Tumgik
#膣襞と亀頭の触れ合い
harudidnothingwrong · 5 years
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sabooone · 7 years
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5|或る晴れた日に
夏真っ盛りとばかりに庭の蝉が鳴く。 夏の風が吹き、白いレースのカーテンを揺らした。 百合子は寝台の上にあれこれと洋服や身の回りの品を並べる。 櫛や手鏡、髪を結うリボン。最低限の物だけを選ぶと、旅行用の鞄一つに収まった。 着物は品の良い物しか無かったので日常では着にくく、手放す事にした。 鞄を持ってみるとずしりと重い。けれど、何だか身軽になった様に思い百合子は知らず微笑む。 ふと窓から外を見下ろすと、真島が律儀に庭の手入れをしていた。 百合子は持っていた鞄を玄関まで運び、そのまま庭へ出た。 真島は燦々と降り注ぐ陽の光の下で、額に汗をしながら剪定している。 木々たちの青々とした葉の色が濃く、香り高い。 真島は百合子を見ると、台から降りて額の汗を手ぬぐいで拭く。 「姫様? 何か御用ですか?」 「お前もよそのお邸に移るのでしょう?」 「ええ、でも――最後まで手をかけてやりたいと思いまして」 そう言ってはにかむように笑う。 爵位を返上し、野宮の邸や資産を借財の返済にあてた。 邸は家具や一部の使用人はそのままに、人手に渡る手はずになっている。 貧乏をしていた頃もずっと仕えてきた真島も、これを機に別の邸で働く事が決まったと聞いていた。 百合子は真島と、その庭を見渡して、眩さに目を細めた。 そんな百合子を不思議そうに見ながら真島は問いかける。 「姫様こそ、何をされているんですか?」 「私は、皆にお別れを言おうと思って」 そう言って百合子は真島の手を取った。 柔和な顔立ちの割に、しっかりとした体躯で手も働く者の手らしくごつごつとしている。 藤田のピアノを弾く大きく繊細な手とも、瑞人の白く細い手とも違う固さがある。 「真島、ずっとこの家を私たちを支えてくれてありがとう。  お前の事、私ずっと忘れないわ。幸せになってね」 真島の顔を見上げて微笑む。 その顔を忘れまいと見つめて、添えていた手をぎゅっと握りしめた。 真島は少し驚いたような顔をして、息をつく。そして、苦笑した。 「何だか、今生の別れのようですね」 百合子は真島の手を握る力を少しだけ強めて、困ったように微笑む。 突然の両親の死は、百合子に言えなかった言葉や感謝の想いを素直に伝える決意を持たせた。 「私、今まで死というものを意識したことがなかった。  ずっとずっと皆と幸せに暮らしていけるのだと、信じて疑わなかった。  誰かが、亡くなって――それも突然に居なくなってしまうなんて思ったこともなかった」 両親が亡くなってしまったことが悲しかった。 もう二度と自分の名前を呼んで、抱きしめてくれる事がないのだと思うと辛くて辛くてたまらなかった。 それは、百合子自身の悲しみだった。百合子は自分の為に悲しんで泣いた。 人は、いずれ死ぬ。それは避けられない事だ。 けれど、自分の気持ちを伝える事はいつでも出来たはずだった。 死後に溢れた感謝の気持ちや言葉は、伝えられるはずのものだった。 「だから、今、お前に伝えたくて」 「幸せに……」 百合子の白く柔らかい手を握り返す。 そして、瞳を伏せた。 翳りのせいかわずかに一瞬、真島の表情が悲しげな面持ちになる。 次に顔を上げた時にはいつもの明るい笑顔だった。 「俺の方こそ――姫様の事、絶対に忘れません。  俺は姫様にお仕えできて幸せでした」 百合子は、照れくさそうに顔を赤らめる。 そして、藤田や料理長にも伝えるのだと言うと庭を後にした。 真島は庭に取り残されたように立ち尽くす。 明るい日差しに、足元の影は濃い。 百合子が真島の真意を知ることは無い。 復讐の相手としてただただ憎み続けた野宮の狂気の血筋は散り散りになり、邸は人手に渡る。 両親を殺した鬼を憎んだ。 身の内に流れる膿んで腐った血を憎み、血が通う肉体も、魂までも憎み抜いた。 幼い頃の無邪気で無垢だった自分は、とうに死んでいる。 鬼に斬り付けられ虫の息だった小さな自分に最後には自身で止めを刺した。 新しく生まれ変わるのだ。そして、復讐にのみ生きるのだと。 それが、真島の幸せだった。 百合子は言う、死んだ両親に気持ちを伝えられなかった事を後悔したと。 (俺にも、そんな頃があっただろうか――) 真島は考えたが、その頃の記憶は自分を屠ったと同時に失われて、何も思い出せなかった。 庭に風が吹き、草花と木々が一斉に揺れた。優しくさやかな音をさせて。 /// 「これだけ?! 本は、本はどうした。  貴方は読書をするのが好きだっただろう?」 「いらないわ、だって純一さんのお話を聞く方が面白いんですもの」 そう言われると、斯波は黙って顔を赤くするほか無い。 やれやれと息をついて百合子を抱きしめて額に口付けを落とす。 荷物を持ち、居間に置く。 百合子も暮らすからと箪笥を開けて、布団や食器を買った。 「着物も手放したのか。引き出し二つで済んでしまうな」 我が事のように沈痛な面持ちをする斯波の肩に身体を預ける。 斯波がふとした拍子に、考えこむのを百合子は何度も目にした。 その度に、斯波が後悔しているのだと分かる。 百合子の重みを感じた斯波は、ゆっくりと腕を背中に回す。 そして百合子の瞳も見ずに、誰にともなく呟く様に口にするのだ。 「本当にこれで良かったのだろうか――」 斯波はいまだに何度も自問する。 百合子はそんな斯波の顔を見て、呟く。 「純一さんって、人魚姫のようだと思ったの」 「人魚姫? 童話の?」 「そう。王子様を愛していたのに、本心を語れなくて。  そして、最後には王子様を守るために泡になってしまうの。  私、人魚姫が可哀想でたまらなかった。  そして人魚姫の愛に気が付かない、王子様が大嫌いだったわ」 そう言うと、斯波の耳に手をあてる。 「こうして目を瞑ってしまうとね、まるで水の中にいるようでしょう?」 斯波の頭の中を、ごうごうと渦巻く波の音が響く。 百合子は、斯波の邸で最後に斯波が百合子に口付けた夜の事を思い出した。 深い睡魔に、ほとんど意識は眠ってしまっていたが、斯波が泣いているのが分かった。 まるで壊れ物を扱うように、優しく口付けし髪を梳かした。 どうしてか、斯波という男は悲しんだり泣いたりする事などないのだと思い込んでいた。 女など道具か装飾品の様に気紛れに愛してみたり乱暴にしてみたりするだけの人間だと思っていた。 百合子の素っ気ない態度に怒るのは、思う様にならないからで、悲しんだりはしないのだと、 女である百合子の言葉や態度に傷ついたりしない人間なのだと決めつけていた。 「あの夜、貴方が、泣いているのが夢現にわかったわ。  ――それで私、本当はこの人は不器用なだけなんじゃないかって思ったの。  悲しさを紛らわすために、怒ったり乱暴にしたりするだけで本当は優しい人なのかしらって」 斯波のその口付けで百合子は目が覚め、死んでいた心が息が吹き返すような気がした。 百合子は斯波の耳に当てていた手を離すと、にこりと笑って唇に優しく口付ける。 そしてその大きく広い斯波の身体に手を回して、やんわりと抱きしめる。 「それから、もうずっと貴方の事ばかり考えていたわ。  お兄さまが教えてくれたの、これが恋焦がれると言う気持ちなのだって。  貴方を愛しているの。――私を置いて、泡になって消えたりしないで」 百合子の初めて口にする愛の囁きに、痛いほど心が締め付けられる。 愛しさが込み上げ、喉が詰まる。 金や権力がある時には、大勢の人間が斯波の周りに群がっていた。 唯一、手に入れたいと願った姫だけが遠く離れていた。 そして、全てを失うと、群がっていた人間たちの多くは斯波に背を向けた。 誰もかれもが斯波の元を離れていく中で、百合子だけが斯波の元に留まったのだ。 百合子さえ居れば、何もいらないと、ずっと思っていた。 彼女を世界一の幸せな妻にするのだと思っていた。 (もう二度と手放したくない。手放せない――) 百合子の言葉に、何か、言葉で返そうと思うのだが、言葉が紡げられない。 斯波は頷くしか出来なかった。柔らかな百合子の身体をただ抱きしめ返した。 /// 斯波の働く工場は、経営者が変わってやや忙しくなった。 他の労働者と同様に夜遅くまで仕事をして帰るが、その足取りはいつも軽い。 軽くなった弁当箱を鞄にしまって足早に仕事場を去る斯波に従業員達が囃し立てる。 「工場長、最近付き合い悪いですね」 「あんな美人な奥さんなら一刻も早く帰りたいですよね」 「だから、工場長は止めろと何度も言っているだろう」 斯波は呆れたように振り返った。 今は工場長ではなく、同じ社員の一人だというのに何故か仲間は敬語を使った。 せめて工場長と呼ぶのは、新任の人に悪いから止めろというのだが、癖になっているのか直らない。 「まあまあ、いいじゃないですか。工場長」 「そうだそうだ。どうせまた工場長になるんでしょう?」 このご時世に景気がいいことに工場が足りず、新しく稼働させるのだと新任の工場長が言っていた。 そして、斯波を工場長に戻すと言う話が出ていたのだ。 まだ正式に決定していない話なのに、従業員たちの耳は早かった。 「俺は今の工場長の様に甘くはないからな。  こき使ってやるからな、泣いても知らんぞ」 斯波は冗談めかした声で言うとにやりと微笑った。 こわいこわい、という従業員の声を聞きながら、事務所の扉を閉めて工場を出た。 この所熱帯夜が続き、昼の暑さも去る事ながら夜もむわりと蒸れて暑い。 真っ暗な夜道を足早に歩く。 あの家に百合子を置いておくのはどうも心配だった。 全てではないが借財を返済したからか、 乱暴に追い出した借金取りたちもなりを潜めているが、何が起こるか分からない。 坂を下って、新しい戸板を渡した小川をひょいと飛び越える。 荒屋と表現してもいいぐらいの見窄らしい家は、ところどころ開いた隙間から光が漏れでて明るい。 その、明かりを見る度にほっと息をつく。 「お姫さん、今帰ったぞ! 何だこの煙は!!!」 「純一さんお帰りなさい」 「どこだお姫さん! 火事か?!」 斯波は一面の煙に慌てて百合子を探すが、煙の中にうっすらと肉の焼ける匂いがする。 もうもうと白い煙が立ち上がる中、うっすらと白いもやの向こうで百合子の姿が見える。 「お祖母様が牛肉を下さったのだけど、網で焼いていたら脂が落ちてしまって――」 ようやく近づいていてみると、布巾を顔に巻き、団扇をもって涙目になっている百合子が居た。 百合子は嬉しそうに言うと、ぱたぱたと火鉢を煽る。 斯波は引き戸を開けたままにして、居間の雨戸を開けた。 「純一さん、ステーキお好きでしょう?」 「大好物だ」 「付け合せは、マッシュで良かったかしら?」 「もちろん、大好物だ」 「良かった。丁度良い頃合いかしら……もうすぐ焼けるからお待ちになってね」 斯波は牛肉を干物と同じ要領で焼く百合子を見て、 工場長になって金を貯めたら瓦斯台のある文化住宅に越そうと心に決める。 火鉢の火を落として、ようやく家の中の煙が晴れていく。 百合子は炭火でじっくりと焼けた牛肉の塊を食べやすい大きさに切り、 得意料理の一つになっているマッシュを添えた。 シャツの襟元を緩める斯波��ら鞄を受け取り、軽くなった弁当箱を流しにつける。 「お仕事お疲れ様でした」 「ただいまお姫さん。すっかり忘れていた、お帰りの接吻だ」 斯波は百合子の肩に手を置き、少し屈んで口付けをする。 つんと尖った百合子の可愛らしい唇に吸い付く。 いつもよりもずっと長い口付けに、百合子はそわそわしながら斯波を見上げた。 「じゅ、純一さん? 冷たくなってしまうから……」 「ん、ああ、――そうだな」 斯波は熱くなる身体を誤魔化すように、ちゅっちゅと百合子の両頬に軽い口付けを落として、居間の畳に腰を下ろした。 確かに、牛肉もマッシュも大好物だった。 百合子が何かにつけマッシュを作っていた時の事を思い出し、笑みが零れる。 そして箸をとり、手を合わせた。 「よし、それじゃいただこう! いただきます」 そう言うとステーキを一口頬張る。 徳子から貰ったという牛肉はかなり上質な物らしく、よく焼けているのに驚くほど柔らかかった。 洋酒を使ったソースが芳醇な香りがして、牛肉とよく合う。 「美味い! 絶妙の焼き加減だ。ソースも申し分ない。  流石だな我が家の料理長は。ほらほら、貴方も冷めない内に食べなさい」 「ええ、このソースはね、お祖母様と一緒に作ったのよ。  秘伝のソースだと教えてくれたの」 「貴方とお祖母様が?」 「そうなの。結婚したばかりの頃に婦人の会で習ってお祖父様にも作って差し上げたのですって」 「なるほど。