Tumgik
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The Comeuppance
by Branden Jacobs-Jenkins
Dir. Eric Ting
2024年4月27日 Almeida
ブランデン・ジェイコブス=ジェンキンスの新作。演出と美術はUSから招聘されている。高校卒業から20年後の同窓会、5人の仲間がそのうちのひとりの自宅に集う。会場に向かうリムジンを待つ間にそれぞれの抑圧されていた感情と記憶が蘇ってくる。しかし参加者はこの5人だけでもないようだ...?
美術はArnulfo Maldonado。一軒家がやや斜めに据えられ、キャラクターは主に玄関前のポーチで語り合う。ポーチには向かって右にテーブル、左にハンモックがある。中央の玄関は二重になっており、時々飲み物を取りに行ったり携帯を充電しに行ったりする。裏から照明が当たることで時々特異な効果を出す。家の左側にはアメリカ国旗があり、後半にはちょっとした驚きもある。
まず冒頭で「死神」が怪談を語るときのような照明で話し始める。一体何の話なのか?と思っていたら、同様の照明で各々全員が話すシーンがあるので、どうも特定のキャラクターがそうであるというよりは彼らの間を漂っているようだ。おまけに、通常のダイアログはアメリカンアクセントで話されるが、この「死神」パートはキャスト自身のUKのアクセントが使われている。同窓会を前にして集う5人は特に仲が良いというよりは色々と因縁がある関係と言った方が的確に見える。そして時々出てくる「コロンバインしたとき」という言い方。コロナ禍からの強い死の匂いを感じるが、どうもそれだけがこの不穏さの理由ではないらしい。社会批評以上に時代の空気そのものをギクシャクした会話で浮かび上がらせる本作、過去作ほど人種差別についての言及はないものの、この「死臭」が大変濃く、しかもこれが不思議な軽やかさを保っている。同窓会ものらしい地元に残ったものと外に出たもののギャップの悲喜交々も忘れない。そしてラストは意外なくらいにほのかな明るさをもたらす。これはあまりにも予想がつかなくて驚いた。人種を均等に配分したキャスト(ヨランダ・ケトル、ファーディナンド・キングスレー、タマラ・ローレンス、ケイティ・レオン、アンソニー・ウェルシュ)も全員素晴らしく、大変に安定感のあるプロに仕上がっている。
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Machinal
by Sophie Treadwell
dir. Richard James
2024年4月25日 The Old Vic
2023年に評判を取ったシアター・ロイヤル・バースのプロダクションのトランスファー公演。演出はOld Vicでは 『毛猿』 や最近では 『ピグマリオン』 を手がけたリチャード・ジョーンズ。主演は 『Romeo and Julie』 のRosie Sheehy。
美術はHyemi Shin。内側を黄色に塗られた立方体を半分に切ったような部屋を舞台とし、左右のドアからぬるぬるとキャストが出入りする。舞台前方下には各章のタイトルの看板が置かれ、区切りの際には吊られたスタンドが降りてきてキャストが架け替える。文字のみの看板であるため、照明があたることで影がくっきりと背面に投影される。照明も照度を変えることで黄色のトーンが変化して見える。途中照明をストロボとして使用するシーンがあるのだが、黄色と相まってちょっと目に厳しい。
冒頭の満員の地下鉄でもみくちゃにされるシーンから、主人公が本人の意思に反して社会を運用するシステムの部品として組み込まれていることを視覚的に見せる。2018年のアルメイダ版は手際よくはあってももっともったいぶった雰囲気だった記憶があるのだが、このプロダクションはとにかく機関銃のように畳み掛けるセリフの応酬がすごい。20C前半のアメリカ映画を彷彿とさせる早口で、スタッカートを効かせることにより軽快さよりもキャラクター間の会話の不可能さを強調させている。主人公とその夫、浮気相手以外の 「モブ」 の描写が、作品の社会のベルトコンベア感を増す機能を果たしていてその不気味さがすごい。これはアルメイダ版においてキャラクターが物語の駒以上の意味を見出せなかったのと逆で、ゲームにおけるNPCたちのような機械的な動きと発話に主人公や観客が次第に乗せられていく感覚を与えている。タイトルはおそらく電気椅子を指していると思われるが、1920年代アメリカ社会の 「機械」 感をほとんどカートゥーン的な動きで描写している。そしてSheehyは一世一代のパフォーマンスを披露している。
