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nanami-fuji · 24 days
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3月まとめ
日を追うごとに日が長くなり、長く暗い冬の終わりを、街全体が喜んでいるように感じる。人々のファッションから。ホームレスの数から。
3月8日、国際女性デーはベルリンでは祭日に指定されている。この日、個人的にはとても腹の立つ出来事があったけど、友人のOから、「今日は国際女性デーだよ!一緒にお祝いしよう」とお茶に誘ってくれたのでだいぶ救われた。
3月は、語学学校がなくなったぶん、少し余裕のある日々を送れたように思う。バイトは週に3日か4日入っているけど、休日はギャラリーに行ったり、自炊のレパートリーを増やしたり。
バイト先では、キッチンだけでなく、3月からはレジにも立つようになったので、これは少し緊張する。一応、限られたものではあるが、ドイツ語で接客している。後から知ったけど、私がレジの日は平均していつもよりチップが多いらしい。なぜか知らんけど、わーい。内心はもっと緊張せず接客できるようになりたいとしか思ってないんだけど。
滑り止めとして願書を出した大学から、4月の面接に招待が来る。他の大学も宿題が発表されたり、出願から次のステップに移り出した感じ。
特にこれといった発展や進展はなかった3月。「間違っていない」という感覚だけを頼りに、4月もやるべきことをやり、進んでいく。
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nanami-fuji · 2 months
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2月まとめ
2月の中旬で、全8ヶ月のドイツ語コースが終わった。6月から平日毎日3時間というスケジュールは、生活の大きな一部になっていた。
語学学校に加えてバイトもある日は、朝10時には家を出て、16時半まで働き、賄いをかき込んで、バイト先から徒歩5分先にある語学学校まで急いだ。
17時から3時間授業を受け、帰宅は21時を過ぎる(途中でスーパーに寄ったりするともう少し遅くなる)。
そこから、お腹が空いていたら料理して夕ご飯を食べたり、さらにその後、日本からの仕事をしたり、自分の制作をしたりする日もまあまああった。
当然寝るときには、時計は2時とか3時を回っているのだが、仕事→学校の流れで変に脳みそがブーストされ続けてしまい、帰宅後も何かひと仕事終えてからじゃないと眠れなかったりした。
先生との相性の良さが、8ヶ月間、めげずに通えた理由の一つだと思う(人によっては、1,2ヶ月でやめたり、コースを変えたりもする)。年が近くて、いつもニコニコして、辛抱強く私たちの拙いドイツ語を良く聞いてくれた。宿題や出席にあまり厳しくなく、適度なゆるさがあるのもちょうど良かった。
この先生のもと、ずっと同じコースにいたのは私だけで、だから、この8ヶ月はたくさんの出会いとさよならがあった。
語学学校でのエピソードはまた別の機会に書くかもしれない。
クラス最後の日、アフガニスタン出身のZと、電車の中で交わした会話が、なんだか心に残っている。
「ナナミはこれからもずっと(=forever)ベルリンにいるつもりなの?」
「うーん、わからないなぁ。ここで大学に行きたいし、キャリアを築きたいとは思ってるけど。。」
「大学に通って、キャリアを築くなら、少なくとも5年から10年はかかるでしょ。5年から10年ここにいるなら、結局それは『ずっと(=forever)』になるってことだよ。」
彼は、私と同じ年で、同じ時期にベルリンに来て、最初からでこそないものの、長い間同じクラスにいて、いつの間にか私に「ナナミ・アウスヤーパン」というあだ名をつけ、仲良くなった。
(アウスヤーパンというのは、from Japanという意味。自己紹介の時によく使うフレーズなのだが、「ナナミ」との語呂が良いからか、まるでセカンドネームかのように、私のことをナナミ・アウフヤーパンと呼んでいた(最初、呼ばれるたびに、アロハ・フロム・ヘルかよ!と内心つっこんでいた))
彼は、ビザの状況次第では、今後アメリカに行くかもしれないと言っていた。
私は、どうかなぁ。いつまでここにいられるんだろう。いつまでここにいたいと思うんだろう。
人は、「帰る場所」が最初から用意されている人と、自分で作らないといけない人の2種類に分けられると思う。
今は、ここを私の「帰る場所」とよべるように、「帰る場所」を作っている最中だ。
=====
●2月、ベルリンでは国際映画祭「ベル���ナーレ」が開催され、ニュルンベルクで映像を勉強しているイラン出身の友人Aが、このためにベルリンに来るというので、会う約束をする。
去年のドクメンタや、ベルグハインのキャンセル問題に続き、政治的な疑問が拭えない面もあった今年のベルリナーレだが、街中が映画に文化に活気付いているのはひとえに面白い。
●ポートフォリオに新しい作品を加え、レイアウトも改善したので再度教授に見てもらう。良い評価をもらえたけど、彼女は選考委員ではないので、安心はできない。ポートフォリオの提出は5月とまだ先なので、それまでに内容を増やすべきか考えている。
●同居人のNが、作品にウサギの剥製が必要と言うので(!)、剥製職人のところに行くけど、面白い場所だからあなたも来る?と誘ってくれた。
暗く、狭い室内が剥製で埋まっている工房は、異様なようでなぜか少し懐かしさを感じるような不思議な場所だった。
●バイト先では、今月からキッチンだけではなくてフロントでも働くようになった。ランチのオーダーを取ったり、コーヒーを作ったりするのだが、ドイツ語の接客と、レジを触るのが初めてということもあり、まだ緊張してばかりで楽しめていない。
●ちぃちゃんを動物病院に連れて行くというミッションが発生。
●料理のレパートリーが増えてきた。クックドゥ的な素とかなくてもラープガイとか作れるように。
●Bella BooのCrack MagazineのSunday-mixが良かった
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nanami-fuji · 3 months
