Tumgik
#K5000R
nemosynth · 4 years
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<デジタルシンセ戦国記 VI : KAWAI K5000W>
「国産デジタルシンセ最後の聖戦」
●メーカー名
河合楽器製作所
KAWAI は、大戦前に YAMAHA からスピンナウトしてできた楽器メーカー。
明治時代 1886 年、静岡県は浜松に生まれた河合小市(かわい・こいち)。 幼いころから天才技術者ぶりを発揮していたらしく、尋常小学校四年を卒業したあとの 10 歳のとき、客馬車が走るのを見て、木切れを集めて小さな客馬車を自作してしまい、犬にひかせ自分が乗り回し大人どもを仰天させていたという。 そんな神童の彼は、知人の紹介で、山葉寅楠(やまは・とらくす)というエンジニアが興した楽器メーカーへ丁稚入りすることになった。これがのちの日本楽器となり、現在のヤマハとなる。
そこで河合小市は、国産初のピアノをつくるプロジェクトに参加し、独学でその打弦機構を開発してしまうという天才ピアノ職人ぶりを発揮。
昭和になってすぐの 1927 年、105日におよぶストライキなど大規模な労働争議がこじれたあげく、新社長が来たのが気に入らなかったらしく、河合小市は日本楽器から独立して会社を設立、これが今の河合楽器製作所となる。
戦後の 1950 年代、河合小市の次女の婿、二代目社長となった河合滋により多角化が始まり、その一環として Teisco(テスコ)株式会社を傘下におさめた。テスコは、もともとカワイの取引先であった小さな楽器メーカーであり、このテスコがカワイの電子楽器事業の始まりとなる。同社はカワイのもと、しばらくの間はテスコ・ブランドでシンセを開発しつづけていたが、やがてカワイ・ブランドでもシンセを出すこととなった。それが大々的にはじまったのは、1986 年に発売された K3 から。
その KAWAI ブランドKシリーズは、やがて ’80 年代の後半に大きく育ち、一時期はシンセ業界の中で国産御三家こと YAMAHA、KORG、Roland に続く第4の勢力として、CASIO とならんで大輪を咲かせることとなった。
なお、CASIO は ’84 年発売の CZ-101 以来、急速にZシリーズのラインナップを展開し新興勢力となったものの、’88 年の VZ-1 が DX とならんで変調ヲタすぎて難解すぎ、’89 年に VZ-8M を発売したあと鳴かず飛ばずで失速しており、このときカシオではなくカワイに追い風が吹いていることは明らかであった。
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●機種名
K5000W Advanced Additive Workstation
1996 年発売 61 鍵ベロシティ・アフタータッチ対応 定価 218,000 円 2年後 17,8000 円に価格改定
フルデジタルシンセであり、ワークステーションシンセである。
カワイ・シンセの本流Kシリーズでは、前の機種 K4 から7年が経過したひさびさのプロ価格帯の機種。’80 年代に新興勢力として存在感を出した老舗カワイが、その復権をかけて ’90 年代後半に殴り込んできた最終兵器。それが K5000 シリーズ。
その中でも、本稿でとりあげる K5000W は; すさまじい怒涛の音源方式に、 すさまじい怒涛の変態シーケンサーとをカップリングさせた、ド変態ワークステーションシンセ。
K5000 シリーズには3機種あり;
 ・K5000S 16 万8千円;シーケンサーを持たない、素のシンセ  ・K5000W 21 万8千円;本稿でとりあげる、ワークステーションシンセ  ・K5000R 12 万5千円;ほぼ K5000S の2Uラックマウント音源モジュール版
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これが発売された 1996 年とは、誰も気づかなかった史上初の今日的ワークステーションシンセ ensoniq ESQ1 が発売されてから、じつに 10 年、コルグ M1 からも8年が経過した年。 この当時のシンセといえば、ヤマハ W5 から2年、ローランド XP-50 とコルグ TRINITY、prophecy が、発売されて1年。すでに M1 以来、各社ともに2、3世代が経過しており、世の中はすっかりワークステーションシンセ全盛期であった。事実、K5000S / W と同じ年に、ローランドのフラッグシップ機種 XP-80 が発売されている。
当時のワークステーションシンセには、16 トラックの MIDI シーケンサーが搭載されていたが、K5000W のそれは 40 トラックもあり、編集コマンドも充実していた。それでいて K5000W は、競合他社より価格が安い、恐ろしい機種だったのである。
だが、2年ほどたった ’98 年には、最後の Ver.4へのアップグレードとともに、価格改定が実施され;
 ・K5000S 14 万8千円  ・K5000W 17 万8千円  ・K5000R 11 万5千円
と、さらにお求めやすくなった。 それはそのまま、カワイ最後のシンセとなった。
●音源方式
Advanced Additive 音源(ここでは「AA 音源」と略す)
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サイン波 128 倍音加算合成に、PCM 波形と、さらに減算方式を組み合わせたものである。
非常にパラメーターが多く、千以上ある。 ただでさえ本格的なサイン波倍音加算合成なのに、さらにそれを最大6系統もレイヤーして1音色をつくるという、途方もない音源方式。
そもそもサイン波倍音加算合成とは「すべての音色は、サイン波による基音と倍音の組み合わせで決まる」という、フーリエ級数に基づく。
これは古くから伝わるパイプオルガンの原理であり、パイプ1つ1つが正弦波を発振するオシレーターであった。そのパイプの組み合わせをおびただしい数のストップでもって可変させ音色を変えるため、パイプオルガンはシンセサイザーの祖でもあった。
それが電気化されハモンドオルガンになると、トーンホイールひとつが正弦波オシレーターとなり、ドローバーで音色を変えられるようになった。それでもそんなオシレーターを何十個もそろえるのはコストがかかりすぎて非現実的だったが、やがて電子時代になるとサイン波オシレーターをたくさん集めて音色をつくる倍音加算合成が、より安価に実現できるようになった。
FFT(Fast Fourie Transform)によって既存の音色の倍音構成がわかるようになると、逆 FFT でもって主に整数次倍音群から加算合成して音色を作り出すことも可能となった。
ありものから倍音を削る減算方式と違い、無から有を生み出す加算合成は、シンセサイズの原理主義的な手法とも言える。それだけに愚直に膨大なオシレーターをあつめてつくる倍音加算合成は、おのずとパラメーターが多くなる傾向にあった。 そこへくると、たった2つのオシレーターだけで多彩な倍音表現を実現したのが FM 合成なわけで、それを発見したチョウニング博士の偉大さがわかる。 それでもテクノロジーが進展するにつれ、コストダウンにともない、各社から工夫を凝らしたサイン波倍音加算合成によるシンセサイズが、でてくるようになった。
K5000 では、単一のシンセシス系統を「ソース(Source)」と呼ぶ。ヤマハで言うエレメント、ローランドで言うパーシャル。そして最大6ソース、つまり6エレメント、ないし6パーシャルで1プログラムを形成する。1プログラムを「パッチ(Patch)」と呼ぶところは、当時のローランドと同じ。
各ソースは、サイン波加算合成音と PCM 音と、どちらを出力するか選択でき、それらを自由に組み合わせることから、言わばローランド D-50 の LA 音源を換骨奪胎、かつストラクチャーから解放し自由に使えるよう拡大解釈したような、すぐれた構成と言えた。
サイン波加算合成では、1ソースにつき 64 倍音まで出力できるが、2ソースであれば、高低ふたつの周波帯を分担してシンセサイズすることで、合計 128 倍音も出力可能。これだけで相当に精緻にうがった音源波形を自作できる。
PCM 波形は、トランジェントなどサイン波加算合成では出せない倍音を提供するための音素片であり、この点でも D-50 的な音源方式を取り入れている。
ソース間では、AM 変調機能もはさみこめる。
こうしてオシレーターで音源波形を自作したあとは、デジタルのレゾナントフィルターやアンプなどを使って、フルデジタルの減算方式シンセとして加工可能。最後にはマルチエフェクトを搭載したソース・ミキサーを通し、出力される。
サイン波倍音加算合成して創った音色の特徴として、和音でも音が濁らないということが挙げられる。FM 変調方式にも通じる独特のデジタルな音色をつくることができ、しかも狙った位置にダイレクトに倍音を増減できるという、きわめて直接的なメリットもある。
そのぶん、まともな音をつくるのには、最低でも 20 ~ 30 は倍音が必要で、できれば 64 倍音、そして本機のように 128 倍音はほしくなる。このため K5000 では本体だけでもエディットできるよう、当時としてはかなり操作性に工夫がほどこされていた。
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K5000 シリーズには、倍音加算合成と PCM 音素片波形とを組み合わせた AA 音源が搭載されていたわけだが、K5000W だけ、それに加えて純然たる PCM 音源もあわせて搭載されていた。そして、それを使った GM 音色バンクもある。GM は Level 1 。
なお、音源方式ではないが、シーケンサーも概略を解説しておく。
K5000W は、ワークステーションシンセなので、通常のパフォーマンスモードの他に、シーケンサーを使って作曲するためのコンポーズモード(Compose Mode)があった。
パフォーマンス・モードでは、単一のパッチを鳴らすほか、4パッチを組み合わせて1コンビ(Combi)として鳴らせるが、このときはあくまで単一ティンバーであって、決してマルチティンバーではない。コンビでは、4パッチをレイヤー、キースプリット、ベロシティスプリットなどで組み合わせることができた。 また、1パッチごとに4基のマルチエフェクトが使える。
コンポーズ・モードでは、AA 音源が 16 パートマルチティンバーとなり、加えて PCM による GM 音源が 16 パートあり、合計 32 パート音源として鳴らせる。 そして、このときに内蔵の 40 トラック・シーケンサーで駆動できる。シーケンサーは MIDI トラックのみだが、この当時はまだ皆そうだったんだから仕方がない。本体音源 32 パートにあわせて、MIDI Out も2つあったから、40 トラックの意味もあろうというもの。DAW みたくオーディオトラックも持つワークステーションシンセは、21 世紀まで待たねばならなかった。だから 40 トラックもあるだけでも、群を抜いて御の字。
なお、MIDI で GM System On メッセージを受信すると、自動的にコンポーズモードになってくれる。
K5000W ならではの、秀逸なシーケンサー機能として APG(Auto Phrase Generator)という作曲支援機能があった。ある MIDI トラックを原始的な AI みたいなやつに分析させると、その分析結果に基づき、さらに人間が指定したジャンルなどを勘案し、その楽曲にふさわしい伴奏シーケンスデータを K5000W が提案してくれるのである! しかも音色込みで、マルチパートにて提案してくれる!
