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#美しき勁き国へ
ari0921 · 24 days
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【美しき勁き国へ】国益反する再エネ投資
 櫻井よし子
 産経新聞令和6年4月1日
 河野太郎デジタル相が内閣府で主導した再生可能エネルギーに関するタスクフォース(TF)の会議で事件が起きた。河野氏の推薦でTFに加わった「自然エネルギー財団」事業局長大林ミカ氏が中国の国営電力会社「国家電網公司」のロゴ入り資料を正式に提出していた。わが国のエネルギー政策を議論する政府中枢で中国の資料が使われていた。ここまで浸透されていたかと驚愕(きょうがく)したのは私だけではないだろう。
 河野氏肝煎りのTFは構成員4人のうち、大林氏と高橋洋氏の2人が自然エネルギー財団関係者で大林氏はすぐに辞任した。が、トカゲの尻尾切りのような終わり方で済む問題なのか。
 2011年に孫正義氏が創設した同財団は中国を中心に広くアジア諸国にまたがるエネルギー供給網「アジアスーパーグリッド(ASG)」の実現を目指す。ASGに組み込まれる国は民生、産業、国防、全分野でエネルギー供給の安定を必然的に中国に頼ることになる。国家の首根っこを中国に押さえられるに等しいASGを孫氏らが目指すのは自由だ。しかしなぜ、河野氏はそうした人々を重用するのだろうか。
 気になることを国民民主党幹事長の榛葉賀津也参院議員が指摘した。
 「河野氏が外相当時、気候変動の有識者会合を設置しました。その異常な人選と内容をわが党議員が国会でただした。有識者各氏は意見書で化石燃料由来の発電は中止、石炭火力発電の段階的廃止計画を明示せよなどと再生可能エネルギーを強く推していました」
 平成30年3月23日、参院経済産業委員会で同党の浜野喜史議員がただした。
 「今年2月、外務省は気候変動に関する有識者会合で、エネルギーに関する提言を取りまとめています。これは外務省の見解を示したものですか」
 外務省側は「あくまでも有識者の現状に対する危機感の表明」で、それが「外相(河野氏)に対して提出された」(だけ)と答えた。外務省見解ではないということだ。浜野氏はさらに、有識者9人のうち3人が孫氏の財団の執行メンバーだと指摘した。前述のように今回のTFでは4人中2人が財団関係者だった。
 この人選の偏りは何を示すのか。著名な政治家が主催する会議の結論はおのずと大きな影響力を発揮する。河野氏が再エネ推進で影響を及ぼそうとしているのは明らかだ。動機は何か。氏の自然再生エネルギーへの肩入れ、化石燃料否定はわが国の国益にどう合致するのか。この疑念に関して河野氏はきちんと説明すべきだ。
 政府は、温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」に基づく温室効果ガスの削減目標の達成に向け、脱炭素化に10年で官民合わせ150兆円超の投資が必要だと想定し、うち20兆円を支援する方針だ。専門家らはわが国のエネルギーを再エネで賄おうとすると、この額はやがて何倍にも膨らんでいき、日本経済を押し潰すと危惧する。
 いま莫大(ばくだい)な資金を風力発電などに注入することが正しいとは思えないのだ。それがわが国の産業を下支えし、国民生活を豊かにするとも思えないのである。加えて風力発電に関しては設備のほとんどが中国からの輸入だ。利益は中国に吸い取られる。さらなる再エネ賦課金で、ただでさえ国際的に高額なわが国の電気料金は高騰する。国民負担も国内産業への負担も尋常ではない。
 河野太郎氏や自民党の小泉進次郎衆院議員は再エネに莫大な資金を投入し電気自動車(EV)をふやすという。しかし、日米欧のどこでも政府が補助金を出してもEVは消費者から敬遠され始めた。
 EVに熱心だったドイツ政府はEVへの補助金を前倒しで停止した。中国はEVで最先端を走っていたが、今や中国のEV大手、比亜迪(BYD)さえも方向転換してハイブリッド車などに傾いている。にもかかわらず、わが国はまだEVへの補助をやめない。
 再生エネルギー全体に関して国際社会は大きな揺り戻しの中にある。2050年までに二酸化炭素(CO2)排出ゼロを目指し、気温の上昇を1・5度までにおさえるとしたパリ協定への各国政府の姿勢が変化しているのである。
 パリ協定の目標数値に縛られているのは主に先進国であり、ロシアやグローバルサウスの国々には有利な条件が与えられている。先進国が年間5兆ドル(約750兆円)を温暖化対策費用として途上国に払うとき、はじめて彼らも先進国同様のCO2削減の努力をするという条件だ。
 中国がインドとともに途上国に分類されているのは周知の通りだ。そうした中で日本がCO2ゼロに向けて、巨額を支出するのは愚策である。
 ドイツは30年までに石炭から脱出する方針を延期する可能性がでてきた。英国はCO2ゼロの実現よりもエネルギー安全保障の方が重要だとして、化石燃料の段階的廃止に距離をおいた。
 キャノングローバル研究所の杉山大志研究主幹が紹介する「脱炭素からの撤退が始まった」(ロス・クラーク著)には、パリ協定崩壊を示す事例が満載だ。たとえば昨年12月にドバイで開催した国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)では、議長を務めたアブダビ国営石油公社の会長が3年で石油生産量を約50%増やすと発表した。ブラジルとカナダが石油生産量の拡大を決定した。インドは30年までに石炭生産量を60%拡大する。そして中国だ。21年までの2年間に新規石炭発電所127基の建設を承認し、
その後の2年で承認数は182基まで増えた。
 繰り返す。パリ協定は破綻した。再エネへの巨額の支援、投資はやめるのが国益だ。広く世界を見つめて、日本だけが世界の潮流に取り残され、国力を衰退させる事態は防がなければならない。エネルギー分野でわが国が中国の影響下に置かれることも回避しなければならない。一般常識から見れば奇々怪々の動きを見せてきた河野氏だからこそ、その行動の意味と意図を国民に説明する責任がある。
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yotchan-blog · 29 days
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2024/4/1 9:00:44現在のニュース
パレスチナ新内閣発足 ハマスと対立、ガザ戦後の統治課題(毎日新聞, 2024/4/1 8:55:56) タレント 小倉智昭さん(1) - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2024/4/1 8:54:23) 再エネ会議の人選 河野氏には説明する責任あり 国益に反する巨額の支援、投資はやめよ 美しき勁き国へ 櫻井よしこ([B!]産経新聞, 2024/4/1 8:54:23) 独創的でかわいらしい輪島塗の作り手 夢半ばで絶たれた36歳女性蒔絵師の未来([B!]産経新聞, 2024/4/1 8:54:23) OpenAI、アジア初の拠点を日本に 法人向けにサービス - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2024/4/1 8:48:36) 鳥山明さん死去 - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2024/4/1 8:48:36) 中小融資の不良債権分類、コロナ緊急措置終了へ - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2024/4/1 8:48:36) 500年後の日本は全員「佐藤さん」になる!? 選択的夫婦別姓を導入しない場合を東北大教授が試算:東京新聞 TOKYO Web([B!]東京新聞, 2024/4/1 8:48:23) [時代の証言者]I LOVE マンガ 水野英子<29>著作権「目からうろこ」([B!]読売新聞, 2024/4/1 8:42:35) <論壇時評>大相撲と「入日本化」 伝統を守るための改革を 中島岳志:東京新聞 TOKYO Web([B!]東京新聞, 2024/4/1 8:36:14) 能登半島地震で地盤が隆起 志賀原発周辺を歩いて確かめてみると…ノリ島で異変が起きていた:東京新聞 TOKYO Web([B!]東京新聞, 2024/4/1 8:36:14)
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trinityt2j · 7 months
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加藤 朗(かとう・あきら) 桜美林大学 1951年生。81年早稲田大学大学院政治研究 科国際政治修士修了。同年防衛庁防衛研究 所。96年桜美林大学国際学部助教授。現リ ベラル・アーツ学群教授。『入門・リアリ ズム平和学』(勁草書房,08年)他。 外務省 HP より転載。一部加筆。 平和のリアリズムとはなにか? 時論 ―ガザで想う 444 時 論(加 藤) (4) 日本原子力学会誌, Vol. 51, No. 6(2009)
