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#雪と言えばスキーやボードより雪かき
nakagawanotumbler · 2 years
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年末年始は宅録をしていた。その時期、友人たちは実家に帰ったりしているため、ぼくは基本的に本当の本当に厳かな元旦を迎えるのが通例である。
宅録、ネトフリ、宅録、ネトフリ、ネトフリ、宅録。ネトフリ、ネトフリ、宅録、ネトフリ、宅録、ネトフリ、ネトフリ、ユーネク、ネトフリ。
宅録をしていた。
飽きてインスタを見るとスノボに行ってる人たちが嬉々として動画を上げていた。真っ白な雪山、おそらく笑顔、動画の上のメーターが目視出来るか出来ないかくらいまで小さくなっていた。
ぼくはスノボをやったことがない。小さい頃、アイススケートは毎年やっていた。ギザギザのスケートリンクに通っていた。滑って転ぶのは得意だった。スキーも合宿に行ったことがある。主に転ぶのが得意だった。ボーゲン。
スノーボードはやったことがない。
思えば毎年この時期の週末、夜の新宿駅前には黒く大きな、ボードを背負ったり傍に置いて立っている人が多くなっていた。それがスノボに使うボードだと気づいた時、その頃にはもう僕は大学を卒業していた。
小学校の同級生が20歳くらいの時に言っていた。「世界に存在するレジャーの中で、スノボが圧倒的な威力を持って一番楽しい」「おれは今月末のスノボのために生きている」「スノボがなかったら、おれはこの世にいる意味がない」。
彼は先週のスノボの話、今月末のスノボの話をよくしてくれた。その楽しさを、会う度に力説した。その目はどこか恥ずかしそうに、目線を合わせようと頑張るんだけど、耐えきれなくなって少しはずしたり、その様に説得力があった。どんだけ好きなんだ。もう、彼も父親になった。
ぼくがスノボに行かなかった理由はたった一つ。誘われなかったからだ。
そのスノボが大好きな友人も、ぼくを誘うことはしなかった。
確かに、音楽の話をする友達、しない友達、いる。そのような感じ多分。
ウインタースポーツの基本、滑って転ぶのは得意だったが、友人関係が得意ではなかったのかもしれない。スノボに行かなそうな顔をしていたのかもしれない。そんなことはなかった。いや、そんなことあったかもしれない。今では想像もつかない程にぼくは尖っていた。変な方向に尖り散らし呆けていた。
十代のうちに体験しない限り、その魅力の深淵に触れることが出来ない文化がある。パンクロック、ボカロ、エヴァンゲリオン、ガンダム、TikTok(おそらく)etc。その一つにスノボがある。
僕は多分、人生、この先スノボをすることはない。蔵王に深夜バスで行くことはない。お尻が痛くなったり、鼻だけ焼けたりしない。来世があるならやってみたいこと、ぼくにもし子供が出来たら、やらせてあげたいこと、スノボ。いや、スノボに行きそうな友達に誘われること。誘われ方はわからない。スノボに行きそうな顔の仕方も教えてやれない。
流行の全て、乗っかればよかった。みんながやっていることをやればよかった。みんなが好きなものを好きになりたかった。しかしそれらは難しかった。
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ライブします。今年初めて。現状開催予定です。
はじめて二人編成というものをやります。リハに入ったら、想像より良くて驚いた。僕はピアノ弾いたりアコギ弾いたり、ちょっと大人にやります。
今年こそ普通に音楽が街にあればと思うけど、やっぱり難しいのかもしれない。少しでも良き方向に願いながら。
ネトフリ、いや、宅録をしよう。
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muraoka-net · 7 years
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ここに着いたのは0:50過ぎで、寝たのは画の時間です。洗車は明日(ToT)精算と洗濯も明日だ..。#おやすみんさい (( _ _ ))..zzzZZ ・ #やっぱ酒田は遠い#往復920km#ネモい #雪かきボランティア #除雪ボランティア2017#除雪ボラ2017#越後雪かき道場2017in酒田市日向 #NPO法人の中越防災フロンティア主催 #行くぜ山形 #山形県#YAMAGATA#羽越 (?)#雪国 #冬と言えばレジャーより雪かき ww #雪と言えばスキーやボードより雪かき ww 今回は#山形県酒田市日向 旧#八幡町 #これが私の生きる道_社会貢献 (千代田石岡I.C)
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midoring777 · 5 years
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キャンディキャンディの歌好き?
表題は金城武の「パイナップル好き?」から持って来てます。今日は一人でスキーに行って、ヘラヘラして紅茶のんでます(ヘラヘラ)
バーに立ち寄るがごとく、紅茶屋さんに寄る。そこそこ健全で、いい習慣やと思たりします。身体もあったまるしね!今日は生姜紅茶が出てまいりました。飴湯のようです(ヘラヘラ)
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キャンディキャンディの歌って、覚えてます?私、なにか始めるときに不安だったら必ず歌うんですよね。🎶笑ってー笑ってーわたしはキャンディー泣き虫なんて、サヨナラっね!キャンディキャンディー🎶
いや、まぁ嘘ですけど。
そんなハズい習慣は持ってませんが、今日はそんな気分でした。あんなに怖い思いしたのは始めて。スキー靴を履いて、板に乗ってそこから動けない!滑る前に腰が引けてしゃーなかったです。ゲレンデにはアンソニーおらんしね。
スキーのきっかけは、苗場でスキーの上手い友達一味と滑りたいなぁと言う、ピュアなもんすよ。聞いてみるとゴスマニさんは割とスキーヤー多いの。
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そして、部下や同僚もボードかスキーやってんのよね…。実は地元では小中とスキー教室があり、同郷の人は全員ボーゲンくらいできるんすよね。まぁそこそこ雪国ですし。
私もそりゃ20代のころは、何回かスキー!行った…と、いや!行った…うん。行った、なんか特段怖いとか!嫌!とかなく、いこーって言われて、オッケー!!!くらいの軽いノリやった。ボーゲンでしゅーっと滑ってて、足も揃うかなあ。くらいだった!
ただもうその頃から10年以上経過しとる!と言うわけで、コソ練(関ジャニの錦戸くん曰く、こそっと練習)しとこうと言うアレです。
私はあれですわ。気の小さいええかっこしいやし、コソ練好きよね。それで、色々検討を重ねて、家から小一時間でいける近所のスキー場……。
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の前に、ウエア。ウエア買いに行きました、1/2に。スキー専門店ヘ!これがほんまに心折れた。とにかくサイズが無い!!!小太りは滑るなっちゅうことですよ!!!ていうかさ!?私ぐらいの体型のおばはん、なんぼでもおるやん?!
