2018年度の第一回合同練習会のレポートです。
5月19日の土曜日(友引)に今年度の第一回合同練習会を行いました。前日は29度の東京から移動し、夜の福島市は雨でしかも3月並みと言われる冷え込みのため、しおれそうな天候でしたが、おかげさまで一転晴れました。
新緑におおわれた練習会場の福島民報社ビルに楽器を担いだ団員達が歩道橋の上をすたすたと向かっています。
この第四期は3月の演奏会から1ヶ月だけ置いての5月からスタートとなりました。これまでは毎年7月の説明会からのはじまりでしたから、今期は気合が入っております。
まずは東北ユースオーケストラの第四期の活動についてお話しをしました。新しく入団するメンバーの保護者の方々も何名かお越しになりました。決して怪しい団体ではないことをご理解いただくために、まずは事務局の自己紹介から。
トップバッターとしてのわたくしは某広告代理店勤務でありながら、もう一つの顔である一般社団法人田中宏和の会の代表理事としての、田中宏和運動ネタなどを混じえて、笑いを取り、場を温める係です。
事務局自己紹介で最も注目を集めたのは、長年福島テレビの社員としてFTVジュニアオーケストラの事務局を務めて来られ、今は東北ユースオーケスト���の母、大塚真理さんの1ヶ月での変身ぶりでした。
ヘアスタイルだけでなく、ファッションスタイルも攻め気味でした。
事務局紹介に続き、「石の上にも3年」と、石に座った猿をスクリーンに投影しながらお話ししました。目の前に座っていた小・中学生団員に「石の上にも3年って知ってる?」と聞いても恥ずかしがって答えてくれませんでしたけれども、これまで「いつまでもあると思うなTYO」と団員に何度となく言い放ったこともありながら、運営サイドとしては心身労力をかけて何とか3年間続けられたという感慨があります。
第四期は「原点を見直そう。」と言いました。311直後の学校の楽器修復プロジェクト「こどもの音楽再生基金」を継承するかたちで、2013年のルツェルンフェススティバルの復興支援プロジェクトARKNOVAをきっかけに発足した東北ユースオーケストラの成り立ちを話しながら、ちびっこ団員には理解が難しいかと思いながらも東北ユースオーケストラの理念を語りました。
このオーケストラは、
311から生まれた縁であり、
つねにオープンな組織である。311を体験した人にとって「機会平等」である、と言いました。
この3月の演奏会が終わって、団員に反省点や改善点、今後の活動に望むこと、次に演奏したい曲などの意見を募りました。その中で、匿名の意見として、入団にあたってはオーディションをするべきというリクエストを受けました。この意見には事務局一同、正直がっかりしたのです。坂本龍一監督はじめ運営サイドの意志がまったく伝わっていないなと。
だからあえて厳しいことを言いました。以前から「来るものは拒まず、去るものは追わず。」と言っていたのですが、今年は一行加えました。
東北ユースオーケストラは演奏の技量で入団の選別をしません。むしろ、福島事務局を置かせていただいている楽器店ブリリアントの経営者である渡辺豊さんが取り組まれている未来ふくしま芸術創造アカデミーでの楽器を触ったことすらないような子供たちに音楽演奏への扉を開く試みに連携して、今年の東北ユースオーケストラの合同練習会のどこかのタイミングで、オープンキャンパスのような、はじめての楽器体験ができる日をつくろうと前日に話し合っていたのでした。
志が違う人には去っていただいて、団員が半分になっても、一人になっても、必要とされているのなら続けるのが東北ユースオーケストラだと、あらためて宣言しておきます。
そんな戦闘的な気構えで今年度を迎えようとしていた先週。この3月で卒団し、4月から望みが叶って北海道の誰もが知る会社に就職した、服部未来子さんから連絡が来ました。今年度のキックオフにあたって団員に差し入れを贈ってくれるというのです。せっかくだからメッセージも送ってと返したら、長文のメッセージが戻って来ました。
あまりに長かったので、団員にも「服部さんからメッセージが来たんですが、相変わらず熱過ぎて、しかも長かった」と言ったら、それだけで笑いが起きていました。
まずは札幌での研修で4キロ痩せたという服部さんの狙いを感じる写真を映し出しながら、
いただいたメッセージを抜粋して紹介します。
東北ユースオーケストラの団員の皆様、北海道からこんにちは!そして、お久しぶりです。(新規の方は、はじめまして!)
東北ユースオーケストラのOBOG会会長の服部未来子といいます。
まずは、第4期の活動開始、本当におめでとうございます。そして、4期の活動のために各地から集まってくれたことに関して、本当にありがとうございます。特に、新規団員の皆様、よくぞ勇気を持って一歩踏み出す決断をしてくれました。
TYOと私の関わりについてお話しします。2014年夏、大学2年生の時に一般社団法人TYOの1期立ち上げに参加し、そこからヴィオラを始めました。演奏に関しましては、1期・2期とヴィオラのパートリーダー兼首席を経験させていただきまして、また、演奏以外では高校卒業以上の皆さんでR18会というものを組織し、練習以外の時間で交流会を開いたりしていました。未だに卒業した団員や現役の団員と遊んだりしますが、本当に楽しいですね。
TYOは、近年稀にみるぶっとびオーケストラです。ありえないようなことを実現しちゃう、エンターテインメントなオーケストラです。坂本龍一監督が床に寝そべって集合写真に写っちゃうオーケストラなんて、世界中探してもここしかありません(笑)。3年間を振り返ってみると、面白いし、しんどいし、滅茶苦茶だし、けどなんかクセになる病みつきオーケストラだったなぁと思います。私はTYOの存在があったからこそ充実した音楽ライフを送ることができたので、この感謝の気持ちをどうにか返し続けていきたいなと考えております。TYOが存在し続ける限りは、私をはじめOBOGのみんなでTYOの活動を応援し続ける所存です。だからこそ、団員の皆様には自分のできることを最大限にやって、やり切って、6月の有志演奏会や3/30・31の演奏会などのあらゆる機会を利用して、または機会や活動を自分たちで創造して、TYOならではの楽しさや面白さを世界に発信していって欲しいなと願っています。
そのためにも、まずは楽譜を製本し、譜読みを行い、楽譜に書いてある音符を、みなさんの手で、楽器で、音楽に変えるところから頑張ってください。音を並べ���こと=音楽ではないことは皆さんよく分かっていることと思います。最近読んだ『入社1年目の教科書』という本に書いてあった3つの原則を音楽に当てはめるなら①頼まれたことは必ずやりきる②50点で構わないからまずは早く「フォルテ」で音を出せ③つまらない練習はないということが言えます。あとは、練習には必ず消しゴムとB2以上の鉛筆とチューナーを持参することを習慣にするといいオケマンになれると思います。まあ、1番大切なのは気合いとやる気です。そこは今この瞬間から変えられるところです。「音楽」が「音が苦」にならない程度に、健全に頑張ってください。皆さんの頑張りを、そのうちこの目で確かめにいきたいなと思ってます。
北の大地からTYOを応援しています!