門外不出、一子相伝の技と言う訳か」 斯波は大げさに言うと、ふた切れ目を口に運ぶ。 徳子には数度会ったことがある。 初めて会ったのは結婚式の前、正式な申し出をした時。 その時は繁子に似た固い雰囲気を持つ人だなと思った。 そして、最後に会ったのがつい先日だった。 孫娘には甘いのか、百合子の意思に任せると明言し、斯波に宜しくとだけ伝えた。 まさかこの調理台で一緒に料理をするとは思わなかった。 「もう少し広めの――そうだな、文化住宅と言うのに移りたいなあ」 「どうして? 私この家が好きよ?」 「貴方だって瓦斯台があると楽だろう?」 「それは、そうだけど。部屋は沢山はいらないわ……」 竈は火を起こすのも、料理の最中も、後の処理も手が掛かる。 居間は、二つも布団を敷いてしまうといっぱいになった。 縫い物の作業や、着替えの事を考えると狭いくらいだ。 百合子は斯波を見上げて首を傾げる。 「でも純一さんは身体も大きいから……今の居間は狭すぎるかしら?  二人で寝るのには、ちょっと窮屈よね」 「何を言う。貴方と寝るのは何とも言えず心地の良い甘い窮屈さだぞ」 斯波が得意げに笑って、マッシュを口に運ぶ。 百合子は別のことを想像してしまい、かあと顔を赤くして俯いた。 もそもそと噛み続けるステーキを、なかなか飲みこめない。 斯波は百合子と一緒に暮すようになってから一日たりとも百合子をその腕に抱かない夜はない。 それを考えると、今の隙間だらけの家では声が漏れでてしまうのではないかと言う心配はある。 百合子はどうにか牛肉を飲み込むと、ごくごくと水を飲む。 斯波は犬歯を剥き出しにして嬉しそうに牛肉を頬張る。 いつも笑顔で美味しい美味しいと食べてくれる。 靴下を繕ったと思ったら上下を縫いつけていて、足の指が通らなかったこともあった。 真夏の炎天下に布団を干してはいけないと知らず、言われるまでずっと干し続けていたことも。 料理が焦げてしまうことも、ご飯がおかゆのようになってしまうこともあったが、斯波はいつも陽気に笑って百合子を抱きしめた。 百合子は持っていた箸を置く。そして赤いままの顔で恥じらう様に目を伏せて言った。 「今の家が好きよ。お部屋が一つしかないからずっと一緒に居られるもの」 斯波の箸が止まり、今度は焦ったように箸が動く。 「明日が休みで本当に良かった。一日中だって一緒に居てやるぞ。  貴方ももっと食べなさい、精力をつけなくてはな」 「わ、私、何だか胸がいっぱいで苦しくって……。明日の朝食べるわ」 百合子はそう言うと食べかけの皿に布巾を被せて戸棚にしまった。 弁当箱を洗っていると、斯波が食べ終わった食器を運ぶ。 水で皿を流していると背後から斯波が百合子を抱く。 「洗い物をする後ろ姿も絵になるな……」 「もう、まだ洗い物の途中なんだから――」 耳元で熱っぽく囁く、それだけで百合子は身体が火照ってくるのが分かった。 怒った風に百合子が諭しても聞かず、後ろから耳に口付けしては洋服の上から身体の線をなぞるように触れる。 スカートを纏う細い腰を熱い掌で撫で回すと百合子の身体が震えるのが分かる。 「あ、だ、だめ――」 「さ、洗い物はもういいだろう。お姫さん」 「もう、もう……!」 百合子は弱々しい抵抗を見せるが、斯波がその真っ赤になった項に口付けると、 震えるように皿を置いて、肩と胸に回った斯波の腕に手を添えた。 悪戯っ子の様な顔した斯波が後ろから百合子に接吻する。 百合子は顔をそちらに向けるように首を捻って寄りかかる。 畳の上に百合子を寝かせると、何だかいけない事をしている様な気分になる。 百合子の美しく高貴な身体を、こんな荒屋の色の褪せた古い畳の上で抱いていいのかと戸惑うからだ。 だが、そう思えば思うほど、斯波の獣の様な性欲は昂ぶる。 快楽に溺れる百合子が、抗うように畳に爪を立てるその音さえも甘美ないやらしさをもっている。 百合子を上に乗せて突き上げれば快楽によがる顔の後ろに映る天井板の古めかしさ。 「貴方があんないじらしい事を考えていたとはな――」 「んっ、ああ、あっ――だって……」 いつも食卓で使っている机が、ぎしぎしと軋む。 百合子はたっぷりとした乳房を押しつぶすように机に押し付け、しがみついている。 本来は食事が乗る物の上に、百合子を乗せて後ろから突き上げて抱く。 「ひぃ――いいっ、あっ、んっ」 百合子の形の良い柔らかい尻が、摩羅を押し込む度に斯波の下腹部を圧迫する。 細い腰を持って乱暴に打ち付ければ、揺れる陰嚢が百合子の花芯にとんとんと弱く当たる。 以前とはまるで別人の様に淫乱になる百合子の身体は、抱けば抱くほどに柔らかく蕩けて斯波を酔わせた。 「ああ、あん、いくっ……あっあっ、は、あん」 「は、は、ああ、可愛いな。いいのか? いきそうなのか?」 「んっ、いい……あっ、奥……んっ、ついて、ついて……!」 「お姫さんは奥まで突かれるのが好きか?」 「す、き……好き、だから――は、あ! あ、ああっ、いくっ」 百合子の望み通りに尻を鷲掴みにして奥深くまでぬめり込ませる。 膣庭にまで膨らんだ亀頭が届き、百合子の身体がびくびくと震えて膣が締まる。 ぎしっ、ぎしっ、と大きく軋んでいた机も、百合子が絶頂し身体が強張ると軋む音が弱まる。 斯波は百合子の膣に搾り取られそうなほど摩羅を扱かれるが、力を入れてどうにか耐える。 百合子の身体の強張りが緩むと、荒い息と共に絞り込んでいた膣も緩まる。 摩羅を膣から引き抜くと、百合子はびくりびくりと痙攣するように肩を震わせる。 反り返る傘の部分が内側の襞を引っ掻き、摩羅が抜けると愛液も一緒にこぼれ落ちた。 百合子の愛液がその白い太ももを一筋、二筋と伝う。 それを拭ってしまうにはあまりに艶めいていた。 斯波はくったりと息を繰り返す百合子の身体を抱き寄せて、 布団に寝かせ闇夜にも青白い太腿を左右に押し開くと内腿を膝を伝う蜜を舐めとる。 「はは、ああ、すごい蜜だぞお姫さん。舐めてもしゃぶっても次から次に溢れてくる」 「あ、貴方が、舐めるから――!」 「ああ、そうだな。貴方はここを飴玉の様にしゃぶられるのが、好き、だろう?」 「――す、好きなんかじゃ――」 「好きじゃない? 本当に?」 しゃぶるという言葉の響きが恥ずかしいのだろう。 百合子の女陰を避けて腿の付け根に舌を這わせて舐める。 それを何度も繰り返しているだけで、百合子の女陰から甘い香りと共に甘露が漏れる。 「ひぁ、ああ、あっ、お願い……好き、なの。  しゃ、すきぃ……や、だめ――」 羞恥心に抗いながらも口に出来ず、真っ赤になって今更のように恥じらう姿に、斯波は喉を鳴らして唾を飲み込む。 筋を浮かべて勃起した摩羅が痛むほどに欲情する。 真っ赤になって震えている花芯に吸い付き舌を這わせると、百合子が嬉しげな喘ぎ声をあげる。 いやらしい小さな百合子を、優しく扱いてやる。 百合子はあっという間に達した。 斯波はとけきった百合子の身体を抱きしめて、零れ落ちそうになる愛液を摩羅に絡めた。 骨の柔らかくなった身体は丸で羽のように軽く、斯波は百合子の膝を胸につくまで押し曲げるとずぼりと一気に挿入した。 その深くを抉る烈しい挿入に、百合子は目を見開いて上半身を捻ろうとする。 斯波の重みで押さえつけられた身体は一寸も動かず、手が虚しく布団を掻き毟った。 「ひ、い、あ、ああっ――!」 ずぼずぼと奥まで叩きつける様に深く挿入られ、百合子は唇を噛み締めて耐える。 挿入の度に、ひいひいと噛み締めた口の間から悲鳴とも嬌声とも付かない掠れた息が漏れる。 斯波は欲望のままに百合子の身体に自身を打ち込み、百合子の好きな奥を掻き混ぜる。 深く挿入したまま腰を押し付けて回すと、陰嚢が百合子の尻とも女陰とも付かない良い所に当たり嬉しげに喘ぐ。 「あっ、ああ、出る――。う、ぐっ、はあ、はあ……出るッ」 射精感に腰を何度も打ち付ける。 「あっ、あっ! ひぃ、ひ、い――」 「ああ、お姫さん! ああ、ぐっ、は、ああ、くっ――!」 百合子が唇を強く噛んだまま絶頂し、斯波は百合子に締め付けられながら達した。 摩羅を引きぬき、百合子の腹に射精する。 先端から垂れる様に零れた後、ぶるりと震えるとびゅうびゅうと勢い良く飛ぶ。 むわりと甘い香りが霧か蒸気の様になって、二人の身体から立ち昇る。 じゅくじゅくにとろけた女陰に挿入し、摩擦した摩羅が百合子の蜜にぬめっていた。 荒い息を繰り返して布団に横たわる百合子を抱きしめて口付けをした。 百合子はころりと斯波の胸の中に転がってその腕に顔を埋めて寝息を立てた。 斯波は長く百合子の髪を撫でて、その無防備な寝顔に魅入っていたが、 細い身体を引き寄せると狭い布団に一緒になって眠ってしまった。 夜が明けて、人々が起きだす時間になっても百合子は目覚めず、 一足早く起きた斯波は朝食の用意でもしようかと考えた。 けれど、そうすると百合子が頬を膨らませて悔しがるので止めておいた。 すうすうと小さな寝息を立てる寝顔は可愛らしく、 長く見ていたいのに早く起きてほしくもあり斯波は思わず百合子の額に口付ける。 それでも起きないので、斯波は続けて耳や頬や瞼に優しく口付けを落とした。 華奢で薄い肩を抱きしめて、良い香りのする髪の毛や生え際にも接吻する。 すやすやと無防備な寝顔に口付けている内に、斯波の欲望が高まり始め、 そのあまりにも動物的で、けだものじみた性欲に自分でも呆れて溜息をつく。 「お姫さん、愛している……」 眠っていて聞こえないはずの百合子に耳元で囁く。 くす、と百合子が微笑みを漏らし、斯波は腕の中の百合子を覗きこむ。 「お姫さん、起きているのか?」 斯波の胸元に顔を埋めたまま、百合子は首を振った。 その瞳は閉じたままで眠っている振りをしているが、 斯波がぎゅうと抱きしめてしまうとくすくすと笑い声が零れる。 百合子は斯波の腕の中でまどろむ。 「姫? 一体いつから起きていた?」 「んん、おでこに接吻した時、から……」 「この、眠り姫め!」 「きゃっ、あはは」 斯波は百合子の項に絡まる黒髪を梳きながら、白い肌に口付ける。 百合子にくすぐるような軽い口付けを繰り返し、いつしか甘い香りが立ち白い肌が熱くなっていく。 居間に昇り始めた陽の光が差し込む。 随分と日に焼けて色の変わった畳に布団を敷いて疲れた身体を横たわらせて泥のように眠り、 斯波が背を伸ばして寝ると足が出るほどの布団で毎晩百合子を腕に抱く、 そして、二人が卓台を挟んで座ってしまえばいっぱいになる居間で食事をとるの��った。 /// 寝苦しい夜だった。 布団の上で腹掛けをかけただけで寝転がり、 枕に頭を預けて眠っているのだが、暑くてじっとりと全身が汗をかく。 眠った意識のまま何度も寝返りを打ち、苦しげに息を吐く。 それが、突然に目が覚めて、がばりと起き上がった。 真っ暗な視界に、ぜいぜいという自分の荒い息ばかり響く。 ここはどこだ、と自問しながらも、自分の家であることは分かっていた。 目がなれないまま、横に眠っている百合子を振り返った。 唾を飲み込み、夢を見ていたのだと大きく息をつく。 ほうほうと夜の鳥が鳴き、重い頭を巡らせて夢の内容を思い出そうとした。 「純一さん……?」 百合子が眠そうに目を擦りながら身を起こした。 斯波はその声にはっとして、思わず百合子を抱きしめる。 力があまりに強かったのか、百合子は驚いて苦しげな声を上げた。 「何でもない――」 夢の内容があまりにも恐ろしすぎて、口にすることさえ憚れた。 あれは夢だ、夢だ、と自分に言い聞かせてみても、あまりにも鮮明な夢で恐怖を覚える。 百合子は膝を立てて、斯波の背中に手を回すとまるで母親がするように背中を撫でて優しく叩く。 「大丈夫よ」 「ああ、はあ、百合子さ――」 斯波の頭を撫でてやると、大きな斯波がまるで少年の様に百合子に縋り涙で百合子の寝間着を濡らす。 滅多に見せる事のない斯波の弱い影に、百合子ははっとして斯波の頭を抱えてぎゅうと抱きしめる。 小さな子どもをあやすように、頭を撫でてやり、よしよしと背中を撫でる。 普段があまりにも男らしく頼もしいので、初めて見せる弱い部分を優しく抱きしめて口付ける。 斯波は動揺が収まると、百合子を抱え直してすっぽりと腕の中に包み抱きしめる。 「貴方が、いなくなってしまったら――俺はどうしたらいい」 夢の内容を僅かに思い出していた。 百合子が亡くなり、その遺体を火葬すると言っていた。 夢のなかの百合子はまるで眠っているようで、死んでいる風には見えなかった。 その美しい身体を、肌を、顔を、焼いてしまう事など斯波には到底出来なかった。 例え死んでしまって身体が動かなくなったからと言って、焼いてしまい灰にして小さな骨壷に閉じ込める事など出来ない。 斯波は夢の中で、百合子の眠る様な死体に取り縋って泣いて叫んでいた。 百合子と出会って、再会する夢や一緒になる夢は幾度と無く見たが、 彼女が死んでしまう夢を初めて見た。 