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#在宅訪問カット
kaede0505 · 2 years
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kaedehairオープン🍁 もみじ、本日で1歳です🙌 まだまだ落ち着かず、人が大好きで興奮しますが、少しずつお店にも慣れてもらおうと思います☺️ みなさん会いにいらして下さいね〜😊 #kaedehair0505#合志市美容室#合志市須屋美容室#ママ美容師#在宅訪問カット#キッズカット#看板犬のいるお店 kaedehair.com https://www.instagram.com/p/CiL0JcrPqnK/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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ichinichi-okure · 8 months
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2023.8.19sat_tokyo
私にとっての「休み」というのは二種類ある気がする。一つは「疲労困憊!もう無理全然動けない!」というマイナスの状態から、ひたすら寝るなりゴロゴロするなりして回復し、とりあえずゼロくらいになる休み。もう一つは、やらなければならないことから解放されて好きなことを自由にやって遊び尽くしてパワーを貯めるタイプの休み。
ここ何ヶ月かはとにかく出張が多く、全国飛び回る→東京にいる間に取材や打ち合わせや原稿作成、Podcastの音源編集をまとめて対応→また出張へ行って、日中は現場対応、移動時間とホテル滞在時間で作業を進める→東京にいる間に……というループ。
マイナスから回復する休みはなんとか取れているので、忙しさのわりに体調は崩さない。そして仕事自体はめちゃくちゃ楽しい。だけど「好きなこと思う存分するぞ!」というパワーアップ休みがなかなか取れていない。
なんでこんなことを考えたかというと、今日がまさに「自由だー!」という久々の休日だから。羽を伸ばしに、知人を頼ってノープランで長野県の飯山というところへ初めて行く。ほぼ毎日着ている和装も脱ぎ捨て、適当なワンピースを着て、リュック一つで出かける。こんなに心も体も身軽な移動は久々だ。
楽しみすぎて、多少は寝坊もすればいいものを、なんでか6時に目が覚めてしまった。早起きついでに、同居人がキャンプに行くというので知人たちとの待ち合わせにくっついていく。早く着いたので日比谷公園の木陰で待つ。
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私は体当たりしてくる蝉が大の苦手。小さめのスズメが、大きめの蝉に見えてビビるくらい苦手。日比谷公園でも、当然ながら蝉が鳴いている。
彼が「真上あたりにいるんじゃない?」と私の真後ろの木を指して意地悪を言ってくるので「いや、この鳴き声は2本隣の木の上の方」と的確に答えた。苦手すぎて、敵の行動を把握して回避するために、蝉の声と位置を把握する変な能力が身についてることに気づく。まぁ、あいつらは私がどんなに逃げてもこっちに向かってくるんだけど。
私は長野の北の方、彼らは長野の南の方へ向かう。改めてGoogleマップを見ると、長野って本当に広い。お互いに「いってらっしゃい」と言い合ってお見送り。
一人で東京駅に着くと、世の中はまだお盆休みの延長線なのだろうか。大混雑で、どこのカフェにも入れない。美味しい出張続きで最近すごく体重が増えたので、ちょっとカロリー制限をしているんだけど、カロリーを控えようとすると東京駅構内に座る場所が全然ないと知る。ラーメン屋さんとかなら入れそうなんだけど、我慢。
北陸新幹線で山並みを眺めていたら、あっという間に飯山に着いた。改札を出たところで知人と合流したら、そのまま木材屋さんの事務所へ連れて行かれる。入るとそこには素敵な82歳のお母さん。昼食を用意してくれていた。
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ゴーヤやきゅうりの佃煮に、庭で採れた甘いトマト、メインは丸茄子とシソとボタン胡椒のお焼き。
ん?ボタン胡椒ってなんだ?と聞いたら、フレッシュなものを持ってきてくれた。胡椒という名がついているけれど見た目はピーマン。辛さは唐辛子。野菜ってこんなに可愛くて愛おしかったっけ、と眺めながら思った。ほんのり赤く染まっているのなんか本当に見惚れてしまう。
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自己紹介がてら、普段は着物で過ごしていると伝えると、着物のお仕事をしている方をご紹介いただけることに。お母さんがその場でお電話してくださり、気がつけばアトリエへ。(展開が早い。)
とにかくパワフルで、素敵な有松絞りや小千谷縮を見せていただいた。いいなぁ。と思っていたら、その裏庭でさっきのお母さんが追加でトマトを収穫。パクパク食べる手が止まらなくなる。
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なんてみんな人懐っこくて気さくで優しい人ばかりなんだろう。と思っていたら、次は養蜂家さんのお宅へ案内していただけることに。(また展開が早いよ。)ノープランだったはずなのに盛りだくさんにも程がある。つまり、すっごく楽しくてアドレナリンが出まくってる。
はちみつの味わい方を教わっていたけれど、かたくて甘い桃もぜひ食べて欲しいということでぱくり。まるまる一つかぶりつくように言われて食べ終えたら、今度は違う種類のカットされた桃もいただいた。桃でお腹いっぱいになるのは初めてかもしれない。
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果物やはちみつを作っていると、熊との知恵比べになるんだとか。「〜〜だきり(〜〜だけど)」という方言を初めて聞いて、可愛いと思った。このあたりは「〜〜だっちゃ」という語尾もよく聞くのだとか。頭の中にはアラレちゃんが浮かんだ。
さらに移動して、今度は野沢温泉に。共同浴場が13個もあるそうで、そのうちひとつに入ってみた。熱い。熱いけど気持ち良い、疲れがスッとお湯に溶け出していくようだ。料金が決まっていないので、料金箱じゃなくて「賽銭」っていうのがまたグッとくる。
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夕飯を食べて、クラフトビールを飲み比べしたりして、ドライブに連れ出してもらう。そういえばいつのまにか車には4人。少しずつ人数が増えて、気づけば完璧なガイドをしてもらっている。
飯山に通い始めて7年目というガイド役に従っていたら「最後はナイトクルーズです」とのこと。なんのことだろう?と思って後部座席から車窓を眺めていると、斑尾高原にずんずん入っていく。霧がどんどん深くなって、ちょっと怖さを感じるくらい。
ところが、さらに山道を進むと突然霧が晴れた。「運がいいですよ!」と言われ、導かれた先を見下ろすと、夜の雲海が待ち構えていた。
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さらに暗闇に目が慣れてくると、文字通り数え切れないほど満天の星。天の川まで見える!ときゃっきゃしていたら、流れ星まで流れた。
宿に泊まるのかと思いきや(それすら決めずに来てしまっていた)知人の空き家にみんなで泊めていただけるらしい。なんだか合宿みたいでわくわくする。
いわゆる観光というより、飯山の暮らしの中にどんどん入り込んでいくような旅。訪問先がほとんど全部個人宅だったから詳細は書かなかった。だけど、パワフルで、自分のペースで人生の楽しさを堪能している人たちに会うだけで、体の芯から元気がわいてくる。なんだか温泉みたい。
みんながずっとおいしい果物や野菜をくれるので常にお腹いっぱいで(あれ?カロリー制限ってなんだっけ?)、明らかにまだまだ飯山の魅力を食べきれていない。よく考えたら「飯山」って地名もおいしそうに見えてきた。季節を変えてまた何度も通いたい。きっと今日の旅は、記念すべきマイファースト飯山ということで記憶に残るんだろう。
狙い通り、いや、想像していた以上に、パワーアップ休みを実現できた気がする。
-プロフィール- 山本梨央 35歳 東京 編集者・Podcastのディレクター・発酵デパートメントのディレクター https://instagram.com/dejane_rio https://note.com/dejane
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thereareonlydeer · 10 months
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スイングバイ
これは驚くべき真実なのだけれど、レオパレスには大人の体重を支えられるだけの柱や梁が存在しない。その証拠にボクの部屋にはAmazonで買った無駄に伸縮性のあるロープと負荷に耐えられず折れたドアノブが散らかっている。
久しぶりにキーボードを叩いている。心が機首上げの時期を迎えたようだ。機首を上げるにはある程度の速度が必要で、速度を上げる手っ取り早い方法は落ちることだ。波状飛行は本質的にスイングバイと似ている。
現代は――この言葉が何時を指すのかは分からない――軟着陸を目指す時代らしい。マクロ的に言えば、これは少子高齢化や社会格差、戦争、災害といった如何ともし難い事情によって規定されている。成長の見込めない世界で出来るのは、落下の角度をなだらかにし被害を小さくすることだけだ。当然の進路だ。もはやそれ以外の選択肢はないように思える。 しかし果たしてボクたちは無事に着陸することができるのだろうか。ボクたちが存在してるところのこの地球には9.807 m/s²の重力がある。ボクらを地面に縫い留めんとする力が常に働いている。24時間365日だ。 パイロットは多額の保険金を掛けている。ミクロの視点で見れば軟着陸のインセンティブは小さいようにも思われる。ハドソン川は一つしかない。
さとうささらの動画を見漁っている。とても可愛いと思う。ささらちゃんの時代が来てほしい。だのに今はずんだもんが強すぎるのだ。配膳ロボットにまで進出するのはびっくりなのだ。ずんだもんがいちばん可愛いのだ。
「怪物」を観た。クソみたいなテンポだな、これだから邦画は。と思いながら最初の30分を過ごした。1時間かもしれない。映画館で時計を見る人をボクは軽蔑する。正直なところこの手の映画は懲り懲りだった。学校ないしは家庭という名の密室。そこで起きるウミガメのスープ仕立てのミステリー。悪意と愛。邦画特有のなんか暗い画面。実は他者を傷つけていた何気ない一言。暴力。不協和音。残虐な子供あるいは年不相応に思いやりのある子供。もうたくさんだ! 異質なものを押し付けるのはやめてくれ!
ちなみにこういう話をするとき、ボクの脳みそは「女王の教室」と「告白」に支配されている。前者についてはカッターナイフを素手で掴むシーンとガキ使のアレしか覚えてないし、後者はそもそも小説を読んだだけである。浅識が極まって自家中毒を起こすなんてよくあることだ。
結果的には面白かったと思う。端的に言えば悲恋&心中ものだった。悲恋と心中は古来より擦られつづけてきた王道のテーマだし、王道は間違いがないから王道なのだ。 そしてこの映画は、ロマンティックで大仰なテーマを現代日本に落としきったのだ。これはとてもすごい。しかも主人公たる小学生を取り巻く環境を適切なピースとして上手く扱っている。虐待や家庭内の不和、ズレた若者、教員問題、いじめ、セクシュアリティ。物語の構成力は本当に素晴らしいと思う。 逆に個々の人間の機微については精彩を欠いていたように感じる。ボクがニブチンなのもある。
それから、この映画は諏訪が舞台なのだけれど、諏訪湖を望むカットがとても良かった。広い湖と後景の山々、その間で窮屈そうにしている住宅街。美しさと息のしづらさが同居していた。「『ドニ―・ダーコ』は田舎の閉塞感を味わう映画だよ」と言っていた人のことを思い出した。 主人公2人が遊具に登るシーン――ここでも後ろに諏訪湖が映っている――や、秘密基地で緑の中仲を深めていくシーンはいふべきにもあらず。
音楽に関して、ラストシーンの曲が感動的なのは満場一致だろうけれど、トロンボーンの音も非常に良かった。ホルンとの不協和音が滑らかに嵐の中へ続いていくのがあまりに心をかき乱した。それまでのシーンではトロンボーンの音はヘタクソながらも足を止めさせるような、事態の悪化を食い止めるような音色だっただけに歪なメロディへの移行がとても怖かった。
さて、映画の最後で主人公2人は心中をする。2人が死んだ明確な描写がないのは分かっている――なおそれを暗示する演出は幾つかあった――し、死んだとして「心中」が適切な表現でないのも理解している。しかし彼らは如何ともし難い事情を前にして、軟着陸することを拒んだ。ナマケモノになることを拒んで怪物になった。これを心中と呼ばずにはいられない。やけに感動的な音楽とばかみたいにさわやかな青春の1ページの画は、決断と実行をした者にだけ許されるものだ。
ボクたちは彼らのやり方を参考にするべきだろう。
エンジンを切れ。重力に身を委ねろ。ビッグクランチはすぐそこにある。
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hpan · 1 year
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【美容業界×SDGs】年齢を重ねてもイキイキとした暮らしを!高齢化に伴う訪問理美容の拡大と可能性
こんにちは。
株式会社ANヘアサロンの広報スタッフです。
コンビニの数よりも多いとされる日本の理美容室。
厚生労働省の2023年1月発表によると、 2021年時点での理美容室の店舗数は全国で37万軒にも上ります。
床屋などの理容室は減少する一方、美容室は過去最高の店舗数を更新していることからも、コロナ禍においても美容ニーズが増加していることが分かります。
一方で、2022年9月現在、 日本の総人口に占める65歳以上の高齢者割合は29.1%と、前年比で0.3ポイント増加し過去最高を更新したようです。
参照:https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei_houkoku/21/
何歳になっても、「キレイになりたい」という想いはなくならないもの。
高齢化に比例して、美容室に足を運ぶことが難しい方も増えてくることでしょう。
そんな世の中の変化と普遍的なニーズに合わせて「訪問理美容」のニーズがさらに高まりつつあるのをご存じでしょうか。
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そもそも訪問理美容サービスとは何でしょう?
