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『癒し系彼女の束縛レシピ』
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「みさきちゃん……」
近づくふたりの距離。
触れ合う唇。
熱い吐息。
舌を伸ばせば、素直に応えて絡めてくる。
ごく普通の大学生の、ごく普通のカップルの、ごく普通の夜の甘やかなひととき。
――ガチャン。
手首に違和感。
サラサラと鎖の音。
「みさきちゃん、コレ……今日も?」
「もちろんだよ」
目の前の彼女は、ふんわりと和やかな天使の微笑みを浮かべて言った。
「私、大事なものはちゃんと繋ぎ止めておきたいタイプなの」
(タイプというか、性癖じゃないかな……?)
内心で突っ込みつつも、みさきちゃんに嫌われたくない俺は、両手首にかけられたおもちゃの手錠を受け入れた。
講義が終わって昼休み。
恋人と待ち合わせて、大学構内のカフェで昼食を摂る。
「千歳くん、ご飯粒付いてるよ」
「え、どこ?」
「ふふっ、ほっぺたに。取ってあげるね」
みさきちゃんは自然な仕草で俺に近づき、取ったご飯粒を自分の口元へと持って行く。
「……えへへ、もらっちゃった」
にっこり微笑む顔が可愛い。
みさきちゃんと付き合い始めて3か月。
優しくて可愛くて、完璧な女の子。
日増しに彼女を好きになるばかりだ。
(だからこそ……)
彼女の性癖だけが引っかかる。
初めてみさきちゃんとセックスをしたのは、付き合って2週間目のデートの日だった。
大学がある駅から数駅離れた町の、駅から徒歩10分の場所にあるアパートの205号室。そこがみさきちゃんの部屋だ。
男子校出身の俺にとって、みさきちゃんは人生で初めてできた恋人。
そんな彼女の部屋に招かれ、手料理をごちそうになって、順番に風呂に入って……。
まるで漫画か何かのように完璧な流れ。
何度もシミュレーションしてきた初体験の段取り。
清潔な身体で、ベッドに並んで座って、それから――。
「千歳くん……手、貸して?」
無防備なパジャマ姿で、みさきちゃんが言った。
全身から石けんの良い匂いがする。
鼓動がうるさくて耳が痛い。
興奮と緊張で頭が上手く回らない。
みさきちゃんの言う通りに手を差し出すと、「両手だよ?」と可愛らしく言われる。
両手を差し出すと、みさきちゃんの小さくて可愛らしい手が握ってくる。
「ふふっ、手、熱いね」
ふにゃりと微笑むみさきちゃんが可愛い。
みさきちゃんが可愛いということしか、もう考えられない。
「千歳くん、目、つむって?」
「う、うん……」
声が掠れたのが恥ずかしくて、大げさなくらいぎゅっと目を瞑る。
視界が真っ暗になると、鼓動の大きさが余計気になる。
ドクドクと全身が心臓になったかのように鳴っている。
ドクドク、ドクドク、ドクドク、ドクドク――ガチャッ――ドクドク、ドクドク、ドクドク
(……ん?)
何か変な音が混ざった気がする。
興奮しすぎて心臓が壊れたのかもしれない。
薄目を開けようとした瞬間、不意に押されて背中側へと倒れた。
「えっ!?」
思わず目を開けたその時、また『ガチャッ』と音が聞こえた。
「ふふっ、まだ目、開けていいって言ってないのに。わるいこ」
みさきちゃんは、目を閉じる前と同じように可愛らしく笑っていた。
「ご……ごめん?」
よく分からないまま謝った。
「いいよ。次からは、私との約束ちゃんと守ってね」
みさきちゃんがにっこり笑う。
可愛い。
可愛いんだけど……さっきまでとはちょっと違う、ような……。
「あのさ、みさきちゃん」
「なあに?」
「なんで俺の手に手錠がかかってるの?」
目を開けてみれば『ガチャッ』の原因は一目瞭然だった。
俺の手に手錠がかけられていた。しかも鎖はベッドのヘッドボード側のパイプに通されている。
簡単に言えば、バンザイするように両腕を上にあげた状態で寝かされ、手錠はベッドにくくられている――拘束状態にされている。
誰に?
