2024.1.6sat_tokyo
鳥の声で目が覚めた。ちゅんちゅんちゅん。こんな朝の起き方理想的すぎないかと思うのだが、朝、雀がめっちゃ庭に来る。ちゅんちゅんちゅん。
と言っても今は10時、正月の名残ということで昨日はわざと目覚ましをかけずに寝た。わざとじゃなく1月3日は目覚ましをかけ忘れて、新年最初のイベントには遅刻した。
昨日も朝から稼働した担当イベントの後に23時までコワーキングのラウンジでご飯も食べずに仕事した。えらい。帰ってから夜中に能登のニュースをずっと見てしまったので眠い。昨日は好きな人たちとたくさん話したし、地味に疲れて本当に体が動かないので、2度寝する。
11時にむくっと起きる。昨日水につけておいた小豆を炊く。大きい小豆のお汁粉大好き。いつも一応ちゃんと飾るお飾りも鏡餅も、なんだか気持ちが乗らなくてできなかったので、鏡餅用に買った餅を飾らないまま焼く。切り込みも入れたのに、ちくびみたいなお餅が焼けてしまった。おもろいな〜。
来週は甲府にも行くし(楽しみにしてた天然ラジウム増富温泉・不楼閣にいく!)、夜もずっと予定があるので、今日明日はいろんな仕事を終わらせておきたいので頑張る。
15時、また動けなくなって地面に横になる。布団は危険だからだめ。こんな日は結構珍しいのだが、頭が考えることでパンクしてるのも影響してる気がする。無理すぎる。目を瞑る。考えることがたくさんある。GAZAのこと、戦争のこと、能登半島のこと、自分のこと、家族のこと、仕事のこと、近い未来のこと。
こういう時は音楽も、映画も、色々を見るのがキャパオーバーで難しくなる。なので家で作業する時はずっと無音。だけど、写真だけはみたい気がしていて、写美で始まったホンマタカシさんと、 松蔭美術館の牛腸茂雄さんや瀧口修造さんの展示は見逃さずに行きたいとぼんやり思う。
身体は地面に垂直のまま、石川県輪島市の知人である漆工の桐本滉平くんのインスタのストーリーをチェックする。今回の地震で、代々守られてきた、明治時代に工房として建てられた自宅が全壊全焼したと投稿していた。リアルな景色に目を覆いたくなるけれど、ニュースでは得られない、桐本くんのまさに今を切り取っている投稿を見ながら、今できることを考える。といっても寄付くらいしかできないのかもしれない。でも、こうやって遠くでも想うことができること、情報が共有できる時代というのは、本当に希望も多くある。
桐本くんは元旦から今もずっと、輪島の未来や、会ったことのない誰かを救うために、全力で動いていて、避難所のこと、道のこと、今この瞬間のみんなが必要な情報をSNSで発信し続けている。きっと本当に多くの人がこの投稿に助けられている。
私の1/1の16時6分は、埼玉のおばあちゃんちで10数人の親戚一同で集まっている時だった。お寿司を食べて、ビンゴ大会の手前でこの地震が起きた。まずはじめに私の携帯が聞きたくない大きな音で鳴った。その30秒後くらいにみんなの携帯が鳴って、すぐ地震が起きた。自分の携帯にはYahooの災害アプリが入っていて、画面には36秒後に地震が起きますと書いてあった。たった30秒だけれど、みんなの携帯とは30秒の差があったのだった。親の携帯にもアプリを入れなければ。そのままテレビをつけて、地震の情報を流しながらみんなで過ごした。私はXを見ながら地震や津波の情報を集めまくる。石川県には大事な友達たちもいる。途中お母さんが、血圧が高めで眩暈がすると横になりに寝室に行ったが、私は変わらず画面に張り付けになっていて、横にいたいとこの旦那のわたるくんが「ニュースも気になるけど僕は寝室の方が心配だよ」と言ってくれて、まさに…と思って、寝室に様子を見に行った。気持ちを落ち着かせながらその場にはいたけれど、帰る前に寝てた身体を起こして、お母さんから渡された”幸せが訪れますように”と書かれた封筒には3万円とビール券が入っていて、北の国からの泥だらけの1万円札くらい使えねえよ…………………………。とか考えながら、帰宅する電車の中でいろんな気持ちになり小さくバレないように泣いてしまった。
地震のSNSのこと。尊敬する、信頼する人たちからの情報はなるべく信じたい。そうなのだけど、発信をすることについて、映画監督の枝さんが信憑性の話をしていて、シェアができない、というようなことをSNSに綴っていた。良心を騙すような、いろんな詐欺も起きていて、ちゃんと調べてから行動したいと思いつつ、今は瞬発力なのではと思ったり、寒い季節がやってくるよなあと、頭がごちゃごちゃする。寄付について考えているとき、わざわざの平田はる香さんが「被災地に感情移入しすぎて普段の生活を失わないように。寄付はできる範囲で継続的に。1万円を一回より千円を10回百円10回でも。長期間にわた��て支援しよう」と書いていて、まさにそう、1回で満足しないで、何度でも、と頷いたり。でも、自分の暮らしもちゃんとしなくちゃとか、ぐるぐるする。
ガバッと起きて、下北沢ボーナストラックに向かう。自転車で10分ちょっと。ギャラリースペースではカレンダーマーケットが開催中で、友達や自分がお誘いした出店者さんがいるので、挨拶をしに。到着してすぐにミヤジが良いカレンダーを案内してくれておもろい。ビール飲んで、ゲラゲラしながら、出店中のヤマグチナナコちゃんと、SAITOEさんに阿部龍一ブースの良さを発表して満足する。阿部の作品や思考は本当に素晴らしい。
同施設内にあるキッチンスペースでは、今日は養生家の鈴ことさなえさんと、mizudoriのまみさんが出店していて、場所を管理しているりさPが、紹介したいと言って連れて行ってくれた。以前山梨の0-siteで開催されたイベントで、ちまきとホットワインを購入したことがあって、さらに昨年末にeatrip soilで開催のイベントでも見かけて気づいてくれていたらしく、その話もしつつ嬉しい再開。美味しい白味噌の雑煮と、出汁割り、おこぼれで微発泡の日本酒、出汁もご馳走になる。残り福。身体にあったお出汁や日本酒のことをお話しして、一息つく。ほっとする。今年一緒に何かやりたいな〜とお話する。嬉しい。
続けてラウンジで残って仕事をしようと思ったけど、真っ直ぐ帰宅する。帰り道、怒鳴りながら自転車を漕いでる人がいて、「こわ〜」と思いながら、私が動線を塞いだようになった瞬間に(絶対に悪くない)罵倒されてしまったが、心を無にして道を変えたら、矛先がなくなったからか、さらに大きな声で背中越しにまた罵倒された。さらに無になって大きく深呼吸して、「あの人にもあの人なりの理由があるのだ」とほんの少しだけ思考して、記憶装置から抹消した。毎日いろんな人がいろんなことを抱えて生きてる。
さっきお雑煮食べたので、夕飯は野菜だけのサラダにする。菜の花が美味しいよ〜。そのまま残った仕事をしながら、明日も担当のイベントがあるので早く寝なくちゃとお風呂に入ろうと思ったところ、建築集団 々の野崎将太さんが、インスタライブをしていたので開く。実際に野崎さんは地震が起きてすぐに被災地に向かっていて、現地で簡易トイレを作ったり、生のその日の様子をレポートしつつ、今何をするべきなのかを投稿に残していた。野崎さんとは1回しか会ったことがないけど、仲の良い友人たちが信頼している人で、場作りも含めて作る建築は本当にかっこいいなあと思う。人としても。今回はあやおさんという実際に被災をした方と話す機会を設けていて、報道やSNSで流れていることと、実際に体感したことの違いや、これから起こりえること、今実際に起きていることなどを話していた。現状、今は被災した家に侵入する盗難が多発しているらしく、家を守るために車中泊して見張っている人も多くいるという。被災地が渋滞になるから、ボランティアに来ないでくださいという投稿もよく見るけれど、実際緊急物資などは、一般の人が通れない大きな道を使っているので、現状実際には関係ないこと、スカスカの道もあること、言ってるようにすごく渋滞している道もあること、だけどそれは明日にはわからないこと、被災地には本当に若者がいないことなどを丁寧に話してくれた。これから雪深くなり、外に出れていた人が避難所の中だけで過ごすようになることでのストレスのことなど、本当に今起きていることを話してくれていた。
あと、桐本くんが、地震直後、楽天モバイルだけが使えたことや楽天のキャリアが一番先に避難所に到着して救われたことを書いていて、忘れないようにしようとか。災害メモ作らなきゃとか。色々また巡ってしまい整理する。野崎さんは、阪神淡路大震災の時の経験が、今回の行動にもつながっているというようなことを話していた。身近な友達のアグネスも阪神淡路を経験していて、出かけるときはコンセントを全て抜くと話していた。私は3.11の時も京都に住んでいたので、大きな地震は経験したことがない。