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1月のまとめ
この国の人々には「正月休み」という概念がインストールされていないので、私の日常もそれに則って、しっかりと1月2日から語学学校が始まり、あっさりと2024年の幕が開けた。
今年からビザの関係で、働ける時間が増えるので、それに伴ってバイトの契約形態を変えた。契約の更新をするためには、今まで契約していた私立保険を解約し、ドイツの公的保険に加入しなければならず、収入からは年金も引かれることにもなる。
キラキラして見える(のかもしれない)「海外生活」には、「外国人である自分」が「その国に滞在する正当な理由」を示し続ける必要があり、そのために実際はこうした煩雑な手続きと情報収集が必要で、その度に疲弊するものである。
自分の保険を見直すにあたって、御年14歳になる愛猫の保険についても調べてみた。ドイツはペットも保険に入る文化が、日本よりも浸透している。月15ユーロくらい払えば、いざという時のさまざまな医療費をカバーできる保険会社がたくさんあったが、どこも14歳からだと加入できないものばかりだった。
「60歳からでも、入れる保険があったんですね〜!」という、いつ聞いたのかも思い出せない割にはしっかりと耳に染み付いている保険のCMが脳内で再生された。 大人になるってこういうことか。こんなのちっともロマンチックじゃない。大人になるっていうのは、マリアンヌ・フェイスフルとミック・ジャガーが結婚しなかったことをいちいち残念がったりしないとか、シドとナンシーの心中未遂にうっとりしなくなるとか、その程度の話で十分なのに。
1月も後半に入ると、日照時間が、わずかではあるが、徐々に、長くなってゆき、快晴と呼べる天気の日も増えた。「どんより」という言葉がぴったりな(ドイツ語の「暗い:ドゥンケル」よりもぴったりな響きだと思う)曇天の連続の日々を思いだすに、やっぱりこの世で一番やばい存在なのは太陽なんだと嫌でも思い知らされる。
日が出ているだけで、空が青いだけで、それだけでオールオッケー、とりあえずハッピ〜という気分になれてしまうのだ。
思い返せば、11月は、日々短くなる日照時間、連日の曇天、という意味でも本当にきつかった。11月をいかに乗り越えるかが、ベルリンの冬をサバイブする一つのポイントかもしれない(12月も天気がいい日はほぼないが、町全体がクリスマスムードに飾られるので、そこで若干天気の問題はカバーされる)。
1月は増えたシフト通り出勤をして、引き続き毎日語学学校にも通い、ポートフォリオをブラッシュアップし、2校分の大学応募作業と、応募に際して課される課題の作品作りをし、第一志望の大学の教授に、再び面談の相談メールを送った。
ひたすら自分のためだけに頑張るという、贅沢で、そして同時にある意味、無味乾燥な日々の楽しみは、ついに解禁してしまったkindleでの読書である。
紙の本を何よりも信頼し、日本にいたときは部屋の荷物の6割は本だった私は、大量のそれらとのお別れと、欲しい本を簡単には増やしにくい今の環境のせいにして、「一応」日本から持ってきていたその読書専用ダブレットに、ついに数年ぶりに電源を入れ、読みたい本を検索し漁り、ポイポイ購入してダウンロードしまくってしまった。
アデュー、私の、自分の読みたい本だけが詰まった本棚。そしてこんにちは読書板。その前に立って、並ぶ背表紙を眺めているだけでうずうずするような体験はしばらくできないし、電波も液晶も本当に大事なことは何も解決できないことは嫌というほど知っているけど、とりあえず今はお前を相棒として迎え入れることにするよ。
ここ最近読んだのは、金原ひとみの「パリの砂漠、東京の蜃気楼」で、夢中で読んで、一瞬で読み終わってしまった。
怒り(それはヒステリーでも嘆きでもない)、彷徨い(彼女は6年パリに住み、その後東京へ戻った)、孤独な(彼女には夫も2人の娘もいる)女がパリと東京で綴る文章が、ベルリンでへとへとになって生きている私の夜を癒す。
1月、もうひとつ良かったのは、以前より冬の装いが上手になったこと。冬服よりも圧倒的に夏服が似合う私にとって、冬は何を着てもイマイチピンと来ない退屈な季節だったが、こちらではゴツい厚底スニーカーも、いろんなデザインのレッグウォーマーも簡単に手に入るので、
平成初期のギャルの如く、ミニ丈のボトムに、タイツとだるだるのレッグウォーマーと厚底シューズを合わせたりしている。イチオシは、ダウン素材の白いレッグウォーマーで、前から持っていたミニ丈の白いダウンジャケットと合わせたら、セットアップのようにバッチリ決まった🪽
建物は二重窓でどこも室内はとても暖かく、乾燥した空気のおかげで日本よりも寒さを感じづらいのも良い。
それでも月末に、針を飲むような強烈な喉の痛みと高熱で2日ほど体調を崩し、今もその喉の痛みを引きずっているが、
薬局で喉の炎症を抑える薬を処方してもらうまでのやり取りを全てドイツ語でできるくらいにはなっている自分に少し安心しながら1月を終える。
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nanami-fuji · 4 months
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1231
クリスマスを過ぎても、どことなくクリスマスムードを引きずったままのベルリンで(多くのクリスマスマーケットはなんと1月初旬まで開催されている)、
日本のように「年末」「年始」を特別に祝うような文化がないこの国で、本当に今日が今年最後の日なのかいまいち実感がないまま31日の昼が過ぎた。
お墓参りに寺に行き、神社で初詣をする、つまり仏教も神道も同時に信仰し、「八百万=あらゆるものに神は宿る」というコンセプトをうっすら受け入れて生きている日本人の「普通」が、他の国からするといかに「変わったこと」なのかを、「日本のクリスマス」を説明するたびに不思議に思う。
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いうまでもなく2023年は「国を引越す」という大きな変化があった年だが、そんな物理的な変化よりももっと驚く変化が個人的にはあった。
それは、いつの間にか「変わりたくない、このままでいたい」という気持ちの芽が、自分の心の中に生え始めていたことだった。