AI が支援する作曲 AI powered composition なんて、2010 年代の後半になってようやく言われてきたのに、それの始原みたいなものを垣間見せてくれる、技術史的にも興味深い機能。
●同時発音数
32 音ポリ+32 音ポリ
すなわち ・32 音ポリの AA 音源 ・32 音ポリの GM 音源 このカップリング。
前述の通り GM / PCM 音源まで内蔵しているのは、ワークステーションシンセ K5000W のみであり、K5000S や K5000R では AA 音源のみ搭載。
32 音ポリとは当時としては標準的だが、6ソースも動員すると5音ポリになり、プロフェット5状態に。 そのかわりに、加算合成であることもあって、想像を絶する緻密な音創りができた。
●内蔵エフェクトの性能と傾向
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パッチ全体にかかるリバーブと EQ、そして4基のマルチエフェクトがある。
6ソースに対し、各エフェクトへの送りバスはステレオ4本あり、ソースミキサーにてルーティングがグラフィカルに設定できるのがいい。
パッチあたり4基あるマルチエフェクトは、おのおのが 36 アルゴリズムを搭載。空間系、変調系、歪み系と、ひとしきり多彩にアルゴリズムがあり、なかなかよく効く。ワウや3相コーラス、バンドパスフィルターや、エキサイターまであるので、バリエーションは充分。
パッチ全体にかかるリバーブは 11 タイプ、同 EQ は7バンドのグライコ。
さらにエフェクト専用のモジュレーションマトリクスがあり、14 ソース、10 デスティネーションで構成されるという、この時代にしては充分すぎる内容。
●内蔵波形、プリセットの傾向
AA 音源の加算合成機能では、音源波形すら自作する。 それに加えて、音素片となる 123 種類の PCM 波形も、あわせて装備。
さらに上記にプラスして、K5000W にのみ提供されている PCM 音源は、341 の PCM 音源波形と、325 ものドラム音源波形であった。これらの PCM 音源波形は、AA  音源にある PCM 音素片とは、まるで違い、単体でも使える完成度が高いマルチサンプルである。
Ver. 3以降、プリロードされている音色メモリーバンクが増大。その内訳は;
・A、E、F、Gバンク  AA 音源による音色  60 パッチがプリロード  すべてユーザー上書き可能  おそらく発売当初はAバンクしかなかったのが、あとからEバンク以降が足されたものと思われる。  また、バリアブルメモリーのため、パッチごとに使用されているソースの数などによって、保存可能音色数が可変する。
・B バンク  K5000W のみの PCM 音源パッチ専用バンク  128 パッチがプリロード  すべてユーザー上書き可能
・GM バンク  GM Level 1 の 128 プリセット音色が搭載されているバンク
なぜかC、Dバンクは欠番で存在しない。 画面をスクロールすると、GM → B → A → E → F → Gバンク、というふうに切り替わる。
また、ドラムキットが別途存在し、ユーザーキット1つ、プリセットキット 10、1キットは最大 64 インストで構成され、253 のプリセット・インスト、32 のユーザー・インストがある。
プリロードされている音色は、AA 音源においては、当初からのものははっきり言ってサイン波っぽくてイマイチ。だが、Eバンク以降の、あとから追加された音色はさすがに作り込まれていて、FM 音源だとばかり信じ込んでしまうできばえのエレピや金属音、サンプラーではありえない斬新な音色変化に富むものばかり。これが生産完了になったのが、きわめて惜しい!
Bバンクの PCM 音源も高品位なものであり、90 年代のサンプルプレイバックとしては、おそらく一番すなおで高音質なものではないかと思われる。このせいなのか、GM バンクの音も「えー? GM 音源って、こない音良かったっけー?」と思うことうけあい。箱庭宇宙にありがちなチープさとか、うすっぺらさが無い、ふくよかで豊かな音がする。
アコピにいったっては、貴重なカワイのアコピの音。あたりまえかもしれないが、これは大事なことで、カワイのアコピは、重厚でダークでプログレッシヴな音がするので、それがシンセで弾けるのはありがたい。正直に、個人の感想で書くと;
「コン」ファツィオリ 「カン」スタインウェイ 「ガン」カワイ 「ガン‼」ベーゼンドルファー 「ぽん」この、なんとも FM 音源みたいなうすっぺらい音が、ヤ○ハ
●エディットの自由度と可能性
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どのバンクの音色をエディットするかによって、AA 音源か PCM 音源かが決まり、アクセスできるパラメーターも変わる!
・A、E、F、Gバンク → AA 音源をエディット ・B バンク → K5000W のみの PCM 音源をエディット
AA 音源における1ソースの概要は、以下のとおり;
「倍音加算ジェネレーター」サイン波 64 倍音加算合成:上記の DHL、DHE   ↓ 「フォルマントフィルター」;上記の DFL、DFE   ↓ DCO こと、ピッチや波形の概要パラメーター   ↓ 通常の DCF ことマルチモード・デジタルフィルター   ↓ 通常の DCA
「かぎかっこ」でくくっているのは、そのような表記がどこにもないので、私が勝手にわかりやすく解説すべく編み出した用語だからである 笑。おおむね、’80 年代の K5 に搭載されていたサイン波加算合成エンジンを、さらに拡大したものと考えて良い。K5000 では、これを最大6ソース重ねて、1パッチとなす。
以下、各ブロックごとに解説する。
▲倍音加算ジェネレーター
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かつての K5 にて、DHG(Digital Harmonic Generator)と呼ばれていた部分。要は、サイン波倍音加算合成によって音源波形をつくるオシレーターである。
64 倍音加算するのだが、2つのソースを使うとき、片方を Lo(1~ 64 次倍音)、もう片方を Hi(65 ~ 128 次倍音)に設定すれば、128 倍音加算合成ができる。
マクロエディットができるので、最大 128 もの倍音を、必ずしもいちいち個別にエディットしなくてよい。マクロには
・高次倍音のみ ・低次倍音のみ ・奇数次 ・偶数次 ・オクターヴ;1, 2, 4, 8, - 64 (Lo) ないし 128 (Hi) ・5度;3, 6, 12, 24, 48 (Lo) ないし 96 (Hi) ・全部一括
とあり、実践してみると、聴覚上の変化ともマッチするので、かなり予測しやすい。
なんと、各倍音ごとに音量 EG を設定できてしまう。EG は ADDR で構成され、つまりセカンドディケイができる。EG をループ再生させることも可能。ただ、さらに少々びっくりするのは、各ポイントのパラメーターが、レベル・レート制なこと。レベル・タイム制では無いので、ちょっと感覚的ではない。
各倍音ごとに EG を個別エディットできる他、全倍音の EG をまとめて一括編集したり、倍音から倍音へ EG をコピーすることも可能。
つまり、この倍音加算ジェネレーターだけで、音源波形をつくるだけでなく、すでに音色変化をつくることができてしまう! 言わば自作可能なウェーヴテーブル! よって、これが倍音加算合成シンセというのは、間違いではないが、むしろウェーヴテーブルを自作可能なシンセと考えたほうがいいかもしれない!
