NieR : Automata
To be or not to be.生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ。恐らく人類の歴史の中で最も語られているであろうこの科白をその名の由来とする一体のアンドロイド。彼女が殺すのは機械。敵製か否かを問わず、彼女は処刑を繰り返す。何度も何度も何度も。記録を、義体を、感情を、失っては取り戻し、また失い、いつか動けなくなって、それでもまたいつの日か戦いに臨む。無意味な戦争と、果てしない処刑を、ただただ反復する。
amazarashi - 命にふさわしいhttps://youtu.be/HEf7p_7MjkM
永遠に終わらないゲームに出会ってしまいました。自分の部屋には今、永久機関が存在しています。これを書いているノートパソコンから振り返って後ろにあるPS4、その中にダウンロードされています。全っっっ然インストール終わんなくて購入から結局3日越しのプレイ開始。そんな不安とイライラしかない始まりから、まさかここまでの、これほどのもう感動なんて言葉で足りるような物じゃ到底ないこの、これ、何?事件、病気、恋、絶望、歓喜・・・どれだ!もうわかんないぞ!「憎悪だぁぁ!」って声が一瞬聞こえてきましたが、あっ確かにそうかもしれない。僕が今「ニーア オートマタ」というゲームに対して抱いている感情の名前はたぶん、憎悪だ。
きのこ帝国 - 退屈しのぎhttps://youtu.be/Op5aTvRY6JQ
「憎しみより深い、幸福はあるのかい?」
憎い、許せない、受け容れられない、忘れられそうにない。Eエンドが呼び起こしたそんな憎悪という幸福が渦になる。このまま飲み込まれていった先にあるのが現実というゲーム及び、2Bと9Sが笑い合うAエンドなんだろう。ハッピーエンドとはそういうことじゃないか。終わらないゲームが終わるとき、それはプレイヤーの命が尽きるときだ。だから、この渦は、僕が死ぬ日までぐるぐると回り続けていく。
AURORA - I Went Too Farhttps://youtu.be/eT6dLJd3rYk
地を這い、泥を啜り、見つけた梯子を登りきった先の海で出来た空の中へ。
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エレウテリア 第五話
Conte
エレウテリア
Ghost and Insurance
第五話
「DON’T TRUST ANYONE OVER 30」
遊園地廃墟の夜が深い青に落ちていく。月明かりは木々を透過して注ぐ。海底の冷たさを等しく全員へ示す光に命ある総ての者は押し黙る。その身を闇に引きずり込まれないように。反対に騒ぎ出す者等。インサニティ。ルナティーク。月に憑かれて踊る魂の際限ないダンスの果てには神聖な狂気の世界が待つ。湖面に映るぐにゃぐにゃの時間。一時も落ち着かない生活がやってくる。生まれ持った音のボリュームには個体差がある。シューゲイズに惹かれるEDM。フォークソングとぶつかるポジティブ・パンク。ソウル・ミュージックとジャズが手をつないでニューウェーブを握りつぶす。
トイレの割れた窓ガラスをオバケが踏むと小気味良い感触が靴の裏から全身を伝わった。
「男子トイレってこんな感じなんだね」
「そうだよ」
驚くべきことに水道はまだ通っていてホケンが蛇口を捻ると腐ったような臭いの水が勢いよく飛び出し止まらなくなった。呆然として半笑いでオバケを見、疑問に感じた部分を混ぜ返す。
「“そうだよ”?」
「男とよく夜の公衆トイレで」
「そんなことだろうと思った!」
『暗黒日記二〇一六』執筆中の少年は個室で言いがたい感覚に襲われていた。清沢洌にちなんでキヨサワと呼ばれることになった彼がトイレに駆け込もうとすると当然のように少女二人もついてきた。「気にすんな」と言われても無理というものだったが彼史上最強クラスの便意と長時間に亘る格闘をするうちに無理ではなくなっていった。ボロボロの木の板一枚挟んだ向こうにいる彼女達をいつの間にか戦友のように感じている。下卑た冗戯も戦争映画の音声に聞こえ、敵国へ勝利を納め扉を開けた時彼の心には密かに二人への親愛の情が生まれていた。暗いのは好都合誰か人がいたとして姿を見られる危険は日中より少ないと三人は園内を彷徨う。突入する建物には必ず生活感があることに驚いた。廃墟を棲家にしている人々がいるのだろうか。いるとしてそれはどんな種類の人間だろう。山奥で隠遁生活をしなければならない集団。カルト宗教、指名手配犯、ホームレス……。何にせよ安全で善良な人物が暮らしているとは思えなかった。予感は的中した。明け方湖の側で発見した第一村人は遠目にも危険人物らしい相貌である。全裸で逆立ちをしながら詩の朗読をしていた。好きな作者の物が結構あったのでコイツは危ないとオバケは感じたのだった。
「あ、所長」
「所長?」
「あの人がここの総責任者なんだ」
「つまりアレをやれば我らの勝利……?」
「待って待って待って」
叢を分けて飛び出すと逆立ち全裸は華麗にバク宙を決めて二足歩行体勢に戻った。恥という感覚がとことん抜け落ちているようだ。衣服を纏おうとは欠片も考えぬ素振りのまま仁王立ちでオバケを迎えた。
「君は……新しい世話係だったかな。早いね。もう辞めたいっていうのか。よし。分かっているな。今日一日生き延びることが出来ればここから出て山を下りる権利が与えられる。死んでしまえばそれまで。それがローズバッドハイツ従業員のルールだ。では始めようか」
「イエーイゲームスタートふっふー!」
オバケが茂みに戻るとホケンとキヨサワは同時に彼女の頭を力いっぱい叩いた。
「だって……何あのRPGの敵対モブみたいな発言!?字幕見えたわもう!」
「いきなり出ていってどうするつもりだったの」
「本当に殺す気でいた?」
「そういう訳じゃ…..。上手くすれば状況打開する道につながるかなーと」
「で、上手く出来ましたか勇者オバケよ?」
「あーうーん、山下りる権利?くれるって」
「すごいじゃん!」
「うん、うん、でもな、あのな、今日一日、生き延びられたらって、言ってた」
「どういうこと?」
「うーんとうーんとああいうことかな」
無線機で連絡を取り逆立ち男は大量の人間を集めていた。真っ赤なツナギを身につけた集団のその数はどこに隠れていたのか不思議な程。最悪な状況が自分で思っていた以上に行く所まで行っていたことにオバケが気付いたのはこの時だった。逃げ延びられるはずもなく彼女達は山を下りるどころか頂上へと連行されていく。道々見えたのはこの廃遊園の全景。過酷な労働の果てに息絶えた亡者へ死してなおその手足を働かせることを強制する死臭噎せ返る工場。圧倒される物々しさは美の領域にまで達していた。ぜんたいここは何なのか。この先に何が自分達を待つのか。ぞくぞくと心臓を震わせるのは恐れだけでなく期待も大きいのであった。
薔薇。薔薇。薔薇。薔薇。薔薇。山頂を支配する無数の薔薇の花の群生。人の営みも動物達の食物連鎖も虚しい遊戯にしか思えなくなるほどただそこは薔薇園だった。薔薇が薔薇のみしか必要とせず薔薇のために薔薇は存在し薔薇のため薔薇が死ぬ。自家中毒の桃源郷。こんなところに連れて来られてはいよいよ死ぬしかない気がした。だが不思議と怖くなかった。切り刻まれ腐り果てて堆肥になったら養分としてこの美しい薔薇の一部になれる。それは本望かもしれない。私が生まれたのはきっとそんなふうに綺麗なものになるためだったんだ。
「やあ」
薔薇はとうとう中世ヨーロッパの貴族階級のような声で口を利いた。遮るものの何もない場所で声はどこまでも響く。
「呆気なかったな、非��少女たち」
そして薔薇は人のかたちを模した。荊のベッドから身を起こす人影がある。美輪明宏がまだ美輪明宏になる以前の美輪明宏のような美青年が薔薇の海から生まれた。見覚えがあるように思ったのは恐らく究極の美というものは原始的な記憶領域に訴えかける作用を有するからだろう。蛇に睨まれたように身体が動かせずにいると青年は彼女らに自ら歩み寄った。コミュニケーションを取ることが却って困難になる距離まで近付いて黙ったまま観察する。彼のあまりの顔の近さにオバケにはそれが昆虫のような異星人のような巨大な目玉を持つ怪物に見えた。彼女らを連行した赤ツナギの一団が丘の上に立つ建物から出て来た別働隊から何事か報告を受けている。そして薔薇から生まれた青年へ報告は受け渡された。
「君たち….スタッフじゃなかったの?」
