Tumgik
teamsandai · 9 years
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影鵺
ドッペルゲンガー 男 ストーカー 「やっと見つけた。」 そして、俺はとうとうヤツに追い詰められた。 幾度となく回避し、逃避し続けてきた。 何度も、何度もだ。 だというのに、結末は決まってこれだ。 荒げた呼吸は整うことなく、汗が、額から鼻筋を通り頬を介し、顎から滴る。 「・・・おまえ・・・なんで・・・っ!」 掠れた声で溢れた言葉は、疑問だった。 「・・・おまえは・・・っ!!」 「何故だって?当然だろう。」 膝をつく俺の前に立ち、ヤツは嘲笑い答えた。 「だって、僕と君は一つになる運命なんだから。」 ーーー 「はぁっ・・・はぁ、はぁ・・・。」 最近よく同じ夢を見る。男に殺される夢。 逃げても逃げても、最後に俺は呆気なく殺されてしまう。 夢の中の俺は、その度に違った逃げ方をする。 だがそれも無意味なのだ。夢の中で確実に、残虐に、俺は殺される。 「お兄ちゃーん。起きろー、朝だぞー・・・ってなんだ、起きてるじゃん。」 「あ、あぁ・・・おはよう美紀。すぐ行くよ。」 明晰夢というものがあるが、少し調べてみると「殺される」、というカテゴリは結末は自らの死でも、その死に方で随分と結果が異なるらしい。その中でも俺のように「追われた末」、というのは、実生活でも実際に何かに追われそれをストレスと感じているのだそうだ。確かに、新卒の扱いをしない今の職場にうんざりしているところは十二分にある。そしてストレスとは本人が思う以上に蓄積されるものだと心理学科卒の友人が言っていた。なにか趣味の一つでもつくってうんと発散したらいい、その友人はそう言ってあっけらかんと笑っていた。完全に他人事である。しかしこれ以上の的確なアドバイスもないだろう。けれど思い付く限りの趣味足り得るものには手を出しても、夢中になることが出来なかった。単に飽き性なのだ。 「なぁ美紀、お前趣味ってなにかあるか。」 朝食の場で妹の用意してくれたトーストを頬張りながら何気なく聞いた、つもりだったのだが、テーブルの向かい側でトーストに齧り付く瞬間のまま硬直したその姿を見るに、我ながら奇天烈な発言をしたのだろうと思った。 「どうしたの、具合悪いの?」 「・・・いや、なんでもない。」 そうだ、趣味だなんだとうつつをぬかしている場合ではない。もたもたしていると遅刻してしまう。自己管理でケア出来るものはなるべく徹底してケアしておきたい。・・・なるほど、性格上俺は、常に既に、時間に追われ続けているというわけか。 ーーー その日も、同じように夢を見た。 「だって、僕と君は一つになる運命なんだから。」 決まって最後に告げられる粘着質にまとわりつくその言葉で目覚めた。冷たい汗が、跳ね起きた背中を這いずる。おかげで眠った気がしないのだ。これはいよいよもって精神科に受診した方がいいのかもしれない。 「お兄ちゃーん。起きろー、朝だぞー・・・ってなんだ、起きてるじゃん。」 「あ、あぁ・・・おはよう美紀。すぐ行くよ。」 いつも通りのやり取り。同じことばかりを繰り返すうちに寝ても覚めても、生きた心地が、あまりしない。そんな気がする。なんというか、張り合いがない。頑張って得たいものもない。かといってむざむざと惰性で時間を無駄にして一生を終えたいとも思わない。何か打開策はないものか。 「どうしたの、具合悪いの?」 「・・・え?」 用意してくれたトーストを頬張りながらぼんやりととりあえず精神科を受診する為の休みの相談を上司にする算段を立てていると、妹からそんな言葉をかけられた。 「いや、顔色悪いから。体調でも崩したの?」 「・・・そんなに悪いのか?」 「うーん、まぁ。鏡見てきたら?」 言う割りに素っ気ない妹の態度から、そんな気がした、程度なのだと思う。実際自身に体調が悪いという兆候は感じなかった。洗面の際にまじまじと自分の顔を眺める。そういえば自分の顔をしっかりとみたのは久しぶりな気がする。意識していないと、自分がどんな顔をした人間かも忘れてしまうのか。しかし、これは。 「本当に・・・俺か?」 思わず声に出してしまった。しかし、そんなことはどうでもいい。見れば見るほどに、鏡に映るこいつが、自分ではない別の、誰かに、見える。そんな馬鹿なことがあってたまるかと吐いて捨てたいが、その認識を改めることはとうとう出来なかった。とはいえ仕事にいかないわけにもいかない。俺はひとまずその疑問をどこか空の彼方に捨てることにして、家を出た。 ーーー 悪夢。そう、悪い夢だ。俺は今、長い夢の中にいる。まるで迷宮のようだ。そんな場所をただひたすらに走り続けている。逃亡。姿も形もないものから、俺は逃げていた。けれど声は絶えず俺を呼ぶ。 「君が不安に思うことも、大切にしたいものも、僕は全部わかっているよ。大丈夫、怖がらないで。」 「そんな覚束ない足取りじゃあ、躓いて転んでしまうよ。もっとよく見てごらん。君の回りには、僕がいるだろう?」 「ふふ、やっと見つけた。君は隠れるのが上手だね。」 「何故いつもこうなるのかって?言ったろう?だって、僕と君は一つになる運命なんだから。」 ーーー 「お兄ちゃーん。起きろー、朝だぞー・・・ってなんだ、起きてるじゃん。」 「あ、あぁ・・・おはよう美紀。すぐ行くよ。」 ーーー 「お兄ちゃーん。起きろー。」 ーーー 「お兄ちゃーん。」 ーーー 「オニイチャーン。」 ーーー 「起きロ。」 ーーー ふと気が付いた時にはいつもの布団の上にいて、妹が、俺をお越しにやってきて、俺はそれに答えて、トーストを食べて、そして気がついたら布団の上にいて・・・まて、俺は一体どこで働いていた?なんの仕事をしていた?妹は?妹は一体幾つだ?どうして両親がいない?どうして俺達には両親がいないんだ?わからない。思い出せない。頭が痛い。頭が。痛い。痛い。 ーーー 「おはよう。いい夢はみられたかな。」 すると、俺の前にはあいつがいた。あいつが、い、た。 わけがわからない。わけがわからなかった。だって、あいつがいたんだ。夢の中の、あいつが!! 「とても、いい顔をするようになったんだね。僕は今とても嬉しいよ。」 「う、うるさい!!黙って・・・!?」 おかしい。こえが、おかしいのだ。俺の声じゃない。今のこれは俺じゃない。今叫んだのは、確かに俺のはずなのに、俺じゃないのだ。 「・・・そしてとても、いい声をするようになった。・・・フフフ。」 そう、今の声はまるで、今までさんざと俺を苦しめてきた、目の前のこいつの声ではないか。 「な、なんで・・・。一体、なにが・・・?」 知らず言葉が漏れる。後ずさった背中が鋼鉄の壁にぶつかる。肩をみると、俺の服ではなかった。それだけじゃない。それだけじゃない!!手を見ても、足を見ても、髪を触っても、俺は、俺ではない。俺ではない誰かが「俺」を演じている!俺がいる筈なのにだ! 「「何故だって?当然だろう。」」 なん、だ。俺の、俺じゃない俺の口が、勝手に動いて、喉が震えて、勝手に声が出てしまう。思っていないのに、話したいなどと思っていないのに、俺の言葉が出てしまう。俺の意思とは関係なしに。思わず口を抑えようとしたのに、動かないのだ、体さえも、俺のじゃ、ないから。 「・・・言ってしまうとね、君は僕から剥がれた僕自身、ってことになるのかな。」 「馬鹿な!それじゃあ・・・それじゃあ・・・っ!?」 それじゃあ一体、「俺は誰なんだ。」 「だから、何度も、言ったろう?」 「僕は君、君は僕さ。はじめから、ずっと。ね。」 「だって、僕と君は一つになる運命なんだから。」 緩やかに意識が薄れていく。 あぁ、この感覚。まるで、まるで夢から覚めていくようだ。 とても心地よい。 ーーーそうか、俺は。 「これでずっと、一緒だね。」 「「おかえり」」
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teamsandai · 9 years
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明日はと願い、少女は。