再会の夢や、一緒になる夢が現実の通りになった様に、いずれは彼女が死ぬ夢も現実になる。 「私も小さな頃、お父様とお母様が死んでしまう夢をよく見たわ。  わんわん泣いてお二人の寝室に行くと、私を優しく抱き締めて一緒に寝てくれたの。  私が眠れるまでずっと背中を撫でてくれた」 百合子は斯波に口付ける。 恋人としてではなく、家族として。 斯波は母親が死んでから、家族が死ぬ夢を見たことが無かったのだ。 結婚したばかりの頃も夫婦とは言っても所詮形だけのもので、 今になってようやく家族としての実感が湧いたのだ。 そして、その実感が、斯波に恐ろしい夢を見させた。 彼は、少年で居られる時期があまりにも短すぎた。 幼い子どもであれば当然の様に与えられる愛情を、知らずに生きてきたのだ。 百合子は、大きな身体をした少年を抱き締めて背中を撫でてやる。 愛しいという気持ちが張り詰めて、ぱちんと弾け溢れでてしまいそうだった。 「大丈夫よ、私が貴方を守ってあげるわ。  ずっと側に居てあげる。貴方を置いていなくなったりしないわ」 「あなたが、貴方が居なくなってしまったら俺はまたひとりになってしまう!」 「貴方を一人になんて絶対にしないわ」 斯波が疲れて眠ってしまうまで、百合子はその広い背中を撫でてさすってやった。 翌朝、気恥ずかしそうに起きだした斯波に、百合子は何も言わずに口付けする。 いつもの通りに布団を上げて、朝食を居間の卓台に並べた。 /// ようやく、暑い夏が終わり、木々の葉が黄金色に色づき始めた。 すっかりと、涼しくなった夕方に百合子は道子に分けてもらった栗を剥いていた。 近くの山を登ると大きな栗の木が野生しており、気紛れに散歩する者がそれを拾うらしい。 道子の子供たちが毬を踏みつけて中をくりだし、袂をじゃらじゃらにして持って帰ったそうだ。 五つ六つ程だが、二人分の栗ご飯には丁度いい。 工場長に戻った斯波は相変わらず忙しく、夜遅くにならないと帰って来なかった。 すっかりと家事にも慣れた百合子は、昼の時間をもてあますようになっていた。 その為、どこかに働きに出られないかと相談したのは昨日の事だった。 「駄目だ。第一、どこで働くと言うんだ?」 「そうね、お女中さんとか……」 「駄目だ。貴方がこの家に居てくれないと俺は嫌なんだ」 「なら、朝のうちから夕方くらいまでのお仕事なら良いでしょう?」 「確かに、まだ借財もあるし貧乏もしている。  けれど、貴方を働きに出させるつもりはない。  何か欲しい物があるのか?」 「いいえ――」 百合子はがっかりと息をついて肩をすくめた。 ぶうと頬を膨らませてご飯を口に運ぶ。 斯波も話は終わったとばかりに、漬物に箸をつけた。 渋皮に手こずって大夫身は減ってしまった。 百合子は栗の灰汁抜きをして、またふうと溜息をついた。 確かに、借財の返済も滞り無く、斯波の給金があれば今の生活は続けられる。 百合子には欲しいものがあったのだ。 先月の斯波の誕生日には何も贈れる物がなく、 夕飯の品を多少豪勢にしたぐらいだったがそれだって元は斯波の給金だった。 着古した斯波のシャツや靴下なども新しく買いたいが、 冬の備えを考えると、そこまでの余裕はなかった。 斯波が帰ってきても何となく気分が落ち込んで暗い顔をしていると、 仕方がないというように溜息をついて口を開く。 「そんなに働きに出たいというのなら分かった。  ――俺の知り合いの孤児院で教師を探しているんだそうだ」 「教師?」 「そうだ。読み書きそろばんを教えればいい。  孤児院だし、週に三日ほどだから給金は良くないがだ。どうだ?」 「私が、先生……」 「ぴったりだろう? 百合子先生、か……何とも綺麗な響きだなあ。  ああ、俺も貴方の様な美しい先生に教えてもらいたかったなあ」 斯波はそう言うと心底羨ましそうに百合子の顔を見上げた。 百合子は卓台に夕飯を並べながら、喜びに頬が赤くなる。 女学校時代、級長ほど成績はよく無かったが学ぶことが好きだった。 今の時代の子供達はどんな事に興味が有るのだろうか、そう考えるだけで嬉しくて夜も眠れなかった。 /// 雪で真白になった孤児院の庭。 赤い毛糸でざっくりと編まれたセーターに、白いブラウスと足首まで長いスカートに編み上げブーツ。 外を歩く時はマフラーと手袋をして上着を着こめば、ぽかぽかと暖かい。 孤児院の一角、木造の教室では数十名の子どもたちが降り積もった雪を見て大はしゃぎをしている。 百合子は手を叩いて、黒板に美しい字で「手紙」と書く。 藁半紙を全員に一枚ずつ配った。 「今日は、お手紙を書きましょう。相手は未来の自分です」 子どもたちがわいわいと声をあげる。 ここにいる子どもたちは親がいない、もしくは家庭が複雑で親と一緒に暮らせない子供たちだ。 百合子は「手紙」と書いた横に「十年後の自分へ」と書き足す。 「みんな、今よりずっと大きくなっているわ。  働いているかもしれないし、学校に通っているかも。  ひょっとしたら、結婚をしているかもしれないわ。  ――今日の授業は、このお手紙を書いたらおしまいよ」 雪で遊びたくて仕方がなかった子どもたちは歓声を上げる。 百合子が注意すると、ようやく静かになって、手紙を書く音が教室に響いた。 授業が終わり、庭で雪玉を投げ合っている子どもたちを見て笑う。 百合子は午後までの勤務だったのだが、鞄から毛糸を取り出すとゆっくりと編み始めた。 まだ雪が降っていて、家に帰るには時間がかかるので教室で雪が止むのを待つつもりだった。 給金で買ったその毛糸は深い緑色をしていた。 手編みのマフラーは、最初に編んだ端の方は寄れて縮んで不恰好だが、 首に巻きつけてしまえば問題はない。 雪が止んで、日が差すのを見て、ふう、と満足気に嘆息する。 もう少しで編み上がりそうだった。くるくると折り畳み鞄にしまう。 どうにかクリスマスには間に合うだろう、と明るい気分になる。 このマフラーを見た斯波が何というか楽しみで、帰路につく足は自然に軽くなった。 「うう、寒い寒い」 「純一さん、お帰りなさい」 「ああ、ただいま」 手を擦り合わせながら引き戸を閉める。 夜半をすぎると雪は収まったが、寒さは一段と厳しくなり、風も強くなった。 百合子は用意していたお湯を桶に入れる。ふわりと湯気が立ち、暖かかった。 桶を持った百合子に軽く口付ける。斯波の唇は氷の様に冷たい。 そして、桶の中の湯で手を洗いながら、真っ赤になった顔をほころばせて笑う。 「家の中は暖かいな。竈も良い物だなあ」 じんわりと凍えた手が、お湯でゆるむ。 ばしゃばしゃと顔も洗って手ぬぐいで拭く。 百合子は冷たくなってしまった上着を受け取り、暖かい綿入れを差し出す。 「おっと――」 寒さでかちかちになった靴も脱いでしまうと、居間の際に腰掛けてぬるくなった湯に両足をつけた。 百合子は新しい湯を上から注ぐと、斯波のまだ濡れている手を優しく手ぬぐいで挟んで水滴をとる。 「ちゃんと拭かないと手が荒れるわ」 優しく丁寧に拭き、顔を洗った時に髪についた水滴も襟元に零れた水滴も拭う。 斯波はその甲斐甲斐しく動く百合子を見つめ、冬には冬の趣があると一人頷いた。 百合子はカーキ色の斯波のズボンの裾を捲って、ごつごつと節くれだった湯で足を揉む。 「お湯かげんはいかが?」 「ああ、極楽だ。よし、お姫さん俺が交代してやろう」 「え? 私はいいわ」 「まあまあ、そう遠慮するな。な?」 斯波は足を上げてごしごしと手拭いで拭くと、百合子を居間に座らせて長いスカートを膝まで折る。 真っ白な細い足首から靴下を引きぬいて、そっと湯桶につけた。 更に温かい湯を足すと、その白い足を持ち湯の中に付けたまま揉む。 「どうだ、気持ちいいだろう?」 得意げにそう言うとむき出しの膝の内側にちゅっと接吻する。 指の股まで丁寧に揉み、形の良い薄紅色の爪を強く擦る。 だんだんと血流が良くなり、百合子は足だけでなく全身が暖かくなるのを感じた。 斯波は膝をついて百合子の白い足を自分の膝に乗せこれ以上無いほど丁寧に拭いてやった。 居間の机に夕飯を並べ、居間に座る。 土鍋の蓋を開けると、熱い湯気が立つ。 斯波の小皿に鍋をよそいながら、百合子は今日の授業の話をする。 「それでね。その子が、十年後は百合子先生をお嫁さんにするって言うの」 「そ、それで、貴方は何と答えたんだ?」 「ね、可愛いでしょう?」 斯波の焦る顔も目に入らず、百合子は思い出してはほんわりと微笑んだ。 この頃の子どもたちはやんちゃで生意気なところもあるが、素直で可愛い。 にこにこと笑っている百合子に、斯波は憮然として言い放った。 「全っ然、可愛くなどない! なんってませたガキだ!」 「もう、子供の言うことに本気になってどうするの」 「なあ、百合子さん。勿論、素敵な旦那様がいるから御免なさい、と断ったのだろう?」 「いいえ、ありがとうと言ったわ」 斯波が求婚を続けた時はあんなにつっぱねたのに――と斯波は怒る。 百合子は斯波の怒る理由が分からなかったが、笑顔で漬物を摘むとぽりぽりと小気味のいい音をさせて食べた。 夜になって寝間着に着替えても、斯波はどこか怒った風にむっすりとしていた。 百合子は長い髪を櫛で梳きながら、ちらりと斯波を見る。 「純一さん、まだ怒っているの?」 「嫌だな、怒ってなんかいませんよ。  それに……ま、子供の言う事だしな」 言葉とは裏腹に棘のある声だった。 振り返ってみると、拗ねたように唇を尖らせている。 普段は百合子が髪を梳かしたり乳液をつけたりする所を面白がって見ているのに、今日はそっぽを向いていた。 百合子は子供の言うことなのに、と少しだけ憤慨してその日はお互い別々の布団で眠った。 /// 「ああ、ただいまお姫さん!」 大雪の降った年末の夜、斯波は肩に積もる雪も払わずに家に入った。 首元には斯波に贈った緑のマフラーが巻いてある。 その手には大事そうに抱えているものを、急いで居間に置く。 それは着物を包む和紙だった。するりと紐を解くと、左右に開く。 中から現れたのは薄紅色の桜模様をした、美しい着物だった。 その繊細な柄と、柔らかな光沢のある生地。 「これ――」 「以前、この反物を見かけて、ずうっと欲しいと思っていたんだ。  工場に勤めているやつで着物を縫える奥さんがいたから前々から頼んでいたんだが、やっと今日出来上がった。  ほら、帯も帯留めも、一式全てあるぞ」 百合子はこの見窄らしい家には似つかない、場違いな程に美しい着物を見た。 邸に住んでいた頃は、それこそ嫌というほど斯波が着物を買ってくれた。 澄んだ薄紅色は、百合子が手で触れるのを躊躇うほどに優雅だった。 「どうした――気に入らなかったか」 「違うの」 心配そうな斯波を見上げて首を振る。 その瞳には溢れんばかりに涙が溜まっている。 少しでも動いてしまったら次から次へと流れてしまいそう��。 「私――私、いいのかしら。こんなにも幸せで……」 百合子はこの着物を買うために、どれほど斯波が苦労をしたかを知っている。 決して楽ではない生活を、更に切り詰めて、働いて金を作ったのだ。 胸がいっぱいになり、喉が詰まる。 恐る恐るという風に、美しい着物に手を伸ばした。 さらりとなめらかな肌触で、身体に当ててみると百合子の白い肌と黒い髪によく似合う。 「ああ、やはり思った通りだ。  百合子さん、桜の精の様だ」 「勿体無くて袖を通したくないわ、ずうっとこうやって眺めていたい」 「おいおい、俺は貴方がそれを着た所を見たくてだな。そうだ、こうしよう、春の晴れた日にその着物を着て桜を見に行こう!」 「春に? 気が早いわ。だってまだ年末なのに」 「こう言うのは早め早めがいいんだ。  いいだろう百合子さん? それも毎年だ。な、そうしよう」 斯波は強引にそう言うと百合子に口付ける。 百合子はせっかちな斯波の頬に手を添わせて仕方がないというように頷いた。 家の外は春には程遠く、ぼたん雪がひらひらと降り注いでは積もっていく。
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tanpenkannou · 4 years
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(四十)
 両手で真希の太腿を抱えるようにして頭を浮かせた瑛次は、ピッタリと閉ざされた愛液塗(まみ)れの大陰唇へと顔を近づけ、限界まで伸ばした舌先を陰裂へと差し込もうとして弾力のある尻に阻まれてしまった。
 亀頭はすでに真希の口内に収まって優しい温もりに包まれており、瑛次としては出来ることなら女性器への愛撫などはせずに、己の生殖器に伝わる心地良い快感にだけ身を任せてあとはただこうして横になっていたかった。
「わ、わ、わっ! ねぇねぇねぇ、なんか先っぽのとこ開いてきた!」
 瑛次が身を浸そうとしていた穏やかな快楽の泉は、他でもない意中の女性である蓮川の声によって蜃気楼のように消え失せてしまった。
