Tumgik
peche-log · 5 months
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BOOSTのお心遣い、ありがとうございました❕少しでも楽しんでいただけましたら幸いです🌼
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共通の友人の結婚式に参列する前夜のおはなし / 桃円
大剣を長めに取って大剣側が小剣の上にクロスするように……いきなりわからん用語出てきたけど、先が太い方を長めに取って十字に重ねろってことやんな?上に重ねた大剣側を後ろから一周回して、後ろから前に持ってくる……?ん?一周回したんにもっかい後ろから前に持ってくるんか?ほなこれ二周とちゃうんけ。あーもーわからん!
「円ぁ」
「なん」
「結んで」
「ハァ?」
パンツいっちょで祝儀袋と格闘していた幼馴染兼恋人に声を掛けると、えらく面倒臭そうな声色で返されてしまった。思っていた以上に集中していたところを邪魔してしまったらしい。ラグに直に座ってリビングテーブルに齧り付いていた彼が筆ペンを持ったまま不機嫌そうに見上げてくることすら、上目遣いでちょっとかわええやんかと思ってしまうから重症だと思う。
「結び方わかれへん。調べたけど無理や」
「ええ歳して何言うとんねん諦めんなや」
「祝儀袋担当したるから代わりに一回やってみてや。やってもろたら明日も出来るやろし」
「しゃあないなぁ」
余程ちまちまとした文字を書くのが億劫だったのだろう、口と態度に反して即座に筆ペンの蓋を閉めて桃吾の方へと向かってくる。子どもの頃、何度か一緒に冬休みの宿題の書き初めをしたことがある。円の字は読めないほどではないが決して美しいとは言い難く、小学生の間は習字教室に通わされていた桃吾の方が筆ペンの扱いには長けていると言えた。
ソファに腰掛ける桃吾の両足の間に膝をぐいと差し込んでネクタイを両の手に取った円が顔を近付け諸々説明してくれているが、なんとも集中し辛く軽い咳払いをする。疚しい気持ちは一切無かったが、事前準備さえ終えれば後は寝るだけという状態で円と同じく下着姿にカッターシャツを羽織っただけの桃吾は僅かに居心地が悪い思いだった。こんなコトで付き合いの長い恋人にいちいち反応しているなんて、それこそ“ええ歳して”だと思うのだが。
「……て、聞いとる?」
「聞いとらんかった。もっかい言うて」
「なんでやねん」
ぴしりと一発、デコピンがお見舞いされる。まともに聞いていなかった自分の行いを棚に上げ、明日は髪を後ろに撫で付ける予定でいるのに跡が残ったらどうしてくれると大袈裟に騒ぎ立てるとうっさいわと言いながら額に吸いつこうとしてくる。然程皮膚が薄い箇所ではないので大丈夫だとは思うが、額にキスマークなど本当に洒落にならないので些か強めに引き離した。
「もっかい説明したるからちゃんと聞きや」
「おん」
「お前返事の声だけはデカいな……こっち側を持つやろ」
今度はちゃんと聞いておこうと思ったのに、ふぁさりと伏せられた睫毛だとか暖房のせいでじわりと表面に汗をかいた胸元だとかがどうにも気になってしまう。思春期の少年のような思いを抱えた桃吾を他所に、円が小さく笑う声が落ちてくる。
「なつかしなぁ、わしも高校入学した時やり方わからんくて。聞ける人もおらんし。ようけ練習したわ」
何の支度するんにもあの頃ちょっと時間掛かっとったから、と続けるのでつい失われた宝物の元あった場所に目を向けてしまう。野球部の1日は朝が早く夜が遅い。勿論遅刻も厳禁であるし、下級生の頃なんかは早めの行動も求められる。些細なことでも手間取れば残された僅かな時間を削ることになるので、支度はテキパキと出来るに越したことはない。競技に直接関わることではなくともじわりと影響しうる、円から当たり前を奪っていったよくわからない名前の病を久し振りに思い起こして脳内で足蹴にした。
「円ぁ」
「なん」
「やっぱ明日も円が結んでや」
「ハァ?」