アゴ、というより両のエラに手を入れられ顔を持ち上げられたオバケは改めて目撃した青年の美しさに戦く。同時に気付いたこともあった。彼の目には何も映じられていない。目の前にいる私を、耳元の部下を、恐らく人間として見ていない。心を開いていない目。あの芸能プロダクションの人間と同じ、溶けたプラスチックの目。途端に強烈な嫌悪感に苛まれた。それは青年に対してだけでなく今まで全てから逃げ続けてきた自分自身に対しても同様だった。彼の澱んだ目の中でオバケの消したい過去たちが溺れてはまた浮上する。
「わっ!わー!何ですか、やめっ、あの、何ですか!?離してください!」
赤ツナギ達がホケンを拘束して運ぼうとしている。キヨサワはどうなったのかと探すと彼は赤ツナギの一人からいけないことをした子供に諭すように叱られていたが彼自身はどこか全く別の方向を見ている。それに対し赤ツナギは注意せず聞き手のいない説明会を続けていた。憶えている外の景色はこれが最後だ。神経症的に空間を埋める薔薇。濁ったプラスチックの視線。拐われる少女。遠くを見つめる少年。今となってはどれ一つとして現実感がない。私は始めからここにいて全部ただの妄想だったのかもしれない。
罅割れの激しいサイレンが鳴った。曜日の無い一日がまた始まる。人ひとり埋もれる高さの雑草が生い茂る中庭を伐り開いた空き地にはブルーシートが敷かれ、黒ずみ欠けたアイスクリーム屋の白い椅子とテーブルが並ぶ。キャスター付きホワイトボードは黒板を手前にある手術台は教卓の役割を果たしていた。現実社会という戦地から疎開した青空教室。しかし飽くまでも日本的な詰め込み型教育で教えられる科目はただの一つだった。危険薬物はその人の四肢を腐らせ五感を狂わす薬である。自ら進んで人間でなくなりたい者は使えばいい。日々突き刺される言葉の烈しさは薬物の刺激に慣れた「生徒」への配慮なのか家畜を見る目をした赤ツナギの憂さ晴らしなのか。小学校卒業以来、中学は週に一度作文を提出することで足りない出席日数を補完、高校は開き直って呆気なく中退、とまともに学校という物へ通った経験がなかったのでアタシはこの歪んだ青空教室を楽しんでいるきらいがあった。大学ってもしかしたらこんな感じかなと見当違いな想像もした。
それは長い梅雨の明けた7月のよく晴れた日だった。青空薬物リハビリプログラムは日一日と脱落者が増えていき生き残ったのはアタシと80年代のロックスター風にウェーブのかかった茶髪を長く伸ばした男だけにいつの間にかなっていた。荒くれ者然とした彼とは一度だけ話したことがある。ノートを見せて下さい、という意外にも丁寧な口調に面食らってしまい返答出来ずにいると俺のも見せますから、といらない交換条件を提示してきた。びっしり書き込まれた文字はタイプされたような美しさで、しかも見易く配置された内容はところどころ図に表してあるほどのこだわりよう。呆然と見惚れてしまったのを覚えている。よっぽど本気なんだろうなと思った。彼にとっても今日は待ち焦がれた日だと思う。予定ではいよいよプログラム最終日なのだ。
「おめでとう!」
薔薇の花。何週間、もしかしたら何ヶ月ぶりに見た青年は変わらず美しく息をしていた。いつもの常に苛ついている太った赤ツナギは萎縮して陰に隠れていたがその飛び出した腹部まではへこんでいなかった。残念。青年は笑顔を全く崩さないままにバッグからあるものを取り出す。
「最終試験だ!僕のモットーは“平等”だからね!このローズバッドハイツから出て行こうとする人には従業員にも患者にも同じ条件を出す!」
患者。アタシは患者だったのか。ずっと自分が何なのか探していた。子供にも、大人にも、学生にも、アイドルにも、狂人にも、誰かの大切な人にも、私は結局なれなかった。薬物リハビリ施設で治療を受ける哀れな患者。私という動物のつまらない正体を簡単に暴かれたせいでなんだか笑い出してしまいそうになった。
「今日一日生き延びろ」
壊れた機械のねじ穴を永遠に塞いでしまうような絶望的な清々しさで彼はそう言って次の言葉を続ける。
「けどクリーンなスタッフ達をわざわざクスリ漬けにするわけにはいかないし、ろくに運動もしてない君たちを走り回らせても仕方ない。彼等と君たちには別の生き残り方を目指して貰わなければ。そうだろ?そうしないと平等にならないもんね?」
素人目にも凄まじい高級品だと分かる黒い革の手持ちバッグから出て来たのは、一組の注射器と、粉末の包みだった。綿の飛び出した緑の手術台ーーそれは先述の通り教卓なのであるーーにその二つを見せつけるようにゆっくりと置く。
「これが何か分かる人ー?………..今日一日、君たちはここに居てもらう。それだけ。それが最後のテストだ。勿論、ここまで来た君たちは、目の前にかつてお世話になったおクスリがあるからって貪り打ったりはしないもんね。じゃあね!ああ寂しくなるなあ!一気に二人もローズバッドハイツを卒業しちゃうなんて!……….日付が変わったら、お迎えが来るよ」
金縛りなんて比じゃなかった。これからどんなに最強最悪の大悪霊に取り憑かれてどれだけおぞましい金縛りにあったってすぐに自力で解ける気がした。幽霊のたぶん充血して瞳孔の開ききった目を力いっぱい睨み返しながら、そいつがたまらず成仏してしまうまでやり返せる自信があった。もし、ここで、この場所で、身動きが出来たとしたら。体感で一時間が過ぎてやっと、骨の軋む音を頭蓋骨に爆音で反響させながら首を回して、隣にいる彼の様子を見ることが出来た。彼も同じく硬直してしまっていたが一部だけ激しく運動している点がオバケとは異なる。何かが宿った人形が髪をのばすように。聖像が血涙を流すように。微動だにしない肉体から絶えず滝の涙が流れていた。涙腺が心臓として脈打ちいち早く緊張を氷解させる。不安や恐れや怒りの入り混じった彼の姿を目で追っていると体の動かし方を思い出していくようにしてオバケも徐々に徐々に震える手足を命令に従わせていくことが出来るようになった。天敵に遭遇した動物と食糧を発見した動物。彼等の中で目まぐるしく入れ替わり立ち替わりする欲求の種類はまさに野生のそれであった。手術台に載せられているのは人生を破壊する道具である反面、どうしようもなく必要としてしまう存在でもある。二人とも一言として言葉を発せないうちに日は傾こうとしていた。時間が泥のようにまとわりつく。呼吸をするほど息は苦しくなる。酸素が猛毒だった地球最初の嫌気生物の気分。
「限界だ!」
ロックスターもどきの彼はチューブで腕を縛り血管を浮き立たせる。粉末を炙って透明な液体にし注射器で吸い取ったら一度ゆっくり押し出して針の先を2回はじく。そういえば、この動作への憧れがアタシを壊していったんだっけ。辛い時間を埋めてくれた映像。トレインスポッティング、ウルフオブウォールストリート、時計じかけのオレンジーー。映画はどんなダメ人間も許してしまう魔法だ。どれだけ人を嫌い嫌われるやつでもスクリーンは分け隔てなく愛してくれる。必死で、投げ遣りで、幸せで、不幸で、孤独で、愛し合っていられた。その中のどれ一つとして本当には味わったことのないアタシと画面の中のキラキラした彼等彼女らは全てを共有してくれた。おかげでアタシはハイティーンにして既に老境に入ったベテランジャンキーだった。灰彦店長の贈り物はだからきっかけでしかなく、あれがあっても無くてもどの道アタシは同じような人生になっていたと思う。だから、この、今まさに長い断薬生活に別れを告げようとしている同志のロン毛チリチリなんちゃってロックヒーローには、無意味な永遠の中に逆戻りして欲しくない。オバケは男に背後からしがみついた。注射針はもう彼の皮膚を突き破っていたが腕を振るだけで引き抜けたことから血管には達していない確率が高い。海岸線に沈み始めた夕陽が黒ずんだ濃いオレンジを二人目掛けて投げ込んだ。弾けた光はそのまま部屋中に広がり波打つ。
「だっ……ああ!も、さ!?うああっ!」
言葉が何一つ形にならなかったことで自分が泣いていることを知った。言いたいことが沢山あった。本当にいいの?じゃあ何で今まであんなに頑張ってたの?ここを絶対に出たい理由があるんでしょ?勝手な想像だけどさ、何が何でももう一度会って謝りたい人がいるんじゃないの?じゃなきゃ、きっと人間はそこまで自分の為だけに命がけにはなれないでしょ?全部ただの呻きにしかならなくて悔しくてひたすら彼の背を叩き続けた。這いずりながら彼はまだ注射を打とうと手を伸ばす。いっそう強く呻いて背中を叩いた。何度も何度も何度も。それでも彼は諦めず震える手を夕陽に透かしていたが、やがて抵抗をやめた。それから二人で馬鹿みたいに泣いた。悲しさを、悔しさを、全て流し切ろうとするかのようにいつまでも泣いていた。顔中ドロドロになって乾いてまたドロドロになって乾いてを3回繰り返した頃にはやっと少し落ち着いてきた。外はもう暗くなって、警備担当の赤ツナギの持つ懐中電灯の光だけが何の明かりもない敷地外を不気味に漂っている。