子供の頃から「遠く」の「何か」に憧れ、ずっと、ここではないどこかに行きたいと思っていたはずなのに(この心情をドイツ語では、ホームシックの対義語として「Fernweh;フェーンヴェー」と表現するらしい)、
このままこの街にいても、自分の本当にやりたいことは絶対にできない��分かっているのに、
これまで築いた生活を、習慣を、人間関係を、変える���とに抵抗を感じるようになっていた。
少なくともそれは、20代前半までは感じ得なかった感覚で、自分がそんなことを思うようになるなんて、とショックだった。
これが「年を取る」ことかと怖くなり、同時に、初めてそう思えるだけ自分の何かが(瞬間的にでも)「満たされた」のだと驚いた。
岡崎京子の作品を読んだことがある人にしか伝わらない話をするが、彼女の作品に出てくる女の子たちは、読んでいて不安になるくらい自分の本能に忠実で、だからこそ羨ましいとも思えるような、刹那的な魅力を持っている。
彼女たちのように、自分の動物としての欲望に素直に生きていたら、きっと私は、「あんしん」のために「けっこん」なんかして、「かぞく」をつくることとかを最優先事項に置いていたかもしれない。数年前の自分が立てた、外国に住む計画なんか捨て去って。
でも、ユミちゃんでもりりこでもない私は、心に生えたその「安心の芽」をぶち抜いてでも、やっぱりベルリンまで来てしまったのだ(んー、でもユミちゃんが売春してでもワニを飼う理由、りりこが名声に取り憑かれながら仕事に耽溺する理由、やっぱりちょっと分かっちゃうよね)。
思ったよりその芽はしっかり根を張っていて、抜くのに時間がかかったし、抜いた後も結構痛みが続いた。「早くこの痛いの治んねーかな」と思いながら、たまに、あのままあの芽を抜かずに育てていたら、どんな花が咲いたんだろうとかぼんやり考えてしまうこともあった。
私の母は「置かれた場所で咲きなさい」という本を気に入って読んでいた。それを見た10代の私は、「そんなの絶対間違っている」と内心とても怒っていていた。置かれた場所が必ずしも咲くに適した場所ではないし、どこでどう咲くかは自分で選びたいと今でも思っている。
10代のような怒りと、30代のような「変化への不耐性」を持ち合わせながら、それでもやっぱり20代の私は、知らなかったことを知ること、できなかったことができるようになること、やりたかったことをやれるようになること、そしてそれらのための努力を惜しまないことを最優先事項に置くことにした。
今ベルリンは16時で、日本は一足先に新年を迎えた時間だ。
ドイツでは、新年にのみ花火の売買が許され、0時を回るとここぞとばかりに市民が打ち上げる花火の煙や騒音で溢れる街の様子は、家主のナディーン曰く「まるで戦争のよう」なのだそうだ。
日本の粛々とした年末、年越しそば、キラキラしたお節料理、初詣ついでに覗く初売りなんかを恋しく思いつつ、私は、ウクライナ人の友人とクラブのカウントダウンパーティーに行く。
そして、私たちが新年を祝う中、本物の戦争はウクライナでもパレスチナでも続いていて、今この瞬間も爆撃や虐殺が行われている。
神様、資本主義も恋愛も世界平和も、どうしてこんなに難しいんですか?愛する人と、末長く幸せに暮らしたいのは、人類全員が共通して持つ願いではないの???
800万もいるらしい神様の中の誰に聞けばいいかわからない問いの答えは、絶えず自分の頭で考え続け、自分の手で作り出していくしかないのだった。
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nanami-fuji · 4 months
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グリューネヴァルトで会いましょう
「グリューネヴァルト通りの校舎で会いましょう。12日の14時、115号室に来てください。」 たったこれだけの短いメールも、私にとってはとても意味のある一通だった。
「ドイツ」の「美大受験」では、本当にやる気のある受験生は、受験が本格的に始まる前に、教授に個人的にアポイントを取ってポートフォリオを見せたり進路の相談をしたり、何かしらそういった個人的な働きかけをするべきらしいことは前々から知っていた。
そのためにはだから、教授に見せられるだけのクオリティのポートフォリオを作り上げる必要があり、また、作品について、自分のことについて、未来の目標や大学を選んだ理由について、自分なりの言葉で語れるようになる必要があった。
秋に参加した大学のワークショップのおかげで、私は大学という場への理解度がだいぶ高くなったし、そのおかげで「悪くない」レベルまでポートフォリオを仕上げることができた。「大学受験に見合う内容の」志望動機書も、CVも作ることができた。
「この大学で学びたいです。あなたの授業に興味があります。ぜひ一度、直接お会いしてポートフォリオを見てもらう時間を作っていただけませんか」というような内容でメールを数人の教授に送り、そのうちの1人からようやく返信がもらえたのだった。
(最初、ドイツ語の敬語の方向を間違えて『あなたのポートフォリオを(私が)見させてもらう時間を作ってください』という内容で送ってしまい、その後ミスに気づいて慌てて『さっきのメールはドイツ語が間違っていました。大変失礼しました』と重ねてメールを送った時は、「終わった」と思った。面談OKの返信をくれたのは、そのミスメールを送ってしまった教授だったから、ちょっとくらいのミスや失敗が必ずしも全てをダメにすることなんてないんだと学んだ)
面談の1週間くらい前から、ポートフォリオを印刷したり、実物で持っていける作品(日本から持ってきたやつ)を選んだり、当日言うべきことのイメトレをしたり、そわそわした日々を送っていた。
面談の三日前に体調を崩し、二日寝込んだが、当日までに気合いで治した。
面談当日は、その昔おばあちゃんのタンスの中から見つけ出したヴィンテージの黒のベロアジャケットに、好きなブランドのベージュのブラウス(襟にリボンタイがついてるやつ)を合わせ、黒のミニスカートとロングブーツを履いて出かけた。
待ち合わせの10分前に指定された部屋の前に着いたので、トイレでも行って時間を潰すか一瞬迷ったけど、いいやと思ってそのままドアをノックした。
緊張よりも、「お会いできて嬉しいです」「今日はお時間ありがとうございます」という気持ちが伝わるように、笑顔で「Hello!」と言いながら中に入った。
