Tumgik
ldvtest · 5 years
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華の都
縦書きで読む(一部未対応です)
東南アジア系移民の金切り声。赤ん坊の鳴き声。降車口のドアを力任せにこじ開けて乗り込んでくるアフリカ系移民。
「Ce n'est pas possible!」 (ありえない!)
どこからか上がる声。いい加減うんざりするような混み具合。華の都パリ、市営バス。
今しがた席を立った老人の後の、空いた席にめがけて飛び込むマダム。そいつが気に食わないと不平をいう別のマダム。首尾よく座席を獲得したマダムは、ヘッドフォンをした自分の耳を指差しながら
「Je n'entends pas!」 (わたし聞こえない!)
なんて、実際なかなか聞かない言い訳。
一際甲高い赤子の泣き声。渋滞に巻き込まれたバスは、扉を閉めても停留所から動けない。携帯電話口で盛り上がりながら、今しがたバス停にやってきて、のこのことバスに乗り込もうとして拒否された男が、何だか運転手とやり合ってる。
拒否したのは運転手じゃない。乗車口付近、最後にバスに乗り込んだやつらだ。彼らも同じように、彼らの直前にバスに身体をねじ込んで来た客に「もう無理、乗ってくんなよ」と拒否されていたにも関わらず。
……最後に到着した者が、新しくやってくる者を拒絶する。「すでに席を確保した者」には関係のない話。華の都パリ、17区。うんざりするような移民の群れ。窓に映るアジア人の顔はわたし。
――知ったこっちゃない。
わたしは身体をよじるようにして車内の奥の方へと少し詰める。やがて、青空に流れ込んできた黒雲から、窓の外には今大粒の雨が撃ちつけ始めた。
フランス語「B1」の授業が始まりました。「中級フランス語」最初の課題は……
「C'est un vrai goujat, cet homme! Tout le monde le fuit comme la peste!」
だそうです。
丁寧に訳しますと……
「あいつマジでゲスよね!みんなあいつのこと避けてる、ペストみたいに!」
だそうです。つまり「ゲスの扱い方」です。
公立語学学校の授業としては珍しい気もしますが、パリ市推薦の教科書に載っております。フランス人はこうして嫌味の表現を覚えてゆくのですね。
数週間前まで「ジョン=シャルルはパスカルよりも背が高い」などと勉強していたような気もしますが、高度な内容に達したということでしょうか。ある映画の中にあった「フランス語は『罵る言葉』がたまらなく感じさせる」なんて台詞を思い出しました。
さて、そんな「罵り」は日本語に翻訳しますと今ひとつ「感じ」させませんが、ともあれ中級フランス語、最初のフレーズはフランス語のままで覚えることに致します。
ある意図を持ったコミュニケーション行為が、他者に伝達されるためには、受け取り側も行為の意味するところを了解していなければならない。
そこには社会的、そして文化的な共通認識が求められる。アメリカの言語学者、デル・ハイムズは、その認識を「コミュニケーション行為の解釈に関する知識を共有している共同体」、すなわち「スピーチ・コミュニティ(言語共同体)」と呼んだ。
あるスピーチ・コミュニティの中で、円滑な言語活動を行うためには、まずコミュニケーションを行う相手に「十分な量の情報を与える」ことが必要である。それから「自分では間違いだと思っているような、質の悪い情報は与えない」こと。また相手を混乱させないように「関係ないことは話さない」、そしてお互いの合意に基づいた「形式に乗っ取って話す」ことが必要である……と言ったのはイギリスの言語学者、ポール・グライスで、これは「協調原理」と呼ばれている。
ところで、そうした協調の原理に従って、いつも「本当のこと」ばかりを喋っていると、たしかにそれは「正しい」のかもしれないけれど、あまりあからさまに「本当のこと」ばかりを言われてしまうと人は時々傷ついてしまう。だからそこに「人を傷つけないように」という「配慮」が生まれる。その「配慮=気遣い」のことを言語学では「ポライトネス」と呼ぶのだけれど、まぁ平たく言ってしまえば(優しい)「嘘」である。そして、相手のことを慮ったこの「嘘」つまり「配慮」の方法は、当然「スピーチ・コミュニティ(言語共同体)」ごとによって異なっている。
アメリカの文化人類学者エドワード・ホールは、著書『文化を超えて』の中で、世界中の言語コミュニケーションの型を「高文脈文化」と「低文脈文化」に分類した。
「ハイ・コンテクスト(高文脈)/ ロー・コンテクスト(低文脈)」とはいうものの、これはどちらが優っている、劣っているというような話ではなく、単に類型的な分析である。
ホールは……
『高文脈文化のコミュニケーションとは、実際に言葉として表現された内容よりも言葉にされていないのに相手に理解される(理解したと思われる)内容のほうが豊かな伝達方式であり、その最極端な言語として日本語を挙げている。
一方の低文脈文化のコミュニケーションでは、言葉に表現された内容のみが情報としての意味を持ち、言葉にしていない内容は伝わらないとされる。最極端な言語としてはドイツ語を挙げている』 【高・低文脈文化 / 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』】
と云う。
例えば。近しい文化背景を持った人々が集まって長い時間同じ土地で共同生活を続けていると、言語内に共有(蓄積)される記憶(情報)の量が増えてくるから、意思の疎通は少ないサインの交換だけでも可能となる。
――以心伝心、阿吽の呼吸、そんなことまで言わせないでよ……
高度に象徴化された「仄めかし」は、「ハイ・コンテクスト」の言語共同体において有効なコミュニケーション手段として機能する。
一方で、異なる文化背景を持った人々が集合して言語共同体を営んでいる場合、「語」が暗に示唆(含蓄)する「意図」が次第に不明瞭となってゆくので、意思の伝達には常に正確さが求められる。
――結婚式のための教会使用の許可にあたって念のために尋ねますが、あなたは今までにあなたの伴侶を殺害したことはありますか?
――では、あなたは今までに胎児を含む、あなたの子供を殺害したことはありますか?
――では、あなたは今までに、あなたの血縁家族を殺害、あるいは殺害の計画および実行に関与したことはありますか?
……いや、なに、あくまで形式的な質問ですよ。だって尋ねなければわからないでしょう?
大昔から異文化の往来が活発だった土地や、移民や多民族によって成り立っている社会などの多くは「ロー・コンテクスト」であると云われている。そして「ハイ・コンテクスト」に慣れ親しんだ人々にとっては、「ロー・コンテクスト」におけるやり取りは「あからさま」で、時に露骨で無粋にさえ思えるのである。
「ロー・コンテクスト」文化における「伝達」は、言葉が大きな位置を占めている。言語により態度を明確にすること。故にそこには正確さが求められる。当然「契約」も双方の完璧な合意によって行われるため、一度契約を結ぶとその変更は容易ではない。意思決定は理論的に行われ、また会話の途中に訪れる「沈黙」は、コミュニケーションの断絶とみられ不快にさえ感じられる。
対して「ハイ・コンテクスト」文化において交換される情報は、言語の「含み」に大きく依存するので、「空気」のような曖昧さを持っている。双方の合意も「一般的な共通認識」に頼るため、状況によってコロコロと変更(忖度)されてしまう。意思決定は感情的に行われ、会話の途中に現れる「沈黙」も、互いの暗黙の合意に基づいている場合が多いから決して不快なものとは捉えられない。
こうして考えてみると、確かに日本は「ハイ・コンテクスト」文化であり、ドイツやアメリカは「ロー・コンテクスト」な文化である。そしてフランスは……
パリの「当然」は、街のいたるところに転がっている。
日曜日は「当然」お休み。「当然」誰も働かない。「当然」バスの本数も少なく、「当然」街は閑散とする。
「担当者は9月までヴァカンスをとっているので、メールの返信は9月以降になります」
――C'est normal! 当然でしょう。そしてその間にヴィザが切れてしまえば、当然わたしが悪いのであります。
「アパルトマン契約がないとヴィザの発給はできません。そしてヴィザがないと、アパルトマンの契約はできません」
――C'est normal! まったく当然のロジックであります。そ���ゃぁそうさ、すべてわたしが悪いんだもの。
当然、わたしはそれに従うしかなく、すべてが実に当たり前に……それにしても。街を動かしている根本のアイデア違う、わたしにはそう思えるのであります。
「Bonjour!」 (ボンジュール!)
郵便局からはみ出す勢いで並んでいたパリ10区、「ボンヌ=ヌーヴェル(Bonne Nouvelle=よい知らせ)」駅前の郵便局。たっぷりと45分も待たされたわたしは、せいぜい愛想好く「こんにちは!」と。カウンターには中年のマダム。たっぷりと10秒はシカトを決め込んで
――今
――ゆっくりと
――自分のタイミングを見計らい
――さて
――ようやく
――「Oui monsieur?」 (はい、ムッシュー?)
「で?」と言わんばかりの投げやりなご様子。やれやれ、明らかに「サーヴィス」という概念が、わたしの思うものとは異なっているね。
「これ、お願いします」
10通の大型国際普通郵便をカウンターに差し出す――と、マダムはあからさまな溜息。実に判り易い「当然」の反応。よぉくわかるよ、面倒くさいもんね、10通。でも「Ce n'est pas mon problème, わたしの知ったこっちゃないよ」ちゃんと仕事してね、と知らん顔を決め込むのがこの言語共同体での正解の態度であります。
それにしても。本日の郵便局はいつにも増して混雑している。切手の自動販売機の故障のせいか、それとも原因はどこか別にある?
カチャカチャとキーボードを叩く音がして、やがて切手がプリント・アウトされてくる。手続き開始からすでに5分、たっぷりと待たされる意味がよく判るね……っておや?わたしはモニターを見つめるマダムの口元が、時々ちらりと上がることに気がついたね。
「さてと……」待ちくたびれたフリなんかして、わたしはさりげなく移動してみる、ついでにちょいと首の運動でも……って、ホラ!見えたよ、見えた!見たことあるよ、その画面!
郵便局から溢れ出す行列を前に、そして局内に充満する諦めと苛立ちのムードの只中、現在この中年のマダムは、なんと「メールをチェック中」なのであります。
ふぅむ、言語の不自由さを呪うのはこんな瞬間であるね。気の利いた嫌味のひとつでも言いたいところ。
「Il y a plein de Bonne Nouvelle c'est pourquoi le Bonne Nouvelle sont plein…」 (今日は「ボンヌ・ヌーヴェル(よい知らせ)」がメールボックスにいっぱいなので、「ボンヌ=ヌーヴェル」駅前郵便局は待ち客でいっぱいだ……)
うぅん、今ひとつ……
さて、そんなこんなでパリに拠を据え早くも十数年が経ちました。わたしのフランス語はいまだにひどいものなのですが、それでも少しづつは慣れてきて、日々は決して「華やか」とは言えないまでも、まぁ楽しく過ごしていたのでありました。
そんなある日、フランスに生活するために必要な「滞在許可証」に関して移民局から連絡が入り、近日中に証明写真を3枚提出することになりました。尋けば、許可証がこの度めでたく10年毎更新のものに切り替わるということで、わたしにとっては実に素晴らしい「ボンヌ・ヌーヴェル」、写真はこの手続きに使うのだそうです。
それで。時同じく、ちょうど電話のあった月曜日あたりから、まぁ滅多に出来ることのないニキビが、これまた滅多に出来ることのない鼻の頭あたりに、突如浮かび上がってきたのであります。しかもポツンと出来るんだったらまだしも、じわっと周囲が赤くなる、つまり何処から何処までが患部だか判らない、実にややこしいやつであります。ひとまずハーブの香りのする薬をつけて、様子をみてはいるのですが……そういった訳で。
移民問題に揺れる昨今の欧州。フランスでも滞在許可証の延長がますます厳しくなってきているというこの状況の中で、現行最長である10年の許可証に切り替わるというのは改めて光栄なことで、つまりわたしはこれから10年間、面倒な更新手続きからは解放されるわけで、そしてこのまま見事にカードが発給されてしまうと、わたしはここ華の都パリにおいて、少なくとも今後10年間は、鼻の頭がずっと赤いままとなるのであります。
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【Log de Voyage】 は2019年より不定期更新となります。次回をお楽しみに!