他の可能性は一切考えられないにも関わらず、信じられなかった。
「私、こうしておかないと安心できないの」
みさきちゃんは、どこか切なそうな、儚げな表情でそう言った。
「お……俺、優しくするよ。初めてだけど、みさきちゃんを傷つけるようなことはしないから、安心して」
「うん、それは大丈夫。千歳くんは優しい人だって、知ってるから」
「それなら……」
「うーん、どう言ったらいいのかな」
みさきちゃんは、小さな手を顎に当てて小首を傾げた。
仕草がいちいち可愛い。可愛いからこそ、拘束状態の異常さが際立つ。
「あっ、そうだ」
可愛らしい悩み顔が、可愛らしい笑顔へと変わる。
くるくる変わる表情もみさきちゃんの魅力のひとつだ。
そんな愛らしいみさきちゃんは、愛らしい声でこう言った。
「あなたが大切だから、ちゃんと閉じ込めておきたいの」
それが自然の理だとでもいうように言い切った。
「今夜は帰さないから……楽しい夜にしようね、千歳くん」
そしてそのままされるがまま、騎乗位で童貞を卒業した。
みさきちゃんもたぶん処女だったと思う。少し痛がっていたし、血も出ていた。
両手を拘束されたままだったから、抱きしめて慰めることすらできなかったけど……。
「千歳くん? ぼんやりして、どうしたの?」
気付けば、みさきちゃんが不安そうな顔でこちらを見ていた。
「最近ぼんやりしてることが多いけど……もしかして、悩み事?」
「ごめん、違うよ……みさきちゃんは可愛いなって思って見惚れてた」
「ふぇ……っ!?」
色白の顔が真っ赤に染まる。困りつつもまんざらでもない感じの表情で、みさきちゃんが身もだえる。
「もうっ、すぐそうやってからかうんだから」
「からかってないよ、本気だって」
みさきちゃんは可愛い。
大事にしたい。
初めての彼女だし。
初めての彼女だから、俺の認識が間違っているのかもしれないし。
拘束プレイなんて、みんな普通にやってる当たり前の行為なのかもしれないし。
「千歳くん、またぼーっとしてる」
「ああ、ごめん。バイト忙しいからかな」
「そうなの……?」
みさきちゃんが距離を詰めてくる。俺の腕をぎゅっと抱いて、うるうるした瞳で見上げてくる。
「なんでも相談してね。だって私、あなたの彼女なんだから」
周囲からの羨望の眼差しを感じる。
誰が見たってみさきちゃんは可愛い。そのうえ健気だ。彼氏冥利に尽きる。
「ありがとう、みさきちゃん」
だからこそ、俺も彼女にふさわしい彼氏にならないと。
……とはいえ、俺が抱えている悩みをみさきちゃんに打ち明けるわけにはいかないのが現状だ。
夜、自室でパソコンの画面を食い入るように見つめつつ、心の中でみさきち��んに謝った。
ぼんやりしている原因は寝不足だし、寝不足の原因は調べものをしているからだし、調べものの内容はみさきちゃんにまつわることだからだ。
つまり俺は近ごろ熱心に『SMプレイ』について勉強しているのである。
みさきちゃんは拘束プレイが好き。ということは、おそらくSMプレイが好きだということだ。しかもみさきちゃんがS側。女王様側。女性上位プレイ派。
しょっぱなから手錠拘束で来たのだから、本当はきっと相当濃いプレイをお望みなんだろう。調べれば調べるほど自信がなくなってくる。
(ロウソク……は本当は熱くないらしいし、テープ拘束も静電気で接着するテープだから見た目よりエグくないらしい……でもスパンキングは普通に痛そうだ。磔とかも怖いし……ボディピアスとか字面だけで震える……)
殴り合いのケンカとは無縁に生きて来たし、今までで一番痛かったのは親知らずを抜いた時の痛みくらいなものだ。ネットで少し検索しただけであれよあれよと出てくるSMプレイの上澄みにすら恐怖を覚えてしまうほど、俺には痛みの耐性が無い。
今後、拘束からさらにプレイが発展していった時、俺はみさきちゃんについていけるだろうか?
