Tumgik
exningen · 6 years
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沖縄を全部丸ごとなんでもかんでも肯定したり、許容して持ち上げる左翼インテリは、それは沖縄のさまざまなレイヤーを見ていないだけだと思う。自分のイデオロギーに都合のいいところだけを切り取ってるだけではないでしょうか。 沖縄の方がたは、ぼくたちにネタとか幻想を提供するために生きているわけじゃないですからね……。 当事者と非当事者って、議論が袋小路なんです。結局、超えられるの、超えられないの? どっちなんって。当事者と非当事者という立場の差は、固定しているわけじゃないという議論があり、また同時に、当事者と非当事者の壁は乗り越えられないんだよという議論がある。こういう話がずっと続いていて、まったく前に進んでいない感じがする。 だけど思うのは、そういう議論は「前に進む」ような種類のものじゃないんです。当事者か当事者じゃないかという壁は絶対に乗り越えられない。もう答えは出てる。ぼくは一生ウチナンチュにはなれない。 「問われながらも関わる」ことができるかどうか、 あるとき、東京から移住して沖縄で頑張っている平和ガイドの方が、学生の前とかで、「わずかなお金であの美ら海を売り飛ばした沖縄の人には反省してもらいたい」って言った。辺野古の埋め立て受け入れの話ね。ぼくは結構怒りました。怒ったというか、なんか傷ついたというか。ナイチャーとして。 政治的立場に寄らず、そういう視点が出てくるんじゃないかな、ナイチャーというのは。当事者性関係なしに、政治的意識だけあって、本人は良心的で、心から沖縄のためを思って言ってるんだけど、とても乱暴な言い方だと思った。
「街」を歩き、声を聴く――『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)刊行記念対談 岸政彦×藤井誠二
https://synodos.jp/society/22104
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exningen · 7 years
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マイノリティは理解よりも共生を求めている
放送界のダイバーシティを検証する
田原 牧 :東京新聞・中日新聞 特別報道部デスク2017年9月6日
マジョリティが寄ってたかって線を引いて、「納得できるマイノリティ像」をつくろうとしているような…(撮影:尾形文繁、今井康一)第一線の新聞記者であり、ノンフィクション作家としても活躍する田原牧さんは、トランスジェンダーであることをカミングアウトする希有な存在として、LGBTの問題とも向き合ってきた。昨今のダイバーシティ推進の風潮について、その本質と問題点を指摘してもらった。「多様性」という言葉はどういう文脈で使われているか
『GALAC10月号』(9月6日発売)(上の雑誌表紙画像をクリックするとブックウォーカーのページにジャンプします)
ダイバーシティ、多様性ということの理念そのものは肯定的にとらえています。ただし、言葉というのは文脈のなかでしか意味を成さないところがあるので、多様性という言葉がどういう形で使われるのかということはまた別の問題としてあると思います。つまり、使われ方次第でたくさん地雷が埋まっているというイメージも持っています。
多様性という言葉はその語感からしても、誰もが納得できるものだと思うんですが、逆に「反差別」といった言葉を覆い隠すために使われているという疑念もあります。普通に考えれば、多様性を強調することは、同時に「差別を、偏見をなくしましょう」ということなんだと思うんです。ただ、差別という言葉を使うと事が荒立つというか、トゲトゲしくなるので、多様性という言葉が使われてきているという面もあると思うんですね。
確かに、多様性を「反差別」という言葉に置き換えると、これまで行われてきた偏見や中傷について、多数派側が反省するという構図になるわけです。それだと事が荒立つから、多様性という言葉で丸く収めましょうと。ある意味でハレーションを回避するニュアンスが拭えないんじゃないでしょうか。
多様性の問題は、マイノリティの人にとってはありがたいことではあるけれど、実は自分たちの問題ではないんです。つまり多様性というのは、マジョリティ側の問題なんです。差別される側ではなく、差別する側の問題なんですね。
卑近な例で言うと、マツコ・デラックスさんがたくさんテレビに出ることによって、言い換えればLGBTの人たちがメディアを通じて可視化されることで、多様性が促進される面はあると思います。それは基本的にいいことだと思うんです。ただ、マツコさんがテレビで活躍しているのを見て「多様性っていいよね」と思っている人が、はたして自分の身内にああいう人がいるとなったときに同じ反応をするのかというと、やはり懐疑的になってしまいます。
ひとごとだからこそ、「マツコはいいよね」という評価ができるし、多様な社会になってほしいという話ができるんでしょうけれど、実際に自分の子どもがそうだとなったときに、泰然と構えられるかというと、そういう人はまだ少ないでしょう。
マツコさんのような人たちがテレビに出て、一般の人が「オネエだ、オネエだ」と笑いものにすることを怒る人もいます。ゲイのなかでも生真面目な方は「私たちは嘲笑の対象でいいのか」と思うわけです。でも、私は「とりあえず見慣れてもらう」ということは大切だと思っています。一昔前は出ることすら難しかったわけですから。ただ、そこで止まってもらうと困るんだよなぁと。自分の子どもがそうであっても泰然と受け入れる自覚を持ってもらえるところまで行ってほしいと思います。
つまり、差別の問題を自分の問題として考えられるかどうかというところだと思うんです。差別というのはその当人を突き刺す言葉で、だからこそトゲトゲしてしまうんですが、多様性という言葉に置き換えると、どこかひとごとで済んでしまうという面は、あるんじゃないかと思います。
反差別の問題を超越しない多様性って何?
昨今、ダイバーシティという言葉がもてはやされている背景には、マイノリティのなかにある才能の活用とか、あるいはマイノリティの市場といった文脈で使われることが多いんです。特にアメリカではLGBTマーケットという言葉が普通に使われますが、市場や人材活用といった面を強調すればするほど、差別という側面や概念は薄まってきます。
『人間の居場所』という本にも書いたんですが、稲田(朋美・元防衛大臣)さんがLGBT問題の特命委員会を作った。そこで掲げられたのは、「カムアウトする必要のない社会」を実現すると。ものは言いようだなと思ったんですが、差別禁止事項みたいなものを持ち込むと、かえってマイノリティの人たちは孤立しかねないからということで、これはまさに怪しい意味での多様性の論理なんです。
つまり、よくよく考えるとやはりこれはマジョリティ側の論理そのものなんですね。孤立するかしないかは、当人(被差別側)の意思ではなくて、問題は孤立させるかさせないかなんですが、多数派に今までの偏見に対する反省を促す方向に持って行くとハレーションが起こるから、こういう物言いになるんです。でも、それを超えない多様性って何なの?という疑問は、根本的に残るわけです。
もう一つ、多様性の文脈で「理解」という言葉が出てきます。私は「理解」と「共生」というのは、全然別の次元の話だと思っています。なぜなら、理解しないと共生できないわけではないからです。ともすると危ないのは、理解するのはいったい誰かと。これもまた同じように、マイノリティ側ではなくマジョリティ側なんです。そうなると、マジョリティの感覚でマイノリティを解釈する、言い換えれば少数派を多数派の言語に置き換えるということが、理解なんです。
それはつまり、マジョリティが納得できるマイノリティ像を作るということであって、納得できないマイノリティはダメだということを、暗に意味しているのではないか。結局それは、同化の方向に誘導するだけの話ではないのかと。こういう話は、差別問題には付きものともいえるもので、沖縄や在日の問題でも同じです。たとえば大阪にいる沖縄人が差別を受けてきたと。そうしたときに沖縄人はどういう行動を取ったかといえば、一昔前は革新政党の側に付くというのがありました。差別問題を固有の問題としてではなく政治問題、階級闘争に置き換えるというスタンスです。まぁ、階級闘争に勝利すれば差別はなくなるというのは幻想にすぎないんですが、そういう方向に行く人は一定程度いたわけです。
それから、著しく自分の出自を隠す人もいて、また自分たちのコミュニティに引きこもるという人もいました。それはなぜかというと、自分たちのコミュニティのほうが楽に生きられるからなんです。人に理解してもらおうとすると、どうしても「納得してもらえるような自分像」を作らざるを得なくなるので、それが面倒だと。在日の一部の人たちなどは特にそうですね。