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ldvtest · 5 years
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元旦日記
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夢の中で、わたしは暗闇の中を歩いている。鼻をつままれたって判らないほどの暗闇。
……手探りで奥へ。先へ。それとも、わたしはわたしが向かうべき方向へ。それが……いったい何処なのかさえわからないまま。
暗闇の遠くに、一粒の灯りが見えた。わたしはそこに向かって歩いてゆく。やがて灯る一点の灯りの下に辿り着いたとき、わたしはそこに書かれた一文を見る。
――There is nothing even under the light, (灯りの下にだって何にもないのに)
それでようやくわたしは、そこには何もないのだということを識った。
新年明けましておめでとうございます。京都・元旦エッセーをお届けいたします。
大晦日も遅い時間になって、パリから泊まりに来ていたフランス人たちを連れて、除夜の鐘なんてものを突きに出かけた。
お寺へ行く前に「年越しソバ」を食べるのも、彼・彼女たちの日本旅行の好い記念になるんじゃないか、そう考えて少し早めに出たのだけれど、近所のお蕎麦屋さんはいっぱいで入れず、数件の蕎麦屋を回ったところで、このままでは深夜0時を回ってしまう、代わりのお店を探そうにも、年末はやっていないところが多いから、だったら先にお寺へ行き鐘を突いて、煩悩を払って甘酒を飲んで、それからタクシーに乗って木屋町でも祇園でも、もう少し賑やかなところまで出ようじゃないかと、わたしはそう提案した。
年末の蕎麦屋の状況を甘く見ていたのはわたしの落ち度だけれど、わたしだって日本に戻って来てからまだ日が浅い。京都のことだって、まだ右も左もわからない。そんな状況を理解したフランス人たちは、わたしの「プランB」に賛成して、空いた小腹を抱えながらも、一旦は鐘突きに向かうことになった。
ところが、波長の合わない人というのはやっぱりいつもいるものです。数日前に京都に到着してのち、事あるたびに「禅」や「瞑想」について熱く語りたがる「ニューエイジー」なDくんは、「やっぱりお寺へゆく前に何か食べたい」と。
そもそもベジタリアンのDくんは、食べられるものに制限がある。加えて彼は、どうにも人に構ってもらわないと気が済まない。元を辿れば「蕎麦屋プラン」が最後まで決まらなかったのも、スープにはカツオの出汁が入っているからであり、Dくんが「構わないけれど、思想的にはよくない」などと消極的アグレッシブな態度でもって周囲を困惑させ続けていたからである。
「思想的によくないんだったらやめておこう」と言うと「みなのためだから大丈夫」などと言う。いやいや、大丈夫じゃないのはこちらの方で…… 気を使いながら蕎麦を手繰るのも喉越し悪い。どうしてもというのであれば、日本には(素晴らしきかな)コンビニというものがある。
そういったわけで、フランス人たちをコンビニエンス・ストアーに案内して、ツアー・ガイドよろしくこれから巡るお寺への地図などを確認していると、立派な思想を持ったニューエイジ・ベジタリアンが、プリングルス・サワーオニオンなぞを小脇に抱え、背後で「プシュ」っとキリンビールを開けるのである。
「外で食べると高いから」ということで年末、忙しい時間を割いて自宅で調理し、ベジタリアンだというから気を使って、普段使っているカツオやアゴではなく、昆布と椎茸を出汁にして、豆腐と野菜を中心とした刺激物の少ない「鍋」を準備したにもかからず、炊いたお米以外はほとんど口にしなかったのは、わたしの料理がまずかったのだろうと申し訳なく思っていたが、こいつはどうやら違う様子。 プリングルスには「チキン・エキス」が入ってるんじゃない?と尋ねると、「鶏肉は食べてもいいんだ、鶏は知能が低いから」などと言う。「まぁ、ささみの部分だけだけれどね」なんて偉そうに言い出したところで猜疑心が湧いた。「鶏は魚より知能が低いのか?」と問うと、「海のものはそもそもがいけない」と言う。あとでDくんの奥さんに訊いてみれば、鍋を食べなかった理由は「昆布」が入っていたからなのだそうだ。 別にプリングルス・サワーオニオンがどう、ってわけじゃぁないがね、肉は食わない、魚も食わない、野菜も食わない、海藻も食わない、それでプリングルス・サワーオニオンとくるんだったら、それは思想の問題ではなく単に好き嫌いの問題じゃぁないかね?それとも、その「思想」の名前が「好き嫌い」か?わたしはだんだんと腹が立って来たのであります。
「ささみはいいけど……」ってのは、ちょっと都合が良すぎるだろう。それは単にささみは嫌いではない、というだけで、そうすると牛や豚を食べないのだって怪しいもんだ。ポーズだろ?「変わった人に見られたい」という、思春期風の。好き嫌いなら好き嫌いだとはっきり言ってくれればよいものを、なにやら小難しい理屈をこねて「禅」とかなんかとか、薄っぺらな知識をひけらかして語るところあたりが癇に触る。
「だったら外で好きなもん食えぇい!」
ゴォォォォォンンン……
大晦日の晩に、南禅寺の鐘の音は響くのであります。
明けて元旦。のろのろと起き出して来たフランス人たちとコーヒーを飲み、和やかな雰囲気で初詣へ。
雅な賑わいをみせる平安神宮、「買い食いはお参りの後!」と言うのも聞かずに気もそぞろなフランス人たちに、まいっか、なんて気ままなツアー・ガイドよろしく、これから巡る神社への地図などを確認していると、背後で「プシュ」っと音がする。
振り返ると、ソースには豚のエキスが、具材には豚の肉が、そしてトッピングには(なんと!)カツオ節がたんまりと踊る「盛り放題焼きそば」を美味そうに食ろうておるDくんの姿が。
自分の不注意からベジタリアンに肉類を食させてしまったのではないか、という後悔に震えながら、恐る恐る「そのソースにはたぶんポーク��エキスが入っているよ」と進言すると、「美味しいね」と。「なぬ〜!?」っと仰天して「その上のやつはボニートだよ?」と伝えると、今度は「しょうがないね」と、いまや口元に豚のエキスをつけた菜食主義者は、一向に焼きそばを食することを止めやしない。
「美味しいね」で済まされる「ベジタリアン」ってのは一体なんだ?「しょうがないね」で片付く「思想」とは一体どんなだ?
あっけにとられたわたしが「あいつの言うことは信用ならん!鶏も魚もあるかい、あいつが一番知能が低い!」と鼻息荒く憤慨し、その後完全にシカトを決め込んでいたところ、神宮参拝後に引いたおみくじには「凶」とでて、「思い上がりを改めよ」とのご神託。
「そうやね〜、世の中いろんな人がおるけんね〜」とわたしは博多弁で心を入れ替えて、口角を上げて、ヘラヘラしながらもう少し積極的に、この「野菜嫌いのベジタリアン」の話を聞いてやることにする。
以降、面倒な「メディテーション」の話にも「うんうん」と片っ端から頷いてやり、バスに乗るにも順番を譲り、写真を撮るにもシャッターを押してやり、通りがかりの店先で売っていた中古の電気ケトルを購入した際にも、自らこれを持ってやることを進み出て、そうしてコツコツと徳を高めていたところ、次に訪れた八坂神社でのおみくじは「末吉」となり、ありがたや、オラクルは「今の調子で一歩一歩精進すること」との大躍進。そう、寛容の精神こそが重要なのです。
ものごとすべては捉えよう。鶏は知能が低いと割り切るところにも、思想的に学ぶべきところがあるのかもしれないし、海のものは宇宙存在にとって良くないというのも、馬鹿らしいと切って捨てるべき根拠はない。ベジタリアンだが美味しければ肉も辞さないとするところなど、非常に柔軟であるとも考えられるし、おみくじ所に行き「番号は?」と訊かれて、筒を振って番号を引いてもいないのに、勝手に自分の好きな番号を伝えて、200円で「大吉」を購入するというのもなかなか斬新な発想である。付け加えるならば、そうして引いたくじが「大吉」なのだから、そうそう侮ることもできやしまい。店先で突然電気ケトルを購入する決断力だって常人のそれを超越しているし、電圧が違うからヨーロッパでは使えないよ、という助言を聞かないのも、わたしが常識という檻の中から物事を眺めているから起こる苛立ちである。そう、苛だち、それが問題なのである。「それ」を感じている主体とは一体誰か?
そこまで考えたところで、思考の霧がすっと晴れる。
――それはすなわち「己」自身である。
わたしはDくんに、己の浅はかさを透かし視ていたのかもしれない。
そうして清々しい目で世の中を見渡してみれば、嫌なことなどひとつもない。ものは捉えようである。新年早々電気ケトルを抱えるわたしは、今やこのありがたい思想によって、新しい歴史の一歩を踏み出しているに違いない。そう、いかに京の歴史が長かろうとも、新春早々電気ケトルを抱えて八坂神社を詣でた男も、そう数多くはおるまいて。
「それにしても日本は料理の種類が豊富だねぇ。味噌で焼いた魚も最高だったし、炙り和牛の寿司なんて初めて食べたよ」
そうでしょう、そうでしょう、日が暮れて、すっかり心穏やかな境地に達したわたしは、フランスの友人たちが日本食を堪能してくれたことが、嬉しくってしょうがない。
「僕はあれだね、ツキミ・バーガーが好かったね」 もはやベジタリアンのDくんが、なんと言おう(なにを食おう)とも、わたしの心は騒がない。マクドナルドでもモスバーガーでも、お好きなように食べればよい。
「僕はあれだね、おでんが好きだったな。トーフにタマゴ、静岡の黒ハンペンってのもなかなかよかったね」 そう言いだした別のフランス人の言葉が、どこか遠くの方で反響する。
「そうそう、味の染みた大根なんて最高ね!」
あ、うん、いや、まぁ…… 話は妙な方向へと転がり始める。
「ね?おでん美味しかったわよね?」 そう訊かれたわたしは思わず困惑する。
いや、おでんは好きですとも。それはもう……
「……大根以外はね」 おずおずと告げる。ヘビとおでんの大根は苦手であります。
「えぇ〜!?大根嫌いなのぉ?美味しいのにぃ!」 ……そうですね。その反応はすごく昔からよく知っています。だけど嫌いなものは嫌いなんだから、実際しょうがないじゃないか。
「好き嫌いはいけないと思うよ」
続けてそう言い放ったDくんに、わたしは思考は停止した。
「What’s a F×♨︎→♯ ar% ♪%☆※ing ↑●%u〆 That’s →▽♨︎@’n ☆ 々£it! Do you think ⁑〆△♪⌘→※% ♨︎ ……『明けましておめでとうございます。今年は寛容の精神を心がけて、謙虚であることによって自身が高まるような年にしたいと考えております』(意訳)」
Illustrations by Kaori Mitsushima
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ldvtest · 6 years
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ラヴ・アンド・アライヴ
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「アートはアライヴ(Alive)だ!」 師と仰ぐK氏は、ある日酔っ払ってそう仰った。
「ライヴではなくてアライヴだ!『ア』のところが大切だ!」
はて、前回お会いした時には
「アートはラヴ(Love)だ!これが答えだ!」 酔ってそう仰っていたような気もします。
——ふぅむ。師匠は「生きた言葉の世界」に住んでいるね。
「生きる」とは矛盾と対面することで、「学ぶ」とはそこに折り合いをつけてゆくことかもしれません。
『「僕が言葉を使うときはね」とハンプティ・ダンプティはあざけるように言いました「その言葉は、僕がその言葉のために選んだ意味を持つようになるんだよ。僕が選んだものとぴったり、同じ意味にね」 「問題は」とアリスは言いました「あなたがそんなふうに、言葉たちにいろんなものをたくさんつめこむことができるのかということだわ」 「問題は」とハンプティ・ダンプティが言いました「僕と言葉のうちのどちらが相手の主人になるかということ、それだけさ」』 【「鏡の国のアリス」ルイス・キャロル(Through the Looking-Glass, and What Alice Found There / Lewis Carroll)】
かくして「ラヴ・アンド・アライヴ」な世界が立ち現れる。自らを主(あるじ)とするこの世界では、整合性の逐一よりも、間と調子と相性の好し悪しが、大きな存在感を示すのであります。
Illustration by Kaori Mitsushima
◇ ◆ ◇ ◆