そう、おるけどその人らはスキーせーへんの。豚は滑らんのよ…。いやしかし。
待たれよ。待たれよ!新年から出荷に怯えてる場合ではない。ぜっっっったいあるはずや!と思って、片っ端から試着しました。条件は高い今年モデルのでは無く去年の。上下で2万以下。
スキーウェアはかさばるし、お店も忙しそうなんで、吟味してサイズが微妙やったら自分で1着ずつ元に戻すスタイル。10…いや20着近く着たかな…。3時間かけました。ありました!オーラスでは私の持ってるスキーウエアを狙ってるカップルがおって。「あのおばさんが持ってるサイズのほうがいいかも」って指差してきたねぇちゃん?おばさんって言うな…言うな…。とひっそり傷ついたりしじゃした。
あと、「息子さんのウエアですか?」て聞かれたりもしました。
いや、僕の。
いっつまいん。
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辺りを見回すと、そもそもスキーウェアって一人で買いに来てるは女性一人も居ませんでしたね。お店の人もどう声をかけていいか分からん様子だったので、なんかスマンコとです。
なかなか防水性も高いのを手に入れて、ホクホク。テンションも上がります。そして雪上に来て、腰が引け、速攻で板を外して、スキースクールの予約を泣きながらすると。いや、ほんまに実は帰ったろかと思ってたんやけど、このままだと一生スキーする気にならん!この恐怖心だけでもなんとかしとこうと思って、レッスン始まるまでレストランでぼーっとしてました。
ええ天気でね…。私、何してんの?みたいな葛藤がこのとき一番ありましたが、スクールビブスを着けたら覚悟が決まりました。「何事もやったら終わる!」精神です。
ぼーっと待ってたら、ビギナーコースで名前が呼ばれず。あれ?と思ってたら、プルークコースと言うボーゲンは一応できる人コースで名前を呼ばれました。
「先生、私、スキー10年ぶりなんでビギナーがいいです」
結構必死めに言うたら
「出来てたんでしょ?昔は」
とあっさり。板も履けてるし、いけるいけると言われてなんか滑る人コースに入りました。
…10秒後
そこそこダイナミックにコケました。見かねた隣チームのインストラクターが板を外して起こしてくれました。
「先生、私、ビギナーコースがいいのでは?」
「かまへん、かまへん。いけるいける」
根拠。根拠は?
ベテランおじちゃん先生の大らかさ!まぁでも仕方ないと腹を括って、基本動作を繰り返し、いよいよ滑るんやけど、先生きびちい。
「前!!!前見て!!進行方向!」
「力で曲がるな!!」
「腰落とせ!!!」
ひーひー言いながら、なんとかターンまで1時間で行きました。先生の言う通り、昔出来てたことは出来るのね…。最初はほんまに怖かったけど、スイーっと滑れるようになると楽しいもんだと思い出しました。怖いおじちゃん先生ありがとう。
リフトに並んでるときに「久しぶりでもちょと滑れて嬉しい」と言うと、先生は「僕は今83歳や。もう、緑内障と白内障で目もボーッとしてるけど、足の裏で雪は分かる。」とのこと。ていうか!83?!!!たぶん65くらいやなーと思ってた!
「スキーは歩ければだれでも、いくつでもできるスポーツや。さらに一人でも楽しい」と教えてくれました。
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そう言えば、スノボの先生は若い人もいたけどスキーはベテランばっかり。80過ぎても先生出来るなんて、素敵なスポーツ!!なんだかそれを聞いて嬉しくなってきました。
私は仕事だったら一番の働き盛り。でも外に出ると「おばさん」と呼ばれ、産んでもないのに息子へのプレゼントだとウエアを買ってると言われます。SIRUPのライブでは結構肩身が狭い思いをするし、いま着ているお洋服が年相応かあんまり分かって無い。
新しいことに挑戦するには、何事も付き添いが無いと不自然なお年頃です。
まぁそれでも、一人でもええしやってみることで分かることも発見もあるなぁと思いました。
まぁ、年もボッチも考えようやっちゅうことで。
今年も挑戦していく人であろうと思います。
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ebikatsu-nikki · 3 years
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あたらしいボード試してきた
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この写真、なんかめっちゃうまい人っぽい感じじゃないですか? ということで試してきました。試したのは遠く行くのも嫌だったので、近くで雪質の良さそうな川場スキー場です。調べたら、リフト動いてない時間に雪上車であがって滑れるサービス「ファーストトラック」をやっていることがわかったので、さくっと申し込んだのですが、6:30〜7:00に受付ということで、2:30に起きて行きました。ぜんぜんさくっとではない。後から気づいて調べたら、キャンセル不可だったので、強い意志で行くことにしました。
ファーストトラックという遊び、前シーズンにかぐらスキー場でもやりましたが、やはり良いです。コンディション良いゲレンデ滑れるのも良いし、先に上にいるんで3本くらい先行して滑れるのも良い。しかもこの川場スキー場のやつは朝食券(500円だったかな)、飲食などで使える1500円分のクーポンついているのでやらない理由がないような…2万円で貸し切りできるのも良さそう。
ニューボードは想像超えて良くてびっくりしました。これは全然違う乗り物だなと言う感想。僕はジャンプしたりしないのもあるんでしょうが、しっくりきてとても良かったです。
というわけで川場スキー場良かったです。3時半に練馬で関越のれば、5時半〜6時くらいに着きます。特に問題あるところはなかったけど、高速降りてから道がまじで真っ暗なので、高速から近いとはいえ少し疲れます。その意味では神立のほうがいいかもですね。ただ、駐車場は屋根ありなので準備も楽だし、帰りも楽。さくっと10本くらい滑って11時半には帰宅開始という感じでした。全体的にコンパクトで迷う心配もないし、初心者にも安心な感じのスキー場だと思います。2:30起きはつらいので、何らか考えたいところだけど、次行くならまたファーストトラックにすると思います。
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mountains-knot · 4 years
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2020.09.16-17
サーフスケート部始動
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サーフスケートと言ってもハイカーさんには、「何のこと?」でしょう。
山遊びには、雪山を登山してスキーやボードで滑って降りてくる遊びがあります。
古くからの言い方で言うと「山スキー」、
今の言い方で言えば「バックカントリー」です。
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厳冬期の雪山には極上のパウダースノーが積もり、
そこには何年滑っても飽きないどころか、さらに中毒になっていくほどの楽しさと快感があります。
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スノーボードに乗り、パウダースノーの山を滑ることを「スノーサーフ」と表現する方がある時現れました。
確かにサーフィンに似てるんですよね。
雪の上なんですが水の上に浮いてるあの感覚。浮力。
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なので、スケートボードもいわゆるスケボーではなく、サーフスケート、
もしくはロングスケートボードなのです。
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飛んだり回したりではなく、
自分の体幹や遠心力、地球の重力、
そんなことを感じながらクルージングを楽しみます。
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今日は自分のここが調子がいい、悪い、今シーズンの雪山での極上のパウダースノーのことなどを考え、一つ一つ丁寧にターンを重ねていく。
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そんな積み重ねが雪山での忘れられない一日を作る。
そんなことを考えながらスケートに乗る日々です。
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今日は参加者の都合なども考慮しながらインターパーク近辺にてスケートセッションしました!
