Tumgik
satell1te · 3 years
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送辞を任された生年の話し
厳しい寒さがまだ残りつつも、日差しの暖かさに春の訪れを感じられる季節となりました。空を飛び交う小鳥のさえずり。今にも開こうとしている桜の蕾。このような佳き日に三年生の皆様が、晴れて高等学校の全課程を了えられましたこと、在校生一同、心よりお祝い
申し上げられません。
そうです、申し上げることなど不可能です。もとより俺には何も出来ないと言ってるじゃあないですか。なのに先生方は何を考えてるんだか、はたまた何も考えてないのか知りませんが、いち生徒会役員けん学年期末テスト一位というだけで送辞という大役を命じられましたこと、大変煩わしく思っております。いや、まあ、さりとて卒業式でこんな本音なぞ到底言えませんので、インターネットの有難い知恵を拝借し、文例を多少のアレンジだけ加えながら真似、保存アンド学年主任のPCへと送信は完了しました。きっと明日の卒業では、生徒会の誰かが読んでくれることでしょう。 基本的に読書感想文などもそうですけど、丸コピでなければ基本バレないんですよね。あとは検索のヒットが少ないものを選ぶのがポイントです。ああ、ここまで言えば察して頂けてるとは存じますが、俺は明日の式に出席するつもり、毛頭ございません。行けば俺の高校生活など一片すらも含まれないファンタジーめいた送辞を読まなければならなくなってしまいますので。じゃあちゃんと書けよ、とツッコミを入れた方は、どうぞテメェが書いて下さい。何故俺に押し付けるのか、その傲慢さたるや。なんせ俺の高校生活を愚直に打ち明けてしまえば、とある方お一人への恋文としかなり得ません。そんな大切な方との思い出を全校生徒の前で赤裸々に打ち明けろと?愚の骨頂。俺は、貴方との想い出だけは、俺だけのものにしたい。誰にも知られたくない。見られたくない。もし、万が一にも、誰しもに見られる送辞に貴方との思い出を含めた日には、貴方との思い出への冒涜行為のように思えて仕方がないのです。(ですから、文例引用は致し方のないこと。ご了承ください。ぺこり。)
てか、聞いてくださいよ。最近になって貴方との思い出ばっかり俺の中を巡るんです。覚えてますか?貴方が俺に初めて声をかけてきた日のこと。俺は入学してから一ヶ月も経つというのに、極度の人見知りのせいで一緒に学食で飯を食う学友すらおらず、そんな俺に声を掛けてきたのが貴方でした。
「わあ〜、本当に噂通りぼっちのイケメンだあ!何食べたらそんな顔に?」
第一印象は、失礼極まりない笑顔、です。陽キャの塊すぎて引きました。ただその中でも、深緑ネクタイの色が三年生の先輩だということを教えてくれたので、無碍にするわけにもいかないと腹の底から厄介に思ったことを覚えております。
「何を食べたら?今日はAランチです。」
「美味しそう。ちょっとちょーだい。あーん。」
「え、いきなりなんですか。まず自己紹介して下さいよ。」
「パクジミン。はい、あーん。」
「いや、あげませんよ。寧ろ何故貰えると?」
「自己紹介したじゃん。」
「そんなんで昼飯あげるのマザーテレサかガンジーくらいです。」
「ちぇ、一緒に飯食いたいだけじゃん。」
「…………それなら隣空いてるんですから、さっさと座ればいいじゃないですか。昼休み終わりますよ。」
