?あたしにとっちゃあ知ったこっちゃねえけど。」
「えーもう少し協力的になってくれてもいいじゃん。」
「それはあたしの勝手でしょう?本当に帰るからな。」
じゃあなとギタンに背を向けて駐車場へと向かっている時アリスから連絡が来ていた事に気付く。
“申し訳ないけど急遽バイトラストまでになったから晩御飯は各自で宜しく‼︎”
と来ていたので「じゃあ今日はダイナーで済まそうぜー」と返しておいた。
なんで出会う男共は揃いも揃ってヘラヘラした情けない奴等ばかりなのかと鬱屈な感情を募らせながらもバイクのエンジンを捻り街を爆走して発散する。
帰りは一緒に帰る為バイクを置いてから電車で日の丸ダイナーまで向かわなければならない。
少し回り道をして帰宅し洗濯機を回してからダイナーへと向かう。
カランコロンとドアを開け店内を見回すと中平日だというのにそれなりに人で埋まっていた。
シェイクとポテトフライを注文しアリスの上がりの時間までは大学で出された課題に取り組む事にする。
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bearbench-tokaido · 2 months
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四篇 下 その二
笑いながら歩いている二人は、あづき坂を過ぎ岡の江のゆうせん寺をこえて大平川に着いた。
岸に生う 芹のあおみに 小嶋まで 水にひたれる 大平の川
それより、大平村を通り過ぎ岡崎に着いた。 ここは東海道でも特に有名な一勝地で、まことに賑やかである。 道の両側に並んでいる茶屋はいずれも、小奇麗にみえる。 「お休みなさりまし。お召し上がりまし。 よい、大吟醸もございます。お入りなさいまし。」 などと、声をかけてくる。
「なんだか、腹が少し減ったな。」 弥次郎兵衛が言うと、北八も、 「そうだな。ここで、休んでいこうか。」 と、ある茶屋へ入ることにした。
「いらっしゃいませ。」 と、早速飛び出してきた女中に、弥次郎兵衛が、 「あねさん、腹が減ってるんだ。なんか、旨いものはないか。」 「はいはい。さかなの鮎があります。」 と、茶を出しながらいう。 北八は、その女中の言うことを聞いて、 「はん。ということは、さかなじゃない鮎があるってことか。」 女中は、 「おほほほ。」 と笑いながら奥に引っ込むとやがて、鮎のにびたし(鮎を焼いて、さらに醤油とみりんで煮たもの)をつけて、膳を持ってきた。
弥次郎兵衛は、早速、箸をつけると、 「どれどれ、こいつは旨い。そのうえ白い飯だ。」 北八は、その様子に、顔をしかめると、 「ええい、人聞きの悪い。何が白い飯だ。ほれ、女中さんが笑っていかあ。」 と、いいながら、女中の方をじっと見ていった。 「あの女中は、顔中がえくぼだらけだ。」 「えくぼならいいが、頬がくぼんで、踏みすぎてすっかりくぼんじまった踏み石みたいだ。ハハハ。」 と、弥次郎兵衛が、例の悪口でシャレている。
突然、奥から歌が聞こえてきた。 実は、この宿場に居続けていた二人連れの客が、お金がなくなってとうとう帰ることになり、知り合った女郎にここまで送ってきてもらって、この奥座敷で、別れの盃だと、大騒ぎをしていたのだ。
この宿場の岡崎節を、歌っている声がにぎやかに聞こえてきた。 「きくに高い、塀に閉じ込められて、今はしのぶにしのはずれず、ちってれ、とってれ。」 と、大きな声で歌い出したので、北八と弥次郎兵衛が、奥の方を覗いてみた。
一人の客の声が聞こえてきた。 「これこれ、太兵よ。盃はどこじゃ。」 今一人の太兵と呼ばれた男が、 「ほれ、仁兵の側に転がっているぞ。」 仁兵は、 「おっ、そうか。どれ、俺が拾おう。」 「拾ったら、一杯飲んでから、こちらに盃を返せ。」 と、太兵がいうと、仁兵は手酌で盃についで飲み干し、 「おっとっと。一杯飲んだぞ。それ、返そう。」 盃を放り投げる。 と、太兵は、盃を受け取ると、酒を注ぎながら言う。 「おっと。受けた。ちょっと一杯やってから、さっきの女郎屋に戻ろうか。 いや、���屋にでも行こうか。ハハハ。」 二人の間に黙って座っていた女郎のいくのが、 「なに言わっしゃる。太兵さんは、酔なさると、すぐにこんなことを言われる。 でも、私がおりますからね。外へは、だしませんよ。」 太兵は、いくのの様子をニヤニヤしながら見て、 「いや、実を言うと、橘屋の女郎から手紙をもらっているから、いかなければ男がすたる。」 「ああ、そうですか。」 いくのは、ふくれっ面だ。 仁兵も、おかしそうにその様子を見ていた。 「そうとも、そうとも。ちってれ、とってれ。 兼ねて手管とわしゃ知りながら、くどき上手についのせられて、だまされて咲く室の梅か。ハハハ。」 と歌い出す。
しばらくすると、馬かたが馬をつれてやってきた。 店の表の軒に馬をつなぐと、馬かたは中庭より奥に入り込み、 「旦那方、お向かいに参りました。」 と、声をかける。 「おお、来たか、来たか。なごりおしいが、これで、お別れだ。」 いくのは、袖で涙を拭くようなしぐさをチラッと見せて、 「久しぶりで、これからまた、鳴海までいってこなけりゃならないのよ。」 と、いう。 三人は腰を上げると、茶屋の女中が、 「御きげんよう。」 と、挨拶する。 三人の客は、めいめいに、馬に乗ると、別れの挨拶もそこそこに、旅立ってしまう。 いくのは太兵と仁兵を送り出すと、その後茶店の女中らと話していたが、ここは略すことにする。
弥次郎兵衛と北八はこの様子を見ていたが、女郎を買いに来たのだろに馬で帰るのもおかしいと、笑いながら一首詠む。
三味線の 駒にまたがり 帰るなり 岡崎女郎 買いに来ぬれば (駒とは、三味線の糸を支えるもので、ここでは馬とかけた。)
ふたりもここから立ち出ると、この宿場の外れにある松葉川を越えて、矢作川の橋に着いた。
欄干は 弓のごとくに 反橋や これも矢はぎの 川にわたせば
それより、うたう坂町から尾崎と過ぎて今村の宿場についた。 茶屋の女中が声をかけてくる。 「名物のさとう餅、お召し上がりまし。 お休みなさりまし。お休みなさりまし。」
北八は、弥次郎兵衛よりちょっと先を歩いて、茶屋の店先で立ち止まると、 「おいこの餅は、いくらずつだ。」 と、問いかけた。弥次郎兵衛は、だまって立ち止まっている。 茶屋の亭主が、 「はい、三文でおざります。」 と、答えると、北八は、 「そりゃ、安い。」 と、驚いた様子で言う。 「で、こちらのうづら焼きはいくらだ。」 と、いうと、茶屋の亭主は、 「それも、三文で。」 今度は、北八は、顔をしかめて、 「いやこれは、三文では高いようだ。なあ、御亭主さん。こうしようじゃないか。 このうづら焼きを二文にまけて、そちらの丸いもちは四文で買おう。」 と、いう。 亭主はこいつは、変なことを言うと思ったが、どちらにしても損にはならないと思って、 「はい、結構でございます。どうぞ、お持ちになってください。」 という。 北八は、懐から、金を二文とりだし、亭主に放り投げると、 「四文あれば、丸い餅の方を買おうと思ったが、生憎、二文しか持ち合わせがない。 このうづら焼きだけ買っていこう。」 と、うづら焼きを取って、食べながら行ってしまう。
黙ってみていた弥次郎兵衛は、 「ハハハ。こいつはいい。北八でかした。 さすがの亭主も、鳩が豆食らったみたいだった。」 「どうだ。頭はこう使うもんだ。」 弥次郎兵衛は、 「へへ、べらぼうめ。俺もそのくらいなら、できるわ。見ていろ。」 と、とりあえず、一首詠む。
わずかでも 欲にはふける うづら焼き 三もんばかりの ちえをふるいて
二人は、笑いながら牛田海道を歩いていた。 弥次郎兵衛は、ここから半里ばかり北の方に、名に聞こえた八つ橋の旧跡があるのを思いだして、
八つ橋の 古跡をよむも われわれが およばぬ恥を かきつばたなれ
ほどなく、池鯉鮒(ちりふ)の宿場についた。 馬かたの歌が聞こえてきた。 「熱田に~泊まろか~、その辺で~すますか~。 岡崎~女郎も~捨てがたい~。なあ、どうなあどう。」 「おっと、いまいましい。草鞋が切れた。」 弥次郎兵衛が、ふと立ち止まりそう言う。 あたりを見回すと、ちょうど草履を売っている。 弥次郎兵衛は、何を思いついたのか、ニヤリと笑うと、 「ちょっとの間、草履にしよう。」 と、さっさと、その店に入っていった。
「もしもし、このわら草履はいくらだね。」 出てきた亭主に問いかけると、 「はい、十六文でございます。」 「そりゃ、安い。」 と、弥次郎兵衛は、手をたたく。
ここの亭主は、勤勉・倹約の伊勢の商人だった。そのため商い上手である。 「はいはい、安く売らしてもらっとります。 私のところのこの草履は、間違いなく丈夫でございます。 根っから、切れたりいたしませぬ。」 黙ってついてきていた北八は、その亭主のいいように、 「なんだ。根元から切れないのか。でも、先っぽの方からは切れるんだろう。」 と、ふざけると、 「いや、お履きなされてはたまらないが、仕舞っておきなさるといつまでも持ちますわ。」 と、亭主もやりかえす。 弥次郎兵衛は、軽く受け流すと、 「そうだろう。そうだろう。そして、お前のとこの草履は、鼻緒があって便利そうだ。」 と、わざととぼけて言っている。
「鼻緒のない草履が、どこにあるんだ。」 と、北八が言う。が、 弥次郎兵衛は、これも軽く受け流すと、 「なんにしろ、安いものだ。」 と、吊るしてある草履を手元に引き寄せて、 「いや、この草履はちんばだ。」 と、亭主の顔をうかがいながら、 「かたっぽは大きくて、こっちは小さいようだ。こりゃ、八文ずつでは、 大きな方は安いが、小さな方は高いな。この小さいのを七文にまけなせえ。」 亭主は、変なことを言うと思いながらも、 「はい、ようございます。お持ち下さい。」 すると、弥次郎兵衛は、懐を探って、 「おや、こまった。銭がたりない。一足買うとおもったが たった七文しかないから、あの小さい方だけ、買おう。」 と、いう。
ここで、北八が、はたと気がついて、 「ハハハ、こいつは大笑いだ。俺の真似をしようと思っても、餅ならいいが草履をかたっぽだけ買ってどうするんだ。」 亭主も、困ったと思って、 「この方の言うとおりでございます。かたっぽでは役に立たない。 一足買って行きなされ。残った方が売れ残ることになる。」 弥次郎兵衛は、 「なに、かたっぽだけだと、売らないのか。これだから、田舎は、不自由だ。」 北八は、 「ええ、江戸だって、草履をかたっぽだけ買うやつがいるもんか。」 と、笑っている。
つづく。
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thedevilsteardrop · 4 months
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二次創作
真宵街 @rust1cana
兄を元気づけてやりたいすよ、と 依頼人が言った。
いわく、
兄には一人娘がいたが、最近亡くなってしまった。
娘の声で兄を元気づけてやりたい。
要点としてはこの二つだけの依頼である。
問題は…、と、声色遣いは依頼人の様子を正面からじとり、見つめた。
オドオドと掘り深い目で声色遣いを見据える男は、布の少ない安価な洋服を着ている。痩せて隈の目立つ面立ちをしていた。そして今、妓女もつけずに遊郭の一室を借りている。
「……ただそれだけの依頼にしちゃあ、随分と金をかけてくださるんですね」
声色遣いはこの依頼を受ける気でいたが、なぜかといえば金が弾むからだった。多少のリスクがあろうとも金額の大きな仕事は受ける。しかし、聞く限り今回の依頼に「多少」もリスクもなかった。
不釣り合いに金額ばかり大きい。
「何か保険をかけておくべき事情でも?」
「そりゃあ、うちは大きな家だ、親族は…よそ様に顔向けできないことなどするなと…兄を騙したと知られたらまずい、誰にもだ。こう見えて、うちは結構金がある。兄を騙すことを思えば、安いもんだ」
「ははあ。そいつは失礼。こんな生業をしてるんで、騙しに慣れ過ぎてそれ自体が危ない橋なのを忘れていたようです」
にっこりとそう返した声色遣いに、依頼人は苦笑いを返してきた。
ーーー馬鹿正直に裏事情を話されたら、断ろうと思っていたが。
どうやらちゃんと小狡い依頼人らしい、と理解して、声色遣いは「承りましょう、手付金を先払いで四割」と手を差し出した。
さて依頼自体はいともあっさりと遂行された。
自働電話から依頼人が電話をかけ、何事かボソボソと話したのち、外で待たされていた声色遣いを招き入れ。声色遣いは電話口を代わったあと、あらかじめ仕上げていた声色で、決められた通りのセリフを言い、言い終わるや依頼人が受話器を取り上げた。それで仕舞いだったのである。
「これでご満足いただけたんで?」
「ああ。兄も喜んでた…生きてると思い込んで、はぐらかすのがちと大変だったが、まぁそういう落とし所にしとかねえと…。世話んなったな。残りの金は近日中に、使いのものが持って行く」
「左様ですか。よろしいですよ、お身内も伺っておりますしね」
依頼人の兄、その一族は、実際大層な富豪だった。身元ははっきりしている。
「では、ご依頼ありがとうございました」
「…この件は、よくよく内密にな」
「…ご心配なく。ご依頼人に関することは、すべて他言無用ですから」
最後に振り返りざま、念を押してきた男に、声色遣いは笑顔で答えた。
すっと笑みを引っ込め、軽く振っていた手を下ろす。
「そんなうまい話がありますか」
先程まで纏っていた軽薄な雰囲気は消え、だるそうにため息を吐くと、声色遣いはきびすをかえした。スタスタと。向かう先に迷いはなく足をはこぶ。
「近日中に口封じされちゃたまりません…先約になっておきましょう」
さっさと目当ての店に辿り着くと、ドンドンと普段ならしないような粗野な音を立てて戸を鳴らした。
「…はぃ…て、あんたかよ。何の用?」
カラリとすぐに戸が開いて、顔を出したのは、縫術師。
在宅だったことに内心ほっと安堵しつつ、声色遣いはまた軽薄な笑みを浮かべる。
「今日もお美しいですね、紡姉さん」
「いつになく雑な軟派文句だな。さようなら」
「紡姉さんにお尋ねしたいことがありまして」
閉められかけた戸をガッ!と片手で掴んで止める声色遣いに、縫術師は露骨に舌打ちした。
「なんなのよ…」
「賛辞がそぞろになってしまったのはご容赦を、今日は暇つぶしではない用件があるんですよ」
「早くそれを言ったら?」
「…中に入れてくださらないんで?」
「ここで済まないほどの面倒ゴトなら持ち込むんじゃないわよ」
すげない返答にため息をつき、気持ちばかり小声に落として、声色遣いは言った。
ーーー依頼人に関することは、他言無用。
ーーーただしそれは「職人同士」を除いての話だ。
「伏見、というお家から私との縁切りの依頼が入ったら、お断りしてくださいな」
「…伏見?」
「本日仕事で支払いに不安のある客が来たんですよ。踏み倒そうと思ったら私との縁を切りに姉さんに縋る可能性も…」
「そいつなら、先日既に依頼を受けたわ。伏見初子という女から」
「…なんですって?」
予想外の返答に、声色遣いは目を瞬かせた。この街に出入りする者で、身分なども加味して同姓の別人という可能性は、まず無い。
「伏見初子…当主の奥方ですね」
当主は依頼人の男の兄、という話だった人物だ。
「奥方ご本人がこちらへ?」
「ええ。しかも護衛一人だけを連れて、こっそりとね。けど、あんたとの縁切りじゃないわよ」
「そりゃあ先日切れてたら今日まで続いてるのはおかしいですものね。…誰と誰を切ったんで?」
「主人と娘の縁を」
「主人と…娘」
声色遣いが指先を口元にあてて思案顔になると、縫術師も今にも閉めようと構えていた戸から手を離して向かい合った。
「勿論、忠告はした。縁切りはどのように縁が切れるかわからない、とね。…まぁ奥方はご自身の縁を操作したわけでは無いから、他人事かもしれないわ」
「…その、主人と娘がどうなったか、姉さんはご存知で?」
「知らないわ。興味ないし」
この人はそういう人だったな。と思い、声色遣いは一度頷いた。
「ありがとうございました。まぁ、私の縁をいじろうとする輩がいたらあしらっていただけるようお願いしますよ」
「それがあんたの依頼なら、依頼料を持参することね」
言って、今度こそ声色遣いの鼻先でピシャンと戸が閉められた。
はたして、金はいつまでも支払われる様子が無いものの、声色遣いが自分の身に異変を感じることもなかった。
数日、数週待って、やれやれと重い腰を上げる。久方ぶりに街の外へと出かける支度をし、行き先は一方的に時間屋に押しかけて端書きを置いた。
いざ料金の徴収である。
伏見といえば名家であるので、人力でも頼めば住所を知っている。前払い分の四割を惜しみなく使い、屋敷の前まで運ばせると、立派な開き門の前へ立った。
一歩踏み入ればすぐ、使用人らしき者を見かけた。
「ごめんください」
声を掛けるとその人物は振り返り、何か用かという旨を丁寧な言葉で台本のように述べた。声色遣いもそれに倣い、丁寧に
「このお屋敷のご主人から頼まれた仕事の、見返りをまだ半分ほど受け取れずにおります。お取次をお願いしても?」
と述べる。
すると、使用人は顔色を変えて、目を伏せた。
続けて口にされた言葉にはこうだった。
「ご主人様は、先日身罷られました」
「…なんですって?」
「ちょっと、そこの者」
と、そこでまた別の人物の声が割り込んでくる。
妙齢の女声、そちらを見れば着物姿に結い髪の奥方が佇んでいた。手に手を繋いで、幼い少女も共にいる。
「何者です、この多用な折に」
「…。お初にお目にかかります、ご当主様の弟様よりご用命を受け、先日共に勤めさせていただいた者です」
「弟…旦那様のご兄弟は随分昔に出奔し、それきりでございます。その者といかなることを為そうと、私共には由縁のないことでございますわ。お引き取りください」
「…左様でございますか。では、失礼を」
食い下がっても心象を悪くするだけであろうと察し、声色遣いは一礼を残してその場を後にした。金が入らないのは少々不服ではあるが、実のところ、予想のついていたことであった。
街に戻って早々、縫術師の元へ訪れると、彼女は店の方に出ていた。
「姉さん」
「…いらっしゃい。今日は客として来たの?」
「いいえ、少々お伺いしたいことが」
声色遣いの言葉にチッ、とあからさまに舌打ちをしたものの、期待はしていなかったようで「で、何?」と縫術師はすぐに切り返した。
「また縁切りの話?」
「ええ。あれから、伏見の家の者は依頼をしてきませんでしたか?」
「…してきたよ」
「ほう」
驚いていなさそうな声色遣いの反応に、縫術師はうんざりしたように顔を背けながら言った。
「全く、あれから後になって伏見の奥方が文句をつけてきたのよ。夫と娘の縁が切れていないって…聞けば、電話越しに二人が会話したとか。…嘘つき屋、あんたのせいね?」
「あら、それは申し訳ない。私も予定の半額もいただけなかったんで、それで痛み分けということでお願いしますよ」
「痛み分けじゃないわそんなの。あんたが自業自得で私はとばっちりじゃない」
恨み言もなんのその、ニコニコと目を細めるばかりの声色遣いを一睨みした後、縫術師は
「今度は当主がやってきたわよ」と、
「娘と拐帯犯との縁を切って欲しい と言ってきた」
娘が拐かされて大層な額の身代金を要求されたそうよ、と。
答えた。
「…それで、切ったんで?」
「できなかったんでお引き取りいただいたわ」
「え?」
今度はしっかりと、驚いた様子で声色遣いの目が見開かれた。
「そうなんですか?できないとかあるんです?姉さんに」
「だってその当主様、犯人のことを一切知らなかったもの。私は依頼人が切ってくれと差し出した縁(いと)を切るだけよ。誰ともわからない相手との縁が切れるもんですか」
「それじゃあ、ご当主はなぜ亡くなったんでしょう」
「は、死んだの?あの人」
「そのようです。先程…」
と、声色遣いは伏見の宅へ訪れた出来事のあらましを語った。
「…ふぅん。ま、縁切りして一月経たないうちはどうだかわからないしね。良家のことだから、そのうち噂が耳に入るでしょ」
と一度背を向けた後で、そういえば、と縫術師はこう付け加えた。
「伏見の家の人間からじゃないけど、当主との縁を切りたいって依頼ならもう一件あったから、そっちのせいで死んだのかもしれないわ」
「かくかくしかじか、金が半分以上入らなかったわけなんですけれど、まぁ四割でも結構な大金を頂戴しましたし、落とし所ですかねえ」
「四割っていくらだったんだ」
ちゃぶ台に肘をついて行儀悪く茶菓子を摘む声色遣いに、時間屋が訊く。円台の縁をズイと乗り出して、声色遣いが耳打ちすると、時間屋の目が見開かれた。次に眉間に皺がよる。
「きな臭いにも程がある」
「でしょう。愉快です」
「こんな書き置きをしていきやがって」
ひらひらと、時間屋が指先で小さな端切れを揺らした。今朝出かける前に声色遣いが置いていったものである。
「内容の不明瞭な書き置きをするな」
「おや、気にかけてくだすったんです?お人がよろしいこと」
「茶化してないで、とっとと茶飲んで帰れ」
…追い出しもしないあたり、本当に人がいい、と思いつつ、声色遣いは湯呑みに口をつけた。
『出かけてきます、昼過ぎまで』ーーーと、書き置いたからには戻っている旨を知らせようと、時間屋の店に寄ったのだった。
「それで?表向きの話はもういい。どんな仕事だったんだ。茶の共にでも話せ」
悪ガキを咎めるような視線を送られ、声色遣いはわざとらしく台から身をそらして両手を上げた。
依頼に関することは他言無用。
ただしそれは「職人同士」を除いてだ、…この街で、能力者たちは皆が皆、共犯者であり共同体なのである。
「私は何も聞いちゃいませんよ。事情を知ってちゃ、幇助になっちまうでしょう」
「…幇助だのと言ってる時点で察してるだろうが。もったいぶらずに話せ」
「…拐かしですよ」
「…拐かし?」
「おや、拐かしをご存知でない。随分と平和ボケした…」
「茶化すなと言っている」
睨まれ、一度肩をすくめて声色遣いはまず
「姉さんが言ってました、ご当主からのご依頼で『娘と拐帯犯との縁を切って欲しい』とね」
と言った。
「でもできなかったそうです。相手が誰なのか差し出せるものが無さすぎたと。…しかしこれで娘の所在がわかりますでしょう」
「お前の依頼人は、その拐帯犯か」
「そうです。犯人は、拐かした娘を死なせてしまったから、生きているよう偽装したかった。でないと、身代金を要求できませんからね。それで私のところへ来たんです」
「なるほどな。大金を支払う積りがあったのは事実慮のある故と…身代金が入れば余裕な額だったということか」
「ええ」
「それが支払われなかったということは、身代金は受け渡されなかったのか?」
声色遣いは首を振った。
「いいえ。まず、そもそもね。誘拐犯の計画は初のうちに破綻してたんです。伏見の家は娘を見捨てていましたから」
「見捨てて…?」
時間屋は首を傾げる。
「金を払う気がなかったことを言ってるのか。娘と犯人との縁切りを頼んだとかいう」
「まぁそれもありますが…娘を真に切り捨てたのはご当主ではありません」
ご当主は、身代金より縁切りの方が安いと考えたものの、娘を取り戻す気はあったのだろう。縁切りは要求されたであろう身代金の額よりは、まだしも安価だ、と 声色遣いは考える。
金しか勘定ができないとは、命運のついていなさそうなご当主だ。ああ死んだんだったな。
「娘を見捨てたのは母親です。母親である奥方は、あわよくば人質がそのまま帰ってこなければいいと考えた」
「根拠は」
「奥方は娘と当主との縁切りを姉さんに依頼したそうですよ」
聞いて、「縁を安く勘定するとは…」と、声色遣いと似たようなことを考えたようで、時間屋の眉間の皺が濃くなった。
「伏見の現奥方は後妻だ。…継娘を切り捨てようと目論んでも、不自然ではないな。しかし縁は切れたものの、当主が死んだと…」
「え?いいえ、そこは順序が違います」
「順序?」
今度は声色遣いは、頷いた。ここが今回の要、というようにすっと人差し指を伸ばし、空を遊ばせてから己の唇へ触れる。
「そもそも、娘が死んだのが縁切りのせいなんですよ」
拐かされた娘、要求された多額の身代金
到底用意できない金額に頭を抱える当主、それをみて気を揉む奥方
後妻である奥方には実娘がおり、誘拐された継娘をこの機に切り捨てよう���考えた、…
「拐かされた娘は縁切りをされて死んだ。全部ここからが始まりです。身代金を要求していた誘拐犯は、娘が切り捨てられたとは知らず、死んでは金が入らぬと思い私に依頼してきた。娘の声を電話口で聞かせるように…」
そしてご当主も、娘が死んでいるとは知らない。「拐帯犯との縁切り」を依頼していたのがその証左だ。奥方は奥方で縁を切ったはずの娘が電話口につながって驚き、縫術師に苦情を入れた。
結局、多額の身代金は支払われることになったのだろう。誘拐犯は、それを持って逃げた。
「全く、私への支払いも踏み倒すとは。けしからん輩です」
口先ではそう言いつつ、声色遣いの表情は軽薄に笑みを浮かべている。その表情に、時間屋は「まだ何かあるな…」と思いつつ疑問を口にした。
「…本当に、逃げ仰せたのか?金を払ったのに娘が帰ってこないとなれば、そこは大きな家なのだから、近隣に触れ込んで…あ」
言っている途中で気付く。声色遣いも何の気なしに外の景色を見るふりをして、視線で応えた。
平穏な夕焼けの街。
「なんの騒ぎにもなっていませんよね。娘が帰ってこないのに」
「…そいつも、縁切りをしたのか」
「ええ。仕上げです。先程、姉さんが教えてくれました」
ーーー当主との縁を切りたいって依頼ならもう一件あったから、そっちのせいで死んだのかもしれないわ…
「詳しく訊いてみたところ、姉さんにご当主との縁切りを依頼した人物は、私が記憶している『当主の弟』を自称した依頼人と同一人物です」
逃げおおせるために、誘拐犯がご当主との縁を切った。
「そっちはできるのか。当主が依頼した際は、拐帯犯との縁は切れなかったと」
「ご当主は誘拐犯のことを知らず、娘との縁切りができなかった。しかし誘拐犯はご当主のことを知っている」
そうしてご当主の死という結果に結びつき、現状の出来上がり。
「はい、これが私の出かけてきた未払い金の案件ですよ」
「胸糞悪い案件だな。人の縁を弄ぶにも程がある」
「案外、一番人を想うことを勘定に入れてたのは誘拐犯だったかもしれませんね」
それをカタに換金せしめんとしたわけだから。
「…だとしても、せっかく結ばれた縁を切るんじゃ 泡銭だろう」
時間屋が言って、声色遣いが湯呑みを空け、その場はお開きとなった。
後日。さして高くもない小さな崖の下で、男の死体が見つかったらしい。
���金をあたりにばら撒き倒れ伏した男は、足取りを遡るとどうやら伏見の娘を拐かして殺した極悪人だと判明した。
恐ろしいことよと噂する人々の声を、通りすがりに聞き取りながら、声色遣いは関心なさげに今日も遊郭へ入り浸り、縫術師は我関せずと着物の綻びを繕い、時間屋は機会がつつがなく時を刻むよう、調整に勤しんでいる。
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※縁切りの能力は必ずしも縁を切った者同士が死ぬ能力ではありません
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itoha-itsuka · 1 year
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雨降りの週末。
お花見そっちのけで
桜餅にかぶりつくしあわせ。
花よりだんごとは、正にこのこと。
フォークを添えてみたけれど、
結局は手に持って食べたほうが
食べやすくていいなと、使わず。
おやつの時間には
家族3人がリビングに集まる。
おやつですよ〜の一声で
食いしんぼうたちは
いそいそと席につく。
食べたらすぐに自分の部屋に戻る
明るい引きこもりの娘なのだけど、
最近図書館で借りてきて読んで面白かった
ひろゆきさんの本をおすすめしてみたら、
「ひろゆきって、あの、ひろゆき?!」
と、珍しく食いついてきた。
私は全く知らなかったのだけど、
ニコニコ動画や2ちゃんねるを作った人。
ニコニコ界隈にツボっている娘は
私よりひろゆきのことを知っていてビックリ。
ちなみに本のタイトルは
「ラクしてうまくいく生き方」。
各項目が短い文で端的にまとめられているので
読みやすくて分かりやすくて良かったです。
旦那さんにもすすめてみたら、
は��めはちょっと腰がひけるかんじで、気が向きたら読んでみる、と言っていたのが、パラパラ見ているうちに結局読了。
自分とは全く別の世界にいる人でも、いろいろな経験をしている、勉強している人が言っていることっていうのは、全部が全部自分のライフスタイルに沿うわけではないけれど、真似したくなることがたくさんある。そういうヒントを手軽に受け取れるのが、本。だからわたしは本を読むのがやめられないのです。読んでもすぐに忘れちゃうのもあるんですけど。
#暮らしのつぶやき
#おやつの時間 #家族の時間
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khrbuild · 1 year
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メーーーー!!
