「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和六年(2024)3月29日(金曜日)
通巻第8195号
トランプ前大統領のソーシャルメディアの時価総額、ソロスを凌駕
93歳の極左「慈善事業家」、まだ健在にして米国の伝統を破壊中
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ドナルド・トランプ前大統領のソーシャルメディア会社「トランプ・メディア&テクノロジー・グループ」の時価総額は64億ドルを突破した。ブルームバーグの世界富裕層ランキングで、トランプは純資産78億1000万ドル。ジョージ・ソロスは純資産71億6000万ドル。トランプがわずかに凌駕した。
ワシントン・ポストは嘗てソロスを評し、「米国が支援するヨーロッパの政権転覆の公然たる工作員」と呼んだことがある。褒めたのか、貶したのか、それほど有名人だった。
ソロスは左翼活動の胴元として知られ、保守陣営はながらくかれを敵視してきた。ソロスのグローバリズム信奉は、父親がエスペラント語のスペシャリストであり、「国境を越える」「人類の生来の無関心を克服する」ことに影響されている。ソロスはハンガリーで過ごした幼年時代からエスペラント語をたたき込まれた。
戦後、ソロスはロンドンに移り、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでカール・ポパーに学んだ。1963 年にニューヨークに移り、1970 年にファンドを設立、1973 年には投資家のジム ロジャースと提携して「クォンタム・ファンド」を設立した。同ファンドは年率24%という空前のパフォーマンスを演じ、世界の金持ちが彼に財産を託した。
ソロスが「謎の錬金術師」、「世界一の投機家」として名前が挙がったのは1992年だった。英国の景気後退を予測し、大胆に英ポンドを空売りし一晩で10億ドルの利益を上げて「ソロス神話」が形成された。
1997年、タイバーツを大量の空売り、アジア金融危機を引き起こした。マハティール(マレーシア首相=当時)は、アジア通貨危機はやつらの陰謀だと非難した。
ソロスはこうした投機によって得たあぶく��を左翼運動に投下した。チェコスロバキア、クロアチア、ユーゴスラビアを含むヨーロッパ数十ヵ国の左翼活動家や団体に資金を提供した。リベラルな主張をする野党、出版社、独立系メディアに資金を注ぎ込み、多くの国は「民主化」した。「ビロード革命」「チューリップ革命」「薔薇革命」などカラー革命がドミノのように旧東欧で連鎖したが、背後にソロスの影があると言われた。かなり過大評価だが、ウクライナのマイダン革命は、明らかにソロスが関与した。
ソロスは次に米国に目を向けた。正常な感覚の持ち主から見ればソロスがやったことはアメリカ社会の破壊である。
「アメリカ社会正義研究所」なる団体の目的は「社会プログラムへの政府支出の増加を求めるロビー活動を通じて貧しいコミュニティを変革する」だ。
「ニュー アメリカ財団」の目的は「環境保護やグローバル ガバナンスなどのテーマについて世論に影響を与える」と唱う。
「移民政策研究所」の目的は「不法移民の第三国定住政策を実現し、不法移民に対する社会福祉給付を増やす」である。
▼ソロスが資金を注ぎ込んだのはすべて極左集団か議員だ
これらの社会擾乱の元凶となった団体にソロスは資金を注ぎ込んだが、選挙資金法を回避するために、タイズ財団、アメリカ進歩センター、民主主義同盟を含む多くの左翼団体を通じて資金を集めた。彼は民主党と、ジョー・バイデン、バラク・オバマ、ビル・クリントンやヒラリー・クリントンといった議員たちに巨額の寄付を行っている。
2015年にミズーリ州ファーガソンとメリーランド州ボルティモアで発生した社会擾乱の元凶とされるBLM等に3,300万ドル以上を寄付した。
ハンガリー生まれのユダヤ人ジョージ・ソロスを最も忌み嫌い、激しい批判が起きているのが、じつは母国ハンガリーである。ハンガリーはソロスの移民政策を強く批判して、「最後に笑うのはソロス氏であってはならない」とキャンペーンを展開した。
オルバン首相自ら、「ハンガリーとポーランドに関してのソロス発言には政治的側面がある。偶然の失言ではない。私たちが移民問題で危機に晒されている時に、ソロスのよう��発言が急増している。これらの背後にはジョージ・ソロスがいることは火を見るより明らかだ」と一貫して批判してきたのである。
かれらのやっていることは「偽善」である。
地球温暖化を訴え、環境保護でノーベル平和賞を貰ったのがアル・ゴア元副大統領である。ところがゴアのテネシー州の豪邸は年間の電気代だけで300万円、これはさすがにメディアも批判した。
オバマ大統領は「清廉」の印象を振りまいたが、マサチューセッツの有名保養地マーサス・ビンヤード島に豪華別荘をたて(敷地11万8000平方キロ)、コロナ災禍で人々が外出を自粛している最中にお披露目パーティを開催し、スピルバーグ監督等700名を招待した。これもメディアは非難した。