晩秋の韓国。とある田舎町に滞在していた頃、同じプログラムへの参加者に若いイギリス人のアーティストがいた。 朴訥な印象のトビーくんは、律儀で真面目で純粋で、彼が初めて直面するアジア世界(アナザー・プラネット)を、せいぜい正しく理解しようと努めている。
小さな村の小さな集落、現地の人々には「西洋人」が珍しい。たいして冗談をいうわけでもないトビーくんも、ここでなかなかの人気者であります。「どこから来たの?イギリス?へぇ〜!韓国は初めて?韓国の印象は?英語の発音うまいよね。ちがうちがう、안녕、『アンニョン』じゃなくて안녕、わかる?안녕。ところでマッコルリはどう?」
歩けばキャー、振り返ればキャー、発音が上手ければキャーで、たどたどしくてもそれでキャー。無敵のモテ期のトビーくん。まぁ……だからどうという訳でもないのですが…… 一体、この「誉め殺し逆レイシズム」のような現象は、地球上のどこかで、わたしの身にも起こり得るのでしょうか。
同じ頃、プログラムと提携している美術館に勤務していたアメリカ育ちのソラは、そんな「西洋人」たちが、韓国文化の表層的な珍しさにいちいち反応するのが面倒臭い。
「『どうして韓国人は辛い食べ物が好きなの?』だって。知らないわよ。Because it makes them happy じゃない?『韓国人は……』って、わたし辛い料理は好きじゃないし。Ask your mom, って感じ」
実際、誰がどこでどんな好奇心を発揮しようと自由なものです。しかし、世の中には「相性」というものがある。なんとももどかしいトビーくんの言動に、ソラはネガティヴな反応を示す。
「助けを乞うような目でこっちを見るの。保護者にされたような気分で惨めだわ。『どこから来たの?』って、通訳が必要ってほどの会話でもないでしょ?朝から百回も同じことを繰り返すのよ」
たとえば仏教的思考においては、「砂糖」は「甘くない」とも云われます。「甘い」のは縁のなせる業。つまり砂糖を「手のひら」に乗せても「甘く」ない。甘さが生ずるのは砂糖を「舌の上」に乗せたときであって、つまり「甘い」と感じられるのは「砂糖が舌と出会ったとき」であると云います。
砂糖と舌とを「良縁」とするならば、「風邪」と「人」とは悪縁かもしれません。風邪の菌も人間も、お互い悪気はないのだけれど、一緒にいると不幸になる。風邪はそれを嫌がる人間によって滅せられるし、人間は熱を発してウンウン唸る。つまりは相性。ソラとトビーくんは、どうにもそれが悪い様子であります。
「会話をこっちに任せっきりなの。交流したいんだったら自分から話さなきゃ意味がなくない?ハイスクールのエクスチェンジ・スチューデントだってもっとマシなこと思いつくわ」
「現地リサーチ」という名目で呼び出されて、丸一日付き合わされた挙句、結局仕事らしい仕事などなにもない。事あるたびに村人に呼び止められては「どこから来たの?へぇ〜イギリス!韓国は初めて?英語うまいよね!」なんて(ああ、デジャ・ヴュ!)冴えない好奇心の仲を取り持たされて…… そうして今、またそのどうでもよい会話の終了を二〇分もエンジンをかけたままの車の中で待っているソラ氏は、もういい加減うんざりしている。
「じゃぁマッコルリ一杯だけ!」 食堂に連れ込まれるトビーくん。ソラを振り返ってこう言った。 「Can you wait me, just one minute?」 (ちょっと待ってくれない?一分だけ)
「Just one munute」は英語でよくいう「ちょっと」の表現。直訳すれば「一分だけ」だけれど、けっして「一分」を意味しない。 およそ気の好い一般的韓国人ならば、ここで期待される回答は「ケンチャナヨ~(大丈夫ですよ!)」。しかしアメリカ育ちのソラ氏は違う。もちろん「one minute」の意味は踏まえた上で……
「Okay, I will be counting」 (オッケー、じゃぁ一分数えてるわ) アメリカ式の人懐っこい笑顔でニコリ。
不満を「ヒューモア」に昇華する態度は、魅力的な大人の態度であるようにも思えます。
◇ ◆ ◇ ◆
トビーくんと関わるのは金輪際無理、と判断したソラの代わりに「Kindly asked(親切を強要)」されたのはわたしでした。
ある日トビーくんはこう言った。 「村に根付く『馬』の文化について調べたくて、獣医さんと食事の約束をしたんだ。一緒に来てくれない?」 おお!見上げた姿勢!成長したね、トビーくん。もちろん、こんなわたしでよかったら。
ディナーには、展覧会を企画したスニョンも同行することになった。
◇ ◆ ◇ ◆
「なんと、馬の視界は三五〇度もあるんですか」
サムギョプサルを囲んでの食卓。獣医さん、トビーくん、スニョン、わたし。会話はもっぱらわたしと獣医さんの間で進んでいる。
展覧会のオルガナイザーであるスニョンはトビーくんに肉を切り分けることに忙しい。ふぅむ、彼女もあれだね、「優先順位」のつけ方がわたしとは違うね。 それにしても……何故トビーくんはさっきから何も訊かない?作品のために馬の話を訊きたがっていたのは、彼の方ではなかったのか?わざわざ獣医さんが来てくれているというのに。ハサミで切る豚焼肉の珍しさは、別の機会に譲らないかね?わたしはチラリと視線を送る。
「……うむ」
トビー君は頷くばかり。ふぅむ。こんなに無口な英国人は初めて見たね。それにしたって。会話は彼の母国語だろう?言語での表現力に一番長けているのは彼じゃないか。何故わたしなどが進行役に?
「ほら、トビー、温かいうちが美味しいわよ」 スニョンが野菜で豚肉を包む。トビーは従順にお召しになる。なんだコレ?
「……では馬というのは『耳』によって、ずいぶんいろんな感情を表現をしているんですね」 わたしはトビーくんが興味を持ちそうな話題を選んで広げる。獣医さんはマッコルリを片手に答えてくれる。トビーくんは……
「……うむ」
ああ、デジャ・ヴュ!ソラが言っていたことは本当だった!
興味がなければ話題を変えることも簡単な速度の会話。何故トビーくんは何も訊かない?メモを取るわけでもなく、先ほどからしきりにスニョンが巻いてくれる野菜包みの豚肉ばかりを召し上がっている。辛い味噌を適度に絡めた、豚肉野菜包みはさぞ美味かろうて。 そもそもこれは誰の仕事?イギリスからやって来たばかりの何も知らない「外国人」だから?韓国の人々は優しく、いつも世話を焼いてくれる?ちょいと依頼心が強すぎやしないか? わたしはイギリスでそんな待遇を受けたことはないよ。友人のイギリス人は、旅行でロンドンに到着したばかりのわたしに、ガイドブックを一冊投げてよこしてきただけだった。「チューブは一日券の方がたぶん安いぜ。夜はパブに飲みに行こう!」……ああ、なんて素敵な放任主義!いちいち「してあげちゃう」のは、過保護というものではないかね?
「ではそろそろ。私はこの後にも予定がありますので……最後に何か訊きたいことは?」
獣医が尋ねる。―― 一瞬の沈黙。この辺りが「鈍さ」を感じるところなのです。 仕方ない……
「トビー、これは君のリサーチだろ?」 まるでベビーシッターであります。トビーくんはようやく我に返る。
「ええっと、何か……人類が馬から学ぶべきことなどありますか?」
おおっと!
なんという短時間でまとめにくい質問!哲学の話だったのなら最初からそう言ってくれればよいものを……しかし、それは獣医さんに尋ねる質問かね?トビーくん、次からはまずママに訊いてくれ。
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ldvtest · 6 years
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メリーゴーラウンド III
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・ある日の駅前商店街(東京)
秋はサンマが美味いらしい。
魚、という選択肢は今朝起きた時点ではなかったけれど、「脂ののったサンマ」という響きはいかにも美味そうだ。昼からサンマを焼いた定食なんていいんじゃないか。
商店街を歩く。昼飯時のあちこちには、好い匂いが漂っている。茄子、なんてのも秋の食べ物だよね。お惣菜屋さんに並んでいる味噌で煮込んであるやつなんて美味そうじゃないか。……ってまぁ、しかしお惣菜の場合は持ち帰って食べることになるよね。今の気分はなんかこう……席に座ってのんびり食べたい。
「大戸屋」にはサンマがあるらしい。大々的に宣伝してある。炭火で焼いたサンマの定食、税込九二〇円。……ふむ。 そういえばさっき歩いてる途中に、フワリとニンニクの香りがしたな。あれは弁当屋の前だったか。いまいちサンマに心ときめかないのは、ニンニクの香りを嗅いで以来どこかでニンニクのことが気になっているのかもしれない。ニンニクとカレーの匂いには抗いがたい。戻って確かめてみようか。あれはこう、なにか麻婆豆腐のようなものではなかっただろうか。……うん。そう考えるといかにも麻婆系であったような気がしてきた。中華というのも抗いがたいね。ニンニクの効いた麻婆茄子なんて天才じゃないか。今日はなにかこう、ガーリック的なものを食べようかしらん。
しかし、弁当屋の前にはもはやニンニクの香りはしていなかった。それとも、あれは弁当屋の匂いではなかったのか。麻婆の類も置いていないし、ふぅむ。こうなるとどれがニンニク的な料理なのか見当がつかんね。単純にニンニク的なものを食べたいならば、駅前のラーメン屋という手もある。あそこなら「おろしニンニク」入れ放題だし。……しかしあそこのラーメンは醤油スープである上に、一杯が九五〇円もしてサンマよりも高い。だいたい「激」とか「極」とか書いてあるラーメン屋は苦手だし。それに「ニンニクの効いた料理」と「おろしニンニク入れ放題」では、若干コンセプトが異なる気もする。
どうせ駅前まで行くのであれば、高架下のレストラン街のハンバーグ屋はどうだ?以前食べたハンバーグ定食は美味しかったし、サラダ付きで五〇〇円というのも激・リーズナブルで極・嬉しい。そういえばハンバーグカレーを頼んでいた客も多かったな。ハンバーグ屋のハンバーグカレーというのも美味いのかもしれん。あれも五五〇円くらいだった。……んん、カレー……
そういえば駅の反対側にはカツカレーの専門店がある。レギュラーサイズはちょっと少なめだけれど、大盛りなんかにもできるはず。とんかつ、といえばパチンコ屋の裏には「とんかつは伝統芸です」と書いてあるとんかつ屋があったな。まぁこれは、とんかつ定食一二〇〇円と、何でもない一日の昼のひとり飯には論外の額であるが……
安くあげるなら「富士そば」か?それとも「松屋」?「てんや」?「てんや」はそれほど安くはないか……そういえばロータリーの先には素うどん一〇〇円の「にこにこうどん」もあったっけか。しかしフランチャイズってのはなぁ…… ……といったところで、さて、そろそろ三分が経ちました。焼きそばはやっぱり「UFO」です。
◇ ◆ ◇ ◆
・ある日の百貨店文具コーナー(ソウル)
「DVDには+と-の二種類があります」 クリクリマナコの女子店員は、わたしを見ながらそう言った。
――ソウル。鍾路区。出先の作業で急ぎDVDが必要となった。駆け込んだのは滞在先の近くの百貨店。DVDにそんな規格があるなんて知らなかった。
「どう違いますか?」 クリクリマナコの女子店員は、クリクリした目をクリクリさせて 「同じです」 「いや、違うから二種類あるんでしょう?」 「アナタのDVDライターが新しければ、どちらのDVDも使えます」 「では、古くても使える方をください」 「選んでください」 いや、だから古くても使える方を…… 「+と-の二種類があります」 ふむ。
「―― OK、では韓国ではどちらがポピュラーですか?」 「同じです」 「では何故二種類ありますか?」 「古いDVDライターでは書き込み出来ません」 「古いというのはどれくらい古いヴァージョンですか?」 「今のヴァージョンよりも古いものです」 ふぅむ……
「昔からある方をください」 「同じです、選んでください」 ふむぅ……
—— ドレッシングはオイル・ビネガー、シーザー、バジル、バルサミコ、四川風、ジェノベーゼ、ハラペーニョ、マンゴー、マスタード、ハニー、有明のりのゴマ・シソ・わさびマヨネーズとゆず風味ポン酢からお選び頂けます――午前一時から午前九時までの国内通話がかけ放題。さらにお昼間家族同士での通話が多いアナタには、ご家族同時加入でパケット通信量最大六ギガまで無料のファミリー・ベーシック・プラン・スタンダード・ダブル・プラス!――日曜・休日の四月から九月は十二時から十八時、十月から三月は十二時時から十七時、仏滅、先勝、先負、友引、赤口、土用の丑の日以外はこの先右折による車両乗り入れ禁止。絶対禁止。行政特別禁止地区――六白金星七月生まれのアナタの今日の運勢は吉。友人に頼まれごとをされると嫌とはいえないナイーブなアナタ、満足できない結果は次に生かして。今日はハンバーグにマッシュポテトを乗せてさらに金運アップ—— ……ってああ!もう、ちょっと細かすぎやしない?