そうしてみると、理解ということの危うさが浮かび上がってきます。理解してもらうに越したことはないけれども、マジョリティ側が「理解できる」と断言することは、やはり問題をはらむことになります。
理解できなくても共生することはできる
たとえば日本人が朝鮮の文化を完全に理解することは、たぶん無理な話です。沖縄でもそうでしょう。LGBTともなればかなり難しいと思います。だから、別に理解しなくてもいいんだと思うんです。問われているのは理解するかしないかではなくて、一つのシステムのなかで同じ権利を有するかとか、あるいは共存、共生できるかでしょう。私は理解しなくても共生はできると思います。「よくわかんない人たちだけど、まぁいいか」みたいに。お互いに攻撃を仕掛けないかぎりにおいては、それでいいわけですよ。無理に理解という言葉に置き換えて強調すればするほど、「善意の暴力」になりかねないと思います。
マイノリティの人たちは、理解よりむしろ共生を求めているんだと思います。ですから、共生のための工夫がもっと必要なんです。
ただ一方で、マイノリティのなかにも、マジョリティに理解されようとする人はいて、ある種の分断が起こるわけです。自分たちのアイデンティティを守ろうとすると、ある程度引きこもらざるをえないが、引きこもりっぱなしというのはよくないから、表向きは共生という方向によって理解を求めていくことになるんですが、実際はなかなか大変なことです。
今後、多様性ということがさらに強調されるようになってくると、マイノリティは自らを防衛するためにとりあえず引きこもっておくという傾向が強まってくる気もします。正確に言えば、マイノリティのなかの一部にそういう傾向がより強まってくるということです。「マジョリティの言語で解釈される自分たちは、自分たちではない」と。
改めて言うと、多様性の問題はマジョリティ側の問題なのです。マジョリティ側が熱心に多様性の問題を強調すればするほど、日本の社会にある同調圧力も高まるわけです。同調圧力のなかで多様性を語るというのは、喜劇でしかないです。まず自分の頭で考えるという所作がない社会で、どれだけ多様性を言ってみても、根本的に馬鹿げた話になってしまいます。まずするべきことは、同調圧力の数値を下げることではないかと思ったりもします。
長いものに巻かれろという諺がありますが、長いものが今、多様性ということなら、ただそれだけのことなんですね。今のダイバーシティ、多様性を語る文脈というのは、上品に言えば「不十分」、下品に言えば「インチキ」です。
パターナリズムに陥るよりわからないままのほうがいい
LGBTのことを説明するときに、よく「こころの性」と「からだの性」という概念が持ち出されます。「からだの性」はまぁわかりますが、「こころの性」って何だと。私からすると「こころの性」なんてないんですよ。たとえばピンク色が���きなのが女の子で、青色が好きなのが男の子。それかよと。じゃあ、男の画家がピンクや赤を使って絵を描いたらおかしいのかという話になりかねませんからね。
マジョリティの側にもそういう話はあって、「オレは女の気持ちがよくわかる」と豪語している男を見たとき、そのとおりだと思う女はいないと思います。「こいつ馬鹿じゃねぇの」ってなりますよね。男と女の話に置き換えればよくわかる話が、ことマイノリティの話になると、「こころの性」の問題に置き換わってしまう。
いわゆるパターナリズムです。パターナリズムに陥ると、紋切り型の表現が横行するわけです。その段階ですべてひとごとになってしまう。「こころの性」「からだの性」はその典型で、それじゃあ「こころの性って何だ?」と突っ込まれたときに、何も言えなくなってしまう。
性的マイノリティの人たちがいろいろなことで困っていることが多いのは確かですし、メディアはそのことを浮き彫りにしていく必要はあるんですが、自戒も込めて、メディアというのはパターナリズムに陥りがちなのです。特にオピニオンリーダーというのはともするとパターナリズムに陥りがちな人が多いわけです。私はもっと謙虚になるべきだと思いますね。
性というものはそもそも二元化できるのかという議論も、一方であるんです。男の人に「どういう女の人が好きですか」と聞いてもみんなそれぞれ違うように、たとえばゲイの人にしても多様なんです。だけれども、おそらくLGBTのことがわからないから、わかりやすくしたいんだと思いますね。でも、わからないならわからなくていいんですよ。わからなくとも同等の人権があればいいという風にまとめたほうが、よっぽとスッキリすると思います。あるいはそのほうが助かるといいますか。変に「マイノリティの人たちにはこうしてあげましょう」とか言われると、困っちゃう当事者の方が多いんじゃないですか。
理解できないことなんて、世の中にいくらでもあるんだということは、むしろ一昔前の人たちのほうがわかっていたと思います。今は妙に、きっちりと二元化しないと気が済まない人が増えていて、それはけっして賢い態度ではない気がします。
(構成:鈴木健司)
東洋経済新報社
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exningen · 7 years
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LGBTの児童生徒の学校生活~教員に求められる理解(1)性的指向と性自認正しく理解2017年9月1日
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宝塚大学看護学部教授 日高 庸晴
LGBTあるいは性的マイノリティといった言葉を、以前よりも格段に耳にする。NHKの報道回数は10年前と比すると、現在では50倍以上に上るという。
LGBTとはLesbian(女性同性愛のレズビアン)、Gay(男性同性愛のゲイ)、Bisexual(両性愛の男女であるバイセクシュアル)、Transgender(生まれ持った身体の性別に違和感を持ち、身体の性別とは異なる性別で生きるのを望むトランスジェンダー)の略である。LGBTをはじめとするセクシュアルマイノリティ(以下LGBTで総称)は、人口の5~8%程度の存在率であると推定される。
この連載では、LGBTである児童生徒の実態を示す調査データを示すとともに、学校に必要とされる配慮や支援に当たっての考え方、具体策を述べる。
国際的にみれば、平成23年6月頃からの国連の動きが特筆に値する。
国連人権理事会は「人権と性的指向・性自認」決議を採択、12月にジュネーブで開催された同理事会で、当時の米国務長官ヒラリー・クリントン氏がLGBTの人権課題について演説、27年9月にはUNICEFやWHOといった国連12の機関が、「LGBTに対する差別や暴力を終わらせなければいけない」という共同声明を発表した。
32年に開催される東京オリンピックに向けた動きも見逃すことができない。
26年12月にオリンピック憲章が改正され、「オリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会のルーツ、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない」とされ、性的指向が明文化された。
教育に関わる国内動向として、文科省が27年4月に発出した「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」という通知がある。加えて翌年4月に再度「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施について(教職員向け)」といった文書を発表している。文科省が全国の教育現場に対して、いわゆる性同一性障害のみならず、性的マイノリティ全般を視野に入れた文書を2年連続で発し、これを機に、全国の教育委員会や自治体で教員研修の実施が急増している。
LGBTを理解する上でまず必要な知識がある。それは性的指向と性自認の2つであり、それぞれが示す内容と、その違いを正しく知ることが必要になる。
性的指向はどの性別が恋愛感情の対象になるか(対象が異性であるか、同性、両性、いずれの性別へも恋愛や性愛の感情がない等)を示している。
性自認は、自分の性別は男である、女であるといった性別に関する自己認識のことであり、最近では心の性別と表現される場合も多くなっている。
また自らを男であるとも女であるとも感じない、あるいは無性と感じるといった人も存在していることが分かっており、そのありようは多様である。
◇  ◆
京都大学大学院医学研究科修了、博士号取得。米国UCSF医学部エイズ予防研究センター研究員などを経て現職。文科省が2016年4月に発表したLGBT資料作成に協力、文科省幹部職員研修講師等、LGBT理解促進・啓発事業に従事。
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exningen · 7 years