ビル&ヒラリー・クリントン夫妻となると夫婦揃って「守銭奴」。著作と講演で稼ぎまくり、退任後六年間で270億ドルを稼ぎ出した(『フォーブス』、2015年10月22日電子版)。
BLM創設者のひとりパトリッッセ・カラーズはカリフォルニアに1・5億ドルの別荘など二軒。ほかにジョージア州にも豪邸を購入していたことが発覚し、BLM支援運動は突如沙汰止みとなった。
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天使の群れで空はいっぱい
ルーク・ハント2020誕生日に寄せて
1.十二歳
「監獄」「軍隊」「学校」
講師の男はそれらの言葉を黒板に大きく書くと、壇上から聴衆を振り返った。
「ここに書いた三つのものは、ある共通点を持っています。何だと思いますか」
聴衆は少しくざわめいた。ルーク・ハント少年も、自身の通うミドル・スクールのロゴが入ったペンを振りつつ、その問いについて考えた。
それは演劇論の公開講座だった。この夕焼けの草原において著名な演出家が講師をつとめるとあって、いつもは予算消化のために惰性で行われるような市民講座に多くの人が集まっていた。駆け出しの舞台鑑賞家であるルークも、その演出家がこの町にやってくると聞いて心が踊った。それで、ルークの生まれ育ったこの地域で一番大きくて立派な公立学校の講堂は、今日はこうしてほとんど満員だった。
ルークは講堂の最後列に近いところで講義を聞いていた。ルークが受付を済ませた時点では前方の良い席も十分に空いていたが、座席には傾斜がついていたし、この程度の距離であれば板書も講師の表情も満足に目視できる自信が彼にはあった。それに何より、聴講に訪れる地域の住民、普段関わりを持たない彼らを後ろからゆっくり観察できるのが良いと思った。
さて、ルーク・ハント少年は、この講座の開講にあたって出された問いを考えるのが半分。それから聴衆をゆっくり見渡すのが半分。口もとに機嫌の良さそうな笑みをたたえ、緑色の目をきゅっと細めていた。
うごめく疎林のような群衆の間に、何か見たことのない生き物はいないだろうか。
最前列にいるウマ科らしい獣人属の婦人。横顔からでも分かるあの眼差しの熱っぽさ、あれは多分、演出家のファンだ。レジュメを見てもいないし特に考え込んでもいない様子から、この質問の答えを知っているに違いない。これは定番のアイス・ブレイクなのだろう。
ルークの数列先に座っている中年の夫婦。二人ともネズミ上科らしく愛らしい耳をぴこぴこと動かし、小声で相談している。ルークは耳をすませてみた。「関係ないじゃないの」「○○校でやるというから」「受験に有利」……聞こえてくる単語からすると演劇に関心があるわけではなく、どうもこの会場が子供の志望校で、学内イベントか何かと勘違いして情報収集のために来たようだ。
それから、それから……ルークの視点は次々に移ろう。どの聴講者もそれぞれの目的があって、それぞれの期待を持ってここへ集まっていた。
最初は灌木の林か何かに見えていた聴衆は、少し観察しただけで今や魅力的な動物の群れに姿を変えていた。ルークは眩しさに戸惑うようにぱちぱちと瞬きした。さほど広くはないこの地域に、こんなに多様な人が住んでいるとは! そう、それは十分に多様だった、十年と少しをこの町で生きただけのルーク・ハント少年にとっては。
それをこの目で確かめられただけで既に大変な収穫だと、ルークは感じ入った。
「さ、お時間です。皆さんの答えを聞いてみましょうか……その前に、答えを知っている人は先に手を挙げてくださいね。これ僕の鉄板ネタだから」
微風のような笑い声とともに前列の方で何名かが挙手した。あのウマ科の婦人も、ルークの見立てどおりに手を挙げていた。
「では……」
演出家は傾斜のついた通路を軽やかに上る。指名されることをいくらか期待している人々をいたずらめいた笑顔で眺め、そして中腹あたり、列の端に掛けていた三十代くらいの女性に声をかけた。
ルークは女性の答えに耳を傾けた。
「そうですね、監獄と、軍隊と、学校の共通点……」
緊張に上ずった声で女性は続ける。
「私は学校しか行ったことないんですけど、全部同じようなものに思えます」
「なるほど。それはなぜ?」
「ウマの合わない人とも一緒に長時間拘束される場所、つらいところってイ��ージ」
ウマ科の婦人がアッハ��ハ! と笑った。共感の笑いだった。彼女だけでなく会場中にその笑いが広がっていた。
「ありがとうございます。皆さん拍手を!」
恥ずかしそうに顔を落としている女性を見つめながら、ルークは拍手を送った。
ルークは彼女の過ごした学生時代のことを考えた。「つらいところ」。彼女にどんな声をかけたらいいか分からなかったが、拍手さえすれば自分の役回りは全うできた。ルークはそれを少し寂しく、歯がゆく思った。そして自然と、自分がこれから過ごすであろう学生生活のことを思った。これから恐らくきっと進学するとして。
私が行く学校はどんなところだろう?
