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#hatsukoi20230607
habuku-kokoro · 9 months
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203 年6月7日(水)開演14時30分
藤村の初恋
詩:島崎藤村「若菜集」「落梅集」 作曲・ピアノ演奏:神尾憲一
場所 銀座王子ホール
歌唱:源川瑠々子 朗読:深雪さなえ
作品解説:林田直樹
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habuku-kokoro · 9 months
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「藤村の初恋」リサイタル 林田直樹
<感想レビュー>
「藤村の初恋」リサイタル(6月7日銀座王子ホール) 
林田直樹 (音楽ジャーナリスト・評論家・省心会花部)
源川瑠々子さんがアンコールで歌った、「海辺の歌」がまだ耳と目に焼き付いている。最前列で観ていたせいもあるが、瑠々子さんのお腹が生き物のように腹式呼吸でコントロールされ規則正しく波打っているのを、あの美しいアンティーク着物ごしにはっきりと感じていた。
あの歌はとても難しい。七、七、七と同じ音節の続くフレーズの繰り返しの中に、暗い情念を思わせる海鳴りの風景が目に浮かんでくる。それまでの歌のように抒情的な美しさとは異質の世界に、自信をもって挑む瑠々子さんの姿があった。
この日は王子ホールという日頃は超一流のクラシック音楽が演奏されている会場だったが、神尾憲一さんの楽曲は何の違和感もなく響いていた。山田耕筰に始まる日本歌曲の系譜に入れることも可能ということは、以前から思っていたことだ。
瑠々子さんはデビュー当初からそうだったが、ますます堂々として気持ちよく、歌のなかでの立ち居振る舞いも日本舞踊を思わせるスタイリッシュなものだった。素直な若い声の伸びと、初々しくフレッシュな精神はそのままに、歌と身体の使い方の技術の成熟を感じた。
神尾憲一さんが王子ホールの名器、ベーゼンドルファーのピアノの響きを楽々とコントロールしていることにも驚いた。歌とピアノと、いいバランスで楽曲の美しさを楽しむことができた。
この日、私はプレトークという形でコンサートに参加させていただいたが、久しぶりに島崎藤村の世界を復習するために、たまたま開催されていた日本近代文学館の島崎藤村展を訪れた。そこでは、単に作家というだけでない藤村の編集者・プロデューサーとしての広い視野を感じさせる資料に多く触れることができた。
藤村は古きよき昔の日本語の美しさを体現していたというのは半分しか当たらない。むしろ藤村の思春期の芸術体験のルーツはヨーロッパの芸術文化との出会いにあった。16歳でプロテスタントの洗礼を受け、翻訳文学を通して早くからゲーテやシェイクスピアらに触れた。東京音楽学校に通い、滝廉太郎とおそらく顔見知りでもあった。藤村がヴァイオリンを真剣に学んだのは、クラシック音楽の旋律と律動の美しさを、自身の文学の中に取り入れるためであった。
藤村は、新しい時代の音楽と文学を切り拓くパイオニアであろうとする人だった。神尾さんの楽曲は、その先進性を敏感に感じ取っていたからこそ生まれたものである。
「千曲川旅情のうた」が私は特に好きである。藤村の詩の言葉と神尾さんの音楽が、聴き手の心の中に、たとえ千曲川を直接知らなくとも、憧れをかきたてる。信州の景色がおおらかに、抒情的に広がっていく。それを、ますます美しくなった女ざかりの瑠々子さんの歌と神尾さんのピアノで、生で楽しむことができた。
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