これは、高齢などで外出が困難な方に対して、自宅や介護・福祉施設に理美容師が訪問し、ヘアカットなどの理美容メニューを実施するサービスのことです。
確かに、世の中に理美容室の数がどれだけ増加しても、そこに通うだけの体力と手段がないとサービスを受けられない人たちが溢れてしまいます。
そんな中、2022年のホットペッパービューティーアカデミーによる調査結果では、要支援・要介護者と同居されているご家族からの「訪問理美容」認知度が、2021年の78.0%から、なんと82.3%へ上昇し、 それに比例してサービス利用率も31.3%から34.0%に上昇しています。
利用者の満足度も84.6%から86.1%に上昇しており、 満足理由として「料金が適正である」「安心して任せられる」「丁寧に扱ってくれる」など、技術以外の費用や接客に関する項目が多く挙げられています。
美容観点だけではなく、生活するうえで必要な散髪と考えると、料金が抑えられることは利用者にとってとても魅力的ですよね。 また高齢者の方々は健康上の理由から、長時間の施術は疲れやすかったりするので、丁寧な対応かつ1人当たり15〜20分程度で済ませるというスピーディーな施術も満足度アップのポイントかもしれません。
そして利用メニューは、定番のヘアカットやシャンプー、ひげそりだけでなく、 ハンドマッサージやフェイシャルエステ、ネイルといったものまで挙げられており、生活に彩りをプラスする取り組みが広がっていることも分かります。
実際、利用者のご家族の中にも「利用者ご本人に何らかのいい効果を与えている」と感じる方が84.7%おり、「笑顔になる」との回答はなんと50.3%にも上ります。 次いで「活力があふれた様子になる」「会話が活発になる」「鏡を何度も見返す」などがランクインしており、年を重ねて外出が困難になったとしてもイキイキとしている様子が見えるのは、ご家族としても嬉しいことなのでしょう。
利用当たりのカット料金も平均価格が2021年の1,844円から2,147円にアップし、中には5,000円以上のサービス料金を利用する方がいることからも、価格以上に付加価値を求める方が増えていることが分かります。
また、個人宅で介護を受ける方を担当するケアマネージャーの意見によると、コロナが落ち着いた後に高齢者ご本人に訪問理美容を利用してほしいと考える方は全体の80.9%を占めるそうです。
高齢化が進むにつれて在宅介護数も増えていくことを考えると、個人宅にいかにアプローチしていくかという点が、今後の利用増加のカギとなりそうですね。
参照:https://hba.beauty.hotpepper.jp/wp/wp-content/uploads/2023/01/20230112_PR.pdf
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このような取り組みは、身近な方を笑顔にするだけでなく、SDGsゴール3「すべての人に健康と福祉を」の達成にも近づきうる内容です。
最低限の健康・福祉だけでなく、年齢を重ねても、よりイキイキとした日常を送れるような取り組みや環境づくりが、これからの時代には必要になってくると考えています。
日本中の全ての人が、イキイキと活力にあふれる世の中になるような取り組み推進を、株式会社ANでもやっていきます。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
また次回もお楽しみに。
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nakajimaster123 · 4 years
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 このご時世に在宅介護をしていて、 ヘアカットを出来ずお困りの方は、 ご連絡ください。 訪問カットいたします✂️  石岡市では、 要介護認定3以上の利用者さんには、 自宅で訪問カットした場合、 各月ヘアカットにかかった費用の9割 (上限2,000円)を助成してくれます。  助成金の申請は事後に 領収書と申請書(役所にある)を 提出するだけです。  但し、訪問カットしたサロンが、 保健所に「出張業務開始届出」を 届出したサロンである事とあります。  また、厚生労働省からは、 「理容美容の出張業務に関しては、 実際の店舗で従事している者が 行う事が望ましい」 と関係機関に通達が出ております。  そして、ビックリでしょうが、 この訪問カットは、 在宅介護をしいて、なかなかサロンに 行けないご家族も対象になっています。  わからない事や疑問点は、 お気軽にお電話ください。  #訪問カット #在宅介護 #barber #バーバー #ヘアサロン #理容 #美容 #床屋 #茨城県石岡市 #ダブルライセンス #ナカジマ (ヘアーアルチザン ナカジマ) https://www.instagram.com/p/B_JewgEgarL/?igshid=awelk04opy13
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tkatsumi06j · 5 years
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2019-04-15
奇怪なこと
奇怪なことが私の身辺に起こったので、ご報告します。
大変に長くなりますが、事の次第で仕方が無い。
お読み頂ければ大変に幸せです。
話しは2014年に遡ります。
その年の4月末に発売された「ビッグコミック スピリッツ」誌の第22・23合併号に「美味しんぼ 福島の真実編」第22話が掲載されると、突然、新聞、テレビ、週刊誌、インターネットで私に対する非難が巻き起こり、しかも、国会議員、大臣、最後には総理大臣まで乗り出してきました。
安倍晋三首相が「美味しんぼ」を風評被害を巻き起こすと非難するのがテレビで流されました。
その回の「美味しんぼ」で、主人公の山岡が福島の取材から帰ってきた直後に食事中に鼻血を出す場面が描かれています。
この、鼻血がいけないと言うのです。
これでは、福島は放射線量が高くて危険なところであるように思われる。
それは、福島に対する風評被害を生み出す、のだそうです。 「風評」とは「デマ」「うわさ」のことです。
しかし、この鼻血が出た問題は根拠のないことではありません。
私自身が、福島の取材から帰って来た次の日の夕食時に突然たらたらと鼻血が出始めたのです。
私はそれ以前に鼻血を出したことは中学生の時に友人たちとふざけていて、自分で自分の膝に鼻をぶつけたときに一回あるだけでした。
それが、食事中に何もしないのにいきなりだらだらと出始めたので、驚き慌てました。
慌てて、近くのソファに横になりましたが、鼻血は頭を高く上げていないといけないそうで、横になるのは間違いなんですね。
さらに、その頃から、非常な疲労感を覚えるようになりました。
最初は取材旅行が重なったからその疲労なんだろうと思っていましたが、日を重ねてもその疲労感は消えないどころか、ますますひどくなります。
誰かが、私の背骨を摑んで地面に引きずり込もうとしているような感じです。
鼻血は一回だけでなく、翌日また出ました。
私は自分の体験をそのまま「美味しんぼ」に書いたのです。
誰に聞いた物でもなく、噂を書いた物でもありません。
実際に私が経験したことを書いたのです。
私は取材の最後に、2013年4月に、埼玉県に避難していた福島第一原発事故の際の双葉町の町長井戸川克隆さんを訪ねました。
たまたまその際に、偶然、岐阜環境医学研究所の所長の松井英介先生が同席されていました。
松井先生が、「福島に取材に何度か行かれたそうですが、体調に変わりはありませんか」と私に尋ねられます。
で、私が「理由が分からないのに突然鼻血が出まして」といったら、松井先生は「やはり」と仰言います。
同時に、福島取材で色々と力を貸して下さった、斎藤博之さんが、驚いて、「えっ!雁屋さんもなの!僕もそうなんだよ。あれ以来何度か出るようになった。病院に行っても理由が分からないと言うんだ」
すると、取材にずっと同行してくれていた安井敏雄カメラマンが、「僕もそうなんですよ」と言います。
なんと、福島取材に行った我々取材班4人の中の3人が鼻血を出していたんです。
ついでに私が耐え難い疲労感について言うと、斎藤博之さんも、安井敏雄さんも「ああ、私もそうですよ」「いや、ひどく疲れてたまらないんです」といいます。
驚いたことに、それを聞いて井戸川前町長が、「私も鼻血が出ます。今度の町長選の立候補を取りやめたのは、疲労感が耐え難いまでになったからです」と仰言るではありませんか。
さらに、「私が知るだけでも同じ症状の人が大勢いますよ。ただ、言わないだ���です」と仰言る。
すると松井英介先生が、「大坂で放射能に汚染されたがれきの焼却処理が行われた際、大阪の市民団体がインターネットで体調変化を訴える声を募ったところ、声を寄せた946人中、842人が、鼻血、目、喉や皮膚など空気に触れる部分の症状を訴えている」と仰言った。
放射線だけの影響とは断定できないと松井先生は仰言ったが、それは大変なことではないでしょうか。
松井先生の説明では、
「鼻の粘膜や、毛細血管細胞の70〜80パーセントは水で出来ている。水の分子H2Oは放射能で切断されて水酸基(-OH)のような、毒性の強いラジカルと呼ばれるものになる。しかも、ラジカル同士がくっつくとH2O2(過酸化水素)になる。過酸化水素はオキシフルとして消毒薬に用いられるくらい毒性が強い。放射能は直接粘膜や毛細血管の細胞・DNAを傷つけるが、同時に水の分子が切断されて細胞の中に出来るラジカルによる作用が大きい」
ということです。
福島で人びとが受けている放射能被害は、福島第一原発から放出された放射性微粒子によるものです。
放射性微粒子は呼吸によって肺から血管に入り体中に回ります。食べ物や水と一緒に取り込まれ、消化器から血管内にはいり込み、やはり体内に回ります。
そのようにして体内に入った放射性微粒子は何処かの臓器に付着すると、その臓器の付着した部分に害を与える。
微粒子一個はマイクロの単位で極めて小さいけれど、付着した臓器の微粒子の周辺の細胞は破壊される。しかも、その微粒子の数が極めて多い。結果的に臓器の被害は大きくなる。
空間線量が1ミリ・シーベルトとすると、その空間に浮遊している微粒子の数はそれこそ無数。
一呼吸だけで何千・何万の放射性微粒子が体内に入る。
一個当たりの微粒子の害は小さくても、それが、何千・何万となると鼻血を出させたり、疲労感を感じさせる原因を作るのでしょう。
(斎藤博之さんは、私達の福島取材の前に、取材に適した場所を選ぶために何度も福島に通い、結果として私達の数倍被爆したことになります。
その後、斎藤さんの体調は回復せず、歯茎からも血が出るようになり、2017年に脳梗塞で亡くなりました。死因が放射能によるものかどうかは明かではありませんが、私が「鉄の胃袋魔神」とあだ名をつけたほど、活発で食欲旺盛だった斎藤さんが、福島の取材を終えた後、鼻血、激しい疲労感、歯茎からの出血などで、衰弱したことは確かです。東北地方の民俗学的知識の豊富なことと言ったら歩く民俗学事典のような人で、おまけにマルクスの資本論は端から端まで頭の中に入っているという凄さでした。例えば、私が、マルクスが、ルイ15世の愛妾・マダム・ポンパドールの「我が亡き後に洪水は来たれ」という言葉を引用したのは何処だっけ、と尋ねたら、ちょっと待ってねと言って、3,4分後に、あれは第1部『資本の生産過程』第3篇『絶対的剰余価値の生産』第8章『労働日』に書かれているよ、と返事がありました。感性豊かで、明敏な頭脳。本当に惜しい人を亡くしました。私にとって真の友人であり、同志でした。斎藤さん本当に有り難うございました。ご冥福をお祈りします。
斎藤博之さんについてはこのブログにも書きました。
http://kariyatetsu.com/blog/1902.php
ご一読下されば幸せです。)
以上に述べたように、私が鼻血を出したことは、また私以外の多くの人間が福島第一原発の事故以後福島で鼻血を出していること、疲労感に苦しんでいることは、事実私が体験したことなのです。
風評でもデモまでもない。
私は、嘘を自分の作品に書くような破廉恥な人間ではありません。
私は自分の書くものは全て第三者にも検証可能な事実しか書きません。
自分で調査した資料は保存してあります。
であるのに、安倍晋三首相を始め、テレビ、雑誌、インターネットでは私の言うことを風評だと決めつけ、私を風評被害を福島に与えると言って非難します。
実に理不尽極まりないことで、私の心は煮えくりかえりました。
ところが、「スピリッツ」誌の編集部は私よりもっと大変な目に遭っていました。
担当の編集者から「朝から抗議の電話が鳴り止まずに、編集部全体が困っています」と聞かされたときには私は驚きました。
読者には私の連絡先が分からないから、安倍晋三首相の言葉を真に受けた人たちが、「スピリッツ」誌に文句を言うために電話をかけてくるのだろうと思いました。
そこで、私は、このブログに「私に文句のある人は、私のこのページ宛てに書いて貰いたい。編集部に電話をかけると、編集部が迷惑するから」と書きました。
それで編集部に対する電話攻撃が収まったから思ったらその逆でした。
「雁屋哲は自分のホームページにこんなことを書いているが、そんな奴の漫画を掲載している『スピリッツ』が悪い」と前より一層激しく電話がかかってくるようになったというのです。おかしなことに、私のこのページには一件も文句の書き込みはありません。
安倍晋三首相の言葉に躍らされて私を風評被害引き起こす悪者扱いするような人たちは、ただ騒ぎたいだけで私に直接文句を言ってくる根性も勇気も無い人たちなのだと私は思いました。しかし、そんな単純なことではないことが後になって分かりました。
鼻血問題が掲載されたのは福島編の第22話です。それから第24話まで2話残っていました。電話をかけ来た人たちは自分たちの抗議に「スピリッツ」誌は恐れをなして、次週から「美味しんぼ」の掲載をやめるだろうと思ったのでしょう。
しかし、第22話が掲載された段階で、花咲アキラさんは第24話まで完成させていました。
「スピリッツ」誌編集部も馬鹿げた脅迫電話に怯むような根性なしではありません。当然、第23話、第24話と最後まで掲載しました。
それで、電話をかけてきた人たちは更にいきり立ったようです。
第23話が掲載された直ぐ後、編集長が善後策を検討するためにシドニーまで来てくれました。
その時編集長から詳しく聞いた話は私の想像を絶するものでした。
編集部には電話が20回線引いてあります。
その20回線の電話に朝10時の業務開始時間から夜7時、時には10時近くまで電話が鳴り止まないというのです。
それもいきなり怒鳴る、喚く。電話を受けた編集者が返事をすると、その返事が気にいらないと喚く。返事をしないと、なぜ返事をしないと怒鳴る。それが、1時間にわたって続くのです。
編集部員は相手をそれ以上刺激しないように応対するので、神経がくたくたになってしまいます。
編集部員はその度に応対しなければならないし、電話回線は塞がれてしまい、作家との打ち合わせなども通常の時間に出来ない。
そういうことが、毎晩続く。
編集部員は疲れ切ってしまって、このままでは編集作業が出来ないから「スピリッツ」誌を休刊しなければならないかも知れないところまで、追い詰められていると言います。
これには私は驚きました。
こんなすさまじい話は聞いたことがない。
私はこの電話攻撃は大変に不自然だと思います。
私が最初に考えたような単純な問題では無い。
電話をかけてくるのは最初に私が考えたような普通の市民ではない。特殊な人たちだと私には分かりました。
普通の抗議電話とは違います。明らかに、「スピリッツ」誌の編集を妨害して、小学館を傷つけ、「鼻血問題」について謝罪させようという意図を持ったものだと思います。
私個人に対してではなく、小学館を標的にした行為です。
小学館に謝罪をさせた方が社会的に効果が大きいからです。
これは、そのような意図を持った指導者が脅迫のプロたちに命じてさせたことだと思います。
編集部員に対する脅迫の仕方が、あまりに手慣れている。普通の人間には出来ないことです。
世の中には、様々な企業に難癖をつけるのを職業にしている人間がいます。
企業を脅して、嫌がらせを続けて、企業にことを収めるために何らかの金品などを差し出させるのが目的です。
その連中は、プロのクレーマーと呼ばれています。
私は編集長に、そんなことをして来る人間はプロの集団だから相手にしなければ良いと言いましたが、編集長によれば出版社は読者と称して電話をかけてきた相手には丁寧に応対しなければならないのだそうです。
しかも、卑怯なことに私がこのブログに何か書くたびにそれについての文句の電話が殺到するというのです。
実に卑劣な連中です。
私は編集部に迷惑をかけたくないので、しばらくは自分のブログの書き込みをやめました。
小学館は私を守り、「美味しんぼ」福島編も最終回まで、きちんと掲載を続けました。
あの卑劣な集団は目的を達することが出来なかったわけです。
そして話しは2019年に飛びます。
当時の編集長からメールが来ました。
以下に、氏の承諾を得て、そのメールを書き写します。
少し愉快なことがございましたので
ご報告させていただこうとメールをさせていただきました。 昨年の12月に中国と日本の出版ビジネスを手がけている会社から
日中のデジタル・ゲーム関係のフォーラムに
出席しませんかと声をかけられました。
主催は中国の大きなエンタテインメント会社で、
今をときめく成長企業でして
そちらの社内見学もできるということなので
喜んで出席させていただきますとお返事いたしました。
ところがです。フォーラムの主催は中国の会社なのですが
日中のフォーラムということで、北京の日本大使館と
JETRO(日本貿易振興機構)が共催に入っておりまして
仲介をしてくれた会社から「大使館からNGが出ました」という
連絡がありました。
最初「?? 中国大使館からNG?」かと思ったのですが
もちろん日本側からでした。
おそらく僕の名前をネットで検索したところ、
『美味しんぼ』関係でいろいろ出てきたので
経産省か大使館の人がそんなヤツは呼ぶな、
となったのだと思います。僕も大物になったものです(笑)。
僕ではなく他に小学館の人で出席できる人はいませんか?