服部さん、ありがとう。いただいた六花亭のお菓子詰め合わせと、盛岡のトランペットでプロを目指している中学生、藤田サーレムくんです。
今年の団員構成です。総勢114名でスタートします。
そして、来年の3月の演奏会でのメイン楽曲の発表です。
東京事務局の飯島則充さん、東北ユースオーケストラのテクニカル・ディレクターであり、長きに渡って坂本龍一監督のライブの製作をされているプロマックスのCOOの飯島さんに解説をお願いしました。
この場で紹介されたエピソード。飯島さんが音大生だった何十年か前に、教員試験と初のプロオケでの演奏会が重なり、悩んだ末に選んだトロンボーン奏者としての板乗りがなんとブラームスの交響曲第2番だったと。この曲に縁を感じるとのお話しでした。
そして今年度の運営の方針です。
団員のみなさんが「こうしたい」「やりたい」と言うならば、事務局はできる限りのサポートをしますよ。「音楽性」についても、楽器演奏が上手と同じではありませんよとお話をし、さらに他のオーケストラやクラブ活動では体験できない、東北ユースオーケストラでしかできない活動にしていきたいと述べました。
今年度のキャプテン発表です。思えば、オーケストラで「キャプテン」もあまり聞かないですが、こちら「ぶっとびオーケストラ」だからいいのです。
2年間キャプテンを務めてくれた畠山茜さん(ヴァイオリン、大学4年生で絶賛就活中)から告げてもらいました。
2018年度、第四期の東北ユースオーケストラのキャプテンは、福島県の会津出身、現在は武蔵野音楽大学の3年生でホルンを担当している磯貝雛子さんとなりました。
なんと前任の畠山さんがつけていたという東北ユースオーケストラのキャプテン日誌が渡されます。わたくしは思わず写真を撮ったのですが、じーんとしましたよ。
そして、2年間キャプテンを務めてくれた畠山さんから。
なんとそんなに気が効くのか。TYOでの活動で坂本龍一監督、吉永小百合さん、渡辺真理さん他みなさんからいただく差し入れで学んだのでしょうね。差し入れは、人類の起源からあったと思いますよ。ホモ・サピエンスは、アウストラロピテクスから木ノ実の差し入れを受け取っていたと思う。畠山さん、ありがとう。引き続き就活の支援をします。もはや東北ユースオーケストラで活動していたら就活で有利くらいにしたいものですね。
はい、磯貝キャプテンの所信表明。
この後スクロールしていただくと、磯貝新キャプテンのインタビューをご紹介します。
何しろ今年度は動きが早いですよ。さっそく有志演奏や岩手宮城福島の各県担当などの各係のリーダーが磯貝キャプテンから発表となりました。
この読み上げている画面を送ってもらいました。
各係のリーダーのみなさん、どうぞよろしくお願いしますね。
そして、今期からの規則を東京事務局のTYOのお姉さん、岡田直美さんから発表発表。
東北ユースオーケストラの活動への熱意年間三回の欠席で退団とする、通称「スリーアウトルール」を導入することにしました。団員のみなさんは、とにかく貴重な合同練習の機会を逃さないよう、万が一避けがたい理由で欠席の場合は、わかった時点で事務局に連絡するようにしてください。
続いて、第一期から熱心に取り組んでくれている仙台の大学四年生、トランペットのパートトップの中村祐登くんが、自らリードして作成した13ページに及ぶ「団員による団員のためのマニュアル」を紹介、説明してくれました。
なんとも頼もしい限り。今年は後進の育成にもしっかり取り組んでください。
そして、全員による自己紹介タイムとなりました。まずは最前列の一番右に座っていた郡山市出身の石川律くんから。
この春めでたく受験に合格し首都圏の大学生となった石川くんは、このあと奇しくも初めてのコンサートマスター席での練習となりました。
宮城県の中学生、トロンボーンの福澄茉音くんは、発足時からの最古参メンバーの一人です。
しっかりわたくしのフリを利用して「石の上にも3年」と言って笑いを取ってくれました。大人になりましたね。
福島出身のフルートの遠藤なみさんは盛岡の大学に通い、今年も岩手県組のリーダーになってもらいます。
毎回の合同練習会にあわせて小学生含め8名を引率して盛岡駅から福島駅までの往復ですので、責任ある立場です。どうぞよろしくお願いします。
自己紹介で何名かが「ブラ2」ことブラームスの交響曲第2番を演奏できてうれしいとか、演奏したことがあると言っていましたね。頼もしいですね。
第四期からの新規メンバー22名ですが、この日に来た15名で記念写真を撮ってみました。
TYO���の活���に期待しています。早く溶け込んでくださいね。
お昼休みはいつもの小学生から大学生までが入り混じる休憩タイムです。
かと思いきや横ではさっそく各係のリーダーが話し合っていました。
クラウドファンディング係の橋本果林さん、有志演奏係の冨澤悠太くんは、ともに福島県いわき市出身。
今年度の活動について書類をまとめてきてくれました。今年の有志演奏会は早くも来月6月23日に南三陸での演奏を準備しているそうです。詳細決まりましたらお知らせしますね。
冨澤くん、東京事務局のわたくしの会社の後輩、宮川裕くんをつかまえて有志演奏の説明をしていました。宮川くんが机に置いているカメラは、最近某電機機器メーカーを担当することになったことをいいことに奥さんに怒られることなく買った高級品であります。
さて午後の練習開始に合わせて、今年も練習会場と打楽器の保管場所を提供していただく、福島民報社の荒木英幸事業局長(一般社団法人東北ユースオーケストラ理事)から激励のご挨拶をいただきました。
記者の方にも取材いただいて、翌日日曜日の福島民報「今年度活動スタート 東北ユースオーケストラ」という記事がYahoo!ニュースにもなりました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180520-00000976-fminpo-l07
休憩時間を利用して、新キャプテンの磯貝雛子さん(福島県会津若松市出身)にインタビューをしてみました。
311の時は何をしていましたか?
