Tumgik
travelfish0112 · 25 days
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Blue wind
やる気がある時と無い時のバイオリズムがある。今は正直後者。
ぼーっとしていたいし、上手いことみんなが俺の事を利用してくれたらいいのにって思っている。
結果として日々の予定は埋まっている。
ただ、それでも人生を豊かにしたいなんて思う、少し卑しい心は消えずに残っていて、それのせいで自分の生活と理想の狭間に心がすり減っていく。
人に必要とされたいなんて思う事は、烏滸がましい事なのかもしれない。けど、その烏滸がましさが無くなったら、きっと俺は俺ではなくなる。
まだやめた煙草に火をつけたいと思えていないので、きっと限界までは到達していない。だから大丈夫。
ここから煙草に火をつけ、希死観念を抑えられなくなったらまずい。体力も精神力もすり減るだけ減っていく。
でも、いつまでこんなバイオリズムでいるのだろう。5年前に精神をやってしまってから、ずっとこんな感じ。
何者かになりたいのに未だに一歩踏み出しきれていない。臆病者な自覚はある。
でもなんとか、何かを捻り出したい。
これはあくまでも、今留まってしまっている現状を見つめるための文章。
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travelfish0112 · 1 month
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春の片隅
ああ、私はこの人に死んでほしくない。そう思って、私は隣で寝ている彼に抱きついて、ギュッと腕に力を入れた。
「どうしたの?」
彼は寝ぼけた声でそう言う。
「うー」
私は彼の背中に顔を埋めて、意味の通らない声を発した。
ゴーっと外で強い風が吹いている音が聞こえる。春の嵐はしばらく続くらしい。
彼は私の手を握ってくれた。その手は大きくてガサガサだけど、暖かかった。
ピピッと枕元のスマートフォンが鳴った。
彼はポンポン、と私の腕を優しく叩いた。合図だ。
私は名残惜しさを感じながら、腕を解く。彼はすぐに起き上がり、着替え始める。
彼はいつもの様にテレビをつけた。朝のニュース。荒廃した街、煙があちらこちらで上がっている。そして、途方に暮れる人々。着の身着のまま、怪我をしている人も。
惨状。
「行ってくるよ」
彼はザックを背負っていた。
この国は長く続く戦争の最中にある。
そして、それの終わりはまだ見えない。
彼はその初期から前線で戦い、死神と呼ばれていた。彼のいた場所は、敵も味方も皆死ぬから、死神。
同じ部隊に配属された人たちでさえ、彼の事を畏れているらしい。そして、あまつさえ彼が死ぬ事を祈っている人も。
なので、今一番彼の無事を祈っているのは私なのだろう。
玄関の扉が開く。ゴーっと強い風が吹いている。入ってきた砂が目に入り、思わず顔を顰める。
「ねえ、死んじゃダメだよ」
「……うん、そうだね」
彼は自分に言い聞かせる様にそう呟いた。
「本当に」
私たちはキスをした。
彼の唇は小さく震えていた。
パン!と彼の胸を叩く。
「行ってらっしゃい!」
彼は驚いた表情に一瞬なり、そしてすぐにいつもの顔に戻った。
「行ってくる」
そう言って外に出て、扉を閉めた。
パタン、といつもより大きな音がした。
扉の隙間から、風の音が聞こえる。春の嵐は、いつまで続くのだろうか。
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travelfish0112 · 2 months
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残滓
赤坂見附の駅前にある喫煙所は、脇にまだ雪が残っていた。
サラリーマンがひっきりなしに入ってきては出ていく。途切れず、外に列ができている。
数分待って入れた、人口密度が高めの空間で、煙草に火をつけて一息ついた。重めのニコチンが回り、一瞬くらりとする。この感覚が嫌いじゃなくて、止せば良いのにロングのピース��吸うことをやめられない。
「あれ、高田じゃん」
声をかけられ、そちらに目を向けるとそこには大学時代に同じサークルだった神谷がいた。
彼女は確か、学生時代は煙草を吸っていなかったと思うが、その手にはiQOSが握られている。
「めちゃくちゃ久しぶりだ」
「そうだね。卒業以来だから、5年ぶりとか?」
「そっか、もうそんなになるか」
僕たちは同時に煙を吐いた。煙は空に登っていき、夜闇に紛れてすぐ見えなくなった。
「本当。5年なんてすぐだった。嫌になる」
そう言って彼女は少し自虐的に笑った。
「神谷さん、煙草吸ってたっけ」
「実は隠れてね。あの時、酒井先輩と付き合ってたし。あの人めちゃくちゃ吸ってたじゃん?」
「あー……」
気の抜けた返事をする。
酒井先輩、その名前はもう一生聞かないと思っていた。
「そういえば酒井先輩とバンド組んでたよね? あれってどうなったの?」
「去年解散したよ」
「……そっか」
僕はゆっくりと煙を吐く。もう何も残ってないはずなのに、色々な想いが腹の底から湧き出てきて、それを全て消し去りたくて、息を吐き続ける。
「あの人、歌上手かったよね」