当初は、名前とちょっとした挨拶までドイツ語で言って、そこから「英語で話してもいいですか」と聞いて、英語に切り替えるつもりだったが、私が部屋に入るなり、向こうも立ち上がって握手しながら迎えてくれたため、勢い余って「Hi, I'm Nanami, Nice to meet you! Thank you for having me today!」と英語で言ってしまい、初っ端から「英語の方がいいの?」と聞かれてしまったが、大した問題ではない。
席につき、持ってきた資料やらを机に広げ終わると、「じゃあ、まず、あなたのことを聞かせて。」私が今までどこで何をしてきて、なぜ今ここにいて、これから何をしたいのか。
流石にこれくらいは筋道を立てて話せるくらいには準備している。
話の途中で、「日本の美大は受験しないの?私は、以前多摩美術大学に訪れたことがあるの。いい大学よね」と言われた。
しませんと言うと、金銭的に?多摩美は私立だものね。とさらに質問。「日本人」の私がわざわざ「ドイツ」の「美大」に行きたい理由を聞きたいのよねと思い、話題を膨らませる。
「金銭面はもちろんです。それと、日本では、一度大学を卒業してから、数年後にまた別のことを勉強しに大学に通いなおすことはかなり珍しいことなので、日本で大学に通うことは考えてません(←言いたいことわかりますかね?そういう「風潮」じゃないんすよ、そもそも。という表情とともに)。」と言うと、「なるほどね!それは一つ大事なポイントね。ある意味ドイツの特徴でもあるかも。たとえばフランスやイギリよりも、そういったフレキシブルさはドイツの方があると思うし」と、納得してくれたので良かった。
さて、私の「悪くない」ポートフォリオも、いくつか「これでいいのかな」「もっと良くまとめられそうだけど、どうしたものか、、」と感じている部分がいくつかあった。面談ではそこを見事に指摘され、アドバイスをもらえたのが驚きと収穫だった。
宇多田ヒカルがいつかの配信で語っていたのだが、『自分の歌詞を見てもらう、あるいは自分が誰かの歌詞を見るとき、自分の中で「定まってない」「わかってない」部分が必ず指摘のポイントになる。自分が「わかる」まで噛み砕かなきゃいけない』と言うようなことを言っていて、デザインも同じだなと思った。
受験は来年の2月で、第二志望の受験は一月に締め切りが来る。時間はまだあるようでたぶん少ない。
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nanami-fuji · 5 months
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月末の記録   -9,10,11月-
前回の投稿から、気がつけば3ヶ月が経っていて、季節は秋を通り越して毎日最低気温にマイナスが付くようになってしまった。
昨日は、今季初めての雪が降り、積もった白い雪の反射で、外が少し明るく感じた。
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イギリス旅行記は途中だけど、楽しかった短い夏休みの話はこのままここで終わらせておくことにする。
グラスゴー、ロンドン、ブリストルを回ったイギリス旅行からベルリンに戻ってからは、秋は大学の講習会に忙しかった。
1ヶ月近く行われるこのワークショップは、難民の受験生向けに用意されたもので、日本人の私に参加資格があるかは分からなかった。それでも志望動機書のようなものと簡単なポートフォリオを委員会に送ると、参加OKの返事が来たのだ。
ワークショップでは、入試の手順、必要な書類の作り方、アートを学ぶために必要なドイツ語の知識、教授や現役生徒を交えてのトークセッションなど多岐に渡り、まさに私が必要としている内容のオンパレードだった。参加者はほとんどがウクライナの子たちで、「なんで日本人がここにいるの?」と冷ややかな目で見られないか心配だったけど、そんなことは全くなく、
故郷を離れて野望を抱える私たちは、授業中は助け合い、授業後はご飯を食べに行ったり、図書館に遅くまで残って作業をしたりした。このままこういう日々が、毎日続いてほしいと思った。
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ワークショップが終わっても、私たちの友情は続いている。連絡を取って遊びに誘い、夢を語れる友人との出会いこそ、何にも変え難いものである。
10月半ばにはそんな大学での日々も終わり、またバイトと語学学校の日々が始まった。それからは、「早く大学生になりたい」という焦りと、「デザインがやりたくてベルリンに来たのに、今の自分はこんなこと(キッチンでひたすらオーダーを捌く)(ドイツ語の授業をひたすら受ける)ばかりしている」という不安と、減っていく貯金と、日々短くなる日照時間なんかにどんどん気持ちが持っていかれた。
SNSから流れてくる日本の友人知人の投稿を見ていると、自分がいろんなものから置いてけぼりになっているような気持ちが強くなったり、毎日出費を切り詰めて生活している現状を惨めに感じたりするようになった。 (この前、NYに移住した人のYoutubeをたまたま見ていたのだけど、その人も移住してすぐの頃は、お金がなくて「一日5ドル生活」をしていたらしい。やっぱみんな最初はそうかーって笑った)
寂しさを紛らわせるためにSNSを見ていたけど、簡単には行けないような場所や会えない人の情報が、リアルタイムに次々と更新されるスピードそのものにストレスを感じるようになっていた。
完全に良くない流れに飲み込まれてしまっていて、11月は、本当に結構毎日しんどかった。今はiPhoneの設定でSNSアプリに使用時間の制限をかけて、インターネット上の情報よりも、目の前のことや身の回りの状況にフォーカスを当てるようにして過ごしている。まだ「過渡期」な感じはあるけど、心のベクトルが、外よりも内に向いてきている感じ。ドイツ語の自習や自分の制作に取り組みたい気持ち、またこうして文章を書きたい気持ちになってきた。
ベルリンの長くて暗い冬は始まったばかりで、まだ出口が見えないような日々が続いているけど、面白そうな展示とかイベントと���、何か楽しいこと見つけながら、乗り越え進んでいきたい所存。
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nanami-fuji · 8 months
