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#ボランティアは続けるからこそ意義がある
xf-2 · 7 months
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目次
子供たちが怖い、放置され無教育
日本人支援者の迷惑、教育が壊れる
教育で未来を変えようとするクルド人学生
日本人が外国人の犯罪・迷惑行為に声をあげる
子供たちが怖い、放置され無教育
【70代女性、川口市上青木在住、取材】
子供たちが怖いです。昼間からウロウロしています。私の知り合いの70代の男性が10歳前後の男の子がゴミを散らかしていたので注意をすると、ピーと指笛を吹かれて、すると男の子たちが集まってにらまれました。何も言えないでいると、唾を目の前で地面に吐かれて去っていったそうです。
近くのショッピングモールで、小さい5歳ぐらいと少し年下の男の子が、泥靴で走り回っていました。「静かにしなさい」というと、流暢な日本語で「僕たちはかわいそうなクルド人です。弟はまだ小さいので何もわからないから許してください」と言われ、じっと見つめられました。そうすると、何もこちらは言えなくなってしまいました。
(私:同じような話がXで書いてありました。誰かが教えているのかもしれません。)
私はXをやっていませんが、誰かが日本人が黙るように教えているのかもしれませんね。「僕は弱者だ」なんて言われると、日本人は何も言えなくなってしまうのでしょう
この地域は、工場の労働者向けの安いアパートが並んでいました。1970年代に建てられたものです。工場が川口から減って人がいなくなって、そうした古いアパートに中国人、最近はクルド人が入っています。
中国人は日本語が話せるのですが、クルド人は日本語を話せないし、生活で態度が悪いので困っています。日本人は高齢者ばかりで、注意するのが怖いので黙って我慢をしています。
隣のアパートにクルド人が、数ヶ月で入れ替わり住んでいます。入れ替わる理由はよくわかりません。時々騒音が聞こえます。女の人は家にこもって、買い物の時しか出てきません。
あるとき若い20歳ぐらいの母親が、子供が病気になったのか救急車を呼んだようです。しかし住所不定で、そして日本語が全く話せないので、救急車は搬送できなかったのです。すると昼間、救急車の前に座って路上で、子供を抱えて大泣きしました。そんな行為より子供を助けるための行動をしなさいとハラハラしました。救急隊員も困りました。私が話を聞こうとしても、聞かずに泣き続けました。泣けば主張が通ると思っているのでしょうか。
すると工事の泥で汚れた作業服の姿のまま夫がトラックでやってきて、片言の日本語で説明し、病院に行ったようです。迷惑をかけた周囲の日本人に、その後、クルド人夫婦から説明もありませんでした。変わった人たちです。日本語を少しでも学び、最低限のルールを知らないと。
日本人支援者の迷惑、教育が壊れる
【40代女性、川口市在住】
娘が高校生です。クルド人の友達もいます。公立小学校、中学校にクルド人、中国人など外国人の子供がいるのですが、日本語の授業が成り立たなくなっています。私の見たかぎり、日本人の子供たちは差別をしていません。逆に外国人の子供に気を使っている話ばかり聞きます。
クルド人を巡っては困った話がありました。あるクルド人の子供(男か女か、小学校か中学校は、私の判断で明示しない。クルド人の児童の特定、学校の特定を避けるためだ)が、クラスで孤立しました。ものを壊してもそのままにする、当番をしないなどの問題行為をしたそうです。同じクラスにいたクルド人の子供も距離を置きました。
すると東京の活動家がそれを聞きつけて、いきなりネットメディアで「クルド人の子供がいじめられている」と報道しました。毎日新聞もいじめと断定して報じました。活動家は学校に怒鳴り込み、卒業式にまで乗り込んできて、カメラマンを連れてきて、パチパチ写真を撮ったのです。公開されないか、父兄も子供も、怖がりました。卒業式はクルド人1人のためのものでも、この人のものでもありません。この活動家は、他の何百人の子供達の卒業式を台無しにしました。
(私:その活動家、イスラム教徒のクルド人の子供たちをクリスマスパーティーに誘って、クルド人に笑われていたらしいです。クルド人のことを知りません。)
変な人なんですね。当事者の生徒の話も聞かず、川口の子供がいじめているという話を日本中に報道するのはおかしいです。日本人の子どもたちは、報道に傷つきました。
クルド人を支援する人は、今は川口市にはほとんどいなくなりました。これだけ迷惑行為をしているから離れて行きました。支援者は「変わった人」扱いです。ただし川口市民の方ではクルド人を差別したり、嫌がらせをする話はありません。逆に外国人に気を使っています。
日本人の子供が今、外国人によって、学校教育で、適切に教育を受けられない状況になっています。外国人が多いと、学校の学習進度がどうしても遅れてしまいます。私の子供は塾でほとんど勉強せざるを得ない状況でした。日本人への逆差別です。ですから、小学校、中学校で私立に行かせようとしている親が多いです。市役所も先生たちも、対応に疲弊しています。国はこうした外国人の教育の現実を知っているのでしょうか。
教育で未来を変えようとするクルド人学生
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【70代男性、川口市】
以前は教師でした。定年後に、外国人に日本語を教える川口市の日本語教室の教師ををしています。
(川口市、蕨市ではボランティア、NPO、また私塾の形で日本語が教えられている。身元をぼかすため、詳細は記さない。)
他の外国人は積極的に日本語を学びにきます。クルド人は来る人が少ないです。クルド人は、ささいなこと、例えば授業の遅刻、また態度の改善を注意しただけで、すぐ怒り出します。根気もなく、すぐに教室に来なくなってしまいます。
他の国の人は合法な居住の人が多く、たいてい日本語がある程度話せます。クルド人は、難民と称して滞在しているので、言葉を学習せずに、日本にやってきます。他の民族の人は日本は好きですが��クルド人は大半が日本のことを知りません。加えて、クルド語もトルコ語も上手に読み書きできないようです。彼らは中学校を出ているかも怪しく、勉強の文化がないと、石井さんが記事に書いていました。納得できました。そのために、日本語も上手くなりません。
ただし、悪い人ばかりではありません。一生懸命学習するクルド人の中学生もいます。同胞や親が、「出稼ぎなのに難民と嘘をついて日本に来ている。それは良くない」と、状況を分かっていました。クルド人が同胞の経営者を儲けさせるために安く働かされたり、変な日本人活動家に利用されたり、弁護士や行政書士などにお金を吸い取られていることも、理解していました。石井さんの報道の通りですね。
この子は、そうした境遇を抜け出すため、また自立するために一生懸命勉強をしています。学校の成績も良いです。私は大学まで行って奨学金を取り、滞在の資格を、仮放免の立場から、留学ビザ、正規滞在に変更することを勧めています。その子も、その意欲があります。
石井さんの報道は正しいと思います。ですがクルド人に取材するほど、彼らに冷たく、厳しくなっていますね。脅迫されたためでしょうか。
(私:そうです。)
あなたの感情は理解できますが、真面目に、頑張る子供がいることは、ぜひ知ってほしいと思います。
日本人が外国人の犯罪・迷惑行為に声をあげる
ようやく川口では人々が「おかしい」と声をあげ、ほんの少しだが状況が変わりつつある。行政が動き、不法行為の摘発が少しだけ始まった。
外国人差別は許されない。合法的に、また日本人と協調して暮らそうとするクルド人、その他外国人とは共生しなければならない。しかし違法行為、違法滞在をする外国人には、法適用をし、速やかに帰国をさせなければならない。その方向に、微々たる動きだが変わりつつある。
暗い話ばかりがクルド人問題で聞こえるが、埼玉県民、川口市民が変化の希望を抱いていることも紹介して、この原稿を終えたい。私にいただいた評価も、少し恥ずかしいがそのまま残しておこう。
【川口市民、メール】
クルド人問題については「おかしい」ということに、私はためらいがありました。私の周囲の川口の住人にもあります。私たち日本人は、小さい頃から「外国人と仲良く」と刷り込まれますから。
そして国とメディアと学校が「ヘイトスピーチはダメだ」キャンペーンを続けていますよね。これはこのクルド人問題では悪い方向に働いて、日本人が物を言えない状況を生んでいるように思えます。
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【埼玉県民、メール】
石井さん、身の危険を感じることと拝察します。くれぐれもお気をつけて取材を続けてください。あなたのような記者がいらっしゃることで、日本のジャーナリズムもまだ死んでないんだ、と思えました。あなたは正義感から川口市に突っ込んで「なんで自分がこんな目に」とぼやいていますし、気の毒と思いますが、そうした勇気が社会を変えます。
記者会見で権力者を怒鳴りつけたり、偉そうなことを言う記者はたくさんいますが、何の役にも立ちません。社会問題を調査し、客観的にそれを私たち国民に伝えることがメディアの役割と思います。しかし、誰も、クルド人問題でやりませんでした。大手の新聞社やテレビはいったい何をしているのでしょうか。
どうぞご自愛ください。川口市の奥富市議とか、心ある人と連携して頑張ってください。私たちの手で、川口、埼玉、日本を守りましょう!
石井孝明 経済記者 with ENERGY運営 ツイッター:@ishiitakaaki メール:[email protected]
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kennak · 17 days
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イギリスBBCが3日、SMILE―UP.の抗議文書に反論する声明を発表した。  BBCは3月30日に「捕食者の影 ジャニーズ解体のその後」を放送。東山紀之社長がインタビュー取材で「言論の自由もあると思うんですね。僕は別に誹謗中傷を推奨しているわけでもなく、多分その人にとってはそれが正義の意見なんだろうなと思う時もあります」などと発言し、誹謗中傷と言論の自由を並べたことで、一部から批判の声が相次いだ。  これをSMILE社が問題視。東山の発言内容は「実際の発言の趣旨とは異なって放送された」と主張し、インタビューで「なるべくなら誹謗中傷はなくしていきたいと僕自身も思っています」と発言した部分を省略したことで「誹謗中傷を助長している」と批判を受ける状況になったと指摘した。  その上で「東山の発言を意図的にゆがめて放送し、視聴者の印象を操作しようとするものであると言わざるを得ず、大変遺憾に存じます」とし、謝罪と訂正を求めていた。  これにBBCは「このドキュメンタリーは、BBCの厳格な編集ガイドラインに沿って綿密に調査され、報道されました」と説明。続けて「BBCは、編集上の決定に際して常に慎重な検討を重ねており、東山氏を含むすべての取材対象者が公平かつ正確に描写され、必要なすべての反論機会が与えられるよう配慮しました」と反論した。  また、SMILE社は性被害の補償業務にボランティアで協力している性被害者と、BBCの担当者による面談について、面談の内容については放送しないよう約束を取り交わしたと主張した上で、面談の内容が放送されたことは「約束違反」と抗議していた。  これに対してもBBCは「SMILE―UP.社が設定したサバイバーとの面談において、その話し合われる内容のいかなる制限にも同意しておらず、同社の主張を否定します」と強調。〝約束を取り付けた〟という主張自体を否定し「私たちは、自らのジャーナリズムに自信を持っています」とした。  ジャーナリストの鈴木エイト氏は同日、X(旧ツイッター)を更新し「SMILE―UP社からの抗議に対するBBCの声明。SMILE―UPの主張・見解を完全否定した上でBBCとしてのジャーナリズムを示した。BBCがここで『ジャーナリズム』という言葉を提示した意味を考えるべき」と私見をつづっている。
東山紀之SMILE社の抗議にBBCが反論 鈴木エイト氏「ジャーナリズムを示した」 | 東スポWEB
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ari0921 · 6 months
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我が国の未来を見通す(92)
『強靭な国家』を造る(29)
「強靭な国家」を目指して何をすべきか(その19)
宗像久男(元陸将)
────────────────────
□はじめに
 久しぶりに私的なことを書かせていただきます。
4日の土曜日、神保町まで足を運び、開催中の「神
田古本まつり」で手当たり次第に古本を物色したと
ころ、いつものように“即決”を繰り返し、なんと
12冊もの書籍を一挙に購入してしまいました。
“秋の夜長”などと悠長なことは言っておれない日
々を送っているのですが、ジャンルも違い、著者も
発刊年次もばらばらな書籍をみて、改めて自分の
“好奇心の旺盛さ”に驚くほどでした。
実は書きたかったことは別にあります。どの書店を
訪れても、古書ではありますが、それぞれの分野の
“専門書”が小説や雑誌などに交じって“所狭し”
と陳列されていました。改めてそれぞれの分野の研
究に一生を捧げ、書籍のような形でその職責を残さ
れた専門家の皆様のご苦労とか責任とか愛情とかが
伝わってきて感慨深いものがありました。
そして、古本だけによけいに時代の流れとか歴史を
感じ、その積み重ねの延長に“現在社会”があるこ
とを再認識し、改めて自分の浅学菲才を恥じ、敬意
を表するばかりでした。
最近は、必要な古書はほとんどアマゾンで買ってし
まいますので、本当に久しぶりの神保町でしたが、
もう少し時間の余裕ができれば、足を運ぶ回数が増
えそうです。
5日の日曜日は、「ゴジラー1.0」の映画を観賞
しました。これから観られる人たちのためにあらす
じの紹介は省略しますが、終戦直後の東京にゴジラ
が上陸するというシーンでした。
ゴジラ自体はフィクションなのですが、ゴジラに立
ち向かった主人公をはじめ、関係者の勇敢さはみご
となものでした。しかし、それ以上に、製作者がこ
の映画を通じて訴えたかった、当時の「日本人の精
神」のようなものが手に取るようにわかり、「日本
もまだこのような映画が作れるのだから“捨てたも
のではない”」と安堵しつつ、本映画の製作自体に
感動して涙が流れました。この“捨てたものではな
い”の続きは、本論で取り上げましょう。
▼「国家意思」として目指したいこと
 さて前回の続きです。一般的な意味で「伝統」と
か「文化」などと言っても、具体的なことがわから
ないと実際に「誇り」を持つことなどできないでし
ょう。
しかし我が国は、実際には、他の国にはなく、日本
(人)独特の「良さ」とか「利点」とか「強み」な
ど表現される、いわば“本質的特性”のようなもの
