妹のたま
「ね、ねぇ、お兄ちゃん」
と沙季はおずおずと訪ねてくる。
「ほんとうにこれだけ、これだけなの?」
と片方の手で俺のモノを握って、もう片方の手にある紙コップの中を覗いている。小さいとは言え、半分弱は溜まっているのだから男としては相当多いであろう。
「そうだけど、……おい、何笑ってるんだよ」
「いや、だって、こんだけしか出ないのにいつも威張ってたんだなーって」
くすくすと笑いながら沙季は俺の体から離れて、今一度紙コップを覗き込んだ。もうおかしくってたまらないと言ったとりなりである。
「こんだけって、……どういう意味だよ。多いほうだろ。おい、いい加減笑うのやめろ」
だが沙季は笑うのを止めなかった。「多いほうだろって、これで多いって、……あはははっ」と馬鹿にしたような笑いが俺の耳に鳴り響き続けた。
どうしてこうなったのか、それはだいたい一時間前に遡る。きっかけはしごくしょうもない。俺が普段からあまりにもデカイデカイと自慢するものだから、とうとう我慢できなくなったあいつが「それなら勝負しようよ! 私だって大きくなったんだから!」と勝負をもちかけて、俺はそれに乗った、それだけの話である。
それでどうして紙コップの中に出したのかと言えば、俺の自慢はアレの大きさだけではなくて、精液の量も相当多いからである。よく彼女の顔を白く染め上げた写真をあいつに見せて、俺は量も多いからな、顔に出すとこうなるんだよ。と言っていたから気になったのであろう。気がつけばいそいそと紙コップを準備していた。
「何個要る? 5個くらい?」
「一個でいいよ。一回出して終わりだろ?」
もちろん数回出せれば紙コップ一個くらい満たせるとは思っていたけれど、実の妹の手前でそう何回も出せるわけがないから、俺は一個だけ紙コップを取った。すると、
「へっ? それだけ? それだけで足りる? お兄ちゃんたくさん出るんだよね??」
「何言ってんだ、さすがにそう何個もは出ねーよ。一個で十分だ」
「……、そう。お兄ちゃんがそう言うなら別にいいけど、でも一応予備として何個か出しておくね」
思えばその時一瞬だけ「くすっ」と笑われたような気がしたが、たぶん気のせいでは無かったんだろう。まだ笑いこけている沙季を見ているとそう感じる。
言い忘れていたが、どうしてあいつが女なのに「男のモノ」で勝負できるのか、それは「ついて」いるからなのである。生まれた時に「この子はふたなりですから、きちんとケアしてあげてくださいね、特にお兄さんは年も近いですから彼女のことをちゃんと見守ってあげてね」と言われて何言ってるんだろうと信じられなかったが、本当に沙季には「ついて」いた。とは言え、そんなことを言われながらも、今ではある意味男友達のように接しているのであるが、しかしふたなりの妹とどう接するのが一番なのであろうか。沙季ももう女子高校生なのだから、もう少しデリケートに扱ってあげないといけないかもしれない。
成り行きとしては、まず俺が下半身を露出してコップに出した後、沙季も同じことをする、という算段に自然になっていた。が、勢いで初めてしまったせいか、俺のモノはすっかり冷え切ったままで、とてもじゃないが絶頂まで至れそうに無かった。いや、そもそも殺風景な男の部屋で、何もおかずが無いのに「出せ」と言う方がおかしい。
「なぁ、やっぱり止めないか? 別に勝負する必要なんて、――」
「怖気づいたの? まっさか~、あのお兄ちゃんが妹との勝負を裸足で逃げ出す訳ないよねー」
「じゃなくて、何の気分も雰囲気も無いのに、出せるわけないだろ」
「あ! そういう、……」
ぽん! と手を叩いた、沙季は紙コップを一つ手に取ると、こっちに向かってくる。
「あん?」
「私がいるじゃん。お兄ちゃんは私じゃだめ?」
眼の前に立ったあいつは潤んだ瞳で見つめてきていた。一体どこでそういうことを身に着けて来たのか、流石にグッと��るものがある。
「いや、駄目っていうか、俺はお前の兄で、お前は俺の妹じゃん」
「あっ、そう。だから?」
「だからって、……俺たちは兄妹なんだから」
「うるさい。こっちはいっつも彼女さんとの惚気を聞かされて溜まってんの」
気がつけば俺はあいつに後ろから抱きしめられて、スリスリと股間をこすられていた。
「おいやめ、やめろ」
「んっふっふ。そうは言ってもお兄ちゃんの体は正直だね~。ほら、出てきておいで~」
と無理やり下半身に履いていたものを脱がされる。ブルン! とすっかり勃った俺のモノが沙季の小さな手に包まれる。
「ふーん、これがお兄ちゃんの。……へぇ、……」
沙季は大きさを確かめるためなのか、ニギニギと俺のモノを上から下へ、下から上へ握っていく。
「ほー、なるほど、なるほど、……」
「おい沙季、あとは俺がなんとかするから、ちょっと離れろ」
実のこと言うと、背中に感じる生暖かいあいつの体温と、首筋に感じるあいつの吐息に俺は何故かこの上なく興奮していた。
「いいの? せっかく現役女子高校生がしてあげるって言うのに、無駄にしていいの? お兄ちゃんも久しぶりでしょ。ほらほら、ここは沙季ちゃんのおててに任せちゃいなさい」
そうして、あろうことか俺は実の妹に任せるがまま、あいつの手で逝ってしまったわけなんだが、しかしどうして沙季は俺の出したモノを見て「これだけ」と言っているのであらうか。はっきり言って、あの紙コップに半分弱も貯まるなんて俺の射精量は異常と言っても良いはずである。それを「これだけ」扱いする、ということは並の男性では考えられないほどの精液を出すというのか、それとも見えを張っているのか。後者はありえるとしても、前者はありえないだろう。なんと言ったって、彼女は妹で女なのだから、小さなおちんちんからちょこっと出ただけでも驚きである。まさかこの俺が女に、――しかも実の妹に男の部分で負けるなんて、そんなことはありえない、ありえてはならない。……
「あはははっ、――あー、ごめんお兄ちゃん、……ふふっ、実は予想してたけど、いざ目にすると、……ね?」
「いったいどういうことだよ。予想してた、って。人の出したもの見て普通笑うか?」
「ごめんごめん。――あっ、でももう一回謝っておくね。ごめんなさい、お兄ちゃん」
「は? 意味がわから、――」
「ちょっと向こう向いてて、私も脱ぐから。お兄ちゃんの見てたらやっぱり恥ずかしくなってきちゃった」
