一帆のはなし 前編
黒道の人々は物流、金融、不動産、あらゆる業界に手を広げ、多くの利益を得る。人と物を土地に縛り付けるものがない香港は、その特性故に黒道の拠点として発展したのである。俗に言う香港マフィアというものは、今や居住制約が失われたビクトリアピークの一等地に屋敷を構え、イタリア製のスーツに身を包み、黒塗りの高級車に乗るものだ。一見すると羽振りの良いビジネスマンに見えるであろう。ただ、その外見を引き剥がせば殺し屋の顔が現れる。今日香港において最も注目される不動産事業者が、黒龍会の所有する会社であると知る者は少なくない。
土地の買収事業を経て黒龍会の管轄となった地区に、不愉快な店があると分かったのは事業が落ち着いて暫くしてからの事であった。表向きは高級クラブとしているが、麻薬と売春の温床となっているという情報が入った。裏に他の黒道組織がいることは明らかだった。そして、その店の処理方法についてが、劉の最近の悩みの種だった。
「そんな店、燃やして炭にでもなればいいんですよ」
「相変わらず物騒だな、世宇は」
「仕事中だ。レオンと呼べ、ギルバート」
世宇は鋭く瑞博を睨んだ。世宇が15歳の誕生日に正式に黒道に身を落としてから、5年近くが経った。毛布に包まれた薄汚れた少年の面影は失われ、女と見紛うほどに美しく成長した世宇は、頭脳明晰であり、若いながらも黒龍会の今後を担う人材として重宝されていた。組織に入会すると同時に、黒道の人間にはもう一つの名が与えられる。所謂通り名のようなものであったが、自身の身を守る為にも本名は伏せるべきものであった。世宇にはレオン、瑞博にはギルバートと言う英名が与えられたが、瑞博にはその通り名を使う事がどうにも落ち着かず、ついつい本名で呼んでしまうのだ。
「いや、炭にするのはなかなかの良案だがね。燃すのは、経営者を引っ捕らえて、中で働かされている被害者を解放してからだ」
劉は渋い顔をしながら煙を吐いた。
「取り敢えず、中に探りを入れない事には始まらないんじゃないですか」
「問題は誰が行くかという事だよ、ギルバート」
劉はため息をついた。劉の配下には優秀な人材が沢山いる。腕っ節に自信がある者が多く、抗争や暗殺など血みどろの仕事に関しては黒龍会一であったが、どうにもみんな素直なタチで潜入捜査などは苦手なのであった。
「でも、私たちを呼んだという事はどちらかが行けという事ですよね」
「流石理解が早くて助かるよ、レオン。行けるか?」
瑞博は慌てて抗議する。
「世……レオンに行かせるくらいなら、俺が行きます!」
「お前はいつまで経っても過保護過ぎる。お前よりも世宇の方が適任だというだけだ。それとも、お前に懐柔させるのに適した人材を見極める目があるとでも?」
瑞博はぐっと言葉を飲み込む事しかできなかった。瑞博は甘い。彼は躊躇なく人を刺し、撃ち抜く。でも未だに「殺した」事はない。必ず急所を外し、動きを封じるだけだった。結果として、出血死になることはあっても、心臓や眉間を一撃ち……というような事はしないのである。それは単に殺すよりもより残酷な事かもしれない。けれども危険の芽を残す行為でもあった。瑞博を潜入捜査に送り込もうものならば、働かされている人々に同情し、見誤る可能性があった。だからこそ、瑞博は連れて行かない。連れて行ってはいけないのだ。
「わかったか。ギルバート、お前は退室しろ。用があるのはレオンだけだ」
瑞博はいかにも不服そうな顔をして出て行った。瑞博を目で追っていた世宇は、彼が退室し足音が遠ざかって行くのを確認してから振り返って劉を見た。
「初めから私が行くと決めておられたのなら、私だけ呼べばよかったのでは?私が行くと知れば、彼はくっついて来ると思いますよ」世宇は言葉を紡いでいる途中で、劉の意図に気がついた。「なるほど、勤務外の護衛という事ですね」
劉はそれに関して、何も言わなかった。世宇もそれ以上問う事はなかった。二人は既にある情報を元に潜入捜査の計画を夜更けまで考えた。世宇が自室に戻る頃、窓の向こうでは空が白み始めていた。
陽は既に落ち、天が闇に覆われても、香港の街は眠らない。今時古風なネオンの光は、性と欲と金に塗れたこの街を鈍く照らし出していた。そんな夜の街を初老の紳士が若い付き人を連れて、繁華街の裏道をすたすたと歩いていた。そして、古いが小綺麗な建物の前で足を止め、小さく三度戸を叩いた。インターフォンから声が聞こえ、付き人がそれに応答した。そのやり取りの声は非常に小さく、街の雑音に掻き消された。しばらくして戸が開き、二人は中へ入っていった。