がたくさんあります。それらが実際の「伝統」や
「文化」を形作っているのでしょうし、「誇り」の
対象にもなり、かつ個人の意思や精神の集大成とし
て「国家意思」のコア(核)として“目指す方向”
にも直結するものになると考えます。
戦後の“行き過ぎた教育”のせいもあって(その細
部はのちほど触れましょう)、多くの日本人の頭が
消え去ってしまっている、日本(人)の“本質的特
性”のようなものについて、有識者が紹介している
ものを列挙してみましょう。
まず、ケント・ギルバート氏は、「日本で左派思想
に惹かれる人々の中にも、実は驚くほど『伝統的な
価値観』なるものを持った人がいる」として、安倍
総理の『美しい国、ニッポン』に猛反発しても、日
本という国や郷土に対しては、何の嫌悪感を持たず、
むしろ絶対的な信頼と愛着を持っていることを強調
し、つまるところ、彼らも“純粋すぎる日本人”で
あると結論づけています(『ついに「愛国心」のタ
ブーから解き放される日本人』より)。
この指摘のように、巷には、(偏ってはいても)強
いプライドとシャイさが同居しているような“純粋
すぎる日本人”がたくさん存在することは事実です
ので、ケント氏のこの結論にこそ “彼らをしてその
気にさせる”大いなるヒントが含まれているのでは
ないでしょうか。
保守層がよくやっている、“上から目線でたたみか
ける”ような物言いでは彼らの反発を強くするだけ
で、心を動かすことは難しいと考えます。知的レベ
ルの高い人(特に高齢者)ほど自分自身(の考え方)
に自信を持ち、プライドも高く、信念も強いでしょ
うから、これを“軟化”するのは簡単でないことを
知る必要があるのです。
加瀬英明氏は、「日本は『和』の国である。日本の
『和』の心は他国には存在しない。日本の『和』は、
人々が合意することによって成り立っているもので
はなく、人々が意識することなく存在している」と
語ります(『新しい日本人論』〔加瀬英明、石平な
ど共著〕より)。
加瀬氏は、その「和」は“性善説”に基づいている
として、国内的には大きな強みだが、“性悪説”を
とっている他国には通ぜず、国外に対しては大きな
弱点になることも指摘しています。
これこそが、これまで再三述べてきた“孤立国・日
本”の限界でもあり、「和」の考え方が、人類社会
の理想に近いものであっても、これを世界の隅々ま
で普及させるのは永遠に不可能であると悟り、“で
はどうすればよいか”を詰めていく必要があると考
えます。
数学者の藤原正彦氏は、「この国は再生できる」と
して「美意識と武士道精神で、危機の時代を生き抜
く」、あるいは「『日本人の品格』だけが日本を守
る」ことを強調しています(『日本人の真価』より)。
その卑近な例として、このたびのコロナ禍において、
「人権に気を取られている民主主義より全体主義の
方が人の命を救う点で優れている」と主張しつつ
“強権”を最大限に活用した中国と違い、あるいは、
国民の自由に任せたところ、大パニックに陥って膨
大な犠牲者を出す結果になった欧米列国とも違い、
日本は、医療従事者の献身をはじめ、国民の高い公
衆衛生意識、規律や秩序など高い公の精神などの
“高い民度”を活用して、自粛要請という静かな決
意でコロナを抑え込んだことを取り上げています。
この事実は、世界的意義のあること結論づけます。
以前にも紹介しましたが、『「見えない資産」の大
国・日本』(大塚文雄、R・モース、日下公人共著)
は、中国やアメリカにはない強みとして、日本は、
「インタンジブルズ」の宝庫であると強調します。
つまり、「日本人には美を求める心や平和を尊ぶ心
や愛の心がたくさんある。また『道徳心』『好奇心』
『忠誠心』『愛国心』などが、どこの国にも見られ
ないほど豊かである」として、これら“無形のも
の”が、場面場面で「一生懸命」とか「工���する」
とか、「約束を守る」「仕上げに凝る」「仲間を助
ける」などの“形になって現れる”と強調していま
す。
私が尊敬する奈須田敬氏は、東日本大震災の直後の
平成23年に『天下国家を論ず』と題して、30年
にわたって発刊し続づけた『ざっくばらん』巻頭言
20選を取りまとめた1冊を上梓しました。
本書の最後に「何百年に一度かの天変地異に見舞わ
れて、現実は見るとおりの悲惨さ、というほかはな
い。こうなっては総理大臣、一市民のちがいもない。
与党、野党のちがいもない。日本国民は肩をこすり
あわせていきのびていくほかあるまい。─そ��腹を
決めたころから、新しい日本国民の芽生えを見出す
ことができそうだ。その芽は『ボランティア』とい
う形ですでにかいまみせている」として「90年の
生涯もけっして無駄ではなかった」と結んでいます。
ガザ地区などでも現に起きているように、他国なら
略奪が発生してもおかしくないような悲惨な状況の
中で、被災者は食べ物を分け合い、文句を言わず長
蛇の列に並び、そして多くのボランテイアが被災地
に入って、泥だらけになりながら様々な活動を続け
ました。奈須田氏は、そのような日本人の姿を“芽
生え”としてとらえ、安堵されたのでした。
保守の論客・中西輝政氏は、自書『強い日本を目指
す道』の中で、「グローバル化した世界だからこそ、
その中で日本はむしろ、つねに『フルセット自前主
義』の文明伝統に立ち返り、多極のなかで、『一極
として立つ』という気概を示さねばならない。多極
化世界でこそ、「自立の日本」を求められ、また可
能となるのである」と提言しています。
この続きは、読む人が読めば感動ものでしょう。
「この気概に気がつけは、再び日本が世界を引っ張
っていく存在になることは不可能なことではない」
として、「安定した時代の日本人は、皆『和魂(に
ぎみたま)』の持ち主で、『荒魂(あらみたま)』
は眠り込んでいる。『和魂』は『目的喪失』危険も
背中合わせなのである。だがひとたび危機���時代が
到来すると、必ずや『荒魂』が眠りから覚め、『目
を覚ませ日本!』と訴える。そして、世界の人々も、
その声に耳を傾ける」と訴えます。
そしてこうしたリズムを繰り返すのが日本文明の一
大特徴なのであり、「もはや途絶えた」と見えても
「地下水脈」として日本人の奥深くに流れている。
これこそが日本文明の核心たる「大和心」であり、
「日本の底力の源泉」であると結論づけています。
さらに、「このことのもつ、ただならぬ重要性に気
づいて、教育の場やマスコミでどんどん論じられる
ようになれば、日本人は急速に力を発揮する・・・
それは各時代の日本人が証明してきたことだ」と付
け加えます。中西氏もまた、日本は“豹変”する国
であることを分かっているのではないでしょうか。
▼「国家意思」を表明することがスタート
いかがでしょうか。これらはほんの一例に過ぎない
と考えますが、冒頭の「ゴジラー1.0」で述べた
ように、私が「日本はまだまだ捨てたものではない。
まだまだ明るい希望が持てる」との想いを強く持て
るのは、まさにここに紹介したようなところです。
しかし、“希望を現実のものにする”には大ナタを
振って荒治療する必要があることも事実でしょう。
顧みますと、戦後のわが国は、GHQの巧妙な「対
日戦略」に何ひとつ逆らうことなく国家を運営して
きました。講和直後の「吉田ドクトリン」などはそ
の典型と考えますが、それからしばらく経って、G
DPが戦前を上回った1956年頃から「もはや戦
後ではない」との言葉を一人歩きしました。また、
安倍元総理は、「戦後レジームから脱却」を掲げ、
「教育基本法」の改正にも着手しましたが、その成
果が上がっているとは言えないことはすでに取り上
げました。
これらを総括するに、戦後世代の最大の過失は、
「国家100年の計」といわれ、後に続く世代の
「教育」に特段の関心を持たないまま放置してきた
ことにあると言えるのではないでしょうか。
つまり、GHQによる強制的な“墨塗り”教科書の
内容を見直すことなく、70数年あまり、“行き過
ぎた教育”を継続してきました。その結果、ここに
紹介したような、日本の“本質的特性”を若者に教
え、多くの日本人に認識させることができないまま
時が流れました。
このような状況を創った最大の要因も終戦直後まで
さかのぼると考えます。少し補足しましょう。少し
前の調査結果によれば、「自衛隊は憲法違反だ」と
答える憲法学者は約6割を数えるそうですが、素人
の私などからみても、憲法第9条を正確に読めば、
この数字は法理論的には納得できない数字ではない
と考えます。問題はそれから先です。この6割の学
者のほとんどが「だから自衛隊を解体しろ」の方に
走ってしまい、「自衛隊抜きでは国防が成り立たな
い。これは一大事だ。憲法を改正しよう」と声を上
げている人は数えるほどしかいない状態が続いたの
でした。
言葉を代えれば、最も高い知性を有すべき法学者を
して、法理論の解釈を先行するあまり、「国防」と
か「国のあり方」などに疑問や関心を持たない程度
の“知的レベル”に留まってしまいました。
戦前の反省や軍への反発などについて理解できない
わけではないですが、極端な話をすれば、「こちら
から泥棒に入らなければ、我が家に入る泥棒はいな
い。よって、戸締りをする必要はない」と言ってい
るようなものなのです。そのようなことになぜ疑問を
持たないのか、私は長い間、理解不能でした。
そして、このような恩師(達)のもとで、同じよう
な思想や法理論を叩きこまれ、自らの知性や主義主
張になんら疑問を持たないまま拡大再生産された多
くの大人たちが、やがて法曹界、教育界、経済界、
さらには政治家、官僚、有識者、マスコミ人などそ
れぞれの分野を“牛耳る”ようになりました。最近、
政府の有識者懇談会による「日本学術会議に社会貢
献要求」との記事を見つけ、当会議はこれまで“社
会貢献すらしなかったのか”と呆れました。
このような状態では、「国家100年の計の教育を
見直そう」との雰囲気などできるわけがなく、70
数年余りの長きにわたり「教育」は放置されたまま
になってしまいました。私たち大人世代は、最近の
「Z世代」を批判する資格はないと言えるでしょう。
自分たちが「Z世代」を生んできたのですから。
さて、話を戻しましょう。周辺国が“日本をこのま
ま眠らせておき、覚醒しないように”と歴史問題な
どを蒸し返す狙いは、紹介したような日本(人)の
“本質的特定”に“こわさ”を感じているからなの
かも知れないのです。その考えが過剰防衛に走り、
軍事力の拡大路線を走らせている要因の一つになっ
ていると言えるでしょう。
私たち日本人は、認識しているか否かは別にして、
日本文明の「心」あるいは「コア(核)」とも言え
るような特性を依然として保持しています。保持し
ていることが日本人のアイデンティティそのもので
しょうから、これらを「誇り」として、今こそ、個
人の意思や精神の集大成として「国家意思」の“目
指す方向”に掲げることを求められていると考えま
す。
戦後の「教育」によって造成された価値観に凝り固
まっている人たちにとっては、“思いもよらない”
「国家意思」のたたき台を提示されても、にわかに
賛同することはないでしょうから、我が国の無形の
「資産」として後世に残すべき日本文明の「心」を
謳うことについては譲れないとしても、どのような
言葉や文章をもって表現すればよいか、などについ
ては最大限の工夫が必要でしょう。
そのような内容を包含する「国家意思」を表明する
ことがスタートであり、それを受けて、中西氏の言
うがごとく、政界や教育界やマスコミ界で活発な議
論を展開して頂きましょう。その結果、本質さえ変
わらなければ若干の修正は“良し”としましょう。
いずれにせよ、「国家意思」の表明がスタートであ
り、「国家戦略」とタッグを組むことによって、輝
かしい未来をつかみ取ることができると私は確信し
ています。今回はこのくらいにしておきます。
(つづく)
(むなかた・ひさお)
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museology-h · 5 months
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2023
2023年はコロナで止まっていたことが少しずつ動き出した1年だった。仕事面では大きな変化もあった。一方でSNSを見るのが億劫にもなり、Tumblrの更新すらままならず…。追い討ちをかけるように直近のデータも吹っ飛び完全に意欲が消失。1ヶ月の振り返りどころか1年の振り返りになってしまった🫠それでも、自分の気持ちの整理のために書く。
3〜6月
・任期を1年ほど残し、急遽出向解除になることが決まる。出向してるうちに転職でもしてやろうかと企んでいたから、計画が台無しに。次の異動に備えて面談が始まる。出向メンバーも混乱していて、出所の分からない情報が飛び交う。全てに疑心暗鬼。
・出向先は末端の私が見ていてもわかるくらい本当に色々な問題を抱え、昨日と今日で全く違う指示が飛んでくる。筋が通っていれば納得できるけど、今目の前の数字をなんとかするためのものばかりで参ってしまう。担当替えも頻繁に行われ、一体誰のために仕事をしているのかとモヤモヤする毎日。退職者も続出、本社の重要ポジションが休職、残業・経費は極限まで減らせすようにの指示…倒産する前の会社ってこんな感じなんだろうなと。当局が乗り込んでくる夢をよく見た。
・ストレスフルな毎日の中、尊敬している先輩の結婚式に呼んでいただき参列。上司の方から語られた先輩の姿が、学生時代から憧れていた先輩そのままの姿で感動し、先輩のようになりたいという思いを強くした。ほぼやっつけになっていた仕事も先輩だったらどう乗り越えるかな、と考えて少し頑張れた(と思う)。遠方からだからと用意してもらったホテルがすごく良いところで嬉しくて写真撮りまくったのに一枚も残ってなくて悲しすぎ。
7〜9月
・祝出向解除。引っ越しの必要もなく本社勤務となる。異動先は予想もしなかった部署だったけれど、業務は個人的な興味関心にも近く、意義もあるから前向きに頑張りたい。(本業にかすりもしない業務ゆえに、この先のことを考えると不安はある。)社内の重要業務を担っている人も多く、とにかく頭の切れる精鋭揃い。その中に急に放り出されて大丈夫なのかとは思うけど、なんとかやってみたいと思う!
・お盆の帰省。家族に病が見つかったと言われる。既に手術日も決まっていて、特に心配することはないからと言われても、なんだか不安で落ち着かない。手術が終わった報告のLINEを見て職場で泣きそうになる。早期発見のおかげで、痛かったり苦しい思いをしないままその後の治療も続けられていて、それだけは本当に良かった。治療もあと少し、頑張ろう。
・青森へ
少しでも涼しいところへ旅行したいと思い見つけたた奥入瀬渓流。青森にいる友達にも会いたくて、ドキドキしながらLINEを送る。わざわざ休みをとってくれて、ご家族みんなでフルサポートしてくださった。美術館がたくさんあって羨ましい。ここで見た大巻伸嗣の作品を後に六本木で見ることになり作品のつながりが分かり良かった〜。行きたいところに全部行き、美味しいご飯を食べた!友達とも大学卒業ぶりに会えて嬉しかった。この夏1番の思い出。
10〜12月
・業務完全にひとり立ち。手探りではあるけれど少しずつ慣れてきた…かな?