「上手かった。でも、一緒に続けられなかったな、僕は」
「まあバンドなんてそんなもんでしょ」
そう明るく言ってくれる彼女の目は、少し悲しそうに見えた。
どうして解散したんだっけ。
ああ、もうあの人がバンドやりたくないって言ったし。
でも他の人と続ければ。
いや、僕には才能無いしもう何も。
……逃げたんだ。
……そうだよ。
息を吐く。
「なんか5年って短いと思ってたけど、振り返ると結構長いよね」
「そう? わりとあっという間だった気がする」
「それはきっと高田が色々頑張って動いてたからでしょ」
「いや、僕なんて何も」
「そんなわけないじゃん。酒井先輩と何年も一緒にいるって、それだけで凄いよ、本当に。元カノの私が言うんだから」
「確かにそうかも」
一息。風向きが変わったのか、さっきとは違う方向に煙が登っていく。
「ねえ神谷さん、この後飲みに行かない?」
「ごめん! 夫が今日遅いからご飯私が作ってあげないといけなくて……」
「……そっか」
5年、変わったなあ、世の中。
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travelfish0112 · 2 months
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桜の季節
これは一時の気の迷い、衝動。
そうやって私は、私自身に言い聞かせていた。
私にとって坂田は大切な人だった。軽い関係になるなんて思ってもいなかった。
ただ気づけばこの関係性が一番お互いの距離感の取り方として良い気がしていた。
いや、ここまで全て、ただの言い訳。人間関係は過程も大切だが、ここまで来てしまったら、結論が全てなのだから。
『飲もうよ』
いつも私たちはこのメッセージをどちらかが送る事で始まる。
でも今回は
『近況報告しよ』
と。
ただの一通のメッセージだけど、私は何となく終わりを予感した。
正直私は安心した。ああ、この関係も終わりなんだ、と。
でも、その安心の裏には終わってほしくないと願う気持ちが騒ついていた。
新宿駅で待ち合わせた私たちは、3丁目あたりのいつも行っている中華料理屋で飯を食う。
いつも通りの会話、バンドの話とかお笑いの話とか。
趣味の話をしていると、ああこの人はいつもツボをついてくるな、と最早感心してしまう。
そんな会話を途切れる事なく続ける。気づけば時間が過ぎている。いつもこんな調子だ。
「そろそろ二軒目?」
促されるまま、東口の半地下の居酒屋に入る。ここも何度目だろう。
「そういやさ、報告があって」
一杯目が来て一口飲んでから、坂田は口を開いた。
「俺、春から福岡行くことになったわ」
「ああ、そっか。銀行だもんね」
構えていた。でも、私は余裕で吹っ飛ばされた。そして、よく分からない返しを脊髄反射でした。
「どの辺住むとかもう決めたの?」
「いやまだ。でも何となく場所は目星付けてるけどね」
「折角ならはかた号で引っ越しなよ」
「するわけ無いだろ」
そんな話を上の空でする。その他の九州の知識は、福岡のご飯がおいしいことくらいしかない。
ああ、やっと終わる。寂しい。何だこの感情は。
でもとにかく今みたいな気軽な関係では無くなる事が分かった。そして私たちは今の関係以外で過ごす事が出来ないのは分かっていた。
「ねえ」
「どうした?」
「この後、カラオケ行こ」
坂田は私の提案に少し驚いた顔をした。でもすぐに応える。
「いいよ」
そういうところが私は、
「くしゅん!」
「可奈、花粉症もう来た?」
「そうみたい」
好きだったんだと、今気づいてしまった。
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travelfish0112 · 2 months
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寝ぼけた頭で考える
日曜日朝5時過ぎの新宿駅、京王線のホームは人がまばらだった。
『停車中の列車は、特急京王八王子行きです--』
自動音声の案内がこだまする。
「寒いね」
「まだ2月だから」
「でもこの前あんな暖かかったよ」
ドアのそばに立っている可奈は少し肩をすくめる様な姿勢になっていた。
チラッと時計を見た。5:25。あと約5分でこの列車は出発する。
「もうこれでお別れだね」
可奈はそう言って、少し目を伏せた。
「最後、やんなかったね」
「うわ、最低!」
僕らはフッと吹き出す。でもあと数分で本当にお別れなんだって、したくない実感が湧いてくる。
発車ベルが鳴り始めた。もうあと数秒後に、扉が閉まる。
「マジで、元気でやってけよ!」
「坂田も!」
発車ベルが鳴り終わり、電子音と共に列車の扉が閉まる。そして遅れて、ホームドアが閉まる。
ドアの窓越しに手を振る可奈が見えた。振り返す。
口パクで可奈が何か言ってる。
(なくなよ)
「泣いてねえよ」
ゆっくりと列車が発車する。そしてするするとホームから出ていく。
電車を見送ってから僕はポケットからイヤホンを取り出して耳に付ける。そして、適当に音楽をシャッフルで再生する。
小気味の良いギターリフからイントロが始まる。そしてAメロに流れていく。
never young beach - お別れの歌
ああ、ダメだ。今聴くと。
あー、上手く言えなかったな。