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The Cord
Written and dir. by Bijan Sheibani
2024年4月20日 Bush
演出家のビジャン・シェイバニの作品。若いカップル、アッシュとアニャの間に息子が生まれる。初めての子育てのストレスの中、アッシュはパートナーとその両親、ひいては自分自身の母親との関係を改めて見つめ直すことになる。
サマル・ブラックの美術。何もない無地の絨毯張りの囲い舞台の四方に椅子が置かれ、3人のキャストとチェリスト(コリン・アレキサンダー)が座る。キャストは裸足で舞台の上で演じ、また進行にともなって座る位置を変えていく。物語のトーンに寄り添うように色彩を変えるオリヴァー・フェニックの照明が美しい。
ステージングは大変に繊細でよいのだが、乳児の世話でただでさえ気が立っているカップルとお互いの両親に対する微妙な感情が一度爆発したあとは、ほぼ延々と3人が言い合う展開になってしまい、80分と短い作品な���ら正直飽きてきてしまう。お互いの感情のわだかまりをそれぞれうまく説明することもできず、ぎりぎりまでお互いの期待と不満を相手にぶつけるのは実生活では普通のことなのだが、フィクションとして見せるにはもうひと工夫ないとちょっと厳しい。
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Underdog - The Other Other Brontë
by Sarah Gordon
dir.  Natalie Ibu
2024年4月18日 NT Dorfman
シャーロット、エミリ、アンのブロンテ姉妹は繰り返しフィクションの題材にされるが、これは 「シャーロットによる 『ジェーン・エア』 のオリジナルアイデアはアンからもたらされた」 という話を起点に、この二人を中心に置いた新作。ジェマ・ウィーラン、アデル・ジェームズ、Rhannon Clementsがそれぞれ姉妹を演じる。6月にはニューカッスル・アポン・タインのノーザン・ステージでも上演される。
グレース・スマートによる美術。冒頭中央にある植え込みが天井に上がると下に丸い舞台が現れる。縁が回るタイプの回転舞台の使い方が上手い(長い廊下を歩く、馬車がゆっくりと進むなど)。植え込み部分からの小道具の出し入れも視覚的に楽しい。
赤のドレスのシャーロット、青のエミリ、紫(渋ピンク?)のアンというわかりやすい色分けがなされ(戦隊ものっぽい)、きょうだい以外のキャラクターは四名の男性キャストが女性も含めて演じるのだが、面白さよりもカリカチュアの薄さがやや気になる。一方で唯一の男きょうだいのブランウェル(ジェームズ・フーン)はすでにアルコール中毒になっており手に負えない人物としてちらりと出てくるだけなのも物足りない。なんならエミリにもあまり焦点が当てられずに出番は圧倒的に少ない。野心とセレブレティに魅せられたシャーロットが、サバイバーとして妹たちの作品の権利者として彼女たちのオーソリティを侵害しながら不朽の名をものとしたというプロットは面白いので、もっとストレートに容赦のない話にしてもよかったのでは。別にいい話にする必要はない。
類型的なブロンテきょうだいの表象ではあったが、2018年のミュージカル 『Wasted』 の方がきょうだいの描写のバランスが取れており、作品自体の出来は良かったと思う。
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Red Pitch
by Tyrell Williams
dir. Daniel Bailey
2024年4月6日 @sohoplace
ティレル・ウィリアムズのデビュー作。2022年にブッシュ劇場で初演のあと、翌年に同じ劇場での再演を経て今回のWEトランスファーに至った。再開発の波が押し寄せる南ロンドンにある小さなフットボールグラウンド。同じカウンシルエステイトで育った3人の少年たちはプロクラブのスカウトの目に留まることを夢見ながら日々練習に励む。
