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trinityt2j · 7 months
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加藤 朗(かとう・あきら) 桜美林大学 1951年生。81年早稲田大学大学院政治研究 科国際政治修士修了。同年防衛庁防衛研究 所。96年桜美林大学国際学部助教授。現リ ベラル・アーツ学群教授。『入門・リアリ ズム平和学』(勁草書房,08年)他。 外務省 HP より転載。一部加筆。 平和のリアリズムとはなにか? 時論 ―ガザで想う 444 時 論(加 藤) (4) 日本原子力学会誌, Vol. 51, No. 6(2009)
ガザ紛争の停戦協議が行われていた2月はじめ,イス ラエル南部のアシュケロンに滞在し,ガザ入境の機会を 待った。人口15万人,地中海に面したリゾート地アシュ ケロンの郊外は,目も覚めるような青空,光輝く地中海 そして野には赤いポピー,まるでカリフォルニアやハワ イを思い起こさせる平和な風景が広がっていた。 しかし,日常生活は緊迫感にあふれている。一見平和 に見えるアシュケロンの街も,ガザ境界から約10キロ程 度しか離れておらず,これまでも何度かロケット弾の攻 撃を受け負傷者が出たことがある。宿泊したホテルには 一般客はほとんどおらず,エジプト側国境の国境監視を 支援す る EU の国境支援団(EUBAM : EU Border Assistance Mission)の要員が事務所を構えていた。 今回のガザ攻撃の発端は06年1月にイスラム宗教勢力 ハマスが,それまで自治政府を牛耳っていた世俗派の ファタハを破り,パレスチナ自治評議会(国会に当たる) 選挙で大勝したことにある。その後,ハマスとファタハ の間でガザの治安権限をめぐって武力抗争が勃発した。 内紛の結果,07年6月にガザは完全にハマスの支配下に 置かれることになった。一方,ヨルダン川西岸のパレス チナ自治区はファタハが抑えた。 イスラエルとの2国家共存路線をとる穏健派ファタハ と異なり,急進派ハマスはイスラエルの存在を認めな い。イスラエルはハマスにファタハ同様に,イスラエル を承認させようと,検問所を閉じ経済封鎖で圧力をかけ た。エジプトもイスラエルに同調し検問所を閉じた。ま さに陸の孤島となったガザ地区からハマスはロケット弾 や迫撃砲でイスラエルを攻撃した。これに対しイスラエ ルは07年9月にガザを「敵地」とみなし,同地への燃料や 電力の供給削減を実施した。これにハマスはさらなるロ ケット弾攻撃で反撃した。ちなみに08年にハマスが発射 したロケット弾は1,750発,迫撃砲弾は1,528発(globalsecurity. org)であった。停戦明けの12月18日からハマ スの攻撃が激化し,それに対抗してイスラエルが「ノー・ トラレンス」の方針の下で苛烈な報復攻撃をしかけたの である。 10キ ロ以上飛ぶ長距離ロケット(射 程12キロの Qassam 3,20キロの Grad,40キロの WS1E)ならとも かく,短距離ロケット弾や射程数キロの迫撃砲で攻撃し ても射程内には畑が広がり農家が点在するだけで,イス ラエル側にあまり実害はないように思われる。たしかに 住宅に命中することもあろうが,全く運が悪いとしかい いようがない。実際,何度かロケット弾攻撃を受けたア シュケロンでも週末ともなれば住民は海岸での散歩や魚 釣り,公園でのバーベキューなど,ロケット攻撃など全 く気にする風もなくのんびりと暮らしを楽しんでいる。 ただ検問所は全く様相が異なる。ガザ北部のイスラエ ル側エレズ検問所に行くと,きわめて厳重に警備されて いる。数メートルの高さのコンクリートの分離壁が続 き,大きな建物の検問所入り口には,銃を構えた警備員 が巡回し,空にはロケット弾や迫撃砲の発射を監視して いるのか小型の気球が揚がっていた。時折,報道記者や 許可を得た NGO 関係者が入っていくだけで,人の出入 りはあまりなかった。私もイスラエル当局に NGO 書類 を提出して許可を待ったが,入境を認めたくないとの態 度がありありと見え,結局,2週間の滞在中にイスラエ ル側から許可はおりなかった。 イスラエル側の許可を待つ間にひょっとしてエジプト 側から入境できるのではないかと思い,ヨルダン経由で カイロに飛び,そこからバスで6時間シナイ半島を横断 してエジプト側の国境の町アリーシュに到着。現在,そ こから国境に行くバスはなく,タクシーを雇ってラファ の検問所に行った。エジプト側の検問はイスラエル以上 に厳しく,途中の一本道で三度も検問を受けた。そして やっとたどりついた検問所では,入り口に近寄ることさ えも拒まれ,数分いただけ引き返さざるを得なかった。 兵士が銃を構えているだけではない。土のうを積んだ銃 座には重機関銃も据えつけられ,兵士がいつでも引き金 を引ける態勢で警備していた。 ただし,エジプト川の警備の厳しさは表向きだけだと いわれている。エジプトとガザの境界線の下には何百も のトンネルが掘られ,物資や武器の密輸が行われてい る。