というので、さすがに日もないのでお断りいたしまして
「誰がいかなる理由で僕はダメと判断したのか」を教���てほしいと
お伝えしたところ、今にいたるまでなんの回答もありません。
お役所のビジネスマナーは楽でいいな~と思いました。
このような影響力のある作品に関わることができて
大変光栄だなと、この年末年始しみじみ考えておりました。
本当にありがとうございます。
さて、この後、この話を私のブログに書いて良いだろうかと、氏に問い合わせたところ次のようなメールを頂きました。
この国は、いったいいつから
こんなつまらないことになってしまったのだろうと
憤慨しております。「忖度」なんて、本当に卑屈な
根性が言わしめる言葉だと思います。
「小学館でほかにいい人いませんか?」というのも
失礼な話です(笑)。
あまりにマナーを欠いた話なので、「経緯を教えてほしい」と要望して
その返事を武士の情けと申しますか、少し気長に待ってあげようかと
しているところです。
いよいよ、これは本当に無視するつもりだなと思ったら、
僕も「ちょっと聞いてくださいよ~」とあたりに触れて回ろうかと
思っていますので、ぜひブログにお書きいただければと存じます。
権力のありようについて、『男組』で雁屋さんが示されていた
社会や、登場人物たちのありようを今一度、みなで振り返る必要がありますね!
さて、この元編集長の味わったと同じようなことを私が味わいました。
それを以下に記します。
それは、今年(2019年)の3月半ば過ぎのことです。
あるテレビ局のディレクター氏からメールが入りました。
「そのディレクターの関わっている番組である食べ物を取り扱うことになったが、その食べ物は、かつて、「美味しんぼ」で取り上げられたことがある。
そこで、番組の中で、「美味しんぼ」のその場面を取り上げたい。
それについては小学館から承諾を得た。
そこで、原作者の私にも承諾を得て、その上、その食べ物を取り上げた「美味しんぼ」のその回について、また、その食べ物について私の話を聞きたいので電話をかけたい、」
と言う内容でした。
その番組の内容からして断る理由は私には全くありません。
私は、承諾して、シドニーの自宅の電話番号も相手に知らせました。
それが週半ばのことでした。
ところが、その次の週の初めに、そのディレクター氏から、
「実はあの後、上司からの進言で方針が番組の内容がガラっと変わってしまい、『美味しんぼ』のカットを使用するという演出自体がなくなってしまいました」
一体これはどう受取れば良いのでしょう。
安倍晋三首相が私のことを「風評被害を流す人間」と非難するのがテレビで流れて以来、私はなんだかおかしな感じを懐くようになったのです。
おかしな感じというのは、テレビ、雑誌、などのジャーナリズム関係の人が、妙に私に対して白々しい態度を取ることが気になり始めたのです。
私は2015年に「美味しんぼ『鼻血問題』に答える」という本を出版しました。
これは、私の鼻血問題について「風評被害」だと非難した人びとに対する反論の本です。
その本を、今話に出ているテレビ局とは別のテレビ局が取り上げて私に話を聞きたいと言ってきました。
私は自分の本を多くの人に知ってもらう機会になるだろうと考え、番組に出演しました。
私はあるジャーナリストと対談をする形になりました。
そのジャーナリストは三十代か四十代前半という若い人で、売れっ子であるらしく、書くものを最近週刊誌のコラムで読むことがあります。
そのジャーナリストは、私との対談をするのに開口一番「僕は雁屋さんに反対です」と言いました。
私は、会うやいなやそんなことを言われて驚き、気をそがれました。
何も話をしないうちに、対話の最初にいきなり「雁屋さんには反対で」とは何のことでしょう。
私は私の何に対して反対なのですか、と聞こうと思ったのですが、そのジャーナリストは私に聞く暇を与えず、どんどん話を進めて行きます。
私の何かの意見に反対なのではなく、私という人間の存在に反対だというのでしょう。
その口調もなんだか、事件の被疑者を詰問するような調子で、私は大変に居心地の悪い思いをしました。
いきなり冒頭で、「雁屋さんに反対です」と言ってしまっては、それからのそのジャーナリストは私に反対する立場から私に何か訊くという形になるので、全体の流れは当然私の意見をきちんと伝えることからはほど遠いものになりました。
番組を見ている人たちは、私が懸命に何か弁解しているように思ったことでしょう。
それは一つの例で、その後も何度か頼まれて幾つかの集まりに出席したのですが、そこに集まった人たちの態度が何かおかしい。
私から、一歩引いて接する。よそよそしい。
以前は「美味しんぼ」の原作者と言うことで、非常に好意的に親しく私の話を聞きたいと言う態度を取る人が圧倒的に多数でした。しかし、今は、私を見る目つきが違う。関わり合いになるまいとするように、用心深く私から引く。
私の話しも、話半分程度に聞いている、という感じがするのです。
これは決して、私のひがみ根性のせいではありません。
以前と比べれば、自分がそれまでとは違った受取られ方をしていることは、どんな人間でも皮膚感覚みたいなもので感じ取ることが出来ます。
こんなことがあったので、「美味しんぼ」を番組内で使いたいとテレビ局のディレクター氏が言ってきたときに、私は「大丈夫なのかな」と思ったのです。 それが、「上司からの進言で番組の内容がガラッと変わってしまい」ということになったので、私は「スピリッツ」元編集長の受けた仕打ちや、鼻血問題以来私自身が受けている厭な感じの延長で、この件も受取りかけています。
どうして上司は番組をガラッと変えるような進言をしたのか。
私はそんなことでなければ良いがと思いますが、心の隅に、その上司は安倍晋三首相に「風評被害を流す人間」と名指しで非難された私と関わり合いになることは避けたい、と考えたのではないか、と言う思いが浮かんでくるのです。
こんなことを言うのは、私の一方的な思いこみだと、言われるかも知れません。
しかし、最近こんなことが続いているので、どうしてもそういう考えが浮かんでくるのです。
私がブログにこんな内容のことを書く、と「スピリッツ」の元編集長にメールを送ったところ、元編集長からこんな返事が来ました。
そのディレクター氏が仰有っているように
「同じような演出を考えるディレクター」がいて
次の企画はちゃんと通ることを願ってやみません!
私もそう願っています。
このテレビ局の話は別にして、私の鼻血問題を通じて言えることは、この国では真実を語ってはいけないと言うことです。
反対に、安倍晋三首相とその取り巻きたちはどんな嘘を言っても誰もとがめません。
安倍晋三首相は2013年9月7日にIOC総会で、オリンピックを東京に招致するための演説を行いましたが、福島第一原発について、
「福島の放射能は、福島第原発からの放射能に汚染された水は福島第一原発の港湾から0.3キロ平方メートル以内に完全にブロックした」
「福島の現状は完全にコントロールされている」
「福島第一原発はこれまでに東京にダメージを与えていないし、これからも与えない」
と言いました。
私は、2013年10月3日付けのこのブログに、「Open letter to the IOC」と言う記事を書き、それが、全部嘘であることを指摘しました。
http://kariyatetsu.com/blog/1611.php
外国人にも読んでもらえるように英文で書いてあります。
私の書く英文だから、極めて平易です。ご一読下さい。
そんな嘘を言った人間が、私が実際に体験した鼻血を風評だというのですから呆れるばかりです。
また、その嘘を見逃すこの日本の社会にも呆れるばかりです。
一つの国が滅びるときには必ずおなじことが起こります。
支配階級の腐敗と傲慢。
政治道徳の退廃。
社会全体の無気力。
社会全体の支配階級の不正をただす勇気の喪失。
同時に、不正と知りながら支配階級に対する社会全体の隷従、媚び、へつらい。
経済の破綻による社会全体の自信喪失。
これは、今の日本にぴったりと当てはまります。
私は社会は良い方向に進んでいくものだと思っていました。
まさか、日本と言う国が駄目になっていくのを自分の目で見ることになるとは思いませんでした。
一番悲しいのは、腐敗した支配者を糾弾することはせず、逆に支配者にとっては不都合な真実を語る人間を、つまはじきする日本の社会の姿です。
雁屋 哲
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いわゆる慰安婦像などが撤去される。記者会見にて、大村・愛知県知事、津田大介監督が明らかにした。大村知事は、事前に展示物について把握していたことを認めており、確信犯であったとして扱うべき状況だ。 津田大介氏は、記者との質疑応答において、(彼らの言う少女像について)「韓国の大使館前にあるものと同一」である旨を認める発言を行った。私も知らなかったのだが、世界には慰安婦像の金型は4つあるそうで、そのうちの一つが日本にあるらしい。確かに鋳型で作るものだから、量産金型が存在するとは思う。そのうちの一つが日本に在るらしい趣旨のことを口走っていた。かつ、今回、展示された慰安婦像は日本で新造されていたものらしい。
記者との質疑応答において、新作であるか否かが問われた。新作?という表現に「え?なんだ?」と感じたのだが、津田氏も最初は少しわからなかった様子。記者より、台座?か何かのパーツが装着され、完全状態で展示できたのは初めてみたいな話があり、私は「え?慰安婦像って、いくつかのパーツがあるの?」と驚いた。部品構成で考えると、金属製の部分と木製の椅子があることはわかる。どうやら、それ以外に台座かカーペットか何か、下部パーツがあるようだ。その部品が何なのかは、私にはわからなかった。 物凄くどうでもいい情報かも知れないが、会見における質疑応答では、「ほぉ、それはトリビア」という情報も飛び出しており、なかなか興味深かった。
これらのパーツが装備されたことで、「新作になるのか?」みたいな質問趣旨であり、記者が再質問していく中でこれらのディテールが明らかになっていった。このあたりの話も含め、記事には一切、書かれていない。
私が感じたのは、「愛知県が、税を投じて展示を続けた場合」には、日本にある量産金型を用いて、日本中が慰安婦像になる危険性があったという恐怖だ。こういう状況にあったことは、会見を聴いていないとわからない。ネット上でも保守も発信していない情報であり、ある意味では貴重だろう。 メディアが配信した記事を論じるだけでは、この分野は足りない。
個人的なトピックとしては。 柴山文科大臣の公式Twitterにて、公開でお返事を頂いた。実はかつて請願の紹介議員になって頂いたことがあり、本当に昔のことだけれどもお会いしたこともある。流石に覚えていないだろうけれど。 一介の市議に対し、公開でお返事を頂いたことは嬉しかった。感謝の思いもTwitterで返信したのだが、時代の変化を感じた。
さて、撤去の記者会見だが、まず大村知事が一時間ほど。これを閉じてのち、津田大介氏の会見となった。私はライブで聴いたのだが、大村知事については後半部分を。津田氏の会見はほぼ全てを聴いた。(途中で連絡があった際を除き全て聞いた。)
大村知事の会見において着眼したのは、大村知事が事実上の確信犯であったことが明らかになった点だ。メモ・速記の類をとれていないため、数字に誤りがあれば訂正をお願いしたいが、「四月半ばには展示の方向性、および展示物についても把握していた模様」だ。津田氏らが率いる実行委員会の独断ではなく、知事も了解のうえで実施にしていることが会見で明らかになった。
また、四月の後半であるが、日付けを明示した上で、文化庁の交付決定通知を得ていることも触れていた。この部分は、名古屋市長からの撤去要請や国費を投じるかについて言及した官房長官との関連で出てきた話だ。 大村知事は、「交付決定を受けている」ことを述べ、事業の実施後(つまりトリエンナーレが終わったのち)、文化庁に対して国費を頂けるよう手続きを行う趣旨の発言を行っていた。 その際には「交付決定を紙で頂いている、日付けも入っている、額も記載されている」と、文化庁の予算をもらえることの正統性を述べていたように感じた。はっきり言えば、”どうしても国費は欲しい!”という思いが透けて見えた。
その際に交付決定を受けたこと、事業として採択を受けたことを論拠のように述べていたが、大村知事は間違っている。キャリアから考えれば、いささか不勉強ではないかと感じた。大村知事は、かつて県連会長も務めているし、国会議員を五期務めている。副大臣や政務官も務めており、内閣を含め行政庁の動きは知っていて当然だ。
文化庁の上級省庁は、文部科学省である。 行政庁としてのトップは、文部科学大臣である。大村知事ではない。予算案は、行政庁である文化庁が提案し、議会が承認して初めて執行される。県知事と県議会も同様だ。交付決定通知の文書は、そのまま予算執行ではない。 かなり初歩的なことであり、何を言っているのかまったくわからなかった。
文化庁として予算案を提案するか否かの権限は、文部科学大臣である柴山先生の職権である。愛知県知事の職権ではない。また、文化庁の官僚が最終決定ではない。有識者会議などの手続きも必要かと思うが、今回の文化庁の事業助成は満額でスムーズに行くとは思えない。 また、最終的には国会の承認という、議決が必要である。これは立法分野の話であり、提案権は行政職である大臣にあっても、最終決定は国会という議会承認が必要だ。衆参両院で与党を占める自由民主党は、党の部会で厳しく本件を追及している。私は、ゼロでいいと思っているが、確実に減額処置はなされるだろう。なされるべきだ。
大村知事は、中止にする理由を安全上の理由などにすり替えていた。実際、テロ予告に相当するようなFAXがあったそうだが、被害届は出していないともコメントしていた。ガソリンの携行缶に言及した内容だったそうで、テロ予告と受け取ったという回答だった。ただし、ニュアンスとしては具体的に示されていたとは考えられず、刑法犯として罪を構成するか否かはわからない。
(私は爆破予告を具体的に受け、被害届を出し、犯人が逮捕され、司法の場でシロクロつけて、かつ議会で取り上げ、議会だよりを用いて市民に報告した。議会に対しては内容証明郵便をもって主張した。)