アメリア・ジェーン・ハンキンの美術。フットサルピッチのような小さなグラウンド(ピッチ)の中心にオレンジのボールが置かれ、背の低い赤いフェンスで囲まれている。劇中キャストが腰掛けたりバッグやバックパックが寄りかかるように置かれる。ブッシュでのプロダクションを見ていないので比較できないのだが、フェンスが赤く浮かび上がるものから白いピンスポでの劇的効果、パーティシーンまで多彩に見せる照明がとても印象的(クレジットが発見できず)。劇中は実際にボールを使った動きが多いのだが、ボールなしのコレオからパーティでふざけて踊る3人の振り付けも含めてディクソン・ムビの仕事が大変に秀逸で、これと 『ディア・イングランド』 で舞台におけるフットボール表現が洗練されたのではなかろうか。
開演前、最前席に座っていた二人の少年観客を舞台に上げてパスを回す(リフトなども見せており、二人ともとても上手だったので仕込みかプレイヤー枠観客かな?)という遊びで会場を温める。ロンドンの労働者階級のブラックコミュニティを舞台にした作品ということで、3人ともばりばりの今時の若者ふうの喋り方をするので特に最初はついていくのに苦労した。そうしているうちにそれぞれの個性と異なる目標が見えてくる。家族との複雑な関係があるビラル(ケダー・ウィリアムス=スターリング)とオムズ(フランシス・ラブホール)、プランBとしてカレッジに行き真っ当な職に就くことも考えているGKのジョーイ(エメカ・シセイ)。スカウトが来る日の直前に飛び込んでくるパーティの誘い。状況の過酷さに比して希望が甘いのでは?とも思ってしまうが、彼らの年齢が終わり近くになって判明するとなるほどとなる(この辺 『How to Have Sex』 とも通じるかもしれない)。ビラルとオムズがムスリムでジョーイがクリスチャンという違いもリアルでいい。軽いタッチから少しずつ彼らを取り巻く環境の複雑さを見せ、それぞれのズレを徐々に大きく出していく、しかもそれをフットボールをプレイしたり練習する際の高揚感を挿入しながらやるという、実は大変高度なことをやっている作品。
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Faith Healer
by Brian Friel
dir. Rachel O'Riordan
2023年3月30日 Lyric Hammersmith
ブライアン・フリールの1979年作。リリック・ハマースミスの芸術監督レイチェル・オリオーダンによる演出。フランクにデクラン・コンロン、グレイスにジャスティン・ミッチェル、テディにニック・ホールダーというキャスティング。
コリン・リッチモンドの美術。向かって左側奥にドサ周りの興業バナーがかかり、各人のモノローグに合わせて、最初のフランクの時は説教台といくつかの木の椅子、グレイスは酒とマグ、灰皿が置かれた小さな机と椅子、テディの時はその二つに加えてターンテーブルとビールがぎっしりつまった小さな冷蔵庫、最後のフランクのモノローグではコートがかけられた椅子だけになり、ヒビが入ったような背面の飾り壁が全面に現れる。アナ・クロックの音響は時折大変に不穏。
2020年のThe Old Vicからのストリーミングではマイケル・シーン、インディラ・ヴァルマ、デヴィッド・スレルフォールというキャストで、特にシーン演じるフランクのハッタリの大きさというか香具師感が大変に強く、他の二人が語る像以上に存在感が大きかった記憶があるのだが、今回は大変真摯な態度で自分の「芸」を語るフランクとショービズ界で擦れまくったテディというキャラクターになっている。特にテディはしゃべりながら6本ビールを開け、冒頭の明るいがどこか信用ならないトーンから残りの二人の辿った運命を悲痛に語る落差がとても激しい。一方でフランクは自分の芸というか能力に対してどこか醒めた、不信にすら見える距離感を持って「奇跡」について語る。この二人の解釈によって作品そのものや含んでいるアナロジーもかなり変わって見えてくる不思議な戯曲である。
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Robot Dreams
based on a graphic novel by Sara Varon
Written and dir by Pablo Berger
2024年3月23日 Curzon Bloomsbury