会津の中学一年生で当日は卒業式でした。毎年最後に全校生徒が並んで卒業生をお見送りする「挨拶坂」という坂があるのですが、地震のためにすぐ脇のプールから水で溢れました。もしお見送りの時に地震が起きていたら大変なことになったとゾッとします。
わたしは自宅にいて、祖母と一緒にいて、漫画読んでいました。家が小学校からすぐ近くなので、地震が起こり小学生たちの悲鳴が聞こえてきました。三つ違いの妹が小学校にいたので怖かったです。地域の人たち全員がなんだなんだと家から出てきて、電信柱が鉛筆のように揺れ、地面が波打って、自分のところが一番揺れているんだと思いました。幸い家の中は何かが倒れたりの被害も無く、祖母は頭を守ったり、ガスの元栓締めたり、ドアを開けたり、テレビ、ラジオをつけたりと冷静に行動していました。やっぱり日頃の訓練は大事ですね。揺れが収まって父母に祖母が電話して親戚に電話して、父は郡山にいてガラスが割れて降ってきたと聞きました。ずっと余震が起きている中、大変なことが沿岸部で起きているなとテレビを観ていました。津波や瓦礫だらけのシーンが本当なのかなと実感が湧かなかったです。実はリアルに海を見たことがこれまで一度しか無くて、小学校五年生の臨海学校でいわきの海を見て、これが海かと、足をつけ、貝殻をいっぱい拾って帰ったのをよく覚えています。小さい頃から水泳は選手育成用のプログラムに参加するくらい得意だったのに、親から海は危ないと言われ続けて今に至ります。TYOで今年こそ夏の沖縄合宿で人生2度目の海を体験できると楽しみにしてたのに残念です(笑)
楽器に出会ったのは、小学校のスイミングスクールで一番水泳な得意なライバルの子が合奏部に一緒に行こうと誘ってくれたからです。体験会で「あなたはホルン」と言われ、それ以来10年目。最初は楽しくなかったが、練習してうまくなって行くのが楽しかったです。通った小中学校は吹奏楽が強く、練習も厳しくて挨拶の練習で声が小さいと先生が帰ってしまうような学校でした。小学校6年の時、漫画の『のだめカンタービレ』の影響でライバルの子がトランペットでプロになるというので、そんなことができるのか知ったんです。中学でピアノを習い、たまたま近くの音楽教室にいらっしゃったホルンの先生についたのが良かったです。練習の目的を常に明確にする方で、練習を無断で休んだり、いただいた連絡に返事もしない人間として駄目な私をまともにしていただけました。
311の体験は磯貝さんをどのように変えましたか?
自分の地域は断水も無く、震災直後からも幸いに被害は少なかったです。学校も4月から普通にはじまり、原発事故も会津は放射線の影響が少なく、場所によってはホットスポットもあったけれど、全般に平和でした。むしろ沿岸部から避難してきた方や転校生がやってきたのが会津です。
しかし、いまだに地震速報の警報音は怖いですね。
高校生の時に音大向けの夏期講習に通った時、「福島県です」と出身地を言いにくかったです。今も東京の飲食店でバイトしていると出身地を聞かれるのですが、「福島です」と言うと「大変だったね」と言われます。そんなに大変で無かった私は、むしろ福島の元気なところを見せていきたいと思っています。
TYOのキャプテンとして今期の抱負を教えてください。
団員には危うく津波にのまれるところだった人やいろんな体験をしている人が集まって来ているわけですが、今はみんな一つになって元気に明るく練習しているということを発信していきたいです。
最初「来期のキャプテンに」と言われた時はドッキリかと思いました。自分は2期からの参加なので、また馴染めないところもあるから、みんなとしゃべって仲良くしていきたいです。どうしていったらいいかまだわからないから、まずはもっと和やかな雰囲気にしたいし、みんな挨拶がしっかりできるようになればと思います。
メインで演奏するブラームスの交響曲2番は楽しみです。わたしは4番が好きなんですけど(笑)。指揮の栁澤さんにはいつも同じこと注意されている気がするので、メインに限らずどんな曲にも手を抜かず練習していきたいです。そして、オケのオーディションを受けながら、小さい頃からの夢であったプロを目指していきたいです。
新キャプテンに期待しています。根掘り葉掘りの質問に答えてくれてどうもありがとう。
インタビューを済ませると、さっそく中学生に取り囲まれました。
ともに第一期からのメンバー、福島市の赤間奏良くん(ホルン)と北川聖彩さん(ヴァイオリン)です。二人そろって3年間で30センチ以上背が伸びたでしょうね。大学3年生の磯貝キャプテンをついに抜いてしまいました。
午後にはお一人ゲストの方がお見えになりました。
産経新聞社の東京本社文化事業部の堀口葉子さんです。以前、坂本監督の産経新聞での連載コーナーをご担当されていたご縁でTYOのご支援をいただいています。
今回、産経新聞社が企画協力されている福島県須賀川市立博物館で行われている日本画の大家「松尾敏男展」で、6月2日(土)に弦楽四重奏の演奏機会をいだきました。
こちら決定した選抜メンバーです。
右からヴィオラの村岡瞭くん、マイクを持っている伊藤拓也くんは昨年度の休団から見事に大学合格をして戻って来てくれた初年度のコンサートマスター、同じくヴァイオリンの佐藤実夢さん、チェロの誉田憲丸くん。
別室でのカルテット練習の合間に堀口さんと記念撮影です。演奏にあたり移動の交通費とは別途ご寄付もいただけるとのこと。どうもありがとうございます。
さてホールでは福島事務局でFTVジュニアオーケストラで講師も務めていらっしゃる竹田学さんの指導で、なんといきなりブラームス交響曲第2番を。
いろんな方向から写真を撮ってみました。
途中止まりながらもなんと最初から最後までブラ2をさらいました。竹田さんに話を聞いてみました。
いきなり通しで演奏となりましたね。
とりあえずさらってみました。こんな感じの曲だと知ることが大事かと。今年は、わからないなりにもついて行こうとするやる気を感じました。去年まではわからないとなると諦めモードがあったのですが。「いよいよ始まったな」と実感してもらうためにも少々強引かと思いましたがやってみました。次回の栁澤さんご指導による練習にスムーズにつなげられるかと思います。
竹田さんから見てブラームスの楽曲の特徴はどこですか?
リズムやテンポが難しいところですね。練習中に「モザイク画のようだ」と言いましたが、凄く緻密に組み立てられていて、聴いていて心地よいのです。それでいて激しい情熱も感じられます。リズムの組み合わせによるズレと統一感がブラームスの魅力ではないでしょうか。
ブラ2の練習で糖分を欲したのか、休憩時間にはお菓子差し入れコーナーに群がります。
黙ってシャッターを押すと、みんなの眼が怖いことになっていました・・・。
石川くんが急きょコンマス役でチューニング。
「最後はいつもの曲で気持ちよく帰りましょう」との竹田さんの発案で、「ラストエンペラー」と「エチュード」を合奏しました。
初回の練習会なので記念にその場にいた人でパチリ。
練習が終わっても名残惜しげにみんなで喋っているいつもの光景が帰ってきました。
ホールを出たら、石川律くんがいたので、「今日は初の急きょコンマスで、どうだった?」と言ったら、
「いきなりなのでビックリしました」と爽やかに苦笑いで応じてくれました。
その後、Twitterで「東北ユース」と検索したらこんなツイートが!
「18じゃりの練習と時を同じくして僕はブラームス2番初見でコンマス席に座らされて4楽章まで一気に通しでやらされました。東北ユースオーケストラ恐るべし。」
石川くん、大学入学とともに大人になったね! 今後も積極的な情報発信をお願いします!!