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travelfish0112 · 2 months
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直に
小春日和って今日みたいな日の事を言うのかと思っ��ら違うらしい。今日は春の前の春の様な気暖かい日だった。
厳冬期の一日だけ暖かい日を小春日和だとちゃんと分かっている人は一体どれくらいいるんだろう。いや、俺が知らないだけか。
春一番が吹いた。直に日も長くなって、春が来るんだろう。
あ、花粉症の薬早めに貰いに行かなきゃ、なんて少し憂鬱な予定を寝起きの頭で新しく思いつく。
顔を洗うためにキッチンへ行くと、そこに空いた缶ビールと缶チューハイが置いてあった。それで昨晩、美沙と宅飲みした記憶が蘇る。
美沙は彼女が新入生の頃、所属する軽音サークルの新歓で会ったのが最初だった。
彼女がTHE NOVEMBERSやösterreichが好きだと言った時の衝撃は忘れられない。その後、お開きになるまでバンドの話をし続けていた。
でも別に俺にとっては可愛い後輩の中の一人で、その時自分には恋人も居たし、美沙にも彼氏がいた。
ただ好きなバンドが同じであるよしみで、よくグループでフェスやライブに行っていた。
ただここ一年で、俺は就活をきっかけに彼女と別れ、彼女も学年が上がる頃には彼氏と別れていた。そしてそれに合わせるかの様に二人でライブに行く機会が増え、昨日も恵比寿でライブを見た帰りだった。
「少し飲み直しませんか?」
渋谷で飲んでいたら美沙はそう言った。
何の気も無しにコンビニで酒を追加で買って、家に上げた。何人かで宅飲みをした際に、彼女も何度か来たことがあって、その記憶があった。
「先輩、卒業したら引っ越すんでしたっけ」
美沙は封を切った缶チューハイを飲みながら言った。
「いや、暫くはここに住むつもり。なんか引っ越すのめんどくさくて」
「なんか先輩らしい」
美沙はそう言って笑った。
「今後もたまに遊びに来ても良いですか?」
「え? まあ別に良いけど」
そう返すと、美沙は体育座りの体制で小さく横に揺れていた。一定のリズムで揺れてるのでメトロノームみたいだな、なんてアホみたいな事を思いつくが、言葉には出さない。
「先輩、私じゃダメですか?」
美沙は小さく揺れながら言う。視線は缶チューハイに注がれていた。
すっと酔いが覚める。
「いや、ダメなわけないでしょ」
家にあげてる時点で下心がゼロかと言えば、そんなわけ無い。ただ彼女に言われた時点で、あまりの自分の意気地の無さに嫌気が差す。
ただこの下心を持つ気持ちは出してはダメな気がしていて、ずっと抑えていた。期待してはダメだと。
美沙は少し恥ずかしそうに笑った。
「良かった」
「ごめん、本当に」
「なんで謝るんですか?」
目が合う。変に抑圧していた気持ちが溢れて、どうしようもない感覚に陥る。
「だって、こんな状況ダメじゃない?」
「良いんですよ。もう春だから」
「……そっか」
残った缶ビールを呷る。いつもより苦さを感じない気がした。
戸惑っていた。全て直に来る春を言い訳にして良いんだろうか。
そこから先の、まともに話せる様な記憶は無い。
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travelfish0112 · 3 months
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自覚
いつから日々が繰り返しになっていることに気づいたのだろう。
年明けはある種のきっかけだった。去年一年間何をしたかを思い出すための。
別に大変すぎることはなかった。むしろ順調に精神を擦り減らすことなく生きてこれた。
でも、何もしたい事をしてないし、したい事がそもそも思いつかなかった。
私生活では恋愛も無ければ何かのトラブルに巻き込まれることもなかった。友人が何人か結婚して、子供が産まれたと言う報告を聞き、心からそれを祝った。
仕事面では前からやっていた仕事を上手くこなしていった。頼まれることも信頼されることも増えていった。
そして気づけば一年が経っていた。
何か新しい事はやったのだろうか? 否。
これからワクワクする事が始まりそうか? 否。
多分飽き性なんだろう、自分は。そんな事、気づいていたはずなのに。
いや、飽き性と言うか、好きな事は凝るが、そうでもない事はそこそこにしてしまうだけ。だから今は心が動かないし、何かする気が起きない。
だから新しい事を始めよう。環境を変えよう。そんな事を思った。
そして今続けている好きなことは、長く続けられるように。
折角なんだから。ね。
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travelfish0112 · 3 months
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Supermarket
「何かお探しですか…?」
店員の女性が少し怪訝そうな顔をして、訊ねてきた。
「あ、いや……」
咄嗟に小さく謝ってその場を離れる。
外音取り込みを設定してるイヤホンからは、会社を出てから再生したラジオが流れている。電車を降りてスーパーに入った時はオープニングトークを終わった頃だった。今はもうオードリー春日のトークゾーンだ。