沖縄のお土産、ヤギ汁!!
メーーーー!!
貝塚市水間町アルミサッシ交換工事!
貝塚市水間町 新築 リフォーム 坂口建設
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若い頃 西表島にちょくちょくいってた頃、石垣島でよく見かけるお土産
ヤギ汁専門店もあった!
気にはなるが なかなかの匂いが
(^_^;)
先日そんな話になって 、沖縄に行ったお友達が買う?
って聞かれたので 勢いと いっちょかみが発動!!
「食します」って返事してしまった。
届いた!!
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五年前に初体験をして、アホやから その時の記憶がもうない私。
その 友達の夫婦の旦那様は石垣島出身で、ヤギ汁の話してくれる。
坂口さんは大工さんだからヤギ汁食べないとって、
WHY???
ヤギ汁は 基本 祝い事でふるまわれる事がおおく
食べると 筋肉が緩くなって、次の日は 体がユルユルというか、だるくなるらしい。
それが私と何の関係が???
新築を建てる時に骨組みが出来上がると 1つの区切りとして、上棟式という儀式が執り行われます。
上棟式は お施主さんにとっては、立派なお祝い事ですよね。
そして 上棟式を終えた大工さんお疲れさま様でしたということで、 次の日はお休みというのが この泉州地域でも 昔のならわしでした。
(ちなみに、上棟式で大工さんはお施主さんから ご祝儀をもらうのですが、これは次の日はお休みなので、その給料なんて よくいいました。)
そして上棟式と言う儀式がおわると、親族や友人が集まって宴会が始まるのも泉州でもおなじで、 石垣島ではそこでヤギ汁がふるまわれるらしく、
それを飲んで 大工さんは 建前の次の日は1日ゆっくり ダルンと休むらしい。
まぁ、売ってるヤギ汁はそこまでではないけどねw
ただ わたくしは力抜けるほど 飲めましぇん
( ;∀;)
レトルトになってるので、温めて 封をきると、
くぅー( ;∀;)
獣臭というとまた 大袈裟になるので、営業妨害になっちゃいますね、
まぁ、感想には個人差がありますので、ご了承くださいませ。
人生二度目のヤギ汁!!
軽く口つけて、やっぱり 飲めましぇん!!
( ;∀;)
やっちゃんは めちゃ飲んでたけど、この人 凄すぎる。
私は 豚さんのホルモン 中味汁がギリセーフですね。
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土曜日やし明日はゆっくり眠ろう。
興味がある方、一度御賞味くださいませ。
水間町のサッシ交換工事は
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2台の腰窓を交換完了して、
3台目の吐き出しサッシを
夕方には交換しまして、本日 任務完了
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ほんと夕方 16時30分を過ぎると一気に暗くなる。
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防水シートもはりおわったので、
これで雨が降っても一安心!
日曜日は ヤギパワーでゆっくりして 、
今週もバリバリしております。
よろしくお願いいたします。
貝塚市 岸和田市 熊取町 泉佐野市 泉大津市 和泉市 泉南市 阪南市
天然素材スイス漆喰 カルクウォール
リボス自然健康塗料自然健康塗料取扱店
#ヤギ汁 #アルミサッシ交換
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baku418 · 1 year
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働くバイク #旦那にカブを買ってあげると腰が軽くなる #ja10 #スーパーカブ #スーパーカブ110 #精米 #懸賞当選品 #ビーサン #hondago #我慢できない奴 #冷奴には #ワサビ #日本酒 https://www.instagram.com/p/CkxlrRipDZT/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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yururikurashi · 2 years
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おやつ𓌉◯𓇋 保育園での昼寝が任意になり 毎日寝てこないむすこは 晩御飯の途中で寝落ちてしまう毎日。 慌ただしいなか 旦那さんの出張やら接待やらも重なって ワンオペの日も多く バタバタして投稿滞りぎみです。 でも元気です⚮̈ 写真は旦那さんの東京土産。 フライドポテト好きのわたしに がっちり刺さってます♡ @andthefriet 関係ないけど 園の検診で 軽い喘息かもしれないね?と 指摘されたむすこ。 私も子供の頃喘息もちだったし むすこも風邪ひくたびに 気管支系をやられてる様子なので そうだろうなーとは思ってたけど やっぱりそうなのかもしれません。 まだはっきり診断されたわけではないので ゆるりと様子みていきます。 とりあえず病院がいやすぎるむすこを 予防接種も歯医者の検診も 毎回連れて行くことが大変すぎて (車から降りず暴れるむすこを力づくで抱えていくパターン) とても腰が重い母です。笑 --- #andthefriet #お土産 #子育て記録 #育児記録 https://www.instagram.com/p/CkOEQtWJ9AW/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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oharash · 2 years
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ないりの波際
ないり は 泥梨 で地獄のことです。
本文は杉元視点、エピローグは白石視点です。
 俺はあいつのことをほとんど知らない。  それはあの時だけじゃなく今もって何ひとつつまびらかには知らない。いろいろあって一緒に凍死しかけたり金をせびられたり、酒を飲んだり同じ釜の飯を食ったり殴ったり殴られたりしたが、あいつの目が何に焦点を当ててあの旅の間に何を胸に抱えたのか、そんなことは一切知らない。  聞こうと思ったこともなかったし、近くにいて自然に知ることが出来ることだけを知っている――それだけでいいと思っていた。  俺は白石がいればそれでよかった。
   海と山しかないようなその郷で、アシリパさんのコタンの裏山には炭焼きの窯と窯を見るための小屋が一棟あった。その小屋はもともとは山の作業小屋と休憩所を兼ねていたものを頑丈に作り替えただそのまま今に至るまでなんとなく修繕し続けていたというもので、自然からも人からも中途半端に見捨てられた佇まいを俺はそれなりに愛していた。ここでの俺の棲家だ。アシリパさんの叔父の嫁さんの妹の旦那の爺さんの…詳しいことは忘れたが、とにかくどこかの誰かが持て余していたものを俺が借り受けている。人が住んでいた方が傷まない、できたら家族の分だけは炭を焼いて欲しい。そんな理由で。  今年は北海道でも盛夏から雨が多く襦袢が湿って背中に張り付くし朝顔は結局蕾をつけなかった。けれどくさくさした日も朝霧の匂いは甘かったし川の水は冷たくて、俺は少しぼんやりとしながら日々を過ごしていた。  だから、太い道から小屋に続くだらだら坂の中腹に俺以外の足跡を見た時は背骨に太い芯でも入れられた気分だった。足が意思より早く坂を蹴り立て付けの悪い引き戸を力任せに開ける頃にはもう我慢ができなかったのだ。 「テメエっ連絡もよこさねえでどこほっつき歩いてやがった‼︎」  平手で思いっきり、側頭部を、叩いた。拳だったらたぶん殺していた。  そいつは濁った悲鳴をあげて床に転がってやっぱり「クーーーーーン」と鳴いた。 「いだいいいいい…。だからモテねえのよお前」 「うるせえ受け身取ってんじゃねえっ」 「だっていくら平手だってお前に思いっきり叩かれたら死んじゃうでしょお⁉︎」  口調と裏腹に楽しそうに口角を上げる白石を見たら馬鹿馬鹿しくなって、でもまだ腹の虫は治らなかったのでもう一発平手に力を込める。  靴脱ぎには古くさい草履が脱ぎ捨てられていた。
「あのときは吉原が俺を呼んでたわけよ」 「うるせえちんぽ腐り落ちてしまえ」 「ひどぉい」  どこ���で行ってきたのか知らないが、白石の荷物は小ぶりなずた袋ひとつで財布には相変わらずろくな額の金も入っていなかった。金がなくなったから帰ってきたのか、それともここに帰るまで路銀が持てばいいと思ったのか。どうせまたどこかから逃げてきたのだ、草履は盗品だと俺は決めつけた。 「アシリパちゃんのとこ行ったら、お前がここにいるって教えてくれたからさあ」 「会ったのか」 「うん。背伸びててちょっと感動したわ。とりあえず飲もうぜぇ」 「せっかくだからアシリパさんとこ行って飲もうぜ? まだそんな遅くねえし」 「俺もう歩き疲れたのよ。明日行くからさあ」  白石が体を起こしてちゃぶ台に寄りかかる。なんとなく妙な気配がした。嫌とは違った胸騒ぎに似た違和感。いつもと違う感じ。あるいはいつもと同じで、ほんの少しブレる――共振を起こした時計の針が振り切れるような、そんな程度の。  けれど目の前の男そのものは何も変わらない俺の、たぶん仲間、だったので俺は自然に奴の向かいに腰を下ろしていた。
「こっちに来る途中流しの菓子職人と行きあってさ、ちょいと一緒にいたわけ。みちのくから北海道まで行くってんで、その辺の菓子って言われてみれば形が似てんだよね。杉元の地元のかりんとうってどんな形してる? 犬のウンコっぽい形じゃない? それがさあ、南部の北あたりから葉っぱみたいな形になんの。それが津軽海峡を超えて北海道きても同じでさあ。まあその菓子職人に最後は警吏に売られたけどね、おかげで靴なくした。あ、そういえばお前が言ってた帝国ホテルのエビフライも食ったぜ」 「は? 強盗にでも入ったの?」 「違いますう。不忍の競馬場で会ったオッサンが金持ちでさあ、仲良くなって連れてってもらったの。いやーありゃ美味いねお前が言うだけある。ふうわりして甘くて…」 「わかる…ふうわりしてる…」 「だよなあ。油で揚げるって聞いたからあとで灯火油でやったらボヤ起こしかけた」 「そこはせめて菜種油だろ」  東京で行方をくらましたあと白石は日本中をぶらついていたようで、旅の話をとりとめもなく教えてくれた。軽薄な調子とか、ゆっくりとした声の拍子がとても自然で嬉しい。 「俺がいなくて寂しかった? いだい痛いいたいっ‼︎ 」  腕ひしぎ十字固めをかけると白石はゴザをばたばたと蹴り上げた。悲鳴はすぐに笑い声に変わって、俺もなんだか笑ってしまう。もう会えないだろうとそのうちひょっこりやってくるだろう、の間を揺れ動いていた心が溶け出していく。  気持ちよく酔っ払って床に寝転がる。頭を傾けると、白石も同じ姿勢で俺を見ていた。 「…なんだよ」 「俺は寂しかったよ。お前らがいなくてさあ」 「お前が勝手にいなくなったんだろ」 「それはなんていうか、そんなもんよ。お前は? まあ元気そうだけど」 「あー…」誰に言うつもりもなかったが、こいつにならいいかなあ、と酒と再会が俺をゆるめた。 「右手、が」 「みぎて?」 「ときどき痺れる。なんていうか、力の入れ方はわかるから動くんだけど、感覚が薄くなる。後天的に耳が聞こえなくなった人って、聞こえなくても喋れるじゃん。多分ああいう感じ」 「あらま。不便ないの」 「特にない。アシリパさんには言うなよ」 「言わないけどさあ…脳みそ欠けてるから痺れるのかな? 大事にしなさいよ。せっかく目も爪も指も手足も全部揃って生き残ったんだから」  白石が手を伸ばして俺の手のひらを取った。按摩をするように揉みながらため息をつく。その嘆息ともいえる雰囲気が珍しかったので 「気持ち悪い」と言ってしまった。「ひどぉい」とこだまのような声が帰ってきた。  手をとられたまま、にじりにじりと距離を詰めて空いている左手でその頬をつねりあげる。こいつの頬はよく伸びるのだ。白い歯がのぞいた。 「いひゃい」 「お前、アシリパさんと何かあったの?」 「ええ、なんでわかるの? アシリパちゃんのことだから? お前も十分気持ち悪いよ⁉︎」 「うるせえ顔面ちぎり取られなくなかったら喋れ」 「脅迫しないでくれる?」  俺の手を揉むのはやめず、歯切れ悪く話し出す。 「アシリパちゃん普通だったよ。お前みたいにどこ行ってたんだって怒ってくれて、おやつ食べさせてくれてさあ。ヒグマの胆嚢が高く売れた話とか、ウサギのウンコの話とかしたよ。でも何かよそよそしくてね? なんか、ああやっちまったな、って思ったの。心当たりあるのよ、あのよそよそしい感じ。  お前に話したかわかんないけど、俺赤ん坊の頃寺に捨てられてて家族いねえのよ。その寺も逃げ出したし。クソガキだったけど、仕事とか駄賃くれたり飯食わしてくれたり、クソガキにも何かと世話焼いてくれる優しい人ってのが世の中にはいるわけ。ただその人たちにも事情があるからずっとは続かなかったり突然会えなくなったりすんの。でもガキだからさ、そうなるとすっげえの。すっげえ落ち込むの。やっぱり大人なんてそんなもん、自分の都合で行動するだけで、俺のことなんか考えていない。期待したり信用したりしちゃダメだって思うようになるんだわ。もう傷つきたくないからさ。そうするとまた会えてもよそよそしくしちゃうんだよね。  アシリパちゃん見てそんなこと思い出したのよ、お前、俺の勘違いだと思う?」 「わかんねえけど、東京でいなくなった時、どうせすぐ帰ってくるだろと思ったら全然そんな気配がなくて、こっちに戻ってしばらくはアシリパさんちょっと元気なかったぜ」 「あの子も両親いないもんね。俺ってアシリパちゃんにそこそこ好かれてたのねえ…ただ嫌われた方が楽だったなあ」  静寂が床に落ちる。ひとりでいる時は気にも留めないのに、ふたりでいるときのそれには何かしらの色がついていて居心地が悪い。 「お前、次いなくなる時は言ってからにしろよ」 「湿っぽいサヨナラ嫌いなのよ…」 「タコ。さっさと出てけ」  残すは体ひとつ分の距離にいた白石に身を寄せて、覆いかぶさるように抱きしめる。酒の匂いと汗くささと懐かしい甘い香りがした。 「言ってることとやってることが逆だよ、杉元」 「うるせえ」 「お前も俺のこと好きだよねえ。ばかだよなあ」  たくさん人間を殺したので骨や神経や内臓や血は地獄ほど見た。けれど一度も心というものはまろび出てこなかった。だから俺は心のありかを今になって知る。今このとき痛んでいる場所だ。 「でも俺もお前のこと好き。ちょう好き。一生好きだわ」  白石が俺の背に手を回して子どもをあやすように撫でるものだから一層この男が憎くなる。体の奥の奥の奥でいくつもの夜と意思が帰結する音がした。  俺たちはその晩抱き合って眠った。
 翌日、俺が山仕事から帰って間も無くアシリパさんが訪ねてきた。山菜と獣肉を持ってきてくれたようで、いつものように手際よく鍋を作ってくれた。 3人で食べる夕餉はあまりにも久しぶりでどこか現実感がない。昨夜白石が言う通り、アシリパさんは少しかたい顔で俺にばかり話しかけた。あるいは俺を介して白石と話していた。 「今年の冬はマタカリプに三度も会った、そうだよな杉元」とアシリパさんが言えば、俺が「お前がいたら何度頭噛まれたかなって話してたんだよ」と白石に水を向ける、という風に。  白石は少し苦笑していたけれど、アシリパさんの目を見て彼女に話しかけるのだけはやめなかった。  翌日は俺たちがアシリパさんのチセを訪ねた。その次はアシリパさんがまた来て…と晩夏は進み、だらだら坂のナツズイセンが葉を落とす頃にはアシリパさんと白石の会話に俺はほとんど必要なくなった。  ある薄曇りの日なんて俺が帰ると白石がアシリパさんの髪を結っていてのけぞった。 「え〜カワイイ…白石、お前そんな特技あったの?」 「見よう見まねだけど。似合うでしょ、町娘風」  マタンプシはそのままに束髪(三つ編みというらしい)をつくり、どこから摘んできたのか桔梗を編み込んでいる。艶やかな髪によく似合っていた。白石がアシリパさんへの土産に持ってきた手鏡はなぜか俺の住まいに置かれていて、ふたりは額を合わせて鏡を覗き込んでいた。何も坊主のオッサンまで映す必要はないと思うが。  囲炉裏の上では鍋がくつくつと煮立ち芳しい香りで住まいを満たしている。「何の鍋?」と聞くと白石とアシリパさんはお互いに目配せをして、何も答えずにふたりで笑った。 「え〜何ぃ〜? 俺には秘密なわけ〜?」 「食べればわかる」  アシリパさんが歯を見せて笑い、鍋を椀によそってくれる。 「はち、は…って…これ桜鍋じゃん〜」  ずっと前に小樽の山で3人で食べた味噌の入った桜鍋。味噌を敬遠していてアシリパさんが初めて食べたあの鍋だ。 「白石が悪事を働いて手に入れたんだ」 「悪いことしてないよぉ⁉︎ 町で鹿肉と取っ替えたのよ」 「明らかに量が見合ってなかっただろう」 「いいじゃなーい。あのおばちゃんお金持ってそうだったし、エゾシカ珍しがってたでしょ」  泡が弾けるような調子でふたりは笑っていて、わだかまりが解けたのかな、と思った。家族でも親戚でもないふたりがこうしていると縁というものの妙を感じる。  アシリパさんは髪を褒めると耳を赤くして黙り込み、俺の口に飯を突っ込んできた。照れちゃって〜とあまりにからかうものだから、白石はちょっと嫌われていた。
  「押してダメならもっと押せ、ってねえ〜」  白石はその晩、常になく酔っ払って絡んできた。聞けばこいつは俺が山に行っている間に足繁くアシリパさんのコタンに通い、アシリパさんの狩りや女衆の仕事を手伝っていたそうだ。 「狩りは相変わらず役に立たねえんだけど、それなら外堀埋めてこって思って。縫い物とか細かい作業ならちょっとはできんのよ」 「白石が働くなんてやめろよ、火山とか噴火したらどうすんだよ」 「ちょっとは見直してよぉ。人生で一番女の子に尽くしてる最中なんだぜ。まあ今日はよかったわ。3人で桜鍋食べれたし、あとはアシリパちゃんの悩みごとがちょっと前に進むといいんだけどなー」 「悩みごとって? お前のことじゃなくて?」 「んん、ほら、子どもって子どもなりに色々あるじゃない。アシリパちゃんは賢いし胆力あるし綺麗な子だけど、子どもの世界ってあの子たちだけの法律があるでしょ。倫理とか道徳に沿って行動するより、友達のメンツを守ることの方が大事だったり、そういうの。そういうところでお友達とちょっとうまくいかなくなっちゃったみたいよ」  白石の話はこうだった。コタンに暮らすアシリパさんと、彼女と歳の近い女の子がひとり、ここのところ上手くいってないらしい。表立って喧嘩をするとかそういったことはないけれど、少し前までは自然に集まって遊んでいたのがぱったり見られなくなった。どうやらその女の子がアシリパさんを避けているらしく、その子と他の子たちが遊んでいる時にアシリパさんが来れば集団は散開するしその逆もあり、子どもたちの間にはなんとなくぎくしゃくした空気が流れているんだそうだ。 「…お前なんでそんなこと知ってんの。俺全然気づかなかった」  なんならちょっと悲しく情けなくすらあった。俺だってアシリパさんのコタンには足繁く通っているのに。その女の子のこともよく知っている。負けん気が強いが小さな子どもたちには優しくアシリパさんともよく遊んでいる子で、裁縫が苦手なアシリパさんの衣類のほつれを見つけては繕ってあげているのもよく見ていたというのに。 「俺が気付いたのだってたまたまよ。お前とかばあちゃんには言いたくないのよ。好きな人にカッコ悪いとこ見せたくないじゃない。別に俺だって、話の中で出てきたのをさりげなーーーーく広げてってたまたま気づいただけ。彼女たちどっちが悪いわけでもないみたいよ。  結った髪もさあ、本当はフチに見せてあげたいらしいの。でもこのままコタンに帰って、そのお友達に見られるのが嫌みたい」  自分に置き換えても記憶は全く役に立たない。俺が彼女くらいの歳の頃ほとんどのいさかいは殴り合いでうやむやになっていたしそもそも原因も具体的に思い出せない。俺が悪かったこともあれば相手も悪かったこともあるだろうし、どちらも悪くないこともあったような気がする。思い出せないということはつまりどれも大した理由はなかったのだ。 「あのアシリパちゃんでも同年代の子を相手にするとまた違うんだなって。本人には言わないけど、年相応のそういう悩みがあってよかったなあって思ったよ俺。これであの子がお前に駄々こねられるようになったら、もう完璧」 「話が飛躍してねえか?」 「酔っ払いだから〜。子どもの時に駄々こねておかないと、欲しいものを欲しいって言えない大人になっちゃうんですう〜これは監獄で一緒だった医者の受け売りねえ〜」  気づけば徳利の酒をほとんど飲み干して白石は気持ちよさそうにちゃぶ台に突っ伏した。そのままいびきをかき始めたので床に倒して布団をかけてやり…たかったが、俺もだいぶ気持ちよくなっていたのでそのままふたりして床で寝てしまった。夜中に隙間風で目が覚めると白石を抱き込んでいるせいかさほど寒くはなくて、山鳩の声を聞きながら俺は再びまどろみに落ちる。  白石は俺の気づかないことによく気づくし俺の知らないアシリパさんを知っている。俺とはものごとを捉えるものさしがまったく違って優しいくせに薄情だし金に汚いしほぼ全てにおいてだらしないし、危険なことは嫌いで逃げることばかり得意なくせに俺を命懸けで助けにきたりして、理解できないし分かり合えもしない。   だから、白石にとってあのとき黄金がどんな意味を持っていたのか、あるいは持つのか。そんなことは本当の意味では俺にはわからなかったのだと思う。  聞いてしまえば俺にとっては他愛もない夢としか捉えられなかったかもしれない。それが嫌で、俺はそこにだけは踏み込まなかったのかもしれない。  そんな風に遠くへゆく気持ちと、目の前の男を独占したい気持ちが矛盾しながら混ざり合う。白石はもう俺を必要とすることはないのだろうか。そんなことを考えると途方もないほど悲しくなって、夜の底が急激に冷えていくのを感じた。