しかも、この次のブロックでまた複雑な音色変化をつくりだすことができてしまうという、鬼の仕様。それが次に紹介するフォルマントフィルターである。
▲フォルマントフィルター
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K5000 に搭載されているフォルマントフィルターとは、128 バンド(128 倍音ではない)の��ライコに例えられることが多い。ただ、音色全体まるごとイコライジングするのではなく、各ボイスごとに処理するので、128 バンドのフィクスト・フィルターバンクがボイスごとにあると思えばいい。
バンド1からバンド 128 までは、10 オクターヴ以上も開きがある。
・バンド1; C -1=8Hz ・バンド 70 ; A4 = 440 Hz (ヤマハ / Logic 方式なら A3) ・バンド 128 ; G9 = 12,544 Hz = 12.544 kHz
見てのとおり、バンド1は可聴域を余裕で下回る! また各バンドは、各倍音とはなんら関係なく、固定された周波数でレベルを増減するだけである。
エディットマクロもちゃんとあり;
・8バンドにまとめた上で、各バンドの中心周波数ごとにQの幅を編集 ・バンドX~X+20 までのバンドを一括してレベル増減 ・バンドX~X+15 までのバンドを一括してレベル増減 ・バンドX~X+10 までのバンドを一括してレベル増減 ・バンドX~X+5 までのバンドを一括してレベル増減 ・全バンド一括編集 ・各バンド個別編集
レベルコピー機能や、バイアスというパラメーターもあるが、このバイアスがくせもので、プラスにすると低周波域、マイナスにすると高周波域へとシフトするのでややこしい。
専用 EG もあり、やはり ADDR で構成され、ループ再生も可能。そしてやはりレベル・レート制。 専用 LFO もあり、三角波、鋸歯状波、ランダム波とある。
最も特徴的なのは、ノンリアルタイム演算によるモーフィング機能があること。 4つまでの時間軸上のフェーズに、任意のパッチ、任意のソースから倍音設定をコピってきてあてはめ、フェーズごとの遷移時間、ループ再生などを設定し、なんと最後に実行キーを押すことでノンリアルタイム演算でもって、波形を算出しているらしい。
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これらと EG や LFO などとあわせ、複雑かつ周期的な音色変化をもたらす。なんせフィルターの周波数特性を、ユーザーが好き勝手に決められるため、相当に摩訶不思議なことになる。
▲ DCO / DCF / DCA
K5000 に、DCO という表記があるので仕方ないのだが、これは先述の倍音加算ジェネレーターとフォルマントフィルターを経た結果の信号ことを指すのであって、決して別途 DCO が存在するわけではない。ましてや K5000 はフルデジタルシンセなので、DCO というピッチだけデジタル制御されたアナログオシレーターがあるわけではない。’80 年代からの、残念な誤解の結果である。
しかもそこまで解説させておいて、やっていることは単にピッチ LFO など、1ソース全体にわたる音程関連のパラメーターと、PCM 音素片を出すときの波形選択くらい。そりゃ AA 音源波形は、すでに倍音加算ジェネレーターなどで生成しているのだから、ここでは扱わないわけで。
なお、倍音加算ジェネレーターの代わりに、音素片 PCM 波形を出力した場合は、ここからあとの DCF などの処理のみが適用される。
DCF はマルチモードフィルターであり、HPF / LPF 切替式。レゾナンスもあるが、90 年代なかばのデジタルフィルターなので、ゼロから7までの8段階でしかない。ただ、それでも -24dB / Oct なのは、さすがカワイのこだわりであろう。
「DCO」、DCF、DCA には個別に EG があり、ピッチ EG はアタックとディケイ、フィルターとアンプ EG は ADDSR でありセカンドディケイがあるだけでなく、この3つの EG ともにレベル・タイム制なので、感覚的につかみやすい。ここでそれができるなら、なんで倍音加算ジェネレーターとかフォルマントフィルターでは、レベル・レート制なのかと。
パッチごとに1基のグローバルな LFO があり、デプスがピッチ、フィルター、アンプ個別にある。波形は;
・サイン波 ・三角波 ・鋸歯状波 ・矩形波 ・ランダム波
▲その他のパッチ・パラメーター
そろそろモジュレーションマトリクスが注目されはじめたころであり、K5000 でも 14 ソース、20 デスティネーション、しかも1ソースあたり2デスティネーション設定できる。20 あるデスティネーションには、フォルマントフィルターのバイアス、EG、LFO や、倍音加算ジェネレーターの高次、低次、偶数次、奇数次の倍音などがあり、かなり普通とは違う結果がでておもしろい。たとえば、弾きながらモジュレーションホイールでもって奇数次倍音を上げると、案の定、矩形波っぽくなるがブライトにもなるという、ちょっと他にはない音色変化をする。
前述のとおり、内蔵エフェクト専用のモジュレーションマトリクスもあり、こちらは 14 ソース、10 デスティネーション。
こうしてつくったパーシャル音は、最大6系統が内蔵ミキサーに通され、4基のマルチエフェクトや各1基の EQ とリバーブとで処理され出力される。
なお、ソース1とソース2の音で AM 変調させる大ワザもあり、おそらく K1 にあった機能をまるごと持ってきたのではないかと思われる。
▲ドラムキット
ドラムキットが別途存在するのだが、1キットは 64 インストで成立し、1インストは、オシレーター、フィルター、アンプで構成されている。インストごとにパンなどを設定可能。EG は、やはり ADDR 仕様なので、細かく表現できる。まぁ ’90 年代のデーハーなりにちょっと大人になったような音だ。
▲イージーエディット
さすがに広大すぎるパラメーターの太平洋なので、そこは考えたらしく、演奏中でもかんたんに操作できるイージーエディットが用意された。一時的にパラメーターにオフセットを加えるものであり、以下が存在;
・高次倍音レベル ・低次倍音レベル ・奇数 / 偶数次倍音レベル ・フォルマントフィルターのバイアス ・フォルマントフィルターの EG や LFO の速さ ・フォルマントフィルターの EG や LFO のデプス ・カットオフ ・レゾナンス ・EG ・エフェクト
ここでの画面といい機能といい、コルグのTシリーズや 01/W にも似ているが、偶数次倍音を増やそうとしてバリューダイアルをひたすらぐるぐるギーギー回すのは、ちょっとパフォーマンス用には非現実的かも。 K5000Sでは、このあたりがノブとして、物理的に出ているために音をひねりやすいはず。
▲内蔵シーケンサー
当時としては破格に大規模な 40 トラック、4万ノートの MIDI シーケンサーが内蔵されていた。 コード・トラックがあり、テンポ・トラックもあった。DAW そこのけの編集コマンドも多々あり、グラフィカルではないが範囲指定もサポートされており、他の一部にはグラフィック表示もサポートされていた。 SMF も読み書きでき、3.5 inch / 2HD のフロッピーディスクでもって外部との SMF 送受も可能。
きわめて興味深いのは、やはり APG(Auto Phrase Generator)なる作曲支援機能。
これは、録音されたシーケンスデータを K5000 が解析し、ユーザーが指定した音楽ジャンルなどに沿って、マルチパートの伴奏用シーケンスデータを勝手に生成してくれるもので、他の機種では見たことがない。
具体的には;
1.コード進行のアイディアを、任意の MIDI トラックに録音 2.そのトラックを「シードトラック(Seed Track)」に指定 3.任意のジャンル(スタイル)などを、指定 4.シードトラックを、K5000W に分析させる 5.分析結果をもとに、K5000W が最大8トラックのシーケンスデータを自動生成 6.気に入らなければ何度でも再生成 7.気に入ったら、それをシーケンサーに移植し、さらに細かくエディット可能
これでもって、約 8,000 ものシーケンスフレーズデータを、自動生成できるという。
スタイルと呼ばれるジャンルは 107 あり、プリセットが 105、ユーザーが SMF インポートして作成できるものが2つ。計 107 スタイルの内訳としては;
・ロック ・ポップ ・ジャズ ・フュージョン ・アシッド ・ハウス ・ランバダ(!) ・ワールド
さらに「ワールド」の内訳をみると;
・ヨーロッパのフォーク ・アメリカのフォーク ・ラテン
となっており、中東もアフリカもアジアも無い。なのにランバダがあるところといい、’90 年代のアレンジャーキーボード文化の産物そのもの。 あとからテクノも追加されたらしい。
また、以下の各種のアレンジャーキーボード用スタイルデータから2タイトルをインポートし、APG 用スタイルにコンバートして保存し利用できる;
・Technics Kシリーズ ・Roland Eシリーズ ・KORG iシリーズ ・GEM WX / WS シリーズ ・Solton MS シリーズ ・Wersi 社
さらに、APG はシードトラックからコード進行も分析しているのだが、このとき APG に、コード進行を実際に音で鳴らしながらアドバイスしてもらうことすら可能!
さっそくたった4小節の短いトラックをテキトーにでっちあげ、APG さんに解析してもらい伴奏データを自動生成してもらったが、なるほど、それ相応のものが、しれっとできる。スタイルを次々と変えて実行してみるとおもしろい。音色まで、スタイルによって変えてくるのには、恐れ入る。
ただ、適用されるスタイル、すなわちジャンルや自動生成の結果が、どうしても欧米偏重であり、それも時おりだっさい方向へかたよってしまう。 これは、K5000 が開発された時代もさることながら、おそらくカワイが、ドリマトーンなどといった「まじめな」電子オルガンを開発製造していたこと、そのためラウンジでのエンタメ用、あるいは音楽教室での教材用に、膨大なスタイルデータやシーケンスデータを制作していたことと、無関係ではあるまい。
▲その他の機能
ものすごい数のパラメーターがあるため、さすがにグラフィック LCD を搭載。倍音加算ジェネレーターや、フォルマントフィルターまわりなどは、分かりやすい表示で助かる。 画面の周囲を取り囲むように配置されたファンクションキーも、かなり便利。下手にカーソルキーで動かすのではないため、かえって操作が速くて良いかもしれない。
K5000 には、MIDI マスターキーボードとしての役割も期待されていたようで、Quick MIDI という機能が装備されている。その場で設定したプログラム・チェンジと、コントロール・チェンジを一気に送信する。音源モジュールがたくさんある MIDI システムの中で、都度ユーザーが好むデフォルト設定するような場合に使えるのかも。
内蔵フロッピーディスクドライヴは、3.5 inch 2HD 1.44MB ないし 2DD 720MB ディスクが読み込める。SMF などを読み書きする都合上、MS-DOS コンパチであり、なつかしい Mac の Acess PC にも対応。あったねぇそんな機能が Mac にーぃ笑。
さらには、ディスク上の SMF ソングをロードせずに直接に読みながら再生するという時短ファンクションこと Direct Disk Play というのもあった。これは当時のワークステーション���ンセではけっこう流行した機能で、お手軽 SMF プレイヤーとしての働きもあった。
MIDI 端子もAとBの2セットもあり、おのおの MIDI In / Out / Thru がついてるので、計6つも端子がある。ここでも MIDI マスターキーボード的。ただし、MIDI B 群の端子は、MIDI Clock や Sys-Ex バルクダンプなどには非対応。
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鍵盤タッチも当時としては破格に良く、おもりつきで上質かつ長さも長くて弾きやすい。黒鍵の表面にざらつき加工してあるのは、ひょっとしてかつての黒檀でできた贅沢な鍵盤になぞらえたのか?
