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第16回 ミニ講座「普化禅師ってどんな人? 其の二」
やっぱり狂人?奇人?
一般的な認識で、普化禅宗の「開祖」ということになっているので、一応どんな人か掘り下げておきましょう🎵
普化禅師のことは『祖堂集』『宋高相伝』『景徳伝灯録』『臨済録』等に書かれている。
『臨済録』(りんざいろく)は、中国唐代の禅僧で臨済宗開祖の臨済義玄の言行をまとめた語録。詳しくは『鎮州臨済慧照禅師語録』。
『景徳傳燈録』(けいとくでんとうろく)は、中国・北宋代に道原によって編纂された、禅宗を代表する燈史。
(釈迦、達磨、臨済のスリーショット✨「元信画集」国立国会図書館蔵)
以下、『景徳傳燈録』より臨済と普化のやりとり。
盤山禅師は遷化(せんげ・高僧が死ぬこと)にあたって門下の衆僧に告げた、「わしの肖像を描きうる者はあるか」
「真」(肖像)を写すということには、師の真面目 (1) を如実に我が物にするという意が含まれている。だが僧たちはみな目に見える師の似姿を絵に描いて提出し、ことごとく師から打ちすえられてしまった。そこで弟子のひとり、普化が出てきて申し上げる、「それがしには描けます」「なら、わしに出して見せぬか」そこで普化はひょいとトンボがえりを打って、さっさと出ていってしまった。
盤山はいった、「この男、いずれ”風狂”のごとくに人を教化していくに相違ない」
(『景徳伝灯録』巻七盤山章)
真面目(しんめんぼく)本来の姿・ありさま。転じて、真価。
(「そんなことしてもムダ、不可能」ということを普化禅師はとんぼ返りで表現したのでしょうか。これはまるでとんち話のようです)
以下『臨済録』より
臨済が始めて臨済院の住職になった時、普化に会って言った。
「わしが南方にいて、潙山に書状を持って行った時に、そなたが先にこの地に住んでわしが来るのを待っていてくれると仰山に教えられた。そしてそなたの協力を得ることになった。わしはこれから黄檗の宗旨(その宗教・宗門の教えの中心になっているところ)の功績をたたえ世間に広めようと思う。どうかわしに力添えしてもらいたい」普化は、では失礼、と言って退出した。
克符が少し遅れてやって来た。師は同じように言った。克符も、では失礼、と言って退出した。
三日あと、今度は普化が師のところに来て挨拶して言った、「和尚は先日なんと言われましたかな」師は棒を取り上げるなり打って追い出した。
また三日すると、克符もやって来て挨拶して言った、「和尚がこの前普化を打たれたのはなにごとですか」師はやはり棒で打って追い出した。」
(潙山、仰山とも唐代の禅僧)
いたって簡単なことを言われたのにわざわざ道化をしに臨済の所に来る普化。何故でしょうか。。。
師はある日、普化と共にお斎に信者の家へ招かれて行った時、そこで問うた「一本の髪の毛が大海を呑みこみ、一粒の芥子の中に須弥山(しゅみせん)を収めるというが、これは不思議な神通力なのか、それとも本体のありのままなのか。」普化はいきなり食卓を蹴倒した。師「なんと荒っぽい!」普化「ここをどこだと思って荒っぽいの穏やかのと言うのか。」
その翌日、また師は普化と共にお斎に招かれた。そこで問うた、「今日の供養は昨日のと比べてどうかね。」普化はやはり食卓を蹴倒した。
師「それでよいにはよいが、荒っぽすぎるな。」
普化「盲め!仏法に荒っぽいの穏やかのがあるものか。」師は舌を巻いた。
<一筋の毛が>『維摩経』(ゆいまきょう・大乗仏教経典の一つ)の説にもとづく句。特徴的なのは、不二法門(ふにほうもん)といわれるもので、互いに相反する二つのものが、実は別々に存在するものではない、ということを説いている。例を挙げると、生と滅、垢と浄、善と不善、罪と福、我と無我、生死と涅槃、煩悩と菩提などは、みな相反する概念であるが、それらはもともと二つに分かれたものではなく一つのものであるという。(柳田聖山訳注)
*宗教は可能かという問いかけでしょう。普化は臨済より偉いかも知れない(山戸朋盟氏ブログ)
ある日、師は河陽と木塔という二人の長老と一緒に僧堂の囲炉裏を囲んでいたとき、「普化は毎日、町の中で気狂いじみたまねをして��るが、いったい凡夫なのだろうか、それとも聖者なのだろうか」と噂をしていた。すると、その話しの終わらぬうちに普化が入って来た。そこで師は問うた「そなたは凡夫なのか、それとも聖者なのか。」普化「あんた言ってみなさい。おれは凡夫か聖者か」そこで師は一喝した。普化は三人を指ざしながら言った「河陽は花嫁、木塔はおしゃべりお婆さん。臨済は小僧っこながら、いっぱしの目を持った子だ。」
師「この悪党め!」普化は「悪党だ!悪党だ!」と言って出て行った。
(でも臨済は好き。と言いたい普化禅師。。。?)
ある日のこと、僧堂の前で、普化が生のままの野菜を食っていた。それを目にした臨済がいう、
「やれ、まったくロバのような。」すると普化は、すかさずロバの鳴き声をした、臨済、「この悪党が!」普化は「悪党だ!悪党だ!」と言いながら、そのまま出て行ってしまった。
(「悪党が!」と言われると「悪党だ!悪党だ!」と立ち去るのは普化禅師の毎度のパターンのようです。「そんなことどうでも良い」という表現なのでしょうか。)
ある日のこと、普化は街中で人々に僧衣を乞うた。人々はそれを布施したが、普化はどれも受け取らなかった。そこで臨済は院主に命じて棺桶一式を買い整えさせた。やがて普化が寺にもどって来る。
臨済「おぬしのために、衣をあつらえてあるぞ。」
普化はさっそく自分でその棺桶をかつぎ、街中にふれてまわった。
「臨済がわしのために衣をあつらえてくれた!わしはこれから東の城門へ行って遷化する」。
街の人々は先を争って、物見高くついてゆく。すると普化はいう。
「今日はまだ、だめだ。明日、南の城門のところに行って遷化するといたそう」
こうして三日つづき、もはや信じる者もいなくなり、四日目にはとうとう、誰もついて来なくなった。
普化はひとり城門を出て、自分で棺桶に入り、通りすがりの者に釘で打ちつけてもらう。噂はあっという間に鎮州の街中に広まった。
街の人々は、我さきに駆けつける。そしてその棺桶を開いて見たところ、なんと普化は、身ぐるみ消えてしまっていた。
空中で鈴の音が、リンリンと鳴りながら去っていった。
『祖堂集』(952年)では、臨終の際は墓のトンネルをレンガで塞いで亡くなったとのこと。『祖堂集』が普化に関しては最も古い記述かもしれないそうです。(柳田聖山「禅思想」参照・神田可遊著「虚無僧と尺八筆記」より)
「墓に入る」をまさに自ら実現した、誰にも迷惑をかけない死に方ってやつですね。『臨済宗』の普化禅師の終わり方は、ちょっとファンタジーじみていますが、何だかカッコいい終わり方になっています。後から書かれるとこうしてどんどん作られていくものなんですね。尺八研究家の神田氏も指摘されていますが『祖堂集』も正確な記録ではないにしても明らかに『臨済録』は脚色されているようの思えるとのことです。
(「虚鐸伝記」より 国立国会図書館蔵)
さて、
普化禅師のことが書かれたものは、これで以上です。
『臨済録』等にわざわざ普化禅師を登場させて、臨済をしてやっつけるような言動を書き残すということは、よほど重要な存在なんだと思います。ただの変わり者ではなさそうです。
なぜ、この普化禅師が日本の禅宗の一つの宗派の名前となったのか、今後ひも解いていきたいと思います。普化禅師は弟子をとらず、このように?消えてしまったので、普化宗という宗派は本来は存在していないのです。
何にもとらわれない普化禅師。この世間を超越したかのような奔放ぶりには現代を生きる私にも一種の憧れを感じますが、中世当時の日本にも同じような思いの人々が存在したようです。
今後、尺八史は色々複雑になってきて一体どうやってまとめようかと無い頭をひねっておりますが…、
ミニ講座、次回もお楽しみに〜🎵
参考文献
『臨済録』入谷義高訳注
『臨済録』柳田聖山
『臨済録-禅の語録のことばと思想-』小川 隆 著
『虚無僧と尺八筆記』神田可遊著
...
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夜明けを迎える/英智×レオ
王さまと皇帝の最期、そして始まり
※過去・卒業後捏造
1
瞼の裏側の暗闇に光が差して、意識が浮上する。窓の外でウグイスが囀っていた。隣からは規則的な寝息が聞こえてくる。寝がえりを打って、彼と向き合う。長い睫毛は伏せられたままだ。
まだ五時を回ったばかりである。彼を起こさないようにそっと布団を抜け出して、寝室を後にした。冷え切った廊下の床が、ふたり分の体温を共有していた足の指を冷やす。寝ぐせだらけの長い髪を掻きながら、階段を下り、渡り廊下を渡って離れに向かう。
和室に不釣り合いな、年季の入った茶色いグランドピアノ。その前に座って、朝の一曲を弾く。それが昔からの習慣だった。
彼が起きるまで、レオは鍵盤を叩く。そして静かに歌を口ずさむのだ。
英智とレオが暮らし始めて、二日目の朝が来た。
やかんが鳴って、お湯が沸いたことを知らせる。そのお湯をポットに注がれるのを見つめる。手慣れている。ただ、和室に陶器製のティーポットは驚くほど似合わない。先ほどまで弾いていた離れのピアノを思い出す。
「起こしてくれたっていいじゃないか」
おはよう、の後の二言目はその文句だった。レオは自分で焼いたトーストを齧る。
「まだ七時だぞ、別に寝坊じゃないだろ~」
「そうだけれど」
不服そうにしながら、英智がレオの前の椅子に腰掛け、レオが焼いておいたトーストにマーマレードを塗る。そして香りの良い紅茶を入れて美味しそうに啜った。
「あぁ、そういえば、あのピアノ、気に入ってくれたみたいだね。ピアノの音色で目が覚めたんだ」
かちゃん、とティーカップが心地良い音を鳴らす。英智の入れた紅茶をごくごくと飲み干して、
「べっつに~、ただの暇潰しだよ」
「もしよかったら君にあげるよ」
「遠慮しとく」
「処分するのはもったいないしなぁ」
美味しい? と首を傾げて彼が問う。その仕草がやけに愛嬌があって舌打ちをする。
「おれはコーヒー派なの~」
「君とはとことん気が合わないねぇ」
そう言いながらも楽しそうにクスクスと笑って、また紅茶を飲む。
レオは紅茶の味を消すように、口の中で舌を動かした。
◇
二日前、レオたちは夢ノ咲学院を卒業した。
卒業式で使われた、何度も立った戦場の講堂は粛然としていた。戦いのときのような熱はない。
卒業証書を受け取るためにステージに上がったとき、夢を見た。スポットライトと鮮やかな七色のサイリウムの光、客席から贈られる歓声とマイクを通して響く歌声、自分が作った音楽。
おめでとう、という校長の声と温かい拍手で目を覚ます。両手で受け取った紙切れ。自分の名前、今日の日付、卒業証書の文字が綴られている。
あぁ、こんなものでおれの三年間を顕そうだなんてくだらない。霊感を喪失してしまう。
そして、虚しい感情を抱く。
あの夢をもう見ることはない。そう、思った。
窓から蕾のままの桜が見え、その背景の澄んだ青色の空は偽物じみている。やはりここは箱庭のようだった、と青春を捧げた学院の廊下を歩く。得たものも失ったものも数え切れない。レオは、この学院で栄光と挫折を知った。
拳で扉をノックする。はい、と涼やかな声が聞こえた。
レオから幾つも大切なものを奪い、与えた、かつての敵の本拠地、生徒会室の重い扉を開ける。
「やぁ、月永くん。来てくれたんだね」
玉座のような椅子に腰掛けた天祥院英智が穏やかな微笑を浮かべてレオを迎え入れた。
「一体『皇帝』さまがおれに何の用?」
「『皇帝』呼びは止してくれないかい。今日僕らはこの城から出るんだから」
「はいはい」
独特の言葉選びをする彼は、愛おしそうにレオを見る。
「素晴らしい青春だったと思わないかい?」
「……」
彼の手には、レオも受け取った卒業証書がある。レオがそれを見ているのに気づいたのか、くるくると丸めて筒に入れた。
「でもまだ味わい足りないんだ」
「何が言いたい?」
椅子から立ち上がって、レオの前に立つ。血管が透けて見えるのではと思うほど、彼の肌は白い。
世界を覆う空と同じ色の瞳が、レオを見据える。
「僕と一週間、一緒に過ごしてくれないかい?」
「はぁ?」
素っ頓狂な声が部屋に響いた。レオの驚いた顔に満足したかのように英智が微笑む。
「僕と一緒に暮らそうってことだよ」
「あ! なんで言っちゃうんだよ! 妄想しようとしてたのに~!」
「時間が無いんだよ、この後桃李たちと会う約束をしているからね」
「一緒に暮らすって何だよ、絶対嫌だからな! 大体、ユニットのやつとお泊り会すればいいだろ~、何で、」
「月永くんがいいんだ」
レオの言葉を遮った彼の顔からは笑みが消えていた。いつの日かにも見た、真剣な眼差し。それが嫌いだった。何もかも見透かされてしまうような気がして、レオは目を逸らす。
「……君が、いいんだ。無理なお願いだとは分かってる。でも、どうしても君とふたりきりで、最後を過ごしたいんだ」
最後、という言葉に静かに息を吐く。
「今日が最後だろ」
「僕の悪足掻きに付き合ってほしい」
「みっともない」
「そうだよ。みっともない僕に君の時間を分けてくれないかい」
く、と瞳が歪められた。
心の中で自嘲する。
「……分かったよ。おまえのお遊びに付き合ってやるよ」
何を言ってもこの男には通じないだろう。
春の光の中の『皇帝』は、嬉しそうに、その反面どこか寂しそうに、また微笑んだ。
そうして次の日の夕方。ふたりは電車に一時間、バスに十五分揺られて、山の麓の郊外に辿り着いた。
田んぼに挟まれた道を走っていく乗客の少ないバスを見送って、英智は息を大きく吸った。
「ここの空気は相変わらずいいね」
レオはぐるりと辺りを見渡した。古民家が建ち並び、畑や田んぼがその周りを囲んでいる。夢ノ咲周辺とは全く違う風景に唖然とした。田舎だ。
「行こうか」
英智はすたすたと畦道を歩き出す。レオも彼に続いて歩く。
緩やかな坂道を上ったところに、大きな日本家屋があった。塀や門は高く、持ち主が裕福であるということは一目瞭然だ。ふと目に入ったのは、門の横にある『天祥院』の表札だった。
門をくぐり、庭園を抜け、英智は鍵を開けて玄関の戸を引いた。
「……ここ、お前の家なの」
「正確には、僕の祖母の実家だよ。もう誰も住んではいないけれど、所有権は父にあってね。幼い頃は長期休暇のときに療養を兼ねて、ここで過ごしていたんだ」
だだっ広い玄関から長い廊下が見えた。どうぞ、と促されてレオも家に上がる。