ガザ紛争の停戦協議が行われていた2月はじめ,イス ラエル南部のアシュケロンに滞在し,ガザ入境の機会を 待った。人口15万人,地中海に面したリゾート地アシュ ケロンの郊外は,目も覚めるような青空,光輝く地中海 そして野には赤いポピー,まるでカリフォルニアやハワ イを思い起こさせる平和な風景が広がっていた。 しかし,日常生活は緊迫感にあふれている。一見平和 に見えるアシュケロンの街も,ガザ境界から約10キロ程 度しか離れておらず,これまでも何度かロケット弾の攻 撃を受け負傷者が出たことがある。宿泊したホテルには 一般客はほとんどおらず,エジプト側国境の国境監視を 支援す る EU の国境支援団(EUBAM : EU Border Assistance Mission)の要員が事務所を構えていた。 今回のガザ攻撃の発端は06年1月にイスラム宗教勢力 ハマスが,それまで自治政府を牛耳っていた世俗派の ファタハを破り,パレスチナ自治評議会(国会に当たる) 選挙で大勝したことにある。その後,ハマスとファタハ の間でガザの治安権限をめぐって武力抗争が勃発した。 内紛の結果,07年6月にガザは完全にハマスの支配下に 置かれることになった。一方,ヨルダン川西岸のパレス チナ自治区はファタハが抑えた。 イスラエルとの2国家共存路線をとる穏健派ファタハ と異なり,急進派ハマスはイスラエルの存在を認めな い。イスラエルはハマスにファタハ同様に,イスラエル を承認させようと,検問所を閉じ経済封鎖で圧力をかけ た。エジプトもイスラエルに同調し検問所を閉じた。ま さに陸の孤島となったガザ地区からハマスはロケット弾 や迫撃砲でイスラエルを攻撃した。これに対しイスラエ ルは07年9月にガザを「敵地」とみなし,同地への燃料や 電力の供給削減を実施した。これにハマスはさらなるロ ケット弾攻撃で反撃した。ちなみに08年にハマスが発射 したロケット弾は1,750発,迫撃砲弾は1,528発(globalsecurity. org)であった。停戦明けの12月18日からハマ スの攻撃が激化し,それに対抗してイスラエルが「ノー・ トラレンス」の方針の下で苛烈な報復攻撃をしかけたの である。 10キ ロ以上飛ぶ長距離ロケット(射 程12キロの Qassam 3,20キロの Grad,40キロの WS1E)ならとも かく,短距離ロケット弾や射程数キロの迫撃砲で攻撃し ても射程内には畑が広がり農家が点在するだけで,イス ラエル側にあまり実害はないように思われる。たしかに 住宅に命中することもあろうが,全く運が悪いとしかい いようがない。実際,何度かロケット弾攻撃を受けたア シュケロンでも週末ともなれば住民は海岸での散歩や魚 釣り,公園でのバーベキューなど,ロケット攻撃など全 く気にする風もなくのんびりと暮らしを楽しんでいる。 ただ検問所は全く様相が異なる。ガザ北部のイスラエ ル側エレズ検問所に行くと,きわめて厳重に警備されて いる。数メートルの高さのコンクリートの分離壁が続 き,大きな建物の検問所入り口には,銃を構えた警備員 が巡回し,空にはロケット弾や迫撃砲の発射を監視して いるのか小型の気球が揚がっていた。時折,報道記者や 許可を得た NGO 関係者が入っていくだけで,人の出入 りはあまりなかった。私もイスラエル当局に NGO 書類 を提出して許可を待ったが,入境を認めたくないとの態 度がありありと見え,結局,2週間の滞在中にイスラエ ル側から許可はおりなかった。 イスラエル側の許可を待つ間にひょっとしてエジプト 側から入境できるのではないかと思い,ヨルダン経由で カイロに飛び,そこからバスで6時間シナイ半島を横断 してエジプト側の国境の町アリーシュに到着。現在,そ こから国境に行くバスはなく,タクシーを雇ってラファ の検問所に行った。エジプト側の検問はイスラエル以上 に厳しく,途中の一本道で三度も検問を受けた。そして やっとたどりついた検問所では,入り口に近寄ることさ えも拒まれ,数分いただけ引き返さざるを得なかった。 兵士が銃を構えているだけではない。土のうを積んだ銃 座には重機関銃も据えつけられ,兵士がいつでも引き金 を引ける態勢で警備していた。 ただし,エジプト川の警備の厳しさは表向きだけだと いわれている。エジプトとガザの境界線の下には何百も のトンネルが掘られ,物資や武器の密輸が行われてい る。エジプト政府はトンネルを見て見ぬ振りをしている らしい。トンネルの出入り口は見つからないように,家 の中や何かで隠されているのかと思っていたが,境界近 くには家らしい建物はほとんどなく,畑が広がっている だけである。出入り口があればすぐにわかる。今回のガ ザ攻撃の目標の一つがトンネルにあったといわれている が,完全には破壊できなかったようだ。 イスラエル,エジプトの両国からガザ周辺を見たが, 徹底した経済封鎖が実施されているようで,ガザに物資 を運搬するトラックらしき車両をほとんどみかけなかっ た。ガザでは東京都区部の約6割の面積に約150万人も の人々が暮らしている。これだけの人々の毎日の暮らし を支えるには,大量の物資を運搬しなければならないは ずだ。しかし,イスラエル,エジプトのいずれの道路で もガザ行きのトラックの姿はみかけなかった。 一方,ファタハが支配しているヨルダン川西岸地域 は,厳重な検問にもかかわらず,人々や物資の輸送は絶 えることなく続き,検問所付近は行き交う車や人々で ごった返していた。パレスチナ自治政府の首府であるラ マッラーの中心街は大変な活況を呈していた。街には新 車のミニバス,トヨタやベンツなどの高級車が目につ く。また観光都市ベツレヘムそして中核都市ヘブロンな ども25年前の面影がないほどに発展していた。ハマスへ のあてつけか,欧米諸国がイスラエルを承認すれば経済 発展を約束するといわんばかりに,ファタハに経済援助 をしているからだろう。 イスラエルの境界に最も近い町ネティボット郊外の丘 からはガザ市街が望見できる。ガザ攻撃当時,世界各国 の報道陣が陣取った場所に間違いない。丘からは遠くに 高いビルが立ち並び,一見すると日本の中都市のような 比較的大きな町並みが広がっている。町の大きさに正直 驚いた。イスラエルのガザ攻撃は,たとえていえば新宿 を集中攻撃したようなものである。これほどの人口稠密 地域への攻撃で,死者が1,300人,負傷者数千人とは, その程度で犠牲が収まったという印象だ。 パレスチナ問題の本質は,今や領土問題でも宗教問題 でもない。それは人口問題である。イスラエル滞在中, ちょうどイスラエルの総選挙の最中で,テレビでも連 日,選挙関連ニュースが流れていた。その時に印象に残っ たのが,人口問題がイスラエルの抱える大きな問題だと いうことである。2005年末時点で西岸とガザのパレスチ ナ人の人口は383万人,そしてイスラエル国内に113万人 がいる。一方,イスラエルのユダヤ人は06年時点で約583 万人。つまりユダヤ人とパレスチナ人はほぼ同数であ る。またパレスチナ人の特殊出生率は6~7人,ユダヤ 人のそれは3~4人といわれている。このままでいく と,いずれユダヤ人はパレスチナ人に飲み込まれてしま う。
イスラエルにとって人口問題解決の方策の一つは移民 の促進である。冷戦後,ソ連,東欧からのユダヤ人が多 数イスラエルに移住してきた。それを証明するようにロ シア語の標識や立て看板をよく目にした。またロシア語 や東欧系の言葉しか話せないタクシーの運転手にも出 会った。そして今一つの解決策が,分離壁を作りユダヤ 人とパレスチナを分離することである。シャロン元首相 がガザを放棄したのも,もはや人口稠密なガザではユダ ヤ人が人口的に上回ることもできず,支配できないと判 断したからだといわれている。 その結果,パレスチナ人は分離壁に取り囲まれた小さ な地域に閉じ込められことになった。特にガザでは人口 爆発によるさまざまな問題が噴出している。生活環境の 悪化,失業問題,貧困,教育の不足など,それらの問題 がパレスチナ住民の不満やイスラエルへの恨みとなり, 対イスラエル強硬派のハマスを勢いづけ,イスラエルへ の攻撃となっている。特にパレスチナの若い世代の人口 爆発を解決しない限り,彼らの不満のはけ口がイスラエ ルに向かい,パレスチナ問題を悪化させることになる。 常に銃を持たなければ安心できないイスラエルの若 者,壁の中で不自由な生活を強いられるパレスチナの若 者。不幸の連鎖はいつ断ち切ることができるのか。ガザ の分離壁を前に,暗澹たる思いしか残らなかった。 (2009年 3月19日 記)
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honyakusho · 8 months
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2023年8月29日に発売予定の翻訳書
8月29日(火)には21冊の翻訳書が発売予定です。
旧約聖書神学
K. シュミート/著 小友聡/監修 日髙貴士耶/翻訳
教文館
フランツ・シュテルンバルトの遍歴
ルートヴィヒ・ティーク/著 片山耕二郎/翻訳
国書刊行会
トゥルー・クライム・ストーリー
ジョセフ・ノックス/著 池田真紀子/翻訳
新潮社
虚無感について : 心理学と哲学への挑戦
ヴィクトール・フランクル/著 広岡義之/翻訳
青土社
王国と栄光 : ��イコノミアと統治の神学的系譜学のために
ジョルジョ・アガンベン/著 高桑和巳/翻訳
青土社
星の航海術をもとめて : ホクレア号の33日
ウィル・クセルク/著 加藤晃生/翻訳
青土社
クィアなアメリカ史 : 再解釈のアメリカ史・2
マイケル・ブロンスキー/著 兼子歩/翻訳 坂下史子/翻訳 髙内悠貴/翻訳 土屋和代/翻訳
勁草書房
何か本当に重要なことがあるのか? : パーフィットの倫理学をめぐって
ピーター・シンガー/編集 森村進/翻訳 太田寿明/翻訳 三浦基生/翻訳 山本啓介/翻訳
勁草書房
重要なことについて 第3巻
デレク・パーフィット/著 森村進/翻訳
勁草書房
暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー 改訂版
ケネス・ハイト/著 安田均/監修 森瀬繚/監修 トレイル・オブ・クトゥルー翻訳チーム/翻訳
グループSNE
シラー戯曲傑作選 ドン・カルロス : スペインの王子
フリードリヒ・シラー/著 青木敦子/翻訳
幻戯書房
シラー戯曲傑作選 メアリー・ステュアート
フリードリヒ・シラー/著 津﨑正行/翻訳
幻戯書房
CRISPR〈クリスパー〉ってなんだろう?  : 14歳からわかる遺伝子編集の倫理
Yolanda Ridge/著 Alex Boersma/著 坪子理美/翻訳
化学同人
世界を翔ける翼 : 渡り鳥の壮大な旅
スコット・ワイデンソール/著 樋口広芳/監修 岩崎晋也/翻訳
化学同人
体に悪い,悪くない,ホントはどっち? : 体内に取り込む化学物質が気になったから論文1000本読んでみた
ジョージ・ザイダン/著 藤崎百合/翻訳
化学同人
裏切り者は誰だったのか : CIA対KGB諜報戦の闇
ハワード・ブラム/著 芝瑞紀/翻訳 高岡正人/翻訳
原書房
おばけって いるの?