「選んでください」 クリクリマナコの女子店員は、クリクリマナコをクリクリさせて、ジリジリわたしににじり寄る。
「……よく売れている方を下さい」 「同じです」 「……安い方を下さい」 「どちらも二千ウォンです」 ——むぅ、八方塞がり。もうダメか?
「両方とも五枚ずつ下さい」 チーン!クリクリした目が一回転した。
「ありがとうございます、二万ウォンです」
ふう! ほっと一息、レジへ向う。
無事に会計を済ますと、クリクリマナコの女子店員はゆっくりとレジから顔をあげて、わたしを見ながらこう言った。
「お客様、本日限定サービスのギフトがこちらの五種類の中からお選び頂けます」
……シット。
◇ ◆ ◇ ◆
・ある日のカフェ(ミュンヘン)
「パスタがあるわ!」 そういってニナはこちらを振り返った。ふむ。わたしはイヤぁ~な予感がするよ。
前日の遅くに到着したドイツ。バイエルン州、州都ミュンヘン。ニナが経営するギャラリーの下見は翌日に回すことにして、旦那さんのペーターと一緒に入ったレストラン。遅い時間だしお腹は空いていない、軽めのものかビールだけでもかまわない、と伝えたにも関わらず、わたしの前に運ばれてきたのは三〇〇グラムのステーキだった。 ……いや、ステーキは大好きなんですが…… ニナ曰く「もうあとは寝るだけだから食べた方がいいわ」 そう。あとは寝るだけなんです。だから食べたくないんです。自分の注文を自分で決められないディナーはどうも苦手であります。
「どうしても」というので「だったらひとつだけ……」と伝えたら、「ここのは本当に素晴らしいの」と、アイスクリームが五つも盛られたデザートがやってきた。三人で一皿、ではない。各自一皿といった具合。平等なのはいいことだけれど、基本的な自由の問題である。それとも「友愛」というやつが深すぎるのだろうかね。ヴァニラに溶けてゆくチョコレートアイスを眺めながら、わたしの心にも濃厚でビターな不安が広がり始めた。
◇ ◆ ◇ ◆
——ホテルの朝食はビュッフェ式で、野菜が新鮮で美味しかったよ。それにしてもビュッフェってのはアレだね、どうしても食べ過ぎてしまうね。まだお腹がいっぱいだよ——
「朝食は食べた?」と訊くニナにわたしはそう答えた。確かに、間違いなく、絶対に……「お腹がいっぱい」のところを若干強調しながら。 ビュッフェで野菜をつついたのは本当だが、実際のところは朝食どころではなかった。午後十一時過ぎの三〇〇グラムのステーキとアイスクリームで、夜中まで腹が張って眠れなかったのである。
——それで。
朝からふたつの美術館を観て回り、午前の終わりに少し休憩しようという話になった。
「何か食べたほうがいいわ!」
……きた。
「オッケー、ニナ。でも(十五分前にいわなかったっけ?)僕はまだお腹が空いてないんだ。気にしないでニナが食べてよ?」
「サンドイッチもあるわよ。これなら小さいわ」 「いや、サイズの問題じゃなくて……」 突き詰めれば基本的人権の問題かもしれない。
「あ~ニナ、食べたくないんじゃなくて無理なんだ。朝からソーセージを二本も食べたことを後悔しているよ」 ハードコアなコンセプチュアル・アートの作品展を立て続けに二本も観て、すこし頭がボンヤリとしてきたわたしは、どうにも珈琲が飲みたかった。
「ケーキはどう?」 事態は悪い方へ転がり始めた。「No」を四回も繰り返すなんてことに、わたしはあまり慣れていない。
「うん、ニナ、ありがとう。でも本当に朝からお腹が一杯なんだ。まだ十一時だし。もう少し後だと食べれると思うんだけれど……」 「チーズケーキもあるわ!」 ……悪い予感は完全に当たった。
「本当にありがとう。でも珈琲だけでいいんだ、本当に」 「これはミュンヘンの伝統的なケーキよ。せっかくだから食べてみたら?」 行く先々で「せっかくだから」という理由でものを食べまくっていたら、とてもじゃないが胃がもたない。
「じゃぁディナーの時にでも挑戦するよ。今はね、本当にお腹が一杯なんだ。申し訳ないけど……気にしないでニナが食べたらいいさ」 「ひと口かじって残しちゃえば?」 残す?……ケーキ職人に悪いじゃないか……なんてわたしが思ったその瞬間——
「じゃぁエスプレッソとカフェ・ラテ、それからショコラーデンクーヘンふたつ。ビッテ!」
——なんと!
……いくらわたしがドイツ語を喋れない外国人だからってそれは酷いよ。ショコラ?クーヘン?「ツヴァイ(ふたつ)」っていったよね?ひとつはニナ、もうひとつは?
……いや、チョコレートケーキは好きなんですが……
ため息のダンケシェーン。六回も「No」っていったのに……
Illustrations by Kaori Mitsushima
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【Log de Voyage】 は隔月一日更新です。次回は十一月一日、お楽しみに!
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ldvtest · 6 years
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カルボナーラ・サヴァイヴァル
縦書きで読む(一部未対応です)
スピーカーから古いポップスが流れてきて、ソーセージの焼ける匂いが辺りに漂う。シャンパンやワインですっかり赤くなった人々の向こうから、時折弾けるような笑い声が起こる。馬の鞍、燭台、何の為に使うか判らない錆びた、たぶん農耕器具。そういえば民族博物館で似たようなものを見た気がする。
フランス、ブルゴーニュ地方。ジュラ山脈にも近い小さな村。春先から、わたしはひと月ほどここに滞在している。
復活祭の月曜日(ランディ・パック)。ようやくありついたホットドックを頬張りながら、雑然と賑わうガレッジ・セールを眺めてみる。
……金属の杯、アンティーク・ランプ、ブリキのオモチャ、食器、古着、どう見てもガラクタ……
女の子が「パパ!」と泣きながら通りの向こうへ駆けてゆく。教会前広場のテントでは、少年たちがゴーカートを盛大にぶつけ合い、立ち話のご婦人方の足元では黒い犬がじゃれ合う。通りに面した軒下の窓からは、老婦人がそんな様子を静かに見ている。
髪を括った、観葉植物を売っている若い女は退屈そうに、額装したシルクスクリーンを売る男は満面の笑み。通りを埋め尽くす人々の上で、ガランガランと教会の鐘が鳴り始めた。
さて、村の広場でこんなお祭りが行われているとは知らなかった。 わたしは冷えた白ワインをもう一杯――これでようやくひと息ついた。
話を戻そう。つまり始まりはこうだった。
◇ ◆ ◇ ◆
土曜日には雨が降った。
復活祭を前にしたフランスはすっかりヴァカンス・ムードで、滞在している施設内には悪天候にもかか��らず、観光客が後を絶たない。
月末の完成を依頼されて制作している作品の現場は外。雨の日には作業ができない。わたしは屋根裏部屋にこもって窓からカラフルな観光客の傘を眺めながら――雨の日に許された幸せのひとつ――室内作業に没頭する。
午前10時。オフィスから3Dプリンター借りてきた。フランス語のマニュアルを読みながら、英語版でプログラムをインストール。3Dプロジェクターというのは面白そう。だいたいコンピュータでデータを作って、「実行」と押せば、「チン!」とばかりに電子レンジのような箱の中に立体物が現れる、というのだからすごいじゃないか。ウェブのカスタマー・リポートを参照にしながら制作中の作品を3Dの図面に描き起こし……といった……これが……思ったよりもややこしい作業で……つまり、わたしはすっかりうんざりとしていた。
18時30分。ようやく最初の3Dプリントの「実行」を終える。ぷはぁ!ひと段落。それでふと気がついた。週末用の食材がない!
日本ではコンビニエンス・ストアーが24時間営業しているから、大抵のものは何時だろうとここで揃う。便利なことはいいことだから、例えば大都市なんかへ行けば、日曜日の明け方5時くらいに突然DVDプレイヤーなんかが欲しくなっても、どうにかすれば買えるんじゃないだろうか。ただ、それなりのお金が必要というだけで。パリではいくらお金を持っていても、日曜日にはパンを買うことさえ難しい。パリでもそうなのだから、田舎へ行けばなおさらのことで…… 不便じゃないか!とは思うけれど、これは哲学の問題かもしれない。
フランス人は
「L’argent est un bon serviteur et un mauvais maître」 (お金は最高の召使いで、最低の主人だ)
なんてことを云う。
ともあれ、村に一件しかないスーパーマーケットは18時30分、ただいまをもって閉店した。気がつけば、あたりからはすっかり観光客の姿も消えていて、広い敷地には、ただパラパラと小雨ばかりが降り注ぐ。
「復活祭の月曜日はお休み」とアナウンスしているスーパーは、代わりに前日の日曜日、午前中だけ営業するという。
◇ ◆ ◇ ◆
復活祭の日曜日。結局早朝に目を覚ました。時計を見ればまだ6時で、なんだ、スーパーの開店までには、まだあと二時間もあるじゃないか。わたしは再び3Dプリンター用のデータ調整にとりかかる。
しかし、この作業はやり始めたらキリがなく、ちょっと集中していたら……どうも……なかなか面倒で……外は昨日とは一転して……油断していたら……青空にトロンとまどろみ……
……で、気がつけば13時。スーパーは12時半で閉店し、明日はマンデー・イースター。オーモンドュー!これが週末サヴァイヴァルの始まり。
死にはしない程度に食材はある。残念なのは……珈琲がない。紅茶もない。戸棚には(以前のアーティストが置いていったのであろう)ハーブティーを見つけたが、さてティーパックで二袋だから、今日と明日で一袋づつ……
オレンジジュースは心もとない、ミルクは新品がひとパック……一番の厄介は、酒類がまるでないということ。ふむ。金曜日も飲まなかった訳だから、今週は三日続けての休肝日。3Dプリンターで「実行」すれば、なんかこう「チン!」とばかりに空気中のプランクトンから合成されたビオ・ワインなんかがプリントアウトされて出てきたりしないもんかね。
戸棚の奥からは、ふ���握り分くらいのパスタがでてきた。ブイヨンはあるし、フレッシュクリームもひとパックある。ニンニクも残っていたから、ベーコンなどの肉類はないが、カルボナーラは作れるだろう。トマトがひとつ、パプリカが半分。卵がひとつとマッシュルームひと缶。そう考えると、なんともサヴァイヴァルとは呼べない気もするが、同じ料理であと二日。スーパーに行きそびれた前日と、単純にカルボナーラが食べたかった前々日とを合わせると、木曜日から五日間、朝から晩までカルボナーラしか食べないことになる。
……いや、カルボナーラは好きなんですが……
青空に小鳥が鳴く、のどかな四月初頭のフランス。これがカルボナーラ・サヴァイヴァル。
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【Log de Voyage】 次回は九月一日更新です。お楽しみに!