お風呂に入った後に、GAZAのことを発信してくれている波田野州平くんのストーリーもチェックする。自分じゃ拾えない情報を集めてくれて、ずっと発信してくれている。戦争も本当にやだよ。自分にできることも考えるけど、もうちょっと勉強をすることもしなくては。自分は無知すぎる。
(そういえば1/13-19まで下高井戸シネマで2019年作の「ガザ 素顔の日常」という映画が上映される!見なければ)
お正月に起きたいろんなこと、秋から続く悲しい出来事、全部ぜんぶ終わりますように。願うし、動きたいし、できること考えたい。でも、まずは自分が悲しくなって倒れないように、心のケアもしつつ。メディアからも距離をとることをちゃんとして、一人で考えないで、隣の誰かと話すこと。会話して安心すること、みんなが考えてることを知ること。何もできなくてもちゃんと想ってるだけでもいいと思う。あとテンション上がりすぎないように、ちょっと落ち着くこと。余裕が無くならないように、自分のことも考えること。深刻になりすぎないように日常を過ごすこと。この日記も、そういう安心の場になるといいなといつも思う。日常をみんなに綴ってもらえるというかけがえのないこと、を、続けたいです。
元旦から文章にしたくて、自分の番じゃないけど日記を書いてしまいました。こんなことを考えながら、1m以上ある立派な泥ごぼうを夜中に炊き、ホクホクのごぼうができたよ。うまいです。幸せ。明日は楽しみにしてる新年会もあるのです。みんなに会えるの嬉しい。おやすみなさい。
-プロフィール-
鷹取愛
東京
山ト波
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リサイクルマート泉大津店
リサイクルマート泉大津 家族経オーナーと店長の平野は従業員の給料、残業代を何ヶ月も支払いせず労働基準監督署に訴えられ仕方なく渋々払う最低なオーナーです。
このリサイクルマート泉大津店はリサイクルマートに加盟してるだけで本社と何の関係もほぼ無い事をいい事にそれを利用し悪行三昧繰り返し好き放題してる輩な店です。本社確認済
本人は経営者気取り傲慢な態度で人を使ってやってる召使いや動物のように軽視して利用し金を出すのは嫌ってゴミ売ってる商売で自分がゴミ以下って漫画ですね。礼儀、常識、道徳無く器小さい人間の見本で勉強させられました。
従業員を泣かす上に平気で一般客から金銭詐取し騙したり阿漕な買取りや金銭詐取販売して当たり前
現に経営者と嫁の店長が悪事を企て嘘、言い訳、開き直り、屁理屈、ノークレームで騙されましたから書いてます。女の腐ったようなズルく狡い奴等です。
特に相場わからない高齢者と子供には足元見て善人ぶり安価で買取りや無料で引き取るが手口で手にすればこっち
販売では、傷物、バッタもの、故障品、まがい物、盗品みたいな物、粗大ゴミで処分に出して放置されてる野ざらしの物を拾ってきたような物を平気で隠して販売し後はノークレームだの客にクレーマーだの言い掛かりつけ阿漕な商売してる上記にも記載したような汚い経営方針です。
水を吸って腐りかけ電化製品ならとりあえず短命で動く、故障品、接触不良当たり前で騙して販売してます。
いいような事ばかりこの店のHPやSNS等には唄っててますが、悪評は必死で火消しに回ってるとても痛い神経小さい経営者
泉大津付近の方は騙されないようお気を付けください。
大阪府泉大津市助松町3-1-34
0120993196
リサイクルマート泉大津店 家族経営者及び店長の平野は金銭詐取する泥棒の詐欺師です!
買取りは騙されないよう相場を調べて信用できる優良な店に査定してもらいましょう!
0120993196
0725323579
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誤字脱字等修正前のデータになりますので、あしからずご了承下さい。
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(シーズン2あらすじ)
私はファッションモデルの紅一美。
旅番組ロケで訪れた島は怪物だらけ!?
霊能者達の除霊コンペとバッティングしちゃった!
実は私も霊感あるけど、知られたくないなあ……
なんて言っている場合じゃない。
諸悪の根源は恩師の仇、金剛有明団だったんだ!
憤怒の化身ワヤン不動が、今度はリゾートで炸裂する!!
pixiv版 (※内容は一緒です。)
དང་པོ་
高々とそびえる須弥山の麓。宙にはトンビやカラスが舞い、地上では鮎や鯉が戯れに滝を登る。その平穏な滝壺のほとりで、徳川徳松少年は私達に今生の別れを告げる。
『あんたらは何も気にしないでいい。地獄行きはぼくだけだ』
「そんな」
光君はしゃがんで徳松の両肩に触れた。
「利用されてただけで。地獄など!」
『ダメだ。御戌神は沢山殺しすぎた。誰かがその業を背負って行かにゃ、地獄の閻魔さんが困っちまう』
……野暮な事実だけど、現代に地獄や極楽へ行く人は稀だ。大昔は全ての神仏と霊が宗教という秩序のもと、亡くなった人の魂を裁いたり報うための聖域が幾つも設けられていた。けど地球全土が開拓され人口過多の現代では、そういった聖地を置ける場所も管理する神仏も足りていない。誰もが知っている程の重罪人や、誰が見ても割に合わない一生を遂げた善人だけが、狭小な聖地へ招き入れられるんだ。それが当たり前となった平成の時代に徳松が『地獄』へ赴いたとしても、事務的な獄卒にちょっと話を聞かれて追い返されるだけだろう。ただ、江戸時代からずっと本物の地獄を生き続けた彼に、私もドマルもそんな残酷な事言えるわけがなかった。
「どうしてそこまで……島の人達が、あんたに見返りを?」
『見返りなど! これは誰かがやらにゃならねえ事だから。……そりゃ本当はぼくだって辛かった。大散減が飢えたらぼくも腹ペコになって、嫌だ嫌だって思いながら人殺しを。しかも殺るのはぼくと本来無縁だった来世達が! ぼくは……何も出来なかった。ゴメンナサイって思うしか出来なかった』
「僕が地獄へ行く」
『バカこくな……』
「こいてねえ!」
光君は徳松を抱きしめた。
「何が救済だ! この世界は誰かがババ引かにゃ成り立たねぇなら、僕が地獄へ行く! そして何一つ反省しないで永遠に場所取り続けてやる! あんたみたいな人が落ちてこれねぇように!!」
『……!』
すると光君の背中に後光が差していく。ドマルは無言で跪き合掌。私は徳松の隣に寄り添い、彼の顔から影を拭った。
「徳松さん、もう誰もこの件で地獄に落ちる事はありません。あなたは許されたんです」
「『え?』」
光君は振り返り、自分の後ろに光輪ができている事に気がついた。
「こいつは……!」
༼ 正しい心のもとに、仏様は宿られる。今のこの青年の言葉は、あなたが犯した罪を浄化するに足る力があった。そもそも、殺生の罪とは誰か一人に擦り付けられる物ではない ༽
ドマルも徳松の傍に寄る。
『そんな……けどぼくは実際、何度も人殺しを』
「徳松さん」
これは、あなただけの問題じゃないんだ。
「人が生きるためには、誰かが絶対に殺生をしなきゃいけないんです。お肉を食べるためには、農家の人に動物を屠殺して貰わなきゃいけない。家を守るためには、ときどき業者さんに虫や鼠を駆除して貰わなきゃいけない。殺した本人が悪い、自分で殺してないならセーフ、じゃないんです」
༼ 言っておくが、僧侶やヴィーガンなら無罪とかそういう事もないからな。草木を殺した死体を着て胡座をかいている坊主だって、もちろん業を背負っている。大事なのは、自分や大切な人々が生きるために糧となった命達への謝意。『謝罪』と『感謝』の心だ ༽
『謝意……』
光君は徳松の頭を撫で、徳松と指切りをする。
「徳松様。僕達の救済は殺生って形だったけど、誰もせにゃもっと沢山人が死んでたかもだ。僕はあんたの苦しみをずっと忘れない。あんたと一緒にしでかした事、あんたと繋がる縁、全てを忘れない。だから、どうか、安らかに」
『光』
光君の後光は強まり、草葉の陰にまで行き渡る。するとそこから一匹のザトウムシが現れた。針金のように細い体を手繰る、か弱い盲目の虫だ。徳松は子犬のような笑顔を浮かべた後、もはや誰も傷つける事なきその小さな魂を率いて何処へと去っていった。
༼ はあ、最高かよ。エモいなあ ༽
ドマルが呟いた。口癖なのかな、それ。