「最近は来る機会もめっきり減ってね。もったいないから売りに出すことが決まっているから、最後の思い出にと思って。でもひとりじゃ寂しいからね、君を誘ったんだ」
「おれじゃなくても良かったんじゃないか」
警戒心を露わにするレオに、ふ、と英智は穏やかに笑った。
「君は妄想が得意だろう?」
そうとだけ言って、先に行ってしまう。
まだ『皇帝』のマントを羽織っている彼の背中を追って、廊下を歩く。障子や襖で仕切られた広い和室がいくつもあった。
「ここが居間だよ」
庭に面した一番広い和室には、立派な卓袱台や背の低い箪笥が置かれているだけで、他に目立つ家具はない。
その奥には台所があり、横の部屋には囲炉裏があった。
「囲炉裏って初めて見たぞ、おれ」
「今日は冷えるし、囲炉裏を囲んで食べようか」
「おまえ、料理作れんの?」
「人並みには」
「“英才教育”ってやつ?」
「うん。でも幼い頃は大体寝込んでいたからねぇ、ほんの少ししかやっていないよ」
昔よりはマシになったのだろうか、なんて考えながら、二階へ向かった。
幾つかの和室が廊下沿いに並んでいて、古き良き旅館を連想させた。
英智が立ち止り一つの部屋の襖を開ける。
「君の寝室はここね。好きに使ってくれていいよ」
埃臭さに堪らなくなって開けた窓から、まだ雪が残る壮大な山が見えた。それだけで霊感が湧き上がってくる。レオの顔を覗き込んだ英智が微笑む。
「気に入ってくれたみたいで良かったよ。布団は押し入れの中だから。あ、ちゃんと洗ってあるから安心して。来る前に使用人に頼んでおいたんだ」
「はぁ、御曹司は好き勝手やりたい放題だな~?」
「我儘は幼い頃よりは減ったと思うけどな」
「そうかぁ?」
胡散臭そうに英智を見れば、何だい、と首を傾げる。昔より柔らかい表情になったとは思う。
「ちなみに僕は隣の部屋を使うから。寂しくなったときに来たらいいよ」
「誰が行くか」
「冗談だよ」
甘やかなトワレの匂いが離れていった。隣室へ向かった彼の残り香を消すように窓を全開にした。
2
寒い、と、朝食後レオを散歩に誘った彼が言う。
「そりゃあ山だしな。学院の方よりは冷えるだろ」
朝独特の薄青の空が広がっている。三月とはいえ、山の麓の朝方は冷える。夜の残り香のような寒さに、レオはダウンのフードに顔を埋めた。
それを見た英智が長い睫毛を伏せる。
「……なんだよ」
「ううん、なんにも」
そう言ってはぐらかして、レオより数歩先、坂道を上っていく。
あの伏せ目は昔から変わっていない。言葉を濁すとき、いつも目を伏せた。彼の言いたいことはいつだって解らなかった。
「月永くん、はやく」
そう急かされて、歩みを進める。寒い。そう呟いた声は音にはならず、ただ白い息となって消えていく。
坂道の上に、小さな神社があった。鳥居の前に開けた場所があって、展望台のように町を見下ろすことができた。
畑や田んぼの緑の中に、ぽつぽつと民家の屋根の色がある。遠くには空とは違う青が広がっていた。英智が指差す。
「晴れた日は眺めがいいんだ。ほら、海が見える」
「この町に海はないだろ」
「うん。一駅先のところは港町だよ。カモメの声がよく聞こえて、潮の匂いがして、夢ノ咲に少し似てるかもね」
まぁ、田舎だけれど。そう付け加えて、英智は目を細める。
「……帰りたい?」
「どこに」
海を見つめたまま、レオは強い口調で訊いた。英智は何も言わなかった。
「……帰る場所なんてもうない。これから自分で作るんだ」
「君らしい答えだね」
そうして目を伏せて、また眼下の町の方に体を向けた。
「歌わないの」
「歌わない」
即座に答えれば、
「残念だなぁ」
という返事が帰ってきた。それが本当なのか嘘なのか。この男が嘘を吐いたことはない。きっと本心だろう、信じたくはないけれど。
彼の細い喉から歌が奏でられる。聞き覚えがある気がした――――学生時代の、あのステージで歌っていた曲だ。
アカペラの方が声の質や大きさが引き立っていると思った。爽やかなバラードが鼓膜を震わす。
抗争時代のときのような、荒削りさは感じない。
鋭い声が嫌いだった。だからと言って、この、角が取れた丸い声が好きなわけじゃない。
けっきょくこの男の声が嫌いなのだ。
名前も知らない凡才が書いた曲を、かつての『皇帝』は歌う。
「せっかくだしお賽銭していこうか」
そう言ってコートのポケットから革の財布を取り出す。まさか万札を投げ入れるのでは、とレオは身構えていたが、英智が取り出したのは穴の開いた硬貨、五円玉だった。
「というか、おまえと神社が驚くほど似合わないんだけど」
「そう?」
���オも彼に倣ってポケットの中で小銭���探す。
鐘を鳴らし、硬貨を投げ入れる。レオが投げた硬貨を見て、英智が言う。
「十円玉は良くないんじゃないのかい」
「五円玉が無かったのー。いいだろ、金額なんて。縁があるときはあるし、ないときはないって」
二拍手して、目を閉じる。
願い事をして瞼を開ければ、英智がレオを見つめていた。
「ずいぶんと熱心にお願いしていたみたいだね」
「べつに、願い事じゃない」
石畳の上を歩き出す。レオのスニーカーと英智の革靴の底がコツ、コツと音を鳴らす。
赤い鳥居を潜りながら、英智が問う。
「君、神さまはいると思うかい」
「まぁ、いるんじゃない。だからおれは天才なんだし」
「神に愛されている、って?」
「まあな」
ふ、と英智が笑った。
「よかった」
その言葉の意味が理解できず、レオは首を傾げた。
「……いないなんて言われたら、僕は君を殺したかもしれない」
英智が鳥居の前で立ち止まる。吹いた風に、木の葉と木漏れ日、ふたりの髪が揺れた。
「君に八つ当たりして。……そうだなぁ、君をそこの柵から突き落としたかもしれない」
「絶景を見ながら死ぬわけだ」
強気に冗談を返せば、英智は嬉しそうにゆったりと微笑んだ。
「今さらだ。おまえは一度おれを殺しただろ」
「そうだねぇ」
謝る気も、謝らす気も、お互いさらさらないのだ。
寒いね、と英智が言う。そうでもない、とレオはフードに顔を埋めながら答えた。
神社を背に、坂道を下っていく。
「そういえばさぁ」
と、朝から思っていたことを口にする。
「賽銭するのもそうだけど、『いただきます』、『ごちそうさま』を言う印象もなかったんだけど」
英智はレオの横を歩きながら答える。
「躾けられたんだよ。あの説教好きな彼にね」
あぁ、と納得した。いつだか腐れ縁だと聞いたことがある。対極にいるようなふたりだが、逆にそれが長い付き合いに結びついているのだろう。
「昔からお小言ばっかり言われたよ」
昨日の夜、英智のスマートフォンが震えていたのをレオは知っている。その着信相手が彼だということも。
出ないのか、なんて野暮な質問はしなかった。理由があるから、黙ってあの箱庭がある街を出てきたのだ。
なぜ英智がレオを連れてこの町へ来たのか。
訊きたいことは多いのに、その問いを口にすることはできない。
遠くの海が陽の光にきらきらと光っている。
◇
夕方、離れに置かれたピアノの前に座り、鍵盤に触れる。
生まれてはすぐに朽ちていってしまうメロディーを音符で形にしていく。忘れることのないように、奏で続けられるように。
外から入る僅かな光に、宙に舞った埃がきらきらと輝く。
ふ、と背後に気配を感じた。その腕が伸びてくる。
細いヘアゴムを取られて、束ねていた長い髪が広がった。その髪に指が触れる。
「……ねえ、退屈だよ」
「そうか」
短い返事をしながら音符を書いていく。
つまらなそうに溜息を吐きながら、ふと英智が床に散らばった楽譜を拾い上げる。咎めているうちにメロディーが消えていってしまう。レオは楽譜に音符を書き込むことに夢中だった。
「ね、月永くん」
英智がレオの耳元で囁く。ぞわ、と鳥肌が立って振り返る。穏やかな微笑を睨み付けた。
「この曲、ひとりじゃ弾けないだろう?」
彼の手にあったのは、先程書き上げたばかりの楽譜だった。連弾の、曲。
何も言わないレオをよそに、英智は部屋の端に置いてあった椅子を引き摺ってきて、レオの座る椅子の横に並べ、腰掛けた。
そして、その長い指が鍵盤を叩く。
挑発的な流し目がレオを見て、そして重みのある深い音色を奏で出す。
ぞっ、と背筋に寒気が走る。ステージに立っていたときと似ている。痺れるような闘志。
レオも負けじと鍵盤に触れる。
「……最高だよ、その目」
熱い視線がレオを貫く。
あぁ、最高だよ、おまえも。
そんでもって、最悪だ。
息が上がる。首を絞め続けられるような感覚。
声を嗄らして歌い叫び、足が縺れるまで踊って、主張しろ。王はおれだ。誰にも奪わせない。
おまえなんかに、おまえなんかには絶対渡さない。
おれの居場所だ。
セナがいて、リッツがいて、おれがいて、三人で築いて守っている唯一の城なんだ。
純白の衣装を纏った彼らが、微笑を浮かべる。
目の前の、サイリウムやスポットライトの光が、彼らの白が、唇をきつく噛んだセナと、舞台の上に座り込んだリツの後ろ姿が、霞む。
スクリーンに映し出された映画を観ている客の気分だった。自分事に理解できずに、レオはただ戦場の地に立っていた。
そんなレオの前に、美しい少年が一歩踏み出す。その視線に、呼吸が上手くできなくなる。力が抜けてマイクが手の中から滑り落ちた。
「……『Knights』の『王』、月永レオ、」
彼の低い声が静かに告げる――――『王』の、死を。
「このゲームは、君の負けだ」
まるで死期を伝える天使に似た、無垢な残酷さで、おれを見下す。青い瞳には勝ち誇った光が爛々と輝いていた。
衣装のマントが、目の前で翻される。
客席から沸く歓声は、騎士たちへのものではない。
「ありがとう」
優雅に辞儀をする、絶対王者――――『皇帝』へのものだった。
あぁ、そうか。おれは、負けたんだな。
そう理解した瞬間、すべてが音を立てて崩れ落ちていった。
なにを見ても、なにを聞いても、もう音楽は湧き出てこない。
おれはもう、『王』ではいられないのだ。
『皇帝』は歓声の中、仲間を引き連れて舞台を降りていく。スポットライトが消えると同時に、観客たちも会場から立ち去っていった。
「……『王さま』、」
息が整わないままの凛月を支えた泉が、レオを見つめた。澄んだブルーの瞳が、ゆらゆらと揺れている。凛月の漆黒の髪から雫が滴り落ちて、ステージの床を濡らした。
あぁ、なんて、情けない。
「……先に、行っててくれ」
ふたりから目を逸らす。泉は何か言いたげに口を開こうとしたが、躊躇ったように唇を結んだ。そして、
「わかった」
そうとだけ言って、凛月の細い身体を支えながら舞台袖に消えていった。
先ほどまでの熱は既に冷め切って、短い夢のようだった。
空っぽの、がらんどうのステージに、たったひとり。
初めての、敗北だった。
「あああぁああああっ、あああああああああぁぁぁっ!!」
引き裂かれた喉を、さらに壊すように号哭した。
痛い、痛い。死んでしまいそうなのに、殺してはくれない痛みにただ叫ぶ。
救ってくれ。赦してくれ。おれの居場所を、返してくれ。
リツとセナと生んだあの熱を、返してくれ。
「っ、は、ぁっ、はぁっ、はぁっ、」
自分の荒い息の狭間に、彼の歌声を思い出してしまう。
繊細かつ大胆、聴く者すべてを魅了する、完璧な声。
その凶器を首筋に宛がわれて、レオは竦んだ。
――――君の負けだ
歪められた青い瞳に映った自分の表情さえも、しっかりと憶えている。
「あぁ、そうだ、おれの負けだ!」
レオの、最後の叫び声が反響した。
今度は、ぜったいに、おまえを殺してやる。この苦しみを、おれが味合わせてやる。
憎しみに燃えて、そうして、意識を手放したのを、今でもはっきりと思い出すことができる。
◇
英智が風呂に入っている間に、グリルで鰆を焼き始める。午後に行った魚屋で買った旬のものだ。予熱したグリルの中に二切れ並べる。やかんに水を入れ、火にかけてお湯を沸かす。
英智が上がるころには焼けるだろう、とレオは居間の押し入れの戸を開ける。昨日、この中にいいものを発見したのだ。
押入れの中の本棚に並んだたくさんのアルバム。それを手に取って、ページを捲る。
古いカメラで撮ったような写真が、きっちりと整理されていた。
写真の中で、今と変わらない色の瞳がレオを見つめた。
「月永くん」
後ろから声がして、レオは振り返った。
居間と廊下を隔てる障子から、
「上がったよ」
と、英智が上気した顔を覗かせた。そしてレオの手元を見て、目を丸くする。
「ああ、こんなところにあったんだ」
勝手に見ていたことを咎めもせず、レオの隣に座り、一緒にアルバムを覗き込む。ふわ、とフローラルなシャンプーの匂いがした。
「祖父が写真好きでね。よく撮ってくれたんだ」
「ふぅん。それにしても、ずいぶん不機嫌そうな顔ばっかりしてるな」
「はは、うん。この頃の僕には可愛げがなかったからね」
「安心しろ、今もないぞ」
「ひどいことを言うね」
楽しそうに笑いながら、次々と写真を指差していく。
誕生日のときの写真。小学校の入学式の写真。敬人の家の寺で撮ったふたりの写真。風邪を拗らせて入院しているときの写真。大きなアイリッシュ・セッターと寄り添って寝ている写真。小学校の卒業式の写真。
「……おまえ、泣けるの?」
英智の声を遮ったレオの問いに、英智は彼の指先の写真を目に止めた。
子ども用の黒いスーツを着た三歳くらいの英智の写真だった。その瞳には涙が浮かんでいる。
「ああ、さっきの写真に写ってた犬が死んでしまった時のだよ。庭で葬式をしたんだ」
他のページを捲れば、愛犬との写真がたくさん貼ってあった。
「ドナートって名前だよ。僕が生まれる前から飼っていたから、先に死んでしまうのは当たり前なんだけどね。すごくショックだった。余命宣告を繰り返しされていた僕より、なぜ元気だったドナートが先に死んでしまうのか、理解ができなかった。それと同時に、死ってこういうことなんだ、とも思ったけれど」
「このあと、動物飼ってないの」
「うん」
まだ子どもの頃に、自分にもいつかやって来るという死を目の当たりにしたのだ。恐怖でしかなかっただろう。
「……なぁ、怖いか?」
そう問えば、ゆっくりと英智が顔を上げた。落とせばすぐに壊れてしまう、丁寧に拵えられた美術品のようだと思った。
英智は、何が、とは訊かず、ふふ、と花が綻ぶように笑った。でもどこか憫笑じみたそれに違和感を覚える。
「怖い、って言ったら、君は僕を救ってくれるのかい?」
何も、言えなかった。
レオの返事を待たずに、英智はゆっくりと立ち上がる。
お湯を沸かしていたやかんとタイマーが鳴った。
「片付け、しておいてね」
そう言い残して、台所の方へ消えていく。その後ろ姿を見送って、レオはアルバムを集めた。
あいつを救えるのは誰なんだろう、と考える。
いただきます、ごちそうさまを教えた、彼の幼馴染か?
彼の左腕の道化か?
彼を心底愛している両親か?