楽しすぎてやばいです!
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是非みんなで雪山のために今から準備しませんか?
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上野
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oharash · 5 years
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白砂の花びら
海沿いの俺のまちは、夏も冬も日本海からの潮風に守られている。この日はどういうわけか 普段よりずっと日差しが強く、昨日よりおとといより気温がだいぶ上昇していた。冬にはあおぐろく染まる北陸の空でも夏はそれなりに抜けるような青さを見せる。一種の雰囲気を感じて振りあおいだら、立ち枯れたみたいに生えている電信柱のいただきに、黒くうずくまる猛禽の視線と俺の視線がかちあった。
 海沿いの道は温泉へ向かう車が時折走り抜けるだけで、歩いているのは俺たちだけだった。俺の半歩後ろをついて歩くユウくんはスマートフォンを構えながらあれこれ撮影している。ポロン、ポロンとこの世界に異質なシャッター音が溢れて落ちる。
 バグジャンプのふもとまでたどり着くと、彼は先ほどの猛禽をあおいだ俺みたいに首をまわして仰いだ。
「映像で見るより大きい。ていうか高い。スキーのジャンプ台みたいだね」
 俺の貸したキャップとサングラスが絶妙に似合わない。卵型のユウくんの輪郭にウェリントン型のフレームは似合っているのだけど、ユウくんがかけるとアスリートというより、田舎の海にお忍びでやってきたはいいけれどただならぬ雰囲気を隠そうともしないセレブリティに見える。
 バグジャンプは体育館を改築した旧スケボーパークに隣接している。パークに置きっ放しのブーツと板からユウくんに合うサイズを選んでフィッティングして俺もブーツを履き、板を持って2人でバグジャンプへの階段を登った。
 登り切ると眼下に日本海が広がる。日本も世界もあちこち行ったけれど、俺は今も昔もこの景色を愛している。光をたたえた海は水平線へ行くほど白くて曖昧で、潮風が俺たちの頬を撫でた。ユウくんが歓声をあげてまたシャッターを切る。
 ユウくんの足をボードに固定しでグリップを締めた。いざとなったら抜けるくらいゆるく。アスリートのユウくんは自分の身体感覚に敏感だからかスタンスのチェックは一瞬だった。「まず俺が滑るから見てて。俺はスタンスが逆だけどそこは気にしないで」「トリックやってくれる?」「やんない。ユウくんのお手本だから滑って跳ぶだけ」フェイクの芝の上に板を滑らせる。重心を落として体重を全て板にのせ、軽く弾ませてスタートした。視界がスピードをもって背後に駆け抜けてゆく。軽く踏み切ってそのまま弧を描いてエアクッションに着地した。板を足から外して体を起こし、バグジャンプに取りすがってユウくんに電話をかける。「こんな感じ。ターンとかしないで普通に滑り下りればオッケー。スピードでて怖くなったら力抜いて。体重偏らせる方が危ないから。踏切のときにもどこにも力入れないで。そのまま落っこちる感じでいけば今みたいになるから」「YouTubeで見たのと同じ絵だ! すっごい。俺今北野アヅサの練習見てるよすごくね?」「俺の話きいてる?」「聞いてる聞いてる。体をフラットにして変に力入れないで、姿勢の維持だけしておけばオッケーってこと?」「そう」「りょーかあい」
 ユウくんがバグジャンプのてっぺんで右手を掲げる。スマホを動画撮影に切り替えて俺も手を挙げた。板をしならせて、ユウくんがスイッチした。レギュラースタンス。腰を軽く落とした姿勢はいい具合にリラックスしている。ユウくんの運動神経に間違いはないけれど、万が一ケガがあったらという不安が喉につかえた。俺の心配を茶化すようにその姿はあろうことか一回転してエアクッションに沈んだ。
 「ありえない。回転しくじってケガしたらどうすんの」
「狙ったんじゃないよ。ちょっとひねってみただけ。エアってすごく気持ちいいんだね。横の回転なら慣れてるけど縦の回転はないから、めっちゃ新鮮。空が見えるし楽しいし着地気にしなくていいなんて最高。両足固定されてるのはちょっと怖いけど」
 回転数のあがったユウくんは頰を火照らせて躁気味に笑っていて、まばたきが減って口数が多くなってるのが余計に危うい。教えてくれというので絶対に無茶はしないことを約束させて、基本の滑りにもう少し解説を加え、簡単なトリックをひとつレクチャーした。もともと体ができていることもあるしユウくんの身体と脳は笹の葉のように研ぎ澄まされていて、俺の言葉の通りに体を操っていく。終いにはタブレットでお互いの滑りを録画し、「ここ、ユウくんは左に落としたいんだろうけど下半身がついてってない」だとか「アヅはこのときどこを起点に体を引いてるの?」だとか結構真面目にやってしまった。休憩のたびにユウくんは海へ体を向けて「船」だの「カップル」だの「カモメ…ウミネコ? 」だの、言葉を覚えたての子どもが看板を読みたがるように単語を頭の中から取り出して眺めていた。「ジャンプやばい。やればやるほど考えたくなってやばいやつ。ね、夕ご飯の前に海行こ」とユウくんから言い出した。
   行く、と言ってもバグジャンプを降りて道路を横切り防波堤を越えればもう砂浜だ。ボードを片付けて、軽くなった足でアスファルトを踏む。防波堤の上に登るとユウくんはまた海の写真を撮り出したので、その足元にビーサンを並べてやる。俺も自分のスニーカーを脱いでビニールに入れ、バックパックにしまう。
 やや遠くから犬を散歩するじいさんがこちらへ歩いてくるくらいで、ここは遊泳区域でもないので先客はいなかった。ユウくんは「砂浜やばい、何年振り」だの「ここ走ったら体幹鍛えられそう」だの「日本海は綺麗だって聞いてたけど本当だね。うちの県の海水浴場は海藻ばっかりだよ」だの俺の相槌も必要とせず軽やかに波打ち際へと歩いて行った。
 波に脚を浸したユウくんの半歩後ろにたつ。そのまっすぐ伸びたかかとのうしろで、黒や茶色の細かい砂利が水のふるいにかけられて一瞬まとまり、また瓦解していく。そこには時折海藻だとか丸まったガラスの破片だとか、たよりなくひらひらと翻る桜貝だとかが浮かんでは消え、俺はなんとなくユウくんの白いかかとその様を眺めていた。