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LGBTと聴覚障害…2つのマイノリティを持つ女性がぶつかった「日本の壁」
Text by 水上アユミ
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「ろうLGBT」という言葉をご存知でしょうか。
「ろう」は聴覚障害の一区分、「LGBT」は性的少数者を指す言葉で、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字をとった総称。
この2つのマイノリティをもつ「ろうLGBT」の山本芙由美さんは、自身の体験をもとに「ろうLGBT」の認知拡大に向けた活動をしています。
彼女を突き動かすものはなんでしょうか。ご本人にインタビューをしました。
山本芙由美さんについて
山本芙由美さん
ろうLGBT支援団体「Deaf LGBT Center(デフ・エルジービーティー・センター)」代表。
自身も「ろうクィア」の当事者で、生まれつき耳が聞こえず、身体的性別と性同一性は女性であり、恋愛対象の性別は決めません。
2014年に同団体で「ろうLGBTサポートブック」を発行し、メイン企画「性自認・性指向を表現する手話」が注目を集めました。
2015年から2年間、海外留学でろう学やLGBTQ学などを履修し、現在は「ろうLGBT」の支援のため講演会やイベント開催など精力的に活動しています。
私生活では、2013年に「ろうトランスジェンダー」の諒(まこと)さんと結婚しました。
大切な人を傷つけた、差別的な手話
(左)山本芙由美さん(右)夫の諒さん
−−“差別的な手話”を目の当たりにし、「ろうLGBT」認知拡大の活動を始めたそうですね。当時の様子を教えてください。
夫でありパートナーの諒(まこと)さんは、ろう者でトランスジェンダーです。
結婚する前、当時女性だった諒さんが男性へと性別を変更するために、精神療法やホルモン治療を受ける必要がありました。
カウンセリングを受けるため、手話通訳者の派遣をお願いしたところ、専門的な内容だからと断られてしまい……。
ようやく派遣してもらった手話通訳者は、セクシュアリティに関する知識が乏しく、諒さんの性自認・性指向とは違う差別的な手話表現をされることが多々ありました。
諒さんも私も嫌な気持ちになりましたし、ろうコミュニティの中でも性的少数者に対する偏見や差別は強いと感じました。
普段から自身の性自認・性指向を噂の対象にされ、珍しい目で見られることが多かった山本さん。ろう者コミュニティの中でも差別的な手話表現をされたことで、諒さんと共に今までにない孤立感を味わいました。
「Deaf LGBT Center」の公式サイトでは、性自認・性指向の差別的な手話表現と正しい手話表現を紹介しています。
“差別的な手話表現”と紹介されているのはこちらの3つ。誤って使用しないよう注意が必要です。
「Deaf LGBT Center」公式サイト
−−ショッキングな出来事をバネに活動を始めた山本さん。中でも2014年に発行した「ろうLGBTサポートブック」は注目を集めましたね。
「ろうLGBTサポートブック」…LGBTの正しい手話表現、ろうLGBTの悩み相談、インタビューなどが掲載されています。
「ろうLGBTサポートブック」をきっかけに講演や研修依頼が増えました。
聴者(聴覚障害がない人)中心のLGBTコミュニティと、異性愛中心のろうコミュニティどちらにも大きな影響を与えられたと思います。
本誌を作るキッカケは、2013年10月に開催された「第一回セクシュアルマイノリティと医療・福祉・教育を考える全国大会」でした。
そこで初めて「ろうLGBT」の分科会を実施したところ、全国から約60名ほどが集まり、「ろうLGBTが集まれる場所が欲しい」「リソース(資源)を増やしてほしい」「視覚的情報がほしい」という声があがりました。
タイミングよくNHKわかば基金からの助成が決まり、制作へと踏み出しました。
「ろうLGBTサポートブック」と同時に手話動画をネットで公開し、どちらも大きな反響をいただきました。
分科会では、これまで聞くことができなかった多くの「ろうLGBT」の声を聞いて、やるべきことが見えてきたそう。
要望を形にすることで、「ろうLGBT」の注目を集めることができました。
海外に行ってわかった日本の課題
−−2015年8月に「ろうLGBT支援」の研修のため、アメリカとカナダに留学されましたね。
日本財団聴覚障害者海外奨学金事業からの援助を受けて、3都市(米サンフランシスコ、米ワシントンD.C.、加トロント)で約2年間留学しました。
ワシントンD.C.には、世界で唯一“ろう者のための総合大学”Gallaudet University(ギャロデット大学)があります。
そこで「ろう者学」「セクシュアリティ学」「LGBTQ学」などを履修し、様々なアイデンティティをもつ学生と議論することで、自分自身の視野が広がっていくのを感じました。
−−留学してわかった、日本と海外の「ろうLGBT」に対する認識の違いやズレはありますか。
日本では「LGBT」と狭義的なのに対し、アメリカでは「LGBTQQIA…」と多様なアイデンティティがあります。アメリカにはそれらを適切に表現できる手話があり、手話通訳者にもきちんと連携されていました。
アメリカとカナダは多角的な個性が共存する国だと、身をもって感じました。
カナダ・トロント留学時の写真
様々なアイデンティティが私を形成している
−−「性的マイノリティ」と「聴覚障害」、2つのマイノリティをもつことは、山本さんの人生にどのような影響を与えましたか。
私自身、アメリカやカナダに行くまで「性的マイノリティ」と「聴覚障害」をダブルマイノリティとして認識していました。
しかし、私は「性的マイノリティ」「聴覚障害」「日本人」「女性」「シスジェンダー」「リウマチサバイバー」…といった複合的なアイデンティティで私という核を形成しています。
−−「性的マイノリティ」と「聴覚障害」は、山本さんを形成する1つの要素であり、それだけを特別視する必要はないということですね。
はい、そうです。
また、聴覚障害者にも「ろう者」「難聴者」「中途失聴者」「高齢化による聴力低下」などの立場があり、LGBTも言葉どおりではありません。
多くの性自認・性指向が混在する中で、ろうとセクシュアリティ以外のことも含めて複合的に考えていくことができるようになったと思います。
海外文化を肌で感じることで、少数派のアイデンティティを個性として認識し、前向きになれたと話してくださいました。
当事者と周りができること
−−今後、日本で「ろうLGBT」はどのように存在すると考えますか。
日本には「出る杭は打たれる」ということわざがあるように“言わない文化”があり、個人よりも集団を大切にする傾向があります。
一方で、日本のろう文化は“言う文化”であり、自分の権利を主張するのを恐れないこともあります。言わないと誰も気付かないからです。
近い将来、ろう者が主張することで「ろうLGBT」のムーブメントがくると思います。
−−そのために、当事者と周囲がやるべきことはなんでしょうか。
当事者の1人として私自身がやるべきことは、「ろうLGBT」のための資源や支援制度を充実させることです。他にも、ろうコミュニティの価値観に合わせたセクシュアリティ教育や手話通訳者のためのトレーニング開発などたくさんあります。
周囲に期待することは「ろうLGBT」をもっと知っていただくことです。
異性愛が一般化した社会に疑問を投げかけたり、性的少数者と共に声をあげる「Ally(アライ)」という支援者の存在があります。
ろうコミュニティにも聴者LGBTコミュニティにも、「ろうLGBT」の立場を知ろうとする人がたくさんいます。そういった周囲の認知や理解が、今後増えていくといいと思います。
同じ悩みを抱える人達のために活動を続ける山本芙由美さん。彼女の力強さに圧倒されました。
「ろうLGBT」はごく当たり前の存在でありながら、知られていないが故に孤立してしまっているように感じます。
まずは知ること、そして理解を深めることが大事だということを改めて実感させられました。
山本さんが代表を務める「Deaf LGBT Center」の公式サイトでは、「ろうLGBTサポートブック」や「LGBT手話表現の動画」などを公開していますので、ぜひご覧になってください。
関連タグ:
LGBT
,ろうLGBT
,聴覚障害
Posted: 09/02/2017 10:00 pm|Updated: 09/04/2017 01:36 pm
Text by 水上アユミ
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exningen · 7 years
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結婚反対され犯行か 元交際女性両親宅に放火 被告の女、事実認める 千葉地裁で初公判
2017年9月8日 05:00 | 無料公開