平凡なプレイを望む俺を見限り、別れを告げられたらどうしよう。
「せめて、求められた時にただ恐怖に震えるだけじゃなくて……代替案を提案できるくらいには知識を付けておかないとな」
それが俺にできる精一杯だ。それ以上のことはいざ求められてみないことには分からない。
決意を新たにネットサーフィンを続けていると、インターフォンが鳴った。
「なんか通販頼んでたっけ?」
首を傾げる。
最近SMプレイ用の本やグッズをいくつか取り寄せてはいるが、今日配達予定の荷物は無いはずだ。すると勧誘か何かだろうか。こんな夜に? 時計を見ると21時を少し過ぎたところだった。
無視を決め込もうと思っていると、続けざまにインターフォンが鳴らされた。
「なんだ……?」
首を傾げつつ玄関へ向かう。のぞき窓から外を見ると、みさきちゃんが立っていた。
「みさきちゃん、こんな時間にどうしたの!?」
驚きのあまり扉を開けると同時に尋ねていた。
「ごめんね、突然……あがってもいいかな?」
「あ、ああ……うん」
何気なさを装って返事をしつつ、室内をザッと見渡した。近ごろ通販で買い集めていたSMプレイの資料はクローゼットの中だ。洗ったまま畳んでいない服はちらほらあるが、汚れ物は散らかしていない。あとは――SMプレイについて検索したままのパソコンが点いたままだった!
「あれ、千歳くん何か作業してたの?」
みさきちゃんがパソコンに近づく。
「いや、大したことじゃないから!」
大急ぎでパソコンのコンセントを引き抜いた。
「……そういう電源の切り方して大丈夫?」
「普通はだめだけど大丈夫……」
心配そうなみさきちゃんに対して、ただ怪しいだけの返答をしてしまう。
しょっぱなから大失敗だ。
「と……とりあえず、何か飲む? たしか冷蔵庫にペットボトルが何本か入ってたはず……」
なんとか気持ちを切り替えようと、一旦キッチンへ避難する。水のペットボトルしかない。仕方なく、それを持って部屋に戻った。
「ごめん、何も無いから近くのコンビニでなんか買ってくるよ。お腹は空いて……」
言いかけて固まった。
みさきちゃんは、SM資料の数々を前にして肩を震わせていた。
「ちょっ!? なんでそれを!? 隠しておいたのに……!」
「ごめんね、勝手に見て……でも、ベッドの近くに怪しい伝票の段ボールがあったから、気になっちゃって……」
「怪しい伝票?」
みさきちゃんの傍らにある段ボール箱へと目を向ける。送り主は「大人の」……。たしかに、こんな伝票をみたら怪しむのも無理はない。
「やっぱり……千歳くん、他に気になる子ができたんだ」
「え!?」
「最近、私と一緒にいてもぼんやりしてることが多かったでしょう? だから、他に好きな子ができたんじゃないかなって、うすうす思ってたんだ……」
みさきちゃんは、大きな瞳いっぱいに涙を溜めていた。
「千歳くんは、その……こういうエッチをさせてくれる女の子がいいんだね」
うつむいた視線の先に、SM系の雑誌があった。ボンテージ姿の女性が表紙を飾り、過激な煽り文が躍っている。
「誤解だよ! 寝不足なのは、たしかにこういうのを見てたからだけど……みさきちゃんの他に気になる子なんていないから! 俺、本当にみさきちゃんが好きなんだ!」
うつむいたみさきちゃんの肩を掴み、なんとか目を合わせた。
「千歳くん……」
みさきちゃんは目を瞬かせて、表情を少し明るくした。浮気なんてしていないのは分かってくれたようだった。けれど、すぐにまた表情が曇る。
「で、でも、少なくとも私とのエッチに満足してないんだよね……? だって、こういうおもちゃとか本とか買ってるわけだし……」
「違うちがう、逆だよ」
「え……?」
「みさきちゃんが、俺とのエッチに満足できなくなる日が来るんじゃないかって不安で……SMプレイについて予習してたんだ」
「えぇ……!?」
みるみるうちに、みさきちゃんの顔が赤くなっていく。
「ど、どういうこと? 私、そんなに……あの、エッチな子に見えてた……!?」
「いや、エッチというか……その、性癖が」
「せ、性癖!?」