・美術館でのボランティア開始。今はまだ講座受けている段階だけれど、今後も楽しみ。新しい世界が広がっているような気分。
・研修で久しぶりにたくさんの同期に会い、みんなのやる気のある姿にビビる。1/3くらいはやめちゃったけど、その波を超えたメンバーだからなのか…。
・中国宮廷ドラマにハマり、一気見。30~40話くらいまで来ると面白くて止まらなくなる。
・久しぶりの友達と何人も会えた秋冬。みんな変わってないけど、ちゃんと前に進んでてかっこいい。
2024年はorbital period
年始のニュースに心が痛む。みんな健康で穏やかに暮らせる毎日がずっと続いていきますように。
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shiri1124 · 11 months
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高校生の時の話。偏差値の低い学校に通っていたんですね、理由は簡単。義務教育終了したのに勉強をしたくないから、努力せずに卒業できる学校が良かったから(そうです思考がクズ)なんだけど、先生も歴戦の戦士たちなので、そんなバカやクズが本物の生ゴミになってしまわないように、せめて社会で困らないように。と色々と言ってくれてたわけなんですね。私の通っていた高校(以降母校)はちょっと特殊で、選べる講義の枠が多かったのね(普通の高校は世界史or日本史、化学or生物)ぐらいのところ母校は選択するコマがこの3.4倍はあった。故にちょっと大学みたいだったんですね(ちょっと)そこで、私は母校のドン(主)的な先生の授業(大学のゼミみたいな活動)に入っており、そこで色々授業を受けるわけなんだけど、ことあるごとにクラス全員の前で感想を発表をさせられる、感想文の課題の量が半端じゃない、ボランティア活動に強制参加などなど…また、母校全体でも「人は見た目が9割。バカで、見た目もチャラくて、態度も、言葉遣いも悪かったら、あんたがどんなに正論を言ったって軽蔑される。愛想よく生きなさい」的なことをずっと言われて卒業したんですね。当時はえげつない学校に入学したと思ってたんですけど、今思えば選択の重要性、人前で話す能力、レポート力、ボランティアに参加したという実績、魅せ方などなど、高校では学べないような、かつ、社会に出た上で大切になることを強制的にたくさん教えてくれたんですよね。私たちが馬鹿だからって見捨てるんじゃなく、馬鹿な私たちが社会で頑張って生き抜くための、先生の思いやりだったのかなって思ってます。(ちなみにボランティアの実績については今でも面接などで擦り続けている)荒療治だったけどいい先生方に恵まれたな。まぁぉ頭の弱ぃ学校だったから、何人に意図が伝わったかゎ、ゎからなぃけど…。
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shintani24 · 22 days
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2024年5月4日
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Youは何しに海外へ?超円安のGWに「裏金」議員含む多くの自民議員が渡航 事前提出の「渡航計画書」は非公開(MBSニュース)2024年5月4日
円安、超円安である。一時1ドル160円台に突入した。政府・日銀による為替介入の可能性も指摘されるが、それでも150円台で推移している。ゴールデンウィークとはいえこんな時期に海外旅行するのは大変である。日本から食材を買ってしのいでいるハワイ旅行の映像などを見るとなかなか涙ぐましいものがある。
さて、そんな円安の最中、このゴールデンウィーク期間中(4月27日~5月6日)に国会議員も海外へと渡っている。
岸田総理はフランスやブラジルなどを訪問
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まず、岸田内閣からは14人が渡航している。岸田文雄総理が5月1日~6日の日程でフランス、ブラジル、パラグアイを訪問。フランス・パリでのOECD閣僚理事会や各国首脳との会談を行う。上川陽子外務大臣は同じくフランスを始め、マダガスカル、コートジボワール、ナイジェリア、スリランカ、ネパールと多彩。閣僚の場合、上記OECDの理事会があることに加え、国会日程の合間を縫って外交日程を組まざるを得ない事情もある。
自民党は4月28日の衆院補選で「3敗」したが、党内には岸田総理“お得意”の外交で支持率を少しでも上向きにできれば…との淡い期待もあるようだ。
GW中に登院できない議員はほとんどが自民党…萩生田、塩谷氏など「裏金」処分議員の名前も
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一方で、そのほかの国会議員。GW中に国会へ登院できないという届け出をした衆議院議員はのべ34人。写真は4月25日付けの公報に掲載されたもの。衆議院の公報上ではこの期間に国会へ出られないということしか確認できないため、34人すべてが必ずしも海外渡航とは限らないのだが、政権中枢に近い木原誠二議員、ベテランの船田元議員、甘利明議員のほか渡海紀三朗政調会長の名前がある。なかには派閥の政治資金パーティーをめぐる「裏金」事件で、2728万円の不記載があった安倍派「5人衆」の1人、萩生田光一元政調会長や、安倍派の座長だった塩谷立議員の名前もある。パッと見ただけで自民党の議員が圧倒的に多いことがわかる。塩谷議員は処分を受けて離党し無所属となったが、あとは立憲民主党の中川正春議員を除くとすべて自民党所属で、たまたまかもしれないが公明や維新、共産の議員はいない。実に34人中32人が自民党だ。
「エッフェル塔」写真で物議の松川るい議員はGW期間中2回渡航
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続いて参議院議員はのべ17人。参議院の場合、公報上に日程とともに渡航先、ごく簡単な目的も確認できる。こちらも安倍派に所属し「裏金」事件で問題となった議員がいる。政治資金収支報告書に2400万円の不記載があった山谷えり子議員(全国比例)はアメリカへ。876万円不記載の堀井巌議員(奈良選挙区)はグアテマラへ、306万円が未記載だった佐藤啓議員(奈良選挙区)は韓国へ、それぞれ渡航する。
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また、去年夏、自民党女性局の研修で訪れたフランス・パリにあるエッフェル塔前で撮った写真がSNS投稿され、批判を受けた松川るい議員(大阪選挙区)はこの間2回渡航する。政治経済事情を視察するため前半の4月26日から6日間はオーストラリアへ、後半の5月2日から3日間は韓国へという予定だ。観光産業復興の状況視察のためタイへ赴くれいわの山本太郎議員、シンガポールで政治経済事情を視察する社民党の福島みずほ議員などもいるが、それでものべ17人中11人と多数を占めるのは自民党であった。
国民の目から見えにくい議員の渡航…その中身と費用の実態は?
そもそも国会議員の海外渡航はどういった手続きを経て行われるものなのか。衆議院事務局に問い合わせると、いまの通常国会など国会開会中は各議員が「請暇(せいか)」を届け出るのだという。聞きなれない言葉だが、暇(いとま)を請うという意味で一定の期間、国会へ登院がかなわないことを願い出るという主旨だそう。渡航の期間が7日以内の場合は議長の許可が、7日以上の場合は本会議での了承が必要だという。実際に海外へ渡航する場合、各議員は��属会派に請暇届と渡航計画書を出し、あらかじめ議会運営委員会の理事会で了解を得るのだという。
ただ、問題は、残念ながらこの海外渡航の中身やお金が一般には見えづらいことだ。例えば先日、自民党の麻生太郎副総裁はアメリカへ渡航した。4月22日からむこう4日間渡航するとの届を出して許可されている。たしかにこの事例などはアメリカのトランプ前大統領に面会するなどしたことがニュースとなり、何を目的に渡航したかは一般の方の目にも触れることとなった。
しかし、一方で多くの議員の場合、海外渡航の実態はなかなか見えない。事前に会派や議運に提出する「渡航計画書」なるものは非公開だ。また、あくまで議員個人の活動であるため、渡航後、国会などで活動報告が義務づけられてもいない。さらに、渡航費については各委員会や公式な議員派遣団とは異なるため予算がついておらず、各議員が処理する形で公表が義務付けられているわけではないため、どのように渡航費をねん出しているのかもわからない。毎年この時期に議員団として海外渡航し議員外交をしている例もあり、個々の議員がSNSなどで発信している例もあるのだろう。ただ、当方のようなメディアがよほど細かく各議員の活動をチェックし、渡航の中身や費用について問い合わせでもしない限り広く知られるところとはならないだろう。
国会議員たるもの海外で研鑽を積み議員交流を深めることは必要で、海外渡航すべてを否定するものではない。届や渡航計画書を出して議運の了解を得ての渡航だけに「旅行」ではないと信じたいが、あまりに議員の裁量と性善説にたった運用だとも感じる。Youは何しに海外へ。今後の議員活動や国会での質疑にどう生かされていくのか。連休明け以降の仕事でまた見ていきたい。(MBS東京報道部記者兼解説委員 大八木友之)
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「行かないことが支援」善意の拡散が変質 能登にいま漂う空気は(朝日新聞 連載:増幅の先に 「みる・きく・はなす」はいま 第6回)2024年5月4日
「『みる・きく・はなす』はいま」は、1987年5月3日に朝日新聞阪神支局が襲撃され、記者が殺傷された事件をきっかけに始まりました。憎悪、差別、不寛容……。今回は、デジタル空間で増幅された感情が現実社会にもたらす影響を報告します。
元日の能登半島地震。二次災害の懸念があり、道路事情の問題もあって、報道機関もなかなか被災地に入れない。どこで何が起きているのか、情報は乏しかった。
翌2日、主に石川県のグルメ情報を発信していたX(旧ツイッター)のアカウントが呼びかけた。
「被災地にボランティアや支援物資を届けに行く人はちょっと待って! 先の熊本地震でも個人支援に起因した渋滞が問題になっていました」
何度か投稿するうち、語気は強まる。
「もういいや、はっきり言います。災害直後に一般車両が現地に乗り入れることは『本来助かるはずだった方の生命をみすみす失わせる行為』です」
瞬く間に拡散し、表示回数は1800万を超えた。
県も能登方面への外出自粛促す
県にも、渋滞の情報が次々と寄せられた。個人ボランティアの受け入れ態勢も整っていなかった。県や県警も3日以降、「能登方面への不要不急の車での外出は控えて」などと被災地入りの自粛を促すメッセージを出した。
「行かないことが支援」。そんな言葉が、SNSで広まっていった。
東京都内の自営業男性は4日、「やっぱりまだ早いかもな。状況見て考えたい」と投稿した。過去の災害でボランティアの経験があり、自身も被災地の力になりたいと考えたという。
1月6日からの3連休を控えた5日には、石川県知事の馳浩が「現在、個人のボランティアは受け付けておりません」と投稿。表示回数は3千万を超えた。都内の30代男性も5日、写真投稿サイト、インスタグラムのアカウントで「この三連休は絶対能登に行かない!」などと投稿した。被災した石川県七尾市の出身。「少しでもふるさとの役に立てればと思った」
だが、善意で拡散された呼びかけは、違った意味を持っていく。
「自粛の空気が続いたことはさみしい」
「正直邪魔だと思う」「無計画に現地入り」。災害救援のNPOに同行して3日から被災地に入ったジャーナリストの津田大介(50)は、SNS上で批判を受けた。被災地入りした政治家らも「炎上」した。
東日本大震災以来、何度も被災地を訪れ、ツイッターで発信もしてきたが、こんなことは初めてだった。昨夏から仕様が変わり、表示回数に応じて収益が入るようになったことで、扇動的な投稿で数字を稼ぐ人が増えた影響もあるとみる。
「ガソリンを現地で調達した」。事実ではないことも広まった。NPOに迷惑をかけないよう、5日になって、どんな準備をしてどうやって現地に入ったかをXで詳細に説明した。
地震発生直後に被災地入りしたNPO法人カタリバ(東京都)は、これまで8カ所の被災地で支援してきたノウハウ通り、自活できる道具を持って向かった。だが、5日夜、避難所の一角に子どもの居場所スペースをつくる活動についてネット上で報告すると、「ボランティアごっこしか出来ないゴミ」などとXに中傷の言葉が並び始めた。
4人の子がいる石川県七尾市の女性(43)は当時、SNSを見る余裕もなかった。避難所の一部屋で5日ごろから子どもを預かってもらい、炊き出しの手伝いや被災した家の片付けができた。津波から逃れた時のフラッシュバックが出た際は、専門スタッフから助言ももらった。「本当にありがたかった」
重機操作などの技術を持った職人らによるボランティアネットワーク���DRT JAPAN」の吉村誠司(58)は1月2日から被災地に入った。1995年の阪神・淡路大震災以降、数々の現場に赴いてきた。
活動に対し、ネット上では「自衛隊や警察、消防の邪魔をするな」という声もあったというが、被災地では一度も非難は受けなかったという。
行くべきか行くべきでないか。それぞれの人の状況も異なり、明確な正解があるとは思わない。ただ、能登では時間が経ってからも、経験や技術のある人たちが目立ち、これまでの被災地とは異なると感じた。
「技術や経験がなくても人の役に立ちたい。そう素直に思った人がなんとなく排除されてしまう、自粛してしまう空気が続いたことはさみしい」
悩み続けた自治体「難しかった」
石川県輪島市の自宅が地震で倒壊、火災で全焼した漆芸家の桐本滉平(31)は、3カ月近く過ぎても知人らから「手伝いに行きたいけど、迷惑になるからやめた方がいいかな?」と言われることがつらかったという。
「被災地でやれることは今もたくさんある。何より思いを寄せている人たちにいまの被災地の姿をみてほしい」。3月22日、「1月に『まだ能登に行くな!』とSNSで大拡散してくださっていたみなさま、もういつでも能登にいらして大丈夫ですよ」とXに投稿した。
県戦略広報課長の素都明子は「決して一律に支援を拒んだわけではなかったが、様々な組織や部署の要望を、短く明確なメッセージにするのは難しかった」と振り返る。得られる情報は限られ、刻々と変化した。いつ、誰に、どんな支援を求めるのか。それともまだ控えてもらうのか。悩み続けたという。=敬称略
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uchu-household-blue · 4 months
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と彼女は自分で 自分が恥ずかしくなって弁解した。
わかってる感じが直観的ではある。単に心地いいとか気持ちいいとか 或いは 何か心など晴れないままだからとか、本当の信者はこういうレベルではないんでしょ?みたいな。その受け取り方も、どうも日本人ぽさと重なるらしいと最近私もわかってきた