本当に恥ずかしがっているのか頬を赤くしていたので、おとなしく背を向けたが依然気持ち悪さは残った。最後にあいつのモノを見た時は、まだ小学生のころだったから、それはそれは可愛らしい子供のおちんちんがついていて、その下にある〝たま〟はミニトマトくらいの大きさだったであろうか、それもまた自分にも付いている器官だとは思えないほど可愛らしいものであった。
「もういいよ~。久しぶりだね、お兄ちゃん」
――振り向くと沙季は下半身を裸にして、両手に腰を当てて立っていた。その股間のあたりには可愛らしいおちんちんが、……何だアレは。
「はっ?」
「んふふふふ、どう? どう? 私のおちんちんも大きくなったでしょ? まだ半勃ちだから、もっと大きくなるけどね」
ビクッと跳ねたその棒状のモノは、確かに半勃ちなのであろう、頭を垂れてはいる。――が、もうすでに俺のモノと同じくらいに大きい。いや、もしかするとあちらの方が大きいかもしれない。……いやいや、それよりも何だアレは。
「さ、沙季、……それは一体、……?」
と指を指した先にはソフトボール大の〝たま〟が二つ、ぶらぶらと重そうに揺れていた。
「そんな不思議がられても、金玉は金玉だけど? お兄ちゃんにもついてるでしょ? ――っていうか女の子にこれの名称を言わせんな!」
「嘘だろ、……そんな大きいのがあるわけ、……」
と駆け寄って見てみると、自分のと比べてずいぶん綺麗ではあるけれども何倍も大きい睾丸が、呼吸をするやうに収斂している。その時一緒に彼女の肉棒も目に入ったのだが、比べるまでもなく勝敗は決しているようだった。
「ほ、本物なのか?」
「な、……失礼な! 本物だって! ちゃんと病院でも見てもらったんだからね!」
「まじか、……お前いつの間に、――」
「そういえば、お兄ちゃんのちゃんと見たことないなぁ、……ちょっと見せてよ。ほら、立って立って」
無意識に膝立ちになっていたらしい、立ち上がって、俺のモノをしげしげと見ている沙季を見下ろした。その姿はやはり色気づき始めた女子高生としか思えず、あんな巨大な〝たま〟と男性器がついているようには見えない。
「ちっちゃくていいな~。私スカートくらいしかもう履けなくて、体育の授業とか、体操服がズボンだから見学するしかないんだよね。……くそ~、お兄ちゃんのくせに可愛いものつけおって」
と、その時、肉棒にひんやりとした指の感覚がした。
「おい、なんで触るんだよ」
「えっ? だって大きさも比べるんでしょ? 大きくしないと比べられないよね?」
「もういいだろ、見せあっただけで俺は十分だ」
「ダメ。男なら負けだと分かってても突っ込まなきゃ。でないとお兄ちゃん本当に女の子になっちゃうよ?」
言い返そうにも沙季の手が気持ちよくて、再び俺は完全に自分のモノを勃たせていた。そしてそれは、再び背筋を伸ばして立ち上がった彼女も同じであった。固くなった雁首の向こう側から巨大な妹の男性器が姿を現す。
「んふふふ~、私の方が背が低いのに、どうしておちんちんの先っぽはお兄ちゃんの方が低いところにあるのかな~?」
向かい合った俺たちの、それぞれのモノはまさに大人と子どもの関係であった。長さも太さも沙季のモノの方がある上に、傘も沙季のモノの方が広く、俺の自慢のブツは沙季の巨大な陰茎に押しつぶされるように、へにゃへにゃとその形を変えていた。
「ごめんね、って言った意味がお分かりになりまして?」
「……」
「あははっ、そんな顔しなくてもいいじゃん。いやぁ、それにしてもすっかり私の方が大きくなっちゃったね~。んっと、よく見えないけど長さは十センチくらい? 太さは倍くらい? いやそんなにないか。でもすごい差が開いちゃったね~、おちんちんに関しては私の方がお兄ちゃんだ」
嬉しくて仕方が無いのか、いつもの倍ほど口が回る。
「あーあ、残念だったなぁ、お兄ちゃん普段あんなに大きい大きいって言ってて、実際昔は本当に大きかったから尊敬してたのに、まさか女の子に男の象徴を追い越されるなんてね。あっ、ごめんね、笑っちゃって。でもあんなに自慢しておいて、ここまで差が出ちゃうと、……ねぇ? 聞いてる? お兄ちゃん?」
――が、その時タイミング悪く、俺はビクン! と自分の粗末なモノを跳ね上げてしまった。性行為と云へば普段は攻めの立場なのに、どういう訳か沙季に負けた事実は、この俺をこの上なく興奮させていた。
「へっ?? なんでお兄ちゃんの硬くなってるの? もしかしてマゾ? えっ、嘘でしょ?」
それでも俺のモノは、沙季のモノで出来た影の中で情けなく跳ねる。
「……、へぇ、……お兄ちゃんって本当はそうだったんだ。粗チンでマゾだなんて、可哀想な男。……ほらいつもの強がりは? 俺は俺のブツで何人もひぃひぃ言わせて来たって、いつも言ってるじゃん。そのお兄ちゃんはどこに行ったの?」
俺は黙ったままだった。本来ならば、こんなこと言われればベッドに押し倒して無理矢理にでも犯すと言うのに、なぜか今は小さな沙季の姿が巨人のやうに見えて足がすくんだ。
「お兄ちゃん」
「……、なんだ」
「おすわり」
はっ? 何を言ってるんだ、俺は犬じゃないぞ。……そう言おうとする時にはすでに正座していた。意味もわからずに前を見ると、沙季の巨大な睾丸があった。見上げると、沙季のヒクつく巨大な陰茎と、その傍らに沙季の恍惚とした表情を浮かべる顔があった。
「さっきは私がしてあげたんだから、次はお兄ちゃんの番ね。……固まってないでさっさと手で扱いて、早く」
咄嗟に出てきた言葉で反抗しようと、……遅かった、俺の手は恐る恐る沙季のモノに伸びたかと思えば、気がつけば両手を使って扱いていた。もう意味が分からない。体が沙季の言葉に頭より早く反応してしまう。ふっくらと膨らんだ亀頭に引っかかりながらも、沙季を気持ちよくさせるために、親指で裏筋を意識しながら上下に扱いていく。
だが、沙季の顔は芳しくなかった。明らかに兄である俺を蔑んできている。……
「ヘタクソ。そんな粗チンばっかり相手にしてたから下手なの? もういいから先っぽだけ攻めて」
言われてすぐ先っぽを撫でた。とろりと流れるガマン汁で手はベトベトだが、それで気持ちよくなってくれるなら気にはならない。
「そうそうそう、お兄ちゃんもたまにはやるじゃん。粗チンでドMなくせに。褒めてあげよう」
と本当に上から頭を撫でてきていたが、俺はそれどころじゃない。さっきから肉棒がビクッと動く度に沙季の〝たま〟がゆさゆさと揺れて、気になって仕方がなかった。
「お兄ちゃんさっきからさぁ、何なの? そんなに私のたまたまが気になるの?」