エラ・ベイリー/イラスト 木坂涼/翻訳
光村教育図書
砂漠の林檎 : イスラエル短篇傑作選
サヴィヨン・リーブレヒト/著 ウーリー・オルレブ/著 母袋夏生/翻訳
河出書房新社
マルナータ 不幸を呼ぶ子
ベアトリーチェ・サルヴィオーニ/著 関口英子/翻訳
河出書房新社
これまでの経済で無視されてきた数々のアイデアの話 : イノベーションとジェンダー
カトリーン・キラス=マルサル/著 山本真麻/翻訳
河出書房新社
イラストでわかるやさしい化学
アリ・O・セゼル/著 東辻千枝子/翻訳
創元社
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okinatoshiakira · 1 year
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日本語能力試験問題の解釈
2022年11月27日日曜日
説明:翁俊彬 オキナ トシアキラ
1. 一生懸命(いっしょうけんめい) 練習(れんしゅう)したので、(?)泳(およ)げるように なりました。
(1) ずっと
彼女(かのじょ)は 朝(あさ)から ずっと 彼(かれ)の帰(かえ)りを 待(ま)っています。
(2) よく
父(ちち)は よく 公園(こうえん)へ 運動(うんどう)に 行(い)きます。
(3) かなり
去年(きょねん) 植(う)えた木(き)が 今年(ことし)は かなり 大(おお)きくなりました。
(4) なかなか
田中(たなか)さんの 中国語(ちゅうごくご)は なかなか 上手(じょうず)です。
2. いつか (?)また 会えると 思います。
(1) 是非(ぜひ)
私(わたし)が 書(か)いた 作文(さくぶん)を 是非(ぜひ) 見(み)てください。
(2) やっと
徹夜(てつや)を して やっと 宿題(しゅくだい)を 完成(かんせい)しました。
(3) きっと
あの人(ひと)は将来(しょう らい) きっと 立派(りっぱ)な政治家(せいじか)になる と思(おも)います。
(4) しっかり
息子(むすこ)は 毎日(まいにち) しっかり 勉強(べんきょう)して、試験(しけん)に 合格(ごうかく)しました。
翁俊彬【英美語歌詞解説】~【線上*英美日語*愛心公益教學】!
敬請舊雨新知的全球學員們,繼續不斷地鼓勵支持以及樂捐贊助!!
非常感謝!!!祝福每一位都闔家平安健康,幸福美滿以及開心快樂!
2022年11月27日 星期天
從2020年1月開始新冠肺炎疫情爆發之後翁俊彬老師(日本早稻田大學畢業)為了保護所有學員免遭群聚感染而拒絕上教室上課,因此就堅持每日寫教材上傳教學影片免費提供給所有學員各自居家線上學習已將近3年了,但是就在今年2022年這11月,終於他所有積蓄就要彈盡援絕了!
祈求敬請各位快伸出援手緊急救助保護支援【線上*英美日語*愛心公益教學】以及每日努力錄製【中英美日語影集解説】的翁俊彬老師一家三口!!!(師母90歲加上重度身心障礙師兄),拜託拜託!做好事必有好報!!感恩,感恩!!
【麻煩敬請盡快支持贊助樂捐每月學費,非常感謝】
~百元不嫌少,萬元不嫌多~~有錢出錢,有力出力~
~我為人人,人人為我~~今日伸手救人,他日必得貴人救援!
*郵局 戶名:翁俊彬  
*郵局代號700 局號0041-081 帳號038-5461
*匯款後確認用之手機號碼: 0938-269-966(遠傳)
*電子信箱:[email protected]
*影片連結: 
日語能力考試題的解釋
2022年11月27日星期日
說明:翁俊彬 翁俊彬 翁俊彬 翁俊彬 翁俊彬
因爲努力練習,所以能游泳了。
(1) 一直
她從早上開始就一直等着他的歸來。
(2) 好好地
爸爸經常去公園運動。
(3) 相當地
去年種下的樹今年變得相當高大。
(4) 相當不錯
田中先生的中文說得相當好。
總有一天會再見面的。
(1) 一定要(務)務(務)務(務)務(務)務。
請一定要看一看我寫的作文。
(2) 終於
熬夜終於完成了作業。
(3) 顯然
我認爲他將來一定會成爲優秀的政治家。
(4) 堅持住
兒子每天努力學習,考試合格了。
翁俊彬【英美語歌詞解說】~【線上*英美日語*愛心公益教學】!
敬請舊雨新知知性環球學員的們,繼續不間斷地鼓勁支持以及樂捐贊助!!
非常感謝!!!祝福每日第一都 家家平安健康,幸福美滿以及開心快樂!
2022年11月27日 星期天
從2020年1月開始新冠肺炎疫情爆發後翁俊彬學士(日本早稻田大學畢業)爲完保護所有學生免會羣聚感染而拒絕上教室上科���堅持因此就每天提供輔導材料上傳教學影片免費工資所有學生各自居家線上學習已將近3年,但是今年2022年11月,終於他所有積蓄就要彈盡援!
祈禱敬請各位快伸支援者緊急救助保護支援【線上*英美日語*愛心公益教育】以上每日努力錄製的【中英美日語影集解說】翁俊彬學士一家三口!!!(師母90歲加上重度身心障礙師兄),拜託拜託!視爲好事必有好報!!感謝!!
【麻煩敬請儘快支持贊助樂捐每月學費,非常感謝】
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chikuri · 4 years
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中国共産党最高指導部の高官が特別な医療サービスを受けているのは周知のことだ。毛沢東の専任医師だった李志綏氏が執筆した伝記、『毛沢東の私生活』もこのことについて言及した。 また、中国出身の作家、張戎(ユン・チアン)氏と夫のジョン・ハリデイ氏が共著した『マオ 誰も知らなかった毛沢東』では、毛沢東の妻である江青が美容とアンチエイジングのために、「若い軍人から輸血を受けていた」とした。 実際、万里・元全国人民代表大会常務委員長は98才、汪東興・元中国共産党中央委員会副主席は100才、鄧力群・元中央書記処書記は100才、張勁夫・元国務委員は101才、呂正操・元全国人民政治協商会議副主席は105才、雷潔琼・元全国人民政治協商会議副主席は106才と長生きしていた。 米人口統計学と社会科学の学者であるスティーブン・モッシャー(Steven Mosher)氏は、中国共産党政権による法輪功学習者や反体制活動家などへの強制臓器摘出問題を研究している。同氏が今年6月、大紀元英語版のインタビューを受けた際、「寿命を延ばすために、60年代、中国当局の高官は寿命延長のため若者から輸血を受けていた。80年代になると、高官らは若者の臓器を移植するようになった」と指摘した。 モッシャー氏によると、80年代に2年間の執行猶予を言い渡された死刑囚の大半が、高官のためのドナー候補者だった。高官の血液型や臓器の組織が適合すれば、死刑囚は後頭部を拳銃で撃ち抜かれて射殺される。死刑囚の心臓や肝臓などが直ちに摘出される。 米に亡命した中国人富豪の郭文貴氏は過去、江沢民元国家主席の息子、江綿恒が2004~08年まで4回にわたって腎臓移植手術を受けたと暴露した。 カナダ人権派弁護士のデービッド・マタス氏と元外交官のデービット・キルガー氏らが2006年にまとめた調査報告では、中国当局は弾圧の対象である法輪功学習者から臓器を強制的に摘出し、臓器移植に利用しているとした。 また、中国の臓器移植問題を調べる国際組織「追査国際(WOIPFG)」が2016年8月に発表した報告書では、中国当局は法輪功学習者などへの臓器強制摘出により莫大な利益を獲得したとした。
中国高官の健康プロジェクト「寿命150歳を目標」 若者から臓器移植か
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keijukita2018 · 2 years
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戦略会議 #27 超域Podcast/ 「私たち問題」と「倫理」について
コロナ禍がはじまって以来、2年間続いている週3回のゼミの勉強会。この勉強会は当時コロナ禍で年8回という限られたスクーリングの機会がオンラインへと移行したことを補って余りあるほどに機能したもので、モリス・バーマンの『デカルトからベイトソンへ——世界の再魔術化』がゼミの必読書でもあったこともあり、積極的な「参加」の意識が生み出す集合知というもののチカラを目の当たりにするものであった。今年に入り、2月のアタマからそのゼミの勉強会の様子を月1回(現在は2回)収録し、ポッドキャスト(参照:「超域Podcast」)として公開することを試し始めた。僕としてはこれはヴィレム・フルッサーの「文化的コミュニケーション」についての理論の実践だと思っている。
情報操作のプロセスは「コミュニケーション」と呼ばれますが、二つの段階に分かれます。第一段階では情報が作り出され、第二段階では記憶にもたらされ、そこで貯蔵されます。第一段階は「対話」と呼ばれ、第二段階は「言説」と呼ばれます。(中略)対話で作られた情報は、言説において流通します。   ヴィレム・フルッサー『写真の哲学のために』、深川雅文訳、勁草書房、1998年、p65
大学院も4月から五期目に入り、学びが充実してきたこと。そして、僕としてはゼミでの対話によって生まれた「情報」は「価値あるもの」だと思うようになってきたこと。それぞれ問題意識をもって入学してきた社会人がコンテンポラリーアートを通しての学びの中で変化した視点や考え方、経験というのはとても魅力的で、常にちょっとずつ新しい「何か」を生み出し続けているということ。そして、これらのことから考えこの学びを「言説化」しておくべきだろうということに至ったのだ。タイミングよく人に薦められてどハマりした「超相対性理論」というポッドキャストをヒントにしてフルッサーの言うところの4つの言説の方法のうち、空間へ放散する大衆化という方法を選んだということになる。ちなみに、これは「写真の流通」とも同じ方法で、現代写真アートにおける言説のひとつの方法とも言える。そして、参照元の「超相対性理論」のメンバーも配信の中で言っていたが、この方法は非常に充実した学びをもたらす。まだまだニッチなコンテンツなこともあってか、Apple Podcastランキングでカテゴリーのランキングでは常に割と上位にいて、総合5位まで上がったこともあったことからも視聴者にとっても多少は意味あるコンテンツとなっているのではないかとも思える。