それとも、彼に壊されたおれか?
答えの出ない問いを呑み込む。年季の入ったアルバムを閉じ、押し入れの中の棚に戻した。
英智は湧いたお湯で味噌汁を作っていた。台所にその後ろ姿は、やはりどうも似合わない。
その間に、レオは丁度良く焼けた鰆を皿に移し、炊いておいたご飯をよそう。
囲炉裏の前に皿を並べていると、いつものように英智がラジオをつけた。ノイズ混じりにニュースが聞こえる。
いただきます、と手を合わせて食べ始めた。
「美味しいねぇ」
と、英智が笑う。
レオは頬杖をついて、鰆を噛みながらじっと目の前の男を見つめる。
彼の持った箸が鰆の身を裂いて、彼の口元へ運んでいく。開いた薄い唇の間の闇に消え、英智は静かに咀嚼した。
だれかの命を喰らって、生きている。
彼もまた、人間なのだ。
「……そんなに見つめられると食べにくいんだけどなぁ」
英智が苦笑しながら言う。
「顔に何か付いているかい?」
「あぁ」
右腕を伸ばして、英智の口元に触れる。
親指で下唇をなぞれば、柔らかい感触が神経を刺激する。
彼の唇が微かに、ゆっくりと開き、赤い舌が覗いた。滑らかなそれは、応えるようにレオの指に触れた。
誘うような目と同じくらい熱い、味を感じるための舌。
並びの良い、命を引き裂くための白い歯。
消化を手伝うための唾液が、唇から零れて一筋伝う。
据え膳食わぬは男の恥、とは言うが。
レオが指を離そうとした瞬間、彼の白い歯がその指を思い切り噛んだ。
「痛っ!」
「……食事中に欲情する君が悪いんだよ」
「欲情……っ、なんて、してないから!」
くっきりと歯形の残った親指を庇いながら、英智を睨めば、彼は楽しそうに笑う。
「早く食べないと、せっかくの食事が冷めてしまうよ」
そう言って、彼は何もなかったかのように食事を再開する。
レオももう一度箸を取り、鰆とご飯を口に運ぶ。
目線の先の汁椀の中で、冷め切ったお湯と味噌が分離している。右手で持った箸で掻き混ぜてその境界線を消してから飲み干した。冷めたそれは、ちっとも体を温めてくれない。
ラジオでは、天気予報士が今週の天気を知らせていた。
◇
布団を敷き終えて、ふわぁ、と大欠伸をしていると、
「もう寝るのかい?」
と、なぜかパジャマの上にセーターを着た英智が問う。
「おまえは寝ないのかよ」
「うん、ちょっといい所に行くんだ」
「いいとこ?」
小首を傾げるレオに、英智は窓を開けた。
「分かった、屋根の上だろ」
ふわ、と夜風が部屋の中に入り込んできた。
その窓の前に立ち、微笑んだ英智の髪がさらさらと靡いた。
「大正解」
屋根の上に干してあったらしい下駄を履いて、窓から屋根の上に出る。西洋人じみた顔立ちと高級ブランドの寝間着に、不釣り合いな下駄が小気味良い音を立てた。
「月永くんもおいでよ」
子どもみたいにあどけなく笑う男に、深い溜息を吐く。
そして渋々毛布を担ぎ、押し入れの中にあった足袋と下駄を履いて、彼の後を追って窓から出る。棟に腰掛けた英智に毛布を被せると、
「ありがとう」
と嬉しそうに微笑んで、レオの手を引いて自分の隣に座らせた。そしてレオの肩にも毛布を掛ける。
「綺麗だろう?」
まるで自慢の宝物を紹介するかのようにそう言った。
星屑が散りばめられた濃紺のビロードの空が、世界を包んでいる。
「小さい頃ひとりで、こっそりこうやって屋根に上がって星を見ていたんだ。本当は誰にも教えるつもりは無かったんだけど」
すぐ傍で、英智の声が聞こえる。呼吸が聞こえる。
「……おれに教えていいのかよ?」
この夜空は、本当に英智だけのものだったのだ。
英智は楽しそうに笑う。
「ここにいると自分も宇宙に居られるみたいに感じられるから、君も気に入ってくれるだろうと思って」
宇宙が好きだろう?
そう問われて、あぁ、と肯いた。
何億光年も昔に放たれた光が届く。今この瞬間も、宇宙のどこかで爆発が起きている。生まれ、滅んで、数えきれない光が走っている。
おれの書いた曲もそうなればいい。おれが死んでも、曲は生き続けて誰かに届けば、おれは死んでも幸せだ。
とは、言わなかった。自分の幸せをこの男に語っても、彼にとっての幸福の概念はちっとも変わらないだろう。
英智を変えたのは、レオではないのだ。
「……うん、大好きだ」
隣で、良かった、と英智が言う。彼がどんな表情をしていたのか、レオは見なかった。
「……ね、手繋いでいい?」
拒否はしなかった。そっと手が伸びてきて、レオの手に触れる。自分の体温を移すようにその手を握ると、英智は微かな笑い声を上げた。
「寒いねぇ」
「もう部屋入りたい」
「あと一分」
いーち、にーい、さーん、とカウントし始めると、英智も一緒になって数えた。
冷たい夜風が二人の頬を撫ぜた。
「そういえば、なんでおまえもおれの部屋で寝てるんだっけ?」
朝訊こうと思って忘れていた問いを、布団に入り込みながらぶつける。隣の布団に入った英智が寝がえりを打ってレオの方を向いた。
常夜灯のぼんやりとした光の中で彼の笑った顔が見える。
「本当はそんなことどうでもいいと思ってるだろう?」
「はぁ?」
「朝に思ったはずだよ。でも今になるまで何も言わなかったから、どうでもいいんじゃないかなって」
図星、なのかもしれない。確かに、隣の部屋で寝ようが、すぐ隣の布団で寝ようが、どうでもいい。
「そうかもな」
そうとだけ答えて、英智に背を向ける。
ねぇ、月永くん、と呼ぶ声がしたが無視した。すると彼の足が入り込んできて、レオの足に触れた。
「冷たっ!」
思わず足を避けると、さらに追いかけてくる。ゆえに、レオと英智の距離も縮まる。
「おい!」
振り返れば間近に端正な顔があって、驚いて息を呑む。
「月永くん、あったかいから」
足を絡められて動けなくなる。氷のような冷たさがレオに伝わる。
「……裸足で外になんか出るから」
「ふふ」
「ふふ、じゃないし。霜焼けになっても知らないからな!」
「うん、おやすみ」
その言葉を最後に、英智は何も言わなかった。少し経って、規則的な呼吸音が聞こえてきた。
レオの熱が伝染したのか、それともレオの熱が奪われたのか、英智の足は徐々に温まっていった。
3
三日目。
電車に乗って、ふたりは隣の海辺の町へ来た。
英智の言う通りだった。カモメの鳴き声があちこちからして、潮の匂いがして、海が煌めいている。
海風が前を歩く金色の髪を揺らした。
けれど彼が羽織っているのは、あの紺のブレザーではない。質の良い茶色いコートの後ろ姿を見つめながら、彼についていく。
一日この町を回ろう、という提案をレオは拒否しなかった。
家屋の間の細い石畳の道を歩いていく。
英智が足を止めたのは、古めかしい建物の前だった。扉の上の看板には『潮風劇場』の文字が刻まれており、懐かしい匂いが漂っている。
「映画でも見るかい?」
「ここ映画館なの?」
「そうだよ。単館上映の映画を多く上映してるんだ。意外と面白いよ」
中へ入って、��智が選んだ映画のチケットを買う。ロシアの監督の作品らしい。
小ぢんまりとしたシアターの、ほとんど観客のいない座席に座る。しばらくして照明が落とされ、上映が始まった。
ロシア語を聞いているうちに、うとうとと微睡んでしまう。
スクリーンの中の主人公がヒロインとキスを交わしている。
あぁ、この男とラブストーリーを観るとは思ってもなかったなぁ。そんなことを思いながら、レオは意識を手放した。
「……月永くん」
その声に目が覚める。証明に目が眩む。映像が映し出されていたスクリーンはただの薄い布に戻っていた。
「あれ、もう終わっちゃったのか?」
「君はずっと寝てたんだねぇ」
「最初は起きてた!」
「ヒロインは最後死んでしまったよ」
「はぁ、ありがちな悲恋だな」
「僕もちょっと退屈だった」
そんな他愛のない会話をしながら映画館を出た。
道路沿いの道を歩いて、海に辿り着く。
夕焼けに、薄く夜の色が掛かっている。そんな空の色を垂らされた海が、静かに波打っている。
柔らかく麗らかな三月の橙色の陽射しに、彼の金髪が光る。
「……夢ノ咲の海は、もっと明るい色をしていた気がするなぁ」
ひとりごとのようなその言葉に返す言葉を、レオは持っていない。ただ彼の背と、その先に広がる海を見つめる。
波打ち際でしばらく海を眺めていた英智が、不意に靴と靴下を脱いだ。細い足首の線が露わになる。
レオが声を上げる前に、英智は裸足で海の中に入った。
「冷たい」
「風邪ひくぞ」
「ひかないよ」
レオの心配をよそに、英智は靴を片手に歩いていく。
深い溜息を吐いて彼の後を追う。手で触れた海水は凍えるほど冷たくて、レオは英智の神経を疑った。
「君は寒がりだもんねぇ」
振り返って立ち止まった英智が笑う。追いついたレオは彼の細い手首を引いた。迫り来る波から英智の足が逃げる。
「冬の海に入るのはおまえみたいな酔狂だけだよ」
「三月はもう春じゃない?」
「冬だろ」
英智はコートのポケットから白いハンカチを取り出して、濡れて砂のついた足を拭いた。すぐにそのハンカチは汚れて、きっともう使い物にならないだろう。しかしそれも、英智とレオにとってはもうどうでもよかった。
レオの肩を借りて、英智が靴下と靴を履く。
「帰ろうか」
「腹減った」
「何か食べる?」
「うん」
砂浜に残った二人の足跡は、すぐに波に掻き消されていった。
◇
月永くん、と呼ばれる。
仰向けになると、布団の上に座った英智の手が伸びてきて、髪に触れた。
「……思い出してしまうね」
「なにを」
「昔のこと」
――――キスしたこと、憶えてる?
問い掛けられて、レオは顔を顰めた。
「よかった。憶えててくれて」
「何もよくない」
英智の指の間から、長い赤毛がはらはらとすり抜けていく。それを見つめながら、英智は、
「相変わらず君はひどいなぁ」
なんて、笑う。
「またするかい? 楽しいこと」
「絶対に嫌だ」
「どうして?」
「痛いだけだ」
「そうかな?」
「痛い」
「手術に比べれば全然だよ」
「麻酔するだろ」
「してもしなくても、痛いものは痛いよ。肌を切り裂かれるんだから」
レオは黙って英智のパジャマのボタンに手を伸ばした。彼はされるがままだ。パジャマを脱がせ、下着をまくり上げた。
あの頃、くっきりと残っていた胸の下の傷は薄くなっていた。細胞が修復している。この男の身体はきちんと機能している。
指先で、その傷跡をつうとなぞる。彼の唇から甘い吐息が漏れた。
「月永くん、さっきの冗談だよ」
暗がりの中で彼の瞳が光っている。獣みたいだ、と思う。
「……解ってる」
柔らかな拒否を呑み込んで、彼の身体から手を放す。掌に、彼の低い体温が残っている。
レオは布団に寝転がり、パジャマを着直す英智に背を向けた。
「……おやすみ、月永くん」
そう言った彼の手は、レオに触れなかった。
『生徒会』と『五奇人』の抗争時代に、レオと英智は何度か身体を重ねたことがある。
若さゆえの過ちだった。英智に生徒会室に呼ばれて、粛然とした箱の中で密やかに抱き合った。
一度目はお互いを苦しめるためだけの痛々しい行為に過ぎなかった。身体を貫くような痛みに吠えて、吠えさせた。
二度目、三度目、そう回数を重ねていくうちに本当の目的を見失っていった。
バスタオルを敷いた床にレオは押し倒される。自分を見下ろすその瞳を見つめながら、唇を触れ合わせる。唇の皺ひとつひとつを確かめるように、何度も、何度も。
そして深いキスに変わる。舌を絡めて、音を立てて。
ブレザーを、ワイシャツを、お互いに脱がしていく。蠱惑的な瞳を見つめながら。
肌蹴たシャツの下、露わになった彼の胸元を初めて見たとき、レオは息を呑んだ。
「……これかい?」
つ、と彼の指がその線をなぞる。
左胸を横切る醜い傷跡。それは白い肌にくっきりと刻まれていた。
「手術の痕だよ」
何でもなさそうにそう言って、笑う。
「醜いだろう?」
自嘲のような、挑発的な笑みが気に入らなくて、端を引き上げた唇を噛んだ。
何回目かの行為の最中には、
「くたばっちまえ」
と息も絶え絶えに口にしたことがある。音楽が生まれないゆえの苛立ちをぶつけた、ただの八つ当たりだった。そう叫んでも、怒りと憎悪に塗れたレオの身体にキスを落としながら、英智は強気に目を細めるだけだった。
ダンスに使う四肢も、歌うための声も、今は飢えた獣のものでしかない。
理性と本能が剝離していく感覚がレオを快楽に突き落とす。それはきっと、英智も一緒だった。
制服を着た英智が自分を見下ろしている。
「声、聞かせてくれないかい?」
嫌だ、と反論する声が擦れている。
「レオ、気持ちいい?」
一対の青色が冷淡に細められて、背筋に電流が走る。それと同時に、音楽が生まれていく。ペンを取ろうとしたレオの手を英智が押さえ付けて、そして深く口づける。
「……ッ、あ、ぁ」
「レオ、」
名前を呼ばれて、理性が崩壊する。ふたりの獣は吠える。
全部が欲しい。この男の全てを、奪って、殺してやりたい。
「英智……ッ!」
憎い。愛おしい。殺したい。終わりに、したい。
混沌とした感情を快楽に混ぜて飲み干していく。
そして熱が醒め切ってから、あの行為で戦意を失ってしまえ、と懇願していた。
スマートフォンのアラームで浮遊した意識はすぐに覚醒した。
布団から腕だけ出してスマートフォンを掴む。寝起きの頭にガンガンと響く煩いアラームを止めた。
隣から寝息が聞こえる。不幸中の幸い、英智はまだ眠っているようだ。
彼を起こさないように布団を抜け出し、枕元に畳んでおいた着替えを持って風呂場へ直行した。
寝間着と下着を洗濯機に投げ入れボタンを押してから、浴室へ入った。
熱いお湯を全身に浴びて頭が冴えていく。
あんな夢を見るなんて、どうして今更。まるで昨日の言葉に乗せられているみたいじゃないか、と自己嫌悪に陥る。
――――またするかい? 楽しいこと。
歪められた瞳を思い出す。あの部屋でレオを見下ろしたときと同じ眼差しだった。
髪の毛先から雫が連なって床に落ち音を立てる。
あいつにとっては、楽しいことだったのか。おれにとってはちっとも楽しくなかったけど。
痛くて、息が詰まって、苦しくて、でも、それ以上に気持ち良かった。
けれど、抗争時代の後、レオと英智がその行為をすることはなかった。
◇
さっさと一人で朝食を済ませて、レオは作曲のためにピアノと譜面と向かい合っていた。そんなレオの姿を見咎めて、英智が声を掛ける。
「今日はずいぶんと早起きだね。昨日もなかなか寝付けずに、遅くまで起きてたんだろう?」
重低音のメロディーを荒々しく弾きながら、レオは顔を背けた。
「何か嫌がらせしたかな?」
独り言を呟きながら、英智はレオの傍へやって来る。
それを咎める気にもならなかった。
音楽が、生まれない。
音符を書いては消し、楽譜を書き上げては丸めて床に捨てた。起きてからずっとこの調子だった。
寝起きが一番頭が冴えるはずだ。一番いい曲が書けるはずだ。こんなこと、一度もなかった。おれは天才だ、音楽を生めないなんて有り得ない。
英智の白い手が散らばった楽譜を手に取る。
そして、その声が音符を追う。
「な、」
レオはピアノに凭れていた頭を持ち上げて彼を見つめた。
楽譜に向けられていた視線がレオに移る。
「歌うな」
そう制しても彼は止めない。
あの眩しいスポットライトの光と華やかな歓声に包まれている。純白の衣装を身にまとった彼の貫くような視線に、あの頃、欲情していた。
歌声がレオの心臓を突き刺す。
「やめろ、」
違う。おれが作りたいのは、こんな、醜い曲じゃない。
「やめろ!!」