結局この日以来、ほぼ毎日貴方は食堂にやってきて、勝手に俺の隣で飯を食うようになりました。(若干失礼感が拭えませんが)親しい友人が出来たみたいで俺は本当は嬉しかったのに、会う度に照れてしまい「またアンタか。」だの「俺以外に友達いないんですか?」だの、憎まれ口を叩く。そんな俺に「だって、どうしてもおまえと食べたいんだよ。」とニッコリ笑うジミニヒョンは、陽キャの線を超えて、可愛い甲子園大会ぶっちぎり優勝でした。ただ一学期を終えた頃から、俺に飽きたのか少しずつ頻度は減り、週四だったり、週三だったり。俺のところに来ない日は、きっと他の奴と飯を食べているのだとばかり思っていました。そう思うとなんだか胸が締め付けられました。俺は貴方が見つけやすいように、毎日同じ席で待ってたっていうのにさ。貴方は気まぐれに俺の目の前に現れては、ブルートゥースイヤホンをポッケに入れたまんま洗濯して号泣だの、おはぎレベルにでかい虫見つけただの、学食が美味し過ぎて食堂のおばちゃん抱きしめたいだの、突拍子もない、くだらないことを適当に話して終わる。ある日突然に「ねえ!一緒に生徒会役員やんない?」なんて言ってきた時は「なんでそんな面倒なことしなきゃなんないんですか。」と突っぱねたはずなのに、俺は渡された立候補用紙をしっかり握りしめていましたし、翌日には腕が勝手に提出をしていて、ぶっちゃけ、普通に、まいりました。
まいりました、といえば、あの蒸し暑い夏休み。貴方と出会って初めて迎えた長期休みは心底つまらないと感じました。夏休みってあんなにつまらないものでしたっけ。家にいても母親が勉強しろと口煩いものだから煩わしくて、塾と生徒会以外の時間をカフェか近所の公園の往復を繰り返す。ただ生徒会に行っても、ジミニヒョンは塾だ、模擬テストだ、家の用事だ、なんやかんやでいつもいませんでした。くそ、アンタが勧誘したくせに、いい御身分だな。逢ったら、1発ほっぺでも引っ叩いてやる。そんな決意を胸に抱いた夏休みの終盤。塾の帰りに貴方を公園で見かけた時は何故だか無性に泣きたくなりました。貴方に会えた喜びよりも、放っておかれた苛立ちよりも、なんだってそんなにケロリとしてるんだって悲しさの方が勝ったのです。なんだって、こんな夜遅くに、ひとりで誰かを探すようにうろちょろしてるんですか。パジャマにコートを羽織っただけみたいな格好して。彼女にでも呼び出されましたか。逢いたい、ってLINEでもきたんですか。その一言で、夜中に家を飛び出してきたんですか。そんな優しいジミニヒョンを俺は容易に想像できた。
「ヒョン、こんな時間に何してるの。」
「おまえこそ、どうしてこんな時間に?」
「俺が先に聞いてます。答えて。」
「俺は、その、」
「なんですか、誰かと逢引きですか。」
「えへへ、」
「濁すなよ、早く答えろ。」
「…もしかして怒ってる?」
「だって、アンタが生徒会誘ったくせに!肝心のアンタは全然生徒会に来やしないし!自由奔放に暮らしやがって!こんな夜遅くに誰と逢おうとしてるんだか知らないけどさ、待ち合わせならもっと早い時間にしろよ!非常識!!きっと相手も迷惑だ!」
「……ごめん。」
「もう一度聞くけど、何でこんなところいるの。」
「生徒会の帳簿にジョングクの家がこの辺りだって書いてあって、」
「うん。…うん?」
「この公園で待ってたら、逢えるかなって、」
「あのね、ヒョン。」
「勝手に住所見たことは謝るよ。こんな自由奔放なやつに逢いに来られて迷惑だったね。ごめんね、もうしない。」
「ジミニヒョン、」
「帰る。」
「ヒョンってば!」
「何。」
「電話番号、教えて下さい。ヒョンに逢えない夏休みが退屈で仕方なかったし、苛立ってたんだ。酷いこと言って、ごめん。…ごめんね。うん、泣かないで。うん、うん、俺も逢いたかった。」
そのあとは、何かたかが切れたように毎日メッセージのやりとりをしたり、偶には電話したりで、俺は宙にでも浮いたような気持ちでした。あっという間に一年が過ぎました。そして迎えた卒業式。
「え?ヒョン今なんて言いました?」
「だーかーら、出席日数がどうにもこうにも足りないんだって。」
「というと?」
「留年。」
「おめでとうございます。」
「なんでそんなにこやかなんだよ、おまえ。」
「シャーデンフロイデってやつですね。」