「あれやらない?ミーティング」
返答する以前に彼の顔の地殻変動っぷりが笑い事じゃなったのでポケットティッシュを差し出した。ありがとうと恥ずかしそうに呟いたあと顔を隠すように拭きながら彼は言う。
「もう二度とやることも無いだろうから記念にさ!」
白と黄色のまだらになったティッシュの塊をゴミ箱に捨てて戻って来がてら小さく引き攣った笑顔をオバケに向ける。彼女も自らの顔の汚れを拭き取ることでどうしても表れてしまう笑顔を隠していた。かつてない和やかな空気の中最後のミーティングは始まった。薬物依存の人間同士が集まって自分の薬物体験を発表し合う。そうすることにより薬物の恐ろしさを俯瞰的に感じ取るのがこの「ミーティング」の目的である。だがオバケはここで行われるプログラムの中でこれを最も苦手としていた。薬物についての話を集中して聞いていると頭の中が混沌としてくる。想像力が制御を失いどこまでも広がっていってしまう。アマゾン奥地では船で山を越えるんだ!先住民と戦争を!ジークハイル!フィツカラルド!いやザ・ダムド!ヘルムート・バーガー!ルキノ・ヴィスコンティ!地獄!老人という怪物!プレタポルテそしてYSL!YSL!称えよ我らがイヴ!我らがイヴを称えよ!ハイル!ハイル!ハイル!バスキアみたいなスライ・ストーン!さらばさらば藍色の青春時代!ヴィーナスは毛皮を着て陽射しがサングラスのマイノリティ!結論はシルクのバナナ!ーー喉が渇いた。砂漠にいや火星に置き去られてもうソル200くらい経ったような猛烈な喉の渇きでいつも幻覚は止むのだった。
「ごめん。付き合わせちゃって」
窓とは逆の壁を埋め尽くす段ボールの中から500mlの水を一本、彼が差し出していた。この施設には満足な物資こそないが絶えず喉の渇きを訴える入居者達の為に水だけは大量にあるのだ。ダム一つ分くらいありそうだといつか誰かが冗戯を飛ばしていたがあながち目測は外れていないのではないかと思う。ローズバッドハイツ。遊園地廃墟の姿を取った薬物リハビリ施設は「水」と「薔薇」の天国なのだ。
「大丈夫、じゃないけど大丈夫。何もしないよりはこの方が楽だったと思うから、気にしないで」
「そっか。今何時だろうね?」
「10時くらい?たぶん」
「そうだよね。ああ……さっきは本当にありがとう。あのままじゃ本当に何のために頑張ってきたのか、全部台無しにするところだった」
オバケが会話を続けられなかったのはミネラルウォーターをがぶ飲みしていたせいだけではなかった。もう一本さらに一本と二桁を超える数のペットボトルを要求してもまだ渇きを訴える彼女は彼にはとても見ていられない状態にあった。獰猛な肉食動物のように目をギラつかせて補給したさきから摂取量を遙かに凌ぐおびただしい水分を汗として放出している。温度感覚が狂い冷え切った室内にも関わらず暑さに喘ぐオバケ。支給品の病的に白いブラウスが湿って上手く脱げず彼女は男に助けを求めた。ボタンを全て外されると腕を抜くのも待てず彼女はホコリや髪と混じって床に転がる注射器へ飛びついた。痙攣しながら目的を果たそうとする。何が正しいのだろう。どこで間違ったのだろう。何故今俺はここで破滅しようとしている女の子をただ黙って眺めているのか。男は思う。良いじゃないか。俺には関係ない。後一時間足らずで���着はつく。俺は勝って、彼女は負けた。それだけだろ?何もするな、何もするなよ。お願いだ。
人を狂わす月の光がまたこの場所を深い深い海底に沈めていく。水槽の中に淡く揺れている海月のダンス。水面に浮かぶ薔薇の首。一組の男女が大麻の甘ったるい匂いを全身から放ちながら一糸まとわぬ姿で乱れている。人間離れした美しさの青年は普段の余裕溢れる態度をいくらか崩し目を細めて二人を眺めていた。翌朝、彼等は無論ハイツを退去することなど許可される訳もなく特殊患者向けのエリアへ移されることが決まった。ただ、0時に出会うべきだったところを翌昼12時に初対面した「お迎え」は意外な人物が務めていた。灰彦、と所長は彼女を呼んだ。
次回
第六話
「駅は今、朝の中」
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エレウテリア 第四話
Conte
エレウテリア
Ghost and Insurance
第四話
「Rosebud Heights」
リハビリ施設と聞いて真っ先に連想したのは「ブゥーンン……」と生理的にとてもとても不快な音響効果の働く空間だったがアレは精神病棟か而も大正期前後の、と納得してからは安心して彼女は緊張病のスモークガラスを通した景色を見送った。玩具の様なふざけた青色の護送車は人気とて無い山道を渋い顔して走る。
思い付いてバックミラーを見ると運転手も苦い表情を恰も演じる必要に迫られている人物であるかの如き振る舞い。
ペットは飼い主に似る……。
この場合色々と違う気がした金言だった。
「…………朝江ぇ、おはよ~うぅ……」
7~8人の陰気な乗り合いの一人が「幸福な家庭」を見始める。施設送りになる程度の中毒度合いによって弱り切った声帯は年老いた音声を二十代後半の若者から発させた。一時、自らを忘れ哀れみの視線を向けた同乗者達は彼のあまりの若さに驚くも、周囲と分かち合う事はせず復たしても己にまとわりつく自己憐憫と、ざらざらした安心感に身を預ける。
………………………………………………………………朝江………?
実在するかはともかくも名前のレトロ感は全員に全く同じタイミングで違和感をもたらし、偶然に場が一体となって出来た雰囲気に堪え兼ねた運転手の渋味溢れる能面がいち早く割れて落ちた。
首都圏からの小さな旅が終わる頃には車内を満たす温度は修学旅行のそれとなっていた。
500V、と表示された有刺鉄線が温かく包み込む目的地を目にして彼等は現実を返却される。オリンピック開催に備えた有料ロッカーの使用禁止ルールはこんな辺境にまで及んでいたらしい。仕舞いっぱなしは許されず、テロリズムには持って来いの危険物を一人一人手渡される。
「ヴィクトリーの頭文字だぜたぶん」
「いや………ヴィレッジヴァンガードの間違いですね」
「シャロン・ヴァン・エッテンのVだよ」
何故あえてミドルネームのイニシアル……とツッコミを心の中で入れた彼女が一番に敷地内へ踏み入った。
古びたミラーハウスが私に割り当てられた。遊園地廃墟で一体薬物依存が如何治せるのだろう。近くに遠くに上に下に斜めに表に裏に、信じられない物を見ているかのような表情の自分が立っている。合わせ鏡の向こうの向こうに居る私は遠目には笑っているように見えた。
最後に見た彼女の悲しげな顔が重なり、目を開けているのが辛くなる。
あの一袋はあの娘に何んな効果を発揮したのだろう。後悔よりも時に頭をもたげる希望のほうが、ひたすらに胸を締め付けた。
恐ろしいことに、ここでの生活にも慣れ多少なりと居心地の良さを感じ始めた夏の日。一人の脱走者が出た。
その手際と勇気を称えて彼の事を私達は「アンディ」と呼ぶことにした………までは良かったのに何か流れで私には「レッド」という名前が定着してしまった。腹いせに夜な夜な「朝江」を求めて泣きじゃくる若者に「ブルックス」と名を付けたら喜んでいたが死に役の役名であることをヤツは知らない。ショーシャンクは名作です。見てない方はチェケラ。
手紙が届いた。
差出人を示す文字列は私から平静さを奪ったが、内容は却って冷静にならざるを得なくさせる。
「助けて」。
その言葉は紙面上に満遍なく散らされ、鏡地獄の自室は一層底の見えない眩さを放つ暗闇となった。
「ごゆっくりどうぞー」
粘着質の目が注がれていることなど知る由も無くカウンターへ着艦するウェイトレス。
「……………落ち着いて、な。まずは落ち着け。俺は、絶対に、お前の事を見捨てない。最後まで絶対お前の味��で居てやる」
何故ファミレスだし。
「どーせさ、ゲーノージンなったつもりなんさ。コイツ、ブスの癖に、何を勘違いしたんだか。センセ、全部ホントだよ。コイツはァ、クスリやってェ、体売ってェ、面倒臭くなったから人殺して逃げた! はい終了。人生オシマイ。………まあ、でも嬉しいだろ? 憧れの儚い破滅型人生歩めて、泣いて喜んでンだろ? もう知らねェよ、大体アンタはあたしの娘じゃなかったんだよ」
あー……せめてもっと何か、無かったかな? 映画みたいなアニメみたいな、画になる場所で死にたかったな。
「お母さん! あの……少し……声を、落として下さい」
チラチラチラチラ。バレてないとでも思ってんのか。一声発する度にボタンダウンの隙間に目をやって。先生、アンタはアタシの親のドコと会話してんの?