明日葉 定食 バンドマン 「いらっしゃい!!」 戸口の開くガラガラという音で反射的にそう声を挙げると、見知った顔が手を振り声を掛けてくる。 「よっす大将!四人入れる?」 「おぅ若菜ちゃん!一番奥空けてるよっ!」 「どもー!」 ニカッと笑う少女は近くの高校へ通う女子高生だ。その後ろから体格のいい男達が三人俺にそれぞれ声を掛けてから、少女の後へ続く。 「荷物こっち置いていいぜー!」 「はーい、ありがとーっ!」 「今日もバンド練習かい、精が出るね。」 それぞれが肩から下げている大荷物を厨房の隅に立て掛けていく。俺はその間に別の客の注文したヒレカツ定食を仕上げ運ぶ。親父から受け継いだこの定食屋は俺で三代目になる。まだまだ親父のように立ち居振る舞う事はできないが、あの子のように懇意にしてくれるお客さんもいる。朝十時から深夜二時までと、定食屋でラーメン屋さながらの営業時間であることも一つの理由だとは思うが、これでもそれなりに味に自信はある。 「大将!注文いい!?」 「はーい今行くよ!」 時刻は丁度深夜零時。女子高生がこんな時間まで、というのはもう目を瞑ることに決めていた。 ーーー 「若菜ちゃん、バンドもいいけどあんまり遅くならないようにしなきゃダメだぜ?」 「うぇー、大将までそんなこと言うー。」 「当然だ。肌にも健康にも悪いことだらけだし、それに親御さんだって心配するだろうよ。」 「あっはは・・・大丈夫だよ、私若いし・・・それに。」 その時の彼女の表情を見て、俺はそれ以上言及するのを止めた。哀しみでも憎しみでもない、諦め・・・そう、そんな表情だった。 「私の親に限って、それはないと思うよ。」 「・・・そうかい。」 「ありがと大将。大将のその気持ちだけ、有り難く受け取っておくよ。」 ーーー 「はいご注文どうぞー。」 「私、ヒレカツ定食!!」 彼女の後に続き、他のメンバーも注文を言っていく。俺はそれをメモし、最後確認を取ると、厨房に戻った。 「それでね、来月のライブなんだけど・・・。」 厨房で調理をしていると、ボソボソと彼らの話し声が聞こえてくる。なんでも地元の音楽大会で新人賞を取れる程の実力があるそうで、将来はメジャーデビューするのが夢だそうだ。音楽には残念ながら疎いのだが、そんな話をしている時の彼女がとても楽しそうに話すものだから微笑ましく思えてしまい、いつの間にか彼らに肩入れするようになってしまった。 「大将も今度ライブ来てよ!」 「俺は音楽の事はわからないからなぁ。」 「むー、私の美声で魅了してあげるのにー。」 「ははは、自信満々だな。まぁ、考えとくよ。」 そんなやり取りを何度したかわからない。言ってはやらないがこっちだって一度見てみたいとは思っている。しかし定休日には買い出しや調理器具等の整備、その他の日はは深夜まで営業で暇などない。そういえばもう何年も、丸一日休日という日はないかもしれない。 「はい、最後のヒレカツ定食ね。ごゆっくり。」 「ありがとーっ!!いただきます!」 深夜の営業は基本俺一人となる。彼らが大体最後の客となることが多いので俺は閉店の為に片付けを始めた。 ご飯を食べ終わった後も、彼らはスケジュールや将来についての構想を語り合っていた。何か一つに熱中している人間は、見ていて気持ちのいいものだった。彼らの夢の力添えが出来ればと、こうして飯を振る舞える事が、俺にとっても楽しみというか、モチベーションの一つとなっていた。 「いらっしゃ・・・あれ、今日は一人かい?」 今日はいつもより遅い・・・閉店三十分前に、彼女はやって来た。 「う・・・うん!そう!!」 どこかしどろもどろに彼女は答える。真っ直ぐな子だ、取り繕うのはあまり上手ではなかった。いつも気にかけていれば、尚更その変化点には気付いてしまう。 「・・・そうかい。カウンターでいいかい。片付けちまったんだ。」 「うん、大丈夫。ごめんなさい、こんな遅くに。」 「はっ、何言ってんだ。いつも閉店までいるくせによ。」 「あっはは・・・そうだったね。」 「・・・で、ご注文は?」 「・・・ヒレカツ定食っ!!」 「はいよ、ちょっと待ってな。」 「うん。」 そう声を掛けてから、ラジオをつける。俯いてただ出てくる料理を待って��る彼女の姿を見るのは、やはり心が痛かった。 「はい、ヒレカツ定食。」 「・・・相変わらず美味しそう。」 「美味しそう、じゃなくて、美味しいんだよ。ほら、さっさと喰いな。」 「いただきます。」 サクっという音が聞こえる。俺の飯を食っている時は、少しだけ頬が和らいでいるような気がしたが、多分きのせいだろう。俺が、そう願っているだけだ。せめて、と。 「ごちそうさま。」 だが、それもやがて終わってしまった。いつものように、キレイに全てをたいらげてくれていた。その声を聞いて、お盆を持ち上げ片付けにはいる。 「はいどうも。」 「・・・ねぇ、大将。」 「ん、片付けながらでいいか。」 「あ、ごめん。大丈夫、です。」 「・・・帰りは送ってやるよ。流石に、な。」 「・・・あのね、大将。バンド、解散になっちゃった。」 どんなものにも、始まりがあれば終わりがある。そんなこと、わかりきっているはずなのに、夢見がちな少女は、その事を忘れてしまっていただけなのだ。ただそれだけのこと。 「・・・そうか、それで。」 「どうしよう・・・私、どうしたらいいの・・・?」 「・・・悪いが、俺はそういうのわかんねぇよ。」 水道の蛇口を閉め、手を拭う。 「・・・そっか。そうだよね。」 「・・・ただ、それで若菜ちゃんはどう思ってるんだ?やめちまうのかい?」 「・・・それは、」 「そうだろう?ならどうしようって悩む前に何が出来るか考えなきゃダメなんじゃねぇか?」 「・・・うん。そうだね。そうだった。」 「若菜ちゃん。さっきヒレカツの上に野菜の天ぷらをのせていたんだが、気付いたかい。」 「あ、うん。美味しかった。・・・もしかして、サービス?」 「おぅ。あの野菜はアシタバっつってな。一年中生えまくってる草なんだ。」 「へぇ。」 「でな、摘んでも摘んでもなくならないもんだから、昔の人が、今日葉を摘んでも明日には芽が出る、って言い出して明日葉って名前を付けた。」 「・・・うん。」 「ま、若菜ちゃんも、おんなじ葉っぱならそんくらいの根性見せつけて立ち直ってくれってこった。そんな辛気くさい顔で食べられても、こっちは嬉しくないしな。」 「・・・ありがと、大将。」 親父の受け売り。なんでも、それでおふくろを射止めたんだそうだ。名前がそれっぽければ誰にでも使えそうなありふれた言葉ではあるが、少女がそれで元気になるのなら、別になんでもよかった。 「出世払いでいいぜ。さっさと売れて、がっぽり稼いで、また食いに来な。」 「・・・うん。任せといて!」 「・・・うし、じゃあ店じまいだ。帰る準備しときな。」 「おっけ。・・・ちょっと、惚れなおしちゃった。」 「はは、なんだ、それだと元から惚れてたみたいに聞こえるぞ。」 「な、ば、ちっ、違うよ!!」 「そーかい、そりゃ残念だ。それじゃあ帰るか。」 「・・・うん。」 明日はと願い、少女は夢を見る。 どうか、現実になりますように。 もしも夢のままなら、どうか覚めないで、と。
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teamsandai · 9 years
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其ノ立方体ハ楽園ヘ通ズ
「ありがとうございましたー!!」
疎らな拍手が鳴り止むまで律儀に頭を下げた後、二人組の若手芸人は申し訳程度の広さしかないステージを降りた。二人と入れ替わりに、私はステージに立つ。
「はーいTEYANDAYのお二人、どうもありがとうございましたー!!」
私は今日この日、偶々MCとして呼ばれたフリーの役者である。最近は仕事を選んでなどいられないと、この様なイベントの司会進行の仕事にまで手を拡げているのだった。
この日は芸人から手品師、道化師何でもござれの企画イベントだった。こんなところで愛想よく笑顔を振り撒く私も私だが、現れる演者達の程度の低さと言ったら三流と言えばまだ聞こえはいいか、というレベルである。どうにかして呼び集めた親族、友人に対して精一杯頑張って見せたところで、彼等の夢は叶わない。他人事ではない現実を見せ付けられながら、それでも終始明るく努めなければならないこの仕事、このポジションは、役者としてはある種修行と言えなくもない。そう思うことにしている。
「えー・・・続きましてー・・・えーっと・・・が、が、ガヅマ・・・?」
「カサイ、ですよ。司会のお姉さん。」
「我」に「妻」と書いてカサイ。変わった名前のその男は、板切れの様な細さと見上げる程の長身だった。
「し、失礼致しました・・・っ!!」
こちらが声を掛ける前にステージの中央で胸を張って姿勢よく立つと長ネギのような体躯を折り曲げて礼をする。横から見た私にはその姿が平仮名の「く」の文字に見えた。確かに名前に読み仮名をふらなかったのは私のミスであるが、段取り通りやってもらわねばこちらも困る。取り繕うように、声を上げた。
「それでは改めまして・・・カサイヒカルさんの・・・」
「ミツルですよ。司会のお姉さん。光と書いて、ミツルと読みます。」
二度の訂正が入る。口の中で続きの言葉をモゴモゴと蠢かせてから、もう一度言い直す。どうやら神経質な人らしい。
「~申し訳ありません!カサイミツルさんのステージですー!!どうぞー!!」
私はボコボコのマイクに向かってそう叫んだ後ステージ袖に素早く隠れた。相変わらず拍手は疎らである。
あの身なりだ、手品、奇術、パントマイムだろうか・・・。気になってプログラムの詳細に目をやる。
「・・・ルービックキューブに魂を与える・・・?」
何がどうなるというのだろうか。どうせ他の演者達同様、大した事はないだろう。ここは、そういう場所だ。 しかし好奇心が勝ったのか、なんとはなしに彼が何をしでかすのか袖から観察していた。
「みなさん。こんにちは。ただいまご紹介賜りました、カサイミツルと申します。短い時間ではございますが、どうかお付き合いください。」
いたって普通の前口上だ。私は若干拍子抜けしながらも、彼の言葉を聞き続けた。
「さて、みなさん。本日僕は手品でも奇術でもない本物の魔法をご覧頂こうかと思います。」
その身体の何処にそんなものを隠していたのか、彼は真っ黒な立方体を取り出した。それらは更に小さな立方体を幾つか組み合わせて出来た・・・そう、ルービックキューブのようだった。しかし、色がない。色がなければこの玩具の面白味はゼロであると言っても差し支えないだろう。一体何をするつもりなのだろ��か。