     ユウくんは「俺札幌雪まつりやる」と言い出し、それはどうやら砂で何かを造ることだったようで、黙々と建造を始めた。俺はごろんと横になって脚をのばし、自然と目に入ってきたユウくんの、キリンの子どもみたいに野生的な首筋についた砂つぶを眺めていると、風にあおられたその粒がハラハラと飛び散って俺の目に入った。ユウくんの向こうでは空が乳白色になるポイントと遠浅の海の水平線が交わりハレーションを起こしている。
 キャップをかぶせているとはいえユウくんを長時間砂浜で太陽光にさらすのはよくないだろう。日焼け止めはバックパックの中に入っているけれど…そう思いながら目をしばたいているうちに意識が遠のいていく。次に目に入ったのは呪いの像みたいな謎のオブジェだった。「…それって」「どう? 自由の女神」「ゲームにとかに出てきそう。調べると誰かの遺書とかみつかるやつ」「アヅひっど。辛辣。砂と海水だけで作るの難しいね。ねえ、どこかの国にね、砂の像の本格的な大会があるんだって。砂と海水だけで最低でも高さ1m以上のものを作るの。砂浜一面にたくさん城だとかオブジェだとかが作られるんだけど、どれも満ち潮になると流されちゃうから、その日だけ。ヨーロッパっぽくないよね。その侘び寂び精神って日本っぽくない?」「侘び寂び精神?」「ほら日本人って桜が好きでしょ。すぐ散っちゃうハカナサ的なもの込みで。何かそういうこと」
 ユウくんはスタイルの悪い自由の女神の頭部を指先で整える。俺たちの一身先まで波がきてまた引いていった。ここも満潮時には水がやってきて、その呪いの女神像も今夜には海に還る。
 大学生になって夏休みの長さに驚いた。中高をほとんど行けてなかった俺にとって、夏休みは授業の進行を気にしなくていい気楽な期間だった。それにしたって大学の夏休みは長い。俺は授業があろうがなかろうが練習漬けの毎日だが、この2ヶ月という期間を世の大学生は一体何に使うのだろう。
 大学一年生の冬、2度目のオリンピックに出てからメディアからのオファーが目に見えて増えた。俺自身も思うところがあって露出を増やすことにした。15歳のときもメダルひとつで世界が変わったけど、あのときはそれでも中学生だったからか(すぐ高校生になったけど)競技の注目度の低さからか今考えれば優しいものだった。夏季オリンピックへの挑戦を表明してからは練習練習練習スポンサー仕事練習練習といった毎日だ。調整のために海外にいる日も少なくない。
    だからこの2日間だけが、きっと本当の夏休みになる。
    俺も俺で慌ただしかったが、そのパブリックな動き全てがニューストピックスになるユウくんのそれは俺の比ではなかった。シーズンが終わっても出身地にモニュメントが造られたりタイアップの観光案内が造られたり、国内のショーに彼が出演すると報じられた瞬間チケットの競争率がはね上がったり。そんな彼がスカイプで「夏休みをやりたい」と言い出したときは、いつもの気まぐれだろうと俺は生返事をした。しかしそれはなかなか本気だったようで「海行ったり花火したりする‘ぼくの夏休み’的なのやりたい。田んぼに囲まれた田舎のおばあちゃんちで過ごすみたいなワンダーランド感をアヅとやりたい」と彼は食い下がった。
「俺と? ユウくんのじいちゃんばあちゃん家ってどこにあるの?」
「うちの実家の近所。長閑な田舎感ゼロ」
 成人男子の頭をふたつ持ち寄ってしばし考えたものの、俺たちは家族旅行の記憶もまともにない。物心ついた頃から休日は練習だし、旅行=遠征だ。「国内がいいな。海…沖縄?」「このハイシーズンにユウくんが沖縄行ったりしたらめっちゃ目立たない?」「うううん、目立つのは仕方ないけどアヅとゆっくり過ごせないのはやだな…じゃあ何かマイナーなところ」そんな場所が即座に出てくるような経験はお互いにない。だからしばらくお互いスマホをつついてるうちに俺が「海と田んぼあって田舎で特に観光地でもない、ウチの地元みたいな場所っしょ。何もないところって探すの逆に大変なんだね」と口を滑らせたのは特に他意のないことだった。
「アヅの地元‼︎ 行きたい、スケートパークとかあのバグジャンプとか見たい。日本海って俺、ちゃんと見たことない。アヅの家見てみたい」と食い気味に言われて面食らったものの悪い気はしなかった。知らない土地に行くより気安いし何よりうちの地元には人がいない。両親は友人を連れていくことにはふたつ返事だったが、それがユウくんであることには絶句し、地味に続いている友人関係だと告げるとやや呆れていた。でもそんなの普通だろう。だって高校生を過ぎて、友人のことを逐一両親に話す必要なんてない。ユウくんがただの同級生だったらそんなこと言わない��しょ、と胸に芽生えたささやか��反発はそれでも、訓練された諦めによってすぐに摘み取られた。
 砂の上に起き上がり砂をさらっていくつか貝を拾い、謎の像を写真に収めているユウくんに声をかける。「そろそろ晩メシだから帰ろ」夏の太陽はそれでも夕暮れにはほど遠く、西に傾いた太陽の、ささやかに黄色い光がものがなしい。振り返ったユウくんの顔はなぜか泣きそうに見えた。その頰は午後5時の光線の中でもはっきりわかるくらい白くて、まるで俺が拾った桜貝の内側のようだった。彼の唇がちいさく動いたけれど、波の音に消されて何も聞こえない。かりにユウくんの目から涙がこぼれていたとして、そしてそれが流れる音がしても、波の音にかき消されてしまうだろう。「疲れたっしょ。車持ってくるから待ってて」。踵を返そうとしたらTシャツの裾を掴まれた。俺はユウくんの白い手を包んでゆっくりほぐした。「大丈夫、すぐ戻ってくるから」
 スケートパークの駐車場からラングラーを出し、国道へゆっくりと出る。ユウくんが防波堤の上で所在なさげに棒立ちになっているのが見えた。  
   まず落ちたのは母親だった。ユウくんがメディアで見せるような完璧な笑顔と言葉づかいで挨拶しスポンサードされている化粧品メーカーの新作を渡す頃には、母の瞳は目尻は別人のように下がっていた。そこには緊張も俺たち兄弟に向けるようなぶっきらぼうさも消え失せ、俺たちにとってはいっそ居心地の悪いほどの幸福が溢れていた。さすが王子様。さすが経済効果ウン億の男。さすがおばさまキラー。夕食が始まる頃には遠巻きに見ていた弟も積極的に絡み出し、ヤベエとパネエを連発していた。野心家なところがある父が酔って政治的な話題を持ち出さないかだけが心配だったが、父はあくまで俺の友人として接することに決めたようだ。ユウくんの完璧な笑顔、お手本のような言葉に少しだけ負けん気を混ぜる受け答え、しっかり躾けられた人の優雅な食事作法。兄は居心地が悪そうに俺の隣でメシを食っていた。俺と兄だけは今、心を連帯している。スノボをとったら芯からマイルドヤンキーな俺たちと、歯の浮くような爽やかさを恥ともしないユウくんではあまりに文化が違う。いつも感じている座りの悪さがむくむくと膨らむ中、母が産直で買ってきたであろうノドグロの刺身と名残のウニだけが美味かった。