毎回、Slackにガーッとトークテーマをあげた中から事前に選んで、収録の日にフリーで対話をする。多くはゼミの中でも度々登場するキーワードであったり、誰かしらがその時に気になっている問題であったりする。今のところどんなテーマであっても話が前に進まないことはない。これはそれぞれが何かしらを共有しているからでもあり、テーマとしてあげられた時点でそれなりに共有すべき同時代的なことであるということなのだろうと思う。 先日新しいシリーズとなるテーマ「私たち問題」について卒業生3人で対話をした。今回のこの「私たち」というテーマも事前にあげたうちの中から選ばれたひとつであった。このテーマをあげた背景としては、つい先日卒業した人たちの昨年度の修士論文で直接的には触れていないが、何人かの背景でゆるく繋がる共通の問題として現れているように思たこと、2020年の展覧会においてオラファー・エリアソンが「Little Sun」を使った体験型の作品《Sunlight Graffiti》において「私 I」と「私たち We」の問題を取り上げていたこと、それにユク・ホイの『再帰性と偶然性』を先日読み終わって考えたこと、さらにはゼミの別プロジェクトに関連してテキストを書いているワリード・ベシュティ『ETHICS』を読んでいたことなどが複雑に頭の中で絡み合って…いや、「倫理」「アート」「私たち」「西洋思想」はもしかしたら絡み合う問題なのではなかろうか?同時に考える問題なのではなかろうか?という仮説が立ち現れてきて、それが何の問題であるのか?という、つまり「西洋思想の限界」とか言われるものであったり、現状の国際状況などという現象的なこととがどう繋がるのか…繋がらないのか…そんなことがぼんやり思えてきて、とても自分ひとりだけでは昇華し切れないテーマとなっていた「私たち」を対話のテーマにしたいと考えたものであった。結果から言えば、充実した勉強会となり、お互いに共有したことはたくさんある。そして、僕は僕なりに上手いことはまとまらないかもしれないが、前に進んだ今思う部分を少し書いておこうかなと思う。
大学院に入って以降、カントにはじまり、フルッサーの『サブジェクトからプロジェクトへ』、マイケル・フリード「芸術の客体性」、モリス・バーマンの『デカルトからベイトソンへ——世界の再魔術化』と何かとこの「主体と客体」という二元論の問題は過去にもブログで書いたが(参照:「戦略会議 #21 論文研究準備/ 主体と客体」)、良かれ悪かれ常に登場する問題であった。「主体」とは対象世界である「客体」から区別して「ワタシ」を認識するという…西洋近代を支えた思考のある意味での限界が「西洋の没落」みたいなものを生み出し、東洋の思想へと接近が生まれる背景となっているとも言える。 一方で、ワリード・ベシュティが前述した『ETHICS』で
An aesthetics of ethics offers the possibility of distinguishing between means and ends by enacting a shift from a hermeneutic approach, which emphasizes decoding, to the study of the means by which that thing being examined comes into being and is circulated, in short, how the work creates conditions of reception, how it makes whatever its message is perceivable.      Walead Besthy,”ETHICS”,Whitechapel Gallery, 2015, p12 (倫理学の美学は、解読に重点を置く解釈学的アプローチから、調査対象が存在し、流通するための手段、つまり、作品がどのように受容の条件を作り出し、どのようにそのメッセージを知覚可能にするかという研究への転換を実現することによって、手段と目的の区別の可能性を提供します。)
と述べるように「関係性の美学」以降のコンテンポラリーアートはプロジェクト型ではないオブジェクトワークであったとしても鑑賞者への受容やその流通の条件をどう作り出すのかという点が重要視されはじめている。デュシャンが思考の芸術として提示したレディメイドは鑑賞者との関係性という形で今日結実している。アート、つまり美的言説はどこに発生するのかという問いに対する答えは「鑑賞者の経験の中に」と言うのがコンテンポラリーアートにおける今時点でのひとつの重要な解答である。このことから言えることは、コンテンポラリーアートとはある意味で、鑑賞者にとって他者であるアーティストの問題、自分ではない他者の問題を鑑賞者である「私」がどう引き受けるか、どう「自分ごと」にするのかという「感覚的ものの分有」の問題であり、要するに「あなた」の問題を「私たち」の問題としてどう受容するのかということだ。つまり、芸術の受容の問題は「私たち問題」でもあるということなのだ。
英語など欧米の言語ほど主語の存在が厳密ではない日本人の僕としてはこれまであまり「私たち」を概念として意識したことがない。逆に「私たち」と強調して表現されることに対してはその政治的な側面、権威的な側面が気になってしまうといったネガティブな受け止め方をしていた。一方で「私たち We」というのは「私 I」以上に曖昧で抽象的である。どこまでを「私たち」とするのか?「私たち」とはそもそもなんなのか?今回の勉強会で「私たち」について話したことでこのあたりのことがだいぶ整理された。 「私たち」という概念は「アプリオリ(より先なるものから、の意)」ではなく、倫理的経験とその判断によってもたらされる「アポステリオリ(より後なるものから、の意)」なものであり、常に他者からの満たされない要求によって立ちあらわれる倫理的主体の問題である。
先行きの見えない不安定な世界情勢、すさまじいスピードで進歩するテクノロジー、コロナ禍というこれまでのアタリマエの通用しない日常…コミュニティや非人間の問題、新しい資本主義の問題、環境問題にいたるまで、今日の問題の多くは「私たち」の範囲設定の問題、つまり再領土化の問題だ。テクノロジーに関してはまさにユク・ホイが『再帰性と偶然性』で書いていた通りである。そして、それぞれに道徳的規範に沿って考えるということではなく、時代にあった倫理的判断を求められている。 なぜ今「私たち」について考える必要があるのか?「私たち」を考えるということはそれが何を示すのかということの解読と判断が常に必要で、倫理的な判断を下し続ける必要があるということだ。そして、このことこそが、実は西洋の二元論的な限界の超克へと繋がる方法として捉えられているのではないかということが今時点では考えられる。つまり、おそらく「倫理」「アート」「私たち」「西洋思想」というものは同じ問題意識に向かうピースとして考えられる。 と、ここまでめんどくさく複雑に書いてきたが、実際の収録した対話は和気あいあいとライトに対話がなされている。4月26日より3週にわたり毎週火曜日に配信の予定。 【超域Podcast】 https://gotolabochoikipodcast.wordpress.com/
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kei139-line · 2 years
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「#櫻井よしこ まとめ」【美しき勁き国へ 櫻井よしこ】国守る意志を持て - 産経ニュース・櫻井よしこ氏、対中非難決議「修正、情けない」 - 産経ニュース
「#櫻井よしこ まとめ」【美しき勁き国へ 櫻井よしこ】国守る意志を持て – 産経ニュース・櫻井よしこ氏、対中非難決議「修正、情けない」 – 産経ニュース
「櫻井よしこ」に関する情報をまとめています。お探しの「櫻井よしこ」は、見つかりましたか? 櫻井 よしこ:作品一覧、著者略歴 – Amazon.co.jp や 赤い日本 (産経セレクト S 23) | 櫻井 よしこ |本 | 通販 | Amazon などもあるんですね。少しはお役に立ちましたでしょうか? 櫻井よしこ 第 1 位 【美しき勁き国へ 櫻井よしこ】国守る意志を持て – 産経ニュース 【美しき勁き国へ 櫻井よしこ】国守る意志を持て – 産経ニュース:Google 7 日前 … ロシアのプーチン大統領のウクライナに対する狂気の侵略が続く。プーチン氏は3日、フランスの��クロン大統領に目的達成まで攻撃はやめないと宣言した … 櫻井よしこ氏×原丈人氏×田口義隆氏 国をつくる礎とは何か – YouTube:Youtube 2013/02/18 … G1サミット2013…
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ari0921 · 1 year
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軍事力強化 目そらすな 
    【櫻井よし子 美しき勁き国へ】
 一体誰がこのデモを想像しただろうか。10月の中国共産党大会で鉄壁の支配体制を築いた習近平国家主席に11月末、白紙を掲げた若者たちが「習近平、辞めろ」と叫んだ。習氏は厳格な都市封鎖を基本にした中国式新型コロナウイルス対策は米欧諸国より優れていると誇った。一党独裁体制は西側の民主主義体制より優れていると胸を張り、米国を嘲(あざけ)ったが、「コロナ流行から3年、人々はいらだっている」と認め、封鎖緩和の可能性も指摘されている。
 だが、「人民第一」の中国なのに大多数の高齢者のワクチン接種は未完了だ。緩和策でコロナが広がれば医療体制は崩壊し200万人の死者が出るといわれる。緩和策がなければ若者たちの不満はさらに高まる。進むも地獄、引くも地獄の局面に習氏は立つ。
 若者の不満噴出はコロナ対策がきっかけだったが、事の本質はそれを越えたところにある。共産党大会で共産主義回帰を明らかにした習氏は、「社会全体の文明度を向上させる」として、党と国家のために役立つ精神文明の推進を打ち出した。最高指導者である自身の主張に従い、逆らうなというに等しい政策である。時代に逆行するこのような統治への不満は容易に消えるものではあるまい。
 中国の歴代政権は大衆の反乱を最も恐れてきた。中国共産党100年の歴史でも大衆の不満への恐れは顕著で、不満発散の仕組みとして常に外に敵を作った。かつての標的は日本、今は台湾だ。
 台湾では11月26日の統一地方選挙で蔡英文総統の民進党が大敗した。民進党の支持率は33・5%、国民党の18・6%よりもはるかに高い。
なのになぜ敗れたのか。中国による民進党をおとしめるサイバー攻撃があったと考えてよいだろう。目的達成に最終的には軍事的手段を用いるが、その前に巧みな情報戦を展開するのが中国の特徴である。防衛相のシンクタンク、防衛研究所の「中国安全保障レポート2023」によれば、前回の総統選挙に重なる2019年9月から20年8月まで、中国から台湾に14億回以上のサイバー攻撃があった。今回もそれに劣らぬサイバー攻撃があったと見るのは当然だ。
 防衛研究所の報告書によると、中国は03年に正式採用した三戦(世論戦、心理戦、法律戦)戦略を発展させ、制空権や制海権の樹立には情報こそ物を言うとして「制情報戦」という概念を打ち立てた。それはいま「制脳権の確率」まで進化しているという。文字どおり、相手の思考を虚偽情報を駆使して操作するという作戦である。