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der Sommerurlaub #2 -グラスゴー二日目-
さて、初めて迎えるグラスゴーの朝。バンクシー展の予約は昼過ぎだよね、とチケットを確認していると、どうやらチケット取れてなかったことが判明!慌てて展示のサイトを見ると、「当日券も売ってます」「ただ、ほとんど12時前には売り切れるから注意」のようなことが書かれている。
チケットオフィスが開くのは9時で、今から出れば9時半には着くから、なんとかチケットは買えそう。立地”だけ”は良いこのホステル、美術館までなんとたったの徒歩10分🙏昨日、オンボロとか言ってごめん。
無事に美術館のチケットオフィスに辿り着き、18時入場の当日券を買うことができたので、それまでグラスゴーの街をぶらぶらすることに。
イギリスといえば!ロイヤルミルクティーっしょ!スコーンにクロテッドクリームっしょ!と密かに息巻いていたので、運良くその辺で見つけたいい感じのティールームで朝食をとることに。
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スコーンとお茶のセットと、いかにも〜なイングリッシュブレックファーストを一応注文。スコーンは美味しかったけど朝食プレートは、まあ、見ての通り。
プレートの真ん中にある、豆の煮物は「給食で食べた味」だったので、知っている味というだけで美味しく感じた。味の記憶ってすごい。
そして驚いたのがお店の人の言葉遣い。ドイツの塩対応接客に慣れてしまった私は「Thank you, my dear, 」「Thank you, my friends,」なんて言われる度にびっくり。母親くらいの年齢の女性に 「Of course, my darling,」なんて言われたときには、心の中のイマジナリーベイビーが爆誕、「マ、ママ…?」って聞きそうになったよ(実の母親がそういう言葉遣いをするという話ではない) その後バスに乗ってグラスゴー大聖堂と、その隣の丘にある庭園墓地を散策。
1832年に設立されたこの墓地は、その年に営利目的の埋葬が許可されたので、裕福な人がお金をかけて技巧を凝らした墓を作れるようになったためできたんだそう。それまでは地元の教会が死者の埋葬を担っていたため、葬儀や墓地は簡素なものだったらしい。(←さっき調べた) 墓地ではあるものの、墓標や建築様式がさまざまで面白いし、小高い開けた場所にあるので、見晴らしも良く、芝生も綺麗で、不思議な場所だった。
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その後、地下鉄に乗って別の美術館に行ったりご飯食べたり公園でゆっくりしてたらそろそろバンクシーの予約時間なので美術館へ。(地下鉄の天井が低く、壁が真っ直ぐじゃなくて、車両全体が筒状なのが印象的だった)
入場時にはスマホもカメラも、専門の器具がないと開けられない袋に入れられる徹底ぶり。
展示内容は「作品」というよりも、手の内明かす系というか、制作に使ったステンシル用のダンボールや、話題になったシュレッダーの制作過程と仕組みの解説、無名時代の下書きなど。
昨今、名前だけが一人歩きしているようにも思えるバンクシーという人物が、私たちと同じ1人の「人間」であるということと、表現に対する人間ばなれした執着というか念みたいなものを同時に感じられる内容だった。(もちろん全てのプロジェクトを1人で行なっているわけではないと思うけど)
ネタバレしても問題ないと思うから書くけど、写真完全NGにしておきながら、ポラロイドで記念写真撮ってくれるサービス(タダ)があったのはびっくりした。ツンデレかよ。そういうところ含めて、「人間味」が感じられるというか、本人がキュレーションに携わってなきゃこうはならんよなって内容で、なるほどなあと思った。
行けてよかった。
さて、夜は寝台列車に乗ってグラスゴーからロンドンに向かいます🚃
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nanami-fuji · 8 months
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der Sommerurlaub #1 -グラスゴー到着-
1週間の休暇のために、8月は語学学校とバイトのルーティンをひたすらこなして頑張った。 もう大人なので、夏休みは、与えられるものではなく自ら掴み取りに行かねばならない。シフトを調整し、お金を数え、学校に休暇の手続きを出す(これをしておくと、休んだ分、契約が延長される!)。休暇中に進むであろう授業の内容もちょこっと自習。秋から始まる大学のプログラムにも参加したい旨を連絡したのち、無事に参加OKの連絡をもらう。
さあ、2023年前半、ここまで頑張ったご褒美の時間です。ベルリンを離れ、いざイングランドへ。グラスゴー、ロンドン、ブリストルを1週間で周ります。
グラスゴーは、2014年に公開されたインディー青春ミュージュカル映画(なんだそのカテゴリーは)「God Help the Girl」の舞台となった街なので、その映像美から、いつか行きたい街の一つであった。ピースで、緑が綺麗で、そしてどこか埃っぽいイメージ。
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(↑懐かしい〜!9年前、、、) 夜の便でグラスゴーに着き、街の中心にある、立地”だけ”は良い安宿にチェック���ン。 狭い部屋には、���がセミダブルで上がシングルという、最大3人で利用できる初めて見る仕様の二段ベッドがあり、外からは海かもめの鳴き声と謎の低集音が響いていた。
シャワーを浴びようとするもドライヤーがなく、フロントに尋ねたら「クレジットカードかパスポートを預けてくれたら貸し出すよ」とのこと。たかがドライヤーのために、こんな安宿のフロントにそんな大事なもの預けたくないんですけど、、、と思いつつ、やっぱり髪は乾かしてから寝たいので、しょうがなくパスポートを取りに部屋に戻り、もう一度フロントへ向かう。