サラ・ヴァロンのグラフィックノベルを原作にしたアニメ映画。2023年アヌシー国際アニメ映画祭の最優秀映画賞、第52回アニー賞最優秀インディペンデント映画賞受賞、第96回アカデミー賞長編アニメ賞ノミネート作品。1980年代、人間ではなく擬人化された多様な動物が住むニューヨークはマンハッタン、一人暮らしで孤独を感じていた犬はコンパニオンロボットのTVCMを見かけ、購入する。それからふたり(?)での楽しい日々を過ごすのだが、それは長くは続かなかった。
全編セリフはなく(原作もセリフはないらしい)、動画と音楽だけでテンポよく進んでいく。縁取りがくっきり描かれたカートゥーン調の画風で、人間の代わりの動物たちはかわいい表情から意地の悪そうなものまで大変表情豊かで、なおかつ主人公の犬は犬らしく尻尾を振ったり鋭い嗅覚を発揮したりという、いい意味での都合の良さがある。鳩や小鳥は擬人化されていない鳥のままなのはやや謎。トレイラーと設定からだとタイトルの意味が取れなかったのだが、特に中盤ではその通りのシーンが何通りも出てくる。ままならない状況下で見る外への憧憬と友人/パートナーの思いを映像化した「夢」は、ある意味ではサミュエル・ベケットの『しあわせな日々』を思わせる。意外な方向へと転がるストーリーは、子供でも見られる友情についての物語のようにいて、実はもっとロマンティックでお互いにコミットした関係の変化について追ったものにも見える。アース・ウィンド・アンド・ファイアの 『セプテンバー』 が劇中重要な役目を果たすが、オリジナルのピアノソロも洒落ていていい。
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Assembly Hall
by Crystal Pite and Jonathon Young
Kidd Pivot
2024年3月21日 Sadler's Wells
『Betroffenheit』『Revisor』のコンビによる新作。8月にはエディンバラ国際フェスティバルでも上演される。中世の騎士道物語のコスプレグループ(?)が寂れた公民館で来たる「Quest Fest」に向けてミーティングを行うが、会議は紛糾する。そんな中、うだつの上がらないメンバーデイヴが騎士のヘルメットを被った時から、現実と幻想の境目が曖昧になる。
セットは基本公民館のままで、背面に小さな額縁舞台とその上にバスケットボールのゴール、左右に出入り口があり小道具として椅子が効果的に使われている。特にこの背面の舞台と巧みな照明で絵画のような効果を生み出している。
録音されたセリフに合わせてダンサーがリップシンクとともに大げさに振る舞う場面は特に3DCGアニメを生身の人間が再現しているような、おかしいのだがどこか「不気味の谷」ぎりぎりの奇妙さを漂わせる。オリジナルの音楽とクラシック(チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番など)を組み合わせてコミカルさとシリアスさを行き来する演出は、その落差がかなり激しい。特に中盤にはかなり幻想的なソロやデュオが置かれ、アニメっぽさとの差は極限まで開く。絵画的な美と舞踏作品としての古典的な美、生と死をめぐる奇妙な物語が合わさった独特の味わいのある作品になっている。
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Nye
by Tim Price
dir. Rufus Norris
2024年3月16日 NT Olivier
WWII戦後に総選挙で勝利した労働党クレメント・アトリー政権下の保険・住宅大臣としてUKの国民保健サービス (NHS) を設立したウェールズ出身の政治家アナイリン(ナイ)・べヴァンの一生を、死の床に臥したナイの走馬灯という形で語る、一風変わった伝記。主人公のナイをマイケル・シーン、その配偶者ジェニー・リーをシャロン・スモールが演じる。カーディフのウェルシュ・ミレニアム・センターとの共同製作で、5月18日から6月1日までは同会場でも上演される。日本のナショナルシアターライブでは8月上映予定。