「あー、そこ引っ張ったら」
「わー、ナニコレ? えー、手ぇ放したのに取り返しがつかない」
 何かに慌てて騒いでいるらしい蓮川を「うるせー」と一蹴し、続いて「こういうもんだっつーの」と呆れたように言うヒロの声が聴こえてきた。
「ひどぉい。うっさいっていったー。さっきは大丈夫っていったくせにー」
「それは壁のことな。俺の鼓膜はそんなに厚くねぇ」
 ふたりの会話に聴き入ってしまっていた瑛次は、亀頭を思いっきり吸引される感覚で我に返り、眼前で愛液を滴らせながら前後に動いている淫猥な器官へと意識を戻した。
 瑛次は真希の太腿に絡めていた両手を放してぷりっとした白い尻に遠慮がちに触れると、そのひんやりとした感触の脂肪に少しずつ力を加えてゆっくりと左右に押し開いていった。
 ねちっという湿った音を立ててアナルに近い側の陰裂に隙間が生じ、先ほど垣間(かいま)見えた小陰唇の奥に控える、幾重にも重なった肉襞(にくひだ)のぬるっとした一部が顔を覗かせた。
 はじめは開口部を舐めようとしていた瑛次だったが、思いなおしてクリトリスがある辺りへ見当をつけて舌を伸ばすと、たまたま舌先で包皮が押し下げられて小粒の肉芽が剥き出しとなった。
 肉棒をしゃぶることに夢中になっていた真希は、いきなり与えられたクリトリスへの強烈な一撃にガクガクと腰を大きく震わせた。
「ねぇねぇ待って、私コレ知ってる。映画で観た」
「はぁ? おまえ、無修のAVとか観んの?」
「AVじゃないって。映画。怖いやつ。エイリアンみたいなやつ」
「それ、『エイリアン』じゃね?」
 陰核を中心として陰裂に沿って舌を動かしていた瑛次の耳に、「わっ! 動いてる動いてる」という蓮川の燥(はしゃ)ぐ声と、ヒロの「動かしてるっつーのもある」と冷静に答える声が聴こえてきた。
 隣室の会話で気がそれるときは別にして、女性器を舐めることに集中していると、なぜか陰茎への刺激をほとんど感じないことに瑛次は気がついた。
 動画で観ると気持ちよさそうに思えたシックスナインも実際に体験してみると大したことはなく、瑛次は己が抱いていた性に対する甘美な幻想がひとつ味気ない現実となってしまったのを、真希の狭い会陰を見つめながら冷めた気分で噛み締めていた。
「なんかさー、お父さんのとカタチが違う気がする」
「いつの話だよ」
「え、昨日だよ」
 壁の向こうから響いてくるふたりの会話を聴いているうちに瑛次は、蓮川とヒロに対する裏切りという罪を重ねているような居(い)た堪(たま)れない気持ちになりつつも、それとは裏腹のドス黒い劣情が血液に紛れて股間の海綿体に満ちていくのを感じていた。
「ちょ、待って。おま、マジか」
「なんで? 男の子ってお母さんと入んないの?」
「そんなヤツいねーだろ。てか、そこじゃねぇ。いや、それもあるけど」
 瑛次は己が必死に舐めているのが何なのかはあまり深く考えないようにし、それでも耳だけはしっかりと隣室の会話に傾けたままで、いやらしい香りが漂いはじめた真希の性器のあらゆる部分へと無心に舌を這いまわらせていた。
「じゃあ男の子ってさ、お母さんのアソコ見たことないんだ?」
「ふつうはねーよ。見たいヤツもいねーよ」
 真希からの激しいフェラチオで陰茎の硬度こそ保たれてはいたが、蓮川の言葉を聴いた途端に母親の顔が脳裏にチラついた瑛次は、己の中で宇宙のごとくじわじわと膨張を続けていた淫らな世界が急速に萎んでいってしまうような気がしていた。
「ねぇ、指入れながら舐めて」
 亀頭から口を外した真希が肩越しに瑛次を振り返るように見て催促の声を上げた。瑛次はクリトリスを舐(ねぶ)る舌の動きは変えずに尻を掴んでいた右手を内側へずらすと、淫靡(いんび)な蜜を止めどなく溢れさせている膣口に栓をするかのように、揃えた人差し指と中指を躊躇(ちゅうちょ)なくぬるりと突き入れた。
「んー、スーパーの鮮魚コーナーっぽい匂いがする」
「だろ」
「コレ、ちゃんと洗ってる?」
「まぁ、ちゃちゃっと」
 ふたりのやり取りから真希に初めて陰茎を見られたときのことを思い出した瑛次は、かつて己のイチモツがそうであったように、異臭を放つ恥垢が付着したヒロの肉棒を蓮川が間近で見詰めている姿を想像した。
「えー、きたなーい」
「俺はそうは思わない」
「白いゴミみたいなのついてるしー」
 瑛次は二本の指を機械的に動かしては膣口を穿(ほじ)りつつ、たった十日ばかり前に自分が経験した真希との行為を隣室で行われているであろうふたりの虚像と重ね合わせ、心が握り潰されるような思いに自虐的な悦びと興奮を覚えていた。
「蓮川さ」
「うん?」
 なかなか続きを切り出さないヒロの言葉を先読みした瑛次は、その後に起こりうるふたりの性的な戯(たわむ)れまでを思い浮かべてしまい、今しがた感じた肉感的な興奮とは別の身を裂かれるような絶望感に苛(さいな)まれた。
「これ、ちょっとだけペロッとしてくんない?」
 会話が筒抜けであるにも関わらずその一切に干渉することができない状況に、瑛次は己がすでに抗いようのない運命の濁流に飲み込まれており、あとはただ一方的に押し流されていくのを甘んじて受け入れるしかないのだという、そんなどこか諦観めいた思いで眼前の白く泡立ちはじめた真希の膣口を眺めていた。
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tanpenkannou · 4 years
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(三十九)
 眼前でなだらかなカーブを描く陰毛の薄い陰阜(いんぷ)を見ながら、愛液に塗(まみ)れた女性器が口元を前後するに任せていた瑛次は、悪戯(いたずら)に舌を突き上げてみたりク���トリスを吸引しようと口唇(くちびる)を窄(すぼ)めてみたりした。
 腰を小刻みに前後に動かして浅い快感に浸っていた真希は、瑛次の舌が自発的にうねりだしたのを感じ、クリトリスを集中的に舐めてもらおうと律動を止めて身体の位置を調整した。
「あ、わっ、すっごくネバネバしてる」
「てか、ふつう、触るか? 汚いとか思わんの?」
「汚いの?」
 真希が動きを止めたことで瑛次の耳元でしていた衣擦れの音が止み、隣室から蓮川とヒロの会話が流れ込んできた。瑛次は真希のクリトリスを包皮ごと吸引しつつ、蓮川が陰茎に滲んだカウパー腺液を指に取り、その糸を引く様を見て粘度を確認する姿を想像せずにはいられなかった。
 両腕を身体の脇にだらりと垂らした真希は、頭を反らせて口を半開きにした締まりのない表情で、陰核に感じる吸引の強い圧を他人に知られてはいけない秘密のような思いで堪能していた。
「汚くはねぇだろ、多分」
「ふーん」
「って、やめろ!」
 笑い声に続いて「汚くないって言ったじゃーん」と開き直るように蓮川が言うのが聴こえ、その後に「だからって俺で拭くなよな」と言葉とは裏腹に存外悪い気はしていないらしいヒロの声が響いた。
「いいじゃん。透明だし」
「はぁ? じゃあ透明ならいいのかよ」
「ん? いいんじゃ、ちょっ、キャー! やめてよ」
 戯(じゃ)れ合うふたりの会話に耳を傾けながら瑛次は、クリトリスの中身にも刺激を与えようと吸引を止めて口唇で包皮を押し上げ、口中に控えさせていた舌先を陰核めがけて突き出すと、左右に顫動(せんどう)させてその敏感な表面をれるれると舐め擦(こす)りはじめた。
「あ、あ、あ」
 何ら物理的な刺激を与えなくとも勝手に勃起して腹に横たわっていた瑛次の陰茎だったが、真希の弾むように喘ぐ高い声を聴き、淫らな悦(よろこ)びを表すようにビグッ、ビグッと露出したままの亀頭を何度か宙に躍らせた。
「ちょー待って、近い近い、近いって」
「見たいって言ったの蓮川だろ」
「だって、なんか、恥ずかしいんだもん。なー、だからもう、近いってば!」
「いやいやいや、見られてるの俺だから」
 瑛次はヒロが勃起した肉棒を嫌がる蓮川の顔面付近に晒している姿をありありと思い浮かべ、それが憧れの女性が凌辱されかかっているというショッキングな場面であるにも関わらず、なぜか己が先ほどまでよりも興奮しているということをはち切れんばかりに怒張した陰茎の痛みによって思い知らされていた。
「ね、今度は、おちんちん挿れる穴、舐めて」
 真希はそう言って瑛次の顔から腰を上げると、左手で大陰唇を押さえて小陰唇を開き「どこにあるか見える?」と訊いた。
 浴室で見たときは暗くて詳細まではよくわからなかったものの、小陰唇の内側にも畝(うね)のような幾筋もの肉襞(にくひだ)が折り重なっているのを目の当たりにした瑛次は、早くその中へ硬く隆起した肉欲の塊を挿入したくて堪(たま)らない気持ちになった。
 膣口は肉襞によってカモフラージュされているかのように閉じられており、無修正のアダルト動画で何度も観ているとはいえ、陰茎を挿入した経験のない瑛次にはまだ目視だけでそれがどこにあるかを見つけることはできそうになかった。
「いや、見えな」
「ちょっと触ってみてもいい?」
 蓮川の声が聴こえて言葉を切った瑛次は、いよいよヒロの肉棒に手を触れてしまう意中の女性のことを思いながら、真希が両手を使って大陰唇を開いたことで姿を現した、愛液と唾液で濡れそぼった肉壷の怪しく輝く小さな入り口を眺めていた。
「見える?」
 隣室の会話に意識を集中させたいがために、頭上から降ってきた真希の声に瑛次がただ短く「はい」と答えるやいなや、てらてらと卑猥な光を放つ薄紅色の淫肉が釣り天井のごとく眼前にゆるゆると迫ってきた。
 愛液で濡れた大陰唇を口の周りに感じつつ、舌先に触れている滑らかな感触の内臓を瑛次がぺろりと舐め上げる。やはりクリトリスよりは感覚が鈍るのか、真希はこれといって目に見える反応は示さなかったが、瑛次は言われた通り膣口周辺をべろべろと重点的に舐めはじめた。
「あれ、え? よくわかんない」
「もっとちゃんと触ってみろよ」
「どうやって?」
 ヒロが「こうやって」と陰茎の触り方を蓮川に指導する声に重なるように、「舌、穴に出し入れして」と真希が悩ましげに催促する声が聴こえ、瑛次は乞われるままに舌先を尖らせて膣口に突き入れた。
「わっ、あったかい!」
「だから、ぎゅうぎゅう握るなって」
「あ、ごめん。だってなんか」
 隣室の会話に完全に意識を奪われていた瑛次は、突如として与えられた亀頭への刺激に「うっ!」と腹を殴られたときのような声を漏らし、その強烈な快感に腰が勝手に大きく跳ね上がるのを感じた。
「おちんちん、すごい勃ってるね」
 真希が裏筋を撫でているらしい感触が伝わり、聴覚よりも肉体への快楽が優位に立ったせいで瑛次の意識は隣室の会話から急速に殺(そ)がれ、代わりに赤黒く硬直している己の肉茎へと注がれだした。
「おまんこに入りたがってるんだ?」
 カウパー腺液の溢れた鈴口を指先でぬるぬるとなぞられる感覚に、瑛次はぞくぞくとした震えるような気持ち良さを感じ、女性器への愛撫を止めて陰茎から伝わってくる淫楽に身を委ねた。
「おしっこ出る穴、気持ちいいの?」
 鈴口だけをピンポイントで責めてくる真希の指先の刺激は、亀頭の他の部分や裏筋に感じるそれとは比較にならないほど強く、まるで直接そこへ電気を流されているかのような激しさと鋭さを伴って瑛次の肉欲に揺さぶりをかけていた。
 愛撫の舌が止まったのに気づいた真希は「エイジ、サボってる」と股間を瑛次の顔面にぐいぐいと押し付け、唐突に「ロクキューしよっか?」と言うなり身体を反転させると今度は逆側を向いて再びその上に跨(また)がった。
 何のことかと訊ねるよりも早く絡みつくようなねっとりとした感触が亀頭に走り、それがシックスナインのことであると気づくとともに、目の前に露(あらわ)となった真希の薄紫色のアナルを見ながら、瑛次はしとどに濡れた陰裂へと唾液を絡めた舌を伸ばしていった。
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sabooone · 7 years
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凍える土の下に眠る/03/2012
「悲しむ必要はない。その翼で自分の国に帰るはずだ」 「自分の国に?」 「そうだ、南の方の国で年中暖かく、生い茂る緑の葉や熟れた果実なんかがあるような」 「それでは、それでは仲間と一緒に元気に歌っているわね」 「ああ、勿論だ」
/////////////
「あなた、身体が冷えますわ」
秀雄は佐和子に呼ばれてゆっくりと振り返った。 いつもは着物の佐和子が珍しく夜会服を着て、首から胸にかけては豪奢な襟巻きをつけてある。 たしかに、雪が降る庭に礼服だけの秀雄は耳の先や指先がかじかむほど冷え切っていた。 薄っすらと降り積もりはじめた雪が秀雄の肩にも僅かに積もっている。 佐和子は手袋を外して秀雄の肩の雪を払った。 出来た妻のはずだ、何の不満もない。