これ以上ないくらい真っ赤になっている。ここまでいっぱいいっぱいになっているみさきちゃんを見るのは初めてだった。こんな場合にどうかと思うけれど、みさきちゃんは混乱している最中でもめちゃくちゃ可愛い。
とはいえ見惚れっぱなしでいるわけにもいかないので、俺はこれまでの経緯を説明した。
「つ……つまり、私が手錠で千歳くんを拘束してからエッチしてたから、SMプレイ好きだと思って……私の趣味に合わせようとしてくれたってことなんだね」
「理解が早くて助かるよ」
みさきちゃんは、少し赤みの引いた顔をぱたぱたと手で扇いでいる。
先ほどまでよりは、だいぶ落ち着いてきたようだった。
「えっと……千歳くんが事情を話してくれたから、私もちゃんと説明しないとだめだよね」
決意するようにひとりごちて、みさきちゃんは俺に向き直った。つられて俺も居住まいを正す。
「心配させちゃってごめんね、千歳くん。でも大丈夫だよ」
向い合せの俺の手を、みさきちゃんがギュッと握りしめて来る。
「私はただ、拘束したいだけだから」
「……うん?」
「その……サドとかマゾとか、プレイとか、関係無いんだ。私はただ、千歳くんを縛りたいだけなの」
一点の曇りもない瞳でそう言い切るみさきちゃん。
対する俺は曇りまくりの顔をしていることだろう。彼女の言っていることがよく理解できていない。
「えっと……つまりみさきちゃんは、緊縛は芸術派の人ってこと……?」
「あはは、違うよぉ! そういう高尚な話でもなくって」
緊縛趣味が高尚かどうかは分からないけれど、みさきちゃんは謙遜するような照れ笑いを浮かべた。
「私、昔犬を飼ってたの。柴犬でね、ポチっていう名前をつけて、すごくすごく可愛がってたんだ」
みさきちゃんが柴犬を可愛がっている姿を想像した。ほのぼのとした幸せな光景は容易に想像することができた。心優しいみさきちゃんのことだ、きっと言葉で言い表せないほど可愛がっていたに違いない。
「でもね、ある日脱走しちゃったの。お散歩中に首輪が外れて、パニックになって……色々手を尽くしたけど見つからなかったんだ」
その時の悲しみを思い出したのか、みさきちゃんは涙声になっていた。
「私……ポチの事があってから、大切なものは自分の側に縛り付けておかないと安心できなくなっちゃったの」
悲しい思いでの延長線に、唐突に性癖の話が現れて度肝を抜かれた。
「な、なるほど?」
なんとか相槌を絞り出す。
「手錠とか、首輪とか……とにかく私のそばに縛り付けて、拘束しておかないと安心できなくて……安心って信頼と同じでしょ? 安心して信頼できないと、本当の意味で好きにはなれないよね?」
「そうだね。たしかに」
恋人になるということは、より深い信頼関係を築いていくということ。
そういう話なら、俺にも理解できる。
嫉妬したり、浮気を禁じたり、そういうのも拘束の一種と考えれば一般的な感覚とそう変わらない気もしてくる――が、物理的に縛り付けるという発想に結び付けるのはさすがに厳しい気もする。
「今まで、告白してくれた人もいたんだけど……付き合うなら縛らせてほしい、とか、手錠を付けたいって言うと怖がられちゃって……」
「そう、だったんだ」
自分が告白した時のことを思い返した。そんな話はされなかったはずだ。されていたら、初エッチの時にあそこまで衝撃を受けなかったはずだし。
俺が疑問を抱いているのに気付いて、みさきちゃんはもじもじと視線をさまよわせた。
「千歳くんはポチに似てるから、絶対に絶対に手放したくなくて……黙ってお付き合いを���めちゃったの。だまし討ちみたいな���でエッチまでして、ごめんね」
「いや、それは全然いいんだけど」
「えっ、いいの……?」
なぜかみさきちゃんの方が驚いている様子だった。
「さっきも言ったけど、俺はみさきちゃんが好きだし、みさきちゃん以外の恋人なんて考えられない。だから付き合えて嬉しいし……手錠の理由も分かったから、十分だよ。みさきちゃんが誤る必要なんてない」
「千歳くん……ありがとう」
みさきちゃんが抱きついてくる。
ふわりと甘い香りがする。
華奢な身体だ。こちらから抱きしめ返したら折れてしまいそうなほど。