そして、おかげでこんなツイートを発見しました。休憩時間に「非公式の団員ツイッターを本格的に稼働させたい」と広報係の二人から相談されたので、「団員ツイッターとしてじゃんじゃんやってください」と言ったら、さっそく模様替えされていて、
https://twitter.com/tyo_members
始球式的にこんなツイートをしてくれていました。
「今日から第4��の活動が始まりました! 第4期はこのアカウントを通して、練習風景などの活動の裏側をたくさん発信していきたいと思います。 広報係のHr千田とVn菊地で頑張りますので暖かく見守って頂けると嬉しいです 広報係」
裏側も結構ですが、暗黒なつぶやきは控えてね。
東京に向かう福島駅の新幹線ホームで思わず眼を見開きました。
東京横浜行きのチケットで「TYO」らしいのですよ。東北ユースオーケストラはいつでも広告出演できるようスタンバイしております!
団員のみなさん、来月は3日(日)が合同練習会です。全員参加を祈ります!
ご覧のみなさま、今年度もご支援のほどどうぞよろしくお願いします。
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林田の世界(初稿版)
第4話 カッコイイラップ
「うわー。これすごいですねー。どういう仕掛けで動いてるんですかぁ? 可愛いぃー。触ってもいいですぅ?」
猫らしきものと並んで立っている林田に俺は能天気な声で聞く。
今の俺は「休日にららぽーと豊洲にやってきたら大きな猫を見かけたので、遠目から写メるだけでは満足できず、直接話しかけにきたフレンドリーな人」という設定だ。
これで38回めのチャレンジ。
俺としてもそろそろゴーサインを出したいところだが、全ては林田の頑張りにかかっている。
頑張れ林田。猫ではない何かのために。
「この巨大猫ロボットNE-Co-NOW(ネーコゥナウ)は我々の団体が開発したスーパーアニマトロニクスという新技術を用いて、5,000年前に地上に存在した猫を再現したものです」
林田は口元にだけ笑みを浮かべ、殆ど息継ぎをせず、音程も変えずに話す。
「え、5,000年前の猫ってこんななんですか?」
俺は若干の警戒心と好奇心を混ぜ合わせた表情で尋ねる。
「我々の団体が明らかにした事実です。アメリカのシンポジウムでも発表されている確かなことなのですが、残念ながら日本では敵対勢力の妨害にあい」
機械音声のような平坦な林田の声が『敵対勢力』の部分で突然テンションが上がった時のジャパネットタカタ社長になる。てぇきったいぃ勢力っ!
もちろん、これも俺の指導だ。
「この事実はもみ消されているのです。電通、博報堂、そしてNHKへの」
またしても『電通』、『博報堂』、『そしてNHK』の部分だけジャパネットタカタ社長になる。でぇんつー! はくほうどー! そしてえねっちけー!
「献金を我々の団体が拒否したための陰湿な嫌がらせです。我々の団体はこう言った嫌がらせにも負けず、こうして地道に人々と交流しているのです。巨大猫は5,000年前から存在し、今もどこかに存在し続けている。彼らは超高次元的存在、つまりはいわゆる高次元支配者、ハイルーラー達と交信できる電波塔的存在であるのだと、我々はお伝えしたいのです」
教えた通り、瞬きの数はできる限り抑えるようにしている。
油断するとディカプリオ皺を浮かべる奴の額も今は穏やか。
鼻から上には神経が通っていないと思えと散々注意したのがようやく実った。いい感じだ。眉と目はピクリともしない。
「10」という数字を時計回りに90度回転させたものを、2つ並べたら今の林田の目つきだ。
虚ろだ。実にいい虚ろさ。奴の目の中には無が広がっている。
「もしも世界の真実に興味があればすぐ側で我々の団体が主催するカルチャーセミナーを行っていますので、いかがですか。参加されている皆さん、全員、猫派でございますし。いつもは満席なので一般の方は参加できないのですが、ここでお会いしたのも何かの縁ですからちょっと本部にかけあってみますね。ちょっと待っててください」
「え、今からですか? すいません、今からはちょっと」
林田はスマホを取り出し、電話をかけるふりをする。本番では交通案内に電話するつもりだが、今はまだ練習だからそこはアテフリでいい。
「どうも。青年団豊洲支部班長の森田です。はいはい。そうです。今日のセミナーに飛び込みで1人入れますか?」
「すいません、あの」
俺が抗議の声を上げるふりをする。
林田は抗議の声を無視して話し続ける。そうそう。聞く耳は持たない。それでいい。
「そこを何とか。会場からすぐそばにいるんです。はい。はい。問題ありません。では参加費は私が立て替えておくということで。はい。ありがとうございます! ありがとうございます!」
林田はありがとうございますと大声で叫びながら激しくお辞儀をし、スマホを切るふりをする。
「おめでとうございます。セミナー参加、オッケーです。さぁ、ご一緒しましょう」
「いや、あの、ごめんなさい。結構です!」
「え、なんでですか? すぐ側なんですよ? あなたが参加したいっていうからわざわざ参加費立て替えたのに。なんで行かないとか言うんですか。あなたが行きたいって言ったんですよ」
そうだ。林田。
恩着せがましく。気の弱い人なら「私のせいなのかな?」と思ってしまうくらいの恩着せがましさで攻めて行こう。でも本当についてこられたら困るから、ギリギリの怪しさはキープ。ギリギリで怪しさをキープだ。
「言ってないです! やめてください! 本当に、本当に、そういう、宗教とか結構ですから!」
「宗教じゃないですよ。宗教なんかじゃないですよ。我々の団体はただのカルチャーセミナーです。基本的には無料の宗教法人ですが、この宗教って言うのはあくまでも便宜上でして、実際には素晴らしい思想に触れて、人々とささえあおうじゃないかと、つまりそういう意味での宗教ですから。あくまでも、名目上の問題であって、実際には宗教なんかじゃないんです。お料理教室とか、手芸教室とか、色々なセミナーを定期的に行っているんです。宗教ではないです。そういう団体ではありません。突然大声で宗教だなんだって、あなた失礼な人だ。いいですか、このスーパーアニマトロニクスを始め私たちの団体は様々な技術革新を援助している、画期的な、画期的な、団体なんです。芸能界にも我々の活動に参加してくれている賛同者が沢山いるんですよ。「ジュラシックパーク」に「アバター」、それに「クローバーフィールド」にも技術提供しているんです。エグザイルの何人かも我々のセミナーにはよく参加してくださっています。もちろん公にするとファンが押し寄せてしまって、本当に参加する資格のある方々が参加できなくなってしまうので、すべてクローズドイベントですが。それにロバート・ダウニーJrやシャロン・ストーン、ジョニー・デップ、スティーブン・スピルバーグ、ベネディクト・カンバーバッジも我々の一員なんですよ。そんな我々が宗教のわけないじゃないですか。我々は完全に健全で、完全に安全な、クリーンなセミナーです。今なら参加した方全員に食パン一斤、セミナー終了後のアンケートに答えてくださった方には暗いところで光るクリスチャン・ラッセンのポストカードをプレゼントしています。宗教ではありませんから。怪しい団体ではないですよ。とても健全なんです。猫好きの集まりです」