「何だか、少し楽しそうですね」 「……楽しそう?俺がか?」 「ええ、違ったらすみません、そう見えましたの」 「――そうか」
佐和子と秀雄が結婚して数ヶ月が経った。 そして斯波と百合子が結婚してそれより少し多くの月日が経っていた。 ようやく、結婚生活に一段落して夜会や食事会に参加する余裕も出てきたのだ。 今日の夜会に斯波と百合子が来るらしいということは、伝え聞いていた。 百合子と最後に会ったのはいつのことだっただろうか、そんな風に考えていたら不思議と寒さなど感じなかった。 用意された自動車に乗り込み、またぼんやりと車窓を眺めて深く息をつく。
(遠目からでもいい、一目だけでもいい、お前を見たい)
百合子が斯波と結婚するという話を聞いて動揺を隠すことが出来なかった。 自分は諦めないつもりでいたし、百合子も同様の気持ちだと信じて疑わなかったのだ。 それが、百合子は秀雄に一言の相談もなく斯波との結婚を決めていたのだ。
「莫迦な事を言うな!何を一人で勝手に決めているんだ!」 「秀雄さんだって……」 「俺が何だ!」 「秀雄さんだって、出征するのを一人で決めたわ」 「それとこれとは話が違うだろう!」 「一緒よ……!」 「違う!お前は、お前は俺を信じられないのか? 俺は絶対に諦めたりしないと、言っただろう!」 「違うの、違う。こうするのが最善だと思ったの」 「お前は自分が何を言っているのか分かっているのか。 お前は俺に、俺に……お前の愛人になれと言っているんだぞ!」 「ち、違う……」 「何が違うんだ?そうだろう、結婚しながらもこのままの関係を続けていくつもりなんだろう! そういう関係を愛人というんだ!」
秀雄が怒鳴る。 そのせいではなく、百合子は今にも切れてしまいそうな細い精神が揺れて振り切れそうになる。 百合子の細い肩には背負い切れないほどのしがらみや重い荷がのしかかる。 野宮の家のこと、斯波のこと、佐和子のこと、秀雄のこと――。 どうして、自分の身体なのにこんなに重いのだろう。 子供の頃は羽が生えているかのように軽く、どこにだって行けそうな気がしていたのに。
「泣くな……」
秀雄の声が不意に優しくなり、秀雄の指が百合子の頬をごしごしとぬぐった。 いささか乱雑なその仕草に百合子は気が緩む。 眼鏡の奥の眸は百合子を気遣うように優しげだった。 秀雄が正しい、彼は怒りで声を荒らげていはいるがそれでもやはり優しかった。 間違っているのは百合子の方だ、それは分かっている。 声を荒げもせずに、弱々しい声で残酷な事を言っているのも理解している。 百合子はすとんと気が抜けてしまったかのように長椅子に座る。 床に膝をつき、そんな百合子をみあげながら秀雄は言った。
「俺は、お前が泣くのをみたくない。 だけど俺は、お前が俺意外の男のものになるのも耐えられないんだ!」 「私は秀雄さんのものよ」 「じゃあ、どうして!あの男と結婚するんだ!」 「それでも一番好きなのは、私が愛しているのは秀雄さんだもの!」 「お前が言っていることは支離滅裂だ!」
不���に部屋の扉が叩かれる。 斯波が百合子を迎えに来たのだ。 はっと顔を上げる百合子をまっすぐ見つめて秀雄がすがりつくように言う。
「行くな」 「……」
百合子は秀雄の瞳が正視できず、ぎゅっと目を瞑った。 そして、秀雄の気配を感じながらもすっと立ち上がり、逃げるように部屋の扉に手をかける。 これからしばらくは会えないのに、秀雄を見ることが出来なかった。
「百合子……!行くな」
辛そうに声を絞り出すのが分かる。 最後に触れたかった、口付けたかった、秀雄の石鹸の匂いやぎこちなく優しく抱き寄せられる感覚を忘れないでいたかった。 けれど、百合子が選んだのはそう言った甘い記憶とは全く別のものだった。だからこそ、最後の瞬間だけでもと思った。 百合子は秀雄を一人残して部屋をでた。
玄関を出て、自動車に乗り込むと斯波が紫煙をくゆらせていた。 その苦い匂いに百合子は僅かに嫌悪感を抱く。
「その様子だと最後の逢瀬は散々だったようだな」
百合子と秀雄の稚拙な青さを皮肉るように笑う。 斯波の言葉に先ほどまで火照っていた身体がすうっと冷え切っていくのを感じた。
「斯波さん、貴方にお話しないといけないことがあるの」 「何だ」 「私は、生娘ではありません」
覚悟して発言したつもりだが、わずかに声が震える。 斯波は少し驚いた様子だったが予想はしていたのだろう、ふっと笑って葉巻の火を消した。
「なるほど、それが貴方と軍人殿を結びつけている絆なんだな」 「こんなふしだらな女を妻にしてもいいの?」 「そう思うなら、あんな約束は持ちかけてはいない」 「言うと思ったわ……」 「俺のことをよく分かっているな。――だが」
斯波は百合子の両手首をとらえて、百合子の動きを封じた。 猛禽類を思わせる鋭い目元が、それでも気丈に振舞おうとする百合子の目を射ぬいた。 嫌だ、とそれを振りほどこうと思うのを必死に堪えた。
「そうだ。貴方は俺の妻になるんだ」 「んうっ……」
無抵抗の唇に斯波は食らいつく。 妻は夫のものなのだ、だから斯波は百合子に口付ける資格が十分にある。 秀雄との口付けを知っているだけに、その差分に驚く。 こんな官能的な行為があったものかと恐ろしくなるくらいに斯波の舌は執拗に百合子の舌に吸い付いた。 息の仕方が分からなくなり無意識に息を止めるが、我慢できずに咳き込みながら斯波の身体を押し返した。
「随分と初心じゃないか。接吻の息継ぎも出来ないとは」 「あ、貴方がずっと口を塞ぐから……」 「ふん、貴方がたの接吻がいかにままごとだったか知れるな。 俺の妻になるからには、俺の口付けに慣れてもらわなくてはな」
そう言うと斯波は再び百合子の唇に唇を寄せる。 小さな赤い唇がふるふると震えているのを見て、先程よりも軽く啄む。
「なんとも良い香りだ。 彼もこの香りを知っているのかと思うと、――流石に憎らしい。 まあ、貴方には妻としてのつとめを果たしてもらうまでは彼と会わせることはない」 「分かってるわ」 「本当に分かっているのか? ……まあ、いい。次第に嫌でも分かるさ――」
ちゅ、と下唇を吸い上げて笑った。
/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/
「雪が降り始めたわ」
百合子は誰にともなくそう言った。 その言葉を聞きとった侍女が、そうでございますね、とだけ答える。 侍女数人がかりで着せられる夜会服は鮮やかな赤。 裾がふわりと丸く、螺旋状に巻き付く襞が薔薇の花のようだった。 それに二の腕までの黒く長い手袋に、斯波が百合子に見繕ったという真珠の首飾りをつけてそれに揃えた耳飾りを下げれば終わりだった。 あまりにも派手すぎて百合子は気分が悪くなったが、もうどうでもよかった。 斯波が着ろというのなら、それを着るしかない。 夜会に出ることも妻としてのつとめならば、それに従うしかない。 嫋やかな笑顔を浮かべて斯波の手を取り円舞曲を踊れというのならそうするのが妻のつとめだ。
背中の鍵留めの半ばぐらいで部屋の扉が一度だけ叩かれる。 こちらの返事も待たずに斯波が入ってきた。
「着替えの途中だわ」 「何、気にしていない。新しい服はどうだお姫さん」
気にしているのはこちらの方だと言いたかったがやめた。 斯波は侍女を下がらせると机に置いていた真珠の首飾りを取り、百合子の首に巻き付ける。
「素敵ですわ、とても派手でとても重たいの」 「よく似合っている」 「――背中、留めてくださらない?」
開きっぱなしの背中の鍵留めが気になり、斯波にそう言う。 いつもなら喜んでと笑いながら了承するのだが、今日は違った。 百合子はその空気にやっと気づく、それと同時に嫌な予感が胸をよぎった。 肩においている斯波の手は熱を持って百合子の肌を撫でる。 結い上げた髪がほつれる項に斯波の唇がすいつく。 僅かに隙間のある胸元に手を差し込み、乳房を鷲掴みにしてゆっくりと揉む。
「あなた……夜会が……」 「まだ時間はある、十分にな」
侍女を下がらせた時からその気だったのだと今になって気づく。 時間は十分にあるというが、夜会服のまま百合子の身体を堪能するだけではすみそうもなかった。 しかし、夜会服を全て脱がすほどの時間はない。 斯波の愛撫にぐったりとしている百合子の身体が姿見に映される。 乳房の先端を摘み、くりくりと転がすと次第に硬さを持ち始め、じゅんと下腹部が潤む切なさを覚える。
「だめ……」 「この香気はさながら花の香りのようだし、その蜜は花の蜜といったところだな」
耳朶を吸いながら熱い息を吹きかけるように囁く。
「流行りの香水などつけなくていい、貴方の身体から発せられるこの匂いだけで」 「お、お願い。もう……、あまり……」 「どうした、我慢出来ないか」 「ちがっ、し、染みに……」 「もうそんなに濡れているのか。 ほら、裾を持ち上げて貴方の蜜の溢れる所を見せてくれ」
斯波は百合子に夜会服の裾を捲り上げてその下半身を露にしろという。 かあと頭に血が上り、顔が真っ赤になるのを感じた。 恥ずかしさに身体中が熱くなる。 彼は見せてくれ、と言うが見るだけでは終わらないことは明白だ。
「早くしないと染みになるぞ。 貴方も汚れた夜会服で出るのは嫌だろう」 「でも――」 「どうした、俺の奥さん。 夫である俺がこんなにねだっているのに」 「っ――」
胸元の飾りと布を乳房の下まで押し下げて乳房を露にし、双丘を揉みしだき先端を指先で転がす。
「あっ、あっ……」
項から背中にかけて開いている肌に吸いつきながら、赤い跡をいくつも残した。 百合子は強く閉じていた股からとぷとぷと蜜が溢れ出し腿を伝う感触を覚え、慌てて裾を引っ掴みたくしあげる。 黒いガーターストッキングに包まれた細い両足が膝の辺りまで晒される。 羞恥心と快楽から小刻みに震える。
「もっとだ」
きゅっと乳首を潰される。身体が震えて命令通りにたっぷりとした裾を持ち上げる。 鏡に映る短めの黒いドロワーズはすでにしとどに濡れており濃い染みを作っていた。 繊細なレース細工は見た目には華美だが、その実下着としての機能は低かったようだ。
「は、早く拭ってください……」 「そんなに急がなくても、まだ時間はあると言っただろう」
斯波は百合子の胸元をきちんとしまい、背中の鍵留めをぷつりぷつりと留めていく。 一筋、二筋とほつれた髪を撫でて結い直した。 斯波の支えなしでは今にも倒れこんでしまいそうな百合子の両の足を掴むと、湿ったドロワーズをゆっくりと下げる。 にち、と蜜が粘る音がして百合子の陰部が外気にさらされる。 ごくりと斯波が生唾を飲み込むのが分かる。耐え切れず百合子は顔を背けて目を強く閉じた。
「ひぃっ、んっ、あっ!はぁっ!あっ!!」
柔らかく生えた陰毛に鼻を埋めるようにして、舌をつきだして百合子の陰唇を舐める。 ちゅ、ずちゅ、と音をたてて蜜を吸い取るも、その感覚に次から次へと膣奥から蜜が降りるのを感じる。 百合子はその足で立つことすら不可能なほどに体の力がぬける、しかしそうすると斯波の顔に体重がかかるようになりよく奥へ深くへとねだっているようにもなる。 だから百合子は夜会服の裾を強く掴んで耐えるしかなかった。 そして、百合子は絶頂に達するとひどく蜜があふれる体質で、それは寝台のシーツに大きく染みを作ってしまうほどだ。 斯波はより舐めとりやすくするために指で唇肉を押し広げ、小刻みに舌を動かしては落ちる蜜をすすった。
「あっ!だめ……あっ、……あっ、っああっ」 「ああ、お姫さん、逝きそうなのか」
斯波が花芯をしゃぶりながら聞く。 ねっとりと熱い感覚に溶かされながら、百合子は答える。
「い、逝くの……! あっ、やぁっ、純一さん!ひぃんっ!やっ、あっ!あ……あん!!」
絶頂と共に押し出された蜜を、じゅぱ、じゅぱ、と斯波が一段と音をたてて吸う。
「はう、あ……はっ、はっ……」
とろとろと熱い蜜が荒い息と一緒におりてくるのを、一滴たりとも零すこと無く飲み込んだ。 そして、蜜と汗で濡れた陰唇を、腿を伝っていた蜜すらもその舌でもって綺麗に舐めとった。 その度にひく百合子の身体が震えている。 斯波はドロワーズをそのままに、立ち上がった。 ようやく終わったというような安堵の表情が翳り、熱に浮かされとろけた瞳が、どうして、と斯波を見つめた。
「貴方を抱く」
それだけ言うと、百合子を寝台に引きこむ。 百合子が少し抵抗をしただけで斯波は気色ばみ、乱暴に二の腕をつかんだ。
「よもや嫌だとは言うまいな」 「わ、分かってるわ」
百合子は斯波に跨ると、そのまるい夜会服の裾を皺が出来ないように広げながら腰を落とした。 勃起してそそり立つ陰茎を自らの陰唇で包み込むように深く繋がる。 その醜態に百合子は羞恥心が湧き上がり、斯波の陰茎を一層強く締め上げた。