「ドマルはどうするの?」
༼ 拙僧はあなたの本尊だ。ムナルの遺志をあなたが成し遂げた時、この自我は自然とあなたに帰するだろう ༽
「そう。じゃあ、金剛を滅ぼすまで成仏はお預けだね」
༼ 成仏……あいつみたいな事を言うな。そもそも拙僧は邪尊だ ༽
ドマルは須弥山の風景を畳み、また私の影に沈んでいった。あの世界で逝去した徳松は、私と光君の中で永遠に生き続けるんだ。
གཉིས་པ་
「じゃじゃじゃじゃあ、埋蔵金って徳川徳松を襲った大妖怪の事だったんですか!?」
空港エントランスにタナカDの馬鹿でかい声が響く。熾烈を極めた大散減浄霊から一夜、五月五日午前九時。私達はしたたびの締めコメントを収録している。けど佳奈さんと二人きりじゃない。この場には玲蘭ちゃん、後女津親子、そして光君がいる。モノホンのみんなで予め打ち合わせした筋書きを、玲蘭ちゃんがカメラに向かって話す。
「したたびさんが歌の謎を解いて下さって、助かりました。マジムンは私達霊能者が協力して、一匹残らず退治しました。ね、斉一さん」
「え! え……ええ!」
斉一さんは『狸おじさん』のキャラを再現しようと、痛ましい笑顔を作った。
「いやぁ、大変だったんすよ。でもね、私の狸風水で! 千里が島の平和は……ぽ、ぽんぽこ、ぽーん、と……」
「た、狸おじさん? ひょっとして泣いてるんですか?」
タナカDが訝しむ。その涙は失った家族を思い出してのものか、はたまた安堵の涙か。カメラに映らない万狸ちゃんと斉三さんも、唇をぎゅっと噛んだ。
「い……いえね……俺今回、割とマジで命がけで頑張ったから……撮ってなかったなんてあんまりじゃないっすか、タナカDっ!」
「なはははは、そりゃすいませんねぇ! こっちも色々とおみまいされてまして……ぶえぇっくしょん!!」
そういえば光君が島民達に拉致されてから色々ありすぎて、私も佳奈さんもタナカDの事をすっかり忘れていた。スマホに入っていた何十件もの不在着信に気がついたのは、昨晩ホテルに戻っていた道中。二人で慌ててタナカDを迎えに行くと、彼は何故か虫肖寺の井戸の中で震えていたんだ。
「タナカさん、そっちは一体何があったんですか?」
「聞いてくれますか? 僕はねぇ、人生で一番恐ろしい思いをしたんですよぉ……」
未だ風邪気味な声でタナカDは顛末を語った。あの時島民達に襲われたタナカDは、虫肖寺のお御堂へ拉致された。そこの住職はタナカDに、「肋骨を一本差し出せばしたたびチーム全員をこの島から無事に帰してやる」というような脅迫をする。祟りなんて半信半疑だったタナカDは千里が島を『島丸ごと治外法権のヤバいカルト宗教村』だと判断、演者の命を優先するため取引に応じる事に。ところが「肋骨は痛そうだしちょっと……」「小指の骨とかで妥協して頂けませんかねぇ?」「足の小指です」などと交渉に交渉を重ねた結果、島民達を怒らせて殺されかけてしまう。慌ててお御堂から逃げ出したがすぐに追っ手が来たため、タナカDは咄嗟に井戸を降りて身を隠した。しかし数分やり過ごして地上へ戻ろうとしたその時、地震や爆発音などあからさまに異常事態が起きておちおち井戸から出られなくなってしまったのだという。色々とツッコミどころが満載な顛末だ。
「あなた、カルト相手に演者の命を値切りしたんですか」
「悪かったですって。けどあの時は本当に怖かったんですよぉ、紅さんだって同じ立場だったら値切るでしょぉ?」
���それは暗にまた私を小心者だと言ってるんですか? この三角眉毛は??」
「一美ちゃん、ここでキレたら小心者だよ!」
「なっはっはっはっはっは!!」
なんだか腑に落ちないけど、まあタナカDが無事だったのは本当に良かった。思い返せば虫肖寺という名前は『虫の肖像という名を冠したお寺』で、さらに漢字を繋げて読むと『蛸寺』になる。つまりそこも八本足のザトウムシ怪虫、大散減を祀る場所だったんだろう。
「皆さん、もうすぐ搭乗開始が」
光君が腕時計を見て告げる。二泊三日、色々あった千里が島ともついにお別れだ。それでも、この地で出会った人達や出来事、それら全ての『ご縁』は、決して捨てるべきじゃない大事なものだと思う。
「光君」
私は化粧ポーチから青いヘアチョークを取り出し、光君に手渡した。
「引越しが落ち着いたら、連絡してね」
「モチのロンで。一美ちゃんいないと、東京で着る服など何買えばいいかわからないんだから」
光君は徳松の成仏を機に、役場の仕事を辞めて島を出る事にしたそうだ。運転免許を取ったらすぐに引っ越すらしい。今は一時のお別れだけど、またすぐに会える。
「それじゃあみんな、帰るよ」
佳奈さんがここにいる全員の手を取った。
「……東京へ帰るよ!」
「「「おー!」」」
གསུམ་པ་
それから数週間経ち、したたびで千里が島編がオンエアされる頃。
宗教法人河童の家は、『リムジン爆発事故で教祖含め大勢の信者が亡くなった』事故で、アトムツアー社に業務上過失致死の集団訴訟を起こした。リムジンを居眠り運転をしていたアトム社員が新千里が島トンネル前のコンビニに突っ込み、そこに設置されていたプロパンガスに引火、大炎上を起こした……という筋書きだ。この捏造によって私がコンビニを焼却した件も不問になり、私は本当に河童の家さんに落とし前をつけて貰った事になる。なんだかだぶか申し訳ない気もしたけど、先日あんこう鍋さんにお会いしたら『アトムから賠償金めっちゃふんだくれたんでオッケーす、我々はただの笑いと金が大好きなぼったくりカルトですから』と一笑に付してくれた。
加賀繍さんは、玲蘭ちゃんと斉一さんが辞退した除霊賞金三億円を一切合切かっさらっていった。その資金を元手に、電話やスマホアプリで人生相談ができるサービス『みんなのぬか床』の運営を開始。それが大ヒットして、今度は星占い専用人工衛星とやらを打ち上げる計画をしているそうだ。私も興味本位で一度ビデオチャットを課金してみたら、魔耶さんと禍耶さんが相談に乗ってくれた。そういえばこのサイトには、プロフィールも名前もない謎の占い師と繋がる事がある……なんて都市伝説があったような。
後女津親子は失った斉二さんの分の戦力を補充するため、木更津のどこかにあるという聖地『狸の里』で一から修行し直すと言っていた。斉一さんは生きながら強力な妖怪の魂を持つ半妖(はんよう)という状態を目指し、万狸ちゃんと斉三さんもそれぞれ一人前の妖怪になれるよう鍛錬を欠かさないとのことだ。ちなみに万狸ちゃんは九尾の狐みたいに糸車尻尾をたくさん生やして、佳奈さんの童貞を殺す服を着た女���殺す京友禅メイド服に���抗する服を作るのが目標らしい。
玲蘭ちゃんはなんと、あの後再び千里が島に行ったそうだ。今度は沖縄から神様を大勢率いて、長年大散減によって歪んでいた島の理を正したんだという。そこまでしたのにアトムツアーから何の見返りも受け取らなかったのは、『あんな賠償やら何やらで倒産寸前の会社と今更縁を持ちたくないから』。代わりに島の魂達から感謝の印にと、ちゃんと浄化済みの大散減のエクトプラズムをたくさん授かったそうだ。これまで多くの人々が追い求めていた徳川埋蔵金は、玲蘭ちゃんが手に入れたんだ。
さて。一方私はというと、顔のかなり目立つ位置にニキビができてしまいちょっぴりヘコんでいる。しかもこんな時に限って、メッセージアプリで久しぶりに光君から連絡が来た。だぶか、これが想われニキビというやつなんだろうか。
『From:あおきち
映画の前売チケットがたまたま二枚で! ご興味など?』
……うーん、なんてベタな誘い文句! 返信をしたら詳しく経緯を説明してくれた。
実は来週公開の『シャークの休日』というイタリア映画が、光君が以前務めていた千里が島観光課とのタイアップで『全編南地語字幕上映』という企画をやるらしい。それで光君にも、地元の元同僚さんからチケットが送られてきたそうだ。イタリア人がチャキチャキの南地語を喋ってるような字幕ってまるで想像がつかないけど、確かに面白そうだと思った。
「えーと、『来週の月曜か木曜なら木曜がいいです』……と」
実はどっちも予定は空いているけど、ニキビを治したいから遅めにして貰った。返信を終えた私は早速洗面所へ。さっきお風呂で洗顔したとはいえ、ニキビの箇所はもう一度念入りに洗ってからちゃんとスキンケアしよ……
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Fjórði
そして一週間後、『トラップブラザーズシアター東雲(しののめ)』にて。
「あ、一美ちゃん! ごめん、お待たせを!」