店内は薄暗く、部屋の中央に設置された怪しく光る水槽が、床に不可思議な影を作っていた。大部屋はパーテーションで区切られており、客のプライバシーが守られる様な内装になっている。それぞれの区画にはソファとテーブルが置かれ、通路に面したところには薄衣のカーテンがかかっていた。水槽を中心に円を描く様に配置された座席が作り出す空間は、フーコーの監獄を想起させた。客は他にもいる様だったが、布越しに影が見えるだけで声や顔などは分からなかった。それらを知り得るのは水槽を泳ぐ魚だけ—看守は魚たちという寸法だ。二人も他の客と同様に、一つの空間に案内された。適当に酒を頼み、店員をその場から離れさせると、初老の男が机の上に置かれた「蝶」の一覧を広げながら言った。
「気に入った子はいるか」
初老の男性が付き人に尋ねると、付き人の青年は少し考えてから一つの顔写真を指差した。
初老の男は口角をあげて薄っすらと笑い、それから酒を運んできたウェイターに要件を伝えた。ウェイターは一度その場を離れると、今度は別の店員がやってきた。運ばれた酒を一口飲んで、二人は席を立つ。入って来た時とは別の扉を通って部屋を出た。店員に案内されるまま、二人はエレベーターに乗り上階へ向かった。エレベーターを降りると、そこは上等なホテルの様な、長い廊下と左右均等に扉が並んだ空間だった。二人はそのうちの一部屋に案内された。部屋の内部も高級ホテルさながらの、広々とした間取りに大きな寝台が置かれた空間だった。店員が扉を閉め、立ち去る足音を確認した途端、付き人が直ぐに怪しいものがないか、部屋の中を見回った。初老の男は部屋の入り口で煙草を吸いながら立ち止まっていた。青年が決められた仕草をして、やっと二人は沈黙を破った。
「機器を探すのが上手くなったな」
「褒められるような特技ではありませんがね」
青年は無表情のまま言葉を続けた。
「高級クラブを銘打っているだけのことはありますね。何もありませんでした。店もそうでしたし、ここに連れて来られるまでの道のりに関しても他の客と鉢合わせないようになっていました。プライバシー情報が漏れでもしたら一貫の終わりですから、はなから漏れないよう、情報を売るような事はしていないようですね」
「それはそれで厄介だな、証拠がなければ取り締まる事もできん」
初老の男がはいた煙がゆらりと揺れる。
「そのための証拠作りに来たんですよね?」
青年は表情を変えずにテキパキと手を動かしていた。男はその様子を横目で見ながら、椅子に腰掛けた。青年は作業を続ける。バスルームに行き、シャワーの栓を緩めた。指名した「夜の蝶」が部屋に来るのは20分後。それまでの時間にすべきであろう作業の振りをするのも計画のうちである。水が叩きつけられる音を背に青年は部屋に戻った。
さあ仕事だと言われ、身支度をする。客は男2人、1人はお付きらしいがそんな事はどうでも良い。もっと若くて綺麗な子がいくらでもいるのに、よりにもよって自分を指名するとは、随分変わった客である。まあ勿論、自分を指名している時点で真っ当な性癖を持った客ではないわけだが。ああ気が重い。ここから抜け出せるならなんだってする。死ぬか身請けされるかのいずれかの方法でしか、この地獄からは抜け出せない。そしてどちらも不可能だった。客を取る前、シャワーに打たれながら考える内容はもう何年も変わらない。娼婦の母から生を受けた瞬間から、自分はこの世界に捕らわれ抜け出すことが出来ない。昔はこの地獄から逃げ出そうと必死だった。けれども、いつからか諦めていた。抵抗するのにも疲れてしまった。息を深く吐いて、浴室を出る。先程までの陰鬱な表情は何処へやら、微笑を湛えた麗人が現れた。人目に触れた瞬間から、自分は自分で無くなる。自分を欺き、他人を欺き、嘘の仮面で表面を塗り固める。それが唯一の護身法だった。抱かれるのではない、抱かれてやるのだ。いつもの様に自分にそう言い聞かせて身支度を整えた。
連絡の通り、20分後に部屋の扉をノックする音が聞こえた。初老の男と付き人は視線を交わし、付き人の方が扉を開けに行った。白い衣を身に纏った「蝶」を招き入れ、付き人が扉に鍵を掛ける。
「君が『李白』で間違いないね?」
付き人の問いに蝶は美しい微笑を浮かべ、えぇと答えた。
「はじめましてですね。今日は如何なさいますか?」