「ひうっ!」 「ああ、百合子さん!いい、ぞ。 貴方の身体は俺を受け入れたくてこんなにも熱くなって!とろとろだ……ああ、搾り取られそうだ……!」
百合子の膣口の入り口の締りが強く、少し上下に動いただけで斯波の陰茎はきつく扱かれるようだった。 その上、亀頭をつつむ襞肉はまた溢れ出した蜜にまみれ熱く蕩けていた。 百合子は自らの腰を揺さぶって斯波を絶頂へと導こうと懸命に動く。 その必死な表情を見て斯波は下から百合子を突き上げた。
「どうした、そんなに俺の子種が欲しいのか?」 「ち、……ちが……」 「そうだろう?ん?俺をこんなに扱きあげて……俺が達するようにと必死に腰を振っているじゃないか」
百合子はこの行為を早く終わらせてしまいたくて、必死に斯波の陰茎を擦り締め付けていたのだが、そうと知ってか斯波は意地悪く言う。 言い換えてみれば、絶頂の証であるあの白い白濁液が欲しい。 ただ、こうも堂々と口にされると百合子は自分がただの淫売になったようで恥じ、首を左右に振った。
「嘘を言うなよ。 毎晩、毎晩、俺の精液を搾り取るように足を絡めつけてくるのは誰だ?」 「それは、あっ、……やぁっ!」 「そうだったな、貴方は一刻も早く俺との子を成したいんだ。 だが、果たして貴方の愛する人は俺に慣らされた貴方の身体など抱きたいと思うかな。 憎い男の精液が染みこんで、その摩羅の形すら覚えこまされた身体など」
弱い所を抉り、擦り上げられ百合子は嬌声をあげる。 百合子の中の斯波がびぐりびぐりと膨らみ、奥を突き上げる。
「うっ、は、あっ、百合子さん。出すぞ……! どこに出して欲しい?貴方はどこに出して欲しいんだ?」 「んうっ、こ、このまま――」 「ちゃんと言うんだ、貴方がどこに欲しいのか」 「あっ、やっ、やぁっ、私の膣内に……純一さん、の、を……私の中に……」 「うっ、ああ、よし。貴方の中に出すぞ……」 「あ、く、ください……純一さんの……」
百合子は自分からそういった途端に膣内がぎゅうと斯波を強く包むのを感じた。 そして、一際大きく斯波の陰茎につき上げられ、子宮の入り口にごつとぶつかり熱い精液がびゅうびゅうと百合子の膣奥に注ぎ込まれる。 その瞬間斯波の身体が固くなり、全て吐き出すように百合子をぐいぐいと下から突き上げた。 全て注ぎ終わったのを確認すると、陰茎を抜く。ドロリと注ぎ込まれたものがとろけ落ちた。
「ああ、ああ……貴方のと俺のでぐちゃぐち��だ。 流石に俺は着替えなくてはいけないな……」 「あ、わ、私……」 「無論、貴方はそのまま夜会に出るんだ。 幸い貴方が上手くやってくれたお陰で皺も染みもないようだしな。 なにドロワーズさえ替えれば……それに、この日のために用意した服だ。 貴方は出来た妻だから、夫の気持ちを無駄にしたりはしないだろう?」 「……純一さん、どうして、今日はこんなに――酷いことばかりするの? 私を試すみたいに……」
いつだって憎らしくなるくらいに余裕たっぷりの斯波だが今日は違った。 そして今だって百合子の言葉にいくらか動揺し、抱き寄せ口付けをする。
「……百合子さん」
苦しげに名を呼ぶ理由を知るのはその夜会だった。
自動車に乗り込もうとすると、慌てて侍女が追いすがる。 奥様、と声をかけられ包み隠すように渡された、中は白粉だった。 はっとして自分の胸元を見ると肌が露出するぎりぎりの辺りに斯波の口付けの跡が残っていた。 ありがとう、と伝えそれを受け取る。
「俺がやってやろう、お姫さん」
夜会服に白い粉が落ちないように極めて丁寧に白粉をはたいていく。 独特の甘い香りに包まれながら、斯波はなおも百合子の唇に吸い付いてくる。 そして気が向いたように白粉をはたいたり、耳飾りを下げたり、手袋を一指一指丁寧にはめたりするのだ。 斯波は自動車が止まっても百合子を抱き寄せ、降りる寸前まで蕩けるように口付けを続けた。 白粉をはたいた白い肌も、その激しい行為に薄桃色に肌が火照り赤い跡を浮かび上がらせる。毛皮の襟巻きでそれを隠すと斯波に手を引かれて自動車を降りた。
燦々と輝く洋館はまるで真昼の様に明るかった。 白い大理石の階段に、分厚い絨毯が敷かれて上を見あげれば吹き抜けの二階に天井には雫のような硝子細工のシャンデリアが垂れ下がる。 大きな暖炉は火が煌々と焚かれ広い部屋は隅々まで暖かい。 楽団がゆっくりとした円舞曲を演奏し、人々は手をとりあってフロアの中心で踊る。
「やあ、斯波君。よく来てくれたね」 「これは、先生。お招きをどうもありがとうございます、素晴らしい舞踏会ですな」 「ははは、そうだろう。天井画を見たまえこの日のために特別に誂えたものだ。伊太利亜の職人を呼び寄せて――。 ああ、失礼。そちらは……」 「妻の百合子です」
百合子はただ目を伏せて軽くお辞儀をする。 黄金の指輪をつけて葉巻を咥える姿は成金そのものだった。洋酒で膨らんだその腹も、整えられた髭も。
「ほう、噂のね……貴方がなかなか外に出したがらないはずだ。 美しい、それも妖艶な魅力のある女性だ」
ぞわと首筋の産毛が立つのが分かる。 斯波はそれを感じ取ったのか、楽団の曲調が変わると百合子の手をさっと取った。
「おや、曲が変わったようですな。それでは、先生失礼して……」 「ああ、楽しんでください」 「じゅ、純一さん……私ダンスはあまり……」 「大丈夫、リードしますよ」
そう言うとぐいと腰を掴み添えて、手を取る。 ゆったりとした音楽に合わせてステップを踏む。 慣れない動きに困惑しながらも斯波の動きに勘よくついていく。
「そう、上手いじゃないか。ほら、感じるだろう。 人々の視線が、皆直視はしていないが目の端に貴方を映している」
耳元で囁かれてぞくりと震える。 途端に、膣に残っていたらしい斯波の精液がごぽと音をたてて垂れ落ちた。
「あっ……」 「おっと、どうした」 「あ、だめ……私、き、気分が……」
百合子が斯波に縋りつくように倒れこむ。それを抱きとめて、斯波は人垣の向こうから感じる視線に目をやった。 不敵に微笑み、腕の中で震えている百合子に耳打ちする。
「向こうの人垣を見ろ」 「え?」 「軍人殿が貴方を見ている」
そう言われ百合子は息を飲んだ。 見ろ、と言われたがとてもそちらを振り向くことができなかった。
「向こうも夫人同伴だ。随分と仲の良さそうな事だな」 「いや……」
今すぐにでもこの場から消えてしまいたかった。 こんな自分を見られたくない、そう思っているのに斯波は平然と百合子に言う。
「どうだ、挨拶でもしておくか」 「やめて、やめて……!気分が悪いの。ここに、居たくない……」 「歩けそうにないなら抱いてやるが?」 「ひ、一人で歩けます」 「くくっ、彼の青い顔を見たか?気の毒にな。 貴方のこの香りを知る彼には分かったかもしれんな、貴方が情事のすぐ後の身体で夜会に出ているのだと」 「あ、貴方……貴方は、だから――!」
支える腕を振り払い、身体を押しのけようとする。 嫌悪感から触れられるのも耐え難かった。 いつになく強い力で腕を掴まれ、自動車に押し込まれる。
「出せ」
運転手に短くそう告げると、黙って流れる車窓を見続ける百合子を強引に抱き寄せる。 すっかり抵抗はなくなっていたが、その目に宿る怒りは変わらなかった。
「女というのは存外に現実主義者<リアリスト>だな」
斯波は自身の男根を頬張る百合子の頭を愛おしげに撫でて言う。 邸に帰るなり、夜会服を着たままの奉仕を迫られて布張りのソファに寛ぐ斯波の前を開く。 最初の頃は戸惑いと羞恥からそれに手を触れるのも悍ましかったが、今ではその舌にたっぷりと唾液を乗せて根元をゆっくりと接吻するように唇を動かす。 さらさらとした黒髪がこぼれ落ち、百合子は無意識に耳にその髪をかける。 百合子の顔が動く度にコルセットでたっぷりと寄せてあげられた白い胸元がたぷりと揺れてなんとも扇情的だった。 敏感なところには触れず、陰嚢や根元ばかり責める百合子に、斯波は我慢ができないとばかりに喘ぐ。
「くっ、は、あ、随分と、上手くなったな。貴方はこちらの覚えも早いようだ」
筋張った血管を舌で舐め上げ、白く柔らかい指で陰嚢を優しく揉む。 そうは言ってもまだ手慣れない行為に百合子は耳まで真っ赤になっていた。ただ俯いて命じられたように舌と手をゆっくりと動かす。 百合子が上目づかいで斯波を見上げると恍惚とした表情で百合子を見下ろしていた、ごくりと生唾を飲む音が聞こえて喉仏が上下する。 きっちりと撫で付けた赤銅色の髪は幾分か乱れ、はだけたシャツからは浅黒く筋肉質な胸板が覗く。 大股を広げて座るその狭間には勃起した男根が腹に付きそうなほどにそそり立っている。 百合子は、震える指で夜会服の袖を外し、胸元の飾りを押し下げてコルセットを紐解いた。 形の良い乳房が露わになる。白い肌には点々と斯波の口付けの痕が残っている。 自らの胸をもってその男根を包み込み、上下に扱く。雁首に吸いつき、裏筋を舐めて先端に舌を這わせた。 口をいっぱいに使って男根を咥えて頭を上下させて飲み込む。
「ふ、くっ……ん……」 「いいっ、お姫さん……ああっ、出るッ」
びゅ、びゅと先端から精液が吐き出される。 百合子はそこに唇を寄せて精液を吸いつき舐めとった。苦く塩辛い味に軽く吐き気を催すも唾液と一緒に飲み込んだ。 わずかに漏れでている残りの汁を舌を這わせて綺麗に舐めとる。 男根を挟み込んでいた乳房から手を放して、くたりと床に座り込み白い肩を小さく震わせて喘ぐ。 斯波の逞しい男根を咥えているだけで内腿が濡れ始めているのが分かった。 唾液や精液が飛び染みが付いた夜会服は二度と着ることは出来ないだろうし、斯波は元より百合子に一度着た夜会服を二度と着させることはなかった。 些か乱暴に背中の鍵留めを外される。 着る時は数人がかりだが、脱ぐ時はあっという間だった。 背を丸めて繭から蛾が孵るように夜会服を脱ぎ捨てる。 百合子の瞳は快楽の熱に蕩かされたかのようにとろりと潤み、官能の火をともしていた。
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久しぶりに見た百合子は遠目からもあの少女らしさが消えていた。 妖艶な赤い夜会服を身に纏って、控えめに夫である斯波の後をついて歩く。 美しかった。首元を飾る白い真珠は誂えたように似合っていたし、豪奢すぎる赤い夜会服も百合子の黒い髪に映える。
秀雄は喉元にせり上がってくるものをどうにか堪えた。 鼻を突く甘い香りが、あの日の記憶を無理矢理にでも呼び起こされる。 鮮烈な快楽と共に、百合子と一緒になったあの日を。 そして、百合子を脇で支える男――斯波と目が合う。 斯波は秀雄を見るなり不敵に笑うと、さも当然のように百合子の身体を支えて夜会を後にした。
あの男は、毎晩百合子を抱いているのだ。そして、今もその甘い香りを漂わせている。 弦楽器の甲高い音が耳鳴りのように頭に響き、絢爛華麗な天井画がぐるぐると回り渦を巻く。
「あなた、あなた。顔色が優れませんわ……具合が悪いの?あなた?」
秀雄は自分の名前を呼び続ける佐和子の腕を引き、早足で会場を横切る。 その慌ただしい所作に佐和子も慌てて夜会服の裾を持ち、歩きにくい靴を鳴らして付いて歩く。 自動車を正面玄関に回させて、乗り込むと乱暴にドアを閉める。 佐和子を見ると、跳ねる心臓をどうにか抑え、額に浮いた汗を手袋で拭っていた。 それだけで、秀雄に何も言おうとはしなかった。 佐和子はちらりと秀雄を盗み見、その凍えるような横顔は美術品の石膏の胸像のようだと思った。
邸に帰り、寝室に入る。夜会服の佐和子を世話しようとする侍女を手で制して下がらせた。 秀雄は礼服の釦を外し、眼鏡を取り鏡台に置くと苦しげな表情のまま佐和子に添う。 そして、佐和子の少女のように小さくか弱い身体を抱き寄せて口付ける。 驚きに唇が震え、秀雄の為すがままに受け入れるかのように目を強く閉じる。 白い首筋に唇を落とし、滑らかな胸元へ接吻づけしながら降りていく。
今、ふわりと香るのは既製品の香水と白粉の匂い。 秀雄はこの時ほど自分の記憶力の良さを呪うことは無かった。 忘れまいと脳裏に刻んだ百合子の肢体が、別の女をその腕に抱いている時でも蘇ってくるのだ。 肌の柔らかさに滑らかさ、吸い付いた皮膚の甘い香り、しっとりとした長い黒髪に戸惑うように喘ぐかすれた声。
途端に、胃の腑を殴られたような衝撃を覚えた。
「ぐっ……」
半裸の佐和子を寝台に押し倒したまま、蒼い顔をしてよろめきながら立ち上がる。 佐和子がすすり泣く声が聞こえたが、秀雄にはどうすることもできなかった。 無言でそのまま寝室を立ち去り、自室に入るなり堪えていたものを吐き出す。 饐えたような匂いと共に晩餐会でわずかに飲んだ洋酒がごぽりと吐瀉した。 額に脂汗をかき、全身が戦慄くほど疲弊する。 がんがんと痛む頭に、耳鳴りがきいんと頭中響き渡った。