平日昼間にも関わらず混雑する複合ショッピングセンターで、私は道に迷った青木光、恋人の光君をメッセージアプリ頼りに探し出した。
「あれ、キョンジャクとカンリンは?」
「それが、なくなっちゃったんだ。探してるから見つけたら教えて。そんなことより、行こう?」
この期に及んで『デートできる服を持ってない』などと言い出す恋人を助けてやるため、私は映画鑑賞の時間が近付く前にメンズファッションフロアへ向かった。まるでコーディネートの基本もなっていない男に、流行に合わせた服装を宛がう。それだけで「さすがプロは違う」と煽てられるのだ。
「一美ちゃん? ひょっとして、退屈で?」
「ううん、光君と一緒にいられて楽しいよ」
上映十五分前になり、私達は映画館に戻った。ロビーのスクリーンでは、丁度今日見る作品『シャークの休日』のトレイラーが流れていた。
『餌食である人類の世界を見てみたい……海底は人喰いザメの王国から、自由を求めるサメ姫シャークリー・シャックバーンがローマにやって来たぞ! 姫は魔法で人間に化けて新聞記者と恋仲になるけど、デート中『真実の口』に手を入れたらサメだと見破られちゃった! 魔法が解けて、ローマの人々をヤケ食いし始めるお姫様……全伊震撼の大パニックムービー誕生!』
お世辞にも興味をそそられる内容とは思えないが、私は今までしてきたように楽しそうに振る舞う。
「映画、楽しみだね」
「うん。あ、一美ちゃん、あそこに真実の口が!」
光君が嬉々として示した方向には、記念写真が撮れる真実の口のパネルがあった。彼はタイマー撮影用スタンドに自分のスマートフォンをセットした。
「ねえ、光君。作中の真実の口って、トレイラーで喋ってたよね。『サメ……ウソ……』って。これも手を入れたら喋るかな?」
「一緒に確かめてみるので。いっせー……」
「のー……」
「「せ!」」
『シタタビ……ウソ……』
その時、私はこの真実の口が何か妙な事を言ったように聞こえた。シャッター音と被って耳が錯覚を起こしただけ、だろうか。
「ごめん、もう一回手を入れてみていい?」
「モチのロンで」
二人でセンサー部分に再び手をかざす。
『シタタビ……ドッキリ!』
ヌーンヌーン、デデデデデン♪ ヌーンヌーン、デデデデデン! 突然、テレビ湘南制作『ドッキリ旅バラエティしたたび』主題歌、『童貞を殺す服を着た女を殺す服』のイントロが映画館ロビーに響き渡った。忽ちこの身体は自らの意志に逆らい跳躍し、入場口とは反対方向のエスカレーターへ飛び降りていた。先月末、ドラマ『非常勤刑事』の撮影で主演の男に「一度も見破れないのはだぶか君の才能だ」と言われた記憶が脳で想起される。
「って、サメえええぇぇえええ!?」
エスカレーター階下にはサメ帽子を被ったエキストラの大軍が群がっていた。私はコミカルに叫び、スカートスタイルにも関わらず粗暴に下りエスカレーターを駆け上がった。すると階上には、『ドッキリ』と書かれたプラカードを掲げる光君と志多田佳奈が待ち受けていた。
「ドッキリ大成功ー! 志多田佳奈のドッキリ旅バラエティ、」
「「したたびでーす!」」
悔しがってどうこうなるわけでもないはずだが、この身体はヒステリックに地団駄を踏んでいた。
「やいやいやい小心者! ハニートラップに引っかかるなんてまだまだ小心者だぞ小心者!」
「うるさい万年極悪ロリータ! そこの真実の口で実年齢をバラしてやろうか!?」
「うわぁ~、みみっちー」
しかし、これを放送するのは芸能事務所に許可されるのだろうか。私はまだ世間に正式に発表できるほど、彼と進展した関係ではないはずだ。
「あのね、佳奈さん。私と光君は今日が初デートだし、まだ事務所に何も言っていないんです。こんなのオンエアされたらこちとらたまったもんじゃないんですよ!」
「あ、社長さんには私が色つけて説明しといたから大丈夫だよ」
「勝手に何してくれちゃってるんですか!?」
「だってだって、光君の一美ちゃんへの愛は本当だよねー?」
光君は気恥しそうに真実の口へ手を入れた。
『……ホント』
よく見ると真実の口は、画角外のタナカDが裏声で喋っていたようだ。
「初デートを返せこの三角眉毛ェェ!!」
「ぬわははははは!! ごめんなさいって! ナハハハ!」
「一美ちゃんごめん、本っ当ごめん! これで堪忍を!」
光君が私に何やら縦長なフリップを差し出した。それは特大サイズに拡大印刷されたシャークの休日の前売券だ。
「『映画の世界へご招待! リアルシャークの休日』……『inローマ』ああぁ!!?」
「そ! 今回のしたたびは海外企画、イタリア編! 実は私、この映画の日本版主題歌を担当させてもらったの。そのPVを、ラブラブなお二人に撮ってきて貰いまーす!」
「え、じゃあ佳奈さんは今回行かないんですか?」
「うん。だって主題歌が入るニューアルバム、まだ収録全曲終わってないし。代わりにPVでは一美ちゃんの彼氏役が必要でしょ? だから光君を呼んだの」
そういう事だったのか。今回は光君が撮影に同行するのだ。
「ドッキリは正直ちょっと気が引けたかもけど、テレ湘さんが僕達を海外旅行に連れてってくれるんだから。ローマで本物の真実の口やったり、トレビの泉でコイン投げるなど!」
光君はさぞ嬉しそうに小躍りした。だが、それでは浅はかというものだ。
「光君、ちなみにローマで何をするか知ってるの?」
「うん。だから、映画みたいに真実の口とか……」
「そのフリップ、『inローマ』の下にやたら余白があるよね。よく見て、端がめくれるようになってる」
「え? あっ本当だ! タナカさん……」
「いいですよ、めくって」
フリップから粘着紙を剥がした光君は、前髪で表情が隠れていても解る程、顔面が蒼白した。フリップ上に現れた文章は、上の文字と繋げて読むと『映画の世界へご招待! リアルシャークの休日inローマ県オスティア・ビーチ~スキューバダイビングで人喰いザメの王国へ~』と書かれている。
「そっちへ!?」
彼もまた、私と同様に番組に騙されていたという事だ。するとタナカDが高笑いしながら、タブレットPCで企画書を開いた。
「お二人には最初の三日間でライセンスを取得して、四日目にサメと潜って頂きます。天候とかあるので五日目は予備日にしていますが、運が良ければ真実の口にも行けるかもしれませんよぉ」
「行けるかもしれませんよぉ、じゃないですよ。何が悲しくてイタリアまで行ってサメのいる海に潜らなきゃいけないんですか!」
「あやや……あやややや……」
「しかもこんなショッピングセンターでネタバラシしたって事は、どうせここで荷物買って今から行くんでしょ? 予算一万とかで」
「さすが紅さん、よくわかってらっしゃる」
「今から!? しかも一万円で旅支度を!?」
「安心して下さい、一人一万です。うははははははは!」
私達したたびチームにとっては定石である無秩序な行動に、光君はただ困惑している。
「じゃあ光君、衣装買いに行くよ。デートに行く服がなかったなら、PVに出る服だって持って���いでしょ」
「えっでも、流石にダイビングスーツは現地じゃ?」
「サメと泳ぐだけで終わらせるわけないでしょ? だぶか海中ロケなんてさっさと終わらせて、二人で街ブラする撮れ高で佳奈さんのPV埋め尽くしてやるんだ!」
「そ、そうだ……せにゃ! 見てろよ佳奈さん!」
「ふっふっふー。そう簡単にいくかな? 衣装に予算使いすぎてだぶか後で後悔するなよっ!」
「国際モデルのこの私のプチプラコーデ力を侮らないで下さい。だぶか佳奈さん本人が出てるPVより再生数稼いでやる!」
斯くして、また私達は旅に出る事になった。『行った事のない場所にみんなで殴り込んで、無茶して、笑い合って、喧嘩して、それでも懲りずにまた旅に出る』とは佳奈さんの言葉だ。それが私にとっての日常であり、私はこのような日々がいつまでも続くと漠然と思い込んでいる。
し か し 、 そ れ で は こ の 『 私 』 に 金 剛 の 有 明 は 訪 れ な い 。 間 も な く 時 が 来 る 、 金 剛 の 楽 園 ア ガ ル ダ が こ の 星 を 覆 い 尽 く す の だ 。
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ひとみに映る影 第七話「紅一美に休みはない」
☆プロトタイプ版☆
こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。
段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。
書籍版では戦闘シーンとかゴアシーンとかマシマシで挿絵も書いたから買ってえええぇぇ!!!