 泥酔で寝落ちしない夜はずっと抱き合っていた。  唇が欲しくて首を引き寄せて、飴を舐めるみたいに舌を吸う。白石のシャツに掠れて胸の先端がじんわり痺れた。白石は体勢を変えない。この程度のかすかな刺激がかえって欲を誘うことを知っててやってるんだろう。白石が俺の額のへこんだ部分や顔面の引きつれや抉れた傷跡を優しく撫でるものだから、自分の体がいいものになった錯覚さえ起こしてしまう。  小屋は虫や梟の声、葉ずれや風の音に包まれている。少しも静かでなくむしろ騒々しい夜の山で俺たちはふたりきり誰にも知られずそんなことばかりしていた。  股間に唾液を垂らされ、全体をゆるく撫で上げられる。もどかしくて身を捻るとかすかに笑われた。こういう時の白石はとても静かで、その分皮膚の感覚が際立ってしまう。口に含まれると指より滑らかで温い粘膜を感じる。白石の舌は自律した生き物のように器用に動いて、陰嚢の下の何もない部分からちんぽの先端までつるつると舐め上げる。我慢できず鼻にかかった声を漏らすと、あやすように腰をさすられた。  上半身を起こして白石の額に指を添えるとひと時目が合い、奴はまた視線を落とした。魚油ランプの明かりに目の縁が赤く浮かんでいて、こいつでも粘膜は繊細な色をしているのだなと思う。「俺、もう無理」「無理でいいじゃん」ちんぽくわえながら喋らないでほしい、言ったのは俺だけど。ひときわ強く擦られてあっけなく射精した。「最短記録じゃない?」「うるせえ」  ひとつも力の入らない四肢を投げ出して、目をひらけば刺青の皮膚がそこにある。この体をよく知っている。釧路で北見で網走で豊原で何度も抱き合った。記憶のふくらみが脳を灼いていく。  尻にいちぶのりを塗り広げて、白石の指がゆっくりと俺の中に沈む。体の内側で異物が動くたびに心が熱を帯び、潰れそうなほど瞼を閉じると痙攣が何度も起きてつま先が反り返った。何本入れられているかなんてもうわからない。締め付けるたびに体内の指を感じてしまい、体を他人に明け渡す甘やかさに背筋がおののく。 「白石、あれしよ。一昨日したやつ。ケツ上げて…」 「んん。いーよ。気持ちよかった?」  俺の腰の下に座布団を突っ込んで、白石がゆっくりと押し入ってくる。重たい快感が腹の奥まで突き上がり胸を強く擦られて叫んだ。角度が変われば当たる場所も全然違って揺らされるたびに無様な声と涙が落ちる。  体が熱くなる一方で心には恐ろしさばかり湧き上がり、せめてここに留まれるようにと白石の指を探り、握った。空いている手で何度も顔を撫でられる。子どもの頃に父が肩を抱いてくれたのを思い出す。そんないつくしみだった。
「そういえばお前、歯に仕込み入れるのやめたの?」  白石の体はどこもかしこもよく伸びる。唇と頬を引っ張って遊ぶのが俺は好きだった。 「いてーわ。ここにいる時はいいかなあって。お前もいるし」  どうにも信頼されているように感じて、俺は嬉しくなって白石の眉を引っ張った。毛が抜けた。   抱き合っているときと眠っているとき以外はずっと話をしていた。空白の時間を埋めるように、あるいは沈黙が堆積しないように。とりとめのない話もあれば初めて人に話すこともあったし、返事を求めない冗談も交わした。 「俺は阿片も酒もやらないで、はっきりとした意識で人を殺してきたよ。それこそ地獄に落ちるだろ」  あの頃の夢は今も見る。親友が死に周りは血の海で俺は殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して血が吹き出す寸前の真っ赤な肉の切れ目、人間が粉砕される音、どこかから飛んできた口に入った生ぬるいとろみは誰かの脳みそ、殺して殺して殺して殺して殺し続ける。記憶も悪夢も何も消えはしない。体はこんなに頑健なのに心はそれなりの強度しかないのだなと最近はそんなことも思う。一方で、もう自分を厭わしいとは感じなくなった。 「そうかなあ? じゃあ今からでも神様か仏様か信じてみるってのは? ぜってーならねえと思うけどさ、お前って坊主に向いてるよ。どんな悪人もお前を見たら思うよ、どんな人間でも変わることができるって。あるいは仏様とか神様とかは――お前の場合はアシリパちゃんだけど――どんな人間も救うことができるって、わかるよ。  えげつないヤクザものほど信仰の道に入る奴は見逃すんだぜ。みんなどこかで怖さや後ろめたさを信じていて、助かる方法が欲しいんだろ」  白石は賭け事を好むのに、一方で期待というものを何ひとつ持っていないように見える。最初からきれいさっぱり。普段はだらしなく侮られる言動ばかりしているくせにそんなところは乾いていて、それを見ると俺の心は少しざわつく。羨ましいような同じところまで落ちてきてほしいような独りよがりな気持ちだ。 「杉元は他人も自分も信じてないように見えるのに地獄だけは信じてるんだよなあ。そういうところ俺は好きだけどね。そんなもんがあったらそこでまた会えるな俺たち」 「白石も地獄にくんの?」 「そりゃ俺だって悪党ですからあ。お前みたいなのは地獄行きだぞってガキの頃さんざん坊主に脅されたわ。  でもあれよ、地獄って決められた辛苦が終わったら輪廻転生に投げ込まれて次の世に生まれ変わるんだって。そんなのほとんど監獄じゃんね。俺とか絶対逃げ出すしお前は鬼ぶん殴って追い出されるでしょーよ。伴天連でも悪人は死んだら地獄行きらしいけど、地獄にいったくらいじゃ何も変わらないと思わない?  そういえば地獄って日本に仏教がきてから広まった概念らしいよ。その前は死者は黄泉の国にいくってされてたんだって。あれよ、よもつへぐいって知ってるだろ、あの世のメシを食うと現世に戻れなくなるってやつ。あの黄泉平坂の先にある黄泉の国。イザナミイザナギのイザナミがいる方。地の底だか海の彼方にあるらしいよ」 「なんだっけ、イザナギが死んじゃったイザナミを連れ戻しにいく話?」 「それそれ。イザナミは黄泉の国のメシ食っちゃったからもうこの世に帰れない。不思議なもんで希臘の国にも似た話があるんだって。世界中どこも考えることは一緒なのかね?  俺らの行き先が地獄なら地獄の窯で鍋やろうぜ。黄泉の国なら黄泉平坂で待ち合わせな」  ときどき博識なところがある白石の、けれど決して尊敬を請わないさま。あまりに軽薄で突拍子がなくあっけらかんとしていて、どうせ俺もお前も明日には忘れている、と言わんばかりの話し方が俺は好きだった。 「あの世でもお前とつるむのかよ」 「へへー。死生観を聞くと相手のことが知れてちょっと面白いよね。  そういえばお前、アシリパちゃんと一緒になんないの?」  両肩に岩が乗ったみたいに体が重くなった。やっぱりか、という気持ちと、お前からは聞きたくなかった、という気持ちで天秤が釣り合う。 「お前までそんなこと言うのかよお」  どうして白石もアシリパさんのコタンの人も、俺とアシリパさんをくっつけようとするんだろう。夫にならなくては俺はアシリパさんと共にいることを認められないのだろうか。  確かに俺には個性がなくて、帰還兵というには時間が過ぎているしこの土地の人間でもない。かといって浮浪者でもなくもちろん誰かの夫でもなければ父でもない。そういえば子どもの頃は大人になったら誰もが家庭をつくって子どもを育てられるのだと思っていた。けれど今、俺は個性がなくても生きているし働けば食べられるし人を大切にすることもできる。どうしてふたり組になることに義務を感じる必要があるというのだろう。その後に何を目指すわけでもないというのに。  そんなことを白石に話す。 「それから俺とアシリパさんの思い出とか関係をそういうものにされるのが、なんか嫌」 「どういうことよ」 「なんか、不潔っていうか…」  白石はひととき口を開けて俺を指差し、その後真っ赤になって笑い出した。 「おまえっ、おまえっ、俺にちんぽしゃぶらせといて不潔はねえだろおおおっ乙女か! 無理むり腹が痛え死ぬっ」  涙を流して笑う男を土間から蹴り出して笹の茂みの中に放り込んだ。この季節の笹の葉は硬くて顔面から突っ込むとそれなりに辛い思いをする。俺の純情を笑うんじゃねえ。 「いってえええええ、ごめんって、許してえ。まさかそうくるとは思ってなくてさあふひっ」 「ああ白石はヒグマの餌になりたいんだったな」 「違う違う、ごめんごめんってええええ」  その辺に潜んでいたらしいイタチに頭を噛まれていたので仕方なく助けてやる。息を整えて涙を拭い、白石は俺の手を掴んで立ち上がった。 「人間も動物だから食べて繁殖するのがよしと思うようにできてるし、歳を取ればなおさら自分のきた道が最良だって思いたいのよお。俺は家族も子どももいないけど、アシリパちゃんのフチとかコタンの人はそうなんだと思うよ。  お前の気持ちはわかったけど、アシリパちゃんの気持ちがお前に向くことがあったらちゃんと考えてやんなさいよ」 「うるせえ歳上ぶるんじゃねえ」 「歳上だよ一応!?」  自分を必要としてくれる場所で自分の力を使うのは当たり前だ。そう言うと白石はすっぱり笹で切れた頬を上げてまた笑う。何だかずっと、このしかたのない笑顔に守られていた気がした。
   毎朝「行ってらっしゃあい」と見送られるとヒモを飼っているような気分になる。この頃になると白石は気ままに動き回るようになり、昼間はアシリパさんのコタンに行くかと思えば俺の住まいで昼寝をしていたりどこかへ出かけて夜にひょっこりと帰ってくる日もあった。いつかの旅路を彷彿とさせる気やすさで、まるでずっとここにいたように錯覚しかける。  その日はどうにも寒々しく、手元が狂って獲物を仕留めるのにずいぶん返り血を浴びてしまった。運びやすいように解体していると肘まで赤黒く染まり、手の甲で顔を拭うと甘さとしょっぱさを感じる。慣れた味が今日も俺を生かす。アシリパさんのコタンに行く前に川に寄らなくてはならない。  俺の体は実によく働く。力は強く頑丈で大きなケガもすぐ治り、意思より先に動いてここまで俺を生かしてきた。川べりのトウシンソウの茂みに着物を脱いで放り、冷たい水で腕と顔を洗うと生き返る心地がする。小さなミソサザイが一羽、降下して何かを捕らえ損ね水面をかすめて舞い上がり、体に似合わない大きな鳴き声をあげて飛び去っていった。  木々の影は昨日より薄く、風は昨日より乾いている。俺の新しい故郷に秋がくる。  明日こそは聞こうと思う。お前はいつここから出ていくんだ?
 アシリパさんのチセに顔を出すと女の子ばかりが集まっていた。奥で手仕事をしてるフチに目礼したはいいが、もともとそれほど広さもないので入るのを躊躇ってしまう。そしてここにはなぜか坊主のオッサンがいて女の子の髪を結っている。アシリパさんはいつものようにマタンプシを巻いただけの姿だけど、隣のチセの女の子は町娘風に髪を結い上げているしオソマも短い髪に紐を編み込んでいた。手鏡をみんなで覗き込んでお互いを指さして恥ずかしそうに笑っている。今白石が髪を梳いているのは件のアシリパさんと複雑な関係にある女の子だ。  スギモトー、とアシリパさんが手を上げた。 「シライシが上手なんだ」 「自分は坊主なのにぃ?」 「ちょっと聞こえてるわよ杉子ぉ」 「誰が杉子だ」 「杉元もやってもらえ」 「アシリパちゃん、杉子の髪は短すぎてさすがに無理よ」  アシリパさんと白石に髪を梳かれている女の子が顔を見合わせてケラケラ笑った。働き者でいつも元気な彼女たちのそんな姿が愛しく思えて、父親とはこういう気分なんだろうかと突拍子もないことを思う。チセは土と子どもの匂いで満ちていた。喜びのようなものが自分でも驚くほどに湧き上がって、どんな顔をすればいいかわからず軍帽の鍔を下げる。       「…すげえや白石、脱帽だ」  半歩先を歩く白石がピュウ、と軽薄な口笛を吹く。  腹が温かく満ちている。あのあと女の子ふたりがアシリパさんのチセに残り、みんなで夕餉をご馳走になった。アシリパさんは彼女たちに対して俺や白石にするよりずっと優しくて(なんなら時に遠慮がちですらあった)そんな姿は旅の間全く見たことがなかったからときめいてしまった。 「アイヌの女の人って髪結ったりしないみたいだし、どうかなって思ったんだけど。あの子らに水を向けたらやってみたいって言うからさあ。そしたら他の子も集まってきてあんな感じ。  まあわかんないけどね、今日は仲良くなってたけど、明日になったら元通���かも知れないし。女心は複雑よぉ」  まぜっかえす割には俺以上に上機嫌で、ちょっかいをかけたくなってしまい後ろから抱きついてぐいぐいともたれてやった。 「重い重い! そんで力が強い! 自力で歩け不死身の杉元っ」  引きずるようにもたもたと歩きながら白石が俺の顔を覗き込むので、もみあげが頬に擦れてくすぐったくて声を上げた。痛みは警告を示すものだろうけどくすぐったさは何を示すんだろう。俺の体はよく動くが、俺の脳は体の発信を完璧には理解できない。 「…たのし」  自由落下の速度で俺の本音は土に落っこちて、機嫌よく跳ねて森の奥に消えてった。 「へへ、お前の男はいい男だろお」 「白石が俺の男? 逆じゃなくて?」 「そ。俺がお前の男。一生ね」  白石の微笑には本当に愛しまれているのだと思わせるような優しさとあくまで奴の中の問題にとどまる諦めみたいな雰囲気がうっすら混じりあっていて、俺は何もかもが甲斐のないことを知る。だからって俺の気持ちが減るわけもない。  何につまづいたのか白石の体が傾ぎ、酔っ払いふたりでもつれあいながら草の上に転がった。 「いってぇ〜」 「お前俺ひとりくらい背負えよなあ。な、アオカンしよ」 「…唐突すぎない⁉︎」 「だって今やりてえ」  性欲を否定する人間を俺はあまり信じない。食欲と睡眠欲には振り回されるくせに性欲だけは飼い慣らせると思うのはおのれの身体を甘く見過ぎだと思う。できるのは空腹と寝不足と同じように不機嫌になって耐えることくらいだ。この晴れやかな夜に我慢はしたくなかった。 「いいけど…外ですんの久しぶりじゃない?」 「そーかも。へばんなよ」  シャツの中に手を差し込みながら、空気が濃度を増していくのを感じた。白石の背中とか腹は意外なほどつるりとしていて、胸をはだけさせると夜の森に白い肌がぼんやり浮かび上がる。この皮膚と刺青の明暗が好きだ、この男には欲望を隠さなくていい。  抑制ができないまま首筋を食むと「痛えよ」と笑われ顎を掴まれる。軽く触れただけの唇の隙間から舌が入ってきて口の中でもつれ、引き寄せようとする手前で深く重なってはまた引いていく。こいつは俺の癖をよく知っている。からかわれてるようでムキになってぐいと腰を引き寄せた。唾液が甘い。  夜の闇が急速におりてあたりを翳らせていき、誘われるように霧がでて刻々と濃くなった。霧の匂いと草いきれの中で知った皮膚に溺れていく。  白石を木にもたれさせてちんぽを舐め上げてやると水分を吸ったように膨らんだ。こいつとするまで自分の上顎が性感帯だなんて知らなかった。そんなことばかり教えられた。どこをどんな風に触ればいいか考えるとき、俺は俺の経験を思い出さなければならずその度に白石の伏せた視線が蘇る。こうやって人目を盗んだいくつもの夜が呼び起こされて体じゅうがざわめいた。  抱えるように引き寄せられて後頭部を押さえ込まれると喉の奥に生あたたかいものが広がって充足感で満たされる。見上げると白石はきつく目を閉じていて、俺の何かひとつくらいこいつの中に残ればいいのにな、と思った。  毎日こんなことばかりしているからか俺の尻は少しの準備ですんなり異物を受け入れる。下腹部に力を込めて強く伸縮させると白石が唾を飲む気配があった。揺さぶられるたびに自分が流れ出すようでもう何にも抗えない。俺が出してしばらくして白石が射精した。そのまましばらく重なりあっていた。重い、と言うと白石は人慣れした犬のように首筋に頬を擦り付け寄せてくる。こういう仕草が似合う男だった。
 重い体を引きずって住まいに戻り、何もかもが面倒だったので衣服を解いて適当に転がった。「さみいだろ」と白石に毛布をかけてやると「やさしい」と笑われた。「アオカンの弱点はすけべしてその場合で寝られないことだな」「わかるう…」「でもなんか抗えない魅力があると思わねえ?」「俺らの先祖もやってだろうから、もう本能なのかもよ」  食欲と性欲と睡眠欲と、それから何ともいい表せないもので満たされていて、あの夜俺はほんとうにしあわせ、だったのだと思う。過剰が空白を満たすと思いもよらぬことがもたらされるもので、だからなんか感極まって 「俺がお前にしてやれること、なんかない?」  そんなことを言ってしまった。 「そんなこと考える必要ねえよ、もう十分もらったからな」  白石の言葉は梁のあたりまでゆっくり浮かび上がってあっけなく霧散した。ぽろりと涙が出るだとか隕石が落っこちてきてふたりとも死ぬだとか俺が白石を殺すだとかどちらかが不治の病に冒されるだとかそういう劇的で奇跡じみたことは何も起こらなかった。でもその分だけ、味気ない現実を知ってるからこそせめて心だけでも伝えたくて、固い体を抱き寄せてうなじに顔を突っ込み腕に力を込めた。痛えよ、とまた笑われた。         「行ってらっしゃあい」  翌朝、出かける俺に白石は床の中から手を振った。  眠っている間に雨が降ったようで山の中はいつもより静かで、夜に冷やされた土が乾く香りがして清涼さだけがあり、イタドリの葉に残った朝露ひとつひとつが鋭く尖っていたのを覚えている。俺はいつもそんなことばかり覚えている。  昼過ぎに寄ったアシリパさんのコタンに白石はおらず、俺がそのまま帰宅すると住まいはがらんどうだった。ちゃぶ台には白石が飲み干したのか底の方に少しだけ澱が溜まった湯呑みがあり、かたわらには懐紙にのった飴が残されている。  ちゃぶ台の足元にはあいつがいつも身につけていたボロい半纏が畳まれていて、見えもしない意志のようなものを感じた。不安はなかった。いつかこうなることはわかっていたから。  今頃になって鼻の奥が熱くなりぼろりと涙が落下した。泣けるものだなと遠く感じて、こうやって俺は俺の悲しみと折り合いをつけていくのだとひとり知る。  子どもの頃に駄々をこねておかないと、ほしいものを欲しいと言えない大人になる。あいつの言葉を思い出す。俺はどんな子どもだったか。欲しいものは腕っぷしで手に入れていた。愛されていた。けれど本当に欲しいものは炎と土埃と血だまりの中に甲斐なく消えていった。あの時も今もこころを言葉にする術を知らなくて、いとしいものの気配だけが遠ざかる。でも今は、今だけはこれでいいのだ、と思う。白石が知られたくなくてしたことだから。  外からは虫の声や鳥の羽ばたきが降り注ぎ午後の光がゴザにやわらかく差し込んでいた。秋のとば口の山は賑やかで明るく、祭を控えたような興奮が満ちている。それでも俺はこのときどうしてか冬を思い出していた。この山は雪が降ると夜でも光るのだ、黄金よりまばゆく。
「役立たずは行ってしまったのか?」 「そうみたい。アシリパさんは寂しい?」 「寂しいけどそれでいい。あいつが私たちに会いたいと思うならいつでも会える」 「その前に俺たちの誰かが死んじゃったら?」 「私たちの信仰では死後の世界で会える」  アシリパさんは淡々と言い、櫛と手鏡をさらりと撫でた。 「杉元、フチからニリンソウを頼まれた。一緒に行ってくれるか」  言うより早くアシリパさんはチセを出ていく。草を踏む軽やかな音が俺の心をやさしく揺らす。外で誰かが声を上げて笑っている。 「アシリパさん、待って」 「杉元、来い来い、早く!」  俺はあいつのことをほとんど知らない。知っているのは、あいつの靴下が本当にくさいこと。二の腕の内側に三つ連なるほくろがあること。鹿肉より兎肉の方が好きなこと。体は右足から洗うこと。右の後頭部の方が左の後頭部より平らなこと。あの変な髭はほんとうにかっこいいと思ってやっていること。横向きに寝るクセがあること。賭け事とあだっぽい女性が好きなこと。ほんとうにそんなことばかりだ。  脳裏をかすめる、軽薄でだらしなく柔らかな男の面影。この野放図きわまりない空の下で煙のように消えていったあいつは、これからどこでどんな生き物になるのだろう。  俺は銃剣を持って立ち上がった。 「行くから待ってえ」 「秋の風だ、早く」