そこにはどんな人がいるのだろう?
演出家は壇上へ駆け戻ると、拍手の退く頃合いを見計らって片腕を上げた。チャーミングな唇をニコッとつりあげる。
「素直なお答えをいただき感謝します。さて……
監獄、軍隊、学校。これらは近代に入ってはじめて国家規模で制度化されたものです。近代という語の定義も問題ですが、ここでは薔薇の王国に端を発した技術革新と産業国際化、それにともなう世界的な言語統一運動が達成された革命期を節目に始まった一時代としましょう」
ルークは配布されたレジュメにちらりと目を落とした。カリキュラムの第一項は脚本論のエッセンス講義とある。
「で、僕の質問は、この三つの共通点は何かということでしたね。多分いろんな答えがあると思います。今回はこの演劇論講座の導入として……それを『生まれも育ちも考えも異なる他者同士が生活をともにする場であること』としたい。
長い歴史の中で本当に最近まで、この国の人というのは人生を通して、自分の生まれた地域、せいぜい近隣の町くらいまでを最大の行動範囲とするものでした。故郷を離れて転々と生活するのは特定の職業人くらいで大変珍しかった」
中年夫婦のネズミの耳がぴこぴこと跳ねる。
「それが国家制度によって、生まれも家業も異なる人々が、全く知らない都市に集められて生活を共にするようになった。そうすると当然、これまでにない衝突が生まれ、差別が顕在化し、そして……素晴らしかったり、特になんでもなかったり、とにかく色々の出会いが生まれる。このことが僕の作る舞台の根っこにはあるんです」
不意にモーターの駆動音がした。講堂の天井に格納されていた大型のスクリーンが下りてきているのだった。その音と動きがピタリと止まった瞬間、会場の照明が落ち、暗がりの中をプロジェクタの光がさっと走った。
スクリーンの上に、ある舞台の映像が流れる。音声はない。それでもルークには、そこに映る人々が互いに語りあい、罵りあい、慰めあい、関わりあっていることを感じられた。
「そんなふうに他者と出会った時、僕らはかけがえのないドラマを授かるのです」
ルーク少年の目はスクリーンを離れ、周囲の聴衆を再び見渡した。
ここよりも更に広い場所。ここよりも更に遠い場所。
そんな学校へ行ってみたい、とルークは強く思った。
2.九歳
エレメンタリー・スクールの下校時刻はとうに過ぎていたが、ルーク・ハント少年は教室に一人残って算数の問題を解いていた。それは彼が授業中に外ばかり眺めていたために、教師によって課せられた罰だった。このプリント数枚にわたる問題を解ききるまで下校してはならない、と教師はルークに言いつけた。
算数の問題を解くことはルークにとって苦痛ではなく、数式の美しいルールを味わう時間はむしろ楽しくさえあったが、それにしても不思議だった。授業を疎かにしてしまった自分の失敗が、どうして算数のプリントによって挽回されることになるのか、ルークには理解できなかったのだ。なぜなら彼がぼうっとしていたのは算数ではなく美術の授業中であり、大好きな絵画制作もほったらかして、窓の外を飛んでいた見たことのない鳥を夢中で観察してしまったというのが事の次第であったから。ただしそれを教師に訊ねたところで答えは返ってこないだろうという予感があった。それなら問いただす甲斐はあるまい。
ルークは答えを書き終えたプリントの端をとんとんと整えると、それを提出するために職員室へ向かった。そのまま帰れるかどうか分からなかったが、一応、革の通学鞄も背負っていくことにした。
小ぶりの建屋がいくつか集まってできている���クールの構内には、既に夕日がさしこみ、日暮れ前の乾いた風が砂埃を立てていた。教室棟から出ると近くの通りから原付バイクの大きなマフラー音が聞こえてくる。ルークは早足になって、職員室のある棟を目指した。
「よう、遅かったじゃん、ルーク」
職員室にはルークの担当教師はおろか、他の教職員の姿も見えなかった。代わりに同じクラスの少年が一人で、誰かのデスクから取ってきたらしい大人用の椅子に腰掛けて足をぶらぶらさせていた。
その少年は同じクラスといっても特にルークと仲が良いわけではなかった。強いて言えば来月の全校レクレーションに向けて、クラス演劇の取りまとめを二人で任されているというくらいだ。しかしそれも二人で立候補したものではなく、他の生徒によって