なお、これも当時としては革新的な 32bit RISC チップを搭載することで、フォルマントフィルターや - 24dB / Oct の DCF を実現、とドヤ顔でカタログに書いてある。
▲K5000S と K5000R
先述したとおり、K5000 シリーズには、残り2機種、素のシンセたる K5000S、そして2Uラックサイズの音源モジュール K5000R とがあった。
この2機種には、ともに K5000W とは以下の相違点があった;
・PCM 音源がない ・PCM 音色バンクもない(AA 音源用の PCM 音素片波形はある) ・GM バンクもない ・シーケンサーもない、APG もない ・アルペジエイターを装備 ・コンビがない代わりに、マルチモードがあり、これは4パートマルチ音源になる
●拡張性
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FDD 経由だが、SMF 送受できる。
のちのバージョンアップによって、音色バンクが増えた。Eバンク以降の音色は、そこで追加されたものらしい。発売当初の音色は、どうしてもサイン波っぽく聴こえて、なんだかなぁ、であったが、追加されたE以降のバンクにある音色は、かなり作り込まれており、良くできた音色が多い。
さらに Ver.3 から、当時の Win / Mac 用エディターソフト SoundDiver for K5000 が、emagic 社とタイアップして一緒にくっついてくるようになった。これで、特にパラメーターが多い倍音加算ジェネレーターやフォルマントフィルターなどの編集作業は、飛躍的に向上したはずである。 そして、ひとたびエディターでグラフィカルに操作できるようになれば、もはや K5000 シリーズは、倍音加算合成というより、ウェーヴテーブルを自作可能なシンセとして威力を発揮したであろう。
おまけに最終バージョンでは、なんと短い音声ファイルを wav 形式で外部から読み込み、それを逆フーリエ変換で解析、さらにフーリエ変換でもって整数次倍音のみで再合成するという、なかなかにニッチでわくわくする機能までついてきた! 記憶でしかないが、wav ファイルをサンプルデータスタンダードに準拠した形で用意し、5ピンの MIDI 経由で本体へダウンロードさせたような気がする。
●あなたにとっての長所
他の音源方式では得られない、独自のデジタル音色。
なんといっても、狙った位置に倍音を発生させられるのは、あたりまえだが直接に音を操作できて良い。 これが FM 音源とかだと、いっしょうけんめい変調させることで、遠隔操作で倍音を発生させているようなものなので、なかなか狙った位置に倍音を生じさせるのが、じつはむずかしい。つまり FM 音源なら周波数レシオやモジュレーター出力レベルなどを駆使してあたりをつけるところを、AA 音源ならダイレクトに倍音そのものを制御できる。 AA 音源万歳である。
結果、FM ではないのに、時として FM っぽくもなり、DX エレピなども再現できる! あるいは、PPG のウェーヴテーブルみたいな音もつくれる。モーフィングを使えば、事実上のウェーヴテーブルを自作していることになる! フィルターに依存しない自由な音色変化は、やはりうれしい。
しかも、どんどん刺激されるアイディアが湧く音色ばかりできる!! これは俺のセンスが 90 年代のまま止まっている勘違い平行棒野郎なせいなのか? 倍音加算合成というのは間違いではないが、むしろウェーヴテーブルを自作可能なシンセと言ったほうが正しいような音源方式。 しかも動きのある音色アニメーションを得意とする、個性派な音源方式。 パラメーターが多いとはいえ、同じものの繰り返しなので、理解はしやすい。
とにかく、もうこの変態音源に尽きる 笑
でもせっかくだから、APG によるみょーな演算結果も楽しませてくれるし、カワイだけのことあって鍵盤タッチも良い、ヘッドフォン端子が手前の左側についてて気が利いている、という点も挙げておく。
●あなたにとっての短所
ユニゾンモードが無い! これは残念。なので手動でレイヤーしまくって束ねるしかない。
やはり古いデジタルシンセなので、往々にしてエディット中、鍵盤を押さえっぱなしでは音が変わらないため、ぽんぽん連打せんとあかん。DX7の不便さを思い出す。
整数次倍音のみ出るので、非整数次倍音を出すためには、かなりピッチを変えて音を重ねるなど、工夫が相当いる。これが実現できないと、クロス変調によるディストーション波形とかメタリック波形などは難しいのだが、まぁ、AM 変調もあることだし、冨田さんみたいに倍音加算でベルもつくれるし、考えて使いこなせばいいんです。
アタックトランジェント成分だけは、どうしても PCM 音素片にたよることが多い。これは、サイン波倍音加算合成そのものの限界であり、あそこまで不規則な波形を合成しようとすると、もはや K5000 すらをも遥かに上回るパラメーター数となってしまい、非現実的だからである。 これを加算合成ではなく、減算方式で実現するには、それも現実から離れた創造性ゆたかな音色制御をしようとすると、もはや TR-808 のベードラに採用された Down Chirp Oscillator や、Metallic Oscillator のようなものを考案する必要がある。
●その他特記事項
一世風靡したカワイのKシリーズ・シンセ。だがカワイも今ではすっかりピアノメーカーに戻ってしまい、シンセというシンセが無くなってしまった。
かつてKシリーズがめざしたものは、なんだったのか。
私が知るかぎり、88 年ごろに見た K4 には、リアパネルにて、製造元は「テスコ株式会社」だと書いてあった。 そして 96 年製の K5000W には、製造元は「メルヘン楽器」と書いてある。
テスコとは何か? メルヘン楽器とは?
以下、年を追ってクロニクルをひもといてみよう。
1.起
1946 テスコ社の前身となるアヲイ音波研究所、設立 1948 テスコ(Teisco)というブランドで、ハワイアンギターやアンプが登場 1952 テスコ・ギターが、ビザールギターとして欧米にて知られるように 1958 テスコ・スーパーエレガン(Teisco Super Elegan)登場
「テスコ」とは、Teisco と書き、Tokyo Electric Instrument and Sound Company の略だという。 すでに敗戦の翌年に、その萌芽は生まれ、はやくもビザールな楽器をつくっていたようである。
1958 年に出た「テスコ・スーパーエレガン(Teisco Super Elegan)」とは、モノフォニックの真空管オルガンである。日本初の電子オルガンは、じつはここに始まる。そしてこれは、のちにカワイの電子オルガン「ドリマトーン」へと発展し、ヤマハのエレクトーンや、テクニクスのテクニトーン、ヴィクターのヴィクトロンなどと並んで、家庭用の電子オルガンとして家々のリビングルームに浸透していく。
1964 テスコ株式会社、設立 1966 テスコ株式会社、カワイの傘下に入る
当時のギターブームに乗ったテスコは、ギターメーカーとして知られるようになる。のちに復刻したりしているのも、このころの人気から。
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1970 年代に入り、海外のギターブームが収束すると、テスコブランドのギターも終わり、代わりにギブソンやフェンダーのイミテーションをつくるようになる。 そこで次なるターゲットとして浮上してきたのが、徐々に盛り上がってきたシンセ業界であった。
1976 Teisco / KAWAI 100F
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テスコとカワイとの2つのブランドで発売された、同社初のシンセ。機種名も不定で
・Synthesizer 100F ・S-100F ・100F
な��と表記される。
37 鍵、ヴィンテのアナログモノシンセ、1 VCO / VCF / VCA / HPF という構成で、最後にハイパス・フィルターが来るのが、ちょっとおもしろい。 お値段は 95,000 円と、当時としては少し安めか。
その 100F は、こんな音がしたらしい? 「銀のさら CM」
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1979 Teisco 100P 1980 Teisco S-110F 1980 Teisco S-60F 
クラフトワークがアルバム「人間解体」を発表したのが、1978 年。同じ年に、YMO も人知れずデビュー。 その翌年から、テスコシンセが徐々に頭角を現してくるのである。
Teisco 100P
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100P は、ローランド SH-2000 にヒントを得たようなプリセットモデルだったらしい。鍵盤の下にならぶ、カラフルなタブレット式のスイッチまで似ている。
Teisco S-110F
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100F を継いだ S-110F は、テクノポップの台頭にあわせてデザインを一新。LED で信号フローを示す科学的なところが、テクノ時代を象徴。 仕様においても、従来と同じ 37 鍵でありながら、2VCO / VCF / VCA / HPF に拡張、しかも2音パラフォニックとなり、さらに8バンドのフィクスド・フィルターバンクまで搭載した。各バンドの中心周波数は、250 / 350 / 500 / 700 / 1k / 1.4k / 2k / 2.8kHz。 鍵盤の左、他社ならモジュレーションホイールなどがあるはずのところには、代わりに3基の感圧式コントローラーパッドがあり、これらでヴィブラート、ワウ、カットオフ、ピッチベンドをかけることができたところは、ARP Odyssey の後期型みたいだが、未来的でもあった。 当時の定価は、127,000 円。同価格帯ベストセラーだったヤマハ CS-15、ローランド SH-2 と比べても、仕様も奢り、デザインにも 80 年代らしいカリスマがあって、じつは隠れた名機。
Teisco S-60F
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S-60F は下位機種として発売され、32 鍵、1 VCO / VCF / VCA / HPF、左手用の感圧式コントローラーはピッチベンダーのみ。 お値段 74,000 円。入門機だったヤマハ CS-10 やローランド SH-09 やなんかと喧嘩するための価格なことは明白。
1981 Teisco SX-400
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4オクターヴ 49 鍵、なんと4音ポリで、Quad, Dual, Mono, Solo の発音モードがあり、最後のソロはユニゾンモード、あとば読んで字の如く。 1 VCO / VCF / VCA / HPF という構成だが、さらにサブオシとノイズ・ジェネレーターとを搭載。 アフタータッチもあり、ヴィブラート、ピッチベンド、カットオフに対応。 コーラスまで内蔵し、とどめの音色メモリーでは、プリセット8音色、ユーザー8音色が記憶できた。
1983 YAMAHA DX7 1984 Teisco SX-210 1984 Teisco SX-240
テスコからも、MIDI シンセの登場である。 1年遅れたのは、MIDI 制定メンバーに関わってなかったからかもしれないが、カワイは関わっていたので、そこは距離感があったのであろうか?