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愛の真似事をするんだわ。 そうだよな...むしろ本気で真剣か、それが伝わるか、みたいな話は私も最近より恐ろしいものに思えて、。そうだなぁ折に思うのはどうしても、背中を見て盗め!みたいな時代��(無意識的なら精神の層でもかな)古さと、これは自分の見つけたもんだ!のおしへしの主張の矛盾とか。美津子はボランティアをしたがってやる。なのに利他行為でもないとするし斜に見ている。釈さんは'面白い人で'と前置き。愛されたいと思えないし、暗い喜びへの反動もするし。みんなそういう作用はし合ってると思うけど、主張とされちゃうとなんか私はしたくなくて悩んできたはずだからそこの点は美津子と同じかなと。受動なんかじゃないという?と問いたくもなるし、埋めたいものに働かれてるよねと言いたくもなる。真似で済みたい、防衛線がよく見える。あるいはやはり、実践の場というほどの意識が無いのでは?すごい怖いことに思えてるの。 天秤の二極は 安定した'状態'の対立の一端だけど、揺れ続ける部分にこそ問いや信心を思えることもこの冬改めて分かった、自分の考えてたことを確かめられたというか。それはそれで恐ろしく... 具体的になるほど、深い暗さが厳しい。教育が相手のためだったり与えられたものだったりしながら、厳しい。 お墓参りも、何かの方法も、みんながそうやってるから。信じる宗教のほかに行う宗教、感じる宗教があるような営みの大きさ、と釈さん。冒頭にあった話ではお正月の三が日に初詣に行く人、のべ9000万人、外国の研究者が見れば宗教の国なのに日本人の意識は無宗教。なぜ習わしだけがこれほど?ともやっぱり考えられるし。宿り方が集合体みたいな感じもする。真似とか、もどき も、再演性ということの意義は内部にも外部にもあるように感じた。ファンタジーやフィクション、芸能、その◯の中に何を思えるかな。信仰とか好意の度合い?嫌悪の比べ合い、確かに過程を悩んでも決着も解決もまるで形にならない気もするが、数値で測るだけで絶対できないことを自分ももっと思いやりたくなったし、やはり他人の感情表現や自分から出てきた掴めないものやらが何故、どういうこと?とか、信じるない疑うないそれぞれが確かめ合うようなことになるのだ、無傷ではないから、やはり問いを練られていけそうなもののほうが 良い(けど全然うまく守れない)から。傷つきたくないからこそ、畏れるからこそ、矛盾のままに何かこう 不安なままでも角度とか持ち方が変わりたい(が必死にしかなれない)し何もなんか、、希望さえもより絶望笑笑
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lifefind-blog · 5 months
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日本の限界生活。日本だけ
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孤立に慣れていない日本の限界集落は、インフラが壊れたら、数日でお手上げ。
10年ほど前にドナウ川が凍り、東欧の友人宅が雪に閉ざされたニュースを見て心配していたら「慣れているから、1か月ぐらいは平気」とのことでした。慣れているので自給自足が可能ということです
その数年前に現地に行って、様子を見てきたので、なるほど、と思いました。経済発展したはずの日本は、いろいろなものを捨ててしまったということで、今になって取り返しがつかないことになっているようです。 危機管理にかんしては、公的予算は最小限で、ほぼ自前。口だけの子育て公的支援のせいで日本中に広まった子供食堂と同じで、非常時もボランティア頼み。 それが解っているのなら、計画的に自衛するしかありません。
うちには、井戸があって沸かせば飲めます。25年ほど前に掘削工事を発注しました。目的は鉄分の濃い温泉でしたが、2本掘って、透明できれいな水も出ました。費用は45万円。洗濯、洗い物、お風呂に毎日バンバン使っています。トイレは、ウォシュレットが詰まるので使えないそうです(たまに砂が混じるから)。
自前の電気はありません。太陽光は問題だらけなので使わないことにしました。風力が良さそうなのですが、まだ作っていません。
ガスはプロパンなので、停電しても使えます。横に山があるので、薪を集めることもできます。七輪は2個あります。
井戸の手押しポンプは買って置いてあります。普段は電気のポンプで、毎日使っているので水は順調に出ます。
隣の義父宅の地下2mに、新しい水源を見つけてあります。水道の蛇口を満開にした量の3倍ほどの透明な地下水が延々と出続けます。
ご自宅に井戸を持っておくことはとても有用です。除草剤や農薬を使用していない場所が良いです。
暖房に関しては、電気が要らない石油ストーブを買ってあります。ものが多すぎて広い空間が無いので、まだ暖炉はありません。衣類の防寒や汗取りなどの工夫は毎日縫物をして工夫しながらやっています。布団もたくさんあります。
トイレは、猫トイレの人間版を作ってあるので、困りません。土地があるので、コンポストで虫たちに分解してもらうこともできます。
飲み水用のペットボトルはだいたい5箱を常備しています。果樹園があるので、年中何かの果物は備蓄があります。野菜や穀物に関しては、不十分なので、これから工夫します。
猫たちの食べ物に関しては、ペットフードを1か月分ぐらい常備してあります。もし足りなくなったら、川か海で魚を取ってこないといけません。自転車と釣り竿が無いので、用意しないといけません。
私は、被害に遭われた方々や、まだ被害に遭ってない方々のために何か力になれることは無いかと考えて、こういうことを書いています。
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大災害時のニュースに、何故、小芝居的な新品のヘルメットや作業着の過剰な演出が必要なのか、それは誰の命令で、何のためなのか、の疑問に小芝居で回答
「おい、『大変だ感』を出せ。もっとだ。ああ、それぐらいでいい。」。「アンタ誰?」。「誰でもいい、お前こそ誰だ」。
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kennak · 21 days
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彼の家族は、父親が亡くなったときに閉店した元オートバイ店の隣の地下の家に住んでいました。 私の家から彼の家までは、鹿がたくさんいる美しい森の中を歩いて1時間かかりました。 貨物列車が目の前をゆっくりと通過していくのを、私は頻繁に家の視界に入り込み、列車が通過するまで木の切り株に座っていました。 以前のオートバイ店には、石鹸で汚れた窓の前にドクターペッパーの機械があり、私は鍵を持っていて、彼の母親がたくさんの仕事の1つをしている間、私たちは外泊のときにこっそり店を探索するために忍び込みました。 彼女はチェーンスモーカーでめったに話さず、ビデオゲームをレンタルするために私たちを地元のビデオ店��で車で連れて行ってくれたとき、よく一本のタバコに燃えているチェリーで火をつけていました。 マークの兄もその家に住んでいたが、部屋から出ることはほとんどなかった。 ほとんどの場合、タバコの煙が充満した家の中でジャーマン・シェパードがゼーゼーと咳き込む中、私たち二人が監視されずに飛び跳ねたり、古い映画を観たり、ソーダを飲みすぎたりしていました。 このような家族は、福音派キリスト教徒のターゲッ���になることがよくあり、福音派キリスト教徒は、仕事中に子供たちを楽しませることができる青少年グループのオファーで家族を誘い込もうとすることがよくありました。 ある時点で、青年牧師の一人がマークの母親に、私たち二人を彼の教会に行かせるよう説得しました。 ブロックバスターの代わりに、私たちはトウモロコシ畑に囲まれた暗い田舎道にある、十字と頭上にブンブンと光る照明がついた、匿名の鉄骨倉庫の前で降ろされました。 父親と母親がバイカー文化に深く関わっていたため、マークは宗教にあまり触れていませんでした。 私はすでにこの種の場所を以前に見たことがあり、次に何が起こるかを恐れていました。 私たちが中に入ると、「マイケル牧師」を紹介されました。彼はサンタクロースが極端なダイエットをして連続殺人犯の眼鏡を買ったかのように見えました。 マークは飛び上がって質問を始めたが、私は距離を置いた。 その前年、私は古い駅の修復にボランティア活動をしていた。それには、駅をホームレスの避難所に変えようとする原理主義キリスト教会の「監督」のもと、大勢の若者が参加した。 私たちは鉱山に隣接するこの小さな町の中学校の床で寝て、日中はペンキを剥がしたり床を研磨したりして過ごし、夜は性の悪さやアメリカがどのように「文化戦争」に陥っているかについて講義を受けました。 今にして思えば、児童労働として鉛塗料を除去する際にもっと保護具が必要だったような気がしますが、それは神次第だったのでしょう。 起立させられ、結婚するまではセックスしないと約束させられた長いセッションの後、割り当てられた教室に戻る途中で私が冗談を言ったところ、すぐにグループの先輩の男の子に詰め寄られました。 。 彼は軍隊風の髪型をしていて、星が見えるほど私をロッカーに叩きつけました。 私は毎週日曜日にカトリック学校とミサに通い、水曜の夜はカトリック教徒のための日曜学校のようなCCD(キリスト教教義連盟)に通って育ちました。 これらすべては、私がかなり確立された「クリスチャン」資格を持っていることを意味していました。 この少年は、私が悪影響を及ぼしている偽クリスチャンだと思っていること、鍵のかかった教室で毎晩彼や彼の友達と二人きりになるから気をつけるべきだと言いました。 この経験により、私はこれら福音派カルトに対して極度の警戒心を抱くようになり、教室の床で寝袋に静かに横になり、明らかに忘れ去られた回し車で走るハムスターの音を聞いていた。 この世界に詳しくない方に、少し背景を説明させてください。 私のカトリック教育は、聖なる人物との全く異なる関係を示しました。 神が直接語った人はほとんどなく、ほとんどが聖人でした。 自分は神との幻視や直接会話に値するような人間であると信じる罠に陥ってはいけない、という多くの警告を受けて育ちました。 これは神の介入というよりは精神疾患である可能性が高いと、やんわりと示唆されました。 彼はあなたの心に入り込み、あなたの行動を変え、あなたに平安を与えますが、あなたはチャットが正当化されるような稀な個人の階層に属していません。 したがって、私にとって、 神と直接会話 できると主張する福音派は異端であり、ランダムな「牧師」が自分たちが聖人であると主張するのと同じで、ひどい冒涜でした。 会衆が列を作り始め、その後に起こったのは、私の人生の中で最も非現実的な2時間の1つでした。 私の知り合い、図書館で働く女性、地元の郵便局員などが、自分たちの健康問題をサタンのせいにして叫び、手を振り始めた。 それからある時点で、怖いサンタクロースは震え始め、発作を起こしているように見えました。 彼は大声でせせらぎをし始め、部屋中を動き回っていました。そして、 このせせらぎに何か意味があるふりをして 、自分たちでそれをする人がどんどん増えているのを私は見つめました。 明るい光と大音量の音楽が、これらの普通の人々を狂気に陥れたようでした。 携帯電話のないこの時代、この状況を放置するために私にできることはあまりありませんでした。 私はマークがこれらの人々が神の声を伝えていると確信するのを待って見ていました。 「すごいですね、本当に何かを感じました。部屋にはエネルギーがありました!」 私がドアから目を離さないと、彼は私にささやきました。 青年牧師の一人が、私の中に霊が動いているのを感じましたか、参加したいという衝動を抑えるべきではないと尋ねました。私は大丈夫だとつぶやき、トイレに行かなければならないと言い、それから個室で待つまで待ちました。サービスはほぼ 2 時間後に終了しました。 他の子供たちと話していて、彼らがこれを信じているという現実が頭から離れませんでした。 「それは神の言葉であり、聖霊が私たちを通して語っておられることを理解できるのは、選ばれた少数の人だけです。」 その言葉は非常に強力で、牧師が教会の選ばれた会員に預言を明らかにし、彼らの経済的投資を支援することができました。 これは致命的な重大な仕事であり、これらの普通の人々は完全に信じており、時々 ある種の 言葉のように聞こえるこのナンセンスなおしゃべりは、文字通り神が彼らを通して話していると確信していました。 私は、普通の理性的な人々は決してそのようなナンセンスなことを信じないだろうと確信して帰りました。 これらの人々はだまされやすいので、一度この死んだ町から出てしまえば、このレベルの妄想にさらされる必要は決してなくなるでしょう。 それで、数年後、私がサンフランシスコの巨大な会議場に座って、Google の CEO が聴衆に AI がどのような未来になるかを説明しているときの私の驚きを想像してみてください。 ランダムな単語をつなぎ合わせたこのシステムは、群衆の中の私たち全員を置き換え、地球温暖化を解決し、あらゆる仕事を変えることになるでしょう。 これには、健康保険を失うことに興奮しているようだったグループから万雷の拍手が送られた。 これらすべては、テクノ音楽と明るい照明、そしてより多額の予算を投じた教会の礼拝によって始まりました。 私が行った会議はどこも、スタッフをこの神聖なテキスト ジェネレーターに置き換える可能性について有頂天になっている人々でいっぱいでした。 会議のために元の Google キャンパスまで私と Uber をシェアしたフランスのベンチャー キャピタリストは、興奮で息が上がりそうになっていました。 「間もなく、スタートアップを立ち上げるのにプログラマーさえ必要なくなるかもしれません。ただ、創業者とそのアイデアが、夢見る限り早く市場に投入されるだけです。」 彼をLLMに置き換えることができる可能性が高いとコメントしたくなりましたが、それは意地悪だと感じました。 まだ人間が運転しているテスラに私たちが座っているとき、「それは世界を変えるだろう」と彼はつぶやいた。 私の人生の中で、信心深い人たちから、私のコミュニティ、つまり無宗教のテクノロジー愛好家がテクノロジーを宗教の代わりに利用しているのではないかとよく言われてきました。 私たちは神や聖人という空想的な概念を拒否し、それを未来の妄想的な考えに置き換えるだけです。 自動運転車は、その問題が実際には難しすぎることが明らかになり、私たちが静かにそれについて話すのをやめるまでは避けられませんでした。 火星に植民地を設立するということは、たとえそれが私たちの能力の10倍を超えているとしても、あたかも「すぐに」であるかのように議論されることがよくあります。私たちは紙幣をデジタル通貨に置き換えようと試み、そして管理しました地球の破壊を加速する世界的なネズミ講を創設するために。 通常、私はこのロジックを拒否します。 テクノロジーは、多くの欠点がある一方で、実際に利益をもたらす多くのものを生み出しますが、これは宗教が主張できることではありません。 しかし、AIの力に対するこの盲目的な信仰を数か月聞いた後、私が今聞いていることと、礼拝後に信者が私に言ったことを比較すると、不気味なほど似ていました。 これは単なる集団妄想であり、新しいアイデアがないにもかかわらず、依然として 1 兆ドルの価値があると信じ込ませようとしているテクノロジー企業による必死の試みなのでしょうか? ここに何かありますか?