「ルークがいいんじゃない? 話し方がエンゲキっぽいし」
「あと一人どうする? あいつサボってていないし名前書いちゃおうか」
とほとんど事故のように決められたものだった。
ルークとしては面白そうだったので断ることもないと思った。ただ少年に関しては、ここにいない人を勝手に任命しては後々お互いが困るからやめておこう、と提案した。
他の生徒は少し目配せをしあったが、一人が「大丈夫だよ」と言ったので、それに続いて皆うなずいた。後からそれを知らされた少年は露骨に嫌そうな顔をしていた。
ルークは背伸びをして人気のない職員室を見渡す。
「先生はどちらだろう?」
「あいつ帰ったよ。プリント、その辺にテキトーに置いとけよ」
答え合わせをしなくてもよいのだろうか、とルークは思ったが、解答を持っている教師が不在であれば仕方がない。数台しかない教師用のデスクから担任のものを見つけてプリントを置いた。そういえば先生に質問したいところがあったのだった、と思い出して、ルークは何か胸が痒くなるような気持ちがした。
突然、クラスメイトの少年がルークの肩に背後から顎をのせてきた。どうやらルークの置いたプリントを覗き込んでいるらしい。ルークは横目に少年の様子を見ていたが、やがて彼は、首に巻いたカラフルなビーズをしゃらりと鳴らして離れていった。
「どうだい、答えは合っているかい?」
「知らね」
「そうかい。ところでどうして君はここに一人で? 下校時刻は過ぎているし、先生も誰もいないじゃないか」
もしかして悪だくみかい、とルークは微笑む。
少年は不機嫌そうに口を曲げた。
「お前さー、ムカつかないの? あいつ、居残りさせておいて自分が先に帰ってんだぜ。オレまじでイラッときたわ」
少年は教師の話をしているらしかった。それでずっとふてたような態度をしていたのだろうか。
ルークは少し考えた。
「ムカつく、と私が言ったら、次から先生は帰らずにいてくれるだろうか?」
「それは分かんないけど」
「私もそう思うよ」
「じゃあお前ムカつかないの」
「今日のうちに質問ができなかったのは実に残念だけれど……」
そう、と少年は言った。どうして一人で職員室にいたのか、というルークの質問は結局答えをもらえず終いだった。
このまま去るのも何やら歯切れが悪い。ルークは、自分より背丈の高い少年の顔を下から覗き込んだ。
「……もしかして、私を心配して残ってくれたのかい?」
少年は「はあ?」と顔をそらす。
「ばか。違うよ。クラス演劇の相談しようって言ってたのにお前がプリントやってるから待ってただけ」
「おや!」
ルークは両手を上げて驚いた。そんな約束はした覚えがなかったのだ。ルークは眉をハの字に下げて首を振った。
「ジュ・スイ・デゾレ。今日はどうにもぼうっとしてしまっていけない」
「……うっそー」
「えっ?」
ルークは両手をそっと下ろして首を傾げた。
「嘘なのかい」
「嘘嘘。放課後に集合とか、オレそんなこと一言も言ってねーし」
「それはまた、どうしてそんな嘘を」
「知らねー。でもまあ、別に今から相談してもよくね? 演劇、何やるかとかさ」
ルークは少年の真意を汲みきれなかった。しかし、少年の方からクラス演劇に対して乗り気な発言が出てきたことが喜ばしく、早くそちらの話をしたいと思った。そこへ他のクラスの担当教師がやってきて、「留守番ありがとうな」と少年の肩をたたいた。
二人は通学路を歩きながら、ルークの鞄から出てきた分厚い動物図鑑を開いて話をした。人間ドラマより動物のメルヘンの方が、どの学年も楽しめるだろうと少年が言ったからだった。
ルークは立板に水を流すように喋り続けた。サバンナの動物たちに関する知識、家族と狩りに出るなかで実際に見た光景、それらがどんなに美しいか。それで少年は、多くの人がルークの話に対しそうなるように徐々にげんなりとしていったのだが、不意に「あっ」と企むような声を上げた。
少年がルークの肩をトントンと叩いて指さしたのは、通りの向こうから歩いてくる子供、少年を勝手にクラス演劇係へ任命した生徒のひとりだった。
「聞いたんだよね。あいつが『大丈夫だよ』とかテキトーなこと言ってオレのこと演劇係にしたって」
「おや」
ルークも思わず目を細めた。クラス会の決議に異論のある者はどうやらルークの他にもいて、それは今や密告者となったらしい。