我々が指名した『李白』は、我々の計画の協力者に相応しいと見定めた人物は、慣れた手つきで初老の男の服に手を掛けようとした。李白の手がネクタイに触れるか触れないかという瞬間、初老の男は口を開いた。
「蔡一帆。お前はここで一生水面に映った月を捕まえようとするのか」
李白の手が止まり、美しい顔から表情が消えた。男から離れようとしたのも束の間、李白の腕を初老の男が掴み、自分の体の方へ引き寄せた。信じられないような力で動きを封じられた。気がつくと、付き人も李白の背後に回り込み、李白は二人の男に挟まれ逃げ場がなくなっていた。
初老の男が腕を掴んだまま、言った。
「そんなに怯えなくてもいい。我々は君と取引をしにきたんだ。危害を加えるつもりは無い」
「怯えなくていいだって?人の本名を知っている奴が言うことか?」
初老の男を睨みつけながら、李白は続けた。李白は蝶としての仮面を外し、感情的になっていた。その様子を見て、初老の男は内心笑っていた。ビンゴだ。
「俺の名前なんて、店のやつらだって知らない情報だ。そんな簡単に知り得る情報じゃない。それを知ってるなんて、お前ら黒幣の人間か」
「ご名答だ、蔡一帆」
初老の男は李白の腕を離した。
「その良く回る頭で、状況を理解したまえ。私は寛容だが君の後ろにいるレオンは気が短くてね。素直に我々の話を聞いた方が身のためだ」
李白は頭部に冷たいものを押し付けられたのを感じ、大人しく言うことを聞くほかなかった。
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2: こちらハートのクイーン(3/3)
黙っているうちに莉梨の姿は会長室に消えてしまって、代わりに本来の会長のほうがちょんちょんと飛石を渡るような足取りで隣に近づいてきた。
「この強情張り」
「何がよ」
開口一番そういうやりとりになる。
「ここでは何じゃ。移動するぞ」
「やだ。何?」
「帆村莉梨を信用するな」
振り向いて金色の瞳をきらめかせ、至極まじめな口調で裏側の会長は言った。
袖を引かれて階段のほうに連行されていたが、立ち止まってその手を振り払った。
「莉梨ちゃんのこと嫌いだね、春姫」
「好きとか嫌いの話ではない。阿呆。妾はさような動機で勢力関係を見たりはせぬわ」
説得力がない。莉梨どころか望夢あたりも私情ばりばりに見える。
当然ついてくるだろうとでも言いたげな足取りで春姫がとんとんと階段を降りて階下に向かうから、もうしばらく顔をしかめた後に結局追いかけた。春姫は六階の待合ロビースペースに適当に座を占めて向かいを促してくる。
癪だったので従わずに立ったまま向かい合った。
「何が信用できないって?」
「あの娘何か隠し事しておろう」
春姫はばっさりと言った。瑠真は眉根を寄せた。
「分からないよ」
「ふん。妾ほども人を見てくれば腹に一物持っておる人間の顔は一目でわかるものじゃ」
春姫は腕を組んでソファにふんぞり返り、こちらを睥睨してくる。
「お主いま話しておったのじゃろう。ヒイラギ会についてあ奴なんと言うた?」
「……」
「ホムラグループと協会は調査においてある程度足並み揃えておる。グループ側の信頼できる筋に先だって問い合わせた。帆村莉梨が帰国することを上は把握しておらぬ」
「え?」
それは、本当ならやや不穏な情報かもしれない。
「グループに秘密で帰ったってこと?」
「独断先行調査、怪しいと思わんか。そもそも妾は五月の顛末からやや警戒しておった。お主の後輩がホムラグループに入るよう口利きしたのは帆村莉梨なのであろう。ふつう、あの手の蛮勇を評価し引き入れる理由は勢力利益として特にない」
「それは利益じゃなくて」
もっと個人的な理由でしょう。と反論しかけたが、瑠真だって翔成のスカウトに驚いたのは確かだ。言われると怪しいような気がしてくる。
「何を疑ってるの?」
「ホムラグループ内にヒイラギ会とやらの手引きをしたのが莉梨である可能性じゃ」
さらりと答えが返る。
「あれだけ大きな組織に入り込むこと自体が不思議なのじゃ。良いか、妾は莉梨とその子飼いを通した経路とは別にグループと調査のやり取りを進めておった。その中で共有された疑念のひとつに、日沖成実などを含む反勢力、あれらの上にマインドコントロールが働いておったのではないかというものがある」
「なるみ……翔成くんのお父さんたち」
「ホムラグループに反逆しようなどと一般人がそうそう思うものか。当初の計画書から最終的な顛末に至るまで、概観を俯瞰してみると徐々に怒りに任せて道を外すような誘導がみえる」
瑠真は顔をしかめて話を咀嚼する。