AIは異言を話す
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ari0921 · 1 year
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我が国の未来を見通す(50)
「気候変動・エネルギー問題」(15)
人為的CO2削減の可能性
宗像久男(元陸将)
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□はじめに
記念すべき第50話まで来ました。「わが国の未来
を見通す」を始めてからほぼ1年が経とうとしてい
ます。50回を記念して、私自身の最近の“日常”
をカミングアウトしようと思います。現在、71歳
と半年、3つの会社と非常勤監査役や顧問などの形
で雇用契約してそれぞれの職務をこなすかたわら、
某大学の非常勤講師として週に1度は講義を行って
います(科目は、なんと「経営戦略論」と「経営組
織論」です)。
その他、自衛隊を含み、依頼があればどこへでも喜
んではせ参じ、歴史講話などを実施しています。ほ
かにもボランティア活動も数件、それ以外にゴルフ、
コンサートや演劇観賞、小旅行、それに各種セミ
ナー聴講など、たぶん同世代の人たちよりは数多く
こなしていると思います。
ボランティア活動で最も力を入れているのは、元自
衛官たちの再就職あるいは再々就職の応援です。5
0歳後半で若年定年を迎える自衛官は、退職直後は
国家が再就職の面倒をみることが法律で定められて
おり、その体制下で自衛官たちは再就職します。し
かし、「人生100年時代」、元自衛官たちは60
歳の前半、今度は自力で職探しに奔走することを余
儀なくされます。この時には、自衛官��“ブランド”
はすでに消え去り、相当厳しい“現実”が待ってい
ます。
そのような元自衛官たちの苦労を目の当たりにして
いることから、時々、仙台や札幌まで出かけて行き、
現役自衛官たちの前で、誰もが迎える未来の“現
実”、そしてそれに向かって現役時代からの心構え
や準備すべき事項などについて教育しています。「
国防に半生を捧げた全自衛官たちが、一生、幸福で
充実した人生を送ってほしい」との切なる願いを込
めて、私自身も東奔西走しております。またその一
環で、自衛隊部内紙紙上に「自衛官にとっての『人
生100年時代』」をシリーズ化し月に1回、投稿
しています(現在16回目です)。
さらに、時々、本シリーズでも紹介していますよう
に、日々変わる“時事”についても関心を持ち、で
きる範囲で情報収集します。このような合間をぬっ
て、本シリーズの原稿を毎週5000字前後したた
めています。もちろん、そのために必要な書籍や資
料をできる範囲であさります。これらから、最近は
どこに出かけるにも1泊以上の場合は、パソコン持
参が常態となりました。
若い頃から「人の3倍生きる」を公言し、泳ぎを止
めることを知らない“マグロ人生”を突っ走ってき
ました。つい先日は、深夜までサッカー観戦で寝不
足のまま、翌日早朝から出かけて同期のゴルフコン
ペに参加(結果はベスグロでした)、夜は、家内と
コンサートを観賞するなどの無理もしていますが、
年齢も年齢、記憶力も弱くなるなど少々ガタが来て
います。いつまで続けられるかわかりませんが、も
う少し頑張りますので、どうぞお付き合いください。
冒頭から私的な話題ですみません。
▼地球は寒冷化に向かう!
さて、本題に戻りましょう。前回紹介しましたよう
に、「地球は寒冷化に向かう!」との勇気ある主張
も依然として存在します。全人類のほとんどが「地
球温暖化」狂騒曲を鳴り響かせている現代にあって、
個人的にはとても興味が沸きます。CO2削減の
可能性について論じる前に、少しその骨子を紹介し
ておきましょう。
「寒冷化に向かう」とする根拠の第1は、「100
万年にわたる地球の気温推移の歴史をみると、人間
の出すCO2などとは全く無関係に一定のリズムを
刻んでいる」ということです。現在は、「確かに温
暖期にあるが、この周期からみるとそれも束の間で、
いつ気温が下降してもおかしくない。そうなれば
地球も約1万年ぶりに氷河期に突入する」のだそう
です。
さらに、ここ1万年の気温推移���みれば(前に紹介
しましたように、グリーンランドの氷床から北極圏
の気温を推定しています)、「確かにここ約100
年の間は、小さなレベルで気温が上がっている。だ
が、さかのぼって気温推移をみると、工場も発電所
もなかった時代に、今以上に温かい時期が何度も来
ている。人類の出すCO2は気候変動とは関係ない」
というのです。
つまり、「大きな周期をみても、小さな周期をみて
も、気温が人類の出すCO2で変化しているように
は見えない。地球の向かう先は温暖化ではなく、寒
冷化の可能性を疑うべき」と主張します。
その主張の根拠として、温暖化説を唱える気象学者
たちが「大気」だけをみているのは「ものの見方が
狭すぎる」と言い切って、地球の気温は「宇宙」、
それに最も近い「太陽」に目を向けなればならない
とも主張しています。
関連して言えば、温室効果ガスが地球温暖化の原因
としてコンピューターでシミュレーション手法を開
拓し、ノーベル賞を受賞された真鍋淑郎(しゅくろ
う)氏のグループは、受賞自体は嬉しいことではあ
るのですが、「仮定」そのものの誤りや「政治的意
図が働いた」などとの指摘もあるようです(細部は
省略します)。
東京大学の地球生命研究所丸山茂徳教授は「地球の
温度は根本的に決めるのは日射量だが、それを圧倒
的に支配するのは雲である。雲は白く、太陽光を反
射する。雲量が1%増えると地球の平均気温は1℃
下がることがわかっている」として、「雲の量を増
やすのは、宇宙から降り注いている『宇宙線』であ
る。高エネルギーの宇宙線が雲の材料となる埃に衝
突して分散してその数を増やすので雲の量が増える」
と別な角度から地球温暖化に疑問を投げかけます。
具体的には、「その『宇宙線』の量を左右するのは
太陽活動であり、太陽活動は強くなったり(黒点の
数が増える)、弱くなったり(黒点の数が減る)し
ているが、それ以外にも『太陽風』という目に見え
ない高温のガスを吹き出しており、このガスが『宇
宙線』を弾き飛ばす。太陽活動が弱くなった時、『
太陽風』のバリアも弱くなり、地球に降り注ぐ『宇
宙線』が増える、その結果、雲が増え、気温が下が
り、逆に太陽活動が強くなれば、『宇宙線』も吹き
飛ばされ、雲も減って気温が上がる。近年、太陽活
動が低調になりつつあるということで、地球は温暖
化どころか、寒冷化する予兆がある」と丸山氏は主
張します。
「氷期と間氷期をもたらす数万~10万年周期の気
候サイクルは、地球の『天体運動』にその原因があ
る」と神戸大学兵頭正幸名誉教授は解説しています。
つまり、「地球の自転軸の角度や公転軌道の形な
どは、月や惑星の引力により周期的に変わり、それ
によって、北半球高緯度が受ける日射量が周期的に
変化し、氷期と間氷期を繰り返す」として(「ミラ
ンコビッチ周期」と呼称されます)、「この周期で
は、地球は約6000年間以降寒冷化に向かってお
り、約3万年後に氷河期に迎える」と主張していま
す。
このように、地球の気候変動は、太陽に関わる作用
を主因としつつ、海流、水蒸気量、マントルや火山
活動、地球磁場、銀河における太陽系の位置など、
無数の要因によって動く「宇宙レベルの摂理」なの
であり、こうした視点でみると、「人為的CO2が
地球気温を動かす」などとそもそもの“次元が違う”
ということでしょう。
これらの理論について、私など素人が理解できる範
囲を超えているものがありますが、もっと長いレン
ジで「地球の動き」をウオッチする必要があるとい
うことなのでしょう。以前紹介しましたように、つ
い最近の1970年代には「寒冷化」狂騒だったも
のが、手のひらを返したように「温暖化」狂騒に変
わりました。地球や宇宙に対する人類の“感知能力”
が依然として未熟である証左ともいえるでしょう。
日本や外国の研究者の中には、「地球温暖化」に“
異説”を唱えている人たちが沢山おられるのは明ら
かです。これらから、最近の「異常気象」(最近は、
「極端気象」というそうですが)をすべて地球温
暖化のせいにして、「温暖化の原因は人為的CO2
の排出である」と断定するのは、かなり無理がある
と考えるのが妥当なのではないでしょうか。あるい
は、そのように結論づけるのは“時期尚早”という
のが正しいのかも知れません。
▼人為的CO2の削減は可能か?
人為的CO2排出に戻りましょう。これについても
すでに触れましたが、CO2排出の国や地域分布の
歴史を振り返ってみますと(インターネットではト
ップ10の国々の1960年~2019年までの排
出量の移り変わりが動画のように一目することがで
きるサイトがあります)、確かに2004年までは
アメリカが常にそのトップを走り、ロシアや中国な
どが追随してきましたが、2005年以降は、中国
がトップに躍り出て、それ以降は2番手以降の追随
を許さず、ダントツ1位でCO2排出をほしいまま
にしています。
2019年の内訳をみれば、中国107億トン、ア
メリカ48億トン、インド25億トン、ロシア17
億トン、日本11億トンと続きます。その割合は、
中国29.4%、アメリカ14.1%、EU28カ
国8.9%、インド6.9%、ロシア4.9%、日
本3.1%となります。なお、世界全体のCO2総
排出量は336億トンで、そのうちG20の排出量
は270億トン(約80%)となっています。
 ちなみに、これを「一人当たりのCO2排出量」
でみるとまた面白い結果が得られます。第1位は、
目下話題のサッカーワールドカップ開催国のカター
ルです。秋田県ほどの広さに286万人ほどの人口
を有するカタールは、石油産出の富をもって、CO
2排出など一顧だにしないまま、まさに“砂漠のオ
アシス”ともいうべき近代国家を築いたのでした。
 カタールに続き、アラブ首長国連邦、カナダ、オ
ーストラリア、サウジアラビア、アメリカ、ロシア、
韓国と続き、日本はようやく第9位にランクインさ
れます。なお中国は第12位にランクされています。
 このような中国は、2015年採択の「パリ協定」
では、「2030年にピークアウトする」、つまり
2030年以降はCO2削減の努力はするが、それ
まではがんがんCO2を排出することを認めさせま
した。前に紹介しましたように、「付属国I国(つ
まり先進国)でない」との理由に加え、「一人当た
りの排出量は低い」などと主張したのでしょうが、
2005年以降ダントツ1位のCO2排出国である
という“事実”があるわけですから、トランプ前大
統領が怒るわけです。
その中国は、2030年以降は「脱炭素」を進める
かも知れませんが、すでにアジア・アフリカ諸国に
石炭火力発電所の輸出攻勢をかけています。そうす
ると、「非付属国I国」のアジア・アフリカ諸国は、
先般のCOP27で「地球温暖化の要因は先進国の
せい」として先進国に「損害」と「損失」の賠償を
要求したことに留まらず、近い将来、「パリ協定」
の中国のように、「自国のCO2排出については、
○○年以降に進める、それまではがんがんCO2
を排出する」と主張するでしょう。
つまり、2030年以降、中国のCO2排出は多少
減るとしても、エネルギー起源のCO2は、世界全
体では減ることがないと考えざるを得ないのです。
やがて90億人を超えると見積もられている世界の
人口です。先進国の人口が減り続ける中で、「非付
属国I国」であるアジア・アフリカ諸国で増え続け、
エネルギー源が大幅に必要になるのは明白だから
です。
▼「人間の活動」を抑制できるか
そもそも人為的CO2の排出、つまり「人間の活動」
によるCO2排出は、エネルギー起源のCO2排
出だけではないことはすでに詳しく紹介しました。
「ものをつくる」(31%)、「電気を使う」(2
7%)、「ものを育てる」(19%)、「移動する」
(16%)、「冷やしたり暖めたりする」(7%)
と人間の活動のほぼ全てに及びます。
 先進国がこれまでたどった道、つまり、ビル・ゲ
イツも指摘していたように、人口増にともなう都市
の建設ラッシュをはじめ、電気を使うことがあたり
前の近代的な日々の生活、生きるために必要な食料
や栄養源を安定的に確保するための近代的な農業や
牧畜の拡充、車や飛行機による移動や貨物などの輸
送手段の確保、冷暖房が完備した快適な生活の追及
などについて、90億人の“民”がそれらに気づき、
地球上の至る所で求め、実際に普及したら、CO
2排出量はまさに計り知れないほど膨らむことが明
白で、現在、先進国を中心に世界中を巻き込んでい
る地球温暖化対策にどれほどの意味と効果があるの
でしょうか。
 逆に、増え続ける人口を維持して、いわゆるSD
GSを実現するためには、「ある程度のCO2が必
要である」との見方もできるのですから、矛盾が矛
盾を呼んでいると言わざるを得ません。
 ビル・ゲイツのようなチャレンジには敬意を表し
ますが、実現はそう簡単ではなく“絵に描いた餅”
になる可能性が大でしょう。私は、いつか、だれか
が地球温暖化の真実や原因をろくに調べないまま、
何がしかの意図をもって主張し始めた「地球温暖化
対策」が、当初の狙い(意図)とは違った方向に歩
み始め、自ら“墓穴を掘っている”ような気がして
ならないのです。読者の皆様はどう思われるでしょ
うか。
話は変わりますが、新橋駅のホームの立つと銀座側
に「LONGI」という中国のソーラーパネルメー
カーの看板が目に入ります。看板の上部には「太陽
光発電パネル 出荷量世界第1位」とも表示されて
います。「非付属国I国」の立場を最大限に活用し
て2030年まで石炭火力発電所でCO2をがんが
ん出す一方で、すでに三峡ダムの建設などで膨大な
量のコンクリートを使いまくり(言葉を代えれば、
CO2を排出しまくり)、その上、太陽光発電パネ
ル生産においては、すでに世界の8割以上のシェア
を確保し、将来95%になるとの見積もりもありま
す。
原子力発電所についても、現在運転中の基数はアメ
リカ、フランスに次いで第3位の47基ですが、列
国が軒並み新たな原発建設を控えている中で、中国
だけは計画通り建設を続け、2018年8月、「1
0年後に世界の原子力標準化で中国が主導的な役割
を果たす」との目標を表明したことが話題になりま
した。これらから、気候変動問題を最大限に活用し
ようとしている中国の“したたかな国家戦略”を垣
間見ることができるのです。
蛇足ですが、森羅万象、あらゆるものを「国益」と
いう観点からしたたかな戦略を張り巡らす国に対し
て、他国の評判のみを気にして「国益」など頭の片
隅にも存在しないかのように見える国が太刀打ちで
きないのは明白です。このようなことも念頭に置き
ながら、次回、経費データがそろっている我が国の
「温暖化対策費」を取り上げ、その費用対効果に迫
ってみましょう。唖然とします。
(つづく)
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sagara0220 · 5 months