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(※全部内容は一緒です。)
pixiv版
◆◆◆
ただただ真っ白な空と海があった。
天地を分かつ地平線すら見えないほど白いその空間に、私、ワヤン不動という影だけが漂っていた。
未だ点々と炎がちらつくその身体は、浅い水面に大の字に浮き、穏やかなさざ波に流されていく。
ここはどこだっけ、私はどうしていたんだっけ。
そういった疑問は水にさらされた炎と共に鎮静していった。
遠くに誰かがいる気配がした。軋む身体を起こすと、沖縄チックな紅型模様の恐竜が佇んでいる。
濡れて重たい両足を引きずり、そこに近づくにつれて、段々と海は深くなり、かつ水が温かくなっていく。
立ったまま胸まで浸かる程深くなると、まるで露天風呂に入っているように、頭がぼーっとしてくる。
恐竜の隣には小さな足場とベンチがあり、可愛らしい白装束を着た金髪ボブカットの女性が座っていた。
丸く神々しい後光がさしていて、顔は逆光でよく見えない。天女だろうか。
ベンチから足だけを温水に投げ出し、足湯を楽しんでいるようだ。私は水中からそれを見上げている。
(ああ…誰だっけこの人。どこかで会ったことがある気がするけど…)
挨拶するかどうか迷う。気まずい。いずれにせよ、何か声はかけよう。
ここはどこですか、とか、あなたは誰ですか、とか…
「…アガルダって、何なんですか」
いや、どうしてそうなるの。私。完全に変な人じゃん。
だめだ、頭が回らない。案の定天女は苦笑した。
「いきなり凄い事聞くよね」
「知らないんですか?金剛楽園アガルダ」
「あんただって知らないんじゃん。
まあでも…金剛有明団(こんごうありあけだん)っていう、なんかこう、黒魔術師達の秘密カルトがあるらしいよ。
世界中から霊能者の魂を収集してて、何かにつけて金剛、金剛ってウザい喋り方するんだって。それじゃない?多分」
「ああ。それですね」
「てか、そんなの聞いてどうするの」
「滅ぼす」
「ウケる」
天女はコロコロと笑った。
「ここは何なんですか」
「私の夢の中…それかあんたの夢かも?
ま、どうでもいいんじゃない?」
「あなたも金剛の使者?」
「まさか。私だって昔、観音和尚様にはお世話になったんだよ?」
「え…」
逆光の影をエロプティックエネルギーでどかして、私は改めて天女の顔を見た。
ああ、そっか…金髪にしたんだ。中学の時はさすがに黒髪だったよね。
髪、そうだ、髪だよ。私はその天女…いや、その祝女に問うた。
「あのさ。どうでもいいけど…ゴムか何か持ってたりしない?
さっきから髪がメチャクチャお湯に入ってるんだ」
◆◆◆
何の脈絡もなく目覚めると朝になっていた。
私は怪人屋敷エントランスのソファで眠っていたらしい。
サイレンや話し声が騒々しい。外光が射しこむ窓越しに、救急車や数台のセダンが見える。
「一二、三!」
救急隊員さん達が、担架からストレッチャーに何かを乗せた。白い布にくるまれた、岩のような何かの塊を…
そうか。ああやって外に出せているという事は、全て終わったんだ。
私達は殺人鬼を見つけて、悪霊を成仏させて…たくさんの命を救ったんだ。
「あ…紅さん」
譲司さんがこちらに駆け寄る。
「紅さん起きましたーっ!」
<ヒトミちゃん!>「オモナ!ヒトミちゃーん!」
オリベちゃんとイナちゃんも…みんなボロボロだ。全身煤埃や擦り傷だらけの譲司さんに比べればマシだけど。
オリベちゃんに肩を借りて立ち上がると…バシン!私は超自然的な力に頬を打たれ、衝撃で尻餅をつく。
「リナ…」
「アナタ、ワヤン不動になって、何回死んだの?」
「…」
「何人分殺されたの」
殺人被害者達の死の追体験。あの時はハイになっていて恐怖を感じなかったけど、今思い出そうとすると、身の毛もよだつ感覚が鮮明に蘇る。
「うう…数えればわかるけどさ…」
「じゃあ、二度と数えないことね。
アナタは…ちゃんと生きて帰ってきたんだから」
「え?」
宇宙人体のリナは長い腕で私を影ごと抱きしめ、子供をあやすようにぐしゃぐしゃに頭を撫でた。
「良かった…。アナタの精神がアレと相打ちにでもなったら、アタシ観音和尚に顔向け出来ないもの…」
初めて見た、いつも気丈なリナの泣き顔。彼女は涙を流しながら、人間の姿に縮んだ。
それはとても綺麗だった。美人だった。
その後私達は警察やNICの職員さん達から聴取を受け、昼過ぎにようやく解放された。
水家曽良は表向き被疑者死亡で書類送検とされ、未だ脳細胞が活動し続けている遺体は研究対象としてドイツのNIC本部に収容されるらしい。
待ちに待ったお蕎麦屋さんに私達が到着した時、既にテレビではニュース速報が流れていた。
皆神妙な顔で画面に見入っていたが…
ぐぎゅるるるる…
私の腹の虫が重い沈黙を破った。慌ててトートバッグを抱きこんでも、もう遅い。
「くくく…やるなぁ、あんた…」
ジャックさんやリナの表情にじわじわと含み笑いが浮かんでくる。
普段なら恥ずかしいとか、タレントとしてはオイシイだとか思うけど、なんかもうダメだ。
ぐぎゅぅぅぅるるる…空腹と疲労と寝不足で、私はリアクションの一つも取れない。
「笑うなや。ワヤン不動様昨日飲まず食わずで、あんだけ働いてくれとったんやから。なあポメ?」
「わぅん」
譲司さんとポメちゃんの優しみ。有難い。
でも、すいません。もう限界です。糸が切れたように私はテーブルに突っ伏した。
<や、やだ、ヒトミちゃん!?
ていうか何その手、ダイイングメッセージ!?>
霞む意識の中、私はお品書きを指さしていた。
最後の力を振り絞ってオリベちゃんにテレパシーを送る。
<お願い、こ、これを…注文して下さい…!>
<いや、私日本語読めないんだけど。
イナちゃん、これ(鴨南蛮)なんて書いてあるの?>
「アヒルナンバン大盛り」
「かもなんばん!!」
なんかノリツッコミしたら自力で復活できた。
代わりにリナ、萩姫様、ジャックさん、譲司さんが抱腹絶倒した。
ようやく腹ごなしを済まし、私達は民宿に戻った。
荷物を下ろすやいなや、全員示し合わせたように脱衣所へ直行。
昨日も入った露天風呂だけど、めちゃくちゃ気持ちいい!
「あーーーー!染み入るーーーーっ!」
「本当よぉ!アナタ達バカだわ、せっかく磐梯熱海に来たのに、ちっともお風呂入らなかったんだもの!ねえ萩ちゃん」
「同感同感!イナちゃんは日本の温泉初めて?韓国の方々も温泉好きなんですってね?」
「そです、私達オンセン大好きヨ!気が清められるですねー!」
<うちの風呂もこれぐらい広かったらなぁー。そっちはどう、ジョージ?>
すると衝立一枚隔てた男湯からレスポンス。
「pH結構高いなー!」
<いやダウジングしてどうすんのよ!>
「冗談冗談。あのねー!そもそも空気がめっちゃええの!
湯気で保湿されとるし肺まで癒されるわ!なあポメ?」
「あぉーん!」
ポメちゃんも上機嫌のようだ。
私も男湯に声をかけてみる。
「ジャックさーん!うちのおんつぁどうしてますー?」
おんつぁは会津弁でバカの意。実は、プルパ型に戻った龍王剣をさっき男性陣に預けたんだ。
霊泉と名高い磐梯熱海温泉を引っ掛ければ、あれも少しはマシな性格になりそうだけど、女湯に入れるのはさすがに嫌だったから。
「おう、同じ湯船に入れたくねーからよ、言われた通り洗面器で漬けておいたぜ。
真っ黒なのは治んねえな!ハッハ…うおぉ!?」
「わぁ!」「きゃわん!」
男湯で異変!女子一同がそれぞれタオルや霊能力を身構える。
「ど…どうしたんですか?ジャックさん!」
「い、いや、その…龍王剣の中から…」
「中から…?」
「アー…剣じゃなくて、持ち手からなんだがな…あんたの和尚が馬頭観音になって出てきた」
「はぁ!?」
そんな馬鹿な。和尚様は成仏されたはず。
まあ、既に観音菩薩になられた和尚様が『成仏』というのもおかしな話だけど…。
「ま、まさか観音和尚、お風呂入ってるの?裸!?」
リナが衝立を覗こうと飛び上がった。私は咄嗟に影手を伸ばし、阻止する。
「こらっリナ!和尚様の前でそっ、そんな破廉恥をっ!!」
「うるさいわね!いいのよアタシはインターセクシャルだから、どっちに入っても!