自分に乗り上げるように促しながら腰を抱き寄せると大人しくぺたりと座って抱き締められてくれる。すりすりと胸元に顔を寄せると「どこに甘えたスイッチあってん」と言いながらも髪を掻き混ぜられるので、とても心地が良かった。
「この辺か?甘えたスイッチ」
「それつむじやろ、下痢なるからやめぇ」
「え、便秘なるんとちゃうかったっけ」
「どっちゃでもええわ」
「まぁええけど。は〜〜雛家の男共はほんまに甘えたでちゅねぇ」
何故か機嫌が良くなった様子でちゅ、ちゅと桃吾の顔中を啄む様子は可愛らしいが、どうにも聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
「なんて?ハ?雛家の男共?」
「ほや」
「あ?何が?俺だけじゃなく淳吾もってことけ?」
「おん。高校入学したてん頃とかよう『まどかさぁん、結び方わからんなってしまいましたぁ』とかメソメソしとったからよう結んだったで」
「ハァ!?聞いてないねんけど!」
「いちいち言うようなことでもないやろ」
苛立ちのぶつけようが無いので仕方なく円の鎖骨あたりをがじがじと甘噛みすることで怒りを抑えようとする。そんな桃吾の両頬を包んできた円は変わらずご機嫌がよろしいようで、可愛らしいリップ音を立てて口付けてきた。
「桃吾、イライラした時もガッツリ噛まへんようなったなぁ、えらいえらい。ええこええこ」
ちゃんとしつけ成功したなぁと口付けを繰り返す様をまぁ、かわええなと思ってしまうので。こういうご褒美のおかげですっかり目の前の男に躾けられてしまったなとは我ながら頷ける。
「なぁ桃吾」
「なんや」
「こんな近くで結んだんのなんかお前だけやから安心せぇや♡」
耳元で吐息交じりに告げながら態とらしく腰を揺らしてくる。うん、これは飼い主が悪い。裏腿にグッと力を入れて円を抱えたまま立ち上がると態とらしくきゃあとかなんとか騒いでいる。ご機嫌なのは良いことだが、シャツは明日着ていくつもりなのであまり強く握るのはやめてほしい。
「皺なるからあんま背中掴むなや。そんなんせんでも離さん」
「男前やなぁ。この後そのシャツわざわざハンガーにかけるんや?」
わしとえっちするために?とまたしても耳元で囁かれたので、仕返しにぺしりと尻を叩いたらすっかりとノッてきているらしい艶やかな声が返される。仕返しにならなかったらしい。
明日何時に出なければいけなかったのかあまり覚えていないなと思いながら円をベッドの上におろし、シャツを素早く脱ぎ去り寝室のハンガーラックに乱雑に投げ掛ける。万が一遅刻しそうになったら弟を迎えに来させようと考えながら、待ても出来ずに桃吾の下着に手を掛けようとする不届物の指先をぺしりとはたいた。今度は桃吾が躾直す番らしい。
待てとおかわり、時々口付け
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peche-log · 5 months
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BOOSTのお心遣い、誠に有難う御座いました❕
Twitterに掲載している作品⬇️の続きですので、先にお読みいただいた方がわかり良いかと思います。
少しでもお楽しみいただけましたら幸いですᰔᩚ
声を掛ける前、少し遠くから伺い見た待ち合わせ場所に立つその姿は綺麗に背筋を伸ばしピシッと前を向いていた。いつだってしっかりと真っ直ぐ前を見つめるその眼差しが、次郎はとても好きだった。
「ごめん、お待たせ」
「あ、やさん……や、全然、待ってないです。来てくれはって、ありがとうございます」
だというのに、目の前に立つ大和は薄らと頬を染めて瞳を揺らし、おおよそ次郎の左頬の外側あたりだろう宙を見ている。次郎が求めている濡れ羽色の瞳が自分を射抜かないことに対する不満が少し、あからさまに“緊張している”という様を隠さない大和の様子にあてられて次郎も僅かに体温が上がる思いが少し。
「お前……キョドりすぎでしょ」
「せやかて僕、デートなんてしたことないですし……」