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地面を踏み固めること
今年を振り返ると、のんきに一段ずつ登ってきた階段の途中で、振り返って景色を見てうわ~すごい、きれい、きもちいい、とか言いながらのほほんと眺めたいのに、あちこちで起こっているいろんなことが目について見過ごせなかったり、袖を引かれて止まったり、すれ違っていくひとびとに何かを手渡すその間、地面を踏み固めるみたいな、そういう一年だった。
たとえば今まで自分のなかで淡々と重ねてきた、自分が生き延びるための知識たちを、言葉にして誰かに教え、伝えることがぐっと増えた。アウトプットしてはじめて自分自身に引きつけ咀嚼する必要が生じるので、ものごとの本質に少しずつ近づけるけど、同時に見えてくるものが変わるので、とてもじゃないけど勉強が足りないとも思う。時間がかかるし沢山はこなせないのだけど、地元で起きた戦争や朝鮮人・中国人の強制労働のこと、LGBTQ+、ジェンダーのことは、決して自分の知的好奇心を満たすためだけに学んでいるのではないと、誰かに伝える作業をして強く感じたし、自分が仕事にしている専門分野以外で力になれたり、他者の学びの一助になれることを、難しくも嬉しく思うことが度々あった。
ここ数年ずっと、わたしの大事な部分を固めてくれている韓国文学を手に取ると、高頻度で日本の植民地支配時代の話が出てくる。
先日読んだチェ・ウニョン著「明るい夜」は時代や家父長制に翻弄されながら生きた四世代にわたる女性たちのシスターフッドを書く傑作長編小説だが、戦争中に日本に出稼ぎに行き、広島で被爆したおじさんが原爆症で亡くなる下りがある。作中もっとも信頼できる穏やかで愛に満ちた男性として書かれた彼が「あんな死に方をしなくちゃいけない人はひとりもいなかった」と広島の街を語るのが手紙のかたちで伝えられるシーンは、本の中でも印象に残る。フィクション小説という形を成しているが、祖母の口や手紙で語られる、あくまで一人称としての戦争体験であることが、幾度も胸を刺す。
今年読んで最も強烈な印象を残しているのが、ハンセン病の療養所である長島愛生園に暮らす在日朝鮮人・韓国人を訪ねて聞き取りをした喜田清著「名ぐはし島の詩(うた)」で、読みながらそれぞれの壮絶な人生に涙を流しながらも、植民地支配をしていた側の国で生まれ育ったわたし自身を丸裸にして、病の前にそも支配と略奪が、戦争がどうかれらを根底から変えたかを突きつけられた。ふるさとでハンセン病にかかったあと、当時戦況が悪化して毎日空襲があった日本に行けば誰にも知られず死ねると思い、縄でくくられたまま連行され泣き叫ぶ同胞を横目に、絶望し、死ぬために日本に渡ってくる方の話がある。また、植民地時代に言葉を奪われ、朝鮮語も日本語も読み書きできないまま療養所に入り、進む病と施設での仕事の隙間で辞書を片手に必死に読み書きを学ぶことで、己の知性を守り、踏み躙られた民族の尊厳を守り、宗教や友人を得る過程は、どの方の話を読んでも毎回涙が出た。そして、数多くの方が、祖国が解放されても、続いた朝鮮戦争で家族と生き別れになっている。
余談だが、この本を読んで、買ってから十年ほど経過しているのに、何度挑戦しても読了できないでいる神谷美恵子さんの「生きがいについて」を再度挑戦したいと思った。今のわたしなら読み終えることができるかも、と思える本があるのは、犬だったら噛み応えのある骨をプレゼントされるみたいで嬉しいものだ。
わたしが韓国文学にはまったころ、友人に誘われてかかわりはじめた地元の戦争遺跡の保存活動と、それに伴う朝鮮人・中国人の強制労働の実態調査のボランティアの仕事がある。
今わたしたちは過去に聞き取った肉声をあらゆるデータにして保存する作業をしていて、そのなかで、想像を絶する虐殺を、拷問を、過酷な環境下での作業を、強制労働に従事した方々が話すのに触れる。作業は、一筋縄ではいかない。冷静に、流れ作業として、戦時中のひとつの資料として読み飛ばすことはできない。
戦争というものが、人の一生を根底から壊すものだということを、それが、大国主義というものの前に個々の人生やヒューマニティが一切無視された先にあったものであることを、けれど戦争は大衆の記憶などではなく、個々人のなかにだけあるものだということを、数々の肉声に囲まれながら作業をしていると、つくづく思う。そうして、結局わたしは、大衆の記憶としての近代史しか学んでこなかったことに打ちのめされる。時々手が止まり、証言に聞き入り、読み耽り、あまりにも凄惨な体験と深い苦悩に触れて言葉を失い、立ち尽くす。そうしてまたしばらくして、作業をはじめる。その繰り返しだ。
証言は、ときにあいまいなもので、非常に頭の良い方でも、言葉も地理もわからない場所での過酷な体験であるので、信ぴょう性に欠けるものもいくつかある。通訳されていない原語での理解も必要だし、踏み込んだ調査や研究ができるほどのスキルもお金もないので、ひとまずデータ移行だけをしているのだが、ひとつひとつの、膨大な数の証言を扱っていると、聞き取りのさいごに、「まさかこんな日が来るなんて」「日本から来てくれるなんて」と感無量で語る方がいる。そうして、保障をしてほしいこと、戦争を二度と起こしてはならないというお願いで締められる。(証言に協力してくださった方の何人かは、賃金に関して裁判も起こしている)
戦争でまっさきに失われる個人やヒューマニティにきちんと向き合っていったのが、戦後の被害者への聞き取り作業なのではないか、とわたしは作業をしながら思った。戦中、強制労働というかたちで無視し、否定してきた人間性を、一人ずつ、限られた時間ではあるけど丁寧に聞き取りをして書き起こしたことは、数ではなくひとりの人間の体験として戦争や強制労働や虐殺や暴行や苦しみがあったことを真正面から思い出させてくれる。信ぴょう性の調査や審議の前に、その苦しみをいったん引き受けることが、どれほど切実で、大変なことだったろうと思う。
ノンフィクション作家の保坂正康が「最後の講義」という番組の中で、証言とはどういうものか語っている場面があった。証言とは一生をかけてするもので、証言を聞くということは、本人が背負っているものを半分引き受けることである、という言葉に、仕事でもプライベートでも、物語として消化してしまいがちなわたしという個人を指さされたようだと感じた。
調査に乗り出したうちのひとりがボランティアの大先輩にいて、度重なる訪中、訪韓の膨大なデータを管理してくださっている。そのひとの記憶はすさまじい。名前を尋ねるだけで、どこの出身で、どのように戦中を過ごしたのか、どのような半生だったのか、すらすらと答えてくださる。ときに涙を浮かべながら、ときに苛烈に。かれらの体験に多く出てくる、聞いているだけで指の先がこわばり、胃が縮み、血の気が引くような残酷で非人道的な折檻や拷問の数々を聞くうちに、戦争の映画や物語を見られなくなったという。真実を知るからこそ、痛みが容易く想像できて、目を瞑らないといられないのだという。聞き取りをした方々はもう亡くなっている。そのひとの生き方こそ、語り手の人生の半分を引き受けるということだと思っている。
2017年に、わたしはそれなりの意識を持ってポーランドのアウシュビッツや、ドイツのホロコースト関連の資料館に行った。外国に行くときは、その土地の地理や歴史を勉強してから行くのが好きなので、ホロコーストやポーランドの歴史について学び、何本か映画を見て本を読んでから向かった。そこで、アウシュビッツ=ビルケナウ博物館で案内人をしてくださった中谷剛さんが語った言葉に、そもそも根本をわたしは知ろうとしていなかったのだ、とものすごく恥ずかしい気持ちになったことを今でも鮮明に思い出す。
「――ポーランド語のあいさつができますか?イギリスやフランス、スペインのように。知りませんよね。なぜならそれは、ヨーロッパの歴史は西ばかりが優遇され広められてきたからです。日本人の中にもすでに、民族のヒエラルキーが無意識に植え込まれています。差別をしているんです。私たち日本人は、中国や韓国など、アジア圏の歴史をどれほど理解し歩み寄ろうとしているでしょうか?日本の加害の歴史をどれほど学んでいるでしょうか。ヨーロッパはドイツを戦後よくやってきたとは、決して評価していません。でも、一般のドイツ人のアウシュビッツの訪問者の数がとにかく多いのです。政府の対応ではなく、そういった市民の行動を、みなは評価し、黙っているのです。」
はるばるポーランドまで来て、わたしはその瞬間、浅はかだった自分を恥じた。もちろん、答えられなかったからだ。日本が行なった様々な加害の歴史を、言葉としては知っていても、知識として知らなかった。学んでこなかった。学ぼうとすらしていなかった。
こうして何年か経って、やっと加害の歴史を一生懸命学び、伝える側に回れたので、2017年5月の、どこまでも菜の花の絨毯が広がり、ポプラの綿毛が舞う美しい初夏のポーランドの、ひろびろとしたアウシュビッツ=ビルケナウ博物館のなかで深く恥じたわたしに、今のわたしはちゃんと顔向けができる。あなたは数年後、きちんと向き合う。思う存分恥じるといい。
そんななかで、10月7日を皮切りに、毎日虐殺のニュースを見聞きするようになった。コロナ禍真っ最中の2020年に岡真理さんの「ガザに地下鉄が走る日」を読んだとき、パレスチナで芸術活動をする若者のドキュメンタリーを見たとき、焼身自殺する若者をみたとき、殺されて臓器を売られる子供を見たとき、わたしは都度立ち止まったのに、いつのまにか忘れていて、毎日のニュースに打ちのめされた。
ガザについて勉強会を行い、本を読み、可能な支援をし、同時に自分の国の加害の歴史を学んでいくと、そこに70年余り時が経っていることが、信じられなくなる。イスラエルとパレスチナについて、レイシズムや植民地支配について学べば学ぶほど、かつて日本が行った言語や文化のはく奪が、いかに民族の歴史と尊厳を踏みにじり、取り返せないことであるのかを突きつけてきて、わたしはいままさに、当時を見ているのだと思っている。すごくしんどい作業だ。
でも、今年わたしが、こうした世の中になんとか絶望し切らず、自分の足で立って地面を踏み固めることができたのは、今までの学んできたことが生かしてくれていたからだし、出来事は大衆のものではなく個人に帰結するものだとあらゆる作業を通じてわかっていたからだと思う。じゃないと、物事の大きさの前に、ただただ立ち尽くしていて、わたしを含め、目の前にいるひとたちは世の中から見たら些細なものなんだとよぎることがあったか��しれない。それはまったく、わたしの中の、生活をやっていくというポリシーに反する。わかっていてよかった、言語化できてよかった、とこれを書きながら思う。
今年読んだ本のなかで、大事にしたい本がある。
パク・ソルメ著「未来散歩練習」は、光州事件、釜山アメリカ文化院放火事件と五人の女性の生き方を通して、今を生きる・過去を理解する・未来を思うことを描く長篇小説(出版社解説)で、パク・ソルメらしい独特の語り口調で淡々と物語が進む。岡真理さんのガザを考える緊急セミナーのなかでも、この釜山アメリカ文化院放火事件の犯人の一人である文富軾の言葉である「忘却が次の虐殺を準備する」という言葉が引用されていて、本を読んでいたおかげでどんな事件かを詳細に思い出すことができた。
とにかくずっと思考しながらものを食べて歩く小説なのだが、読んでいてずいぶん励まされたし、大事にしたい文章がいくつかあった。
「現在と未来について考える人たち 来るべきものについて絶えず考え、現在にあってそれを飽きずに探し求める人々は、すでに未来を生きていると思った。絶えず時間を注視し、来るべきものに没頭し、人々の顔から何かを読み取ろうとする人々は、来るべきと信じるそのことを、練習をとおしてもう生きているのだと。」
わたしの来るべきと信じるそのことは、差別のない社会を実現することで、それは綺麗事とかとても無理なことだとは言いたくない。なぜならわたしの半分は医療者で、発達障害の子どもたちに関わる仕事をしていて、大人がしている差別と加害は、子どもにダイレクトに伝わるから。医療と福祉の彼岸にいるような人びとも、社会の中でいっしょに生きていてほしいから。トランス差別を許せないから。
そんな社会に、わたしはいたくないし、大事な人たちを置いておけないと、いつも思っている。そう思いながら、二次創作という形で物語を書けたのも嬉しい。職場で動き出したSOGIチームのコアメンバーになれたのも、今年良かったなと思えることの一つだ。加害の歴史を学んで伝えることも、遅々として進まないように思えるし、歴史家でも研究者でもないわたしが伝えられることは限られている。でも、そういうときはチョン・セランの言葉をお守りにしている。「視線を先に置くことで絶望を乗り越える」「絶望しそうになったら、いや私はいい大人になりたいと思う」「個人の無力を私は信じません」
ふと手に取った本も、学んでいることも、絶望しそうになる世の中で、わたしを生かしてくれていると思う。わたしは、今年、過去と現在と未来を考えながら、今いる場所を踏み固めていた。もちろん、どうにもならないこともあるし、間違えるし、まだまだ知らないことだらけだし、考えるのをサボることもあるし、忘れるし、機動力には欠けるしやっぱり無力だと感じることも多いけど、2017年にアウシュビッツで恥じ入っていたわたしよりは、多少かっこよくなっているはずだと2023年の自分を励ましたい。
来年も生き延びて、のさばってやろう。
たくさんの本たち、今年も生きるのを励ましてくれてありがとう。
 追記
この文章を書いたのが12月24日の夜で、そのあと、ボランティア仲間と忘年会をした。
友人のひとりが、アウシュビッツに行き、中谷さんの案内を受けたという。わたしは仲間内でガザの勉強会をひらいていて、そのときに、もっと身近であったはずのアジア圏のひとびとにした加害と差別について無知でありながらアウシュビッツにいた自分を恥じた経験を話していた。
友人が、中谷さんのお話を聞いているうちに、どうしてもわたしのことを伝えたいと思い、数年前にあなたの話を聞いた友人がいまこうした活動をして加害について学んでいますと話の中で伝えてくれたようで、ものすごくびっくりしたし、嬉しかった。しみじみと、こんなふうにいつか誰かに勝手にもらったバトンを、別の誰かがそっと戻してくれるようなことがあるのだなあ、と、年の瀬に胸がいっぱいになり、勇気をもらったのだった。
そのときの中谷さんのお返事を、友人を通して受け取って、やっぱり、2015年のわたしよりずっとましになっているよ、と思えた。
嬉しいし、頑張りたいと思う。
忘年会当日、車のルーフが割れていることに気づき、わたしは基本的に価格や愛着に関わらず、自分の道具が傷つくことに関しては寛容なのだけど(眼鏡は除く)、ルーフを開けるたびにほとんどまっぷたつと言っていいほど割れているガラスが目に入ると、ちょっと心にくるものがあったので、悪いニュースと良いニュースが同時に来る、年末らしい日だったと思う。新年早々、修理代を捻出しなければならないが……
みなさま、良いお年を。
わたしはこの挨拶が、挨拶のなかで最も好きです。
良いお年を!