 風呂上がりには念入りにストレッチをした。俺の部屋では狭いので居間でふたりで体をほぐす。ユウくんの体はゴムでできているように関節の可動域が広く、股割りを始めたときは思わず感嘆の声をあげた。俺もケガ防止に体は柔らかくしている方だが到底叶わない。いくつかペアストレッチをしてお互いの筋肉を触る。「アヅすんごい鍛えてるね。腹筋は前から板チョコだったけど大胸筋と下腿三頭筋ヤバい。何してるの?」「体幹メインだからそんなに意識してないけど…直で効いてるのはクリフハンガー。後で動画見よ」「もっと筋肉つける予定?」「んん、もう少し空中姿勢作りたいから、体幹は欲しいかな」「アヅがこれ以上かっこよくなったら俺どうしたらいいの…POPYEの表紙とかヤバイじゃん。ユニクロであれだけ格好いいとか何なの。あっ俺、明日は新しいスケートパーク行きたい」「マジ? ユウくんにスケボーとかさせれらないんだけど。怖くて」「うんやんなくてもいい。アヅが練習してるの見たい」ユウくんの幹のような太ももを抑えながら、俺は手のひらで彼の肩をぐっと押した。
   両親はユウくんをエアコンのある客間に通すように俺に言ったけれど「コンセプトは夏休みに友達んち、だから」と言って俺は自室に布団を運んだ。六畳の俺の部屋は俺が大学の寮へ移ってからもそのままにされている。どれだけモノを寄せてもふたり分の布団を敷けばもうスペースはない。ユウくんは俺の本棚の背表紙を指でなぞりながら「教科書とスノボ雑誌以外なんもねえ」と楽しそうにしている。さっき風呂から出たばかりなのにもう肘の内側や膝の裏が汗ばんでいて、ないよりはマシだろうと扇風機をまわした。「もう寝る?」「んん、寝ないけど電気消す」窓を開けて網戸を閉め、コードを引っ張って電気を消した。カエルの鳴き声が窓の外、群青色の彼方から夜をたなびかせてくる。それは記憶にあるよりずっと近く、耳の奥で遠く響いた。
 ユウくんは行儀よく布団に収まって俺の側に寝返りをうった。「自由の女神像、流されたかな」「多分ね。見に行く?」「あっそういうのもいいね。夜にこっそり家抜け出して海行くとか最高。でもいいや、そういう夢だけでいい」指の長い手のひらが、探るように俺の布団に潜り込んでくる。俺の指をつまむようにして指を絡めた。
「…何もしないのって思ってるでしょう」「うん」「今日は何もしないよ。ここはアヅの家だから。セックスして翌朝親御さんの前で息子やってるアヅも見てみたいけど、我慢する」ユウくんはいつもそうやって自分をあえて露悪的に見せる。思ったことだけ言えばいいのに、と心がざらついた。
「どうだった、うちの地元」
「うん、最高。アヅと歩いて、バグジャンプ見ただけじゃなくて跳べて、海で遊べたんだよ。こんな夏休み初めてだよ。バグジャンプからの眺め最高だった。一生忘れない」
「大げさ…」
 ユウくんの目はほとんど水分でできてるみたいに、夜の微かな光を集めてきらめいていた。その目がゆっくりと閉じられるのをずっと見ていた。指先にぬるい体温を感じながら。
   率直にいって覚えていないのだ。その夜、本当に何もなかったのか。
  眠りの浅い俺が微かな身じろぎを感じて起きると、ユウくんが窓辺にもたれていた。布団の上に起き上がって片膝をたてて窓枠に頰を押しつけるようにして、網戸の外へ視線を向けている。俺の貸した襟のゆるくなったTシャツから長い首と鎖骨が覗いていて、それが浮かび上がるように白い。
 扇風機のタイマーは切れていて夜風が俺の頰を心地よく撫でた。俺の部屋は二階。窓の外では田んぼが闇に沈んでいる。目が慣れてくるとそのはるか先に広がる山裾がぽっかりと口を開けるように黒く広がっていた。ユウくんの膝と壁の微かな隙間から細かな花弁を広げてガーベラみたいな花が咲いている。彼の足元から音も立てずシダが伸びていく。教育番組で見る高速再生みたいに、生き物として鎌首をもたげて。ユウくんは微動だにしない。名前のわからない背の高い花がもうひとつ、ユウくんの肩のあたりで花弁を広げた。
 海の底に沈んだみたいに静かで、どの植物も闇の奥で色もわからないのに、そこには生々しい熱が満ち満ちている。
  布団の上を這って脱力しているユウくんの左手の人差し指と中指、薬指を握った。ねっとりした感触に少し安堵する。
「アヅごめんね。起こしちゃったね」
 ユウくんは首だけを俺に向けて囁いた。
 背の低い葦がユウくんの膝を覆う。ずっと気づいていた。右足首の治りが芳しくないこと、それに引きづられるようにユウくんが心身のバランスを大きく欠いていること。
「ねえ、春からずっと考えてるんだ。今まで俺強かったの、俺が完璧に滑れば誰も叶わなかった。でもそうじゃない潮の流れがきちゃった。アヅ、日本選手権の前にテレビで‘誰でも何歳でもチャレンジはできる’って言ってたでしょう。あれ聞いて俺すごいどうしようもない気持ちになったんだよね。腹立てたり嫉妬したりした。お前まだ二十歳じゃん、俺も二十歳だったら、って。アヅとスカイプするたびに思い出しちゃって、一時期ちょっとダメだった。でもアヅに連絡しちゃうし、そういうのって考えるだけ無駄だし、もちろんアヅも悪くないし。なんか今までは細かいことに迷うことはあっても大きなベクトルを見失うことってなかったん��よね。世界選手権2連覇するとかそういうの。でも今わかんない。引退もしたくないけどどんどん前に行くガソリンみたいなのがない。スケート以外も何もやる気おきない。ゲームも立ち上げるの面倒くさいし音楽も聞きたくない。でもこういうことって最後は自分で何とかすることだから誰に言っても仕方ないし、自分の中で消化するしかないんだけど。アヅはどんどん先行っちゃうし。それがすごいカッコイイし。好きだけど嫌い。でも俺にとって世界で一番カッコイイのアヅだな。アヅみたいに必要なこと以外は喋らないでいたいな。アヅの隣にいるのすごい誇らしい。これ俺のカレシーって皆に言いたいくらい。それが言えないのもすごい嫌だし。何かもう何もかも」
  感情の揺れるままにユウくんは喋り、彼の語彙の海に引きずり込まれる。その偏りというか極端さというか、きっとこれが海水なら濃度が濃すぎて生き物は死んでしまうし、雪山だというのなら環境が過酷すぎて大した植物は育たない、そういったものに窒息しそうになった。俺たちの語彙や世界は圧倒的に貧しくて何も生きていけない。そこには美しさだってカケラもない。「よくわかんない。死にたくないけど、いなくなりたい」