この時、俺はにこやかに笑顔でお話ししましたが、貴方の出席日数が足りてなかっただなんて、実は本当に驚きました。生徒会こそ来なかったものの、それは塾や模擬テスト、家の用事が故。学校登校についてはさぞ真面目かと思っていました。更に詳しく聞けばなんでも、俺と昼飯を食べない日は学校に来ていなかっただけらしく、他の誰かと昼飯を食べてたわけではなかった、とのこと。そんなことに俺は逐一安堵していたんです。こんなこと言ったらバカだなあって貴方は笑いますか?それでも俺は1歳貴方に近づいた気分で、待っててね、はやく大人になるからって。そんなことを想っていたのです。
ただ貴方は留年がよっぽどショックだったのか、さらにや��ぐれて学校を休む日が多くなっていきました。俺は変わらず毎日食堂の同じ席で貴方を待っていましたが、貴方が来る日は本当に飛び飛びで、後期には殆ど学校で見かけることはなくなってしまいました。俺は貴方が毎晩のようにかけてくる電話だけが、貴方との唯一の繋がりで、そんな曖昧で脆い蜘蛛の巣の中に俺らはいました。されど次第にその電話すら少なくなっていって、いつしか途絶えて。俺はどうして連絡をくれないのか、よっぽど問い詰めてやろうと思って、そこで俺はようやっと、己が貴方の恋人でも何でもなく、ただの後輩だったことを思い出したんです。貴方を怒る資格がどこにあるっていうんだ。そんなことに気がついてただただ悲しかったし、毎日貴方が恋しくて堪らなかった。
「やっほ、ジョングガ」
貴方が次に俺の目の前に現れたのは、電話が途絶えてから冬休みも終わって、卒業式すら近い新春。肌寒い登校途中のことでした。貴方は相変わらずケロッとして元気そうで、恋しいと思ってたのは俺だけなんだと思い知らされる。
「どうしたんですか、ヒョン。」
「連絡できなくてごめんね。」
「別に。」
「でも怒ってるでしょ。」
「なんで俺が怒るんです?別に俺に連絡する義務なんて貴方にはないじゃないですか。大丈夫です。」
「ほら、怒ってる。」
「はあ?俺が貴方の何を怒れるって言うんです?学校に来ないこと?それとも俺に連絡くれないこと?前は毎晩のように電話していたのにって?なんの権利が俺にあって、」
「あのね、ジョングガ。」
「俺は貴方のただの後輩ですよ。」
「ジョングガ、」
「それ以上でもそれ以下でもない。」
「ジョングガってば!」
「はい。」
「おれ、おまえのことが好きだよ。」
「……………」
「好き。だから、ただの後輩なんて言われると寂しい。でもこんなのおかしいから、絶対に言わない方がいいなって思ってたのに、ごめん。ほら、学校行っておいで。遅刻するよ。」
「……今日は学校に風邪で休むと電話してきます。」
「なあに言ってんの。ダメ、ジョングガは、ちゃんと学校行かなきゃ。」
「それ全く説得力ないですけど?」
「俺だからあるんでしょ。俺みたいに留年しちゃう。」
「でも今日を逃したら次貴方にいつ会えるか、分かったもんじゃない。」
「明日。」
「あした?」
「うん、明日は土曜日だから、」
デートしてくれる?映画見るでもアイスクリーム食べるでも、花見でも、一緒に好きなことをしよう。だから今日は学校に行っておいで。
「ヒョン」
「なあに」
「俺も好きです。キスしてもいいですか?」
返事を貰うより先にした口づけはあまりにも一瞬で、感覚も何もわからなかった。けれど唇を離して顔を覗き込むと、ふにゃりと恥ずかしそうに笑ってくれて、今すぐにでも襲いたくなる。キスだけで勃つなんてこと、漫画以外でもあるんですね。初めてしたわけでもないのに、おかしいや。
「ああ、離れたくないな。ヒョンが一緒に学校に行くって選択肢はないんですか。」
「ないね。」
「その調子じゃ今度は俺と同学年になってしまいますよ。」
「俺さ、」
「はい。」
「ジョングガのこと待って、ジョングガと一緒に卒業するよ。だからジョングガは俺のために早く進級して。」