エピローグ  ちんぽが痛い。やりすぎで。  失敗かそうでないかと言ったら完全に失敗だった。分かりきっていたがもう自信喪失するくらいに失敗だった。一日二日で帰る予定が居心地が良過ぎてだらだらしてしまい杉元にはただ期待だけ持たせたしアシリパちゃんには信頼する人間がまた消える失望だけ残した。俺はただ杉元への未練が膨らんだだけだしなんかもう不毛とはこのことだろう。  あのまま東京できれいさっぱり別れた方がよかったのは火を見るより明らかだったけれど、今の俺は五稜郭に用があり、函館に来るのに小樽に来ない、という選択肢はなかったのだ。  杉元は乙女なところがあるからせめて「起きたら白石がいねえ俺は夢をみてたんだろうか…」てな具合に夜中に抜け出せればよかったが、あいつが毎晩俺をがっちり抱え込んで眠るものだからそれすらできなかった。何をしても抜け出せない、あれは固技だった。それにしても半纏を置いてくるのは感傷的にすぎただろうか。  それでもアシリパちゃんと遊んで山のものを食べて杉元と朝な夕なやりまくって喋りまくって、ずっとふたりといられたこの日々は俺に極楽だった。この俺がずっとここにいたいと思うくらいには、ほんとうに。  だらだら坂が滲みはじめて目元を拭う。   久々に会う杉元は荒んだ雰囲気がかなり削げ落ちていてそれなりにここの生活に溶け込んでいた。まだ平穏に慣れきってはいないし乱暴なところはあるけど根は良性の人間だから、波があったとしてもうまくやっていけるだろう。誰にでも人に言いたくないことのひとつやふたつあるのだから大袈裟な心配はいらない。いつかの冬にこの山で出会った男はもういないのだなと思うと喜ばしい一方でほんの少し寂寞があった。誰もが不変ではいられない。俺だってあの旅の中で変わってしまった。  今日はどういうわけか昼下がりからずっと日差しが強く、昨日より気温がだいぶ上昇していた。一種の雰囲気を感じてふりあおぐと、立ち枯れた木のいただきにうずくまる猛禽の視線とかち合った。この森ともお別れだと思うとこんな瞬間にも感傷が滲む。  ふと獄中で出会った誰かの言葉を思い出す。人を大勢殺すとおかしくなる、避ける方法はひとつで犠牲者の血を飲むこと。どんな味かと尋ねたら、そいつは甘くてしょっぱい人間の味だと真剣な顔で言っていた。杉元は血を飲んだだろうか? 「動くな」  左後方、やや距離のあるところから鋭い声が突き刺さった。  そうきたかあ、と思っている間に猛禽が飛びすさっていく。矢を引き絞ったまま藪の中から姿を現したアシリパちゃんに、俺は両手を上げて降参の意思を示した。 「この毒矢はヒグマなら10歩だがお前なら一歩も歩けずに死ぬ」 「いつかも聞いたよそれ〜。怖いからおろしてえ?」 「出ていくのか」 「うーん、そうですね、ハイ」  矢が矢筒に収まり、とりあえず誤射による死は免れた。 「どうして何も言わずに出ていくんだ? 残されるものの気持ちを考えたことはないのか? サヨナラがあれば、それをよすがに生きていくことができるだろう」  目の前まで来て真っ直ぐ見上げられた。光を放つ無敵のひとみ。杉元を導く灯台はいつからか俺の道標にもなっていたように思う。  でも、もう道が別れる。 「ごめんね、こういう風にしかできないのよ。だってちょっとでも行かないで〜なんて言われたら俺ずっとここにいちゃうもん」 「そんなことは言わない」 「少しは考えてくれない!?」 「群れを離れて独立するんだろう。巣立ちは誇らしいことだ。立派になれ」  もしかして大人として信頼されていたというのは俺の勘違いで、彼女が俺によそよそしかったのは独立したと思った子狼がひょっこり帰ってきて落胆したということなんだろうか。そうすると俺は杉元に恥ずかしい思い違いを話したことになる。あいつ忘れてくれないかな。  珍しくアシリパちゃんが言い淀んだ。空白が混ざり合うみたいにお互いの考えが交わる感触がある。 「杉元を連れて行かないのか、って聞きたいんでしょ、俺に」  目に潰れそうなほど力を込めて、彼女は唇を引き結んだ。羨ましいなあと思う。女の子には敵わない。背がもう少し伸びて頬の丸みが消え、この目が憂いとともに伏せられる日が来れば杉元なんてあっさり絡めとられてしまうだろう。 「ないない。誘ったところで着いてこないって。俺が考えてること話したら、もしかしたらあいつのお節介心が動くかも知れないけど…いや動かないかなあ…。俺はひとりで行くよ」  それでもあいつは人の気持ちに鈍いところがあるから、ぽっと出の女性と突然恋に落ちて家庭を持つなんてことがありえないとは言い切れない。その女性が何事かに困っていたりしたらなおさらだ。アシリパちゃんがその気ならその辺は考えておいた方がいい…なんて言ったら矢で直接刺されかねないので黙っておく。  恋とか愛とか、俺にとっては借り物の言葉でどうにも座りが悪い。そんな言葉で杉元のことを言いたくなかった。ここから先はひとりだが俺と杉元は繋がっている。死んだら死後の世界で会う。地獄でも黄泉の国でもニライカナイでも、どこででも探し出す。だから古い靴下だけは捨てられなかったのだ。  彼女の小さな頭に手���ひらを当てた。 「俺ねえ、やりたいことができたの。お姉ちゃんと遊ぶでも博打がしたいでもないよ? うまくやれたら手紙を書くから、これで杉元と会いに来て」  懐から包みを取り出して彼女に握らせる。彼女は包みを開けるとぽかんと口を開けた。片手に持った弓が所在なさげに揺れていてる。 「シライシお前、まさか」 「違うってえ〜それは井戸に落ちた時に半纏に入っちゃったの〜。杉元もポケットにしまってたでしょ? 俺はほら、これをもらったからね」  彼女の手には黄金の粒、俺の手にはカサカサのはんぺん。 「私にこれは」 「必要ないとか言わないでよ。俺から便りがなくてもさ、アシリパちゃんの大事な誰かを医者にみせる時なんかに使ってよ」  沈黙が訪れる。森が彼女を守るように鳴った。自然でも文明でも人間でもなんでもいいから、彼女をこの先ずっと守ってほしい。彼女の道行が実り豊かなものであるように。杉元が誰かと気持ちを分け合えるように。杉元が言うようにふたり組ではいつか瓦解するかも知れない。ふたりにはゆるやかに、多くのものとつながっていて欲しい。 「最後にアシリパちゃんに会えてよかった」  珍しく彼女は困った顔していた。適切な言葉を見つけることができないらしい。 「…お前がいなくなったら杉元が寂しがる」 「逆だよ、俺が寂しくなんの。俺は一生あいつの男だからね。杉元がアシリパちゃんの男だとしたら俺は杉元の男なわけよ。世界はふたり組でできてるわけじゃないからね」 「屁理屈をこねるんじゃない。ほんとうは私だって寂しい」  鼻を鳴らしてそれから少し悲しそうに顔を歪めた彼女を、俺は今までで一番近くに感じた。 「出世するんだぞ白石」  びゅうと風が吹き彼女の唇に髪が張り付いたので、俺はそれを払って小さな体を抱きしめた。背に回された手が思いのほか力強くてまた泣けた。くさいとは言われなかった。
 いつものように人の使う道を逸れて歩く。目的地がわかっていればどこを歩いても同じだ、ひとりならなおさら。街へ降りるのに使っていた獣道だが、前方右に前回通った時はなかった盛り土があった。薮を被せて隠されてはいるがここ数日の間に掘り起こされたらしく土は黒々としている。予感なのか記憶なのか、とにかく慣れ親しんだ虚しさを感じて足が止まった。長いこと北海道の山歩きはしてきたが獣はこんな形の穴は掘らないし土も盛らない。巣というより塚だ、と耳の奥で警鐘が鳴った。恐れとほんの少しの期待を込めて土塊に枝を突っ込むと予想通りの感触がしたのでそのまま土に穴を開けた。覗き込めばやはり土と血で黒く染まった衣が見える。  ここを通る人間はほとんどいない。つまり杉元か俺かってことで、そういうことだ。土塊の中身は密猟者か山賊だろうか。  杉元はあんなに変わったようでいてまだ人を殺せるのだなあ。やさしい目眩を覚えて俺の悪性が哄笑をあげる。  ふたり地獄で出会うよすがをひとつ胸にしまい込む。俺は歩き出した。
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yukalyn · 2 years
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最近(まだお遊び程度だけど)ゴルフを始めてみたり、衰えた体力の復活を試みて筋トレも頑張り始めた旦那さん。 そんな旦那にぴったりなアイテムかなと思い、こちらをプレゼント👇 身体の自然な動きをサポートする自然なフィット感の低圧スパッツ。 #デリットテック ( #DERITTECH ) こちらは皮膚の感覚センサーを利用した低筋圧理論で、筋肉や関節をより動きやすくしてくれる構造になっているそうで。 この皮膚感覚センサーの働きを利用することで、過剰な固定や圧迫を加えることなく股関節や骨盤まわりの筋肉を可動させ正しい身体の動きを促し。 競技中やトレーニング中はもちろん、24時間365日…日頃から穿き続けることで、コンディショニングにおいて重要な身体のベースを整え身体本来の動きへ導いてくれるとのこと。 プロゴルファーの方も現在ツアーで使用中だったりするアイテムらしく、これを履いてラウンドに出るとスエーが抑えられスイングが安定。 ラウンド後の身体の疲れも軽減されるそうです。 そんな効果のエピソードも、ゴルフを楽しみ始めた旦那にぴったり😆 打ちっぱなしに行く時や筋トレ時に早速履き始めてみたけど、これを履いていると動きやすくも感じるし体幹が良くなるように思える?と。 あと、これを履くと股関節や骨盤まわりの筋肉の本来の動きを促すので。 一般的なスパッツやパンツを穿いた時に比べ、骨盤周辺の筋活動量が約1.7倍にもなるとのこと! 臀部の中殿筋や大殿筋に加え、もも裏のハムストリングや膝回りの内側広筋のパフォーマンス向上効果が確認されているそうです。 ドレーニングする時や競技の本番でも、すごく活躍してくれそうなスパッツですよね。 でも筋肉や骨にそこまでアプローチしてくれるものって聞くと、履き心地が…締め付け感が気になったりなど、履いている時の違和感があったりもしそうに思えるけど。 窮屈感は感じることもなく、肌へのあたりや履き心地に違和感は感じず。 しっかりフィットしてくれる履き心地だけど脱履も楽にできるしで、すごく気に入っているみたいです。 また、下半身の筋肉群や腹筋群の活動量が向上され骨盤の位置が戻ることで姿勢改善にも👍 首肩腰の痛み等の身体の不調やお腹ぷっくりの原因は姿勢が原因との考えである旦那にとって、普段の姿勢改善にも効果を発揮してくれるってところも気に入っているポイントみたいです😄 #dreast #スパッツ #メンズスパッツ #低圧スパッツ #筋トレ #ゴルフ #トレーニング #パフォーマンス向上 #低筋圧 #体幹 #姿勢 #姿勢改善 #コエタス #PR #instagood #instalife #instajapan https://www.instagram.com/p/Ch_0X7qONT9/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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tikuseisblog · 2 years
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四足歩行の闇
暗闇にいるからこそ、光が眩く見えるーーー
春暁の季節、烏野山の空は濃い緋色が燃ゆり、厚い雲の隙間から山の一斑に光芒が落ちる。
烏野高原は溶け始めの雪が見える限りの景観を白く染めているが、一端に群生した桔梗は顔を出し花弁を大きく広げ、観る者を魅せていた。
山は、季節や周囲の環境によって、その姿と性質を大きく変え、時には人を寄せ付けず、ある時には風光明媚な様相で登山する者を迎え入れ、華美な景色を魅せ付ける。
烏野山は比較的標高は低いが、一年を通して無情に冷たく、針のように鋭利で強い風が荒ぶ。
そのため、訪れる者は風が一凪ぎする度毎、立ち止まって首を垂れ藁笠を深く被り直して歩みを進めなければ、稜線や細い道であればたちまち横転して山から滑落する。
そのため山腹や山裾には、興味本位で登山したものや、習慣を認知しない者などの無念の死体が時折見つかる。
夜鷹と銀二は烏野山の登山は未経験であったが、昨晩休んだ山麓の村の衆人宿の旦那から注意を受けていたために、習慣を知っていた。
山裾から長く続いた針葉樹を抜けでてからは、細い稜線を、その後、広い高原の上をかんじきでゆっくりと進んだ。山には明け方に入り、高原に着いたのは暮れ六つ頃。既に空は黄昏、天上から分散光した何筋もの光が落日を色付けている。山頂が視認できる距離に近づくと、後ろを歩いている銀二の足音が止まった。先導する夜鷹も立ち止まる。
夜鷹は目を細めて視線を落とした。
地上は遥か眼下に広がる。雪煙が荒んでいるが、麓の村に咲く桜の色は良く見えた。
小さな家屋の切妻屋根には所々に僅かな白い雪が見えるが、周囲の景観は緑が多く、山と地上は別離している。
「此処にもおらんよ」
銀二は足を振って藁脛巾の雪を払い落としながら、野太い声で夜鷹の背に投げかけた。銀二は大男である。身の丈は軽く六尺を超え、銀鉱の労働で鍛えられた筋骨隆々な体躯は見るものを圧倒させる。
「先に村に続く道がある。下山はそこからだ」
銀二は頷き、夜鷹は進む。
「旦那の話だと、春を迎えると一帯の高原は芒の原になるらしいが、芒など何処にも見当たらん」
無辺際とさえ思える雪の高原は、春を迎えても溶け落ちることなく、凍てつく冷気を纏っている。
雲ひとつない低い空を周囲に、高原は海にぽつんと浮かんだ浮島のようである。
夜鷹はふと足を止めた。
辺りは吹雪く風が雪の表面を削って滑らかな表面になっているが、夜鷹の視線の先には、不自然に雪が盛り上がった部分があり、その景色の中では妙に目立った。
その形状はまるで人が横たわった上に雪が降り積もったかのような輪郭をしている。
夜鷹は思案を巡らせながら、その盛り上がった部分に近づく。
近づくにつれて、危惧は確信へと変わる。
雪の隙間から、指先が覗いている。
夜鷹は早足で近づき、腰を落とした。
僅かに溶けた雪の隙間から横顔が見える。
男、それもかなり若い。
夜鷹は顔を下げて覗き見る。
そして一驚した。
訝しげな表情で夜鷹の背を追っていた銀二も、夜鷹の行動で事を理解して、駆け寄り、目を見開いた。
「若いな」
銀二も腰を落として共に雪を掻き分ける。
雪の下敷きにされていた人の形が露わになる。
夜鷹と銀二は顔を見合わせた。
銀二が先に口を開く。
「村の子か」
「ありえん、身なりが違う」
「見ろ、刀だ」
銀二は横たわる男児の腰に手を伸ばした。
華美な装飾が施された刀が、その身の丈に合わない身体に帯刀されている。
横たわる男児を仰向けにさせると、口元から白い息が不規則に出ている。
生きていた。手を見る。指先が黒く濁った色をしているため、重度の凍傷と見える。
左手は顔の下にあったのでまだ赤い。身体は冷え切り、震えている。夜鷹は腕を肩にかけて男児を背負った。想像よりも軽いことに驚いた。だらりと伸びた腕が我儘に揺れる。
「柄にもねえ。助けるのか」
夜鷹は答えない。夜鷹はゆっくりと雪の上を進む。銀二もやがて歩き出した。
空で鳶が嘶いた。雪を混ぜた風が荒ぶ。
村に光が灯り始める。
夜は近い。
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bearbench-tokaido · 2 months
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二篇 下 その五
天気のせいか、先程の米ぬか団子のせいか、二人は一向に元気が出ない。 ただ、トボトボと歩いて、ほどなく江尻(清水市)の宿場を通り過ぎると、ここあたりで、やっと雨が上がってくれた。
降りくらし 富士の根ぶとを うちすぎて 江尻に雨の 晴れあがりたり
雨が止んだおかげか、こころなし、行き交う人々の足取りも軽い。 また、馬方の連れている馬の鈴の音もいさましく鳴っている。 「シャンシャンシャン。」
馬子の唄が聞こえてきた。
「ゆんべなぁ、こっそりとぉ~、 よばいをぉ、かけてぇ、だめだったぁ~、 かわったぁ、ねかたぁ、してたからぁ~、 たぶん、腹一杯のぉ、飯食ってぇ~、 しんだようにぃ、ねてたんだぁ~」
その馬方が自分の馬に向かって言っている。 「ええい、こいつは、またションベンしやがる。 まあ、ついでに俺らもやるとしよう。シャァシャァシャァ。」
また、別の先へ行く馬方が、後ろを振り返り、 「お前の馬は、誰の馬だ。」 後の馬方が答える。 「これか。こりゃ、下町の酒屋の馬だ。 むちゃくちゃに使いやがるんで、馬のやつも機嫌が悪い。 昨日も、清水まで四往復した後、たまたま、役人に言いつけられて、また府中(静岡市)まで行ってきたんだ。 その上、駄賃はみんな俺が呑んでしまったから、こいつには、なんいも食わせないで、馬方の待合所の裏につないでおいたら、便所の藁屋根を全部食べやがった。」 先の馬方がまた言う。 「そういや、その酒屋のかかあは、無茶苦茶ケチだ。 俺があそこにいるときに、飯の中へ、馬の餌にする藁を入れて食わしやがった。 それに俺をみると、無性に字を習えの算盤をやれのと、いろいろな事を言いやがって、終いにゃ、俺をあそこの店の番頭にしようと言いやがった。 なあ、その手をくうものか。馬方の方がよっぽど気が楽だ。ドウドウ。」 それに答えるように、いなないた馬を押さえている。
北八は、煙草を吸おうかと、その馬方に問い掛けた。 「馬方さん、すまんが、煙草の火をかしてくれないか。」 「はいはい、どうぞ。お前さまがたは、お江戸の方だな。 いや、俺は、お江戸の人は気前がいいので、大好きじゃ。 昨日も、俺が府中から江尻(清水市)まで、二百文で乗せた旦那がお江戸の人で、これが、ええ旦那よ。」 「・・・」 「長沼(静岡市)まで来たら、その旦那がこう言ったんだ。 江尻まで三百じゃ安いから、酒代にもう二百やろう。 そのうえ、酒はこちらが買って呑ませてやると、小吉田の鉄砲の射撃場の近くで、たらふく酒を振る舞って貰った。」 「・・・」 「それからまた、その旦那の言われることには、馬方さんや、お前さんは、一日馬を引いて歩いて、くたびれただろう。 これから俺が降りて、お前をこの馬に乗せていこうと、言われる。」 「・・・」 「そんな話は聞いたことがないと、俺は、断ったんだが、どうしてもその旦那は聞かない。 是非、俺に乗れと言って、しかも、その代わり乗り賃を二百やろうと、梅の木の宿場から、とうとう俺を乗せて江尻へ来ると、興津までの約束だったが、お前さんもくたびれたろうから、約束の倍だそうと、さらに二百下さった。 やっぱり、お江戸の人は、違うもんだ。」
と、この話の間、馬に乗っている旅人は、馬の上にて空いびきをかいて、 聞いていないふりをしている。 「ゴウゴウゴウ。」 と、派手にいびきの音が聞こえる。
それを聞きつけた馬方が、 「おいおい、旦那さん。危ない。目をさましてください。」 と、旅人をゆすって起こすと、その旅人は、目を開き、 「いや、馬があんまり鈍いんで、いつのまにか寝てしまったようだ。 そういえば、昨日、三島から乗った馬は、よい馬であった。」 と、この旅人話しはじめる。
「その馬方が、とても気のいい男でな。 三島から沼津へ百五十文ってことで、乗ったところが、馬方がいうには、旦那はこんな早い馬に乗ってしまって、もしかしたら、落ちるんじゃないかと、うかうか居眠りできないな。 そう思っていなさるのでしょう。 それが気の毒だから、駄賃はもう貰いますまいと言ってな。」 「・・・」 「それから三枚橋(沼津市)まで来ると、今度は、旦那は馬の鞍で腰が痛むでしょう。ちょっと降りてください。 と、言う。それから、酒でも飲んでくださいと、馬方のほうから百五十くれてな、目的の場所までくると、その馬方が、先の宿場まで送ってあげたいが、わしの馬は跳ねますから、どうぞ、他の馬で行ってください。 と、さらに、駄賃だと、百五十くれたんだ。あんな気のよい馬方もいない。」 と、話していたら、この馬を引く馬方は、なんと歩きながら、 「ゴウゴウゴウ、ムニャムニャ。」 と、空いびきをかいている。
この馬方らの話を弥次郎郎兵衛と北八は、面白く聞き���がら歩いて、まもなく府中の宿場に着いた。
つづく。
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kuro-tetsu-tanuki · 3 years
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裕くんが三日月亭でバイトする話(タイトル)
定晴ルート入った辺りのお話。
委員会イベやら本編の描写やらとあるルートネタバレやら有。
「なぁ裕。お前、数日ここでバイトしねえか?」 「は?バイト?」
いつものように三日月亭に買い物に来ていた俺は、店長から唐突な申し出を受けた。
「お前ドニーズでバイトしてたって言ってたよな?調理スタッフとしてもやれるだろ?」 「はあ。まぁ、確かにキッチンもやってたのでやれなくはないですが。どうしたんです?随分と突然ですね」
三日月亭は店長が一人で回している。 繁盛している時間は確かに忙しそうではあるが、注文、調理、配膳と見事に捌いている。 港の食堂を稼働させていた時の俺のような状態ではとてもない。 これが経験の差というものか。 いや、それは兎も角人員を雇う必要性をあまり感じないのだがどうしたというのだろうか。
「いや、その・・・ちょっと腰が・・・な」 「腰?店長腰悪くしたんですか?ちょ、大丈夫ですか!?海堂さん呼んできましょうか?あの人ああ見えてマッサージ得意なので」 「あー・・・そういうワケじゃ、いや、元はと言えばお前らがブランコなんか・・・」
なんだかよくわからないが随分と歯切れが悪い。 腰悪くしたことがそんなに言いにくい事なのか? 言葉尻が小さくて上手く聞き取れない。
「・・・あー、海堂の旦那の事は頼む。屈んだりすると結構痛むもんでな。基本はホール、こっちが手一杯になったらキッチンもやってもらうつもりだ。で、どうだ?まかない付きで給料もしっかり出すぜ。時給は・・・こんくらいでどうだ?」 「おお・・・意外と結構な金額出しますね」 「臨時とは言えこっちから頼んでるわけだしな。その分コキ使ってやるが」
海堂さんの事を頼まれつつ、仕事内容も確認する。 まぁ、ドニーズの頃と左程変わらないだろう。お酒の提供が主、くらいの違いか。 時給もこんな離島の居酒屋とは思えない程には良い。田舎の離島で時給四桁は驚きだ。 内容的にも特に問題ない。直ぐにでも始められるだろう。 とはいえ、屋敷に世話になっている身。勝手に決められるものでもない。
「非常に魅力的ではあるんですが、即断即決とは・・・。申し訳ないですが、一度持ち帰らせてください」 「おう。言っとくが夜の居酒屋の方だからな」 「キッチンの話出しといて昼間だったらそれはそれでビックリですよ。わかりました、また明日にでも返事に来ますよ」
話を終え、買い物を済ませて三日月亭を後にする。 バイト、かぁ・・・。
夕食後。皆で食後のお茶をいただいている時に俺は話を切り出した。 夜間の外出になるのでまずは照道さんに相談するべきだし、海堂さんにもマッサージの話をしなければならない。
「成程。裕さんがやりたいと思うなら、私は反対はしませんよ。店長には日ごろからお世話になっていますし」 「ほー。ま、いいんじゃねぇの?懐があったかくなることは悪いことじゃあねえじゃねえか。マッサージの方も受けといてやるよ。店長に借り作っとくのも悪くないしな」
難しい顔をされるかと思ったが、話はあっさりと通った。 海堂さんに至っては難色を示すかと思っていたが、損得を計算したのかこちらもすんなりと了承を得た。 ちょっと拍子抜けしつつ、改めて照道さんに確認する。
「えっと、本当にいいんですか?」 「ええ。ただ、裕さんの事を考えると帰りだけは誰かしらに迎えに行ってもらった方がいいかもしれませんね」
確かに。禍月の時ではなくても、この島は気性が荒い人は少なくない。 まして居酒屋で働くのだ。店長がいるとはいえ何かしらトラブルに巻き込まれる可能性もある。
「じゃあ、俺が迎えに行くぜ。なんなら向こうで普通に飲んでてもいいしな」
お茶を啜っていた勇魚さんがニカッと笑う。 あ、湯呑が空になってる。 急須を取り、勇魚さんの湯呑にお茶を注ぎながら問い返す。
「俺は助かりますけどいいんですか?はい、お茶のおかわり」 「お、さんきゅ。いいんだよ、俺がやりてえんだから。俺なら酔いつぶれることもねえしな。それに、そういうのは旦那の仕事だろ?」
自然な流れで旦那発言が出てきて驚きつつ、その事実に一気に顔が火照る。 うん、そうなんだけど。嬉しいんだけど。そうストレートに言われると恥ずかしいというかなんというか。
「え、と・・・ありがとうございます」 「けっ、惚気は余所でやれってんだ」 「ふふ・・・」
海堂さんのヤジも、照道さんの温かな眼差しもどこか遠くに感じる。 ヤバい。凄い嬉しい。でもやっぱ恥ずかしい。 そんな思いに悶々としていると、冴さんがコトリと湯呑を置いた。
「で、バイトはいいんだけど、その間誰が私達のおつまみを用意してくれるの?」 「はっ、そういやそうだ!オイ裕!お前自分の仕事はどうする気なんだ」
冴さんの一言に、海堂さんが即座に反応する。 ええ・・・酒飲みたちへのおつまみの提供、俺の仕事になってたの・・・?