 幾重にも重なるカエルの声。降り注ぐような虫の声。こんなにもたくさんの生き物が泣き喚いているのに、そしてこのやかましくて力強い音楽が月明かりに照らされ満ち溢れている世界で、それでも虚しさしか感じられないユウくんが哀れだった。誰も見向きもしないやせ細った貧弱な空虚を大切に抱えているユウくんが。
  ユウくんの背後に虚無が立ち彼の肩をさすっていた。けれどそはユウくんとほぼイコールの存在で、彼にとっては他人に損なわせてはいけない自らの一部だった。それは誰にも意味付けられたり否定されたり肯定されるべきではない。
 勝ち続ける、他者より秀でる、新しい技術を得る。けれど俺たちの誰も等しく人間であるので、それには自分の体を損なう危険が常に伴う。けれど誰にもう十分頑張った、と言われても表彰台の一番上が欲しいのだ。
 そして自分の体が重くなってゆくこと、誰かが自分より圧倒的に秀でるであろう予感を一番先に感じるのも、自分自身だ。
 ユウくんは空いている右手でなく、俺とつないでいる左手をそのまま持ち上げて頰をこすった。子どもじみた仕草で。
 ユウくんは孤独な惑星の住人で俺はその惑星のディテールの何一つもわからない。ただ俺もただひとりで惑星に佇んでいるという一点だけで、俺と彼は繋がっていた。
「アヅ、キスしたいな」
 繋いだ手はそのままに、俺は体を起こして膝でユウくんを包む葦とシダに分け入った。草いきれの中でユウくんのうなじを掴んでキスをする。最初は触るだけ、次はユウくんの薄い舌が俺の唇を舐めた。そのままゆっくりと歯を探られればやがて頭の芯が痺れてゆく。ユウくんの唾液はぬるくて少し甘い。音をたてないように静かにキスをしながら、指に力を込めた。これだけが本当だと伝わりはしないだろうか。
 こんなキスをしたらもう後戻りできない。俺の足に蔦が絡みつく。空虚が鳴る。胸を刺されるような哀れで悲しい音だった。
 次に目を冷ますと空が白んでいた。寝返りを打つうちにユウくんの後ろ髪に顔を突っ込んでいたらしく、それは麦わら帽子みたいな懐かしくて悲しい香りがした。スマホを引き寄せて時計を見ると4時半。ユウくんの肩は規則正しく上下している。そこは正しく俺の部屋で、布団とテレビと本棚、積まれた衣装ケースがあるいつもの光景だった。ユウくんの足元に追いやられていたタオルケットを引き上げて肩までかけてやった。
 首を傾けて窓の外を見る。抜けるような晴天にほんの少し雲がたなびいていた。手付かずの夏休み、2日目。俺はユウくんの腹に手をまわして目を閉じた。
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mothermonika15 · 7 years
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四季とはほとんど関係のない映像と音響とを手当たり次第繋げた、ベン・リバースの『つれづれ』は、16ミリフィルム・スタンダード・サイズに相応しい被写体を連続させながら、四季を縁取るかのようだ。 冬の日蝕にはじまるのは、「ゼウスがひとたび太陽を暗くされた日にはもはや不可能なことなどない。野獣が海豚と餌食を交換したとても驚くに値しない」と語った前7世紀の詩人・アルキロコスの語る「あべこべの世界」を思わせる。栗鼠の人形に栗鼠が本物だと思って触れあうまでの可笑しな場面はどうだろう。場面が秋になると無人の室内をワンショットで尽すCG風のキャメラワークに目眩を覚えてくらくらする。気がつくと、四季とは一見無縁な視覚的体験が酌み尽くされて、時の推移をめぐる諷刺の定石ができあがるまでの20分間こそ“thing”(原題で、もの、知らない国の人、災害、自然の現象、という意味)なのだと気がつく。
リュック・フェラーリの代表作『プレスク・リ��ン』もまた四つの章からなる作品で、それぞれ日常生活で聞かれる音がごく自然に配置され、海辺の一日を数十分にまとめていた。音だけの経験であるはずのこの作品は、聞く人と共通する経験の記憶を喚起するという点では、レコーディングという映画との共通項をもつ。フェラーリの時代はほぼテープだが、それぞれの録画(音)に対する経験的な意味附与では、今現在、ベン・リバースがフィルム媒体で行っていることと「同じ」ではないか。 記録された媒体が作品化されるということは、演出という作為以上に収録状況や機材、または映写や再生状態の種類や質といった媒体に、その内容が大きく寄りかかるからだが…。
風よ お前は四頭四脚の獣 お前は狂暴だけに 人間達はお前の 中間のひとときを愛する それを四季という
とはフェラーリではなく、彫刻家・砂澤ビッキが「四つの風」について触れた文章だが、ビッキのこの野外彫刻も既に三本が倒れ土に還りつつある。
ベン・リバースの映画もまた、生きているものが衰退し、崩壊してゆき、それを更に再構成してゆく過程を文字通りフィルミングする。光の明滅は映像に保たれ、フィルムは緩やかな時を経てやがて酸化し、朽ちてゆくだろう…それは四季をくぐり抜ける“thing”のようにも思われ、フィルムの明滅と消滅、再生のドラマには、輪廻と非時(ときじく)の生命の意識とが息づいている。 いつの日かベン・リバースも、フェラーリやビッキのように自然との目眩く性交の瞬間をフィードバックするだろうという予感があるのは、彼のフィルムはそこまで連れ出されているからだ。
散文的な映画とは、フレームを基準に事物の相互関係を整理することだとしたら、フレーミングの恣意性や事物の多数性を気にならなくさせ、描写された世界の全体を直接的に経験させることはパゾリーニに倣って「散文的な映画のフレーム」と言えるだろうか。
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『エル・マール・ラ・マール』は16ミリフィルム撮影の力を伴って、まるで「物体X」と化したメキシコ国境地帯を透視する。 『つれづれ』にはルイス・ブニュエルが、『エル・マール・ラ・マール』には「ジャニー・ギター」が唐突に流れ、フィルムに陥没点をもたらしている��は、映画の恩寵でもあるだろうか。
可愛いあの娘と別れ ふるさとはるかに離れ 今日も旅を続ける おれの背にこのギター 古びたギターよ 真赤な夕日にさそわれ つまびく思い出のメロディー