エジプト政府はトンネルを見て見ぬ振りをしている らしい。トンネルの出入り口は見つからないように,家 の中や何かで隠されているのかと思っていたが,境界近 くには家らしい建物はほとんどなく,畑が広がっている だけである。出入り口があればすぐにわかる。今回のガ ザ攻撃の目標の一つがトンネルにあったといわれている が,完全には破壊できなかったようだ。 イスラエル,エジプトの両国からガザ周辺を見たが, 徹底した経済封鎖が実施されているようで,ガザに物資 を運搬するトラックらしき車両をほとんどみかけなかっ た。ガザでは東京都区部の約6割の面積に約150万人も の人々が暮らしている。これだけの人々の毎日の暮らし を支えるには,大量の物資を運搬しなければならないは ずだ。しかし,イスラエル,エジプトのいずれの道路で もガザ行きのトラックの姿はみかけなかった。 一方,ファタハが支配しているヨルダン川西岸地域 は,厳重な検問にもかかわらず,人々や物資の輸送は絶 えることなく続き,検問所付近は行き交う車や人々で ごった返していた。パレスチナ自治政府の首府であるラ マッラーの中心街は大変な活況を呈していた。街には新 車のミニバス,トヨタやベンツなどの高級車が目につ く。また観光都市ベツレヘムそして中核都市ヘブロンな ども25年前の面影がないほどに発展していた。ハマスへ のあてつけか,欧米諸国がイスラエルを承認すれば経済 発展を約束するといわんばかりに,ファタハに経済援助 をしているからだろう。 イスラエルの境界に最も近い町ネティボット郊外の丘 からはガザ市街が望見できる。ガザ攻撃当時,世界各国 の報道陣が陣取った場所に間違いない。丘からは遠くに 高いビルが立ち並び,一見すると日本の中都市のような 比較的大きな町並みが広がっている。町の大きさに正直 驚いた。イスラエルのガザ攻撃は,たとえていえば新宿 を集中攻撃したようなものである。これほどの人口稠密 地域への攻撃で,死者が1,300人,負傷者数千人とは, その程度で犠牲が収まったという印象だ。 パレスチナ問題の本質は,今や領土問題でも宗教問題 でもない。それは人口問題である。イスラエル滞在中, ちょうどイスラエルの総選挙の最中で,テレビでも連 日,選挙関連ニュースが流れていた。その時に印象に残っ たのが,人口問題がイスラエルの抱える大きな問題だと いうことである。2005年末時点で西岸とガザのパレスチ ナ人の人口は383万人,そしてイスラエル国内に113万人 がいる。一方,イスラエルのユダヤ人は06年時点で約583 万人。つまりユダヤ人とパレスチナ人はほぼ同数であ る。またパレスチナ人の特殊出生率は6~7人,ユダヤ 人のそれは3~4人といわれている。このままでいく と,いずれユダヤ人はパレスチナ人に飲み込まれてしま う。
イスラエルにとって人口問題解決の方策の一つは移民 の促進である。冷戦後,ソ連,東欧からのユダヤ人が多 数イスラエルに移住してきた。それを証明するようにロ シア語の標識や立て看板をよく目にした。またロシア語 や東欧系の言葉しか話せないタクシーの運転手にも出 会った。そして今一つの解決策が,分離壁を作りユダヤ 人とパレスチナを分離することである。シャロン元首相 がガザを放棄したのも,もはや人口稠密なガザではユダ ヤ人が人口的に上回ることもできず,支配できないと判 断したからだといわれている。 その結果,パレスチナ人は分離壁に取り囲まれた小さ な地域に閉じ込められことになった。特にガザでは人口 爆発によるさまざまな問題が噴出している。生活環境の 悪化,失業問題,貧困,教育の不足など,それらの問題 がパレスチナ住民の不満やイスラエルへの恨みとなり, 対イスラエル強硬派のハマスを勢いづけ,イスラエルへ の攻撃となっている。特にパレスチナの若い世代の人口 爆発を解決しない限り,彼らの不満のはけ口がイスラエ ルに向かい,パレスチナ問題を悪化させることになる。 常に銃を持たなければ安心できないイスラエルの若 者,壁の中で不自由な生活を強いられるパレスチナの若 者。不幸の連鎖はいつ断ち切ることができるのか。ガザ の分離壁を前に,暗澹たる思いしか残らなかった。 (2009年 3月19日 記)
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trinityt2j · 1 year
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現在のように、抱き枕カバーの印刷をメインに扱っている業者など存在しない時代で、この枕では「コストを抑えるためにキャラを全裸にする」という選択をしたそうです。
https://note.com/tiyu/n/n77f5a70a747f?from=notice
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trinityt2j · 1 year