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ldvtest · 6 years
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ある過去の物語り
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わたしたちはしばしば、過去を後方、未来を前方に存在するものとして、時間の流れを直線になぞらえて説明する。時間というのは前方から一定の速度でやって来て、今を通過し後方へと去る。言われてみれば確かにそのように感じられるし、ところで、世界にはそうでない認識の方法も存在している。
『サピア=ウォーフの仮説』で有名なアメリカの言語学者、ベンジャミン・ウォーフ(Benjamin Whorf)によれば、世界には、西洋の言語でいうところの「時間」という概念を持たない言語も存在している。例えばアメリカン・インディアンのホーピ族が使うホーピ語には、「時間」という単語はもちろん、過去・現在・未来、持続や継続といった、時間に対する働きかけを指し示す語彙も文法も、構文も表現も存在しないのだそうだ。
「時間が存在しない世界」——それは一体どんなものなのだろう……
もっとも、他言語の思考方法でそれを捉えることは無理なのかもしれない。少なくとも、それはわたしが日本語で思い描く「過去も現在も未来もない世界」とは、まるでかけ離れたものだろう。
そうしておいてホーピ語では、実際、他の言語と同じように、宇宙の観察可能な現象を実用的に正しく、隅々まで記述することができるのだという。例え他の言語話者には想像がつかなくとも、彼らは彼らのやり方で、「時間」という概念を一切使用することなく、想像力で知覚を拡張させ——つまり他の言語もやっているように——「矛盾」と理性的な折り合いをつけながら、彼らの宇宙を細部まで緻密に描写することができるのだという。
つまり——
——言語を違えれば世界の認識の方法も異なる——
わたしたちは普段、自分たちを取り囲む世界のあり様を、自分たちの言語という「見解」に当て嵌めながら、ただ一方的に覗き見しているだけに過ぎない。「時間」のように、身体のそばに存在しているように感じられ、一般的に普遍的だとされている概念でさえ、そんなものを認知しない言語の中では所詮不必要なものとなる。近代以前の日本でだって、時間は季節によって伸び縮みした。つまりある言語システムにとっては不可欠である概念を使用せずとも、別の言語では、別の抽象的概念を使用することによって、宇宙の仕組みを破綻なく再構築することが可能なのである。
それにしても。
「過去」はどこへ行くのだろう。そして「過去に生きた人々」は、一体どこへ行くのだろう……
Illustration by Kaori Mitsushima
◇ ◆ ◇ ◆
……………………
町の喧騒が聞こえて来て、遠くから意識が戻ってくる。長い夢を見ていたような気もするけれど、暑さに悩まされてほとんど眠れなかったようにも思う。
インド、西ベンガル州、州都コルカタ(Kolkata)。二〇世紀の終わり、町はまだ「カルカッタ(Calcutta)」と呼ばれていて、インターネットも携帯電話もまだまだ一般的ではない時代。いわゆるバックパックと呼ばれる貧乏旅行。東南アジアのいくつかの国境を越えて、わたしはインドを旅していた。
大きく伸びをして、ドミトリーの二段ベッドから起き上がる。南インドからコルカタへと戻る、二七時間の長い列車移動の疲れで、身体の節々に痛みがあった。
——今日はちょっとゆっくりしよう。
ポケットを探ると、数枚の細かい紙幣が出てきた。
——チーズ・クリーム・リゾットでも食べに行こうか。
前日、ゲストハウス近くの食堂で見かけたチーズ・クリーム・リゾットは、四五ルピー(約一三五円)だった。南方の田舎で食べていた、二〇ルピー(約六〇円)のカレーやビリヤニーよりも、倍以上の値段がする。そんなものを欲するのはこの旅の中で滅多にないことで、実際なかなかの贅沢だった。
——流石に疲れが溜まっているのかもしれない。
——今日はちょっと贅沢をしよう。
そう決めた。
旅のような一見不規則な生活の中にも、必ず安定したリズムがある。暗くなれば心細くなるし、夜が明ければ腹も減る。「ルール」ではない、自然に則した「リズム」。それに抗うならば消耗するし、寄り添うならば心地よい。疲れた時には無理をしない。落ち着いて調子を整える。それはこの旅の途中に学んだことだった。
実際、「金を払って貧乏を体験する」というのだから、「貧乏」とはいえ、ずいぶん贅沢な話かもしれない。しかし、そんな貧乏旅行につきまとう「清貧」の感覚は、わたしを十分誇らしげな気持ちにさせた。モノが溢れる社会から、一瞬でも解き放たれたような、自由の感覚がそこにはあった。
なにかひとつ、必要なものを手に入れるためには、なにかひとつ、不必要なものを手放さなければならない。それはひとつの哲学だった。バックパックの容量は限られていたし、そもそも背負って歩けるモノの量には、体力的にも限界があった。できればすべてを手に入れたい。しかしすべてを背負って歩くことはできない。では何を捨て何と共に生きるのか。等身大の人生は、いつも真正面から問いを投げかけてきた。
インドの雑踏は、わたしにとって明快な混沌だった。細い路地にひしめく人々、鉄を打ち布を裂き、あるいは拾い集めたプラスチックを山のように積み、リクシャのベルが人々の間を走る。瞬きの間に誕生と消滅とが始まり終わり、生まれたそばから弾けては消える。原始から続く永劫のケイオス。突然目の前に現れては、次の瞬間には彼方へと去る。目の前に広がる巨大な空間と時間、そこにはただ「生きている」という実感だけがあった。
◇ ◆ ◇ ◆
ゲストハウスを出て大通りを歩いていると、一人の男が話しかけてきた。四〇代くらいにみえたその男は、憐れみを誘う仕草で空腹を訴え、自らの悲惨な身の上話をしてくる。
インドの大都市のいたる所に、そんな「悲惨」は転がっていた。彼らは拒んでも詰めかけ、わたしが(わたし自身でもまだ)何をしたいのかを知らないうちから、「なんでも叶える」というようなことを言い、人間的な付き合いを拒否し、隙あらば過剰な代金を請求し、人を簡単に信用することができないようにした。
「マスター・リッスン・トゥー・ミー・マスター!」
男は後ろからついてくる。わたしは炎天下を無言で歩く。
いったいどんな残酷な訓練だろう。彼らはわたしが見たくない、聞きたくと願うものを一方的に見せ、聞かせ、ひと度その悲惨に同情して立ち止まるならば、それを心の弱さとみなし、同情への対価を要求した。
ビクトリア・メモリアルまでついて来た男を巻こうと、早足で通りを横断しようとすると、それまで近くに座っていた野良牛がいきなり腰を上げて、わたしの行く方向を遮るようにして歩き出した。わたしは歩く速度を落とした。それは何かの暗示のように思えた。
——チーズ・クリーム・リゾットは無しだ。
振り返ってわたしは、少し離れたところにたたずんでいた男を食堂に誘った。
男は名前を「カル」と言った。そんな名前はないだろう、と言うと、嘘みたいに聞こえるかもしれないが、本当に自分の名前は「カル」なのだと言った。「カル」とはヒンドゥー語で「昨日」を意味し、そして同時に「明日」という意味でもあった。
「ここではない」という意味なんです。カルはそう言った。年長の男に懇願されるような眼差しを向けられるのは、わたしにとっては居心地のよいものではなく、微笑むことも憚られた。
カルは二日間何も食べていないと言った。ベジタブル・ビリヤニーとケチャップのかかったプレーン・オムレツ、それからチャイをふたつ頼んだ。
カルは田舎で職を失い、二週間ほど前にコルカタに出てきたのだと言う。奥さんと子供がいる、と言うので、わたしはさらに二〇ルピー(約六〇円)を渡した。カルは申し訳なさそうに、前日の日付の新聞をくれた。今朝ハウラー駅で荷物を運んで、そのお礼に貰ったのだと言う。
わたしには何も言えることはなかった。貧乏旅行者がいくら貧乏を気取ってみても、それは逃げ道のある、守られたレクレーションに違いなかった。
◇ ◆ ◇ ◆
カルと別れて町を歩く。
マザー・テレサの家の近くには人ごみが出来ていた。 コルカタでは何もすることがない人々がよく道ばたに寝転がっていて、昼寝だか物乞いだかをしていた。中には両手両足さえなく、肉の突端を一日中パタパタと振っている者もいる。
そのときの様子は少し妙だった。
ざわざわとした静かな人垣が出来ていて、どうしたのだろう、と人ごみに混じって行くと、身体の細い男が道路に横たわっていた。
「He was hungry」(彼は腹ペコだったんだ)
近くにいたインド人がそう説明してくれた。 五ルピーで食えるバナナの葉包みカレー屋台の隣りで、色黒のその細い肉体は、空腹の為、天に召されたということだった。
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ldvtest · 6 years
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黒いバター
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夜の海は黒いバターみたいだ。
そう思ってからバカみたいだと考えた。黒いバターなんて見たことがない。 潮の香り立つ海辺の丘。朧な月に照らされて、眼下にねっとりとした黒が弛む。
黒海——トルコからブルガリア、ルーマニア、ウクライナ、ロシア、そしてグルジアに囲まれた内陸の海。『ホメロス・オデュッセリア』でアルゴー探検隊が、迫りくる岩の海峡を抜けて黄金の羊の皮を求めに出た海。
「何にも見えないな」
少し遅れて丘を登ってきたノレッティンがいう。 ザザザと打ち寄せる波の音。エンド・オブ・イヤーのパーティに盛り上がるイスタンブールを脱け出して、私たちは黒海の沿岸までやって来た。
◇ ◆ ◇ ◆
「ブラックシーを見に行くのはどう?」
年長の友人、ノレッティンがそう提案したのは、彼が経営するデッサン・スクールで年内最後のクラスを終えた大晦日の夕方だった。明くる年に参加する展覧会の現場の下見に来ていた私は、そろそろ四週間もこのデッサン・スクールの階上に寝泊まりをしている。食事の心配をしないでよい代わりに、クラスで時々デッサンを教える、私たちの間にはそんなディールが成立していた。 春に美大への受験を控えた生徒たちは、「メリークリスマス & ハッピーニューイヤー!」なんていいながら年末の休暇へと入っていった。クリスマスなんてもう一週間も前に終わっているというのに、回教徒の多いトルコでは「メリークリスマス」の言葉の意味がズレてしまって、漠然とした年末の挨拶句になっているんじゃないか、そう考えると少し可笑しかったが、考えてみれば仏教徒の私だって、正しく「メリークリスマス」しているわけじゃなかった。
教室の施錠を受付のアイシャに任せて、私たちは外に出た。どこへゆこう?ボスポラスを渡ってトラムでガラタの丘を登り、年末のタクシム・スクウェアへ行ってみるのもよかったが、ノレッティンは人ごみを好む人間ではなかった。
カディキョイの船着場前でサーディンのサンドウィッチと焼き栗を食べて、熱いトルコ紅茶を飲んでから、黒海までドライブに行こうという話になった。空は重たくどんよりと曇り。連絡船の汽笛と夕餌を求めるカモメの声が高く響く。チャイを運んで来た店の親父は代金を受け取ると、「メリークリスマス」といい、私も「メリークリスマス」と答えた。親父の眉毛も羽を広げたカモメのようだった。
◇ ◆ ◇ ◆
「Deniz(デニス)」というのはトルコ語で「海」というのだそうだ。「カラ」というのが「黒」という意味で、だから「黒海」というのは「カラ・デニス」というのだそうだ。フォルクス・ワーゲンのハンドルを握る、ノレッティンがそう教えてくれた。
町を抜けると空気に小雨の粒が舞い始め、小雨はやがて霧へと変わった。ヘッドライトを反射して、目の前は一面、白く光る。ガラスのくもりとの区別がつかず、私はフロントガラスを何度も拭った。
「世の中はどんどん悪くなってきてる。俺はそう思うよ」 前方の白い闇を睨みながら、ノレッティンはそういった。
「俺は良い人間なのに、世の中には悪い人間が多すぎる」
世の中の人々が、自分だけは「良い人間だ」と信じてやまないのは、いったい「良い世の中」なんだろうか。
「僕は自分が悪い人間だと思いながら生きてるよ」 私はためしにそういってみた。「……アーティストだからね、そもそも不埒な生き���をしているんだ」
「アーティストってのは不埒なのかい?」自身で画家でもあるノレッティンはそういった。
「考え方にもよるだろうけど、少なくとも道徳家じゃぁないだろうね」
「道徳ってのはまぁ厄介だな」ノレッティンはそういって笑った。
少し霧が晴れてきて、目の前にはぼんやりとした木立ちが現れた。白い中央線が、前方からゆっくりとやってきて、のんびりと後方へと飛び去って行く。
◇ ◆ ◇ ◆
しばらくすると遠くに小さな灯りが見えて、そこはポロネーズの町だとノレッティンが告げた。そういう名前の町なのか、それともポーランド人が多く住む町という意味なのか、訊き返してみたがよく判らなかった。