見上げると怒りというか、こちらが凍りつきそうなほど冷ややかな目で、沙季は俺を見下ろしてきていた。――ゾクゾクする。実の妹に蔑まれることがここまで快感であったとは。
「あっ、いや、ごめ、――」
「ふーん、そうなんだ。粗チンで変態なお兄ちゃんは妹のコンプレックスである、おっきな金玉に欲情するんだ」
「そんなことは、……無い」
「うるさい変態。 ま、でもいいよ。今だけは特別に沙季ちゃんのたまたまに触らせてあげる。でも、――」
とひどく嬉しそうな顔をして、
「もし強く揉んだりしたら、口に突っ込むから」
ゾッとした。およそ三十センチはあろうかと言う沙季のモノを突っ込まれでもしたら、口だけでは済まないだろう。しかもその嬉しそうな顔、いつか本当に実現する���いや、実現させそうな気がする。たまらない。
震えながらガマン汁でベトベトになった手を服で拭いて、沙季の〝たま〟と対峙する。普通の女性が巨乳の人を見る心地はこうなのだろうか、自分の〝たま〟をそっくりそのまま何倍にも大きくさせたような、しかし綺麗な睾丸であるけれども、同じ機能を働く臓器のようには見えない。
先程はソフトボールほどだと思ったが、こうしてマジマジと見てみるともっと大きい気がする。俺のはよくてピンポン玉、沙季のは小さくてソフトボール大、もはやここまで差があると敗北感よりもその神々しさに感動すら覚えてしまう。
両手をその下に入れてすくい上げてみる。――重い。想像よりもずっしりと来る。触り心地はずっと触っていたくなるほどに柔らかく、心地よい。女性の乳房にも似ているが、こっちはもっと淫猥である。
「どう? 重いでしょ? 病院で測ったら二キロもあるんだって。もう大変だよ。歩くのも気をつけないとがに股になっちゃうし、大きすぎるのも考えものだよね~」
「二キロ、……」
果たして俺の睾丸は何グラムであろうか。まさに桁が違う。
「ねっ、それでさ、考えて見てよ。このたまたまで精子が作られるなら、一体どれだけの量が作られるんでしょーか? はい、十秒以内に答えて」
「えっ、えっ?」
「えへへ、もし答えられないと、大変なことになっちゃうかもよ?」
「ちょ、ちょっとまって、……」
百? 二百? 三百ミリリットル? いや、リットル単位かもしれない。……全く分からない。……
「はい、残念。じゃ、そろそろおちんちん扱くの再開して」
大変なこととは何なんだろうか。そのことにビクビクしながら俺は再び沙季の肉棒に手を伸ばした。
「あー、お兄ちゃん、今度彼女さんうちに連れて来るのいつになりそう?」
恐らく妹の睾丸を触ってから十分くらい立った頃合いだろうか、それまで色々と話しかけながら性器を扱かれてきた沙季が不吉なことを聞いてきた。
「どうして、……」
「いや、私のおちんちんを味わわせたくて。どうせお兄ちゃんの粗チンじゃ満足してないでしょ」
「待って、それだけは、……頼むそれだけは、……」
「こう見えても私ってまだ童貞なんよー、それでふたなりの友達がみんな脱童貞しててさー、そろそろ私も卒業しとかないとって思い始めてさ。でも最初だから妥協したくなくて、それならお兄ちゃんを満足させてるあの人ならいいかなーって。そう思っただけ。で、いつ頃になりそう?」
「お願い沙季、それだけは諦めてくれ。あいつとはもっと穏やかな関係を、……」
「あっそ。まぁ、いいや。この話の続きは今度ね。そろそろ出そうだし。んっ、……」
「じゃ、じゃあ、コップを、――」
「いや、コップとかいらないから、どうせ収まりきらないんだしさ。ほら、口開けて」
「はっ?」
「はっ? じゃない。口だよ口。口を開けるだけ。早くお開け?」
もしかしてと思った。さっきの「大変なこと」とはこのことなのであろう。しかし、この巨大な肉棒が口に入るのも、見積もることも出来ない沙季の射精量を思うと、決して口なんて開けられない。顔にかけれても良い、と思いながら彼女の男性器を扱き続ける。
「開けろって言ってんの。早くしろ」
俺はそれでも口を開けなかった。――が、その時突然、後頭部をがっしりと掴まれる。
「お兄ちゃんが悪いんだからね。さっき制限時間内に答えられなかったし、沙季の言うことを無視するから、文句は言わないでね」
と腰を引いたかと思いきや、沙季は俺の口にあの巨大な肉棒を当てて、無理やり突っ込んできた。ガマン汁のエグい味が口中に広がって、何より喉の奥まで侵入してきたソレは俺の気道をも潰しにかかってくるものだから、ただただ苦しい。
俺は彼女の腕をひっつかんで、後頭部を拘束してくる手をどかそうとした。が、あいつの細腕のどこにそんな力があるのか、全くもってびくともせず、次の瞬間には激しく腰を振られていた。
「んんん!!!!ん!!!」
「ん~、お兄ちゃんのお口気持ちいいね。もうそろそろ出るからそのつもりで、……あっ、来た来た!――」
――途端、俺の口の中に、おぞましい勢いで精液が流れ込んでくる。それは射精なんてものじゃない、全開にした蛇口を思わせる沙季の射精はあっという間に俺の口の中を満杯にし、しかし口が肉棒で閉じられて行き場所がないものだから、喉へ入ったものはそのまま食道へ流し込まれ、口腔へ入ったものは鼻腔を通じて鼻から噴水のように出てくる。
俺は苦しくって出せない声で泣き叫んだ。恐らくそれは涙と鼻水で現実に現れていよう。彼女の腕を掴む俺の手に現れていよう。だが沙季はうっとりとした表情を顔に浮かべながら射精し続ける、まるで俺を玩具か何かのように扱いながら。……
「ゲッホ、ゲホ、ゲホ、……」
沙季の射精は俺にとっては一日くらいの長さに感じたが、実際には三十秒ほどであった。俺の顔、――いや、体は沙季の精液にまみれ、腹の中は沙季の精液で満たされている。床に這いつくばって異様な気持ち悪さと苦しさに顔を歪めながら見上げると、沙季は非常に満足そうな顔を、……していない。まだ物足りないと、そう言っているようである。
俺はなんとか息を整えて、体を起こした。沙季が何かを言ってきているようであるが、あまり聞き取れない。――と手が伸びてきた。肩を掴まれた。沙季は口を開いた。こう言った。
「そろそろ第2ラウンド始めよっ」
俺は肩にある手を振りほどこうともがいだけれども、どれだけ力を込めようともやはりびくともせず、骨が軋むほどその手に力を入れられると、もう大人しく妹の言葉に従うしかなかった。
(おわり)
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楽園スタイル