「それこそ三日月亭に飲みに来ればいいのでは・・・?」 「それも悪くはないけれど、静かに飲みたい時には向かないのよ、あそこ。それに、この髭親父を担いで帰るなんて事、か弱い乙女の私にさせるの?」
確かに三日月亭は漁師の人達がいつもいるから賑やか、というかうるさい。 ゆったり飲むには確かに向かないかもしれない。ましてや冴さんは女性だから漁師たちの視線を集めまくることだろう。 さり気なく、海堂さんを担ぐのを無理ともできないとも言わない辺りが冴さんらしい。
「ふむ。俺が裕につまみのレシピを教えてもらっておけばいいだろう。新しいものは無理だが既存のレシピであれば再現して提供できる」 「それが無難ですかね。すみません、洋一さん。今日の分、一緒に作りましょう。他にもいくつか教えておきますので」 「ああ、問題ない」
結局、洋一さんが俺の代わりにおつまみ提供をしてくれる事になり、事なきを得た。
翌日、午前中に店長へと返事をした後、島を探索。 少々の収穫もありつつ、昼過ぎには切り上げ、陽が落ち始める前には三日月亭へと足を運んでいた。
「説明は大体こんなもんか。不明な点が出てきたら逐一聞いてくれ」 「はい。多分大丈夫だと思います」
注文の仕方、調理場の決まり、会計の方法。 業務の大半はドニーズでの経験がそのまま役立ちそうだ。 むしろ、クーポンだのポイントだのない分こちらの方がシンプルで楽かもしれない。 渡されたエプロンを付けて腰紐を後ろで縛る。うん、準備は万全だ。
「さ、頼むぞルーキー」 「店長が楽できるよう努めさせてもらいますよ」
そんな軽口をたたき合いながら店を開ける。 数分も経たないうちに、入り口がガラリと音を立てた。
「いらっしゃい」 「いらっしゃいませー!」
現れたのは見慣れた凸凹コンビ。 吾郎さんと潮さんだ。
「あれ?裕?お前こんなとこで何してんだ?」 「バイト・・・えっと、店長が腰悪くしたみたいで臨時の手伝いです」 「なに、店長が。平気なのか?」 「動けないって程じゃないらしいので良くなってくと思いますよ。マッサージも頼んでありますし。それまでは短期の手伝いです」 「成程なぁ・・・」
ここで働くようになった経緯を話しつつ、カウンター近くの席へご案内。 おしぼりを渡しつつ、注文用のクリップボードを取り出す。
「ご注文は?まずは生ビールです?生でいいですよね?」 「随分ビールを推すなお前・・・まぁ、それでいいか。潮もいいか?」 「ああ、ビールでいいぞ。後は―」
少々のおつまみの注文を受けつつ、それを店長へと投げる。
「はい、店長。チキン南蛮1、鶏もも塩4、ネギま塩4、ツナサラダ1」 「おう。ほい、お通しだ」
冷蔵庫から出された本日のお通し、マグロの漬けをお盆にのせつつ、冷えたビールジョッキを用意する。 ジョッキを斜めに傾けながらビールサーバーの取っ手を手前へ。 黄金の液体を静かに注ぎながら垂直に傾けていく。 ビールがジョッキ取っ手の高さまで注がれたら奥側に向けてサーバーの取っ手を倒す。 きめ細かな白い泡が注がれ、見事な7:3のビールの完成。 うん、我ながら完璧だ。 前いたドニーズのサーバーは全自動だったから一回やってみたかったんだよなぁ、これ。
「はい、生二丁お待たせしました。こっちはお通しのマグロの漬けです」 「おう。んじゃ、乾杯ー!」 「ああ、乾杯」
吾郎さん達がビールを流し込むと同時に、入り口の引き戸が開く音がした。 そちらを向きつつ、俺は息を吸い込む。
「いらっしゃいませー!」
そんなスタートを切って、およそ2時間後。 既に席の半分は埋まり、三日月亭は盛況だ。 そんな中、またも入り口の引き戸が開き、見知った顔が入って来た。
「いらっしゃいませー!」 「おう、裕!頑張ってるみたいだな!」 「やあ、裕。店を手伝っているそうだな」 「勇魚さん。あれ、勇海さんも。お二人で飲みに来られたんですか?」
現れたのは勇魚さんと勇海さんの二人組。 俺にとっても良く見知ったコンビだ。
「勇魚から裕がここで働き始めたと聞いてな。様子見ついでに飲まないかと誘われてな」 「成程。こっちの席へどうぞ。・・・はい、おしぼりです。勇魚さんは益荒男ですよね。勇海さんも益荒男で大丈夫ですか?」 「ああ、頼むよ」 「はは、裕。様になってるぞ!」 「ありがとうございます。あまりお構いできませんがゆっくりしていってくださいね」
勇魚さんは俺の様子見と俺の迎えを兼ねて、今日はこのままここで飲むつもりなのだろう。 それで、勇海さんを誘ったと。 もう少しここにいたいが注文で呼ばれてしまっては仕方ない。 別の席で注文を取りつつ、すぐさまお酒の用意を準備をしなければ。
「いらっしゃいませー!」 「おッ、マジでいた!よう裕!遊びに来てやったぜ!」 「あれ、嵐の兄さん、照雄さんまで。何でここに?」
勇魚さん達が来てからしばらく経ったころ、店に見知った大柄な人物がやってくる。 道場の昭雄さんと嵐の兄さんだ。
「漁師連中の噂で三日月亭に新しい店員がいるって話を聞いてな」 「話を聞いて裕っぽいと思っ��んだが大当たりだな!」 「確認するためだけにわざわざ・・・。ともかく、こっちの席にどうぞ。はい、おしぼりです」
働き始めたの、今日なんだけどな・・・。 田舎の噂の拡散力は恐ろしいな。 そんな事を思いつつ、2人を席に誘導する。 椅子に座って一息ついたのを確認し、おしぼりを渡しクリップボードの準備をする。
「おお。結構様になってるな。手際もいい」 「そりゃ照雄さんと違って裕は飲み込みいいからな」 「・・・おい」
照雄さんが俺を見て感心したように褒めてくれる。 何故か嵐の兄さんが誇らしげに褒めてくれるが、いつものように昭雄さん弄りも混じる。 そんな嵐の兄さんを、照雄さんが何か言いたげに半目で睨む。ああ、いつもの道場の光景だ。
「はは・・・似たようなことの経験があるので。お二人ともビールでいいですか?」 「おう!ついでに、裕が何か適当につまみ作ってくれよ」 「え!?やっていいのかな・・・店長に確認してみますね」
嵐の兄さんの提案により、店長によって「限定:臨時店員のおすすめ一品」が即座にメニューに追加されることとなった。 このおかげで俺の仕事は当社比2倍になったことを追記しておく。 後で申し訳なさそうに謝る嵐の兄さんが印象的でした。 あの銭ゲバ絶対許さねえ。
「おーい、兄ちゃん!注文ー!」 「はーい、只今ー!」
キッチン仕事の比重も上がった状態でホールもしなければならず、一気にてんてこ舞いに。
「おお、あんちゃん中々可愛い面してるなぁ!」 「はは・・・ありがとうございます」
時折本気なのか冗談なのかよくわからないお言葉を頂きつつ、適当に濁しながら仕事を進める。 勇魚さんもこっちを心配してくれているのか、心配そうな目と時折視線があう。 『大丈夫』という気持ちを込めて頷いてみせると『頑張れよ』と勇魚さんの口元が動いた。 なんかいいなァ、こういうの。 こっからも、まだまだ頑張れそうだ。
「そういえば、裕は道場で武術を学んでいるのだったか」 「おう。時たまかなり扱かれて帰って来るぜ。飲み込みが早いのかかなりの速度で上達してる。頑張り屋だよなぁ、ホント」 「ふふ、道場の者とも仲良くやっているようだな。嵐の奴、相当裕が気に入ったのだな」 「・・・おう、そうだな。・・・いい事じゃねえか」 「まるで兄弟みたいじゃないか。・・・どうした勇魚。複雑そうだな」 「勇海、お前さんわかって言ってるだろ」 「はは、どうだろうな。・・・ほら、また裕が口説かれているぞ」 「何っ!?ってオイ!勇海!」 「はははははっ!悪い。お前が何度もちらちらと裕の方を見ているのでな。あれだけ島の者を惹きつけているのだ、心配も当然だろう」 「裕を疑うわけじゃねえ。が、アイツ変なところで無防備だからよ。目を離した隙に手を出されちまうんじゃないかと気が気じゃねえんだよ」
何を話しているのかはここからじゃ聞こえないが、気安い親父たちの会話が交わされているらしい。 勇魚さんも勇海さんもなんだか楽しそうだ。
「成程な、当然だ。ふうむ・・・ならば勇魚よ、『網絡め』をしてみるか?立会人は俺がしてやろう」 「『網絡め』?なんだそりゃ」 「『網絡め』というのはだな―」
あまりにも楽しそうに会話しているので、まさかここであんな話をしているとは夢にも思わなかった。 盛大なイベントのフラグが既にここで立っていたのだが、この時点の俺にはあずかり知らぬ出来事であった。
そんなこんなで時間は過ぎ、あっという間に閉店時刻に。 店内の掃除を終え、食器を洗い、軽く明日の準備をしておく。 店長は本日の売り上げを清算しているが、傍から見ても上機嫌なのがわかる。 俺の目から見ても今日はかなり繁盛していた。 売り上げも中々良いはずだろう。
「いやぁ、やっぱお前を雇って正解だったな!調理に集中しやすいし、お前のおかげで客も増えるし財布も緩くなる!」 「おかげでこっちはクタクタですけどね・・・」 「真面目な話、本当に助かった。手際も良いしフードもいける。島にいる間定期的に雇ってもいいくらいだ。もっと早くお前の有用性に気づくべきだったな」
仕事ぶりを評価してくれているのか、便利な人材として認識されたのか。 両方か。
「俺も俺でやることがあるので定期は流石に・・・」 「ま、ひと夏の短期バイトが関の山か。ともかく、明日もよろしく頼むぜ」 「はい。店長もお大事に。また明日」
金銭管理は店長の管轄だし、もうやれることはない。 店長に挨拶をし、帰路につくことにする。 店を出ると、勇魚さんが出迎えてくれた。
「さ、帰ろうぜ、裕」 「お待たせしました。ありがとうございます、勇魚さん」 「いいって事よ」
三日月亭を離れ、屋敷までの道を二人で歩いていく。 店に居た時はあんなに騒がしかったのに、今はとても静かだ。 そんな静かな道を二人っきりで歩くのって・・・何か、いいな。
「・・・にしてもお前、よく頑張ってたな」 「いや、途中からてんてこ舞いでしたけどね。飲食業はやっぱ大変だなぁ」 「そうか?そう言う割にはよく働いてたと思うぜ?ミスもねえし仕事遅くもなかったし」 「寧ろあれを日がな一人で捌いてる店長が凄いですよ」 「はは!そりゃあ本業��しな。じゃなきゃやってけねえだろうさ」
勇魚さんに褒められるのは単純に嬉しいのだが、内心は複雑だ。 一日目にしてはそれなりにやれたという自覚もあるが、まだまだ仕事効率的にも改善点は多い。 そういう部分も無駄なくこなしている店長は、何だかんだで凄いのだ。
「にしても、この島の人達はやっぱり気さくというか・・・気安い方が多いですね」 「そう、だな・・・」
酒も入るからか、陽気になるのは兎も角、やたらとスキンシップが多かった。 肩を組んでくるとかならまだいいが、引き寄せるように腰を掴んできたり、ちょっとしたセクハラ発言が飛んできたり。 幸か不幸か海堂さんのおかげで耐性がついてしまったため、適当に流すことは出来るのだが。
「裕、お前気を付けろよ」 「はい?何がですか?」 「この島の連中、何だかんだでお前の事気に入ってる奴多いからな。こっちは心配でよ」 「勇魚さんも俺の事言えないと思いますけど・・・。大丈夫ですよ、俺は勇魚さん一筋ですから」 「お、おう・・・」
勇魚さんは俺の事が心配なのか、どこか不安そうな顔で俺を見る。 モテ具合で言ったら寧ろ勇魚さんの方が凄まじい気がするので俺としてはそっちの方が心配だ。 でも、その気遣いが、寄せられる想いが嬉しい。 その温かな気持ちのまま、勇魚さんの手を握る。 一瞬驚いた顔をした勇魚さんだが、すぐさま力強く握り返される。
「へへっ・・・」 「あははっ」
握った手から、勇魚さんの熱が伝わってくる。 あったかい。手も。胸も。 温かな何かが、胸の奥から止まることなく滾々と湧き出てくるようだ。 なんだろう。今、すごく幸せだ。
「なぁ、裕。帰ったら風呂入って、その後晩酌しようぜ」 「閉店直前まで勇海さんと結構飲んでましたよね?大丈夫なんですか?」 「あんくらいじゃ潰れもしねえさ。な、いいだろ。ちょっとだけ付き合ってくれよ」 「全くもう・・・。わかりましたよ。つまむもの何かあったかなぁ」
という訳でお風呂で汗を流した後、縁側で勇魚さんとちょっとだけ晩酌を。 もう夜も遅いので、おつまみは火を使わない冷奴とぬか漬けと大根おろしを。
「お待たせしました」 「おっ、やっこにぬか漬けに大根おろしか。たまにはこういうのもいいなあ」 「もう夜遅いですからね。火をつかうものは避けました」
火を使っても問題は無いのだが、しっかりと料理を始めたら何処からかその匂いにつられた輩が来る可能性もある。 晩酌のお誘いを受けたのだ。 どうせなら二人きりで楽しみたい。
「お、このぬか漬け。よく漬かってんな。屋敷で出してくれるのとちと違う気がするが・・・」 「千波のお母さんからぬか床を貰いまして。照道さんには、俺個人で消費して欲しいと言われてますので・・・」 「ああ、ぬか床戦争って奴だな!この島にもあんのか」
ぬか漬け、美味しいんだけどその度に沙夜さんと照道さんのあの時の圧を思い出して何とも言えない気分になるんだよなぁ。 こうして勇魚さんにぬか漬けを提供できる点に関しては沙夜さんに感謝なんだけど。 というかぬか床戦争なんて単語、勇魚さんの口から出ることに驚きを感じますよ・・・。 他の地域にもあるのか?・・・いや、深く考えないようにしよう。
「そういえば前にからみ餅食べましたけど、普通の大根おろしも俺は好きですねえ」 「絡み・・・」
大根おろしを食べていると白耀節の時を思い出す。 そういえば勇魚さんと海堂さんでバター醤油か砂糖醬油かで争ってたこともあったなぁ。 と、先ほどまで饒舌に喋っていた勇魚さんが静かになったような気がする。 何があったかと思い勇魚さんを見ると、心なしか顔が赤くなっているような気がする。
「勇魚さん?どうしました?やっぱりお酒回ってきました?」 「いや・・・うん。なんでもねえ、気にすんな!」 「・・・???まぁ、勇魚さんがそう言うなら」
ちょっと腑に落ちない感じではあったが、気にしてもしょうがないだろう。 そこから小一時間程、俺は勇魚さんとの晩酌を楽しんだのであった。
翌日、夕方。 三日月亭にて―
「兄ちゃん!注文いいかー?この臨時店員のおすすめ一品っての2つ!」 「こっちにも3つ頼むぜー」 「はーい、今用意しまーす!ちょ、店長!なんか今日やたら客多くないですか!?」 「おう、ビビるぐらい客が来るな。やっぱりお前の効果か・・・?」
もうすぐ陽が沈む頃だと言うのに既に三日月亭は大盛況である。 昨日の同時刻より明らかに客数が多い。 ちょ、これはキツい・・・。
「ちわーっとぉ、盛況だなオイ」 「裕ー!面白そうだから様子見に来たわよー」 「・・・大変そうだな、裕」
そんな中、海堂さんと冴さん、洋一さんがご来店。 前二人は最早冷やかしじゃないのか。
「面白そうって・・・割と混んでるのであんまり構えませんよ。はい、お通しとビール」 「いいわよォ、勝手にやってるから。私、唐揚げとポテトサラダね」 「エイヒレ頼むわ。後ホッケ」 「はいはい・・・」
本日のお通しである卯の花を出しながらビールジョッキを3つテーブルに置く。 この二人、頼み方が屋敷の時のソレである。 ぶれなさすぎな態度に実家のような安心感すら感じr・・・いや感じないな。 何だ今の感想。我が事ながら意味がわからない。
「裕。この『限定:臨時店員のおすすめ一品』というのは何だ?」 「俺が日替わりでご用意する一品目ですね。まぁ、色々あってメニューに追加になりまして」 「ふむ。では、俺はこの『限定:臨時店員のおすすめ一品』で頼む」 「お出しする前にメニューが何かもお伝え出来ますよ?」 「いや、ここは何が来るかを期待しながら待つとしよう」 「ハードル上げるなァ。唐揚げ1ポテサラ1エイヒレ1ホッケ1おすすめ1ですね。店長、3番オーダー入りまーす」
他の料理は店長に投げ、俺もキッチンに立つ。 本日のおすすめは鯵のなめろう。 処理した鯵を包丁でたたいて細かく刻み、そこにネギと大葉を加えてさらに叩いて刻む。 すりおろしたにんにくとショウガ、醤油、味噌、を加え更に細かく叩く。 馴染んだら下に大葉を敷いて盛り付けて完成。 手は疲れるが、結構簡単に作れるものなのだ。 そうして用意したなめろうを、それぞれのテーブルへと運んでいく。 まだまだピークはこれからだ。気合い入れて頑張ろう。
そう気合を入れ直した直後にまたも入り口の引き戸が音を立てたのであった。 わぁい、きょうはせんきゃくばんらいだー。
「おーい裕の兄ちゃん!今日も来たぜ!」 「いらっしゃいませー!連日飲んでて大丈夫なんですか?明日も朝早いんでしょう?」 「はっは、そんくらいで漁に行けない軟弱な野郎なんざこの打波にはいねえさ」 「むしろ、お前さんの顔見て元気になるってもんだ」 「はァ、そういうもんですか?とは言え、飲み過ぎないように気を付けてくださいね」
「なぁあんちゃん。酌してくれよ」 「はいはい、只今。・・・はい、どうぞ」 「っかー!いいねぇ!酒が美味ぇ!」 「手酌よりかはマシとは言え、野郎の酌で変わるもんです?」 「おうよ!あんちゃんみたいな可愛い奴に酌されると気分もいいしな!あんちゃんなら尺でもいいぜ?」 「お酌なら今しているのでは・・・?」 「・・・がはは、そうだな��」
「おい、兄ちゃんも一杯どうだ?飲めない訳じゃねえんだろ?」 「飲める歳ではありますけど仕事中ですので。皆さんだってお酒飲みながら漁には出ないでしょう?」 「そらそうだ!悪かったな。・・・今度、漁が終わったら一緒に飲もうぜ!」 「はは、考えておきますね」
ただのバイトに来ている筈なのに、何だか何処ぞのスナックのママみたいな気分になってくる。 それも、この島の人達の雰囲気のせいなのだろうか。
「あいつすげぇな。看板娘みてぇな扱いになってんぞ」 「流石裕ね。二日目にして店の常連共を掌握するとは。崇といい、これも旺海の血なのかしら?」 「もぐもぐ」 「さぁな。にしても、嫁があんなモテモテだと勇魚の野郎も大変だねぇ」 「裕の相手があの勇魚だって知った上で尚挑めるのかが見ものね」 「もぐもぐ」 「洋一、もしかしてなめろう気に入ったのか?」 「・・・うまい。巌もどうだ?」 「お、おう」
料理を運んでいる途中、洋一さんがひたすらなめろうを口に運んでいるのが目に入る。 もしかして、気に入ったのかな? そんな風にちょっとほっこりした気持ちになった頃、嵐は唐突に現れた。 嵐の兄さんじゃないよ。嵐の到来って奴。
「おーう裕。頑張っとるようじゃのう」 「あれ、疾海さん?珍しいですね、ここに来るなんて」 「げ、疾海のジジィだと!?帰れ帰れ!ここにはアンタに出すもんなんてねぇ!裕、塩持って来い塩!」
勇海さんのお父さんである疾海さんが来店。 この人がここにやってくる姿はほとんど見たことがないけれど、どうしたんだろう。 というか店長知り合いだったのか。
「なんじゃ店主、つれないのう。こないだはあんなに儂に縋り付いておったというのに」 「バッ・・・うるせェ!人の体好き放題しやがって!おかげで俺は・・・!」 「何言っとる。儂はちょいとお前さんの体を開いただけじゃろが。その後に若い衆に好き放題されて悦んどったのはお前さんの方じゃろ」
あー・・・そういう事ね。店長の腰をやった原因の一端は疾海さんか。 うん、これは聞かなかったことにしておこう。 というか、あけっぴろげに性事情を暴露されるとか店長が不憫でならない。
「のう、裕よ。お主も興味あるじゃろ?店主がどんな風に儂に縋り付いてきたか、その後どんな風に悦んでおったか」 「ちょ、ジジィてめぇ・・・」 「疾海さん、もうその辺で勘弁してあげてくださいよ。店長の腰がやられてるのは事実ですし、そのせいで俺が臨時で雇われてるんですから。益荒男でいいですか?どうぞ、そこの席にかけてください」 「おい、裕!」 「店長も落ち着いて。俺は何も見てませんし聞いてません。閉店までまだまだ遠いんですから今体力使ってもしょうがないでしょう。俺が疾海さんの相手しますから」 「―ッ、スマン。頼んだぞ、裕」
店長は顔を真っ赤にして逃げるようにキッチンへと戻っていった。 うん、あの、何て言うか・・・ご愁傷様です。 憐れみの視線を店長に送りつつお通しと益荒男を準備し、疾海さんの席へと提供する。
「よう店主の手綱を握ったのう、裕。やるもんじゃな」 「もとはと言えば疾海さんが店長をおちょくるからでしょう。あんまりからかわないでくださいよ」
にやにやと笑う疾海さんにため息が出てくる。 全く・・・このエロ爺は本当、悪戯っ子みたいな人だ。 その悪戯が天元突破したセクハラばかりというのもまた酷い。 しかも相手を即落ち、沈溺させるレベルのエロ技術を習得しているからなおさら性質が悪い。
「にしても、裕。お前さんもいい尻をしておるのう。勇魚の竿はもう受けたか?しっかりと耕さんとアレは辛いじゃろうて」
おもむろに尻を揉まれる。いや、揉みしだかれる。 しかも、その指が尻の割れ目に・・・ってオイ!
「―ッ!」
脳が危険信号を最大限に発し、半ば反射的に体が動く。 右手で尻を揉みしだく手を払いのけ、その勢いのまま相手の顔面に左の裏拳を叩き込む! が、振り抜いた拳に手ごたえは無く、空を切ったのを感じる。 俺は即座に一歩下がり、構えを解かずに臨戦態勢を維持。 チッ、屈んで避けたか・・・。
「っとぉ、危ないのう、裕。儂の男前な顔を台無しにするつもりか?」 「うるせえジジイおもてでろ」 「ほう、その構え・・・。成程、お前さん辰巳の孫のとこに師事したんか。道理で覚えのある動きじゃ。じゃが、キレがまだまだ甘いのう」
かなりのスピードで打ち込んだ筈なのに易々と回避されてしまった。 やはりこのジジイ只者ではない。 俺に攻撃をされたにも関わらず、にやにやとした笑いを崩さず、のんびりと酒を呷っている。 クソッ、俺にもっと力があれば・・・!
「おい裕、どうした。何か擦れた音が、ってオイ。マジでどうした!空気が尋常じゃねぇぞ!?」
店内に突如響いた地面を擦る音に、店長が様子を見に来たようだ。 俺の状態に即座に気づいたようで、後ろから店長に羽交い締めにされる。
「店長どいてそいつころせない」 「落ち着け!何があったか想像はつくが店ん中で暴れんな!」 「かかかっ!可愛い奴よな、裕。さて、儂はまだ行くところがあるでの。金はここに置いとくぞ」
俺が店長に止められている間に、エロ爺は笑いながら店を後にした。 飲み食い代よりもかなり多めの金額が置かれているのにも腹が立つ。
「店長!塩!」 「お、おう・・・」
さっきとはまるきり立場が逆である。 店の引き戸を力任せにこじ開け、保存容器から塩を鷲掴む。
「祓い給え、清め給え!!消毒!殺菌!滅菌ッ!!!」
適当な言葉と共に店の前に塩をぶちまける。 お店の前に、白い塩粒が散弾のように飛び散った。
「ふー、ふー、ふーッ!・・・ふぅ」 「・・・落ち着いたか?」 「・・・ええ、何とか」
ひとしきり塩をぶちまけるとようやく気持ちが落ち着いてきた。 店長の気遣うような声色に、何ともやるせない気持ちになりながら返答する。 疲労と倦怠感に包まれながら店の中に戻ると、盛大な歓声で出迎えられる。
「兄さん、アンタやるじゃねぇか!」 「うおッ!?」 「疾海のじいさんにちょっかいかけられたら大体はそのまま食われちまうのに」 「ひょろっちい奴だと思ってたがすげえ身のこなしだったな!惚れ惚れするぜ!」 「あ、ありがとうございます・・・はは・・・」
疾海さんは俺と勇魚さんの事を知っているから、単にからかってきただけだろうとは思っている。 エロいし奔放だし子供みたいだが、意外と筋は通すし。 あくまで「比較的」通す方であって手を出さない訳ではないというのが困りものではあるが。 そんな裏事情をお客の人達が知っている訳もなく、武術で疾海さんを退けたという扱いになっているらしい。 けど、あのジジイが本気になったら俺の付け焼刃な武術じゃ相手にならない気がする。 さっきの物言いを考えると辰馬のおじいさんとやりあってたって事になる。 ・・・うん、無理そう。
「おっし!そんなあんちゃんに俺が一杯奢ってやろう!祝杯だ!」 「いいねえ!俺も奢るぜ兄ちゃん!」 「抜け駆けすんな俺も奢るぞ!」 「ええっ!?いや、困りますって・・・俺、仕事中ですし・・・」 「裕、折角なんだし受けておきなさいな」
どうしようかと途方に暮れていると、いつの間にか冴さんが隣に来ていた。 と、それとなく手の中に器のようなものを握らされた。
「冴さん。あれ、これって・・・」
横目でちらりと見ると『咲』の字が入った器。 これ、咲夜の盃・・・だよな?