ルークは少年の「ムカつく」という言葉を思い出していた。
多分、私が感じているものは、「ムカつく」ではないと思う。でも、二人きりでこのまま図鑑を眺めるより、もっといい手があるとも思う。
ルークと少年は顔を見合わせてニヤリと笑った。少年は向かいから歩いてくる生徒、こちらに気がついて若干気まずそうな顔をしている彼に大声で話しかけた。
「なあー。どんなのがいいと思う」
「え、なに、突然」
「オレとルークが一緒にいるんだから、クラス演劇の話に決まってんじゃん。クラスメイトなんだから協力しろよ」
「別にいいけど……ていうかなんで歩きながら図鑑見てるの?」
だんだんと日は落ち、そろそろ図鑑の文字も読めなくなりそうだった。こんなに遅く帰っては家族が心配していることだろうと思ったが、ルークはまだ、二人とここにいたいと思った。
3.十五歳
ナイトレイブンカレッジからの迎えが来たことは、ルークにとって経験したことがない種類の喜びだった。NRCへ進学する周囲の同級生は片手で数えても指が余るほど少なかった。それがルークの心をさらに昂らせた。
その昂奮は、同級生のほとんどがくぐれなかった難関を突破した、という自負心によるものではなかった。ルークは公表されているNRCの全生徒数から、彼の直接知っている生徒の人数を引いてみた。もちろん大変な数が残った。
これだけ多くの未知なる誰かと、私は舞台を共にするのだ!
それがルークの好奇心を、はちきれさせんばかりに膨らませたのだった。
誰も自分のことを知らない世界へ一人で入っていくのだから、アクシデントの一つや二つは起きるだろうし、それさえも相手を知る機会として楽しみだとルークは思っていた。最初の大きな出来事は、秋の深まりだした頃、ルークが学園敷地内での狩りにいよいよ精を出し始めた時期のことだった。
学園の敷地には、島の自治体から管理を任されている小さいながらも豊かな山野があった。そこでの狩猟許可を得たルークは、授業が始まる前の早朝や部活のない放課後にたびたび山へ入って狩りをした。生まれ育った土地とは全く異なる生物相に、彼は夢中になった。
それに待ったをかけたのが、ルークと同室の一年生、そのうちの一人だった。
「寮長! ハント君の趣味をどうお思いですか? 流石に泥んこは落としてくるが、彼のまとってくる山と獣の匂い、そんなものを同室の我々三人は朝の起き抜けや夕餉の前に嗅がねばならないのです。それがこのところほぼ毎日……ほら、あの子なんかは育ちがずっと良いから家を恋しがって泣き出す始末! 我々はハント君の野蛮な行いに断固として抗議します」
実際のところルームメイトの一人が家を恋しがっているのは単なるホームシックであったし、そうしたことを直接ルークに言えば「気づかずにすまない、狩りの後はシャワーを浴びてこよう」とでもうなずいて話が済んだはずだった。話が大きくなったのは、その生徒がポムフィオーレ寮長に直訴したためだ。
寮長としても、同じ四人部屋のうち他の二人からは苦情が出ていないからと当人同士の問題で済ませようとしたのだが、訴え出た側は「寮長から直接指導してほしい」と退く様子がない。つまりその寮生の唯一至上の要求は、「自分にとって理解のできない行いをハント君が即刻やめること」だったのだ。
「アンタが身だしなみを気にかけるようになったのはアタシも歓迎するわ。まあ最低限のレベルだけど……」
「ああ、恥ずかしい限りだ! 周囲に不快な思いをさせていることに気がつかなかったなんて」
「いい勉強になったじゃない」
同じポムフィオーレの一年生・ヴィルはそう言って、食堂のビュッフェに並ぶサラダをトングでわっしと掴み、ルークの皿に盛り付けた。
「ほら、野菜も食べる!」
「おお……これも食べられるものなのだね」
「食べられないものが食堂に並んでるわけないでしょ」
それもそうだ! と、この学園へ来てから初めて見る食べ物に日々驚いているルークは、今日も目を細めて笑った。
その振る舞いのせいで周囲から浮きやすいたちのルークを、はじめから何かと気にかけたのがヴィルだった。最初に近づいて行ったのはヴィルの美しい風貌に魅せられたルークの方だったが、その屈託ない性根をヴィルの方でも気に入ったらしかった。