 頭脳まで支配するすさまじい情報戦を仕掛けられた台湾は少なくとも現段階で敗北しているわけだ。ならば、日本が取るべき道は諸国と協力して情報戦で反撃することだ。台湾防護は日本防護である。
 安倍晋三元首相は「自衛隊には継戦能力がありません」と明言し、岸田文雄首相も「(継戦能力は)必ずしも十分ではない」と国会答弁した。2人の首相が自国軍の継戦能力を否定しなければならない。情報力だけでなく軍事力においても、わが国は尋常ならざる危機の中にある。
 中国の習近平国家主席はそんな日本に狙いを定めて中国式海洋支配の法を昨年2月、施行した。海警法だ。「中国の管轄海域」で外国船が中国の法律、法規に違反した場合、強制退去させ、武器使用を含む全ての処置を講ずるという内容で、中国は尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺で海上保安庁など日本の船に武力行使すると宣言したのだ。
 中国は海警局を正式に軍に組み入れるために数年かけて準備をしたが、その間、日本は基本的対処策をとれずにきた。2017年には中国国内の治安維持などにあたる人民武装警察隊(武警)に新たな任務として「海上での権益維持」が付与された。18年1月、国務院と中央軍事委員会の二重指揮下にあった武警は、正式に中央軍事委員会の一元管理下に置かれた。同年には武警の下部組織に海警局を編入した。
 こうして中国は全ての船や装備を軍の一部として使うための法整備を完了した。それを逐一見ていたにもかかわらず、日本は「海保に軍隊としての組織・訓練・機能を禁止する」という海上保安庁法25条の改正ができないで今日に至っている。海保を所管する国土交通省はこの10年間、公明党のポストであり続けた。海保法改正ができなのは公明党の責任か。
 日本は、中国海警を海保同様の?非軍隊?組織と見なしているが、組織上、装備上、法で定められた行動基準上の全てにおいて海警局は準軍事組織である。中国は海警局の船体を白塗りにして灰色の軍隊と異なる体裁にし、日本の抵抗を最小限にとどめて尖閣周辺海域での実効支配を強めている。
 こうした中、米国防総省は11月29日、中国の軍事力に関する年次報告書で米国に急迫する中国の軍事力の実態を公表し、米国の圧倒的優位性が変化していると認めた。わが国の安全保障状況の危うさが際立つ。どこから見ても現状は平時ではなく有事である。自衛隊の軍事力を早急に強化しなければ、日本国は危うい。
 アルゼンチンが英領フォークランド諸島に侵攻したフォークランド紛争のとき、英国のサッチャー首相(当時)は保守党長老のマクミラン元首相の助言を得て、戦時内閣からハウ財務相を除外した。「われわれは軍の安全を財政上の理由のために危うくしようという気には決してならなかった」と、サッチャー氏は書き残した。
 岸田首相は財務省の影響を受けていると指摘されるのを嫌い、財務省主導の「有識者会議」の提言は「参考」にとどめてよいとの考えを示している。財務省は防衛予算の増加を抑制するのに躍起で、有識者会議は防衛費増かの財源は増税や予算削減で賄うことを進言した。
 大事なことは細かなことにとらわれず、目的に集中することだ。巨大な軍事力と経済力、侵略の意思を持つ中国に強い抑止力を働かせるには強い軍事力がいる。その軍事力を強化するという最重要の課題から目をそらさないことだ。財務省の国益なき議論は横に置き、日本を守る軍事力の構築を岸田首相は死に物狂いで主導してほしい。
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xf-2 · 5 years
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櫻井よしこ 美しき勁き国へ2016.11.7 06:00
過日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に「明治日本の産業革命遺産」として登録された端(は)島(しま)(通称、軍艦島)を訪ねた。総面積1万9700坪だ。最盛時、5267人が軒を重ねるように建つ日本初の鉄筋高層住宅で密集して暮らした。同島は「強制労働の監獄島」だったとの非難が韓国にある。元中国人労働者は端島で強制労働にあえいだとして、三菱マテリアル(旧三菱鉱業)を訴え、後述するように和解を勝ち取った。
  他方、長崎市は、「島民は共に遊び、学び、働く、衣食住を共にした一つの炭鉱コミュニティであり、一つの家族のようだったといわれている。島は監獄島ではない」との見解を示している。
 戦時中、端島を含む各地の炭鉱に日本は中国人を「強制連行」し、企業は彼らに過酷な労働を強いたとして、マテリアルは訴えられてきた。だが最高裁判所は2007年4月、日中間の戦時賠償は個人の請求権問題も含めて1972年の日中共同声明で解決済みとの判決を示し、マテリアルは全ての訴訟で勝訴した。
 それでも、中国人側は日本人弁護士に支えられ要求を続け、同社が譲らない状況が続いた。日本政府は日中間の正式な取り決めに依拠して同社の姿勢を支持してきた。
 ところが今年6月1日、マテリアルが一転、和解した。内容は中国人労働者側の代理人、内田雅敏弁護士が「心からの敬意を」(『世界』2016年7月号)表した程の踏み込んだ謝罪と高額の賠償金、基金80億円、謝罪の碑の建立を含むものだった。
 なぜか。取材を通して、背景に日中関係で前のめりになり自ら敗北の中に飛び込むかのような外務省の「助言」があったことが見えてくる。
 確かにマテリアルを和解に向かわせる状況変化もあった。2014年2月26日、弁護士の康健氏が三菱マテリアルと日本コークス工業(旧三井鉱山)を北京市第一中級人民法院(地裁)に訴え、これがわずか3週間後の3月18日に受理されたのである。
 そのときまでこの種の訴えを受理しなかった中国側が電光石火、受理した。2013年12月に安倍晋三首相が靖国神社を参拝し、日中関係が冷えきっていた中での同措置は、中国の報復という政治的色彩を色濃く帯びていた。
 司法が政治の下にある中国での訴訟に、受理の時点で勝ち目はないと見たマテリアルが和解に動き始めたことは、同社が2014年4月頃から急に積極的になったという内田氏の述懐によっても裏づけられる。
しかし、外務省は康健氏の訴えが受理される前に、マテリアルに和解を勧めていたのである。外務省は全否定するが、このことは複数の取材源によって確認がとれている。
 冷え切った日中関係の中での訴訟におびえ、日中関係のさらなる悪化を恐れたと思われる。
日本が和解を受け入れれば中国政府はこれ以上の訴訟を起こさせないように対処してくれるという、根拠のない期待など、外交官は抱いてはならない。日中共同声明の原則に基づけば、中国側の訴えは真の日中友好に反すると主張して、企業を助けるべき局面だった。その闘いの最前線に立つべき外務省でありながら、受理以前に心を萎えさせて企業に和解を勧めたのは言語道断であろう。
 中国の圧力に日本が屈服するのは、日本は常に謝罪し賠償に応じるべきだとの思考に外務省が染まっているからではないか。外交専門誌「外交フォーラム」1992年2月号に元駐韓大使で事務次官の須之部量三氏が書いている。
 戦後処理は、「条約的、法的にはたしかに済んだけれども何か釈然としない」
 同じく事務次官で駐米大使を務めた栗山尚一氏も同誌2006年1月号に書いた。
 「条約その他の文書は、戦争や植民地支配といった不正常な状態に終止符を打ち、正常な国家関係を確立するため欠かせない過程だが、それだけでは和解は達成されない」
 2007年5月17日には、元オランダ大使の東郷和彦氏が朝日新聞に書いた。
 「各企業は、(中略)もう一回、韓国、中国の人たちが陥った過酷な状況に思いをいたし、責任感と大度量をもってできるだけの救済をしていただけたらと思う」
 外務省OBでマテリアルの社外取締役を務める岡本行夫氏も、1972年の共同声明は悲惨な事態を認識しないで結んだとして、企業の謝罪と見舞金支払いを推奨する。
 ベテラン外交官が、問題解決は条約や国際法では不十分で、新たな和解の枠組みが必要だと異口同音に語る。異常ではないか。一連の条約作成に関わったのは彼らであろうに。奇妙なことに、彼らの主張はマテリアルを訴えた弁護士らの主張とほぼ一致する。
 和解でマテリアル側には、訴訟リスクを回避したいという企業防衛の計算もあっただろう。そうした事情を考慮しても、和解の負の影響を同社は深刻に受けとめるべきだ。
1974年の三菱重工爆破事件の犯人の弁護士を務めた内田氏はドイツ型の「記憶・責任・未来基金」の創設を説く。ドイツの政府と企業群が、約150万のユダヤ人への償いで、各50億マルクを拠出し総額100億マルク(5300億円)で設立した基金のようなものの創設を目指す。
マテリアルは元労働者各人に10万元(約170万円)を払う。対象者は3700人超、諸費用を加えて80億円規模だ。基本的に元労働者に払われるが、基金創設の第一歩となる可能性も高く、それが、日本をナチス・ドイツと同列に置く不当な枠組みになる危険性も否定できない。
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honyakusho · 1 year
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2023年5月1日に発売予定の翻訳書
5月1日は労働者の祭典メーデーですが、国民の祝日ではありません。 大型連休の狭間で出勤の人もいると思います。 本日発売予定の翻訳書は18冊あります。 書店店頭で確認してみてはいかがでしょう。
ワーキングメモリと発達障害[原著第2版]
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トレイシー・アロウェイ/著 ロス・アロウェイ/著 湯澤正通/監訳 湯澤美紀/監訳
北大路書房
コーチング心理学ガイドブック
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シヴォーン・オリオーダン/編著 スティーブン・パーマー/編著 徳吉陽河/監訳 森谷満/訳 ほか
北大路書房
エイジズムを乗り越える
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アシュトン・アップルホワイト/著 城川桂子/訳
ころから
仕組みもわかる西洋の建物の描き方
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リチャード・テイラー/著 髙瀨みどり/翻訳 飛ヶ谷潤一郎/監修
エクスナレッジ
原爆の歌 河野英子歌集
河野英子/著 河野優三枝/編集・翻訳 アリエル・オサリバン/翻訳
木犀社
人間がいなくなった後の自然
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カル・フリン/著 木高恵子/翻訳
草思社
アカシックレコードで読み解く「光の12日間」~アップデート版~ 2037年までに起こること