百合子をこの腕で抱いたこと、一度きりの交わりがただただ秀雄のよすがだった。 そしてその一度きりの交わりに、秀雄はもうずっと苦しめられている。
あの日のようにただ一人の女を愛するということは二度と無いだろうということ。 まるで魂が融け合うように一つになったあの感覚を、他の女では味わえないだろうということはとっくに知っていた。 そして、その唯一の存在は、もう二度と自分だけのものにならないのだということも。
鳥かごの中を綺麗に掃き清めて、新しい餌と水を置く。 別の鳥かごに移していた鳥をふわりと柔らかく持ち、元の鳥かごへ戻す。 慣れない様子で鳥かごの中を行ったり来たりしていたが、落ち着くところころと喉をならして水を飲み始めた。 秀雄はその様子に満足し、ふうと大仰に肩で息をついた。 鳥は意外に神経質な生き物なのだ。 風通しのために窓を開けると、少女の笑い声が聞こえた。 その声に覚えがあり、生垣の向こうを見ると百合子が鞠をついているのが見える。 「百合子!」
秀雄の声に百合子は鞠を持ち、生垣の隙間からこちらを見た。
「秀雄さん!」 「父上にカナリアを買ってもらったんだ。見に来るか?」 「カナリア?」 「澄んださえずりが美しい小鳥だ」 「見たいけど、今鞠をついてるところなの一緒に遊ばない?」 「俺は男だぞ。鞠はもう卒業だ」 「あらうまい言い訳ね。秀雄さん鞠つき下手だもの」 「あれは、まあ、お前の遊び相手につきあってやってただけだ。 何だ見ないのか、見ないのならもういい」 「見ないとは言ってないでしょ?」
そういうとつんとむくれて跳ねて転がっていた鞠を拾って窓の近くにまで寄る。 秀雄が最近小学校に通い、男友達とつるむようになって今までのように百合子と遊ぶ機会が減ったことが気に入らないらしかった。 それまでは頻繁に付き合ってやっていた鞠つきやままごとよりも、友達と遊ぶ方が楽しく毎回断っていたのだ。
「部屋の奥のあまり日差しが当た��ない所に置いてある。 巣引きさせるために今色々準備しているところなんだ」 「巣引きって何?」 「いいから、裏から回って来い」 「もう、いっつも命令ばっかり」
百合子はそう言いながら多少は興味が有るのか、裏口から秀雄の部屋へと向かった。 女中や庭師なども、百合子のことはよく知っておりお互いに行き来もよくある。 百合子が部屋に来ると、部屋の隅に置いてある鳥かごに近づく。
「ほら、これだ」 「綺麗な山吹色、黄金色かしら?」 「こういうのはyellowというんだ。待ってみろ、澄んだ声で鳴くから」
言葉の通りにカナリアは小首を回しながら胸をふくらませ、ぴるるぴるるとさえずる。 その可愛らしい声に百合子ははっと息を詰めていた。
「……なんて可愛らしいの」 「巣引きが上手く行けば、お前に雛鳥をやってもいいぞ」 「雛鳥を?この子卵を産むの?」 「だから、今やってる巣引きが上手く行けば……の話だぞ。 こっちの鳥かごに雄を入れているんだ。相性が合えば交尾をして卵を産む」 「いきなり一緒に入れたら喧嘩するのね。お前たち仲良くしないとダメよ? ねえ、秀雄さん。この子達名前は何て言うの?」 「……。名前……そう言えば名前をつけていないな」 「じゃあ、どう呼んでいるの?」 「お前、とか、こいつ……とか、まあ色々だ」 「おかしなの。なら私が名前をつけてあげてもいいでしょう?」
自動車が碇国ホテルのエントランスの前に着く。
秀雄は自動車から降りると早足にメインロビーを横切った。
予め用意した部屋、重い取手を回し部屋の中へ入る。 部屋はカーテンが引かれほのかに橙色の電灯が点いており、足元は柔らかく重厚な絨毯が敷かれている。 綺麗に整えられた寝台に一瞬目をやるが、重い溜息をついてソファに座った。 コチコチ、と卓に置かれた時計の秒針がやけにうるさく時を刻む。
不意に部屋の扉が叩かれた。 あまりに唐突だったので、秀雄は返事も出来ずに息を呑む。
沈黙が降りる。 身体が鉛のように重く、柔らかいソファに沈み込み、動けなかった。
やはりコチコチと時計の秒針だけが部屋に響く。
あまりにも長い静寂のため、先程聞こえた音は幻聴だったのではないかとさえ思った。
扉の向こうから僅かに衣擦れと人の気配がして、秀雄はようやく立ち上がれた。 分厚い絨毯を踏みつけるように、歩き、扉を開ける。 すると、もう一度扉を叩こうとしていたらしい百合子と目が合った。
「あっ……」
百合子がきまずそうにあげていた手を下ろし、視線を逸らした。 扉を開いて百合子を部屋の中へ誘うも、 部屋へ入るのを躊躇しているかのような百合子を秀雄はまじろぎもせず見る。
「どうした。入らないのか」
百合子は俯いたまま首を振ると部屋へ足を踏み入れた。 秀雄はどうしようもなく切なくなって、百合子を後ろから抱きしめた。 一目だけでもいい、会いたいと思っていた夜、まざまざと斯波の物にされている百合子を見たあの日。 こんな事はもう耐えられないと思った。
「百合子、――」
百合子の髪をまとめている髪留めを外すとすとんと黒髪が肩に落ちる。 そうすると一層幼く見えた。 髪がさらりと揺れると、甘い香りが立ち上がり、それに混じって僅かに苦い葉巻の香りがする。 斯波の移り香なのだと理解すると心がずぎりと痛んだ、しかしその痛みも百合子の言葉によってかき消された。
「秀雄さん、良い匂いがする――とても」
そう言うと秀雄の胸元に頬をすり寄せるようにして抱きついてくる。 百合子の小さく柔らかな身体が愛おしく、秀雄は先程までの痛みも忘れ夢中で百合子を抱き寄せた。 秀雄の軍服の胸元あたりが温かく濡れる。
「秀雄さん……居ないのかと思った。 だって、私、――秀雄さんに、き、嫌われて、しまったと――」 「莫迦を言うな」
秀雄はそれだけ言うと百合子の顎を持ち上げて口を吸う。 震える紅い唇を舐め、漏れる甘い息を吸い上げた。 百合子の長いまつげが秀雄の頬をかすめて、ぽうと開いた口に舌を忍ばせると百合子の小さな舌が絡みつく。 どれだけそうした口付けに耽っていたかは分からないが、しばらくするうちに秀雄の身体が熱く火照る。 それは百合子も同じようで、くたりと力の抜けた身体は欲情を煽るような匂いを発していた。
「百合子、愛している」
秀雄がそう言うと、百合子も同じように頷いて秀雄の身体に身を預けて言う。
「私も――私も秀雄さんのこと愛してる」
それはどちらも本心から出た言葉だったが、初めてその言葉を使った時とは違いどちらもそのことをもう一度確かにするかのようだった。 そうしてやっと二人はもう一度ゆっくりと優しく抱きしめ合う。 秀雄は百合子の腰に回していた手を動かし、着物の帯を解く。 何度も何度も記憶の中で解いていた着物の帯紐を。 百合子はぎくりと固まって秀雄の胸を押して離れようとする。
「嫌か?」
秀雄の困ったよう��顔に百合子は慌てて首を振る。
「電灯、消して――」 「どうして」 「お願い――恥ずかしいから――」 「お前は前もそんな事を言っていたな。 電灯を消してしまったらお前が見えなくなるだろ」
襟元を崩し、白い肩があらわになる。 黒い髪が纏いつく首元に口付けしようと唇を寄せ、そこに蚊に食われたような紅い痕跡があるのに気がつく。 透けるほどに白い肌故に、その赤黒さのある痣は余計に目立った。 するすると着物を押し下げて、襦袢の前を開く。 乳房の丸い膨らみにも、二の腕の白く柔らかい皮膚にも、背中にも、太腿にも――。 全身に無数の痣があるのが秀雄にも分かった。
「お前が隠したかったのはこれか――」 「――」 「百合子、俺を見ろ」
そう冷静に言う自分はどんな顔をしているのだろうか、秀雄にも分からなかった。
「あの男にどのくらい抱かれているんだ?」 「お願い――秀雄さん……」 「月に何度だ?週に何度お前は――」 「やめて、お願い……」 「それとも毎晩か?」 「……」 「お前はあの男に、毎晩抱かれているのか」
それは百合子に言っているようで、秀雄自身に言い聞かせているようだった。
「お前は――お前は俺を愛していると言いながら、毎晩あの男の腕に抱かれることが出来るんだな」
秀雄は佐和子を抱こうとしても抱けなかった夜を思い出した。 それは百合子以外を愛することは出来ないのだという固い証明のようで、つながれた鎖のようで、呪縛のようで、運命のようだと――。 そう思っていたのは秀雄だけだったのかもしれない。
「秀雄さん……ごめんなさい」 「どうして、謝る。――お前が望んだことだろう」
百合子が斯波に嫁いだのは、単に野宮家の借金の問題と斯波の名誉欲しさなのだと思っていた。 だから、二人は結婚したというよりも、お互いの利益のために結びついただけなのだと秀雄はずっと思っていた。 それが違うという事が今、分かった。 斯波は百合子を愛しているのだと、――そうでなければ毎晩百合子を抱いたりはしない。 そうでなければ、名誉以外に興味のない妻ならばその不倫相手である秀雄にこんな子どもじみた嫌がらせなどするはずがない。 百合子のその身体が誰のものであるか、子供が自分の玩具に名前を彫るのと同じように口付けの痕を幾多もつけて見せつけているのだ。
「股を開け」
寝台に百合子を座らせて、命令する。 その抑揚のない声に百合子は頬が赤く染まり、ためらうように俯いた。
「どうした。あの男の前では簡単に開くくせに、俺だと嫌なのか」 「違っ……」 「では開け」 「――っ」
内股を光り照らすほどに愛液が漏れでているのを見て秀雄は失笑した。 その声に百合子はますます顔を赤くする。
「何だこれは。お前は色気違いか」
そう言いながらもその百合子の身体に一度溺れ、それ以来他の女には反応すらしなくなった自身を思い出し苦笑する。 すでに口付けをしている時から熱を帯び、軍服の前がきつくなる程大きく膨らんでいた。 百合子の恥毛の下に隠された女陰を観察するように眺める。 考えてみれば、女性の性器をまじまじと見るなど初めてのことだった。 じゅぶと蜜が溢れる小さな穴に指を入れ、入り口の皮膚と粘膜を引っ張るようにかき回す。 百合子の膣口が秀雄の指をしゃぶるように吸い付き、温かい蜜が唾液のように絡みつく。 淫唇とはよく言ったもので、秀雄はそこに接吻づけしたくなる衝動に駆られそしてその欲望のままそこに唇を寄せた。
「んっ、あ――いや、そこは」
唾液の垂れる穴に口付けそれを吸い、中の粘膜をねぶるように舌を差し入れる。 ひくひくと淫唇が快楽に震え秀雄の唇に吸い付いてくる。
「いやっ、――あっ、あっ……」
百合子の身体がびくんびくんと震えて、だらりと唾液が糸を引く。 溢れた蜜は恥毛にまで絡み纏いつく。 どれほど、きつく肌を吸って痣をつけたとしても一週間もすればそれは薄くなりやがて消えてしまうだろう。
斯波の子供じみた嫌がらせは、秀雄の心に痼りのように残る。 百合子の身体をいくら抱いてもその紅い痕が目の端をちらつき、初めて心を重ねた時のような思いになれなかった。 自分はこんなにも弱く、みっともなく、女々しく、くだらない人間だっただろうか。 そういう人間を、一番不愉快に思っていたのは秀雄自身ではなかっただろうか。 いつから、自分はこんな醜い卑怯な人間になってしまったのだろう。一体、いつから――。
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「何がいけないんだ?餌か?それとも巣か?――相性だろうか」
巣引きをして数週間しても一向に産卵する気配を見せないカナリアたちに秀雄は半ば不服そうに問いかける。 特に雌のほうが機嫌が悪いらしく、自分の羽毛の繕いばかりしている。 雄が乱暴に雌の上に乗ろうとするとひどい鳴き声をあげて鳥籠中を逃げまわる。
「やれやれ」
やはり別の籠に分けようかと思っていた矢先、部屋の扉が叩かれる。 女中が連れてきたのは百合子だった。その手には小さな箱を持っていた。
「秀雄さん二人の様子はどう?」 「――まあまあだ」
秀雄は視線を逸らしてそう答える。 まあまあ、どころか最悪なのだが早く雛が見たいという百合子に真実は告げられない。
「ねえ、胡麻をすったものをもってきたの。二人にあげてもいいでしょう?」 「ああ、だが、二人ではなく二羽だ。お前は饅頭や餅なんかも一人二人と数えるのか」 「いやだわ、ひとつ、ふたつ、に決まっているでしょう」
おかしなことを言うのねとばかりに百合子が笑う。 無垢というか莫迦というか、こういうのを天真爛漫というのだろうな、秀雄はその顔を見ながら思った。 百合子は秀雄が持っていないものをたくさん持っているような気がした。 だから、こんなにも惹かれてしまうのだろうか、とか時折考えてしまう。 姉も妹もいない秀雄は、百合子を妹のように思っていた。 けれど、実際は百合子は妹などではなくただの他人なのだ。幼馴染、血のつながりのない赤の他人だ。 時折こうやって遊んだり話をしたりすることはあるが、常に部屋の外か内には女中か侍女がおり、昼前か遅くても夕方前には別れなければならない。