「不思議じゃないよ。翔成くんにかけてたような電話で、ヒイラギ会ってやつが誘導してたんでしょ?」
「そのやり方が」
春姫は語尾にかぶせるようにあとを引き取った。
「他者の感情を引き立て、行動を誘導するやり方が。……帆村莉梨に近しいと思わんか」
「……」
瑠真はとっさに相槌を打てず苦々しく黙った。
あまのじゃくのメアリー……睡眠の命令……女王のカリスマ。莉梨は確かに声をかけるだけで人の行動を操ることができる。怒りに任せて道を踏み外すような、という言葉に重なって、変に怒りにぎらぎらした倉持寿々の顔も浮かぶ。彼女はむしろ、莉梨の指示で沈静化していたように見えたが、どこからどこまでが莉梨の洗脳なのか瑠真には見分けられない。
寿々にカリスマ効果を及ぼすとき、部屋から出るよう命じられたのを思い出す。
「莉梨の使う妖術は解釈ベースこそ帆村式の範疇に収まってはおるものの、汎用のそれと根本的に体系を異にするフィールズワースのライム式。ホムラグループも全貌を把握しておるとは言えぬらしい。ゆえに鑑定が利かぬ」
「グループも莉梨ちゃんを疑ってるの?」
「そうじゃ。実のところ、グループから莉梨の監視を頼み受けた。あ奴、帆村を放置してイギリスに飛んでフィールズワースに帰り、今度はお主の後輩に目を付けて独断でヒイラギ会担当を名乗り始めておる。最も疑っておるのは、妾ではなく、まぁ、当人の所属先じゃな」
春姫の声音が飽き飽きしたように乾いた。瑠真は唇を真一文字にして、最初に莉梨を迎え入れたときの春姫の突き放した対応を思い出した。
「だから春姫、莉梨ちゃんに厳しかったんだ」
「あれはそうでなくても必要なパフォーマンスじゃぞ。お主分かっておろうな、妾は協力せぬていでお主らに鍵を勝手に使われたのじゃ、そこにたまたま十字架が混ざっておったという名目なら沿革的に協力しても良かろうと伝えたのであって」
誰からも貰えなかった解説の件である。結局当人に説明させてしまった。もちろん分かっていなかったのだが相槌を打つのも癪だったので知らぬ顔で聞き流す。
「それで、私にどうしろって」
改めて正面から仕切り直すと、春姫は意味深な金色の瞳をきらめかせた。
「莉梨とヒイラギ会がつながっておるとしたら、お主を探る、あるいは動かす目的である可能性が非常に高い。近づくな、心を許すな」
辟易する言葉だった。
「また私……」
「お主の周りを情報が飛び交っておるのじゃからそれは疑うわ」
「ぶっちゃけ、疑いすぎだよ」
「それじゃ」
春姫が割って入るように瑠真に人差し指を突き付けた。瑠真はぐっと黙り込んだ。
「お主、莉梨に魅せられておらんじゃろうな」
「み、何?」
「あ奴は人心掌握のプロじゃぞ。お主が初対面の人間にそこまで気を許して、山代美葉乃のことなどぺらぺら喋っておるのが怪しい」
「そ――そこまで言うこと!?」
いつもの怒りの炎が湧きあがった。思わず食ってかかったが、春姫は泰然としている。わざとやっているのではないかというその態度を前にしてかえって心情が落ち着いてきて、その末にちりっと後ろめたさに髪を引かれはじめる。
確かに、最初に思ったのだ。莉梨は怖い女の子だ。歌でなくても、仕草の一つ一つで洗脳されてしまいそうな気がする――たとえば好意を抱かされるだとか。
知らず、俯いて考え込んでいた。春姫の態度の理由は徐々に理解していたが、まだそれが正しいと言い切れない。瑠真は決して頭が良くないから、このもやもやが具体的な理由あってのことなのか、単純にひいきの情のなせるわざなのか判断がつかない。
たとえばその判断を曇らせる好意的な感情が、胸の中にあるだろうか――黙って手探りする。莉梨が好意を介して、瑠真を味方につけようとしていたりしないだろうか。けれどそもそも……好きとか、そういう前向きな感情を、自覚できないのが七崎瑠真のここ数日の命題だ。
分からない。唇を噛む。いつだって何一つ自分で分かったことがない。
その瑠真に畳みかけて丸め込むように、春姫が話しかけてくる。
「深く考えるな。妾も結論するのは性急と理解しておる。調査自体はまだ続ける。お主はそれが決着するまでのあいだ、警戒しておればそれで良いのじゃ」
「警戒して……じっとしてろっていうこと?」
「お主そう言うたら絶対にじっとしておらんじゃろうが。妾は命令はせぬからな」
呆れ声が降ってくる。馬鹿にされているが間違いではないのが分かっている。ずっとそうやって、考えるより前に動く形でしかやってこなかったからだ。