 千葉市��の民家で1月、外壁などが焼けた火災で、交際していた女性の両親宅に放火したとして現住建造物等放火罪に問われた同市花見川区、無職、大石絵梨紗被告(24)の裁判員裁判の初公判が7日、千葉地裁(市川太志裁判長)で開かれ、大石被告は「(間違い)ありません」と起訴内容を認めた。
 検察側の冒頭陳述によると、大石被告は性同一性障害で、職場で知り合った女性と2014年4月ごろから交際し同居。女性は翌年、両親から大石被告と別れるよう促され、17年1月、同市内のレストランに大石被告と女性の両親の4人が集まり、女性が別れ話を切り出した。大石被告はその場では了承した。
 大石被告は事件当日の早朝、女性に「会いたい」などとLINEメッセージなどを多数回送信したが、女性からは「気持ちは変わらない」などのメッセージが返信され、犯行を決意した。
 弁護側は「3年の交際を経て女性にプロポーズをして承諾をもらい、ペアリングを購入した」と主張。女性の両親に結婚を反対され別れたことは「青天のへきれき」とし「突然別れることになり精神的にショックを受け自殺も決意した。悲しみが募り冷静な判断ができなくなった」などと訴えた。
 起訴状などによると、1月11日午後5時10分ごろから同6時20分ごろまでの間、民家の外壁近くにガスボンベ9本を置いて着火用ゼリーやガソリンをまいた上、ライターで火を付けた新聞紙を使い放火、民家の外壁などを焼損させたなどとしている。
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exningen · 7 years
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2017年9月9日 05:00 | 無料公開
 千葉市内の民家で1月、外壁などが焼けた火災で、交際していた女性の両親宅に放火したとして現住建造物等放火罪に問われた同市花見川区、無職、大石絵梨紗被告(24)の裁判員裁判は8日、千葉地裁(市川太志裁判長)で被告人質問などが行われた。大石被告は犯行の動機について「思い出を消してすっきりしたかった」と説明した。
 大石被告は「高校生か専門学生のころに性同一性障害の言葉を知り、社会人になって2015年の秋ごろ医者に診断された」と明かした。女性からは「自信を持って男性と思っている」と伝えられ「受け止めてくれていることがうれしかった」と振り返った。
 女性の両親らと話し合い、別れ話をされた後、女性の父親から電話で「もう女性と会わせないと言われ、自分の気持ちが追い付かなくなった」と心情を吐露。犯行について「間違った判断だった。取り返しの付かないことをやってしまった」と涙をぬぐい「多くの人を裏切ってしまった」と悔やんだ。
 この日は大石被告の母親も出廷。娘を前に「小さいころから男っぽかった」とした一方、性同一性障害かどうかは疑わなかったという。大石被告から女性との結婚を真剣に考えていると伝えられ「正直、本当に戸惑った。娘は真剣な気持ちを私に伝えたが、どうしていいか分からなかった」と明かした。事件を起こしてしまったことについて「(性同一性障害を)カミングアウトできず、一人で抱え込んでしまった。気付けなかったのがとても悔しい」と悔やみ「カミングアウトしただけでもショックだったと思う。深い傷を娘も負った。今後は近くでサポートしていきたい���と誓った。
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exningen · 7 years
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性別変え2児授かった男性 講演で苦難の人生告白 6/12(月) 7:30配信 神戸新聞NEXT 性別変え2児授かった男性 講演で苦難の人生告白 妻との絆を示す結婚指輪を左手薬指にはめて語る前田良さん=コミセンおの  性同一性障害のため戸籍を女性から男性に変更し、結婚後に非配偶者間人工授精で2児を授かった兵庫県宍粟市の前田良さん(34)が8日夜、小野市王子町のコミセンおので講演した。第三者との人工授精でもうけた子との父子関係を巡って最高裁まで争う中で、闘いが家族の絆を深めたことを振り返りながら「性同一性障害でなければ妻と子どもには会えなかった。今は本当に幸せ」と話した。(笠原次郎)
 小野地区ヒューマンライフ推進協議会の主催。地元の区長ら約90人が集まった。
 前田さんは1982年、宍粟市で生まれた。女という性に違和感を抱きつつも「いじめられるのは嫌だ」と思い、中学時代は女子の友達に好きな男の子の名前を、好きでもないのに言っていた。ソフトボールの特待生として進学した鳥取県の女子高では制服のスカートが嫌でたまらず、自殺も考えたが「少しだけ生きてみよう」と思いとどまったという。
 就職後に男性ホルモンの注射を打ち、タイで手術をして体を男性に変えた。心から愛する女性と出会い、結婚。半年間悩んだ妻を説得し、第三者の精子による人工授精で2012年1月、男児を授かったが、国は「血縁関係がない」として父子関係を認めず、男児は無戸籍になった。
 性転換していない場合は非配偶者間の人工授精でも父と認められる民法の矛盾を法廷で訴え、最高裁は13年12月、家裁と高裁の判断を覆して父子関係を認めた。「息子がジャンプして喜んでくれたのがうれしかった」といい「多様な性と家族の形があることを知ってほしい」と締めくくった。
戸籍変更して父親として認められたいという主張が多様な性と家族の文脈でこの先も語られ続けるといいのだけど。そして利用されないといいな。原点回帰にみえなくもない
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exningen · 7 years
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ディスカウント店大手のドン・キホーテは11日、同性愛や性同一性障害などの性的少数者(LGBT)用のトイレを、差別解消を目指す先進地として知られる東京・渋谷の旗艦店に初めて設けたと発表した。小売業界では珍しい試みで、顧客の反応が良ければ他の店舗への導入も検討する。
 旗艦店は「MEGA(メガ)ドン・キホーテ渋谷本店」で、12日にオープンする。渋谷区が多様性を認め合う地域づくりの一環で、同性カップルを夫婦と同等のパートナーと公的に認める証明書を交付していることなどに賛同した。
 「ALL GENDER」の案内板を掲げた個室トイレ3室をつくった。
性的少数者(LGBT)用のトイレ    なのか?
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exningen · 7 years
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歌手の中島美嘉が7日、東京・代々木公園で行われた国内最大級のLGBT関連イベント『TOKYO RAINBOW PRIDE 2017』でスペシャルライブを開催。代表曲「雪の華」など6曲を披露した。
【写真】性の多様性への理解を訴えた囲み取材の模様
ライブ中は感極まる場面もあった。中島は「友だちに(LGBTが)多いので。苦労されている方もいっぱいいる。歌も一生懸命、彼らに合わせて選んだ曲なので同じ気持ちになってしまった」と振り返った。出演のきっかけも友人のゲイのカップルとの交流だった。「その方々がパートナーシップを沖縄でとったときにサプライズで歌わせていただいた。それを聞いて(出演を)お願いされた」と出演の経緯を話し、オファーを即答で快諾したという。
さらに「こういう(LGBTの)方々って恋をしても、まずは『この人は私を受け入れてくれるだろうか』から始まる。普通の男女間だったら『好きです』っていうだけなのに」とLGBTが抱える悩みを代弁。「普通の恋ができない人たちがいっぱいいる。それは私も変だと思っている。好きで一緒にいるのが、なぜ悪いのか私にはわかりません」とLGBTに対する理解を訴えた。それだけに同イベントでのライブ開催について「夢がかなった感じです」と笑顔を見せた。
また、野外でのライブについては「私、冬の歌が多いので、なかなかできなかったんですけど、もういいかと」とにっこり。ゴールデンウィークは仕事以外、ゆっくりと過ごしたという。「引きこもりじゃないんですけど、DVDとか本を読んでいる時間が大好き過ぎて…」と休みは自宅や友人宅で過ごすインドア派な一面も明かした。家が好きすぎるあまり旅行も行かないそうで「最近遠くに行ったこと? 大阪です。私の中では遠出です」と話し、報道陣を笑わせていた。
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exningen · 7 years
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TRP機関誌 『BEYOND』 issue3(2017年春号)刊行!