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戦慄のスパーリングで締めに入りかけた空気の中、よりによって前述のアントンレスキューの隊員が名乗りを挙げたのだ。しかも、この男、格闘技経験者なのか素早い動きで猪木のバックを取ってしまう。 猪木の引退試合では古舘伊知郎が「闘魂は連鎖する!」なんて名フレーズを残したが、思わぬところで連鎖してしまったようである。 すると、一瞬で猪木が本気モードに。すぐにその男をひっくり返すと、マウントポジションから顔面に鉄拳制裁。しかも、耳やアゴを的確に狙う容赦なさ。それどころか、相手がギブアップして泣き始めたが連打は止まらないのだから恐ろしい。 1万人の前で公開処刑を受けたこの男性、その後どんな人生を歩んでいるのか気になるところである。
https://www.excite.co.jp/news/article/E1502073778219/?p=3
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trinityt2j · 2 years
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誰にも止められない猪木さんは「2次会やるぞ!」と参加者全員をホテルの自室に招集。その2次会では、参加者になぜか手加減なしで卍固めやコブラツイストをかけていき「グワーッ!」と悲鳴の連続…。もちろん最初の犠牲者は小川氏で「いやいや、これがマジで卍固め、痛いんだよ。会長は酔っ払ってるのに、全然手を抜いてくれないんだよ」と本物の〝マジ卍〟だったという。なお、後の闘魂継承者・藤田はなぜかベランダに隠れ続け、難を逃れている。
https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/243199?utm_source=pocket_mylist
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trinityt2j · 2 years
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「ガン・クラブを作りたい。銃を調達して欲しいというイノキの依頼で、初心者用にベレッタ21Aを調達し、そのままスーツケースに収納しました。当時、イノキはスポーツ平和党の国会議員でした。党顧問の名刺をあらかじめ受け取り、『この名刺を見せればチェックはない』とのイノキの言葉を信じ、銃を隠すことさえしていませんでした」 猪木は当時、土門氏との関係性を追及されたものの、密輸への関与を全面否定。懲役8年の実刑判決を受けた土門氏は、黒羽刑務所に服役している。
https://gendai.media/articles/-/101013?page=4
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trinityt2j · 2 years
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「1億円披露宴」で、ジャイアント馬場(右)に祝福されるアントニオ猪木(右)と倍賞美津子(1971年11月)
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trinityt2j · 2 years
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私が担当していたころ(86~89年あたり)の新日本プロレスは「迷走の時代」だった。86年の主な事件を羅列する(だいぶ主観が入っているが…)。1月、兵庫・豊岡大会で星野勘太郎さんと前田日明がリング上で伝説の壮絶な殴り合いの末、控室殴り込み事件が勃発。2月は猪木さんと前田の一騎打ちを一度は発表しながら取りやめ。4月には、その前田がアンドレ・ザ・ジャイアントと不穏試合。6月には猪木さんが写真誌に女性と一緒の写真を撮られ丸坊主に。10月は猪木さんが元ボクシング世界王者レオン・スピンクスと大凡戦。年が明けた1月には熊本旅館破壊事件が起きた。  こうやって振り返っているだけでも目まいがするが、87年3月26日の大阪城ホールでの暴動は印象深い。海賊男の乱入で猪木さんとマサ斎藤さんの試合がぶち壊しになったことに怒ったファン約3000人が帰らず、イスを積み上げ火をつけた、あの暴動だ。  試合後の新日本の控室はお通夜のようだった。静かだけにファンの怒声もよく聞こえる。それがだんだん大きくなってくる。猪木さんは視線を落とし、口をつぐんだままだ。そこに、どこかの記者が思わず吹き出してしまいそうな質問を浴びせた。「猪木さん、マットは硬かったですか」  大暴動が起きているのだ。マットが硬かろうが軟らかろうがどうでもいいことで、それをこの惨澹たる状況で一番に聞くことではない。猪木さんも黙っていると、くだんの記者、何と同じ質問を繰り返した。「マット、硬かったですか」  すると、それまでしおれていた猪木さんが「ダッ!」とか「カッ!」とかいう奇声とともにはね起きた。