Teisco SX-240
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SX-240 は、61 鍵、8音ポリ、2DCO / 1サブオシ / VCF / HPF / VCA という構成。フィルターは SSM2044 を採用し、これは Polysix、PPG Wave 2、初代 Emulator などに使われた名のある石。 スプリットやレイヤーも可能となり、コーラスも内蔵、48 音色メモリー、1,500 ノート8メモリーのシーケンサーも搭載、そして何よりも MIDI 対応。 高度に発展したポリシンセとなったため、フロントパネルから物理操作子はほとんど消え、代わりにデジタルなボタンと汎用バリューダイアルのみによる UI となった。7セグの LED が並んで文字表示もできたところも、デジタル時計っぽい未来感覚。
同じ年の年末には、コルグ DW-6000、翌年 1985 年9月には DW-8000 が発売されている。そしてそのさらに翌年…
2.承
1984 KORG DW-6000 1985 KORG DW-8000 1986 KAWAI K3 1986 KAWAI K3m
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カワイKシリーズ初号機、K3 が発売されることになった。これ以降、テスコブランドでの新機種は出なくなったのだが、カワイKシリーズのリアパネルには、製造元としてテスコ株式会社の名が、しばらく残ることになる。
Digital Wave Memory Synthesizer と銘打たれただけのことあり、コルグの DW-8000 を非常に参考にしたと思われる機種で、音源方式をはじめスペックもよく似ている。 61 鍵、ベロシティ・アフタータッチ対応、6音ポリ。2デジタルオシレーター / VCF / VCA というハイブリッド構成。ポリ数が2音少ないほかは DW-8000 と同じ。DW-6000 を見て開発したのかな? 7セグの LED で、プログラム番号、パラメーター番号、そしてバリューを数値表示するレイアウトや、定価 19 万8千円というのも DW-8000 と同じで、DX7より下をいくことで値ごろ感を出そうとしたのだろう。
音源方式も、コルグの DWGS 音源と酷似しており、メーカーがあらかじめアコースティック楽器などの音色を、FFT で分析、逆 FFT こと整数次のサイン波倍音加算合成で近似的に再現し、その結果できた1波のみ波形 ROM に保存。それをループさせたものを、音源波形として使う。
コルグよりもすぐれていた点は、音源波形の数や、ベロシティでオシレーターバランスまで制御できた点など。VCF が、SSM 2240 だったり、LFO に S/H 波があったのも、さりげなく名機。 実際、DW-8000 では 16 あった音源波形が、K3 では、32 と倍になっており、さらに 33 番目の波形として、ユーザーが自作して保存できる波形が1つだけあった。
このユーザーが自作可能な音源波形とは、128 ある倍音から任意の 32 個の倍音を選び、それらをノンリアルタイム演算にて加算合成し、演算結果の波形を保存し、1波ループさせて使うのである。
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たった1つとはいえ、ユーザーが自作可能な音源波形。しかも加算合成。
ここに、のちのちの K5000 にまでいたる、Kシリーズの始原をかいまみれる。すなわちコルグ DWGS 音源を拡張するところから始めることで、カワイは森羅万象を再現するサイン波倍音加算合成の可能性を見出したのだ。
さらにそれは、うがって見れば、いにしえのテスコギター Spectrum5 にあったレインボーカラーのスイッチ群でもって、おびただしい数のピックアップを操作して音創りするという発想が、そのままテスコだましいとなってシンセに搭載されたとも解釈できる。倍音加算合成ならぬ、ピックアップ加算合成!
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こののちのコルグが、DSS-1 で 128 倍音加算合成まで実現しておきながら、そのあとの M1 以降にてシンセサイズをやめ、事実上のプリセットサンプラーとなって、音色ライブラリーを膨大に出すことで、音創りよりも音選びの道を爆走することになることを思えば、K3 で実現したたった1つの自作可能音源波形とは、テスコの頑固で堅気な DNA の発露、発現であったのかもしれない。
ただ、カワイというお上品な坊ちゃん嬢ちゃんなブランドのせいなのか、妙にセンスがいけてないところも。 例えばホイールがピッチベンド用に一個しかないのは、いくらアフタータッチが使えるとはいえ、さすがにコストダウンするにもほどがある。EG も、コルグが一足先に ADSSR というセカンドディケイが可能なものを搭載していたのに対し、カワイは相変わらず ADSR のまま。そしてデザインがなんだかいなたい家具っぽいような気がするのは、気のせいか。
だが翌年、カワイのシンセは大変貌を遂げる。
1987 Roland D-50 1987 KAWAI K5 1987 KAWAI K5m
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ローランドから風雲児 D-50 が出たのと同時に、カワイから出てきたモンスターシンセ。 怒濤のサイン波倍音加算合成シンセシス、しかもいきなりのフラッグシップ機種、フルデジタル 16 音ポリ。 23 万5千円というのは、ほぼ D-50 同じ。 61 鍵か、2Uラックサイズの音源モジュールかが、選べた。
型番からもうかがえるように、K5 は K5000 の原型となったモデル。K5000 が最大6ソース構成だったのに対し、K5 は2ソース。それでも各々 63 倍音、2つ合わせれば 127 倍音まで加算できた。K5000 では、全倍音が各々個別の音量 EG を持っていたが、K5 では4基の音量 EG に集約されるも、それでも EG は6ステージあった。 そのあとは、デジタルのレゾナント・ローパスフィルターと、デジタルアンプとを通るのだが、ここでもフィルター EG は6ステージ、アンプ EG は7ステージもあり、ダブルピークはもちろん、リリース後にピークを持つことも可能。
この音源方式は、最初 ARTS:Additive Real Time Synthesis 音源と呼ばれたが、商標にでも引っかかったのか、のちに ADD:Additive Digital Dynamics 音源と名を変えてきた。
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時代に先駆けて 16 パートマルチ音源であり、同じくシンセとしてはほぼ初めてグラフィック LCD を搭載しており、じつは名機なのだが、早くもパラメーターの海に溺れてしまってエディットがたいへんなこともあり、あまり知られていない。
なによりもタイミングが良くなかった。話題はすべて D-50 がかっさらっていったのであり、誰もがその史上初 PCM ベースのサウンドに魅了されていたのである。
だが、この PCM にいち早くカワイは気づいたらしく、即座に行動を起こしたところが、FM 変調にこだわりすぎたヤマハよりも柔軟でえらいところ。その結果は一年後にあらわれる。
1988 KORG M1 1988 Roland D-10 1988 Roland D-20 1988 Roland D-110 1988 KAWAI K1 1988 KAWAI K1m 1988 KAWAI K1r
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カワイが真に業界で旋風を巻き起こすのは、ここからである。
誰もがコルグの起死回生満塁ホームラン M1 に目を奪われていた時、その足元をすくったのが、カワイ K1 であった。M1 の 24 万8千円というプライスタグが高すぎて嘆く少年少女たちにとって、12 万8千円でローランド D-10 が救いの神になるはずが、どうやらカワイもいいらしい、となったのである。 それもそのはず、なんせ、9万9千8百円で、61 鍵ベロシティ・アフタータッチ対応、16 音ポリのフルデジタルシンセが手に入るなんて、コスパ良すぎて前代未聞だったのだ。
K1 では、あらかじめ倍音加算合成によって生成し波形 ROM にたくわえたデジタル波形を VM :Variable Memory 波と呼び、これと PCM 波形とを最大4ソースまで重ね、さらにソース間 AM 変調まで可能とすることで、1パッチをつくる。これは VM:Variable Memory 音源と銘打たれ、シンセ波形と PCM 波形とを組み合わせて部分音合成する D-50 すなわち LA 音源のエッセンスを凝縮したテクノロジーであった。
倍音合成は、素で取り組むにはパラメーターが膨大で音創りも大変。ならば、倍音合成によって生成されたおいしい波形を満載し、PCM 波形と組みあわせれば、リアルな音色からシンセならではの表現まで、簡単かつ自在にできる。 しかもフィルターを使わず、ひたすら加算合成するだけでできる。
これは目からうろこで、逆にフィルターを持たないことからレゾナンス・スィープなどを再現するのも難しいなどあったものの、見切りが早く、多彩な音を簡単につくることができた。 おまけに K1 の鍵盤は、この安価な価格帯では初めてのおもりつきであり、タッチもよく、さすがピアノメーカーという貫禄もあった。
K5 という、なんだかよくわからないけど凄そうなステータスシンボルみたいなプロ仕様シンセがでたあと、こんなにフレンドリーでコスパ最高なシンセが出てきたら、気にならないはずがない。多くのキミやボクたちが、あのジョイスティックをうにょうにょさせ、どんな音色変化をもたらすのか興味津々で取りついたのである。
同じ年、シンセではないが KAWAI から単体シーケンサーの名機となる Q-80 も出ている。
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Q-80 は、ヤマハ QX5を研究したと思われる機種で、モチーフと呼ばれる仮想トラックを 100 まで記憶できた点が、QX5のマクロトラックと同じである。しかし QX5より凌駕する点が多々あり、32 トラック構成、グルーヴを残すアクティヴクォンタイズ、ジョグダイアルとメニューマトリクスによる操作性、そして 3.5inch 2DD 対応の FDD などなど追加されつつも、ろっきゅっぱしかしなかった。