あどけなくて庇護欲を誘うみさきちゃんが、まさか縛り付けたい側の人間だとは思ってもみなかったけれど……俺の中のイメージなんて、現実のみさきちゃんの可憐さに比べれば些末なことだった。
「みさきちゃんは、ポチのことがトラウマになっていて、忘れられないんだよね」
「うん……」
「分かった。それなら俺……ポチの代わりになるよ!」
恋人であると同時に、ペットになってもいい。それくらいの覚悟はできていた。
「あ、そういうのは大丈夫」
「そ、そっかぁ……」
俺の覚悟はあっさりと流された。
「ポチはポチ、千歳くんは千歳くんだもん。それはちゃんと分かってるよ」
みさきちゃんは、俺の胸板に頭を擦り付けた。サラサラの髪が、細い肩からこぼれる。
「あなたは私の大切な彼氏さんだもん。誰の代わりでもないんだよ」
「みさきちゃん……」
今度は俺の方が感激する番だった。
気持ちが通じ合っている。
好きな人が自分のことを好きでいてくれる奇跡。
幸せだ。
多幸感に浸っている俺の顔を、みさきちゃんの可愛らしい笑顔が覗き込んでくる。
「ただね、私は大切なものを二度と失いたくないの。だから……」
――カシャン。
首元で金属音。
冷たい革の感触。
���いで圧迫感。
「え、これ……」
「首輪だよ。あ、もちろん人間用のね? いつか千歳くんに付けたいと思って、持ち歩いてたの」
「そ、そうなんだ……」
みさきちゃんの可愛らしいカバンにそんな重たい秘密が隠されていたなんて全然知らなかった。
新事実に戸惑う俺の頭を、みさきちゃんが優しく撫でた。
「私だけの彼氏くんっていう証、受け取ってくれるかな?」
俺にとってみさきちゃんは初めての彼女だ。
普通なんて分からない。
他の愛の形なんて知らない。
だから、迷う余地も無かった。
首輪以外の服を脱ぎ、みさきちゃんの裸身と向き合う。
首輪をしたということは、今日はとうとう手錠をせずにエッチできるかもしれない。少しワクワクしてしまう。
「せっかく千歳くんが色々買いそろえてくれてるし、一緒に使ってみる?」
いざ抱きしめ合おうという瞬間、みさきちゃんがにっこり笑って言った。
「別に、活用しようとしなくてもいいんだよ。みさきちゃん、SMには興味なかったんだって分かったし」
「でも、せっかく買ってくれたものだから……」
そう言って、迷わず『緊縛入門第1巻』と赤い縄を手にした。
「この本に緊縛のやり方載ってるみたいだし、今日はこれを試してみよう?」
みさきちゃんはちょっとうきうきしている。いや、わりとあからさまに興奮している。明らかに興味津々の様子だ。
「緊縛って高尚そうで私にはできないって思ってたけど……千歳くんが協力してくれるなら、頑張れそう」
緊縛か高尚かどうかはおいておいて、彼女がこんなにキラキラした目をしていたら反対なんてできるわけがなかった。
「千歳くん、ベッドの上に座って?」
首輪に指を差し込んで、軽く引っ張られる。
意思とは関係なく、まず息苦しさで反射的に身体が動いてしまう。
「…………」
俺を見るみさきちゃんの目は、ゾッとするほど澄んでいる。
それがどうしようもな綺麗で、見惚れてしまう。
「分かった」
不思議な強制力に導かれるまま、頷いていた。
首輪を軽く引く、その些細な動作で、俺たちの関係がはっきり変化したのが分かった。
「ふふ……いい子だね、千歳くん」
みさきちゃんは蕩けるように甘い声で言って、俺の頭を撫でる。
「この本みたいに、両脚を伸ばして座ってね」
みさきちゃんに言われるまま本と同じ体勢を取ると、みさきちゃんが俺の脚をまたいできた。尻をついて座っている俺を、膝立ちのみさきちゃんが見下ろしている。彼女の手には真っ赤なロープがある。
「これから、この縄で千歳くんを縛るんだよ」
みさきちゃんは縄肌を優しく撫でた。
「初めてだからドキドキするね。でも、絶対上手に縛ってあげる。千歳くんが私のものなんだって、ちゃんと分かるように……」
天使のような微笑みに、血のように赤い縄は不釣り合いに見えた。けれどなぜか、その不均衡が強烈なまでに美しく見える。