「もう結構です! 追いかけてこないでください!」
俺は林田から少し離れ、足踏みをする。
数秒の間、俺たちは無言で見つめあった。
林田は口だけが笑っていて、それ以外のパーツは麻痺しているように見える表情を崩さない。
さっき、ここまで来て表情を変えて不合格になったことを覚えているのだろう。
「……合格だ」
「うわー! やったー!」
「林田ー!」
林田と猫らしきものが揃って両手を天に突き立てるポーズをする。林田はともかくとして、猫らしきものは右前足を舐め舐めからの顔ゴシゴシ、左前足を舐め舐めからの顔ゴシゴシを繰り返していただけで、特に何もしてないんだけど。
「もうこのまま合格できないんじゃないかと……ホッとしたよぉ」
林田は身を前にかがめ、両膝に手をついて大きく息を吐く。
「頑張った甲斐あったよ、林田。『こいつにだけはついていっちゃいけない』『絶対に布団を買わされる』っていう空気がビンビンに伝わってきた。お前、そういう才能あると思う」
「ありがとう! ありがとう! 自分でも驚いてる! 自分の才能に驚いてる!」
林田は猫らしきものと両掌を軽く叩き合わせる、いわゆるセッセッセをしながら言った。仲良し。
「本番でもこの調子で行こう。あとこれ。忘れずに」
俺は電話台に置いておいたA4サイズの紙束−−タウンページくらいの厚み−−を手に取ると、その大体半分くらいを林田に渡した。
林田が俺が作り上げた「よくできた猫のロボットを餌に怪しげなカルチャーセミナーに人々を連れて行こうとする新興宗教の青年団の人・森田くん」の設定を飲み込むのに四苦八苦している間に−−森田くんの生い立ち、人間関係、大学で感じた孤独、幾つもの自己啓発セミナーを経て真理に目覚めた経緯など、設定は隙なく作り込んだ−−奴のパソコンを借りて作り上げた「何らかの新興宗教のチラシ」だ。「電波」「チラシ」「宗教」「やばい」などでググって出てきた画像を元に制作した。
何世代か前のインクジェットで出力したから、小さい文字や写真が絶妙に滲んでいる。それもまた味があっていいんじゃないだろうか。レーザープリンターでは出せない独特の風味だ。
「どうだ?」
林田はまじまじとチラシを見つめ、顔を上げる。満面の笑顔。
「キてると思う!」
俺たちは流川と花道を思わせるハイタッチを決めた。ヤマオーにだって勝てる。
「うぇーい!」と林田こと流川楓。
「うぇいうぇーい!」と俺こと桜木花道。
俺たちはペタンク以外の球技をしたことがない。
俺は「9.11はアメリカの自作自演!」タスキを、林田は「今こそ核兵器の積極的拡散を!」タスキをかける。ドンキ���ーテで買ってきたパーティ用の無地のタスキに油性マジックで「これだ」と思える文章を書き込んだものだ。『自作自演!』と『核兵器』は赤いマジックを使った。
なかなか際どい球を投げたという自覚はある。
2人ともスーツ。俺の服は林田に借りた。ちょっと袖が足りないし、ウエストがちょっときついけど、まぁ仕方ない。
万が一知り合いに遭遇するという可能性もあるので、俺も林田も髪型はぴっちりした七三分けで、伊達眼鏡装備だ。
「さあ、おまえもこれを付けるんだ」
俺は猫らしきものにもタスキをかける。こっちには「NHKは毒電波を出している!」の文字。
ギリギリの球を投げている自覚はある。
俺たちはお互いの姿を眺め、思わず吹き出す。
「これは、絶対に、絶対に、話しかけたくないな」
ぶほぉ、ぶほぉと吹き出しながら林田が言う。
「借りに「あ、猫のぬいぐるみだー」って近寄ってきたとしても、タスキの文字が見えたらもうそれ以上近づいてこないだろ。俺なら逃げるね」
絶対に、絶対に逃げる。関わりあいになっちゃいけない臭いしかしない。
「仮に近づいてきたとしても、このチラシを渡してセミナーに勧誘すれば絶対に逃げ出すね。間違いないね」
林田が頷く。
「よし。じゃぁ、無事に準備もできたし、そろそろ出かけよう。ここからららぽーとまで行って、そこからぐるーっと海岸周りを歩いて、そんで戻ってこような。まだ陽も明るいし、きっと気持ちいいぞ」
俺、林田、猫らしきものの順で一列に並び、俺たちは「サザエさん」のエンディングの磯野家みたいなノリで玄関へ進む。あれは家に入るけど、俺たちは家から出るんだ。
ドアノブを握った時、俺は振り返って林田と猫らしきものに厳しい声で言った。
「このドアを一歩くぐれば、俺たちは今の俺たちとは違う俺たちだ。俺と林田が考えた架空の宗教団体、宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会(ハイコズミックサイエンス・ハッピネス・リアライゼーション・カムカム)豊洲支部の青年団の団員と、宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会が制作した、「ものすごくよくできた猫のロボット」だ。わかったな! 大宇宙支配者達に栄光あれ!(ヤシュケマーナ・パパラポリシェ)」
俺は両手の親指と人差し指をくっつけて三角形を作り、それを胸の前に掲げる。架空の宗教、宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会の神聖な誓いの動作だ。俺が考えた。
あらゆる邪気を払い、魂を清める動作であると同時に、架空の教祖オールマザー・バステトへの忠誠を示す言葉でもある。架空の教祖オールマザー・バステトは林田が考えた。設定上では去年の今頃に昇天され、ハイルーラー達の御元に導かれたということになっている。
「大宇宙支配者達に栄光あれ!」
林田が続く。
「大宇宙支配者達に栄光あれ!」
俺が繰り返す。
「大宇宙支配者達に栄光あれ!」
林田がまた繰り返す。
「大宇宙支配者達に栄光あれ!」
俺が繰り返す。だんだん楽しくなってきた。そういえば最近、何かを大声で叫ぶことってなかったかもしれない。
「林田ーなーう林田林田!」
努力は認めよう。
俺たちは架空の教祖オールマザー・バステトへの忠誠の言葉を徐々に徐々に大きくなる声で叫びながら林田の部屋から飛び出した。
「大宇宙支配者達に栄光あれ!」
宇宙への、教祖オールマザー・バステトへの、深宇宙にいるハイルーラーたちへの信仰心が、俺のテンションを上げてゆく。
光り輝く星々と、謎めいたダークマーターが俺たちに力を与えている! この世の真理は大宇宙科学幸福実現協議会に微笑むだろう!