ヤマハも同じ思いでいたようで、QX5FD という後継機種を後追いで出しているが、やや値段が上がってしまっている。
1989 KAWAI K4 1989 KAWAI K4r 1989 KAWAI XD-5 1989 KAWAI K1II 1989 KAWAI K1rII 1989 YAMAHA SY77 1989 CASIO VZ-8M
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カワイシンセの黄金時代。
K4 は、K1 にデジタルのレゾナント・ローパスフィルターと、マルチエフェクトとをつけたような中堅価格帯機種で、懸案だったスィープ音もばっちし。16bit で音も良く、D-50 のみならず M1 のおいしいとこどりまでをも実現し、なおかつ M1 にはなかったレゾナンスも実現、プロの仕様と音色とを安価で魅せてくれるような、楽しいデジタルシンセであった。 倍音合成による音源波形は、DC:Digital-Cyclic 波と名を変え、4ソースの各々にフィルターもついたことで、音源方式も Digital Multi Spectrum 音源という名になった。 お値段 14 万9千円。同価格帯のどの競合他社よりもすぐれたシンセが、カワイから登場したのである。
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聖飢魔II  のライヴでは、サポートメンバーのキーボーディストがウルトラ警備隊の格好をして、K4 を弾いていた。アルバム「Outer Mission」のころであり、バブル期だったこともあって、世の中、多彩なデジタルシンセ音がもてはやされた時代。K4 もプロにも認められ、実際、音が良かったのである。
K1 もリバーブとディレイがつき、ドラムキットも搭載することで K1II となり、K4 / K1 のラインナップは、すっかり新興勢力として人気であった。
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XD-5 とは、K4r を応用した高音質のパーカッション音源モジュールで、AM 変調などもできることから、かなり変態なリズム音色も出せる異色の音源。カワイアメリカが企画したという。
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さらに K5 のころから、カワイは他にもさまざまな MIDI 機器を出しており、そのラインナップが完成するのが、この 80 年代の終りごろである。 そこには、がっちりしたタッチのアコピ鍵盤ノウハウをがっつり組み込んできた MIDI マスターキーボード M-8000、前述の単体シーケンサーの名機 Q-80、腕っぷしの強いドラマーが叩いたような音がしたリズムマシン R-100、R-50 シリーズ、単体エフェクト RV-4、ミキサー、なんと MIDI ミキサー MM-16、などなど、すぐれた周辺機器がさまざまに出ており、しかもどれも比較的良心的なお値段。 そんな、お求めやすいカワイだけでなんでもできてしまうという、シンセヲタや宅録ヲタ、バンドマンにとって夢のような時代になったのであった。
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同じ年、ヤマハは V80FD を水面下でやめて SY77 に慌てて切り替えており、カシオからは VZ-8M を最後にシンセがぱったり出なくなった。V80FD は基本的には FM 変調のみ可能、SY77 は PCM もカップリングさせた複合音源、VZ-8M も位相変調である iPD 音源。 これら落日の変調方式シンセを尻目に、カワイ、コルグ、ローランドから PCM 音源が勃興してきたのである。 その勝ち組たる新興勢力の勢いでもって、このころ、カワイは K4 をそのまま 88 鍵シンセにした K4000 という頂上機種を、フェアなどで参考出品している。名高い MIDI マスターキーボード M-8000 の鍵盤を流用したのかもしれない。
さて、私の記憶では、K4 のリアパネルには、製造元としてテスコ株式会社の名が明記されていた。だが、どうやらこのころに、テスコは、同じくカワイ傘下のデジピメーカー、メルヘン楽器に吸収されたらしい。
そこから、徐々に雲行きが変わってくる。
3.転
1990 KAWAI Spectra KC10 1990 KAWAI XS-1
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Spectra は、ライ��向けにフットワークを軽くすべく軽量スリムにしたキーボードであり、XS-1 はハーフラックサイズの DTM 音源モジュールであった。いずれも K4 の音源部をカットダウンして内蔵しており、16bit による音の良さをアピールしていた。 Spectra そのままに内蔵音源を省き、白く塗装しなおした MIDI キーボードコントローラー MIDI Key というのもあった。下の DTM セットにあるとおり。
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ローランドが DTP になぞらえ DTM という言葉を発明し、その第1号としてパッケージ製品「ミュージくん」を発売したのは、すでにこの2年前の 88 年のこと。
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このあと「ミュージくん」は「ミュージ郎」と名を変え、急速に DTM 業界の雄となって台頭してゆく。
そして 90 年代に入って、カワイもまた後を追って、DTM 業界へと舵を切ったのであった。
1991 YAMAHA SY99 1991 KORG 01/W 1991 Roland JD-800 1991 Roland SC-55 “Sound Canvas” GS 音源モジュール 1991 Roland SB-55 “Sound Brush” SMF Player
ワークステーションシンセが大流行となり、シーケンサーを持たないのに30万円もした JD-800 は、評価こそ高かったものの実際にはまるで売れなかった。以来 XP-80 が出るまでのしばらくの間、ローランドには高額機種を出すのにためらいがあったという。
同時に PC ベースのワークステーションともいうべき DTM 業界に、新風 SC-55 “Sound Canvas” が登場。音色配列を統一させる GS フォーマットを提唱し、GM 規格の制定につながった。
この当時、ローランドの高価格帯のシンセが好評だったにもかかわらず売れず、一方、同社が DTM の盟主となって成功したことは、その後のカワイの方向性を考える上で、きわめて暗示的である。
そしてこの年、カワイからは新機種が出なかった。 出なかっただけなのか、出せなかったのか、お蔵入りしたまぼろしの機種でもあったのか。 メルヘン楽器への移行で、ばたばたしたのか、ドタバタあったのか。
とにかく、メルヘン楽器が開発製造するようになって、同社がそれまで手がけてきた家庭用デジピ市場を意識するようになったのか、教育市場とも親和性が高いと思われる DTM へと、カワイも全面的にシフトチェンジしたのである。
1992 KAWAI XS-2 GMega 1993 KAWAI GMega をもとにした DTM パッケージ Sound Palette 1993 KAWAI K11 1993 KAWAI Spectra KC20
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GMega(ジーメガ)は、ハーフラックサイズの GM 音源モジュールで、定価 69,000 円���ちょうど SC-55 の好敵手ながら、GMega は 32 パートも使えて有利であった。また、GM というと、とかく箱庭的で音はチープという先入観がはびこっているが、GMega は音が良い。はっきり言って当時のサウンドキャンバスよりも、音が良かった。GM に引っかけたネーミングも、今なら GGiga と言っていいくらいの、パフォーマンスだったのではないか。
これを中核に、カワイは独自の DTM パッケージ「Sound Palette 」を繰り出した。
K11 は、K1II を GM 音源にしたもの。音源方式は K4 から持ってきた上でフィルターをシリパラ可変できるようにしている。 KC20 Spectra も、KC10 を GM 音源化したものである。 どちらも DTM 向けキーボードというキャラが前面に出ていた。
かくしてカワイは、加速度的に GM と DTM へと傾斜してゆくかに見えた。
1993 Roland JV-1000 1994 YAMHA W5
この ’94 年からしばらく、カワイからはなんら新製品が出なくなる。
カワイだけでなく、このころ、押し寄せる GM 音源化と SMF の普及により、各社ともに DTM 以外では方向性を見失っていた。唯一成功していたのは、ワークステーションシンセの本家を称するコルグだけであった。 その一方、どんどん隆盛する DTM 業界では、ヤマハとローランドによる熾烈な一騎打ちが続いていたのである。
時代はパソコンであり、単体シンセはもう未来がないのか。音源方式も PCM まで来て出尽くした感があり、あとはひたすら大容量高精細になるばかり。そんなふうに見えた。インターネットが大々的に普及するのは、この翌年の Windows 95 からだが、すでにその片鱗も見えており、まさにパソコンの時代になりつつあった。
ローランドが、GS フォーマット音源のみ積んだワークステーションシンセ JW-50 を出して失敗したのも、売れ筋のワークステーションシンセ市場に GS / GM を広め、売れ筋の GM 音源 DTM とを掛け算したかったあまり、そんな時代を読み違えたからであろう。
KAWAI というブランドは楽器メーカーとしては正統派だが、アコースティックのイメージが強く、電子楽器と言ってもドリマトーンなどホームユースのものばかりであり、シリアスな電子楽器メーカーとしては異色なイメージもある。 とはいえ、そもそも 80 年代にシーケンシャルのデイヴおじさんとともに MIDI 規格を制定したとき、カワイもメンバーの一員だったのであり、その点ではカシオとは違う。
その歴史ある保守と革新の混沌ゆえに、ホームユースや教育市場を考えて、真面目に GM 音源へ傾斜したのであろうか?