「腕も立って酒にも強いと知っとけば、あの連中も少しは大人しくなるでしょ。自衛は大事よ」 「はぁ・・・自衛、ですか」 「後でちゃんと返してね」
これって確か、持ってるだけで酒が強くなるって盃だったっけ。 その効果は一度使って知っているので、有難く使わせてもらうとしよう。 店長もこっちのやりとりを見ていたのか何も言うこと無く調理をしていた。
「おっ、姐さんも一緒に飲むかい!?」 「ええ。折角だから裕にあやからせてもらうわ。さぁ、飛ばしていくわよ野郎共ー!」 「「「「おおーっ!!」」」」 「お、おー・・・」
その後、ガンガン注がれるお酒を消費しつつ、盃を返す、を何度か繰り返すことになった。 途中からは冴さんの独壇場となり、並み居る野郎共を悉く轟沈させて回っていた。 流石っス、姐さん。 ちなみに俺は盃のご利益もあり、その横で飲んでいるだけで終わる事になった。
そんな一波乱がありつつも、夜は更けていったのだった。
そんなこんなで本日の営業終了時刻が近づいてくる。 店内には冴さん、海堂さん、洋一さんの3人。 冴さんはいまだ飲んでおり、その底を見せない。ワクなのかこの人。 海堂さんはテーブルに突っ伏してイビキをかいており、完全に寝てしまっている。 洋一さんはそんな海堂さんを気にしつつ、お茶を啜っている。 あんなにいた野郎共も冴さんに轟沈させられた後、呻きながら帰って行った。 明日の仕事、大丈夫なんだろうか・・・。
後片付けや掃除もほぼ終わり、後は冴さん達の使っているテーブルだけとなった時、入り口が壊れそうな勢いで乱暴に開いた。
「裕ッ!」 「うわっ、びっくりした。・・・勇魚さん、お疲れ様です」
入り口を開けて飛び込んできたのは勇魚さんだった。 いきなりの大声にかなり驚いたが、相手が勇魚さんとわかれば安心に変わる。 だが、勇魚さんはドスドスと近づいてくると俺の両肩をガシリと掴んだ。
「オイ裕!大丈夫だったか!?変な事されてねえだろうな!」
勇魚さんにしては珍しく、かなり切羽詰まった様子だ。 こんなに心配される事、あったっけ・・・? 疑問符が浮かぶがちらりと見えた勇海さんの姿にああ、と納得する。 というか苦しい。掴まれた肩もミシミシ言ってる気がする。
「うわっ!?大丈夫、大丈夫ですって。ちょ、勇魚さん苦しいです」 「お、おう。すまねえ・・・」
宥めると少し落ち着いたのか、手を放してくれる。 勇魚さんに続いて入って来た勇海さんが、申し訳なさそうに口を開いた。
「裕、すまないな。親父殿が無礼を働いたそうだな」 「勇海さんが気にすることではないですよ。反撃もしましたし。まぁ、逃げられたんですけど」 「裕は勇魚のつがいだと言うのに、全く仕方のないことだ。親父殿には私から言い聞かせておく。勘弁してやって欲しい」 「疾海さんには『次やったらその玉潰す』、とお伝えください」 「ははは、必ず伝えておくよ」
俺の返答に納得したのか、勇海さんは愉快そうに笑う。 本当にその時が来た時の為に、俺も更なる修練を積まなければ。 ・・・気は進まないけど、辰馬のおじいさんに鍛えてもらう事も視野に入れなければならないかもしれない。
「裕、今日はもう上がっていいぞ。そいつら連れて帰れ」 「え、いいんですか?」 「掃除も殆ど終わってるしな。色々あったんだ、帰って休んどけ」
俺に気を遣ってくれたのか、はたまたさっさと全員を返したかったのか、店長から退勤の許可が出た。 ここは有難く上がらせてもらおう。色々あって疲れたのは事実だ。
「じゃあ、折角ですので上がらせてもらいます。お疲れ様でした」 「おう。明日も頼むぞ」
店長に挨拶をし、皆で店を出る。 勇海さんはここでお別れとなり、俺、勇魚さん、冴さん、海堂さん、洋一さんの5人で帰る。 寝こけている海堂さんは洋一さんが背負っている。
「裕、ホントに他に何も無かったんだろうな!?」 「ですから、疾海さんにセクハラ受けただけですって。その後は特に何も無かったですし・・・」
で、帰り道。勇魚さんに詰問されております。 心配してくれるのはとても嬉しい。 嬉しいんだけど、過剰な心配のような気もしてちょっと気おくれしてしまう。
「俺に気を遣って嘘ついたりすんじゃねえぞ」 「冴さん達も一緒にいたのに嘘も何もないんですが・・・」 「裕の言ってる事に嘘はないわよ。疾海の爺さんに尻揉まれてたのも事実だけど」 「・・・思い出したら何か腹立ってきました。あのジジイ、次に会ったら確実に潰さなきゃ」
被害者を減らすにはその大本である性欲を無くすしかないかな? やっぱり金的か。ゴールデンクラッシュするしかないか。 あの驚異的な回避力に追いつくためにはどうすればいいか・・・。 搦め手でも奇襲なんでもいい、当てさえすればこちらのものだろう。 そう思いながら突きを繰り���し胡桃的な何かを握り潰す動作を数回。 駄目だな、やっぱりスピードが足りない。
「成程、金的か」 「裕、その、ソイツは・・・」
洋一さんは俺の所作から何をしようとしているかを読み取ったようだ。 その言葉にさっきまで心配一色だった勇魚さんの顔色変わる。 どうしました?なんで微妙に股間を押さえて青ざめてるんです?
「冴さん。こう、男を不能寸前まで追い込むような護身術とかないですかね?」 「あるにはあるけど、そういうの覚えるよりもっと確実な方法があるわよ」 「え?」 「勇魚。アンタもっと裕と一緒にいなさい。で、裕は俺の嫁アピールしときなさい」
嫁。勇魚さんのお嫁さん。 うん、事実そうなんだけどそれを改めて言われるとなんというか。 嬉しいんだけど、ねぇ?この照れくさいような微妙な男心。
「裕。頬がだいぶ紅潮しているようだが大丈夫か?」 「だ、大丈夫です。何というか、改めて人に言われると急に、その・・・」 「ふむ?お前が勇魚のパートナーである事は事実だろう。港の方でも知れ渡っていると聞いている。恥ずべきことではないと思うが?」 「恥ずかしいんじゃなくて嬉しくも照れくさいというか・・・」 「・・・そういうものか。難しいものだな」
洋一さんに指摘され、更に顔が赤くなる。 恥ずかしいわけじゃない。むしろ嬉しい。 でも、同じくらい照れくささが湧き上がってくる。 イカン、今凄い顔が緩みまくってる自覚がある。
「流石にアンタ相手に真正面から裕に手を出す輩はいないでしょう。事実が知れ渡れば虫よけにもなって一石二鳥よ」 「お、おお!そうだな!そっちの方が俺も安心だ!うん、そうしろ裕!」
冴さんの案に我が意を得たりといった顔の勇魚さん。 妙に食いつきがいいなァ。 でも、それって四六時中勇魚さんと一緒にいろって事では?
「勇魚さんはそれでいいんですか?対セクハラ魔の為だけに勇魚さんの時間を割いてもらうのは流石にどうかと思うんですが」 「んなこたあねえよ。俺だってお前の事が心配なんだ。これくらいさせてくれよ」 「そう言われると断れない・・・」
申し訳ない旨を伝えると、純粋な好意と気遣いを返される。 実際勇魚さんと一緒に居られるのは嬉しいし、安心感があるのも事実だ。
「裕、あんたはあんたで危機感を持った方がいいわよ」 「危機感、といいますとやっぱりセクハラ親父やセクハラ爺の対処の話ですか?」
冴さんの言葉に、2人の男の顔が思い浮かぶ。 悪戯、セクハラ、煽りにからかい。あの人たちそういうの大好きだからなぁ。 でも、だいぶ耐性はついたし流せるようになってきたと思ってるんだけど。
「違うわよ。いやある意味同じようなモンか」 「客だ、裕」 「客?お店に来るお客さんって事ですか?」
え、海堂さんとか疾海さんじゃないのか。 そう思っていると意外な答えが洋一さんの方から返って来た。 客の人達に何かされたりは・・・ない筈だったけど。
「店にいた男たちはかなりの人数が裕を泥酔させようと画策していたな。冴が悉くを潰し返していたが」 「何っ!?」 「え!?洋一さん、それどういう・・・」
何その事実今初めて知った。どういうことなの。
「今日店に居た男たちは皆一様にお前をターゲットとしていたようだ。やたらお前に酒を勧めていただろう。お前自身は仕事中だと断っていたし、店長もお前に酒がいかないようそれとなくガードしていた。だがお前が疾海を撃退したとなった後、躍起になるようにお前に飲ませようとしていただろう。だから冴が向かったという訳だ」 「疾海の爺さん、なんだかんだでこの島でもかなりの手練れみたいだしね。物理でだめならお酒でって寸法だったみたいね」 「えっと・・・」 「食堂に来てた立波さん、だったかしら。ここまで言えばわかるでしょ?店長も何だかんだでそういう事にならないよう気を配ってたわよ」
あァ、成程そういう事か。ようやく俺も理解した。 どうやら俺は三日月亭でそういう意味での好意を集めてしまったという事らしい。 で、以前店長が言っていた「紳士的でない方法」をしようとしていたが、疾海さんとのやりとりと冴さんのおかげで事なきを得たと、そういう事か。
「えー・・・」 「裕・・・」
勇魚さんが俺を見る。ええ、心配って顔に書いてますね。 そうですね、俺も逆の立場だったら心配しますよ。
「なあ裕。明日の手伝いは休んどけ。店には俺が行くからよ」 「いや、そういうワケにもいかないでしょう。勇魚さん、魚は捌けるでしょうけど料理できましたっけ?」 「何、料理ができない訳じゃねえ・・・なんとかなるだろ」
あっけらかんと笑う勇魚さんだが、俺には不安要素しかない。 確かに料理ができない訳じゃないけど如何せん漢の料理だ。店長の補助とかができるかと言うと怪しい。 この島に来てからの勇魚さんの功績をふと思い返す。 餅つき・・・臼・・・ウッアタマガ。 ・・・ダメだ、食材ごとまな板真っ二つにしそうだし、食器を雑に扱って破壊しそうな予感しかしない。 勇魚さんの事だからセクハラされたりもしそうだ。 ダメダメ、そんなの俺が許容しません。
「様々な観点から見て却下します」 「裕ぅ~・・・」
そんなおねだりみたいな声したって駄目です。 却下です却下。
「裕、ならば俺が行くか?」 「お願いしたいのは山々なんですが洋一さんは明日北の集落に行く予定でしたよね。時間かかるって仰ってたでしょう?」 「ふむ。ならば巌に―」 「いえ、海堂さんには店長のマッサージもお願いしてますしこれ以上は・・・」
洋一さんが申し出てくれるが、洋一さんは洋一さんで抱えてる事がある。 流石にそれを曲げてもらうわけにはいかない。 海堂さんなら色んな意味で文句なしの人材ではあるのだが、既にマッサージもお願いしている。 それに、迂闊に海堂さんに借りを作りたくない。後が怖い。
「洋一も無理、巌も無理とするならどうするつもりなんだ?高瀬か?」 「勇魚さん、三日月亭の厨房を地獄の窯にするつもりですか?」 「失礼ねェ。頼まれてもやらないわよ」
勇魚さんからまさかの選択が投げられるがそれは無理。 冴さんとか藤馬さんに立たせたら三日月亭から死人が出る。三日月亭が営業停止する未来すらありえる。 頼まれてもやらないと冴さんは仰るが、「やれないからやらない」のか「やりたくないからやらない」のかどっちなんだ。
「明日も普通に俺が行きますよ。ついでに今後についても店長に相談します」 「それが一番ね。店長も裕の状況に気づいてるでしょうし」 「巌の話だとマッサージのおかげかだいぶ良くなってきているらしい。そう長引きはしないだろう」 「後は勇魚がガードすればいいのよ」 「おう、そうか。そうだな」
そんなこんなで話も固まり、俺達は屋敷に到着した。 明日は何事もなく終わってくれればいいんだけど・・・。 そんな不安も抱えつつ、夜は過ぎていった。
そしてバイト三日目。 俺は少し早めに三日月亭へと来ていた。
「ああ、だよなぁ。すまんな、そっちの可能性も考えてなかったワケじゃ無いんだが・・・そうなっちまうよなあ」
俺の状況と今後の事を掻い摘んで説明すると、店長は疲れたように天井を仰ぐ。
「何というか・・・すみません。腰の具合はどうです?」
別に俺が何かをしたわけではないけれど、状況の中心にいるのは確かなので申し訳ないとは思う。
「海堂の旦那のおかげでだいぶ良くなった。もう一人でも回せそうだ。何なら今日から手伝わなくてもいいんだぞ?」
店長はそう言うが、完治しているわけでもない。 悪化するわけではないだろうが気になるのも事実。 なので、昨日のうちに勇魚さんと決めていた提案を出すことにする。
「でも全快というわけでもないんでしょう?引き受けたのは自分です。勇魚さんもいますし、せめて今日までは手伝わせてくださいよ」 「心意気はありがてえが・・・。わかった、面倒ごとになりそうだったらすぐさま離れろよ?勇魚の旦那も頼むぜ」 「おう!」 「はい!さ、今日も頑張りましょう!」
昨日話した通り今日は開店から勇魚さんも店に居てくれる。 万が一な状態になれば即座に飛んできてくれるだろう。 それだけで心の余裕も段違いだ。
「裕、無理すんなよ」 「わかってますよ。勇魚さんも、頼みますね」 「おう、任せときな!」
勇魚さんには店内を見渡せる席に座ってもらい、適当に時間を潰してもらう。 俺は店長と一緒に仕込みを始めながら新メニューの話も始める。 途中、勇魚さんにビールとお通しを出すのも忘れずに。
「新しいメニュー、どうすっかねぇ」 「今日の一品、新レシピも兼ねてゴーヤーチャンプルーでいこうかと思うんですよ」 「ほー。確かに苦瓜なら栽培してるとこはそこそこあるしな。行けるだろう」 「スパム缶は無くても豚肉や鶏肉でいけますからね。肉が合わないなら練り物やツナでも大丈夫です。材料さえあれば炒めるだけってのも高ポイント」 「肉に卵にと寅吉んとこには世話になりっぱなしだな。だが、いいねえ。俺も久しぶりにチャンプルーとビールが恋しくなってきやがった」 「後で少し味見してくださいよ。島の人達の好み一番把握してるの店長なんだから。・・・でも、やっぱり新メニュー考えるのは楽しいな」 「・・・ったく、面倒ごとさえ無けりゃあこのまま働いてもらえるってのに。無自覚に野郎共の純情を弄びやがって」 「それ俺のせいじゃないですよね・・・」
調理実習をする学生みたいにわいわい喋りながら厨房に立つ俺達を、勇魚さんはニコニコしながら見ている。 あ、ビールもう空きそう。おかわりいるかな? そんな風に営業準備をしていると時間はあっという間に過ぎ去り、開店時間になる。 開店して数分も経たないうちに、店の引き戸がガラリと開いた。
「いらっしゃいませー!」
「裕、お前まだここで働いてたのか」 「潮さん、こんばんは。今日までですけどね。あくまで臨時なので」 「ふむ、そうか。勇魚の旦那もいるのか」 「おう、潮。裕の付き添いでな」 「・・・ああ、成程な。それは確かに必要だ」
「おっ、今日も兄ちゃんいるのか!」 「いらっしゃいませ!ははは、今日で終わりなんですけどね」 「そうなのか!?寂しくなるなぁ・・・。なら、今日こそ一杯奢らせてくれよ」 「一杯だけならお受けしますよ。それ以上は無しですからね」
「裕の兄ちゃん!今日でいなくなっちまうって本当か!?」 「臨時ですので。店長の具合もよくなりましたし」 「兄ちゃんのおすすめ一品、好きだったんだけどよ・・・」 「はは、ありがとうございます。今日も用意してますから良かったら出しますよ」 「おう、頼むぜ!」
続々とやってくる常連客を捌きつつ、厨房にも立つ。 店長の動きを見てもほぼ問題ない。治ってきてるのも事実のようだ。 時折お客さんからの奢りも一杯限定で頂く。 今日は以前もらった方の咲夜の盃を持ってきているので酔う心配もない。
「おう、裕のあんちゃん!今日も来たぜ!」 「い、いらっしゃいませ・・・」
再びガラリと入り口が空き、大柄な人物がドスドスと入ってくる。 俺を見つけるとがっしと肩を組まれる。 日に焼けた肌が特徴の熊のような人だ。名前は・・・確か井灘さん、だったかな? 初日に俺に可愛いと言い、昨日は酌を頼まれ、冴さんに潰されてた人だ。 スキンシップも多く、昨日の一件を考えると警戒せざるを得ない。 取り合えず席に案内し、おしぼりを渡す。
「ガハハ、今日もあんちゃんの可愛い顔が見れるたぁツイてるな!」 「あ、ありがとうございます。注文はどうしますか?」 「まずはビール。食いモンは・・・そうさな、あんちゃんが適当に見繕ってくれよ」 「俺が、ですか。井灘さんの好みとかわかりませんけど・・・」 「大丈夫だ。俺、食えねえもんはねえからよ。頼むぜ!」 「はあ・・・分かりました」
何か丸投げされた感が凄いが適当に三品程見繕って出せばいいか。 ついでだからゴーヤーチャンプルーも試してもらおうかな。 そんな事を考えながら、俺は井灘さんにビールとお通しを出す。
「む・・・」 「どうした旦那。ん?アイツ、井灘か?」 「知ってるのか、潮」 「ああ。俺達とは違う港の漁師でな。悪い奴では無いんだが、気に入った奴にすぐ手を出すのが玉に瑕でな」 「そうか・・・」 「旦那、気を付けた方がいいぞ。井灘の奴、あの様子じゃ確実に裕に手を出すぞ」 「・・・��う」
こんな会話が勇魚さんと潮さんの間でなされていたとはつゆ知らず。 俺は店長と一緒に厨房で鍋を振っていた。
「はい、井灘さん。お待たせしました」 「おう、来た来た」 「つくね、ネギま、ぼんじりの塩の串盛り。マグロの山かけ。そして今日のおすすめ一品のゴーヤーチャンプルーです」 「いいねえ、流石あんちゃん。で、なんだそのごーやーちゃんぷうるってのは?」 「内地の料理ですよ。苦瓜と肉と豆腐と卵の炒め物、ってとこでしょうか。(厳密には内地の料理とはちょっと違うけど)」 「ほー苦瓜。滅多に食わねえが・・・あむ。うん、美味え!美味えぞあんちゃん!」 「それは良かった」 「お、美味そうだな。兄ちゃん、俺にもそのごーやーちゃんぷうるってのくれよ」 「俺も!」 「はいはい、ただいま」
井灘さんが美味しいと言ってくれたおかげで他の人もゴーヤーチャンプルーを頼み始める。 よしよし、ゴーヤーチャンプルーは当たりメニューになるかもしれない。 そう思いながら厨房に引っ込んでゴーヤーを取り出し始めた。
それからしばらくして井灘さんから再びゴーヤーチャンプルーの注文が入る。 気に入ったのだろうか。
「はい、井灘さん。ゴーヤーチャンプルー、お待たせ」 「おう!いやー美味えな、コレ!気に入ったぜ、ごーやーちゃんぷうる!」 「あはは、ありがとうございます」
自分の料理を美味い美味いと言ってもりもり食べてくれる様はやっぱり嬉しいものだ。 作る側冥利に尽きる。 が、作ってる最中に店長にも「アイツは気を付けとけ」釘を刺されたので手放しに喜ぶわけにもいかない。
「毎日こんな美味いモン食わせてくれるなんざあんちゃんと一緒になる奴は幸せだなあ!」 「はは・・・ありがとう、ございます?」 「あんちゃんは本当に可愛い奴だなあ」
屈託ない笑顔を向けてくれるのは嬉しいんだけど、何だか話の方向が急に怪しくなってきたぞ。
「おい、裕!早く戻ってきてこっち手伝え!」 「ッ、はーい!じゃあ井灘さん、俺仕事に戻るので・・・」
こっちの状況を察知したのか、店長が助けを出してくれる。 俺も即座に反応し、戻ろうと足を動かす。 が、その前に井灘さんの腕が俺の腕を掴む。 あ、これは・・・。
「ちょ、井灘さん?」 「なあ、裕のあんちゃん。良けりゃ、俺と・・・」
急に井灘さんの顔が真面目な顔になり、真っ直ぐに俺を見据えてくる。 なんというか、そう、男の顔だ。 あ、俺こういう顔に見覚えある。 そう、勇魚さんの時とか、立浪さんの時とか・・・。 逃げようと思うも腕をガッチリとホールドされ、逃げられない。 ・・・ヤバイ。そう思った時だった。 俺と井灘さんの間に、ズイと体を割り込ませてきた見覚えのあるシャツ姿。
「なあ、兄さん。悪いがこの手、離してくんねえか?」 「勇魚さん・・・」
低く、優しく、耳をくすぐる声。 この声だけで安堵感に包まれる。 言葉は穏やかだが、どこか有無を言わせない雰囲気に井灘さんの眉間に皺が寄る。