これは美的好奇心であって猥褻な気持ちは一切ないわよ!」
「ヒゲと声以外ぜんぶ女のクセに何言ってるんだっ!やーめーなーさーいってのーっ!」
「アイタタタ、暴力反対!アナタだって本当は見たいんじゃないの?」
「んなわけあるか!!そりゃもう一度会いたいけど…っていうか小さい頃は一緒にお風呂入ってたもん!!」
「ずるい!このスキモノ!!」
すると衝立越しにヒョコッとポメちゃんが掲げられた。
もみ合っていた私達は不意をつかれて膠着する。
ポメちゃんの口には、何の異変も起きていない龍王剣プルパが咥えられていた。
「ハーイ、ドッキリ大成功!したたびでーす!」
譲司さんが裏声で腹話術する。
私とリナも、いつもテレビでやっているリアクションを返した。
「「…ぎゃーっ!また騙されたーーっ!!」」
そうこうしているうちに、また日が沈み始めた。
夕方五時。荷物やお土産をミニバンに詰めこみ、私達は民宿を後にする。
本当は猪苗代湖や会津方面の観光案内もしたかったけど、NIC職員のオリベちゃんや譲司さんが警察で事件の後処理をするため、私達はもう東京へ戻らなければ���らない。
そこでまず、萩姫様を大峯不動尊へ送りに行った。
「あ���な事があったけど、また遊びに来てね」
萩姫様はまた正装である着物に戻っている。けど、帯飾りや例のロケットランチャー型ポシェットといった小物に、オルチャンファッションの影響が残った。
「もちろん、また来るですヨ。ハギちゃんがバリとか韓国来る時も私呼んで下さいね」
そう言うイナちゃんの耳にも、萩姫様を彷彿とさせる黒い紐飾りピアスが揺れる。
通りがかりに寄ったお土産屋さんで売っていたやつだ。
私達一同と固い握手を交わし、萩姫様はお社へ消えていった。
◆◆◆
車に戻ると、道路沿いに小さな原付屋台があった。
ポッ、ポポポポ…ガラスケース内で、ポップコーンが爆ぜている。バターの香りが漂う。
その傍らではエプロンを着たジャックさんが、フラスコ型喫煙具を吹かしていた。
彼は私達が戻ってきた事に気付くと、屋台についている顔とお揃いのマスクを被り、スイッチを入れる。
ブゥーン…屋台の顔に仕込まれたスピーカーから、電子的ノイズが漏れる。
「アー、アー。ポップコーン、ポップコーンダヨ…ヨォ、ガキンチョ共!
ポップコーンダッツッテンダロオラ!ポップ・ガイノウェルシー・ポップコーンガオデマシダゼェ!」
ボイスチェンジャー声に合わせて、屋台の顔ポップ・ガイはガコガコと顎を上下する。
何でちょっと逆ギレ気味なのかはよくわからないけど、これが彼の定型口上文なのだろう。
「今日ハ閉店セールダ、トビッキリノポップコーンヲ食ワセテヤル。
マズハオ前ダ、紅一美!」
ガコンッポン!ポップ・ガイの顎が大きく開き、口から焼きたてのポップコーンが一粒飛び出した。
それは物理法則に反して浮遊し、私の手の中に落ちる…あっつ!
「ソラ食エ、騙サレ芸人!アッコラ、フーフースルナ!」
「だ、誰が騙され芸人ですか!…あつつ!」
ポップ・ガイにそそのかされて、私は熱々のポップコーンを口に運んだ。
…結構しょっぱい。そして胸焼けするほど油っこい。けど、麻薬的な美味しさ。
アメリカ人の肥満率が高い原因の片鱗に触れた気がする。
ポップコーンを嚥下すると、私の足元で、影が独りでに蛇の目模様を描いた。
「これは…」
見覚えがある。安徳森さん…ファティマンドラの種に見られる模様だ。
ジャックさんはマスクを被ったまま、スイッチを切った。
「そいつはファティマの目、トルコではナザール・ボンジュウと呼ばれるシンボルだ。
邪悪な呪いや視線を跳ね返し、目が合った悪しき魂を抜き取る力がある。
あのクソの脳内地獄で、安徳森が俺達タルパを保護するためにばら蒔いてたやつだ。
あんたが本気で金剛ナントカと戦うつもりなら、持っていけ」
蛇の目模様は影に沈んでいった。
つまりジャックさんのポップコーンは、彼の��を構成する欠片だったようだ。
「ありがとうございます」
私はファティマの目という霊能力を授かった。
ジャックさんが再びスイッチを入れる。
「次ハオ前ダゼ、ジョージ・アルマン!」
ガコンッポン!射出された新たなポップコーンは、譲司さん目がけて飛んでいった。
アルマンは、譲司さんがイスラエルに住んでいた時の旧姓だ。
「あっつ、はふっ…ん?
…ポップコーン種総量に対してバターが七〇%、レッドチェダーパウダーが五%、更に米油が…って、嘘やろ!?こんなに油使うん!?」
「バッカ、この野郎!読み上げるんじゃねえ!企業秘密だぞ!
養護教諭になるなら美味いポップコーンの一つも作れねえと、ガキ共にナメられるだろ」
「せ…せやな…?けどこれ、食べさせすぎたらあかんやつや!
ほどほどに振る舞わせて貰うわ、ありがと」
譲司さんが授かった魂の欠片は、ポップコーンの秘伝レシピのようだ。
いずれバリ島に遊びに行って、ご馳走になりたいな。
お次はオリベちゃんだった。
<うわ、確かに凄くジャンクな味だわ。
これは…ああ、懐かしいなあ…!>
オリベちゃんは目を煌々と輝かせて、ぼーっと中空を眺める。
「ちょっとアナタ、何が見えてるの?一人で浸ってないで教えてよ、ねーェ」
リナがオリベちゃんの眼前で手を振った。
<ごめんごめん。あまり懐かしいものだから…
私が貰ったのは、これ。テルアビブ・キッズルームの、たくさんの楽しかった思い出よ>
オリベちゃんが淡い紫色に発光し、周囲がテレパシー幻影に包まれた。
オーナメントやおもちゃで彩られたカラフルな家で、様々な脳力を持つNICの子供達が遊んでいる。
人形ジャックさんは、幽霊の女の子とアドリブで物語を話し合い、それを器用そうな男の子が絵本に綴る。
幼いオリベちゃんは、人に感情を与えるエンパス脳力者の女の子と、脳波をぶつけ合いながら睨めっこをしている。
その勝敗を判定しているのは、弱冠八歳で医師免許を持つ天才少年だ。
部屋の奥では彼らの様子を、二人の優しそうな養護教諭さんが暖かい視線で見守る。
「まあ。アナタ、子供の頃から素敵なファッションセンスしてたのね」
<もちろん!なにせテレパシー使いはシックスセンスが命だもの!>
「うふふふ」
こうしてリナと会話するオリベちゃんを見ると、彼女のキラキラした笑顔は子供の頃から変わらないものだったんだとわかる。
『出てこいよ、ジョージ。みんないるぞ』
長い髪のサイコメトラーの少年が、クローゼットの扉をノックした。
すると、中から…分厚い眼鏡をかけた小柄な男の子が、前髪で顔を隠しながら、遠慮がちに現れた。
「オモナ!ヘラガモ先生、とてもちっちゃいなカワイイ男の子だったの!」
イナちゃんが両手を頬に当てた。確かに子供の譲司さんは、精悍な今の顔からは想像がつかないほど可愛い。
というより、先程のサイコメトラーの少年…例の殺された『アッシュ兄ちゃん』の方が、大人になった譲司さんによく似ている。
この二人の少年の魂が混ざりあって、今の彼があるという話を、まさに象徴しているようだ。
「ねぇジャック、アタシ達にはないの?」
「わう!わう!」
リナとポメちゃんがジャックさんの周りをくるくる回る。
「ア?ドーブツ共ニヤルポップコーンハネエヨ、帰ッタ帰ッタ」
「馬鹿野郎、ポップ・ガイ。宇宙人のお客様なんて上客じゃねえか。無下に扱うんじゃねえぞ」
「ショーガネー、コイツヲ食ライナ!」
器用にポップコーン機構を操作しながらマスクスイッチを切り替え、ジャックさんが腹話術を披露する。
ガコンッポポン!射出された二粒のポップコーンはそれぞれ異なる軌道を描き、リナとポメちゃん目がけて飛んだ。
「先に言っておくとな。リナ、あんたには、水家の中にいたタルパ共の情報だ。
あいつは記憶を失った後も、金剛の呪いの影響で、無意識にあらゆる霊魂を脳内地獄に吸収していた。
人間だけじゃなくて、土地神やら妖怪やら色んな奴を吸い取っていたから、見ていて退屈しなかったぜ。
タルパを作るのがあんたの本能なら、何かの役に立つかもな。だが物騒な怪物だけは作るんじゃねえぞ」
「わかってるわかってるゥ!ああっ凄いわ!