まるで彼女の前にかしずくのが、人生最大の喜びであるかのように――無意識のうちに、身体が歓喜に震えてしまう。
「両手を後ろに回して組んでくれる?」
「うん」
手を後ろに回し、右手で左肘を、左手で右肘を持つように組む。
みさきちゃんは俺の後ろに回って組み合わせを微調整して、「上手だね」と褒めてくれた。
「縄を通すね」
脇から、少し冷たい感触が入ってきた。とうとう縄が腕に通されたのだと分かった瞬間、背中がゾクゾクと震えた。
シュル、シュル……と縄が擦れる音がする。肌を縄が撫でていく。
「ぁ……っ!」
腕に巻かれた縄が、キュッと絞められた。
「痛い?」
「い、いや、痛くはないよ」
「そう、良かった」
少し腕をもぞつかせてみると、両手首のあたりに結び目が来ていた。後ろ手にしっかりと結び付けられているということだ。
「ふふ……動けないよね」
みさきちゃんがうっとりと言う。耳元で囁きながら、結び目を指で弄んでいる。
彼女が喜んでいる。その事実だけで、どうしようもなく身体が昂った。
「もう少しだけ、我慢していてね」
縄が二の腕の上に通され、正面へと回って来た。二周して、再び後ろでキュッと締められる。
「これね、『後手胸縄縛り』っていうみたい」
みさきちゃんは俺の後ろから身体を密着させ、正面に回った縄を指でなぞった。
乳首の少し上と少し下に縄が通っている。なんだか少し間抜けな光景で、みさきちゃんに見られるのが恥ずかしい。
「でも、女性用の縛り方とかなんじゃないかな? 胸があったら映える気がするけど……」
乳房を上下の縄で搾って強調する状態だったら、見た目にも美しい気がする。男の胸板を上下に絞ったところで、ただ乳首がぽつねんとあるだけで貧相だ。
「そんなことないよ。千歳くん、とっても素敵だよ」
耳元でみさきちゃんが囁く。
「それに……ココを弄ると、男の子でも女の子みたいになっちゃうんだって」
縄をなぞっていた指が、乳首に触れた。
「ッ……!?」
指の腹で、乳輪をくるくると撫でまわしてくる。
「気持ちいい……?」
「わ、分からないな……くすぐったいけど……」
「そっかぁ……じゃあ、もうちょっと弄ってみようね」
上下に通した縄で区切られた範囲を、さわさわと撫でる。乳輪よりも外側部分を優しく撫でていたかと思えば、乳首のあたりをぎゅっと指で押し込んでくる。
華奢な指で乳首をぐりぐりと押し込まれると、その反動か乳首がむくっと勃ちあがった。
「ぁは……乳首、おっきしちゃったねぇ……?」
耳元を熱っぽい吐息がくすぐった。
ピンと勃った乳首をわざと避けるように、その周囲ばかりを撫で、擦ってくる。
「身体、汗ばんできたみたい……肌が少し赤らんできて……縄に映えて、すっごくエッチ……自分でも、分かるよね……?」
ひそひそと、耳元で囁き続けられる。耳朶が敏感になってきて、みさきちゃんの呼吸ひとつでも身体が震えてしまう。
「乳首、触ってほしそうに一生懸命膨らんでるね……? なんだか可愛い……ふふっ」
「み……みさきちゃん……そこも……」
「そこ? なぁに? もしかして……おねだり、かな?」
どこか期待するような声。
優しく導くような囁き。
身じろぎすると、首輪がカチャリと音を立てた。
その音を聞いたとたん、頭の中で何かのスイッチが切り替わる感覚がした。
「乳首も……乳首も、触ってほしいんだ、みさきちゃんに……っ」
くすぐったいだけだと抑えこんでいた性感が、一気に膨れ上がったように感じた。
みさきちゃんの手も、吐息も、気持ちいい。
だからもっとしてほしい。
そんな感情が、堰を切ったように湧き上がってくる。
「くすっ……いいよ。上手におねだりできたからぁ……いっぱい触ってあげるね」
不意に、みさきちゃんの指が俺の乳首を摘まんだ。
ためらいなく、強く、ぐりぐりと指の腹で押しつぶしてくる。
「ぉあっ……!? あ……待って、みさきちゃん……っ!」
「グリグリ……ぎゅーって……乳首弄ってあげる……これ、気持ちいいでしょ……?」
指先でピンと払われる。ピン、ピン、ピン……とリズミカルに弾かれ、乳輪ごと押し込むようにぎゅっと押さえつけられる。