「アンタ・・・確か、内地の客だったか。悪いが俺の邪魔・・・」 「裕も困ってる。頼むぜ」 「おい、アンタ・・・う、腕が動かねえ!?」
井灘さんも結構な巨漢で相当な力を込めているのがわかるが、勇魚さんの手はびくともしない。 勇魚さんの怪力はよく知ってはいるけど、こんなにも圧倒的なんだなあ。
「こいつ、俺の大事な嫁さんなんだ。もし、手出しするってんなら俺が相手になるぜ」
そう言って、勇魚さんは俺の方をグッと抱き寄せる。 抱き寄せられた肩口から、勇魚さんの匂いがする。 ・・・ヤバイ。勇魚さん、カッコいい。 知ってたけど。 知ってるのに、凄いドキドキする。
「っ・・・ガハハ、成程!そいつは悪かったな、旦那!」 「おう、分かってくれて何よりだぜ。さ、裕。店長が呼んでるぜ」 「あ、ありがとうございます勇魚さん。井灘さん、すみませんけどそういう事なので・・・」
勇魚さんの言葉に怒るでもなく、井灘さんは納得したようにあっさりと手を放してくれた。 井灘さんに謝罪しつつ、促されるまま厨房へと戻る。
「おお!あんちゃんも悪かったな!旦那、詫びに一杯奢らせてくれや!」 「おう。ついでに裕のどこが気に入ったのか聞かせてくれよ」
漁師の気質なのかはたまた勇魚さんの人徳なのか。 さっきの空気はどこへやら、そのまま親し気に話始める2人。
「ちょ、勇魚さん!」 「いいぜ!旦那とあんちゃんの話も聞かせてくれよ!」 「井灘さんまで!」 「おい裕!いつまで油売ってんだ、こっち手伝え!」
店長の怒鳴り声で戻らざるを得なかった俺には二人を止める術などなく。 酒の入った声のデカい野郎共が二人、店内に響かない筈がなく・・・。
「でよ、そん時の顔がまたいじらしくってよ。可愛いんだこれが」 「かーっ!羨ましいこったぜ。旦那は果報モンだな!」 「だろ?なんたって俺の嫁さんなんだからな!」
勇魚さんも井灘さんも良い感じに酒が入ってるせいか陽気に喋っている。 可愛いと言ってくれるのは嬉しくない訳ではないけれど、連呼されると流石に男としてちょっと悲しい気分になる。 更に嫁さん嫁さん連呼されまくって複雑な心境の筈なのにどれだけ愛されているかをガンガン聞かされてオーバーヒートしそうだ。
「何故バイト中に羞恥プレイに耐えなければならないのか・・・」 「おい裕、いつまで赤くなってんだ。とっとと料理運んで来い」 「はい・・・いってきます・・・」
人が耐えながらも調理しているというのにこの銭ゲバ親父は無情にもホール仕事を投げて来る。 こんな状況で席に料理を運びに行けば当然。
「いやー、お熱いこったなあ兄ちゃん!」 「もう・・・ご勘弁を・・・」 「っははははは!」
茶化されるのは自然な流れだった。 勇魚さんと井灘さんのやりとりのお陰でスキンシップやらは無くなったが、祝言だの祝い酒だの言われて飲まされまくった。 咲夜の盃が無ければ途中で潰れてたかもしれない。
そんな揶揄いと酒漬けの時間を、俺は閉店間際まで味わうことになったのだった。
そして、もうすぐ閉店となる時間。 勇魚さんと一緒にずっと飲んでいた井灘さんも、ようやく腰を上げた。 会計を済ませ、店の前まで見送りに出る。
「じゃあな、あんちゃん。俺、マジであんちゃんに惚れてたんだぜ」 「はは・・・」 「だが、相手が勇魚の旦那じゃあ流石に分が悪い。幸せにしてもらえよ!」 「ありがとうございます・・・」 「また飲みに来るからよ。また今度、ごーやーちゃんぷうる作ってくれよな!」 「その時に居るかは約束できませんが、機会があれば」
からりとした気持ちの良い気質。 これもある種のプレイボーイなのだろうか。
「じゃあな!裕!勇魚の旦那!」 「おう!またな、井灘!」 「おやすみなさい、井灘さん」
そう言って手を振ってお見送り。 今日の三日月亭の営業も、これにて閉店。 店先の暖簾を下ろし、店内へと戻る。
「裕。そっちはどうだった?」 「こっちも終わりました。後は床掃除したら終わりですよ」 「ホント、この3日間マジ助かった。ありがとうな」 「いえいえ、久しぶりの接客も楽しかったですよ」
最後の客だった井灘さんも先程帰ったばかりだ。 店内の掃除もほぼ終わり、閉店準備もほぼ完了。 三日月亭のバイトももう終わりだ。 店長が近づいてくると、封筒を差し出してきた。
「ほい、バイト代だ。色々世話もかけたからな。イロ付けといたぜ」 「おお・・・」
ちょろっと中身を確認すると、想定していたよりかなり多めの額が入っていた。 店長なりの労いの証なのだろう。
「なあ裕。マジで今後もちょくちょく手伝いに来ねえか?お前がいると客足増えるし酒も料理も注文増えるしな。バイト料もはずむぜ」 「うーん・・・」
店長の申し出は有難いが、俺は俺でまだやらなければならない事がある。 悪くはない、んだけど余り時間を使うわけにもなぁ。 そんな風に悩んでいると、勇魚さんが俺の頭にぽん、と掌をのせる。
「店長、悪いがこれ以上裕をここにはやれねえよ」 「はは、旦那がそう言うんなら無理は言えねえな。裕の人気凄まじかったからな」 「ああ。何かあったらって、心配になっちまうからな」
今回は勇魚さんのお陰で事なきを得たけど、また同じような状況になるのは俺も御免被りたい。 相手に申し訳ないのもあるけど、どうすればいいか分からなくて困ったのも事実だ。
「お店の手伝いはできないですけど、またレシピの考案はしてきますので」 「おう。売れそうなのを頼むぜ。んじゃ、気を付けて帰れよ」 「はい、店長もお大事に。お疲れ様です」 「旦那もありがとうな」 「おう、おやすみ」
ガラガラ、という音と共に三日月亭の扉が閉まる。 店の前に残ったのは、俺と勇魚さんの二人だけ。
「じゃ、帰るか。裕」 「ええ、帰りましょうか。旦那様」 「おっ・・・。へへ、そう言われるのも悪くねえな」 「嫌味のつもりだったんだけどなァ」
そう言って俺と勇魚さんは笑いながら屋敷への帰路につくのであった。
後日―
三日月亭に買い物に来た俺を見るなり、店長が頭を下げてきた。
「裕、頼む・・・助けてくれ・・・」 「ど、どうしたんです店長。随分疲れきってますけど・・・」 「いや、それがな・・・」
あの3日間の後、事あるごとに常連客から俺は居ないのかと聞かれるようになったそうな。 俺がまだ島にいるのも事実なので連れて来るのは不可能だとも言えず。 更に井灘さんがちょくちょく仲間漁師を連れて来るらしく、『姿が見えない料理上手な可愛い店員』の話だけが独り歩きしてるらしい。 最近では聞かれ過ぎて返す言葉すら億劫になってきているそうな。 ぐったりした様子から、相当疲弊しているのがわかる。
「な、裕。頼む後生だ。俺を助けると思って・・・」 「ええ・・・」
それから。 たまーに勇魚さん同伴で三日月亭にバイトに行く日ができました。
更に後日。
勇魚さんと一緒に『網絡め』という儀式をすることになり、勇海さんに見られながら致すというしこたま恥ずかしいプレイで羞恥死しそうな思いをしたことをここに記録しておきます。
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skf14 · 4 years
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08170519
夏が、窓の外で始まり、そして終わっていく様を見ていた。昼夜問わずガラスを揺らすほど鳴いていた蝉は、いつの日からか段々と数を減らし、今では���う夕暮れにヒグラシが数匹、名残惜しそうにキキキキ...と鳴くばかりになった。
窓の外が見えるよう置いてくれたベッドからは、天色の空から降り注ぐ眩しい日光を身体いっぱいに浴び、青々と生い茂る常盤色の木々、そして、木々の奥に広がる瑠璃紺色の海がよく見えた。壁際の時計は、午前9時を10分ほど過ぎた時刻を示している。
眠る前に放り投げていたスマートフォンで1枚、今の己の目に映る景色を切り取った。同じ構図の写真を何度撮ったか分からないが、それでも、まだ健全な指はシャッターを何度か押した。乾いた音が鳴る。
うん、綺麗に撮れた。白いシーツにぱさり、スマートフォンを投げれば、じゃり、と耳障りな音がしたが、もう慣れたものだと気に留めることもなくなった。
窓から目を逸らし、部屋の反対側へと顔を向けた。待ってて、と言って飛び出した割にきちんと閉じられた白い扉は、君の几帳面な性格を表しているようだ。呼び寄せられたのか、程なくして扉が静かに開かれ、お盆を持った君が顔を覗かせた。
「お待たせ。」
ベッド脇のテーブルへ盆を置いた君はお気に入りのウッドチェアーに腰掛けて、俺を見下ろし投げ出したままだった手をそっと握った。心地の良い、三十六度を感じる。
「食べられそう?」
「うん。食べたい。」
「じゃあ特別に、あーんしてあげる。」
「お言葉に甘えようかな。」
毎日のように訪れる君の特別、に甘えようと握られた手を親指でそっとなぞれば、君の頬には微かに朱が差す。君は繋がれていない左手で、持ってきた皿の上、綺麗に剥かれ小さく切られた林檎にフォークを刺して、口元へと差し出した。
「あーん。」
「...ん、美味しい。瑞々しいね。」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ、多分。」
「多分じゃ困る。」
「次、俺の番ね。」
君の手から奪い取ったフォークは生温い。几帳面に並んだ林檎を一つ、君の口元へと運ぶ。ハムスターみたく丸い目を嬉しそうに細めた君は林檎を咀嚼し、聞かずともわかる美味しさ溢れる表情で飲み込んだ。俺の手からフォークを取り戻した君はサクサクと林檎達を口内へ運びながら、俺も君も見飽きるほど見た窓の外を眺めていた。
「一つ、頼んでもいいかな。」
「何?」
「手袋が欲しい。」
「...手袋?どうして?」
「ざらつきが気になる。お前に触れる時、それを忘れたい。」
「分かった。頼んでおくよ。久しぶりに、海へ行く?」
「いや、読書したいな。お前の好きな本、貸してくれない?」
「おっけ、選んでくる。」
摩る俺の手を暫し見て、ニコ、と笑顔を見せた君は空になった皿をお盆に置き、自室へと一旦戻っていった。お気に入りのティーセットも持ってきているあたり、君は俺がどう答えても一緒にいるつもりだったみたいだ。心配性が過ぎる、と言いたいが、最早この状態では聞いてはもらえないだろう。
「持ってきたよ。」
「今日は...へぇ、外国作家の本?」
「そう。ツルゲーネフの、初恋。昔からずっと好きな本で、読むたびに、胸がきゅって締め付けられる、切ない初めての恋の話。」
「ありがとう、読むよ。」
「...そばにいても、いい?」
「勿論。」
君はベッドの横に腰掛けて、ティーポットで蒸らしたお気に入りのアールグレイをカップに注いだ。今日はどうやら、レモンティーにして飲みたい気分らしい。飴色に近い紅茶に薄いレモンの輪切りを浮かべた瞬間、とぱあず色の香気がふわり、部屋に広がった。君の手が、傍に置かれた砂時計をひっくり返す。
「.........何か、隠してない?」
「まさか。」
「今更、隠せると思ってる?」
「案外、お前は鈍いから。」
「酷い。」
俺の左、ベッドの脇に座って、自身も持ち込んだらしい古書の、挟んでいたしおりを引き抜いてページを開く君は、部屋に漂うレモンの香りにご満悦らしかった。機嫌が良い。
いつだって俺の左にいたがる君に、なぜ左に固執するのか、一度聞いてみたことがある。君は、何を当然のことを聞いているのかと長い睫毛をぱちくりさせた後、ふわり、嫌味なく笑って、「だって、右利きだもん。」と言った。いつでも右手で抱き寄せられるように、と、笑っていた君に呆気に取られている隙に、自由な右手で引き寄せられキスをしたことが昨日のことのようだ。
「砂時計の進捗は。」
「あまり増えてないよ。」
「寂しい?嬉しい?」
「嬉しい。」
「じゃあ、今から少し、悲しませてしまうかもしれない。」
君の目から色が失せていくのは、何度見ても心苦しい。が、隠し立ては出来ない。勝手に捨ててしまうのは、あまりにも君を信用していない。
左手でそっとめくった布団の下、昨日まであったはずの左足は、膝から下が砂と化していた。
この国では、人間が呼吸する頻度で、奇病が発生する。それは、過去にこの国の首領が引き起こした愚かな核戦争のせいでもあり、進み過ぎた技術に人間が敗北した結果でもあり、一つの星がが滅びゆく末路に用意された、覆すことの出来ない答えでもあった。
幻覚が見え続けるもの、身体の一部が肥大化するもの、幸せな夢の中で息絶えるもの。生き物はそれぞれの末路を、手に負えないことを知りながら皆迎えていった。
あるものは花になり、あるものは石になり、あるものは砂糖になり、あるものは塩になった。
メディアはもっぱら、緩和療法や安楽死の宣伝ばかりになった。医療は衰退した。皆が浅ましく人として生き残ることを諦め、奇病を、自然に伸びる爪や髪のように、老衰で逝く時のように、ただ受け入れた。
踏んでいる地面が地面なのか、人だったものの死骸なのか、もう誰にも分からない。死と生の境目も曖昧なこの国で、俺は、砂になっていく。毎日、少しずつ体表が削れて、どこかしらが砂になって、時折内臓にもガタが来ているのか、吐き出して、俺が砂になるのか、それとも砂に戻るのか、よく分からない。
夜、たわいもない触れ合いをしていた俺の肌を撫でた瞬間、ばらばらと崩れ落ちていった皮膚片が、真夏の太陽に焼かれた真っ白な砂浜の砂のような流砂だったのを見た君は、さぞ驚いただろう。
その時が来たのか、と落ち着く俺を前にして、君は、シーツに散らばった砂を必死にかき集めていた。その顔が今でも忘れられない。大事にしていたティーカップを割って、破片を集めながら申し訳なさに泣いてしまうような、そんな君に、恋人の身体のカケラを集めさせるなんて、鬼畜の所業だと。分かっているはずなのに、俺は今日も、君がシーツの上、足の形に盛り上がった砂を掻き集める姿をただじっと見ていた。
「...ごめん。」
「砂時計、いくつ作れるかな。大きい型、買っておけば、よかった。小さいのしかないから、取っとかないと。」
砂浜に撒いてくれ、そういうと怒るんだろうな。と思うと、向かいの部屋に無数に並ぶ砂時計を、責める気持ちになれない。形に固執する君は、ただの砂も、俺だった砂も、あまり違いがないんじゃないかと、少しだけ思う。
「やっぱり今日からここで寝る。」
「ダメだよ。お前、絶対寝ないでしょ。」
「寝るもん。」
「お前寝相悪いから、蹴られて崩れるかもよ。俺。」
「その冗談、今言うのはタチ悪いよ。」
「知ってる。」
手袋があれば、君に見せないように隠した、崩れかけの右手の人差し指も隠して触れ合えるような気がした。君は案外鈍いけど、俺のことに関しては鋭いから、舐めちゃいけないことを俺はすぐ忘れてしまう。いつまでも出会ったときの、子供のような無邪気さを忘れられない。
「砂時計ってのは、上手いアイデアだと未だに思うよ。」
「そうでしょ。そのために、ガラス細工覚えたんだから。愛情の為せる技。」
「砂に意識はない。感覚もない。庭の砂利と混ぜたら何も分からなくなる。けど、君のそばで時を刻めるのは、気分が良い。」
「時間の共有、人が信頼する過程において最も難しくて、最も有効なもの。そう言ったのは出会った頃の貴方だよ。」
「そんな堅苦しい自論、若気の至りだ、忘れてくれ。」
「忘れてやるもんか。」
ザッ、ザッ、と砂の擦れる音が心地よく、君との軽口の応酬のBGMには丁度いい。君が折角進めてくれた初恋の物語は、語り部の男が過去を振り返り手帳を開いたところで止まったまま、目は文字の羅列をただの記号としか捉えてくれない。滑る目が視界の端に捉えたのは、かき集めた砂の中に手を入れたまま、俯く君の姿だった。
「手を、握ってくれないかな。」
「......うん。」
君がそっと砂山から手を引き抜いて、俺の側に腰掛ける。差し出された細い手には砂粒が付いていて、気にせず指を絡め握れば君の瞳に一瞬、不安の色が映った。
「大丈夫。崩れないから。」
「うん。」
「少し、話してもいい?」
「うん。」
君は大人なのに、時々迷子の子供のように、世界の真ん中で立ち止まることがあった。それは決して他人には見えない、俺だけが見える場所で、俺がいることを分かっていて、立ち止まる。不安げな顔をして、キョロキョロと世界を見回して、疑心暗鬼になって、そしてまた、笑顔を貼り付けて進んでいく。
それがとてつもなく嫌だった。甘えられる場所があるから無理をする、というのは、自由主義の俺から見ればどうにも不器用で、非効率的だった。
「お前が弱くしたんだよ、こんなはずじゃなかった。」そう君は言った。人が人を愛すると���うことが何なのか、俺よりもよっぽど、君が理解していた。
「また、迷子になってる。大丈夫だよ、お前は迷ってない。」
「そんなことない。迷う。一人で進んでる振りしてても、ふとした時に、迷う。」
「暗示をかけるのは良くないよ。砂時計があるだろ?迷わないよう、そばにいるって思えるから作った、って言ってたじゃんか。」
「そうやって、突き放す。どうして?」
「突き放してないよ。ただ、お前の時間を止めたくないだけだ。」
「分かんないよ。」
「いくら砂時計と遊んでも、時計の針は進まない。」
君の眼から落ちる雫がシーツの色を変えて、ぽつりぽたりと彩っていく。触れれば少しは身体も固まるか、なんて砂ジョーク、言ったら目を見開いて怒るんだろうな。
「変わらない時間の中で、過去達を抱いて、好きでい続けることは悪いことなの?」
「......悪くは、ない、けど、哀しいよ。」
「それは、自分で決める。」
「お前は、俺が最後に好きになった人だよ。それ以上でも、それ以下でもない。」
「お前はいつも、人の話を聞かない。」
「聞いてるさ。お前の言葉も、声も、全部聞いてるはずだよ。」
君の手の甲を撫でると、ざらり、とした感触の合間に、つるりと滑らかな君の肌の感覚がまだ伝わってくる。愛、とは。分からない。辞書を引いて出てくる意味で合っているし、間違ってもいる。世間にとっての愛、よりも、俺と君の間にある愛は、限定的で、自由で、救えない。
「心の全てを、お前が占めてる。それは、他を蔑ろにしてるわけじゃなく、無理やり埋め込んだ訳でもなく、元からそこに嵌るはずだったピースに出会えたような感覚だよ。」
「知ってる。」
花になる人間が、花を愛していたわけじゃない。氷になる人間が、冷徹な人間だったわけでもない。死因に、生前との因果関係は認められていない。ただ、素人ながら、俺はきっと砂になって死ぬべきだったのだと、そう思う。君に愛されながら、それでも乾き続けた報いを受けたのだと、そう思う。
「今、お前の目の前にいる俺を、好きでいて。」
「好きだよ。」
「過去も、未来も、今には勝てない。今この刹那を、愛してほしい。」
「愛してる。」
「泣かないで。ねぇ、お前はいつも俺のストレートな言葉に弱いね。」
「弱くない。」
「弱くないね。そう、お前は強くなった。それなのに、手の届くところにいてくれてありがとう。」
今思うことを吐き出しても、君には遺言のように聞こえてしまう今を、俺は愛せているんだろうか。
わからない。分からないから、いつまで経っても俺は隠した砂を使えずに、明日もまたこのベッドで目を覚まして、君におはようと言うんだろう。
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38nakao · 4 years
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仲良くなりたいだけなのに。
2020.07.07(火)雨のち曇り
 もっと弾むような言葉を書きたい!