知事は、会見において「慰安婦像の展示」についての責任は明言しなかった。また、慰安婦像以外の、昭和天皇の御真影を焼く映像についても、日の丸・星条旗を汚損するかのようなドーム状の構造物についても言及はせず、ノーコメントを貫いた。ロジックとしては、芸術や表現については、中身にコミットすべきではないという論法だった。 だが、予算はどうしても欲しい雰囲気で、自分たちは単なる被害者だと言わんばかりの主張を繰り返した。記者らは、ある意味ではグルみたいな論調の社が多いため、そのまま会見は続いた。
このあたりは私なりの分析だが、文化庁の助成がストップすると「足りない分を、県が支出せねばならない」のだろう。そうなると、この状態では県議会がスムーズに通るか自信がなく、県費の増額を嫌ったのではないか?と感じた。愛知県が8億超、名古屋市が2億超の事業であり、文化庁の7800万円は総額からすれば比率は低い。 だが、増額を議会に諮るのは面倒だ。知事も了解のうえで好き勝手にやらせて、国から助成を受けられなかったため、増額してくれと議会に行っても素直にうんとは言うまい。まぁ、単に面倒くさいというだけではないかな。
他、思うことは、文化庁が協賛から離れた場合のダメージだ。3年ごとに開催している芸術祭だが、今回、離れられると3年後の開催にも打撃がある。また、企業協賛も錚々たるメンバーだが、看板として文化庁が使えなくなると、企業協賛も得られにくくなる。金もだが、看板も大事ということだろう。 ただ、交付決定を「紙でもらってる」だとか「額も記載されていた」と、二元代表制で生きる者からすると上から目線というか上滑りしたロジックで必死に強弁する姿はあさましかった。
ならば、慰安婦像をはじめ、昭和天皇の御真影を焼く映像や国旗を侮辱するような展示物について、知事として会見でしっかり言及し謝罪すべきだったように思う。それは認めず、金はくれ、看板も使っていきたい、紙でもらったもんは、ぶっちゃけくそダサいと思った。
そのため、私のターゲットは、文化庁の助成、この部分を目標とし続けることに変更はない。
津田氏の会見について。 正直、ちょっと見直した部分もある。なかなか男らしい部分もあった。思想は相いれないが、わかっている部分はわかっていると思った。 例えば「中止ではなく休止扱いとし、事態の収束後に、再度展示する」などの方法はなかったのか?という趣旨の質問に対し、実行委員会にはそういう思いもあったことを認めた上で、電凸を始めとした抗議活動を沈静化させるためには、「すぱっと中止」するしかない旨、明言。これはネット対策としては正しい対応で、判断としては正しい。 展示物の作者ら、全員からは(撤去の)了承は得られていないことを述べ、私の責任だと芸術監督としての責任で自分が背負うことを述べた。この点も、私には高評価だった。
公共でやるため、企業協賛らへの電凸などが苦しかったことも言及。実行委員会側の応対人数も増加させたが手がまわらず、美術館などにも電話が波及していったことを、苦しそうに述べていた。この部分は、本心だと思う。
記者からは、韓国とベトナムに関する像の話もあった。ライダイハンの像であると推察する。津田氏は、ここにも正面からコメントしており、実行委員会で検討はしたし、天秤を釣りあわせる意味で自分も考えた趣旨のことを正直に述べ、テーマが日本で展示し撤去されたもの、もしくは許可が下りなかったものを対象にしていることを理由に回答した。 ライダイハンの像を設置について、片一方ではなく設置すればよかったのかなみたいな発言もあり、そうしなかったことの全ての責任は自分にある旨、発言し謝罪していた。 (大村知事がひどすぎて、誉めたくもないのだが、津田氏の会見がよく見えてしまったのだろう。)
文化庁の予算の話に戻る。 これは、不採択扱いに変えるなどし、ゼロ回答にすべきだ。少なくとも減額は間違いないだろう。 そうしていく。私は、そう動く。
津田氏は、大村知事ほどにはここは言及していない。官房長官の発言を圧力とか検閲と感じたか?みたいな質問に対し、かなり気を使った回答をしており、そういう意味では文化庁の助成金を重視している空気はあったが、大村知事ほどこだわってはいないように感じた。知事に比較すれば、男らしさを感じた。
だが、予算については気が気ではないのが実情だろう。 今回の芸術祭は、多額の税金が投じられているのみならず、企業協賛も相当にある。何を作るにも予算は必要だが、”芸術家”には対価が払われるようだ。少なくともハフポストの記事では、その趣旨の回答を津田監督はしている。
これらの実行委員会の、反日展示物みたいな製作者にも「対価は払われる」と見るべきだろう。ようは慰安婦像の作者や、昭和天皇の御真影を焼く映像の作者、日の丸・星条旗を汚損するかのような作品の作者にも、だ。 ここは津田氏の友人らで構成されている��うで、会見でも素直に応えていたのだけれど、「総額が削られた」場合には、まずしわ寄せが来るのは津田氏の友人たちだろう。
ようは、文化庁の予算が減額されると、県費を簡単には増額できないので、どこかを削らねばならない、と。反日展示物というべき作品の、作者の取り分が大きく減る。 というか、大村知事は名古屋市長のことをかなり悪しざまに述べていたが、名古屋市は素直に金を出すのだろうか。すでに予算は通っていると思うし議決は得られているとは思うが、9月議会で(名古屋市議会でも)ひと悶着ある可能性はあるし、名古屋市長はかなり面白くない思いもしたと思う。
となると、総予算が不足する可能性は高いわけで、 文化庁とビヨンド2020が逃げて、企業協賛が逃げ出すと、いよいよ足りない。 活動家みたいな方が混じっていたとして、行政から金を引っ張ることが難しくなる。
ゆえに、文化庁の予算には、かなりピリピリしているのだろうと私は感じました。 リード文としては長くなってしまいましたが、会見の様子や今日あったことを述べていきます。かつ、抗議先や私たちの効果的な動きを述べます。
本稿は、実際の記者会見の様子や私が政治家として実際に動いたことを述べていくものです。先に述べておきますが、メディアの配信記事をベースに論じているネット保守論壇の意見とは、かなり違うと思います。 で、リアルに即したものであろうと思っています。
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(OGP画像)
最後まで撃ち抜け
担当する職員は、かなり疲弊していることは事実だろう。記者会見でも言及していた。 私は、非常にドライであるので、敢えて第一目標に実行委員会事務局を掲示する。
および愛知県の本庁舎に。 ここは休日だろうから、ほぼ窓口は機能していないだろう。だが、第二目標として掲載を続ける。
人数こそ少ないが、県クラスであれば休日対応もしているはずだ。 (してなかったらごめん。)
抗議方法の雰囲気も少し変えていこう。
弱点は、明示された。 確かに展示物の撤去も実施された。
「日本人なら」という声とか、美徳がどうとかいう話はあるだろう。 だが、それはダメだ。
私が政治家として得た経験と、ある意味では現場指揮官として感じる空気。 ここで、しっかりと振り抜いておくことは重要。
冒頭で津田氏のことを誉めすぎたが、もう一回、誉めておく。 彼がネットを含め、今後も指揮をとることがあるとして、(実際あるだろうが)、彼のためにもなる。
こういうことをしたら、どうなるか。 それは痛感したように思う。
で、どこまで続くのか、というのを脳裏に刻み込んでおかせたほうが、彼のためにもなる。 そして、私たちのためにもなる。
日本人が本気で怒っており、中止しても「いったん、展示したこと」には怒りが静まらないと。
こりゃ国内での展示は無理だな、と。 公共でやるのは無理だ、と。 きっちり思い知らせてやったほうがいい。
恨みとは言わないが、私だってヘイト認定を受けて、総攻撃にあったことがある。 少しでも弱みを見せれば、徹底的にやられてきた。
「あぁ、反撃はされるし、きっちり白旗をあげないと駄目だ」と。
そのためには、弱点を徹底的につくよりない。
抗議の論法
愛知県知事の会見について攻めるべきだ。
津田氏への個人攻撃は控えたほうがいい。
好きにしてくれとは思うが、恰好が悪い。 「あぁ、津田が嫌いだから抗議の電話ね」と扱われると、効果が半減する。
ま、ちょっと可哀想だなって思ったことは私も正直に書いておく。
攻撃対象は、公人であるべきだ。
大村知事は、県の行政トップである。 すでに半壊した津田氏を責める必要はあんまり、ない。 事務局への攻撃が継続すれば、どちらにせよ津田氏へのダメージなる。 (現場の責任者として、疲弊していく電話対応のスタッフを目の前にしているそうだ。)
抗議方法案
愛知県知事の記者会見がひどかった。 テロ予告などは許されないが、抗議が殺到した理由について正面から受け止めたものではない。
文化庁など、国費の投入は絶対に反対である。 我が国の方針に明確に反しており、このシビアな状況で慰安婦像を国内で量産させる危険性すらあった。
その件については一切釈明や謝罪がない。 自分たちは完全なる被害者のように振る舞っており、怒りを感じた日本人が納得できるようなものではなかった。
展示物に対しての抗議が殺到したにも関わらず、その点は明言を避けるなど逃げまくっている。その上で、国費だけはくださいみたいな、あさましい会見であった。
撤去したからいいではなく、芸術祭をこれからも継続していくならば、行政トップとして、原因を明示し、責任を明かし、きっちりと謝罪すべきだ。
みたいな内容でお願いします。
あくまで一案です。
あまり難しいことを言う必要はなく、「撤去したとは言え、あの展示物には傷つきました」ぐらいの短い電話でも結構です。
話せる人は、がっつりやってもOKですが、最終的には抗議の数がいくらとかいうカウントになります。
抗議先
担当する職員は、かなり疲弊していることは事実だろう。 敢えて第一目標に実行委員会事務局を掲示する。
および愛知県の本庁舎に。 ここは休日だろうから、ほぼ窓口は機能していないだろう。だが、第二目標として掲載を続ける。
人数こそ少ないが、県クラスであれば休日対応もしているはずだ。 (してなかったらごめん。)
あいちトリエンナーレ実行委員会事務局
(愛知県県民文化局部文化部文化芸術課トリエンナーレ推進室内)
住所:〒461-8525 愛知県名古屋市東区東桜1-13-2 愛知芸術文化センター内
TEL:052-971-6111(代表)
FAX:052-971-6115
(愛知県) 代表電話:052-961-2111 知事室 :052-954-6000 県議会事務局:052-954-6730
知事室(執行部)には、「何を考えているんだ!」という抗議を行って頂きたい。被害者は日本国民であるという観点で言えば、愛知県民以外であっても良いと思う。 また、議会には「是非、議会で知事部局を質して頂きたい」という依頼の形でお願いします。 ※ 議会は予算を審査する立場のため、双方へのアプローチは微妙に異なる。
(名古屋市) 代表電話:052-961-1111 市議会総務課(庶務係)052-972-2083
※ 名古屋市は、愛知県知事から攻撃を受けるような発言を受けているため、「愛知県知事の発言ってないですよね」「でも、名古屋市も予算だしてますし、それは抗議します」ぐらいで大丈夫。 「減額ってできないんですかね?」ぐらいは言ってもいいかも。
県と違い、休日対応の職員数には限りがあると思うので、できるだけソフトに。名古屋市は攻撃しないように。 月曜日でもいいと思う。
企業は、かなりのクラスの会社もあるため、コールセンターは開いてると思う。 月曜日も継続していこう。ここは、効いていることがわかっている。
助成 ・文化庁 ・一般財団法人 地域創造 ・損保ジャパン日本興亜 ・野村財団 ・一般財団法人 東海テレビ国際基金 ・cooperacion espanola(スペイン国際開発協力機関) 政府機関 ・公益社団法人朝日新聞文化財団 ・芸術・文化による社会創造ファンド ・beyondo2020
協賛の一部を紹介、イオン、シチズン、愛知県医師会、麻生グループ、名古屋競馬、VOLVOに愛知県宅建協会、三菱UFJ銀行、TOYOTAまである。
株式会社豊田自動織機、株式会社百五銀行、愛知県農業土木研究会、NDS株式会社、株式会社LIXIL 中部支社、愛知県私学協会、一般社団法人愛知ビルメンテナンス協会、株式会社コングレ、トヨタ紡織株式会社、公益社団法人愛知建築士会、豊田通商株式会社、日本製鉄株式会社 名古屋製鉄所、東海東京証券株式会社、名港海運株式会社、愛知県農業土木測量設計技術研究会、名古屋商工会議所、株式会社クレディセゾン 東海支社、東和不動産株式会社、ホーユー株式会社、株式会社NHKプラネット中部、名古屋ファッション専門学校、阪和興業株式会社、カフェ コンセッション、興和株式會社、トーテックアメニティ株式会社、アイシン精機株式会社、あいおいニッセイ同和損害保険株式会社、愛知県行政書士会、愛知県舗装技術研究会、伊勢湾海運株式会社、第一生命保険株式会社、株式会社デンソー、豊島株式会社、豊田合成株式会社、日本たばこ産業株式会社 東海支社、三井住友海上火災保険株式会社、学校法人愛知医科大学、愛知県美術館友の会、朝日電気工業株式会社、天野エンザイム株式会社、一般財団法人荒井財団、OKB大垣共立銀行(多すぎるの後略、詳細リンク先)
協賛意外にも、協力という項目があり多数の企業が名を連ねる。 また、会場提供にも多数の企業が掲載されている。
あいちトリエンナーレ2019  122 tweets 3 users協賛・協力https://aichitriennale.jp/sponsor/index.htmlあいちトリエンナーレ2019開催にあたり、ご協力をいただいた皆様を紹介します。
これは、ほとんど掃討戦に近い。
そして、それは重要なことだ。
実績に利用される危険性
公共で展示されたことは、事実だ。
今後、「実績」として悪用されていくだろう。
すでにハンギョレ、朝鮮日報、中央日報が紙面化しており、 謎の阿吽の呼吸を見せている。