両手で鍵盤を思い切り叩いた。貫くような不協和音と怒鳴り声が部屋中に響いて、英智は驚いたような顔をして、歌うのを止めてレオを見た。
彼の胸倉を掴み、そのまま床に押し倒した。痛みに彼の表情が歪み、落ちていた楽譜が舞う。
「こんな曲に価値なんてない!」
「……どうして」
「こんなんじゃない、おれが創りたいのは、もっと、もっとあの頃みたいな」
「月永くん、」
冷淡な声に息が詰まった。白い手がレオの喉笛に添えられる。深い色をした瞳に、深層部までを見透かされてしまっている気がした。
「……あの頃には、戻れないよ」
窓の外で一層強く雨が降り頻る。その音にも邪魔されずに、彼の声はレオの鼓膜を震わせた。
その声に、記憶を翳して、辿っている。
――――君の負けだ、
――――『王さま』
――――『Knights』の王、月永レオ
レオは英智を突き放し、ピアノの傍に置いておいた財布と携帯を引っ掴んで家を飛び出した。
三月の冷たい雨が身体を打つ。肌の表面は凍えるほど冷たくなっていくのに、頭には血が上って熱くなっていく。
呼び止める声も、追い掛ける足音も、聞こえなかった。
煩い雨音に紛れて聞こえなかっただけだと信じたがる自分が、ひどく惨めだった。
4
夢ノ咲学院の裏の砂浜で、ふたりきりになったことが一度だけある。
十八歳の秋。
砂浜に音符を刻む。湧き上がる霊感に追いつかなければ。
と、そのときだった。
「久しぶりだねぇ」
懐かしい声に、手を止める。
ザァ、と音を立ててやってきた波が音符をさらっていくのを見送って、レオは振り返った。
「……おかえり、月永くん」
相変わらず頼りない細い身体だった。入退院を繰り返していると風の噂で訊いた。
「また君と兵刃を交えられると思うと嬉しいよ」
「それはもうごめんだな」
目の前に立った男を見上げる。
「もう帰ってきてくれないと思った」
「まだやるべきことが残ってる」
く、と青い瞳が細められる。
「キス、してもいい?」
「再会祝いのつもりか?」
目線がふたりの間で絡み合って、英智が細い腰を折ってレオの唇に口づけた。
おまえを殺したい。
はっきりと、あのステージの上でそう思ったことを思い出す。
おれの描いた音符で首を絞めて、剣のような歌声で心臓を貫きたい。
おれがおまえにされたことをしてやりたい。
心臓が止まって、そのまま玉座からずり落ちてしまえばいい。
でもそれは、レオの役目ではなかったらしい。
時代を変えた『新星』たちが、『王』のいないあいだに『皇帝』を殺した。
「なぁ、『皇帝』、」
離れていく唇を引き留めずに、まっすぐと英智を見つめる。その渾名はもう似合わないか、とも思ったが、レオの中で、天祥院英智という男は『皇帝』でしかなかった。
「おれの悪足掻きに付き合ってよ」
青い瞳に自分が映っている。鏡のようなそれは凪いだ海と似ていた。
「いいよ、君の考えることは退屈しないからねぇ」
そう言って、笑った横顔が昔と違うことに気づいたが、レオは何も言わなかった。
ふ、と目が醒める。スマホの画面を確認すると、もうすぐ午後六時を回るころだった。
朝、あの家を飛び出して、夢ノ咲とは逆の方向へ向かっていく電車に乗り込んだ。絶えず変わっていく車窓を見つめながら、気分でいろいろな駅に降りた。
荒れた海が見える町。ビルが立ち並ぶ都会。教会のある田舎町。山ばかりの町。寂れた商店街がある街。
そうしてあの田舎町から、英智から、遠ざかってきた。
英智からの連絡はなく、それ以前に、スマートフォンの電池は切れて使い物にならなかった。
雨は昼間より強くなっている。アナウンスが鳴っていて、多くの人から席から立ち上がった。それに倣うように重い腰を持ち上げて、人に押されるように電車から降りる。
コンコースの人混みの間をすり抜けながら外へ出れば、降り頻る強い雨が身体に叩きつけられる。コンビニで買ったビニール傘は、前の町で壊れて捨ててしまった。
ダウンのフードを被り、寒さに息を吐く。
傘を差した人たちが足早に歩いていく。レオの横を通り過ぎた何人かが、傘を差さないレオを訝しげに見てはすぐ目を逸らす。
孤独だ、と思った。
こんなにたくさん、数えきれないほど傍に人がいるのに、孤独しか感じないのは、なぜ。
「……『王さま』?」
聞き慣れた声に後ろを振り返る。灰色のコートを着て青い傘を差した、端正な顔の男が立っていた。
「おぉ、セナ、久しぶりだなぁ」
駆け寄ってくるかつての仲間に、無理に作った笑顔を見せた。
「ずぶ濡れじゃん、こんなところで何してるわけぇ?」
泉はレオの腕を引いて傘の中に入れた。
「身体も冷え切ってるし」
「わはははっ、セナは相変わらず世話焼きだなぁ」
「無理して笑わなくていいから」
ほら、行くよ、と腕を引かれて歩き出す。自分より少し背の高い男の背中は、昔と変わらず大きく見えた。
ふたりが雨宿りに入ったのは通りにあるカフェだった。客は少なく、店内にはBGMと、窓の外の雨音が流れていた。
窓際の席に向かい合う形で腰掛け、泉が店員を呼ぶ。
「コーヒーで良い?」
と訊かれ、黙って肯いた。
「ホットのブレンドコーヒーを二つ」
という泉の注文する声が雨音を消す。店員は注文を取るとすぐに去っていった。
「……で、」
頬杖をつきながら泉が話を切り出す。
「卒業式後からどこに行ってたわけ?」
「田舎町だよ」
泉の青い瞳をじっと見つめる。彼より濃い、青。それに嘘が通じないことは理解している。
「セナはこんな都会で何してたんだ?」
「仕事に決まってるでしょ。モデル業に復帰したらすぐに大量の依頼が来たの」
「さっすが売れっ子モデルだなぁ~」
「お褒めの言葉をありがとう、『天才作曲家』さん。アンタも仕事来てるんでしょ?人づてに聞いたよぉ?」
「まぁな。でも大体断ってるよ、充電期間」
「何言ってんの、散々充電してたくせに」
「それは、あの戦いから逃げた期間のこと?」
思わず語気を強めてしまったことに、すぐ口を噤んだ。
「……ごめん」
そう謝れば、泉が窓の方に顔を背ける。
「今のは、俺も悪いから」
気まずそうに、彼はそう言った。
お待たせいたしました、という店員の声にふたりで顔を上げる。それぞれの前にコーヒーカップが置かれ、また店員は去っていった。
テーブルの端に常備されているシュガーを手に取って、黒い液体の中に入れた。ブラックコーヒーを啜り、泉が言う。
「珍しいね、砂糖入れるなんて。ブラックで飲まないの」
そう問われて、目を伏せる。黙ってコーヒーを飲んだ。今まで甘いフルーツティーやミルクティーなどの紅茶ばかり飲んでいたからか、とても苦く感じた。
「……『皇帝』と一緒にいたの」
その問いに、レオは思わず目を見開いた。
「……なんで」
「昔と、同じ目をしてるから。当たり?」
「セナには敵わないなぁ」
苦笑しながら苦いだけのコーヒーを啜る。
泉が、かちゃん、と音を立ててコーヒーカップを置く。
「……一週間だけって約束で暮らしてたんだけど、ちょっといろいろあってさ。出てきたんだ」
「探してんじゃないの」
「さあなぁ」
ふぅん、とどうでもよさそうに泉が相槌を打ち、
「これからどうすんの」
と訊く。
「自分の家に帰ろうかなぁ」
あの日本家屋に着替えなどは置きっぱなしだが、わざわざ取りに行きたくもないし、大して大事なものでもない。このまま黙って帰ればいいだろう。
はぁ、と息を吐いた泉が立ち上がる。
「傘買ってきてあげるから。ここから動かないでよね、分かった?」
泉はそう言って、傘を差して土砂降りの雨の中へ出ていった。銀色の髪と灰色のコートはすぐに人混みに紛れていく。
あの頃と同じ目――――どんな目だろうか。すべてを喪ったような光を持つ瞳だろうか。あぁ、そうか。おれはまだ 過去に囚われているのか。セナは自分の道を、自分の未来をまっすぐ見据えて歩き出しているというのに、おれはまだ未練があるのか。
彼の姿が窓から見えなくなると、レオはレジに行って二人分のコーヒー代を払い、店を出た。
そして、泉が歩いていった道とは反対の道を、雨に打たれながら歩いた。
夜になっても、雨はやまない。
建ち並んだビルの窓から漏れる光の色に雨粒が染まって、黒いコンクリートの上で砕け散る。
交差点の後ろに聳え立つビルの大型モニターの中で、知らないアイドルが歌っている。
しかしその歌声は雨音や足音に掻き消されて誰の耳にも届かない。
あぁ、おれの音楽もこんな風に踏みつぶされていくのか。
あいつが命を削りながら叫ぶ声も、誰の耳にも届かずに靴底の跡をつけられるだけなのか。
城を出た王は庶民と変わらないのか。
あの頃の栄光を得ることなんて、できないのか。
交差点の真ん中で茫然と立ち竦むレオの横を、人々が通り過ぎていく。暗い波が去っていく。
「――――月永くん、」
そう、呼ぶ。あの頃とは違う、丸みを帯びた優しい声が。
ふと、身体に叩きつけられていた雨が止んで顔を上げた。
傘を持つ白い手。自分より高い背丈。コートのフードから覗く金色の髪からは雫が滴っている。
「月永くん」
彼の濡れた肩を見て、思わず笑う。
それと同時に、今まで張りつめていた糸がぷつん、と切れて、全身の力が抜けた気がした。
「……傘の意味ないじゃん」
寒さに擦れた言葉は、最後まで言い終えることなく途切れた。
英智の冷え切った身体が、レオの身体を抱き締めた。
甘いトワレの匂い。一日中、この匂いを探していた。冷え切った身体を強く抱き締め返す。
「『皇帝』、」
「……帰ろう、月永くん」
帰ろう、と噛み締めるように、英智はもう一度囁いた。
それに対しての上手な答え方をレオは知らない。
「あぁ」
そうとだけ言って細い手を掴み、彼の持つ傘を受け取って歩き出す。
人混みの中に、ふたりの声は呑まれていった。
◇
「どうしてあそこにいるって分かったんだ」
そう問う。
都会の電車の中に、濡れ鼠になった会社員や学生の憂鬱が立ち込めている。
扉の傍の手摺に寄り掛かった英智が、車窓の外に目を向ける。
「……なんとなく。夢ノ咲の方には行かないだろうと思って、こっちに来たんだ。そうしたら、瀬名くんからメールが来て」
「はぁ、つまらないことするよなぁ、セナも」
「でもずいぶん探したんだよ」
おかげでぐっしょりだ、とコートの裾を絞ってみせた。電車の床に水滴が落ちる。
「会えて、良かった」
そう言って、レオの肩に頭を凭れる。香水に混じって、雨の匂いがした。
ねぇ、と擦れた声が左耳を擽る。
「……キス、してもいい?」
「再会祝いのつもりか?」
ゆっくりと電車がスピードを落とし、駅に停車する。降りていく大勢の人々の背中を見送って、ふたりは空いた席に腰を下ろした。
「もう昔じゃない、しないからな」
「冗談だよ」
はぁ、という隣で吐かれた溜息が電車の車輪が擦れる音に消えていく。
「……おまえのことだから、探しに来ないと思った」
トンネルに入る。ライトの光が差し込んでは通り過ぎ、また差し込んで、通り過ぎて消えていく。
「探してほしかったくせに」
揶揄う口調で英智が言う。
「べつに」
「素直じゃないなぁ」
横目で睨めば、英智は肩を竦めてみせた。
「……約束しただろう、秋の海で。君の悪足掻きに付き合ったんだから、僕の悪足掻きにも付き合ってもらわないと」
「そんなこと、いちいち憶えてるのか」
「もちろん。学院での思い出はすべて僕の宝だよ」
トンネルを抜けても、やはり窓の外は暗い。まっくろな闇が世界を包んでいる。
「……どこへ、行っていたの」
そう問われて、レオは、
「いろんなところ」
と答えた。
「海が見えるところ?」
「あぁ、行った。銭湯がある町もあった」
「銭湯には行ったの?」
「うん」
「風呂上がりに瓶牛乳を飲むんだろう?」
「あぁ、美味かった」
「いいなぁ、僕も行ってみたいよ」
どちらも、今度一緒に行こう、などとは言わなかった。
手と手が触れた。逃げずにいると、そっと手を繋がれた。
「……曲は、書けそうかい?」
英智の問い掛けに、レオは肩を竦めた。
「さあなぁ。まぁ、学院のときは生き急いでた感じだったし、少し休めってことじゃねえの」
「そうだねぇ。君はほんとうに忙しそうだった」
と、英智は懐かしむように笑った。その横顔が、すぐに消えてしまいそうな気がした。
「……おまえも人のこと言えない」
レオの言葉に、英智が顔を上げてレオの瞳をじっと見つめた。呑み込まれそうだと思うほど深い、深い青だった。
「なにをそんなに急いでんの」
英智は困ったように微笑んだ。
「急いでいるように見える?」
「……あぁ」
低い声で答えれば、彼は目を伏せる。
「まさか君にそんなことを言われるとは思ってなかったよ」
向かい側の席の窓を見つめながら英智の肩に頭を凭れた。重いよ、と声がしたが気にしなかった。
「……眠いな」
「眠いねぇ」
「あと何時間で着く」
「二時間はかかるかな」
ゆっくりと瞼を閉じれば、浮遊感に似た、夜の色より深い闇が身体を包む。
ふたつの手はどちらも冷え切っていて、一向に温まらない。
家に着いたのは、日付が変わる、少し前の頃だった。
雫が滴る洋服をすべて脱いで洗濯機の中に押し込み、風呂で熱いお湯を浴びる。冷え切った身体がじょじょに温まっていった。
先に風呂に入った英智はすでに布団の中に潜り込んでいた。垂れ下がった紐を引いて電���を消す。
隣に並べられた布団に入れば、月永くん、と声がした。だんだん暗闇に目が慣れて、英智の顔が見えた。
「なんだ、まだ起きてたのか」
「うん、なんだか寝付けなくて。電車でも、ずっと起きてた」
それは、気づいていた。途中で意識が戻って、いつの間にか彼の頭の方が上にあり、彼の瞳は開いていた。その青は、じっと向かい側の窓を見つめていた。
「眠くないわけ」
「眠いんだけど、なんでかなぁ……」
困ったように彼が笑った。掛布団の上の右手をそっと取れば、何も言わずに握り締められる。
深夜特有の研ぎ澄まされた空気に降り頻る雨の音が響く。それをたっぷりと聞いてから、英智が呟いた。
「……眠るのが、怖いんだ」
繋がれた彼の右手に力が籠る。天井を見上げる彼の目の光はあの頃に比べるとずいぶん弱々しく見えた。
もしも、と彼の唇が動く。
「もしも、朝が来ても目が醒めなかったら?僕に朝が来なかったら?……考えるだけで、身が竦むんだ」
「……」
「長く生きられないって解っているつもりだ。いつ死んでもおかしくない身体だって理解している。それでも、それでも毎日眠るときになって恐怖が僕を支配するんだ」
彼の弱さの吐露に、レオは寝がえりを打った。手は、繋いだまま。
「……あいにく、おれは作曲の天才だ。作詞の才能はこれっぽっちもない。だからおまえが欲しいような言葉をおれは見つけられない」
英智は一瞬驚いたような顔をして、そして微笑んで、
「あぁ、そうだったね」
と言う。
無意識に、指を絡める。細い指だった。
「……明日、起こしてやるから」
「ふふ、うん。頼むよ、早起きはどうも苦手でね」
そっと英智の布団の中へ足を忍ばせ、相変わらず冷たい彼の爪先に触れた。
「あったかい」
と、彼が笑う。レオの体温が、徐々に英智に移っていく。
「……おやすみ、月永くん」
「……おやすみ」
そう返事をすると、左手をぎゅっと握られた。英智がゆっくりと瞼を閉じる。神に祈る儀式のようだった。
命あるもの、誰だっていつかは死ぬさ。おれも、おまえも。それが早いか遅いか、その違いだけだ。
心の中でそっとそう囁いて、瞼を閉じた。
5
衣擦れの音に目が醒める。足音と咳き込む声が離れていく。
「『皇帝』……?」