 半年くらい前までは、「~なのだ」とか「~なのである」が語尾についてるのが、わたしにしては偉そうで、おじさんの批評文みたいで可愛げがなくて今のような文体にした。というか、戻した。大学時代に一応触れておこうと思ったのと、『ソーシャル・ネットワーク』を観てそのDVDジャケットをつくるっていう課題が出たのとでFacebookのアカウントをとってあるんだけど(あんまし使ってない)、大学のとき描いた文体のがスッと身体に入ってきたからそっちに舵を切り直してみた。わたしの話し方になるたけ書き言葉を近づけたかったから。
 日記なり去年つくったzine『Eat to Z』なり、知り合いか意外と文章を読んでくれていて、「リズムがいい」とか「声に出したくなる」とかお褒めの言葉をもらえて嬉しい。気恥ずかしさも結構ある。みんな(推定10人未満)、結構物好きだよね。何で読むのよ、面白いのかなあ、こんな独り言の垂れ流し。漫談のような問わず語り。
 元々気が向いたら書くスタイルだったのを、外出自粛をきっかけに日記っぽくしてみてから早いもんで4カ月目。似たようなこと書いてることはたくさんあるけど、意外と何もねえなあって日も書いたら何かしら書くことがあるから飽きない。飽きてるとしたら、この文体。リズムは良いかもしれないけど、なんか坦々としてるんだよね(変換して意味ちゃんと調べたら間違った漢字覚えてた。坦々、すまん)。リズムが最初から最初まで同じなんだ。イージーリスニングとかゆるいEDMみたいな。見る方は読みやすいかもしんないけど、わたしはもう違う曲でノりていのだ。
 シャムキャッツの夏目くん(また言ってる)の文体が好きで、考えてることも好きで、夏目くんもTumblrで更新してて、ちょっとそうなりたいなと思うけど、なんていうか天真爛漫さが足りない、わたしには。ああ、天真爛漫になりたい、て思った時点で天真爛漫じゃないよね。狙ってないってことなんだからさ。
 じゃあどういう音にしたらいいんだろう。もっと転調したり、もっとふわふわで軽くて、でもぼよーんて跳ねる力強さが欲しい。もう少し研ぎ澄ませた方がいいな、言葉のピースが固まりすぎてきちゃって、同じ言葉ばっかり使ってるからつまらんのだ。水のような雲のような言葉。結局小心者で、「それ違うよ」って思われるだけでも怖いんだ。みみっちい。
 文字を書くのにあまり多くの本を知らない。文体を知らない。難しいのは分からない、読みたいとは思うし読むけど分かってない。たぶん本から知ろうとしてもダメで、もっと五感を頼って使っていくしかない。リズムよりテンポを気にしてた。これからはメロディだ。たぶん。
 今日はずっと行きたいと思ってたお店に行った(この書き出しも多い)。好きなお笑い芸人を通じてイベント知り合ってた年下の女の子。5歳くらい違うと思う。年下の子が警戒しないで話しかけてくれるから、童顔で良かったなと思う。
 去年の秋かそこらに久しぶりに会ったら結婚してて、荻窪のお店を営む旦那さんのもとで働いてるらしかった。自分のお店で出すごはんが美味しいんだと熱く語ってくれて、なんかもうさ、いいな。幸せそうでなによりだよ。
 会社帰りに別の知人らを誘って行った。ごはん、全部美味しかった。あほみたいな感想だけど、本当に全部美味しかった。ポテトサラダにマヨネーズがかかってないのにしっかりした風味があって、やわらかい芋、そこに混ざった枝豆とタコの食感の違いが楽しかった。刺し盛りも1皿にどっさり盛られてるんじゃなくて、コースみたいに1種類ずつ分けてひとりひとりの前に出される。
「これは金目鯛のなんちゃらでございます。味がついておりますので、そのままお召し上がりください」
 なんて言われて、お行儀いいところにお招きされたみたいで、育ちが良くもないのに(むしろ良くないから)テンションが上がったり。お通しのバンバンジーも美味しかったなあ。あと、とうもろこしの天ぷら。甘くて、ぎゅっと身が詰まって。
夏っぽいことしたい。
夏っぽいことは夏休みっぽいこと。
夏休みっぽいことは子どもみたいに過ごすこと。
ふつうで、一生懸命で、まぶしくて、ふつう。
 今日は夏休みっぽいことじゃあなかった。大人みたいなことだった。「あそこのお店がおいしい」とか恋愛の悩み事とか、惚気だとか、狭い世界のゴシップとか。時折、わたしが冗談を言って、ノってくれると嬉しくなった。話の腰を折ってるだけなんだけど。
 音を出したら満足で、ノイズミュージック的な楽しさはある。3人いて3人その姿勢だと、本当にノイズしかない。言葉が音でしかない時間。
 そういうところに行くときは何も考えたらいけない、それが無心に楽しむこつだって分かった。悪くはない、楽しいは楽しい。即興演奏なのだから、いつもいつだって。
 早口で喋る友人を見て、楽しそうでいいなと思いつつ、少し疲れた。何であんな矢継ぎ早に喋れるんだろう、喋るだけでなんであんなに楽しそうに出来るんだろう、何を見て、何を聞いているんだろう。
 テンポが合わない。テンポが合わないとリズムも合わない、メロディも生まれない(じゃあ行くなよって感じなんだけど)。
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heyheyattamriel · 4 years
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エドワード王 二巻
昔日の王の一代記、二巻
ファーストホールドでの再会
エドワードは赤い空に目を覚ましました。太陽は西の山々に上ったばかりです。彼らは各面が炎に輝く塔のすぐそばに来ていました。ドラゴンは急に方向を変えて近くに飛び、炎の長い息を吐き出しました。彼らが突然高度を下げると、塔の頂上で何度か光が点滅しました。エドワードのお腹はとても変な感じでした。彼はため息をついて身体を動かすと、モラーリンが右手でエドワードを抱けるように体をずらしました。彼は身体を伸ばしてあくびをしました。
「もうすぐだ。クリスタルタワーからファーストホールドまでは馬で数日だが、アカトシュは1時間以内に連れて行ってくれると思う」
「塔には寄らないの?アイリック―」
「軽々しくその名前を使うんじゃない。私にさえもだ。アーチマジスターは向こう何日かは戻らない。ユニコーンは風の兄弟分で、同じぐらい早く旅をする。荷物があってもな。だが、ドラゴンが飛ぶほどじゃない。エルフの故郷がドラゴンの帰還の始まりを迎えているのがわかるだろう。人類の幸運を祈るんだな」
エドワードの視線は深い森の中と、無骨な丘をさまよいました。人のいる印は見えませんでした。「きれいだね」彼は謙虚に言いました。「でもハイロックほどじゃないや」忠誠心からそう付け加えましたし、それは事実でした。「街も、村も農場もないの?」
「ファーストボーンは森の奥深くに住まっている。彼らは大地を引き裂かないし、新しく植えもしない。だがオーリエルが差し出すものは喜んで受け取る…そしてお返しをする。ああ、成長するものの青臭いにおいだ」
確かに、その空気はエドワードが父のカップからすすったことがあるワインと同じような感じがしました…「お腹空いた」
「そうだと思った」少し体を動かし、モラーリンの左手が小さな葉っぱの包みを取り出しました。浅黒い手は大きくて力強く、人にも動物にも見えませんでした。エドワードは嫌悪しながらその手を見つめ、やがてその手に触れないように極めて慎重に包みを取りました。モラーリンが身体を強張らせるのがわかり、エドワードを抱く手が少しその力を弱めました。エドワードは自分の行動を恥ずかしく感じました。この状況で気を悪くさせるのは、親切でも賢明でもありませんでした。モラーリンは簡単に彼を落とすことができるのです。「僕お風呂に入りたいけど、君もだよね」彼はぎこちなく言いました。モラーリンがわざと彼の反応を誤解してくれたことを、エドワードは知っていました。「ああ、私はとても汚れている」エドワードがケーキをかじると、それは見た目よりずっとおいしいことを証明しました。「母さまはそんな風に僕を見ていたよ―少なくとも、そうだった。でも多分、僕はまずお風呂に入るべきだよね?」
「お前はその選択の必要はないと思うが。ああ、やっとだ!」ドラゴンはその翼を広げて空に舞い上がり、巨大な炎の固まりを吐き出すと、広い空き地に降り立ちました。着陸は急角度で、大きな衝撃がありました。エルフたちが急に現れて、彼と、やっと目を覚まして半狂乱でぐるぐる走り回り、エドワードの足元で喘ぐシャグに腕を伸ばしました。
銅の色の炎のような髪をした背の高いエルフが、礼儀正しく彼らに挨拶しました。「ご機嫌麗しゅう、我が王よ。ご婦人がお待ちかねです。エドワード王子、ファーストボーンの地へようこそおいでくださいました。我が民に成り代わり、歓迎申し上げます。ここでのご滞在が心地よく、実りあるものでありますように」
モラーリンは恭しく頷きました。「ありがとう。わが女王は十二分にお待ちになった。すぐにお目にかかろう」エドワードの肩に置いたモラーリンの手が、彼を見たこともないほど大きな木に導きました。その幹は空洞で、中に入ると上に導かれました。開口部にはさらに階段があり、丈夫な枝に橋が架かっています。彼らは大きなひさしがついた、部屋のように椅子とチェストがしつらえられた台に着くまで、それに沿って前に進みました。金色の肌の女性が彼らに微笑みかけ、手招きをして立ち去りました。背が高くほっそりした、蒼白い肌の黒い髪の人間の女性が彼らに歩み寄りました。彼女の眼はエドワードを捉えていました。エドワードだけを。
「どうしていなくなっちゃったの!」その叫び声は彼の深いところから現れ、彼の全身に響き渡りました。その声は彼の数歩手前で彼女を立ち止まらせました。今度は彼女の目がモラーリンを見上げました。彼はエドワードが聞いたことのないような厳しい調子で言いました。「お母様に敬意を持ってお話をなさい、無作法な子だ!」その瞳の一瞥の衝撃で、彼の目に水が溜まりました。
アリエラは素早く彼に近寄り、両手を彼の胸に置きました。「おかえりなさい、旦那様。あなたと息子を無事に私の下に連れてきてくださったノトルゴを称えましょう」
「竜たちの盟主と盗賊さんにも感謝いたしますわ。彼らなしでは私のぼうやをあれ以上きれいに連れてくることはできませんでした。アーチマジスターもうまくことを運んでくださったのね」モラーリンの浅黒い手がそっと優しく彼女の腕に置かれました。彼は落ち着いて幸福そうに笑いました。でも、彼の胸に置かれた両手は、彼を労わるようでもあり、障壁を作っているようでもありました。
「私は本当に恵まれているわ。でも、息子と話すのは久しぶりなのです。二人だけなら、もっと話がしやすいかもしれません」
モラーリンの笑顔がさっと消えました。「3人でいるより2人の方が言葉が見つけやすいと?まあ、そうかもしれないね。時にはね、奥さん」彼は踵を返して去って行きました。橋が揺れて軋みましたが、彼の足は少しも足音を立てませんでした。
アリエラは彼の背中を見ていましたが、彼は振り向きませんでした。エドワードは、また彼の敵に苦痛を与えたことで、好奇心と満足感と後悔が混ざったような気持がしました。「エドワード、私の坊や。ここにきて座ってちょうだい」
エドワードはその場に立っていました。「お母さま、僕は何年も待って、答えを求めて何リーグも旅をしました。僕はもう待ちません。一歩だって動きません」
「何と言われていたの?」
「父が客の名誉を信頼しながら夜眠っている間に、魔法の助力を得て最も卑劣な方法で誘拐されたと」
「お父さまがそう言ったのね。モラーリンは?」
「完全に自分の意思で来たと言いました。あなたの言葉で聞きたいのです」
「私がなぜあなたのお父さまの下を去ったか、どうしてあなたを連れて行かなかったのか、どちらが聞きたいですか」
エドワードは間を置いて考えました。「母上、僕は本当のことが聞きたいんです。ですから、僕は本当のことを知らされなければいけません。あなたが僕を置き去りにしたことを。もう一つの方は、僕は知っていると思います。あなたがそれ以上に、またはほかに話したいと願わない限り、僕はわかっているだろうし、わかると思います」
「真実ですか?真実とは、それを理解している者から独立して存在するたった一つのものではありませんよ。でも、あなたに私の真実を話しましょう。そうすればきっと、あなたは自分の真実にたどり着くでしょう」
アリエラは静かにクッションのおかれた椅子に歩いて戻り、姿勢を正しました。ルビーの色をした小鳥がすぐそばの小枝に停まって、彼女の穏やかな声に伴奏をつけました。
「私の両親が私の結婚を故郷の習慣通りに決めてしまったのです。私はコーサイアを愛していませんでしたが、初めは彼を尊敬していましたし、良い妻でいようと努めました。彼は私を気にかけもしなければ、世話もしてくれませんでした。ですから、彼は私の尊敬を失い、手をかけてもらえない植物が枯れていくように、私は毎日少しずつ死んでいたのです。あなたといる時だけが私の幸福でしたが、コーサイアは私があなたを軟弱にすると考えました。『女みたいに』と彼は言いましたわ。そうして、あなたの3回目の誕生日のあと、私は毎日たった1時間だけ、あなたと過ごすことが許されました。あなたの泣き声を聞きながら、何も考えられずに座って泣いていました。ようやくあなたが泣き止んで私を求めると、私の心は空っぽになりました。私は護衛を一人か二人しか付けずに、長い時間一人で散歩をして、馬に乗るのが癖になりました。そんな時、モラーリンがやってきたのです。彼はロスガー山脈にある黒檀の鉱山を欲しがっていました。彼が使いたがっていた土地は、私の持参金の一部でした。彼は私たちの民に彼の技を喜んで教えてくれましたし、ダークエルフが作った武器を差し出してさえくれました。そのお礼に、私たちの民はゴブリンを遠ざける彼の手助けをして、ハイロックに彼の民の植民地を作ることを許したのです。コーサイアは土地には興味がありませんでしたし、本当に武器をとても必要としていました―最上のものでしたからね―ですから、彼はその申し入れを喜んだのです。話し合い、決めるべきたくさんの細かい事柄があって、その交渉への干渉が私にも降りかかりました。コーサイアはダークエルフを嫌っていましたし、タムリエルで最も優れた戦士として既に名声を得ていたモラーリンに嫉妬していたのです。
「でも、モラーリンは熟練の戦士以上の人でした。彼は読書家で、太陽の下にあるものすべてに興味を持っています。ヤー・フリーとジム・セイから教えを受けたように歌い、演奏することもできました。彼は、私が夢でしか会えないと思っていた、それ以上のお相手でした…誓いますわ。私たちは二人とも外にいるのが好きで、話し合いは乗馬と散歩の間でしたが、いつも彼の部下とコーサイアの部下が一緒でした。すべてが整った時、コーサイアは条約を祝って大きな宴会を開きました。ハイロックのすべての貴族がやってきて、他の地域からもたくさんの人たちが訪れました。最後に、酔っぱらったコーサイアが血でなければ洗い流せないような侮辱の言葉を漏らしました。私は他の貴婦人たちととっくに席を立っていましたから、それが何だったのかは知りません。でも、私はコーサイアがそのような言葉をため込んでいることを知る程度には、個人的に充分聞いてきました。モラーリンは決闘を申し込み、それまでに彼がウィットを取り戻すかもしれないと、コーサイアに昼までの猶予を与えました。
「そしてモラーリンが独りで私の部屋に来て、何が起きたかを話してくれました。『奥様、彼はあなたの弟君を決闘相手に選ぶだろうと思います。いずれにせよ、もう二度と関わることのできない血の河が、私たちの間に流れるでしょう。私はあなたの愛なしで生きていくことはできます。だが、あなたに憎まれることには耐えられない。共に来てください。妻として、あるいは名誉ある客人として、それはあなたの選択です。そして、ご親族の代わりに、あなたは血の代価として貢献なさるでしょう』
「そして、月明かりの下で、恐れおののいて、眠っている貴婦人たちのそばで、私は彼を愛していることを知ったのです。彼なしで生きて行けるかは疑わしかったけれど、それでも、あなたをそれ以上に愛していたの!『息子は』私は囁きました。『置いては―』『奥様、選ばなければなりません。お気の毒ですが』わかるでしょう、エドワード?もし留まれば、私の弟の死が―彼の無垢な若い血が流れるのです。あるいはあなたのお父さまの血が!あるいは、そんなことは起きないと思っていたけれど、私の愛する人の血が流れたかもしれません。モラーリンの戦闘技術はそれだけでも優れていましたし、この類の出来事には、彼は同じくらい優れている魔法の力も借りるでしょう。『連れて行けますわ』でもモラーリンは悲しげに首を振りました。『私にはそんなことはできない。父と子を引き離すことは、私の名誉に反する』
「愛する者を一人ぼっちにする、私は義務には慣れていました」アリエラは誇らしげに言いました。「あなたを父親から、あなたの大好きなおじさまから盗んで行けばよかったでしょうか?そして、おそらくコーサイアは生き残り、この件で私を責め、私を遠くにやってしまう言い訳にしたはずです。コーサイアは私がいなくなれば喜ぶだろうと考えました。彼が本当に武器を欲しがっていることは知っていました。あなたと過ごす時間を得るために、それで取引することもできると私は考えました。モラーリンが私を見ずに立って待っている間、すべてが私の中を駆け巡っていました。
「マーラ様、正しい選択をお助け下さいと私は祈りました。『本当に私を妻にしたいのですか?私は―私は厄介ごと以外何ももたらしませんのよ』
『アリエラ、私はあなたを妻に迎える。私が求めているのはあなた自身だけだ』彼はマントを脱ぎ、布団を引き剥がしながら私の体を包みました。
『モラーリン、待って―これは正しいことかしら?私がしようとしていることは?』
『奥様、もし間違いだと考えているなら、私はここに立ってなどいない!あなたに与えられた選択肢の一つは、私には最も正しいことに思えます』彼は私を抱き起して、馬に運んでいきました。そうして、私は彼のマントだけを身に着け、彼の前に座って馬に乗り、あなたのお父さまの家を去ったのです。野蛮な喜びと悲しみが混じって、自分がどう感じているかわかり���せんでした。これが、私の真実です」
エドワードは静かに言いました。「でも、彼は結局、僕とお父さまを引き離した」
「本当に渋々だったのです。そして、ドラゴンが、本当には、あなたとお父さまの心は既に離れてしまっていると言ったからです。何リーグかだけのことです。これはあなたの安全を保つ方法なの。モラーリンはここに来ることを決めるのは、あなたの自発的な決断であるべきだと言いました。それと同じに、戻りたい時に戻っていいのですよ」
「モラーリンは僕をただ連れて行こうとした!アイリ―その、アーチマジスターが同意しなきゃいけないって言ったんだ」
「彼は忍耐強い性質ではないのです。そして、彼はコーサイアを傷つけてしまわないか不安でした。彼がその議論をどこかほかの場所で続けられると考えていたことは間違いありません」
「肝っ玉の小さい王だって呼んだんだ。そして笑ったよ。どうして?ダガーフォールの人の肝臓はエボンハートの人のより小さいの?第一、それに何の関係があるの?父さまはとても怒ってた。きっと戦いたかったと思うな。でも、父さまが僕を嫌ってるのは本当だよ。わかってるんだ。でも、わかりたくなかった。だからそうじゃない風にふるまっていたんだ。モラーリンはそうじゃないと思うけど」
「ええ」
「でも、彼は嘘をついた。彼は僕の父親だって言おうとしてた。わかるんだ」
アリエラは頭を後ろにそらせて、鈴を転がすような声で笑いました。彼は遠い記憶からそれを思い出し、背中がぞくぞくしました。「もしあなたにそう思ってもらえたら、きっとものすごく、心からそう言いたかったに違いないわ。彼はいつでもせっかちなの。そして、彼は誓いの下では決して嘘をつかないし、愛するものを傷つける嘘はつかないわ」
「僕のことを愛してなんかいないよ。僕のことを好きでさえないんだ」
「でも、私は愛しているのよ、私の大切な坊や。あなたは―」エドワードは彼女が大きくなった、と言おうとしているのだと思いました。大人たちはいつでも彼の成長を見てそう言うのです。一週間前に会ったばかりでも。奇妙なことに、年のわりに、彼は小さかったので。彼女はその代わり、「私が考えていた通りだわ」と母の深い満足を湛えて言いました。
「彼はあなたのことを愛してる。でも彼は使いっぱしりの小僧じゃないと言った。でも、あなたは彼がそうみたいに下がらせた」
アリエラの顔と首が真っ赤になりました。
「確かに、私は召使いに格下げされたようだね」うず高く食べ物が積まれたお盆を持って、モラーリンが静かに入ってきました。「椅子を取ってくれないか、少年。私が給仕役をやれるなら、お前も給仕役をやれるだろう。お前はお腹が空いているだろうし、妻が私の欠点の残りの部分を話す前に戻った方がいいと思ったのでね。それを挙げ連ねるのにほとんどまる一日かかるから」彼は鎧を脱いで風呂を浴び、細いウエストの周りに銀のサッシュを巻いて、洗い立ての黒いジャーキンとズボンを着ていました。でも黒い剣は、彼の横で揺れていました。
「まあ、なんてこと。小さな軍隊がお腹いっぱいになるほどの食べ物を持っていらしたのね。それに、私は朝食を済ませましたの」アリエラは小さな手でエルフの腕に触れ、愛撫するように下に滑らせて彼の手を握って力を込めると、それをまだほてっている首に持ち上げ、唇でその手をなぞりました。彼女の美しさに向かい合う浅黒い肌に居心地の悪さを感じながら、エドワードは素早く目を逸らしました。
「これは私用と、少しは坊やのためにね。でも、ご相伴してくれると嬉しいよ。君は痩せてきている。私にとっては針みたいだ、本当にね」彼女の黒い巻き毛の束を指に巻き付け、軽く引っ張ってにやりと笑いました。それから、食べ物に移ると、人間がするように指で食べるのではなく、小さな銀色の武器で飢えた狼のように襲い掛かりました。その食べ物は―素晴らしかったのです。エドワードはもう何も入らなくなるまで食べました。
「立ち聞きしていたんだが」彼は思慮深そうにもぐもぐと言いました。彼は食べている間、モラーリンの欠点を口の中でもそもそと挙げ続けていました。そして、もっと早く大きな声で言えばよかったことがわかりました。
「ゼニタールよ、坊や、君たち人間は、個人的な話を木の上全体に聞こえるような大きな声で叫んでも、私が耳に綿を詰めて聞かないでいてあげると期待しているのかね?」彼は大きなとがった耳をとんとんと叩きました。エドワードは急いで何を話したか思い出そうとしました。嘘をついたと言いました。ああ、なんてことでしょう。彼が聞いていませんように。
「それで、私は嘘つきなんだって?坊や」ヴァー・ジル、彼に救いの手を、エドワードは溺れ死ぬような気持がしました。このエルフは心を読めるのかしら?彼はそれが父親が彼に使った侮辱の言葉ではないことを願いました。「僕―僕は、そのことを考えていると思ったって意味で言ったんだ。口ごもったもの」エドワードは喘ぎました。彼はものごとを悪い方に転がしていました。
「たぶん、私は思い出そうとしてたんだよ…」皮肉っぽい響きが戻ってきました。
「僕のことなんか好きでもないくせに!」エドワードが大きな声で言いました。
「だからって、本当の父親がお前に主張するのを止めることになるようには思えないね」
「モラーリン、やめて!」アリエラが遮りましたが、エルフは片手を上げて彼女を黙らせました。
「わからないんだ」エドワードがちらりと見ました。
「どうしてあんなことを言ったんだね?」
「わからない―ロアンが言ってた―ことなんだよ―そして、僕はちっとも父さまに似てないんだ。みんなそう言うよ。そして話をやめてしまうの」
「言ってたこと―とは何だね?言いなさい、坊や!」
「二人が若かったころ、どれほど母さまがおじさまのことを好きだったかって。母さまが連れていかれたあと、彼がどんなに悲しんで怒ったかって。弟じゃなくて恋人みたいだったって彼女は言った。とってもかわいらしくそう言ったけど、何か他の意味があるみたいだった。口に出すのがとても汚らわしい何かだよ。他の時には、あの人は僕がとてもエルフっぽく見えるって。僕が結婚したあととても早く生まれたことも。あの人の一人目の息子みたいじゃなかったって」
モラーリンは跳び上がりました「何だって!戻ってあの女狐の首を絞めてやる!人間は―」彼は悪態をかみ殺しましたが、その赤い瞳は怒りに燃え上がり、筋肉がはちきれるように膨らんで、髪は逆立っていました。「お前はエルフと人間の子供には見えない。私が母上に出会ったのは、お前が母上のおなかに宿ってから4年後だ。どうやらロアンはどちらの嘘を使いたいのか決めかねたのだろうね。だが、近親姦などと!私ができないなら、ケルが代わりに鉄槌を下しますように」背の高いエルフは怒り狂って部屋の中を歩きました。カジートのようにしなやかで、片手は剣の柄を撫でています。その台が揺れて、少し下がりました。
「エドワードに比べれば、彼女は自分の息子たちに大望を持っている。疑問なのは、彼女の話を信じる者がどれほどいるかだ。彼を殺させる計画をしているなら、充分ではないだろう」アリエラのなだらかな眉に小さなしわが寄りました。「あのね、私は彼女を嫌ったことはないのよ。彼女もそう。あの方は私の立場を欲しがっていて、私はエドワードを救うために喜んで譲ったわ」
「僕に王様になってほしいんだね。そうしたら黒檀の鉱山を持てるから」エドワードはパズルを解きました。
「まあ、黒檀なんてどうでもいいの。おそらく彼が手に入れるでしょうし。あなたのお父さまがお亡くなりになったら、ロアンの子供たちと協力するより良いチャンスを持っているの。彼らには感謝する十分な理由がありますし、いい取引よ。そうは言っても、彼らの両親のことを考えると、契約にサインするのに充分なほど、自由に口が利けるかどうかは見込み薄だけれど」
「それじゃ、なぜ?僕のこと好きでもないのに」
「マーラ、お助けを!人を『好き』と思うことは人間の概念だ。ある日、彼らはお前を好む、次の日は好まない。火曜日にはまたお前のことを好んで戻って来る。私の妻は私に対してそうするが、彼女が私を好きじゃない時でも私を愛していると言うよ。彼女がどちらもしない日と、リアナの騎士団に加わる話をする時以外はね。そんな時は、私は彼女が正気に戻るまで狩りに行く」
「大げさね、そんなの一度しかなかったし、よく知っているくせに」
「回復期間は大いに楽しんだのを覚えているよ。もっとあってもいいかもね」二人はお互いににやりと笑いました。
「だけど、どうして僕に王様になってほしいの?」エドワードは食い下がりました。
「言っただろう、それはアカトシュの意思なのだ。それと、アーチマジスターのね。私は遠乗りに付き合っただけさ。彼らに聞いてごらん」
「アーチマジスターに会ったら聞いてみよう」
「素晴らしい考えだ。我々と北に旅立つ前に、お前は2、3週間タワーで過ごすことになるだろう」
「それだけ?」
「お前の母上と私と一緒に冬を過ごす計画がそんなに嬉しくないかね?」
「そんなことは…ないです。でも、アイリックと一緒に行くって言ったんだ」お前じゃなくて、口に出さなかった言葉が、二人の間にありました。
「そうなるだろう、そのうちね。今、そこでの数週間は、魔法の訓練を始めるのにちょうどいいだろう。私はお前に呪文を教えてやれる。だが、お前は強くならなければならない。お前の体が心に追いつかなければいけないんだ。それはアーチマジスターの意思なのだよ」
「戦闘の魔法?僕は他のことを勉強したいな。獣の呼び出し方、癒し方、そして浮き方…」
「それも学ぶだろう、必ずね。それと、お前は戦士は癒せないと思っているのか?それはお前がいちばん最初に学ぶ呪文だ。だが、王は戦い方を知らねばならない」
「得意じゃないんだ」
「ドラゴンの歯だよ、坊や!まさにそれがお前が学ばねばならない理由だ」
「もしできなかったら?」
「お前は勇気があって、澄んだ頭を持っていて、魔法を学ぶ潜在的な力がある。それは大抵の者が持っている以上のものだ。残りの部分は私が教える」
エドワードの頭が、不慣れな賞賛にぐるぐる渦を巻きました。「僕が?本当に?君が?」
「お前はお父上の愚かな王宮の者たちがドラゴンとユニコーンの前に丸腰で向き合って、アーチマジスターとタムリエルの英���に、彼らの正義を要求すると思うのかね?正義だって!そんなものを前にしたら、彼らはどうにか慈悲を請うのが関の山さ、それだって疑わしいが、口が利けるものならね」
「僕、そんなことした?したのかなあ?」エドワードはすっかり驚いてしまいました。彼は知らなかった、考えたこともなかったと付け加えたいと思いました。
「ああ、したとも。そして、それはここからモロウィンドに向けて歌われる行いだ。私はそのバラードを作曲しよう―昼寝をしたらすぐにね。ドラゴンの背中の上ではあまりよく眠れないんだ」
「僕とシャグに眠りの魔法をかけたね!」
「そして城の他の者にもだ。友人に手伝ってもらってね」
「うわああ。宙にも浮けるの?見せてくれる?」
「そう急ぐな。私はドラゴンの背中に一晩中とどまっているように、動きを固める魔法を全員にかけていたんだ。休むまではマッチを使わずにろうそくに火を灯すこともできないよ」
「ああ、わかった。それでも僕は、戦士よりもアーチマジスターみたいになりたいな」
「はっ!アーチマジスターが戦えないなんて、そりゃニュースになるな!彼がお前に杖の扱い方を見せる時間があることを願うよ。初期の訓練には最適の武器だ。そして彼以上の講師は望めない。さあ、お前が前に見た四人の中で、誰が一番優れていると思う?」
エドワードは数分の間、慎重に考えました。「僕の判断は本当に粗末だけど、それでもよければ、タムリエルのチャンピオンって称号を使う人が一番優れているはずだと思う。でも、アーチマジスターは君の魔法の先生ではないの?そして武器の扱いもよく訓練されているみたいだ。だから、誰が勝っているか?ドラゴンの炎と��と歯に太刀打ちできる人間がいるかな?それに、とても足が速くて、尖った角と蹄があること以外、僕はユニコーンのことは何も知らないんだ。とってもおとなしかったし。それで、君が尋ねたその質問には、正しく答えられそうにないんだ」
「いい答えだ、坊や!単体の近接戦闘ならユニコーンは簡単に勝てる。人間も、ドラゴンでさえ、あんなに早く一撃を当てられないし、炎で焼くこともできないし、魔法や属性の力も効かない。その蹄は致命的で、その角は一度触れただけで、どんな敵でも殺してしまう。角自体は燃えてなくなってしまうけれどね。それでも、一番強力なのは、それをすぐに再生できることだ。
「そして、4人のタムリエルの英雄は、互いに戦えばおそらく敗者になるだろうが、その称号は馬鹿げた自慢ではない!モラーリンは一流であることに慣れていない。結果として、私の行儀作法は苦しんでいるかもしれないがね」
「わが王よ、あなたには心から感謝申し上げます。あなたは僕に偉大な栄誉と貢献を与えてくださいました。ご恩返しできることがあれば、致しましょう。僕の乱暴な言葉と不躾をご容赦ください。僕は粗野で粗暴な中で暮らしてまいりました。そして、僕には父がないようです。あなたをそう呼ぶことをお許しいただけない限りは」エルフは少年に手を差し出し、彼はその手に自分の手を置きました。エドワードの味気ない気分はすっかり消え…まるで魔法のように…思考が彼の心を漂います…すると彼は手を離して、モラーリンの腰にしがみつきました。エルフの手は黒い髪を撫で、薄い肩を掴みました。
「ありがとう、奥さん。結婚からたった5年で、君は私に9歳のすばらしい息子を贈ってくれた。非凡で、本当に…魔法のようだ」
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