ヴィルは、人間社会で育ってきてはいそうなものの野性味にあふれていたルークに自身の外見を整えることを教えた。「そんな泥つきジャガイモみたいな見た目でアタシの隣に立たないで」と言いながら、彼に必要だと判断した美容知識を教え込んだ。
「アンタのことをよく知らない人間は、その行動と見た目のせいでアンタのことを単なる馬鹿か噛み癖のある猟犬だと思って、あなどるか過度に恐れるかのどちらかで接してくるわ。だから美しくありなさい。その危なっかしさを自覚して容姿に表現するの。他人を正しく威圧して、アンタの話を聞かせるのよ」
ルークのひときわ目立つ奇天烈さの向こうにある本質を、ヴィルは出会ってそう経たないうちに見抜いていた。
こんなに明瞭な言葉のひとつひとつによって自分に輪郭を与えられるのは、ルークにとっては初めてのことだった。そして他人をそのように冷静に、対等に見つめようとするヴィルの美しさを思った。
ルークはヴィルの隣にいることを狩りと同じくらい愛するようになった。
ルークは山盛りの野菜をもりもりと食べながら話を再開した。
「そう、それでヴィル、君の意見を仰ぎたいと思っていたんだ。同室の彼らとうまくやっていくためにどうしたものか」
「簡単なのはアンタが狩りをやめることでしょうね」
そんな! とルークは大袈裟に悲しい表情をしてみせた。
「前にも言ったでしょう、アンタを恐がる人間も一定数いるのよ。特にそのライフワークのせいで……アタシだって寮の中庭に丸ハゲの山鳥が肉屋みたいに並んでた時は面食らったわよ」
「そうかい……」
ルークはフォークを置き、その上に視線を落とした。自分にとっては日常の一部だったことが、他人にとっては大変なストレスの要因になる。逆も然り。それがつまり「見知らぬ他人と出会う」ことだと、頭では分かっていたものの、こんな悲しみをともなうものだとは経験するまで知らなかった。ルークはミドル・スクール生の頃に演劇論の講座で聞いた言葉を思い出していた。学校はつらいところだ、と。
「私は彼らと同室になれて嬉しいんだ。三人とも私とは全然異なる生き方をしてきたんだと、初めて言葉を交わした時にすぐ分かった。そんなまたとない出会いだから、それで、……だからこそ、退くべき時は退かなければならないと思うよ」
ルークにしては珍しく語気も弱まったその言葉を聞き、ヴィルは「あら」と顎を上げた。
「そうなの? アンタたちってまだ、出会ってさえいないのかと思ってた」
ルークは、ぱちぱち、と瞬きをしてヴィルを見る。
それを待っていたようにヴィルは折りたたみの手鏡を取り出した。食卓の上につき出して、ルークに自身の顔を覗かせる。
「アンタ、自分の顔、どう思う?」
「ヴィル、君の顔と並べて見ればその他の顔はたいてい霞んで見えるものだよ」
「そう? アンタの顔、肌ツヤが前よりずっと良くなったとアタシは思うけど。唇の手入れも行き届いているし、髪のセットもよく似合ってる」
「ふむ、たしかにその通りだ。自分の頬がこんなにすべすべとしているのは幼少期以来のことだね。それに唇に何種類ものスクラブやバームを塗るなんていうのは初めての試みだけれど、成果が出やすいから実に取り組みがいがある。ヴィル、全て君に教わったことさ」
「そうよ」
ヴィルは鏡をポケットにしまった。
「そして泥ジャガを相手にこれだけのことを教えるなんて、アタシにとっても初めての経験だわ。アタシたちは出会ったの。それで……ルーク、アンタとあいつらはどうなの?」
ルークは、なるほど、と言って帽子のつばを上げた。
それから一週間ほど経って、ポムフィオーレの一年生に部屋替えが告知された。表向きは入寮から数ヶ月経った一年生同士さらに交友関係が広がるよう、とのことだったが、部屋分けを行う寮長の手元に「ルーク・ハントとの同室を望まない者のリスト」があることは多かれ少なかれ誰しもが察していた。もちろん当のルーク・ハント本人も。
「忙しい時に仕事を増やしてくれたわね」
ヴィルは荷物を詰め込んだトランクを引越し先の部屋へ運びながら、同じようにバックパックを背負って隣を歩くルークに軽い調子で眉を顰めてみせた。
「私としても大変残念だよ」
「撮影から何日かぶりに戻ってきたらこの有り様なんだもの。一体どうしたっていうのよ」
それがだね、とルークは事の顛末をかいつまんで説明した。
ヴィルに相談した後でルークは同室の生徒三人にこんな提案をした。明日か明後日か明々後日か、私と狩りに行かないかい?