NPO法人 東京レインボープライドの機関誌『BEYOND』の第3号となる2017年春号が刊行されました。
特集は「LGBTと行政」と題し、同性パートナーシップ制度をはじめとする自治体のLGBT施策、そして国の法整備の現状について解説。 また、台湾の同性婚法制化の行方やシドニー「マルディグラ」リポート、好評の巻頭連載「スーパーシャイニー&スーパーアライ」など盛りだくさん。
新宿2丁目(コミュニティセンター akta、CoCoLO cafeなど)や、新宿・渋谷など丸井主要店舗、TRP2017の会場などで配布してます。 ぜひお手に取ってください。
※画像をクリックすると拡大表示されます。
※Webに掲載するデータは、紙面での誤りを修正したバージョンです。 弊団体の制作過程における確認不足により、関係者の皆様にご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。 詳細は【BEYOND3号に関するお詫びと訂正のお知らせ】をご覧ください。
※Webフォームによる個人のお取り寄せは5月中旬まで休止とさせてください。
http://tokyorainbowpride.com/magazine/publication/3717
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LGBTブームの課題とは? 三橋順子さんが指摘する光と影「人権より先に経済的側面が注目された」The Huffington Post  |  執筆者: 宇田川しい
投稿日: 2017年05月04日 09時20分 JST 更新: 2017年05月04日 10時42分 JST
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セクシュアル・マイノリティに関する論議がここ数年、メディアで大きく取り上げられている。
LGBTという言葉も一般化し、多くの人が日常的に使うようになった。セクシュアル・マイノリティへの社会的認知は進んだと言えるだろう。
しかし、一方で「LGBTブーム」とも言える状況には弊害もある。ジェンダー・セクシュアリティ史の研究者であり自身がトランスジェンダーである三橋順子さんに、ブームの問題点とそれを乗り越えるための方策を聞いた。
早稲田大学・明治大学・関東学院大学・都留文科大学などの非常勤講師でもある三橋順子さん(写真撮影:波多野公美)
■LGBTという呼称がはらむ問題
――三橋さんはLGBTという呼び方に違和感をお持ちなのですか?
私たちMtF(※1)は、LGBTという言葉が一般化する以前から様々な形で社会に認識されています。MtFのタレントは1960年代からテレビに出ていますし、トランスジェンダー・カルチャーはかなり早くからメジャーなメディアにも登場しています。
レインボープライドのオープニングパーティに中村中さんが出演しましたが、中村さんが紅白に出場したのはLGBTブーム以前の2007年です。さらにその前の2000年にはやはりMtFの藤野千夜さんが芥川賞を受賞しています。
ゲイの人は、いるはずですけどカミングアウトしていません。この人は絶対にゲイだろうという芸能人や文化人は何人もいますが、カミングアウトはしない。レズビアンも同様です。そこがトランスジェンダーと違うところです。
――トランスジェンダーの場合、外見でわかりますね。
なかなかごまかしきれないし、初めからごまかそうと思ってない人も多いと思います。最初からトランスジェンダーとわかる形で出ている人が様々な分野でそれなりにいます。
ですから、今さらLGBTという枠組でくくられることは、実はトランスジェンダーにとってあまり意味がないのです。そういうこともあって、私はLGBTというくくりに距離を置いています。
■LGBT自身がLGBTという呼称の由来を知らない
――しかし、LGBTという言葉はセクシュアル・マイノリティが権利を求めて共闘する中で出てきた言葉であって、そういう歴史を尊重するべきという考え方もあります。
それはもっともですが、そもそもLGBTと言っている当事者自身がその言葉の起源を知らないことが多いですね。ある時、メディアの人にいつからLGBTという言葉が使われ始めたか質問されたのですが、LGBTと言っている人は誰もこれについて書いていなかった。
仕方なく自分で調べたところ、1980年代にセクシュアル・マイノリティの権利を求める活動家がゲイとレズビアンをGLと呼んだのが起源のようです。そこにBとTが加わって4つになるのは90年代に入ってから。しかしその頃はまだ並びが固定していなく、GLBTと書くこともありました。それがLGBTとなったのは、活動が男性優位だという批判に対して、名前だけでもLを頭に持ってきたのだという説があります。
その後、2000年代に入ると、LGBTは次第にパブリックな用語になっていきます。公的な文書で使われた最初は、2006年の「レスビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの人権についてのモントリオール宣言」だと言われています。
日本に入ってきたのは2000年代後半でしょう。書籍名に「LGBT」を使った最も早い例は2007年出版の 『医療・看護スタッフのためのLGBTIサポートブック』(メディカ出版)です。ただこれは例外的に早いです。そして2012年夏に『週刊ダイヤモンド』と『東洋経済』がLGBTを特集します。そこが起点になり、爆発的に使われるようになったのは2015年からです。
じつは、LGBTが2000年代に欧米で公的な用語になった時点、ですでに様々な問題が指摘されていました。性的指向(Sexual Orientation)の問題であるLGBとジェンダー表現(Gender Expression)の問題であるTが一緒にされていることや、LGBT以外のセクシュアリティが含まれていないという点などです。LGBTという言葉が日本に入ってきたとき、そうした疑問点への認識が薄かった感じがあります。で、今になってやっと気づいたという感じ。
ゲイやレズビアンへの問題提起をする三橋さん
■「ブーム」以前の10年間、日本のアクティビストは何をしていたのか?
――日本では10年遅れてその議論をしているわけですね。
きつい表現かもしれませんが、この間、日本のゲイやレズビアンの人たちはなにをしていたのかと言いたくもなります。メディアへ積極的にコンタクトして自分たちが社会に伝えたい情報を出すという努力を怠っていたのでは。
「LGBTブーム」以前のことですが、ストックホルムのゲイパレードの記事が朝日新聞の全国版に大きく載っているのに、東京のパレードの記事が東京版にも載らないということがありました。そういう状況になぜ疑問を持って働きかけなかったのか。
トランスジェンダーはそれぞれの立場で、自分たちが取り上げてほしい情報をニュースにしてもらうための働きかけを1990年代からメディアに対してやってきました。その努力があったから、これだけの社会的認知がある。
日本のゲイ、レズビアンの運動が停滞していた時代に、欧米ではシビル・ユニオン(法的に権利を認められたパートナーシップ関係)や同性婚の法制化が進んでいきました。なのに、どうして日本では議論が高まらなかったのか。
――それは時代の流れということもあるのではないでしょうか。日本では1990年代にゲイブームがあって、府中青年の家裁判(※2)など権利を求める動きが出てきた。
しかし、その後、ブームは終息してしまい、日本全体も自己責任論が蔓延するような人権が軽視される風潮になったと思います。
府中青年の家裁判というのはまさに人権の主張で、日本における性的少数者のアクティビズムの出発点としてとても大きな意味のあるものだったはずなのに、その流れがなぜか続かなかった。
そして2012年に始まる現在のLGBTの動きというのは、きっかけが経済誌であったことに象徴されるように経済主導なのです。そのあとから法整備のような運動が出てきて、徐々に追いつきつつありますが。人権より先に経済的側面が注目されたことの悪影響はやはり残っていると思います。
取材後、戦前は遊廓、戦後は「赤線」(黙認買売春地区)だった新宿二丁目の一角を歩く(写真撮影:波多野公美)
■LGBTのマーケットは期待できるのか?
――広告代理店などがLGBTマーケットの可能性についてずいぶん喧伝しています。
広告代理店の仕事は学術調査ではありません。そういうところがマーケティング戦略として出してきたLGBTの割合が何%というような数字を、なぜ簡単に信じてしまうのか。あれは学術的には意味のない数字です。
――どこが問題なのですか?