石畳の細い橋を渡りきると、閑散とした港町に入る。町の中心らしいロータリーには古い車が何台か止まっていたが、人の気配はしなかった。個人商店に寂れたビリヤード場、EFES麦酒の文字が光るバー、灯りはもれているが覗き込んでも誰もいない。
——まるでゴーストタウンみたいだ。イスタンブールの喧騒が、遠い昔のように思われた。
町外れの坂を上ると軍事施設だった。再び濃くなり始めた霧の中からトルコ軍の兵士が現れて、ここから先へは入れないと告げた。逆光に浮かぶ兵士の影は、幻のようで現実感が伴わない。
町のロータリーまで戻り、教えられた通りに丘を登ると、やがて舗装されていない道に出た。ノレッティンの運転するフォルクス・ワーゲンは、水溜りを避け、跳ね、落ち、登る。小高い丘の中腹で、ふと赤い光を見た気がした。霧深い夜に赤い閃き——目を凝らすとそれは灯台で、ならばそこが海だった。
坂の途中で車を止めて、エンジンを切ると潮騒が聞こえた。ライトを消して車から降りる。あたりには小雨が舞っている。ザァザァと、寄せては返す波の音……を期待してみたが、どうやらこの海の音は違って聞こえた。寄せて寄せて寄せて寄せて……いつまでもただ押し寄せてくるように思えた。雨が降っていたからかもしれないが、実際、関係ないかもしれなかった。
坂道を登って丘の上まで歩く。海風に吹かれて、霧は丘の上にまでは届かなかった。空は漠として灰色に広く、遠くの海は黒く霞む。どこから海でどこからが空なのか判らない。空と海との境界は、ぼんやりとぬるく溶けていた。
黒いバターみたいだ。そう思った。そんなもの今までに見たこともないのに。
——一年が逝く。海風に吹かれて見えなくなってゆく白い霧のように。新しい年がやってくる。曖昧な黒から押し寄せてくる波のように。まるで、黒いバターみたいに、今までに見たこともないような。 それとも、もしかしたらそれはどこかにあるのかもしれない。黄金の羊の皮みたいに。海峡を抜けた、広い海の向こうのどこかに。それとも、それはどこか私の知らないところではもうすっかり有名で、毎日飛行機で地球上のあちこちに配送されているのかもしれない。
「なんだ、何にも見えないな」 少し遅れて丘を登ってきたノレッティンがそういった。
眼下に揺れる海はどこまでも黒い。特に、こんな雨の夜の「黒海」は、他のどんな一日よりも黒いだろう。
「This is literary black sea」 (これが本当の黒い海だね)
私たちはそういって笑った。
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森の吸血鬼
縦書きで読む(一部未対応です)
秋の深まるコネチカット。鮮やかな金色燃ゆる森の奥には、夕方四時を回ると急に増えはじめ、水分を求めて目や鼻や耳の辺りに群がってくる羽虫の類や、音を立てずに飛んできては、腕の辺りから血液を吸い取ってゆく季節外れの蚊、鉄砲玉のように顔面めがけて飛んでくる、丸く白いハチに似た甲虫などが生息している。
突然おでこに弾ける昆虫は鬱陶しいし、蚊に刺されることだって、いたって不愉快なのだけれど、もっと現実的で、密接な危険をはらんでいるのが、近頃大量発生してローカルニュースにも取り上げられている「ティック(マダニ)」の存在である。
ティックは…… 『嗅覚が発達しており、哺乳類から発せられる二酸化炭素の匂いや体温、体臭、物理的振動などに反応して、草の上などから生物の上に飛び降り吸血行為を行う。その吸血行為によって、体は大きく膨れあがる。(中略)一度口器を差し込んだマダニは、吸血が終わるまで一~二週間程度は体から離れない��そこで無理にマダニを引き抜こうとすると、体液の逆流を招いたり、体内にマダニの頭部が残ってしまう可能性がある。細菌感染の恐れがあるため、マダニを発見したら出来るだけ早く皮膚科を受診したほうが良い。場合によっては、切開してマダニを除去するほかないが、それが一番確実である。』
【出典: Wikipedia】
この厄介な森の吸血鬼はレジデンスの敷地内において、テキサスの小説家マークのマックブック・プロの上を歩いていたり、ボストンのサラのビール瓶のそばに三匹連なって並んでいたり、サンフランシスコのロビンのコーヒーカップの中に浮かんでいたりもする。
滞在も後半に近づいたある日。森での作業を終えてレジデンスへと戻り、シャワーで汗を流していると、ヘソの隣に見慣れぬ黒点。ゴマ粒大の黒点は、引っ掻いてみると微妙に動くが取れやしない。
なんだこれ?一瞬イヤな予感が走る。キッチンでチキンを焼いている、気の好いカリフォルニアのシェフ、ボブにヘソを見せながら訊いてみる。
「ねぇボブ、これってティックだと思う?」「ええ?ティックだって?」「そう、さっきシャワーのときに気がついたんだ」「うぅん、ちいさくてよく見えないな。ちょっと待って、チキンをひっくり返さなくっちゃ」
気は好いが夕食の支度に忙しいシェフは、ろくにヘソなど見やしない。細菌感染症よりも、チキンの焼け具合が気になる様子。
「まぁ心配いらないよ。ティックはそんなに小さくないさ」
チキンをひっくり返しながらシェフがいう。待て待て、なんて薄情な!チキンをひっくり返し終わってから、ゆっくり相談に乗ってくれてもいいじゃないか。チキンは少々焦げても美味しいけれど、ヘソの辺りから知らん病いに犯されてゆくやもしれぬ、私が手遅れになったらどうするんだ。ちまたには恐ろしく小さなティックもいて、そして小さなティックほど毒性が強いのだと、管理人のアリソンさんもいっていなかったか?
共用ルームに置いてある「ティック実物大比較カード」を取ってきて、ボブに抗議しようと母屋へ戻ると、森での作業を終えて戻ってきたルイーズが、自転車から荷物を下ろしている。
「あら、ジュン、今日の仕事は終わり?いい匂いね、ディナーはチキン?」「ハイ、ルイーズ、ボブが焼き具合をみているよ。でも彼は気を使い過ぎだと思うね。チキンの皮は少しくらい焦げてた方が美味しいと思わない?」「わたしチキンの皮は食べないわ」「ところでさ、ルイーズ、これってティックだと思う?」
私はヘソを見せながら訊ねてみる。レジデンスのリピーターであり、ティックに関して私たちよりも知識があるであろうルイーズは、眼鏡を二枚重ねて……「ふむ」
どうやら判断はつかない様子。確かにこの黒点はあまりにも小さい。自分自身、目を凝らして観察してみようにも、なにぶんヘソは目から遠い。
そうこうしているうちにチキンの匂いに誘われて、滞在中のアーティストたちがぞろぞろと母屋へと集まり始めた。「ねぇマーク、これってティックじゃない?」アメリカ人たちにヘソを見せながら、私は孤独な主張を続ける。「ボブは新しいホクロだっていうんだ、ヒドイと思わない?」
「んん~チキンの匂いがたまらないね」 「ねぇ、あなた『チキン・ジョージ』っていう日本のマンガ知ってる?」 「それにしてもこのヘソは『ひらがな』みたいだね」 「リンゴ食べる?」「なんだって?今なんていったんだい?」 「『の』だっけ?『9』が倒れたようなやつ」 「トラウマなのよね~あのマンガ」 「いやいや、『の』というよりも『そ』じゃない?」 「『そ』だって?あんた『そ』のカタチ知ってる?」 「知ってるさ、『そおです、そおです』の『そ』だろ?」
……まったくもって話にならん。
自分の身は自分で守るしかない。だいたいこの黒点は小さすぎる。なんというかこう「ピンチ・アウト」の要領でもって、ギュゥっと拡大できたりすれば……と考えて思いが至った。カメラだ!無責任なアメリカ人たちをよそに、私はひとり自室へと走る。
さて、そういった訳で。「メガピクセル」というやつはやっぱり凄いね。接写モードでヘソの隣りの小さな粒は、噂の吸血寄生虫、八本足のティックだと判明。イエス!ティック・イン!めでたく「最初の犠牲者」となるのであります。
さて。悪ノリが大好きなアメリカン・アーティストたち。レジデンスに備え付けられていた、ティック・リムーヴァー・キットで、まずは私のヘソの横からティックを引き抜き、ルイーズが持っていた(新品の)テキーラ(Tequila)の小瓶にこれを放り込む。
サンフランシスコのロビンがボトルのラベルをデザインして、めでたくティック(Tick)の酒漬けされた「ティッキーラ(Tick-Quila)」の完成なのであります。
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メリーゴーラウンド II
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・市場にて1(モスクワ)
「トォゥボロォゥク、パジャォゥスタ!」
午後九時の斜陽、一日の後片付けに騒がしいモスクワの市場。「パジャウスタ」というのは英語で言うところの「プリーズ」。
展覧会の準備中、滞在しているホテルへの帰り道。メトロの駅前のキオスクで、棚に並ぶボトル入りのツボルク麦酒を頼もうとするが、店のおばさんはこれを解さない。カザフスタンから出稼ぎにやって来た田舎者でも見るように、私の顔をしげしげと眺めている。
「ツボルク、パジャウスタ(カタカナ風)」から始まって、チュゥボーゥグ?(仏語風)、トゥボォルグ?(英語風)、ツボォーゥルック?(私なりのロシア語)、結局あきらめて指差した「TUBORG BEER」。
「ああ!トォゥボロォゥク!」
店のおばさんは納得して笑う。ダー!ダー!そう言ったじゃん?
半端な発音じゃぁまるで駄目。ロシア語。何もかもが真ん中あたりで腹式呼吸。気合いを入れて発音する。
「トォゥボロォゥク、パジャォゥスタ!ハラショー!ダ!ハラショー!スパスィーバ!」
・空港にて(ドーハ)
人のよさそうなイランのおっさんなんかに、六時間もある飛行機の乗換えの待ち時間に「一緒に飯を食おう」なんて誘われた時に私は弱い。
できれば眠って過ごしたい、だから他の人にお願いしたい、だいたいお腹なんて空いていないし。そんな気持ちで一杯だけれど、「ハロー」なんて差し出された手を無視できるほど、私は人間ができちゃいない。 カタール、ドーハ。外気温は夜の始まりで39度。携帯電話もコンピュータも電池切れ。バッテリーをチャージしようと充電器を取り出したところで、ソケットのタイプが異なるということに気がついた。
パリから澳門(マカオ)へ向かうトランジット。呼吸を少なくして半眠状態に入り、繭(コクーン)の如きイメージでもって少しでも穏やかに、この退屈で厄介な六時間をやり過ごそうと、免税店なんかには脇目もふらず、まだ誰も集まっていない出国ゲートに颯爽と一番乗りをしたのがそもそもの間違い。特に、二番手が人のよさそうな髭のおっさんだったりする場合には。
「香港?」と訊かれる。
「香港経由で澳門です」と答える。
——沈黙。
仕方ないので「乗換えが長いですね」と私。申し訳なさそうなペルシア語が返ってくる。うぅん……そんなに申し訳なさそうにしないでくれよ、私が悪いみたいじゃないか。離れて座れば好いものの、寄って来たのはおじさんの方でしょ?……って、いや、そんなことを言うと、まるで性格の悪い私が、一方的に迷惑がっているみたいじゃないか。そんなことはない、決してそんなことはないのだよ。最初に色々言ったけれどね、あれは全部ポーズなんだ。旅は道連れ、世は情け、寂しいもんね、ひとりで六時間……って、それにしても。なんで私が申し訳ないような気持ちになるのだろう。英語がろくに喋れないうちはそのことで落胆し、それが少し喋れるようになってからは、喋れない人を見て落胆する。一体、私の人生は落胆してばかりなのだろうかね。
「香港へは仕事で?」
五十代半ば過ぎ。ひとりで、英語も中国語も喋れないまま、香港から中国本土に入り、30日間も滞在しようとしているイランのおっさん、名前はアリ。船舶関係の仕事をしていて、テヘラン市には息子が五人、知っている日本語は「もしもし」。一緒に食事をして、四時間をかけて訊き出せたことはもうすっかりそれくらいで、「連絡先をくれ」というから、「何か書く紙はあるか?」と尋ねると、鞄から取り出したイランのパンを私にくれた。
・展覧会場にて(ソウル)
「心祝」
キムなんとかさんは、そう大きく書かかれた色紙を私にくれた。
ソウル、仁寺洞。多国籍アーティストたちのグループ展のオープニング。
「カムサハムニダ~」
そう言って、私は色紙を受付の机の花飾りの傍に立てかけた。キムなんとかさんはニコニコしている。
ニコニコニコニコニコニコニコニコ、私の前に突っ立ったまま……はて、まだ何か?
「しん?しゅく?」
仕方がないので、色紙に書かれた文字を音読みしてみる。韓国語の単語の多くは、音読みしてみると案外日本語と近く、それで通じれば、ひとまずこの奇妙な「間」が埋まるかもしれない。
私のその音読みの呟きを聞いて、キムなんとかさんは花飾りの傍に立てかけた色紙を手に取り、「道生、天地生」という漢字の後にハングルを続け、その後にまた「天地生」としたためた。「天地生」が一回多いような気もしたが、よく知らないので訊くのは止した。
続け様に彼は、「森羅萬象」と書き、また何事かをハングルで綴った。
「しんらばんしょう、ア~ウ~ア~」
「ごめんなさい、読めません」を表現しながらおどけてみせると、キムなんとかさんは、細い目をまた細くして微笑んだ。
「Thank you」
今度は��語で言って微笑んで、花飾りの傍に色紙を戻す。キムなんとかさんはニコニコしている。
……作品とか観に行かないの?