命を賭してまで不法入国をして北米に行こうとするとは、その対立が決して対等のものではない証だ。 価値において北がつねに勝利をおさめるならば、南では洋服も買えないほど前近代的貧困の記号がソノラ砂漠のあちこちに点在する。 日本の本州ほどの広さのある砂漠には不法入国の中途で棄てられた衣服の数々が映し出され、砂塵によって見失われた足跡痕や暗闇の恐怖がフィルムの黒味に音声としてのみ重ねられるとき、ドキュメンタリーやフィクション以前のシネマトグラフとは、何かが起きる条件を作り、そこにキャメラを向け、いやむしろ、キャメラがなければ決して起こりえない現象を、シネマトグラフは「無意識」から盗みとることがよくわかる。しかもメディアが生まれた最良の状態としてのフィルム媒体で記録された「恩寵の瞬間」が…この二作品には横溢しているのだ。 更にモンタージュは、整理することで埋もれたアングルを浮き上がらせる…とりわけ、ベン・リバースの『つれづれ』は、彼一人の心身で抱えることのできない日々の生と時間のただなかで、四季を非全体的に見極めずに見ているところが見事だし、トランプ政権が国境に壁を作ると宣言し、世の中をかき乱し続ける以上、その事実を完全に切り離すことは、たとえ実験映画という枠であっても不可能なのだと『エル・マール・ラ・マール』は90分を3つの章に割って呟いているようだ。 メキシコの砂漠地帯が、まだ完全には組織化されていないように、シネマトグラフにおける四季もまた、制度としてのモンタージュが、映画の外部のイデオロギー(四季)と歩調を合わせてスキップを踏むことはない。再びパゾリーニの定義に戻ると、「ポエジーとしての映画」があるとしたら、ベン・リバースや難民の眼を通じて見られた、おそるべきこれらの光景のなかから陽炎のように浮かび上がる神秘的な一瞬なのかもしれない。 越境性を封じ込めるのが政治だとすると、ある種の映画(制作)とはそこから逸れて行くものなのだと、九日間に渡り繰り広げられた「イメージ・フォーラム・フェスティバル2017」(京都会場)で数人の「おかしな観客」と共に改めて確認できた次第だが、私が求めたその一瞬に、誰が気がついたのだろうか。
フェスティバルの合間に、札幌芸術の森へ撮影で出掛けた私は、更にその撮影の合間、芸術の森美術館で開催中の展覧会「旅は目的地につくまでがおもしろい。」を覗いた。間延びした地方色の作品が点在するなか、ダイハツの軽自動車が館内に置いてあり、フロントガラス越しに壁に投射された映像が見える仕掛けは、ニール・ハートマンというスノボー映像を専門とする作家による作品だった。車内に入り寛いで30分程度映像を眺めていると、車内も気になりはじめて、それぞれ大きめサイズの荷物を積載したラゲージにはザ・ノース・フェイスのグローブや、天井にはウムラウトのボードが吊るされていた。ロケのときには撮影機材やバックカントリーのギアが満載されるのだろうか、寝袋と共に一人旅をしながら、これらの映像を撮り続けてきた人なのだと思った。フレームというよりスノボーやスケボーの滑走と液状化したかのような映像は、山岳ドキュメンタリー『MERU』同様、登山やスキーへの愛とそれら用品に完璧な等号を引いてしまうシニスムと同時に、人間と大地との通常の関係が滑っている。大地が少しずつ撮り手(ハートマン自身)の言語を食い破って蠢いてくる気配すら映し出す(『MERU』の場合は雪崩も映るが)。
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人間が機材の運動を模倣し、物の運動と化して滑り降り/よじ登ること…まるで自殺に向かって純粋完璧な物化が許されているかのごときこれらの映像は、軽量なデジタルカメラでなければ撮れない尺と速度と角度だが、とりわけハートマンはそこで人間が絶対確実に死ぬとは限らない点もよく知っている。
メキシコのソノラ砂漠、マッチの炎すら見ることのあたわぬ完璧な暗黒の向こうに、二つの力で引かれた国境という線をフィルム映像に想像し、一方、白い雪で覆われた場所には、あらゆる線を覆い尽くしてしまう自然の威力をまえに歩行とは違う抜け道を知った人間の運動が生まれ、映し出される(しかも彼のデジタルカメラは国境を軽々と飛び越えて滑り出す)。
言い表しようのないものを現わす言葉ではない言語活動を想定するならば、『つれづれ』も『エル・マール・ラ・マール』も、或いはニール・ハートマンの映像も、シネマトグラフ(或いは「ポエジーとしての映画」)と呼んで差し支えないだろう。 それらはフィルムであろうがデジタルあろうが前方に投影される。作者とうりふたつの異邦人の心の内にある感情を、外部の対象の内にあるもののように感じとる傾向とは、まさに人々がロード・ムービーに求めてきた夢であり、巨大なスクリーンに投影された像の内に観客が同一化する感傷の仕掛けは、古今東西変わらない。
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製作に176億円かかったと言われる巨大な傑作『美女と野獣』と、個人制作されたそれらの映像との差異は、消費される速度のあまりの違いだろうか。ディズニーの金の詩人たちが作った『美女と野獣』と、戦後フランスで『天井桟敷の人々』をつくったプロデューサーと特異な詩人とが威信をかけた『美女と野獣』に同じ愛が通っていても、その違いを常にやわらげ、同化させるのも資本の力なのである。 自分は傑作であると表明しているようなディズニー版『美女と野獣』があり、一方、『エル・マール・ラ・マール』は、難民たちと同じ眼差しを想像しながら、自分は取るに足りないもの、使い捨てにすぎないものだと表明している。あまりに完璧すぎて抜かすわけにいかないディズニーの傑作が世界中でヒットしてすり減る一方、ベン・リバースの16ミリフィルムは映写機にかかる度に形を成していく。技巧の粋を集めた前者に対して、とりわけ『つれづれ』は、愉快にわが道を進んで行き、どろどろと流れていく季節が、ポンと切り取られては“thing”に戻る。
愛、すなわちポエジーにおいては、雪は一月の雌狼ではなく、春の山鳩なのだ。
神々は隠喩のなかにいる、不意の隔たりに取りおさえられたポエジーには、監視のない彼方が付け加わる。
ルネ・シャール「ポエジーについて」
追記:両国で小さな上映会を準備しているときに届いたジョナサン・デミ監督の訃報。デミ監督は人々に民主主義の意味を問い直す数少ないアメリカの映画人だ。私はデミの遺作から、昨年大きな歓びをもらったばかり。きっと向こうで甥のテッド・デミと映画の授業を始めていることだろう!