ツチノコからゾンビまで…あーっ妖怪亀姫もいるじゃない!」
妖怪亀姫って…猪苗代湖を守る神様の一人じゃん。
まさか、ハゼコちゃんが暴れた時に逃げ出して、そのまま水家に魂を奪われたとか!?
私、昨晩とんでもない方を成仏させちゃったかも…リナが福島の神々を再建してくれる事を祈るばかりだ。
「ポメラー子のは夢の中で発現する。フロリダの農村の記憶だ。
何も無くてだだっ広いだけのクソ田舎だと思っていたが、犬にとっちゃ最高のドッグランになるだろうよ」
「ほんま最高やん!良かったなあ、ポメ。俺仕事さっさと済ますから、今夜は早く寝ような」
譲司さんがポメちゃんの頭を優しくなでた。ポメちゃんは黙々とポップコーンを食べている。
彼女と譲司さんが夢の中の大自然で駆け回る、微笑ましい光景が目に浮かんだ。
「じゃあ、最後はお前か」
ジャックさんがイナちゃんを見る。でも、イナちゃんは目を逸らした。
「私いらない」
「あ?」
マスクスイッチをオン。
「バカヤロー、オ前。俺ノポップコーンガ食エネエッテカ?
安心シロ、幽体デデキテルカラ、カロリーゼロダゾ」
「いらないもん」
「アァ!?」
スイッチオフ。
「何なんだよ?」
「だって…食べたらジャックさん消えちゃう」
「!」
ジャックさんとポップコーン屋台は、既に薄れかけていた。
自分の魂を削って私達に分け与える度に、彼は少しずつ摩耗していったんだ。
ジャックさんがマスクを脱いだ。
「あのな、俺は二十年以上前に殺されたんだ。もうとっくにいない筈の人間なんだよ。
だから、そんな事気にするな」
「ウソ。じゃあどうして、ジャックさんずっと成仏しなかった?
本当は、オリベちゃん達が見つけてくれるの待てたでしょ」
「…どうだかな」
「せかく会えたなのに、どうして消えなきゃいけない?
これからオリベちゃんの子供育つを見ればいい、これからヘラガモ先生バリで頑張るを、傍で見守ればいい!
どうしてあなた今消えなきゃいけない!?」
イナちゃんが握りしめた両手が、ジャックさんの胸を無情にすり抜ける。
ジャックさんは掠れた幽体でその手を優しく掴んだ。
「イナ」
「!」
そして、初めて彼女を名前で呼んだ。
「霊魂が分解霧散する事を、仏教徒共がどうして成仏だなんて呼ぶか知ってるか?
役目を終えて砕け散った魂は、エクトプラズム粒子になって、自然界に還る。そして、新たな生命に吸収される。
宇宙の営みってやつだ。宗教やってる連中にとっちゃ、それは宇宙や仏と一つになる、尊い事なんだそうだ。
俺は既にジャック・ラーセンじゃねえ。クソ野郎に霊魂を切り貼りされた、人工のクソ怪物だ。
それでも…お前みたいなガキの笑顔に弱い性格は、生前と変わらなかったんだよなあ…」
ジャックさんの目から涙が零れ始める。彼の霊魂が更に希薄になっていく。
「…オリベ。ジョージ。俺の事…諦めずに見つけてくれて、ありがとう。
おかげで、お前らと遊んだ記憶をまた思い出せた。
歪な関係だったけど…短い時間だったけど…クソ楽しかったよな。
…なあ、イナ。そんな顔するなよ。魂を清めるのが、お前の力なんだろ?
だったら祈ってくれよ。俺が世界中に飛び散って、宇宙と一つになって、もっともっと沢山のガキ共を笑顔にできるように。
綺麗な花を咲かせる生命力になって。人間を動かすハッピーな感情になって。…最高に美味ぇポップコーンになって。
スリスリマスリ…って、祈ってくれよ。頼む…!」
ガコンッ!コロロロ…ぼろぼろに涙を零し、声をきらしながら、ジャックさんは最後のポップコーンを作った。
それはポップ・ガイの口から力無くこぼれ落ち、イナちゃんの足元を転がる。
「…頼むよ…」
イナちゃんはしゃがみこみ、そのポップコーンをそっと拾い上げた。
それはもはや喫煙具から立ち昇る煙のように、今にも消えてしまいそうな朧な塊だった。
「スリスリマスリ。スリスリマスリ」
ポップコーンはイナちゃんの両手に優しく包み込まれ、そのまま彼女の魂に溶けた。
「…それでいい。カナヅチは今日で卒業だ。もう溺れるんじゃねえぞ」
「ウン」
「イナ」
抱き合って、ぼろぼろに泣く二人。イナちゃんは顔を上げた。
薄れ行くジャックさんが、半魚人から人間の顔になる。
水家に似せられた髪型や背格好。ただ、彼はよりがっしりとした体格で、首が太く、彫りの深い黒い目を持つインド・ネパール系人種の男性だった。
「ジャックさん」
「…おっと、違う。これじゃねえ。これも作られた顔だったな」
魂がほぐれていくにつれ、より深層に眠っていた、彼の自意識があらわになる。
ジャックさんは、ジャック・ラーセンさんは、私達の前で初めて素顔を見せた。
「アイゴー…!」
「な、諦めがついたか?俺みたいなチンピラにこだわってねえで、もっと良い男を見つけろよ、イナ」
最後にそう言って、ジャック・ラーセンさんは分解霧散した。
本来の彼は…殺人鬼の言う通り、確かにちょっと魚っぽかったかも。
全身を鱗のような細かいタトゥーで覆い、オレンジ色に染めたモヒカンを側頭部に撫でつけ、ネジや釘が煩雑に飛び出した屋台やマスクと同じようにピアスまみれな…
言うなれば、ポップ・ガイのお父さんみたいな人だった。
こうして、私達は熱海町を後にした。
リナは千貫森に帰り、タルパ仲間と共に福島のパワースポットを復興する。
オリベちゃんは水家の遺体と共にドイツへ飛び、譲司さんはバリ行きを延期して警視庁公安部に向かう。
その間、イナちゃんは私の家に泊まって待機する事に。私の次のスケジュールは…連ドラ『非常勤刑事(デカ)』のロケで福井へ行くのが、明明後日。それまでは自由だ。
そして明日は私の誕生日!やっとイナちゃんと渋谷や原宿で遊べるぞ。
私はそう思っていた…渋谷スクランブル交差点にあのロリータ服の悪魔が現れるまでは。
◆◆◆
十一月六日、正午〇時。
ヴー、ヴー…トートバッグ内でスマホが震えた。画面には、『イナちゃん』。
「紅さん鳴ってるよ、ほら出てあげなさいよ」
ディレクター兼カメラマンのタナカDが、ファインダーを覗いたまま言う。
私は不貞腐れて電源を切った。
「二十歳になったのに、まだまだ大人げないなー。ま、ヘリコプターは機内モードってのも正解だけどね」
座席にふんぞり返ったアイドル、志多田佳奈さんが言う。
「私はヘリに乗せられるだなんて聞いてないです。
どうして誕生日にこんな所にいなきゃいけないんですか」
ここは東京上空千メートル、小型ヘリコプターの中。
だいたい私は非常勤刑事のロケで福井に行くんじゃ…多分、それすら事務所が用意した偽スケジュールなんだろうけど。
今度、ドラマ主演の伶(れい)先輩に言いつけてやるんだから!