「これは、みなさんご存知の、ルービックキューブというおもちゃです。このキューブは、魂を欲しがっています。だから、まだ色がありません。だから僕は、この子に色を与え、揃えてあげたい。みなさん。僕はこれから僕の魂を、この子に分け与えたいと思います。」
恐ろしいほどの静寂。恐らく、観客も私と同じことを思っているのだ。この男、正気か?と。
カチャ、カチャ、と、男がキューブを無造作に回転させる。静かな会場内に、その音だけが響く。暫くすると、男はキューブの回転を止め、再び語りだした。
「今・・・この子に、僕の、魂を分け与えました。みなさん、よくご覧ください。みなさんには、この子の魂の色が見えませんか。」
観客は目を凝らした。勿論、私も。しかしどれだけ目を凝らしても、色に変化は見られなかった。観客達は呆れ混じりに嘆息し次々と帰り支度を始めていた。
「・・・おや、どなたも、見えませんか。仕方ない。ではもう少し僕の魂をあげてみましょう。」
そして再びカチャ、カチャ。場内は彼がキューブを操作する音だけが響いていた。
「・・・さぁ、どう、ですか・・・。みな、さん。この子の、色が、見えませんか・・・。」
次第に顔色が悪くなっていく彼は、掠れた声で手に持ったルービックキューブを掲げた。しかし、色の変化は見られない。
「おいおい兄ちゃん!つまんないからもう帰れよー!」
遂に、ヤジまで飛び交い始めた。けれど当の本人は表情ひとつ変えずに・・・いや、腕を組み何事かを考え始める。その間も観客は帰るかヤジを飛ばすかと、この仕事を始めて以来の最低なステージが目の前で繰り広げられていた。
そろそろ止めに入った方がよいのではないか。そう思った時に彼は今までで一番大きく声を張り上げた。
「そうです!!やはり少しの魂では物足りないんだ!!どうでしょう、先程僕を力強くヤジっていたおじさま!!ここはひとつ僕に協力してはいただけまいか!!!」
会場は一瞬で再び静寂に包まれた。そして視線は先程いの一番に、彼に帰れとヤジを飛ばした男へと集注目した。帰ろうと席を立った者までが立ち止まり、行く末を傍観しようというのだ。それにしても、これ程の騒ぎで、どうして誰も止めに入らないのか、甚だ不可思議ではある。不思議ではあるが、私としても彼への些細な因縁よりも、このステージの顛末を見届けたいという好奇心の方が上回っていた。
「・・・は、どうせなにも起こりはしないだろ。」
流石の男もたじろいでいたが、酒でも入っているのか、或いは意地なのか定かではないが、ゆっくりとステージに向かい、壇上へ上がった。
「ご協力ありがとうございます。では、貴方の魂をこの子に与えたいと思います。」
その時、私は確かに見た気がした。カチャ、カチャと彼がルービックキューブを回転させるその度に、立方体と立方体のすき間から黒い、液体のような、黒・・・だと思う。そう形容するのが正しいのかは定かではないが、ボゴボゴと泡立ちながら「それ」は溢れ男の足にまとわりつく。途端、男は心臓を押さえ苦しみ始めた。彼はキューブの操作を止めない。液体は溢れ続けている。カチャ、カチャ、カチャ・・・。液体が溢れていくその様は、まるで脈動する血液のようだった。・・・そうだ!血液だ!禍々しく淀んだ血液のような・・・黒血。男は膝をつき、やがて崩れ落ちた。彼がキューブの操作を止める。すると一瞬のうちに、黒血の液体はキューブの中に納まった。
誰も、何も、言えなかった。 静寂の中、彼の声だけが響く。
「どうですか、みなさん。この子の色、見えませんか。」
差し出したルービックキューブの色は、一面だけが真っ赤に染まっていた。そうまるで、本物の血のように、黒を内包した生きた人間のーーー。
「キャー!!」
悲鳴が上がり、はっと我に帰る。そうだ、傍観している場合ではない。こんな時、こんな時私はどうすればいい・・・!?何故スタッフも、誰も彼を止めに入らない!?
「お静かに。みなさん。この子が怒ってしまいますよ。」
彼の小さな声は、誰の耳にも届いていないようだった。彼は誰もが必死の形相で逃げ回るその空間で、立った一人笑っていた。カチャ、カチャ、と、ルービックキューブを回しながら。
ーーー。
ーーー気が付くと、私は何もかもが白く染まった部屋にいた。薬品の臭いが鼻につき、私は直ぐにその空間が病院んであると悟った。身体中が鉛のように重いが、動けないほどではない・・・。上半身をベッドから起こしたところで、ドアが開いた。
「どーも。この度は大変でしたなぁ。」
オールバックに無精髭、茶褐色のロングコートを羽織った胡散臭い風体の男だった。薄く笑いを浮かべながら、私に名刺を差し出す。受け取らず名前を確認すると乾いた笑い声をあげて名刺を懐に押しやった。
「・・・刑事さん。ですか。」
「ええ、その通り。」
「・・・あのあと、どうなったんですか。」
「・・・ステージ上に倒れた男が、二人。片方は真っ黒なルービックキューブみたいなのを握り締めていた。そしてもぬけの殻だった建屋全体。・・・何があったのかは、むしろこっちが聞きたい。何があったんです?」
「・・・そうですか、だから誰も・・・。遺体はどういう状態だったのでしょうか。」
「待ってください。倒れていた二人は死んでいませんよ。両名共に昏睡状態です。身体の何処にも異常は見られないのに、意識だけが戻らない。まるでーーー。」
「ーーー魂でも抜かれてしまったかのよう、ですか。」
私がそう返すと、刑事は一瞬だけ瞳孔を見開き、一息鼻から息を抜いた後、続けた。
「・・・何があったのか、お聞かせ願えませんか。」
「私からお話出来ることは、少ないと思います。それに・・・。」
「・・・それに?」
「・・・言っても、信じて貰えないでしょうから。」
そう言って笑いかけると、刑事はまたにへらと笑いまいったねこりゃと呟き、頭を掻いた。 これが、私が初めて体験した奇妙な体験である。
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teamsandai · 9 years
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カイリコウサク
その日からずっと、あたしには世界が違って見えた。 「だからさぁ、俺はそいつに言ってやったわけよ。お前そりゃ白菜じゃなくてキャベツだろってさぁー。」 退屈な彼との会話。いったい何がそんなに面白いのだろう。昨日までのあたしなら、相槌をうって愛想笑いの一つ出来たのだろうけれど、今は思わず溜め息が出てしまう。 「なんだよなんだよ、どうしたお前。今日めっちゃローテンションじゃね?」 別に、そんなことないよ。そういったつもりだった。けれど彼に伝わったのは、何が面白いかわからない、と真っ向から彼を否定する言葉だった。 「はぁ?マジなんなんそれ。マジ萎えポヨピーナッツなんだけど。」 今のあたしだからこそ分かる感覚。こんなIQの低い低俗な会話を平気で交わしていたというのか、かつてのあたしは。彼は怒りを通り越してあたしを軽蔑しているようだった。これ以上彼を見下したくなかったから、今日はもう帰ると告げ、足早にその場を後にする。彼は何も言わなかった。 「おめでとう。あなたは選ばれた。」 夢の中でその声を聞いたのが、今から三日前の事だ。夢の中であぁ、これは夢だなと自覚する、そんな夢だった。 「汝にこれより試練を与える。境界線を引くのだ。要不用を隔てれば、汝は新世界へと辿り着くであろう。」 夢の声は続けて言った。あたしはどうすることも出来ないまま、目が覚める・・・。不可解な夢だった。 理想と理論。 蝶と蜘蛛。 花と蟻。 姉と兄。 父と母。 友人と彼氏。 愛と自由。 過去と現在。 その声は毎夜必ず私の夢に現れ、一つずつ問うてゆく。一つ答えるたび、視覚のコントラストが強くなり明暗をはっきりとわかつようになっていった。 「花はいかがですか。」 そうやってあたしに花を勧める花屋の顔はぐにゃりと歪み、そこに並べられた花であろうそれは、全て褐色。 初めはあたしがおかしくなってしまったのだと思った。 けれど夢の声はそうではないと言う。 「不要なものは、見えなくてよいのだ。」 次の日は、町中を黒い物体が蠢いていた。真っ黒に蠢くそれを見て、私は虫を連想した。ギトギトとした体面。時折聞こえる呻き声。 「う・・・うぅ・・・うぁァ・・・」 汚い。五月蝿い。 だんだんと声が大きくなる。 あいつはあたしをしつこく付け回すのだ。 「うるさい!!汚い!!煩わしい!!」 いつの間にか手にしていた斧で小さくなって蠢くそれを真っ二つに切り裂く。感触はなかった。そう、蟻を踏み潰すような。 そうだ、ゴミを廃棄、害虫を駆除。 なんて清々しいのだ。世界が白くなっていく。 ゴミがなくなれば、道路は広く見える。 害虫がいなければ、花は綺麗に咲き誇る。 世界が輝いていく。 あたしは満たされていく。世界はこんなにも美しいのだ。 「おめでとう、最後の質問だ。」 とうとう最後の選択。大丈夫、これであたしは生まれ変わる。今まで歩んできた低俗な人生。それを終わらせることが出来るのだ。あたしは期待で昂る感情を抑え、静かに声を待った。 そして、最後の質問が告げられた。 同時に、あたしは気付いてしまった。 あたしが、取り返しのつかないことをしてしまったことにーーー。 「夢と現実」
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teamsandai · 9 years
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車椅子はティータイムの夢を見るか?