愚かな選択かもしれないが、我々はヘリノックスのチェアを持参した。長いトレイルを歩く上で、少しでも重量を減らしたい時に、この選択に対して違和感を感じる人もいるかもしれないが、普段の暮らしを想像してみるといい。ソファにしてもダイニングチェアにして、あるいはオフィスにある椅子にしても、我々がどれだけ長い時間、椅子の上で過ごしていることか、ということを。つまり座り心地のいい椅子の存在が、厳しいアウトドア・ライフの中で、道具としての価値を発揮するのである。
実際に我々に声を掛けて来た多くのキャンパーやハイカーが、ヘリノックスを絶賛し、手にとって持ち上げ、「いいモノを持って来たな」と言って笑った。
日本を出る時、クレージーチェアとの比較をしてみたが、重量の違いは僅か250グラム。カウアイでのキャンプ以外の使用も想定していたので、最終的にヘリノックスという選択になった。テントはここ数年の相棒であるニーモのタニ。二人が余裕で就寝可能で、総重量はフットプリント���含めても2キロ弱。��袋もニーモのダウン、マットはサーマレストのネオエアだ。燃料に関して言えば、カララウだけを想定すれば、ジェットボイルという選択がベストだと思う。調理の必要性はまったくなく、ひたすら水を沸かすのみである。このような時にもっとも適しているのはジェットボイルである。
だが他のキャンプ・シーンでは本格的な調理もするし、アメリカ滞在中自体、殆どが自炊である。その為に、鍋はMSRのアルパインクッカーを愛用している。ストーブはSOTOのウインドマスターだ。この組み合わせは昨年のアメリカ旅行でも同じだった。確かに重量は増えるが、汎用性の良さとしては抜群だ。
前々回の報告で、カララウ・ビーチでの滞在は、最低でも2泊した方が良い、と言ったが、その理由はお水の確保である。
前回も言ったが、カララウの水には「レプトスピラ菌」が潜んでいる可能性がある。ウォーターピルで消毒するのはマストで、コーヒーを飲んだり、食事に使う時はそのまま使用するが、飲料水に関してはさらに一回煮沸させる。その煮沸作業に結構時間が掛かるので、到着翌日にそれらの作業をしなければならない。それにせっかく重い荷物を背負って18キロも歩いて秘境のパラダイスにやって来たのに、半日ほどの滞在でまた戻っていくのは勿体無い。
ちなみにトレイルを歩いている最中は、一人あたり約2リットル以上の飲料水が必要と思われる。
テントを張る場所は、可能であれば滝の近くがいい。水の確保がラクだし、ビーチの眺めも比較的いいような気がする。
キャンプサイトには極彩色の鳥たちが多数飛来するし、小さな子ヤギの群れが、キャンプサイトを横断する。
一部には半分、ここで暮らしているキャンパーのコミュニティも存在する。我々も「ストライカー」と呼ばれるコミュニティのボスと仲良くなった。彼はほぼ一冬、このビーチで過ごしており、近辺で収穫されたバナナやハーブを使った、バナナケーキを分けてくれた。長期で滞在している彼らからの情報は、なによりも有用である。
が、2日も滞在していれば、他の多くのハイカーからすれば「ベテラン」の存在で、新たにやって来たハイカーから、いろいろな質問を受けることになる。そういう時はサービス精神旺盛に、自分たちが持っている情報を共有すべきだ。それがこういう所でキャンプをする者のルールである。
キャンプサイトの中に「フリーテーブル」という机があり、そこには要らなくなった靴やサンダル、キャンプ道具などが並べられている。もちろんその名の通り、必要であればすべて無料で持ち帰ることができる。但しゴミはすべて持ち帰ることが義務である、少なくともまだ使える「道具」を、フリーテーブルに置いて帰ることは可能だ。その辺りのルールも遵守したい。
映画「ジュラシックパーク」にも登場する壮大なるナパリの渓谷に囲まれ、美しいビーチを眺め、夕刻にはサンセットに見惚れる。それ以外は暮らしに必要な作業だけをする。
シンプルを極め、誰の目も気にすることなく、緩やかな時間の流れに身を任せる。世の中の情報からすべて解き放たれ、「今という瞬間」だけを愉しむ。
そこに「時間というパラダイス」が存在する。
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天ヶ瀬さんちの今日のごはん1
『バターチキンカレー』with Jupiter
カレーの作り方を教えてほしい。
バラエティ収録を終えて一息ついていた冬馬にお願いがあるんだけど、などと珍しく畏まって話しかけてきた北斗は少し困ったような様子で。
曰く、先日ディナーを共にしたエンジェルちゃんとの会話でJupiterの趣味について触れられたらしい。翔太の「親孝行♪」に対していい子ですね、なんて清淑に笑う彼女に北斗はふふ、などと微笑ましい雰囲気で誤魔化した。
翔太は親に対しても仲間に対しても尊敬と感謝の意を抱くことが出来るいい子ではあるが、履歴書に乗った三文字と調子の良い記号は彼が打算的につけたものであることを北斗は知っている。
それを踏まえた上でも翔太のことは可愛くて仕方がないのだが、それはあくまでも北斗の都合であって、エンジェルちゃんやエンジェルくん、その他日本全国に多くいるJupiterファンには関係ないことである。ここで「実はね、」なんて話したところでなんのメリットもない。それならばと北斗はそれとなく誤魔化すことを選んだ。
続いて出た冬馬の「スパイスからのカレー作り」について、今回のエンジェルちゃんは料理をするのが得意だと自負しているらしいものの、いかんせん仕事の合間だと時短料理を優先してしまうのだという。
しかし、手間暇かけて作った料理の美味しさは知っているので、いつか私も冬馬のようにスパイスからカレーを作ってみたいのだと彼女はアーモンド型の目をぱちぱちとさせて語った。
それだけならばまだ「この子は家庭的なエンジェルちゃんなんだな」と目途を付けて、話を広げることが出来たのだが、北斗が口を挟むよりも先に彼女は矢継ぎ早に次の言葉を紡いだ。
「冬馬さんのカレーの作り方が知りたいです!」と。
北斗はそれを聞いて思った。
そう言えば散々あのカレーを食しているにも関わらず、未だかつてレシピと作り方を教わったことがないと。
そもそも、冬馬は家庭的な性質をしつつもそれで彼を括るには少しばかり度が過ぎている。特に得意料理であるカレーを作る時には無言の威圧でキッチンに立ち入ることは許されない、ような気さえするのだ。その為、冬馬が「カレーを作る」と言えば、翔太と北斗はそれ以降暫くは彼に話しかけることをせず、黙々とサラダを作るなり寝るなりする。