ぎゅっと目を閉じる。今は思考放棄をしたくない。
考えろ。私の胸の中にあるものの、正体はなんだ。
×××
会長室の空調の真ん中で、仕切り直すようにぱんぱんと手を叩いて帆村莉梨は言った。
「じゃあ、これで次の目的地が決まりましたね。動きましょうか」
「え……っと。捜査ですよね? おれたちだけでいいんですか?」
「私は、自分と信頼できる数名というのが最も適した布陣のように考えています。大規模に動いて警戒されるより、まずは探りを入れ、そのあとで戦力が必要なら手配したいところですね」
「うん、まぁ」
翔成がおずおずと呈した疑問に対し、莉梨がさらさらと答えると、高瀬望夢も口を挟んできた。表情の読めない瞳で状況を観察している。
「俺も頼むなら人呼んで頼むけど」
「あなたの助力はまだいいです。この件の調査が直接利するのはホムラグループですから。秘匿派警察だと、莉梨を警戒こそすれすぐに協力はしてくれ���いでしょう」
「別に警察以外も呼べるけど。帆村のバックアップはいるの?」
「私からいつでも連絡が取れるよう準備しておきますね。そう難しいことではないでしょう」
場慣れした二人がほとんど封殺のような形で議題を結論してしまった。翔成は落ち着かない気持ちになりながら聞き込み対象にされていた女子高生を見やる。
彼女は莉梨と手を繋いでいた。莉梨が直接身体の状態を把握できるよう、手を繋いでコントロール下に置かれているのだ。
諦めたのかあるいは莉梨の操作なのか、彼女はこれといった表情を浮かべていない。
翔成はその無表情から視線を逸らし、もう一つ疑問を呈する。
「あの……瑠真さんはどうしますか」
それは、一つの不安材料だった。けれど翔成はまだはっきりとは、自分が何に不安を感じているのか分かっていなかった。
莉梨はあっさりと答えた。
「置いていきましょう。彼女、落ち着いてないみたいだから」
反射的に高瀬望夢のほうに視線を転じる。少年は肩を竦めた。
「それでいいならそれがいい。俺もお守(も)りばっかりできないもん」
お守り。本人がこの場にいたら多分出なかった語彙だと思う。
何か言おうと口をぱくぱくさせて、そのまま閉じる。翔成の胸中に暗雲がたちこめる。
×××
考えろ。それは七崎瑠真の迷いだった。
いつもの自分なら、こんなふうには考えない。だけど、今までと同じじゃついていけない物事が展開しているような気がする。
考えろ。胸が焼けるように痛む。
そしてようやく、一筋、水底に沈んだ一本の糸のように掴んだのは。
「……でもやっぱり、私は、莉梨ちゃんを信用したい」
どうしても、疑うことができない。
春姫が片眉を跳ね上げた。言うことを聞かない瑠真に対する不満というよりは、ここまで説明してまだ強情を張るのか、という、驚きに近い表情。
「お主、ほんとうに洗脳を受けているのではあるまいな」
「そうかもしれない」
「ならば解析に高瀬式でも呼んで」
「でも」
その金色の瞳に向かい合って、瑠真はすうっと息を吸った。どう言えばいいか、胸に広がる海砂の底から掘り出していた。
「他の全部が騙してるとしても、私、莉梨のほんとうを知ってる」
一回、無意識に名前を呼び捨てた。
ほんとうの帆村莉梨。莉梨はずっと人形みたいな完璧なお嬢様だ。瑠真もまだ彼女の性格やらやり方やら、まったく掴めていない。どちらかというと距離があって怖いと思う。
だけど、その中で唯一瑠真に理解できた根っこがあった。
「帆村莉梨は、友達をすごく大事にしてる」
「ともだち?」
「うん」
友達、と呼んでほんとうにいいのだろうかあれは。友達ってなんだ。思い返したら疑問符が頭の隅っこにくっついたが、振り払う。
「私と友達になりたいって言ってた。もっと前も、翔成くんに友達になろうって言ってた。それで、私が友達の話だってさっき言ったら、すごく真剣に聞いてくれたと思う」
振り返って始めてそれらがまとまって見えてくる。だけど大事な会話はまだ別にある。
「莉梨ちゃん、六年も前に望夢に会ったこと覚えてる。その思い出を今でも大事にしてるんだよ。私に会いに来た理由って言うくらい。聞いてなんのことかと思った、あいつのほうは何にも考えてなさそうなのに」
小憎らしいペアに一言毒を挟んだ。別に怒ることではないと思うのだが言っていて途中から何かはらわたが煮えてくる。
「そのことを話したときの莉梨ちゃん、嘘ついてるようには見えなかった」
どころか、あの瞬間だけ仮面が取れて、普通の女の子みたいに見えた。頬を桜色に染めて、背筋を伸ばして話していた莉梨の顔を思い出す。