ヴィッキー・モーティマーの美術。病院のような三重のカーテンを効果的に使用し、一瞬目隠しにした後に病院、学校、議会といった異なる場所に転換し、大勢のアンサンブルキャストが衣装を変えてそれぞれの場所の構成員になる。特にカーテンの高さを変えて落として庶民院に見立てた場面が印象的。主人公が死の床にあるということとNHSについての話であることをかけて、病院のベッドが頻繁に使用されている。淡い緑を基調にし、ポイントで鋭いピンスポを使い分けているパウレ・コンスタブルの照明もいい。
他のキャストは頻繁に衣装を変えて何役もこなしているのとは対照的に、シーンのナイは一貫して赤いチェックのパジャマを着たまま、あくまでも病床で見た夢としてその人生が綴られていく。炭鉱夫の子供が吃音で悩んだ子供時代から図書館で本を読み漁る日々を経て議員となる前半は、社会民主主義とは何かというアイデアをわかりやすく提示しとても楽しい。WWIIを経て戦後の政権交代、そこからの閣僚指名と全市民を対象とした無料医療サービスの実現に向けての保守党や労働党内、医師会とのやりとりは、それだけで一本の作品になりそうなところ駆け足でたどっているので正直物足りない。元々同僚議員だった配偶者のジェニーがナイに与えた影響についてもほぼ触れられない。ただでさえ2時間強では語りきれない人物の人生を、ファンタジーと独特のコレオ (スティーヴン・ホガットとジェス・ウィリアムズ) による表現を試みた結果各要素が薄くなっており、それこそ「神話」として核になるはずのNHS誕生譚もコンパクトになってしまっている。それでも、シーンは頑固ながらもチャーミングなウェールズ人政治家を、時には歌と踊りさえ披露しながら演じ切っているので見応えはある。
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Nachtland
by Marius von Mayenburg
translation by Maya Zede
dir. Patrick Marber
2024年3月9日 Young Vic
ドイツの劇作家フォン・マイエンブルクの2022年作品。南ドイツ、ニコラ (ドロテア・マイアー=ベネット)とフィリップ(ジョン・へファナン)のきょうだいは父の死に伴い、それぞれの配偶者とともに実家を片付けている。そんな中、茶色い紙に包装された額装の小さな水彩画を発見する。その下には 「A. Hi(t)ler」 と署名されていた。
アナ・フレイシュルの美術。背面に大きな廃屋の壁がそびえ立っている。場面によってそこが点滅したりするが、あまり展開上効果的には見えない。下部中央に扉があり、これも場面によって他の部屋へ通じているように見えたりバスルームに通じているのでちょっと落ち着かない。リチャード・ハウエルのピンスポの使い方は効果的。不安を誘う判別不明な雑音(アダム・コークの音響)は 『関心領域』 にも通じる。
ちょっとブランデン・ジェイコブス=ジェンキンスの 『アプロプリエイト』 と似た設定で、こちらはドイツ史において避けて通れないナチズムとその影響についての風刺劇である。話のドライブとしてフィリップの配偶者ジュディス(ジェナ・オーゲン)がユダヤ系であるという設定があり、絵の価値が判明するや否やその金額に目がくらむきょうだいと鑑定家(ジェーン・ホロックス)と謎のバイヤー(アンガス・ライト)にひとりで対峙する。会話は結構笑えるのだが、ふんわりと立ち上がってくるドイツにおける潜在的な反ユダヤ感情というかナチズムへの薄い憧憬を炙り出すというほど鋭くはないか。2年前の作品とはいえ流れでパレスチナに対するユダヤ人の感情を 「試す」 下りもあるのだが、唐突だしそれに対するジュディスの反論も的を得ず、現在ドイツのエスタブリッシュメントによって繰り広げられている偏った論調の背景にある感情のヒントはうかがえるが、こんな中途半端な取り上げ方はしない方がよいのではないか。とはいえ、ライトのあまりにも怪しい熱演がすごくてこれはこれで見られてよかったと思わせる力がある。
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Dune Part Two
written by Denis Villeneuve and Jon Spaihts
dir. Denis Villeneuve
2024年3月2日 BFI IMAX
フランク・ハーバードの小説 『デューン 砂の惑星』 の二度目の映画化、2021年のパート1に続く後半部分。父レトを殺されたアトレイデス公爵家の嫡子ポール(ティモシー・シャラメ)が母レディ・ジェシカ(レベッカ・ファーガソン)と共にアラキスの砂漠に逃げ、フレーメンとの生活を始めるところから始まる。