上手く出来るか不安で、と溢しながらぎゅっと握ったコートはいつもの登下校に着ている筈のネイビーのピーコートで、見慣れた衣服に僅かに心が落ち着いた。お前デートなのにオシャレして来なかったのかよと弄ろうとして滑らかな生地の肌触りを思い出す。恐らく次郎が着てきたコートの数倍は値が張る良い品なのだろう。袖が長くて、次郎が気に入っている大和の手指はその大半が隠されている。大和の母が『まだ背ぇ伸びるかなおもて大きめのサイズ買うたんやけど、見積もりすぎたかもしれへんね。大和もジロくんぐらい大きなったりせんやろか』と笑っていたのを思い出す。残念ながら指先が赤子のようにちょこんと出ているだけで、美里の理想のサイズ感にはまだまだ程遠いようだった。たったこれだけの、次郎が勝手に感じ取った情報だけで随分と大和のことを愛おしく思ってしまうなんて。デートの始まりとしては悪くない評価なんじゃないだろうか。
「俺だって、その、初めてだよ。この辺りのことも全然わかんないし……ちゃんと案内しろよな」
嬉しそうにはにかんだ瞳がやっとこちらを向いただけで、心臓がぎゅうと掴まれたような心地になる。先程盗み見た無骨な指先が次郎の指を絡め取った暁には自分は一体どのような仕上がりになってしまうのだろうか。胸の昂まりは期待から来るものだということを次郎は知っていたが、知らないフリをして誤魔化すように見知らぬ土地を勝手にズカズカと歩‎き始めた。
結論として、大和のエスコートは高校一年生の男子学生の振る舞いとしては上出来だったと言えると思う。中華街をうろつきながら、街中の人形が大和に似ていると笑い合ったりなんかして。次郎がテレビで観て気になっていた肉まんに並びたいと言えば二つ返事で了承し、並び待つ間に「関西では肉まんやのうて豚まんて呼ぶんですよ」だなんて豆知識も披露してくれた。熱い饅頭を次郎が受け取る間に大和が取り出した財布は年齢の割に大人びて少し年季の入った様子の艶めいた革財布で。次郎は不躾だとは思いつつも会計の様子をチラリと横見ながら、姉が昔言っていた台詞を思い出していた。
『彼氏の財布がバリバリって音がするマジックテープのやつだと百年の恋も冷めちゃう』
確か当時の次郎は中学生で、姉が口にしたような仕様の財布を使っていたので心の中で何が悪いのだと反論していたように思う。今ならわかる。少なくとも、大人の男性のような財布を当たり前のように取り出し支払いを済ませた大和に僅かにときめく想いがあった。食べ始める前にコインケースから五百円玉をひとつ抜き取り大和に差し出した。先程と逆で自身のコインケースに対して何か大和も思うことがあったりしないかと気が気でなかった次郎の手を硬貨ごと握り込み、大和は「デートやねんから僕に払わせてください」と言った。
「お前がそのつもりなら、俺にとっても、デート、なんだけど」
「うーん……そうなんですけど、今日だけは僕に格好ええとこ見せさせてもろてもええですか?」
五百円でカッコつけるもんとちゃうやろうけどと笑う大和は、次郎がこれまでの時間で何度大和の一挙手一投足に心動かされているかを知らないのだろう。ざらつく指先に握り込まれたままの左手が熱い。なんだか悔しいので「出所がお年玉って時点で結構カッコ悪いよ」だなんて意地悪を言うぐらいは許されたいと思った。
大和のデートプランは悪くなかったが、唯一次郎が希望した水族館がいただけなかった。とても良い施設で目新しいものばかりだったしそれはそれで楽しかったのだが、次郎には“ここを選んだのは失敗だったかもしれない”と思う大きな理由が一つあった。それは“薄暗いところが無い”ということだった。新設の水族館は光に溢れ、道端を歩く動物なんかを間近で見ることが出来た。ただ、明るく楽しいつくりな分、所謂水族館デートに見られるような照明の暗さがなかった。少し暗めのところはあったが次郎の願いを完遂するには些か暗さが足りなかった。そう、昔姉と並び見た恋愛ドラマに出てくるような、カップルが寄り添いやすい暗さが。大和と居れば楽しいことには違いなかったが、そういった展開に持っていけそうな場が無いというのは誤算だった。浮かれた様子で少し先を歩く大和の右手をこそりと見やる。この手を、指を、絡め合いたいと思っているのは次郎だけなのだろうか?