何をもってLGBTとするかがとてもあいまいなのです。たとえばトランスジェンダーについて「なんとなく自分の体と心の性がズレてるように思いませんか?」というような緩い設問にすればイエスと答える人は多くなります。
でも、それはあくまで弱い性別違和感がある人です。そういう人はけっこう多くて、自然に解消することもあり、違和感を持ったまま生き続ける人もいます。本来はトランスジェンダーとしてカウントしないのです。
――広告代理店はマーケットを大きく見せようとしますし、政治的な活動をする人もLGBTが大勢いるといったほうが影響力を示せますね。
14人に1人なのか30人に1人なのか分かりませんが、そこに本質的な意味はないと思います。結局、マイノリティであり、それに対して社会がどういう形で人権を認めていくかという問題なのです。
数字的な問題だけでなく質的にも事実と言い難い部分があります。たとえば最近、LGBT向けのお墓というのが話題になりました。もし、今までLGBTがお墓に入ってなくて、これからはそうなるのなら新規需要でしょうが、そうではありません。ホテルの宿泊プランにしたって、今まで世間をはばかって「シングル」2部屋を予約していたゲイ・カップルが「ダブル」1部屋になったら減収でしょう。
女装コミュニティの昔を知る人に話を聞いたり、二丁目の歴史地理を調べている三橋さん(写真撮影:波多野公美)
■人権という基本に立ち返ることの大切さ
――LGBTの雇用はダイバーシティ化であり企業にメリットがあるという主張も目立ちます。
雇用は大事だと思います。とくにトランスジェンダーは、これまで就労の際にほとんど門前払いでしたから。企業が求める才能のある人が、それを活かせる場所に入れるようになるのはとても良いことです。
しかし、そのことで企業の論理で求められる人材と、そうではない人材とにLGBTが階層化させられてしまうかもしれません。資本主義社会ではある程度、仕方ないことなのかもしれませんが、いかにそこを乗り越えてLGBTというまとまりを保つのか。そのためにはやはり基本に立ち返って人権ということを大切にすべきでしょう。
■FtMをめぐるグレーなビジネスと就労問題の深刻さの関係
――とはいえ、「LGBTブーム」によって可視化は進み、今週末に東京代々木で開催される東京レインボープライド2017のようなセクシュアル・マイノリティのイベントが全国で開催されるようになりました。
もちろんそれは良いことなのですが、少し気がかりなことも出てきました。あるイベントのブースで、性別移行について無料相談をうたっているのに、肝心な情報は有料でしかも法外と言えるような金額を取っているという話です。しかもターゲットは中学生など若い人たちです。
――中学生が高額な料金を払えるのですか?
お金を出すのは親なのです。「性同一性障害」が先天的な障害であるという説があるので、自分のせいだと思い悩んでしまう親も少なくなく、そういう親が罪滅ぼし的な感覚でお金を払うわけです。
海外での性別適合手術のアテンド(紹介・斡旋)を行う業者にも、無資格だったり質が伴わない会社が横行しています。こういった問題がある事業に関わっているのは、なぜかほとんどFtMなのです。ただ、本人たちはあまり悪気がなく起業のつもりでやっている。
背景にあるのはFtMの就労環境の悪さだと思います。トランスジェンダーは、比率で言うと1対3くらいでMtFよりFtMが多いのです。そしてそれは20代、30代の比較的若い世代に集中しています。うまく就労できないかなり大きな集団があるのに、それが社会的に認識されていないのです。
MtFの場合、水商売やセックスワークという選択もありえますが、FtMにはそれもない。だから行き場がなくてFtMには起業する人が多いのです。「LGBTブーム」をビジネスチャンスと捉えるのは悪いことではありませんが、やはり仲間を食い物にするようなことはしてほしくありません。
さまざまなセクシュアリティの人々が行き交う新宿ニ丁目の風景(写真撮影:波多野公美)
■基金を作って恒久的に活動できる環境を
――起業して成功している人も多いのですか?
ビジネスとして成功させるには、もう少しコンプライアンスをしっかり考えないとダメでしょう。ビジネスで成功してコミュニティのためにポンと1億円くらい寄付してくれる社長がいたらと思いますが(笑)。企業からお金をもらってイベントをするのもいいですが、寄付をもとに基金にして恒久的に活動できる環境を早く作るべきだと思います。
レインボーウィークには「性をめぐるアーカイブの世界」というトークショーに登壇します。セクシャル・マイノリティに関する書籍など、資料の保存について考えるイベントです。本当はこういった資料は国が国会図書館などで保管してくれるのがベストだと思いますが、今の状況だとそれは難しい。新宿2丁目にあるLGBTコミュニティスペース「akta」のような既存の施設を拡充して、資料を蓄積していくしかないと思います。
※1 MtF Male to Femaleの略。トランスジェンダーのうち出生時に割り当てられた性別が男性であり性別表現が女性のケース。この逆はFtM(Female to Male)。
※2 府中青年の家事件 1990年、動くゲイとレズビアンの会(OCCUR)が東京都の府中青年の家を利用した際、同宿していた団体から差別的な扱いを受けたため、青年の家側に善処を求めるものの却下される。その後、OCCURが再び利用しようとしたところ青年の家は「青少年の育成に悪影響を与える」として拒否。1991年、OCCURが人権侵害にあたるとして提訴。1997年にOCCURの勝訴が確定した。
三橋順子(みつはし・じゅんこ) ジェンダー・セクシュアリティ史の研究者。自身がトランスジェンダーであり、性別越境の歴史について文献調査などの歴史学的手法とフィールドワークなどの社会学的な手法を用いて意欲的な研究を行っている。著書に『女装と日本人』 (講談社現代新書)などがある。
(取材・文 宇田川しい)
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exningen · 7 years
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魚拓
東京レインボープライド
「声上げることで変わってきた」 共同代表理事・杉山文野さんに聞く
2017年5月3日
大型連休中の東京都内で、性的少数者への理解を深めるためのイベント「東京レインボープライド2017」が開かれている。最終日の7日にはパレードが行われる。今年で6回目で協賛企業や参加団体は過去最多の規模。イベントの共同代表理事、杉山文野さん(35)に、性的少数者を取り巻く社会の変化や思いを聞いた。【中村かさね/統合デジタル取材センター】
--今年のテーマは「CHANGE-未来は変えられる-」です。杉山さんが感じる「CHANGE」とは?
僕は06年に性同一性障害(GID)であることを書いた本を出版しているんですが、別に世の中を変えたいと思って本を出したわけではないんです。セクシャルマイノリティー(性的少数者)と言うと、みなさん芸人さんのような特別な存在をイメージするけれど、もっといろんなところにいるのだと、みんなの隣にいるような存在なのだと伝えたかった。
僕は今でこそ「活動家」という肩書で紹介されていますが、僕は誰よりも「普通」に生きたかっただけ。それが、「僕は僕だ」と言葉にしたら、結果として活動になっちゃったんです。
ただ、改めて振り返ると、「変わらない」と思っていたことが、僕らが声を上げることで少しずつ変わってきた。本を出した当時は、GIDやLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字をとった性的少数者を表す言葉)なんて言葉はほとんど知られていませんでしたからね。今では企業や行政、メディアに取り上げられるようになり、毎日のようにLGBTという言葉を聞きます。当時は、こんな時代がくるとは想像もしていませんでしたね。
だから「CHANGE」というテーマは、僕が本当に今感じていること。声を上げることの大切さを、今ひしひしと感じています。
家族連れが増え子どもが楽しめるイベントに
--協賛企業や参加団体が過去最多の規模ですね。6年前と比べて、どのように変わったのでしょうか。
圧倒的に家族連れが増えた印象です。
以前は子どもが来るなんて想像もできませんでした。当初は会場に来ること自体がカミングアウトになってしまう懸念もあった。今では、当事者や支援者だけでなく、友人や家族、子どもも来て楽しめるイベントになったと思います。今年は190以上の企業・団体が協賛してくれましたし、パレードの規模も過去最高。「祭りやってるらしいよ、ビールでも飲みに行こうか」という感覚で来てもらえるようになったのは、大きな変化です。
いい変化だと受け止めています。中にはLGBTに関心もない人もいるかもしれませんが、「ハッピー、楽しい、おいしい」でみんなが集まれればいいんじゃないでしょうか。権利を主張すればするほど、当事者と非当事者が分断されてしまう。そうではなく、LGBTの人とそうでない人の接点を作り出すのが大事だと思うんです。
年1回のイベントや普段の生活の場で、こういう接点を増やしていく。どこか遠い世界の話だと思っていた人にも、いろんな人がいるんだなと肌で感じてもらえればと思います。
マーケットが人権を作る
--企業や行政もLGBTをマーケットとして意識したり、ダイバーシティー施策として制度に組み込むようになってきました。
大きな転機になったのは、やはり東京都渋谷区の同性パートナーシップ条例(15年)ですね。行政が取り組んだことで多くのメディアに取り上げられ、「いない」ことが前提だったものが、「いる」ことが前提の会話が成り立つようになった。「寝た子を起こすな」じゃありませんが、透明人間のように扱われていたものが可視化されたというインパクトは大きかった。
企業が経営戦略をの点からLGBTについて発信することも、僕は前向きに受け止めています。ビジネスにならなければ、カルチャーにもならない。例えば、以前は左利きの人は「ぎっちょ」と言われて右手を使うことを練習させられたこともありましたが、今は左利き専用のハサミやゴルフクラブが売られています。マーケットになって、はじめて人権が得られるという側面はあると思う。
--当事者にとっては、まだまだカミングアウトしにくい状況があります。
それでも、昔と比べれば、だいぶカミングアウトしやすくなりました。僕は僕自身をトランスジェンダーの代表だとは思っていませんが、ただ自分が名前と顔を出して声を上げることで、他の人も声を上げやすくなればいいなと思っています。
セクシャルマイノリティーは非常に目に見えづらいので、声を出さないと「いない人」になってしまいます。「言わないのではなく、言えない」のだという現実を、誰かが声にしなくては伝わらない。
僕は名前と顔を出して発言しても、変わらずに接してくれる家族や友人、職場での居場所があります。カミングアウトすることで家族や友人に嫌われるんじゃないか、職場で居場所がなくなるんじゃないか、という恐怖感はまだまだありますよね。だからこそ、言える人から言った方がいいのではないか。そうすれば、次の人も言いやすくなるはずです。
理想はLGBTという言葉なくすこと
--杉山さんが描く理想の未来とは?