起き上がって横を見ると、隣に彼の姿はなく、乱れた掛け布団が投げ出されていた。窓の外は暗い、まだ日も出ていない時間だ。
重い瞼を擦りながら、彼の後を追う。
居間にも、トイレにも、風呂にも、離れの部屋にもいなかった。
「朝からどこに行ったんだ……?」
渡り廊下を歩いているときだった。微かに水が流れる音がした。
中庭の方からだ。置いてあった下駄をつっかけて、中庭へ向かった。中央に植えられた梅の木の花が風に揺れる。
壁に取り付けられた立水栓の前で英智が蛇口のハンドルを掴んでいた。静寂に包まれた夜明け前の空に、水が流れる音だけが響く。
声を掛けようとして、やめた。
――――英智は、泣いていた。
必死に、声を押し殺している。きつく噛み締めた唇の間から嗚咽が漏れる。悲鳴のようなそれに足が竦んだ。
しばらくして英智が水を止めた。
英智が縁側に上がって、その姿が見えなくなると、レオはその水道の前に行く。薄紅色の梅の花びらが浮かぶ水に、濃い赤が混じっている。
「……何の赤だ?」
ひとり首を傾げながら、蛇口を捻る。冷えた水がぐるぐると小さな渦を巻きながら花びらとその赤を排水口へ流していった。
寝室へ戻ろうと廊下を歩いているとき、居間の灯りが点いていた。障子に透けるその光の中に影がある。
静かに障子を開けると、畳の上に���智が横たわっていた。
「……『皇帝』?」
顔を覗き込む。薄い瞼が開き、潤んだ青い瞳にレオの顔が映った。
「月永くん、」
その声は擦れていた。やけに赤い頬に触れると、溶けるかと思うほど熱かった。
「おまえ、すごい熱だぞ!」
「ん……身体が怠い……」
「こんなところで寝てたら余計熱上がるだろ!布団で寝ろよ!」
立ち上がらせるために熱い腕を掴んで、息を呑んだ。
元々細い身体だ。知っている。
しかし、こんなに細かっただろうか。
軽いその身体を背負い、二階の寝室へ向かう。布団に寝かせて、水で濡らしたタオルを彼の額に乗せた。
「……ありがとう、月永くん」
そう言って、赤い頬のまま笑う。幾筋もの汗が垂れている。
「……君は、いいお嫁さんに、なるねぇ……」
「バカ。いいから寝ろ」
バカはひどいなぁ、とぼやいて、レオの手を掴んだ。
「一緒に、いてくれないかい」
幼い子供のような表情に、レオは逆らえない。
黙って同じ布団に潜り込むと、英智は驚いたような顔をした。彼が口を開く前に、目を細める。
「ほら、寝ろって」
繋いだままの手は熱い。
「……うん、おやすみ」
「おやすみ」
いつもは冷たいのになぁ、なんて思いながら、レオも英智と同じように瞼を閉じた。昨日の疲労が残っているせいか、あっという間に眠りに落ちた。
次に目が覚めたときには、すっかり日も昇り、昼に近い時間帯だった。
英智は変わらず、長い睫毛を伏せてすやすやと眠っていた。彼の額に浮かんだ汗を、乾いてしまったタオルで拭ってやる。
低い音で腹が鳴った。英智を起こさないように静かに布団から出て、一階の台所へ向かう。背の低い冷蔵庫にはほとんど食材がなく、買いに行かなければ何も作れない。
二階へ戻り、冷やし直したタオルを英智の額に乗せた。着替えてから、メモ帳に『買い物に行く』と走り書きを残して家を出た。
スーパーで買い物を終えた頃には腹がぐるぐると鳴っていた。
食材を冷蔵庫に入れ、冷却シートを持って寝室へ向かう。
襖を開けたが、布団の上に彼はいなかった。
まさかまた、と思い中庭に行ったが、彼はいなかった。トイレだろうか、と踵を返そうとしたそのとき、ピアノの音色が聞こえた。
ブランケットを肩に羽織った英智が、ピアノの前の椅子に座って鍵盤に触れていた。
「……あれ、見つかっちゃった」
そう言って笑いながら、モーツァルトのピアノソナタを弾く。
「モーツァルトは嫌いだ」
ピアノに凭れ掛かって、冷却シートを一枚取り出す。
顔を上げた英智の前髪を指で梳く。露わになった額にそれを貼ってやると、冷たい、と眉を顰めた。
「安静にしてろって言っただろ」
「なんとなくピアノが弾きたい気分になったんだよ」
そう言って、近くにあったもう一脚の椅子を引き寄せてレオに座るよう勧めた。溜息を吐きつつ、腰を下ろす。
「一曲だけだからな」
そうして、あの連弾曲を弾く。
時折、英智は咳をした。細い喉のしがらみ。
たまに、レオの左手と英智の右手が触れ合った。わざとらしく指を絡められて振り払えば、英智は楽しそうに笑った。そして、また咳をする。
白と黒の鍵盤の上で、二十本の指が自由に躍る。
離れて。近づいて。触れて。また、離れる。
誰かのために、と定めて曲を作ることは少ない。そのとき生まれた霊感を音符に変えるだけだ。
この連弾曲も、そうだ。
『皇帝』と呼ばれた天祥院英智という男に触れて、声を聞いて、そうして生まれた霊感を形に、音に、変えて出来上がった曲だ。
すぐ傍に体温がある。
彼の鼓動が聞こえる。
けれど安心できない。それは、雨の都会の街で感じた孤独に似ていた。
最後の一音の残響が部屋に響いた。
「……月永くん、」
「なに」
ふ、と彼が目を伏せ、なんでもない、と言う。
英智の手を取って立ち上がらせる。
「昼飯、食べれる?」
「お粥かい?」
「そう」
「あんまり好きじゃないんだよなぁ……」
「文句言うなよ」
なんとなく、その手を放せなかった。寝室に行くまで、ずっと手を繋いだままだった。
昼食を食べ終えて、英智はまた眠りについた。レオはピアノに触れた。
それからメモ帳を広げたものの、まったく霊感は湧かなかった。昨日の朝方から陥ったスランプから、まだ抜け出せないでいる。もどかしい気持ちばかりが募って、ペンが進まない。
掴もうとした音がばらばらに飛び散っていって、指の間をすり抜けていく。音符の形になろうとせず、五線譜の中に納まってくれない。
あぁ、おれはどんなふうに曲を書いていたんだろう。
弾きたい曲もない。書きたい曲もない。
おれは、あの学院にいるとき、スランプになって足を枷に捕らわれたとき、どうしていたっけ。
鍵盤の上に頬を乗せていたとき、ピアノの横に置きっぱなしにしていたスマホが震えた。
腕だけを伸ばし、それを手に取った。『新着メールが届いています』という通知が液晶画面に表示された。
メールボックスを開くと、見覚えのないアドレスからメールが届いていた。
差出人は有名な映画製作会社だった。レオはその会社の映画を観たことはないが、今まで出席してきた表彰式などで名前を聞いた。映画の劇中歌が賞を貰っていた気がする。
メールの趣旨は、次回作の映画の劇中歌を作曲してほしい、というようなことだった。依頼を受けてくれるのなら、詳しいことは会って話したい、早ければ明後日に、とも書いてあった。
ピアノの蓋を閉じて、寝室へ戻ると、目を覚ましたらしい英智が窓辺に腰掛けていた。
夕陽がきらきらと彼の金色の髪に反射している。濃い影が彼の背中から伸びていた。
額、高い鼻、顎のラインを目線で辿る。
視線に気づいたのか、振り返った英智が、
「月永くん」
と呼んだ。
レオはその隣に座って、彼が見ていた景色を見た。
まだ山には少し雪は残っているが、白や赤の梅が春の訪れを告げるように花開いている。薄紫色の雲が伸びていて、いつだかの時代の物語を思い出した。春はあけぼの、だ。今はあけぼのではなく夕暮れだけれど。
「春の夕暮れは好きだよ。柔らかい匂いと色がする」
と、まるでレオの心を読んだかのように英智が言った。
「……仕事を依頼された」
唐突に話が変わったにもかかわらず、英智は驚くこともなく、そう、とだけ相槌を打った。
「明後日、昼間いなくなるけど」
「うん、君の帰りを待ってるよ。夜になったら家に帰ろう」
元々そういう約束だった。七日目の夜には帰って、そして。
「……どんな仕事なの?」
「映画の、劇中歌の制作」
「大抜擢だねぇ」
咽た英智の背を撫でてやると、彼はもう一度窓の向こうを見た。
「春には街中の桜が咲いて、一面桜色に染まる。夏には蝉が鳴いて、八月の夜は隣町で打ち上げられる花火がとても綺麗に見える。秋には庭のイチョウや山の紅葉が色づくんだ。冬は空気が澄んで星がいちだんと美しいから、寒さも忘れてずっと見ていられる。僕は、いつも病院のベッドの上で、窓から町を見下ろしていた」
そう言ってから、また静かに咳き込んだ。
「……この町の四季も、見たかったなぁ。夏にしか来たことなかったから」
「住めばいいじゃん、この家に」
「無理だよ、この家は売られるんだ」
「わがまま言えよ」
「もう買い取られたんだ」
残念そうに、彼がそう言った。
「僕がこの町に来ることはもうないよ」
その指が窓にサインを綴る。
「形あるものはいつか失われるんだ、解っているよ。……ただ、もう少し時間があれば、とは思ってしまうけれど」
形あるもの、それが何を指すのか、レオは訊けなかった。
振り返った英智が、来て、と言う。
その声が、やけに細くて。
鼻が触れてしまうほど、距離を縮めた。彼に向き合うように。
「……君と一緒に暮らせたら良かったなぁ」
「おれはごめんだな」
「冗談だよ」
そして、ゆっくりと唇を寄せた。薄くて乾燥した唇だった。離れていくとき、思わずぺろりと舐めてやった。何食わぬ顔で、
「……あの頃とは違うんだぞ」
と言えば、英智はどこか哀しそうに微笑んで顔を伏せた。長い前髪がその表情を隠す。
「解っているよ」
その前髪を指で持ち上げ、顔を覗き込む。
「……みっともない顔だなぁ」
「そのとおりだよ」
もう一度、そのままキスをした。
最後の悪足掻きだ、許してほしい。
あの学院で終わったあの輝きを今だけ、もう一度だけ。
優しくて柔らかい匂いと色がする春の夕暮れは、なぜか寂しい気持ちになるのだと、レオはそのとき初めて知った。
◇
徐々に頭が冴えてきて、そして勢いよく起き上がった。
いない。
英智は、布団の上にいなかった。
部屋を出て違う部屋を覗いたが彼の姿はなかった。
一階に降りて、居間や台所、洗面所、風呂場や囲炉裏部屋にも、トイレにも、彼の姿はなかった。
離れに向かおうとして渡り廊下を歩きながら、ふと中庭に目をやった。
裸足のまま、地面を歩く。ひんやりと冷たい土を踏む。
青い絵の具を垂らしたかのような真っ青な空に、白い梅の花が風に揺れている。
その木の下にしゃがみこんだ彼もまた、レオと同じように裸足だった。
「……何してるんだよ」
後ろから声を掛けると、英智が振り返る。顔色は昨日ほど悪くはない。
「……月永くん、」
と呼んだ彼の額に、手の甲で触れる。まだ少し熱が残っている。そのまま、指で前髪を梳けば、擽ったそうに彼が瞳を伏せる。
「……ぶり返すぞ」
「うん、でもあともう少し」
レオの手から逃れて、また梅の木を見上げる。そうわがままを言う横顔は幼い子供のようなのに、瞳は世界の仕組みのすべてを知った大人に似た、冷たい光を宿していた。昔とは違う、熱のない光。昨日の夜と変わらない、弱々しい光。
彼は梅の木の幹に額を当てた。まるで信仰を伴った行動のようだった。伏せた睫毛から目を逸らし、彼の足首の細い線を見つめる。
小さく彼が、ステージの上で歌っていた歌を口ずさむ。
そうして、顔を上げて振り返った英智は微笑んでみせた。そんなに情けない顔をしていたのだろうか、と思わず口元を右手で覆う。
「ねえ、月永くん」
首を傾げれば、長い前髪がそれに合わせて揺れた。
「散歩に行きたい」
坂道を上っていく後ろ姿を見つめながら、後を追う。
あたたかい陽射しの中、道の両脇に咲く梅の花と同じ色の彼のシャツが眩しく光る。
相変わらず白が似合う、と思った。
「……なぁ、」
「ん?」
振り返った彼に問う。
「白、好きなの」
彼は微笑んで頷いた。
「白は美しい色だと思わないかい?」
何者にも侵されないその色を纏った英智が、長い睫毛を伏せる。
「……それに昔、喪服は白色だったんだ」
ふわ、とふたりの頬を撫ぜた風は線香の匂いがした。
匂いの先を見ると、坂の途中に墓園があった。名前が刻まれた石が揃って並んでいる。
石と石の間の通り道を若い女性とその子供であろう幼い男の子が手を繋いで歩いていく。女性の腕には花束と線香の箱。
彼女が線香に火をつけ、その線香を立てた。細く白い糸のような煙が風に流れていく。
線香の匂い。
死の、匂い。
「……懐かしい匂いだ」
英智はそう呟いて、哀しくなるほど青い空を仰いだ。金色の髪がさらさらと風に靡いて、その隙間から形の良い耳が覗く。
「敬人の家に遊びに行くと、必ず線香の匂いがするんだ。敬人はその匂いが嫌いだって必ず言ってた。でもしょうがないよね、毎日お墓に誰かが来て、線香を上げていくんだから」
ゆっくりと瞬きをして、それから、
「行こうか」
と再び歩き始めた。
線香の匂いがしばらくレオの鼻先に残っていた。
辿り着いたのは、坂の上にあるあの神社だった。鮮やかな、赤い鳥居と青空のコントラストを目に焼き付ける。
「今日は海まで見える」
英智が眩しそうに目を細める。眼下に広がる町を、ふたり並んで見渡した。
細い畦道をバスが走っている。田んぼや畑に柔らかい緑が広がっている。乗客の少ない電車が走っている。遠くの海がきらきらと輝いている。
あの青に触れた彼の足首の線を思い出して、海へ行きたい、と思った。さざ波の音が耳の奥で聞こえる。
その音を、英智の歌声が掻き消していく。レオの知らない曲だった。
都会のビルのモニターの中で歌う彼の姿を想像する。似合わない衣装を着て、凡才の作った曲を歌って、センスのないダンスを踊る。
しかし、それでもきっと、雑踏に踏みつぶされることはないのだろう、と思った。誰しもがレオと同じように、彼の歌に心臓を掴まれ、息を止められるのだ。
歌い終わった彼は、大きく息を吐いて春の町を見下ろした。
「……僕は、神様はいると信じているんだ」
神様がいないと言ったらここから突き落とされるんだっけ、と思い出しながら彼の背を見つめる。
「神様がいなかったら、僕は誰に八つ当たりすればいい? 誰を憎めば、恨めばいい?」
振り返った英智の瞳に、息を呑んだ。
相手にすべてを投げ出させ、降伏させるためには手段を択ばない、あの『皇帝』そのものの光を宿した瞳だった。
それは、あの頃だけのものであって、今は。
英智は、絶壁の先と展望台を区切るフェンスの手すりの上に立った。
そのまま、重力に逆らうことなく落ちていく――――その彼の姿を想像して、レオは細い腕を思い切り引っ張った。重なるように倒れて、英智の全体重がレオの身体にかかり、ぐぇ、と呻き声を上げた。
起き上がった英智が、レオの顔を見て、それからぷっと噴き出した。
「あははっ、あはははは!」
愉快に笑い声を上げる英智に、レオは顔を赤くして怒鳴った。
「笑い事じゃないからな!」
「僕が、飛び降りると思ったのかい? はぁ、君の真剣な顔と言ったら、あっはははっ」
大口開けて子どものように笑う英智を見て、言葉を発する気力も失せた。
笑い続ける彼を無理矢理押し退けて、レオも起き上がった。
笑い過ぎて下瞼に溜まった涙を拭った英智が言う。
「はぁ、ほんとうに君がいると退屈しないなぁ」
やっぱり一緒に暮らそうか、なんて口にする英智に、
「絶対にごめんだね!」
と、べっと舌を出した。
やはり神様はいるのか、と思った。
賽銭をしたときに心の中で言ったのだ、この男の笑った顔が見てみたい、と。自分には決して見せないような顔を見れたら、きっと霊感が湧くのだろうと思ったから。
立ち上がろうとした英智が、あれ、と言う。先に立ち上がったレオが彼のつむじを見下ろす。
「……月永くん、」
「……なんだよ」
「腰が、抜けたみたいだ」
「このボンクラ『皇帝』!」