ゲリー・ボーネル/著 大野百合子/翻訳
徳間書店
アシジのフランシスコの生涯
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A.トムソン/著 持田鋼一郎/翻訳
教文館
カルテル化する政党
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リチャード・カッツ/著 ピーター・メア/著 岩崎正洋/翻訳 浅井直哉/翻訳
勁草書房
世界に学ぶミニ・パブリックス
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OECD(経済協力開発機構)/著 日本ミニ・パブリックス研究フォーラム/翻訳
学芸出版社
スタンフォードの人気教授が教える 「使える」アイデアを「無限に」生み出す方法
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ジェレミー・アトリー/著 ペリー・クレバーン/著 小金輝彦/翻訳
KADOKAWA
ドアのむこうの国へのパスポート
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トンケ・ドラフト/著 リンデルト・クロムハウト/著 リンデ・ファース/著 西村由美/翻訳
岩波書店
地図と星座の少女
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キラン・ミルウッド・ハーグレイブ/著 佐藤志敦/翻訳
岩波書店
プーチン(上) 生誕から大統領就任まで
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フィリップ・ショート/著 山形浩生/翻訳 守岡桜/翻訳
白水社
はねをならべて
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キャレン・レヴィス/著 チャールズ・サントソ/イラスト いわじょうよしひと/翻訳
BL出版
無限角形 1001の砂漠の断章
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コラム・マッキャン/著 栩木玲子/翻訳
早川書房
ベアトリスの予言
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ケイト・ディカミロ/著 ソフィー・ブラッコール/イラスト 宮下嶺夫/翻訳
評論社
近代初期イギリス演劇選集
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鹿児島近代初期英国演劇研究会/訳
九州大学出版会
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hint-lab · 4 years
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『現代美術史』著者・山本浩貴に聞く「コロナ時代の(と)アート」
「社会と芸術」の視点から第二次大戦以降の西洋と日本の美術を総覧した『現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル』(中公新書)を昨年上梓した山本浩貴。気鋭の文化研究者の山本に本書の狙いと「コロナ後」のアートに対する見解を聞いた。
「美術史を複数化する」意識
──手に取りやすく、かつ本格的な現代美術史の入門書は本書が国内で初めてではないかと思います。山本さんは1986年生まれで、正直その若さに驚きました。まずはその出版の経緯を教えていただけますか。
 留学先であったロンドン芸術大学博士課程在学中にサントリー文化財団の若手研究者対象の研究助成に応募し、2016年度の助成をいただきました。その中間報告会が東京で行われ、そこで出版元の編集者と話したのがきっかけです。当初は90年代以降のいわゆるソーシャリー・エンゲージド・アート(SEA)に絞って書きたいと考えましたが、新書なので「現代美術の流れがたどれる通史的な本にしてほしい」と要望があり、この形になりました。
 入手しやすいせいか、現代美術というさほど売れない分野の本にしてはいろいろな人の手に取っていただいているようです。教科書的な部分もあるので、先生が生徒に勧める学校もあると聞きました。
──本書は冒頭、限られた紙幅で包括的な現代美術史を書く困難を断���たうえで「芸術と社会」をテーマに掲げています。このテーマを選んだ理由を改めてお聞かせください。
 僕の場合、美術研究は社会学から入りました。イギリスの社会学者ジャネット・ウルフの81年の著作『The Social Production of Art』の序文に「芸術は社会的産物である」という一文があります。要するに芸術は自律的な天才たちによる自然発生的な産物ではなく、社会的状況や歴史的文脈に絡めとられて、そのなかから生まれてきたものであると。
 そうした言説に影響は受けましたが、芸術がすべて社会的なプロダクトであるという見方を僕は取りません。芸術は社会から影響を受けるし、逆に社会を変える力を持つこともある。つまり芸術は社会に対して常に受動的でもないし、完全に社会から切り離された能動的な営みでもないと考えています。その相互関係や重なり合い、あるいは重ならない部分を含めて、現代美術の流れを丁寧に見つめ直したいと思い、「芸術と社会」という軸を立てました。
 とは言っても、「芸術の神秘性」は確かにあって、言葉や理論だけでは説明できない部分は残ります。その点は自覚的に認識しているつもりです。
──本書では幾つかの点でいままでの通史と異なる現代美術史を提示しています。例えば手元にある『20世紀の美術』(美術出版社)はフォーヴィスムやキュビスムの画家から始まりますが、本書は前史としてアーツ・アンド・クラフツ、民藝、ダダ、大正期の前衛芸術集団マヴォという4つの芸術運動を置いていて、意表を突かれました。
 19世紀後半にイギリスで始まったアーツ・アンド・クラフツと日本の民藝は共に手仕事の復権を目指した工芸の革新運動でした。民藝に注目したのはロンドンで指導教官だった菊池裕子先生(現・金沢美術工芸大教授)が民藝運動の創始者・柳宗悦の研究者だった影響もあると思います。日本ではかつて工芸と美術の境界はかなり曖昧でしたが、西洋美術が本格導入された明治期以後は完全に分離され、工芸は一段低い扱いを受けてきました。でも、「社会」というフィルターを通したとき、アーツ・アンド・クラフツと民芸の意義と影響は極めて大きい。
 個人的にも美術と工芸は基本的に分離しない考えを取っており、自分のステートメントとしてふたつを冒頭に置きました。さらに、それぞれの美術側のカウンターパートを考え、西洋は「コミュニケーション創出装置」の側面を持つダダ、日本はマヴォを選びました。
 本書にも引用しましたが、美術史家の北沢憲昭さんはマヴォを含む大正期の前衛芸術運動と民藝はいずれも急速な近代化に対する反応の側面があったと指摘しています。別の方法ではあったけれど、それぞれ近代に対する違和感をラディカルに表出したと言えます。
 一口に通史といいますが、じつは研究者により様々な意見があり、そうした複数性を提示するのは学問の大事な役割だと思います。美術においても、西洋を中心とした規範的な美術史に異議を申し立て、非西洋や「周縁」とされてきたものの視点から書き直す挑戦が進んでいます。本書もそうした試みのひとつだと受け止めてもらえればと思います。
見えない存在を可視化するのが美術
──「美術史を複数化する」意識を持って執筆したわけですね。本書では第一部の欧米編、第二部の日本編に続いて、第三部は戦後イギリスのブラック・アートや在日コリアンの美術を取り上げています。
 これまで「傍流」とされてきたものを「正史」とぶつけたらどんなほころびが見えるのか。忘れられたり無視されたりしてきたけれど、実は大事なものをどう語り直すか。そうしたことに関心があります。在日コリアンの美術なら、「在日コリアンの美術史」として別個に扱うのではなく、日本美術と一緒にしたときにどのようなつながりが、もしくは不調和が浮かぶのか、見ていきたいと思います。
「正規の美術史ではない」という批判はあります。ただ、鶴見俊輔の『限界芸術論』(1967、勁草書房)をはじめ、芸術の概念を拡張する試みはいまに始まったわけではありませんし、本書も先行研究者の仕事に多くを負っています。
 本書では「正史」からあまり顧みられなかった九州派や万博破壊共闘派、1969年に多摩美術大学の学生が結成した美術家共闘会議を織り込みました。ただ、地方の前衛芸術を十分紹介できなかったのは反省点です。紙幅の都合で新潟のGUNや静岡の雨土耕作などの興味深い運動も削除せざるを得ませんでした。その点は「大都市中心主義」と批判されても仕方ないと思います。
 僕は86年生まれなので、前衛芸術が熱を帯びた時代をリアルに体験したわけではありません。プラスとマイナス、両面もあるでしょうが、距離がある分、定説にこだわらず、判断できた部分はあるかもしれません。
──元々の出自は社会学ですが、研究対象に現代美術を選んだのはなぜですか。美術史や美学出身者と手法や意識に違いはありますか。
 一橋大学社会学部に在学していた2009年ごろ、女性や子供の貧困問題が注目され始め、そうしたテーマに関するルポルタージュを何冊か読みました。そのときに気づいたのは、社会的問題は突然出現するのではなく、見えない状態で潜在的に存在し、まず弱者が危機にさらされることです。元々美術は好きでよく見ていて、目に見えない存在を見えるようにできるのが美術だと感じていました。社会には見えない問題が数多くあり、それを可視化するうえで美術は面白いアプローチではないかと考えるようになったんです。
 具体的には2009年に東京都現代美術館で開かれたドイツの現代美術家、レベッカ・ホルンの個展が印象に残っています。当時は作品の背景や文脈はわかりませんでしたが、人間感覚をつかむビジュアルの強さが強烈で、美術に進むきっかけになりました。 
 最初はつくり手になりたいと思い、ロンドン芸大に留学してカレッジのひとつのセントラル・セント・マーチンズで実作を学びました。文化研究に本格的に取り組んだのは博士課程からで、いまも制作は続けています。手を動かしてつくり、それを基に考えるループが自分はしっくりくるんですね。
 もし美術史出身と違いがあるなら、「美術」のレンズを通して社会の様相を浮かび上がらせようとする点かもしれません。自分の言説が社会に何を投げかけられるか、意識している面はありますね。論争を呼ぶと分かっていても自身の考えを提示して、反応があれば議論が深まっていいと考えています。
美術がレスポンスできること