(瑞人君が羨ましいな、いつも百合子と一緒に居られて――)
自分にも姉や妹やそれか弟が居ればよかったのに、と何度かそう考えてみたが、やはりほしいのは妹でも姉でもない。 百合子なのだった。
「お前は変わっているな、俺の知っているどんな女とも違う」 「どこが違うの?」 「まず、よく喋る。俺の知っている女は誰も彼もいつも俯いて親の言うことに頷いているだけだ。 それによく笑うし、木に登る、あとよく食うよな」 「……秀雄さん、それは嫌味を言っているのよね」 「は?」 「だって、いつもお母様に怒られていることばかりを指折りあげたわ」 「別に嫌味を言っているわけではない」 「じゃあどういう意味?」 「興味深いと言っているだけだ」 「なにそれ」
人をカナリアか何かのように、と不満そうな百合子だが当時の秀雄としては褒めたつもりだった。 鳥の観察も、百合子の観察も興味深いが、自分の心の機微が一番難解だった。
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あれほど、会いたいと思っていたというのに。 会ってしまえば、この苦しい想いから解き放たれるのだとそう信じていたのに���そうではなかった。 碇国ホテルの部屋を去る百合子を見て、苦しみは以前よりも増した。 そして、何よりも、もう二人で十二階に登ることも、浅草に出掛けることも出来ないのだという事実を肌で感じた。 これからは、死ぬまでこの部屋でしか会えないのだ。 窓枠のはまった、狭く重苦しく暗いこの部屋だけが、百合子と秀雄の空間なのだ。 (何て愚かなのだ、俺は――) 秀雄はひとりきりになった部屋で己を責める。 誰も彼も不幸だ。 こんな関係を続けるなど正気の沙汰ではない。 (それだというのに、俺は――それでも――)
どうしてもっと早く自分の気持ちに気が付かなかったのだろうか。 どうして、あの時、百合子の手を掴んで止めなかったのだろう。
秀雄はホテルの部屋を飛び出していた。 早足で階段を駆け下り、ぎょっとする従業員や客になど構いもせずに百合子を追いかけた。
「百合子ッ」
秀雄はエントランス前に停まっていた自動車のドアをだんと叩く。 中に座っていた百合子が驚いて目を瞠っている。運転手があわてて飛び出し、ホテルの従業員と秀雄を止めようとする。 秀雄はそれらを振りきって自動車の運転席に押し入った。 なおも追いすがってくる運転手らに一発食らわせ、エンジンをかけて自動車を発進させた。
「秀雄さん?!何をするつもりなの?!」 「――最初からこうすればよかった」 「だめ、だめよ――ダメこんなの」 「北でも南でも、外国でもいい。二人で逃げよう」 「秀雄さん!」 「外国――そうだ、外国だ。なあ、あの――」 「だめなの、私。――どこにも行けない」
数台の自動車が秀雄の行く手をはばむように停まる。
「私、妊娠しているの。もう――どこにも行けない――」
乱暴に運転席のドアがこじ開けられ、黒い洋装をした男たちに秀雄は掴まれ放りだされた。 固い道の上に投げ出され、あちこちが痛むが放心したようにその場に座り込む。 襟元を掴まれ持ち上げられて、雑に揺すぶられて眼鏡が飛び地面に落ちる。
「やめて!やめなさい!!」
百合子が秀雄を守るように男たちに歯向かうと、男たちは従順な犬のようにその言いつけに従った。
(そうか――。だから――)
俺達は再び会えたのだ。 むしろ、そこに考えが及ばない自分がどうかしていたに違いない。 あの夜会のあった日、秀雄は百合子に結婚というものを分かっていないと一喝した。 家同士の結びつきだけではない、結婚相手の子供を産めるのか、と。
(俺の方こそ、結婚という事を軽く見ていたのだ)
怒りも、悲しみも、衝撃もない。 ただ、考えが及ばなかった己の不甲斐なさと、あの少女だとばかり思っていた百合子が女としての機能を果たそうとしているのだという驚きだった。 茫然自失となっている秀雄は、妙に冷静に落ちた眼鏡を拾い――僅かにヒビ割れがあることも気にする事無く――いつもどおりの冷静な瞳で百合子を見た。
「一週間後、碇国ホテルで」
百合子が返事も出来ずに呆気に取られているのを後目に、秀雄は早足でその場を去る。 途中、往来で自動車を拾いそのまま邸に帰る。 そして帰るなり、佐和子の部屋の扉を叩いた。
「まあ、あなた。今日は軍務と聞いていたけれど、随分とお帰りが早いのね」 「佐和子、話がある」 「眼鏡――あの、ひびが……」 「二人だけにしてくれ」
秀雄は侍女らにそう言うと、部屋から下がらせて佐和子の座る椅子の真向かいに座る。
「随分と厳しいお仕事でしたの?顔色も――」 「お前、外に男を作れ」 「……」 「俺はお前を抱けない、お前だけではない他の女もだ。 だが、お前の家の血筋が絶えることだけは阻止しなければならない」 「……子供など……いりませんわ」 「莫迦を言うな。ならば、俺の子種がないと言って離縁するよう――」 「……あなたは、酷いことを仰るのね。 あなたは、結婚して以来指一本髪の毛一筋として私に触れようとしない。 両親や親戚に子供はまだか、孫はまだかと言われる度に私は身の切られるような思いをします。 母に至っては女中を連れて子宝祈願のお参りをなさったとか」 「当然だ。お前には悪いことをしたと思っている」 「私、離縁などしません」 「佐和子――」 「もちろん、外に男も作りません。 私はあなたの妻です。たとえ名ばかりの妻だとしても――私はそれが嬉しいのです」
どうして他の女ではダメなのだろう。 どうして、百合子でなければ――。
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「股を開け」
百合子は着物をたくしあげて女陰を露わにした。 部屋に入るなりに命令され、その剣幕に押されるままに言いなりとなった。 秀雄は自身の持ち物の鞄から小瓶と剃刀を取り出す。
「いや、いや――何をするの!」 「子供じみた嫌がらせだ」 「秀雄さ――秀雄さんやめて!」
小瓶の中の乳白色の液体を手のひらに取り、人肌に温めてから百合子の陰毛に塗り始める。 一体何をするつもりなのか見当もつかないらしく、百合子は息を潜めて秀雄の様子を伺っていた。
「妊娠したといっても、まだ腹は膨れていないんだな」 「……っ」 「おい、動くなよ」
乳液を満遍なく塗り終えると、ひやりと冷たい剃刀の刃を肌に添わせる。
「いや、嘘――やめて!」 「動くなと言っているだろうが」 「うっ、やっ――ばかっ。秀雄さんの莫迦、莫迦――」 「泣くな、手元が狂う」
嗚咽を上げて小刻みに震える百合子にぴしゃりと言い放つ。 2,3度手巾で女陰と剃刀を拭い、何度も下腹部に乳液を擦りつけては剃刀で恥毛を剃り落とす。
「これからは、ずっと。俺がお前の陰毛を剃ってやる」 「こんな――どうして。酷いわ……」 「酷い?――酷いのは、俺のことを愛している、好きだと言いながらあの男の子を孕むお前の方だろうが!」 「うっ、ああっ――」
立ったままの百合子を壁に押し付けて、がちゃがちゃと音を鳴らして軍服の前を開く。 強引に太腿を担ぎ、女陰を数回手で撫で回して解しても濡れてもいない膣に勃起した摩羅を押し込める。
「ぐ、うっ――」
閉塞感に息がつまり、わなわなと震える百合子の足を抱え直して腰を更に推し進める。 百合子はくぐもった悲鳴を秀雄の軍服に口を押し付けて殺す。 突然の挿入に痛がっていたのは最初だけで数回こすれば、ぐちぐちと音が鳴るほど蜜が溢れてきた。 乱暴に揺さぶったため、百合子の髪留めが落ちて黒い髪が広がる。 背後に壁を受け、逃げ場がない百合子は秀雄の激しい挿入につま先が浮くほど突き上げられる。
「い、行くぞっ。行くっ――ああっ、出るッ――」
じゅっじゅっと粘り気のある水音がして百合子の膣内に秀雄の子種が注ぎ込まれる。 最後は百合子の細い身体を力いっぱいに抱きしめて下半身を奥の奥にぶつけるようにして射精した。 じゅぼ、と摩羅を引き抜けば濃い白色をした子種が糸を引く。
その様子に秀雄はたまらなく惨めになった。 動物ですら子孫を残すために交尾をするというのに、既に他の男の子種を宿している女に必死になって腰を振っている。 秀雄はソファに座り、一度精を放っても一向に萎えない自身の摩羅は先端にぷくりと泡を吹きながらまだ白い液を滲ませている。
「あの男はいつもお前をどう抱くんだ。やってみろ」 「でも――」 「……」 「――っ」
百合子はソファに座る秀雄の前に跪く。 馬乗りになって挿入するのかと思いきや、そのまま猛る秀雄の摩羅を優しくしごき始めた。
「うっ――あっ、あっ」
白く柔らかい指が赤黒い秀雄の摩羅を優しく握り、ゆっくりと上下に動く。 そればかりか、百合子は秀雄の精液が滲む摩羅の先端をちゅぼと唇で吸い付いた。
「なっ、んっ、あの男、あの男は――お前にこんな――」 「んっ、んんッ――はっ、ちゅ……」 「百合子ッ、は、あっ――ああっ」
ざらざらとした百合子の舌が秀雄の先端や雁首の溝をあくまでゆっくりとねぶる。 竿を握る手は小刻みに上下され、陰嚢を優しく揉まれると切ない声を上げてしまうのを止められなかった。 射精に腰が浮き上がり、百合子の喉の奥にまで摩羅を押し込む。 絹のような手触りの黒髪を何度も撫で回し、時には指にからませて、秀雄は百合子の口内に射精した。
子供が親の愛情を確かめるために、わがままを言うように。 秀雄は百合子を抱きながら、何度も口汚く罵った。 お前など嫌いだ、淫売だ、と嘲って傷つく姿を見てようやく安心する。 次の週も、その次の週も、必ず碇国ホテルに来る百合子を見て、やはり愛しあっているのだと実感する。 百合子は秀雄が罵る度に、愛しているのは秀雄だけだと答える。秀雄はそれを否定してうそつきめと罵る。
しかし、百合子の腹が次第に大きくなるにつれて、秀雄はまだ見ぬ子供を恐ろしく思った。 あの男の子が憎い。しかし、その一方で百合子の血が流れているのだ。 百合子は、斯波と秀雄を比較して秀雄を愛しているという。 秀雄はその言葉を疑うふりをして百合子を罵り、その実その言葉に救われる。
だが、子供が産まれてしまったら、子供と秀雄を天秤にかけたらどちらに傾くだろうか。 愚かなことに、まだ産まれてもいない子供に秀雄は嫉妬しているのだ。 俺と、その子供と、どちらを愛しているのだ。と、秀雄は百合子に聞けないでいる。 自身の胎を痛めて産む子が憎いはずがない。 そして、その子供よりも秀雄の方を愛していると、答える百合子は秀雄の愛する百合子ではなかった。
自分はいつからこんなくだらない人間になってしまったのか。 子供の頃のような、きらきらとして美しい幸福感はもう二度と訪れないのだろうか。
百合子に外国に逃げようか、と言いかけた時ある思い出が蘇った。 昔飼っていたカナリアが、秀雄の不注意で鳥籠から逃げ出したのだ。 ちょうど巣引きをしている最中で、雛が生まれたら百合子にやると言っていたのだった。
黄色いカナリアは青い空に大きく羽ばたいて飛び去った。 あまりにも、百合子が悲しみ泣くので秀雄は慰めるように言ったのだ。
「悲しむ必要はない。その翼で自分の国に帰るはずだ」 「自分の国に?」 「そうだ、南の方の国で年中暖かく、生い茂る緑の葉や熟れた果実なんかがあるような」 「それでは、それでは仲間と一緒に元気に歌っているわね」 「ああ、勿論だ」 「行ってみたいわ、いつか――」 「その時は、俺がつれていってやる。約束だ」
どうせ外国に行くのなら、あのカナリアが帰った国に行こうと――秀雄は思った。 窓の外、雪が舞っている。 秀雄は百合子を抱きしめて、強く目を瞑った。
(うそつきだ) (俺はうそをついた――) (うそつきは堕落のはじまりだ――)
嘘には、いくつも種類がある。 他人を騙し、陥れる嘘。 大切な人を守るための嘘。
巣引きをしていたカナリアの雌は、死んだ。 環境に馴染めず、心労が溜まり、血が出るほど毛づくろいをして、狂ったように泣き叫び、鳥籠の中で死んだ。 雄のカナリアも、雌が死んだ後を追うように死んだ。 秀雄は二羽の死骸を庭の片隅に埋めた。
真実を告げれば、百合子が傷つき泣いてしまうと秀雄には分かっていた。 秀雄は、百合子に泣いて欲しくはなかった。傷ついて欲しくなかったのだ。 百合子のことを、好きだったから。
だから、秀雄は百合子に嘘をついた。
東京に雪が積もる。 いまごろはきっと、真っ白な美しい白骨になって二羽で寄り添っているのだろう。 魂は、故郷の青い空を飛んでいるのだろう、そして多くの仲間たちと一緒に歌を歌っているのだ。 狭い鳥籠を逃げ出したカナリアたちは、青い青い南の国の空に――。
秀雄は知らず涙を流した。
あの日の嘘は今も凍える土の下に眠る。
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