≪出てきた本≫
「明るい夜」 チェ・ウニョン 著 古川綾子 訳/亜紀書房
「名ぐはし島の詩 長島愛生園に在日朝鮮人・韓国人を訪ねて」 喜田清 著/海声社
(絶版)
「ガザに地下鉄が走る日」 岡真理 著/みすず書房
「未来散歩練習」 パク・ソルメ 著 斎藤真理子 訳/白水社
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keioshiki-ski · 6 months
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2023年度慶應志木高校スキー部OB総会 議事録
皆様、ご報告が遅くなりましてすみません。いつの間にか師走になってしまっておりましたが、先日11/4に志木高にて今年も無事開催されましたOB総会の模様をお伝え致します。
後藤先生は座っているのが厳しいということから歓談の席からのご出席でしたが、ご自身の運転で志木高の食堂横まで車をつけてご出席頂きました。
当日の写真と動画ははこちらをご覧ください。
どうしてもハイライトは後藤先生になってしまうのですが、今年もトゥーランドットをご披露頂きました。スピーチと合わせて是非動画をご覧ください。
・後藤先生のお話(動画:9分)
埼玉県スキー連盟の副会長時代のお話、トリノ五輪のトゥーランドットの話、今も少ならからず続けているボランティアのお話など、最近の活動をお話し頂きました。
・後藤先生によるトゥーランドットの歌唱(動画:2:30)
以下はOB総会の議事録になります。
■ご出席者
※後藤先生は歓談タイムから参加
植田さん 堀永さん 片山さん 中野さん 滝さん 岡島さん 山菅さん 高梨さん 菅野
<先生・現役>
岡田先生 アルヴァレズ先生 3年主将 斎藤さん 2年主務 高橋さん 2年 北山さん 1年 羽生田さん (1年 江口さんは体調不良で欠席)
■会長より
今74歳になりました。会長を仰せつかっております。
本日は連休の中日にも関わらずご来場いただきありがとうございます。
いつもより陽気がありますが、
スキー部のブログを拝見しているので、以前よりは何をやっているかわかるのですが、はじめまして。がんばってください。
部長・副部長の先生方につきましては、本当にお時間を割いていただきありがとうございます。
ご時世柄本当に運動部をご担当の先生につきましては、大変な状況ですが、その意味でも本当にありがたく思っております。
■会計報告
詳細は送付している報告書をご覧ください。
寄付金は29万円ということで、ご協力に感謝致します。誠にありがとうございます。
支出の内容で多いものは現役奨励金制度による、奨励金になります。
次期繰越金は1,779,606円になります。
■部長・副部長より挨拶
<アルヴァレズ先生>
2002年に学生を卒業しました。
今年も生徒たちととても良い時間を過ごしたいと思っています。
<岡田先生>
コロナも落ち着いてきて、今はもう完全に制限なくできている状況。
合宿も一人一部屋という制約もなくなってます。
実は埼玉県の聖望学園のスキー部はなくなることになりました。
ただ我々はなんとか存続している状況です。
誠にありがとうございます。
前シーズンは関東大会に3人。今年はインターハイも狙える可能性があると思っています。
昨今の時代の流れで教師だけでなく、外部指導員のの方々に手伝っていただくようになりました。
慶応でも臨時職員という形で高梨さんが手伝ってくれています。
これは非常に心強いです。色々な人に手伝って頂きたいと思っておりまして、皆様・皆様のお仲間のなかでも、是非われこそはという方がいらっしゃいましたら、ご連絡頂ければと思います。
これは慶応以外ではない制度。
高体連主催の大会の合宿については教師の帯同が義務付けられますが、それ以外の合宿については臨時職員の方の帯同でも大丈夫な形となっており、これは非常にありがたいです。
■臨時職員制度に関する質疑応答
・宿は一人部屋?
可能。ただ、部屋が空いていれば。
大型の大会中だと宿も一杯だったりするので。別の宿に泊まるのはNG。
・高梨さん自身はポジティブ?
Yes。ただ、お金をもらうことにはなるので、責任は感じてます(笑)
レギュラー参加ではなく、単発の参加でも事前に学校側に連絡頂ければ、全く問題ありませんので、是非ご一緒しましょう。
・登録のスケジュールは?
参加の2週間前まだに岡田先生に履歴書などを送って登録するような形。
■現役自己紹介
・斎藤
シーズンから同レベルで競い合える仲間が増えて
収穫祭では写真展示を行った。
来年度は結果を出せるようにしたいと思います。
・2年高橋
3年が引退するまでにはインターハイに出られるように。
体力・筋力が足りないのは課題。今年は夏に筋トレに励みました。
・2年北山
去年からアルペンを始めたが、3人とも同じくらいの実力で練習の時から競い合って楽しくできた。
最後の新人戦も良い成績を出せたので、今季はインターハイを狙いたい。
・1年羽生田
アルペンのことはまだわかってないので、今年はがむしゃらにスキーを頑張りたい。
学校での成績も頑張って、両立できるようにしたい。
■現役奨励金について
・菅野から
毎年同じ話をさせて頂いていますが、先輩から皆さんへの細やかな気持ち。
Pay Forwardの精神で、現役の皆さんが社会人になった時に後輩に繋いでいってほしい。
また、寄付金は幸いなことにまだ潤沢にありますので、是非有効的な活用方法をご提案頂ければと思います。
・山菅さんから
奨励金の運用ルールですが、ルールにはすべて書いてあるわけではないため、その裏にある目的を考えましょう。
■今シーズンの予定
送らせていただいてます通り。
・12月下旬に志賀高原での合宿@むつみ
・1/5-10 インターハイ予選
などなど
■OB会活動報告
・ゴッチ杯(スキー)
開催の運用リソースが足りておらずここ数年は開催できておりませんが、お手伝いいただけるOBの方々がいらっしゃいましたら、是非OB会までご連絡頂ければと思います。
・ゴッチカップ(ゴルフ)
こちらもコロナ以降途絶えてしまってますが、ゴルフをやっている人がいれば是非。
若い人が集まればそこで組することなども考えますので是非お願いします。
■志木こぐま報告
総会プログラムの方をご確認ください。
この度、久々の新規メンバーとして片山さん、中野さんにもご参加いただけることになりました。
是非他の方々もお待ちしております。
片山さんより一言:
社会人になって銀行に入ったが、そこでグループのスキー部に参加してスキーを続けていました。
その後スキーをずっと続けています。途中で海外勤務などもあり、10年くらいやめていた時期もあったが、その後、
5-6年前に航空会社に転職したが、そこでもスキー部があり、またはじめまして。
航空会社の世界大会というのがあるというのを聞いて、これは参加するしかないということで参加しました。
400-500人くらいの人が世界中から集まり非常に刺激的な場でした。
やはりスキーは生涯スポーツ。自分の世界を色々と広げてみたいと思いこぐまにも参加させて頂くことになりました。
現役の皆さんとも滑りたいと思ってますので、よろしくお願い致します。
■決議事項
現役奨励金の審査委員会の選定
岡島副会長、石塚会計、高梨現役担当、菅野広報担当の4名。
→ 全員拍手により議決
■閉会挨拶(岡島副会長より)
現役の皆さんへ
はじめたとき���とても滑れると言えるものではなかった。
当時は1日10時間滑れた。
それで3年続けるとなんとかなるもので、それなりの成績が出せるようになってきた。
学校の成績やインフレなど色々大変なこともあるかもしれないかと思います。
色々な経験を積んでいただいて、良い人生を!
ありがとうございました。
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takahashicleaning · 6 months
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TEDにて
サルヴァトーレ・ヤコネッシ:がん治療をオープンソースで公募したら・・・
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
脳腫瘍と診断されたサルヴァトーレ・ヤコネッシは受け身な患者(彼自身の言葉の定義では「待つだけの人」)でいることを拒否。
脳スキャン画像をハッキングして手に入れ、インターネットで公開し、世界中あらゆる場所から治療法を公募したところ
医療アドバイスからアート、音楽、心理的サポートまで、何と50万人を超える人々の協力が寄せられたのでした。
私はアーティストです。仕事の一環でオープンソース技術や一般公開情報などを組み合わせて利用しています。
私が考えた最善のがん対策は、全てを公開し、さらけ出し、誰もがその情報を手に入れ利用できるようにすることでした。「La Cura」というウェブサイトを作り、そこに自分の医療データをオンライン掲載しました。
実は、ハッキングで手に入れたデータです。
まあ、その件については別の講演でお話しするとして「La Cura」という言葉を選んだのはイタリア語で「治療法」という意味ですが、「治療法」という言葉の意味は、カルチャーによって変わるものだからです。
西洋では、病気を駆逐したり、患部を回復させるという意味ですが、他のカルチャーでは、例えば、アジアのある地域や地中海地域、ラテン系の国やアフリカなどでは、もっと沢山の意味を持っていたりします。
もちろん、医者の意見は聞くつもりでしたよ。医療機関などにもね。しかし、他にもアーティストや詩人やデザイナーが提案する治療法やミュージシャンなんかの意見も 参考にしたかったのです。
他人との交流を通じた治し方。心理療法的なものだったり、スピリチュアルだったり、情意面でのアプローチなど、あらゆる形での治療法を募集したのです。それでどうなったかというとかなりうまくいきました。
「La Cura」ウェブサイトはあっという間に広がり、イタリア国内や海外のメディア各方面から注目され、あっという間に50万人以上から連絡がありました、Eメール、ソーシャルネットワーク。
ほとんどは、私のがんの治療法についてでしたが、もっと多かったのが一個人全体として自分で自分を治すためのアドバイスでした。何千ものビデオが送られてきました。画像、写真、アートパフォーマンスなどが創られ「La Cura」に届いたのです。
こういったやりとりがしばらく続きました。科学者に東洋医学の専門家に何人もの学者や医者達。皆が助言をしようと連絡してきてくれました。たくさんの情報と協力の中、一つのチームが出来上がったのです。
脳外科医や東洋医学の医師。がん専門医が何名か。そして、何百人ものボランティア。このチームとの間で寄せられた情報について話し合うことができました。非常に大事なことです。
そして、チーム皆で一緒に私だけの治療戦略を立てました。様々な言語で書かれ、様々なカルチャーに基づいたものです。こうして出来上がった戦略は、世界中を股にかけ、人間の歴史数千年を反映したものとなりました。これは私にとって本当にすごいことでした。
この情報の公開性こそが「La Cura」の中核でした。
何千人もの人が自分の経験談を共有してくれました。医師は、通常ならがんについての意見を聞くことのないような人々と対話する機会があったわけです。
このプロジェクトは、様々な言語間を絶えず行き来しながら自然に成長を続けています。ここは、科学と感情が同居し、現代医学と伝統的医学それぞれの研究が混ざり合う場所なのです。
「La Cura」で最も重要視されたのが、一つ一つの要素全ての健全さが全体の健全さを左右する社会。全員が深く関与し繋がりあう社会の一部であるという実感を得ることでした。
なお、ビックデータは教育や医療に限定してなら、多少は有効かもしれません。それ以外は、日本の場合、プライバシーの侵害です。
通信の秘匿性とプライバシーの侵害対策として、匿名化処理の強化と強力な暗号化は絶対必要です!
さらに、オープンデータは、特定のデータが、一切の著作権、特許などの制御メカニズムの制限なしで、全ての人が
望むように再利用・再配布できるような形で、商用・非商用問わず、二次利用の形で入手できるべきであるというもの。
主な種類では、地図、遺伝子、さまざまな化合物、数学の数式や自然科学の数式、医療のデータやバイオテクノロジー
サイエンスや生物などのテキスト以外の素材が考えられます。
<おすすめサイト>
プラティック・シャー:AIが病気の診断を簡単にする方法
メアリー・ルー・ジェプセン:未来のマシンで脳からイメージを読み出せるか?
カール・シューノーヴァー: 脳(Brain)の中身を見る方法
脳と直接通信できるステント
<提供>
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piatte · 7 months
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 昨日は、お姑さんと義弟さんと夫と古民家の見学へ行き、古民家を買うことにした。お姑さんがボランティア活動をする為に古民家を使ってくれるそうで、夫と私も様々な命が集い、学び合うことが出来る場所を作りたいと思っている。お姑さんが義弟さんの意見も聞けて良かったと言われていた。お金の話になると苦しくなってインプットとアウトプットが途端に出来なくなるので、古民家の話には参加しなかったけれど、本当に他者を幸福にする為に、何かが出来たら良い。それは、お姑さんも義弟さんも夫も私も意見が一致しているのではないか、と思う。
Sakujitsu ha, oshuutomesan to giteisan to otto to kominka-no-kengaku he iki, kominka wo kau koto ni shita. Oshuutomesan ga volunteer katsudou wo suru tame ni kominka wo tsukatte-kureru sou de, otto to watashi mo samazama na inochi ga tsudoi, manabiau koto ga dekiru basho wo tsukuritai to omotte-iru. Oshuutomesan ga giteisan-no-iken mo kikete yokatta to iwarete-ita. Okane-no-hanashi ni naru to kurushikunatte input to output ga totan ni dekinaku-naru node, kominka-no-hanashi niha sanka-shinakatta keredo, hontou ni tasha wo koufuku ni suru tame ni, nanika ga dekitara yoi. Sore ha, oshuutomesan mo giteisan mo otto mo iken ga icchi-shite-iru no deha nai ka, to omou.
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 保育園に金木犀が咲いて、その話をした数日後に、夫が金木犀の香りがする���ンドクリームを買って来てくれた。とても良い香りがする。
 毎日、夫は頑張り過ぎるほどに頑張ってくれている。その為に我慢し続けてきたけれど、夫は不器用なだけで、本当は家族を幸福にしたいだけだ、という気持ちがあることを初めて理解出来た。「物を贈って人を喜ばせようとするのは、愚か者のすることだ」という言葉を思い出してからは、物を何でも贈ってくれる夫にずっと何も贈らなかった。しかし今年の冬こそは、夫に温かい服装をしてほしい。
Hoikuen ni kinmokusei ga saite, sono hanashi wo shita suujitsugo ni, otto ga kinmokusei-no-kaori ga suru hand cream wo katte-kite-kureta. Totemo yoi kaori ga suru.
Mainichi, otto ha ganbari-sugiru hodo ni ganbatte-kurete-iru. Sono tame ni gaman-shitsuzukete-kita keredo, otto ha bukiyou na dake de, hontou ha kazoku wo koufuku ni shitai dake da, to iu kimochi ga aru koto wo hajimete rikai-dekita. Mono wo okutte hito wo yorokobaseyou to suru noha, orokamono-no-suru-koto da to iu kotoba wo omoidashite kara ha, mono wo nan demo okutte-kureru otto ni zutto nani mo okuranakatta. Shikashi kotoshi-no-fuyu koso ha, otto ni atatakai fukusou wo shite-hoshii.