そう罵って、動けなくなった彼の身体を背負う。驚くほどの軽さに息を呑んだ。
「月永くんは優しいねぇ」
「貸しひとつな」
そうは言ったものの返される機会なんてもうないんだろうなぁ、と思いながら、麗らかな光が当たる坂道を下った。
◇
夜が更けて、彼の熱は少し上がった。
「昼間にはしゃぎすぎすぎたせいだろ」
と言えば、英智は、
「君の面白い顔を思い出すとまた笑ってしまうよ」
と言いながら、また笑っていた。
垂れ下がった紐を引いて、常夜灯に切り替わる。淡い光に目を擦り、彼の隣の布団に潜り込む。
そっと足を忍び込ませて、彼の足に触れる。
「あったかい」
彼はそう言って寝がえりを打ち、レオの方を向いた。レオはじっと天井を見上げたまま、光に目が慣れるのを待つ。
ねぇ、と彼が言う。
「君は、アイドルを辞めるのかい?」
考える時間さえなかった。その答えを、ずっと前から持ち合わせていた。
「あぁ」
天井の染みを数えながら短く答えると、英智は、けほ、と小さく咳をして、また問う。
「歌ってくれないの」
「歌わない」
「残念だなぁ……」
いつだかと同じやり取りをして、英智が咳をしながらも笑う。
「僕は君の歌声が好きなのに」
「嘘吐け」
英智が起き上がり、じっとレオの瞳を見つめた。暗闇の中で白すぎる顔がぼんやりと浮かんで見える。
深い溜息を吐いてから、今度はレオが問う。
「……お前は辞めないの」
「辞めない」
瞬時に返ってきた声に驚いて、英智を見つめ返す。その瞳が、強い声色とは裏腹に優しく細められた。
「辞められない、と言った方が正しいかな。アイドルという概念が僕を離してくれないんだ。それは苦じゃなくて喜ばしいことだよ、僕にとってはね」
なんとなく、その腕を取る。袖を捲って露わになった前膊は点滴の針の痕が多く残っていた。こんな脆い身体を引き摺り続けるなんて、自らの首を絞めるような行為だというのに。
「……月永くん、」
青が、揺らめく。あのときの薔薇の色も、この色だったとふと思い出す。
あの花と同じ、この虹彩の色が『神の祝福』だと言うのなら、皮肉にしか聞こえない。
手を伸ばして、彼の首に触れる。頸動脈が、どく、どく、と動いている。
「僕の我が儘を聞いてくれて、ありがとう」
「あははっ、おまえに礼を言われる日が来るなんて思ってもなかったな~」
英智の冷たい指がレオの輪郭を撫でる。その表情に、無理に引き上げた唇の端を元の位置へと戻す。
「僕のこと、ずっと赦さないで」
「……なに言って、」
「僕が君にしたこと、全部、赦さないでいて」
そう言った瞬間、英智は大きく咳き込み始めた。
「お、い……」
いつもとは違う。ヒュー、ヒュー、と喉鳴っている。レオは起き上がって、英智の背を摩った。左胸の奥で煩い心臓がレオの思考を邪魔する。
神様はいつだってひどい。人間を簡単に裏切るのだ。自分そっくりにつくったこの男を祝福したというのに。
嘔吐いた英智の唇から、鮮血が吐き出された。レオの服と布団が真っ赤に染まる。
「英智!」
名前を、叫んだ。
英智が顔を上げる。血で汚れた���しい顔を見て、英智は人間なのだと痛感した。人間だから、生きているから、死んでしまう。
――――そんな風に、また、呼んでほしかったんだ、レオ。
そう擦れた声で言って、英智は微笑む。
そして、糸が切れた操り人形のように、レオの方に倒れ込んだ。繋いだお互いの手の隙間から、英智の命を証明する紅が零れて指を伝う。
「英智!」
引き攣った喉から紡いだ声で、もう一度そう呼んでも、英智は長い睫毛を伏せたままだった。
6
七日目。寒さがぶり返した。三寒四温とはこのことか、と思いながらマフラーを巻いた。
仕事の打ち合わせを終えて、あの田舎の街に向かうバスに乗っているときに、ポケットの中のスマートフォンが震えた。液晶画面には『ケイト』という着信相手の名前が表示される。
「もしもーし」
『もしもし』
卒業式以来に聞いた声は、相変わらず無愛想だった。しかしその中に少し疲労が窺える。
「珍しいな、お前がおれに電話かけてくるなんて」
『お前が電話に出ることも珍しいぞ』
「今暇してたんだよ」
『英智といるときは忙しかっただろう』
その言葉に呆れ笑いが出る。
「なに、俺を糾弾するためにわざわざ電話掛けてきたのか~?」
『逆だ。礼を言うためだ』
ふは、と思わず笑い声が出てしまった。電話越しに、咳払いと、『何笑っている』という声が聞こえた。
「お前に言われてもなぁ。『皇帝』本人に頭を下げさせたいんだよ、おれは」
冗談交じりにそう言えば、彼は黙ってしまった。
「あいつ、生きてんの?」
そう問えば、即座に、
『生きている』
と返ってきた。
『いつもよりひどい発作だったらしい。じきに良くなる。そうしたら、会いに来い』
会いに、か。
バスがゆっくりと止まる。老婦人が降りて、その後に続いてレオも降りた。
白く輝く星たちがよく見える、静かな夜だ。街灯のない畦道を歩く。冷え込んだ空気に身震いした。
フードに顔を埋めて息を吐く。
「分かった」
そう一言だけ、返事をした。
『あと、英智から伝言だ』
「伝言?」
『ピアノの傍に渡したかったものを置いておいた、と』
「……そうか」
敬人は何も訊かなかった。さすが気が利くなぁ、と感心しながら、一言二言を交わして電話を切った。
その頃には目的地に辿り着いていた。空き家となった日本家屋の門には、名札が掛かっていなかった。合鍵を使って戸を開ければ、初めて訪れたときのように沈黙が立ち籠めている。
スニーカーを脱ぎ、家に上がった。
昨日の夜。
英智は血を吐いて意識を失った。レオが呼んだ救急車に乗せられて市街地の病院に運ばれていった。サイレンの赤い光と耳に響く音が遠ざかっていくのを見送って、踵を返した。
走って向かった中庭では、梅の花が月明かりの下、儚い白い光を放っている。両の掌を、月に翳した。
乾いた赤い血。彼の身体に通う血潮。生きた身体に、流れている血。
立水栓の前に立ち、自分の手にべっとりとこびり付いた彼の血を、冷たい水で洗い流す。
渦を巻きながら排水口へ運ばれていく血と水を見て気付いた。
あの朝が来る前。中庭の水道に浮かんでいた花びらを染めた赤は、英智の血だったのだと。
昨日の朝方も、英智は吐血していたのだと。ひとり、立水栓の前で体を折って、咳き込んで、鮮血を吐き出していたのだと。
苦しげに歪められた横顔と、必死に噛み殺そうとした嗚咽を思い出す。蛇口のハンドルを掴んだまま、そのままずるずるとしゃがみ込んだ。
「……今更だよなぁ」
ひとりごとは誰にも届かず消えていった。
勢いよく吹き出す冷水に左手を当て続けた。指先の感覚が、なくなるまで。
渡り廊下の先の離れに入る。東の窓から差す月明かりの下、グランドピアノが佇んでいた。
ふたりで腰掛けて連弾したことを思い出す。白く細い骨ばった指がレオの描いた音符を追って、鍵盤の上で踊っていた。
日本家屋に似つかわしくない茶色のグランドピアノの前の椅子に腰を下ろす。
鍵盤蓋を開け、譜面台を立てて、息を呑んだ。
一枚の便箋がそこに、楽譜のように立て掛けられていた。
『月永くんへ』
一行目に綴られた、その筆跡。
思わず鍵盤に触れて、透き通った和音が響いた。
『君がこの手紙を読んでいるとき、僕はもう生きていないかもしれない。』
二行目に書かれたありきたりな文。それを目にした瞬間、全身の血液が沸騰した。
その手紙を払いのけた。はらはらと床に落ちる。
耳鳴りがする。それを掻き消すように音を掻き鳴らした。
―――― 月永くんへ
君がこの手紙を読んでいるとき、僕はもう生きていないかもしれない。
どうしても君には伝えておきたいことがあって筆をとったよ。
久々にこんな高熱を出して体が言うことを聞いてくれないんだ。読みにくい字でごめんね。
力が入らなかったのだろう。震えた字だった。
――――思えば君にはひどいことをされたし、僕もおなじくらい君にひどいことをしたね。
あの学院で過ごした日々がなつかしいよ。
君と戦ったこと。
君が逃げたこと。
君がいない間、病院のベッドの上で君の作った曲を思い出していたこと。
君ではなく新星のあの子たちに敗北したこと。これは、さすがに情けないね、わらっていいよ。君が帰ってくるまで王座についているつもりだったのだけれど。
君が帰ってきてナイトキラーズとして戦ったこと。
僕がしたことを、ゆるさなくていい。
けど、おねがいだ。
僕のことはぜんぶ忘れてほしい。
激しく感情的な反面、哀しげなメロディーが響き渡った。
紙を手に取って、感情に任せるまま、それを引き裂く。
最大の喪失だ。何もかもが奪われていく感覚がする。これならオリジナリティのない量産型のアイドルソングを聞いている方がマシだ。
――――最後に。僕のわがままを聞いてくれてありがとう。
君は最高の宿敵だった。元気で。
震えた手で描かれたサインさえ破いた。
「赦さないで、忘れられるもんか……!」
鍵盤に額を凭れれば、乱雑で悲しい和音が響いた。
生きることを諦めた手が綴った手紙は塵になって床やピアノの上に落ちた。
「おまえの終着点はこんな所なんかじゃないだろ……!」
吐き捨てるように一人叫んだ。
今、やっと気づいた。
なぜ英智があの学院を出て、悪足掻き、と名をつけてレオを連れてこの田舎の家に来たのか。
この場所で、彼は死のうとしていたのだ。
あてつけのつもりだったのか、償いのつもりだったのか、それは分からない。
ただ彼は、両親の傍でも、幼馴染の傍でも、仲間の傍でもなく。
かつての宿敵の傍で、死のうとしていたのだ。
――――歌わないの。
そう、彼が問う。
歌わない。
歌わないさ。
この曲はおまえへの餞だ。おまえが、歌えばいい。
◇
曲を書き終えて、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。ふ、と目を開けたとき、水滴が一筋の線を描き、パーカーの袖に染みを作った。
振子時計の短針が五を指していた。夜更けを過ぎたものの、まだ外は暗闇に包まれている。
メモ帳から、五線譜を書いた数ページを引き千切って譜面台に添え、ゆっくりと寝かせた。このピアノを英智は捨ててしまうだろうか、と考えたがすぐにどうでもよくなる。
二階へ上がり、ふたりで使った寝室に入った。
彼の匂いがした気がした。
窓辺に腰掛けて、外の風景を見つめていたあの横顔をもう見ることはない。
いつも真っ直ぐレオに向けられた、冬の晴空と同じ色の瞳も、
艶のある柔らかい金髪も、
長い指、細い身体の線も、
あのとき、指で撫ぜた頸椎やなぞった背骨も、
粉雪みたいに白く冷たい肌も、
悪戯好きな子どもの頃の面影を残した稚気溢れた笑顔も、
もう、隣にはない。
――――おやすみ、月永くん。
眠るのが怖いと言った英智は、布団の中で瞼を閉じる前に必ずそう囁いた。青が閉じられて、
作り物のようになってしまった彼の体温を確かめたくて、必ず爪先で足に触れた。あったかい、と彼は笑った。
「……史上最悪の一週間だった」
その言葉が窓を曇らせた。
傍にあった英智の強さに、脆さに、喉奥に隠した叫び声に、死のにおいに、すべてに気付きながらもレオは何もできなかった。
何も変えることはできない。ふたりは神様ではなく、神様につくられた『人間』であって、運命は変えられないのだと知っている。
はぁ、と吐いた息で窓ガラスが白く曇る。その色紙に指先で、数え切れないほど書いてきたサインを描く。そのサインが消えてしまう前に、レオは家を出て、玄関の引き戸に鍵をかけ、もう使うことのないそれを郵便受けに入れた。
それから中庭へ向かい、一本の梅の木の前に立った。
幹に触れ、そして額を当てた。英智がこうしたまま、何を考えていたのかレオには解らないけれど。
――――英智、
名前を呼ぼうとして、やめた。
――――レオ
そう呼んだ彼の声が聞こえた気がして空を仰ぐ。
泣きたくなるほど真っ青な空に、白い花びらが映えて、散っていく。
三月の寒さに身震いして、門をくぐった。ダウンのフードに顔を埋める。振り向くな、と自分に言い聞かす。
結局、ふたりの青春は、神様が丁寧に拵えた箱庭のような学院でしか生きられなかったのだ。もう二度とあの頃には戻れないし、あの頃を悔いることもない。
何も間違えたことなどなかった。子どもの二人にはすべてが必要だったのだ。
英智が『五奇人』、『王』との戦いに勝利し、『皇帝』になったことも。
レオが彼に敗北し『Knights』を守れずに壊れた玩具になったことも。
『皇帝』が新星に頭を垂れたことも。
あの秋に再会したことも。
――――宿敵と見なし憎みながらも、愛したことさえも。
神に愛され弄ばれた二人の運命だった。
乗客の少ないバスに乗り、窓際の席に腰を下ろした。さほど大きくない車体が動き出す。
ふたりで過ごした街が遠ざかっていく。
窓に頭を凭れて、瞼を閉じる。
あいつが死んだら、あいつはおれのことを忘れて、おれもあいつのことを忘れるのか。忘れて、お互いを赦すのだろうか。
その疑問を浮かべてから、地獄に堕ちてからじゃないと解らないなぁ、とふたりを嘲る。
頭の中で、あの頃の彼の、凱歌を歌う声が鳴り響く。もう聞くことのない、昔は憎くて堪らなかった、命を証明する美しい叫び声が。脳裏に、祝福を受けた青い瞳でレオを見つめる彼の微笑が浮かぶ。
日射しに瞼の裏が明るんで目を開けた。東の空が白み、新しい一日が生まれる。
美しい夜明けを、レオはひとりで迎える。きっと英智も、病室でこの夜明けを迎えているのだろう。
それをただひたすらに、これからも繰り返していくのだ。
そうして、死んだ青い春を抱えて、ふたりは生きていく。
20160424
夜明けを迎える | よなか #pixiv http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6698339
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シナリオ『ねずなきは翠玉より』
【シナリオについて】
3~5人用の屋敷探索系シナリオです。
戦闘有り。推奨技能は基本の探索技能と戦闘技能、応急手当。
テストプレイは3人で約3時間でした。
※画像:文字の追加等はご自由にどうぞ。
【概要】
肝試しに来た探索者達はとある屋敷に閉じ込められます。
脱出して下さい。
【あらすじ】
昔、ある所に欧米人の娘と結婚した男がいた。二人の間には娘が生まれ、仲睦まじく暮らしていたが、母親が病死してしまう。
数年後、男は同じく夫に先立たれた女と結婚する。女には既に二人の娘がいた。
その数か月後、父親は病死。血の繋がっていない娘はただただ忌々しく、手に入れた魔術書を読んだ女は彼女を生贄にし書かれている全能の力を手に入れようとする。
娘、灰ヶ崎エラは継母に虐待される日々を送っていたが、とある日に家の外で一人の男に出会う。話す回数も増え事情を知った男はエラに一緒に逃げようと提案する。しかし暫くすると男と話していたことがばれ、家の外に出られなくなる。
そんな彼女の前に魔法使いだ、と言って現れたニャルラトホテプは一足の靴が入った箱を渡す。「踵を三度ならしたら、一歩目で外へ、二歩目で の世界へ、三歩目で君の行きたい人の所へ」と書かれた説明書を読んだエラは男の元へ行く為、靴を履いて三歩進むことに決めた。だが箱に全ての紙を良く読む様に書かれていた事に気付かず、詰め物の紙を開かなかった彼女は、一歩目で外に出た後も止まらずにもう一歩進むと、靴によって「かみがみの世界」であるアザトースの元に連れて来られてしまう。エラは発狂し、次の一歩で男の元に辿り着く。