LGBTという切り口から声を上げることで、すべての人にとって生きやすい社会を作りたい。「すべて」という言葉にこだわっています。
理想は、LGBTなんて言葉が必要ない社会。わざわざカミングアウトなんてする必要もない。いつか、このイベントも必要なくなればいいですよね。単なる楽しいお祭りとして残って、「最初はこんな意味があって始まったんだって」となるのが理想ですね。
今は転換期、過渡期だと思うんです。いろんな意見や摩擦もある。それを超えて、はじめて「普通」に、生活の一部になっていくんだと思う。
そのためには、一過性のブームのように終わってしまっては意味がない。勢いがある今のうちに、制度に組み込んだり法律を整備したりして、すべての人が当たり前に、平等に扱われるようにしたいですね。どんな社会課題でも、最初はあまりに大きな壁のように立ちはだかっていて、変えられるわけがないと思いがちですが、ちゃんと声を上げて行動に��せば、未来は変えられるんだと信じています。
すぎやま・ふみの
東京都新宿区生まれ。日本女子大付属高校卒業、早稲田大大学院修了。元フェンシング女子日本代表。06年に自身の半生を描いた「ダブルハッピネス」(講談社)を出版。09年に乳房切除の手術を受けた。渋谷区の同性パートナーシップ条例の策定に関わった。
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exningen · 7 years
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声優のアイコ 公判での我が子への思いは本心か 東スポWeb 2017年2月1日 17時00分 (2017年2月1日 20時11分 更新)
連続昏睡強盗の容疑で逮捕された“声優のアイコ”こと神いっき被告(33)の被告人質問が31日、東京地裁(石井俊和裁判長)で行われた。
女性に生まれた神被告は、性別違和から普段は男性の姿で生活していたが、犯行時だけ“女装”し、男性に睡眠薬入りの酒を飲ませて金品を奪ったとして、5件の昏睡強盗の罪に問われている。
客観証拠から神被告の犯行に間違いないが、解離性同一性障害による別人格の出現時だったとして、責任能力の有無を争っている。これまでの裁判で4歳児「ゲンキ君」に豹変して突然、幼児言葉になったことがあるほか、今回「アイコ」をかたって昏睡強盗を働いた「ミサキ」の人格や、「コウジ」というコワモテの人格もあると主張している。
別人格の出現時には記憶が全くないといい、東京・荻窪の事件では「夜8時ごろ、男女5~6人のグループと意気投合して飲んでいるうちに記憶をなくし、気づくと一人で歩道橋で寝ていた。次に記憶が戻ったのが(翌日の)ランチ時の回転ずし屋で、知らないおばちゃんと仲良くなっていた」という具合だ。
「記憶がなくなるのをいつもアルコールのせいにして、僕の中にいろんな人格があることを気づけないような生活を送ってきたことが悔しい」と酒浸りの日々を後悔。
2014年末に拘置所で出産し、施設に預けている我が子については「ただの前科者の親というだけじゃなく、どうやってつくられた子かも分からないし、俺が望んでいた子じゃなかったってネット社会だから分かる。…
だったら、ずっと施設で育ったほうがあいつのためかな。俺も親がいなけりゃラクだと思うことが、いっぱいあったから…。ゴメン、(傍聴席に)母ちゃんいるのに…」と涙ながらに複雑な思いを明かした。
公判でもさまざまなキャラになる神被告を検察側は多重人格を装う詐病と見ているが、子を思う気持ちは“母親”としての本心なのだろうか?
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exningen · 7 years
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地方紙の記者って免疫も人脈もないんだろうな。だから謎の「講演家」がするするっと入り込めちゃうんだ。http://www.kochinews.co.jp/article/77834
みんな、某氏と似た作りのウェブサイトだよね。やれ新聞、どこそこ中学校、youtube。https://akiraookubo.jimdo.com/%E4%B8%BB%E3%81%AA%E8%AC%9B%E6%BC%94-%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88/
ほか
「自分らしく生きて」200人を前に自身の体験談も/日本LGBT協会代表理事・清水展人さん/豊橋市が初 「LGBT」に関するセミナー2017/01/25豊橋市は24日、豊橋市公会堂でライフアップセミナー「性的少数者(LGBT)も暮らしやすい社会を目指して」を開いた。日本LGBT協会代表理事の清水展人(ひろと)さんが講演。市民や教員など約200人に自身の体験談などを語り、性的少数者に理解の... http://www.tonichi.net/news/index.php?id=58108
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exningen · 7 years
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こんなポエミーな記事にしてほしくなかった。
===以下引用===
「この体が嫌なんよ」命絶った我が子
田中瞳子 久保田侑暉
自宅で愛猫と写る優子さん=2008年夏、山口県岩国市、遺族提供
8年前の冬、ある性同一性障害者が自ら命を絶った。名は優子。女性の体に男性の心を宿し、その相克にさいなまれ続けていた。母は願う。個人がそうありたいと思う性を受け入れる社会を――。
性同一性障害 診療体制の充実へ
性同一性障害の被告のホルモン投与、どうすべき?