命(パスポート)と引き換えにドライヤーを受け取り、ついでにフロント横の自販機で水を買おうとするも、壊れて動かず。おんぼろホテルめ。結局フロントで直接買えたからいいけど。 さて、明日は早速グラスゴーに来た目的である、バンクシーの公式展示を見に行く予定。世界各国で散見されるバンクシーの展示は、アーティストの合意なく勝手に行われ、第三者の金儲けに利用されているものばかり。今回のように本人の意思による美術館での公式展は14年ぶりとのこと。
バンクシーが”好き”で、(非公式に作られた)ポスターを(そうとは知らず)部屋に貼る人と、「ホンモノ」の展示にはお金を払うけどグッズを集めるほどではない人と、どっちが「ファン」と言えるんだろう〜と思いつつ、 ファンかどうかと、作家にリスペクトがあるかどうかってまた別問題よね〜とか考えながら、明日に備え、就寝。
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nanami-fuji · 9 months
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月末の記録   -7月・生活編-
この2ヶ月で、私は様々な手続きの末に2年分の滞在許可を得て、語学学校に通い始め、バイトも始めた。
7月からは、借りている家の家主兼ルームメイトが、しばらく滞在していたフランスからベルリンに帰ってきたので、一人暮らしの状態から、本当の意味でのルームシェアも始まった。
4月末に日本から送った船便の荷物がようやく届き、画材やら本やら服やらがそれぞれ揃い、借り物のような部屋が、「私の部屋」らしくなった(借り物であることに変わりはないが)。
ルームメイトがベルリンに帰ってきて早速、「山奥の湖に泳ぎに行くから、もし良かったら一緒に来る?」と誘ってくれた。
地図を見ながら山奥に進んで行くと、突然開かれた場所に出て、その湖の周りでは老客男女が各々のやり方でリラックスしながら泳いだり寝転んだりジョイントをふかしたりしていた。
そこにいた人の半分くらいは全裸かトップレスだった。ルームメイトは「ここは特に『ヌーディストビーチ』ってわけじゃないけど、ベルリナーは裸になるのが好きだから。こんな場所、ベルリンくらいよねぇ」と言って、トップレスで水の中に入って行った。私はしっかりとお気に入りの水着を着て、彼女と代わりばんこで泳ぎに行った。
水に入り、文字通り「洗礼」を受けた私に、ルームメイトは「これで本物のベルリナーね!」と笑った。
水が綺麗なのか汚いのかよくわからなかったことと、トラウマレベルに大量の蚊がいたことを除けば、素晴らしい体験だった。
また行ってみようと思っていたら、いつの間にか泳げるような気温ではなくなってしまった。このままヨーロッパの夏は終わってしまうのだろうか。
ーーー
気がつけばいつの間にか、ペットボトルの水を不味いと思わなくなった。Google Mapに頼らなくても行ける場所が増えた。好きなリンゴの銘柄がわかるようになった(しっかり硬くてちょっと酸っぱいやつ)。前ほど英・独・日の3言語ごちゃ混ぜ生活に疲れなくなり、前ほど強く日本食が恋しいと思わなくなった。
「海外」に来たからといって、何かが急にできるようになったり、今まで抱えていた問題が解決したりするわけではない。
ここで自分は納得と安心を得られることはできるのだろうか。
立てた目標は達成できるのだろうか。
なんで28年も住んだ街を「帰る場所」だと思えないのだろうか。
自問自答は続く。
いろんな人がそれぞれのバランスで生きている場所だから、私も早く自分のバランスを見つけたい。
とりあえず今は、この街に来れてよかったという想いと、これから先大丈夫なのだろうかという気持ちがぐるぐるしている日々である。
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nanami-fuji · 9 months
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月末の記録 -7月・労働編-
6月半ばに、無事に就労許可を得たので、語学学校が始まってからすぐにバイト探しを始めた。
運良く、いい感じの求人を見つけ、面接と試験採用を経て採用が決まったので、早速働き始めた。
日本食を出しているカフェのキッチンの仕事なのだが、いわゆる、海外によくある、オリエンタリズム丸出しな日本食レストランではないので、ベルリンらしい雰囲気の中で働けるところが気に入っている。とはいえキッチンのメンバーは皆日本人なので、仕事中はほとんど日本語である。少人数でシフトを回していることと、みんな女性同士なのもあり、雰囲気は結構和気藹々としている。
バイトはお金のためであり、言語習得は別に求めていないので、意思疎通ができる環境で良かったと思う。経験のない飲食での仕事なら尚更。
お店では、当然だが、レシピや作業オペレーションは全て決められており、私がやるべきことは、言われたことを「はい。はい。」と言ってその通りこなすだけなのだが、たまに(週に1,2回くらい)は、そうやって歯車として労働するのも悪くはない。飲食の仕事、してみたかったし。
限られたスペースの中、注文と仕込みを同時に進めなければいけないので、営業中は常にやることがあり、たまに団体客なんかが来ると、もう何も考える余地がないくらい忙しくなる時もあるけど。
お店は土日は完全休みで、シフトは平均して週に2回、週一の時もあれば次の週は週3だったりする。平日毎日通っている学校から徒歩10分くらいの場所にあるので、シフトが入っている日は、午前中から夕方まで働き、夕方から夜まで学校というぶっ通しスケジュールとなる。営業終了後、賄いをかき込んで、疲れを感じる間もなく学校へ急ぐのだが、これはこれで充実感があって良い。
ビザの関係で所得制限があるし、いつになったら私は自分の専門分野で存分に力を発揮し、十分なマネーをメイクできるようになるんだろう、と途方に暮れる時もあるのだけれど、それは悩んだところで答えが出る話ではないので、そういうモードになったら本を読むか、語学をやるなどして、意識を別の場所に持って行くようにしている。
プールとかサウナとか、より身体的な逃避方法も試したいんだけど、最近は水に入るには寒すぎるし(それでもなんとか夏を感じたくて、頑張ってタンクトップとか着てる。タンクトップを着るのに頑張りが必要な日が来るなんて🤔)、サウナは全裸混浴なので、アジア人女子としてはちょっと抵抗があるのである、、、
ここで働き始めて、前より料理への抵抗がなくなってきたので、もっと美味しいごはんが、効率よく作れるようになれたらいいなと思って働いている。