忌避されるのは彼らが知らないからかもしれない。朝焼けに染まる山の景色、息を潜めて獲物を待つ時間。目の前に現れた獣との駆け引き、血が沸きたつその一瞬。そして暖かな動物が自らの手で冷たくなっていくときに感じる、自分の生来の暴力性。それを制御しなければならないと、毎回新たにする思い。
そうした美しい世界の一端を彼らに見せたい。ルークはそう考えて、彼らを狩猟の場へ誘ったのだった。
ルークに狩りをやめさせようと主導的に働きかけていた一人は「僕らにそんなことをさせるなんて」と憤慨したが、他の二人はおずおずとその提案を受け入れた。そして数の上で劣勢になった後の一人もついてきた。
それで四人でわらわらと狩りに出かけた。素人集団で山に入ったものだから、成果はルークが射落とした一羽の鳥だけで、それは夕食のスープにちょっとした具材として参加するに留まった。しかし、ルークが見せたかったものは彼らの目にも映ったようだった。
その夜遅く、小さな泣き声にルークは目を覚ました。それは狩りに行くことを最初に受け入れた生徒だった。
彼は怖いのだと言った。自分の腹の中にあの鳥がいるのだと思うと、そして今までに口にしてきた肉が皆あのように生きていたのだと思うと。
思慮深い人だとルークは思った。そしてルークは、そうした感情を彼がいま初めて味わった、人生の中でまたとなく美しい時間に立ち会っていることに対して、言いようもない震えを覚えた。二人がそうやって小さな声で会話していると、後の生徒らも目を覚ました。
そしてその中の誰が言い出したのかは分からないが、ルークと彼らはこれ以上同じ部屋で生活はできない、ということになった。
「よくやるわねえ」
「四人連れで山に入るのもまた楽しかったよ。狩りというよりはハイキングだったけれど。できれば違う季節にも行きたかった」
「そりゃアンタは楽しかったでしょうよ……ま、いたいけな少年にトラウマを植えつけた代償としては安い方かもしれないわね」
その時、後ろから二人を呼び止める声があった。
それはルークを糾弾した生徒でも、夜中に泣いていた生徒でもなく、あと一人の元ルームメイトだった。
「ルーク! 置いていくなんてひどいじゃないか。そんなにヴィルと一緒がいいのかい」
「置いていくだなんてとんでもない、そんなつもりは……ええと?」
「君は重ね重ね失礼だな! 部屋割りをちゃんと見たのかね? 僕らはまた同じ部屋だよ。偶然にね」
「そうだったのかい」
そしてルークは一拍おいて、もう一度、「そうだったのかい」と独り言のように呟いた。ルークを追いかけてきた彼は、「リスト」に名前が無かったようだ。
「よかったじゃない」と言うヴィルに、元ルームメイトで新ルームメイトでもある彼は、「よかったとも」と軽く返した。
4.十六歳、前夜
部屋替え騒動からひと月が経ち、あの一年生全員を引越しに巻き込んだ一幕のドラマは、早くも多くの者にとって学生生活の思い出の一つに変わりつつあった。
ルークはNRCで最初の誕生日を迎えようとしていた。
誕生日前夜の寮での夕食後、「これからバースデーパーティーの飾りつけをするから」と談話室を追い出されたルークは行くあてなく、しかし踊りだしたいような気持ちで、メイン階段の踊り場からバルコニーへ出た。
冬がもう訪れていた。空気の冷たさを追いかけるように視線を上げると、故郷ではこの季節に見られなかった星座が今日の夜空に浮かんでいた。
なんてまばゆいエトワール! ……ルークは寮服の裾をひらりとひるがえし、踊るようにくるりくるりと回り、白い息を吐いた。
「ルーク」
不意に呼ばれて振り返ると、ステンドグラスの窓を押してヴィルが立っていた。他の寮生はまだ談話室で明日の準備をしているはずだったが、ヴィルは既にナイトガウンを身につけていた。
「君がそんな格好で歩き回っているなんて珍しい」