そのまま白ブリーフ一丁で控室のドアに突進。そしてレスラーたちが止める中、ドアを4分の1ほどこじ開け「お前ら、文句があるんなら俺が勝負してやる!」と向かっていこうとするではないか。  見ると、ドアの向こうは暴徒と化したファンが鈴なりになっていた。止めた一人である船木誠勝は「パンツ一丁で怒ったファンの中に突っ込んでいこうとするんですからね。すごいですよ」と後年話していたが、猪木さんも相当むしゃくしゃしていたのだろう。おかげで原稿は書いても書いても終わらず、大阪城ホールを出たのは日付が変わるころだった。  その年の暮れ、今度は両国国技館で暴動が起きた。TPG(たけしプロレス軍団)だ。そこで猪木さんは怒り狂うファンに向かって「みんな、ありがとう」とリングからトボケたあいさつをぶっ放し、火に
https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/241786
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trinityt2j · 2 years
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(via 熊谷潤一郎(JunKumagai)さんはTwitterを使っています: 「素晴らしい考え方だ https://t.co/9MKfxz31ZD」 / Twitter)
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trinityt2j · 2 years
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マンガ市場は完全に電子化したなあ
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trinityt2j · 2 years
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本当にやりたいことがあるのなら、「みんなに相談」してはいけません。 逆に「まずみんなに相談しないと…」と思っているのなら、それは「やりたく ない」ということ。「止めて欲しい」ということなのです。 そのことに気がつかないと、永遠に、 「本当はやりたいのに、みんなが止めるから、できなくなっちゃったー」 「あの人がああいうから、やれないんだよな…」 なんていうムダな思考にハマったまま、一生を終えることになります。 したいのなら、黙ってすること。 もし、「本当にしたくて、ただアドバイスが欲しい」 と思うのなら、心から尊敬する人に、 「○○したいんだけど、どう思う?」ではなく、 「どうやって○○するのがいいと思う?」と聞くこと。
キスしていいか、聞かないで。 決断の心理学 | 〓 心理学ステーション 〓 世界一セクシーに心理学を学べるサイト (via kotoripiyopiyo) (via rs807) (via aerogenerator) (via coizne) (via nemoi) (via ckeiskei) (via michi66f) (via mnak) (via ipodstyle) (via theemitter) (via yaruo) (via ipodstyle) (via nakazyo) (via hironica) (via okadadada) (via quote-over1000notes-jp) (via highlandvalley)
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trinityt2j · 2 years
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trinityt2j · 2 years
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“説明というのはルール化だ。  ごく簡単なレベルでは、たとえば「フライドチキンを3個揚げてくれ」はルールではない。「いつでも5個になるようにしておいてくれ」がルールとなる。5個にするための判断は新人自身がするほかない。もう少し噛み砕いたルールを与えるなら「残り2個になったら3個揚げろ」がルールになる。この時点で仕事は自動化され、逐一の指示を出す必要はなくなる。”
彼女は勉強「だけ」ができない - 24時間残念営業
これができない人はリーダーたり得ない
(via
amiens2009
)
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trinityt2j · 2 years
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28: それでも動く名無し 2022/04/19(火) 22:24:58.83 ID:iDt11PI6r ローキー、佐々木、意味わかるか?