記事はすでに在り、使われ続けていくだろう。 ここは確実視されている。だからこそ、私たちは続ける必要がある。
今日の記者会見で、確認する旨表明しました。 https://twitter.com/kotsubo48/status/1157018089780740096 …
慰安婦像が税を投じて芸術祭(愛知)で展示されています。ハンギョレ・KBSが既に報じています。   文化庁の助成事業のようですが、調査をお願いします。事業は、あいちトリアンナーレです。https://samurai20.jp/2019/08/oomura/
もうすっかり利用されています。 きっちりと確認をお願いします。 ハンギョレ新聞http://japan.hani.co.kr/arti/politics/34007.html … 朝鮮日報http://www.chosunonline.com/m/svc/article.html?contid=2019080280008 … 中央日報https://s.japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=256111&servcode=400&sectcode=400 …
「少女像がさびしそうに見えます」子供が手を握ってくれた
[現場]日本最大の国際芸術祭、少女像が初展示 数百人の市民訪れ…「実際に少女の姿が見える」
52人がこの話題について話しています
日本国内に量産金型が存在していることも明らかになっている。 いまもあるかはわからないが、今回の慰安婦像は日本国内での生産だ。
量産できる可能性は残っており、日本中に慰安婦像が展示されまくる危険性は、まだ除去されていない。 むしろ会見において顕在化した。
和田先生の考えは、もっともだと思います。
津田大介氏は「表現の不自由展その後」について確信的に「公立の部門」で開催したと述べた。国の助成事業で、ある主張の展示を利用しようともくろめば「日本が国として認めた」と利用される可能性が。国民は、展示が過去どういう主張に使われてきたのかを考え声を挙げたのではhttps://ameblo.jp/wada-masamune/entry-12501155839.html …
和田政宗:国の助成事業を利用しようもくろめば、「国として認めた」と利用される可能性が
「あいちトリエンナーレ問題」。 津田大介氏は中止した「表現の不自由展・その後」について、確信的に「公立の美術館や行政の文化事業」で開催したと述べた。 国の助成…
5,416人がこの話題について話しています
ちなみに、 大村知事や津田氏は、和田先生を直接的に攻撃することはない。
いま彼らが怖いのは、文化庁の助成金のカットだろう。 官房長官が言及したことには、かなりビビっている(特に大村知事)様子で、会見でも気を使った回答をしていた。
和田先生は、菅官房長官の側近であり、参院選では地元に何度も官房長官が入っている。
ここで和田を撃てば、どうなるかは彼らはわかっているはずだ。 だからこそ、ここは「和田押し」で行こう。
政治家というのは、こういうときに弾よけというか、盾にして進めるための存在でもある。 みんな選挙で力を貸しているわけだから、是非とも利用させてもらいましょう、それは悪いことではない。
和田先生に、少々、被弾しても構わない。 むしろ和田を撃てば、「上が動きやすい」ぐらいに思っていいと思う。 (こんなこと書いたら怒られるかもしれないが。)
じゃんけんぽんで、相手が確実にチョキを出しているときに、 手札にぐーがあるなら、全力でグーのカードを切るのは普通のこと。
和田先生の露出をあげ、RTなどで拡散していこう。
どちらにせよ、和田先生は徹底的に言及して行く。 そもそもCBCテレビが選挙期間にやらかしてるわけで、むしろ躊躇う理由がどこにもない。
斬り込むと思うので、タイミングをあわせて援護射撃を。 (このあたりは、特にアクセス数の大きなまとめサイトやTwitterのインフルエンサーなど。)
文化庁の事業を停止するロジック
ここは大村知事の会見を聴いたうえで策定したロジック。
色んな先生がいると思うので、私のは私の案として。
交付決定がされていること自体は事実であり、通常であれば減額が限界だと思う。 理由は、トリエンナーレはこの実行委員会にも各種の団体が入っており、このような展示物だけではないからだ。例の一派だけの分だけ、減額。 これが普通の考え方。
その上で、ゼロにする方法。
虚偽申請みたいな論法とか、信義則みたいな話はやれる。 大村知事が実行委員会が掲げるテーマであるとか、展示物について把握したのは四月の半ば。決定通知はその後であった趣旨のことを会見で述べていた。
ここは会見をしっかり文字起こしして調査して欲しいけれど、時系列の話。
文化庁が決定をし、書面で採択を伝えた際、大村知事は「把握していた」のだ。 文化庁がこれを把握していたか否かだけれども、把握してなかったと思う。ここは調査が必要だけれど。
その意味では、愛知県が「国をあざむいた」という主張は成立する。 助成の申請をする上で、不誠実だという論法で、事業採択したことが誤まっていたというやり方なら「ゼロ回答」に持って行くことはできると思う。
このやり方は、文化庁の官僚の面子も守るロジック。 ある程度は素直に応じるのではないか。
県知事の、そして県行政の、管理能力の欠如。 芸術監督自身が「炎上する可能性」を想定し、知事も了解したうえで進めていた。
結果として文化庁にもダメージを与えている。 把握しつつも報告せず、文化庁の面子まで潰そうとしたわけだ。
この論法ならば、ゼロ回答を求めることは不可能ではない。
まぁ、それでもいくらかは支給されるだろう。 採択の通知を出しておいて、完全にゼロは正直むつかしい。 だが、ゼロを求めていかねば、減額もできない。
彼らは、自分たちが被害者みたいなことを言っているが、 文化庁こそ被害者みたいなもので、県知事も芸術監督も好き勝手にやって、 危ないかもな?と思いつつ踏み込んで、見事にドボンしたわけだけど、 巻き込まれた文化庁のほうが被害者だ。
だから、文化庁には「大変でしたね、貴方も被害者ですね」「ところで、嘘つきにはお金あげんでいいと思いますよ?」「国民として、あんな展示物について私の税金を使われたくありません」ぐらいは言っていい。
(文化庁) 〒100-8959 東京都千代田区霞が関3丁目2番2号 電話番号(代表) 03-5253-4111 御意見・お問合わせ
休日はつながらない可能性も高いですが、メールだけでも送ってもらえると、強力な援護射撃になります。
ぼそっと書きますが、協賛、消してくれんかな、と。 その場合は、3年後のトリエンナーレにも影響でてくるし、今後の企業協賛に影響でてくるんですよね。
ぶっちゃけ、バタバタで中止したのって、文化庁の顔色だけじゃないだろうなって。
星条旗の件で外務省とか大使館が面倒なことになって、文化庁も身動きできないような状況になりつつあったとか、そういう話もあったんじゃないかなって。 あくまで推論ですけど。
愛知県の衆議院議員(7区)の鈴木淳司議員の投稿。
下記の二点は注目すべき点だと思います。
>①現状について  本日(8月2日)、文化庁は主催者側と会う予定だったが、急遽キャンセルとなった。今後は未定。したがって、事実関係や今後の対応について確認は取れていない。
> ③今後について 申請の時点で、この展示については申請内容に含まれていなかった。そのため、再度第3者委員会を開き、有識者のご意見を聞いた上で、文化庁として判断したい。
文化庁が実行委員会に「会いたい」というか、会う予定だったらしいんですよね。 それをキャンセルになって、そして中止。
ここで会ってしまうと、どういうことを言われるかわからないし、ある意味では恐れをなして「さっさと中止」にしたという経緯ですよね。
で、知事の記者会見。
ならば、文化庁の助成を吹っ飛ばすロジックで可能だと思います。
このあたりは調査が必要でしょうけれど、それは私の仕事ではなくて、 国会議員と官僚の仕事だと思います。
私がすることは、読者に「さて、国民の声を挙げていきましょう」と呼びかけること。 ゼロにする動きを国会議員がとれるように、環境整備を行っていくことだと思ってます。
時代の変化
少し取り留めもないBlogになってしまったので、最後ぐらいは良い話を。
文部科学大臣が公式アカウントで、公開で返信をくれました。 びっくりしました。
言ってみるもんだな、と思ったのは秘密。
今日の記者会見で、確認する旨表明しました。 https://twitter.com/kotsubo48/status/1157018089780740096 …
慰安婦像が税を投じて芸術祭(愛知)で展示されています。ハンギョレ・KBSが既に報じています。   文化庁の助成事業のようですが、調査をお願いします。事業は、あいちトリアンナーレです。https://samurai20.jp/2019/08/oomura/
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時代の変化を感じます。
私も、御礼はTwitterで書きました。
柴山大臣、ありがとうございます。 よろしくお願いいたします。 柴山先生に請願の紹介議員になって頂いたことがあります。かなり昔のことですが、署名提出時にお会いさせて頂きました。 大臣就任の際、本当に嬉しく思いました。 (私はその後、市議になりました。)http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_seigan.nsf/html/seigan/1772538.htm … https://twitter.com/shiba_masa/status/1157157134313775107 …
今日の記者会見で、確認する旨表明しました。 https://twitter.com/kotsubo48/status/1157018089780740096 …
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柴山大臣、ありがとうございます。 よろしくお願いいたします。 柴山先生に請願の紹介議員になって頂いたことがあります。かなり昔のことですが、署名提出時にお会いさせて頂きました。 大臣就任の際、本当に嬉しく思いました。 (私はその後、市議になりました。)http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_seigan.nsf/html/seigan/1772538.htm … https://twitter.com/shiba_masa/status/1157157134313775107 …
今日の記者会見で、確認する旨表明しました。 https://twitter.com/kotsubo48/status/1157018089780740096 …
他にもいくつか紹介議員になって頂いたと記憶しております。 当時(民主党政権下)、これしか戦う術はないと信じ、かなりの数の請願を作りました。http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_seigan.nsf/html/seigan/1770207.htm … 最初は、誰も紹介議員になってくれませんでした。柴山先生には、本当に助けて頂きました。ありがとうございます。
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tweetでも触れていますが、かつて紹介議員になって頂いたことがあります。 当時は自民は野党で、民主党と戦っていた時代のことです。
国会法に基づく請願というものがあり、直筆署名には限定されますが、実際に下記のように公式に扱われる手法があります。 ロビー活動としては、国民が取り得る最強の手法だと思っています。
(陳情と違い、公式に保存されます。ただし、現職国会議員が紹介議員になる必要があり、事務所との調整作業など事前準備がかなり大変。)
請願名「国旗・国歌法の改正を求めることに関する請願」(衆議院)
請願名「尖閣諸島・沖縄への自衛隊配備と日米同盟強化を求めることに関する請願」
色んな請願を書きました。 えっと、上記の請願は、私が作ったものです。
かなり大変な準備なのですが、単年度に限っていえば日本会議を超えた年もあって。思えばネットのロビー活動とか署名運動のはしりだったな、と。
当時はまだ市議でもなくて。 上京費用とかめっちゃ苦労してて、バイトとかして貯めたお金で行ってた。
最初は紹介議員もなかなかつかなくて。 柴山先生は、かなり初期のころに、ぶっちゃけ何の面識もなかったのにあっさりOKくれた事務所だったと思います。
お会いしたのは一度だけだと思う。 たぶん柴山先生は覚えてないでしょう。
気づけば、柴山先生は大臣になっていた。 ニュースを見たとき、嬉しかったけど、それ以上に驚いた。
当時、紹介議員になってくれた先生なんて、あの頃は若手として扱われていて、中堅とは言えないカテゴリで、党内でもペーペー扱いされてた気がする。 私なんて、市議選に敗れて浪人中、ただの政治少年みたいな存在だった。
熱いハートだけが武器で、野党だった自民は総議席数が70とか80ぐらいじゃなかったかな。30とか40事務所を飛び回るって、ほぼ半数と付き合うみたいな話で。 正直、事務負荷も含めしんどかった。あんまり寝てなかった。いまも、か。
ただ、今でもお付き合いがずっと続いている先生もいる。結構な数、いる。 (Blogにはあんまり書いてない。情報源とかでもあるし、実際に動かすときにさくっとやれるよう、人脈を見せてないほうがスムーズだから。)
みんな、よく付き合ってくれたなぁって。最初の出会いは、基本的に全員、飛び込み営業みたいなやり方だった。(野党自民だからできたことだと思う。)
派閥も基本的には関係なくて、風通しもよかったなぁ、とか。 時代の変化みたいなのは、ここにも感じる。
尖閣の請願とか、いま見ると紹介議員のメンバー凄いなぁ、と。参議院も同じく紹介議員がいるわけで、衆議員だけでこのメンバーか。いまは軽々に声もかけれないや。 (かけるけど。)