そもそも彼は誰なんだ?フラリとギャラリーに入ってきて、展覧会場には見向きもせずに、いきなり色紙とペンを取り出した。ニコニコ顔のハングク・アジュッシ、キムなんとかさんは微笑んでいる。 仕方がないので私も微笑む。すると、キムなんとかさんは三度花飾りの傍から色紙を取り上げて、今度は花のイラストを描き添えた。描き方から推察するに、絵心のある人には違いない。今はただ、ニコニコしているだけだけれど……
ふぅむ、困ったね。
私を見つめてニコニコしている不思議な中年。仕方がないので、私も見つめ返してニコニコしてみる。
……ニコニコニコニコ……
……ニコニコニコニコ……
……ニコニコニコニコ……
二人の視線が絡み合い、やがてあたりに奇妙な空気が流れ始めた。
・市場にて2(モスクワ)
「バルチカ、パジョゥスタ!」 (パジャウスタの部分を改良した私なりのロシア語)
「バルチカ(BALTIKA)」というのはロシアの麦酒で、0から9まで番号がついている。0番がノンアルコール、3番がクラシック、4番がオリジナルで8番が小麦の白麦酒といった具合。前回の失敗を考慮して、私は最初からまっすぐと、ペール・エール(大麦の麦酒)「バルチカ#2」を指差した。
「バルチカ、パジョゥスタ!」
鼻息荒く、棚の麦酒を指差す私に、店のおばさんはやれやれといった調子で隣のおばさんと笑い、
「バァルティカ!」
エコーのかかるロシアの気合い。周囲の空気を振動させて、私の発音を矯正する。
午後九時のマーケット。空はやっぱり蒼く明るい。
Illustration by Kaori Mitsushima
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すべての粗雑な懸命さに愛を
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フランス人の友人から、冗談まじりのSNSが飛んで来た。添付の写真に写っているのはペットボトルのラベル。 曰く……
「韓柚子果汁飲品」
中国語の漢字が記されたその下には、英語と仏語が並んでおり、フランス語は
「Boisson au Jus de Coréen au Citron」
となっている。
韓国柚子を絞った飲み物である、ということは漢字で理解するとして、友人が写真を送って来た理由、つまりこの恐ろしい仏語が示唆するところを書いておきますと……
「レモン漬けの韓国人を絞った飲み物」
一滴、また一滴、じりじりと絞り上げられてゆくレモン風味の韓国人…… 言葉は恐怖のイマジネーションを喚起するのであります。
◇ ◆ ◇ ◆
自宅の掃除していたら、フランス語を学び始めた当初のノートブックが出てきました。
懐かしい、なんていうのはさておいて、こいつは実際とんでもないね。綴りの間違いなんかまだかわいい方で、せいぜい頑張って作文しているにも関わらず、トリスタン・ツァラ並みのダダイスティックな「ポエム」が綴ってある。
『馬跳びは、古い池で水の音を重ねてあります』
うぅん…… アジアの旅先で「トソカシ」や「マッサーヅ」、音を伸ばす方向を間違えた「ラ|メン」や、「とつぱり味のタラのヌープ」なんて、謎の表記を見つけて喜んでいる場合ではないね。
Illustration by Kaori Mitsushima
◇ ◆ ◇ ◆
さて、私は今でもあまりフランス語が得意ではないけれど、何が苦手って、やっぱり単語の性別であります。
ラテン語圏の言語において、「名詞」はすべて「男性」と「女性」とに分類される。フランス語で「テーブル」は女性、「椅子」も女性、「車」も女性で、「帽子」や「ペン」や「本」は男性。
そうしてそれらは「性別」によって……
一、定冠詞が変わる
二、名詞の語尾が変わる
三、複数形の語尾もやっぱり変わる
四、形容詞の綴りが変わる
五、前置詞が変化する
六、動詞の語尾も変化して……
七、あれ?他にも何かあったよなぁ……という気分にさせる
……なんとも厄介なお話です。
そうしてこの男性名詞と女性名詞を、一瞬で見分ける何か有効な手段があるかといえば――Non, il n'y en a pas!――そんなに都合のよいものはない。結局すべてを「そのまま」覚えるしかなく、頭の構造と世界の認識方法を、一から再構築するしかない、そんな気分にさせるのであります。
◇ ◆ ◇ ◆
そもそも非母国語圏に生活する外国人には、現地での文化的情報が圧倒的に足りない。ネイティヴであれば成長の過程で当然身に付くであろう、常識的な語彙が奇妙な形で欠け落ちている。
私の喋る英語や仏語も、そのお互いの欠陥を埋めるように、あちらこちらが無理矢理に補強されている。ある言語によって「存在は知っている」単語でも、別の言語で「それ」をなんと呼ぶのかが判らない。仕事に関連していれば、ちょっと難しい専門用語でも知っているかもしれないけれど、逆にシンプルな動物や野菜、単純な道具の名前なんかを知らないことに突然気づく。そんなことが日常生活において定期的に起こる。「指差し」できるモノの名前であればまだしも、「こころもち」や「感触」のような、不定形なものを表現しようとする場合には、さらに厄介なことになる。
そうしてある言語で「知らない言葉」を表現しようとする場合、連想ゲーム的に、それまでに身につけてきた知識でどうにかやりくりしようとする訳だから、ここにはときどき、ネイティヴには間違いようのない「不思議な間違えかた」が出現する。
異文化の出会った際に発生する、この奇妙な化学変化の場面には、案外未来的な発想の飛躍が隠されているかもしれない。百科事典的に「正しく」知ることも大事だけれど、別の文化(言語)によって養われた「発想の自然」からくる、愛すべき素朴な「間違い」は、もっと想像力を刺激する。
つまり非ネイティヴ・スピーカーの喋る突拍子もない現地語は、足りない情報を想像力で補った「ツギハギな言語」であり、それにしたって本人たちにとっては精一杯自然なものであって、しかしながら驚くべき発想と知恵と工夫に富んだ、ネイティヴ・スピーカーなんかにはとうてい真似のできない、曲芸的「ごまかし」に満ちた、実にクリエイティヴな芸当なのであります。
◇ ◆ ◇ ◆
フランス語で「トイレ」という単語は、単数形で「La toilette(ラ・トワレ)」という。「La(ラ)」つまり女性名詞である。
フランス語を習い始めた当初、私は「女性名詞」というのは、この世のすべての「女性用」のものを指す言葉であると思っていたね。「La toilette(ラ・トワレ)」、すなわちこれは「女性用のトワレ」のことであり、男性の私が入って行くべき場所ではない。そしてどこかに「Le toilette(ル・トワレ)」という、男性定冠詞が燦然と輝く、私にふさわしいトワレが存在すると考えていた。
結論から言えば、そんなものは存在しない。フランス語において「トワレ」はいつも女性名詞であり、通常は「Les toilettes(レ・トワレット)」、便器が一台しかない場合にも、複数形にて呼ばれるのであります。
◇ ◆ ◇ ◆
日本人の友人と、ヨーロッパでの展覧会に参加しました。打ち上げで酔っ払った彼は、英語にて
「アイ・アム・トイレット!」
そう言い放ち、一路トイレへと向いました。
――すべての粗雑な懸命さに愛を!
「トイレは地下だよ~」なんて以前に。彼は突然立ち上がり、「私はトイレです」と宣言した訳ですから、後に彼に向かって用を足されても仕方がない。
このとき彼の頭の中では、日本語にて「俺、トイレ!」の文字が、華やかに明滅していたのであります。
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イエス・ノー
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とある展覧会の準備中、車の助手席に乗り込んだトルコからの来賓ムスタファ氏(仮名)が、「調子はどうだい?」、運転席のアレックスくん(仮名)に訊ねた。
「今日は息つく暇もないね」と展覧会の責任者でもある、ドイツ人のアレックスくん。ムスタファ氏はニヤニヤしながら、「トルコには、ケツの穴に傘をさしたら傘を開くことができない、ということわざがあるぜ、知ってた?」と。
ふぅむ。こいつはよくある「紳士の会話」。本当にそういうことわざがあるのかどうかは知らないが、言ってみれば「ご挨拶」、世の中にはこういう「ジェントルマン」が時々いるね。
さて、さすがは長年を英国で過ごしたアレックスくん、「イタリアでは、ひとつのことばかり考えているとケツの穴に傘をさすこともできない、ともいうね」とすぐさま返す。こちらも本当かどうかは知らないが、この際「リズム」と「もっともらしさ」が重要である。普段はその種の会話をするような彼ではないが、一筋縄では行かない各国のアート関係者を取り仕切るには、ときに「ケツの穴に傘をさして」でも、柔軟性の力量を示さなければならないのかもしれない
来るぞ、と思った瞬間、「日本では?」と助手席からニヤケ顔のムスタファ氏がふり返った。ホラな。言ってみればこいつはマウンティング。上手く返さなければ調子に乗られる。さて。私は、極東アジア人には案外許されている、せいぜい無邪気で白々しい顔を作っておいて、「日本ではケツの穴には傘をささないんだ」と言い、それから「信じられないかも知れないけれどね」と付け加えておいた。
◇ ◆ ◇ ◆
海外に生活していると、ときどき訊ねられる質問に、「日本はどう?(How about Japan?)」というのがあります。質問が「ケツの穴に傘をさすかどうか」であれば、答えはその場の雰囲気次第でも好いのですが、厄介なのはもっと素朴な場合でありまして……
「私たちの国ではこうなんだけれど、日本ではどう?」
……「どう?」ってまぁしかし、そんなに乱暴に訊かれても困るよ……
「I am Japanese, but I am not Japan」 (僕は日本人だけど、日本国じゃないよ)
せっかく盛り上がっている友好的な席で、いきなり政治的立ち位置を表明する必要さえ発生しかねないこの種類の質問を、平和的に着地させるには「国家」と「個人」を別けて考えてもらう必要がある。私の意見は(日本人の発想ではあるけれど)あくまで私個人のものであって、日本国民の総意などではない。文化を共有していないということは、「意味するところ」を共有していない。面倒だけれどもひとつ戻って、前提となる定義の確認作業が必要なのであります。
◇ ◆ ◇ ◆
チェコ共和国のプラハにて、あるドイツ人アーティストのプレゼンテーションに参加しました。
彼女のトークは非常にフランクなスタイルなのですが、聴講者の数名に
「Are you a feminist?」 (あなたフェミニスト?)
と、問いかけることから始まる。
さて、これは困った質問だね。どうにも答えることが難しい。何故ならばこの時点では質問の意図が明確ではなく、どんなレヴェルでのフェミニスム議論なのか、前提の定義がなされていない。「Yes」と答えれば、その何たるかを証明しなければならないだろうし、「No」と答えてしまえば即刻フェミニスト全員を敵に回しかねない。
よっぽど自信がなければ返答なんてできない。よっぽど自信があったとしても、それをここで表明する意味は?「Yes / No」を突きつけてくる質問には、——対立か?——従属か?——本能的な警戒心が働く。
こんな何でもない土曜日の午後に、そんな厄介な問題を抱え込むのはまっぴらだ、観客はさり気なく目を反らす。そうして「Yes」も「No」も封印される。即座に回答できない観客は、いきなり無学の負い目を感じ、彼女はその場を掌握する。さすがは売り出し中のアーティスト、実際手際は見事なものです。
キリスト教の父権主義を「エクソシスム」という儀式に象徴化させ、フェミニスムの見地からパフォーマンス作品へと昇華している、彼女のアーティストとしての取り組みはとても興味深いものだったのですが、さて、ともあれ彼女は「恐怖」を使うね。回答不能の沈黙を引き出すことによって、自分に優位な状況を作り出す。これらの秘術を、私は密かに「ブラック・マジック」と呼んでおります。
◇ ◆ ◇ ◆
もう随分と昔の話になるけれど、カトリック神父でもある、ある高名な彫刻家から「あなたはアーティストですか?」と問われたことがある。
さて困ったね。年長の、しかも世界的に知られた彫刻家に?初対面で?私なぞが?「はい、どうも、アーティストです」と?——ふむ。
神父は静かにこちらを見ている。私は返答に困ってしまい
「そう呼ばれる仕事をしています」
——まったくもってなっちゃいない。
ノック、ノック、ノック、神父は机をノックして
「そんなもの(職業)は存在しませんよ」
オーマイブッダ!やっぱり「とんち」の問題でしたか!