どうやら30分以上突っ立っていたらしい。
カゴには缶ビールが2缶と明日の朝メシ用のパンが入っている。そして今は醤油が並んでいる棚でぼーっと突っ立っていた。
あれ、俺何が買いたかったんだっけ。
腹は減っていた。でも何が食べたいのかが分からない。何なら昨日の夜何を食べたのか、今日の昼に入ったお店は何なのか、それすらも思い出せない。
惣菜コーナーを見てみる。並んでいる海苔弁やカツ丼などを見ても、手を伸ばそうと思えなかった。と言うか、俺何が好きだったっけ。
「あ、もしかして相馬?」
何か食わないと身体に障るしな…と思い、海苔弁を手に取った瞬間、声を掛けられた。振り向くと、そこには茶髪でダル着の男が立っていた。
「……双葉?」
「そう!久しぶりじゃん!」
10年ぶりだろうか? 大学のサークルで同級生だった双葉は、少し老けただけで、あの時と雰囲気は何も変わってなかった。
「相馬ってまだ煙草吸ってる?」
「まあ、ちょっとは」
「なら会計終わったら駅前の喫煙所行こうぜ」
そう言うと双葉はレジの方へ向かっていった。俺は胸ポケットに入った煙草の箱を開けて中身を確認する。残り10本。でも正直、いつ吸って、いつ買ってるのか覚えてない。
会計を終えてレジ袋片手に喫煙所に向かう。先に双葉はもう煙草に火を付けていた。
「お前、まだエコー吸ってんの」
「いやこれが安い中だと一番吸いやすいのよ」
双葉は煙を吐きながら笑った。このやりとり、多分10年前もしている。
「相馬さ、ちょっと頼みがあるんだけど良い?」
少し嫌な予感がした。
「金なら貸さねえけど」
「いやそんな事頼まんよ」
一本吸い終わった双葉は、吸殻をスタンドに入れて、新しい一本を取り出しながら言う。
「一緒に銀行強盗しない?」
双葉は飯を誘うようなノリでそう言った。
「は?」
馬鹿馬鹿しすぎる。そう思った。
でも、
「お前、変わらねえやつだな」
久々に笑えた。その瞬間、喉の奥に煙が入って、思わず咳き込んだ。
「あー」
良いかも。どうせこんな人生なら。
そう思った瞬間、視界の端の方から世界に色が付いてきた。
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travelfish0112 · 3 months
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テリトリアル
「君だから話すんだよ、こんな事」
そう笑う先輩は、紫煙を吐く。少し上を向いたから首元から鎖骨に掛けてが見えた。そこには傷痕みたいに薔薇のタトゥーが入っていた。
「一本吸う?」
そう言って先輩はセブンスターを一本僕に差し出してくれた。お言葉に甘えて、その一本を咥えて、火をつける。
さっきまで僕が吸っていたピースのガラはクシャッと潰して、ポケットに突っ込んでいた。
紫煙をゆっくり喫みこみ、吐き出す。
「セッタもたまには良いでしょ?」
「そうっすね」
僕はそう返して、またゆっくりと煙を吐く。そして、さっき先輩が言った言葉を反芻していた。
『バカみたいだよね。でも、あの人の事が好きなんだ』
僕には先輩が大変な恋愛をしているようにしか見えなかった。
先輩が好きな人は結局のところ何が本業なのかよく分からない会社の社長で、いつもクラブのVIPルームに入り浸っているような、その人が主催する六本木の店を貸し切った飲み会に行くとただただ虚しい思いをするだけのような、そんな人だった。
でも、先輩はその人の事が好きだった。
先輩の口から出てくるその人とのエピソードは到底楽しいとは思えないモノばかりだ。先輩はそれを淡々と話し、僕が聞く。
先輩は上を向いて、紫煙をゆっくり吐く。肩口まである髪がさらりと揺れて、首筋にある赫い痕が目に入る。僕はその度に嫉妬で狂いそうな気分になった。
吸い口近くまで燃えた煙草の火種を、灰皿で押し消した瞬間、先輩の目から一粒、涙が溢れた。
「あー、煙が目に」
嘘だ。でも、嘘じゃないのかも。
僕は咄嗟に、煙草を持ってない左手で涙を拭った。
すると先輩も僕の頬に手を当てた。
「君は、私と似すぎているね」
先輩の指は、少しだけ濡れていた。
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travelfish0112 · 3 months
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すこしふしぎ
私の地元は、私が小学生低学年くらいに山鉄線と言う鉄道が廃線になった。小さい時から親と何処かに出かける時はいつも車だったからあまり馴染みがなかったけど、おばあちゃんと2人で街の百貨店に行く時だけはいつもあの1両しかない列車に乗っていた。だから、あの列車にはおばあちゃんとの思い出だけがあった。
乗りに行く時は、大抵年末。おばあちゃんがおせちを作るための食材を買いに行くため。
おばあちゃんは遠くから列車の音がするといつも「汽車が来るよ」と言った。
家の最寄駅はホームのベンチの下だけに小さな屋根がある無人駅で、時間になると古い列車がゆっくりと走ってきて、ベンチの前にギーっと大きな音を立てて止まった。
ホームから列車まで、少し大きなステップが列車から出てきていて、それをいつも「よいしょ」と言っておばあちゃんは登っていた。