どれぐらい昔のことかと言えば、第177回国会は、2011年1月24日に召集された通常国会。会期は8月31日までの220日間。 まだ10年はたっていませんが、思えば昔のことになってますね。
当時、ともに請願を書いた仲間は、TPPのやつは三橋さんと連名だったり。 押し紙のやつは、渡辺哲也さんが共闘してくれたり。あとは、NHKのスクランブル化の請願を作ったのも私だったりします。 いまのロジックの基本政策みたいの、色んなのを作りました。
消防団の福利厚生と防災とか、子供手当の問題を指摘したやつ。あと何を作ったっけ。。。
当時のメンバーも、思えば重鎮みたくなってて、 一部は市議になってたり、一緒にやった仲間が秘書になってたり、 議員会館をウロウロしてると、「あの時、署名したんですよ!」って言われたり。
直筆・郵送というのは、当時はハードルも高かった。 数も集まらなくて、苦労もあった。 いまも活動を継続している同志は、いまや中堅もしくは古参。
同志の市議たちが、ネットを駆使しはじめた今、 「そら、強いわ」と言われているのは、実はここで。 ネットを経由してのリアルの付き合いが、多分、日本で一番古い。
今回も、まるで「見てきたような」というぐらい、 謎の的中率を誇っているような気がするし、読者も感じているだろうけれども、 もしかしたら、愛知県の県職員とか名古屋市職員に私の読者がいたり、かつて署名に協力してくれて人間関係あったりで、事実上の内部リークが続いているなら、「当たるほうが当たり前」かもしれません。
見てきたようなというか、目が凄まじい数あるのかも、です。 ほら、大村知事、津田さん、私は貴方の後ろにいるかもしれませんよ。 というのはジョークですけどね。
もしかしたら津田さんやその周囲の人も見るかも知れないから、ジョーク以外も書いておきます。 この部分、文化庁の助成とか公共とか行政の部分は、私の領域です。 イデオロギー的な論争とか、いわゆる言い合いみたいなやつとか、もしくは政治活動とは違うんですよね。だから貴方たちのフィールドに降りていくこともしない。ここで戦う。
三権分立のうち、行政と立法、 ここにはここのルールがあり、その縛られた世界で私たちは生きてる。 この分野では、この分野のルールがあるんだ。
どんなにロジックをすり替えても意味はない。 私は芸術はわからないし、その分野では貴方には叶わないだろう。けれども、この分野の内部手続きであったり、動き方、指揮の仕方では負ける気はまったくしない。 どうこう言っても仕方ないんだ。炎上させたり、メディアが叩いたり、かつてはそれで倒せたかも知れないが、時間をかけて私たちも経験を蓄積してきた。
端的に言っておきますが、どうにもならんよ。 津田さんは、かなり知事に敬意を払っているようですが、このままでは知事も焼け落ちる。 事務局メンバーの疲弊だけでは済まない、ということは述べておきたい。
それが公共を巻き込むといことの重みで、軽々にここに来られても困るというのは、今からまだ思い知ることになるだろう。 私たちにも公人としてのプライドがある。
覚えておいて欲しい。 政治は、怖いよ。そして、少なくとも俺は怖いタイプの政治家だと思う。 ジャーナリストとして、外部から撃つことに慣れ切っていて、どこかで政治家なんて怖くないって思ってたんじゃないかな。
正面から政治そのものと戦ったことはなかったと思う。 安全地帯から撃つのと、真正面から斬り合うことは、違うんだ。痛みを伴う。
今回、こちらの陣営が押してる。 戦局全体を見渡せば、いまの推移は悪くない。
ふと昔のことを思い出した。 苦しい戦いばかりだった、厳しい戦線ばかりだった、 理解なんてされなかった。
淡々と事務方として戦う戦場、孤独と一緒、 いまみたいにチヤホヤ(?)されることもなくて、保守=変なやつという括り。 リアルで顔出しでやってる人間なんて極一部で、実名型のネットロビイストだともしかしたら最古参かもしれない。
ネット保守の組織化を訴え、ロビイストとの重要性を説いた。 時代は行動する保守の全盛期で、見た目に綺麗な活動を主としてたら、腰抜け扱いされて味方に撃たれたり。
柴山大臣から返信をもらって、請願のことを思い出した。 時代の変化を感じる。
いま、保守派はある程度の組織化ができてきた。 私にも後輩市議ができており、各地に中核となる政治家が誕生してきた。 統制射撃みたいなこともできるようになり、足並みを揃えた動きもできるようになった。
最初は、一人だった。
あと少しだ。
きっちり、最後まで行こう。
まだ戦術的勝利に過ぎず、戦略的勝利には至っていない。
ここでしっかりと撃っておく。
共に、皆で、一歩を踏み出していこう。
盾には、私たちがなる。続け!
最後まで戦う人は、FBでのイイネ・シェア、Twitterでの拡散をお願いします。
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abraxas174 · 3 years
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『カリフォルニアの炎』ドン・ウィンズロウ 東江一紀訳
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「火事があって、死者が出た」と電話。ジャック・ウェイドはカリフォルニア火災生命の火災査定人。現場にはすでにオレンジ郡保安局火災調査官が到着済み。「ウォトカと寝煙草」と得意の<失火>説を唱えるベントリー。元同僚だが、わけあって二人は互いを嫌っている。ジャックは自らの目と手を使って、徹底的に調べ上げる。火元が二ヵ所あり、それを結ぶ燃焼促進剤の撒布パターンもある。まちがいなく放火だ。
やったのは死んだ女の夫で、不動産王のニッキー・ヴェイルに違いない。仕事が上手くいかず、借金もかさんでいた。別居中の妻との間には離婚話も出ているが、子どもの親権をめぐり係争中だ。自宅を燃やすことで、妻を殺し、親権と保険金を手に入れる、一石三鳥というわけだ。ジャックは査定の結果を火災補償部長のビリーに報告し、ビリーも放火殺人犯に保険金は払わないと息まくが、そうは問屋がおろさない。
ニッキーが弁護士と一緒に会社を訪れ「契約不履行」訴訟を起こすからだ。やり手の弁護士は、ジャックが手にした証拠を悉く突き崩していく。借金は返され、銀行には預金があり、証人は次々と姿を消し、現場の焼け跡はブルドーザーが整地にかかるという徹底ぶり。死体の肺に煙がなかったと言った医師は脅されて証言を翻す。いったいヴェイルとは何者か。情報を漏らしたのは誰か。会社側は五千万ドルでの示談で手を打つ気だが、ビリーが首を縦に振らない。ジャックは期限までに新たな証拠を見つけ、裁判に勝つことができるのか。
ジャックには放火の目撃者の命を守るため、被疑者に自白を強要した過去がある。証言台でそれを否定し、偽証罪に問われたが、保護観察処分と免職で起訴を免れた。<失火>ベントリーが裁判で目撃者の名を挙げたことで、男は殺された。職を奪われ、自責の念に駆られ、酒に溺れていたところを、ビリーに拾われ、今の仕事に就いた。裁判におけるジャックの証言は、かつて偽証したことのある男の言葉として陪審員の耳に届く。原告側弁護士はそこを突いてくるはず。
放火の証拠をわざと残しておき、保険金を支払おうとしない会社相手に「契約不履行」訴訟を起こす手口は『砂漠で溺れるわけにはいかない』で既出。それを大掛かりにし、しかも一捻りしてある。「過去の失敗に学ばない」「取引しない」頑固者が主人公。失業後、自分が一緒だと駄目になるから、と愛している女を追い払い、ストイックな生活を続けるジャック。サーファーが探偵役という設定は、後の『夜明けのパトロール』『紳士の黙契』のブーン・ダニエルズにつながる。
アメリカという国は、移民が作った国だ。しかし、先陣を切ったアングロ・サクソンと後発のイタリア系やアイルランド系その他の人種との間には厳然とした格差がある。美味しいところは全部アングロ・サクソンが握って放さない。他の国の移民たちがのし上がろうとするなら、同じ人種で集団をつくり、結束を固め、犯罪に手を染めるしか方法がなかった。
ニッキーの本名はダザャートニク・ワレシン。レニングラード生まれのロシア人だ。父のような貧乏役人で終わらせたくない母は息子を厳しくしつける。その甲斐あって息子は賢く育つ。KGBのカルボツォフ大佐は、美貌で人の気を逸らせないワレシンに目をつけ、リクルートする。アフガンで任務を果たすと、アメリカに渡り、ドルを盗んで国へ送れと命じる。そのためにユダヤ人を偽装して刑務所に入り、ロシア人マフィアの組織入りを果たす。
渡米した彼は組織内で頭角を現し、トップに上りつめる。「祖父(じい)さんはギャング、孫は弁護士。(略)三代かけての方向転換だ。それがアメリカの歴史。しかし、一代でそれを成し遂げてはいけないのか? いけない理由はない」。彼はそう考え、禁じ手を使い、表の稼業で成り上がる。ロシア人が夢見たアメリカン・ドリームが『カリフォルニアの炎』の裏の顔だ。一方に正義、他方に悪を置いて、長年にわたる両者の対決を描いたのが『犬の力』。悪が凄まじければ凄まじいほど作品世界の魅力が増す。その萌芽がここにある。
巨悪に対する一匹狼という図柄は見映えはするが、それが通じるのは虚構の中だけ��あることは誰の目にも明らかだ。それに比べ、見映えは悪いが、本音渦巻く悪の世界は怖いもの見たさもあって興味深い。騎士道小説とピカレスク・ロマン、任侠映画と『仁義なき戦い』は地続きだ。ドン・ウィンズロウは正統的なハードボイルドに軸足を置きながらも、少しずつノワールの世界に力点を移しつつある。
本作も、前半はリーガル・サスペンス風のミステリ色が濃いが、後半に入ると、一気にノワール感が加速する。主人公が一敗地に塗れてからが俄然面白くなる。カット・バック手法を駆使して、シーンの切り替えを速め、切れ味鋭いアクション・シーンが連続する。あれよあれよという間に、それまで見ていた強固な世界が、がたがたと崩れ落ちてしまう。終わってみれば、身も蓋もない世界が顔をのぞかしているではないか。
信じられないような裏切りがある一方で、今となっては古くさいと思われがちな、男たちの友情や人間同士の信義を守ることも忘れられていない。世に言う、ウィンズロウ節は健在だ。原題は<CALIFORNIA FIRE AND LIFE(カリフォルニアの火と命)>は「カリフォルニア火災生命」とも訳せる。「訳者あとがき」にもあるが、作中ジャックが受ける授業の中にある「火事の三段階(くすぶり、炎上、爆燃)をストーリー全体の骨格とみごとに対応させた」ところなど、読みどころは多い。
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kaname-izki · 4 years
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ロボコップ(1987 ポール・ヴァーホーヴェン/2014 ジョゼ・パジーリャ)
2014年に書きかけたままの記事を6年後に書き足して仕上げるというひどいもんですが、まあそういうこともあります。とりあえず本編。 二つの「ロボコップ」があります。 ひとつは1987年の偉大なヴァーホーヴェン版をその基点とするシリーズおよび派生シリーズ。 もう一つは、先ごろ(2014当時)公開されたリブート版。 ここではその両方について話そうか���思います。ええ、もちろん僕はどっちも大好きです。 ヴァーホーヴェン版「ロボコップ」は、これを彼の最高傑作と見る向きも決して少なくないほどの伝説的な映画です。 恐らくまったく知らない映画ファンの人を探す方が難しいんじゃないかと思いますし、何度でも観返すヘヴィなファンも少なからずいるでしょう。 かく言う僕も年に一度以上は観返しています。 この映画の何が素晴らしい、はまあ挙げると切りなく出てくるわけですが、その後の文脈を形成した部分ということに限って言えば、やはり「機械化された人間はそもそも人間か?」であり、また「機械化された人間の立つべき位置とは」というとこなのではないかと思います。 ヴァーホーヴェン自体はSF的な観点というよりは「死して後、墓から再生する聖者」そして「聖者の孤独」というキリスト教説話的構図を強く意識していたようですが、それがガジェットや独特の「映像内映像」描写によって揺ぎ無いSF感を獲得するに至ったのは、この映画の類まれな幸運といっていいでしょう。 実際マーフィーの主観視点カットの寄る辺なさはいま観ても圧巻で、彼が売りに出された元自宅を訪れ、実景に記憶がフラッシュバックするあたりのどうにもならなさは、何度観ても涙を誘います。このあたりの「主観の実景に別の情報がインサートされている」イメージの先駆性はこの映画を特徴付けているだけでなく、このあと現れる主観映像を扱った映画の多くに影響を与えていくことになります。 とはいうものの、さすがにもう30年近く前の映画であることは否めない部分も多々あって、たとえばそれは「失われた身体機能を機械でサポートする」ということへの意識的距離感に大きく表れています。 ヴァーホーヴェン版のマーフィーの絶望は「もうこれは人間の体ではない」ということにも根ざしていますが、しかしそれは「高度に制御されたサイバネティクスの身体」が遠い夢物語であった時代の意識でした。聖人でありつつ、彼はフランケンシュタインの怪物でもあったわけです。 しかし今現在、失われた機能をどう代行するかの技術開発はさまざまなレヴェルで進んでおり、まだ現実に下りてきてはいないものの、そういった高度な技術でサポートされた人体を異形の化け物とは、もはや思わなくなりつつあります。少なくとも生体として回復を図る再生医療よりはよほどリアリティのある選択と言えるでしょう。 「攻殻機動隊」が「義体」という言葉を定義してから、全身サイボーグのイメージはそれまでとドラスティックに変わりました。義手や義足といった「部分」から、ほぼ「全身」へ。その延長にある「今」のイメージの上にリブート版「ロボコップ」は立っています。 オムニ社という企業が立ち上げたプロジェクトの産物であるロボコップは、ヴァーホーヴェン版では、そのままジャパンフォビアの気分を持っています。 