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nanami-fuji · 9 months
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月末の記録   -7月・語学編-
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ベルリンに越してから2ヶ月弱が経ち、7月が終わろうとしている。
6月から通い始めた語学学校は、「初級前半(A1)」のクラスが終わり、来週からは「初級後半(A2)」のクラスが始まる。
   
学校は平日毎日3時間あり、住んでいる地域とは反対の、東側のエリアにある。この学校を選んだ理由は場所(と値段)にある。
語学学校を探しているとき、毎日通う場所だからこそ、家とは違う街にある学校の方がいいなと思った。ベルリンのいろんな面を知れるから。
私が住んでいるのは昔からあまり街並みや住人が変わらない、家主のナディーン曰く「少しコンサバティブな」地域だが、学校があるのはトルコ語やアラビア語の看板が多く見られる移民街にある。(だからきっと、他の学校より少し安い)
ゴミゴミしている場所も多いが、こじんまりとしたカフェや雑多な感じの古着屋も多く、それなりに楽しい場所でもある。
   
世界には「外国語の学習・教授・評価のためのヨーロッパ言語共通参照枠」というものがあり、ドイツ語やフランス語などのヨーロッパの言語は共通して、初級(A)、中級(B)、上級(C)に分かれていて、それぞれが前半・後半で1、2の番号が付く。
私がひとまず必要なドイツ語レベルは中級前半、つまりB1までの学習を完了させることなので、A1→A2→B1という流れの中の、1/3が終わったことになる。
ボキャブラリーはまだまだとても少ないが、流石に自己紹介くらいはできるようになったし、過去形で文章を言えるようになったり、パッケージのラベルが前よりは少し読めるようになった。
とはいえ、やはり授業中の質問や、それなりに人と打ち解けるには英語でのコミュニケーションは必須で、私のiphoneは毎日「独⇄英」「英⇄日」「独⇄日」の辞書アプリがフル稼働している。もちろんDeepLのお世話にもなっている。
私がこうして日本語で長々と文章を書いたり、以前にも増して読書欲が強まっているのは、自分には「存分に使えて理解できる言語がちゃんとある」ということを再確認したいからなのかもしれない。
   
私は17:00-20:15の時間のコースを選んだため、クラスメートの中にはすでに働いている人も多い。
デンマーク人のディンはベルリンに6年住んでおり、デザイン会社で働いているが、日常では英語を使うためドイツ語が全く上達せず、上司に言われてドイツ語学習に本腰を入れることにしたらしい。
彼女は仕事を早めに切り上げてクラスに通っているのだが、
「職場では部下もいて、大人としてそれなりの振る舞いをしているけど、ドイツ語だとまだ赤ちゃんみたいな文章しか喋れないでしょ?時々、『私って何?こんなことしかできないんだけ?』って気分になる」と言っていて、
スッゲーーーーー分かるなと思ったし、みんなそうなんだなと少し安心した。
そんな彼女も、A1を修了したところで一旦クラスからは離れるらしい。オンラインのコースをとって、もう少しマイペースに勉強を進めると言う。
彼女はグラフィックデザイナーで、猫を飼っていて、多分年齢も同じくらいだったため、色々と共通点も多く、休憩時間によく話したりしていたので、来週からはもう会わなくなると思うと少し寂しい。
   
語学学校とは不思議な場所で、通う人の出身国も目的も期間も人ぞれぞれであり、一期一会の場所ではあるが、皆共通して「ドイツ語を使えるようになりたい」という思いがあるため、クラスには一体感がある。
「真面目にやる方が恥ずかしい」「サボるくらいがかっこいい」みたいな日本社会にありがちな価値観がないのが良い。
   
そして、できないことやわからないことが多くても嫌な顔ひとつせず、根気強く教えてくれる先生はすごい。「今できなくても大丈夫。続けていればそのうちできるようになるから」というマインドは、「できない」ことを責められながら育った私にとってはとても刺さる言葉である。
実際、「できなさ」を責めることで何かができるようになることってないと思う。「できなさ=目標までの距離感」を認めつつ、「じゃあ、今、何ができるか」にフォーカスすることでしか前進しないのではないか。
「今できなくても大丈夫」と言われることで安心して取り組みを続けられるが、間違いや失敗を責められれば、萎縮し、取り組み自体��苦痛になってしまう。似たようなことが、最近たまたま読んだ幼児教育の本にも書かれていて、やっぱりそうよねと思った。
だからと言って、悩んだってしかたない✨とか、授業受けてればOK⭐️とかそういう話ではなくて、「できなさ」を分析し、それを改善するための努力はいつだって必要だけど。
   
担任の先生は、私と同じか、私より若いくらいの年齢で、ファッションや雰囲気にも親近感を持てて、友達に会いに行くような感覚で授業を受けられるので、個人的にはそれも助かっている。
耳の後ろや足首に入ってるタトゥーもかわいいし、メイクは薄いけど唇にはしっかりピアスが開いている。ドイツ語があまり通じない生徒を相手に、顔芸とオノマトペを駆使して色々伝えてくれる。先生に気に入られたくてドイツ語頑張るみたいなところもある。不純…いや立派な動機である。
   
とはいえ、私は別に言語のエキスパートや、ドイツ語の先生になりたいわけではないので、言語はあくまでもツールであるということも覚えておきたい。言語に振り回されてばかりはいられないし、本当にやりたいこと、表現したいことを忘れてはいけない。いや、自分で言っててバランスむずいけど。
   
とりあえず、A1修了おめでとう自分👏
果てしない言語の旅は続く。
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nanami-fuji · 10 months
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スマホ盗難記
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今日は雨で、6月末にしては少し肌寒く、折りたたみ傘と上着を持って家を出た。