4時間後。
ドアを開けて部屋に戻るなり、俺は浜辺に打ち上げられたクラゲと化して、その場に崩れ落ちた。
右脇腹の奥で肝臓が「やめてください。死んでしまいます」と金切り声をあげ、ふくらはぎは「やめてください。死んでしまいます」と啜り泣いている。耳の後ろに心臓が移動し、鼓動が響くたびに毛穴から汗が流れ出した。
頬に触れるひんやりしたフローリングが気持ちいい。このまま意識を失ってしまいたい。
猫らしきものが部屋に入るのを待ってからドアに鍵とチェーンをかけた林田は、それでもう体力を使い果たしたらしく俺に続いてクラゲになり、壁に背中を預けてズルズルと座り込んだ。
「林田、なうなうなう、なうなう林田なうなうなう」
猫らしきものはどっかで聞いたことのあるリズムでそういうと、林田と視線を合わせるように奴の前に膝をつき、前足の肉球を林田の顔面に押し付け始めた。顔に白粉を叩く女の人みたいな感じでポフポフと。
例のあくびの途中で一時停止したような笑顔を浮かべていたので、おそらくは奴なりに「お散歩楽しかったよ」的感謝を示しているのだろうが、林田は肉球を顔に押し付けられるたびに「おっふ」「おっふ」と苦しげに呻く。やめてやれ。
「なう」
お。やめてあげた。
猫らしきものは俺の方に顔を向け、膝立ちでこっちににじり寄ってくる。やめろ。こっちに来るな。膝で歩くな。
「林田」
人違いです。
立ち上がって奴から距離を取りたいが、もう呼吸するのですら精一杯なのだ。
「林田、なうなうなう、なうなう林田なうなうなう」
猫らしきものは床にくっついてない側の俺の顔を、先ほど林田にしたように肉球で叩き始めた。痛くはない。風船で叩かれている感じだ。痛くはないが、疲れているんだ。やめてくれ。
抗議の声を上げようとするも、その度に肉球が顔を打つので俺も先ほどの林田のように「おっふ」「おっふ」としか口にできない。何回めかの「おっふ」で俺は先ほどから猫らしきものが口遊んでいるのがキャリー・パミュパミュの「ウェイウェイ、ポンポンポン」ってやつだと気がついた。曲名は知らんけど、林田が好きな曲だ。
じゃぁやはり、これは猫らしきものなりの労いなんだろう。飼い主のお気に入りの歌とともに「よくやったじゃないかぁ」と肉球パフパフをしてくれているのかもしれない。
「なう」
「おっふ」
しかしやめていただきたいのだ。
やがて猫らしきものは深々と頷いてからリビングへと消えていった。
奴にしかわからない何かに納得し、奴にしかわからない何かを満足させたのだろう。しばらくするとテレビの音が聞こえてきた。
『エブリディ! エブリバディ! 楽しんじゃおうぜ、コカコーラ!』
俺が知らない間にリモコンまで使えるようになっていたようだ。チャンネルまで変えているのが音でわかる。
猫が去った後、電気もついていない薄暗い玄関廊下に俺と林田の荒れた呼吸音が響く。音だけ聴くとダースベーダーの呼吸音で作ったカノンみたいだ。
目を開けているのも辛くて、俺は目を閉じ、しばし、ダースベーダーカノンを耳で楽しむ。本当は全然楽しくなんかない。ただちょっとでも気を紛らわせないと辛いのだ。主にふくらはぎがパンパンに張っていて辛いのだ。
シュッ、シュッ、シュッー、シューココッ、シューココッ。
シュコーァッ。
シュッ、シュッ、シュッー、シューココッ、シューココッ。
シュコーァッ。
シューコ、シューッコッコッ、シュココッ、シュコーッコーッコッシュココッ、シューココッ、シューココッ。
シュコーァッ。
「お前」
ダースベーダーこと林田が弱々しく呻く。
「ググッとけよ、バカ」
ケツに何かが当たる。多分、林田が靴を投げつけてきたんだろう。やり返す体力も気力もない。そもそも林田の言うとり、今回は俺が悪い。
「実在するなんて思わなかった」
なんであるんだよ。
宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会。
「バカ、バカ、バーカ」
2つめ、3つめの靴が飛んできて、俺の背中や腰に当たる。林田も疲れているので力を込めて投げれないのだろう。痛くはない。
俺は「バーカ、バーカ」と俺を罵り続ける林田の声をBGMに、外で起きたことを回想する。どこで間違えたんだろうと後悔を噛み締めながら。
最初の2時間は計画通りだった。
遠くから写メを撮る人々はいたが、近づいてくる者は皆無。
たまに遠くから「きゃー! なにあれ、凄くなーい?」と若い女の子たちが走ってきたが、必ず途中でグループ内の警戒心の強い誰かがタスキに気がつき「うわっ! まじやばいって! あれやばいって! Uターン! Uターン!」と叫んで、方向転換していった。「東京コエー、東京マジコエー」と鳴く者もいた。
人々は俺たちを避けた。それはもう避けた。
「猫ちゃーん」と寄ってきた子供たちを、親御さんは「それはダメ! 絶対にダメ!」と叫びながら連れ戻した。まるで俺たちを目にしただけで、何らかの病気に感染するかのように。
俺たちは宗教に対する人々の偏見を目の当たりにした。
確かに。
確かに俺たちは猫らしきものをお散歩させるために、ちょっとアレな人たちを装った。
だが、ちょっとアレだからといって、ここまでの偏見と、嫌悪と、侮蔑の目で見られなければならないのだろうか? 俺はそう思った。
ちょっと普通とは考え方が違うだけで、ここまであからさまに侮蔑するとは何事だろうか。
例えば俺が丸坊主で、数珠を下げ、着物を着ていたとしたら、こんな風に反応しただろうか?
あれだって変じゃないか。坊主にするとか、お数珠とか、変じゃないか。そんなことする必要ないのに。
何が違うっていうんだろう?
俺たち宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会は、宇宙は62のハイルーラーによって支配されており、地球の統治を担当しているのは31番めのハイルーラーである巨大な猫であると信じている。
気まぐれな猫である我らがハイルーラーは1999年の夏に姿を消してしまい、以来地球はハイルーラー不在の無法地帯と化してしまった。ハイルーラーが去ってから、地球に「真に新しいもの」は生まれなくなったのだ。
教祖のオールマザー・バステトことローラ・マクガナンがミネソタにある彼女の実家の納屋で天啓を授かったのはちょうどその時。
ハイルーラーの声を聞いた彼女は、気まぐれなハイルーラーの地球への帰還を願い、祈りを捧げる活動を開始。それが宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会の始まりだ。
極めて平和な宗教だ。血塗られた歴史もない。完全にクリーン。ただただ、星々を見上げてはハイルーラーの帰還を待っているだけ。
それなのになぜ、こんな目で見られなければならない! 筋が通らない! 血液型占いや星座占いの方がずっと悪質じゃないか! あれは人格を! 行動を! 運命を縛る! だが我々の宗教はハイルーラーの帰還によって、「真に新しいもの」が生まれなくなったこの世界を解放するという、いわば自由賛歌ではないか! ハイルーラーが全てを解放する!