「ジャパンフォビア」と言ってももうそれがどんなものかピンとこない人が多いような気がしますが、工程の多くをロボットによって自動化し生産効率をすさまじく上げた日本の自動車をはじめとする産業が、驚異的な貿易黒字をもたらした時代がありました。80年代前半のことです。 勤勉で会社のためにどんな労苦もいとわないロボットのごとき日本人の働きぶりも相まって、アメリカの自動車は低価格で高品質な日本車に圧倒され産業ごと駆逐されるのではないかという恐怖がアメリカの人々の間に渦巻きました。―現実的にどの程度圧倒されたのかはさておき、旧態依然とした工場は閉鎖が相次ぎ失業者があふれ―といったイメージが喧伝され、日本はミステリアスなだけでなく理解不能で恐ろしいという印象が共有されました。ロン・ハワードの「ガン・ホー」はまさしくそういう時代を描いた映画ですね。 マーフィーが戻ってきて目覚ましい働きをすると、生身の警官たちが「あんな風に働けない俺たちはいつかお払い箱にされる」とふて腐れて集団的反抗をする、というのは まさしくそういう気分を引き写したものです。今でも自動化されることで働く場所が失われる、という不安はどこにでもあるものですが、今は「いつの間にか失われる」で、この頃は「鋼の腕で追い出される」という感じなのです。 リブート版においてはそういう実力行使的な雰囲気はすさまじく希薄です。なぜならば、言及したように人の居場所は「いつの間にか失われる」からで、その理由を語ることからこの映画は始まっています。そうです、「ED209とロボット歩兵、航空ドローンによる相互連携が実現するシステマティックで人的被害の出ない都市制圧」の風景です。その高度な判断、対応速度、制圧力の前に人間の入る余地はありません。むしろ都市戦においては「人間を主戦力とするがゆえに、最終的にはロボットを端末とするシステムに勝てないのではないか」と提示されます。 現実に、前線で兵士を戦わせるリスクに対し、とてもデリケートになっているのが現代の先進国の軍事です。今や無人機は様々な種類が戦闘の現場に投入され、自国(まあ主にアメリカですが)の兵士を死なせることなく、自国の兵士の肉体的鍛錬を無に帰することなく作戦を遂行します。そんな今だからこそ、ネットワークで接続されたロボット群の作戦遂行能力には一定以上の説得力があり、この映画の中でも「治安維持のような危険な仕事に人間は従事するべきではない」という論調が幅を利かせている、と描写されます。冒頭のニュースショウのホストはまさにそういう論調の急先鋒でした。 しかし、その一方で「『判断』は人間がすべきである」という考え方も根強く、米国内での大規模なロボット治安維持システムの導入はある法律によって阻まれていました。今回のロボコップはこの法律「ドレイファス法」をクリアするために半ば人間、半ば機械のキメラとして第二の生を受けます。 人間の機能としては、判断をするべき脳がありさえすればいい。 人間とは脳と、人間であることを主張し規定する程度のパーツのことだ。 マーフィーが、自分の体がどうされてしまったのかを知る場面の絶望感は、そのブラックコメディ的な絵面も相まってすさまじいものがあります。それは、彼にはアイデンティティと自由意志が(仕方なく)残されており、不幸にも「自分」を確認できてしまったからです。そして、彼は彼の意志で生存しようとしたわけではない、ということも彼の絶望に拍車をかけます。 死に瀕した家族の生還を願うのは家族としては至極真っ当で、もしそれを可能にする手段があるのなら、どんな形ででも回復してほしいと願うのも至極真っ当です。「この方法でしか助かりません」と言われれば、たぶん多くの家族がその方法を選ぶでしょう。救われるべき本人の意思確認ができないのであれば、意思決定は家族に委ねられます。かくて彼は生還を果たしました。 ですがそうして救われたいのちがその意思でこう口にするのです。 「殺してくれ」 と。 自力で死ぬことはできないいのちが懇願する死。 しかし、高度なテクノロジーと多大な投資により維持される彼の体にとって自由意志の居場所はほぼありません。もちろん死ぬことなど許されはしないし、選択的に行動することもできません。「意思決定の事後承諾」という矛盾すらコントロールの下にあり、そしてそれは彼に知覚されません。 しかし彼がロボコップとして甦ったから、そうなのでしょうか。 違います。 「社会」という巨大な投資により運営されるシステムに依存して生きる我々のすがたは、彼と大差ありません。 我々が自分の意志で決定できることは実は社会が用意した選択肢の範囲で自由なだけであり、生も死もそのはじまりから終わりまで、決して好き勝手にできることではないのです。 恐るべきさまざまな手続きを経て社会に参加し、退場するときもまた手続きを必要とする。それが社会に生きる我々であり、その姿を端的に戯画的に悪趣味に絵にしたのがリブート版ロボコップだといって過言ではありません(個人的にこういう悪趣味さは大好きです)。 リブート版はロボコップの身体に関して「ガジェット」としての描写を大幅にアップデートしています。ネットワークに接続するものが多くなった今、むしろ自然にそうなってないとおかしい、というレヴェルで外部からコントローラブルな道具として描かれます。 現実問題モニタできない精密機械なんて、運用面でも保守面でも危険極まりない。当たり前のことです。機能が高ければこそ「コントロールの自主性による危険」をガジェットは常に内包しており、危険が他者に及ぶ可能性があれば、システムとしてそれを回避することを考えるし、技術としてそんな外部コントロールや、フェイルセーフシステムの強制介入で自主性を剥奪することもわりと普通なのが今現在。「自由意志の選択」を巡る部分に関してもはっきりと劇中こう言っています。 「彼は主役は自分だと思っているが、それは自由意志という名の幻想だ」 言葉にするって大事なことです。 「人間の意識とか感情って、割と簡単に薬物でコントロールできるも���なんだって知った」 という友人の言葉を僕は思い出しましたが、「そうである」ことを宣言することで生じる意味というものがあります。これもその類いで、戯画として描かれてはいますが「現実的」です。 昨今を考えても、人間一人一人の行動をどこまでモニタできるのか、が社会的に重要なトピックになっています。システムとしては個人の上部構造としての社会として振舞うことが合理的である以上、「社会を成り立たせるコントローラブルなガジェットとしての個人」でいてくれないと困る、というのはまあ偽らざる本音でしょう。そんな「普通」の気分がこの映画には蔓延しています。 ヴァーホーヴェン版とリブート版が大きく違うのはここです。 およそ30年のあいだにあった技術革新やそれが可能にした社会の変化、それに伴って「個人」の自己認識も当然のように変わります。なにが悲劇か、なにが救いか、も「社会」との関わりの中で描けば変わってしかるべきです。 「暗黒メガコーポvs.ロボコップ」 は 「社会の合意形成vs.ロボコップ」 と構図を変えました。リブート版はそれゆえに、より「個人」マーフィーの側面を強く押し出し、ラストシューティングの意味合いもがらっと変わりました。 僕個人的には「そういう奇跡みたいな部分をある種の『望み』として見せるのって『もうかなりマシンになった彼』の描写としてどうなのかな」という気持ちがないではないんですけど、「警官」ではなくまず「個人」として続いていく彼の行く末を考えれば、システムを意思がねじ伏せた瞬間と、そこから神の視点に移る流れはまぎれもない祝福の場面でありました。彼は聖人ではない。ヒーローは正義を体現しこそすれ必ずしも聖人ではない、というのは、これも30年の大きな変化ですね。 リブート版はそうなるに至る手続きと、その後をニュースショウで語る構成になっていましたが、現実にはこの映画のあとトランプが大統領になってマスコミとすったもんだやるのだなぁ…と考えると、なかなか感慨深くもありますね。 人体をパーツの集合体として、交換可能で維持コストのかかるものってことで徹底した映画だと「レポゼッション・メン」という壮絶な映画がありますが、リブート版は絵面にそれに近いドライさを感じました。これも30年の医療の進歩が変えた認識の違いで、要するに両方観直して比較してみようぜ、というとこに落ち着くわけです。僕のお薦めはもちろんヴァーホーヴェン版→パジーリャ版ですが、思い入れの強い方から観るのももちろん良いです。 アメコミ勢にはフランク・ミラーが脚本をやってる「ロボコップ2」もお薦めです。こちらはなにげに「人間の脳が人間に本来ない機能を持つ機械の体に適合してコントロールする」ところがしれっと描かれていて、ストップモーションの味わいも深い逸品です。まだ観てない方はよければ是非。観てても是非。
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efnui · 4 years
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20200604
月曜だけ出社して、あとはずっと在宅勤務。来週はなんと1日も出社しない。お客に「訪問してもいいですか?出社状況どうですか?」とメールや電話をすると、不要不急の面会は控えてますとの返事。そらそうや。分かりきってることを尋ねなければならないのが居た堪れない。そんな些細なことでも苦虫を噛んだような気持ちになる。
よく眠ってしまう。横になると夢の世界。仕事があまりない。それでも給料はカットされないどころか残業代も出るし、月末のボーナスもおそらく去年冬より上がる。寄らば大樹の陰ってやつか。組織がでかいことの有難さを身をもって知るけど、自分は大して何もできてないのになと思う。思うものの貰えるものは何でも貰いたい。その割に会社は辞めたがってる。矛盾。この空き時間を使ってもう少し何かすればいいのに、資格の勉強をちんたらちんたらやってる。
安定した給料と福利厚生が揃っていればある程度は何でもいい。と思っていた。生活が第一で、自分で自分を食わせていかなければならない。そして現状は実際それをやれている。なのに私という人間は愚かでわがままで、今さらほんとうに今さら(本当にをほんとうにと平仮名で書くときの嘘っぽさって一体何なんやろうな)やりがいや知的好奇心を満たす術を求めている。やりがいが全く無いわけではないけれど、(なんでみんなこんな一生懸命なんやろう、どうでもよくない?)と思わずに居られないことが多い。周りもそんな素振りを見せてないだけで本心ではそう思ってるんかな。
業務が終わって夕飯を済ませてからシーシャ屋に行って、ずっと司馬遼太郎『世に棲む日日』の2巻を読んでた。まだ3分の1くらい残ってる。久坂玄瑞が高杉晋作に「思想というものは電光を発するものでなければならぬ」と言う。そのときにふと、明治生まれの歌人・明石海人の言葉を思い出す。「深海にいきる魚のように自ら燃えなければどこにも光はない」。これも癩(ハンセン病)に罹った彼の思想と言える。そういえば、買ったまま手をつけられていない危険物取扱の参考書に「燃焼とは、可燃物が発熱と発光を伴う急激な酸化反応である」と書いてあったな。生きるとは自ら光を放ちながら思想を燃焼させることなのか。上で引いた明石海人の言葉は歌集『白描』の序言の一部で、「癩は天刑である。」から始まり「癩はまた天啓でもあった。」で締め括られる静かに激しく美しい短文は定期的に読み返したいと思う文章の一つ。明石海人はハンセン病に罹り、失明ののち声を失い、最後には結核で亡くなった。高杉晋作に続きまた結核。明日は私の結核治療の経過観察の日。私の結核は治ってしまった。時代が違えば結核は私にとっての天刑・天啓となったのだろうかと、やや的外れにも感じられるようなことを煙草に火を点けながら考える。
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linkshair2014 · 5 years
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【5月20日(月)】 病院へ訪問カットに行ってきました✂︎ 今日は今までで一番カット人数が多かったと思います‼️ スタッフ5名で行けたので、お昼までに終わりました。  お医者様から「カットをした後にご家族の方々が、すごく喜んでいますよ!😊」と嬉しい感想をいただきました。��  Links Hairでは 訪問理美容で一緒に働いてくれる方を探しています😊✂︎ 我々と一緒に病院や老人ホーム、障害者施設などに行って仕事をしてみたい方はいませんか?  現在募集しているのは 第1火曜日 第3月曜日 第4火曜日 全て午前中のみになります😊✂︎  興味がある方はご連絡ください。  松本克明  ˚°ºᵒ•♡•ᵒº°˚♢°ºᵒ•♡•ᵒº°˚♢°ºᵒ•♡•ᵒº°˚  Links Hairでは病気や怪我で理美容室に来れない方のために出張訪問カットを行なっております。 病院や老人ホーム、障害者施設などにも定期的に伺っております。 個人宅にお伺いすることも可能です^_^ お気軽にお問い合わせください。  ˚°ºᵒ•♡•ᵒº°˚♢°ºᵒ•♡•ᵒº°˚♢°ºᵒ•♡•ᵒº°˚  Links Hair Tel 042-785-2538 Web http://links-hair2014.com/  #LinksHair #リンクスヘア #出張 #出張理容 #出張美容 #出張カット #訪問理容 #訪問美容 #訪問カット #美容室 #理容室 #ヘアサロン #相模原美容室 #相模原理容室 #下九沢理容室 #下九沢美容室 #上溝理容室 #上溝美容室 #大島 #田名 #橋本 #横山 #緑区 #中央区 https://www.instagram.com/p/BxtVlJ6HfM9/?igshid=lvrlkz33srne
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eccjrtamuracho · 5 years
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ウズベキスタン旅行2018 - Part 18
いやー!ついに!ついに!ついに!終わります!!