「明日は早朝に出るから寝支度をね」
「そうだ、仕事だと言っていたね。夕食も君がいないから、なんだか味気なかったよ」
冷えてしまうよ、と言って、ルークはヴィルを室内に戻した。後ろ手に窓を閉める。おぼろな魔法の蝋燭だけが灯る薄暗い階段の踊り場に立つと、ヴィルは「ちょっと待って」とガウンのポケットを探った。
その横顔に、月明かりを受けたステンドグラスの赤色が溶けるように落ちていた。
「……ボーテ!」
「わっ、耳元でいきなり叫ぶんじゃないわよ」
「失敬、君があんまり綺麗だったから」
ヴィルは長い睫毛に縁どられた目を少し見開いて、それから眉尻を下げて笑った。
「そう。ありがと」
ルークは、おや、とヴィルの顔を覗く。自分の褒め言葉なんて毎時毎秒のように聞いているヴィルが、どうして特別こんな反応をしたのかが不思議だった。
「何よ。アタシが素直に礼を言ったらおかしいわけ」
「この場合は少しね」
アンタって本当……とため息をつくヴィルの口の端には微笑みがのぼっていた。ヴィルはガウンのポケットから小さな箱を取り出すと、それをルークの手に握らせた。
「これは?」
「もちろんプレゼントよ。明日が誕生日なんでしょう? アタシは仕事でいないから今夜のうちにね」
「……オー・モン・デュー! ヴィル!」
そう叫ぶやいなや、ルークの顔がぱあっと輝く。ヴィルは眉を下げ、片頬でニッと笑った。
「開けてみて、きっとアンタの好きな……きゃっ!」
少し得意げなその台詞を言い終えないうちに、ヴィルの身体は宙に浮いていた。プレゼントボックスを寮服の懐へ大事にしまったルークは、返す動きでヴィルを抱き上げたのだった。
目を白黒させるヴィルのかたわら、頬を紅潮させたルークの喜びの声が、長い階段の上から下まで響き渡った。
「メルシー! メルシー、ヴィル! 君が私の誕生日を祝ってくれるなんて……ああ嬉しくて胸がはちきれてしまいそうだ! 私は一体どうしたらいいだろう⁉︎」
「いいからまずアタシを下ろしなさい! この腕力かぼちゃ!」
「……腕力かぼちゃとは何だい……?」
「急に冷静になるんじゃないわよ」
ルークはヴィルに額をぱんと叩かれ、嬉しそうに笑った。そしてヴィルを床に下ろすと、すぐさまその両手をとってくるりと回りだす。そう来ると思った、とでも言いたげに、ヴィルは呆れ顔で軽やかにステップを合わせた。
静かな十二月の夜、でたらめな歓喜のワルツを踊る二人の衣擦れの音が石造りの階段に響く。魔法の灯りがくるくると、メリーゴーランドのように流れていく視界のなか、ルークはヴィルを見上げてふと呟いた。
「ヴィル、君にもらったプレゼントを開けてみるのは後でもいいかい」
「別に構わないけど。どうして?」
「君さえよければ、このまま少し話をしていたい」
「あら、滅多な話だったらアタシは先に寝るわよ……どんな話」
「ふふ……さて、私の生まれた日を迎えるにふさわしい話というと……」
何かを思い出すように、ルークは瞼を伏せる。
それは例えば、ルークと再び同室になることを「よかった」と喜んだ、ポムフィオーレの同級生の話。
またあるいは、「ムカつく」という言葉をルークの語彙に与えた、エレメンタリー・スクールのクラスメイトの話。
そしてそれは、「学校はつらいところだ」と言った、あの人の話。
(私が行く学校はどんなところだろう?)
(そこにはどんな人がいるのだろう?)
ヴィルはルークの返事を待って、催促するようにじっと見つめる。
その強い眼差しにまっすぐ刺されて、ルークは確信をもって告げた。
「それはもちろん君の話さ。君がどれだけ美しい人かという話だよ、ヴィル」
それらはみんな、私の人生に舞い降りた、途方もない祝福の話だった。
(天使の群れで空はいっぱい 了)
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