「は………っ! センセ、分かった。……ならさ、続きはウチで話そうか」
「えっ?」
「えっ?“えっ?”だってこの人。バレてないとでも思ってんの?」
「バレて………どういう、どういうことでしょう」
「チラチラチラチラ! センセはあたしのオッパイと会話してるんですかあああ!?」
あっ。イラッ。
こういう、時が一番イライラする。
自分がどうやってもこの人の子供なんだと証明してしまう瞬間、全身の血を抜き去りたくなる。
もう、いいや。
「イヤ、お母さん! あのっ……! そんな、私は娘さんの事を思いやって、そんな、教職者として、そんな、あの……。そんな、チラチラなんてそんな。……………あっ……? ………………………………ああああああああああ!? あっ、あっ、あだああああああああああああ!! あああっ! あっ!? ああ!!!」
包み焼きハンバーグに通るタイミングを窺っていた鋭い銀食器たちは、腐りきったロールキャベツをずたずたに切り裂いた。眼球にフォークを突き立てた感触は以後彼女がカラスミを食べる阻みとなった。そんな機会は無かったが。
「お母さん」
「………………………………何だよ」
「……………………………」
「何だよ……………………………何だよ、何してん……」
「死んで」
せっかく念願叶ったのに、残念ながら2人目ともなると、もう何も感じなかった。
悲鳴。
サイレン。
シャッター音。
水音。
笑い声。
罵声。
水音。
血は噴き出し続ける。人体の7割は水だなんて嘘だと思ってたけど違うみたい。きれいないろ。
走っていた。
最後に聞いた不協和音と目に焼き付いた水の流れから明転するとアタシは走っていて、すごく疲れていて、とてもかなしかった。
擦りむいた膝から滴る血液は何故かあの女とは違う色に見えた。
ネットニュースはまるでノアール小説みたいにアタシの行動を報じる。
“17歳、白昼の凶行”
わあ、いいタイトル。
“本日午後、某県某市の某ファミリーレストラン内で某女子学生が某教頭と某母親を某食器でポゥ!”
わあ、最後マイケル。
“某犯人の某少女は依然消息不明。どうせボーッと某ボート漕いでる”
どんな予測よ。ボートに匿名性いらんし。
“某某某~某・某~某某”
……………………そろそろ寝るか。
何も注文して無いのにノックされた。ここはネットカフェ。
想像し得る事態はいくつかあるが、どれもろくなものじゃない。だってここはネットカフェ。
早く身支度をして、深呼吸をしたら飛び出そう。あ、でも精算どうしよう。帰る時は料金払わなきゃ。そうここはネットカフェ。
天秤さん天秤さん。アタシの身柄と3時間分の料金どちらが重たい? 聞いてここはネットカフェ。
………よし踏み倒すぞ。いざさらばネットカフェ!
退店前必ず観ているデヴィッド・ボウイ「Blackstar」のPVが佳境に差し掛かった所で「こんなことしてる場合か!?」と気付く。習慣って怖い。
密閉型のヘッドフォンを外すとジャジーな店内BGMに混じってサイレンが聞こえた。鼓動が速くなる。
待って。………大丈夫。今までだってアタシは一人で何でも乗り越えてきた。ここもまた乗り切って、自信を上乗せすればいいだけ。そのためには? そうだ、分かってる。考えるより先に動けばいい。
非常ベルが部屋毎に付いてる店で良かった。じゃなきゃ「火事だあああ」って叫んでる。
脳天直下の金属音に引っ張り出された人々は、田舎の食み出し者見本市だった。青髪の痩せ型と目がかち合った一瞬のフランス映画で、それぞれが求める世界の共振を感じる。
「あの……」
「ウン」
一目惚れとか、運命とか、孤独、とか本当は虫酸の走る力の作用でアタシは街と同化する寄す処を得たのだ。
今、人生史上最高にカツ丼が食べたい。
「カツ丼でも出ると思った?」
あれ? アタシってテレパス? 今朝のあの女との意見の一致ももしや血のつながりとかじゃなく超能力?
「ほい」
フリスクだ。手に取った。噛んだ。爽やかだ。フリスクだ。これ逆立ちしてもフリスクだ。
「これ……俺のおごりね」
おごりだ。フリスクがおごりだ。
「でね、本題」
本題だ。フリスクからの本題だ。何だか喋ってしまいそうだ。口中爽やかだ。
「ニュース見た?」
「はい! タマちゃんが久しぶりに帰って来たのが信濃川で名前どーする!?シナノちゃん襲名!? って」
「は? …………面白いなーキミの顔。上下で別人みたい。鼻から上とてつもなく呆れてる」
「ごめんね! でもアタシの本命は足立区を代表するダルメシアン、エラビ→なの! あっ! もちろんプロトタイプの方!」
「エラビ?」
「ビー。矢印が伸ばし棒代わりのエラビ→」
「ちょい待ち。検索する」
画面から上目遣いでアタシを見ては、また画面に目を戻す。往復運動がしばらく続いた。
「……まあ、あれだよ。変に大人びてたから……あれだったけど。君17なんだってね?」
「な、なんだってー!?」
「……………」
「続け給え」
「おうっ!? ……………だから、要はあれ。少年法が適用されるから。良かったね。あれ、20年くらいで……あれだ、出られると思うよ」
「テレビに?」
「テレビに……はもう結構出てるかなあ~? 主に、あれ、ニュースとか? ワイドショー、とか?」
「あっブロードウェイ」
「ブロードウェイ! ……良いね~出られたらいいね~。……………………連れてけ」
裁判とか刑罰とか考える気力も無く、あったことをペラペラ喋ってしまった。あまりの臨場感と微に入り細を穿った描写に、モーニングセットをフイにした新人刑事がアタシを新居へ案内しようとする。
青い髪の彼女は「アデル」と呼ばれたがったが、歌手の方のイメージが強く虫が好かないので折衷案で「カネノブ」とした。単独行動は危険でも二人でいれば怪しまれないはず���新幹線に乗ったが最後、気付いた乗客の提言で一車両が貸切状態になった。嫌な予感の中、停車した駅のホーム。青服の公務員たちに見事取り押さえられてしまう。考えたことは自分のこれからではなく、せめてあと二駅くらいは喋っていたかったということだった。
「面白い髪の相方さんだけどねェ」
「……はい」
「全部喋ってくれたよ。君に頼まれて刺したって。………友達かばうのも良いけど、偽証罪で“休暇”延ばしたく無いでしょ? 明日また来るから、そん時はちゃんと本当のこと言おうね? 殺人教唆なら、20年どころか、あれだよ、下手したら10年足らずで出られるよ」
「………ケーブルテレビに?」
「………………………かもね」
教唆? 何言ってるの? 全部アタシが、一人で、やったことなのに………。
軽口好きな刑事の予言は外れ、判決は名前も知らない彼女だけに下った。聞くも恐ろしい彼女のいくつもの余罪が、アタシの罪を見えにくくした。
どうしていつもこうなるんだろう。
やっと掴んだ温かい手はあっという間に冷たくなって、壊死した細胞が音を立てて千切れていく。
手のひらに残るのはいつだって、悪臭放つ腐肉の滓だけなんだ。
遺書代わりの手紙を灰彦店長に宛てた。届くとは思っていなかったそれはしっかり届いて、久しぶりにアタシはあの人の現在の居場所を知る。
「遊びにおいで」
まるで、ありきたりな近況報告に、最後の夢を見たんだ。
この塀の向こう、誰もいないバス停まで。何が何でもアタシは辿り着いてみせる。
次回
第五話
「DON'T TRUST ANYONE OVER 30」
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エレウテリア 第三話
Conte
エレウテリア
Ghost and Insurance
第三話
「ヤッホーヤッホーナンマイダ」
サイレンはしばらく鳴り止まなかったが、エンジン音をそのままに急速に高音は鳴りを潜めた。
「………わっ」
保健委員さん→保健委員→ホケン、とスムーズに呼び名を骨と皮になるまで捌かれた彼女は窓外の光景に後ずさる。
「何か見えた?」
「見える……見えます……! あなたは晩年、トマト嫌いを克服する……ッ!」
「………それは良かった。斬新な占い方ね」
アンテナのデザインが何んなものだったか思い出せぬ程に永い時間「圏外」と表示し続ける液晶に依ると、今は国が国なら昼寝の時間だ。
多分「運命」とかの類の筈な、夜が明けたら向き合わないといけなくなりそうなもの達を、アタシはひょっとしたら寝飛ばしたのか……!?
どこかで期待していた絶望を見逃したかも分からない後悔は、嵐の前の静けさを小学生の夏休みの倦怠に様変わりさせていた。
そんな時にパトランプである。まともに返って来ない質問の解は、自分で確かめることにした。窓からホケンを引き剥がす。
「……………………ケチャップだけは」
「はい?」
「アタシ、トマト嫌いなのね?」
「………はい、昨夜それは聞きましたけど。だから私イマ言ったんじゃないですか」
「でもケチャップだけは好きだったんだ」
「へえそれで?」
「………………ルックルック窓の外」
「何ですかその微妙に聞き覚えのある感じの勧め方。別に。私達が何か悪いことした訳じゃなし、パトカー位でそんなに怯えなくても。………というか、そうですよ。あのケーサツのヒトに訊けば私達、山下りられ……下りられ……………………レレレ、の、レ?」
Q.シエスタを日本に導入したソーリダイジンは誰でしょう?