えらく健全な水族館デートを終えて出てみれば、辺りはすっかりと暗くなっていた。大和は学生であるし、泊めてもらう手筈になっている大和の自宅までの距離を考えればそろそろ帰路につかなければならないのだろう。名残惜しい気持ちで海辺を並び歩く……が、一向に駅に着かない。20分程近く歩いたところで流石の次郎も大和に声を掛けた。今日は大和に任せっきりで道を調べることもしていなかった。
「ねぇ大和、駅まだ?道こっちで合ってる?」
「合うてます。すんません綾さん、僕もう一個行きたいとこあってそこ向かってるんですけど……駄目でした?時間はそない取らせませんから」
「や、ダメとかないけど」
そんなことよりも、こうして長々と夜景の綺麗な海辺を並び歩いてきたのだからもうちょっとするべきことがあっただろという気持ちの方が大きかった。少し不満な想いを抱えた次郎に大和が「ここです」と示したのは大きな円形の煌びやかな遊具だった。
「観覧車……」
「夜やと景色綺麗らしくて、ちょうどええかなおもたんです」
知っている。大和の自室で覗き見た観光雑誌、一番大きな真四角の付箋が貼られていてデカデカとした文字でアピールポイントが書かれていた。いやでもここって、お前、俺たちまだ手も繋いでないってのに。姉が持っていた漫画なんかでも読んだことがある、観覧車に恋人同士で乗るってことはそういうことで……恋人同士?いや、次郎と大和はただの友人同士の筈だ。何も言っても言われてもいないが、確信めいた想いと期待を持って今日という日を承諾した次郎としては気軽に乗り込めるものではなかった。困惑する次郎を他所に大和はずかずかと歩みを進めチケットを購入しようとしていたので慌てて追いかける。ゴンドラに乗り込む時に足を踏み外しやしないか、ひどく心配だった。
乗り込んだ空間は比較的体格の良い次郎と大和には少しばかり狭く感じた。向かい合って座った大和とまた視線が合わなくて僅かに苛立つ。暫くの間の沈黙を経て、急に顔を上げた大和が立ち上がった。ゴンドラがぐらりと揺れる。流石に体幹はしっかりとしている様子の大和は転けることもなく次郎の方へと歩み寄り隣に腰掛けた。またぐらりと小さなゆりかごは揺れる。
「おっ、ま!こえーじゃん!やめてよデカいのが急に動くと結構揺れんだからね!」
「綾さん」
「何!」
「好きです」
「いやお前絶対今じゃ……」
勢いのままに言われたこともシチュエーションも何もかも気に食わなくて文句の一つも言ってやろうと思ったが、ずっと望んでいた眼差しがやっと真っ直ぐ次郎だけに届けられていることに気付いたので、言葉にはしなかった。
「お返事、もろてもええですか」
確信めいた語調で問われながら左手を縫い止められた。好きな人に見つめられながら、好きな手に押さえ込まれてはマトモに動ける筈もない。次郎の返事はそれはそれは小さな声だったけれど、きっと赤く染まった頬やじわりと汗をかいた指先からもその気持ちは大和に筒抜けだったことだろう。
「嬉しいです。綾さん……」
なにやら心得た面持ちの大和が顔を寄せてくる。手だって握ったばかりだというのにコイツ、まさか。脳裏にあの日見た付箋に特に大きな文字で書かれた注意書きの内容が思い起こされて、思わず空いている手で大和の肩をぐいと押し返した。少女めいた思考だとはわかっているけれど、嫌なものは嫌だったので。
「……お前、ヒナちゃんメモちゃんと読んだ?」
「へ?」
「この観覧車、昇ってる最中にキスしたカップルは別れる確率が高いんだぞ」
「そうやった忘れてましたわ。危ないところやった、ありがとう綾さん」
「そうだよ大事なとこだろ、雛弟が折角教えてくれたんだからちゃんと覚えとけよな。お、頂上」
「…………え!?ヒナちゃんメモ!?綾さんもしかしてあれ読まはっ」
初めて触れた唇は手のひらとちがってカサついたところはなくて、柔らかくふかふかとしていた。僅かにフルーツの香りのようなものを感じて、これも誰かの受け売りだったら腹が立つなと思って唇を甘噛みしたら侵入許可のサインだと誤認したらしい滑りがあわいをこじ開けようとお伺いを立ててくる。想定外のことではあったけれど、断りを入れる理由もなかったので甘んじて受け入れることにした。
総評:デートプランに不備はないが、園大和は意外と手が早いということに対する注意書きが必要であると感じた。但し他の利用者は居ないので、綾瀬川次郎の心の内に留めるのみで良いものとする。
お試しプラン愛され放題
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peche-log · 6 months