ウズベキスタン旅行2018 - Part 1 ← サマルカンド編(1日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 2 ← サマルカンド編(1日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 3 ← サマルカンド編(1日目~2日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 4 ← サマルカンド編(2日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 5 ← サマルカンド編(2日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 6 ← サマルカンド編(2日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 7 ← サマルカンド/ブハラ編(2~3日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 8 ← ブハラ編(3日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 9 ← ブハラ編(3日目~4日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 10 ← ブハラ編(4日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 11 ← ブハラ編(4日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 12 ← ブハラ編(4日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 13 ← ブハラ~ヒヴァ移動編(5日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 14 ← ヒヴァ編(6日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 15 ← ヒヴァ編(6日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 16 ← ヒヴァ編(6日目) ウズベキスタン旅行2018 - Part 17 ← ヒヴァ/タシュケント編(7日目)
さて、ランチ後にまず向かったのは、、、
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ウズベキスタン歴史博物館。それこそ石器時代くらいから現代まで、この地の歴史をざっと見るにはぴったりです。私は特に、現在のウズベキスタンのことを知れるゾーンが面白かったです。
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現ウズベキスタンの創始者と言ってもよいかもしれない、前ウズベキスタン大統領のイスラム・カリモフ(Islom Abdug‘aniyevich Karimov)氏。
ウズベク・ソビエト社会主義共和国時代から大統領を務め、ソ連崩壊後ウズベキスタン共和国になってからもそのまま、その職を続けます。その後2016年に亡くなるまでずっと大統領だったカリモフ氏。海外からは「独裁者」と批判されたこともありましたが、ウズベキスタンでは皆から愛されていたと言います。彼の出身地であるサマルカンドにお墓がありますが、今でも氏が大好きだった赤いバラの献花が絶えることはないそうです。
ガイドさんが仰っていましたが、カリモフ氏が決めたことの中でとても良かったと思うことの一つが国教をイスラム教と定めつつも、戒律を厳しくしなかったことだ、と。まぁ、宗教に関しては、人それぞれ信仰度合いが違うでしょうから、それが一概に良かったとは言えないかもしれません。しかし、この緩さは、私たちのような部外者がウズベキスタンという国を訪れやすくする事に、一役かっていることは間違いないのではないかなと思います。
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ウズベキスタンの経済を大きく発展させたカリモフ氏。ウズベキスタンの自動車産業の中心はUzAuto。道を歩いていても、日本車は全然見かけませんでした。韓国とのつながりがあるので、韓国車はたまに見たかな。
そんな中で唯一UzAutoと連携してバスなどにエンジンを提供している日本の自動車会社がISUZU。日本の企業が頑張っている話を聞くと、ちょっと嬉しい。
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ウズベキスタン内を走る列車はUzbekistan Railwayのみ。Part 1でスペイン製の車両を紹介しております。
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ウズベキスタン国内便は全てUzbekistan Airways。私もお世話になりました。
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電化製品はちょっと前まで、やはりSamsungやLGという韓国企業の製品が多かったそうです。が、最近出てきたウズベキスタンの企業がこちら、artel。質は悪くなく、関税がない分韓国製品より安いということで、今急速な勢いでシェアを広げている人気企業だそうです。
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ウズベク紙幣。カードが使えないので、今回非常にお世話になりました。
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殆ど使える場所がないクレジットカードですが、あるのはある。でも、使えないもんだから、こうして博物館で掲示されるw
タシュケントで初めてATMが置かれたところは、ある意味観光名所みたいになったのだそうです(笑)。現金を引き出す様子がテレビで放送され、皆驚いたとか。
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こちら、ウズベキスタンのパスポート。日本のパスポートとは、扱い方がちょっと違う。詳しくはWikipedia先生に。→ ウズベキスタン旅券
ウズベク人が持っているのは左側のもの。右側のものは所謂IC旅券。しかしガイドさん曰く、ウズベクのIC旅券は世界にこの博物館に展示されているもの1つしかないのだとか!ここ以外で誰も見たことがない、とwww。ま、もしかしたら今後導入されていくのかもしれません。
さて、博物館を出た後、徒歩で向かったのがこちら。
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ナヴォイ・オペラ・バレエ劇場(A.Navoiy nom. Opera va Balet teatri)。1947年に完成した1500名を収容できる劇場です。
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中には入っていませんが、内装も素晴らしいのだとか。9月~5月にかけてが劇場シーズンだそうです。
で、わざわざこの劇場を見に行ったのには理由があります。実はここ、日本人との所縁が深い劇場なのです。
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この劇場、第二次世界大戦後、タシュケントに拘留されていた旧日本兵が、強制労働で作った劇場なのです。
捕虜として過酷な環境の元働かされていた日本人ですが、その仕事ぶりは非常に真面目だったとか。丁寧に作り上げられたナヴォイ劇場。1966年、この地を大きな地震が襲います。多くの住宅や公共建築物が倒壊してしまいましたが、このナヴォイ劇場は無傷で残ったのだそうです。市民の避難場所としても大きな役割を果たしたと言います。
カリモフ大統領のWikipediaのページに、こんなことがかかれています。
「親日家として知られ、1997年に麻生太郎が日本の閣僚として初めて面談した際、子供の頃、毎週末毎に母親に手を引かれ日本人捕虜収容所へ連れて行かれた時のことを「せがれ、ご覧、あの日本人の兵隊さんを。ロシアの兵隊が見ていなくても働く。他人が見なくても働く。お前も大きくなったら、必ず他人が見なくても働くような人間になれ。お蔭で母親の言いつけを守って、今日俺は大統領になれた」と語っている。  日本人捕虜が建設したナヴォイ劇場は1966年4月26日のタシケント地震でもビクともせず、1996年に日本人抑留兵の功績を称えてウズベク語、日本語、英語で書かれた銘板を掲げ、日本人の功績を称えた。その際「決して『捕虜』と書いてはいけない」と厳命したため、「極東から強制移住させられた数百人の日本人」という表現になっている。」
旅先では、日本人の先人の素晴らしい生き様のおかげで、日本に対して非常に良い印象を持ってくれている方がたくさんいます。現代の私たちは知らず知らずのうちに、その恩恵を受けている。この価値は本当にお金では買えないものだし、私たちはそれを次の世代へと引き継いでいかなければならないと思います。
東京オリンピックが終われば、2025年問題そしてその先、日本の経済は萎んでいく。世界の中での経済的な日本の地位はどんどん下がっていく。でも真面目で丁寧、信頼できる、人のために心を尽くす、そんな日本の真心は、今を生きる私たちさえしっかりしていれば、決して死なないと思うのです。そして、目には見えない部分で日本という国の底力となるんじゃないかなと思います。(まぁ、黙ってちゃあ分かってもらえないので、アピールする力も必要なんですけどね。その話はまた別の機会に。)
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感慨深く街を歩いた後は、スーパーでちょっとお買い物。そして、早めのディナーに行きました。
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首都のレストランは、ちょっとおしゃれ。
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最後だな~と思って、ここで私は食べ過ぎたorz  んでもって、また胃腸の調子を崩すというね。帰りの飛行機の中の機内食は全く手を付けられず、帰国後もおかゆ生活を暫く続けるというね(ノД`)・゜・。
今回の旅は休みを目いっぱい使っての9日間の旅でした。(旅行記では、前後の移動部分がカットされているので、7日になってますが。)のんびり旅とはいえ、帰国して翌日すぐ仕事ってのはまぁまぁきつかったです(笑)。でも、ウズベキスタンはこの長さだったからこそ堪能できたんだろうなと思います。今回も両親と一緒の旅でしたが、二人の体力があるうちじゃないと、この距離と日程をこなすことができないだろうな、とも思います。
生徒たちにお���産を渡すとき、いつも「今回はどこに行ったでしょう?」クイズを出すのですが、毎度正解者が出ないっていうねwww いつも面白い旅行を提供してくれているのは、Five Star Clubさんです。あんまりメジャーじゃない渡航先ツアーも盛りだくさん!かといって、バックパック担いだソロ旅系というわけでもないところがありがたいです。
今回のウズベキスタンツアー、日本語の話せるガイドさんが基本的にずっと一緒だったので安心感半端ない。しかもうちの家族だけっていうね(*´з`) この日程、この待遇で、この値段!というコストパフォーマンスの良さは、東欧や中央アジアの良さでしょうか。
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今回の旅の満足度がとても高かった理由の一つは、ガイドさんが素晴らしかったということでしょうか。日本の大学への留学経験もあるこちらもカミちゃん。←あだ名、ですねw。日本語が上手なのも勿論ですが、とにかく知識量と向学心が半端ない!どの場所に行っても解説がとても面白く分かりやすかったんですよね。そして、ガイドをしながら、お客さんから多くの日本語を常に学ぼうとされています。「玉座」とか「轍」とか、相当マニアックな語彙を知っていてびっくりしたり。泉が湧く伝説の話を教えてくれた時に、空海さんのお話をしたら、iphoneですぐ自身で調べて「次のお客さんに話します!」と��っていたり。その姿勢は、とても学ぶところが多かったです。
まだまだお若いカミちゃんですが、ウズベキスタンではそろそろ結婚適齢期を過ぎる頃合らしく、それをもネタにしながら、ウズベクの結婚事情なんかをよく話してくれました。ウズベキスタンでも、女性が働くことは当然あるのですが、基本的には「女性らしい」仕事が多いんだそうです。女性らしい仕事ってなんだ?って思いましたが、教師とか看護師とからしいです。「ガイドはどうなの?」と尋ねたら、これは「男性らしい」仕事なのだとか。何日も家を空けて旅人を案内するからだそうです。なんというか、結婚観や仕事観は、本当に一昔前の日本のよう。
そんなウズベキスタンでの彼女の夢は自分で旅行会社を作る事だそうです。そして、日本にも再び留学で訪れるという事で、色々準備もされていました。もしかしたら、この春から来ているのかな?ウズベクの女性としてはまだまだ珍しいタイプでしょうし、これからガラスの天井にぶち当たる事も何度もあるでしょう。でも、彼女ならきっといつかそれを突き破り、かの国で新たな道を開いていく一人になれるんじゃないかなと思います。
余談ですが、この旅行のあと12月かな?NHKの世界ふれあい街歩きという番組で、サマルカンドの放送があったのです。大人コースにきてくれている方が、その番組を録画して見せてくれたのですが、そこにガイドとしてカミちゃんが登場しています!うーん、オンデマンドなんかだったら見る事ができるのかな?いや本当に、素敵なガイドさんに出会えて、ラッキーでした♪
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ウズベキスタンの観光地で、様々な施設に入ったりそこで写真を撮ったりするのには、お金がかかります。でも、今回の旅では旅行代金にそれが全て含まれていて、私たちが現地でいちいち入場料や写真代を払う事なく、その辺りもすげてガイドさんがやってくれました。なんという楽なツアー!!
最初の方で書きましたが、以前は比較的行きにくかったウズベキスタン。2018年2月から、日本国籍者は30日間までの滞在に関してビザが不要になりました。税関申告も、そこそこの大金や高額商品を持ち込まない限りはスルー可。交通要所などの写真撮影は禁止と聞いていましたが、多分軍事施設とかでなければ、今は大丈夫。むしろ、一緒に写真撮ってくれ案件多発www。外国人が旅行しやすい環境に、どんどん変わりつつあるようです。
それでも、他の国にはなかったものが上の写真の滞在登録。といっても、私は何もしていませんが、滞在登録はホテルが代行することになっていて、それを済ませた証拠に、上の写真のようなスタンプの押された小さな紙を渡されます。これはちゃんと保管しておいて、出国の際に提出する必要があります。この滞在登録をしてもらうために、ホテルにパスポートを預けるんですよね。若干こわい気もするけど、まぁ仕方ない。というか、私の勝手な印象では、今のウズベキスタンなら大丈夫だな、と。日本と一緒で悪い人はどこにでもいる。でも、基本的に治安は非常に良くて、色々な意味で人々がのんびりゆったり構えている感じがします。
日本人にとっては馴染みが薄い中央アジア。なんなら「~スタン」と聞くと危険なイメージがあるかもしれない中央アジア。でも、東アジアとも欧州各国とも違う中央アジアならではの光景は、旅を忘れがたいものにしてくれます。中でもウズベキスタンは、きっとこれから人気が出るに違いない!随分長い旅行記になってしまいましたが、少しでも皆様がウズベキスタンをはじめとする中央アジアに興味を持ってくれたら嬉しいです(*^^*)。生徒たちにも何か印象が残れば良いなと、いつも思います。
って、半年近く前の旅行記がやっと終わるというね(爆)。もっとサラッと書き上げられる技術を身につけたいorz そしてECCジュニア田村町教室は明日から2019年度のレッスンが開始です!今年度も多くの子どもたちと、楽しく英語を学んでいきますよ~!楽しみでっす(*´ω`*)
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takashimatsui1960 · 5 years
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 日曜日の夜、小堀鷗一郎先生(小堀杏奴の長男=森鷗外の孫、ということでここでも取り上げます。昨年先生の著作『死を生きた人びと』を読みましたし)の訪問診療を採り上げた番組がまたオンエアされます。まえのBS1スペシャル『死に際の医療』とかぶってるところがありそうですが、おすすめします。
(後日記)地上波放送にあたり、いくつかのシーンがカットされていました。何人かの患者さんがそのように希望されたのかと思いましたが、さらに後日のBSスペシャル版再放送では、またフル版が再放送されました。
同じ訪問診療チームの別の先生が活動する場面がカットされていたようで、おそらく尺(番組の放映時間)の問題でしょう。
じつは、拙宅で在宅介護を見直すきっかけになったのがこの番組でした。知らず知らずのうちに、介護者は自分を追い詰めているかもしれません。ほんとうの「孝」っていま、なんなんだと思わせてくれます。
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