赤色を胸にぶちまけ、飽き足らず血糊を噴水する仰臥位ポリスの姿をルックルックした窓の外。少女は見当外れなクイズに挑戦する。持ち時間はどうやら今にも尽きんとしていた。
「大丈夫です。………ははは。大丈夫…………ケチャップなら………あんな、あんなに……。サラサラは、してませんよ」
「然うだよね。はは、良かった良かった。嫌いになるところだ。あれは、ケチャップじゃなくて………」
足音。
「ケチャップじゃないなら……」
「はい。ケチャップじゃないなら、あれは……紛れもなく……」
鉄扉の開閉音。
「血じゃねーか!?」
「血ですよね!?」
手裏剣の激痛に続きまして。
遥かな時を経て蘇生に成功しましたのは「ええじゃないか」の気狂い踊り。
「ウワー! ウワー! どーしよ殺人現場見ちゃったウワー! えっアッあれアノあれかな!? やっぱアノ記念日とかにしないとかな!? 殺人記念日!?」
「いやそれだと自分でしたことになっちゃいますよそれならアノひとごろし記念公園とかホラ!」
「イヤあれそのオマエ公園!? 公園は違うでしょだからアレアレアレ!」
「ア分かった能動態だから可けないんです受動態ならホラこう何というか!」
「然うか然うだね然うすれば可いのかならアレよ殺された記念日!」
「アア良いじゃないですかサラダ記念日ぽくて音的に!」
誰よりも動転す可き気をどこまでも落ち着けて一人の少年が入室する。黒表紙のリングノートをぶら下げ、今この時も何かを記していた。
「落ち着こうよオバサン達」
受けて、それは正に仁王像さながらの。
「誰がだレーシック受けて来い」
「息止められる限界超えてみたくはないか糞坊主」
警官殺しにも動じぬ彼の臓腑は1/4にまで縮み上がった。
「というか誰だキミは」
「な、なん、何だチ……何だ……チミはってか…………。……す……そうです、わだすが……………へ、へんな………何だろう、その………」
「恥ずかしいならやめて!? いたたまれなくなる! 見てるこっちの方が辛くなるから!」
「バッ! ……カヤロウ! 出来るし!! …………フゥー。…………………そうでふ! …………………………アナタ達は何も見なかった」
「………ウン! ウン大丈夫ウン! なぁ~んにもウン! も、ホント何にも見なかったし聞かなかったよアリガトウ!」
「……オバケ。何の感謝ですか。どういうアリガトウなんですか」
幽霊転校生→オバケ と安直に爆破解体された名前に彼女は既に慣れ切っていた。
「勇姿をさ………アノ、有史以来の、くくくくはっ! 有史以来の、勇姿を見せてもらって………っ! アリガトウっていうさ……!」
「分かった少し黙れ」
ラジオノイズが会話に挟まる。出どころはモノトーンの車中。無線の逼迫した声はがなり立て続けた。
「落ち着いて聞いて呉れる?」
「落ち着きないのはさっきからオバっ……オネーサン達だろ」
「返す言葉も無い……けど、真面目に答えて欲しいの。キミ……ここで何してるのかな?」
「何って、見ての通りだよ。…………………白々しい。アンタ何でそんな、まるで」
継ぎ足す言葉を隠したのは、活動写真のわざとらしさを感じる域に達したよろめきから嘲笑の言葉を滴り続けさせる少女。
「見ての通り……! 恥を……っ! 晒しておりますっ……! イヤ、おりまふ………ふっ! くくくほぅっ………!」
言葉よりも態度が有効と見て取り、座が白ける迄少年と少女は押し黙った。
「ハイ…………あの、出来心、ハイ…………。ア、何かアノ………………多分ちょっと珍しいモノ見た所為でハイすいませんでした」
木木のざわめきも相俟って酷く物悲しい空気に、笑いの壺は鮮やかに盗み出されてしまう。
手は美しい八の字を象り、背骨は完璧なアーチを表現した。この娘土下座に慣れている。
「…………………今の何?」
「え? ………何? 何って、何? え、え。ア…………そう、そうですか。“足りない”と。こんだけ反省の気持ちを見せてもまだ足りない訳ですか。へえ……。あのさ、そもそもよ。そもそもアタシそこ迄ワルいことしたかな? 思い出して。事の発端を思い出して。人類はビッグ・ブラザーとも呼ばれるモノリスによってだね……」
すかさず目を閉じるホケン。
オバケは「何てこと……! 今の今まで気付かなかったけれどアタシ、そんな視覚情報を遮断してもじっくり聴きたくなる程の美声だったのか知らん!?」との勘違いで貧血を起こしかける中、何か本能的な恐怖を喚び起こす音を聴いた。
少年は一心不乱にチョコレート色のシャープペンシルを紙の上に走らせる。「ア、そのシャーペンLOFTで見たことある」とオバケは思った。
「デスボ超うめえ!!!」
「………オバケっ……! オバケ、どうしたんですか……っ……!」
姿勢を低く保ったままホケンは低声で訊ねる。
「エ。……………アア、ハハッ。アレー? イヤ、うーん? おかしいな、そうだよねアタシ急に何……? どうかしちゃったかな? あのね、何かメッタクソ上級者な所謂“下水道ボイス”と言われる手のクソ重たいデスボが聴こえた気がMOTHERFFFFFFFFFFFUUUUUCCCCCKKKKKEEEEERRRRRRRRRR!!!!!!!!!!!!!!」
歯を剥き出してコルナサインを高々と掲げる内弁慶メタラー。
「…………アッそういうのちょっと本当に引く」
コンクリート打ちっぱなしの床をホケンはずりずりと座ったまま後退する。ある地点まで来ると、急激な眠気に襲われた。ふかふかの羽毛布団に包まれているかのような錯覚に、そういえばしばらく何も食べていなかったことを思い出し、疲労と空腹も極まると寧ろ幸福感を生むのだなあとの発見に至る。アア好い気持ち。
「………少年や」
「何っ…………!? ア、アア、あれ……! アレ、あれってアレだよねやっぱり!?」
「カームダーン。落ち着け。何だよポリスメン殺っちゃった癖に情けないな」
「死んだふり! 死んだふりしないと!」
走り出し、一度窓から外を眺める。何かに気付いた容子で脱け殻のようになってフラフラと部屋の中央にへたりこむと、天を仰ぎ何かを呟き始めた。聞くと「待っててくれ、俺もすぐ行く」等それっぽい白を続けさま並べている。ノートに挟んでいたペンを握りしめ、野性的に過ぎる観客を一瞥すると、大仰に振りかぶってミゾグチ映画の殺陣並に刺さって無いのが丸わかりな自決をした。
「………………オ、オオー……?」
開いた口を塞ぐ術をド忘れしてオバケはつい拍手してしまう。日頃のライブ通いによって充分に訓練されたそれはホケンが凭れる人肌の温度のソファーに命を与えた。
穴持たず。
「年に一度、山に訪れる空前の冬眠ブームに乗っかるタイミングを逃して、いきり立っているミーハーくんのことね」
「要は冬眠しそびれて凶暴化してるヒグマか。了解」
視線を外さずにゆっくりとその場を離れる、という正しい対処法を教わった少年はオバケと共にへっぴり腰ムーンウォークに励む。
「へッ………。へい熊ッ……熊さ………熊さんッ……! 熊さんんッ……へい………っ………!」
目を合わせられずうつむきがちに話しかけるホケンの肩は小さく震えている。自分より幾倍も大きい野生児な彼の前で今にも死んでしまいそうにドキドキする様が何ともいじらしい。
「何となくそうなんじゃないかなぁイヤでもそんなことないよなァって騙し騙しやってきたけどやっぱア���ツ…………!」
「分かるよ。馬鹿だね」
「うん……ッ! モウ………天才的!!」
穴持たずは身を起こし、三メートルはあろうかという巨驅全体が発声器官と化しているのかと思う程の怒号を放った。
「……………デスボっ…………! 超うめえ………」
「………でしょ」
互いに指を指し合うオバケと、もはや弟分。
“世の中は星に錨に闇に顔
馬鹿者のみが行列に立つ”
(清沢洌 「暗黒日記」)
7月2日
今日から、このノートに記録を残すことにする。
最初は、数は、わからない。たぶん20人くらいだと思う。
あの人もきっと死んだ。何にも動かなかった。物理演算の間違ったモブみたいになっていた。
7月20日
前のはノーカンとして、これが記念すべき一人目。
「山小屋はどこですか?」だって。何の苦労もなく、結局来れたんだし、その一部にもなれたんだから、さぞ嬉しいだろう。笑えばいいのに、表情は何も変わらない。
7月21日
なんだあれ。どうして。どうなった。妹に変なアザが出来ていた。誰だ。あんなこと、ここの誰が出来るんだ。………誰もいない。あんなことする人、ここにはいない。
7月22日
意味が分からない。下手なSF作家なんて殺せ。
7月23日
どんどん酷くなる。もう顔を見ても誰だか分からない。
7月24日
誰か。あれは本当に俺の妹? 誰か、教えて。
7月25日
昨日、ここから逃げ出そうとしたやつが一人、射さつされた、て はなしだ。
夜、からだ中 あついかゆい。
胸のはれ物 かきむしたら 肉がくさり落ちやがた。