撮影はグレッグ・フレイザー( 『フォックスキャッチャー』 『ローグ・ワン』 )前編以上に砂漠でのシーンが多く、熱によるぼけた輪郭と黄色が支配的な中、ハルコンネン陣営のモノトーンと鋭い輪郭とのコントラストが激しい。今回は前半以上に米粒のような大量の人物とその中で動く主要キャラクターという見せ方が多い。前半ではやや落ち着かなかった編集も今回はじっくり見せることに集中している。最近ヴィルヌーヴがセリフよりも画重視である旨を発言していたが、自然光とロケーション中心でとことん物語のスケール感をヴィジュアルで見せることに専念した映画になっている。独特の有機的なメカデザインのディテールをクロースアップで見せてくれるのもとても楽しい。ハンス・ジマーの音楽も相変わらず叙事詩として作品を大いに盛り上げる。
ほぼ世界設定とキャラクターの説明に終始した前半とは対照的に、2時間40分で急に話が進むのでほとんど笑えてしまうくらいなのだが、だからといってどこで話を区切って映画館で見せられる長さにするかというのもまた難しいだろう。原作では数年かかっている時間を数ヶ月に圧縮しているので余計慌ただしくは感じる。相変わらず航行ギルドの話は出てこず、このせいで皇帝とベネ・ゲセリットのアトレイデス公爵家廃絶の理由づけがやや弱くなっている。それでも南北のフレーメンの違いやようやく姿を表す皇帝勢力、ハルコンネンの残忍な甥が二人(改めて見ると 『タイタス・アンドロニカス』 のタモーラの二人の息子みたいですね)揃って原作の面白い部分をぎゅっと凝縮しているとも見える。前半あんなに恐ろしかったサルダウカーが雑魚っぽくなってしまうのは物語の進行上仕方ないか。最も興味深いチャニ(ゼンデイヤ)の性格の改変は個人的にはとても好きなのだが、ヴィルヌーヴやジマー��すでに着手しているという次作 『砂漠の救世主』 はどうするんだろう、という期待と不安が残る。
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The Taste of Things
(La Passion de Dodin Bouffant)
written and dir. Trân Anh Hùng
2024年2月24日 Curzon Bloomsbury
スイスの作家マルセル・ルーフの小説のキャラクターを基にしたトラン・アン・ユンの新作。第76回カンヌ国際映画祭監督賞受賞。第96回アカデミー賞国際長編映画賞フランス代表。1885年のフランス、美食家のドダン(ブノワ・マジメル)は仲間たちと美食クラブを定期的に開いている。そんな彼の右腕としてキッチンで腕をふるうのは天才料理人であるウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)。そんな中、助手のヴィオレットの姪のポーリーヌが尋ねてくる。
電気も水道もない時代の料理を描くJonathan Ricqueburgの撮影がとてもよい。自然光の明るさ、夜の影の深さと蝋燭の灯り。食材と料理は上質の料理本のような艶と色彩で魅了してくる。ほぼ全編音楽なしで会話と自然音だけという構成も今時珍しい。
冒頭の料理シーンで、「これはどんな料理になるのだろう?」と推測しながら見てしまうのが楽しい。大変な手間がかかったものがソースになってしまったり、色々手をかけながらローストに何度も火を通したり、スープの純度を高めるために卵白を使っていたりする。途中から出てくる 『美味しんぼ』 的な 「究極のメニュー」 対決でまる1日かかる歓待への返答として素朴なポトフを出そうという筋はそこまで前景に出ず、むしろ物語の底にあるドダンとウージェニーの仕事兼趣味における長年のパートナーシップと一応のロマンティックな感情のバランスに焦点が置かれていく。前者を重要視するウージェニーと後者の比重が重くなりつつあるドダンの間の微妙な不一致を、決して対立にすることもなく描写している。これが対立や別離につながらないのは、あくまでも二人が同じ対象への情熱を共有していることをきちんと描いているから。19C末にそこまで女性のコックが多かった(表に出る必要がないからだろうか)のか史実の知識がないのでよくわからないのだが、他に出てくる料理人も中年の女性ばかりなのは興味深い。