そもそも、どうしてこんな事になったのか。それは遡ること二時間前。
私はイナちゃんを連れて、竹下通り(たけしたどおり)でウインドウショッピングをしていた。
あそこはロリータファッションの聖地で、個人的にロリータにはあまり良い思い出がないから、普段足を踏み入れる事は無い。あくまで観光地だから連れて行くんだ。
そう思っていたけど、実際に行くと、普通に楽しかった。
猫の額ほど狭い路地に、各種ファストファッションの直営店から、煩雑なノーブランド品を売るセレクトショップまで所狭しと詰め込まれている。
更に中空には、死後ポップな姿を取るようになった霊魂や、人々の感情の結晶らしき可愛いモンスター、誰かが作ったマスコットタルパなどがひしめき合い、イナちゃんがそれを見て飛び跳ねながら歓喜する。
さながら多感で繁忙な思春期の女子高生の心を、そのまま結界にしたようなカオス空間だった。
服やアクセサリーなど、両手に戦利品入り紙袋を大量に持って、私達は電車で渋谷駅へ。
(この時、やたらめったら嵩張るロングブーツを二足も買って後悔したのは、言うまでもない。)
そのまま観光を続行するのは難しいため、荷物は駅中にある宅配サービスカウンターに預ける事に。
ついでにイナちゃんが、コインロッカーからスーツケースを取り出し、それもバリへ配達して貰えるように手続きしたいと言う。
「テンピョウ書けました、お願いします」
「はい、少々お待ち下さい」
私はカウンター脇でイナちゃんが送り状を預けるのを眺めていた。
スーツケースの分と、原宿で買った荷物分。
「あと、これもお願いします」
「はい、かしこまりました」
ん、もう一枚?覗きこんでみると、そこにはこう書かれていた。
『お届け先 ゆめみ台 志多田佳奈様
品名 紅一美 ナマモノ/コワレモノ/天地無用
お届け希望日 今日
したたび通運』
『ヌーンヌーン、���デデデデン♪ヌーンヌーン、デデデデデン!』
天井スピーカーから阿呆丸出しなイントロが聞こえてくると同時に、私は条件反射でイナちゃんを置いて宅配カウンターから逃走していた。
『ヌーンヌーン、デデデデデン♪ヌーンヌーン、デデッデーン!』
階段を下り外に出る。こんなところで捕まってたまるものか。
『背後からっ絞ーめー殺す、鋼鉄入りのーリーボン♪』
出口付近にある待ち合わせスポット、モヤイ像が見えた。
…奇妙な歌を垂れ流すスピーカーと、苺の髪飾り付きツインテールが生えている。あのロリータ悪魔のシンボルが。私は血相を変えて更に走った。
『返り血をっさーえーぎーる、黒髪ロングのカーテン♪』
私を嘲笑うアイドルポップと、ただただスマホカメラを向ける無情な喧騒。
それらはまるで、昨日までの旅を締めくくるエンディングテーマのようだ。
但し、テレビ番組ではエンディング後に次回予告が入る。
『仕込みカミッソーリー入りの、フリフリフリルブラーウス♪』
そして次回が来たら、また過酷な旅に出なければならない。
嫌だあああぁぁ!行きたくないいぃぃ!!
私はイナちゃんと渋谷で遊んで、お誕生日ケーキを食べて、空港に見送りに行って、お家に帰ってゆっくり寝て、福井で女優をするんだああぁぁぁ!!
ていうか考えてみたらイナちゃんもグルだったあああぁぁぁ!!!裏切り者おおおぉぉぉぉ!!!
『防刃防弾仕ー様の、コルセットーもー巻ーいてる♪』
スクランブル交差点に、爆音を撒き散らすアドトラックが現れた。…天井に、なんか生えてる。
『…ご通ぅぅぅ行ぉぉぉ中の皆様あああぁぁ!!』
渋谷駅に響き渡るロリータ声。諸行無常の響きあり。
ドゴッ!…体が乱暴にすくい上げられたような浮遊感。背後を振り向くと、宅配業者制服の男達が私を神輿みたいに担ぎあげている。
「オーエス!オーエス!」
『こんにちはァー、したたび通運でーーーす!!』
私はあれよあれよとスクランブル交差点へ運ばれ…トラックに集荷された!
『あーあー♪なんて恐るべきー、チェリー!キラー!アサシンだ!』
「何!?何!?何なんですか!!?」
男達が私に何かを背負わせ、トートバッグごとベルトで固定していく。
目の前では、いつ��間にか宅配業者制服に着替えたイナちゃんが敬礼している。
「ヒトミちゃん、したたび通運空輸便だヨ!」
「え?は?は!?」
『破壊されしーオタサーからー…』
トラック天井に運ばれる。棒とロープが生えたバルーンクッション。
ああ。空輸便って。察した。『…遺族ーのー声はー確かに届ーいたー♪』
…わたし 童貞を殺す服を着た女を殺す服を作るよ
もっともっと可愛くて 殺傷力も女子力も高い服を…
サビに差し掛かったアイドルポップが遠ざかっていく。
私は…飛んだ。逆バンジージャンプで射出されて、渋谷のど真ん中で空を舞った。
あーあ、結局また騙された。ばーかばーか。テレビ湘南に水家曽良の腐乱死体送りつけてやる。ばーかばーか。
そして無限にも思える長い一瞬の後、私は再び渋谷の地へ…落ちず。
なんとそのまま、上空を旋回していた小型ヘリに空中で捕縛され、拉致されてしまったのだ…。
「はーい、ドッキリ大成功!毎度おなじみ、志多田佳奈のドッキリ旅バラエティ、したたびでーす!」
放心状態の私をよそに、悪魔的極悪ロリータアイドル、志多田佳奈さんが『ドッキリ』と書かれたプラカードを掲げた。
異常が、事の顛末だ。(これは誤字じゃない。異常なんだ。)
「ちなみに今回のドッキリは視聴者公募で、ペンネーム『ビニールプール部』さんのアイデアをやらせて頂きました!ありがとうございました~!」
「何が視聴者公募ですか。あんた達全員ビニールプールに沈めてやろうか!?
だいたい、どうしてイナちゃんまでグルなんですか!」
「あの子はねぇ」
タナカDが画角外から、私と佳奈さんの会話に割って入る。
「昨夜SNSに紅さんと福島観光してる写真をアップしてたから、アポを取ってみたら、あっさり快諾してくれてですね。
今日あなたが渋谷に行く事も洗いざらい教えてくれたよぉ。『カナさん一番好き日本のアイドル!』とか言ってね」
げ、そうだった!忘れてたあああぁ!!
宅配サービスカウンターに行くのも予定調和だったのかあぁぁ!!
「目的地に着いたら電話かけ直してあげなさいよ」
「目的地じゃなくて渋谷に帰して下さい」
「そう言うなよ、一美ちゃん。
今日から記念すべき新企画が始まるんだから」
「新企画?」
佳奈さんが座席の下からフリップを取り出す。
おどろおどろしいフォントで『調査せよ!綺麗な地名の闇』と書かれたフリップを。
「じゃじゃーん!新企画、『綺麗な地名の闇』!」
「何ですか、物騒な…」
「一美ちゃんはさ、ゆめみ台って行ったことある?」
「ゆめみ台?電車の乗り換えで通った事ぐらいはありますけど」
「ゆめみ台の旧地名は知ってる?」
「知らないです」
「ジャジャン!これです」
佳奈さんがフリップ上の『ゆめみ台』と書かれたポップなシールをめくる。
するとネガポジ暗転カラーで『蛇流台』と書かれた文言が現れた。
「じ…じゃりゅうだい…」
「蛇流台a.k.a.(アスノウンアス)ゆめみ台は、元々土砂崩れが起きやすい場所だったんだって。
だから今は人が住めるように整備されて、ゆめみ台って綺麗な地名になった。
それって涙ぐましい努力の歴史だと思わない?」
「はぁ」
「そこでね!この企画では、そーいう一癖あるスポットのいい所も暗部も、体を張って紹介していけたらなーって思うの!
というわけで一美ちゃん、今日はゆめみ台国立公園でロッククライミングね」
「ああはいはい…はい!?」
「大丈夫!もう蛇流台じゃなくてゆめみ台だから崩落しない!」
「それ以前の問題です!ロッククライミングなんてやった事ないですよ!?
どーして突然拉致されて、挙句崖まで登らなきゃいけないんですか!?
私まだ一昨日までの疲れが抜けてないんです!!」
「え?一昨日まで何してたの?」
除霊…とはさすがに言えない。
「…徹夜で…別番組の、廃墟探索ロケ」
「あ、その企画いいね」
しまった!鬼に金棒を与えちゃった!
「い、いえ、私はクライミングがいいな!その方が健康的だし!」
「ひょっとして一美ちゃん、お化けが怖かったのかい?」
「うるさい!」
カメラ外からタナカDにチャチャを入れられた。
怖いも何も、実際は私が分解霧散させちゃったけど。
そんな事より…
私はフリップ下部に書かれた幾つかのご当地ゆるキャラ達を見ていた。
ゆめみ台の物と思しき台形のパジャマ姿の子や、他にも鳩みたいなもの、犬みたいなものもいる。
その中に一つだけ異質な…毛虫らしきキャラクターを見て、私は戦慄を禁じ得なかった。
灰色の毛、歯茎じみた肌、潰れた目、黄ばんだ舌…
似ている。金剛倶利伽羅龍王に、あまりにも似ている。
「佳奈さん。この下に描かれたゆるキャラ達…まさか、今後これ全部まわるんですか?」
「ん?知ってるキャラがいた?」
どうやら…私に休息の時はないみたいだ。
これもイナちゃんが導いた、『気』の巡り合わせなのかもしれない。
金剛有明団、きっとすぐ近い将来相見える事だろう。
私はトートバッグの中で、静かにプルパ龍王剣を燃やした。
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