私はこの買い物について行くのが好きだった。いつも百貨店で買った栗きんとんの入った袋を私が持って、そのまま最上階のレストランであんみつを食べる。おばあちゃん、ハム太郎知ってる?とか、その時見てたテレビの話をしながら。
あの思い出の列車は呆気なく廃線になった。それから街までバスが通るようになったけど、そのバスにおばあちゃんとの思い出は無い。おばあちゃんは、列車が無くなってから本当に外に出なくなり、私が中学生になる頃に亡くなった。
子供ながら私は、こんなにも呆気ないんだな、なんて当時は思っていた。
高校に上がった後、私は晴れた日は自転車、雨や雪が降った時だけバスを使っていた。乗る場所はいつもおばあちゃんと列車に乗っていたあの駅の入り口のところ。
でも、バスの思い出はあまり無い。と言うか、高校時代の事はあまり思いだしたくない。
あの時の思い出は、学校でも家でも辛い事ばかりだったから。
ある日の昼休み、私は生徒会室で本を読んでいた。教室は本を読むにはうるさすぎて、そして何より居心地が悪かった。あと、唯一の友達の奏多が生徒会長になっていたから。
奏多は私と違って運動神経も成績も良くて、クラスのカーストもトップでは無いけど、どこか一目置かれている、そんな存在だった。
対して私は全てにおいて中途半端で、気づけばどこのグループにも所属できない、そんな存在だった。今思えば大したことじゃ無いのだけど、あの時にどこのグループにも所属できないと言うのは、即ち高校生活で何もできないのと同義だった。
そんな私を見兼ねてか、奏多は昼休みに生徒会室で一緒にご飯を食べてくれた。他の子は大丈夫なの? と聞くと、「みんなどうせ彼氏の話かドラマの話しかしなくてつまらないから」と、言っていた。
奏多はその日、スマホを見つつ購買で買ったパンを食べていた。そして不意にこんな事を言った。
「夜、山鉄の駅で待ってると何処かから列車が来て、連れ去られるんだって」
「どこに?」
「……月とか?」
「……何それ」
くだんない、なんてその時は思ったけど、奏多の言葉がふと私の耳に残っていた。そして思った。
もう何処かに連れて行かれてたいな。
その日の授業終わり、私は先生が教室を出た次の瞬間には鞄を手に取ってそれに続くように外に出た。
そして自転車に跨ってそのままあの駅に向かう。駅の入り口に自転車を止めて、ホームに上がってみる。
多分10年ぶりとかに来てみたけど、ベンチもレールもそのままだった。線路のところには「せんろにはいらないで!」と書かれた古い看板がまだ残っている。駅名が書かれていた看板だけが無くて、あった場所には鉄枠だけが残っていた。
ベンチに座ってみる。ギシっと音がしたけど、そのベンチはしっかりと私の体重を支えてくれた。
イヤホンを耳につけてカバンから本を出す。有線で繋がったスマホで適当に曲を流す。音量はいつもより少し大きめ。
読み耽っていると、気づけば辺りが暗くなってきていて、文庫本を読むのが少し難しくなってきていた。
てか、私は何してんだろ。
ふと自分を顧みて呆れてしまう。あまりに自分の頭がメルヘンすぎる。
帰ろうと立ち上がると、屋根で隠れていた月が見えた。
綺麗な満月だった。
スマホのカメラを起動した瞬間、流れていた音楽が止まった。外の音が聞こえる。すると、カタンカタン、カタンカタン、と小気味の良い音が聞こえた気がした。
え? と思って、慌ててイヤホンを外す。カタンカタン、と言う音が段々と大きくなる。
あの時おばあちゃんと乗っていた1両の列車が、ギーっと音を立てて止まる。ガタン、と勢いおく扉が開く。
扉の前の席におばあちゃんが居た。
「え? なんで」
私が乗ろうとした瞬間、おばあちゃんがこっちに気づいた。
「あんた、まだ早いよ。まだ一緒に乗らんでええ」
「どう言う事?」
私が手すりを掴んでステップを登ろうとした瞬間、
「だめ!」
急に後ろから抱き寄せられた。思わず手を離した瞬間に、プシューっと空気が抜けるような音がして、また勢いよく扉が閉まった。
そして大きなモーター音を上げながら、列車が走り始めて、夜闇に消えた。
「桃佳、ダメだよ。ダメ。ダメ……」
奏多は私を抱きしめる力をさらに込めて、そう言った。泣いているような気がした。
「ごめん」
私は奏多の腕を手でなぞった。
月が綺麗だった。
本とロープ、仕舞わなきゃ。私はそんな事を考えていた。
あれから更に10年が経った。街の百貨店は今年の夏に閉店してしまうらしい。
あの駅はどうなっているんだろ。ふと思う。
おばあちゃんとあの列車に乗りながら思い出話をするのは、まだ先の話になりそうだ。
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travelfish0112 · 3 months
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ムスタング
「ねえ、あれ。あの、前よく聴いていたあの曲なんだっけ」
p.m.11:45、寝ようとした時に彼が急にそう言った。
「いつ聴いてたやつ?」
「大学の時、さっちゃんがバンドで演ってたやつ」
「そんなんいっぱいあるよ……」
4年間の大学生活、身になったものは片手で数えるほどしかないが、その代わり大量に好きなバンドの曲をコピーしていた。
「エルレとか?」
「えるれ…?」
お前、本当に私の彼氏か?