http://blog.livedoor.jp/yakiusoku/archives/55065657.html
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trinityt2j · 2 years
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バク宙が出来るようになるトレーニングの最初から最後まで。 https://twitter.com/sukego_fut/status/1515508185892896768
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trinityt2j · 2 years
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ロシアは大義名分が立てば[戦争・軍事作戦・侵攻作戦]は[許される・容認される]と考えた。多分今も(ギリギリ)そう考えている。そして、その「大義名分」は、「情報戦」によって「どうにでもなる=有耶無耶にできる」という自信も持っていた。なんせ、総大将は元KGBらしいし。
しかし、既に世界は〈次の段階〉に達していた。それを、岡田斗司夫流に言えば「ホワイト化」社会であり、アナトーさん流に言えば「脱・生命現象」社会。
呼び名はどうあれ、〈次の段階〉の世界では、〈野蛮〉が無条件に否定され嫌悪される。ここでの〈野蛮〉を具体的に言えば、暴力・体罰・拷問・死刑など、[肉体に直接「分からせる」〈コミュニケーション〉手法]のこと。無論、[戦争・軍事侵攻]は〈野蛮〉の巨頭。
今言ったことで一番重要なのは、わざわざ太字にしたからお分かりの通り、「無条件」の一語。これを今回の件に当てはめて言えば、ウクライナに対するロシアの「特別軍事作戦」(あるいは「侵攻」)のどんな「大義名分」も一切相手にされない、ということ。
例えば、「いかなる理由があろうとも、体罰は認めないし、相手を怒鳴りつけたり、脅したりすることも認めない」と主張し行動するのが、「ホワイト化」社会であり「脱・生命現象」社会。だから、ロシアのウクライナに対する「作戦・仕打ち」への[批判・反発・嫌悪]も、要は、「理由はなんであれ生徒への体罰は絶対に許されませんよ、校長!」と同じなのだ。
どんな「大義名分」を用意しても、〈野蛮〉の「免罪符」にはならない。歴史的背景、地政学、経済学、民族的シガラミ…何を持ち出してきても無駄。現に、他国に乗り込んでいって、他国の財産を破壊し、他国の市民を殺していること自体が、この〈次の段階〉の世界の価値観では完全にOUTなのだ。
先生と生徒の喩えがわかりやすいからそればっかり言うけど、先生が生徒を殴ったという事実は、[先生の意図や生徒の素行]の「真相」とは無関係に、[無条件で否定]される。それと同じで、ロシアが嘘をついているのか、ウクライナが嘘をついているのか、そんなことは、「ホワイト化」社会=「脱・生命現象」社会に生きる世界市民にとっては(実は)どうでもいいことで、どうしても[引っかかる・許せない]のは〈野蛮〉な振る舞いそれ自体。ここでの〈野蛮〉は(繰り返しになるが)、「他国に自国の軍隊を送り込んで、その国の人や物を攻撃・破壊すること」で、それをやっているのは(ロシア自身も認めている通り)ロシアであってウクライナではない。
だから、「情報戦」もへったくれもないのだ。元KGBでも何の足しにもならない。「妻(夫)を殴ったら即離婚で慰謝料」「生徒を殴ったら即免職で無職」。それと同じで「他国を軍隊で攻撃したら即世界から孤立」。
ロシアの「誤算」は、世界の価値基準が既に、軍事侵攻を、「体罰」や「拷問」と同様の「理由のいかんに関わらず、非人道的で受け入れがたい、蛮行以外の何物でもないもの」としていることに、事前に気づけなかったことにある。やっぱり、ああいう[お国の体制]だから、気付けなかったんだろうね。
ついでに言うと、ロシアも欧米も、「戦後」のウクライナを、第二次大戦後の日本みたいな「独立国」にしようと思ってるんだろうね。つまり、軍事的な意味で。
2022/03/18(む)
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trinityt2j · 2 years
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本当は、人前で歌うことも、漫画を描くことも、映画を作ることも、 すべての表現行為は恥ずかしものだと思うんです。 一番クールな立場というのは、何も発信しないことなんですね。 何も発信しないで斜に構えて、 ポケットに手に突っ込んで佇んで文句を時々言うのがもっともラクなんですよ(笑)。 でもそれじゃ文化は始まらないから、恥ずかしいことだけどやるんです。 (浦沢直樹)
「恥」を超えた作品|内田麻理香ブログ「カソウケンの科学どき技術どき」Powered by Ameba (via takaakik) (via dannnao, yuco-blog-blog) (via gkojax-text) (via yaruo)
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trinityt2j · 2 years
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(2) うまいごす@本と音楽の怪 「太宰治が、勉強の素晴らしさについて教えてくれました。良いコト言うじゃない。このフレーズ何回も読んで自分を戒めよう。子どもが悩んだ時にも、この教えをうまく伝えられる様な大人になりたい。 https://t.co/Zd5nAquwsz」 / Twitter
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