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「婚姻届ェ?」
「そうです、婚姻届」
「…………そんなんでいーの?」
「そんなんて、なんてこと言わはるん。綾さんってそないに簡単に誰とでも結婚してしまわはんの」
そういう訳じゃないけど、と独り言ちた台詞は思いの外お怒りらしい大和の様子に気圧されてしまって上手く舌に乗らなかった。人生で初めて所謂お付き合いをすることになった初めて恋人の初めての誕生日なのだ。決して裕福な育ちではないし(そもそも次郎の恋人の大和と比べてしまえば大半の人間が裕福とは言えなくなるのだが)、学生の身分なので自由に使える金額も限られている。それでも彼に喜んでほしいと思って、考えに考えて……結局何も良いものが思いつかなかったので、直接本人に聞くことにしたのだ。なにぶん大和は野球以外の物事に疎く、興味を持っておらず、何を渡せば喜ぶのか皆目検討がつかなかった。友人としての次郎からならば「球を投げてやる」と言うだけで犬っころよろしく嬉しそうに走り回ってくれることだろうと思うが、今回ばかりは恋人の次郎として贈りたかったのだ。とはいえ色恋沙汰に疎いのは野球一辺倒の大和だけではなく、次郎も同じだった。かくして次郎は本人にリクエストを聞くという選択肢を選び取った。
「だってなんかもっとこう、形に残るものというか」
「書いてくれはったら形に残りますやん」
「そうだけど、そうじゃなくって。もっとちゃんとした物というか、お店で売ってるやつっていうか……」
「僕、あんまり物欲ないから、お店に売ってるようなもので欲しいもんとかあらへん」
「そうだよね……」
だから困ってんだよ、と贈りたい気持ちや相手を想う気持ちが一瞬抜け落ちて少し苛立つ。
「せやから、婚姻届がええんです。正確には、婚姻届の此処に綾さんの名前を書いてほしくて……」
すっと、背にしていたベッドサイドテーブルから抜き取った用紙が次郎の目の前に差し出される。これって。
「婚姻届、お前もう準備して、って、ふは、何これ」
「笑わんとってや……これしか無いて言われてん」
水色の枠で囲まれた証書は右側にうねうねとした川と笹、それから男女のキャラクターが描かれていた。
「何これ、織姫と彦星?」
「そうです。僕んとこの市のキャラクターで、ひこぼしくんとおりひめちゃんて言いますねん」
「そのまんまじゃん!」
「くんとちゃんまでキャラクター名やから、そのままとはちゃうんとちゃいますか」
僅かに膨らませた大和の頬はまろやかで、お前どう見ても子供だから遊ばれたんじゃねえのと思ったけれど、言えなかった。
「これ、本当に出せるやつなの?」
「そうです。僕の地元、七夕伝説が残ってるんでそれにちなんだデザインやけど、ちゃんと公的証書として扱えるらしいです」
「へ〜、なんか縁起悪い気もするけどね。すぐに単身赴任とかになりそう」
幼い頃、長い間遠い地で一人家族のために働いてくれていた父の顔を思い浮かべながら話す。
「僕もそう思います」
「ふは、おま、尚更こんな用紙持ってくんなよ」
少し笑いすぎてしまったのだろうか、拗ねたような面持ちでそっぽを向こうとするのでその両頬に手を添えて己の方を向かせ、ついでに唇もぷちゅりと軽くいただいておく。
「ごめんて、怒んないでよ。俺からのプレゼントなんだし、俺が地元のやつ貰ってくるよ。そっちに書こう」
「……わかりました」
まだ少し不服そうな様子であむあむと唇を食まれるので、子犬に懐かれているようであどけない。溢れた次郎の笑みの意図を読み取ったらしい大和はがぶりと次郎の口端に噛みついた後、あわいをこじ開けて侵入してきた。こうやって唇を合わせて当たって、出せる訳もない証書に名を連ねたって、埋まらない何かが二人の間にはあるのに。それでもそんな些細なことに縋って生きて行かなければいけない日がいつか来るのだろう。出来る限りその日が遠い未来であればいいなと思いながら、次郎は歳下のかわいい恋人を受け入れる為に目を閉じた。
二人が幼い頃からやり取りしていた手紙ばかりが収められた箱の中から彼に贈った証書を次郎が見つけたのは、大和の誕生日を祝って半年も経たない秋の日のことだった。
遺品整理
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peche-log · 6 months
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「巴円さん。俺と、結婚してください」
目の前に差し出された赤いケースはブランド物に疎い円でも知っている有名店のもので、赤い宝石のついた指輪は明らかに所謂〝婚約指輪〟の体を成していて。