エラが逃げた事を知った継母は、その一週間後、彼女を尋ねてやって来た男を捕らえ生贄にしようとする。洋間で斧を振り上げた瞬間、ガラスの靴を履き、歪んだ時空を超えて来たエラも同じ部屋に現れた。しかし、斧は下ろされ、目の前で男は死ぬ。
発狂していたエラはその場にいた継母と二人の姉を殺す。
近隣に稀に出没しては脳味噌を持ち去り、猟奇殺人を起こしていたミ=ゴがこのガラスの靴に目をつける。ミ=ゴはエラの脳味噌をまず持ち去り、隠し部屋に保管した。この間に死体を見つけた村人が外に知らせに行ったが、次に来た時には死体はミ=ゴによって持ち去られていた為怪奇事件となった。実際ここで死んでいたのはエラ、男、継母、娘二人だが、男一人女四人の死体が一瞬だけ目撃された為「五人家族が死んだ」と言う間違った情報が広まる。庭の十字架は事件を悼んだ人間が立てたもの。現場に唯一残っていた髪留めがかけられている。
この後もミ=ゴは継母や娘の死体を改造するなど人体実験を繰り返し、屋敷に来た人間も常に狙っていた。
そんな中、探索者達が肝試しの廃墟として屋敷に来ることに。
【導入】
探索者達は「肝を試して肝を焼くツアー」のチケットに当選し、肝試しに行く。
肝試しでたっぷり恐怖を体験した後にウマイ焼肉を食おう!と言う趣旨のもの。
小津(おづ)と言う気さくな若い男がバンにあなたたちを乗せ、目的地へと連れて行ってくれるだろう。
話を聞く:行く場所は山間の外れた場所にある館。昔とある夫婦と娘三人が暮らしていたが、殺人事件がおき、一つの部屋でまるで家族五人が殺し合った様な形跡のまま死んでいた。発見者は慌てて人を呼びに行ったが、帰って来ると死体は無くなり血塗れの部屋のみが残されていた。それから幽霊の噂や怪物が出ると言った話が絶えない様になり、廃屋敷と化したらしい。
もっと詳しく話を聞くなら、死体は頭に穴を空けられていたり、斧が腹に刺さっていたりと酷い有様だった事を聞かせてくれる。
しばらくすると洋館に到着する。時間は朝10時。
外に目星:洋館の表札には「灰ヶ崎」と書かれている。
また洋館の周囲の一角に十字架の様な木の棒が立ててあり、そこに髪留めがかけられている。
洋館に全員が入ると、小津の電話が鳴り出す。「ちょっと待っていて下さいね」と言って小津は部屋を出るだろう。そして暫くすると「あれ?ドアが開きませんね、鍵開けて下さい」と言う小津の声がする。探索者達がどんな手を使って鍵を開けようとしても、扉が開く事はないだろう。そして、ドアの外からごんっ、と重たい音と、人が倒れる様な音がし、小津の声が聞こえなくなる。呼び掛ければ、ケタケタと笑う様な知らない声が聞こえてくるだろう。SANチェック0/1。
また、扉から部屋の方に視線を移すと、目の前に少女が立っている。彼女は「わたしをあの人のもとへいかせて」と言って、幽霊の様にすうっと消えてしまう。SANチェック0/1d2。
アイデア:少女はどことなく欧米の血が混じっている様に感じる顔立ちだったと思う。
◎一階マップ(どこかで小津から渡してあげて下さい)
【洋間】
ソファ二台と低いテーブル、暖炉のある部屋。
低いテーブルは隅に寄せられている。
目星:床板に古い血が染み込んでいるのが分かる。また、真ん中に十字型の大きな傷があることが分かるだろう。
アイデア:話に聞いていた事件現場ではないだろうか、と思う。
◎机
伏せた写真立てがおいてある。写真を見ると、男女四人の映った写真であることがわかる。家族写真であると推測出来るだろう。
目星:写真立てから外して調べると、端が不自然に切り取られていることに気付く。
◎暖炉
火は付いていない。
目星:椅子の残骸の様なものが中にある事がわかる。先に食堂に行っているなら、食堂にあった椅子と同じデザインのものであることがわかるだろう。
【食堂】
聞き耳:何かが軋む様な音が聞こえて来る。
長いテーブルと椅子が四脚置いてある。洋間の暖炉の中の椅子の残骸を先に見ていれば、同じデザインのものであることがわかるだろう。
目星:部屋の隅に、30センチほどの大きさの箱を見つける。
そして、部屋の奥にはきしきしと音を立てているものがいる。まるで人造人間の様なそれは体を金属でついだようないで立ちをしているが、紛れもなく人間であった名残があり、どこからともなく血を滴らせているだろう。SANチェック1/1d3。
アイデア(SANチェックに成功した人のみ):得体の知れないものの所々のパーツが女性の様に感じる。
この人造人間は探索者に襲い掛かって来る。戦闘開始。
(心無い)ブリキの人造人間(継母)
STR 14
CON 13
DEX 10
SIZ 12
HP 13 装甲4 (彼女は死体から作られた存在であり、HP0になるまで止まらない。)
斧 40%(1d4+1) 回避 24%
倒した後、パーツがバラバラになったのを見てアイデア:得体の知れないものの所々のパーツが女性の様に感じる。
※難易度調整ご自由にどうぞ。勝てる程度でお願いします。
◎斧
目星:柄の部分が白くすべすべしている
医学:柄の部分が骨であることに気付く。
◎箱
中には固く丸められた紙が二つと、破れた紙が入っている。
箱に目星:「全ての紙をよく読んで」と書かれている。
◎破れた紙
説明書、と書かれている。
目星、または裏側を見ると宣言:紋章の様なものが書かれている。
◎丸められた紙
アイデア:詰め物の様だ。靴箱だろうと推測することが出来る。
開く:片方は白紙だが、一枚の紙の内側に「かみがみ」と書かれている。
【台所】
食器棚等がある。開けて調べると、ぼろぼろのネズミの人形がいくつか出て来る。
目星:一枚のハンカチが入っている事に気付く。
◎二階
※小さな空室、一応お手洗いですがお好きにお使い下さい※
【部屋①】
KP情報:娘1の部屋
聞き耳:何かが唸る様な音が微かに聞こえる。
部屋に入ると、机、ベッド等が置かれている。娘の部屋だろうということが分かる。
また、部屋の奥に二体の怪物がいる。SANチェック1/1d3。探索者がドアを開ければそちらを振り返り、襲い掛かって来るだろう。
アイデア(SANチェックに成功した人のみ):得体の知れないものの所々のパーツが女性の様に感じる。
(おバカな)かかし頭の人造人間(娘1)
STR 11
CON 8
DEX 4
SIZ 12
HP 10
こん棒 30%(1d3)
回避 8%
(暴力的な)獅子頭のキメラ人間(娘2)
STR 17
CON 16
DEX 15
SIZ 11
HP 14
爪 40%(1d3+1d4)
回避 28%
※難易度調整ご自由にどうぞ。勝てる程度でお願いします。
倒した後、パーツがバラバラになったのを見てアイデア:得体の知れないものの所々のパーツが女性の様に感じる。
◎机
古い新聞が積み上げられている。
目星:連続猟奇殺人事件の記事が目にとまる。死体の共通点は脳味噌のみが見つかっていないと言う内容。また、現場近くで不審者が目撃されており、小さな男の姿が描かれている。
◎ベッド
マットレスだけが置かれた古いベッド
【部屋②】
KP情報:両親(母親)の部屋
鏡台、本棚、ベッド、クローゼット等が置かれている。
◎本棚
目星:魔術に関連する書籍が多い事に気付く。
図書館:栞の挟まった古い本を見つける。
◎本(栞の挟まった箇所のみであれば10分)
様々な儀式の方法について記されている本。「知、心、勇を授からんとする者、万能を望む者、骨の斧を手に取り、贄の腹を十字に裂け」と言う部分に栞が挟んである。
オカルト:儀式の内容に聞き覚えがある。昔一部の間で流行ったもので、動物を使って実際におこなった人間も複数いたが、特にオカルト的な結果は得られず、眉唾ものとして結論づけられていた事を思い出す。
探索者がクトゥルフ神話技能を振りたいと言った場合:成功すれば、これがクトゥルフ神話には全く関係しない儀式であり、一時的に流行っただけの眉唾ものの儀式だったのではないかと思う。
◎鏡台
引き出しが付いており、開けてみるとナイフが一本入っている。
◎ベッド
目星:ベッドの下から一冊の本が出て来る。手帳の様だ。
◎手帳
読むのには15分かかる。
「神には生贄を。あの穢れた娘を生贄に。それか、あの男でも良い。逃げようとしているのか、最近のあの娘はそわそわしている。それならばあの男を贄にしてやろう。」
◎クローゼット
クローゼットには鍵が掛かっている。鍵開け、若しくは風呂場で見つけた鍵で開ける事が出来る。
聞き耳クリティカル:ブーン、という羽音の様なものが聞こえる。
開けると中には何もなく、下に降りる階段が続いている。隠し部屋の様だ。
【部屋③】
KP情報:父親の書斎
机、本棚等が置かれている。
◎机
上には写真立てが二つ置かれている。一つには三人家族、一つには五人家族が映っている。
両方の写真に同じ男性と少女がうつっている。また洋間で写真を見ていれば、五人家族の写真が同じもののな、三人家族の方にも映っている少女の姿が、下の階の写真では切り取られていたことがわかるだろう。
◎本棚
図書館:表紙に紋章が書かれた本を一冊の見つける。靴箱のメモの裏側を見ていれば、同じ紋章だと言う事が分かるだろう。本は斜め読みで一時間かかる。読めばそこにはアザトースと言う神について書かれている。SANチェック1d3/2d3。クトゥルフ神話+6%。家に持ち帰り36週間の研究を重ねれば、呪文「アザトースの招来/退散」を獲得出来る。
【部屋④】
KP情報:娘2の部屋
ベッド、クローゼット等が置かれている。娘の部屋だろうということが分かる。
強制聞き耳:誰もいないのに、ひそひそと喋る様な声が部屋から聞こえて来る。その声は徐々に大きくなり、やがて部屋中に響く程のものになるだろう。「私のこと、馬鹿って言ったでしょう!」「言ってません!」「嘘付きなさい!」「お姉さまにそんなことしたらいけないんだぁ、叱っておかなきゃ」「熱い!やだ、やめて、助けて、お父さん!」響き渡る絶叫を耳にした探索者はSANチェック1/1d2。
◎クローゼット
救急箱が入っている。使うと応急手当に+20の補正が付きます。
◎ベッド
目星:隙間に一冊の絵本が落ちている。読むのには10分かかる。この地方に伝わる昔話のようなもので、「虫の様な姿をした神様が悪い子を攫って化け物の姿に変えてしまう」と言った様なことが描かれているだろう。
【風呂場】
浴槽に真っ赤な水が溜まっている。鉄臭い匂いが鼻をつき、血だと確信するだろう。SANチェック1/1d2。
栓を抜く:水が抜けると、一つの鍵が出て来る。
【物置】
埃をかぶった物置には棚や庭道具などが詰め込まれている。また、端に毛布が落ちている事に気付だろう。
棚を開ければ中には数冊の本や鉛筆が入っている。
アイデア:誰かが部屋として使っていたのではないかと推測出来る。
◎毛布
広げると一枚の破れた紙が出て来る。「踵を三度ならしたら、一歩目で外へ、二歩目で の世界へ、三歩目で君の行きたい人の所へ」と書かれている。一階の食堂で見つけた箱の紙と破れた部分を照らし合わせれば、合致することが分かる。
◎棚
図書館(目星):一冊の日記を見つける。表紙の隅には「Ella」と書かれている。
◎日記(読むには一時間)
7/5 新しいお母様が来ました。お姉さまも出来ました��とっても綺麗で優しいの。
10/6 お父様の具合が悪そうで心配です。大丈夫かしら。私とお母様が看病をしています。
11/10 お父様がなくなりました。
11/29 お母様はまだ辛いみたいです。私を見るとすごい顔をします。怖いけどかなしいのはわかるから、少しだけがまんしよう。
12/12 お母様は部屋に入ったまま出て来ません。私は掃除と洗濯をするように言われました。食事も。きっとお具合が悪いのだわ。私ががんばらないと。
12/21 お母様、部屋から出て来るようにはなったけれど、こわい。私の所為でお父様が死んだのだと言って来ます。今日から部屋が変わりました。お姉様がおかしそうに笑っていました。私は働いています。働かないとぶたれるの。
1/12 寒い。毛布をもう一枚おねがいしたら怒られました。お姉さまも本や棒で叩いて来ます。ここはとても寒いです。小さい頃お母様がくれたねずみのぬいぐるみだけが私のお友達。お父様にあいたい。
2/4 ごみを捨てに行った時、人に会いました。背の高い、男の人でした。ころんでしまって、あざが見えたみたいで、大丈夫?って聞かれました。お母様にばれたら怒られるから慌てて逃げました。
2/11 またあの人に会いました。手を掴まれて、大丈夫かと聞かれました。すこしだけ泣きました。今までの事を話したら頭を撫でてくれました。もし何かあったら助けてくれるって、言ってくれたけれど。お母様が怖い。
2/26 ごみを出しに行く日、週に二回くらい、あの人に会います。少しだけお話をします。楽しいし嬉しい。いつか逃げよう、と言ってくれました。私は髪留めを渡して、あの人はハンカチをくれました。
3/10 お母様に見られました。もう外には出られません。あの人に会いたい。
3/11 魔法使いが現われたの。靴を貰いました。これであの人の元に行けるわ。私はここから逃げます。
【隠し部屋】
階段を降りて行くと、一つの部屋に辿り着く。
そこには、至る場所に人間のパーツや、脳を詰めたもの、複雑な機械、また、棚などが並んでいるだろう。
SANチェック0/1d3。更に、人ほどの大きさの見たことの無い虫の様な生き物が探索者達の方を見るだろう。ミ=ゴに遭遇した探索者はSANチェック0/1d6。虫は探索者に襲い掛かって来る。戦闘開始。
硝子のお靴に興味津々、増やしちゃったりしたミ=ゴ
STR 12
CON 11
SIZ 12
INT 13
POW 13
DEX 14
HP 12
ハサミ 30%(1d6)
※貫通武器は最小限のダメージしか与えられない。
※難易度調整ご自由にどうぞ。勝てる程度でお願いします。
部屋に目星:壁際にならんだ水槽に入っている脳味噌の一つがぴくぴくと動いており、繋げられたコードが隣のスピーカーの様な機械に繋がっている事が分かる。動いている脳味噌にSANチェック0/1d2。機械には赤いボタンが付いているだろう。
赤いボタンを押す:脳がびくりと動き、スピーカーから女性の声が流れ出す。最初に目の前に現れた少女の声だ。彼女は「わたしを殺して、あの人のもとへ行かせて下さい」と言うだろう。そして、赤いボタンを長押しすれば自分は死ぬことが出来ると続ける。彼女は灰ヶ崎エラで、もし何か質問をするならそれに答えてくれるだろう。外に出る方法を聞くならガラスの靴を履けばいいと教えてくれる。しかし「かみがみのせかい」「二歩目の世界」といったような単語を出せば、彼女は喜々としてアザトースと言う忌まわしい神について語り出す。SANチェック1/1d3。
※もし毛布の紙を見つけていない場合、出る方法をエラは「硝子の靴を履き踵を三度ならして三歩進めば良い」と言って来るだろう。
赤いボタンを長押しする:電流の様なものが走る音が響く。最後に「ありがとう」と言う声がスピーカーから聞こえ、脳は動かなくなるだろう。もし彼女が発狂状態にあれば、音が酷く割れるレベルの絶叫の後に脳は動かなくなる。叫びを聞いた時のみSANチェック0/1。
◎棚