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GMega  は、GM 音源の中では音が良かった、と書いた。 GM 規格の趣旨を考えれば、機種ごとに差異があるのは、いかんのであり、失敗である。原理主義的に厳密たらんとするならば、いつどこでだれがどんな機種を使おうと同じ再現性が担保されなければならない。共通規格とは、没個性化である。
しかし、そこまで規定しないルーズな規格だったからこそ、各社は自由に個性やキャラある GM 機種を出せた。この機種で鳴らすと元気な迫力ある音楽になる、あの機種で鳴らすとやさしい音色で再生されてなごむ、などなど。 その使い分けを極めるのも、楽しかったはず。
つまり GM には、解釈の違いという、音創りとは違った表現があるのだった。意図したのか、はからずもできたのかはさておき、それは GM 世界における方言であり、方言による豊かな多様性ある表現、と言ってもいい。
もっと言えば、GM も MIDI も、規格というよりプラットフォームであった。それらの根底には「このルールで縛る」ではなく「この上でみんな好き勝手に遊びなはれ」というスタンスがあり、誰にも独占されない規格という、およそたぐいまれな規格であり、成り立ちからしてフリーダムであった。 MIDI 規格制定に尽力したことでグラミー賞をもらったデイヴおじさんと梯氏は「まぁパテントにしてたら大儲けできたかもしれないが、そんなことしたらむしろ誰にも使ってもらえず、MIDI は広まらなかっただろう」というような主旨で述懐している。
GM や、そもそも MIDI は、知的財産権とは無縁、誰にも独占されないオープンな規格であり、それはこんにちのシェア文化のはしりでもあった。だからこそ GM も MIDI も、規格というよりプラットフォームに徹した存在なのであった。
MIDI はシェア文化!
だが、音は良かったカワイの GM 音源だが、DTM では先行するローランドが強く、先手必勝の市場原理によって店頭を Sound Canvas シリーズが埋め尽くし、コルグなどは DTM  業界では無名すぎて相手にされず、カワイも苦戦することになる。 なんせローランドは、この十年くらい前から、それこそ MIDI 以前のヴィンテアナログの時代から、コンピューターミュージックに特化したマルチ音源を、CV / Gate で駆動しながらでも営々と出し続けていたのである。
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ましてや MIDI 時代になってからのローランドは、MIDI の可能性をいちばん知っていたわけで;
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結果、DTM という言葉の生みの親になるくらい、もはやド定番なのであった。
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これに対抗できた後追い機種は、楽器メーカーとして押しも押されぬ知名度のヤマハが送り出した「Hello Music」だけであった。
その一方で、GM 音源の鍵盤機種を、ごりごりな音創りシンセとして売ろうにも、GM 自体がよくもあしくもオールラウンドな箱庭宇宙な音色世界だったので、パラメーターも少なく、ごりごりの一芸に秀でたような音創りシンセには向かなかった。
互換性を重視すればするほど、個性が消える。それがプラットフォームというもの。
やがて、そのプラットフォーム上で、ふたたびの個性派を送り出そうという動きが始まる。
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1995 KORG TRINITY 1995 KORG prophecy 1995 Roland XP-50 1995 Roland XP-10 1996 Roland XP-80 1996 KAWAI K5000S  16 万8千円;素のシンセ 1996 KAWAI K5000W  21 万8千円;ワークステーションシンセ 1997 KAWAI K5000R 12 万5千円;ほぼ K5000S の2Uラックマウント音源モジュール版
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本稿で取りあげた K5000W とは、カワイ初のワークステーションシンセである。しかも K5000 シリーズの中で唯一の GM 対応機でもあった。そして、かの K5 以来のフラッグシップでもある。 これらが指し示す意味は、何か?
サイン波倍音加算合成の特徴として、和音を弾いても音があまり濁らないというのがある。さらにカワイは 「写実派 PCM 音源の時代に終止符を打つ、  印象派『アドバンスト・アディティブ』音源搭載。」 というキャッチコピーでもって、売り込んでいる。
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この言葉は、もともとはローランドが TR-808、そして D-50 をはじめとする LA 音源、これらを開発するときに考え出したコンセプト。
すなわち、リアルよりもアイディアル、real よりも ideal、写実ではなく理想の音、自由度が限られているサンプラーよりも、自由自在に音をエディットできるシンセサイザーに期待を込めた、その故事そのものである。
ロジャー・リンがすでにサンプリングによるドラムマシン LM-1 を出したのにもかかわらず、ローランドが後出しジャンケンにフルアナログの TR-808 を開発したのは、当時のサンプル波形メモリーが高価であったためだけではなく、そもそもサンプリングして終わりというのではダメで、自由に音創りできるドラムシンセをつくりたかったからだという。 ドラムマシンではなく、ドラムシンセ。 808 ベードラのディケイ・ノブは、コストダウンの名のもとに消えそうになったシンセたるアイデンティティの最後の砦であった。ちいさな、ひよわな砦だったそのディケイ・ノブを、よもや後世のアーティストたちが、まさにベースシンセとして使い、かくしてベースミュージックというジャンルまでをも創出することになろうとは。
LA 音源も同じで、PCM 波形を使うわりにストラクチャーなど複雑な仕組みになっているのは、やはり自由度を高くもつことで、柔軟な音創りを可能にするためであった。 よって、のちの D-70 や JV-80 以降の単純な PCM 音源だと、リアルな音は作りやすいが、シンセならではの音色はなかなか生み出しにくい。リアルな音への需要は大きいので、PCM 音源が主流になるのは時代の必然ではあるが、いやしくもシンセメーカーを名乗るなら、傍系でもいいから LA 音源も残しておいてほしかった。
無論、せっかくがんばって冒険した JD-800 が売れなかったがゆえの、恐怖心があったこととは思う。よって JV シリーズという安全パイな中堅機種シリーズへ傾斜したであろうことは、想像にかたくない。 だがそれでも競合のコルグは、PCM サンプルプレイバッカーの代名詞ともなる M1 で圧倒的勝利をおさめながらも、WaveStation という、売れなかったが音創りにこだわったシンセも出した。それも初代無印、A/D、EX、SR と代を重ね、しばし間を開けてから prophecy、Z1 へと、ストイックに音創りの夢を追い続けている。ワークステーションシンセで当てまくっていたという安心感があったからこそとはいえ、かりそめにもシンセメーカー、やはり技術的にシンボルはたいせつ。 だか���こそ、ローランドが LA を捨てて PCM のみに走ってしまったのは、売れたであろうが残念である。
シンセは、リアルな音を出すものではなく、理想の音をつくり出すためのもの。 そのために、写実派のサンプリングではなく、印象派のごとく本質を捕まえつつ自由度が高いシンセサイズの道を選ぶ。それがシンセメーカーとしての矜持のはずであった
そして、カワイ K5000 シリーズもまた、そのために原点に立ち返り、倍音加算合成によって森羅万象を、写実派 PCM ではなく印象派の AA 音源で実現しようとしたのであろう。
最初はコルグ DWGS 音源のまねをするところから始まった音源方式も、やがてコルグやローランドの正統派な後継者を、もくろむようになり、しかも LA 音源よりは単純化されたカタチで、その代わり壮絶に愚直なパラメーター暴風雨で。 そのための、シンセ独立宣言、リアルさばかりを求める旧弊と束縛からのシンセ自由共和国独立宣言、それが前述のキャッチなのだ。
残念だが、これを、たましいをこめて説明できる営業は、未だ、いないであろう。
そして、内蔵シーケンサーにあった APG 機能。
ドリマトーンなどの電子オルガンのリソースでもって、ワークステーションシンセに新機軸をもたらそうとしたのであろう。それはまるで、自動運転するクルマのプロトタイプのようでもあり、このあと実に5年後に出てきたコルグ KARMA と、アプローチは違うも、目指すところはかなり近い。
そして、ユーザー独自のスタイルデータを読み込めば、永遠にあたらしいジャンルの楽曲を、しかも効率的に量産できる。 かつて K3 が、アコースティック楽器に由来する多くの音源波形の中で、1つだけユーザーに開放し、自由に自作できるようにしたように、K5000W では、おびただしい数の既存ジャンルに由来するスタイルの中で、2つだけユーザーに開放し、ユーザーが自作・入手したスタイルデータを読み込めるようにした。 あたらしいジャンルを切り拓き、それに永遠に対応しつづけ、永遠にあたらしい楽曲を、しかも機械に補助してもらいながら生み出し続ける、原始的な AI 作曲支援ツールすら将来への展望にいれた存在、次世代ワークステーションシンセ、それが K5000W のはずだった。
K5000 シリーズは、Ver.3.0 からエディターソフト emagic SoundDiver を一緒にくっつけて出荷されるようになった。なだれをうって攻め込んでくるかのような膨大なパラメーターを制するには、やはりエディターは便利。
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だがそれがアダになって、本体だけではエディットできないシンセであるかのごとく、誤解された向きもあるやもしれない。
この当時、ローランドの XP-80 / 60 / 50 / 30 / 10 は非常によく売れていた。業界で唯一 64 音ポリもあり、しかもエクスパンション・ボードによるライブラリービジネスが成功したためである。コルグにいたっては、渾身の自信作 TRINITY が海外で XP シリーズに敗北したためショックを受けたという。
カワイ K5000 系は、最高のコスパながら 32 音ポリ。APG など意欲的かつ GM のような互換性も重視しながら、スタイルデータを必要としたり、コード認識機能があったりするため、欧米ではアレンジャーキーボードと混同される向きもあったらしい。そこはのちの KARMA と似ている。
孤高のシンセ、孤高のワークステーション。
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だが、最大の敗因は、そもそも営業がもはや売る気がなかったためなのかもしれない。この当時のカワイは経営不振が続いており、株価も百円くらいにまで落ち込み、まるでモチベーションがあがらなかったという。日経新聞をひらくと、株価のページにてローランド、ヤマハ、カワイが並んでいて、いっつも公開処刑であった。 もはやいいものをつくるだけでは、売れる時代ではない。商品力は必須だが、最後はやはり、人ですよ。
1998 KAWAI MP9000 1998 KAWAI K5000S  16 万8千円 → 14 万8千円 1998 KAWAI K5000W  21 万8千円 → 17 万8千円 1998 KAWAI K5000R 12 万5千円 → 11 万5千円
K5000 シリーズ用に、Ver. 4.0 Power Sounds がリリース。
K5000 の売れ残った在庫一掃のためなのか?