この台詞に満更でもなかった俺は、恥ずかしくてすぐに学校に向かってしまいました。遅刻もギリギリでしたしね。でも学校について、朝のホームルームの時間。先生はおも���ろに教室に入ってきて、一度咳払いをしてから神妙な面持ちで話し始めたんです。
「えー、皆さん。今日は皆さんに残念なお知らせがあります。」
俺は耳を疑いました。いや、世界を疑ったの方が正しいかもしれません。
三年生のパクジミンくんが今朝、白血病により亡くなりました。彼は去年生徒会を務めておりまして、病気が発覚してからも、体調の優れている日は、協力学校に登校するような勤勉で真面目な生徒でした。お通夜と告別式は明日、明後日で行われる予定です。学年の違う君たちはなかなか交流がなかったかもしれませんが、是非彼を知ってる人は、詳細を黒板に貼っておくので見て、出席して下さい。
亡くなってただなんて、そんな馬鹿な話あるわけがないじゃないですか。だって俺は、朝、ヒョンに会ったんです。ヒョンはけろっとしていて、元気そうで、好きだと言ってくれて、俺も好きだと伝えて。俺は反射的に教室を飛び出ました。何か悪い夢だと言ってくれ、そう思って無我夢中で聞き出した病院へと走りました。ただ病室に着いたときは、俺がよく知った身体よりは随分と細く、冷たくなった貴方の体と、貴方のお母様が目を真っ赤にして泣いていらっしゃるのを見て、初めて現実なんだと知りました。
「どなたですか?」
「すみません…、不躾にも、一報を聞いたものですから、駆けつけてしまって、」
「…もしかして貴方が、ジョングガくん?」
「はい。」
「ああ、」
「?」
「この子、何回も病室出ようとしたんです。そんな身体で行けるわけないでしょって何回怒っても、どうしてもジョングガに逢いたいんだ、凄く可愛い後輩なんだよって笑ってて。今朝も、無理やり明け方に看護婦の目を盗んで外に出ようとしたら、そのときに倒れちゃったのよ。」
「…つまり今日、一歩も外に、出てないんですか?」
そんな、今朝会ったのはなんだったんだ?
「ええ。でも倒れた後も、ずっと譫言のように何かボソボソつぶやいていたのよ。そうそう、最後だけははっきりした口調で言っていたわ。「ジョングガのこと待って、ジョングガと一緒に卒業するよ。だからジョングガは俺のために早く進級して。」って。これがジミンの最後の言葉。」
俺が朝に聞いた言葉とまったく同じセリフでした。ねえ、生き霊になってまで俺に会いにきてくれるくらいなら、そんなに俺のこと好きなら、なんでもっと早く教えてくれなかったんですか。貴方が留年したことをひとつ歳が近づいていたように感じていた俺は、どれほど愚かだったんですか。あんな夜中に見かけたのは、きっと病院を抜け出してきていたんですね。別に学校をサボっていたわけじゃなかったんですね。連絡くれなかったわけじゃなくて、出来なかったんですね。気づいて差し上げられなくてすみませんでした。
貴方の笑顔が好きでした。冗談めかして話す声も、困った時に下がる眉も、お世辞にも長いとは言えない愛らしい手先も。細い腰を何度抱き寄せようとしたかわかりません。
今なお、愛しております。
この送辞は俺もろとも燃やす心算です。ええ、なんせ今年卒業する全くもって興味のない三年生への送辞ではなく、天寿を全うした貴方だけへ捧げた送辞なのですから。
ええ、答辞の用意、よろしくお願いします。
二年生代表 チョンジョングク
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それでは今朝のニュースです。〇〇高校の付近の公園で5時ごろ、火災が発生。すでに駆けつけた消防隊により鎮火は終わり、発見された焼死体は男子高校生と推定、焼身自殺とみて警察は捜査を進める方針です。
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