俺たちの考えや信仰を理解してくれないのは構わないが、信仰の違いによって誰かを排斥したり、侮蔑したりするのは間違っている。そんなことはしてはいけないのだ! レイシスト! そう、こいつらはレイシスト! 理由もなく我々を差別する思想なき者たち! 大衆! 大衆という名の悪魔! 恥を知れ! 貴様らの偏見になど負けるものか! 大宇宙支配者達に栄光あれ!
−−今になって冷静に思い返すと、俺は役作りを本格的にやりすぎたのだ。
宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会の教義や歴史は俺と林田で考えたのだが−−大部分は林田のアイディアだ。あいつ「ドクター・フー」大好きだから−−、俺はのめり込んでしまった。度を越してのめり込んだ。
俺は何かの振りをしているうちにどんどん何かっぽくなってしまって、最初から自分が何かであったような気持ちになってしまうところがある。
以前よく行く電気屋で店員に間違えられてオススメの大型テレビを聞かれた時も「俺も客ですよ」の一言が言えずに、予算や部屋のサイズやテレビの使用頻度を聞いた上でビエラをお薦めし、「アマゾンさんの方がお安いんですが、今週の木曜日はポイントアップデーですから20%キャッシュバックになります。だから今日は買わずに木曜日にもう一度いらしてください。今、担当者をお呼びして、品物を取り置きさせますので」とまで言った。お呼びした担当者は始終微妙な顔をしていた。
俺はごっこ遊びで本気のポテンシャルを発揮するタイプゆえ、ここから先の展開は起こるべくしておきた悲劇と言えなくもない。
俺は「そこまでしなくていいじゃん。結構恥ずかしいんだよ、俺」と渋る林田と、見るもの全てに興味を惹かれていて首をあっちこっちに向けている猫らしきものを連れて、混雑するららぽーと豊洲の中に入った。
そして俺たちは練り歩いた。
混雑するららぽーと豊洲のノースポートエリアを。
センターポートエリアを。
サウスポートエリアを。
シップ1を。
シップ2を。
シップ3を。
シップ4を。
1階を。
2階を。
3階を。
俺たちは肩で風を切って歩いた。
人々は俺たちを避けた。
右へ、左へ、避けた。
俺たちが歩けばそこに道ができた。
俺たちは横一列に広がった。
−−ドワナ・クローズマ・アーィ−−。
俺の脳内でエアロスミスが「アルマゲドン」の歌を歌っていた。
俺の脳内で俺は公開時に散々馬鹿にしていた「アルマゲドン」の、散々バカにしていた���ルース・ウィリスになっていた。
オレンジの宇宙服。ガラスのヘルメット。地球を救うために宇宙へと飛び立つ英雄。
−−フンフンフフ、フフフン、フン、フフ、アイ・ミィスィー・ユー、フンフンフフフフフフーン−−。
脳内エアロスミスがぼんやりと歌い続けていた。俺はあの歌をサビしか知らないし、「アルマゲドン」もブルース・ウィリスと仲間たちが横一列になって歩いてくるシーンしか覚えてないのだから仕方ない。
−−ドワナ・クローズマ・アァァァァーィイイィィィ!−−。
歌がサビに差し掛かると、俺の脳内エアロスミスのボーカルは元気になった。
まちがいなく、俺は、俺たちは、俺たち宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会は、偏見という名の巨大隕石に立ち向かう、勇敢な男たちだった。
今思えば、ここはあのラップとギターが格好いいやつの方が場面的にはぴったりだったのかもしれない。曲名は知らない。ギターが格好良くて、ラップが格好いいやつだよ。
ダラララッダラララッタ! キュィーン! ダラララッダラララッタタッ!
コ、コ、ニ・カッコイイ・ラップガ・カッコイイ・ラップガ・ハイルンダゼ、マジデ、メェーン!
ギュイーン、ギュイーン。
ナンカ・カッコイイ・ラップガ・カッコイイ・ラップガ・ハイルンダゼ・マジデメェーン!
何回か繰り返してからの。
ウォーク・ズィス・ウェーィ! 合いの手! ウォーク・ズィス・ウェーィ! 合いの手! ウォーク・ズィス・ウェーィ!
っていう。曲名は知らない。かっこいいやつだよ。エアロスミスの。壁突き破ってくるやつだよ。
とにかくエアロスミスみたいに俺は叫んだ。ABCマートの前で。
「大宇宙支配者達に栄光あれ!」
林田も叫んだ。サンマルクカフェの前で。
「大宇宙支配者達に栄光あれ!」
猫らしきものもの叫んだ。4DXでマッドマックスを再上映中の映画館の前で。
「林田ーなーう林田林田!」
努力は認めた。
俺はそういうの、ちゃんと評価するタイプだから。
警備員の「お客様、困ります」の声は、宗教の自由という言葉を連呼して押しつぶした。
俺はスターをとった後に坂道を滑り降り、道を上ってくるクリボーやノコノコを虐殺するマリオだった。
そういった調子こきマリオがどうなるか、俺は忘れていた。
スターマリオは坂道を下りきったところにある崖をジャンプし損ねて、スター状態のまま死ぬのだ。
スターマリオタイムが楽しすぎて、顔を真っ赤にして怒りに震えている7、8人の男女が俺たちを取り囲んでいるのに気がつくのが、少々遅れてしまったのは、そういうわけだ。俺はスターマリオ。彼らは坂道の後の崖。
彼らは本物の宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会豊洲支部であった。
「あなた達は勝手にうちの団体の名前を使って、一体何をやっているんですか! バカにしているんですか!」
リーダーらしき人は確かこんなことを言っていた。お怒りはごもっともだった。
「公安ですよ。こいつら公安の回し者です。俺たちを挑発して、先に手を出させようとしてるんです。その手には乗らないからな! 我々はお前達政府の陰謀には屈しない!」
腹心らしき人は確かこんなことを言っていた。彼はちょっと考えすぎのきらいがあった。
「こいつら、幸福の科学じゃないのか?」
後ろの方にいた誰かがこんなことを言っていた。幸福の科学に思わぬ流れ弾が飛んだ。俺は本当にごめんなさいって思った。
「とにかく、ちょっと一緒に来てもらえますか? 一体誰の差し金で、何の目的で、我々のことをバカにする真似をしたのか、説明してもらいます!」
「なう」
リーダーらしき人が俺の腕を掴もうと伸ばした手を、いつの間にか俺の隣に立っていた猫もどきがはたき落した。
リーダーらしき人は林田が猫ロボットを動かしたと思ったらしく、林田を睨みつけて「スイッチを切りなさい」と言い、もう一度俺に手を伸ばし−−。
「なう」
また叩き落とされた。
「ちょっと」と手を伸ばしては。
「なう」叩き落とされ。
「いい加減に」と手を伸ばしては。
「なう」叩き落とされ。
「しろって」と手を伸ばしては。
「なう」叩き落とされた。
「なう、なう、なう、なう、なう」
猫らしきものはポフンポフンと肉球でもってリーダーらしき人の腕を叩き続けた。
俺と林田は「おい、よせ」「これは俺たちが悪いパターンのやつだ」と奴を宥めようとしたが、奴は「なうなう」と言い続け、リーダーらしき人を叩き続けた。痛くはなさそうだったが、屈辱的だったろう。