新しい音色を追加に追加を重ね、最後は値下げまで行い、キーマガに「こんなにワークステーションが安くていいんですか? いいんです!」と、当時の人気テレビ報道番組ニュースステーションでのセリフまで借りた広告を打ち、安売りキャンペーンでもって、K5000 シリーズは華々しく終わった。翌年の夏までには、在庫がなくなっていたらしい。
MP9000 は、デジタルのステージピアノである。 K5000 Ver. 4.0 と安売りが始まった年の十月、アコピと同じ、長ーいハンマーアクション鍵盤を採用したデジタル・ステージピアノとして発売。非常にピアノライクな鍵盤タッチで、評判となった機種。
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そして、やっぱこっちのほうが売れる!となったのかもしれない。その後、MP シリーズは脈々と続き、今も MP11SE、MP7SE、超贅沢なソフトピアノ音源用 USB コントローラー VPC1 に引き継がれている。
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1999 Shigeru Kawai Piano
グランドピアノである。それもアコースティックの。最高峰の。 当時の河合滋社長が「期は熟した」と言って開発させたという。 これ以降、同社はピアノに専念。アコースティックもデジタルも、ともにピアノにフォーカスしている。
写実から印象派へ、という河合シンセの実験は、ここに終わる。 印象派から写実へ、という河合デジピへと回帰するのである。
いかに既存楽器の束縛から自由たりえるか、という河合シンセの実験はここに終わる。そして、いかに既存のアコピに似ているか、という逆のベクトルへ向かうことになる。電子テクノロジーを、既存楽器の模倣へと使う。たしかにユーザー層はシンセよりも遥かに多いであろう。 つまりそれは、発散から収斂へという、180 度の方向転換であった。
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真面目すぎたかスピンナウトした因縁の意地の張り合いか ’90 年代までの一時期ヤマハと訴訟合戦し、株価百円どん底だったが、訴訟合戦は双方が取りやめて妥協、今や中国でヤノピ売上うはうは、株価は 4,000 円近く、ショパコンのファイナルで使われるグランドもカワイである。
4.結
ゼロ年代、Virsyn というソフトウェア・メーカーからサイン波倍音加算合成によるソフトシンセ「CUBE」が出たが、そのとき欧米人のスタッフが、でっかいパソコン画面での精緻なグラフィック表示を操作してみせつつ、 「これで加算合成もやりたい放題さ。カワイの、ケイ・ファイヴサウザンドなんて、ナイトメアだったろう?」 と、にたーっと笑っていた。
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たしかに、倍音加算合成というものは、パラメーターが多すぎて、ソフトシンセでグラフィカルに表示させたほうが音創りしやすい。K5000 にも、途中からエディターソフトがついてくるようになったし。
それでもなお、K5000 がめざしたもの。
K3 にて、コルグ DW-8000 から倍音加算合成を学んだ上で、ユーザー自作波形も実現。 K1 にて、ローランド D-50 から PCM とシンセ音とを組み合わせた部分音合成を学んだ上で、画期的なコストダウンを実現。 K4 にて、コルグ M1 から PCM 波形をデジタルフィルターを通すことを学んだ上で、レゾナンスも実現。 K5000 にて、再びのローランド D-50 から、写実を捨て印象派による奔放なシンセサイズを学んだ上で、格段に大きな自由度を実現。
モノマネだけではない、そこには他社が一歩およばず捨ててしまった道を、さらに突き進む求導師の姿があった。
K5000 がめざしたもの、それはリアルさばかり求める既存の楽器に囚われた偏狭なる楽器業界への、カウンターであった。ヤマハもコルグもローランドも、けっきょくは PCM 音源のみに走ってしまった中、シンセはそんなことでいいのか、今一度、写実派ではなく印象派こそが、シンセの本分、本質、本懐、リアルよりも理想の音色、それこそがシンセがめざすものであり、そもそもシンセが生まれた理由ではなかったか、そう異議申し立てしたのが、カワイであり、その反撃こそが K5000 であった。
その問いは、永遠にあたらしい!
さらに、K5000「W」
APG という、自動作曲の曙光を見せた内蔵シーケンサー。それは DAW に比肩する多トラックと編集機能とを装備し、なおかつさらにその先を、進化の先には AI がいることを見据えた設計思想であった。ユーザースタイルでもって、永遠にあたらしいジャンルの曲が制作できることは、すなわち、微小規模ながら機械学習のあけぼのとも言えなくはない。
K3 では、あたらしい音源波形を自作できた。そこから、ちょうど十年。 K5000W では、あたらしい楽曲を量産できるようになった。歴史は繰り返すとは、言わば時間軸上のフラクタル。時間軸上の構造。
そして楽曲もまた構造であり、構造を具現化するのが K5000W 内蔵シーケンサーであり、APG であり、それを側面支援するのが、河合楽器ならではの高精細な GM 音色であった。GM は音作りのためではなく、曲作りのために生まれたプラットフォームなのだから、音楽制作には、うってつけ。
印象派の音源方式と、逆にリアルな GM バンク、そしてそれらを演出してオリジナルな楽曲を量産する原始的な AI みたいな機能、それを搭載した大規模シーケンサー。そこから生まれたであろう、あまたの曲。
写実よりも印象派をめざしたのが K5000 なら、K5000W は、それに立脚して機械化作曲をめざした孤高のワークステーションシンセであった。 とらわれない独創的な音楽制作を夢見たエンジニアが、K5000W を生み出したことであろう。音楽とは何か。構造とは何か。制作とは何か。
その問いもまた、永遠にあたらしい!
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今ひとつブレイクしきれず、本流にはなれなかったものの、根強いファンがいるカワイのKシリーズは、その点でもテスコのビザールなギターと、ちょっと立ち位置が似ているのかもしれない。 テスコのたましい、いつまでも。個性的な音色をもとめたピックアップ加算合成が、個性的なシンセシスの源流なのだろうか、と、夢想することは楽しいものである。そして先進的な、AI 的な楽曲制作機能は、メルヘン楽器ならではの底力だったのかもしれない。
なお、76 鍵の K5000X という、まぼろしの機種もあったという。
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謝辞; 「カワイKシリーズ、特に K5000 について書いてください」と、ご要望してくださった「お座敷テクノ @ozashikitechno」さん。 氏は、私に初めて「この機種について書いてほしい」という、リクエストをくださった人。在野の学者ライター冥利に尽きます。
GM 音源に関する知見をもたらしてくださった「みんみさん @Shion_Type」さん。氏の含蓄がなければ、GM 音源は私にとって音創りしてもつまらん音源で終わってたころでしょう。
そもそも K5000W を貸してくださった地球を眺望する親愛なる同僚 KN。 なお、私が撮影した以外の写真は、すべて引用です。
Copyright (C) 2020 by NemoSynth a.k.a Nemo-Kuramaguchi All Rights Reserved
Revision log; Preliminary edition posted on Jan 5th, 2020 Full first edition on Feb 18th, 2020 Q-80 Sequencer added on Mar 7th, 2020. 
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