「もうそのレベルじゃ分からんよ」
「いやでもなんか特徴的なこと言ってたんだよな……。なんかジャガイモの芽がどうのとか」
「……ソラニン?」
「あーーーー、なんかそんな名前だったような」
そんな事を言うので試しに聴かせてみる。が、何か違うと言う。
まあ確かにそもそもジャガイモの芽の話をするのは、ソラニンの映画の中の話だけだ。
「そういや、ソラニンの映画って観たことあるの?」
「いや? でも、確か漫画で読んだんだよなぁ」
「……どこで?」
「……え?」
暫し沈黙。
「……漫喫?」
だうと。
「ダウト」
「いや厳しすぎ」
「いや分かりやすすぎ!」
ちょっと大袈裟にため息をついてみせる。大方、昔付き合ってた女の家とかだろう。
浅野いにおの漫画が家にある女が元カノなの、なんか嫌だな……、なんて思ったが、未だにインディーズバンドのライブに行きまくっている元ベーシ���トなんて世間から見れば同類、もしくはもっと悪質か、なんて考え直す。
ぷしゅー、っと加湿器が腑抜けた音を出す。
「許して」
彼が抱きついてきて、そう言う。
「……許そう」
わざと仰々しく私は言う。
暫し沈黙。
そしてスースーと静かな呼吸音。
「……かっちゃん?」
寝ている。
結局彼が思い出したかった音楽が分からないな、とふと思った。
そして今、ゆるい幸せがだらっと続いている、その自覚もふと湧いてくる。
何となく彼の頭をグッと抱きしめてみる。
「ぐふ」
彼の口から変な音が出た。
私がそれがおかしくて思わず小さく吹き出してしまって、それから気づけば涙が流れていた。
「ーー」
「ーーーきて、起きて」
え? あ。
「起きた! 良かった!」
目の前に見えたのは若い男性と、心配そうに私の手をグッと握る女性。
「……あれ、ここは? ……かっちゃんは?」
私がそう呟くと、彼らは顔を見合わせる。そして、男性が口を開く。
「父さんは、5年前にもう死んじゃっただろ」
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travelfish0112 · 4 months
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アマトリチャーナ
「先輩、今日あったかいですよ」
がちゃんと玄関の鍵を閉めながら彼女は言った。片手にはスーパーの袋。
「んー。そっかあ」
「先輩今日立ちました?」
彼女は少し呆れながら言っている。そして慣れた手つきで冷蔵庫に物をしまっていく。
「ちょっとは起き上がらないと、本当にただの不健康な人になりますよ」
「でも休みくらい一日寝てても良いでしょ」
「それ、先週末も言ってましたよ」
「そうだっけ?」
惚ける。そして、寝転がりながらスマホを手に取り、画面を付けた。昼の11時。
「もうこんな時間かあ」
「今日のお昼、どうします? なんか適当にインスタントのパスタでも良いですか?」
「それで良いよ」
そう返すと、彼女は、鍋を2つ戸棚から取り出して、水を入れてから火にかけ始めた。
���はやっと起き上がり、一つ伸びをした。ぐーっと伸びると、だんだんと思考が鮮明になっていく。
あれ? そういえば俺って彼女、居なくね?