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Past Lives
written and dir. Celine Song
2024年2月19日 Netflix
劇作家のセリーン・ソングの映画監督デビュー作。24年前にソウルで同級生だったナヨン=ノーラ(グレタ・リー)とヘソン(ユ・テオ)は、ノーラが家族でカナダに移住することになり離れ離れになる。その12年後にFacebookでヘソンからのメッセージを見つけた二人はしばらくネット電話で会話を重ねるが、また疎遠になってしまう。それからさらに12年後、アメリカ人のアーサー(ジョン・マガロ)と結婚してNYに住むノーラのもとにヘソンが訪ねてくる。
全体的に明るい光に包まれた画、ふんわりとした音楽、折に触れて「極東っぽい」縁や前世の可能性について触れるダイアログといった要素が個人的にはややファンシー過ぎた。もっと地味に会話を積み上げる作りだったらもっと惹きつけられたかもしれない。主演3人の視線の演技と演出はセリフ以上に多くのものを語っている。
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Evil Does Not Exist
(悪は存在しない)
written and dir.  濱口竜介
2024年2月17日 BFI NFT1 (preview)
濱口竜介の新作。第80回ヴェネツィア国際映画祭で審査員賞受賞。第67回BFIロンドン映画祭で最優秀作品賞受賞。信州の山奥で、東京の企業によるグランピング施設建設計画が持ち上がるが、水の浄化槽は地下水を汚染する恐れがあり、そもそも予定地は野生の鹿の通り道であった。企業の担当者は町の「便利屋」巧に助けを求めるが。
北川善雄による撮影は青(空や衣装)と白(雪)がとても印象的。全体的にドキュメンタリーのような淡々とした動きの少ない画になっている。そもそもの映画のアイデアのきっかけともなった石橋英子の音楽がすばらしい。
最初にじっくりと巧の日常ルーティーンを映し、この人物は一体何者なのだろうかと思わせるものの、実はそれは最後までよくわからないまま進行する。少なくともひとり娘がおり、彼女の自然への好奇心の大きさと巧の関心の方向の偏りが外部からの土地への介入以上の物語へのドライブとなる。その外部者の物語はあたかも全く別個の話というか、ある種の観察記録のように綴られているのが独特である。その意味であらすじから受ける印象とは全く異なる味わいがあるが、それでも最終的に古典的な演劇のような後味を残す。
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The Iron Claw
written and dir. Sean Durkin
2024年2月17日 Curzon Aldgate
1970年代にドイツギミックと「鉄の爪(アイアン・クロー)」でUSや日本のプロレス界を席巻したフリッツ・フォン・エリック(本名ジャック・アドキッソン)(ホルト・マッキャラニー)の息子たち、ケヴィン(ザック・エフロン)、デヴィッド(ハリス・ディッキンソン)、ケリー(ジェレミー・アレン・ホワイト)、マイク(スタンリー・シモンズ)(実際はその下にクリスもいるがカットされている)の辿った運命を描く。
『サウルの息子』のエルデーイ・マーチャーシュの撮影はイントロの粒子の荒い白黒からアメリカンニューシネマのようなやや褪せたカラー、そこから物語が進むにつれて影が深くなって行く。家族で世界王者を目指すスポ根ドラマのように見せかけておいて、冒頭の母ドット(モーラ・ティアニー)の言葉からケリーの最期のシークエンスまで古典演劇のように真面目にドラマが積み上がって行く。圧倒的家父長として振る舞うフリッツとその命令に従順に従い、そこからのプレッシャーで潰されていく息子たちという展開も実話ながらミラーやオニール、ウィルソンの作品でよく見られるアメリカの家庭の悲劇の構図にあまりにもしっくりに則っている。これは兄弟全員の素晴らしいパフォーマンス(本当に仲の良い兄弟に見える)ことで悲劇が増幅されている。きっちりと丁寧に構築されたドラマで、ここまでの豊作年でなければ各主要賞でノミネートや受賞をしていたことは間違いない。
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American Fiction