北斗はJupiterで過ごした数年の中でそんな空気にすっかり慣れてしまっていた。そのせいか何も言わずサブメニューに取り掛かれるが、昨年の315プロダクションの合宿で見た冬美旬の困惑顔から、北斗はそれが普通ではないことをようやく思い出したのだった。
今まではそっとしておいたけど、あれだけ料理が上手な人間が近くにいるのにその技術を学ばないのは損かもしれないな。と、北斗はその時初めて思い至った。
そして話は冒頭に戻る。
冬馬は最初こそ素っ頓狂な声をあげたものの、事情を聞けば納得した様子で。少し考える素振りを見せた後、「じゃあ作るか、今日」と二次会のカラオケにでも行くような軽い調子で言った。
以前、「この味に辿り着くまでにかなり時間かかったんだぜ」と自慢気に言っていた冬馬のことだから、てっきり秘伝だからと内緒にされてしまうかと思ったが、帰路のタクシーの中の冬馬はどこか嬉しそうだ。
自分の好きなものを好きと言ってもらえるのは当然幸福な事だろうが、それ以上に興味を持ってもらえたことが彼にとってはたまらなく嬉しいのかもしれない。
初めての料理教室の開催にご機嫌の冬馬と、冬馬のカレーが食べられるからご機嫌の翔太、二人を眺めていると北斗は胸が満たされる思いがした。
冬馬の家に着いて荷物を置くと、翔太が早速ピンク色のカバーがかけられたベッドにダイブした。
「出来たら起こしてね~!」
「翔太は見なくていいのかよ」
「僕は食べる専門! 冬馬君と北斗君が作った美味しいご飯を美味しく食べるのが仕事だからね! ってことでおやすみなさーい!」
「ったく…………。作るぞ、北斗」
「ふふ、よろしくお願いします。天ヶ瀬先生」
「お? おお……とりあえず炊飯器だけセットして……っと、買ってきたもん分けるか」
天ヶ瀬先生、その響きに眉を跳ねさせた冬馬は鼻を鳴らしながら買ってきた食材を並べ始めた。
鶏もも肉、玉ねぎ、トマトピューレ、にんにく、しょうが、生クリーム、ヨーグルト、バターと、自宅でカレーを作る上では見慣れない食材ばかりだが、冬馬の買い物に付き合った時に何度かこのラインナップは見たことがある。スパイスから作る上では定型なのだろう。
そして、記憶が正しければ今日冬馬が作ろうとしているのは『バターチキンカレー』だった。
「普段は面倒だからこんなことしないけど、調味料とか小分けにするぞ」
冬馬は手慣れた手付きで食材を使用する分だけビニールから取り出し、使わない分を冷蔵庫の中にしまっていく。冷蔵庫を整理しながら冬馬が「その棚ん中に調味料用の小皿が入ってるからいくつか取ってくれ」と言うので、北斗は自身の高身長をいかんなく発揮して上段棚の更に上の段に積まれた小皿を一山引っ張り出した。
それらを一枚ずつ軽く水で流してから拭くと、今度はトマトピューレやヨーグルトなどの液体物を一つずつ軽量カップで小皿に入れていく。
「そこまで細かくやらなくても大丈夫だよ」
「いや駄目だろ。材料を大雑把に投入していいのはある程度そのメニューを作るのに慣れた奴か、普段から料理しててグラム数見ただけで大体の量が分かる奴だけだ。初めは出来るだけレシピ通りに作らねえと失敗するぞ」
そう言われてしまうと北斗はぐうの音も出ない。
料理が出来るか出来ないかで言えば出来るに分類されると思っている。以前イタリアの友人に教えてもらった本格カルボナーラを中心に、北斗が知りうる料理は妙に凝った物やオシャレなものばかりである。
エンジェルちゃんやバラエティ番組のネタの為に気合を入れて作ることもしばしばあるが、正直普段自分一人で食べる物にそこまで気合を入れる気にはなれなかった。
とどのつまり、するかしないかで言われればしない。計量することは出来るが、目分量で作った料理を他人に出せと言われれば、味見に味見を重ねて元の半分程度の量で完成する自信がある。
今回ばかりは何も言わない方が良さそうだ。料理においては冬馬の方が一歩も二歩も上手なのだから。
「よし、こんなもんだな。あとはスパイスなんだが……小皿もういくつか出してくれ」
「まだ使うの?」
「当たり前だろ。カレーはスパイスを何種類も使うんだからな」
「ああ、そう言えばそうだったね」
冬馬はスパイスまでも小分けにする気らしい。流石凝り性と言うか、生真面目だ。
カウンターの上にずらりと並んだ中瓶を一つ開けてはスプーンで掬い、中身を小皿に落としていく。一見して種のような物や葉っぱ、木の表面の皮を剥いだような物まであるそれの名称を北斗は何一つ知らない。
全て出揃い、見た目だけで満足できそうな画はまるで料理番組の冒頭を彷彿とさせる。
「これがスパイスな。左からターメリック、コリアンダー、カルダモン、クミン、唐辛子、ローリエ、フェンネル、フェルグリークで、比率が……」
「待って待って冬馬、覚えきれないからメモとってもいい?」
「いいけど、必要なら後でレシピまとめて送るぞ」
「それはありがたいんだけど、冬馬の二度手間になるだろ。作り方はある程度は覚えられるから、材料だけゆっくり教えてよ」
北斗が困ってように言うと、冬馬は仕方ねえなと口を尖らせて一つずつ指を指しながら「これがターメリック、ウコンの茎を乾燥させた奴で、カレーの黄色はターメリックの色素が入ってるからなんだ」と、雑学博士よろしく丁寧に語り出した。
これなら万が一冬馬のアシスタントして料理番組に出ても彼の足を引っ張ることはなさそうだな。なんて苦笑して、冬馬の口から出る言葉を要約ながらも手帳に記入した。
北斗が書いている間にも冬馬は時間が勿体ないと言わんばかりにしょうがを下ろし始める。手を動かしながらもスパイスから引き続いてその他の食材のレシピを口にしていく。何度も作っているのだから当然と言えば当然なのだが、凄い記憶力だな。と思う。
メモを置いて向き直ると、丁度しょうがをすりおろし終えたらしい冬馬が余ったしょうがをサランラップで包んで冷蔵庫に入れたところだった。
「北斗、玉ねぎのスライスくらいなら出来るよな」
「うん、それくらいなら」
「じゃあ頼んだ。俺はその間ににんにく擦っとくから」
黙々と下準備を進める冬馬と、言われるがままに玉ねぎを切る北斗。自分で料理を教えてくれと頼んでおきながら、北斗はなんだか不思議な感じだと思った。普段はアイドルをしている自分達が、カメラも回っていない所できっちりと計量して、小分けして、スパイスからカレーを生み出そうとしているのだから。