以下にデヴィッド・バーンが記した追悼の言葉を抜粋しておきたい。
彼はドキュメンタリーや音楽映画もたくさん作っていて、ドキュメンタリーは純粋な愛からの産物だった。それは無名のヒーローを讃えるものだったんだよ。ハイチの農学者や、いとこで活動家の牧師、ハリケーン・カトリーナ後にニュー・オリンズで前代未聞のことを成し遂げた一般の女性といったね。劇映画も音楽映画もドキュメンタリーも、多くの情熱と愛に溢れていた。彼は時折、特定のジャンルの映画も非常に個人的な表現へと変えてみせた。彼の世界への視座というのはオープンで、あたたかく、活気とエネルギーに満ちていたんだ。彼はガンが寛解したのを受けて、今年はテレビ番組を撮影していたんだよ。
ジョナサン、僕らはあなたを惜しむことになるでしょう。
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muraoka-net · 7 years
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POSTが途中ですが、汗を流して、昼寝して、メシ食って、ガソリン満タンにして、#茨城帰ります (ノД`) ・穏やかすぎる気候で、驚きっぱなしですたε-(´∀`; ) ・ #雪かきボランティア #除雪ボランティア2017#除雪ボラ2017#越後雪かき道場2017in酒田市日向 #さらば山形 #山形県#YAMAGATA#羽越 (?)#雪国 #冬と言えばレジャーより雪かき ww #雪と言えばスキーやボードより雪かき ww 今回は#山形県酒田市日向 旧#八幡町 #これが私の生きる道_社会貢献 #帰宅は何時じゃ ⁉️(^_^;) #明日から昼勤4日間 嫌だー(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`) (酒田IC)
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muraoka-net · 7 years
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POST遅くなったけど、14:10着↖️ ↗️#中級コース の命綱講習 ↙️覚えた#ロープワーク練習 で野外でやります♬この人が、#越後雪かき道場の上村先生 (本業は#長岡科学技術大学の教授 ) ↘️#命綱を着けた状態で雪かきイメトレ ・ #雪かきボランティア #除雪ボランティア2017#除雪ボラ2017#越後雪かき道場2017in酒田市日向 #NPO法人の中越防災フロンティア主催 #行くぜ山形 #山形県#YAMAGATA#羽越 (❓) #雪国 #ボランティア初心者にオススメ #ボランティア入門にはうってつけ ❗️ #子育て世代も参加できます。 #家族でできるボランティア #情操教育にオススメ #冬と言えばレジャーより雪かき ww #雪と言えばスキーやボードより雪かき ww 今回は#山形県酒田市日向 旧#八幡町 #これが私の生きる道_社会貢献 (日向コミュニティセンター)
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muraoka-net · 7 years
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ちょっと見ずらいが↖️#屋根雪下ろす前 と↙️下ろした後 を同じアングルで...。 ↗️下ろした後を違う角度で❗️手前側の足場がボコボコしてるのが、屋根です❗️ ↘️右手前の家の屋根雪をやってきました‼️ピンチインで、拡大すりゃ、デコボコ足跡多いでしょ❓ でも、この家は、空き家です(ノД`) ・ #雪かき応援 #除雪ボランティア2017#除雪ボラ2017#越後雪かき道場2017 #中級コース #NPO法人の中越防災フロンティア主催 #新潟県#NIIGATA#越後#雪国 #ボランティア初心者にオススメ #ボランティア入門にはうってつけ ❗️ #子育て世代も参加できます。 #家族でできるボランティア #情操教育にオススメ #冬と言えばレジャーより雪かき ww #雪と言えばスキーやボードより雪かき ww 今回は#新潟県長岡市 旧#山古志村 #これが私の生きる道_社会貢献 (Yamakoshi Mura, Niigata 山古志村, 新潟県)
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muraoka-net · 7 years
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↖️#中級コース 座学では#安全な雪下ろし をするべく#安全帯#ロープ# ....(名称忘れた(^◇^;))を実際に装着 ↗️現場に行って、#屋根に上がるよぉ 〜♬ ↙️雲の切れ目から#雪国じゃ珍しい晴れ間 (*´∇`*) ↘️#越後雪かき道場が開発した脚立 をかけて#準備完了 ・ #雪かき応援 #除雪ボランティア2017#除雪ボラ2017#越後雪かき道場2017 #NPO法人の中越防災フロンティア主催 #新潟県#NIIGATA#越後#雪国 #ボランティア初心者にオススメ #ボランティア入門にはうってつけ ❗️ #子育て世代も参加できます。 #家族でできるボランティア #情操教育にオススメ #冬と言えばレジャーより雪かき ww #雪と言えばスキーやボードより雪かき ww 今回は#新潟県長岡市 旧#山古志村 #これが私の生きる道_社会貢献 (Yamakoshi Mura, Niigata 山古志村, 新潟県)
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muraoka-net · 7 years
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受付ギリな13:00前、到着♬ε-(´∀`; ) 山深いなぁ〜❗️ #無事到着 決して関越道を軽自動車のリミッターで走ったりしてませんヨ(苦笑) #雪かき応援 #除雪ボランティア2017#除雪ボラ2017 #越後雪かき道場2017 ・ 目の前が#やまこし復興交流館おらたる #NPO法人の中越防災フロンティア主催 #行くぜ新潟 #新潟県#NIIGATA#越後#雪国 #ボランティア初心者にオススメ #ボランティア入門にはうってつけ ❗️ #子育て世代も参加できます。 #家族でできるボランティア #情操教育にオススメ #冬と言えばレジャーより雪かき ww #雪と言えばスキーやボードより雪かき ww 今回は#新潟県長岡市 旧#山古志村 #これが私の生きる道_社会貢献
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muraoka-net · 7 years
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4日分の荷造りetc、いつもの準備に時間食ったが、 #行ってきます ( ̄^ ̄)ゞ Liveご覧の皆さんへ...。 STARTは、10:00〜11:00頃で#関越道 #下牧pa or #谷川岳pa を予定してます。 ①制限時間の1時間で雪景色をお送りします。 ②なかのひとは運転ちうの為、コメを読む&返信できません(T_T)通常POSTだと確実ですので悪しからずm(_ _)m ③ドライブミュージックチャンネ�� at ウィンター♬お楽しみくださいw。#冬の女王の曲ばかりだと越後デス (^◇^;)ww ・ #雪かき応援 #除雪ボランティア2017#除雪ボラ2017 #越後雪かき道場2017 #NPO法人の中越防災フロンティア主催 #行くぜ新潟 #新潟県#NIIGATA#越後#雪国 #ボランティア初心者にオススメ #ボランティア入門にはうってつけ ❗️ #冬と言えばレジャーより雪かき ww #雪と言えばスキーやボードより雪かき ww 今回は#新潟県長岡市 旧#山古志村 #これが私の生きる道_社会貢献 (千代田石岡I.C)
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