「ぅ、あ……っ」
無意識のうちに声が出ている。
強めに弄られた乳首は真っ赤に腫れ、乳輪ごとぷっくりと隆起していた。
「乳首いじめられるの、気持ちいいよねぇ……?」
みさきちゃんは、唇を耳朶に押し付けるようにしながら囁いてくる。
「だって私、ちゃんと気付いてるよ? おちんちん、さっきから先走りでドロッドロになってるの……」
「……っ!!」
彼女の言う通りだった。
まだ少しも触れていないペニスはパンパンに勃起して、鈴口からダラダラとカウパーを垂らしている。
亀頭は物欲しげにぱくぱくと喘ぎ、腫れたように赤く膨らんでいた。
「乳首でいっぱい気持ちよくなっちゃってるね……? ふふっ……千歳くんのおっぱい、女の子になっちゃったね……?」
両手で乳首を摘まみ、くにくにと揉みしだいてくる。強めに引っ張られると、それだけでペニスがピクンと反応した。
みさきちゃんはペニスの露骨な反応を見て、嬉しそうな息を漏らす。
「ふふ……そろそろ、おちんちんもいい子いい子してあげないとね」
みさきちゃんは立ち上がり、俺の前へと回った。縄で縛る前のように、俺の脚をまたいで膝立ちになる。
「いっぱい頑張ったご褒美だよ……」
みさきちゃんは、細い指を肉丘に添えた。軽く広げると、クチュリという音と共に濡れそぼった粘膜が露わになる。
濃いピンク色に充血した秘部は、すでに過剰なほど愛液を滴らせていた。
「一緒に気持ちよくなろうね」
みさきちゃんは、俺の上半身を抱きしめた。そしてゆっくりと腰を下ろしていく。
「はぁ……ぁ……おちんちん、入ってくるよぉ……」
焦れるほど時間をかけて、肉茎が膣内に埋まっていく。
愛液が竿を伝い落ちていく、そのひと筋ひと筋の感覚さえ冴え冴えと分かるほどだ。
「ふふ……とってもエッチな顔してる……早くおまんこで気持ちよくなりたいんだね……?」
心底嬉しそうに、みさきちゃんが言う。
「乳首でいっぱい感じられるようになったご褒美だけど…………私を不安にさせたお仕置きもしないといけないから……千歳くんは腰動かしちゃダメだよ」
「え……!?」
「くす……っ、そんなに切なそうな顔しないで。私が、ちゃぁんと気持ち良くしてあげるから……」
とうとう肉棒全てがみさきちゃんの膣内に埋まりこんだ。
「はぁ……はぁっ……ふふ……おちんちん、熱くて気持ちいい……」
膣肉がペニスに絡みつき、優しく締め付けてくる。
ヒダがうねり、愛液を滲ませながら肉竿を撫で回している。
腰から下が溶けてしまいそうなほど気持ちいい。
「約束だよ……自分から腰動かしちゃダメって、ちゃんと覚えててね」
首輪をクンッと引っ張って、みさきちゃんが微笑む。
「分かった……」
「くすっ……いい子」
慈愛に満ちた微笑を浮かべたまま、みさきちゃんが腰を動かし始める。
「うぁ……っ!?」
「んっ……ん……っ……! はぁ……ナカでどんどん大きくなってる……」
リズミカルに腰を上下させるたびに、結合部から水音が鳴った。
先走りと愛液が掻き混ぜられ、泡立ち、飛び散っていく。
「ぁん……んっ……いつもより、おちんちんガチガチだよぉ……ふふっ……縄でぎゅぅって縛られて、嬉しいんだぁ……?」
大きな動きで抽送されると、全身が跳ねてベッドがギシギシと軋む。
身体のどこかが弾むたび、動くたびに縄が食い込んで、否応なしに存在を主張��てくる。
縄の擦れる部分が熱い。その熱がなぜか、深い安心感を与えてくる。
みさきちゃんとどこまでもひとつに溶け合っていくような――そんな多幸感がある。
「お顔が蕩けてるよ……? ふふっ、喜んでくれて、嬉しい……」
「みさきちゃん……」
「でも……今なら、もっと気持ちよくなれるよね?」
「えっ?」
唐突に、みさきちゃんは両手で俺の乳首を引っ張り上げた。
「ふふっ、千歳くんのおっぱい、女の子になっちゃってるんだもんね……だから、こっちも弄ってあげないとね?」
ぎゅう、ぎゅう……っと乳輪ごと乳首をねじられる。胸板全体が引っ張られ、肌が縄に擦れる。
胸全体が敏感になっていて、ちょっとの刺激でも強烈な快感が生まれた。