written and dir. by Code Jefferson
2024年2月12日 BFI NFT3
パーシヴァル・エヴェレットの2001年の小説『Erasure』(未読)の映画化。日本ではAmazon Prime Videoで2月27日から配信される。作家で大学の講師も務めているセロニアス・”モンク”・エリソン(ジェフリー・ライト)はギリシア悲劇の翻案などを手掛けているが、お世辞にも売れっ子とは言い難い。そんな中、新進女性作家(イッサ・レイ)がいかにもなアフリカン・アメリカンの 「ゲットー」 暮らしについての本を出版してベストセラーを出したことにヒントを得て、偽名で似たようなステロタイプに則った本を書くことにする。
父親もきょうだいも医者で、実家には住み込みの家事手伝いがいるようなアッパーミドルの作家と、そのアイデンティティの認識についての物語に、白人社会からの(不当な)期待と黒人社会の中の階級、モンク自身の実は機能不全の家族という仕掛けを使って彼が今まで直視を避けてきたものはなんだったのか、というテーマを軽いタッチで描いている。その仕掛けとして、姉を襲うアクシデントと認知症が進行しつつもプライドの高さを保っている母親を使うという点で女性キャラクターに不幸を負わせすぎにも見えなくもないし、ゲイの弟クリフ(スターリング・K・ブラウン)の描写もやや紋切り型である。家事手伝いのロレインを巡る話も階級に焦点を当てるにしてはやや甘い。それでもこの作品が大変に興味深いのは、軽妙さや洒脱さを失うことなく、観客に対して重さやプレッシャーをそこまで強いることなく人種とアイデンティティを巡る何層ものレイヤーを積み上げ、結果コメディとして成立させていることである。これを演説ではなく、ウィットに富んだ会話の積み重ねで行っていることがとてもよい。ステロタイプにはしゃぐ白人中心の出版業界や映画界はもちろん、中流のモンクもまた労働者階級の生活についての文化盗用をある意味で行っているということを見せ、その一方で非白人の中流家庭として守らなければいけなかった家庭のイメージというものの脆さを露呈させる。そして、突然メタになる終幕(またか!)で、結局市場原理に負けてしまう文壇の現状をまるごと皮肉ってしまう。
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This Might Not Be It
by Sophia Chetin-Leuner
dir. Ed Madden
2024年2月10日 Bush (studio)
NHSの子供の精神医療セクションの事務員、アンジェラ(デブラ・ベイカー)は30年間自分の方法で大量の患者のファイルを処理してきた。そこに20歳のジェイ(デンゼル・バイドー)が半年の短期契約職員としてやってくる。長年放置されている患者のファイルを見つけたジェイはなんとかデータベースを構築して患者の手当をきちんと進めることをアンジェラに進言するが。
小さなスタジオにオフィスと待合室を作っているセット(アリス・ホワイトヘッド)はやや無理している感はあるが、部屋の外に出る行動からキャラクターの心情を語らせることに成功している。外の雑音がほぼ全編聞こえる音響デザイン(マックス・パッペンハイムとサシャ・ハウ)も狭さと壁の薄さを感じさせるリアルさがあってよい。
頑固なベテランとアイデアはあるがプロトコルの意味を理解していない新人、という組み合わせはどっちかに肩入れしてしまってもう片方が敵役になってしまう危険性がいつもつきまとう。今作品も一瞬旧態歴然としたNHSの事務の裏側を告発する内容かと思いきや、二人ともそれぞれの経験の違いからの異なる愚かさを露呈し、またシステムの適切な運用で患者を救うことをどちらも望んでいることがわかる。そこに、なかなかセラピストとのアポが取れない患者のベラ(ドリーウェッブ)が登場し、特に患者との距離が難しい精神医療で事務ができる仕事の限界が提示される。全体的に細かいスケッチの積み上げで構成されており、それゆえ掘り下げが足りないように見えなくもないし、最後はやや甘いのだが、事務員がいかに職業倫理とシステムとその現状の間でバランスを取るかをわかりやすく見せることには成功していると思う。
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