「あの子の、いちばん大事なものを見せてくれたと思う」
あるいは、いちばん弱いところを。
心のいちばん柔いところを。なぜ瑠真にあのタイミングで、だったのかはさっぱり分からない。でも、話の流れだとして、あれはきっと誠意だ。
ほんとうの自分の一部を、一瞬でも見せてくれた莉梨を、裏切れない。疑いたくない、なんて消極的な気持ちではない。抗えない、不可解なくらい強い力をそこに感じていた。洗脳じゃない。いっそ洗脳でもいい。
春姫が毒気を抜かれたように大きな瞳を瑠真に向けていた。
「瑠真」
なに、と訊き返すのも不似合いで黙って見返した。春姫はぱちぱちと両目をまたたいた。
「いや、なんでもない」
思い直したように顔を背ける。
「分かった。良いのなら、良いのじゃ。妾は口を出さぬ。お主は頑固じゃしな」
「何が良いのじゃなの?」
あとこの場面でなぜ頑固の話が出る。
「お主に莉梨を疑えとは言わぬ。信じるなら信じてやれ。妾がいずれにせよ調べはする、何かつかめたらお主らにも伝える。じゃがお主、莉梨がヒイラギ会を暴きに向かったら従うか?」
返事しかけて、すぐに答えられなくて口が固まった。けれど一度ぶんと首を振って、頷く。
「私の問題でもあるんだよ。邪魔って追い出されたけど、何か分かるんだったら食いついてでも行くよ」
「ほ。暴れ猫」
なぜか半眼で評された。むっとして問いただそうとしたとき、ポケットの中でスマホが震えた。
「調査組だ」
春姫に軽い断りの目を向けてスマホに手をかけた。どうぞと手を出されたので画面に両目を投げる。
「は?」
通知は後輩の翔成からだった。間抜けな声が漏れる。
電光画面に無機質なデジタル文字のくせに、不思議なくらい遠慮がちに見える文字列はこのように言っていた。
『多数決で負けて瑠真さん置いて、先に出てるんですけど…』
言葉を失っていると続けてもう一つメッセージが飛んで、
『こっそり場所おしえときます?』
「とーぜん」
聞こえるはずがないのに勢い込んで言い返していた。春姫が観察の目をじっとりさせている。咳ばらいをしてきちんとアプリを開き、それから返信を打つ。
正面に座っている金瞳の名誉会長は、なぜかつまらなさそうに両袖口を口元にやって上目を寄越していた。
「お主おぼこいのう」
「おぼ、なんて?」
「莉梨はしっかりしとると言うに」
なぜか莉梨を持ち上げて瑠真にダメ出しをする構図だった。莉梨が怪しいうんぬんと言いにきたんじゃなかったのか。「聞いとる限りあれは友愛でのうて」と春姫は続け、
「恋じゃろ、恋」
「っこ?」
一瞬聞き取れなかった。声が裏返った拍子に変なところを触って、作成中メッセージが半端に送信された。
×××
隣にお人形状態の女子高生が座ってその向こうで莉梨が澄ましているため、翔成としては人質(?)の陰で先輩の少女とやりとりする形になる。さらにその向こうに座っている高瀬望夢も含めて見咎められるかとひやひやするが、別に翔成がやましいことをしているわけではない。だからおまえたちは意思疎通をしろって前も言ったでしょ。
揺れる電車はビル街を抜けて江東区に差し掛かり、独特の広さを持った高架の空を疾駆していた。倉持寿々は浴衣姿なので何やら複数名で遊びにでも行くようなおもむきが傍目にないでもない。ときおり睦まじい女友達にたわむれるように、莉梨が寿々に確認の声をかけていた。そのたびに繋ぎっぱなしの手を遊ぶようにぎゅっと握る。寿々は淡々と喋って、概ね「この方向で合っている」という内容を返していた。
寿々が最初に瑠真を襲った後に示されていたという、ヒイラギ会の指定した合流地点に向かっている。
翔成は瑠真の誤字の多いメッセージに返信しながら、自分でも不安な記憶をたぐる。目的は手がかりを掴むこと。今すぐに見つけた誰かを縛り上げようとか、そういうわけではない。高瀬望夢は寿々がなんらかの手段でヒイラギ会にこちらの動きを伝えているおそれを指摘した。莉梨はそれはないと首を振った。私に害を与える行動がいまの寿々ちゃんにはできませんから。瑠真ちゃんを連れて行くはずの時間と場所に彼女を送り出して、物陰から様子を探れるでしょう。
そう、つまり、寿々はどうやら七崎瑠真を連れてくるよう指令を受けていたようだった。カノとかいう、彼女が恋?しているらしい相手に命じられて。ということは確かに瑠真は連れてくるべきではない対象だ。けれど、と翔成は思う。その状況まで本人に隠して、勝手に置いていくのはさすがに彼女を馬鹿にしているのではないか?