冬馬がカレーをしっかり作るのは当たり前の景色だと思っていた北斗だが、自分がその隣に並ぶとなるとやはりこれは普通ではないんだなと思い直した。
無言でにんにくを擦り続ける冬馬の目は真剣そのもので、北斗は一瞬それに見惚れてしまう。
「……なんだよ。あんまりじろじろ見んな」
「ごめんごめん、やっぱり冬馬、黙ってるとかっこいいなって。勿論喋っててもかっこいいんだけど」
「お前な……くだらねえこと言ってないで、玉ねぎは切り終わったのかよ」
「これでいい?」
「……少しデカいな。まあ、これくらいなら大丈夫だろ。本当はこれに加えてパクチーも入れるんだけど、最近は入れてねえから今日も買わなかった��
「前に翔太にバレたから?」
「あいつ、コリアンダーには気付かねえくせに葉っぱは気付くんだよな。俺も別に好きってわけじゃねえけど、カレーには入れた方が香りが引き立つんだよ」
そう言えば、コリアンダーはパクチーの種に当たる部分だったか。ついさっき冬馬がマシンガンのように話したスパイスの解説の一部分を思い出す。
翔太はパクチーを好まない。匂いが好きじゃないのと、それを理由に「食べてはいけないもののような気がするから」と話した彼は、以前冬馬が隠して入れたパクチーをいとも容易く指摘してみせた。
残念ながら未だ翔太を納得させる方法は見つからず、食材を抜くことで妥協しているようだが、きっと冬馬的には抜きたくはないんだろうなあと彼の完璧主義な性格から容易に想像がついた。
冬馬は溜め息を吐きながらも温めておいたらしい鍋にバターとクミンを入れた。
少し炒ってから玉ねぎを投入すると、ジュウ、と油の弾ける音がして、北斗は思わず目を細める。この音だけはいつ聞いても気持ちが良い。
溶けたバターの香りに玉ねぎの焼ける音が相まって、この先に待ち受けるであろう完成品の想像に胸が躍る。人に料理を教えてもらうのは、こんなにもわくわくするものなのか。
「北斗、そこにミルがあるだろ? それで残りのスパイス全部挽いといてくれ」
「これ?」
電子レンジの隣に立っていた小ぶりの筒からは尻尾のようにコンセントが顔を出している。とっ散らからないようにコードホルダーで束ねられており、持ち主の几帳面さが伺えた。
冬馬に買われたこの機械も大切にされてさぞ幸せだろう。埃一つない外装を撫でた。
「コンセント繋いで、その上んとこ外してスパイス入れて、閉めたらスイッチ押すだけ」
言われた通りやれば筒はカタカタと震える。中からからころと音が聞こえるので、ちゃんと役目を果たしてくれているらしい。ステッカーの説明書きを見ると、本来はコーヒー豆を挽くための物らしいが、スパイスも大ぶりのものでなければ可と書いてある。
冬馬は横目でちらりとこちらを見てからまた玉ねぎの方に視線を戻した。見ればフライパンの中は大分飴色に変わっていた。
「玉ねぎがこんくらい茶色になったら、弱火にして、しょうがとにんにくを入れるんだ。やってみるか?」
「そうだね、折角だし作ろうかな」
冬馬に代わり、小皿に分けておいたしょうがとにんにくを加え、フライ返しで混ぜていく。既になかなか良い香りがする。この中に更に匂いの塊であるスパイスパウダーを加えようと言うのだから初めてカレーを作った人達は凄い。そんなことを言ってしまえば、料理と言うもの自体が凄いの集合体になってしまうのだが、何においても専門家の仕事の関心するように、料理をしない北斗にとっては一つ一つが新鮮で、何故そうなったのか不思議で仕方がなかった。
そうこうしていると、冬馬は次の解説をしながらヨーグルトとトマトピューレを投入した。
飴色に白と赤が加わり、鍋の中が濁っていく。うん、やはり初めてカレーを作った人は凄い。そしてこれを全てきっちり頭の中に叩き込んでいる冬馬もその手の専門家に見える。
北斗が感心している間にも冬馬は次々と残った材料を投入していく。北斗は言われるまま混ぜては放置してを繰り返すだけだ。
少しでも手を休めれば鍋の底が焦げてしまう。自分の家で作っているのならばまだしも、今は冬馬の家で冬馬の私物の鍋を使っているのだ、失敗することは出来ない。北斗は念入りに鍋の中を混ぜていく。
こつこつ、冬馬の方から何やら音がして見ると、先程砕いたスパイスを小皿に取り出しているところだった。
ミルにかける前はまばらだったスパイスが、すっかり粉末状に変わり器の中をさらさら揺れる。
「ほら、嗅いでみろよ」
冬馬はそう言って小皿を北斗の鼻に近付けてくる。
あんま勢いよく吸うなよ、と、念入りに言うものだから、北斗は少し慎重になって呼吸音すら聞こえない程の小ささでそれの匂いを嗅いだ。
「……!」
「すげえだろ。中々嗅げねえからな、こればっかりは」
「びっくりした……そんなに香りが立つんだね」
満足そうに鼻を鳴らした冬馬は、そのまま小皿を鍋の上でひっくり返した。ぱらぱらと落ちたそれらの香りを閉じ込めるように混ぜると、冬馬は少しだけ水を入れて「これで5分な」と言う。
初めはこれっぽっちの量の種だけだったのに、材料を入れれば入れる程量が増えて、今ではすっかりスープのような外見になっている。
北斗はすん、と鍋の中の匂いを嗅ぐ。先程の強いスパイスの香りはすっかり薄まってしまっているが、まだ仄かに香っている。
しかし、スパイスを閉じ込めたそれは未完成の段階にも関わらず十分空腹を思い知らされる暴力的な匂いだ。お腹がぐうと鳴って早急な完成を訴えかけてくる。唾ごとそれを飲み込んだ。
「んで、少し煮詰めたら食べやすいサイズに切った鶏もも肉を入れて、また更に弱火で15分。あとは調味料と生クリームで整えて、これを入れたら完成だ」
「それは?」
「ガラムマサラ、お前も名前くらい聞いたことあんだろ」
「名前くらいはね。それで、それもスパイス?」
「おう、それも天ヶ瀬冬馬スペシャル! だぜ!」
粉末が半分程度入った小瓶を掲げる冬馬はそれはもう自信満々と言った様子で。こんな顔を見るのはライブ前くらいなものだと北斗はほのぼの思う。
曰く、最初に用意したスパイスとはまた違った組み合わせ、配合から作られるミックススパイスであり、インドにおいてはその比率の違いが「家庭の味」になるのだという。
冬馬も本格的なカレー作りを始めて幾年、作っては失敗、作っては失敗を繰り返し、ようやく完成に漕ぎつけたのがその"天ヶ瀬冬馬スペシャル"なるものらしい。