母の今の思いを、記者が聞いた。
あの子が大人になってから、2人でよく釣りに出かけました。
「釣れるかねぇ」
「釣れるといいねぇ」
そう話しながら堤防から糸を投げました。また行こうねと、約束していたんですけど……。
私は29歳になったばかりの女性です。しかし幼少の頃から女の子が好む「ままごと」や「縫いぐるみ」は嫌いで、「ミニ四駆」や「少年ジャンプ」を愛好していました。スカートは制服なので仕方なく穿(は)いていました(優子さんの仮処分申し立ての陳述書から)
「そういうのが好きな女の子なんだな」と思い、性同一性障害とは気がつきませんでした。
女の子が最高に着飾り、思い出に残る成人式。「一度は着物をきちんと着たいのではないか」。そんな親心から、「スーツで行く」と言う優子に黄色地の振り袖を用意しました。
今振り返れば、かわいそうなことをしたと思います。私が喜んで支度しているのを見て、台無しにしたくないという思いで何も言わなかったんじゃないかな。写真館で撮った振り袖姿の写真は、どうしてもリビングには飾れない。
戻っても居づらかったらその時に考えるので、自分の好きな職場に戻りたい。この先、女として生きるのも男として生きるのも、精神的にも肉体的にも生き辛(づら)いのには変わりがないので(同陳述書)
職場のことを話すとき、「天性の仕事なんよ」と言ってとても楽しそうでした。でも同僚に性同一性障害と打ち明けると、離れていってしまった。
優子にとってはすごく生きづらかっただろうなと思います。心と一致した性で産んであげられなかったという思いもあります。
今でも、自分は男として生きていくべきなのか迷います。女で通すと決める一方、それが卑怯(ひきょう)だという思いがあり、いつも「普通の女」「普通の男」の言動と自分との差を何となく気にしています(同陳述書)
亡くなる数日前、「この体が嫌なんよ!」と言って胸のあたりをかきむしり、嗚咽(おえつ)をもらしていました。
感情をあらわにすることはほとんどなかったのに。それほどまでに失望したんだと思います。自分の体と性を受け入れて何とか生きていこうとしたけど、周りに受け入れられなかった。
亡くなったのは自宅の和室。29歳でした。
「優ちゃん、優ちゃん」
必死に名前を呼びました。懸命に何かをこらえているような表情を見て、「苦しかったんだね」という思いがこみ上げました。
どうして死ななければいけなかったのか。優子の死を自己責任と言って終わらせないでほしい。そう思って裁判を闘ってきました。
これは優子だけの問題じゃないんです。
みんな違ってみんないい。みんながそう思える社会だったら優子は受け入れられていたのかもしれない。自分の生きたい性で生きられる社会になってほしいと思います。(田中瞳子)
■解雇後に自殺、勤め先や国を相手に訴訟
優子さん(当時29)の母親(65)=山口県岩国市=は、「性同一性障害の告白をきっかけに会社から退職強要を受けるなどしてうつ病になり、自殺した」として、国に遺族補償年金の不支給決定の取り消しを求め、2014年に広島地裁に提訴した。しかし同地裁が先月25日に請求を棄却したため、母親は3日に控訴した。
母親は11年8月、労災に基づく遺族補償年金を申請したが、岩国労働基準監督署が「自殺は業務上のものではない」として不支給を決定。今回の訴訟はその取り消しを求めたものだった。判決は、優子さんにとって性同一性障害の告白は大きな心理的負荷になったが、「私的な内容であり、業務上のできごととは評価できない」と判断。嫌がらせやいじめ、退職強要も認められないと結論づけた。
判決などによると、優子さんは勤め先の自動車販売会社の正社員になった直後の08年11月、同僚に性同一性障害を告白。その後社内で自傷行為をしたことなどを理由に解雇通知を受けたことから、地位保全を求め仮処分を申し立てたが、09年1月に自殺した。
今回の訴訟に先立ち、母親らは不当解雇が原因で自殺したなどとして、勤め先の会社などに損害賠償を求め提訴。山口地裁岩国支部は10年3月、解雇は無効として会社の賠償責任を一部認める一方、解雇と自殺の因果関係は認められないと判断。最高裁で確定している。
<アピタル:ニュース・フォーカス・その他>
http://www.asahi.com/apital/medicalnews/focus/(久保田侑暉)
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exningen · 7 years
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ろう者でトランスジェンダーの2人が選んだ“夫婦漫才”
女性自身
2月10日(金)17時0分
女性自身[光文社女性週刊誌]
「モンキー&れん」の漫才は身ぶりも手ぶりも、顔の表情も、ありったけのオーバーアクション!夫役は、モンちゃん(46)。妻役のれんちゃん(42)に叱られて、激しくションボリ肩を落とす。その大げさな表情が笑いを誘う。だが、舞台にも客席にも音がない。お笑いのステージなのに、満員の会場は静寂に包まれている。ネタがつまらないのではない。観客は身を乗り出すようにして、視線を舞台に注いでいる。
「夫婦漫才モンキー&れん」の手の動きは、そう、手話だ。2人はろう者(耳が聞こえない人)。そして観客のほとんどもろう者なのだ。声を出さないかわりに、破顔し、息を吸うとき、かすかな引き笑いが出る。静寂であっても、大ウケだった。
唯一、聞こえてくるのは、マイクを通した女性の声。高島由美子さん(46)が2人の動きと表情に合わせ、絶妙な手話通訳を繰り広げ、この会場では超マイノリティーである“聞こえる客”を笑わせた。すべてのネタが終了し、最後にあらためて、手話で自己紹介。
「モンキー高野です。実は私は、トランスジェンダー。女性として生まれたFTM(女性から男性へ)です」
「菊川れんです。私はもともとは男性で、MTF(男性から女性へ)です」
さらには、「手話通訳を務めた高島です。私は生まれたときも、いまも女性ですが、モンちゃんのパートナーとして、一緒に暮らしています」との告白に客席はネタ以上にどよめいた。
ろう者にしてトランスジェンダーでもある2人を、人はダブルマイノリティーとも呼ぶ。今の日本では「生きづらそう」と思われがちな彼らはしかし、濃すぎる個性を発揮しながら、超絶ハッピーな毎日を生きていた。
学生時代に友達の紹介で出会っていた2人。れんちゃんが19歳、モンちゃんが22歳のとき、「ろう文化宣言」の講演会で再開した。以後、2人は毎日のように会い、性の違和感を打ち明け合った。その後、れんちゃんは23歳で渡米。半年間のホームステイを経て帰国後、手話講師として全国から講演依頼が来るほど活躍する。
「モンキー&れん」の夫婦漫才は、「2人のふだんの会話が、まるで夫婦漫才みたいだから面白いんじゃないか」と思った高島さんの発案だった。ネタの中心は「ろう者あるある」。ろう者にとって当たり前のことでも、聴者には「へ〜」「そっかぁ」と驚きが多い。
モン「よく自虐ネタって言われるけど、自虐でもなんでもなく、ただの日常です(笑)」
たしかにろう者をガサツに描いているようにも見える。
れん「そのままですよ。ろう者は表現がストレートで、回りくどくないからガサツに見えるのかもしれませんが」
モンちゃんは手術も戸籍変更もしていないので、法律上、高島さんとは女性同士。’15年11月、2人は同性カップルをパートナーとして認める世田谷区の「パートナーシップ宣誓書」にサインをした。その様子は、全国のニュースなどで広く報じられた。同棲開始時はOLを辞めて無職だったモンちゃんだが、その後、IT企業の手話部門に就職。’16年4月、手話教室「手話フレンズ」を開設し、経営者として頑張っている。
れんちゃんは’10年7月、21歳上のろう者・菊川喜久さんと養子縁組の形で入籍した。「手術して戸籍を女性に変えれば結婚も可能ですが、私、手術はいっさいしていないので」と教えてくれたれんちゃんだが、夫と出会うまでは、手術しようかと何度も悩んだという。だが、喜久さんが「手術しなくていいよ。そのままのキミが好きだよ」と言ってくれた。これで迷いが吹っ飛んだ。
れん「ろう者で、トランスジェンダーで『ダブルマイノリティーで大変ですね』と、よく言われますが、『そうだけど、それが何?』って思います(笑)。『ろう者の生活を何も知らないのに』と複雑になりますね」
手話教室で、聴者の生徒たちが夫の悪口を言っているのを見ると、むしろ、こう思う。
れん「かわいそうだなぁって。聞こえていて、普通に結婚しても、そんなふうに感じるなんて。私は結婚して7年目だけど、いまでも毎日ハグして、キスして。幸せなんですよ。男も女も、ろう者も聴者も関係ない。結局、人生は、自分のやりたいことをどれだけ貫き通せるかですよね」
そう伝えて見せた笑顔には、一分の嘘も見当たらなくて、なんだかとてもまぶしかった。
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exningen · 7 years
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産経のほうがまともという。ロイターの人大丈夫ですか?
http://www.sankei.com/world/news/170131/wor1701310034-n1.html
BSA Addresses Gender Identity
January 30, 2017
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As one of America’s largest youth-serving organizations, the Boy Scouts of America continues to work to bring the benefits of our programs to as many children, families and communities as possible.
While we offer a number of programs that serve all youth, Cub Scouting and Boy Scouting are specifically designed to meet the needs of boys. For more than 100 years, the Boy Scouts of America, along with schools, youth sports and other youth organizations, have ultimately deferred to the information on an individual’s birth certificate to determine eligibility for our single-gender programs. However, that approach is no longer sufficient as communities and state laws are interpreting gender identity differently, and these laws vary widely from state to state.
Starting today, we will accept and register youth in the Cub and Boy Scout programs based on the gender identity indicated on the application.  Our organization’s local councils will help find units that can provide for the best interest of the child.
The Boy Scouts of America is committed to identifying program options that will help us truly serve the whole family, and this is an area that we will continue to thoughtfully evaluate to bring the benefits of Scouting to the greatest number of youth possible – all while remaining true to our core values, outlined in the Scout Oath and Law.
http://scoutingnewsroom.org/press-releases/bsa-addresses-gender-identity/?utm_source=scoutinglink
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