「あは……とっても気持ちよさそう……おちんちん、私のナカでビクンビクンしてるよぉ……っ」
膣内でペニスが痛いほど勃起している。
肉壁を押し広げるように膨張し、亀頭が熱く張っていく感覚がする。
「このままだと、おっぱい弄りながらじゃないとイけなくなっちゃうかな……?」
きゅっ、きゅっ、と乳首をつねり、指ではじきながら、みさきちゃんが舌なめずりをする。
「私でしかイけない身体にするのも『縛る』ってことだよね……? それって、すっごく……興奮しちゃうなぁ……ふふふっ……」
腰使いはいよいよ激しくなっている。
亀頭に子宮口を押し付けるように腰をくねらせ、膣壁全体で肉竿を擦りたててくる。
根元から先端まで、貪るような動きで膣肉が収縮を繰り返している。
「みさきちゃん、俺、もう……っ」
「いいよ……私も、もうイっちゃいそう……っ」
愛液まみれの膣内が熱を孕み、膣穴から最奥までが痙攣し始めている。
絶頂が近い膣内で、容赦なくペニスを扱きたててくる。
「はぁっ、はぁっ……精液昇ってきてるぅ……んんっ、おちんちん、熱くなって……んん……っ!」
みさきちゃんは、射精寸前のペニス全体を絞るように結合部をしっかり密着させてきた。
「ふふっ……私とのエッチでしかイけない身体になっちゃえ……っ♪」
子宮口が亀頭に吸い付き、射精を煽る。
「あ、あっ、みさきちゃん……!」
快感が極限まで高まった瞬間、背中が大きく仰け反った。
「ふぁぁぁぁぁぁっ、んくぅぅぅぅ……っ!!」
みさきちゃんと同時に果てる。
射精を始めたペニスを、みさきちゃんの膣肉がわななきながら搾り上げてくる。
絶頂の証のように噴き出した愛液が下腹部を濡らす熱さを感じながら、二度、三度とみさきちゃんの膣内に精を吐き出した。
「あぁぁ……っ、すごいよぉ……おちんちん、ずぅっとビクビク暴れて……私のナカ、かき混ぜてる……」
みさきちゃん自身も身体を痙攣させながら、絶頂の余韻に浸っていた。
「そろそろ、縄を解いてあげないとね」
少し残念そうに言う。「長時間縛るのはよくないって書いてあったから」
自分を納得させるように呟きつつ、縄を名残惜しそうに撫でる。
白く華奢な手。細くて簡単に折れてしまいそうな手。
そんな手が、俺を縛り上げたんだ。
その事実が今さらながらに甘美に思えて、夢心地になってしまう。
「……どうしたの、千歳くん?」
みさきちゃんが、俺の視線に気付いて小首を傾げる。
全身が汗だくで、サラサラの髪の毛も頬に貼りついている。
白い肌は朱色に染まって、汗の香りを漂わせている。
快感で乱れ切った卑猥な姿でさえ、みさきちゃんはきれいで――可愛かった。
「みさきちゃんに見惚れてたんだ」
「ふぇっ……!? も、もう……またからかって……」
みさきちゃんは照れ隠しのようにぎゅっと抱きついてきた。
「わっ……」
「きゃっ!?」
そのまま後ろに倒れてしまう。
驚き顔を見合わせて、すぐにくすくすと笑い合った。
「ありがとう。私……今、すごく幸せ」
首輪を優しく撫でて、みさきちゃんが言った。
「俺の方こそ……大事にするよ、この首輪」
「うん。私の大切な存在って言う証だから……一生、ちゃんと付けててね」
「と……とりあえず、エッチの時だけでいいかな……」
さすがに常時首輪生活は、日常生活に支障が出そうだ。
「うん、それでもいいよ。今は、ね」
含みはるけれど、みさきちゃんは頷いてくれた。
「あのね……」
首輪を撫でていた手を止めて、みさきちゃんが俺の目を見つめてくる。
「どうしたの?」
瞳がキラキラと輝いていることに気付いて、下腹部が勝手にゾクリと震えた。
「私、今までSMプレイに興味なかったけど……千歳くんとなら、楽しそうかも」
みさきちゃんは、今までで一番可愛い笑顔を浮かべていた。
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>写真をお借りしています
UnsplashのÖnder Örtelが撮影した写真
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