「ねぇお兄さん聞いて?僕には不思議な力があるんだよ。」 少女は車椅子に座りながら、俺の服の袖をぐいぐいと引いた。 「ほぅ?どんな力だ、見せてみろ。」 俺が言うと、少女は目を閉じ両腕を小さな胸の前で抱えながら、よくわからない言葉を呟いた。 「○△□☆▽△□◇▽~・・・」 「どこで覚えたんだ、そんなの?」 「今話しかけるな・・・▲■◆★●▼▲▼~・・・」 詠唱の途中で話し掛けるなときたか。こりゃ将来有望だなどと思っていたが、ふと奇妙なことに気付いた。 周囲の角という角から視線を感じる。 壁、扉、机。いたるところからだ。 いつの間にか病棟内から人気が無くなっていた。 先程まであんなに騒がしかったのに・・・。 「な、なぁ、君は凄いよ。それは理解した。理解したからもうそれを止めてくれないか。」 俺は本能的に恐怖していた。このまま彼女が言葉を呟き続けてしまえば、一体どうなってしまうのだろう。 「・・・あぁ、今度はちゃんと、怖がってくれるんだね。僕嬉しいよ。」 「・・・なんの話だ?」 「ねぇ、早く。返してよ。お兄さん。」 頭が痛い。 それは唐突に訪れ、俺の脳を揺さぶる��どの苦痛を伴った。 「ぐぅぅううう・・・っっ!!それを・・・やめろ・・・!!」 「ねぇ知ってる?夢の中って平行四辺形なんだって。」 「僕には不思議な力があるんだよ。」 「三角と四角があれば、ドーナツはいらないよね。だって、丸いから。」 「あぁでも、ティーカップを忘れないで。折角のおやつが台無しだよ。」 支離滅裂な言葉が中空をさ迷いチカチカと視界を照らした。もはや自分の口からは、自分のものとは思えない。もっと恐ろしい、野獣のような方向で、叫んでいた。 (その、言葉を、やめろ。) 「○△□☆▽△□◇▽~・・・」 (ヤメロ。) 「▲■◆★●▼▲▼~・・・」 (・・・ヤ・・・) 深い黒に塗り潰される。赤も青も黄色も全て。 深い所へ落ちていく。ここはどこでそこはどこだろう。 痛みがあった。叫ばずにはいられないほどの。 鋭い痛み。四肢を、それぞれ別々の方向に引かれ、引き裂かれたかのような、鋭い痛み。 痛みがあるのに感覚がない。等間隔にトツトツ、トツトツと聞こえるのは心臓の音のような気もするが、一つ一つに集中すれば水滴が巌に穿つ音のような気もするが、改めてトツトツ、トツトツと音を探れば、「きて」やがて仰ぎ見る光を思わせるような気もすれば、二つ三つと反響音も聞こえるのだが「・・・起きて」それに帰結する結論を持たない。公式を公式たらしめているのは確固たるトツトツトツトツトツトツトツトツトツトツと聞こえるのは心臓の音のような気もするがそうだ俺は 「・・・おきて。お兄さん。」 ハッと我に帰る。病院内は変わらず静けさの中にあった。 「どう?僕には不思議な力があるんだよ。」 「・・・は。」 少女の首に、手を伸ばす。顔は笑ったまま、俺を見ていた。 「ははは。」 ギリギリと、ギリギリと音が聞こえる。それを書き消す為に俺は笑った。 「はははははっ!!」 少女の首に、俺の腕が食い込んでいく。少女は顔色一つ変えずに、黙って俺に殺されるのを待っていた。 ーーーなんだ、特別なのは俺の方じゃあないか。年端もいかない少女を、殺すのが、こんなに、あぁこんなにも楽しい!!楽しいなんて!! 「さ、早く返してね。」 俺は少女を、殺していたはずじゃあなかったのか。 俺は車椅子に括り付けられた自分を、この目で見ている。視ているのか。 少女はいつ見ても変わらない笑顔。 ただその時違ったのは、大きな鉈を持っていたことだ。 「知ってる?夢の中って平行四辺形なんだって。」 「あぁ、覚えているよ。お前の三角は、とても美しく、美味かった。」 「それじゃあ、お兄さんの四角は、貰っていくからね。それは、僕のものだから。」 「ねぇ知ってる?僕には不思議な力があるんだよ。」 「それは僕だ。返してもらうよ。」 「やめろおぉおおおおおーーーー」 「ねぇ君。車椅子をどうしようか。」 「いらないよ。あれは僕のじゃない。」 「ねぇ君。残りの三角をどうしようか。」 「いらないよ。あれは僕のじゃない。」 「ねぇ君。ティーカップをどうしようか。」 「あぁ、それは持ってきてほしい。それはあるにこしたことないから。」 「ねぇ君。この世界をどうするつもり。」 「あぁ、別に。僕はただ、楽しいティータイムを過ごしたいだけなんだ。」 病室には、誰も座っていない車椅子が置いてあるだけだった。
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teamsandai · 9 years
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アサヒガ
-必要と不要を分けよ。人は自らを不要にはしない- 確かにその通り。 寝ても覚めても私は私。 誰にも捨てさせない。 -その行為が終わらないと言うのなら- 声はずいぶんと大事なところで途切れた。 「・・・おはよう、乃愛。」 変わりに未来が、モーニングコールをしてくれた。 随分と身体が重い。もう夜が明けたのか。 コンクリートの灰色は濡れて濃さを増していた。 今は晴れているようだ。 「見なよ。さっきまで降っていたんだけど、君が目覚めたら止んだんだ。」 空は輝かしく晴れ、水溜まりは煌めいていた。 「気のせいよ。きっともっと前から、雨は上がっていたわ。」 全てが飽和している。 だというのに私は、もっとも多く分布するこの私は、 その数を減らそうともせず、食物連鎖を虫食いし、 自分達だけが安寧する世界を想像しようとしている。 「それでいいんだよ。いずれ世界は死ぬんだから」 未来はリンゴをまるかじりしていた。 「べつに。それでどうにかなるとも思わないし、どうにかしようとも思わない。ただーーー」 「「朝は等しく眩しいものだ」」 声を揃え、二人笑った。 そして私たちは交じりあい、重なりあう。 境界線は何処にあるのだろう。 私を私たらしめるものは、いったい何処にあるのだろう。 こんなにも簡単に、肉体はひとつになるというのに。 「ねぇ知ってる?」 コーヒーカップから湯気はたたなくなっていた。 「1日24時間、1時間は60分。60分は3600秒・・・決められた規則に則って、定められた法則に従って、限られた時間の中生きてーーー。」 「けれど、本当にそうなのだろうか。時間の概念とは、それだけなのだろうか。」 「考えても仕方のないもの考えるのが得意だね。」 「0.1秒」、私たちは合わさって触れあうだけ。 唇はその先から、熱を宿していく。 「結局、認識を求めるだけだよ。わからないものは愛しくもあり、恐ろしくもあるからね、ノア。」 まるでどうでもいいと言わんばかりに大きなあくびを一つ吐き出して、彼は着替えた。電車に乗って、仕事へいくのだ。 「結局、どうやったってどうなったって、生きてるだけ、生きてくだけ。それでいいじゃない。乃愛。」 お気に入りの皺付きハットを被り、彼は振り替える。 「わからない。だから怖い。でも私達が帰ってくる場所は此処で、流れる時間は同じ。それなら、流れというものは、共用で、誰もが持ち得るただ一つの必然。」 「相変わらず難しい愛情表現だ。」 彼は笑った。 「じゃ、いってくるよ」 「何時に戻るの?」 「うーん・・・18時、かな。そっちは?」 「私は16時・・・。」 いってらっしゃい。気を付けて。 ヒタヒタと聞こえないように、私たちは終わりへ向かう。 方舟はブリキでできていて、誰もがそのなかで意思を必要とせず生きる。 では、終わらないことはないのではないか。終わりということを、私たちは知らないで終わるだけではないか。 不毛な自問自答は、答えを持たない。 神ですら、持ち得ない解答は、この方舟には積まれていないのだ。 コーヒーを飲み干す。 カーディガンを羽織る。 靴を履く。 紐を結ぶ。 時計を見る。「時刻8:30分」 「いってきます。」 誰もいない空間が愛しく感じた。 誰もいないのに、いってらっしゃいが聞こえた気がした。 おはよう、新しい、朝。
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teamsandai · 9 years
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マガイモノ
