自分じゃ分からない自分の事。

溺れるのが好きだ。溺れる、は過度に言い過ぎているかもしれないが、水に浸かるのが好きだ。小さい頃水を怖がっていた自分の手を取ってくれた、今は会うこともない友達はよく言っていた。水の中では人魚姫になれるのよって。それで躊躇なく飛び込んだ自分を可愛く思えていたりもする。それから水を怖くなる事はなくなった。暫く経ってから、沈むのが好きになった。四角いプールの端でゆっくり息を吸って、静かに沈んでいく。同時に息を少しずつ吐いていく。泡が弾けた音、誰かが動いて水が揺れる音、壁に何か当たった音。少し遠くなる。何もかもから切り離される。その感覚が好きだった。最近は、浴槽で寝る事が増えてきた。嫌な事や不安に思っている事なんて特にない。何に疲れているのか、なんで疲れているのか分からないから面倒くさい。昔から鈍感だとは思っていたけど、ここまでだとは思わなかった。人魚姫は泡になって消える。もし、いつか溺れて泡になったら、優しい手に掬われたい。その前に消えてしまうかしら。嗚呼、それでもあの手に自分はすくわれたい。泡が弾けるのがかわいいって、同じように思ってくれたらいい。

君が作った涙の海。きらきらと反射して、目に突き刺さる。魅力され飲み込まれてから、僕は、息の仕方がわからない。

体に纏わり付くじめりとした湿度に目が覚めた今朝。かなり最悪の夢、呼吸は浅くて、内臓を両手で思い切り掻き回された様な感覚。気温が上がるにつれて、何故かこんな夢ばかり。しとしとと振り続ける雨の日が終わって夏が来た時、どうしたらいいの。

夢を見た。あなたに置いていかれた日の夢。背中さえも見えなかった、服の裾さえ掴めやしなかった。口を開いても言葉が出てこなくなった。あなたの名前を呼べなくなった。ぱくぱく、水槽の中の金魚と同じ。甘いのしか知らなかった舌先に、苦味が広がって麻痺する。そのまま身体中に巡っていく。背中を焼くじりじりとした夏の日差し、垂れた水が涙か汗か、熱さで壊れた頭では判断できない。不意に引っ掻いて出来た傷に、鼻に残るパルファム。生まれた時から不器用で、えら呼吸なんて出来っこない。一度、その水槽の中で死んだ。

一度だけ、夜の海に行った事がある。冬の寒い日、空はどんよりとした雲に覆われて、北風が強く吹いていた。とにかく何もかも重かった事を覚えてる。端末の光を翳しても、足元くらいしか見えなくて、でも、聞こえてくる波の音からして、かなり荒れてたんだろう。昼間は穏やかに出迎えてくれたのに、短時間でこんなにも変わってしまうものかとちょっと息を呑んだ。でもやっぱり好きなものは好きで、しばらく波打ち際を歩いてみたり、歌を口ずさんだり。今思えば呑気なものだな。そろそろ帰ろうと、俺の名前を呼んでくれた友人がいなかったら、海に背を向けて簡単に飲み込まれていたんじゃないかしら。

僕には、花一輪をさえ、ほどよく愛することができません。ほのかな匂いを愛めずるだけでは、とても、がまんができません。突風の如く手折って、掌にのせて、花びらむしって、それから、もみくちゃにして、たまらなくなって泣いて、唇のあいだに押し込んで、ぐしゃぐしゃに噛んで、吐き出して、下駄でもって踏みにじって、それから、自分で自分をもて余します。自分を殺したく思います。僕は、人間でないのかも知れない。

──── 秋風記

水深30mの冷たい地の底で、座り込む君にキスをした。先に溺れていたその唇は随分とふやけていたのに、想像よりも厚くて、熱くて。思わずくらくらとしてくる。頬の赤と深い青のコントラスト。引っ張り上げようと思っていた手に掴まれる、引きずり込まれる。少し怖くて、だけど嬉しくて。遠くに見える日の光はもうどうでもよかった��