いったいおれ どうな て
7がつ26にち
やと ねつ ひいた も とてもかゆい
今日 はらへったの、いぬ のエサ くう
7がつ27にち
かゆい かゆい スコットーきた
ひどいかおなんで ころし
うまかっ です。
4
かゆい
うま
オバケは黒表紙を動かない鉄製の馬の背に乗せた。
「………途中からコピペじゃん」
「やっぱ分かる?」
「あっ」
ホケンが怒りに任せて蹴飛ばしたレバーはメリー・ゴー・ラウンドを起動させる為のものだったようで、盗作疑惑濃厚なパンデミック・ホラーは見る見るうちに遠くなる。
「俺の“暗黒日記 ニ〇一六”が……っ!?」
「西暦付けてリメイク……黒表紙……内容から漂うバイオ臭………。もうオリジナルな部分探す方が大変だっつーの」
遊具は独立して居らず、総てが一つの根から分かれているような造りらしい。遅れて園内の、錆び、塗装が剥げた奉公者達は軋る身体を捩り始めた。
穴持たずは、まだ息のあった警官が意識を取り戻して騒ぎ出すと、標的を移した。皮膚に覆われぬ血液が放つ芳香に堪え兼ねたようだった。
恐る恐る部屋を飛び出すと驚いた。
廃病院だと思っていた建物は規模の巨大なお化け屋敷で。
何年振りだろう。
ここは、いつか学校を抜け出して「課外活動」にやって来た、あの遊園地だった。
次回
第四話
「Rosebud Heights」
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エレウテリア 第二話
Conte
エレウテリア
Ghost and Insurance
第二話
「歩いて、車で、スプートニクで」
隊列を組んで砂漠を進む商人の一団。
誰の発案かそんな固有名詞を含んだタレントオーディションの書類選考通過との報せがテエブルの上で仄かな熱を発している。途中で飲む気を無くしたピンクとオレンジ。二種類の錠剤は湿り気を帯びぼやけた輪郭でその書類に点々と足跡を残していた。
深い青色のカアテンから透過した光の効果。ラピスラズリに似通った彼女の肉体は、必ずしもその遮光には由来しなかった。
「……18きっぷ」
バスタオルを捨てて少女は机の抽斗を空き巣襲撃後の悲惨な状態へ近附ける。犯人さんいらっしゃい、という白が脳内反響したが何の言葉だったか想い出せずにいると、手のひらに静電気のような痒み。
少女を見知らぬ土地での死へ誘う切符が、恥ポエムの切れ端に混じって申し訳無さそうに顔を見せた。
日本海の荒れ狂う水流しか知らなかった十七歳に、その穏やかさは衝撃だった。色素の薄い水。市街地の間近にある海水浴場がそう遠くない場所に見える。
自宅に送られてきた紙を凱旋させるという御勤めを果たした少女は、「!」のやたら多用された器量良しなお紙さんの生まれ故郷で窓硝子越しに海を眺めていた。
不図、目が散った。
青い風船が向かいのビル内にあるフレンチレストランの看板に引っ掛かり、此処を先途と計りにそれをカラスが啄んでいる。今か。次の瞬間か。それとも空に消えるのか。風船は少女の真向かいで小刻みに震えた。
「話が違います」
「そう。その通り。君は誰とも違う。今迄僕が手掛けてきた何んな女の子とも君は違うんだ。……そう。だから、まさに君が今言ったように君の場合は、もう開始から他の子とは違う話をしなくてはならない」
これは会話じゃない。彼女は、自分を“僕”という一人称で語る女の、溶けたプラスチックのようなどろりとした目を見ながら思った。
よくよく見れば粉を噴いている年季の入った営業スマイルを振り回す一群の中へ、彼女は投げ込まれた。何世代にも亘る“他の子とは違う”女の子達は器用に整列してモザイクアートのピースを担っていた。
半強制的に編入させられた学校は過疎地にあって廃校を待つのみだった。四人しか居ない(らしい)生徒が全員揃った所をアタシは見たことが無い。
「宿題って何だったか覚えてますか?」
「これです、先生」
然う云って、ちんぷんかんぷんな自由研究を見せる。アタシの高校生活とはつまりそういった物だった。
「“非合法レイヴとは何だったのか”……新書のタイトルみたいですね」
「さあ読むがいい私のポテチとコーラとたらスパの結晶を」
「ずいぶんとジャンクな血と汗と涙ですね………こぼしすぎです」
「ソレ込みで当時のアウトロー感を表現してまーす」
「嘘おっしゃい」
油の染みが濃い頁ほどじっくり読んでくれている。どんな風に物が作られたか、背景を瞬間的に想像出来る所と、そこにある思いを汲む力に長けた所。先生のミリキってそういう部分だ。
「何をフィレ肉みたくボーっ、としているんですか。自習の時間ですよ」
「国家公務員の観察という自習中ゆえ悪しからず」
「悪しかります」
「悪しかります!? ワッドゥユミーン!?」
「ジーザスファッキンクライスト」
「………わ、分かりやすーいなーぁ。あれ……………フィレ肉?」
「今頃ですか」
金木犀か何かだった。甘さと、少し不安になるほどの爽やかさ。空腹中枢への一撫で。常にあの教室内に漂っていた物。
「あ、おそようございます高垣さん」
「………おそ……ざいます」
紫陽花よりは紫キャベツの方が言い当てられる濁った色で頭を覆っている。カナル式イヤホンから漏れる音は低音ばかり強調された。ブレイクビーツ。私服登校が許可されているとはいえ、紫色に染髪しようなんて私なら思わない。
「宿題って何だったか覚えてます?」
彼女は何も言わず、座したばかりの席を立って教室を出ていった。
「そろそろ学ぶべきですよね。寝る前に準備しておくとか。ね、先生」
「可いんですよ。この時間であの娘と向き合う心の準備が出来るんですから」
「ワクチン的な?」
「うーん。……よりか、ロード時間かなァ」
「さっすがゲーム世代」
「あなた何歳ですか」
「時代が時代ならもう元服は済ませましたよ」
「いちいち遠回りしないと気が済みませんか」
近年のパリコレを思わせる魔改造が施されたイエズスの像に、進学先候補一覧が壁から剥がれて貼り付く。
風の強い日。
この時まではアタシはそんな日が好きだった。
「……あ、ありがとう高垣さん」
「先生、終わったらアタシにも」
「可い? 高垣さん」
「………多分」
“しろいせかい”と、ノートの表紙には書いてあったが、ほぼ総てのページが真っ黒に塗りつぶされている。唯一、最終ページの中心に修正液のような物でほんの小さな点が付けられていた。
「今日は高垣さんですかね」
「……うん。アー! ねェ」
平行に配置されていた机を移動させている最中だった。話し掛けると、その子は何故か真後ろに落ち着く。
「何?」
「どやったらさー? 高垣さんみたいの作れんの?」
「んと、ア。滝行」
「ストイックだな意外にも」
シャープペンを偏執的にカチカチ鳴らす。白目手前まで上を向いて、微かに震え出す。「ラジオに合わせて踊れ」喉も裂けよとばかりに叫んだ悲劇の人が遠くにチラつく挙動は、彼女なりの思考法なのだろう。
「多分……私、一回轢かれたから。車………車に……轢かれたことあるから」
「………アー、成程……っていう言い方はアレか。でも何か、腑に落ちた。人体錬成みたいな、ね?」
「えっ?」
温かいスープを飲み干したような幸福さを湛えた眼差しで二人を見ていた男は、自らの職業を思い出す。
「ハイ! 早紀! 授業授業!」
「……先生、学校で………名前……」
「あッ、また……。すみません“高垣さん”」
「いいよ……」
動物園。特にこれということも無く、なべて飼い慣らされた野生動物、強いて云えば活発な種の動物が人間を見る時の好奇の目で少女はぎごちない会話を眺めた。地獄型に非ざる人間動物園に収監されている。実感は空中庭園の朝日。
「フゥー! オアツイねお二人さァーん! アタシ席外す!?」
「………お母さんが、間違えるから……!」
「あッ、え、でもね早紀ちゃん」
「あ」
「あ」
ゲスい感じの極めた感じで乙女な感じな両成敗が床下から鳴り響いた気がした。
「土岐さん~ッ!」
「待ってアタシそれなりに部外者」
「席外しましょう」
「自分で云うのは可いけど人から云われるとヤなやつねこれ」
「じゃなくて、今日は、折角だから皆で遊び行きましょう!」
「……先生、先生。遊び? ン? ン、遊び?」
「………ハイ?」
「イヤ、だから。遊び? じゃ、なくて? ……課外ぃ~?」
「課外ぃ~? ………活動ぉ~?」
「イエスレッツゴー教員室」
「アイマム」
冬休みにも満たない日数だったアタシの高校生活は、このあと直ぐに幕となってしまった。
以来アタシは、風の強い日がキライで。
二度と、アトラクションなんかには乗らないと誓ったのだ。
「そうですね……。血は立ったまま眠っている」
「よっしゃ、採用や」
ビクビクもので応募した古本屋のアルバイトの面接は、二分でオフ会に成り変わる。S.TERAYAMA の名を忍び込ませた履歴書が相性抜群な店長はイカしたお姉様といった雰囲気だった。