その日はずいぶん帰宅するのが遅くなった。私はペットボトルの水を一口口に含み、飲みこんでから最終バスに乗車する。 走行中の揺れはまるでロッキングチェアの様に私を揺らし眠気を誘う。疲れも相まってだろうが私は思わず欠伸を噛み殺した。 二人掛けの椅子に、私は一人。 次の駅にバスが停車すると、若い二人の男女が寄り添って乗り込んできて、そのまま私の右斜め前方に座った。私はその二人を「なんの気なし」に目で追っていた。 二人掛けの椅子に、彼らは二人。 ただ私は知っている。あんなものは、マガイモノだ。 女の方はきっと、毎夜こっそり男携帯をチェックしているだろうし、そういう男にはきっと浮気の前科があるのだろう。互いを愛しあうには、彼らはあまりにも近すぎるのだ。当たり前にあるものは、大切であるということを見失いやすい。きっと、そうやって幾度となく間違った末に二人は知り合い、体を重ねたのだろう。彼らのような人種が、「恋はハンティング」だの「愛は戦争」だのと抜かすのだろう。 あわれ蜘蛛の巣に捕らわれた蝶は、ただ蜘蛛の糧になるのを待つのみである。 車内の蛍光灯がちらついた。 次の駅で私は降りる。車内のスイッチを押した。ピンポーンと間抜けな音がして次で停まることを運転手が確認した。 では、私はどうなのだろう。 わたしにとって、恋とは、愛とはなんなのだろうか。 ・・・答えはすでに出ていたが、それを認めたくはなかった。 仮に。 蜘蛛の巣に絡めとられ、やがて蜘蛛の糧になる蝶がもしもその蜘蛛を愛していたとするのなら、蝶は不幸であるのだろうか。 仮に。 自らの巣にかかった蝶を、蜘蛛が愛していたのだとしたら、蜘蛛は幸福であるのだろうか。 バスが停車する。 私は整理券とお金を払いバスを降りようとする。 「お疲れ様でした」 初老のバスの運転手が、私の降車際にそんなことを言ってくれた。それだけでなんだか心が安らかになる。 こう僻みが強くなっているのもきっと、疲れが溜まっているからだ。早く帰って眠りにつこう。 最終バスは私を下ろしてすぐ、宵闇の中へ消えていった。
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teamsandai · 9 years
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リンドウ
僕の日課は植物の飼育及び観察である。 家には鉢植えが五つあり、それぞれに名前をつけて可愛がっている。 或る日、植物にやる栄養剤が切れてしまったので、僕は行きつけの園芸店に向かった。そこそこ広く品揃えもよい。 この店で欲しいものが見つからないことは滅多にないほどである。 しかし、この日ほど品揃えのよい日は、いや、品揃えがよすぎる日はなかった。 僕は言葉を失った。 店頭の鉢植えに女の生首が植わっているのだ。 辺りを見渡しても、誰一人としてこの状況を不審がっていない。 僕は堪らず店員の一人を呼び止め、「あの、これは」と生首を指差した。 「おや、いつもありがとうございます。見ての通りリンドウですよ」 この店員は僕を馬鹿にしているのだろうか。いつもの爽やかな接客も、とぼけきった顔で嫌味ににやにやしているように見える。 僕はその挑発に乗ることにした。 「なるほど。これはおいくらでしょう」 店員は顔色ひとつ変えず、「三万八千円です」と答えた。 「さ、三万八千円ですか、ずいぶんしますね」 「そうなんですよ。あまり数の多い種類ではありませんので、希少価値がありましてーー」 楽しそうに話す店員をよそに、僕の植物に対する見識のほうを疑わなければなるまいと、僕は考えていた。 周囲の客の無反応ぶり、店員のいつも通りの対応、値段設定、そしてなにより、生首が店頭で鉢植えに植わっているはずがないではないか。 よく見ると、目を閉じている表情、鉢植えから溢れるさらさらのロング・ヘアー、絹のように白い肌。なんとも愛らしい姿ではないか。 僕の帰りを待つ鉢植えに植わる植物たちとなんら変わりない。 僕はそのリンドウという名前の生首を買って帰ることにした。 飼育に必要だという縦長の水槽とそれに入れる土と肥料をセットに売られ、結局僕は六万円弱を支払い家路に着いた。 水槽に肥料を混ぜた土を詰め、そこに生首を植えた。首からは根のようなものがちょろちょろと生えており、それが埋まるように丁寧に土を被せた。 だいぶかさばるので、とりあえずは部屋の隅に置くようにした。 そして肝要なのが名前である。ものに愛着を持つのに名前は不可欠である。 実はこれを買って帰ろうと決めたときからもう名前は決めていた。 僕はこのリンドウに「ハナ」と名付けた。 ーーーーー 半月ほど経ったころ、育てていた「カエデ」が枯れてしまった。 生あるものに死は付きものであるが、僕は一日中悲しみに暮れた。 なにがいけなかったのか観察日記を見返し、残りの四体とハナはちゃんと育ててやらねばならない。 ーーーーー そのまた半月後、「ミドリ」が枯れた。 そのまた一週間後、「ミキ」が枯れた。 三日後「ヨウコ」が枯れ、その次の日に「ユリ」が枯れた。 信じられない早さで枯れていく彼らに戸惑いが隠せず、より悲しみは深かった。 長年植物を生育しているが、こんなことは初めてであった。 僕に残されたのはもうハナだけだった。 「……ハナ、君だけは大切に育ててみせよう」 そう言ってハナを撫でてやると、なんだかハナは嬉しそうに見えた。 ーーーーー あまりの寝苦しさに目が覚めたのは、午前三時のことである。 ひどい汗に身体中の倦怠感、手足は痺れたような感覚があり動けない。 金縛りだろうか、声も出せない。 四苦八苦していると、部屋の隅からがさごそと音が聞こえてきた。 確かめようにも首すら回らず、僕はとかく耳を澄ます。 「ねえ、悲しいのね。かわいそうに」 女の声。一階にいる母の声ではない。 「愛してる。だから代わってあげる」 身体中に激痛が走る。声も出せず、悶えることもできない。 そのままだんだんと目蓋が重くなり、僕の目は閉じたきり開けられなくなった。 遠のく意識の中、僕の頬に触れる温かい肌を感じた。 それに抱きしめられると、僕は深い眠りに落ちていった。 ーーーーー 「おはよう、母さん」 階段を降りると、キッチンから甘い匂いがした。 「おはよう、ハナ。あなたの好物のフレンチ・トーストよ。早く食べてしまいなさい」 とてもお腹が空いている。私は「いただきます」と言うなりすぐさま口にそれを放り込む。 「おいしい! とってもおいしい!」 「まあ。そんなに一気に食べなくても誰も取ったりしないわよ」 おいしい。本当においしい。なんだか、久しぶりにご飯を食べたような、そんな感覚のままあっという間に朝食を平らげた。 「そうそう。今日ごみの日だから、出かけるならついでに出しておいてくれる?」 「はあい」 母から渡された三つのごみ袋を両手に、玄関で立ち止まる。 なにか自分は重大なことを忘れているような気がしたが、とりあえずこの重い荷物を片付けてしまうことにした。 ごみ捨て場まで行くともういくつかのごみが山になっていて、そこにごみ袋を放った。 がしゃん、となにかが割れる音がして、私ははっとする。大事な約束があった気がする。 私は家へ駆け戻り、二階にある自室から大きな水槽を持ち出した。 大きな植物である。理由はわからないが、これを園芸店まで持っていかなければならない。 その使命感のまま、私は園芸店へ向かった。 ーーーーー 「いらっしゃいませ。おや、そのリンドウは……」 「あの、これ、どうしたら……」 「返品ですね。かしこまりました」 「よ、よろしくお願いします」 店員にそれを預けると、私は一目散に園芸店を後にした。 ここには長くいたくない。そう強く感じた。 「リンドウ……か」 どうして部屋にあったのか、いまいち思い出せない。 なんとなく胸に引っかかるので、あとでリンドウのことを調べてみようと、そんなことを考えていた。
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teamsandai · 9 years
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G
 どうしたものか、異様な気配におれは目を覚ました。時計を見ると時計の短針は一時すぎを指している。まいった、こんな時間に目が冴えてしまっては困ってしまう。が、今夜は生憎の熱帯夜で、どうも次の眠気は遠そうである。とりあえずベッドから立ち上がり、からからに乾いた喉を潤しにリビングへ向かおうとすると、また異様な気配を感じた。誰かに見られている。嫌な感じがする。おれは手元にあるリモコンで恐る恐る部屋の明かりをつける。  明るくなった部屋には人の影はない。それはそうだ。家にいる唯一の人間である口のうるさい妹はおれを毛嫌いし、そもそもこの部屋には近づかない。さらにうちはオートロックのマンションの七階である。そんな簡単に侵入できるような場所ではない。ふう、と胸をなでおろすとそのとき、部屋の隅から小さな物音がした。 「だれだ!」  おれが怒鳴ると、部屋の隅の床から茶色い虫がごそごそと這い出てきた。 「なんだ、ゴキブリか」  机の上にあった雑誌を取り上げ叩き殺そうとすると「待て」と低い声がした。おれは慌ててあたりを見渡すがやはり人影はない。「気のせいか」と、そうおれが呟くと、部屋の隅のほうから「おれだ。今おまえに話しかけているのはおれだ」とまたもや同じ声がした。 「まさか」おれはゴキブリに目を落とす。 「そう、おれだ」  おれに話しかけているのは、まさに目の前で小さくうごめくこの害虫であった。 「ど、どういうことだ、なぜゴキブリがーー」 「その名前でおれを呼ぶな!」  ゴキブリがおれを怒鳴った。 「おまえ、今おれを殺そうとしたな。なぜだ」  状況が未だ飲み込めず「な、なぜと聞かれても」と言い淀むおれに、ゴキブリは詰め寄ってくる。 