「い、いやいやいや!自分何考えとん!要らんて!」
「お前なんちゅうこと言うんじゃ!」
仰々しくもソファに座る円の前に跪いてプロポーズの言葉を告げてきた桃吾だったが、一瞬にして取り繕った皮を剥いでいつもの調子で食ってかかってきた。おう、そうしとってくれ、なんや調子狂うわ。
「やってこれ、婚約指輪やろ」
「そうや。見たらわかるやろ」
「見てわかったから言うとんじゃ!やってそんなん、わしら、婚約とかせんやん……」
「ハァ?」
「ちゃうくて!すぐ結婚するんやろ、て話じゃ」
というかそういうことが言いたい訳でもないのだが。桃吾に伝えたいことや聞きたいことが沢山あるのに、上手く頭が回らない。先日、パートナーシップ宣誓書にはお互い署名した。必要事項も埋めたし、球団にも話は通した。プロポーズは既に受けていたので後は次の休みの日にでも一緒に出しに行きましょか、という話だったではないかと思う。似た言葉として言い換えることは出来るかもしれないが、実際に結婚する訳でもないし、ましてや婚約なんて。
「すぐ結婚するけど、証書出しに行くまでの期間は婚約期間やろ」
「そんな短い間のためにこんな大層なもん買うなて言うとんねん、いくらしてんこれお前……」
へにゃへにゃとソファに沈み込んでしまった円に覆い被さってきた桃吾は、軽く唇を合わせた後に耳元で「内緒や」と囁いてきた。なんやお前それ、腹立つ、そういうイケメンみたいなんどこで覚えてきたんや。顔を覆ってしまった円に些か不安になってきたのだろう、まどかまどかと繰り返す声が聞こえる。
「なん」
「ほんまに……要らんかった?」
「おん」
「なんでそんなこと言うねん!」
自分から聞いてきたくせに改めてショックを受けたらしい桃吾に肩を掴まれ揺さぶられる。やってほんまに、こんなんもろても付けられるわけでもないし、勿体無いやろ。こういうのはもっとこう、か細くてやわこい指をした綺麗な人の方が。
「おい円。お前またなんか要らんこと考えとるやろ。会話しよなって決めやんか。おもとることあるんやったら全部言え」
「……これ、綾瀬川のお姉さんと出掛けた日に見とったん」
「おん。それでまた不安になっとんか?言うたやん、俺そういう店詳しないから価格帯とか定番とか教えてもろただけやって。婚約指輪やねんからお前に見せる訳にいかんかったし」
そういうことだったのか、と合点がいく。あの日、関根と円が楽しいティータイムを過ごしたことに対してはグチグチと文句を連ね倒していたクセに、綾瀬川の姉と見に行ったと推察していた指輪のことに関してはえらく言い澱むなと思っていたのだ。こちらは少し怒っているというのに、結婚指輪は二人で見に行くもんやろと言った円にえらくニヤニヤした顔で笑い掛けてくるなとも。
「綾瀬川のお姉さんにはもうなんも思とらん、でもこんな、でっかい宝石ついた指輪……わしには似合わんやろ」
「え、めっちゃ似合うと思うねんけど。付けてみてや」
「ハァ?」
少し思い詰めたような物言いになったと思うのに、えらく普通のトーンで返されてしまって拍子抜けする。本当に、心から円に似合うと思っているような言い方だった。
「円ってなんか赤色のイメージあるんよな、昔から。ほら、俺らカッコいいからってグローブも揃いで赤色つことったやんか。なんか店構え見た時にそんなこと思い出して、中覗いたら赤い宝石付いとるやつあるし、これや!と思って」
嬉しそうにその時の様子を教えてくれる桃吾の言葉にはちっとも混じりっ気がなくて、嘘偽りなく円に似合うと思ったらしい。
「こんな華やかで、キラキラした指輪が?」
「おん。お前割とその、あれや、ずっとキラキラしとるで」
言葉を尽くせとは言ったが、選び方がこんなにも少女漫画モードになるとは聞いていない。長い間人生を共にしてきたが、恋人としてのコイツにはまだまだ知らない面があったのだなと驚く。ああもう、恋人でもなくなるんやっけ、男同士やとなんて言うんやろ。
「ほぉけ……わしにとってはずっと、桃吾の方がキラキラしとって、眩しいて、どこおってもわかる」
光だった、と口にする前に唇が合わせられる。舌先は執拗に円を求めているのに右手にはリングボックスが強く握り締められたままなのが横見えて、早く受け取ってやらないとなと思った。
結婚指輪はお前の目ぇみたいにきんぴかのやつがええから、ちょっと高なっても許してや。
孤独な炎を愛の形に変えて
孤独:ソリテール、婚約指輪の名前から
愛:ダ・ムール、結婚指輪の名前から
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