「ヤバい粉末の密売みたいやな」
商品をくすねていても見分けられないので店内に私物のCDや本を持ち込んではいけない。という決まりから、オススメアイテムの貸し借りはいつも駐車場でしていた。
「ゆず胡椒とかですか」
「せや。アレはヤバい。あの粉は人をダメにする。カツオ出汁と合わせたりなんぞしよったら……てアホ」
周囲を見渡す。誰もいない。
「探さんでも、アホはさっきからここにおる奴や」
「ア、自覚あるんだ」
「こんのぉ……っ!」
「やめて灰彦(ハイヒコ)! ぶつのはおやめになって!」
「つぅー………ッ! くらぁ! ネットの名前で呼ぶなぁッ!」
「アハハハハハ……! ウフフフフフフ……!」
「イヤ、直立不動真顔で云いなやソレ。怖いわ」
遊園地での事故後、搬送された病院でアタシの身体にはセンテンテキに異常があるらしいと分かる。「ギフテッド」という単語を何度も聞かされるのが凄く耳障りだった。何だか、まるで「お前は人間じゃない」と言われ続けているようで嫌だ。人よりちょっと考え事が��きなだけなのに。
地方の狭苦しいコミュニティでは、噂話が未だに一級のエンターテイメントとして活躍できる。骨折が治ってもアタシは元通りにはならなかった。尾ヒレ背ビレエラウロコ全部乗せで満遍なく広まった畸型の口頭伝承は、アタシに普通の学生生活を送らせまいと阻んだ。
仕方無く町一番アウトな店である古本屋で日がな一日過ごしていたが、芸能事務所もそんなアタシに愛想を尽かし支援をやめてしまった。親からの送金など元より無く社会貢献を初めても、灰彦店長は危険ドラッグの不法所持で逮捕され、勤務態度の悪いスタッフ、主にアタシなど、しかいなかった店は早々につぶれた。
「ゆず胡椒で満足してれば良かったのに」
「……アホぬかせ」
塀の中から手紙が届き借りパク未遂に終わったCDを返しに行くと、店長は蓮の花托模様に穴の空いたガラスの向こうで力無く笑った。
「時間無くて聴けなかったけど。……歌詞! 最高だね」
「歌詞……? ……………………はは」
「そう。……詞、スゲー良い」
項垂れていた店長は緩慢に頭を上げて、捨て猫の鋭さで声を紡ぐ。
「アレな」
「うん。何?」
「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン。あのバンド、CDに歌詞カード付けないことで有名やねんで」
急に静まり返る面会室で看守は机から起き上がりこちらを睨む。
「……………え。ア、あ、イヤ、だから。歌詞、カード無いなァって思って、ほら、ネットで対訳探してさ……」
「あんなァ! 聞いて?」
本当だったんだ。その時初めて分かった。店長ホントにクスリやってたんだ、と常人離れした反応を見てアタシは思い知った。
クロスロードの悪魔は、意外にも魂を後払いさせてくれるらしい。少なくともアタシの悪魔は、厄介な脳ミソと引き換えに、極く少量の劇薬を忍ばせたCDを呉れた。
骨折が完治しても、アタシはまだまだ医療サービスを甘受出来る身体のままだった。
遠い場所で無謀な生活をして、死ぬ理由を作ろうと思ったのに、悲しい哉アタシは生きていた。死ぬには良い空気を吸い過ぎた。脳を蕩けさせる毒瓦斯も、金木犀とゆず胡椒には敵わない。
年上だとは夢にも思わなかったと伝えると、その子は喜ぶ可きか怒る可きか考えあぐねて、二本目を喫み「今度は大丈夫か?」と期待した矢先にまたしても盛大な噎せ方を見せて呉れた。
「転校して直ぐ不登校になった女の子に、学内誌届けて欲しいって……ウェホッ!! ェフッ! ボッ! 欲しいって……高垣先生に頼まれたの………」
「分かった! 分かったからそれ以上喋るな!」
「無駄にドラマチックにしないで……ウェーホフッ!」
「ア惜しかった今の」
期待と共にそっと差し出した三本目。涙目に振り払われる。
「でも……違うよ?」
「何が。アナタ今明らかチェーホフ狙いに行ったじゃん」
「そこはウン確かに違わないんだけど、アタシ、アタシ不登校じゃないから。……………イヤ、不登校みたいなもんか。先生キビシイなァー。ジャッジがシビア」
「ジャッジがシビア……」
「うん、ジャッジがシビア………あんまそーゆートコ拾わないで呉れる?」
「ごめんなさい」
そろそろ朝が来る。
たぶんこの子だけじゃなくて、アタシはきっと、朝になったら向き合わなくちゃならないものが沢山ある。
変な予感を打ち消すためだった。
「一本ちょうだい」
「え? ………はい」
煙の味は、アタシには少し刺激が足らなかった。
次回
第三話
「ヤッホーヤッホーナンマイダ」
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エレウテリア 第一話
Conte
エレウテリア
Ghost and Insurance
第一話 「今すぐ君をぶっとばせ」
しかし山だな。「深山幽谷」ってそこいら中に油性ペンでベッタベタ書いてあるみたいな"山"然とした山すぎてもうホント山。山が山な山の山を山した山で山っ山。まっさか、バスで寝過ごしたら日本昔ばなしに到着するとは思わないよっての。縦んば違うとしてもメルヘェンホラーだからね。どのみち人死にの出そうな大自然にオアツイ抱擁を受けちゃってるのは変わらなくってよアタシぃー。イタリア人じゃねんだからさー? 挨拶がてらのハグとか通報もんですぜ。そんなつつましやかにしておしとやかなくせにやかましい時ゃやかましいアチシはジャパニーズガーゥなので早いとこ放してくらはーい。コンクリートとアスファルトと汚れつちまつたあーでもないこーでもないが渦巻く愛無き世界へいざないたまへー。ビバラ排気ガスー。おんりぃしゃろぉー。
マイナスイオン満天の森を彷��う少女は気力を使い果たした生気の無い目をしていた。マアそれは生来の特徴なのだがそれにしても丸1日歩き通しで障害物センサーを搭載したお掃除ロボットの、クオリティ高めな物真似をしている。そことて元からアルコール無くともALWAYS千鳥足。やる気の無い歩行は彼女の持ち味であった。
客観的な検討の結果、割とアタシまだ全然平気なのと違う? いつも通りやあらしまへん? という疑いが彼女の中に持ち上がる。
眼界は何処も彼処も深い緑。濡れ煎餅の枯れ葉の下で夥しい蠢動。控え目ながら強かに肺を支配していく水気の多い空気。午睡の重みが流れる平行線と暗転の景色。
自分でも今まで意識したことの無かった、秘されていた猟師の心が脳内で「獲物だ!肉だ!」と叫んだのを必死に打ち消す必要に迫られたので少女は前言撤回した。「アタシやっぱ結構疲れてるわ。……し、餓えてるわ」と設定し直す。等間隔に並ぶ樹木の隊列を乱す水際立った巨木の一本から意想外の遭遇者が、ひゅっ、と姿を見せたのである。その人物もまた、少女という形容が似つかわしい姿形をしていた。
可能性。
「幽霊」。偶然スカートのポケットに入っていた岩塩をヒットアンドアウェイ。除霊ならず。これはゼロ。
「刺客」。なんとなく靴下に入れといた手裏剣をスライアンドザファミリーストーン。刺さった。これもゼロ。
ってことはアタシと同じ「迷子」がパーセンテージ高めな感じかな。
江戸に絶滅し明治大正昭和を経て見事平成の世に甦った激痛にうずくまる女の子の肩を叩いて、アタシは声をかけようとした。
「ア、すいません!」
先を越された。白(せりふ)被ったから返事しそびれた。
「道に迷っちゃって! 山の下り方、知ってたりしませんか?」
何の、なのかは言わずもがなな張本人が言うのも何だけど、そこじゃなくね。今この時、声を大にして森じゅうに響き渡らせるべき議題それじゃないんじゃないの。背中に突き刺さった恐らく銃刀法違反を等閑はいかんぜよ。
てかさ。
山の下り方だと?
そんなんアタシが知りたいのだが。
「んとね、分かれ道に出る度に左へ曲がり続けて。したら見えてくる悲しき石像の目線の先の地点で眠りの笛をお奏でなさい」
……………………やっちまった……。
「悲しき石像ってお地蔵さまのことだったんですねッ!? それで目線の先の地点というのはここ、この廃病院で! 眠りの笛というのは疲れて寝落ちしたことによる盛大な鼾を指していたなんて………すごい! すごいすごい! ゴイスー! ギロッポンでチャンネーとシースーをターベールー! あなた、さてはヌシですか? この山を統べるヌシなんでしょ?」
ちげーよ。
なんて最早言い出せないのは口から出任せがことごとく現実と合致してしまったからだ。何はともあれ……特に傷害罪はともあれ、あれから私達は歩き出してみると旧東西ドイツの文化について会話はゴムボールの弾み方で、ピョンピョコピョンピョンと、いわく以外の物を見出だすには全身粉砕骨折待った無しな「あいんしゅてゅるつぇんでのいばうてん」に遭遇した。……オスタルギーなんてもう知らない! メイの馬鹿! パンはパンでも飛べない豚は焼豚!