──現在、世界を震撼させている新型コロナウイルスと美術についてお尋ねします。中世ヨーロッパを席巻したペスト禍は「死の舞踏」のモチーフを生んだとされます。20世紀以降も「スペインかぜ」「アジアかぜ」と呼ばれたインフルエンザのパンデミックやふたつの大戦が起き、近年は国内で自然災害が相次いでいます。こうした“大惨事”に対して美術はどう反応したか、文化研究や現代美術を総覧してきた観点から思うことがあればお聞かせください。
 美術とは直接関係ありませんが、まず「スペインかぜ」の呼称がひっかかります。国名が冠せられたのは流行した第一次大戦時、中立国だったスペインは情報統制がなく、大きく報道されたからで、死者数がとくに多かったわけではないからです。今回、最初に感染が確認された中国・武漢をウイルス名に付ける動きが一時ありました。地名は避けるWHO(世界保健機関)が「COVID-19」と命名して収まったものの、浸透していたら欧米でのアジア人差別に拍車がかかったかもしれない。いま「スペインかぜ」と言っても実害はないでしょうが、正確でない名称を使い続けるのはどうかと個人的には思います。
 その「スペインかぜ」は一説で5000万人もの人が亡くなり、ウィーン世紀末美術を代表するエゴン・シーレやフランスのシュルレアリスム詩人のギヨーム・アポリネールも犠牲になりました。目に見えない存在が恐ろしい速さで広がり、次々と命を奪っていく。その衝撃はダダやシュルレアリスム、アブストラクト・エクスプレッショニズムといった芸術潮流にも影響を与えたと言われますが、具体的にはよくわかりません。ただ、死生観や生への意識といった人々の「心性」に影響を及ぼしたのは確かだと思います。
 戦争との関わりがよく指摘されるのはダダですね。第一次大戦中、永世中立国のスイス・チューリッヒで誕生したダダは、戦争を忌避してこの地に移ったアーティストたちによる「否定と破壊」の芸術運動でした。世界戦争による未曽有の破壊と荒廃に反発し、既存の秩序や価値観を転覆させたうえで再生しようとしたのです。ダダは明確に戦争反対をうたったわけではありませんが、「反戦」あるいは「厭戦」の意識は確かにあったと思います。
 1923年に結成されたマヴォは同年の関東大震災後、代表的なプロジェクトを行いました。焼け野原に建てられた仮設建築に派手な装飾を描いて回る通称「バラック・プロジェクト」です。危機をある種の「チャンス」に転化し、新しい芸術をつくりだしていく。そうした動きも美術史から見て取れるし、「コロナ後」にもそうした可能性はあると考えています。
「制約を創造に変える」ことも美術が得意とすることです。例えば1960年に具体が大阪で開いた国際展「国際スカイフェスティバル」は輸送費節約のため、国内外の作家に出品作のスケッチを郵送してもらい、それを転写した垂れ幕をバルーンに取り付けて、凧のように大空を泳がせました。金銭的制約を斬新なアイデアに昇華させたのです。
 カルチュラル・スタディーズに関する理論面では最近、共に思想家のアントニオ・グラムシとヴァルター・ベンヤミンの言葉を思い返しています。グラムシは「危機はまさしく古いものが死に、新しいものが生まれることができないという事実にある」「この中間的空白期にはさまざまな病的現象が現れる」と言っています。資本主義が機能しなくなり、かといってほかの選択肢もなく、他民族や罹患者への差別が横行し、人々がいら立ちを募らせている現状と重ならないでしょうか。
 いっぽう、ベンヤミンは遺稿となった小論「歴史の概念について」のなかで「危機の瞬間をとらえる」という趣旨を述べています。現状に引き付けていうと、いまは八方ふさがりだけど、この状況はいつかは終わるでしょう。そのときまで社会の病理が噴出しているいまの危機的状況に目を凝らし、心に刻み付けておきたい。
 いまは人間の「想像力」が試されていると強く感じます。身近な例を挙げると、大学が閉鎖されてオンライン授業が推奨されていますが、パソコンやネット環境がない学生は一定数おり、僕が務める東京藝術大学では、現在、学生のネット環境についてのアンケート調査が進められています。恐らくほかの大学も似たような状況ではないでしょうか。
 コロナ関連情報の多くが日本語だけで発信されているのも気がかりです。国内に日本語がわからない人は相当いるはずで、そうした人々は取り残されてしまう。自分が「当たり前」と思い込んでいることがじつは「当たり前でない」と気づくのは想像力の力で、それは美術が強い領域です。そのため、想像力の「拡張」に関して、美術がレスポンスできることはあるのではないかと思います。
問われるシステムの変革
──見通しが立たない現在、話しづらいと思いますが、「コロナ後」の美術はどうなると思いますか。『現代美術史』ではSEAやリレーショナル・アート、アート・プロジェクトなど交流や協働が前提の近年の動向に注目し、かなり紙幅を割いていますが、その傾向は変わるでしょうか。
 短期的には恐らく影響があるでしょう。森美術館(東京・六本木)の「未来と芸術展」(すでに閉幕)で見られたような、AIやテクノロジーを使った作品が世界的潮流になっています。コロナのせいだけとは言いませんが、今後その傾向が強まり、人間同士のコミュニケーションを創出するアートが古びたものに見えてくる可能性はあります。もちろん、AIやテクノロジーを駆使した芸術が、必ずしもすべて人間のコミュニケーションや関係性を軽視しているとは思いませんが。
 ただ、長期的には決してなくならないと思います。空間や経験の共有体験はオンラインでは代替できず、「自粛」期間中に改めてそう認識した人は多いのではないでしょうか。これからも人間同士のコミュニケーションや集合知の大切さに変わりはなく、コミュニケーションを促す装置としてのアートは必要とされ続けると思いますね。
 短期的には制作方法の変化も出てくると思います。先日、映画『カメラを止めるな!』のスタッフが完全リモートで短編映画をつくるというニュースがありました。アートも個々につくったものを組み合わせたり、編集したりといったリモート制作が行われ、コロナ収束後も定着するかも入れません。オンラインのなかでいかに意義あるコミュニケーションを生み出せるか、新しいクリエイティビティを打ち出せるか、創造性が問われている気がします。
 限りある資金や知恵を共有し、サバイブする手段としてコレクティブ(グループ)で活動する作家が増えることも考えられます。リモートなら国籍・場所を問わず、地球の裏側ともつながれるので、よりトランスナショナル(国を超えた)な動きが生まれる可能性があります。
 現在、展覧会の中止・延期を余儀なくされた美術館がオンラインで会場や作品を紹介する動きが広がっています。視聴者との双方向性を取り入れるなど、オンラインならではの仕組みを強化しておけば、将来的に役立つかもしれません。
 中長期的に考えると「システム」の変革が問われる気がします。現代美術は「動き続ける」ことを生存の要件とする資本主義に紐づいているわけですが、その動力が止まったり衰えたりすれば、必然的にアート市場や美術館、展覧会などの仕組みも変わっていくでしょう。無論、すべてが変わるべきだとは思いませんが、問題や矛盾が指摘されている制度が見直されるきっかけにはなると思います。
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chikuri · 5 years
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希望のたね基金 キボタネは私たちが関わっています。 代表理事 梁澄子 (やんちんじゃ) 「被害者がいる問題だったんですね」 在日朝鮮人「慰安婦」サバイバー・宋神道さんの裁判過程をまとめたドキュメンタリー『オレの心は負けてない』を見て、ある学生がつぶやいた言葉です。日本軍「慰安婦」問題が日韓の外交課題として浮上した後で「慰安婦」問題を知った世代には、この問題が日韓の摩擦問題としてしか見えていないのだということを、気付かせてくれた言葉でした。サバイバーたちの四半世紀にわたる闘いが、「慰安婦」問題を外交課題にまで押し上げたのだという事実が、すっぽりと抜け落ちてしまっている。宋神道さんをはじめとする日本軍「慰安婦」サバイバーたちの闘いを目撃してきた者として、被害事実と共に、その闘いと、それが獲得したものについて、伝えていかなければならない責任を感じています。 韓国の日本軍「慰安婦」サバイバー・金福童さんは、日韓合意の最大の問題点は「歴史を売ったことだ」と言いました。「慰安婦問題は歴史なんだ。歴史はお金で売ってはいけないものなんだよ」と。 戦時性暴力の被害者が名乗り出て、加害国の責任を問うて国際世論に訴えるという、人類史上初の試みをおこなった女性たちは、二度と同じことが繰り返されない平和な世界をつくらなければならないと、自らの存在をかけて訴え続けました。その姿が、他の戦時性暴力被害者たちに勇気を与えたこと、世界の人権専門家たちの心を動かして重大人権侵害被害者の被害回復に関する国際基準を打ち立てる上で大きく貢献したこと、闘いの過程で自らが変わり周囲の人々を変えていったことも、私たちが記憶し、伝えていかなければならない歴史です。その歴史が見落とされ、あるいは歪曲されたまま、「解決」や「和解」を唱えても、「解決」と「和解」を手に入れることはできません。 日本軍「慰安婦」問題は私たちに多くのことを気付かせ、学ばせてくれた問題でした。その気づきや学びを、さらに多くの人々、多くの若者に伝えていくことで、「慰安婦」問題は「終わらせる」べき問題ではなく、平和な未来を拓く礎となる問題であることを伝えたいと思います。 日本軍「慰安婦」問題解決全国行動共同代表 1990年から日本軍「慰安婦」問題に関わる。1993年提訴の在日朝鮮人「慰安婦」被害者宋神道さんの裁判支援をおこない、2007年にドキュメンタリー映画『オレの心は負けてない』製作。現在、韓国ソウル「戦争と女性の人権博物館(WHR)日本後援会」代表、「YOSHIMI裁判いっしょにアクション」共同代表。通訳・翻訳、語学講師。 " 顧問 川田文子 (かわだふみこ) じっくり実らせよう、一粒の種 旧日本兵によれば、司令部や大隊本部の側には慰安所を設置した。本部を守る配置の200名規模の各中隊には慰安所の「慰安婦」が巡回した。最前線の小隊には慰安所も「慰安婦」の巡回もない。それで、女性を拉致し順繰りに犯し、「合意」と見せかけるため金を握らせた。真摯な反省も再発防止策も示さず日本政府が締結した「日韓合意」は70年以上前、最前線の兵士が編み出した犯罪隠蔽のため金を被害者に握らせた手法と同質だ。 日本政府は「日韓合意」の一条件とした平和の少女像の撤去にこだわる。韓国の若者は厳寒のソウルの日本大使館前にテントを張り、夜中も少女像を守った。釜山の総領事館近くの少女像は若者が資金を集めて設置した。日本の若い世代が韓国の同世代と交流し確固とした非侵略・平和を築く、そんな一粒の種になることを応援したい。 ノンフィクション作家。在日の慰安婦裁判を支える会、戦争と女性の人権博物館日本委員会所属、日本の戦争責任資料センター共同代表。