翔成はそれらを全部文字にして七崎瑠真に伝えていた。先輩の少女はあまり口を挟まず、そう、とかそれで、とか短く返事で促してきていた。
「翔成、何やってんの」
望夢が二人分の頭越しにちらっとこっちを見た。翔成はどうせ見えないだろうが画面を隠して言い返す。
「必要なことです」
「そう」
それで終わり。この少年はさんざペアの彼女を一般人の守るべき対象扱いするくせにわりと翔成に関しては放任で信頼ぎみだ。
もちろん最終的には横の二人にも瑠真の判断を伝えるつもりではある。彼女が突っ込んでくるとして、きちんと状況を見極めて話して危険から遠ざけるのは後輩一人では荷が重い。だが絶対に反対されて文句を言われる。連絡が終わって合流が確定するまでは説明したくなかった。
お守りが必要なほど弱いだろうか、彼女は、と思う。
七崎瑠真、協会の平会員で、それ以上の肩書きは特にない。能力も特に突出していない。もともと翔成が多少憧れていたぶんのひいき目があったのだが、先入観を取り払ってみるとびっくりするくらい未熟で幼い少女だ。
正直な話、同年代の十三、四歳ごろ、いっそ翔成の教室の少女たちと比べても、瑠真にはどうも経験が浅い印象がつきまとう。情緒の発達が偏っているというか。それがかえって困難な状況に置かれたとき、純粋なまっすぐさに転化して見えるのだし、見る側が浮標にしたくなる気持ちも分からなくはない。灯台と仰ぎつつ、一方で傷つけないよう守ろうと思うような。
敵もそうなのではないか、と翔成は邪推していた。
ヒイラギ会とやらが何を見据えているのかまるで分からない。けれど、彼女の友達の名前をちらつかせている以上、あの光を吊り上げて使うなり、灯を邪魔に思って吹き消すなり。それが目的なのではないかと思うのだ。
でもあの人は、その程度で傷つくだろうか。それを前提に彼女を置いていった二人の連れ合いに、翔成はほんのりと不満を覚える。
「降りましょう。ここです」
多路線のホームに列車が滑り込む頃には日が傾く時間が来ていた。莉梨が声をかけて腰をあげた。白いワンピースの裾がふわりと後ろへ引く。あとを追いながら、思わず「莉梨さん」と呼んだ。
「怖くないんですか?」
「なぁに? あぁ、翔成くんはいわゆる初陣になっちゃいますね。大丈夫です」
莉梨は金髪を夕陽にきらめかせて振り向く。
「そもそも戦うことは目的ではないです、ゲット、アンド、ゴー。万一のために、私が自分自身に対象を集中させるような〈歌〉を準備しています。〈カリスマ〉の。私が注意を惹いて、なおかつ絶対に私を傷つけられない様式を採用したら、ほら、あなたたちの防護にもなるでしょう」
寿々の黒髪が橙に染まって揺れている。彼女がこれを聞いてどう思っているのか翔成にはうかがい知れない。自信に満ちた莉梨の足取りに早足で追いすがる。
「莉梨さんは、強いですよね」
ほとんど嫌味だった。やり取りの続くスマートホンを手の中に握り込んでいた。
莉梨は何も思わないのか、澄まして答えた。
「まぁね」
むっとする。自分から突っかかっておきながら、予想通りの答えに一人で腹を立てた。莉梨だって十四歳のはずだ。翔成の根幹は今も見栄っ張りの負けず嫌いで変わっていない。
湾岸の埋め立て地を高架沿いに歩いていた。無言で最後尾を高瀬望夢がつとめている。翔成はそろそろ合流を伝えるつもりで振り向き、歩幅を合わせた。少年の少しだけ翔成より高い目線がこっちを見てまばたく。
「瑠真さんの話です」
「あぁ、今する?」
少年はなぜだかちらりと莉梨に目をやり、少し前を行く少女から距離を取った。翔成はきょとんとする。
「ちょっと待って。俺が後で言うから」
何を? こちらが言いつのるつもりだったのに形が逆になった。切り出せずに無言の行脚がもうしばらく続いた。斜陽はいよいよ落ちる前の強さを増していく。
「これですね」
「そう」
莉梨と寿々が一言ずつやり取りした。四人分の足取りがそこで止まった。
都営ヘリポート。江東区に位置取るヘリコプター専用の空港だ。東京都港湾局の管理施設、全国の私設を除くヘリ発着の半数はここで行われるという。敷地の境に沿ってヘリ運用各社のオフィスビルが立ち並び、その向こうに雄大な楕円を描いた発着場のアスファルトが夕焼けを浴びながら広がっている。
ビルの一角を浴衣に黒髪の少女は示している。空中遊覧などを請け負う観光会社だ。
「会社ビル内ですか?」
「ええ。あくまで隠れ蓑、事業内容が関係しているわけじゃないと思うけど」
「五月の製薬工場と一緒ですね。寿々ちゃんはまだ詳しく知らないと思うけど。ええと、時間は」
「もうすぐ。十九時を仮の待ち合わせとしていたけれど、早く向かって怒られるわけじゃない」