開けるとガラス製の靴が探索者の人数分入っている。
【脱出】
踵を三回打ち合わせて鳴らし、一歩踏み出すと屋敷の外にいる。目の前には頭から血を流した小津が倒れているが、生きてはいるようだ。
その場で探索者に靴を脱ぐか、二歩目を踏み出すか聞いて下さい。
脱いだ途端靴にはヒビが入り、その場でガラスの靴は粉々になる。
小津を揺り起こせば「誰かに急に殴られて気を失ってて」と謝って来るだろう。
そして20時前であればツアーに組み込まれている焼肉に向かおうと提案して来る。
その場を去るなら後日、屋敷が火事になったと言うニュースを探索者達は目にする。
焼け跡からは大量の骨と片方だけのガラスの靴が。
トゥルーエンドです。
【灰ヶ崎エラを殺さなかった場合】
屋敷から脱出する事は出来るが、探索者は夢を見る様になる。
狭い水槽の中で、ただひたすら、あの狂った部屋を眺めている夢だ。
不眠障害に悩まされる様になるが、解決法は見つからないまま年月が過ぎて行くだろう。
ビターエンドです。
【二歩目を踏み出すと宣言した場合】
二歩目を踏み出した探索者の耳には、歪なフルートの音が響いて来る。
目の前には闇の中で不定形な体をくねらせている忌まわしい姿が目に入るだろう。
アザトースの姿を目撃した探索者はSANチェック1d10/1d100。
よろめくようにして倒れれば、次の瞬間探索者は「一番会いたい人」の傍にいるだろう。
探索者は自分が一週間行方不明だった事を知る。
もしその人が死んでいる場合、探索者もロスト。
運良く生還しても、耳にこびりついたか細いフルートの音を忘れることは一生出来ないだろう。
バッドエンドです。
【報酬】
生還した:1d4
灰ヶ崎エラの脳を殺した:1d4
一歩で止まった:1d3
焼肉へ行った:1d3
ハンカチと髪留めを何らかの形で一緒にした(一緒に埋める、葬る、等)1d3
【タイトル・余談】
シンデレラとオズの魔法使いを混ぜました。
タイトル「ねずなきはすいぎょくより」。
一人ぼっちの鼠の鳴き声がエメラルドの都から、聞こえれば良かったのですが、残念ながら別の都に顔を出してしまった様です。
小津を殴ったのは通りすがりのニャルラトホテプ。
シナリオは以上です。
感想等頂けるととても喜びます。
詐木まりさ @kgm_trpg
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【今月の珈琲】 @owl_coffee_roaster エチオピア(浅煎り) . 浅煎りですが酸味が少なく 後味サッパリで 何杯でも飲めます 美味しい! . 囲炉裏整髪堂では パーマやカラーの待合の時間に 珈琲を提供させていただいてます . #出雲 #出雲美容室 #出雲カフェ #出雲大社 #出雲ランチ #松江美容室 #出雲バーバー #バーバースタイル #雲南市美容室 #大田市美容室 #囲炉裏整髪堂 (囲炉裏整髪堂) https://www.instagram.com/p/CfPyjIjvSi3/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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【GAME WATCH】 僕の部屋の再現を . 中3まで使ってた僕の部屋 35年の時を経て また 僕の部屋に(カットスペース) . 僕の思い出の品を これから集めて 部屋中いっぱいにする予定(笑 . @irori_seihatsudo . #出雲 #出雲美容室 #雲南市美容室 #島根美容室 #松江美容室 #大田市美容室 #江津美容室 #バーバースタイル #出雲バーバー #barberstyle #フェードカット #フェード #fade #fadecut #menshair #メンズヘア # #メンズカット #囲炉裏整髪堂 #広島美容室 #岡山美容室 #鳥取美容室 #山口美容室 #photographer #vlog #videographer #美容室改装 #店舗デザイン #出雲力 (at 囲炉裏整髪堂) https://www.instagram.com/p/CfaCtYDPBcR/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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【ご新規さまへ】店舗移転に伴い ほぼ個室でマンツーマンの 施術、接客をさせて頂いてます . 大人な男性の皆様 友達の部屋に遊びに行く感覚で 来てもらえると幸いです . お待ちいたしております。 . ご予約は インスグラム、Google mapの プロフィール蘭のURLからか お電話で受付しています 0853-23-2700 . よろしくお願いします。 . @irori_seihatsudo . #出雲 #出雲美容室 #雲南市美容室 #島根美容室 #松江美容室 #大田市美容室 #江津美容室 #バーバースタイル #出雲バーバー #barberstyle #フェードカット #フェード #fade #fadecut #menshair #メンズヘア # #メンズカット #囲炉裏整髪堂 #広島美容室 #岡山美容室 #鳥取美容室 #山口美容室 #photographer #vlog #videographer #美容室改装 #店舗デザイン #出雲力 (囲炉裏整髪堂) https://www.instagram.com/p/CeuRQ0uPR41/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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【Post 〒】 @atelier_key.men 一目惚れしたポスト . 囲炉裏整髪堂の エントランスデザインは このポストの銅色を 起点にデザインしました . @irori_seihatsudo . #出雲 #出雲美容室 #雲南市美容室 #島根美容室 #松江美容室 #大田市美容室 #江津美容室 #バーバースタイル #出雲バーバー #barberstyle #フェードカット #フェード #fade #fadecut #menshair #メンズヘア # #メンズカット #囲炉裏整髪堂 #広島美容室 #岡山美容室 #鳥取美容室 #山口美容室 #photographer #vlog #videographer #美容室改装 #店舗デザイン #出雲力 (囲炉裏整髪堂) https://www.instagram.com/p/CepIBNAP5xS/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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【囲炉裏整髪堂】 娘が描いた整髪堂 . 味があっていい感じ! . @irori_seihatsudo . #出雲 #出雲美容室 #雲南市美容室 #島根美容室 #松江美容室 #大田市美容室 #江津美容室 #バ��バースタイル #出雲バーバー #barberstyle #フェードカット #フェード #fade #fadecut #menshair #メンズヘア # #メンズカット #囲炉裏整髪堂 #広島美容室 #岡山美容室 #鳥取美容室 #山口美容室 #photographer #vlog #videographer #美容室改装 #店舗デザイン #出雲力 (囲炉裏整髪堂) https://www.instagram.com/p/Cej_Zu7vNba/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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【中学時代〜50代へ】 今のカット部屋は 中3まで使ってた 本当の部屋(僕の実家) . 少年時代のころを思い出し その時好きだった物を 集めて、50歳になった 新しく懐かしい 今の自分の部屋を作っていきます . 是非皆さま 遊びに来て下さいね . @irori_seihatsudo . #出雲 #出雲美容室 #雲南市美容室 #島根美容室 #松江美容室 #大田市美容室 #江津美容室 #バーバースタイル #出雲バーバー #barberstyle #フェードカット #フェード #fade #メンズヘア # #メンズカット #囲炉裏整髪堂 #広島美容室 #岡山美容室 #鳥取美容室 #山口美容室 #photographer #vlog #videographer #美容室改装 #街づくり #昭和レトロ #店舗デザイン #出雲力 (at 囲炉裏整髪堂) https://www.instagram.com/p/Cee0k_vPgj9/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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【目印】 囲炉裏整髪堂は 《スナック慕情》の隣です (空き家) . 『古い』を 『ノスタルジック』に 皆様の心の目を 変換してみて下さい! . きっとこれから 出雲は面白くなります . #出雲 #出雲美容室 #雲南市美容室 #島根美容室 #松江美容室 #大田市美容室 #江津美容室 #バーバースタイル #出雲バーバー #barberstyle #フェードカット #フェード #fade #fadecut #menshair #メンズヘア # #メンズカット #囲炉裏整髪堂 #広島美容室 #岡山美容室 #鳥取美容室 #山口美容室 #photographer #vlog #videographer #美容室改装 #店舗デザイン #出雲力 (囲炉裏整髪堂) https://www.instagram.com/p/CeZsteJv7Lb/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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【秘密基地の灯り】 Jo Hammerborg ALFA Wall Lamp . 秘密基地への入り口 . 囲炉裏整髪堂は 本物のヴィンテージが 沢山あります . #johammerborglamp #出雲 #出雲美容室 #雲南市美容室 #島根美容室 #松江美容室 #大田市美容室 #江津美容室 #バーバースタイル #出雲バーバー #barberstyle #フェードカット #フェード #fade #fadecut #menshair #メンズヘア # #メンズカット #囲炉裏整髪堂 #広島美容室 #岡山美容室 #鳥取美容室 #山口美容室 #photographer #vlog #videographer #美容室改装 #店舗デザイン #出雲力 (囲炉裏整髪堂) https://www.instagram.com/p/CeUhgTvP1Nw/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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【シンゴくんありがと】 兵庫県たつの市の @barber.dego くんが わざわざ 囲炉裏整髪堂にお祝いに 来てくれました‼️ 片道3時30分のところを… . しんごくん 本当にありがとう🙇♂️ 感動しました! . これからもずっと よろしくお願いします🙇♂️ . @irori_seihatsudo . #出雲 #出雲美容室 #雲南市美容室 #島根美容室 #松江美容室 #大田市美容室 #江津美容室 #バーバースタイル #出雲バーバー #barberstyle #フェードカット #フェード #fade #fadecut #menshair #メンズヘア # #メンズカット #囲炉裏整髪堂 #広島美容室 #岡山美容室 #鳥取美容室 #山口美容室 #photographer #vlog #videographer #美容室改装 #店舗デザイン #出雲力 (囲炉裏整髪堂) https://www.instagram.com/p/Cd5dhVcveru/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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【光の陰影】 多くの美容室の照明は ヘアカラーの色を 見るために 太陽光のような フラットな光ですが… . 囲炉裏整髪堂では 光の陰影を 出来るだけ作っています . 秘密基地のような ワクワク感と ラウンジのような 落ち着きを . 皆様の ご来店 お待ちしております . @irori_seihatsudo . #出雲 #出雲美容室 #雲南市美容室 #島根美容室 #松江美容室 #大田市美容室 #江津美容室 #バーバースタイル #出雲バーバー #barberstyle #フェードカット #フェード #fade #fadecut #menshair #メンズヘア # #メンズカット #囲炉裏整髪堂 #広島美容室 #岡山美容室 #鳥取美容室 #山口美容室 #photographer #vlog #videographer #美容室改装 #店舗デザイン #出雲力 (囲炉裏整髪堂) https://www.instagram.com/p/Cd4NCLlv98P/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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【秘密基地感】 ミニマルな空間が 今の流れですが . 70,80年代生まれの 僕たちは 物に憧れ、収集したり 物に溢れている空間が 落ち着くと思います。 . 流行りの空間ではないですが 僕はこれで良いんです!. . 是非 出雲の大人な男性の皆様 お待ちしております . @irori_seihatsudo . @irori_films #出雲 #出雲美容室 #雲南市美容室 #島根美容室 #松江美容室 #大田市美容室 #江津美容室 #バーバースタイル #出雲バーバー #barberstyle #フェードカット #フェード #fade #fadecut #menshair #メンズヘア # #メンズカット #囲炉裏整髪堂 #広島美容室 #岡山美容室 #鳥取美容室 #山口美容室 #photographer #vlog #videographer #美容室改装 #店舗デザイン #出雲力 (囲炉裏整髪堂) https://www.instagram.com/p/CdwiAJUPTzW/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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