沖縄に残された裴奉奇さんの半生を記録した『赤瓦の家――朝鮮から来た従軍慰安婦』(1987年)をはじめ、在日、日本、インドネシア、中国など日本軍「慰安婦」・性暴力を受けた当事者の人生を記録。 顧問 中原道子 (なかはらみちこ) 「若者へ」 「慰安婦」問題という希望のタネがまかれました。「慰安婦」問題は、日本の若者に、そう、あなたに、時間というバリア、国境というバリアを越える方法を教えてくれます。「慰安婦」問題とは何かを、隣の国のみんなと語り合うことができますか?若者はいつか国境を越えなければなりません。そこで出会う人々と話し合う時、「慰安婦」問題はとてもいいテーマです。それは、誰でも考えることができる戦争と女性と男性の問題だからです。国境を越えて、国際的な環境の中で人々が耳を傾け、共感し、あるいは論争できる歴史的な知識をあなたは持っているか考えてください。今、あなたに希望のタネが手渡されるのです。そして、あなたは、いつか国境を越える。 「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクションセンター共同代表 専門はマレーシア史。日本軍制下のロームシャの研究をする。マレーシアで唯一人名乗り出た日本軍性奴隷制の被害者ロザリン・ソウに出会い、被害女性の聞き取りを始めた。1998年に、組織されたVAWW NET(戦争と女性への暴力ネットワーク) に参加、2000年の「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」の組織に関わった。早稲田大学名誉教授 " 顧問 角田由紀子 (つのだゆきこ) 私たちの社会が「希望」という言葉を見失ってどのくらい経つのだろうか。希望の喪失度(という言い方があるとすれば)は、安倍内閣になってから急速に進んでいる。私たちは絶望感と閉塞感に苛まされてきた。そこへ「希望のたね基金」である。私はすっかり忘れていた言葉に再会して、ひそかに心躍らせている。この基金が、若者たちをターゲットにしていることが、とりわけ嬉しい。日本軍「慰安婦」とはなんであったのか、なんであるのかを若者たちが理解するときが来ることで、日本と韓国の関係は大きく変わるだろうし、それは必ずや日本の若者たちに生きるに値する未来をもたらすのではないかと、期待が膨らむ。自分の国の歴史を学んでこなかった日本人にとっては、若者だけでなく、新しい時代に生きる手がかりになるはずだ。 弁護士 2017年5月1日現在 1975年弁護士登録。以後、東京弁護士会及び日本弁護士連合会の両性の平等委員会の委員を、2001年4月よりはNPO法人「女性の安全と健康のための支援教育センター」の代表理事をそれぞれ務めている。2004年4月より2013年3月まで、明治大学法科大学院教授。第2東京弁護士会所属。主な著書に「性と法律」2013年岩波新書など。 " 理事 庵逧由香 (あんざこゆか) 国境を越えて人と人とが直接出会い、直接交流することは、国際関係で最も楽しく、最も核心的な要素だと思います。友達が一人でもできれば、自然に相手国や相手地域に対する関心が生まれてきます。日本で韓国の大衆文化が根付き始めたている現在、関心を持ち始めた若い方々に、一人でも多く朝鮮半島の友達と出会う機会が提供できればという願いを込めて、希望のたね基金の事業におおいに期待しています。 立命館大学文学部教授 / 強制動員真相究明ネットワーク共同代表 専攻は朝鮮近現代史、日韓関係史。主要論著に、「朝鮮における総動員体制の構造」『岩波講座東アジア近現代通史 第6巻』岩波書店、2011年1月(共著)、庵逧由香「植民地期朝鮮史像をめぐって-韓国の新しい研究動向-」『歴史学研究』No.868、2010年7月、などがある。 理事 太田啓子(おおたけいこ) 私は、戦時性暴力は、戦時という特殊な状況下で起きる特殊な態様のものだと以前は思っていた。しかし、戦時特有の事情もあるにせよ、本質においては、どうもこの社会で日常的に起きている性暴力と地続きのものであるということを、日本軍「慰安婦」だった女性達の言葉と、それに対して向けられる偏見と罵詈雑言に接して、感じるようになった。 逃げられない権力構造下で起きた凄絶な被害がどういうものだったのかを直視することは、この社会から性暴力を無くすために何が必要かという本質的な問いのために避けられないだろう。必死な性暴力告発の声を「あなたは合意していたのに今更何を言うのか」と押し潰す暴力性の背後にあるものはなんなのか見極め、それと闘いたい。これが、不勉強と微力を承知で理事就任の打診をお引き受けした理由である。 弁護士 明日の自由を守る若手弁護士の会(「あすわか」メンバー)。「怒れる女子会」呼びかけ人。取扱分野は離婚等の家事事件、一般民事事件等。性暴力被害者代理人等の経験から、現在の性犯罪に関する法律のあり方に疑問を感じています。 " 理事 岡本有佳 (おかもとゆか) 日本軍「慰安婦」問題がいまだ解決しない中で、私たち日本社会のおとなの歴史認識があらためて問われています。現在、学校教育で使われている検定教科書ははなはだ不十分、若い人たちが日常的に接するマスメディアやおとなたちの歴史観にも左右されるという限界の中で、どのように歴史認識を深め、人権意識を育むことができるでしょうか。〈希望のたね基金〉は、そのような環境をつくるためのささやかな一歩を踏み出します。若い人たちの主体的な学びの場・機会をつくるために、おとなは知恵と資金を出���あい、若い世代からはさまざまな提案が生まれ、日韓の未来世代の交流が深化するような小さな希望の種を一緒に撒いてみませんか。 編集者、ライター、文化企画。Fight for Justice日本軍「慰安婦」問題webサイト運営委員。「表現の不自由展」共同代表。共編著『増補改訂版〈平和の少女像〉、なぜ座り続けるのか』(世織書房)、岩波ブックレット『《自粛社会》をのりこえる』(仮題、近刊)など。 " 理事 北原みのり(きたはら) 91年に金学順さんが声をあげたとき、私は大学生だった。当事者が声をあげた以上、解決しないわけにいかない、すぐにきっと解決できるはず。そう楽観的に信じていた四半世紀前の私に言ってあげたい。「甘すぎるよ」と。「慰安婦」問題は、この国のアキレス腱だ。国は力尽くで、この問題を忘れさせようとしてきた。「そうはさせない」と、急所に正面から切り込んでいった当事者と支援者の運動は、どれほど過酷だったことだろう。性暴力被害者が声をあげれば叩かれ、なかったことにされるのは、今も同じだ。だからこそ私は、この運動に関わりたいと思う。女性たちの無念を記憶するために。次世代に声と記憶をつないでいきたい。 作家 1996年、フェミニズムの視点で女性向けセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」を立ち上げる。フェミニズム、ジェンダーに関する著書多数。「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)「毒婦。」(朝日新聞出版)「奥様は愛国」(朴順梨との共著著、河出書房新社)「性と国家」(佐藤優との対談、河出書房新社)他。 理事 金富子(きむぷじゃ) 日本軍「慰安婦」問題はまだ終わっていません。同じ過ちを繰り返さないために、なぜどのように日本軍「慰安婦」問題が起こったのかという歴史認識と人権意識を若い世代に引き継ぎ、戦争と性暴力のない希望にみちた平和な未来をつくること。それは、「慰安婦」にされた被害女性たちに共通する願いだと思います。のみならず、私たちオトナの戦後責任・植民地後責任、そして未来への責任でもあります。そのために生まれた「希望のたね基金」が第一歩を踏み出します。さぁ、一緒に歩みませんか? 東京外国語大学大学院教授。ジェンダー論・ジェンダー史、植民地朝鮮教育史。VAWW RAC共同代表。Fight for Justice日本軍「慰安婦」問題webサイト運営委員。主著に『植民地期朝鮮の教育とジェンダー』(世織書房)、近刊に『「慰安婦」問題は終わらない』(仮題、大月書店)。 理事 山口智美(やまぐちともみ) 「慰安婦」問題は昔起きたことだから自分とは無関係」「国家間の問題だし、日韓合意で解決済み」。そんな声をよく聞きます。日本のメディアやネットでは「慰安婦」問題否定論が溢れ、日本政府が歴史の否定や忘却を後押しさえしています。でも、「慰安婦」問題を真に解決し、二度と戦時性暴力の被害を起こさないためには、「慰安婦」問題の事実やサバイバーの声、そして支援運動の歴史について学び、記憶し、それを継承していくことこそが重要なはずです。「希望のたね基金」の取り組みを通じて日本の若者たちが学んだ成果は、私が住むアメリカなど、世界の若者にも影響を与えていくことでしょう。皆でこの基金を育てていきましょう。 モンタナ州立大学准教授 文化人類学・フェミニズム 日本の社会運動、特にフェミニズムや右派運動の調査を進める中で「慰安婦」問題にも取り組む。共著に『社会運動の戸惑い—フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』(共勁草書房)、『海を渡る「慰安婦」問題 右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店)ほか。 監事 打越さく良(うちこしさくら) 歴史研究・歴史教育を通じて永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を表明した河野談話を継承するとしながら、忘却の彼方へ追いやろうとする政権に愕然とします。歴史修整主義はいよいよ勢いを増し、圧倒されます。でも、愕然としているだけではいられません。1人ひとりの力は小さいけれど、集まればできることもあるのではないでしょうか。できることから、始めたい。この基金は、私たちを分断と忘却から回復してくれる、ささやかだけれど、まさに希望のたねです。 弁護士 夫婦別姓訴訟弁護団事務局長。最高裁判事15人中5人が民法750条を憲法24条に違反すると判断したが、改憲への動きが気になる。24条変えさせないキャンペーンの呼びかけ人。弁護士として、DV被害者の事件などを受任。
理事 | kibotane
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mononofu · 7 years
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このようなことは事実ではない。炭鉱では厳しい状況での掘削は、熟練の日本人が受け持った。理由は簡単だ。落盤事故につながるような失敗をすれば、全員の命が危うい。鉱内では皆が運命共同体なのである。だから、危険な仕事は優れた技術を持っていた日本人が担った。
【美しき勁き国へ】櫻井よしこ 長崎に世界的反日情報網の基点 事実を持って対峙するしかない - 産経ニュース
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