「おまえは人も殺すのか」 「い、いや、そんなことは」 「ではなぜおれを殺そうとする」 「それはおまえらゴキブリが害虫ーー」  そこまで言いかけるとゴキブリはまたもや「その名前でおれを呼ぶな!」とおれを怒鳴りつけた。 「そもそも、この名前が気に食わない。どうしておまえたちはこんな汚らしい聞こえの名前をおれたちにつけたんだ」 「そ、そんなことをおれに言われてもーー」 「おまえたちはいい、『にんげん』。きれいだ。おれたちはどうだ、『ゴキブリ』。これは差別ではないのか」 「だって、おまえらは害虫じゃないか」  ゴキブリは気が立っているのか、どんどんおれへと距離を詰め、声を荒げる。 「その害虫というのも気に食わん。おれたちはおまえたちに害を加えたか!」 「おまえたちはおれたちに向かって��んできたり、あまつさえ体にまで上ってくるじゃないか」  はあ、とため息をひとつ吐くと、ゴキブリはおれに懇々と話し始めた。 「ではおまえは、同じ人間がおまえに触れるのを害と見なすのか」 「い、いや、そんなことはーー」 「メスがおまえに飛びついてくるのも害か」 「それは……」  おかしなことになっている。今おれはゴキブリに説教をされており、その内容に閉口してしまっている。 「そしておまえたちは、おれたちの姿を見ただけで金切り声をあげておれたちを殺そうとする」  さらにゴキブリはおれに詰め寄る。 「おまえたちに良心はないのか。殺生に対して、ためらう気持ちはないのか」 「ある、それはあるとも。おまえらにはわからないかもしれないが、おれたち人間は憲法や法のもと個人の良心に準じて行動しているのだ。それが人間様だ」 「人間様は自分が不快に思うもの、邪魔に思うものの命や存在を奪う権利まで手に入れたのか」  ゴキブリは羽を広げ、今にもおれに飛びかかってきそうである。しかし、ふと気づく。右手に持ったこの雑誌でこいつを叩き殺せば、面倒を終えてすぐに眠りにつくことができよう。  ゴキブリの真正面に立ち、大きく振りかぶって思い切りそれを振り下ろす。手応えがある。仕留めたようだ。  そして同時に、おれの顔に返り血が飛ぶ。ーー返り血?  目をこすると、喉に包丁を突き立てられ白眼をむいたおれの妹がいた。呆然としながらおれの右手に握られた包丁を見て、ようやくおれの殺意を感じた。
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teamsandai · 9 years
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Alchemy
少女Aは、少女Bを殺したとされた。 取調室には彼女の他に「三人」。 「唱和願います。わたし少女Aは、」 「唱和願います。わたし、少女Aは、」 「ふざけているのかね、願いますはいいんだよ。」 「いいんだよ。」 「ふざけているのかね。」 「ふざけているのはあんたでしょう。」 「でしょう。」 「でしょう。」 「「「でしょう。」」」 カツ丼。取り調べでは定番の。半熟卵で煮立ててとじた。ラジカセ。時代遅れの。取調室には、私の他に---。 パァンと突然音が響いて、私は目を覚ましたようなきがする。こんなに一気に目を開いたのははじめてだ。 「早く起きなさい。」 「早く起きなさい。」 「早く起きな---。」 ドカッと蹴飛ばして五月蝿いアラームを止める。私は命令されるのが嫌いなんだ。広くて狭い、窓のない部屋手を置いて、明日が来るのを待っていた。 その時、少女Aは口を開いた・・・ように見えた。 その場にいた誰もがそうだと感じた。 多数決という概念のもとに真実が集まるのなら、 少女Aはきっと口を開いたのかもしれない。 「やはり足りないのだろうか。」 「やはり足りないのかもしれない。」 「やはり足りないのだろう。」 口々に愚痴愚痴る烏合は羽ばたく羽を持たない。 欲しいものは死者のみぞ知る。 邂逅は、傷を持っても贄を持っても暗示を持っても為さない。死者は、死者は、もうここにいないのだ。 「動けないの?」 「動けないよ」 「動きたいの?」 「・・・いや、別に。」 少女A'は少女Bを殺した少女Aに話し掛けた。 「終わらないのでしょう?」 「うん。終わったものは、終わらない。始まってしまえば別だけど。」 「終わらないのならどうすればいいの?」 「歌ってあげたら?みんな、あなたが歌うのを待っているよ。」 「歌は下手くそなんだよなぁ。」 それきり、言葉はなくなった。 亡骸はただ朽ちて、亡霊は日々を思うばかりだ。 生者の意思も意図も汲まず。 「・・・もうすぐ、日は沈むのかね。」 「かねぇ。」 「ぇ。」 来る日も来る日も、動かないものが動かないことだけが生きている証になっていた。
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teamsandai · 9 years
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Phaser
ふわふわしてるのよね、私の思考。 ぷっかぁ~ってね、してるの。 「リカはそういうとこあるからね。」 「む、それはどういう意味だいっ」 ぼやきを聞いていた彼は今年めでたく樹齢300年。いつも優しく笑ってる。 非難の声をあげると、だってと続く。 「リカは、ここにいるときはずっと、そうやって僕にもたれて動かないじゃあないか。」 「ん、まぁここにいるときはぁ……そうだねぇ…」 くぁ~、欠伸。うふふ、つい出ちゃったぜ。 彼の幹はとても暖かい。抱き締められているように。 「そっか。僕は普段の君を知らないものね。」 「…今度、友達連れてくるよ。霊感あるとか言ってた…。」 はるうらら、陽気が私を誘うの。 う~ね~む~いぃ~ぞぉ~。 「…きっと、聞こえないよ。それに、贅沢は言わないさ。今リカとお話出来るだけでも、奇跡は成立するだろうしね。」 「まぁ…私、が…生きてるうちは、…きっとここに、来るからさ……そ…れで……勘弁し、てよ…。」 がっくん、がっくん。 意識が春風に吹かれて飛んでいきそう。 なんだか強く、きつく抱きしめられた気がするけど、気のせい。木だし。 「…残酷なことを言うね。リカは…。」 そしてとうとう私は行ってしまった。彼の声が聞こえなくなった。そのままお別れは寂しいから、今のうちに彼宛に遺書でも書いておこう。 ふわふわふるふる、行ったり来たりの繰り返し。 そんな風に、生きて行こうよ。
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teamsandai · 9 years
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今しか見えねぇよ
例えばあたし一人この星で生きていたとしたら、何てことを時々思う。 だって面倒くさくない?誰かと関わるのって。もしも誰もいなかったら、服を着たりおしゃれしたりもしないで、ただぶら~っと生きているだけでいいんだよ? え?おしゃれが趣味ぃ?それって本当ぅ? だって、その美的感覚とかって言うのは他者から与えられた外的要因をもとに基準が作られているよね? 犬や猫がかわいくて、どうしてゴリラやワニが可愛くないって言うのさ。あ、因みにあたしはワニ派ね。 とにもかくにも、見てもらえなくなったら楽しさ半減、違う? …んー、まぁ違うってんならしょうがないよね。だって、あたしらは既に外的要因っていう魔法にかかっちゃってるわけだからねぇ。逃れらんないよねぇ。 くだらない?ふふ、そうでしょ? あたしもたいくつでさぁ~、どうすればこの惰性で堕落した唾棄すべき妥協の連続を打開できるのか考え中。 …あ、ばれた? せいかい。なーんもかんがえてませんよーぉだっ! だって、必死になっちゃったら楽しいことも楽しくなくなっちゃうし。よく言うじゃない、ホントにプロになったらその仕事嫌いになっちゃってそのうち離れちゃう~ってやつ。まぁ贅沢な悩みに聞こえるけど、人間やっぱり一番は自分の時間でしょ。 かーのじょともかーれしともいちゃいちゃ出来ないんじゃあ、つらいよね。だから、きっとどんなものだって節度わきまえるべきなんだよ。人間それだけできるーって言ったって結局は総合力でしょ。顔がいいとか頭がいいとか、それだけで生きてる人も……まーいるか。 いるよね、たぶん。 あー怠惰だなぁ。 このままゆるーっと時が過ぎて、いつのまにかふわぁーって死んじゃいたい。 あたしはたぶんそれで満足だね。 ……あ、そうだ。この前ついに買ってきたよー高級メロンパン!イヤー美味しかった。折角だから君にもあげようと思って持ってきたんだ。できたてじゃあないけどきっとおいしいよ。さ、食べて食べて!! んーんー、やっぱ君はいい食べっぷりだ。 あたしご飯つくってあげたくなっちゃうなぁ。 ぱんぱんっ。 埃を払って立ち上がる。 はーい、お粗末様でした。 また今度ちがうの買ってくるから、暇潰しの相手 、よろしくねー!! 「こんなところにいたか!おい恭子!早くもどれ、仕事は山積みだぞー!!」 彼が遠くの方へ去ったのと同時に、あたし以外の声が響いた。五月蝿い。そんなに叫ばなくてもちゃんと聞こえてるったら。このビルにヒビ割れがあるのって、このおっちゃんが叫んでるからじゃあないのかなぁ。 「忙しい時程休憩は大事だって言ってたじゃないすか主任。」 「相変わらず生意気な野郎だ!いいから来い!!」 「ちょちょちょっとちょっと~!?」 スーツの首根っこを摘ままれて引きずられる。まるで猫の様だ。あぁー猫になりたい~いやだ~しごとや~だ~。 「あたしゃ腐ってもやろうじゃなくてレディっすよー!!しかもそんなやらしいとこもって、もしかしてセクハラですかー!?」 「うるさい!!くちごたえと屁理屈の多い奴だったく…っ!!」 そう。そんなこと言いながらあたしは生きる為どうすべきかを理解している。 将来の夢?10年後のありたい姿?目標? そんなものどーでもいい。いったいどれほどの価値になるって言うんですかー?って感じ。 今日を生きることで手一杯ですよ。ほんと。 そうだ。あたしにばっかり突っ掛かってくるあの上司をギャフンと言わせて、帰ったら美味しいプリンでも買って食べよう。 それが、あたしの幸せ。 今しか見えねぇよ!! (キミのその悩みってさ、心が贅沢な証拠だよ) (…たぶん。)