「……お前、誰?」
口から出た言葉は大きくは無くて、でもはっきり音になってキッチンに向かっていった。
「……え? 誰って、そりゃあ」
彼女は彼女は火を見たまま。
「ねえ?」
含みを持たせた言い方をしながら、ゆっくりと彼女はこっちを向く。
「パスタ、あと5分だからちょっと待ってください」
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travelfish0112 · 4 months
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新宿駅 0:34分発
5年間、その時間が経過する間に世界がこんなにも変わってしまうなんて想像してなかった。
5年間って約44000時間くらいで、小さい時で考えたら5〜10歳への移り変わりは確かに重大。でも、2005年と2010年で変わった事って、あまり思いつかない。結局ずっとDSやってただけだし。
でも、2019年から2024年にかけて、あまりなかも世界が様変わりしてしまった。
2018年、大学生だった私は聖蹟桜ヶ丘駅の近くに住んでいた。
2023年、社会人になった私は5年ぶりに夜の京王線に乗っていた。
0:34発だった最終列車は、0:18発になっていた。でも、相変わらず混んでいた。
新宿で会社の忘年会を適当にやり過ごしていたが、結局上司に捕まり、二次会まで付き合わされた。0時近くでやっと解放された私は、甲州街道改札でストリートミュージシャンたちの喧騒をふと見て、昔連れられて行ったライブハウスを思い出した。
名前を調べてみると、1年前に閉店して、今は違うライブハウスになっていた。
ライブハウスって居抜きとかあるのかな、なんて下らない事を考えていたら、ふとあの時飲んだ薄いコーラと、底が異様に濃いジントニックを思い出した。フロアは暗くて、端のテーブルの方にミュージシャン気取りが固まっていて、そこから流れてくるタバコの煙でいつも臭かった。
でも、あそこで知らないバンドを見るのが好きだった。
そんな事を思い出していた私は、高円寺に住んでいるのに、何故か京王線のホームに向かい、最終の八王子行きに滑り込んだ。
クリーム色に赤色の帯を巻いた列車は、軽快に夜の街を駆けていく。そして、少しずつ止まる駅で客を降ろしていく。
明大前で上手い事席に座れた私は、アルバムをスクロールして昔の写真を見返す。そこには髪色が今よりも少し明るい私がいた。そして、その写真は、当時の恋人が撮ってくれたモノだった。
あいつ、今何してんだろ。
インスタを開き、何人かの友人のフォロー欄を探すと、彼がいた。
「無事、娘が産まれました!」
一番最初に固定された投稿には、スリーショットと共にそう書かれていた。
5年間で世界がこんなにも変わってしまうなんて。
あの時の思い出がするすると抜け落ちていく様な感覚に陥る。小さい欠片が、特急が止まる度にその駅に落ちていく。
いつの間にか車両のお客さんは疎になり、向かいの席も空席になっていた。
窓に写る自分と目が合う。スマホの中の自分よりも髪が少し伸びて、しっかりしたコートを着ている自分と。
あの時、愛想笑いが出来なくて就活の面接で苦戦していたが、今では職場のおっさん達を笑顔でいなす事ができる。
あの時、グリルで魚を焼く事すらも出来なかったけれど、今ではお昼にお弁当を持って行っている。
でも、あの時と私は変わっていない。変われていない。
トンネルを抜けて、高架線を列車は登っていく。
日焼けた漫画の背表紙の様に、今見ている景色もまた昔の記憶になるんだろう。
あの時の私の目標ってなんだったっけ。忘れちゃったな。
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travelfish0112 · 4 months
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仕方がない
湾岸道の真ん中の車線を110キロくらいのスピードで走り抜けていく。このスピードは、夜も更けた今の時間帯だと、速くも遅くもないくらいのスピード。
左車線をゆっくりと走るトラックを追い抜きながら、右車線でスポーツカーが追い越していく。
助手席では夕佳が小さく口を開けながら寝ている。彼女を起こさないように、一定の速度で同じ車線を走り続ける。
道路の照明によって車内が一定の間隔で明るくなったり、暗くなったり。4つのリズムを刻んでいる。
「自分で行きたいって言ったクセになあ」
夕佳が話を聞いてくれとうちに押しかけて来たのは約1時間前。恋人と上手くいってない事は何となく聞いていたので、きっとその事じゃないかと予想していたら、その通りだった。
どうやらほぼ関係が破綻しているらしい。が、夕佳が結局どうしたいのかよく分からない。
「海見たい」
何となく家で話聞くのはな……と思っていた時、夕佳が唐突にそう言った。
「海見える所、行きたい」
「夜だしまともに見えないよ」
「それでも良いよ、音が聞こえるだろうし」
そうして夕佳を乗せ、車を出した。
ジャンクションをぐるぐると回りながら通過した10分前くらいまでは起きていたけれど、気づいたら夢の中だ。
海底トンネルに入り、オレンジ色の照明に照らされる。夕佳の顔もオレンジ色に染まった。
トンネルを抜けてすぐの所にあるインターチェンジで降りて、近くの公園横に車を止めた。
チラッと夕佳を見るが、起きる気配はない。
1人で車を降り、念のため鍵を掛ける。そして近くの自販機で缶コーヒーを買って車に戻る。
車内でカシャっとプルタブを引っ張ると、安っぽいコーヒーの匂いが広がった。なんだかんだ、この甘ったるい匂いは嫌いじゃない。
「ん……」
夕佳がごそこそと体制をかけるが、起きる気配がない。
何故俺はこの子の事が好きなのか。