地下鉄内では、なぜか私のスマホには全く電波が入らなくなるので、日本から送ってもらった短編集の文庫本を読むのが通学中の楽しみだ。
だから今日もスマホを握りしめることなく、電車を降りた。外は寒いから上着を着よう、上着をリュックから引っ張り出す際に、上着の上に乗っていたスマホを一旦取り出す。
折りたたみ傘を開くために、取り出したスマホをリュックの外ポケットに入れる。上着を着てリュックを背負い直し、傘をさしてホームの階段を登って地上に出る。悪天候による電車の遅れもあり、ホームはいつもより混雑していた。
えーと、学校はどっちだっけ。まだ通い出して5日目なので、駅の出口が違うと方向が分からなくなる。スマホを見ようとリュックのポケットに手を伸ばすと、、、
確かにそこに入れたはずのスマホがなくなっていた。
「あぁ〜ついに来たか、、、」という妙な冷静さと、「いや、鞄の底に沈んでるだけじゃない?」という縋り付くような気持ちでリュックの中を漁ってみるものの、やっぱり無いものは無い。
トラブルは日常と地続きにつながっている。大げさなアクションや前触れなく訪れる。
授業はパスして、一旦家に帰る。Mac bookから「スマホを探す」を開いてみると、電車を降りた駅の街で、でも私は行っていないような場所から位置情報の更新が止まった。
あー、ここで電源切られたのかな。こりゃ完全に盗まれたな。新しいの買おう。しかも今日は金曜で、もう夕方。うかうかしてると月曜まで店が開かない。記憶を頼りに近所の電気屋へ急ぐ。
電気屋のスタッフは、店の広さの割にとても少なく、新品のiPhoneを買うのに、担当が来るまでとても待った。私が使っていたのと同じモデルは売っていなくて、もちろん最新のなんて高すぎるから、ひとつバージョンを落としたやつを買うことにした。もう、悲しんでも落ち込んでもイライラしてもどうにもならない現実がそこにはあった。
やっと私のところに回って来た、少し太ったキアヌ・リーブスみたいな店員は、「iPhoneには充電器が含まれてないから、別売のこれを買ってね」と充電器を勧めた。「大丈夫、充電器なら持ってます」というと、「いや、コードがUSB-cになったんだよ?この細いタイプだよ?」と押してくる。
分かってる、分かってるよ、同じの持ってるって!
「はい、同じの持ってます、使ってます。実はついさっきスマホを盗られて、、、」「えー!あ、だから今iPhone買ってるの??お気の毒に、、」「どこで盗られたの?電車?」「ああ、そのエリアか、、うーん、本当にお気の毒に…」
キアヌに少しオーバーなくらい同情され、もはや感情が仏の私は、とりあえずこの持ち運びができていろんな機能が搭載されたカメラ付き通信機を今日のうちに手に入れられたことに安堵していた。
クレジットカード持っててよかった。12分割で買った。データはクラウドにバックアップをとっていたので、ほとんど問題なく引き継げた。ありがとうApple。ありがとうスティーブ・ジョブズ。
SIMの契約は、オンラインで完結するE-SIMを選んだ。
新しいデバイス、新しい電話番号で、アプリのログインの設定をし直すのが少し面倒だった。特に決済系銀行系のアプリと、トークアプリに無事入れるかが心配だった。
結果、再設定に次ぐ再設定を経てほとんどがなんとかなり、入れなかったやつもパソコンからならとりあえずアクセスできることが分かった。
気づけば時刻は夜中の12時を回っていた。
地理も言語もままならないこの国で、たとえ数日でもひとりスマホなしの状態になるのはあまりに不安すぎるので、その状態を回避できただけでも安心である。
それだけ、この四角いデバイスに依存しなければ生きていけないことにも、少しゾッとした。
落ち込んでも仕方ないので、下半期の悪いことは全部あの盗られたスマホが持って行ってくれたことにした。
まあ、家探しもビザ取得も、移住に関する全てがスムーズすぎて怖いくらいだったので、スマホ盗られたくらいでちょうどいいのかもしれない(?)。
そう、ここは修羅の国、伯��。
この街の洗礼を受けて、また明日から気合い入れて生きていくことしか、私にできることはない。
※ショルダータイプのスマホホルダーを近日中に買おうと思います。
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nanami-fuji · 11 months
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心の玉ねぎ
道に迷ったとき、立ち止まって、どうしていいか身動きが取れなくなったとき、私は心の玉ねぎを剥く。
剥いても剥いても、なかなか中身が見えて来ない。玉ねぎだから、剥いてるうちに、涙が出てくる時もある。つらい作業である。できることなら、スーパーに並ぶ、適切なサイズにカットされたパック詰めのやつを選んで買って帰りたい。
でも、心の玉ねぎは自分にしか剥けない。乾いて固くなった皮をバリバリ引っ剥がす作業は、誰かに代わってもらうことも、誰かにしてあげることもできない。
本当にこれでいいの?本当にやりたいことは何?変わりたいこと、変えたくないことは何?何にムカつく?何が悲しい?「このために生まれてきたのかも」と感じる瞬間は??誰といてどんな時に「時間よ止まれ」と願ってる???
答えは本当は全部自分の中にちゃんとあって、社会や時代や世間や思い込みや長年培われた思考のクセや怠慢や甘えや日々の忙しさなんかによって作られる固い皮に覆われていき、見えなくなる。
私の玉ねぎは、時間をかけて一生懸命剥いたと思ったら、玉ねぎが内側で分球して2つになっていた。そんなことあるんだね。まだまだ知らないことだらけである。
===
5月、新玉ねぎの美味しい季節です。そちらは梅の実が売られる頃ですか?こっちではホワイトアスパラが出回っています。
名物らしいから食べてみたけど、あんまり好きじゃなかったかな。それより、初鰹のタタキに新玉ねぎのスライス乗せて、薬味たっぷりポン酢で食べたい。
いいじゃん、食べ物の文句くらい言わせてよ。
そういえば最近少し太ったって言ってたね。ダイエットなんかしなくていいよ、少し丸くなったお腹も、かわいくて愛おしいよ。
スーパーに寄って帰ろう。
ねえ、今晩何食べる?
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