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teamsandai · 9 years
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raid
「ちょーっとストーーップ!!」 アタシはつい、大声を出していた。 今まさに覆い被さろうとしていた女の子をはねのけて、距離を置く。自然と戦闘体勢だ。 「なーによ鈴。何で逃げんのよ?」 悪びれた様子もない茜は、手に持った染髪用具をふるふる振った。 「いや、ごめんつい……」 「これ、直ぐやんないと上手くいかないんだから、モタモタしない。」 「なんか悪いことしてる気がしてさー…たはは……」 「みんなやってることでしょ?16歳にもなってなにビビってんのさ」 そういう茜の髪は、明るすぎるブラウンに染まっていた。 なんか柴犬を思い出す。 茜とは中学からの付き合いだが、彼女は俗に言う高校デビューを果たし、眼鏡はコンタクト綺麗な黒の長髪は犬っころカラー、もちもちほっぺはまっピンクのチョークで塗りまくられてた。 同じクラスのアタシ達は、当然の様につるんだ。 見た目は変わっても、彼女は彼女だから。 そして今は夏休み三日目。明日は海へ繰り出すんだそうだ。 「そ、そうはいっても……い、いきなり金は流石に……」 私は、どちらと言わなくても地味な女だ。鼻だって低くて潰れてるし、ほっぺたにはそばかすもある。最近の悩みは専ら、おでこのニキビだ。 そんな私が、化粧?染髪?高校デビュー? 無理無理無理。 大体若いうちからそういうことしてたらお肌に ダメージダメージ!! もしも、地味じゃなかったらー ……っは!! いかんいかん、現実逃避してしまった。 「ね、ねぇ茜…?やっぱりなし…じゃダメ…?」 「うぇー?何々本当に?…まー、私は別にいいけど、それだとあんた多分海いけないよ?あーやが企画だから絶対男いるし。」 なんだそれ。初耳だ。 因みにあーやとは、うちのクラス……というか学年で一番クレイジーなギャルだ。正直近づきたくない人間ランキングだと堂々の一位。二位とは圧倒的差がある。3馬身くらい? よーわからんけど。 さらによーわからんのは、何故かうちの茜とメチャクチャ仲がいい。 うちのとか言っちゃって。 つってつって。 「うん……じゃあ、いいかな……」 「は?」 「別に、今の私そのままで受け入れてくれない場所に、わざわざいきたくはない、かな。」 「おいおい私一人にするきかよーすずー!!」 「……あ、なら。茜も行かなきゃいいんじゃない?」 「はぁあ!?」 「二人でどっか買い物でも行こーよ。そっちの方が気が楽でしょ?」 「はぁ……あんたには勝てないよ私は。」 「にひひー」 そういうと、茜はおもむろにデコられたケータイを取りだしコールする。数回コールののち、電話口から声がした。 「あ、もしもしあーや?わりぃ、私ちょっとインフルくらっちゃったくさいからあしたいけねーや。うん、あともう一人連れてくっつったべ?そいつもNGで。ほんとわりぃ。治ったらめしおごっからさ。あーい、あい。んじゃ。」 ものの数秒だった。 茜は昔から決断の早いやつだったが。お見事。 「な、なんかごめん…」 「気にすんなって。正直私も乗り気じゃなかったし。夏男はちょっとパス。で、私風邪引いてるていだからこれからわたしん家行ってオールでももてつしよーももてつ!!久々に!!」 「おわーなつかし!!やろーやろー!!」 「よっしゃ!じゃ移動ね。……あ、すず、髪にちょこっとだけ染色液付いてるよ」 「へ?わーわー!!とってとってー!!」 肩先のちょこっとだけ、金色になってしまった。 でも、これくらいが私にはちょうどいい。 因みにだが、ももてつはドラマチック且つワンダフルな展開で大変エキサイトしたが、それはまた別で語るまでもないと思う。
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teamsandai · 9 years
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polyp
「何を探しているの」 暗闇に声が滲む。その声はとても冷たく感じた。 ボクは何も見えないまま、手探りで地べたを這いつくばっている。 「わからない。教えてよ。」 闇に奪われた視覚は、何も映し出すことはない。かわりに他の感覚が研ぎ澄まされ、肌がひりひりと痛い。突き刺す様な冷たさが体に広がっていく。さて、いよいよここがどこだかわからない。ボクは何故ここにいるのだろうか。 「欲しいものはなに?」 逡巡する。欲しいもの。それは酷く曖昧で雑多で、そして抽象的な言葉だった。目に見えて形として残るものも欲しいものになるし、もっと抽象的な他者に認められたり或いは地位を得ることも欲しいものに区分されるだろう。やはり簡単に答えは選べなかった。 「ない、です。」 小さく答えた。直ぐに声は返ってくる。 「そ。君はやっぱり嘘つきだね。」 「え」 思わず声が出た。投げ付けられた言葉には、鋭利な刺があった。或いはボクがただ単にそう感じてしまっただけなのかもしれないが。 嘘をついたつもりはない。言うならば、選択を見送っただけ。それがボクという人間の解答。 だというのに、声はそれを真っ向から否定した。 「そうやって口先だけで生きてきたんでしょう。どちらかを選ばなければならない時も濁して濁してドブ水みたいにして、選択を悟られないように生きてきたのでしょう。仕方がないよね。だって、そうしなければーーー。」 声はそこで途切れた。 触れてはいけない。感覚が更に研ぎ澄まされて、呼吸す��自分の息遣いさえも煩わしい。そしてボクは、何も見えないまま再び声を発した。 「それは、随分と偏った見方だね。まるでみてきたかのように。ねぇ、アナタは神様でしょうか?もしもそうならば、ボクをもといた場所に返してください。ここは、酷く寒いし、痛い。」 懇願する。声は答えない。 そしてボクは、もといた場所等わからないのに、その場所を求めた。 そうすれば、「欠落」した自己を取り戻せると考えたからだ。話す声は、心臓を圧迫し、ギリギリとボクを苦しめる。あぁ、痛い。痛い。痛い。 「……本当に、言っているの。愚かだね。でも、それは出来ない。決まりだから。」 音がなくなった。それでも、声が聞こえる。 耳の奥が焼けるように熱い。痛い。だが声はでなかった。出ないようにした。声をあげれば痛みが更に増す。そうなってしまっては、いけない。耐えられない。堪えられない。けれど、不可思議なことに、ボクは、まだ、何かを、言おうとした。言った。言い放った。 「ボクは、間違った事などないよ。」 「本当に?」 「ボクは、常に間違っていなかった。」 「本当に、心から、そう思っているの。」 「ボ、クは、まち、間違った事などない、、よ。」 「…」 「ボクば、まぢkがtらsことなdl」 ーーーーーーーーーー 「何を、探しているの」 暗闇に声が滲む。その声はとても冷たく感じた。 ボクは何も見えないまま、手探りで地べたを這いつくばっている。
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teamsandai · 9 years
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終わりのエチュード
僕はいつも、決まって窓の向こう側を眺めていた。
青い���、白い雲。時折羽ばたく鳥達が、羽を溢していく。そんな日は少しだけ元気になれる。別にいつもそうあるわけではなくて、鈍色の空は僕の心を少しだけマイナスにさせるし、たまに涙を流すと、窓の向こうは覗くことができない。
とにかく、僕はここからの景色が好きだった。
足が動かなくなってから、もうじき3年になる。
それ自体が悲しいとか辛いとかっていうのは特にない。もともとそんなに出歩く方でもなかった。 ただ。
「…こんにちは。」