つまり、このガラムマサラこそが天ヶ瀬家のカレーの味なんだな。
冬馬が作るカレーは好きだ。それこそ毎日食べたいほどに。しかし、北斗が好きなのはあくまで"冬馬が作るカレー"であり、決して"冬馬のカレーと同じ味がするカレー"ではないのだ。
だからこれは話のネタにするだけ。冬馬には申し訳ないが、きっと自分では作らない。自分で作るよりも、少しの我儘で「仕方ねえな」と聞いてくれる恋人に甘える方がずっと満腹になる。
だけど、たまにはこうやって肩を並べて料理を作るのも悪くない。再び空腹を主張してきたお腹を押さえて照れながら冬馬を見ると、冬馬は「もうちょっとだから我慢しろ」なんて言って笑った。
「鶏入れたら俺は翔太起こしてくるから、北斗はそのまま鍋見てろ」
気が重そうな冬馬を見送って、北斗は引き続きおたまをぐるぐる回してから蓋をした。
隣の部屋から冬馬が翔太を起こそうと頑張っている声がして、北斗はふふっとまた笑みを零した。お米が炊き上がった音がして、ようやく完成が近づいていることを実感する。
なんて幸せな日常なんだろう。幸せすぎて、このカレーを食べたら溶けてしまうのではないかとすら思える。
ついに冬馬の声に怒りが滲んで、そろそろ翔太は観念して起きるかなと思っていると、予想通り冬馬は少ししてから不機嫌そうに戻ってきた。
「今日はサラダは作らなくていい?」
「あ、忘れてた。今日のメイン担当はお前だからな。サラダは俺が作る」
「頼んだよ」
「おう。10分位したら軽く混ぜて、もう10分な」
言いながら、冬馬はキャベツを切り始めた。普段北斗が担当しているので、冬馬がサラダを作っている場面を見たことが無いが、やはり包丁捌きは一流だ。北斗でも未だに太さがバラけてしまう千切りを当たり前のように冬馬はこなしてみせる。
この調子だとカレーが完成するのが先かサラダの完成が先か分からないな。北斗が自嘲して冷蔵庫の中からトマトを取り出すと、冬馬の視界に入るところに置いてやった。
20分後、予想通りと言えば予想通りだが、冬馬が担当していたサラダはとっくに完成していた。ポテトサラダだけは市販品を使用しているものの、それを抜いても完成スピードは北斗よりずっと早かった。北斗は次々と切られていく野菜達を見ながら時折鍋の中を混ぜることしか出来ず、やはり冬馬を見習ってもう少し料理に触れるべきかと反省した。
包丁を洗いながら最後の指示に冬馬は「塩や砂糖を適量」と、料理の初心者が最も忌み嫌う言葉を発した。確か適量って言葉にそぐわずなんとなくの量が決まっていた気がするなあなんて北斗が決めあぐねていると、冬馬が「味見してみろよ」と笑った。
小皿に少し救って啜ってみる。少量のスパイスでも鼻をスッと通る匂いは正に北斗が知るカレーそのものだ。しかし、味はいつも冬馬が作ってくれるものとは少し違う。
「どうだ?」
「うーん、塩……かな」
舌の上に残った味を思い出しながら呟くと、冬馬は貸してみろとおたまを取って北斗と同じように少量口に流し込む。ぺろりと唇を舐めとると、「そうだな」と頷いた。
冬馬の頷きと自分の記憶を信じて塩を一摘まみ投げ入れて混ぜる。
もう一度味見をしようと掬い上げると、隣の部屋か大きなあくびが聞こえて冬馬が覗き込んだ。北斗も横目で緑色の頭を確認して「おはよう、翔太」と言う。
心底眠そうな顔で目を擦り、「ぉはょ~」と翔太はうつらうつらとする。
冬馬が翔太の背中を押して洗面台に連れて行く。廊下の半分まで行ったところで翔太は船を漕ぎながらも自発的に歩いて行ったのだった。
「で、どうなった?」
「うん、大分冬馬のカレーに近いと思うよ。俺の好きなバターチキンカレーだ」
甘えるようにウィンクすると、「そうかよ」と目を逸らされてしまう。
戻ってきた翔太が顔の赤い冬馬と苦笑する北斗に、覚醒した顔を怪訝に歪ませるものだから、冬馬は慌てて「飯だ飯だ」と言いながらキッチンを出て行ってしまった。
結局、すぐに顔を整えて戻ってきた冬馬に最終チェックと称して味見をしてもらったが、北斗の自信通り一発でOKが出た。味見のしすぎで予定よりも量が半分になってしまう事態はなんとか免れたが、これが冬馬の味の再現でなければまた違ったかもしれない。しかし、先生が優秀だったおかげで随分と料理の知識が身についたと思う。
冬馬が言うには、スパイスの配合などのベースはどのカレーにおいてもほぼ同じらしい。入れる物や順番だけ変えてしまえば完成系は異なる。今回はバターチキンカレーだったものの、本場の味の一つを再現するならばココナッツに手を出してみるのも面白いだろう。それこそ、型にはまったものだけでなく、自分のオリジナルで作ってみるのも良いかもしれない。
食べる専門と称した翔太がよそうくらいは手伝うように言われ、渋々と言った様子でキッチンに戻ってきた。が、足を踏み込んだ瞬間、鼻を掠めるスパイスの香りに翔太はすんすんと鼻を利かせ、ふふんと笑った。
北斗に「北斗君と冬馬君のカレー楽しみだなー♪」と言って炊飯器に向かって行く様子に、北斗もまた顔を綻ばせた。
「北斗君これくらい?」
「そうだなあ、もうちょっと」
「これくらい?」
「うん、それくらい」
米を盛る翔太とそんなやりとりをしながら、北斗は受け取った皿の上にバターチキンカレーを乗せていく。
ただでさえ熱々のカレーは香りが暴力的だというのに、炊きたてのご飯の上に広がったそれは見た目も匂いも全てが完成されていてで、いよいよもって空腹が限界に達しそうだ。
照明に照らされれば一層神々しく見える。自分の手から生まれた料理がこれだけ見目好く見えるのだから、料理を趣味とする人の気持ちが分かるというものだ。
散々味見をしたのに「どんな味がするのだろうか」とか「ちゃんと混ざっているだろうか」とか、いろんな気持ちが先立って唾液に変わり、ごくっ、飲み込んでみても空腹であることには変わらない。
翔太と一緒に三人前のカレーを運んでいくと、丁度冬馬はテーブルに水を並べているところで、ど真ん中のサラダの周りにカレーを置いていけば、見慣れた食卓の完成だ。
すると、おもむろに翔太がカレーとサラダの写真を撮り始めた。
「珍しいね、いつもはそんなことしないのに」
「冬馬君と北斗君が一緒に作ったんだよーって載せようかと思って、北斗君撮って撮ってー! ほら冬馬君も!」
「お? おお……」
手渡された携帯電話で出来立てのカレーと共にピースを向ける二人を撮る。うん、これはなかなかいい写真だ。Jupiterのグループに写真を送り、自分用にも配膳された料理を撮った。