黙ってやりとりを聞いている翔成の横から、秘匿派警察の少年がふいに歩み出て声をかけた。
「莉梨。倉持寿々と同行するなら、お前ひとりで頼んでいいかな」
「ええ、いずれにせよ分業する必要はありますね。莉梨が先行するのがよさそうですか?」
莉梨は両目をぱちぱちして振り向いた。夕映えが彼女の横顔を照らして不安定な影を作る。
「お前は実質無敵で、万一職員か誰かに見つかってもその記憶を改竄することもできる。俺は基本的に自己防衛能力はないけど、起こってることは外からでも感知できる。翔成を連れて行くことはないだろ。二人ずつで分かれよう」
「良いですけど」
莉梨は翔成にも了解を求めるように視線を投げる。その視線の意味をはかりかねる。押されるように頷くと、浴衣の寿々の手を引いた少女は浮かぶような足取りでゆっくりと会社の入り口へと歩いていく。
高瀬望夢はそっと翔成の肩を引いて注意を求めた。
「さっきの話だ。瑠真を連れてこなかったの、一つは莉梨を警戒してるからだ」
「え?」
翔成は振り向いた。話がとっさにつながらない。
「十字架……お前は知らないか、俺がさっき預かったあれ、春姫が遠隔的にペタル発現できる媒体だ。あれを通して何回か、〈通信(テレパス)〉を受け取った。春姫が莉梨を疑ってる」
望夢は早口だった。莉梨たちの背中はすでに扉の向こうへ消えている。
「莉梨自身が瑠真をヒイラギ会とかに引き渡そうとしてるんだったら、とか、そういう話。近付けないのがいいと思う。どこで渋るかと思ってとりあえず莉梨のしたいようにさせてるけど、まだ尻尾は掴めない。お前も知ってて」
「えっと……」
何かと遅い。神名春姫から連絡を受け取ったというのがどのタイミングのことなのかよく分からないが、今言われても突然でついていけない。
ぞっとしてスマホに視線を落とした。所在を伝えた先の少女から、『すぐ行く』と簡潔な返事が返っている。だったら、おれが余計なことをした……
「あの」
とにかく伝えようと思った。意地になって情報を共有しなかったのは翔成も悪手だったが、少なくとも莉梨本人の前じゃなくて良かったかもしれない。
「おれ、瑠真さん、呼んじゃって……」
望夢がこっちを見て、何かリアクションしかけたように口を開けた。だがその口が、なんの音声も発さないままにもう一度正面にそのまま向いた。
観光会社ビルの入り口に視線が吸い寄せられている。翔成も同じ方向に注目を転じた。
莉梨が再び戸口に姿を見せていた。
「あ……」
望夢が先に声をかけようとした。会話が聞こえている距離ではないはずだが、翔成の肝が冷える。まだ十九時にはなっていないが、どうして出てきたんだろう……
西日に惑わされながら目をこらそうとした翔成の視界が、ふと横からゆっくり覆われた。
「翔成」
「え。何?」
高瀬望夢が低い声で呼んだ。その手のひらで目を隠されていた。払いのけようと気軽に手を挙げたが、「やめろ」と一喝されて動きを止める。
「見るな。……いや、耳塞げ」
なんだよ、いきなり。
軽い口調では言い返せないような緊張感が少年の口ぶりに籠っていた。ふいに心臓に刺されたような冷たさを覚えながら、不可解なままにそろそろと両手を持ち上げる。
その隙間に、かすかな歌声が流れ込んでくる。
「〈The Queen of Hearts, She made some tarts, All on a summer’s day….〉」
〈ハートの女王、タルト作った、夏のある日のことでした……〉
意味をなぞる。無意識に聴き入る。それは綺麗な声。語り部でありながら、聴くものの心を鷲掴みにする声。
そう、それはまるで――女王そのものを、標榜するような。
「〈The Knave of Hearts, He stole the tarts…〉」
〈ハートのジャック、タルト盗んだ、……〉
あれ、この歌、なんだっけ。
「……――ッやめろ!!」
隣の少年が叩きつけるように歌声を掻き消した。翔成の腕が掴まれ、引っ張られてたたらを踏んだ。
はっと視界が晴れた。強烈な西日が両目を焼いた。それで意識がリセットされて、たぶん隣の少年がなんらかの打消しをやったのだということが遅れて理解できた。
「りっ……」
莉梨さん、と呼ぼうとした声が詰まった。ほとんど襟首を引き立てて望夢が走り出していた。
「逃げるぞ、馬鹿」
「だっ、何……!」
口をぱくぱくさせた。向き直って走るので精いっぱいだった。
最後にちらりと見た、莉梨の表情が網膜いっぱいに焼き付いていた。
照明の落ちた観光ビルのエントランスに立って、空港を背負いながら、少女は静かに燃える邪悪な感情に満ちた顔をしていた。
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