両者の間には未だベルリンの壁が健在していた。ヴェスタルギー礼讚派の手裏剣使いは液晶からお辞儀するアンペルマンに心を射ぬかれながらもジブリ的、なぞなぞ的罵倒に臨むのである。試す肝が底冷えしていて彼女は火を求めていた。
「あの………うんそうそうその通りキサマヨクゾワガショータイヲミヌイタ。で、ヌシさま今かなーり寒くていらっしゃるんだけど、キミは寒くないの? ……あと」
あ。そうそう。
「あと結局キミは誰なの?」
明るいグレーのジップパーカーをその下にひっそり息づいていたブレザーもろとも二枚抜きした手裏剣の跡がチクチク罪悪感を水増ししてきて目を逸らしながらの質問は、安っぽいホラーの心臓発作導入法でつまり逸らした先で女の子はアタシの目線をナイスキャッチして自己紹介する。ファインプレー。んー。珍プレー好プレー寄りかも知らん。
「保険委員です!」
「あーなるほど保険委員ね! そうかそうか、じゃ居るよね~山ん中ひとりで彷徨うよね保険委員はァ~! 納得納得!」
唐突なロボットダンスでしょうか?
いえ、オーヴァーな二度見です。
「無ェよ!!」
「何が……ア! ア、すいません、ア、アー! ア、まだ渡して無かった! アー私としたことが! 3年4組出席番号は下から数えても上から数えても大差無いことにおいては世界に名立たる優秀な保険委員ともあろうこの私が目標と難なく遭遇しておきながら未だ目的を達成していませんでした! かァーっ! 泣かせるねィ!」
フリスビーが思わず自らの存在意義について真面目な考察を始めそうなくらいには美しい弧を描いて、かつて幾つかの悲劇を演出したであろう病室を飛行したそれは所謂、俗に言う、今風な言葉だと、有り体に言えば、忌憚なく言わせてもらえるなら、てか単純明快「保険だより」だった。角がちょっと刺さって血が滲んだせいで、物々しさが校庭10周終えた感があり寧ろ何か出そうで何一つ出て来られなさそうな景色に馴染み過ぎている。小道具。美術さん頑張ったねありがとうってレベルに小道具。んでセットもパないんだから美術さん神ってるとしか言いようが無い。……アタシは何の話を誰相手にしているんだ。
「へい熊さん! そりゃ本当かい!? おうともよ! この耳でしかと聞いてきたんだ、間違いなんてえのはあるほうが間違いってもんだぜ! そうは言うがよ、おめぇその耳に付けてるのは一体何だい。おっこれかい? これはな……ありゃこいつぁ“いあほーん”てシロモンだ! たぁーっ! やっちまった! オイラの聞いた話ぁ“らぢお”の中のこったぁ! こっ! ここっ! こったぁ! たぁ! ……たぁ! へい! へいへい! くまっ、くっ! くっ熊さん! へい熊さんへい! へいっ! HEY YO! COME ON!」
そしてこの子に至っては何を誰に、とか以前にあの…………………どうしたの!? あのあのあの……えっと、えーっと。熊さん何聞いてきたんだろうっていうのと時代考証班もっと頑張れや。
うーん。
いやそもそもがタイミングよ。落語………エ……このタイミング? いまっ、今ってさ。あのね今って落語っちゃうタイミングだった? この子はどこにチャンスを見出だしたのか。今だ!って。落語るなら今だ!というチャンスをだね。2070年くらいまでにはこの謎解き明かされてれば良いなトゥーサウザンドフィフティーン。全米が半ベソ。全北欧が遠い目………やめた。これ、ちゃんと��タシ多分この子と向き合わないといけないやつ。クリエイティブな現実逃避は計画的にってCMでも言ってたし。どんなプロのミスやねん。アマチュアだそんなやつ。じぇじぇじぇ。JAJAJAJA!! アーッハハハ!!
…………泣きたいぃー!!!
つうか全然さぁ! 山下りるどころかさ! 廃墟見つけ出してんだアタシはァ! 天才かってんだ、くそぅ……くそぅ………。ソーニャちゃん奴ぇ………。くそぅ……くそぅ………。
「キルミーベイベー面白いですよね」
「…………おうともよ。どの辺から声になってた?」
「“抱きたいぃー!”」
「言ってねーし」
「“薪パニーック!”」
「なかなか割れないのかな」
「“吐きがちぃーっ!”」
「酔っ払い? 胃弱?」
「ひとつ良いことを教えてあげます」
「何? 菊地凛子離婚した? やったこれであのロリ声三十代はアタシのモノ」
「涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない」
「キサマ趣味が合うな……!?」
月光下騎士団は、夜の廃れた病院施設に座り込む二人の少女という映像にも映え、あべこべに食らい尽くさんとする様はまるでウェイパー。雑菌の交換行為として悪名高いイヤホンを片耳ずつ分け合う聴き方すら、触れることを躊躇わせる美味しさで包んだ。
「Who’s gonna die first?」
「Who’s gonna die first?」
言っちゃった感というものは塗り潰しなら早いに越したことはない。早ければ早いほど泥沼に陥ることが出来るのだ。
「オイ! オッ、やめろよそーゆー、ねぇ? 縁起でも無いっつかさ……」
「いや今ハモったでしょ? 私達バンドメンバーなら良かったのにって位息ピッタリに歌っちゃったじゃないですか」
「えー? えー何アタシ知らないそんなのー。えー。えー歌ったとか何それアタシただ聴いてただけだしぃ? 誰か別の人じゃない?」
「別ッ………。……ウソ」
「あっ」
これぞ泥沼である。
「夜の廃病院で……。別の……別の、ヒト」
「あっ! いやその!」
「私達以外の、別の…………」
「あのね! 何というかね! 勢いというか!」
「私達以外の……。ヒト……以外の…………!」
「オイオイオイやめて怖いやめて怖い」
「キャアアアアアア!!!」
「キャアアアアアア!!! ………アアア、やめてってば! 歌ったよアタシは歌いました! …………もうハリウッド行けよキミ……もうホラースターだよ」
「ホラースター?」
「分かんないよ……。アタシもう向こう30分間位は何にも分かられる自信が無いよ」
30分後。
「アタシには世界の全てが見えている」
「立ち直り方が極端」
都市ガスのタンク。熱を持った充電器。賞味期限が半年先のコーヒー。糊の効いたシャツ。発売してから日の浅い漫画本。
暖を取る道具探しがてらの30分間に亘る傷心旅行による戦利品達は、口を揃え、低声でこう囁いていた。
“檀那、此処やっぱり誰か居ますぜ”
「へい……熊さんへい………」
「YO………どうしたブラザー………」
「あの、熊さんさ………。やっぱり如何考えて、何処迄も希望的に観測したって。……熊さん。此処さァ」
「“熊さん”呼びが定着してしまいそうだからそろそろ言うよ。……個人情報はギリギリまで成る丈け守りたかったけどしゃーない。アタシの名前は……」
「知ってますよ」
「ぬくもり狩り強行軍」の締めくくりを飾った、火が点いたままの赤マルを、あの子はその時、恰好附けようとしてくわえた。そして息を止めた。目が段段泣きそうになって、それから間もなくの大音響を超える噎せ方をアタシは今でも知らずにいる。
「幽霊転校生!!!」
咳をしいしい、あまりにも正確に的を射抜いたその形容の狡さがきっと、出口だったんだ。
変な自殺がしたかった。
二十七歳は、近いようで遠い。そんな雲みたいな、太陽みたいな月みたいな追いかける程に附いてくる未来は待てないし、たぶんアタシはロックスターではなかったし。じゃあ、でも、あんまし普通の死に方も、他人様に迷惑の掛かる死に方もしたくなかった。昔、よく授業中に話が脱線する先生が、不意に言った「鉄道自殺だとダイヤが乱れて迷惑した客全員の億単位の乗車賃を遺族が支払わされる」という話を聞いてからは、それまで可成上位にあった手段は固く封じられた。
死にたい理由なんて大したことじゃなかったと思うけれど。
……で、その頃のアタシが熟慮の末に思い泛んだ手段は「オーディション」だった。
次回
第二話
「歩いて、車で、スプートニクで」
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Einführung(イントロダクション)
団員が一人きりの劇団「ドレンチド」を主宰しております、Zuidou(ズイドウ)と申します。
日本海を渡ってきた豪雪に簡単に埋まる雪国の田舎町出身。芸術なくして何が人生ぞ!爆発しろ!とまだまだ怒れる若者。業、カルマについて必要以上に考えたがる傾向がある。情報収集は生きる糧、映画音楽活字漫画写真何でも人間の滑稽さを目撃出来る事柄、それが理解に苦しむ御し難い代物だとなお良いのだけどそういった物に強い官能を覚える輩。 Post Punk/Djent/Chillwave/New Wave/Breakcore/Dubstep/Nouvelle vague/French Avant-garde/Expressionism
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