◇ ◆ ◇ ◆
「あなた神さまを信じる?」
イスタンブールのデッサンスクールで、女子学生にそう訊ねられました。
フランクな会話であったし、私は適当に「 Not really(あんまり)」なんて答えた。
——即答の過ち。己の浅はかさを痛感するのはこんな時です。 私はどうもぼんやりと、新春日の出の大海原に、にこやかな老翁の一団が、「福」だの「寿」だのの宝船、めでたい小槌でも振りながら、稲穂の束に鯛が跳ね……の図を思い描いていた訳でありますが、まったくもって思慮が浅い。少し考えればすぐに判る、彼女が意味した「神」とは、「目無くして見、耳無くして聞き、口無くして語る」全知全能唯一絶対、すべてを超越する「アッラー」なのであります。
七面鳥のいないクリスマスにチキンを食べて、年末には鐘でも突いて酒でも飲んで、翌日には神社で「無病息災!家内安全!商売繁盛!」柏手を打って小銭を放って、一方的に無責任な願いを唱える、軽佻浮薄な私なんかとはまるで違う。加えて言うならばこんな時こそ、創作のアイデアにつながるやも知れぬ、異文化の「発想の自然」を探るチャンスではありませんか。
「あなた神を信じる?」
前提を共有しない私たちは、同じ言葉からでもまるで異なるものを想像する。そして「神」というものが何であるのかを知らない限り、この質問への回答は難しい。「Yes」であれば即刻「彼 / 彼女の神」への同調を意味するし、根拠のない「No」は成立しない。「No」には「No」の理由が要る。あるいは、前提を確認するための議論が必要となるのであります。
「あなたはアーティストですか?」
「いいえ」
「じゃぁ何者ですか?」
前提が不明瞭である以上、「Yes / No」の質問は——アートとはなんぞや?——瞬時に沈黙のフィールドを作りだす、効果的な「魔法」ともなりえるようです。
Illustration by Kaori Mitsushima
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メリーゴーラウンド I
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・道場の風景(プラハ)
チェコのプラハの空手道場……
「マエゲリ!ハジメ!」
「イチ!——押忍!」
「ニ!——押忍!」
「サン!——押忍!」
「スゥイ!……押忍?」
「ゴ!——押忍!」
「ロック!——押忍!」
「ヒィイチ!……押忍?」
「ニッ!……おす??」
「サン!……おおっす!」
・教会前広場の風景(プラハ)
チェコ人はクリスマスに鯉を食べる。何故?と聞かれても理由は知らない。
クリスマス支度の十二月。プラハの路上には水を張ったイケスが並び、チェコ人こぞりて鯉を買う。伝統的には、購入された鯉はクリスマスの日まで家庭のバスタブの中に飼われ、身は揚げられ、内蔵はスープに、二十五日の食卓に並ぶ。
クリスマスに鯉を食べる文化のあるチェコだけれど、すべてのチェコ人が魚をさばく能力に長けているという訳ではない。そもそもチェコには海がない。そういった訳で。魚をさばくことができないチェコ人は、路上の鯉屋にその場で切り身を作ってもらう。
ホットワインの香り漂う十二月。水の溢れるイケスの隣で、一匹、また一匹と、まな板の上に鯉があがる。冬のチェコの風物詩。
教会前広場……
~きぃ~よし~♪~ ……チェコ人の構える研ぎすまされた包丁が……
~こぉ~の夜~♪~ ……今、あちこちで鯉の首を断つ……
~星は~♪~ ダン!ダン!ダン!
~ひぃ~かり~♪~ ……メリーゴーランドが無邪気に回る……
~救い~ぃの~♪~ ……イルミネーションの明滅に合わせるように……
~御子は~♪~ ……パクパクと口を開くイケスの鯉……
~み母ぁ~の胸に♪~ ……ポトリ、ポトリとまな板から血が滴る……
~眠り〜ぃたも~う♪~ ……安らかに眠りたまえ……
~夢や~ぁ〜ぁすく~♪~ ……ああ、ブラッディ・クリスマス……
・レジデンス・スタジオの風景(ベルリン)
「No one can buy Berlin!」 (誰もベルリンを買うことはできない!)
ベルリンにはそんな気概がある。 そんな街でのレジデンス・プログラムに、若いアーティストなんかが集まってしまえば、結局は遊ぶことで忙しい。
目を覚ませば近くに気の合う人々がいて、飲んで騒いでまた眠る。くだらない人生、と言ってしまえばそれまでで、アーティストにはそういう時期も必要なのだ、と言ってしまえばそれもそうだ。つまり、今日はイタリア人たちとワインを飲む。
スペイン人のジョナタンとベアトリスは、カップルで料理をするので微笑ましいが、共有スペースであるキッチンを片付けない、というのはどうかと思う。流し台にもコンロにも、山のように鍋や皿を積み上げて、平気で食後のシエスタなんかする。これってラテンの傾向でしょ?そう言うとイタリア人のベロニカは、一緒にしないで、と言って笑った。曰く「イタリア人はスペイン人みたいに怠け者じゃないわ」
スピーカーを積み上げて大音量で、悪ノリのミラーボールまで回したパーティの終わり、主��であったチッチョが片付けよう、と片手を挙げると、瞬時にイタリア人たちは、イタリア人同士のシックスセンスの連係でもって、素早くキッチンをもぬけの殻にした。
……確かにこいつは怠け者じゃない。大騒ぎのパーティの後でさえ、何事もなかったかのように見せるその手際は、まるで手練れの窃盗団である。
・サンデー・ランチの風景(ベルリン)
ワシントンからアムステルダムへ、アメリカ人の友人が引っ越して来た。ヨーロッパの生活はどう?と尋ねる私に
「ヨーロッパ人は『Yes / No』の主張がはっきりしてる。嫌な時は『嫌だ』っていうし、はっきりし過ぎていて私には強すぎるわ」
ふむ、私にとってはアメリカ人だって、充分主張が強いようにも思われるのだけれど……
「ワシントンではどう?」
「Well, maybe I would say…… 'yeah... sounds good, let's see'……」 (ん~『そうねぇ。。面白そうねぇ。。様子をみさせて』かなぁ……)
声の調子にもよるけれど、はっきりとした回答をしないこの態度は、彼女にとっては「No」なのだそうです。
……「Yeah」なのに?
文化によって「Yes / No」の表現方法が変わるのだとすれば、それは非常に興味深いことです。
そんなことをオーストリア系ドイツ人、チェコ人、フランス人、日本人とアメリカ人が揃った日曜日のランチの席で話していたら、ヨーロッパ人たちの視線がテーブルの上で交差した。やがて暗黙の了解に達したらしい欧州連合を代表して、オーストリア系ドイツ人が後をつなぐ。
「No, I don’t think so. That's because of Netherlands」 (そんなことない。それはオランダだからさ)
ふむ。実にはっきりとした「No」であります。アメリカ人からはウインクが飛んでくる。
・美容室の風景(フランス)
外国で髪を切るのはちょっとばっかり勇気が必要です。
パリに生活を始めて間もない頃、フランス語恐怖症であった私は長髪にしたり短髪にしたり、試行錯誤を繰り返していた訳でありますが、ある時なんだか思い立って、美容室なんてところに行ってみようという気分になった。 語学学校の友人、ナイジェリアのシルベスタに相談する。
「オススメがあるよ!美容師さんがオドレイ・トトゥに似てるんだ!」
そういった訳で……
ガラス扉を押し開ける。
「Bonjour!(ボンジュール!)」 細身の「スタン・ハンセン」が振り返る。
しまった!来るべきところを間違えた!私の脳裏でシルベスタがウインクする。あんの野郎!オドレイ・トトゥは?私は早くも後悔したね。放心の背後で扉が閉まる。もう遅い、袋のネズミというやつです。
店内にはビートルズの「エイト・デイズ・ア・ウィーク」が軽快に流れている。私はカタログからそっと目を上げ先客を見る。手際よく刈りあがってゆく後頭部は、栗毛の髪だから許される。あれがアジア人の頭の上に乗っかれば、黒髪の硬く勇ましい「鉄砲玉」にでもなりやしないか?私は恐怖を覚えてカタログに戻る。
指差せば好いのか?「こんな風に」と?ブロンドの髪をなびかせて、蒼い瞳で腹筋なんか見せながら、地中海辺りの岩場で微笑む、ヘア・カタログの若い西洋人を指差して?「こんな風にして下さい」と?なかなか洒落た冗談だ。こんな風にならないよ、私は。
「さてどうぞ」
洗髪台に倒されて、シャンプーで髪を洗われる。耳の中には盛大に水が。石鹸(シャボン)の混じった水が私に耳に?君!考えられないぞ!なんて……私は何も言えやしない。そんなものです。所詮、西洋人の「サーヴィス」になんか慣れてやしない。相手が細身のスタン・ハンセンならば尚更です。
「エフィレ、アンププリュス、スィルヴプレ(もう少し梳いてください)」
カタカナフランス語を繰り返す。パーマを巻いた子連れのマダムが、こちらに聞き耳を立てている。膝に挟まったお坊ちゃまは、私を見ることを止めやしない。私の身振りが愉快らしい。まったく、とんだところに来たもんだ。
耳の上が短くなり、襟足も整い軽くなる。天辺から前髪にかけては、特になんだか斜めに流れた。左右のボリュームが多い気がしたので、「もう少し多めに……」と、自分でもどっちか判らない謎の注文をしたら、なんだか色々と忠告をされて、それから剃刀みたいな道具が出てきた。 さて、ジャコジャコと音のするこいつが好かったね!重たかった髪が適度に梳かれて軽くなる。バサバサと掻けば髪がふんわりそのまま立つ。悪くないんじゃ?
料金を払い外へ出る。整髪料をしこたま塗られたので、ヘルメットみたいなハンサムな形に固まってしまったが、洗髪直後の感覚は覚えている。これならきっと悪くない、私は少し誇らしげな気分になったのであります。
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序文:断絶の世界
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世界はあらゆるところで断絶している。ある地域では間違いなく当然だと信じられていることも、ある別の地域ではまるで異なる現象として解釈される。あらゆる世界は千々に裂け、しかし互いに干渉し、激しく複雑な化学反応を引き起こしている。人間も。そして人間の内部も。 個々にとってはまごうことなく、抗うことなど到底できない、己の「自然」の法則に従って、反応し、結果また次の反応を引き起こす。世界は広い。己の眼で目撃する世界、己の自然に従って、ジグザグに歩くこの人生という世界。それはとてつもなく広く、深く、恋と永遠の謎の魅力に満ち溢れている。
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サイトスペシフィック・アートという現代美術を学び、二〇〇四年年以来、アジアから中東、ヨーロッパを中心に、この領域での作品制作の実験的実践を試みている間に、私の興味の中心は、地理的な意味での「サイト」から、その土地で営まれている生活へと、そして生活を牽引している文化そのものへと変わってきました。
日常的に非日常の中に身を置いて、継続的に、安定して不安定な生活を送りながら私が覚えたきた楽しみのひとつは、そこにある「意味するもの」と「意味されたもの」との「齟齬」の観察なのであります。 異邦人の何気ないゼスチャーが、ある時は奇妙に湾曲されて他者へと伝わり、またある時は思いもよらない愉快な光景を描き出す。他者の何気ない行為が私には別の意味を運び込み、またその意味したことが、無知な私をすり抜けてゆく。
ああ、この素晴らしき断絶の世界! 通じないことが大前提の、如何ともし難いもどかしさ。それでもどうにか求め合い、あるいはすっかり理解したような顔で素っ気ない。この「間違い」だらけの風景こそが、今日私が目撃する、世界の様相なのであります。
Illustration by Kaori Mitsushima
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石井 潤一郎 / Jun'ichiro ISHII 1975年福岡生まれ。美術作家。2004年より、アジアから中東、ヨーロッパを中心に、20カ国以上で作品を制作・発表。 国際展「10th International ISTANBUL BIENNIAL : Nightcomers(トルコ ’07)」「4th / 5th TashkentAle(ウズベキスタン / ’08 / ’10)」「2nd Moscow Biennale for Young Art(ロシア ’10)」「ARTISTERIUM IV / VI(グルジア / ’11 / ’13)」参加他、個展、グループ展多数。パリ在住。 junichiroishii.com
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