そっと両手を合わせる。翔太も北斗も同じようにして冬馬に視線を送る。
二人の合図を確認し、冬馬はすう、と息を吸いこんだ。
「いただきます」
「いただきまーす!!」
「ふふ、いただきます」
声は合わない三人だが、これはこれでJupiterらしい。
いつもならば真っ先に翔太の取り皿にサラダをよそって、次に冬馬、最後に自分と決まった順序があるのだが、今日だけは真っ先にスプーンに手が伸びた。
冬馬と翔太もスプーン一杯のカレーとお米をぱくりと一口。北斗も追って食す。
「……!」
スッと鼻を抜けるバターとスパイスの香りは味見の時よりも鮮明で芳しい。舌に触れる酸味はトマトのそれで、しかし生クリームとヨーグルトのおかげでマイルドな味になっている。
鶏肉も火が通りすぎず、かと言って生でもないので程良い柔らかさでカレーによく絡む。
―――うん、美味しい
。
見れば、冬馬はうんうんと頷いているし、翔太も「美味しー!!!!」と顔いっぱいに表現している。どうやら初めてのカレー作りは上手くいったようだ。
二口、三口と食べる手が止まらない。これは果たして自分で作ったものだからなのか、はたまた冬馬直伝のカレーだからなのか。どちらかはっきりとは分からないものの、既に半分以上食べられたカレーが美味しいということだけははっきりと言える。
「そうだ、冬馬」
「ん?」
「ガラムマサラの作り方は教えてもらえないのかな?」
「……そういや教えてなかったな」
冬馬は食べる手を止め、んーと、と前置きをするが、口を開いたところで「いや、やっぱやめとく」と止めてしまった。
「今度お前オリジナルの奴作ってけよ、手伝ってやるから」
「天ヶ瀬冬馬スペシャルは教えてくれないんだ?」
「教えちゃったら北斗君が冬馬君の家に来る理由がなくなっちゃうもんね」
「は?」
最後の一口を入れた冬馬が豆鉄砲を食った鳩のような顔になる��
首から次第に赤くなっていく顔を翔太が生暖かい目で見つめるので、北斗も思わず笑ってしまった。カレーを飲み込んだ冬馬がトマトのような顔で「別にそんなんじゃねえ!」と必死に否定するものだから面白くて、今度は翔太と二人声を上げて笑った。
二日後、打ち合わせの為に事務所を訪れた北斗は扉を開けた瞬間、耳に触れた騒々しさに安堵した。961にいた時には体験することのなかった騒がしさはきっと315プロダクションだからなのだろう。
High×Jokerの面々が何やら教科書を片手にあーだこーだと議論を交わしており、全くこちらに気付く様子がないので挨拶は後にしよう。北斗はデスクに向かうプロデューサーの方へと歩みを進めた。
「北斗君、おはようございます。先日翔太君が更新してたカレーの写真見ましたよ。スパイスから作るなんて凄いですね」
「良い先生に恵まれましたからね。これ、一昨日の夜に漬けた奴なんです。焼くだけなので良かったらどうぞ」
「これは、タンドリーチキンですか?」
「ええ、俺もまだ食べてないんですが、冬馬直伝なので味は保証できると思いますよ」
「それは楽しみです。冬馬君もう来てますよ」
ジップロックで三重にしてきたそれは、カレーを食べた後に応用だからと冬馬に教えてもらったもので、折角教えてもらったのだから記憶が薄れない内にと帰りに鶏肉を買って漬け込んでみた。
天ヶ瀬冬馬スペシャルを使用しているので残念ながら「これが俺の味です」とは言えないが、それでも自分以上に信じている料理の先生直伝のものなのだから不味い筈がないのだ。
「北斗っちー!! 一昨日の翔太っちがあげてた写真見たっすよ! マジメガ美味しそうだったっすー!」
熊のごとく突進してきたのはつい先ほどまでメンバー達と熱い議論を交わしていた伊瀬谷四季である。
後から困ったように秋山隼人が、そしてへらへらとした様子で若里春名が。奥では冬美旬と榊夏来が声を発さないまでも軽くお辞儀をしていた。
「おはよう、見てくれたんだね」
「勿論っすよ! あれって北斗っちが冬馬っちに教えてもらったんすよね!?」
目を輝かせてぐいぐい攻めてくる四季の積極性はやはり若さ故か。北斗はあまり歳も変わらない筈なのに、既にそのノリに体が追い付けていないことを悟る。悪い意味ではなく、彼の個性と自分の個性の相性が悪いだけなのだ。比較的落ち着いている自分だからこそ、彼のエネルギーにはいつも驚かされてばかりで、後輩とは言え見習うことが多い。翔太もそうだが、若いっていいなあと北斗は苦笑した。
すると、四季は後ろで待機していた春名と隼人と何やらぼそぼそと話し合ったかと思うと、三人でうんうん頷いて北斗の方へと向き直った。
「冬馬っちの料理教室って分かりやすかったっすか!?」
勢い余った四季の言葉に、北斗は息を漏らす。彼の目を見る限り、至極真面目な相談のようだった。
「そうだね、盛り上がりすぎると止まらないけど、分かりやすいと思うよ」
北斗が言うと、四季と隼人は更に目を瞬かせた。
ここまで聞かれれば、彼らが何をしようとしているのかなんとなく分かってしまう。先程五人が持っていた教科書、家庭科。
礼を言ってミーティングルームへと駆けて行った四季と隼人を見送り、ゆっくり歩きだした春名と入れ替わるようにやって来た旬が大きな溜息を吐いて北斗に謝罪をした。
「すみません。実は来週高校が調理実習週でして、四季くんがスマートに料理をすれば女子にモテるかもしれないからと……」
「なるほど、だから予習をしていたんだね」
「翔太があげてた写真……凄く、美味しそうだった」
なるほど合点がいった。確かに北斗も今回は料理を学ぶならば一番近いところに先生がいるではないかと冬馬に教えを請うた。実際、冬馬の料理教室は分かりやすかったし、完成した料理も美味しかった。
それに、あれだけ料理の技術と経験値に富んだ冬馬ならば調理実習の課題として出された料理をレシピだけで作ることなど造作もないだろう。
適任だ。それ以上の人間がいないと言える程に天ヶ瀬冬馬は彼らの願望を叶えてくれる人間に最も近しい。
旬と夏来と共に三人が消えて行ったミーティングルームに顔を覗かせると、丁度四季と隼人が冬馬に頭を下げているところで。冬馬は困ったように二人と笑う春名を交互に見ている。
そして頭を下げた二人はこう言うのだ。
「冬馬っち!」
「冬馬!」
「「 俺(オレ)に料理を教えてください(っす)!!! 」」 と。
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