でもそれはきっと、考えても仕方がない事。
グッと缶コーヒーを飲む。いつもと同じ味がした。
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travelfish0112 · 5 months
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書きたいことが沢山あるのに、うまくまとまらない。
いつも30分〜1時間で仕上げるけど、筆が乗らないので寝ろって事かな。
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travelfish0112 · 5 months
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まだまだ
スマホのアラームの音で目が覚める。部屋は昨夜セットした暖房のタイマーのお陰で暖かい。目覚めが悪いので、冬はこうでもしないとなかなか起きられない。
ちゃっちゃと会社に向かう準備をする。男は準備に時間が掛からないお陰で、朝起きれなくても何とか社会人生活をこなせている気がする。
そして忘れないうちに彼女に『おはよう』とメッセージ。
全ての準備を終えて、ネクタイを締めた時、ふとテーブルを見たら、少しだけ違和感を感じた。
あ、ここに置いてたプレゼント、は昨日もう彼女に渡したんだった。
何だか少し呆けているな、なんて思いながら鞄を手に取り、家を出た。北風が頬を刺す。思わず手をコートのポケットに突っ込んでしまう。
あ、そういえば俺、昨日どう帰ったんだっけ。
てか、昨日彼女と会って、それから……何で俺はそのまま帰ってきたんだっけ。
あれ。俺の彼女って。
ばっとコートからスマホを取り出して、12/26の日付の画面をスワイプし、ホーム画面にあるアプリを開く。そしてチャットのタブに、
「いない」
チャット欄には公式アカウントと、先週下らない事を送り合った大学時代の友達、それになかなか抜けられずにいる元バイト先のグループ。
この中に、今朝『おはよう』と送った彼女は居なかった。
あれ、じゃあこれ、俺、誰に……。
スマホのアラームの音で目が覚める。部屋は昨夜セットした暖房のタイマーのお陰で暖かい。目覚めが悪いので、冬はこうでもしないとなかなか起きられない。
グッと一念発起するくらいの勢いで起き上がる。嫌な夢を見た気がする。
パッと時計を見ると、いつも以上にギリギリの時間になっていた。
いつも以上に素早く会社に向かう準備をする。流石に今日はやばい。
パッとテーブルを見た時、ふと違和感を覚えた。あれ、ここ、そういえばプレゼント置いてたっけ。
スマホを手に取って彼女に『おはよう、プレゼントどう?』と送る。そしてすぐにテーブルにスマホを置いて、洗面所に向かう。
ピコっと小さくアラームが鳴った音が聞こえた。
バタバタとネクタイを締めてからコートを羽織り、外に出る。風が頬を刺す。思わずコートのポケットに手を突っ込む。小さな雪が空から降ってきていた。
あれ、今日ってこんなに寒いんだ。……今日?
駅に向かいつつ、スマホをチラッと見る。12/26の日付の下に、彼女からのメッセージ。
12/26、あれそう言えば昨日ってどうやって帰ったんだっけ。
てか、昨日彼女と会って、それから……何で俺はそのまま帰ってきたんだっけ。
あれ。俺の彼女って。
ばっとコートからスマホを取り出す。12/26の文字の下、さっきまであった通知が無い。
すぐにスワイプして、ホーム画面に、
スマホのアラームの音で目が覚める。部屋は薄暗く、寒い。目覚めが悪い僕はまだ、布団から出られずにいる。
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travelfish0112 · 5 months
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ラブコール
今年は12月に入ってもそこまで寒い日が続くわけでもなく、今日も夜なのにマフラーがいらないくらいの気温だ。
年末の金曜日だからってちょっとはっちゃけ過ぎたなあ、なんて思いながら、終バスがとっくの昔に出た駅前のバス停で、ベンチに座って煙草に火を付けた。
ひと息。
煙草を持っていない左手で、揃っている前髪をかき上げる。少し前にシャワーを浴びた髪は、まだ煙草の匂いがついていない。
ハンドバッグからスマホを取り出して、何気なくインスタのストーリーを流し見る。年末だからか、みんな飲み会のストーリーばっかり。
『遥、本当純粋だよね』
この前、付き合いで参加した職場の忘年会で同期の子にそんな事を言われた。ただただ恋人の愚痴(下ネタ含む)を言う会話の流れに入るのが億劫で、ニコニコしていただけだったんだけど。
どうやら、私は純粋に見えるらしい。
まあ別にそれが嫌なわけじゃない。でも別に下ネタが嫌いなわけではなくて、ただただ無理に付き合っているみんなの事が理解できないだけだった。
私には本名もちゃんと知らないけど関係だけ持っている男の人が何人かいる。よっぽどの事がない限り、ホテルに直行直帰。ただ気が合ってお互いの損得勘定が一致するから会っている。身体の相性以上にお互いを定め合うモノサシは無い。
これって究極に純粋だと私は思っているのだけど、きっと彼女らに言わせると、ただの阿婆擦れになるのだろう。
ひと息。
「純粋って何なんだろなあ〜」
その時、スマホが通知で光る。相手は、最近会ってなかった男。
『これから会える?』
端的なメッセージ。
ひと息。
『迎えにきてくれるなら』
そう送ってから、自分が今泣いている事に私は気がついた。
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