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shintani24 · 3 months
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2024年2月18日
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岸田内閣支持率、最低14% 不支持率82% 毎日新聞世論調査(毎日新聞)2024年2月18日
記者団の取材に応じる岸田文雄首相=首相官邸で2024年2月15日午後6時29分、竹内幹撮影
毎日新聞は17、18の両日、全国世論調査を実施した。岸田内閣の支持率は、1月27、28日実施の前回調査(21%)より7ポイント減の14%で2カ月ぶりに下落し、岸田政権発足以来最低となった。岸田内閣の支持率が20%を切るのは、昨年12月以来2度目。不支持率は前回調査(72%)より10ポイント増の82%だった。
【グラフ】岸田内閣の支持率の推移
調査方法が異なるため、単純比較はできないが、内閣支持率14%は、2009年2月の麻生内閣(11%)以来の低い水準。また、不支持率が80%を超えるのは、毎日新聞が世論調査で内閣支持率を初めて質問した1947年7月以来、初めて。
支持率は、マイナンバーカードを巡るトラブルが相次いだことなどが影響して昨年6月以降、下落傾向に転じ、9月に内閣改造を実施するなどしたが、政権浮揚にはつながらなかった。11月以降、自民党派閥の政治資金パーティーを巡る裏金問題が深刻化。今年1月は20%台を回復したが、再び下落した。
調査は、携帯電話のショートメッセージサービス(SMS)機能を使う方式と、固定電話で自動音声の質問に答えてもらう方式を組み合わせ、携帯453件、固定571件の有効回答を得た。固定については、能登半島地震で大きな被害が出ている石川県の一部地域を調査対象から外した。【野原大輔】
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裏金事件の「脱税」疑念 国税「調査すべきだ」93% 世論調査(毎日新聞)2024年2月18日
多くの人が参加する自民党安倍派の政治資金パーティー=東京都港区で2023年5月16日午後6時49分、宮武祐希撮影
自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件を巡り、脱税の可能性が指摘されている。毎日新聞は17、18の両日、全国世論調査を実施し、問題のあった自民党議員を国税当局が調査すべきだと思うか尋ねたところ、「調査すべきだ」が93%を占め、「調査する必要はない」(3%)を大きく上回った。「わからない」は4%だった。
自民党による党所属国会議員らを対象としたアンケート調査では、2018~22年にパーティー券収入のキックバック(還流)や中抜きに関する政治資金収支報告書への不記載や誤記載があったのは85人で、総額は計5億7949万円に上った。政治団体が寄付やパーティーで集めた政治資金は原則、非課税だが、不記載分に関し、野党などは議員個人の「雑所得」とみなして所得税法上の課税対象とすべきだと主張している。
調査は、携帯電話のショートメッセージサービス(SMS)機能を使う方式と、固定電話で自動音声の質問に答えてもらう方式を組み合わせ、携帯453件、固定571件の有効回答を得た。固定については、能登半島地震で大きな被害が出ている石川県の一部地域を調査対象から外した。【野原大輔】
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能登半島地震、ボランティアの数少なく 自粛や「SNSでたたかれる」萎縮する人も 1カ月で2739人、阪神・淡路は62万人(神戸新聞 2月18日)
能登半島地震で、災害ボランティアのあり方が問われている。発災1カ月が過ぎても、災害ボランティアセンター(ボラセン)を通じて活動しているのは延べ2739人。阪神・淡路大震災では発生1カ月で延べ62万人だった。「ボランティア元年」から29年。自立した市民社会の後退を危惧する声も出る。
■「プロとアマを区別してしまう空気」
1月中旬。「神戸国際支縁機構」(神戸市垂水区)のメンバーは石川県珠洲市に連絡を取り、医師や看護師と一緒に避難所を訪問した。そこに医師はおらず、避難者らの体調も心配されたが、活動を断られたという。市に問い合わせると、「現場に任せているので」と言われた。
国内外の被災地支援に携わってきた同機構。岩村義雄代表(75)は「能登では、災害派遣医療チーム(DMAT)など公的に認められた団体でなければ活動しにくい。プロとアマを区別してしまう空気がつくられてしまった」と嘆く。
背景の一つに、交通事情などを理由としたボランティアの自粛ムードがある。石川県によると、現地で活動した一般募集のボランティアは2月16日時点で、延べ2739人。公的なボラセンに登録し、活動した人数だ。同県は「個別に被災地に行くことはお控えください」と呼びかけている。
一方、食料や宿泊場所を自ら確保し、得意分野で支援する「専門ボランティア」は114団体が現地入り。国などと連携する「全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)」がコーディネート役だが、神戸国際支縁機構など所属していない団体は活動していてもカウントされない。
■東日本大震災でも
ボランティアの自粛ムードは東日本大震災(2011年)や熊本地震(16年)などでもみられた。
議論の源流は阪神・淡路大震災だ。当時全国から駆けつけたボランティアの活動をどう捉えるか。「混乱」と「自由」の両側面が指摘されたが、大阪大大学院教授の渥美公秀さん(62)=災害社会学=は「行政側は『混乱』と捉え、全て管理したいという空気がその後、出てきた」と指摘し、続けた。「市民活動を信じない風潮が根底にある」
渥美さんによると、能登半島での活動を希望する学生もいるが、「SNS(交流サイト)でたたかれる」と萎縮し、被災地入りを諦めているという。渥美さんが副理事長のNPO法人「日本災害救援ボランティアネットワーク」(西宮市)は独自の拠点をつくり、ボランティアを受け入れるつもりだ。
「被災地NGO恊働センター」(神戸市兵庫区)顧問の村井雅清さん(73)も阪神・淡路で殺到したボランティアについて「行政は混乱したが、被災地は助かった」と振り返る。
当時は多くがボランティア初心者。「失敗や間違いもあったが十人十色、みんな自分で考えて動いた」。聴覚障害者に気付いてもらえるよう「肩をたたいて」と書いたプラカードをぶら下げて歩く人もいた。
新たな市民社会の到来を感じさせた29年前を振り返り、村井さんは言う。
「市民が自主的に動ける文化がなくなっていると感じる。あの時のボランティアたちに申し訳ない」
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wic1956 · 8 months
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study abroad diaries 〜番外編〜
みなさんこんにちは☀️ 人間科学部3年の川嶋健悟こと「けんけん」です!今回はイタリアでの3週間に渡る教育ボランティアとしての活動の日々を少しでも共有できたらなと思います!留学とは一味違ったものになるので海外で働いてみたい!って人は是非とも参考にしてみてください〜!
私は2023年の夏に約3週間、イタリアのローマにボランティアに行ってきました🇮🇹 留学でも良かったのですが、現地のコミュニティに入れる点や海外の子供との交流ができる点が魅力的だったのでボランティアにしました。国はいくつか選択肢があったのですが、「ヨーロッパに行きたい」というエゴと「英語を母語としない国」という2つの観点でイタリアにしました!イタリア語に関しては渡航が決まってから日常会話や汎用表現などは勉強したくらいです。
今回は①イタリア/ローマについて ②ボランティア内容 の2つのセクションに分けてお話しします!
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(Fountain di Trevi / 人が多過ぎて、コインを投げる余裕はないです。)
【① イタリア/ローマについて】
イタリアはとにかく日差しが異様に強い!! でも湿度は低めなので日陰は結構快適です。また夏は日照時間がとっても長くて、6:00~20:00で日が昇っています🌞 私は朝型人間なので1番暑い時間帯に行動していましたが、一般的には日が傾き始める16:00くらいから活動を開始するらしいです。なので水の持ち歩きは必須!! もし飲み干してしまったとしても街中には水を汲める場所がたくさんあるので、それを使っていました。ちなみにトレビの泉でも汲めます。
主な交通手段はバス・電車・タクシーでした。でもバスが時間通りに来ないのは日常茶飯事。1つが遅れると乗り換えもスムーズに出来ないのでgoogle mapで立てた全てのプランが崩れます。通常は45分で行けるところが90分かかることはザラにありました笑 しかもたまに予定より早く来るため、時間通りに行ったら次の便まで待たされることも… だから時間通りに行きたい場合はタクシーを使うことをオススメします🚕 ちなみに自分は空港からタクシーでキャンプに向かったのですが、150km/hでハイウェイを飛ばされる上、通常の5倍の金額をぼったくられました。許さん。でもアプリを使って呼べば基本どこでも来てくれる上、先に料金がどれくらいかかるのかを知ることができるので安心でした。
ちなみに裏話ですがイタリアではバスや鉄道の支払い方法がとっても雑で、ほとんどの人は無賃乗車をしています。私も買おうとはしたもののバスでは買えず、見渡しても何もなかったため結局買えませんでした。でもバレませんでした。現にバスでも刻印機にチケットをかざす人は5人くらいしかいませんでした。稀に係員が確認しに来て、もしバレたら56ユーロの罰金らしいです。5日以内に払わないと106ユーロに跳ね上がるので気をつけてください。
治安は本当に場所によりけりですが、観光地にはミサンガや帽子を押し売りする人がいました。一度話しかけられましたが、イヤホンをしていたのでそのまま逃げ切りました。スリも多いと言われているのですが、荷物を前にして持っておいたり南京錠をつけておいたりすることで防げました。夜はその数が増えるみたいなので、不安な人はあまり夜に動かないようにすると良いと思います。また夜は出来るだけ複数人で行動した方が安心です。
泊まるところはこんな感じで、なんと無料で10時間使えるプールもついており、毎日多くの人で賑わっていました🏊 プールでは常にEDMがガンガン流れていて、パリピだなと思いました。他にもボランティアであれば無料で使えるレストラン、食料を確保できるマーケット、ランドリーなどかなり充実してました。よくレストラン前でライブが開かれていて、常に賑やかでした。 ちなみに今もプール近くでフルーツ片手にこの記事を書き進めています。
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(こういうロッジ?に2人で泊まりました!
ルームシェアだとより多くの時間英語を話せる一方で、1人の時間を確保しづらいという点があります。)
最初の週はフリーだったため、ローマ市街へ行ってきました!
訪れた場所は以下の通りです!
・Starbucks Montecitorio (東京と同じくらいたくさん並んでました)
・Pantheon/パンテオン
・Fontana di Trevi/トレビの泉 (後ろ向きにコイン投げると人に当たるくらい混んでいました)
・Piazza Navona/ナヴォーナ広場
・Monumento a Vittorio EmanueleⅡ/ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂
・Piazza Venezia/ヴェネツィア広場
・Foro Romano/フォロ・ロマーノ (世界史好きなら絶対行くべき!!)
・Colosseo/コロッセオ
・Arco di Constantino/コンスタンティヌスの凱旋門 (コンスタンティヌス帝懐かしかった)
・Castel Sant’Angelo/サンタンジェロ城
・Piaza di Spagna/スペイン広場 (近くにある Limon'è というマーケットはおすすめ!)
至る所にジェラート屋があって、どこもありえんくらい美味しかったです。基本的にはカード決済が主流だったので、支払いはカードを使っていました。
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(激アツすぎたコロッセオ)
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(Limon'èの丸ごとレモンジェラートはめちゃくちゃ美味しかったです🍋)
【② ボランティア内容】
私はIVHQという仲介団体を通して、ImpacTripという団体のYouth Supportのプログラムに参加しました。
最初の月曜日にオリエンテーションがあり、活動概要の説明やイタリアの文化に関するレクチャー、他のボランティアとの交流などがありました。ボランティアは自分含めて10人くらいいて、国籍はアメリカ、イギリス、フランス、ジャマイカ、メキシコ、ベネズエラ、イタリア、中国、カナダの人がいました。職業も小学校の先生から放射線技師、高校生まで多岐に渡っていました。Youth supportの場合は「教育に携わっている人」や「子供が好きな人」が多かった印象があります。各国の教育事情や問題意識を共有できたので、とても有意義でした。
最初の週はFerragosto(イタリア版お盆)らしく、この日を含む週は国全体が夏休みとなるので、私はAnimal Careに2日間、Farmingに2日間参加しました。
Animal careのメンバーの国籍はアメリカ、イギリス、フランス、メキシコで、みんなでシェルターに行きました。そこには保護された猫が260匹もいて、彼らの餌替えや部屋の清掃などをさせていただきました🐈 と言っても割と早めに終わり、あとは猫と戯れたりボランティア同士で各国比較の話をしたりしてました。
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(Animal Shelterの敷地内にある廃病院探索🏥 血液検査や歯型がまだ残っていました笑)
Farmingは近くにある農場?的なところで植物への水やりや雑草刈りなどをしました。これは2時間くらいで終わりました。めちゃくちゃホワイト企業です。
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基本的に自分は朝のシフトに参加していたので8:30前後にキャンプを出て、13:00くらいに帰ってきてた感じです。ボランティア後は完全にフリーだったので廃病院を探索したり、ローマ市内を探索したりしてました。結構自由時間が多くて、気楽でした笑
Animal CareもFarmingもめちゃくちゃ蚊や蜂が多かったこと以外は楽しかったです!全ての指示や会話が英語 (たまにイタリア語)で出されるため、聞き取るのにめちゃくちゃ苦労しました…
[平日の主な活動時程]
6:30  起床
7:30  敷地内のレストランで朝ごはん
9:00  キャンプを出る
10:00  朝のシフト
14:00  ランチ
15:00  午後のシフト
19:30  レストランで夜ご飯
20:00- 自由時間 (部屋でのんびりしたり、洗濯したり…)
22:30  就寝 (イタリアでも健康生活を続けました。)
2週目にYouth Supportに参加しました。学校的なところに行くのかなと思いきや、Summer Campの一環で屋外教室?みたいなところに行きました。小学生くらいが大半で、一緒に遊んであげる感じでした。何かマニュアルがあるのかなと思いきや、ボランティアがなんでもやっていいそうで、一緒にボランティアに来ていたアメリカの音楽の先生は楽器を使って合奏を行なっていました。私は折り紙を持ってきていたので紙飛行機大会を開いてみました。また別の日にはボランティアと協力し、イタリア語-英語-スペイン語-日本語での表現や言語レッスンをしました。みんなにとって「日本」は非常に物珍しかったらしく、興味津々で聞いてくれました。彼らはイタリア語しか話せなかったので、簡単な英語やボディランゲージで意思疎通をとっていました。また思ったこととして、子供の遊びがクリエイティブで身の回りのものを使った遊びをたくさんしていて面白いなと思いました。1週間しかYouth Supportには参加できませんでしたが、かなり仲良くなれたと思います!
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(アメリカの音楽の先生と子供たちによる合奏)
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(みんな折り紙を気に入ってくれました!!)
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(最終日には子供たちがハグしてくれました!!)
キリが良いのでこの辺で終わろうかと思います。
「非英語圏へのボランティア」を通して、その地域のコミュニティに入ることができたのはとても良かったなと思いました。また良い意味で忖度なしの英会話に触れることができたのも非常に有意義な経験でした。その上で自分からも日本のことについて発信する機会がとても多く、学び直しが必要だなと痛感しました。近々仲良くなったボランティアが日本に来るらしいので、もう一度日本のことを学び直そうと思います。
書ききれていないことも多々あるので、もし何かあればいつでも聞いてください!
最後まで読んでくださった方々に感謝申し上げます。
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