林田が「やめろって。こういうのは謝れば済むんだから」とうっかり言ってしまったのが、決定打だったのだ。
今思い返しても、あれは林田の一番悪いところが濃縮された発言だったと思う。
林田はちょっとああいうとこある。
きっと自分の子供が悪いことをした時に「ほーら。他の人たちに怒られちゃうよー」と言って「他の人たち」の神経を逆なでするタイプの親になるだろうと俺は常々思っている。今から矯正可能だろうか。……無理だろうなぁ。アラサーだもんなぁ。そう簡単に性格変えられねぇよな。
リーダーらしき人がなんと叫んだのかは覚えていない。というか聞き取れなかった。不穏な響きではあった。というのも集団の空気が切り替わったからだ。単なる怒りから、攻撃態勢へと。
そういうわけで。
俺たちは走った。
青春映画のワンシーンみたいに。
先頭は猫もどき。続いて林田、ほぼ横並びで俺。
ららぽーとからガスの科学館まで。
そしてガスの科学館から国際展示場まで。
さらにそこからまた別ルートでららぽーとまで。
俺たちは走った。
宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会豊洲支部の人たちに追いかけられながら。
宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会豊洲支部の人たちは本気で怒っていた。
俺たちは本気でビビっていた。
「悪気があったわけじゃないんです」
「本当にすいませんでした」
「本当にすいませんでした」
「本当に、本当に、もうしませんから」
「あなたたちの気持ちは痛いほどよくわかります」
「宗教差別って本当に幼稚です」
「日本人は宗教に寛容だなんて大嘘ですよね」
そんなようなことを時々振り返りながら俺と林田は宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会豊洲支部の人たちに向かって叫んだが、帰ってきたのは罵声だけだった。
俺なりに彼らの辛い状況は理解していたというか、自分的にはむしろ俺は彼ら側だと思っていたので、彼らから
「ちくしょう! 少数派だと思ってバカにしやがって!」
「宗教相手なら何やってもいいと思っているんだろう!」
「大嫌いだ! 大嫌いだー!」
「いじめっ子ー! キリスト教や仏教はバカにしないくせに! 腰抜け!」
「Youtuberかニコ動のクソ実況者かまとめサイトか! どのクソ野郎だ! 新興宗教をからかって遊んでみたら人生オワタとでも書くつもりか! アフィ野郎!」
「面白いか! 俺たちを指差して笑って、それで面白いのか! 自分たちが同じことをされたらどんな気持ちか、考えろ!」
「俺たちも人間だ! 人間なんだ!」
「新興宗教と押し売り犯罪集団を同一視してんじゃねぇ!」
という言葉が投げつけられるたびに心が痛んだ。
言いにくい名前のお婆ちゃん魔女先生に戦いを挑まれたスネイプ先生の気持ちだった。
猫もどきは俺と林田の1メートルくらい前を、俺たちの方を向いて後ろ向きに走っていた。両手はだらっと下げたまま、足だけがミシン針みたいに激しく上下していた。あれっぽかった。アイリッシュダンス? っていうの? 下半身だけで踊るやつ。あれっぽかった。
そして笑顔だった。外で走れるのが楽しくてしょうがない感じだった。奴にとっては最高の散歩になったのだろう。
俺たちは1時間近くあっちこっちと走り回り、なんとか追っ手を巻いて、ようやくここへ戻ってきたのだ。もう当分ららぽーとには行けない。
「もうだめだ。動けない」
林田が呻く。
またしてもしばしのダースベーダー呼吸音のカノン。
それを破ったのは猫らしきものの足音だった。
目を開けると、2リットルサイズのコーラのペットボトルを両手で抱きしめるようにして奴は立っていた。
「なう」
奴は林田の前に歩いて行くと、ペットボトルの開け口を林田に向ける。
「なう」
どうやらキャップを開けて欲しいらしい。飲むんだ。コーラ。猫が。いや、猫じゃないけど。
「今、疲れてるから」
林田はかすれた声でそれだけ言う。猫らしきものの耳が少し倒れる。
猫らしきものはまた俺に顔を向ける。
「林田」
人違いです。
「なう」
猫らしきものは俺の方にもキャップを向ける。
「無理。疲れてんの。後にして」
猫らしきものの耳がまた倒れる。
「なーう」
奴はキャップをその尖った歯で噛み始めた。カッカッカッカッという軽い音が響く。奴は右から、左から、時にはペットボトルを持ち直したりもして、キャップを歯で開けようと試みたが、結局はどれも失敗した。
「林田」
吐き捨てるように猫らしきものは言い、ペットボトルを廊下に投げつけた。イライラすると物に当たるタイプのようだ。ペットボトルは軽くバウンドして、玄関の方に転がってゆく。衝撃で中身が泡立ったのが見えた。あれじゃぁ開けた時、大惨事になるな。
猫らしきものは俺たちに背中を向け、リビングへと消える。またテレビの音が聞こえる。
『エブリディ! エブリバディ! 楽しんじゃおうぜ、コカコーラ! 疲れた気持ちもスカッとふっとばせ!』
あぁ。あのコーラ、自分用じゃなくて俺たち用だったのか。
なんだ。あいつ、結構、気を使えるタイプなんじゃないか。
「なう」
猫らしきものがまた戻ってきた。
また何かを抱えている。コーラではないけど、大きさはそれくらい。
お醤油だ。お醤油のボトルだ。
猫らしきものは首を右に傾けて、歯でキャップをカッカッカッと弄る。
力を込めて捻らないといけないコーラのボトルとは違い、お醤油のキャップは簡単に開いた。
猫らしきもの、満面のスマイル。
「林田。なーうー」
まさかそれを俺たちに飲ませようとはしてないよな。コーラの代打をお醤油に務めさせようとはしてないよな。似てるのは色だけだぞ。
まさかだった。
猫らしきものは身動きが取れない林田の前まで歩いて行くと、「となりのトトロ」でカンタがサツキに傘を押し付けた時のように−−「ん!」「ん!」ってやるあのシーン−−林田にお醤油を押し付けた。
林田は口を固く閉じ、首を横に振り続けた。
猫らしきものは「全く解せない」というようにお醤油と林田を交互に見た後で、お醤油のボトルを林田の頭の上で、ひっくり返した。
「ちょ、ま、待てよぉ」
木村拓哉の下手くそなモノマネみたいな林田の声は、お醤油の流れ落ちる音で止められた。もし林田が寿司だったらシャリが崩れて箸でつかめなくなるくらい、林田はお醤油でひたひたになった。
ただでさえ疲労困憊しているところに、この仕打ち。
林田は完全に打ちひしがれ、うつろな目で天井を見上げて「もー」とキョンキョンみたいな口調で言った。
お醤油の中身が半分になったところで猫らしきものは、勿論、俺を見た。
「林田」
人違いです。
ちょ、ま、ちょ、ちょ、待てよ。
もー。
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