「…なにしにきたの。」
ただ、僕を自動車で轢いたこの男を、僕が絶対に許さないだろう。今日も現れた。昨日も、一昨日もその前も。一番最初、男は顔をあげることなく、ただただ顔を伏せ、謝罪した。次の日、金色の髪は坊主になっていて、その次の日はスーツで来た。その間、僕は一度も彼の顔を見ていない。 ただただ、頭を下げ続けていた。
「謝罪を。」
「…あんたさ、もういいよ。」
別に、赦しをこう必要などもうないのだ。慰謝料は払っているみたいだし、3年も経てば許せはしなくとも時効だ。その誠実さが、僕の心の中で醜い感情を助長する。
「きっとさ、僕の人生っていうのは、この部屋からずっと空を眺めている為にあるんだ。あんたはどう?あんたは僕に謝罪する為の人生を送る為にあるの?」
「罪は、償う為にあるんだ。貴方を壊してしまったその日から、私の人生は終わっている。」
呆れてものも言えない。加害者は常に強者である。例えば、声が出ない人間は「火事だ」だとか「助けて」と叫べない。今の僕は言うなら「逃げられない」。この世界は精神を重んじる人間がとても多いけれど、精神は肉体的強者に備わるものだ。何も出来ない人間が、「絶対に諦めない」などと言ったところで感動は生まれないだろう。勿論、機会を得ることはあるかもしれないが。
だから、気に病む必要など何もない。今日寝て明日起きた時に忘れているケンカ程度に思えばいい。十分に戒めただろう。この男は。ならば、いいのだ。同じ過ちを繰り返す人間は人ではない。理性も知性も使えないのならば猿以下だ。生きる価値もない。そんな奴はテーブルにある果物ナイフで殺し尽くしてやる。ただ、この男は違う。
「わかりました。では、もう止めにしましょう。僕はあんたの罪を赦します。だから、もう自由です。籠は何処にもない。だから飛んでいけばいい。何処へでも。さようなら。」
「…だが、私は。」
「うるっせぇんだよ!!どっかいけよ!!鬱陶しいんだよ!!毎日毎日萎びたツラ見せに来やがって!!苛々すんだよ!!そう言うの!!」
「…すまない。」
「……もう、いいから。僕のせいで、あんたまで道を踏み外す必要はないんだよ。」
そう、人は失って初めて気付く愚かな生き物なのだ。こんなにも僕は、この男は、あぁ間違ってしまった。だって、知らなかったのだ。本当の仲直りのやり方を。哀しみや苦しみの連鎖の、終わらせ方を。
「……本当に……、すまなかった……っっ!!」
「……どーせまた明日、来るんでしょう?」
「…」
「……僕は、甘いものが食べたい。」
「…!?」
その時、初めて男は顔をあげた。瞳の強さが、彼の誠実さを物語っていた。
「も、もう今日は……帰って。」
「あ、あぁ……」
そうだ、もう終わりにしよう。 不幸を演じるのも疲れる。 本当は欲しいものが沢山ある、から。 あの男を利用して、手に入れよう。 それでいい、まずは、そこから。
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teamsandai · 9 years
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rhapsody
美しい旋律が聞こえる。はじめは弱々しく、だが私の意識が覚醒すると共に、旋律ははっきりと明確な意志をもって私の耳に届いた。穏やかな、そうとても穏やかな。新緑の中で木々のざわめきを感じている感覚の中、ただどれだけ待っても小鳥の囀りは聞こえない。川の流れを感じたかったが、それも未だ訪れなかった。
暫くして、霞む視界が晴れることはなかった。ゆっくりと目を開け、理解する。新緑も小鳥の囀りも、川の流れ等とは決して無縁な、無骨なコンクリートの上で、私は寝転んでいた。じんわりと感覚を麻痺させる、腹部から届く鈍痛が重い。重たい。体が動かない。ただ、旋律が聞こえる。耳殻を細かく振動させて。 不意に唐突に突然に、鋭い痛みが体を突き抜けて、呻き声が出た。
「…まだ、生きていたのか。」
声がした。男の声。途端旋律が止む。目線を動かして、声の主を探った。旋律が聞きたかったのだ。
(どこ。どこにいるの。)
声に出せたかどうかは分からない。少なくとも、腹部が激しく軋んで口から液体が出たことだけは確かだ。
「動かない方がいい。どうせもうすぐ死ぬのなら、痛みにもがき苦しむよりは、安らかに四肢の感覚を失って無力感の中眠るようにおちていく方が、幾らか楽だろう。」
男の声が聞こえる。目は開いているのだろうか。開いているはずだ。が、よく見えない。遠くが赤く光って、ごうごうと音がするから、きっと近くで火事が起きているのだろう。私はただ、男の声を求めた。痛みも苦しみも、あの旋律が聞こえたのなら全てなくなる気がしたから。
(しんでもいい、しんでもいいから、聞かせてよ)
どうしてそんなにもそれがほしいのか、自分でも甚だわからない。よく考えれば、私は、私がどうしてここでこうなっているのかも、私が誰なのかさえも、わからなかったのだ。思考だけが、私が、私足り得る為に残された、最後の選択なのかもしれない。
「…なぁ、俺は結局、何も変われなかったよ。」
男の声に、後悔は含まれていなかった。その言葉には何か、特別な意味があったのかもしれないが、自身の名さえ思い出せない脆弱な記憶と思考では、到底汲み取ることなど出来はしなかった。
「う、たって…」
きっと届いた筈だ。それが私の。唯一のーーー。
旋律が聞こえる。初めは弱々しく、次第に震え、とうとう音程を失ったが、それは確かに旋律だった。旋律だった筈なのだ。
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teamsandai · 9 years
Text
routine
「おーつかれっしたー♪」 意気揚々とバイト先であるコンビニを後にする。ゴミ捨て場で集るカラス達を鞄で払ってから、自転車に跨がり発進する。すっかりルーチンワークと化した一日はもうすぐ終わっていく。そこになんの感慨もない。 私はよく嘘をつく。それはもう息を吐くように。騙そうって訳じゃない。その方が誰も傷付かずにすむからだ。 自転車で10分のアパート。鍵は空いていた。 「おつかれー。今日は早いねぇ」 「うーぃおつかれ咲。僕にもたまには早くかえって来たい日だってあるさ。」 そして嘘をつき続けた結果、彼は私の隣にいつもいて、私は彼の隣にいつもいた。彼がこの時間にいることが、ちょっとだけ違和感。凄く、不愉快。 そんなこと少しも顔に出さずに、さっとシャワーを浴びた。 「なぁ、エミ。今日は久々にさ……いいだろ?」 「うぇー?わったし疲れてんだけどなぁ…」 「んだよ!!いいだろーがよたまになんだからよ!!」 はじまった。普段の優しさはどこへやら。性欲とは恐ろしい。ただ、彼と私は似ている。嘘をつくところが。違うのは、彼の嘘は私にばれていて、私の嘘は彼にばれていないこと。 「んもぅ…しょうがないなぁ…」 いっそ殺してしまおうか。情事の最中、どうやって周囲を騙せば彼がいなくなっても不自然じゃない状態をつくって、彼を殺せるか考えた。考えていたら、下腹の痛みはなくなって、彼は眠っていた。 どこかよそでやってくれ。 私は、あんたみたいなイレギュラー、捕球する気、更々ないんだよ。 起き上がり何も纏わずに冷蔵庫からビールを取り出した。自分を騙すんだ。騙して、無かったことにしろ。 「こんな人生、無くてよかった。」 声が聞こえて振り替える。私の影。喋ってる。意味わかんない。 「私もそれが正解だと思う。なら、あなたの人生を私に頂戴?あなたは私と入れ替わって、変わることのない意識の中に沈んでいたらいいのよ。」 「……断るよ。私は、ウソつきだからね。」 呟いていた。月明かりが、部屋を包んで影はよりいっそう大きくなる。 「ならくだらねーことぴーぴー言ってんじゃねぇよ!!意味わかんねぇんだよてめーはよぉ!?知った気になって理解した気になって、とりあえず怠惰な人生おくりやがってよぉおお!!お前が生きてる間中、私はずっとこのままここにいるんだよ、動けねぇままよぉお!?あぁ!?いつまでも不幸ヅラしてっとぶっころすぞ!!ムカつくんだよぉおおおおお!!満たされてるくせしてよぉおおお!!何でも持ってるくせしてよぉおお!!!!」 「…うっさ。別に頼んでないから、嫌なら死ねよ。」 喚く影は、月明かりが部屋から消えたその時にいなくなった。わかってる。わかってるんだ。誰になんと言われても、誰が何を説こうと。 私は私自身を愛してる。嘘つきなんて、何て可愛いんだろう。変な男に愛されてまぁ、可哀想。ね、ほら私愛される条件が揃っているの。もっと愛でて、もっと掴んで離さないで? ……なんつって。 次の日、目覚めたら彼はいなかった。よかった。今日はいつも通り。そうやって美しいルーチンを、私は生きて、いろんなものを失いたい。 失うことは悲しいことじゃあない。 あることの方が、とても悲しいんだよ。 だから私は、今日も当たり前に嘘をつく。 -ルーチン- (階段を上った先に、次の階があるとは限らない)
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